JP2010255159A - 炭素繊維前駆体繊維とその製造方法および炭素繊維の製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】
炭素繊維の低コスト化のために、本発明は、前記した従来技術が有する問題を解決すること、すなわち、多孔数の紡糸口金を用いて、高粘度の凝固浴液中を高速で紡糸しようとしても、安定して炭素繊維前駆体繊維を製造でき、かつ、短時間の耐炎化においても毛羽の発生が少なく、安定して炭素繊維を製造する方法を提案することを目的とする。
【解決手段】
短径が75〜200mm、孔数3000〜30000個である紡糸口金を用い、凝固浴液の紡糸条件での凝固温度における粘度が7〜15mPa・sの条件で凝固浴液中を凝固糸が35〜100m/分の速度で走行するように乾湿式紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、Z平均分子量(Mz(P))が80万〜600万で、多分散度(Mz(P)/Mw(P))(Mw(P)は、重量平均分子量を表す)が2.7〜10であるポリアクリロニトリル系重合体を含有する紡糸溶液を用い、紡糸ドラフトを5〜50とし、紡糸口金の最外孔からの吐出した紡糸溶液の紡糸口金面鉛直方向との角度を5〜15°とすることを特徴とする炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【選択図】 なし

Description

本発明は、高性能かつ高品位な炭素繊維を効率よく大量に得るための炭素繊維前駆体繊維の製造方法および炭素繊維の製造方法に関するものである。
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有するため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途や航空・宇宙用途に加え、自動車や土木・建築、圧力容器および風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつあり、更なる生産性の向上と高性能化両立の要請が高い。
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、PANと略記することがある)系炭素繊維は、その前駆体となるPAN系重合体からなる紡糸溶液を湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維(以下、前駆体繊維と略記することがある)を得た後、それを200〜400℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へ転換し、少なくとも1000℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって工業的に製造されている。
PAN系炭素繊維の生産性向上は、炭素繊維前駆体繊維の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われている。中でも炭素繊維前駆体繊維の生産性向上については、従来技術には次に示す問題があった。すなわち、炭素繊維前駆体繊維を得る際の紡糸においては、紡糸口金孔数とPAN系重合体溶液の特性に伴う凝固糸を引き取る限界速度(以下、可紡性とも記述することがある。)と、その凝固構造に伴う限界延伸倍率によって生産性が制限されている。すなわち、多フィラメントの炭素繊維前駆体繊維を得るに際し、引き取り速度と延伸倍率とで決まる最終的な紡糸速度がどれほど高められるかで、その生産性が制限されている。生産性を向上させるために紡糸速度を高めると延伸性低下が起こり、生産工程が不安定化しやすく、紡糸速度を下げると生産工程は安定化するものの生産性は低下するため、生産性の向上と生産工程の安定化の両立が困難であるという問題があった。
可紡性に大きな影響を与える要因として、紡糸方法がある。乾湿式紡糸法は、紡糸溶液が一旦空気中(エアギャップ)に吐出されてから凝固浴中に導かれるので、実質的な紡糸ドラフト率はエアギャップ内にある原液流で吸収され、可紡性が高いことから、生産性向上には優れた方法である。ただし、高速化していくと凝固浴中を高速で糸条が走行することによる液抵抗で発生した凝固張力に抗することができず、紡糸速度向上には限界があった。
さらに、前駆体繊維の生産性向上だけでなく、前駆体繊維の製造エネルギー削減が必要である。凝固促進成分の少ない凝固浴条件では、製糸工程全般で使用する凝固促進成分の使用量低減につながり、凝固促進成分を溶媒と凝固促進成分の混合物から分離回収するためのエネルギーの削減ができる。しかしながら、凝固浴濃度が高いと凝固浴液の粘度が高くなり、粘度が高いほど凝固浴中を糸条が走行する際の口金中心部と口金真下への液流が速くなり、吐出が不安定となっていた。
PAN系繊維において高速製糸するため、これまでいくつかの提案がなされている。本発明者らは、炭素繊維の生産コストを低減するため、特定の分子量分布を有するPAN系重合体を用いることで、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる技術を提案した(特許文献1参照)。しかしながら、高粘度の凝固浴液中、高速で糸条を引き取る際には、凝固浴液の流れが大きくなり、製糸工程中で毛羽を発生させることがあり、生産性向上の効果は限定的であった。また、高粘度の紡糸溶液を用い、特定のエアギャップを設けることによって紡糸ドラフト率を5〜50に設定する技術が提案されているが(特許文献2参照)、この提案は、羊毛様の優れた風合いと機械的性能を低下させることなく、湿熱特性を保持させようとしたものであり、実質的には紡糸口金の孔径を0.3mm、孔数36個、低粘度凝固浴液の条件としており、生産性を向上させようと多孔数、高粘度凝固浴液の条件で紡糸した場合には、安定に紡糸することは出来なかった。また、非穿孔部を有し、円環状の配列に穿孔された口金を用いることで口金直下の凝固浴液を整流することで均質な性能のアクリル繊維を得る技術が提案されているが(特許文献3参照)、低粘度凝固浴液で実験しており、かかる技術を用いても高粘度凝固浴液で高速紡糸をした場合には安定に紡糸することは出来なかった。
すなわち、従来知られているいずれの方法でも生産性の向上は不十分であり、多孔数化、高濃度凝固浴条件においても高速で紡糸ができる方法が求められている。
一方、耐炎化工程においては、耐炎化の進行を早めようと耐炎化温度を高めると温度が高いほど繊維強度は室温強度よりも低下し、かつ、発熱反応による繊維束への蓄熱により炉の雰囲気温度よりも繊維束内の温度が高まり、糸切れを引き起こしていた。そのため、耐炎化工程では耐炎化温度を高めることが困難であり、耐炎化速度を高めることが困難であった。本発明者らが提案した技術では、前駆体繊維表面が平滑すぎて、繊維束の集束性が高いために耐炎化反応の繊維束での蓄熱が起こりやすかった(特許文献1、4、5参照)。
特開2008−248219号公報 特開平11−107034号公報 特開昭62−125009号公報 特開2009−270248号公報 国際公開第2009/057332号
本発明は、前記した従来技術が有する問題を解決すること、すなわち、多孔数の紡糸口金を用いて、高粘度の凝固浴液中を高速で紡糸しようとしても、安定して炭素繊維前駆体繊維を製造でき、かつ、短時間の耐炎化においても毛羽の発生が少なく、安定して炭素繊維を製造する方法を提案することを目的とする。
上記の目的を達成するために、本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法は次の構成を有するものである。
(1)繊維を構成するポリアクリロニトリル系重合体のZ平均分子量Mz(F)が60万〜200万であり、多分散度Mz(F)/Mw(F)(Mw(F)は、繊維を構成するポリアクリロニトリル系重合体の重量平均分子量を表す)が2〜5であり、原子間力顕微鏡で3μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRmsが15〜40nmであり、単繊維繊度が0.3〜1.5dtexであり、単繊維断面直径の変動係数が0〜5%である炭素繊維前駆体繊維。
(2)RAMAN分光法により求められ、明細書で規定するR値が2.7〜3.0であり、単繊維強度が6〜9cN/dtexであり、原糸結晶配向度が91〜94%である前記(1)に記載の炭素繊維前駆体繊維。
(3) 真円度が0.85〜1である前記(1)または(2)に記載の炭素繊維前駆体繊維。
(4) 短径が75〜200mm、孔数3000〜30000個である紡糸口金を用い、凝固浴液の紡糸条件での凝固温度における粘度が7〜15mPa・sの条件で凝固浴液中を凝固糸が35〜200m/分の速度で走行するように乾湿式紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、Z平均分子量(Mz(P))が80万〜600万で、多分散度(Mz(P)/Mw(P))(Mw(P)は、重量平均分子量を表す)が2.7〜10であるポリアクリロニトリル系重合体を含有する紡糸溶液を用い、紡糸ドラフトを5〜50とし、紡糸口金の最外孔からの吐出した紡糸溶液の紡糸口金面鉛直方向との角度を5〜15°とすることを特徴とする炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
(5)前記紡糸溶液を凝固価が23〜40gである凝固浴条件の凝固浴中に吐出する前記(4)に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
(6) 前記凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率が、10〜20倍、前駆体繊維束の巻き取り速度が600〜2000m/分である前記(4)または(5)に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
(7)前記凝固糸の引き取り速度が、50〜200m/分である前記(4)〜(6)のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
(8)沈み込む前の凝固浴液面と紡糸口金との距離を5〜10mmに設定し、紡糸によって凝固浴液面が沈み込む深さを5〜20mmに制御する前記(4)〜(7)のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
(9) 前記(4〜8のいずれかに記載の製造方法によって得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化する耐炎化工程と、耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化する予備炭化工程と、予備炭化工程で得られた繊維を1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得る炭素繊維の製造方法。
本発明によれば、特定の分子量分布の大きなPAN系重合体溶液を用い、前駆体繊維の吐出・紡糸条件を調整することで、多孔数の紡糸口金を用いて、高粘度の凝固浴液中を高速で紡糸する際に随伴流が大きく、凝固浴液面変動が激しくとも、安定させて吐出させることができるため、その後の工程でも毛羽を発生させることなく、高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。
また、高品位な炭素繊維前駆体繊維を用いることで焼成工程でも糸切れが少なく、毛羽が少なく高強度な炭素繊維を安定して製造することができる。
さらに、適度な集束性を有し、単繊維断面直径の変動が少なく、結晶性の高い前駆体繊維を用いることで、高温で耐炎化しても毛羽の発生が極めて少なく、高速で大量に炭素繊維を製造することができる。
本発明は、特定の分子量分布を有するポリアクリロニトリル系重合体を含有する紡糸溶液と、該紡糸溶液に特化した吐出条件を採用することで随伴流が大きく、凝固浴液面変動が激しい厳しい条件下でもプロセス性が低下することなく、安定して製糸可能な、炭素繊維前駆体繊維を製造する方法を得られるものである。
なお、本発明では、重量平均分子量をMw、Z平均分子量をMz、数平均分子量をMnと略記し、繊維を構成する全PAN系重合体について示すときには添え字(F)を、紡糸溶液における全PAN系重合体について示すときには、添え字(P)を、付記するものとし、両者について共通の測定方法等についての説明の際には、添え字((F)または(P))は省略するものとする。なお、本発明において、各種分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフ法(以下、GPC法と略記することがある)で測定され、ポリスチレン換算値で示すものとする。
本発明で用いる紡糸溶液は、Z平均分子量Mz(P)と重量平均分子量Mw(P)との比であるMz(P)/Mw(P)が2.7以上であるPAN系重合体が溶媒に溶解されてなる。かかる分子量分布のPAN系重合体は分子量の大きな重合体成分を含んでいるので、本発明の効果が顕著に現れる。
まず、本発明で好適に用いることができるPAN系重合体について説明する。本発明では、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、GPCと略記する。)法(測定法の詳細は後述する。)で測定されるZ平均分子量(以下、Mz(P)と略記する。)が80万〜600万であり、多分散度(Mz(P)/Mw(P))(Mw(P)は、重量平均分子量を表す。以下、Mw(P)と略記する。)が2.7〜10である。Mz(P)は、好ましくは200万〜600万であり、より好ましくは250万〜400万であり、さらに好ましくは250万〜320万である。また、多分散度(Mz(P)/Mw(P))は、好ましくは5〜8であり、より好ましくは5.5〜7である。
GPC法により測定される平均分子量、及び、分子量の分布に関する指標について以下に説明する。
GPC法により測定される平均分子量には、数平均分子量(以下、Mnと略記する)、重量平均分子量(Mw(P))、z平均分子量(Mz(P))、Z+1平均分子量(MZ+1(P))がある。Mnは、高分子化合物に含まれる低分子量物の寄与を敏感に受ける。これに対して、Mw(P)は、高分子量物の寄与をMnより敏感に受ける。Mz(P)は、高分子量物の寄与をMw(P)より敏感に受け、Z+1平均分子量(以下、MZ+1(P)と略記する)は、高分子量物の寄与をMz(P)より敏感に受ける。
GPC法により測定される平均分子量を用いて得られる分子量の分布に関する指標には、分子量分布(Mw(P)/Mn)や多分散度(Mz(P)/Mw(P)およびMZ+1(P)/Mw(P))があり、これらを用いることにより分子量の分布の状況を示すことができる。分子量分布(Mw(P)/Mn)が1であるとき単分散であり、分子量分布(Mw(P)/Mn)が1より大きくなるにつれて分子量の分布が低分子量側を中心にブロードになることを示すのに対して、多分散度(Mz(P)/Mw(P))は1より大きくなるにつれて、分子量の分布が高分子量側を中心にブロードになることを示す。また、多分散度(MZ+1(P)/Mw(P))も1より大きくなるにつれて、分子量の分布が高分子量側を中心にブロードになる。特に、多分散度(MZ+1(P)/Mw(P))は、Mw(P)の大きく異なる2種のポリマーを混合しているような場合には、顕著に大きくなる。ここで、GPC法により測定される分子量はポリスチレン換算の分子量を示す。
本発明のPAN系重合体を用いることにより、かかる重合体を含む紡糸溶液を湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得る場合の生産性の向上と安定化の両立を図りつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができるメカニズムは、必ずしも明らかではないが、次のように考えられる。乾式紡糸または乾湿式紡糸では、口金孔直後から凝固されるまでの間でPAN系重合体が伸長変形する際に、紡糸溶液内ではPAN系重合体の超高分子量物と高分子量物が絡み合い、超高分子量物を中心に絡み合い間の分子鎖が緊張することで伸長粘度の急激な増大、すなわち、歪み硬化がおこる。この、口金孔直後から凝固されるまでの間でのPAN系重合体溶液の細化に伴い細化部分の伸長粘度が高くなり、流動安定化するため紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる。紡糸溶液状態では、凝固しなくても、数10m/分で曳き上げ巻き取りでき、溶液紡糸では考えられないほど高い曳糸性が得られるという特に顕著な効果が得られるが、湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して凝固された以降の繊維においても同様に、伸長粘度の増大が起こり、延伸性が向上するため、毛羽の発生が抑制される。
そのため、多分散度(Mz(P)/Mw(P))が大きいほど好ましく、Mz(P)が80万〜600万の範囲であれば、多分散度(Mz(P)/Mw(P))が2.7以上において、充分な歪み硬化が生じPAN系重合体を含む紡糸溶液の吐出安定性向上度合が充分となる。また、多分散度(Mz(P)/Mw(P))が、大きすぎる場合、歪み硬化が強すぎて、PAN系重合体を含む紡糸溶液の吐出安定性向上効果が低下する場合があるが、Mz(P)が80万〜600万の範囲で、多分散度(Mz(P)/Mw(P))が、10以下であると、PAN系重合体を含む紡糸溶液の吐出安定性向上度合は充分となる。また、多分散度(Mz(P)/Mw(P))が2.7〜10の範囲において、Mz(P)が80万未満では、前駆体繊維の強度が不足する場合があり、Mz(P)が600万より大きいと吐出が困難となる場合がある。
また、Mw(P)/Mn(P)は、小さいほど炭素繊維の構造欠陥となりやすい低分子成分の含有量が少ないため、小さいほど好ましく、Mz(P)/Mw(P)よりもMw(P)/Mn(P)が小さいことが好ましい。すなわち、高分子量側にも、低分子量側にもブロードであっても、吐出安定性低下は少ないが、低分子量側はなるべくシャープであることが好ましく、Mz(P)/Mw(P)がMw(P)/Mn(P)に対して、1.5倍以上であることが好ましく、更には1.8倍以上であることがより好ましい。本発明者らの検討によると、通常、アクリロニトリル(以下、ANと略記する)の重合でよく行われている、水系懸濁、溶液法などのラジカル重合においては、分子量分布として低分子量側に裾を引いているため、Mw(P)/MnがMz(P)/Mw(P)よりも大きくなる。そのため、重合開始剤の種類と割合や逐次添加など、特殊な条件で重合を行うか、一般的なラジカル重合を用いる場合、2種以上のPAN系重合体を混合する方法があり、重合体を混合する方法が簡便である。混合する種類は、少ないほど簡便であり、吐出安定性の観点からも2種で十分なことが多い。
混合する重合体のMw(P)は、Mw(P)の大きいPAN系重合体をA成分とし、Mw(P)の小さいPAN系重合体をB成分とすると、A成分のMw(P)は好ましくは100万〜1500万であり、より好ましくは100万〜500万であり、B成分のMw(P)は5万〜90万であることが好ましい。A成分とB成分のMw(P)の差が大きいほど、混合された重合体のMz(P)/Mw(P)が大きくなる傾向があるため好ましい態様であるが、A成分のMw(P)が1500万より大きいときはA成分の生産性は低下する場合があり、B成分のMw(P)が15万未満のときは前駆体繊維の強度が不足する場合があり、Mz(P)/Mw(P)は10以下とすることが現実的である。
具体的には、A成分とB成分の重量平均分子量の比は、4〜45であることが好ましく、20〜45であることがより好ましい。
また、A成分とB成分の重量比は、0.003〜0.3であることが好ましく、0.005〜0.2であることがより好ましく、0.01〜0.1であることが更に好ましい。A成分とB成分の重量比が0.003未満では、歪み硬化が不足することがあり、また0.3より大きいときは重合体溶液の吐出粘度が上がりすぎて吐出困難となることがある。
A成分とB成分の重合体を混合する場合、両重合体を混合してから溶媒で希釈する方法、重合体それぞれを溶媒に希釈したもの同士を混合する方法、溶解しにくい高分子量物であるA成分を溶媒に希釈した後にB成分を混合溶解する方法、および高分子量物であるA成分を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合して単量体を溶液重合することにより混合する方法などを採用することができる。混合には、混合槽で攪拌する方法やギヤポンプなどで定量してスタティックミキサーで混合する方法、二軸押出機を用いる方法などが好ましく採用できる。高分子量物を均一に溶解させる観点から、高分子量物であるA成分を初めに溶解する方法が好ましい。特に、炭素繊維前駆体製造用とする場合には、高分子量物であるA成分の溶解状態が極めて重要であり、わずかであっても未溶解物が存在していた場合には異物として認識され、炭素繊維内部にボイドを形成することがある。
具体的には、A成分の溶媒に対する重合体濃度、すなわちA成分と溶媒のみからなる溶液を仮想したときの、その溶液中におけるA成分の重合体濃度を好ましくは0.1〜5重量%になるようにした後、B成分を混合する、あるいは、B成分を構成する単量体を混合して重合する。上記のA成分の重合体濃度は、より好ましくは0.3〜3重量%であり、さらに好ましくは0.5〜2重量%である。上記のA成分の重合体濃度は、より具体的には、重合体の集合状態として、重合体がわずかに重なり合った準希薄溶液とすることが好ましく、B成分を混合する、あるいは、B成分を構成する単量体を混合して重合する際に、混合状態が均一となりやすいため、孤立鎖の状態となる希薄溶液とすることが更に好ましい態様である。希薄溶液となる濃度は、重合体の分子量と溶媒に対する重合体の溶解性によって決まる分子内排除体積によって決まるとみられるため、一概には決められないが、本発明においては概ね前記範囲にすることにより凝集して異物となることが少ない。上記の重合体濃度が5重量%を超える場合は、A成分の未溶解物が存在することがあり、0.1重量%未満の場合は、分子量にもよるが希薄溶液となっているため効果が飽和していることが多い。
上記のように、A成分の溶媒に対する重合体濃度を好ましくは0.1〜5重量%になるようにした後、それにB成分を混合溶解する方法でもかまわないが、工程省略の観点から高分子量物を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合して単量体を溶液重合することにより混合する方法を採用する方が好ましい。
A成分の溶媒に対する重合体濃度を0.1〜5重量%になるようにする方法としては、希釈による方法でも重合による方法でも構わない。希釈する場合は、均一に希釈できるまで撹拌することが重要であり、希釈温度としては50〜120℃が好ましく、希釈時間は希釈温度や希釈前濃度によって異なるため、適宜設定すればよい。希釈温度が50℃未満の場合は、希釈に時間がかかることがあり、120℃を超える場合は、A成分が変質する恐れがある。また、重合体の重なり合いを希釈する工程を減らし、均一に混合する観点から、前記のA成分の製造から前記のB成分の混合開始、あるいは、B成分を構成する単量体の重合開始までの間、A成分の溶媒に対する重合体濃度を0.1〜5重量%の範囲に制御することが好ましい。具体的には、A成分を溶液重合により製造する際に、重合体濃度が5重量%以下で重合を停止させ、それにB成分を混合する、あるいは、B成分を構成する単量体を混合しその単量体を重合する方法である。通常、溶媒に対する仕込み単量体の割合が少ないと、溶液重合により高分子量物を製造ことは困難なことが多いため仕込み単量体の割合を多くするが、上記のA成分の重合体濃度が5重量%以下の段階では、重合率が低く、未反応単量体が多く残存していることになる。未反応単量体を揮発除去してから、B成分を混合してもかまわないが、工程省略の観点からその未反応単量体を用いてB成分を溶液重合することが好ましい。
本発明で好適に用いられるA成分としては、PANと相溶性を有することが望ましく、相溶性の観点からPAN系重合体であることが好ましい。組成としては、ANが好ましくは93〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を7モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分の連鎖移動定数がANより小さく、必要とするMw(P)を得にくい場合は、共重合成分の量をなるべく減らすことが好ましい。
ANと共重合可能な単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。また、A成分は実質的に直鎖状のPANであることが好ましく、多官能のビニル基を有する単量体などを用いないことが好ましい。分岐や架橋構造は、簡便には、ゲルパーミエーションクロマトグラフ法−多角度光散乱光度(GPC―MALLS)法で求められる分子量と回転半径の関係が直鎖状PANのその関係と同一かどうかで判断できる。共有結合や水素結合、イオン結合による架橋構造を有するものは分子量の割に回転半径が小さくなる傾向を示し、本発明では、直鎖状PANに含めない。
A成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。必要とするMw(P)を得にくい場合は、連鎖移動定数の大きい溶媒、すなわち、塩化亜鉛水溶液による溶液重合法、あるいは水による懸濁重合法も好適に用いられる。
本発明で好適に用いられるB成分であるPAN系重合体の組成としては、ANが好ましくは93〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を7モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分量が多くなるほど耐炎化工程で共重合部分での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。
ANと共重合可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
B成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。中でも、PANの溶解性の観点から、ジメチルスルホキシドを用いることが好ましい。これらの重合に用いる原料は、全て濾過精度1μm以下のフィルター濾材を通した後に用いることが好ましい。
前記したPAN系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPAN系重合体が可溶な溶媒に溶解し、紡糸溶液とする。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、得られたPAN系重合体を分離し紡糸溶媒に再溶解する工程が不要となる。
紡糸溶液における重合体濃度は、5〜30重量%の範囲であることが好ましく、14〜25重量%であることがより好ましく、18〜23重量%であることが最も好ましい。重合体濃度が5重量%未満では溶媒使用量が多くなり、口金単孔からの紡糸溶液の吐出量が増加し、紡糸条件設定上、紡糸ドラフトを高めにくいことがある。一方、重合体濃度が30重量%を超えると絡み合いが多くなることで絡み合い間分子量が低下し、可紡性が低下することがある。紡糸溶液の重合体濃度は、使用する溶媒量により調製することができる。
本発明において重合体濃度とは、PAN系重合体の溶液中に含まれるPAN系重合体の重量%である。具体的には、PAN系重合体の溶液を計量した後、PAN系重合体を溶解せずかつPAN系重合体溶液に用いる溶媒と相溶性のあるものに、計量したPAN系重合体溶液を脱溶媒させた後、PAN系重合体を計量する。重合体濃度は、脱溶媒後のPAN系重合体の重量を、脱溶媒する前のPAN系重合体の溶液の重量で割ることにより算出する。
また、45℃の温度における紡糸溶液の粘度は、15〜200Pa・sの範囲であることが好ましく、より好ましくは20〜150Pa・sの範囲であることがより好ましく、30〜100Pa・sの範囲であることが最も好ましい。溶液粘度が15Pa・s未満では、紡糸糸条の賦形性が低下するため、口金から出た糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下する傾向を示す。また、溶液粘度は200Pa・sを超えると絡み合いが多くなり、分子量低下しやすくなる傾向を示す。紡糸溶液の粘度は、重量平均分子量と重合体濃度、溶媒の種類により制御することができる。
45℃の温度におけるPAN系重合体溶液の粘度は、B型粘度計により測定することができる。具体的には、ビーカーに入れたPAN系重合体溶液を、45℃の温度に温度調節された温水浴に浸して調温した後、B型粘度計として、例えば、(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、PAN系重合体溶液の粘度が0〜100Pa・sの範囲はローター回転数6r.p.m.で測定し、またそのPAN系重合体溶液の粘度が100〜1000Pa・sの範囲はローター回転数0.6r.p.m.で測定する。
さらにこの重合体溶液を濾過精度が0.5〜10μmのフィルターを用いて濾過して用いることが好ましい。
本発明では、上述のようにして得た紡糸溶液を、乾湿式紡糸法により紡糸することにより、炭素繊維前駆体繊維を製造する。
生産性向上に必要な紡糸口金の形状や孔数のときに高速で凝固糸条を走行させる吐出条件および、凝固浴条件を見出し、本発明に到達した。
本発明において、口金の孔数は、3000〜30000個である。孔数が3000個より少ない場合、生産性が低下し、そのような状態では本発明の効果が得にくい。一方、孔数が30000個を超える場合には、口金が大きくなりすぎて本発明の凝固浴液の整流が困難となることがある。
口金孔の配置は円形、矩形、環状形のいずれでもかまわないが、矩形では長径と短径があり、短径が小さいほど吐出角度を小さくできるので好ましく、75〜200mmであり、好ましくは75〜175mmである。ここで口金径とは口金孔のある部分の長さを示し、短径とは、円形の口金であれば最外部にある孔の外接円の直径であり、環状であれば環の幅を示す。口金の外周部から最も遠い部分に凝固浴液を供給するのに必要な距離に比例しており、口金短径が200mmを超えると吐出条件を調整しても凝固浴液の口金中心部への流れが大きすぎて吐出角度が大きくなり、口金短径が75mm未満では、口金形状を横長にしすぎる必要があり、生産性が低下する。
本発明において、口金孔は、その孔形状が、断面積の割に吐出速度を増加させないために円形であることが好ましく、孔形状が円形である場合、口金孔の最小の孔径は、0.18mm〜0.35mmであることが好ましく、0.25〜0.3mmであることがより好ましい。かかる孔径が0.18mm未満であると吐出線速度が大きく、紡糸ドラフトを高めることが困難となることが多く、また、0.35mmを超えると紡糸ドラフトを高めすぎることが必要となり、吐出が不安定となることがある。吐出線速度は口金孔径により変化するため、紡糸ドラフトを制御するために有効である。また、重合体溶液の単孔吐出量によっても適正な孔径が変化するが、概ね上記範囲内にすることが好ましい。
本発明において口金孔の孔径は、紡糸口金面を顕微鏡観察することにより測定することができる。
また、紡糸口金の平均孔径(D)と平均孔長(L)の比であるL/Dの最大値が1〜3であることが好ましい。L/Dが1未満であると吐出が安定しないことがあるが、L/Dは大きいほど剪断印加時間が長くなり、分子量低下が発生しやすいのでL/Dが3以下であることが好ましい。孔径に対してはL/Dの影響は小さく、外周部分は孔長を長くするなどの手段も活用でき、最小値よりも平均的な値が全体の特性を決めるため、平均値を用いる。
吐出直後の紡糸溶液のふくらみ、いわゆるバラス効果を抑制するためには、最小孔径を経た後に徐々に孔を広げる逆テーパー加工をすることも好ましい。紡糸口金孔に紡糸溶液が導入される際に伸長流動における伸長歪みを低減するためにテーパー加工やそれを段階的に行うことや角をなくすことをすることが、本発明で用いる伸長粘度の歪み硬化の強い紡糸溶液との組み合わせで効果を発揮する。すなわち、口金からの吐出直後の伸長領域で歪み硬化させ、吐出前に伸長粘度を増大させて凝固張力を増加させないために有効である。
紡糸口金の最外孔からの吐出した紡糸溶液の紡糸口金面鉛直方向との角度(以下、吐出角度と記述することもある)が5〜15°である。紡糸口金から吐出した糸条は紡糸ガイドで折り返され、適度に集束されて駆動ローラーで引き取られる。その糸条は周辺部分の凝固浴液を随伴させて走行されるので口金直下では凝固浴液が不足しがちになる。そのため口金周辺部分から口金直下、特に中心部に向かって凝固浴液が流れ込む。その凝固浴液の流れのため、糸条が急速に集束され吐出角度が大きくなることがある。吐出角度が大きくなった場合、孔ピッチに対して口金直下の液面での単繊維間ピッチは狭くなり、単繊維間の接着を起こしやすくなる。吐出角度は15°を超えると単繊維間の接着が起こり、工程通過性が低下し、吐出角度が5°未満では糸条を集束しきれずに糸条の走行が不安定になる。
本発明で重要なことは、紡糸溶液の紡糸ドラフトは5〜50の範囲とすることである。ここで紡糸ドラフトとは、紡糸糸条(フィラメント)が口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の巻き取り速度)を、口金からの吐出線速度で割った値をいう。紡糸ドラフトは伸長歪みと比例しており、強い歪みを掛け伸長粘度を高めることで凝固浴液の流れによって紡糸溶液の口金孔からの吐出角度が大きくなることを抑制することができる。従来の重合体溶液は、歪みを掛けると伸長粘度が低下する、あるいは、ほぼ一定であるという性質であったが、本発明の重合体溶液は歪みを掛けると伸長粘度が向上するという性質を示すために吐出角度を低下させることにおいて好ましい結果を与えるものである。紡糸ドラフトが5未満では、望む前駆体繊維の繊度を得るために口金孔径を小さくせざるを得ないことがあり、剪断速度を低下させる観点からは紡糸ドラフトが50以下で十分である。吐出量を変更し、吐出線速度を変更することで容易に紡糸ドラフトを変更することができるため、吐出線速度を変更して吐出角度を確認しながら本発明の吐出角度になるように調整すればよい。吐出量は、生産量に関係するので必要な生産量になるように、最終的には吐出量を固定して紡糸口金孔径を変更することで設定の紡糸ドラフトを得ればよい。
沈み込む前の凝固浴液面と紡糸口金との距離(以下、エアギャップ高さ(Ha)と記述することもある)を5〜10mmとすることが好ましい。Haが5mm未満のとき、紡糸溶液の変形が急激になりすぎて紡糸溶液が破断しやすくなることがあり、Haが10mmを超えるときは歪み速度が小さくなりすぎて紡糸溶液が破断しやすくなることがある。
口金直下の凝固浴液面が糸条の走行によって沈み込む深さを5〜20mmに制御することが好ましい。一般的に凝固浴液面を沈み込ませることは吐出の不安定化につながることが多く、行われることはまれであるが、本発明で用いる紡糸溶液では吐出は安定しており、本発明の条件により随伴流を強め、凝固張力を低減することで沈み込み深さは大きくなるが、紡糸工程は安定化させることができる。口金周辺部と口金直下の液面に高低差があることで凝固浴液の流れが安定化し、吐出も安定する。沈み込み深さが5mm未満では、工程安定性が不足し、20mmを超える場合には、液面までの間に紡糸溶液が破断しやすくなることがある。沈み込み深さは凝固浴液の粘度、糸条の走行速度、口金の孔ピッチで制御できる。
生産性を高め、短時間で耐炎化を行うのに適した前駆体繊維を得る観点からは、凝固糸の引き取り速度を35〜200m/分にし、好ましくは50〜200m/分とし、より好ましくは85〜150m/分とする。凝固糸の引き取り速度が35m/分未満の場合には前駆体繊維の表面凹凸が小さくなり、凝固糸の引き取り速度が200m/分を超える場合には前駆体繊維の単繊維断面直径の変動係数が大きくなる。吐出線速度が低い場合には、紡糸ドラフトを高めることにより目的とする生産性を達成することができる。
本発明において用いられる凝固浴には、PAN系重合体溶液で溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、塩化亜鉛水溶液、およびチオ硫酸ナトリウム水溶液などのPAN系重合体の溶媒と、いわゆる凝固促進成分の混合物が用いられる。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体を溶解せず、かつPAN系重合体溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましい。凝固促進成分としては、具体的には、水、メタノール、エタノールおよびアセトンなどが挙げられるが、回収する必要がないことと安全性の面、凝固に必要な凝固促進成分の量が少ないことから水を使用することが最も好ましい。
本発明において、凝固浴液の凝固価を23〜40gとすることが好ましく、より好ましくは29〜40gであり、より好ましくは30〜35gである。本発明において凝固価とは、紡糸に用いる溶媒50ccに対して紡糸に用いる重合体を1重量%溶解した溶液に凝固浴液を徐々に滴下し、沈殿生成を開始して溶液が透明から白濁に変化する凝固浴液量(g)と定義する。試験において温度は、25℃に調整する。凝固浴液そのものを滴下すると希釈されすぎて白濁が薄く、白濁開始点の判定が困難になることがあるので、凝固浴液中の凝固促進成分のみを滴下して求めた白濁点から、その必要凝固促進成分量を含む凝固浴液量に換算して凝固価とすることができる。両者の値が異なった場合は、後者を凝固価とする。
凝固価は、重合体の分子量や共重合組成、重合体溶液の濃度、溶媒種類および凝固促進成分種類、および溶媒濃度によっても変わり、紡糸条件に合わせてそれぞれ測定する必要があるが、特に凝固浴における溶媒の種類および溶媒濃度によって制御することが好ましい。溶媒濃度が高まるほど、凝固促進成分が減少するので凝固価が高まる。凝固価が23g未満であっても、40gを超えても前駆体繊維表面が平滑になりすぎる。
ここで、溶媒の種類について考える。共重合成分や凝固促進成分とも関係するが、共重合成分を含まないPANを各種の溶媒に溶解し、水を凝固促進成分として調べると一般的な傾向として、ジメチルアセトアミド<ジメチルホルムアミド<ジメチルスルホキシド<塩化亜鉛水溶液<チオ硫酸ナトリウム水溶液の順に凝固促進成分量を多く必要とする。共重合成分等によっても値は変化するが、AN100%のMw32万のPANを用い、各種溶媒に溶解して、水を凝固促進成分とした場合、凝固価はそれぞれ、ジメチルアセトアミド4g、ジメチルスルホキシド5g、塩化亜鉛水溶液10g、およびチオ硫酸ナトリウム水溶液20gであった。
凝固浴の溶媒濃度は、なるべく高くすることによりゆっくり凝固させ、均一な緻密な凝固状態の凝固糸を得ることができ、かつ、凝固促進成分量を減らし、溶媒と凝固促進成分との分離・回収エネルギーの低減を行うことができる。ジメチルスルホキシドを例にした場合には、凝固浴の溶媒濃度は69重量%以上が好ましく、より好ましくは72重量%以上であり、更に好ましくは75重量%以上である。溶媒濃度を高めていくと臨界濃度があり、糸条の形成が不可能になる溶媒濃度があるが、この間の溶媒濃度では凝固状態の均質化が一般的には困難であり、溶媒濃度は臨界濃度以下であることが好ましい。
また、溶媒が有機溶媒である場合は、水と混合した場合、凝固浴液粘度が高くなり、ピークを有する。凝固浴液粘度が高いと凝固浴中での糸揺れは少なくなる効果があるが、一方、凝固浴液抵抗が大きくなり、また、口金直下での凝固浴液の乱れが起こり、一般的には可紡性は低下する。本発明では、凝固浴液の粘度が高くても上記と同様の理由で可紡性の低下が起こりにくく、凝固浴液の粘度は、設定する凝固浴温度を測定温度として、7〜15mPa・sであることが好ましい。凝固浴液の粘度が7mPa・s以上では、凝固浴中での糸揺れを抑制し、凝固浴液の随伴流が大きくなるために凝固張力を小さくすることができ、また、凝固浴液の粘度が15mPa・s以下であると凝固浴液の随伴流が大きくなりすぎて沈み込み深さが大きくなりすぎ、かつ、吐出角度が大きくなりすぎて可紡性が低下する傾向にある。また、凝固浴液粘度を上記範囲に設定することで前駆体繊維の自乗平均面粗さを本発明の範囲に制御することが容易となる。凝固浴液の粘度は、凝固浴に用いる溶媒の種類、溶媒と凝固剤の濃度、温度によって制御することができる。
本発明において、凝固浴液の粘度は、B型粘度計により測定することができる。条件としては、ローターNo.1を使用し、ローター回転数60r.p.m.で測定する。
本発明において、凝固浴温度を0〜30℃とすることが好ましい。凝固浴温度は、溶媒の凝固浴中への拡散速度および凝固促進成分の紡糸溶液への拡散速度に影響を与え、その結果、凝固浴温度が低いほど緻密な凝固糸となり、高強度な炭素繊維が得られる。また、本発明では、凝固価の測定自体は一定温度であるが、あえて変更して測定すると温度が高いほど凝固価は高くなるため、そのバランスで適宜設定すればよい。凝固浴温度は、より好ましくは5〜20℃であり、更に好ましくは10〜15℃である。
本発明において、PAN系重合体溶液を凝固浴中に導入して凝固させ凝固糸を形成した後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、炭素繊維前駆体繊維が得られる。また、上記の工程に乾熱延伸工程や蒸気延伸工程を加えてもよい。凝固後の糸条は、水洗工程を省略して直接浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことが好ましい。そのときの延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、1〜3倍であることがより好ましい。
浴中延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された繊維糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
乾燥工程としては、例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒から200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上として、乾燥工程後に加熱熱媒中で延伸することが好ましい。加熱熱媒としては、例えば、加圧水蒸気あるいは過熱水蒸気が操業安定性やコストの面で好適に用いられ、延伸倍率は通常1.5〜10倍である。
前駆体繊維の全体配向度や結晶配向度の配向を高め、強度を高めるため、凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率は、10〜20倍が好ましい。かかる合計延伸倍率が10倍未満では、前駆体繊維の全体配向度や結晶配向度が不足し、一方、合計延伸倍率が20倍を超える場合には、前駆体繊維の強度が低下する場合がある。
凝固糸の引き取り速度と凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率の積である前駆体繊維の巻き取り速度(最終製糸速度)が好ましくは600〜2000m/分であり、より好ましくは700〜2000m/分であり、1000〜2000m/分である。前駆体繊維の巻き取り速度が600m/分未満である場合は、前駆体繊維の全体配向度が高まりにくく、前駆体繊維の巻き取り速度が2000m/分を超える場合には前駆体繊維の単繊維断面直径の変動係数が大きくなる場合がある。
このようにして得られた本発明の前駆体繊維は、重量平均分子量Mz(F)が60万〜200万、好ましくは70万〜200万、より好ましくは90万〜200万であるPAN系重合体からなる。Mz(F)が60万未満の低分子量のPAN系重合体からなる場合、前駆体繊維の強度が低下して耐炎化工程で毛羽が発生しやすくなる。また、Mz(F)が200万を越えるような高分子量のPAN系重合体からなる場合、紡糸溶液における重合体の重量平均分子量Mz(P)が600万を越えるように設定する必要があり、その場合、分子鎖同士の絡み合いが多くなり伸びきり鎖長を大きくするためには重合体濃度を下げて準希薄溶液で絡み合いを下げて延伸することもできるが、本発明のもう一つの目的である高生産性と乖離してしまう。
また本発明の前駆体繊維は、前駆体繊維を構成するPAN系重合体の多分散度Mz(F)/Mw(F)(Mzは、繊維のZ平均分子量を表す)が2〜5であり、好ましくは、2.2〜4であり、より好ましくは、3〜4である。Mz(F)/Mw(F)が2未満では、耐炎化工程、特に高温での耐炎化する場合の毛羽の発生を抑制する効果が不足する。また、Mz(F)/Mw(F)が高いほど耐炎化工程の毛羽発生を抑制する効果が高まるため好ましいが一方で、Mz(F)/Mw(F)が5を越えるような繊維は、それを得るための紡糸溶液における重合体の絡み合いが大きくなりすぎて、吐出が困難となるため、得ることが困難である。Mz(F)/Mw(F)はMz(P)/Mw(P)と同じか低下するため、Mz(P)/Mw(P)が本発明の範囲であるPAN系重合体を含有する紡糸溶液を用い、製糸工程の条件を調整することによってMz(F)/Mw(F)は制御される。
本発明の前駆体繊維の単繊維の原子間力顕微鏡により3μmの範囲で測定される自乗平均面粗さRms、すなわち平滑性は15〜40nmであり、好ましくは17〜40nmであり、より好ましくは、19〜30nmである。Rmsが15nm未満、すなわち前駆体繊維表面が過度に平滑である場合、前駆体繊維の集束性が高すぎて、耐炎化工程で蓄熱して毛羽の発生が生じることがあり、一方、Rmsが40nmを超える、すなわち表面凹凸が大きいと耐炎化工程において前駆体繊維束としての集束性が低下し、毛羽が発生する。Rmsは、凝固浴液粘度を本発明の範囲に調整することで制御でき、その他に凝固価や凝固引き取り速度を本発明の範囲に制御することでも適宜調整できる。
本発明の前駆体繊維の結晶配向度は、91〜94%であることが好ましく、より好ましくは92〜94%である。結晶配向度が91%を下回ると、耐炎化工程で張力が高まりにくく、毛羽が発生することがある。一方、結晶配向度が94%を超えると、耐炎化工程において延伸倍率を高く設定できないことがあることに加え、毛羽が発生することがある。結晶配向度は凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率と各工程の延伸張力を調整することで制御できる。
また、本発明の前駆体繊維は、RAMAN分光法により求められるRAMAN二色比R値が2.7〜3.0であり、好ましくは2.8〜3.0である。結晶配向度と異なり、非晶配向度や結晶化度も反映した全体配向度はRAMAN二色比で測定できる。RAMAN分光法では、レーザー光により特定の分子鎖の振動に応じたRAMAN散乱が観測され、PANの場合は、2240cm−1付近にC―N伸縮モードが表れ、他のC―Hなどのピークで規格化し、繊維軸方向と繊維軸に垂直方向のピーク比を調べることで全体配向の度合が測定できる。すなわち、レーザー励起波長:785nmとし、測定は、前駆体繊維表面にレーザー光を集光し、偏光面は繊維軸と一致させた時を0°の測定、ステージを90°回転させて、偏光面を繊維軸に90°に設定した時を90°の測定とする。ベースラインを引いた上で各測定の2240cmー1付近のピーク強度と1480cm−1付近のピーク強度の比をR’とする。R’(0°)/R’(90°)をRAMAN二色比Rと定義する。各試料につき異なる単繊維を用いてn=6の測定を行った。スペクトル比較や解析はそれらの平均を用いる。延伸を行うと結晶配向度の上昇とともにR値が高まるが、製糸速度を大きく高めると結晶配向度の割にR値が高まりやすいことが分かった。R値が高いほど、耐炎化工程での毛羽発生が少なくなり、R値が2.7未満では耐炎化温度を下げることなしには毛羽を抑制することができず、R値が3.0を超えるように毛羽の発生なしに前駆体繊維を製造するのは困難であった。
本発明では、束の状態で測定した前駆体繊維の単繊維強度が好ましくは6〜9cN/dtexである。単繊維強度が6cN/dtexより低いと耐炎化工程で毛羽が発生することがあり、一方、単繊維強度が9cN/dtexを超えると、耐炎化工程において延伸倍率を高く設定できないことがあることに加え、毛羽が発生することがある。単繊維強度は凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率と各工程の延伸張力を調整することで制御できる。
このようにして得られた炭素繊維前駆体繊維の単繊維繊度は、0.3〜1.5dtexであり、好ましくは0.3〜1.1dtexであり、より好ましくは0.6〜1.1dtexである。単繊維繊度が小さすぎると、生産性が低下するばかりか、ローラーやガイドとの接触による糸切れ発生などにより、製糸工程および炭素繊維の焼成工程のプロセス安定性が低下することがある。一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化工程での蓄熱が大きく糸切れしやすく、また、耐炎化後の各単繊維における内外構造差が大きくなり、続く炭化工程でのプロセス性低下や、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することでコストパフォーマンスが低下することがある。
本発明の前駆体繊維の単繊維断面直径の変動係数は0〜5%であり、好ましくは1〜2%である。繊維長手方向に繊維直径の変動があると長い炉長での工程通過時に毛羽を発生させるため、断面直径の変動係数は5%以内であり、多フィラメントで紡糸する場合にはかかる変動係数が1%以上となることが多い。高凝固浴液粘度条件、かつ、高速凝固引き取り速度条件においてかかる変動係数を本発明の範囲内に制御するためには、本発明の前駆体繊維の製造方法に従えばよい。
本発明において前駆体繊維の真円度は好ましくは0.85(真円に近い楕円)〜1(真円)であり、より好ましくは0.91〜1である。前駆体繊維の真円度が0.85未満では、耐炎化工程での繊維束の集束性が低下することがある。真円度は、前駆体繊維製造時の凝固浴濃度と温度を調整することで制御できる。
前駆体繊維の単繊維断面直径の変動係数と真円度の測定方法を以下に述べる。前駆体繊維束を繊維軸に垂直に高さを合わせてカミソリで切断し、光学顕微鏡を用いて単繊維の断面形状の観察を行う。測定倍率は、最も細い単繊維が1mm程度となるよう倍率200〜400倍程度とし、得られた画像を6枚分画像解析することにより前駆体繊維の単繊維の断面積と周長を求め、その断面積から単繊維の断面の直径(繊維径)を求め、また、下記式を用いて単繊維の真円度を求める。
真円度=4πS/L
(式中、Sは単繊維の断面積を表し、Lは単繊維の周長を表す。)
直径変動係数は、上記で得られた直径の変動係数とする。
得られる炭素繊維前駆体繊維は、通常、連続繊維(フィラメント)の形状である。また、その1糸条(マルチフィラメント)当たりのフィラメント数は、好ましくは3000〜60000本である。得られる炭素繊維前駆体繊維は、均質であるために1糸条あたりのフィラメント数は、焼成工程における生産性の向上の目的からは多い方が好ましく、また安定して焼成通過することが可能である。フィラメント数が60000本を越えると束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。フィラメント数が多いほど、本発明の効果が更に顕著となる。フィラメント数は、紡糸口金孔数と複数の錘から得られた糸条を合糸する数で制御できる。口金孔数は多いほどコストパフォーマンスが高いが、吐出の安定性からは合糸する数を増やすとよい。合糸するのは、凝固浴を出た後から耐炎化までの間であれば構わないが、凝固浴を出た後で合糸することが設備生産性の観点で好ましい。
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
本発明では、前記のようにして得た炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において延伸比0.8〜1.2延伸しながら耐炎化する耐炎化工程と、耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において延伸比0.95〜1.2で延伸しながら予備炭化する予備炭化工程と、予備炭化工程で得られた繊維を1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において延伸比0.96〜1.05で延伸しながら炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得ることができる。
本発明において、耐炎化とは、空気を4〜25mol%以上含む雰囲気中において、200〜300℃で熱処理する工程をいう。通常、紡糸工程と耐炎化工程以降は非連続であるが、紡糸工程と耐炎化工程の一部もしくは全てを連続的に行っても構わない。また、耐炎化工程の生産性向上のために耐炎化工程における雰囲気最高温度を270〜300℃に設定することが好ましい。耐炎化工程の雰囲気最高温度が高すぎると炭素繊維の物性が低下することがある。
耐炎化する際の延伸比は、0.8〜1.2、好ましくは0.9〜1.1とする。耐炎化する際の延伸比が0.8を下回ると、耐炎化工程の張力が低下し、耐炎化炉スリットなどで擦過を起こすことがあり、得られる炭素繊維の単繊維強度分布が広がる。また、耐炎化する際の延伸比が1.2を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残ることや欠陥が拡大することがある。
耐炎化の処理時間は、10〜100分の範囲で適宜選択することができるが、続く予備炭化の生産安定性、および、得られる炭素繊維の力学物性向上の目的から、得られる耐炎化繊維の比重が1.3〜1.38の範囲となるように設定することが好ましい。
予備炭化、および、炭化は、不活性雰囲気中で行なわれるが、用いられる不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、および、キセノンなどが用いられる。経済的な観点からは、窒素が好ましく用いられる。
予備炭化の温度は、300〜800℃とする。なお、予備炭化における昇温速度は、500℃/分以下に設定されることが好ましい。
予備炭化を行う際の延伸比は、0.95〜1.2、好ましくは1.0〜1.1とする。予備炭化を行う際の延伸比が0.95を下回ると、得られる予備炭化繊維の配向度が不十分となり、炭素繊維のストランド引張弾性率が低下する。また、予備炭化を行う際の延伸比が1.2を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残ることや欠陥が拡大することがある。
炭化の温度は、好ましくは1,000〜2,000℃、より好ましくは1,200〜1800℃、さらに好ましくは1,300〜1,600℃とする。一般に炭化の最高温度が高いほど、ストランド引張弾性率は高まるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となるため、両者のバランスを勘案して、炭化の温度を設定する。
炭化を行う際の延伸比は、0.96〜1.05、好ましくは0.97〜1.05、より好ましくは0.98〜1.03とする。炭化を行う際の延伸比が0.96を下回ると、得られる炭素繊維の配向度や緻密性が不十分となり、ストランド引張弾性率が低下する。また、炭化を行う際の延伸比が1.05を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残ることや欠陥が拡大することがある。
より弾性率が高い炭素繊維を所望する場合には、炭化工程に続き黒鉛化を行うこともできる。黒鉛化工程の温度は2000〜2800℃であるのがよい。また、その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して使用される。黒鉛化工程における延伸比は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて、毛羽発生など品位低下の生じない範囲で適宜選択するのがよい。
得られた炭素繊維はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
電解処理により、得られる繊維強化複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性が適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料の脆性的な破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる繊維強化複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として好適に用いられる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた測定方法を次に説明する。
<各種分子量:Mz、Mw>
重合体を測定する場合は、測定しようとする重合体が濃度0.1重量%でジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解した検体溶液を作製する。前駆体繊維を測定する場合は、測定する試料を濃度0.1w/v%でジメチルスルホキシドに溶解した検体溶液を作製する。作製した検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量分布曲線を求め、Mz(P)およびMw(P)、あるいは、Mz(F)およびMw(F)を算出する。測定は3回行い、Mz(P)、Mw(P)の値を平均して用いる。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・溶媒 :ジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)
・流速 :0.5ml/分
・温度 :75℃
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :200μl
・検出器 :示差屈折率検出器
Mwは、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも6種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読み取ることにより求める。
本実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)+東ソー(株)製TSK−guard Column αを、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μm−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000および1300000、1810000、4240000のものを、それぞれ用いた。
<凝固浴液粘度>
B型粘度計を用いて測定した。条件としては、ローターNo.1を使用し、ローター回転数60r.p.m.で測定した。
<凝固価>
紡糸に用いる溶媒50ccに対して紡糸に用いる重合体を1重量%溶解した溶液を5℃の温度に調温する。凝固促進成分を攪拌されたその溶液に徐々に滴下し、温度が25℃に安定し、十分攪拌されたのを確認してから滴下を続ける。沈殿生成を開始して溶液が透明から白濁に変化することを目視で確認し、滴下した凝固促進成分量を測定した。設定する凝固浴の凝固促進成分濃度(%)から、凝固価(g)=滴下した凝固促進成分量(g)/凝固促進成分濃度×100として求めた。測定は3回行い、その平均値を採用した。
<吐出角度>
口金短径に対し垂直方向から口金の吐出面と液面との間を写真撮影し、口金最外孔の吐出状態を計測した。口金面に垂直方向からの角度を吐出角度とした。
<沈み込み深さ>
凝固浴の側面の口金部分が透明になっている凝固浴で、口金短径に対し垂直方向から口金の吐出面と液面との間を写真撮影し、口金周辺部の液面と口金直下の液面の高低差を計測し、沈み込み深さとした。
<前駆体繊維のRAMAN二色比>
測定装置および、測定条件は以下のとおりで行った。
測定装置:JobinYvon製RamaonorT-64000マイクロプローブ(顕微モード)
対物レンズ:100倍
ビーム径:1μm
レーザー励起波長:785nm
レーザーパワー:33mW
回折格子:600gr/mm(Spectrograph製)
スリット:φ50μm
検出器:CCD(JobinYvon製1024×256)
測定は、前駆体繊維表面にレーザー光を集光し、偏光面は繊維軸と一致させた時を0°の測定、ステージを90°回転させて、偏光面を繊維軸に90°に設定した時を90°の測定とした。ベースラインを引いた上で各測定の2240cm−1付近のピーク強度と1480cm−1付近のピーク強度の比をR’とする。R’(0°)/R’(90°)をRAMAN二色比R値として用いた。各試料につき異なる単繊維を用いてn=6の測定を行った。スペクトル比較や解析はそれらの平均を用いた。
<前駆体繊維の結晶配向度>
繊維軸方向の配向度は、次のように測定した。繊維束を40mm長に切断して、20mgを精秤して採取し、試料繊維軸が正確に平行になるようにそろえた後、試料調整用治具を用いて幅1mmの厚さが均一な試料繊維束に整えた。薄いコロジオン液を含浸させて形態が崩れないように固定した後、広角X線回折測定試料台に固定した。X線源として、Niフィルターで単色化されたCuのKα線を用い、2θ=17°付近に観察される回折の最高強度を含む子午線方向のプロフィールの広がりの半価幅(H゜)から、次式を用いて結晶配向度(%)を求めた。n数は3とした。
結晶配向度(%)=[(180−H)/180]×100
なお、上記広角X線回折装置として、島津製作所製XRD-6100を用いた。
<前駆体繊維の単繊維繊度>
絶乾したフィラメント数6,000の繊維を1巻き1m金枠に10回巻いた後、その重量を測定し、10,000m当たりの重量を算出することにより求めた。
<前駆体繊維自乗平均面粗さRms>
評価すべき前駆体繊維単繊維を数本試料台にのせ、両端を接着液(例えば、文具の修正液)で固定したものをサンプルとし、原子間力顕微鏡を用いて3次元表面形状の像を得る。本実施例においては、原子間力顕微鏡として、セイコーインスツルメンツ(株)製、SPI3800N/SPA−400を用い、下記条件にて3次元表面形状の像を得た。
探針:シリコンカンチレバー(セイコーインスツルメンツ製、DF−20)
測定モード:ダイナミックフォースモード(DFM)
走査速度:1.5Hz
走査範囲:3μm×3μm
分解能:256ピクセル×256ピクセル
得られた3次元表面形状の像は、繊維断面の曲率を考慮し、付属のソフトウエアにより、画像の全データから最小二乗法により1次平面を求めてフィッティングし、面内の傾きを補正する1次傾き補正を行い、続いて同様に2次曲線を補正する2次傾き補正を行った後、付属のソフトウエアにより表面粗さ解析を行い、自乗平均面粗さRmsを算出した。測定は、異なる単繊維10本をランダムにサンプリングし、単繊維1本につき、各1回ずつ、計10回行い、その平均値を値とした。
<前駆体繊維の強度>
前駆体繊維束を試長50mm、引張速度100mm/分で試験を行い、n=10の値の平均を用いた。
<前駆体繊維単繊維の断面形状、直径変動係数>
前駆体繊維束を繊維軸に垂直に高さを合わせてカミソリで切断し、光学顕微鏡を用いて単繊維の断面形状の観察を行った。測定倍率は、最も細い単繊維が1mm程度となるよう倍率200〜400倍程度とし、得られた画像を6枚分画像解析することにより前駆体繊維の単繊維の断面積と周長を求め、その断面積から単繊維の断面の直径(繊維径)を求め、また、下記式を用いて単繊維の真円度を求めた。
真円度=4πS/L
(式中、Sは単繊維の断面積を表し、Lは単繊維の周長を表す。)
直径変動係数は、上記で得られた直径の変動係数とした。
<接着評価>
以下の実施例、比較例の条件で製糸したときに凝固引取後の繊維束を50cm採取し、底が黒色で、2cm深さの水が入ったバットで繊維束を泳がせ、バラケ具合を観察して、接着状態を評価した。評価基準は以下の通りである。
1:単繊維状にばらけている。
2:ピンセットで水中の繊維束を軽くたたくと単繊維にばらける。
3:数本単位でばらけない繊維束を含む。
4:数10本単位でばらけない繊維束を含む。
5:数10本単位でばらけない繊維束を複数含む。
<前駆体繊維製造時の工程安定性>
以下の実施例、比較例の条件で製糸したときに前駆体繊維を巻き取る手前で1000m分の前駆体繊維の毛羽の数を数え、工程安定性を評価した。評価基準は以下の通りである。
1:(毛羽本数/1繊維束・1000m)≦1
2:1<(毛羽本数/1繊維束・1000m)≦2
3:2<(毛羽本数/1繊維束・1000m)≦5
4:5<(毛羽本数/1繊維束・1000m)<60
5:(毛羽本数/1繊維束・1000m)≧60
<耐炎化時の工程安定性>
以下の実施例、比較例の前駆体繊維を12,000フィラメントとなるように合糸した上で、雰囲気温度を270℃一定に保たれ、炉長7.5mである横型熱風循環炉に、糸速2.5m/分で導入し、延伸比1.0で延伸しながら、炉の出側で40分間毛羽の数を数え、工程安定性を評価した。評価基準は以下の通りである。
1:(毛羽本数/1繊維束・100m)≦1
2:1<(毛羽本数/1繊維束・100m)≦2
3:2<(毛羽本数/1繊維束・100m)≦40
4:40<(毛羽本数/1繊維束・100m)<400
5:(毛羽本数/1繊維束・100m)≧400
[実施例1]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、およびジメチルスルホキシド130重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が100ppmまで窒素置換した後、ラジカル開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.002重量部を投入し、撹拌しながら下記の条件(重合条件Bと呼ぶ。)の熱処理を行った。
・ 65℃の温度で2時間保持
・ 65℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド240重量部、ラジカル開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら次の(1)〜(4)の熱処理(重合条件Aと呼ぶ)を行い、溶液重合法により重合して、PAN系重合体溶液を得た。
(1)30℃から60℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)60℃の温度で4時間保持
(3)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)80℃の温度で6時間保持
得られたPAN系重合体溶液を用いて重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつアンモニウム基をPAN系重合体に導入し、紡糸溶液を得た。得られた紡糸溶液におけるPAN系重合体は、Mw(P)が48万、Mz(P)/Mw(P)が5.7、MZ+1(P)/Mw(P)が14であり、紡糸溶液の粘度は45Pa・sであった。
得られた紡糸溶液を、40℃の温度で、孔数3000、紡糸口金孔径0.3mm、口金短径が175mmの紡糸口金から一旦5mmエアギャップを走行させ、5℃の温度にコントロールした70重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し、凝固糸とした。このときの吐出線速度3m/分、紡糸ドラフト率12、凝固引取速度40m/分の条件で凝固糸を得、接着評価を行った。また、このときの口金からの吐出角度は14°、沈み込み深さは8mmであった。得られた凝固糸を水洗した後、70℃の温度の温水中で2倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系油剤を付与し、190℃の温度のホットドラムを用いて乾燥し、その後0.4MPaの加圧水蒸気中で6倍の後延伸を行って単繊維繊度1.1dtexの炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は優れており、前駆体繊維巻き取り手前で観察した製糸工程通過性も安定していた。
[実施例2]
1回目のAIBNの投入量を0.001重量部に変更したことと、反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppmまで窒素置換したこと、重合条件Aを以下の重合条件Cに変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸溶液を得た。
(1)70℃の温度で4時間保持
(2)70℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
得られた紡糸溶液におけるPAN系重合体は、Mw(P)が34万、Mz(P)/Mw(P)が2.7、MZ+1(P)/Mw(P)が7.2であり、紡糸溶液の粘度は40Pa・sであった。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更した以外は実施例1と同様にして紡糸を行った。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は優れており、前駆体繊維巻き取り手前で観察した製糸工程通過性も安定していた。
[実施例3]
1回目のAIBNの投入量を0.002重量部に変更したことと、重合条件Cにおいて保持時間を1.5時間にした以外は、実施例2と同様にして紡糸溶液を得た。得られた紡糸溶液におけるPAN系重合体は、Mw(P)を32万、Mz(P)/Mw(P)を3.4、MZ+1(P)/Mw(P)を12であり、紡糸溶液の粘度は35Pa・sであった。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更した以外は実施例1と同様にして紡糸を行った。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は優れており、前駆体繊維巻き取り手前で観察した製糸工程通過性も安定していた。
[比較例1]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、ラジカル開始剤として2,2‘−アゾビス(2−メチルプロピオニトリル)(以下、AIBNと略記)0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部をジメチルスルホキシド370重量部に均一に溶解し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppmとなるまで窒素置換した後、実施例1における重合条件Aによる熱処理を行い、残存する未反応単量体を溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。
得られたPAN系重合体溶液の溶媒に対する重合体濃度は、20重量%弱であった。
得られたPAN系重合体溶液を、重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸溶液を得た。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更した以外は実施例1と同様にして紡糸を行おうとしたが、凝固引取ローラーに糸を掛けようとすると口金直下で糸切れしてサンプリングできなかった。
[比較例2]
(特開2008−248219の実施例1に類似した方法)実施例1で用いた紡糸溶液を用いて、孔数6000、紡糸口金孔径0.15mm、口金短径が175mmの紡糸口金から一旦5mmエアギャップを走行させ、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し、凝固糸とした。このときの吐出線速度7m/分、紡糸ドラフト率4、凝固引取速度28m/分の条件で凝固糸を得、接着評価を行った。凝固浴液の粘度が低く、凝固引取速度が遅かったため、口金からの吐出角度は14°、沈み込み深さは0mmであり、接着は少なかった。その後、凝固・吐出条件を上述のように変更した以外は実施例1と同様にして0.7dtexの前駆体繊維を得たが、実施例1に比べれば、若干工程通過性が悪化した。
[比較例3]
凝固浴の濃度と温度、吐出線速度を13m/分、紡糸ドラフト率3、凝固引取速度40m/分の条件として、1.1dtexの前駆単繊維を得た以外は比較例2と同様にして紡糸を行った。高粘度の凝固浴液となり、高速で引き取った場合には、口金中心部への随伴流が大きくなり、吐出角度が大きく、沈み込み深さが大きくなった。吐出角度が大きくなったため、接着が増加し、工程通過性が大幅に低下した。
[比較例4]
比較例1と同様の紡糸溶液を用いた以外は比較例3と同様にして紡糸を行った。吐出角度は比較例3よりも大きくなり、工程通過性はさらに悪化した。
[比較例5]
口金短径を220mmとした紡糸口金を用いた以外は実施例3と同様にして紡糸を行った。実施例3よりも吐出角度が大きくなり、接着が増えたために工程通過性は低下した。
[実施例4]
口金短径を75mmとした紡糸口金を用いた以外は実施例3と同様にして紡糸を行った。実施例3よりも吐出角度が小さくなり、工程通過性は良好だった。
[実施例5]
口金の長径を長くして、短径を維持したまま口金孔数を16000個とした紡糸口金を用いた以外は実施例3と同様にして紡糸を行ったところ、工程通過性は良好だった。
[実施例6]
口金の長径を長くして、短径を維持したまま口金孔数を24000個とした紡糸口金を用いた以外は実施例3と同様にして紡糸を行ったところ、工程通過性は良好だった。
[実施例7]
凝固浴の溶媒濃度を79%とし、浴液温度を10℃として凝固浴液粘度を8mPa・sとした以外は、実施例3と同様にして紡糸を行った。凝固浴温度が高かったためスキン層が薄くなり、工程通過性が若干悪化したが、凝固浴粘度が低下したために吐出角度が小さくなり、接着が低減した。
[実施例8]
凝固浴の浴液温度を15℃として凝固浴液粘度を7mPa・sとした以外は、実施例7と同様にして紡糸を行った。凝固浴温度が高かったためスキン層が薄くなり、工程通過性が若干悪化したが、凝固浴粘度が低下したために吐出角度が小さくなり、接着が低減した。
[比較例6]
凝固浴の浴液温度を25℃として凝固浴液粘度を5mPa・sとした以外は、実施例7と同様にして紡糸を行った。凝固浴温度が高かったためスキン層が薄くなり、工程通過性が大幅に悪化した。
[実施例9〜11]
紡糸溶液の口金からの吐出量を凝固引取速度に応じて高め、凝固引取速度を表1に示すとおり変化させた以外は、実施例3と同様紡糸が行った。凝固浴液面の沈み込み深さは大きくなったが、大幅な工程通過性低下はなく、安定して紡糸できた。
[比較例7〜9]
紡糸溶液の口金からの吐出量を凝固引取速度に応じて高め、凝固引取速度を表1に示すとおり変化させた以外は、比較例4と同様紡糸が行った。凝固浴液面の沈み込み深さは大きくなり、比較例4同様、吐出角度が大きかったため工程通過性は大幅に悪化した。
[実施例12]
口金孔径を変更して、紡糸ドラフト8に変更したした以外は実施例4と同様、紡糸を行った。吐出角度が大きくなったため、若干工程通過性が悪化したが、問題なく紡糸できた。
[実施例13]
口金孔径を変更して、紡糸ドラフト5に変更したした以外は実施例4と同様、紡糸を行った。吐出角度が大きくなったため、若干工程通過性が悪化したが、問題なく紡糸できた。
[実施例14]
凝固引取速度を高めて、紡糸ドラフトを変更した以外は実施例3と同様にして紡糸を行った。紡糸ドラフトが高まったため吐出角度が小さくなり、凝固引取速度は高まったにもかかわらず、紡糸は安定した。
[比較例10]
オクチルメルカプタン0.2重量部をジメチルスルホキシド240重量部に変更した以外は比較例1と同様に重合を行い、Mw(P)20万の重合体を得た。この重合体溶液の重合体濃度を27重量%に調整して紡糸溶液とした。得られた紡糸溶液を、40℃の温度で、孔数36、紡糸口金孔径0.3mm、口金短径が10mmの紡糸口金から一旦5mmエアギャップを走行させて乾湿式紡糸法により紡糸して凝固糸とした。このとき、特許文献2の実施例と同様の凝固浴液粘度となるように40℃の温度にコントロールした70重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴条件とした。吐出線速度5m/分、紡糸ドラフト率13.6、凝固引取速度65m/分の条件で紡糸を行った。凝固浴液粘度が低く、口金孔数が少なく口金中心部と外周部との距離が短かったため、凝固浴液の口金中心部直下への流れが小さく、比較的安定した紡糸ができたが、生産性の観点で満足できるものではなかった。
[比較例11]
紡糸口金および凝固浴の条件を実施例1と同様にした以外は比較例10と同様にして紡糸を行ったが、吐出角度が大きく、凝固糸同士が接着したため、安定して紡糸することはできなかった。
[比較例12]
AIBN 0.3重量部、オクチルメルカプタンを不投入に変更した以外は、比較例1と同様にして重合を行い、Mw(P)90万の重合体を得た。ポリマー濃度が20重量%になるように調整して紡糸溶液を得た。得られた紡糸溶液を、40℃の温度で、孔数16000、紡糸口金孔径0.19mm、口金短径が67mmの紡糸口金から一旦5mmエアギャップを走行させて乾湿式紡糸法により紡糸して凝固糸とした。このとき、特許文献3の実施例と凝固浴液粘度のみ同様となるように3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴条件とした。吐出線速度0.5m/分、紡糸ドラフト率8、凝固引取速度4m/分の条件で紡糸を行った。凝固浴液粘度が低く、凝固引取速度が遅かったため、凝固浴液の口金中心部直下への流れが小さく、比較的安定した紡糸ができたが、生産性の観点で満足できるものではなかった。
[比較例13]
凝固浴の条件、および吐出量、凝固引取速度を実施例1と同様にした以外は、比較例12と同様にして紡糸を行ったが、吐出角度が大きく、凝固糸同士が接着したため、安定して紡糸することはできなかった。
[比較例14]
吐出線速度を落として紡糸ドラフトを変更した以外は実施例14と同様にして紡糸を行った。紡糸ドラフトを高めすぎたため、わずかに口金直下で糸切れが起こり、工程通過性が大幅に悪化した。
[実施例15〜18]
重合条件Bの熱処理(65℃)保持時間を2時間から1.5時間にした以外は実施例1と同様にして紡糸溶液を得た。前駆体繊維製造条件を表2のように変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸を行い、前駆体繊維を得た。なお、総延伸倍率は後延伸の倍率を調整して条件設定した。
[実施例19]
前駆体繊維製造条件を表2のように変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸を行い、前駆体繊維を得た。
[実施例20、21]
紡糸溶液の重合体濃度が15重量%となるようにジメチルスルホキシドを加えて調製し、前駆体繊維製造条件を表2のように変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸を行い、前駆体繊維を得た。
[比較例15]
特願2009−09704号の実施例5と同様にして紡糸溶液を得て、同条件を参考に表1のように条件設定して紡糸を行い、前駆体繊維を得た。
[比較例16]
特開2008−248219号の実施例1と同様にして紡糸溶液を得て、同条件を参考に表1のように条件設定して紡糸を行った。すなわち、得られた紡糸溶液を用い、孔数12,000であり、かつ、表2に示す紡糸口金・吐出条件で紡糸し、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し凝固糸とした。このときの紡糸ドラフトを2.5倍に調節し凝固糸を得た。乾燥した凝固糸の単繊維繊度は10.5dtexであった。このようにして得られた凝固糸を水洗した後、90℃の温水中で3倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与して浴中延伸糸を得た。このようにして得られた浴中延伸糸を165℃の温度に加熱したローラーを用いて30秒間乾燥を行い、5倍のスチーム延伸倍率でスチーム延伸を行い、単繊維繊度1dtexの前駆体繊維を得た。
[比較例17]
凝固浴条件を表2のように変更した以外は比較例16と同様にして紡糸を行い、前駆体繊維を得た。
[比較例18]
特願2008−287520号の実施例1と同様にして紡糸溶液を得て、同条件を参考に表1のように条件設定して紡糸を行った。すなわち、得られた紡糸溶液を、40℃の温度で、孔数100、紡糸口金孔径0.2mmの紡糸口金から一旦15mmエアギャップを走行させ、5℃の温度にコントロールした66重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し、凝固糸とした。このときの吐出線速度は、8m/分となるように紡糸口金への送液量を調整し、凝固糸の巻取り速度を変更することにより、糸切れの発生する可紡性の測定を行った。また、吐出線速度1m/分、紡糸ドラフト率14の条件で凝固糸を得、水洗した後、70℃の温度の温水中で2倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、130℃の温度のホットドラムを用いて乾燥し、その後165℃の温度の加熱炉を用いて非接触で乾燥しながら2倍の倍率で延伸を行い、単繊維繊度1.3dtexの炭素繊維前駆体繊維を得た。
[比較例19、20]
前駆体繊維製造条件を表2のように変更した以外は、比較例1と同様にして紡糸を行い、前駆体繊維を得た。
上記した実施例および比較例における前駆体繊維製造条件およびその評価などの結果を表1および2に、前駆体繊維の特性を表3にまとめて示す。
Figure 2010255159
Figure 2010255159
Figure 2010255159
本発明では、高速紡糸を行うことの可能なPAN系重合体を、安定して吐出することにより、生産性を損なうことなく、かつ、製造コストを削減しつつ高品位な前駆体繊維を製造することができ、その得られた前駆体繊維を用いることにより、焼成工程でも安定して高品位、かつ、高強度な炭素繊維の製造することができ有用である。

Claims (9)

  1. 繊維を構成するポリアクリロニトリル系重合体のZ平均分子量Mz(F)が60万〜200万であり、多分散度Mz(F)/Mw(F)(Mw(F)は、繊維を構成するポリアクリロニトリル系重合体の重量平均分子量を表す)が2〜5であり、原子間力顕微鏡で3μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRmsが15〜40nmであり、単繊維繊度が0.3〜1.5dtexであり、単繊維断面直径の変動係数が0〜5%である炭素繊維前駆体繊維。
  2. RAMAN分光法により求められ、明細書で規定するR値が2.7〜3.0であり、単繊維強度が6〜9cN/dtexであり、原糸結晶配向度が91〜94%である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維。
  3. 真円度が0.85〜1である請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体繊維。
  4. 短径が75〜200mm、孔数3000〜30000個である紡糸口金を用い、凝固浴液の紡糸条件での凝固温度における粘度が7〜15mPa・sの条件で凝固浴液中を凝固糸が35〜200m/分の速度で走行するように乾湿式紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、Z平均分子量(Mz(P))が80万〜600万で、多分散度(Mz(P)/Mw(P))(Mw(P)は、重量平均分子量を表す)が2.7〜10であるポリアクリロニトリル系重合体を含有する紡糸溶液を用い、紡糸ドラフトを5〜50とし、紡糸口金の最外孔からの吐出した紡糸溶液の紡糸口金面鉛直方向との角度を5〜15°とすることを特徴とする炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  5. 前記紡糸溶液を凝固価が23〜40gである凝固浴条件の凝固浴中に吐出する請求項4に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  6. 前記凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率が、10〜20倍、前駆体繊維束の巻き取り速度が600〜2000m/分である請求項4または5に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  7. 前記凝固糸の引き取り速度が、50〜200m/分である請求項4〜6のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  8. 沈み込む前の凝固浴液面と紡糸口金との距離を5〜10mmに設定し、紡糸によって凝固浴液面が沈み込む深さを5〜20mmに制御する請求項4〜7のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  9. 請求項4〜8のいずれかに記載の製造方法によって得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化する耐炎化工程と、耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化する予備炭化工程と、予備炭化工程で得られた繊維を1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得る炭素繊維の製造方法。
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