JP5141591B2 - 炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の製造方法 - Google Patents

炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、炭素繊維前駆体繊維の製造方法と、その製造方法で得られた炭素繊維前駆体繊維を用いてなる炭素繊維の製造方法に関するものである。
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有するため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途や航空・宇宙用途に加え、自動車、土木・建築、圧力容器および風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつあり、更なる生産性の向上の要請も高い。
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、単にPANと記述することがある。)系炭素繊維は、PAN系重合体溶液を湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得た後、それを200〜400℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へ転換し、それを少なくとも1,000℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって、工業的に製造されている。
炭素繊維の生産性向上は、PAN系炭素繊維前駆体繊維(以下、単に前駆体繊維と記述することがある。)の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われている。中でも前駆体繊維の生産性向上は、次に示す問題から困難であった。すなわち、前駆体繊維を得る際の紡糸においては、PAN系重合体溶液特性に伴う限界紡糸ドラフトと、その凝固構造に伴う限界延伸倍率によって生産性が制限されている。生産性を向上させるために紡糸速度を高めると延伸性低下が起こるため生産が不安定化しやすく、紡糸速度を下げると生産は安定化するものの生産性は低下するため、生産性の向上と安定化の両立が困難であるという問題があった。
前駆体繊維の製造方法には、紡糸する方法として大別して湿式紡糸法と乾湿式紡糸法の2つの方法がある。乾湿式紡糸法は、湿式紡糸法と比較して限界紡糸ドラフトを高めやすい点で生産性向上に適している。この乾湿式紡糸法は、紡糸口金が空気中にあり、吐出されるPAN系重合体溶液の細流を、紡糸口金下における空気の存在する層(以下、単にエアギャップと略記することがある。)を通過させた後に凝固浴に導入し、糸条を形成させる方法である。この乾湿式紡糸法においては、紡糸口金の下面と凝固浴液面との距離であるエアギャップ距離(以下、単にHaと略記することがある。)を一定とすることが、得られる繊維の品質を維持し、生産性を低下させないために重要である。すなわち、Haが短いと、地震、重合体溶液流や凝固浴液流などが引き起こす凝固浴液面の変動により、紡糸口金が凝固浴液に接し、浸漬(以下、単に口金浸漬と略記することがある。)し易くなり、紡糸が不可能となる場合がある。例えば、口金浸漬によっては、糸切れが誘発されるが、かかる糸切れの復旧には、紡糸口金の分解や清掃も含め、多大の時間と手間を要する。一方、Haが大きいと、限界紡糸ドラフトが大幅に低下し糸切れすることや、紡糸ドラフトを下げて紡糸する場合にも、隣接する吐出孔から流出しているPAN系重合体溶液の細流と接着する。
そのため、Haは、アクリル繊維においては通常は2〜50mmに設定されている。中でも炭素繊維用途以外では、繊度が前駆体繊維対比で大きいため、紡糸口金の孔径を0.3mmと大きな口金を用いることによりHaを5〜50mmとし、紡糸ドラフトを5〜50に設定する技術が提案されているが(特許文献1参照。)、この提案では凝固糸の単繊維繊度は11dtex程度までしか低下させることはできず、また、紡糸口金の孔数も上げられないため、多フィラメントで焼成することがコストの面から必要な炭素繊維用としては不適である。そのため、前駆体繊維の製造に用いられる紡糸口金は、通常、その孔径が0.05〜0.18mm、Haが2〜10mmの範囲で設定されている。
また別に、紡糸口金の前後にオーバーフロー堰を設置する技術(特許文献2参照。)や、凝固液よりも低比重の、例えばボールを浮かべ、液面をボールで覆って液面変動を抑制する技術(特許文献3参照。)や、凝固浴中に金網や整流筒を設置する技術(特許文献4参照。)が提案されているが、効果は限定的であり地震には無力である。
さらに、上記の特許文献2によると、Haを高めるとエアギャップにおけるPAN系重合体溶液の細流が不安定となり糸切れの原因となるために、Haはできるだけ短くすることが好ましい、と述べられている。
Haを10mm以上に大きくし、紡糸口金孔径を小さくしたまま紡糸ドラフトを高く維持することができれば、凝固浴で液流や地震による液面変動でも口金浸漬はなくなるが、通常のPAN系重合体溶液は、エアギャップで細径化されるとPAN系重合体溶液が毛管破断あるいは凝集破断する。これは、口金孔径を大きくして紡糸ドラフトを上げたときも、口金孔径を小さくしたときでも変わりなく、ほぼ同等のPAN系重合体溶液径で破断する。
そこで、PAN系重合体溶液が伸長されたときに破断しない特定のPAN系重合体溶液との組合せが必要である。すなわち、伸長歪みが一定かかると伸長粘度が増加するような重合体設計が必要である。
本発明者らは、従来技術の有する上記問題点に鑑み、高性能な炭素繊維を生産性よく効率的に得ることに関して鋭意検討の結果、本発明に達した。
特開平11−107034号公報 特開平07−070813号公報 特開平11−350245号公報 特開平11−350244号公報
そこで本発明の目的は、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフトを高めることができるPAN系重合体溶液を用い、Haを高くすることにより、地震などの液面変動でも口金浸漬しないため生産性を損なうことなく、液面変動に対する抵抗力のある毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維用前駆体繊維を製造する方法を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、上記の高品位な炭素繊維用前駆体繊維を用いた高性能かつ高品位な炭素繊維を焼成工程でも安定して製造することができる炭素繊維の製造方法を提供することにある。
上記の目的を達成するために、本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法は次の構成を有するものである。
すなわち、本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法は、Z平均分子量Mzと重量平均分子量Mwとの比であるMz/Mwが2.7以上であるポリアクリロニトリル系重合体を含み、50℃の温度における粘度が10〜80Pa・sであるポリアクリロニトリル系重合体溶液を、紡糸口金の孔ピッチが1.0〜2.0mmで平均孔径が0.05〜0.28mmの紡糸口金を用いて、紡糸口金および凝固浴液面の間のエアギャップ距離を10から50mmとし、かつ、紡糸ドラフトを2.5〜15とした条件下で乾湿式紡糸する炭素繊維用前駆体繊維の製造方法である。
本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリアクリロニトリル系重合体溶液の重合体濃度は6〜25重量%の範囲である。
本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、乾燥させた凝固糸の単繊維繊度を0.4〜11dtexの凝固糸とするものである。

本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記の紡糸口金の孔数は500〜24000ホールである。
本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、紡糸口金からのポリアクリロニトリル系重合体溶液の吐出線速度は4〜16m/分である。 さらに、上記の目的を達成するために、本発明の炭素繊維の製造方法は次の構成を有するものである。すなわち、本発明の炭素繊維の製造方法は、上記の製造方法によって得られた炭素繊維用前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理する炭素繊維の製造方法である。
本発明によれば、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフトを高めることができるPAN系重合体溶液を用い、Haを高くすることにより、地震などの液面変動でも口金浸漬しないため生産性を損なうことなく、液面変動に対する抵抗力のある毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維用前駆体繊維を製造することができる。そのような高品位な炭素繊維用前駆体繊維を用いるので、高性能かつ高品位な炭素繊維を焼成工程でも安定して製造することができる。
本発明者らは、後述する紡糸口金の孔ピッチと孔径、および乾湿式紡糸法における紡糸口金と凝固浴液面の間のエアギャップ距離と、紡糸ドラフトを特定の範囲に制御することにより、生産性を損なうことなく高品位な前駆体繊維を製造することができることを見出し、本発明に到達した。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法において用いられるポリアクリロニトリル系重合体について、まず説明する。
本発明のポリアクリロニトリル系重合体(以下、単にPAN系重合体と既述することがある。)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、単にGPCと記述することがある。)法(測定法の詳細は後述する。)で測定される、紡糸溶液中のPAN系重合体の重量平均分子量(以下、単にMwと記述する。)が好ましくは10万〜100万であり、より好ましくは30万〜50万であり、更に好ましくは32万〜50万である。Mwが10万未満では前駆体繊維の強度が不足し、Mwが100万より大きいと吐出が困難となる。PAN系重合体のMwは、重合時のモノマー、ラジカル開始剤および連鎖移動剤などの量を変えることにより制御することができる。
本発明で用いられるPAN系重合体の多分散度(Mz/Mw)(ただし、MzはZ平均分子量を表す。)は2.7以上であり、好ましくは2.7〜10であり、より好ましくは3〜5であり、更に好ましくは4〜5である。本発明において、各種平均分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、GPCと略記する。)法で測定され、ポリスチレン換算値として得られるものである。また、多分散度(Mz/Mw)は、次の意味を有する。すなわち、数平均分子量(以下、単にMnと記述することがある。)は、高分子化合物に含まれる低分子量物の寄与を敏感に受ける。これに対して、Mwは高分子量物の寄与を敏感に受け、Mzは高分子量物の寄与をさらに敏感に受ける。そのため、分子量分布(Mw/Mn)や多分散度(Mz/Mw)を用いることにより、多分散度を評価することができる。分子量分布(Mw/Mn)が1であるとき単分散であり、分子量分布(Mw/Mn)が大きくなるにつれて分子量分布が低分子量側を中心にブロードになることを示すのに対して、多分散度(Mz/Mw)は大きくなるにつれて、分子量分布が高分子量側を中心にブロードになることを示す。
上記のように、分子量分布(Mw/Mn)と多分散度(Mz/Mw)の示すところが異なるため、分子量分布(Mw/Mn)が大きくても、多分散度(Mz/Mw)が必ずしも2.7以上になるということではない。多分散度(Mz/Mw)が2.7未満では、歪み硬化が弱くPAN系重合体の吐出安定性向上が不足する。一方、多分散度(Mz/Mw)が10
を超えると絡み合いが大きくなりすぎて、吐出が困難となることがある。
また、前記分子量の分布において、PAN系重合体は、分子量が150万以上のPAN系重合体成分を0.5〜5重量%含むことが好ましい。分子量が150万以上のPAN系重合体成分が0.5重量%未満では、歪み硬化が弱くPAN系重合体を含む紡糸溶液の口金からの吐出安定性向上度合が不足する場合がある。また、分子量が150万以上のPAN系重合体成分が5重量%を超える場合には、歪み硬化が強すぎて、PAN系重合体の吐出安定性向上度合が不足する場合がある。かかる観点から、分子量150万以上の成分を1〜4重量%含むことがより好ましく、1〜3重量%含むことがさらに好ましい態様である。
ここでいう分子量が150万以上のPAN系重合体成分の含有率は、GPC法により測定されるポリスチレン換算分子量の対数と、屈折率差によって描く分子量分布曲線から得られる値であり、分子量分布全体の積分値に対するポリスチレン換算分子量150万以上のピーク面積の積分値が占める割合を示したものである。屈折率差は、単位時間当たりに溶出された分子の重量にほぼ対応するため、ピーク面積の積分値が重量混合率にほぼ対応する。
本発明において、上記特性のPAN系重合体を用いることにより、生産性の向上と安定化の両立を達成できる炭素繊維前駆体繊維を製造することができるメカニズムは、必ずしも明確になった訳ではないが、次のように考えられる。口金孔直後でPAN系重合体が伸長変形する際に、超高分子量物と高分子量物が絡み合い、超高分子量物を中心に絡み合う間の分子鎖が緊張することにより、伸長粘度の急激な増大、すなわち、歪み硬化が起きる。PAN系重合体溶液の細化に伴い細化部分の伸長粘度が高くなり、流動安定化するため紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができ、ひいては製糸速度を高めることができる。本発明におけるPAN系重合体を溶媒に溶解させた溶液を用いることにより、20000mm/分もの高速で糸を曳いても糸が切れることはなく、曳糸長としては測定ができないほどとすることができる。
また、分子量分布(Mw/Mn)は、小さいほど炭素繊維の構造欠陥となりやすい低分子成分の含有量が少ないため、小さいほど好ましく、多分散度(Mz/Mw)よりも分子量分布(Mw/Mn)が小さいことが好ましい。すなわち、高分子量側にも、低分子量側にもブロードであっても、吐出安定性低下は少ないが、低分子量側はなるべくシャープであることが好ましく、多分散度(Mz/Mw)が分子量分布(Mw/Mn)に対して、1.5倍以上であることがより好ましく、更に好ましくは1.8倍以上である。
本発明者らの検討によると、通常アクリロニトリル(以下、単にANと記述することがある。)の重合でよく行われている、水系懸濁法や溶液法などのラジカル重合においては、分子量分布として低分子量側に裾を引いているため、分子量分布(Mw/Mn)が多分散度(Mz/Mw)よりも大きくなる。そのため、重合開始剤の種類と割合や逐次添加など、特殊な条件で重合を行うか、一般的なラジカル重合を用いる場合には、2種以上のポリアクリロニトリル系重合体を混合する方法があり、2種以上のポリアクリロニトリル系重合体を混合する方法が簡便である。混合するポリアクリロニトリル系重合体の種類は、少ないほど簡便であり、吐出安定性の観点からも2種で十分なことが多い。
混合するポリアクリロニトリル系重合体のMwは、Mwの大きいポリアクリロニトリル系重合体をA成分とし、Mwの小さいポリアクリロニトリル系重合体をB成分とすると、A成分のMwは好ましくは60万〜1500万であり、より好ましくは100万〜500万であり、B成分のMwは15万〜49万であることが好ましい。A成分とB成分のMwの差が大きいほど、混合された重合体の多分散度(Mz/Mw)が大きくなる傾向があるため好ましい態様であるが、A成分のMwが1500万より大きいときはA成分の生産性は低下する場合があり、B成分のMwが15万未満のときは前駆体繊維の強度が不足する場合があり、多分散度(Mz/Mw)は10以下とすることが現実的である。
具体的には、A成分とB成分の重量平均分子量比(A成分/B成分)は、4〜45であることが好ましく、より好ましくは20〜45である。
また、A成分とB成分の重量比(A成分/B成分)は、0.003〜0.2であることが好ましく、より好ましくは0.005〜0.15であり、更に好ましくは0.01〜0.1である。A成分とB成分の重量比が0.003未満では、歪み硬化が不足することがあり、また0.3より大きいときは重合体溶液の吐出粘度が上がりすぎて吐出困難となることがある。Mwと重量比は、GPCにより測定された分子量分布のピークをショルダーやピーク部分でピーク分割し、それぞれのピークのMwおよびピークの面積比を算出することにより測定される。
A成分とB成分のポリアクリロニトリル系重合体を混合する場合、両重合体を混合してから溶媒で希釈する方法、重合体それぞれを溶媒に希釈したもの同士を混合する方法、溶解しにくい高分子量物であるA成分を溶媒に希釈した後にB成分を混合溶解する方法、および高分子量物であるA成分を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合して単量体を溶液重合することにより混合する方法などを採用することができる。高分子量物を均一に溶解させる観点から、高分子量物であるA成分を初めに溶解する方法が好ましい。特に、炭素繊維前駆体繊維製造用とする場合には、高分子量物であるA成分の溶解状態が極めて重要であり、わずかであっても未溶解物が存在していた場合には異物として認識され、炭素繊維内部にボイドを形成することがある。
A成分の全重合体に対する重量混合量(以下、全重合体に対するA成分の重量混合率とも記述することがある。)の測定は、B成分と混合する場合は、混合前のA成分の重量と混合後のPAN系全重合体組成物の重量を測定し、その重量比から計算することができる。また、B成分を構成する単量体と混合してその単量体を溶液重合する場合は、A成分を重合後、B成分を重合するための重合開始剤を計量導入前の溶液を用いてA成分の重合率を測定し、溶液中のA成分の重量を測定し、別途、PAN系全重合体組成物溶液の重合体組成物濃度から求めたPAN系全重合体の重量を測定し、その重量比から計算することができる。
本発明で好適に用いられるA成分としては、PANと相溶性を有することが望ましく、相溶性の観点からPAN系重合体であることが好ましい。組成としては、アクリロニトリル(AN)が好ましくは98〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を2モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分の連鎖移動定数がANより小さく、必要とするMwを得にくい場合は、共重合成分の量をなるべく減らすことが好ましい。
ANと共重合可能な単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
本発明において、A成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。必要とするMwを得ることが難しい場合は、連鎖移動定数の大きい溶媒、すなわち、塩化亜鉛水溶液による溶液重合法、あるいは水による懸濁重合法も好適に用いられる。
本発明で好適に用いられるB成分であるPAN系重合体の組成としては、ANが好ましくは98〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を2モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分量が多くなるほど共重合部分での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する傾向がある。
B成分において、ANと共重合可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
本発明において、B成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。中でも、PANの溶解性の観点から、ジメチルスルホキシドを用いることが好ましい。
次に、上記PAN系重合体を用いた本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法について説明する。
まず、前記のPAN系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPAN系重合体が可溶な溶媒に溶解し、紡糸溶液とする。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、得られたポリアクリロニトリルを分離し紡糸溶媒に再溶解する工程が不要となる。
次に、本発明で用いられるPAN系重合体溶液について説明する。
PAN系重合体溶液の重合体濃度は、好ましくは6〜25重量%の範囲であり、より好ましくは15〜25重量%の範囲であり、さらに好ましくは17〜23重量%であり、最も好ましくは19〜21重量%である。重合体濃度が6重量%未満では凝固初期の繊維径と凝固後の繊維径の差が大きくなり、内部にボイドが生じて緻密な構造の繊維が得られないことがあるため、乾燥させた凝固糸の単繊維繊度を低下させても緻密な構造の繊維を形成する効果が発揮されにくいことがある。特に、重合体濃度が15重量%以上では効果が高い。
一方、重合体濃度が25重量%を超えると粘度が上昇し、凝固糸の巻き取り速度を上げにくく、紡糸が困難となる。紡糸溶液である重合体溶液の重合体濃度は、使用する溶媒の量により調製することができる。
本発明において重合体濃度とは、PAN系重合体溶液中に含まれるPAN系重合体の重量%である。具体的には、PAN系重合体溶液を計量した後、PAN系共重合体を溶解せずかつPAN系共重合体溶液に用いられる溶媒と相溶性のあるものに、計量したPAN系共重合体溶液を脱溶媒させた後、PAN系共重合体を計量する。重合体濃度は、脱溶媒後のPAN系共重合体の重量を、脱溶媒する前のPAN系共重合体溶液の重量で割ることにより算出する。
また、本発明で用いられるPAN系重合体を含むPAN系重合体溶液の50℃の温度における粘度は、10〜80Pa・sの範囲であり、より好ましくは20〜70Pa・sであり、最も好ましくは35〜65Pa・sである。PAN系重合体溶液の粘度が10Pa・s未満では、毛管破断しやすくなるため、紡糸口金から出た糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下し、Haを高く保つことができない。また、PAN系重合体溶液の粘度は80Pa・sを超えると凝集破断しやすくなり、Haを高く保つ効果は見られないばかりかゲル化し易くなり、安定した紡糸が困難になる。紡糸溶液の粘度は、重合開始剤や連鎖移動剤の量などにより制御することができる。
本発明において50℃の温度におけるPAN系重合体溶液の粘度は、B型粘度計により測定することができる。具体的には、ビーカーに入れたPAN系重合体溶液を、50℃の温度に温度調節された温水浴に浸して調温した後、B型粘度計として、(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、PAN系重合体溶液の粘度が0〜100Pa・sの範囲はローター回転数6r.p.m.で測定し、またその紡糸溶液の粘度が100〜1000Pa・sの範囲はローター回転数0.6r.p.m.で測定する。
PAN系重合体溶液を紡糸する前に、高強度な炭素繊維を得る観点から、そのPAN系重合体溶液を、例えば、目開き10μm以下のフィルターに通し、重合体原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。
本発明では、前記したPAN系重合体溶液を紡糸溶液として、乾湿式紡糸法を用いて紡糸することにより、炭素繊維用前駆体繊維を製造することができる。乾湿式紡糸法は、重合体溶液を口金から一旦空気中に吐出した後、凝固浴中に導入して凝固させる紡糸方法である。
本発明で用いられる紡糸口金の平均孔径は、0.05〜0.28mmであり、好ましくは、0.05〜0.18mm、より好ましくは0.1〜0.15mmである。紡糸口金の平均孔径が0.05mmより小さい場合、紡糸溶液である重合体溶液を高圧で紡糸口金から吐出させる必要があり、紡糸装置の耐久性が低下し、更にノズルからの紡出が困難となるばかりでなく、紡糸ドラフトを高く設定するとポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度が細くなり過ぎ、炭素繊維用前駆体繊維としては適さない。一方、紡糸口金の平均孔径が0.28mmを超えると、10dtex以下の乾燥させた単繊維繊度の凝固糸を得ることが困難である。また、平均孔ピッチを広げないと隣接孔から紡出されたPAN系重合体溶液と接着し、炭素繊維の強度を低下させる。また、紡糸口金の平均孔径が0.18mmを超えると、10dtex以下の乾燥させた単繊維繊度の凝固糸を得ることが困難となることがあるため、0.05〜0.18mmとすることが、好ましい。
本発明において紡糸口金の平均孔径は、紡糸口金面を顕微鏡観察することにより測定することができる。孔径が異なる孔を有する場合には、孔径と孔数割合で平均する。
また、紡糸口金の平均孔ピッチは、1.0〜2.0mmである。平均孔ピッチが1.0mm未満であると隣接孔から紡出されたPAN系重合体溶液と接着し、炭素繊維の強度を低下させる。一方、平均孔ピッチが2.0mmを超えると、多孔から構成させる口金の外径が大きくなり、内側と外側の孔から紡出された繊維の差が大きくなり、製造工程途中で糸切れを起こし、生産性低下を引き起こす。
本発明において紡糸口金の平均孔ピッチは、紡糸口金面を顕微鏡観察により測定することができる。孔ピッチとは、隣接する2つの紡糸口金孔の中心点間距離のことである。異なる孔ピッチを有する場合には、その存在割合で平均する。紡糸口金孔は、一定の集団毎にブロック分けされていることが多く、ブロックを隔てて隣接する紡糸口金孔の孔ピッチは平均に算入しない。
また、紡糸口金の孔数は、500〜24000個であることが好ましく、より好ましくは、3000〜12000個である。孔数が500個より少ない場合、生産性が低下し、Haを高くする効果が相殺されることが多く、さらに、得られる凝固糸繊維束の総繊度が小さく細いため水洗工程等で浴抵抗により糸切れすることがあり、孔数が3000個より少ない場合、生産性が低下することが多い。一方、孔数が24000個を超える場合には、口金外径が大きすぎて、吐出ムラが発生することがあり、紡糸ドラフトを上げられないことがある。
本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法において、紡糸口金と凝固浴液面の間のエアギャップ距離(Ha)を10から50mmとする。Haは、好ましくは15〜50mmであり、より好ましくは15〜25mmである。Haは10mm以上であれば凝固浴の液流や地震による液面変動で引き起こされる口金浸漬や繊度むらが抑制される。かかる観点からHaは、高いほど好ましいといえるが、Haが50mmを超えると本発明の他の条件を満たしたとしてもエアギャップでの紡糸溶液の破断が起こりやすくなるためである。
本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法において、PAN系重合体を含むPAN系重合体溶液の紡糸ドラフトは2.5〜15の範囲であることが重要である。紡糸ドラフトは、好ましくは5〜15の範囲であり、さらに好ましくは10〜15の範囲である。
ここで紡糸ドラフトとは、紡糸糸条(フィラメント)が紡糸口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の巻き取り速度)を、紡糸口金孔内のPAN系重合体溶液の線速度(吐出線速度)で割った値をいう。この吐出線速度とは、単位時間当たりに吐出される重合体溶液の体積を口金孔面積で割った値をいう。したがって、吐出線速度は、PAN系重合体溶液の吐出量と紡糸口金の孔径の関係で決まる。PAN系重合体を含むPAN系重合体溶液は、紡糸口金孔を出て凝固浴に接して次第に凝固して凝固糸(フィラメント)となる。このとき第一ローラーによりフィラメントは引っ張られているが、フィラメントよりも未凝固紡糸溶液の方が伸び易いので、紡糸ドラフトとは、紡糸溶液が固化するまでに引き伸ばされる倍率を示すことになる。すなわち、紡糸ドラフトは次式で表されるものである。

・紡糸ドラフト=(凝固糸の巻き取り速度)/(吐出線速度) 上記の紡糸ドラフトを高めることは、繊維の細径化への寄与も大きい。紡糸ドラフトが2.5未満では、生産性向上効果が少なく、生産性の観点から紡糸ドラフトが15以下で十分である。
本発明では、吐出線速度は4〜16m/分であることが好ましい。吐出線速度が4m/分を下回ると、生産性が落ちる傾向にあり、一方、吐出線速度が16m/分を超えると、凝固浴の液面揺れが顕著になり、得られる繊度にムラが生じやすい。吐出線速度は、紡糸口金の平均孔径と孔数とPAN系重合体溶液の吐出量によって制御することができる。
本発明において、乾燥させた凝固糸の単繊維繊度は、上述したポリアクリロニトリル系重合体を含む重合体溶液の重合体濃度と、紡糸ドラフトと、使用する紡糸口金の孔径によって決定される。この乾燥させた凝固糸の単繊維繊度は、好ましくは0.4〜15dtexであり、より好ましくは0.4〜11dtexであり、更に好ましくは0.4〜8dtexである。乾燥させた凝固糸の単繊維繊度は、凝固時の凝固糸を構成する単繊維の繊維径に対応しており、乾燥させた凝固糸の単繊維繊度が11dtexを超える場合には、前駆体繊維の単繊維繊度を1.2dtex以下にすることが困難となり、物性が低下することがある。また、乾燥させた凝固糸の単繊維繊度が0.4dtex未満では、前駆体繊維としてのポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度が0.4dtex未満となり、これを焼成して炭素繊維とした場合には、繊維強化複合材料とするときマトリックス樹脂が含浸されにくくなり、炭素繊維の物性が発現されず、製造コストの割には炭素繊維強化複合材料としての物性が低下する。
本発明において、乾燥させた凝固糸の単繊維繊度が0.4〜11dtexの凝固糸は、重合体濃度を6〜25重量%の範囲とするポリアクリロニトリル系重合体溶液を、紡糸口金の平均孔ピッチが1.0〜2.0mmで、平均孔径が0.05〜0.28mmの紡糸口金を用い、かつ、紡糸ドラフトを2.5〜15とした条件下で乾湿式紡糸することにより好適に得ることができる。
本発明における乾燥させた凝固糸の単繊維繊度(dtex)とは、紡糸口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーにより引き取られた凝固糸を流水で1時間以上水洗し、単糸1000mあたりの乾燥重量(g)をいう。
本発明において用いられる凝固浴には、PAN系重合体溶液で溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどのアクリロニトリル系重合体の溶媒と、いわゆる凝固促進成分の混合物を用いることが好ましい。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体を溶解せず、かつPAN系重合体溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましく、具体的には、水を使用することが好ましい。乾湿式紡糸で用いられる凝固浴は、凝固糸を構成する単繊維の横断面が真円状で、かつ繊維側面が平滑となる範囲で有機溶剤の濃度を高くし、凝固浴の温度を低く設定することが好ましい。例えば、溶剤にジメチルスルホキシドを用いた場合は、ジメチルスルホキシド水溶液の濃度を5〜70重量%とし、凝固浴温度を−10〜30℃とすることが好ましい。
本発明において、PAN系重合体溶液を凝固浴中に導入して凝固させ凝固糸を形成した後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、前駆体繊維が得られる。また、上記の工程に乾熱延伸工程や蒸気延伸工程を加えてもよい。凝固後の凝固糸は、水洗工程を省略して直接浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことができる。そのときの浴中延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、より好ましくは1〜3倍である。
浴中延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
次の乾燥工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒から200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上を目的として乾燥工程後に延伸してもよいが、毛羽立ちによる品位の低下を招く恐れがある。重要なことは、ポリアクリロニトリル系繊維の結晶配向度を低下させることなく、凝固糸を構成する単繊維繊度を細くすることであり、そのためにはなるべく紡糸ドラフトを高くして、凝固工程より後の延伸倍率は低くすることである。そのため、浴中延伸工程と乾燥工程後の延伸工程を合わせた倍率は、好ましくは8〜15倍である。
このようにして得られた炭素繊維前駆体繊維の単繊維繊度は、0.01〜1.5dtexであることが好ましく、より好ましくは0.05〜1.0dtexであり、さらに好ましくは0.1〜0.8dtexである。単繊維繊度が小さすぎると、ローラーやガイドとの接触による糸切れ発生などにより、製糸工程および炭素繊維製造の焼成工程のプロセス安定性が低下することがある。一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化後の各単繊維における内外構造差が大きくなり、続く炭化工程でのプロセス性低下や、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することがある。本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法を用いることにより単繊維繊度を低下させることが容易であり、炭素繊維の引張強度と弾性率向上にも有効である。本発明における単繊維繊度(dtex)とは、単繊維10,000mあたりの重量(g)である。
得られる前駆体繊維は、通常、連続繊維(フィラメント)の形状である。また、その繊維束1糸条(マルチフィラメント)当たりのフィラメント数は、好ましくは1,000〜3,000,000本であり、より好ましくは12,000〜3,000,000本であり、さらに好ましくは24,000〜2,500,000本であり、最も好ましくは24,000〜2,000,000本である。1糸条あたりのフィラメント数は、生産性の向上の目的からは多い方が好ましいが、あまりに多すぎると束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
前記した方法により製造された前駆体繊維を、200〜300℃の温度の酸化性雰囲気中において、好ましくは緊張あるいは延伸条件下、より好ましくは延伸比0.8〜2.5で延伸しながら耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.5で延伸しながら予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の最高温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.1で延伸しながら、炭化処理して炭素繊維を製造する。
耐炎化処理における酸化性雰囲気としては、空気が好ましく採用される。この耐炎化工程で得られる耐炎化繊維の密度は、好ましくは1.3〜1.4g/cmになるようにする。すなわち、耐炎化が不十分で耐炎化繊維の密度が1.3g/cmに満たない場合には、炭化する際に単糸間接着を発生し易くなり、また、分解ガスの発生量が多くなり緻密性が低下し易くなるため、高性能な炭素繊維が得にくく、結晶サイズLcが粗大化する傾向にあり圧縮強度が向上しない。一方、過度に耐炎化を進めると重合体主鎖の切断が起こり、最終的に得られる炭素繊維の引張強度が低下する問題があるため、耐炎化密度は1.4g/cmを超えないことが好ましい。
本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行なわれるが、不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。予備炭化処理では、その温度範囲における昇温速度を500℃/分以下に設定することが好ましい。また、炭化処理における最高温度は、所望する炭素繊維の力学物性に応じて適宜設定することができる。一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となる。そのため、引張強度と引張弾性率の両方を高めるという目的からは、炭化処理の最高温度は1,200〜1,700℃とすることが好ましく、より好ましくは1,300〜1,600℃である。一方、炭化処理の最高温度が1,500℃を超えると、窒素原子の消失に伴い発生するボイド量が増加するため、緻密な炭素繊維を得る観点からは1,500℃以下にすることが好ましい。
得られた炭素繊維は、その表面改質のため電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性を適正化させることができ、接着が強すぎることによる複合材料の脆性的な破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、マトリックス樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用するマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
以下、実施例により、本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法と炭素繊維の製造方法について、さらに具体的に説明する。実施例で用いた各特性の測定方法を、次に説明する。
<重量平均分子量(Mw)および多分散度(Mz/Mw)>
測定しようとするPAN系重合体をその濃度が0.1重量%となるように、ジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解し、検体重合体溶液を得る。得られた検体重合体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量の分布曲線を求め、MzとMwを算出した。測定は3回行い、その値を平均して用いた。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速 :0.5ml/min
・温度 :70℃
・試料濾過:メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :200μl
・検出器 :示差屈折率検出器
MzとMwは、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも6種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読み取ることにより求めた。
本発明の実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)+東ソー(株)製TSK−guard Column αを、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μm−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000、1300000、1810000および4240000のものを、それぞれ用いた。
<紡糸溶液の粘度>
B型粘度計として(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、アクリロニトリル重合体溶液粘度が0〜100Pa・sの範囲は、ローター回転数6r.p.m.で、また粘度が100〜1000Pa・sの範囲は、ローター回転数0.6r.p.m.で、いずれも45℃の温度におけるポリアクリロニトリル系重合体の紡糸溶液の粘度を測定した。
<可紡性>
得られたPAN系重合体溶液を、目開き20μmのフィルター通過後、50℃の温度で、表1に示す紡糸口金条件と吐出条件で吐出し、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、乾湿式紡糸し凝固糸とした。凝固糸の巻取り速度を変更することにより1本でも糸切れがあった1m/分手前を可紡性とし、可紡性を吐出線速度で割った限界紡糸ドラフトとした。
<液面振動試験>
レーザー法により凝固浴液面変動幅を測定しながら、液面を強制的に振動させ、最大5mmの変動幅となるようにしたときの吐出時の糸切れや口金浸漬を1分間観察した。また、オムロン株式会社製、3Z4M−J12レーザー変位計(50μmタイプ)を使用し、凝固浴液面上に白色の平板状の浮遊物(厚み5mm)を浮かべ、波長780nm、応答速度1m秒にて、その変位量を測定することによって凝固浴液面変動とした。
<乾燥させた凝固糸の単繊維繊度(dtex)>

限界紡糸ドラフト時の凝固糸を1巻き1m金枠に10回巻いた後、流水で1時間水洗し、120℃の温度で2時間乾燥させた後の重量を測定し、10,000m当たりの重量を算出することにより求めた。 <炭素繊維束の引張強度(GPa)>
JIS R7601(1986)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求める。測定する炭素繊維の樹脂含浸ストランドは、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシルカルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、130℃の温度で30分硬化させて作製する。また、炭素繊維のストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を引張強度とする。実施例では、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシルカルボキシレートとして、ユニオンカーバイド(株)製“ベークライト”(登録商標)ERL4221を用いた。

[比較例1] AN100重量部、イタコン酸1重量部、ラジカル開始剤としてAIBN0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部をジメチルスルホキシド370重量部に均一に溶解し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を窒素置換した後、撹拌しながら下記の条件(重合条件Aと呼ぶ。)の熱処理を行い、溶液重合法により重合して、PAN系重合体溶液を得た。
(1)30℃から60℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)60℃の温度で4時間保持
(3)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)80℃の温度で6時間保持
得られたPAN系重合体溶液を、重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸溶液を作製した。GPC法で測定されるMwが35万であり、Mz/Mwが1.8であり、50℃の温度における粘度が50Pa・sであった。このPAN系重合体溶液を用い、紡糸口金の孔径を0.13mm、平均孔ピッチを2.0mm、孔数500個とし、乾湿式紡糸法における紡糸口金および凝固浴液面の間のエアギャップ距離が3mmであり、重合体溶液の吐出線速度を2.3m/分の条件で可紡性試験を行った。可紡性は9m/分であり、限界紡糸ドラフトは4倍であった。エアギャップ距離は3mmであり、紡糸は安定していたが、液面変動試験をしたところ、口金浸漬を起こした。
かかるPAN系重合体溶液を、上記の紡糸口金・吐出条件で紡糸し、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し凝固糸とした。このときの紡糸ドラフトを2.5倍に調節し凝固糸を得た。乾燥した凝固糸の単繊維繊度は10.5dtexであった。このようにして得られた凝固糸を水洗した後、90℃の温水中で3倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与して浴中延伸糸を得た。このようにして得られた浴中延伸糸を165℃の温度に加熱したローラーを用いて30秒間乾燥を行い、5.0倍のスチーム延伸倍率でスチーム延伸を行い、単繊維繊度0.7dtexの前駆体繊維を得た。
次に、得られた前駆体繊維を合糸し、トータルフィラメント数24,000とした上で、240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.0で100分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.1で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1,500℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.96に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性(引張強度)は、6.1GPaであった。
[比較例2]
比較例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を5mmにしたこと以外は、比較例1と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたため、可紡性は比較例1対比で低下した。また、液面変動試験をしたところ、口金浸漬を起こした。
[比較例3]
比較例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を6mmにしたこと以外は、比較例1と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたため、可紡性は3m/分以下であり、引き取り速度が3m/分の条件でもPAN系重合体溶液の細流破断が頻発した。
[比較例4]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、およびラジカル開始剤としてAIBN0.2重量部をジメチルスルホキシド460重量部に均一に溶解し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を窒素置換した後、撹拌しながら前記の重合条件Aの熱処理を行い、溶液重合法により重合して、PAN系重合体溶液を得た。得られたPAN系重合体溶液を、重合体濃度が15重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸溶液を作製した。GPC法で測定されるMwが74万であり、Mz/Mwが2.5であり、50℃距離における粘度が95Pa・sであった。PAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を10mmにしたこと以外は、比較例1と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたため、可紡性は3m/分以下であり、引き取り速度が3m/分の条件でも重合体溶液の細流破断が頻発した。
[比較例5]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、およびジメチルスルホキシド130重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が100ppmまで窒素置換した後、ラジカル開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.002重量部を投入し、撹拌しながら下記の条件(重合条件Bと呼ぶ。)の熱処理を行った。重合条件B
・ 65℃の温度で2時間保持
・ 65℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド240重量部、ラジカル開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら重合条件Aの熱処理を行い、残存する未反応単量体を溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。
得られたPAN系重合体溶液を用いて重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつアンモニウム基をPAN系重合体に導入し、紡糸溶液を得た。GPC法で測定されるMwが48万であり、Mz/Mwが5.7であり、50℃距離における粘度が45Pa・sであった。PAN系重合体溶液を変更したこと以外は、比較例1と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は135m/分であり、紡糸は非常に安定していたが、液面変動試験をしたところ、口金浸漬を起こした。
[実施例1]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を10mmにしたこと以外は、比較例5と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたが、可紡性は125m/分であり、紡糸は非常に安定していた。また、引き取り速度を80m/分の条件で震度4の地震相当の凝固浴液面変動を与えても、紡糸は安定していた。また、比較例1と同様の、紡糸口金・吐出条件、製糸条件で紡糸し、単繊維繊度0.7dtexの前駆体繊維を得た。得られた前駆体繊維の品位は優れており、製糸工程通過性も安定していた。次に、比較例1と同様の焼成条件で焼成し、連続した炭素繊維束を得た。このときの焼成工程通過性はいずれも良好であった。得られた炭素繊維束のストランド物性(引張強度)は、6.1GPaであった。
[実施例2]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を15mmにしたこと以外は、比較例5と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたが、可紡性は110m/分であり紡糸は非常に安定していた。
[実施例3]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を50mmにしたこと以外は、比較例5と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップを広げたため、可紡性は10m/分と低下したが、比較例1と同等の可紡性であり紡糸は安定していた。
[比較例6]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、口金孔数を3000個にしたこと以外は、比較例5と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は133m/分であり紡糸は非常に安定していたが、液面変動試験をしたところ、口金浸漬を起こした。
[実施例4]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を10mmにしたこと以外は、比較例6と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたが、可紡性は62m/分であり、紡糸は非常に安定していた。また、引き取り速度を50m/分の条件で液面変動試験をしたところ、紡糸は安定していた。
[実施例5]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を15mmにしたこと以外は、比較例6と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたが、可紡性は21m/分であり、紡糸は非常に安定していた。
[実施例6]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を20mmにしたこと以外は、比較例6と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたが、可紡性は10m/分であり、紡糸は安定していた。
[実施例7]
反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppm以下まで窒素置換したことと、重合条件Bの保持温度を70℃にしたこと以外は、比較例5と同様にして重合してPAN系重合体溶液を得た。GPC法で測定されるMwが37万であり、Mz/Mwが4.0であり、50℃の温度における粘度が35Pa・sであるPAN系重合体溶液を用いたこと以外は、実施例4と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は81m/分であり、紡糸は非常に安定していた。
[実施例8]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、およびジメチルスルホキシド130重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppmまで窒素置換した後、重合開始剤としてAIBN0.001重量部を投入し、撹拌しながら下記の条件(重合条件Cと呼ぶ。)の熱処理を行った。
(1)70℃の温度で4時間保持
(2)70℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド240重量部、重合開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら前記の重合条件Bの熱処理を行い、残存する未反応単量体を溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。GPC法で測定されるMwが34万であり、Mz/Mwが2.7であり、50℃における粘度が40Pa・sであるPAN系重合体溶液を用いたこと以外は、実施例4と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は33m/分であり、紡糸は非常に安定していた。
[実施例9]
1回目のAIBNの投入量を0.002重量部に変更したことと、重合条件Cにおいて保持時間を1.5時間にしたこと以外は、実施例8と同様にして重合してPAN系重合体溶液を得た。GPC法で測定されるMwが32万であり、Mz/Mwが3.4であり、50℃にの温度おける粘度が40Pa・sであるPAN系重合体溶液を用いたこと以外は、実施例4と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は35m/分であり、紡糸は非常に安定していた。
[実施例10]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、吐出線速度を4.5m/分にしたこと以外は、実施例4と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は82m/分であり、紡糸は安定していた。
[実施例11]
比較例5と同一のPAN系重合体溶液を用いて、吐出線速度を15m/分にしたこと以外は、実施例4と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は149m/分であり、紡糸は安定していた。
[比較例7]
比較例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を10mmにし、紡糸口金孔径を0.3mmにしたこと以外は、比較例1と同じ口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。紡糸口金の隣接孔同士の重合体溶液細流同士が接着し、紡糸ができなかった。
[比較例8]
比較例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、紡糸口金の平均孔ピッチを3.0mmにしたこと以外は、比較例7と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は42m/分であったが、破断直前の凝固糸繊度は比較例1より大きく、細径化は困難であった。紡糸ドラフトを15とし、スチーム延伸倍率を4.0としたこと以外は、比較例1と同様に紡糸したが、エアギャップ部での重合体溶液細流同士の接着があることや紡糸速度が速いことにより、毛羽の発生が多く、単繊維繊度0.7dtexの前駆体繊維を採取することができなかった。
[比較例9]
比較例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、吐出線速度を4.5m/分にしたこと以外は、比較例8と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。可紡性は75m/分であったが、破断直前の凝固糸繊度は比較例1より大きく、細径化は困難であった。紡糸ドラフトを15とし、スチーム延伸倍率を2.8としたこと以外は、比較例1と同様に紡糸したが、エアギャップ部での重合体溶液細流同士の接着があることや紡糸速度が速いことにより、毛羽の発生が多く、単繊維繊度1.0dtexの前駆体繊維を採取することができなかった。
[比較例10]
比較例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、エアギャップ距離を50mmにしたこと以外は、比較例1と同じ紡糸口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。エアギャップ距離を広げたため、可紡性は3m/分以下であり、引き取り速度が3m/分の条件でもPAN系重合体溶液の細流破断が頻発した。エアギャップ距離を50から6mmまで徐々に近づけながら可紡性を確認したが、6mm以上ではいずれも可紡性は3m/分以下であった。
[実施例12]
実施例1と同一のPAN系重合体溶液を用いて、紡糸口金孔径を0.28mmにしたこと以外は、実施例1と同じ口金・吐出条件にして可紡性試験を行った。限界凝固糸繊度は実施例1と比べてわずかに低いものの、可紡性は高く、実施例1と同じ速度の条件では良好な品位の凝固糸が得られた。
[実施例13]
紡糸ドラフトを15とし、スチーム延伸倍率を4.0としたこと以外は、実施例12と同様に紡糸したところ、前駆体繊維の品位は良好であった。
[実施例14]
紡糸口金の平均孔ピッチを1.5mmにしたこと以外は、実施例12と同じ口金・吐出条件にして可紡性試験を行ったところ、高い可紡性が得られた。また、実施例13と同様に紡糸をしたところ、前駆体繊維の品位は良好であった。
Figure 0005141591

Claims (7)

  1. Z平均分子量Mzと重量平均分子量Mwとの比であるMz/Mwが2.7以上であるポリアクリロニトリル系重合体を含み、50℃の温度における粘度が10〜80Pa・sであるポリアクリロニトリル系重合体溶液を、平均孔ピッチが1.0〜2.0mmで平均孔径が0.05〜0.28mmの紡糸口金を用いて、紡糸口金と凝固浴液面の間のエアギャップ距離を10から50mmとし、かつ、紡糸ドラフトを2.5〜15とした条件下で乾湿式紡糸することを特徴とする炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  2. 前記ポリアクリロニトリル系重合体は、Mwが10万〜100万であり、Mz/Mwが2.7〜10である、請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  3. ポリアクリロニトリル系重合体溶液の重合体濃度を6〜25重量%の範囲とする請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  4. 乾燥させた凝固糸の単繊維繊度が0.4〜11dtexの凝固糸とする請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  5. 孔数が500〜24000ホールの紡糸口金を用いる請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  6. 紡糸口金からのポリアクリロニトリル系重合体溶液の吐出線速度を4〜16m/分とする請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  7. 請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法によって得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
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