JP5130886B2 - 転がりねじ装置及びその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、ボールねじ,ローラねじ等の転がりねじ装置及びその製造方法に関する。
転がりねじ装置としては、転動体が球状のボールであるボールねじと、転動体が円筒状,円すい台状等のローラであるローラねじとが知られている。転がりねじ装置においては、ねじ軸のねじ溝とナットのねじ溝との間の空間により形成される転動体転動路内を転動する転動体を、転動体循環路により転動体転動路の終点から始点へ送って循環させることにより、ねじ軸とナットとの相対直線移動を円滑に行っている。
このような転がりねじ装置を駆動すると各構成部品に損傷が生じることとなるが、ねじ軸のねじ溝が露出していて異物が侵入しやすいことから、例えば高荷重用途のボールねじにおいて生じる損傷は、ねじ軸及びナットのねじ溝の表面の損傷がほとんどである。そのため、ねじ溝の表面を強化する熱処理が施されることが多く、このような熱処理としては、例えばねじ溝の表面の残留オーステナイト量と硬さとを所定値とする浸炭処理(以降においては、このような処理を「TF処理」と記すこともある)が知られている(特許文献1〜7を参照)。このTF処理は、転がり軸受の軌道面の強化のために用いられていたものである。
特開2004−76754号公報 特開2005−155714号公報 特開2005−490970号公報 特開2006−299313号公報 特開2006−83988号公報 特開2007−147135号公報
しかしながら、ボールねじに熱処理を施す際には、転がり軸受の場合とは異なる考慮すべき問題点がある。
まず、第一の問題点は取り代である。転がり軸受の場合は、単純に径方向の取り代のみを考慮すればよいが、ボールねじの場合は、径方向の取り代とともに軸方向の取り代を考慮する必要がある。すなわち、ボールねじのねじ軸及びナットは、ねじ溝切削,熱処理,ねじ溝研削という工程を経て製造されるが、ねじ溝切削及びねじ溝研削における加工相誤差や熱処理における変形は軸方向長さ全体にわたって累積されるので、同サイズの転がり軸受と比べると、ほぼ2倍以上の取り代が必要となる。
したがって、完成品のTF処理品質を転がり軸受と同程度とするためには、浸炭処理の条件を転がり軸受の場合と比べて強くする必要があった。すなわち、浸炭時間を長くする、雰囲気中の炭素濃度を高くする、及び浸炭温度を高くするのうち少なくとも一つの条件変更を行う必要があった。このような条件変更を行うと、熱処理のコストが上昇するおそれがあるとともに、熱処理に用いられる炉等の設備が大がかりになる。
次に、第二の問題点について説明する。転がり軸受の場合と同等の浸炭処理条件であっても(つまり、前記3つの条件変更を全く行わなくても)、炭素の含有量の高い鋼材を素材として用いれば、完成品のTF処理品質を転がり軸受と同程度とすることが可能である。しかしながら、第二の問題点である変形矯正(曲がり直し)があるため、炭素の含有量の高い鋼材を素材として用いることには問題があった。
転がり軸受の場合は熱処理後の変形矯正は通常は不要であるが、ボールねじのねじ軸は熱処理により湾曲するので、ねじ溝研削の前に湾曲を矯正する必要がある。この変形矯正は塑性変形により行われるので、ねじ軸の芯部には靱性が必要である。鋼材中の炭素の含有量が高いと靱性が不十分になり、割れや折れを生じることなく変形矯正を行うことが困難となるおそれがあるため、炭素の含有量の高い鋼材を素材として用いることは容易ではなかった。
そこで、本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、割れや折れを生じることなくねじ軸の変形矯正を行うことが容易であるとともに安価な転がりねじ装置の製造方法を提供することを課題とする。また、本発明は、長寿命で安価な転がりねじ装置を提供することを併せて課題とする。
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法は、螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置を製造するに際して、鋼製素材を所定の形状に成形し熱処理を施して前記ねじ軸及び前記ナットを得るとともに、前記ねじ軸に用いた鋼製素材よりも前記ナットに用いた鋼製素材の方が、含有する炭素の量が多いことを特徴とする。
また、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法において、前記ねじ軸に用いた鋼製素材と前記ナットに用いた鋼製素材とが、日本工業規格JIS G4052に規定されたH鋼で構成されており、且つ、含有する炭素の量が0.15質量%以上であることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法において、前記熱処理は、炭素濃度が0.9質量%以上1.1質量%以下である雰囲気中で行われる浸炭焼入れを含むことが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法において、前記ねじ軸の浸炭時間が前記ナットの浸炭時間よりも長いことが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法において、前記熱処理は浸炭焼入れを含み、前記ねじ軸の浸炭を行う雰囲気の炭素濃度が、前記ナットの浸炭を行う雰囲気の炭素濃度よりも大きいことが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法において、前記ねじ軸の浸炭時間と前記ナットの浸炭時間との差が、前記ねじ軸の浸炭時間の30%以内であることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置の製造方法において、前記熱処理はサブゼロ処理を含まないことが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置は、螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置において、前記転がりねじ装置の製造方法により製造され、前記両ねじ溝には前記熱処理により硬化された表面硬化層が形成されていて、この表面硬化層の残留オーステナイト量が15体積%以上35体積%以下とされていることを特徴とする。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、前記ねじ軸及び前記ナットの前記表面硬化層の炭素濃度は0.8質量%以上であることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、前記熱処理はサブゼロ処理を含まないことが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、前記ナットが、内周面と外周面とを連通する貫通孔又は軸方向両端面を連通する貫通孔を備え、該貫通孔の内面と内周面,外周面,又は軸方向端面との間の肉厚が3mm以下であることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、前記ねじ軸のねじ溝の軸方向長さが前記ナットのねじ溝の軸方向長さの1.2倍以上であることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、無負荷状態においては、前記両ねじ溝のうち少なくとも一方と前記転動体との間に隙間が形成されることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、隣接する前記転動体の間に樹脂又はエラストマーで構成されたセパレータが介装されていることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、リード角方向に沿う面で前記ねじ軸を破断した断面において、ビッカース硬さHv550以上の領域の面積が、前記断面の面積の15%未満であることが好ましい。
さらに、本発明に係る転がりねじ装置において、前記ねじ軸は前記熱処理の後に研削加工が施されており、前記ねじ軸のねじ溝の底部に、前記研削加工に用いる研削砥石の干渉を防ぐ逃げ溝を有していないことが好ましい。
本発明の転がりねじ装置の製造方法によれば、割れや折れを生じることなくねじ軸の変形矯正を行うことが容易であるとともに、安価に転がりねじ装置を製造することができる。また、本発明の転がりねじ装置は、長寿命で安価である。
本発明に係る転がりねじ装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
〔第一実施形態〕
図1は、本発明に係る転がりねじ装置の一実施形態であるボールねじの構造を示す図であり、軸方向に平行な面で破断したボールねじの断面図である。また、図2は図1のボールねじのA−A断面図である。
図1,2に示すように、本実施形態のボールねじ10は、螺旋状に連続するねじ溝1aが外周面に形成されたねじ軸1と、螺旋状に連続するねじ溝2aが内周面に形成された筒状のナット2と、を備えている。ねじ軸1はナット2に挿通されており、ねじ軸1のねじ溝1aとナット2のねじ溝2aとが対向して、両ねじ溝1a,2a間の空間により螺旋状の転動体転動路4が形成されている。この転動体転動路4内には、複数の転動体3(ボール)が転動自在に装填されており、この転動体3を介してナット2がねじ軸1に螺合されている。そして、隣接する各転動体3の間には、樹脂又はエラストマーで構成されたセパレータ6(図3を参照)が介装されている。
このナット2の外面の一部は平坦に削られていて、この軸方向に平行な平面上に略コ字状に屈曲したリターンチューブ5が固定されている。すなわち、ナット2には、この平面に開口しナット2のねじ溝2aと連通する一対の貫通孔2b,2bが設けられていて、リターンチューブ5の両端部がこの両貫通孔2b,2bに前記平面側から挿入されている。そして、貫通孔2b,2bの外に位置するリターンチューブ5の中央部分が、前記平面上に配されている。なお、1つのナットに2本以上のリターンチューブを取り付けてもよく(図1では2本)、その際には、2対以上の貫通孔を設ける。
転動体転動路4内を転動する転動体3は、このリターンチューブ5を通って循環されるようになっている。すなわち、転動体3は転動体転動路4内を移動しつつねじ軸1の回りを複数回回って転動体転動路4の終点(リターンチューブ5と転動体転動路4との交点)至り、リターンチューブ5の一方の端部(開口部)からリターンチューブ5内にすくい上げられる。すくい上げられた転動体3は、リターンチューブ5の中を通って、リターンチューブ5の他方の端部(開口部)から転動体転動路4の始点に戻される。
このように、転動体転動路4内を転動する転動体3がリターンチューブ5により無限に循環されるようになっているので、ねじ軸1とナット2とを相対回転させると、転動体3の転動を介してねじ軸1とナット2とは継続的に軸方向へ相対直線移動する。なお、ねじ溝1a,2aの断面形状は、円弧状でもよいしゴシックアーク状でもよい。
このようなボールねじ10において、ねじ軸1とナット2とは、鋼製素材を所定の形状に成形し熱処理を施すことにより製造されたものである。この鋼製素材は、日本工業規格JIS G4052に規定されたH鋼(焼入れ性を保証した構造用鋼鋼材)で構成されており、且つ、含有する炭素の量(熱処理前の鋼製素材の炭素の量)が0.15質量%以上である。そして、ねじ軸1に用いた鋼製素材よりもナット2に用いた鋼製素材の方が、含有する炭素の量(熱処理前の鋼製素材の炭素の量)が多い。
ねじ軸1に用いる鋼製素材が含有する炭素の量は0.23質量%以下であることがより好ましく、ナット2に用いる鋼製素材が含有する炭素の量は0.23質量%以上であることがより好ましい。ねじ軸1に用いる鋼製素材としては、例えばSCM420Hがあげられ、ナット2に用いる鋼製素材としては、例えばSCM425HやSCM435Hがあげられる。
鋼製素材を鍛造等により所定の形状に成形したら、ねじ溝切削によりねじ溝1a,2aを形成する。そして、浸炭焼入れを含む熱処理を施して、ねじ溝1a,2aの表面に図示しない表面硬化層を形成する。この表面硬化層の残留オーステナイト量は、15体積%以上35体積%以下である。ねじ軸1については熱処理により若干湾曲するので、変形矯正(曲がり直し)を行う。そして、ねじ溝1a,2aの表面をねじ溝研削により仕上げて、ねじ軸1及びナット2を完成する。
ねじ軸1及びナット2のねじ溝1a,2aの表面に表面硬化層(表面硬さはHv700以上)が形成されているので、ボールねじ10内に異物が侵入したり高荷重が負荷されるような厳しい条件で使用されても、ねじ溝1a,2aの表面に損傷が生じにくい。よって、前述のような厳しい条件で使用されても、ボールねじ10が長寿命である。
また、残留オーステナイト量が多量で且つ高硬度の表面硬化層を形成する場合には、オーステナイトを安定化させるために、浸炭焼入れ後に二段焼戻しが必要となる(例えば特許文献1を参照)。二段焼戻しを施す場合は、予備焼戻し,サブゼロ処理,本焼戻しという工程になるが、工程数が多いために熱処理に要するコストが上昇する。しかしながら、本発明では表面硬化層の硬さは特に限定されず、HRC62程度であれば十分であるので、予備焼戻しは必要ない。よって、熱処理に要するコストはほとんど上昇しない。
このようなボールねじ10は、例えば、電動射出成形機の射出軸,型締め軸や電動プレス機の駆動軸の送り機構に好適に使用することができる。ただし、本発明の転がりねじ装置は、上記のような比較的大型で且つ高荷重が負荷される用途に好適であるが、上記の用途に限定されるものではない。
なお、ねじ軸1に用いた鋼製素材よりもナット2に用いた鋼製素材の方が、含有する炭素の量が多いので、ナット2については浸炭を短時間で完了することができる。よって、ナット2は、熱処理を安価に行うことができる。一方、ねじ軸1は含有する炭素の量が少ないので、ねじ軸1の芯部は靱性を有している。よって、割れや折れを生じることなくねじ軸1の変形矯正を行うことができる。
また、ねじ軸1及びナット2は、日本工業規格JIS G4052に規定されたH鋼で構成されており、且つ、含有する炭素の量(熱処理前の鋼製素材の炭素の量)が0.15質量%以上であるので、高荷重が負荷される用途に使用可能な程度に強化された表面硬化層が熱処理により形成される。この表面硬化層は、ねじ軸1やナット2のねじ溝1a,2aの表面から深さ50μm以内に形成されている。
熱処理に含まれる浸炭焼入れは、炭素濃度が0.9質量%以上1.1質量%以下である雰囲気中で行うことが好ましい。このような浸炭焼入れであれば、ねじ軸1及びナット2を同一炉内で同時に処理することができるので、熱処理の低コスト化に有利である。
また、ねじ軸1の浸炭時間は、ナット2の浸炭時間よりも長くてもよい。ねじ軸1は取り代を大きく取る必要があるため、浸炭を長時間行う必要があり、コストアップにつながる。しかしながら、サブゼロ処理を省略すれば、浸炭を長時間行ってもコストは同等となるので、ねじ軸1に関しては浸炭を長時間行ってもよい。
なお、ボールねじのねじ軸については、残留オーステナイト量を少なくして寸法安定性を確保する目的や高硬度化する目的で、通常はサブゼロ処理を行うが、本発明のボールねじのように高荷重が負荷される用途に好適なボールねじは、無負荷状態では両ねじ溝1a,2aのうち少なくとも一方と転動体3との間に隙間が形成されるとともにねじ軸1が比較的短尺であることから、寸法安定性はそれほど問題とはならない。よって、サブゼロ処理を省略しても問題はなく、工程を削減することにより長時間の浸炭を行ってもコストを抑えることができる。
さらに、ねじ軸1の浸炭を行う雰囲気の炭素濃度は、ナット2の浸炭を行う雰囲気の炭素濃度よりも大きくてもよい。そして、ねじ軸1及びナット2の生産サイクルタイムを同期化するためには、ねじ軸1の浸炭時間とナット2の浸炭時間との差を、ねじ軸1の浸炭時間の30%以内とすることが好ましい。このように、ねじ軸1及びナット2の浸炭時間を、浸炭を行う雰囲気の炭素濃度によって調整することができる。
ただし、浸炭を行う雰囲気の炭素濃度を高くするほど浸炭時間は短くできるが、ねじ軸1の浸炭において炭素濃度を1.3質量%以上とすると煤の発生が多くなるので、1.2質量%以下とすることが好ましい。また、ナット2の浸炭において炭素濃度を1.1質量%以上とするとナット2の薄肉部に割れが生じるおそれがあるので、1.05質量%以下とすることが好ましい。
さらに、ねじ軸1,ナット2ともにサブゼロ処理は行わなくてもよい。そうすれば、サブゼロ処理による残留オーステナイト量の低下が防止されるとともに、コストダウンにもつながる。このサブゼロ処理の省略は、無負荷状態では両ねじ溝1a,2aのうち少なくとも一方と転動体3との間に隙間が形成されるボールねじに対して特に有効である(すなわち、サブゼロ処理の省略により僅かな時効変位が出るが、上記のように隙間が形成されるボールねじであれば問題ない)。
さらに、ボールねじ10には、転動体転動路4内を転動する転動体3を転動体転動路4の終点から始点へ送って循環させるリターンチューブ5が備えられており、ナット2にリターンチューブ5を取り付けるためにナット2の内周面と外周面とを連通する貫通孔2b,2bが形成されている。このような貫通孔2bの内面とナット2の軸方向端面との間の肉厚が3mm以下であると、粗大炭化物により割れが発生しやすいので、ナット2に浸炭を長時間行うことは好ましくない。
また、リターンチューブ5を用いずに転動体を循環させるタイプのボールねじもあり、その場合は、ナットの軸方向両端面を連通する貫通孔が形成されており、この貫通孔が転動体を転動体転動路の終点から始点へ送って循環させるための転動体循環路として使用される。このような貫通孔の内面とナットの内周面又は外周面との間の肉厚が3mm以下であると、上記と同様に割れが発生しやすいので、ナットに浸炭を長時間行うことは好ましくない。
しかしながら、本実施形態のボールねじ10は、炭素含有量が多い鋼製素材を用いたナット2については浸炭を短時間で完了することができるので、上記のような貫通孔を有するために薄肉部が形成されていても、浸炭によりナット2に割れが発生することはほとんどない。
さらに、ねじ軸1のねじ溝1aの軸方向長さは、ナット2のねじ溝2aの軸方向長さの1.2倍以上であってもよい。ねじ軸1が長尺であると、研削取り代がナット2よりも大きくなって、熱処理が高コストとなりやすいが、本実施形態のボールねじ10は、ねじ軸1の熱処理においてサブゼロ処理を省略することができるので、熱処理が高コストとなることはない。
さらに、隣接する各転動体3の間に、樹脂又はエラストマーで構成されたセパレータ6が介装されているので、転動体3同士の競り合いが抑制される。また、ボールねじ10の内部に異物が侵入したとしても、転動体3に付着した異物が、転動体3とセパレータ6との接触部分においてセパレータ6の内部に取り込まれるため、ねじ溝1a,2aの表面に食い込む異物の量が低下する。その結果、ねじ溝1a,2aの表面が損傷しにくいので、ボールねじ10が長寿命となる。ただし、ボールねじ10はセパレータ6を備えていなくてもよい。
さらに、ねじ軸1の表面には表面硬化層が形成され強化されているが、あまり深い部分まで強化すると変形矯正が行いにくくなる。よって、リード角方向に沿う面でねじ軸1を破断した断面において、ビッカース硬さHv550以上の領域の面積が、前記断面の面積の15%未満であることが好ましい。このようなねじ軸1は、変形矯正を行うことが容易である。
例えば、外径が63mmで、後述する逃げ溝を有していないねじ軸の場合は、表面から2mm内方の部分の硬さをHv550以下とすれば、上記面積の条件を満足することができるとともに、表面の硬さをねじ溝表面の必要硬度であるHv700以上とすることができる。逃げ溝を有しているねじ軸の場合は、表面から1.6mm内方の部分の硬さをHv550以下とすれば、上記面積の条件を満足することができるとともに、表面の硬さをねじ溝表面の必要硬度であるHv700以上とすることができる。そして、炭素の含有量が表面から内方に向かって漸減するような構造とすることができる。
ナット2については上記面積の条件を満足する必要はないので、素材の炭素の含有量と浸炭を行う雰囲気の炭素濃度とを調整しつつ、ねじ軸1よりも短い浸炭時間で浸炭を行うことができ、表面の硬さをねじ溝表面の必要硬度であるHv700以上とすることができる。
さらに、ねじ軸1には熱処理の後に研削加工(ねじ溝研削)が施されるが、ねじ軸1のねじ溝1aの底部は、研削加工に用いる研削砥石の干渉を防ぐ逃げ溝を有していないことが好ましい。逃げ溝を有していると、ねじ軸1の芯部の炭素量が大きくなりやすく、また、変形矯正において応力が集中しやすい。
ここで、表面硬化層の残留オーステナイト量の臨界的意義について説明する。残留オーステナイトは軟らかく粘性を有する金属組織なので、ねじ溝の表層部に存在させることにより、圧痕の原因となるエッジ部分における応力集中を緩和することができる。また、表層部に存在する残留オーステナイトは、ボールねじの駆動時に圧痕を通過する部材(例えば転動体3)の相対通過回数が所定数を超えると、表面に加わる変形エネルギーによってマルテンサイトに変態し硬化するので、ボールねじ内に異物が混入するような環境下においてはボールねじの寿命が向上する。
このような効果を十分に得るためには、表面硬化層の残留オーステナイト量を15体積%以上35体積%以下とすることが好ましい。15体積%未満であると靱性が不十分となるため、表面に損傷が生じて寿命が不十分となるおそれがある。一方、残留オーステナイト量が35体積%超過であると、表面硬さが低下して耐疲労性が不十分となるおそれがある。このような不都合がより生じにくくするためには、表面硬化層の残留オーステナイト量は20体積%以上30体積%以下とすることがより好ましい。
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がりねじ装置の例としてボールねじを示して説明したが、本発明の転がりねじ装置は、転動体がローラであるローラねじにも同様に適用することができる。
また、転動体転動路4内には、両ねじ溝1a,2aの表面及び転動体3の表面を潤滑する潤滑剤を配してもよい。さらに、ナット2の軸方向両端には、プラスチック製,ゴム製,又はエラストマー製のダストシール7を配してもよい。そうすれば、異物が外部からナット2内部に侵入することが防止される。
〔実施例〕
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。前述したボールねじ10とほぼ同様の構成を有する日本精工株式会社製のボールねじBS6316−10.5(呼び番号:JIS B1192 63×16×300−Ct7)を、日本精工株式会社製のボールねじ耐久試験機に装着して、耐久試験を行った。
なお、このボールねじのねじ軸及びナットは、日本工業規格JIS G4052に規定された鋼材SCM420H(炭素含有量は0.21質量%)又はSCM435H(炭素含有量は0.33質量%)で構成された素材を、所定の形状に成形し熱処理を施すことにより製造されたものである(表1を参照)。
この熱処理により、ねじ軸及びナットの表面硬さはHv700以上とされている。また、熱処理により形成された表面硬化層の残留オーステナイト量γR を、表1にまとめて示す。さらに、転動体(ボール)は、日本工業規格JIS B1501に規定された玉軸受用鋼球である。さらに、隣接する各転動体の間には、図3のようなセパレータが1個ずつ介装されている。
Figure 0005130886
ねじ軸及びナットに施した熱処理は、以下の通りである。
熱処理条件A:920〜960℃で16時間浸炭を施し自然放冷した後に、820〜870℃で2時間加熱して二次焼入れを行った。さらに、−80〜−40℃で30分間サブゼロ処理を施した後に、170〜200℃で2時間焼戻しを行った。なお、これらの処理の他に段取りを1時間行っている。このような熱処理は、ボールねじのねじ軸に対して従来一般的に行われていたものである。
熱処理条件B:920〜960℃で16時間浸炭を施し自然放冷した後に、820〜870℃で2時間加熱して二次焼入れを行った。そして、サブゼロ処理は行わず、170〜200℃で2時間焼戻しを行った。このような熱処理は、ボールねじのナットに対して従来一般的に行われていたものである。
熱処理条件C:920〜960℃で20時間浸炭を施し自然放冷した後に、820〜870℃で2時間加熱して二次焼入れを行った。そして、サブゼロ処理は行わず、170〜200℃で2時間焼戻しを行った。
熱処理条件D:920〜960℃で12時間浸炭を施し自然放冷した後に、820〜870℃で2時間加熱して二次焼入れを行った。そして、サブゼロ処理は行わず、170〜200℃で2時間焼戻しを行った。
なお、ねじ軸及びナットの浸炭を行う雰囲気の炭素濃度は、いずれの熱処理条件においても、1質量%である。
また、このボールねじの仕様は、以下の通りである。
・ねじ軸の直径:63mm
・リード :16mm
・ボールの直径:12.7mm
・回路数 :3.5巻×3列
・基本動定格荷重:450kN
実施例1のボールねじは、ねじ軸の寿命は比較例2と変わらないはずであるが、ナットの寿命が向上しているために比較例1のボールねじと比べて1.4倍と長寿命であった(ねじ軸に剥離が生じた)。熱処理のコストは、ねじ軸のサブゼロ処理を省略しているため、低コストであった。
実施例2のボールねじは、ねじ軸,ナットともに寿命が向上しているため、比較例1のボールねじと比べて1.8倍と長寿命であった(ねじ軸に剥離が生じた)。ただし、熱処理のコストは、浸炭時間が長いため実施例1のボールねじよりも若干高い。
実施例3のボールねじは、ナットの寿命が向上しているため、比較例1のボールねじと比べて1.5倍と長寿命であった(ねじ軸に剥離が生じた)。浸炭時間は長いが、ねじ軸のサブゼロ処理を省略しているため、熱処理のコストは比較例1のボールねじと同等である。
実施例4のボールねじは、ねじ軸の寿命が向上しているため、比較例1のボールねじと比べて1.5倍と長寿命であった(ナットに剥離が生じた)。浸炭時間は長いが、ねじ軸のサブゼロ処理を省略しているため、熱処理のコストは比較例1のボールねじと同等である。
実施例5のボールねじは、比較例1,2のボールねじと比べてナットの寿命が向上しているため、比較例1のボールねじと比べて1.3倍と長寿命であった(ナットに剥離が生じた)。浸炭時間は短く、ねじ軸のサブゼロ処理を省略しているため、熱処理は低コストである。
これに対して、比較例1のボールねじは、ねじ軸に剥離が生じ短寿命であった。また、比較例2のボールねじは、低コストではあるがナットに早期に剥離が生じた。さらに、比較例3は、ねじ軸の芯部の靱性不足により変形矯正中に折損したため、耐久試験は行えなかった。
ここで、浸炭焼入れを施したねじ軸及びナットについて、表面の炭素濃度を測定した結果について説明する。ねじ軸の素材はSCM420H製であり、ナットの素材はSCM435H製である。両素材を所定の形状に成形し、同一の炭素濃度の雰囲気中960℃で浸炭を施した。浸炭時間は、ねじ軸が16時間で、ナットが8.5時間である。結果を図4のグラフに示し、図4の要部拡大図を図5に示す。
本発明における表面硬化層の残留オーステナイト量の条件を満足するためには、ねじ軸及びナットの表面の炭素濃度は0.8質量%以上である必要があるので、図5から分かるように、最大取り代(表面からの距離)は、ねじ軸が0.7mmで、ナットが0.6mmとなる。
次に、ねじ軸及びナットの浸炭時間を同一とし、雰囲気中の炭素濃度を変更した場合について説明する。前記と同様の両素材を所定の形状に成形し、960℃で8.5時間浸炭を施した。雰囲気中の炭素濃度は、ねじ軸が1.2質量%で、ナットが1.05質量%である。結果を図6のグラフに示し、図6の要部拡大図を図7に示す。
本発明における表面硬化層の残留オーステナイト量の条件を満足するためには、ねじ軸及びナットの表面の炭素濃度は0.8質量%以上である必要があるので、図7から分かるように、最大取り代(表面からの距離)は、ねじ軸が0.7mmで、ナットが0.6mmとなる。
〔第二実施形態〕
本発明は、ボールねじ,ローラねじ等の転がりねじ装置に関する。
転がりねじ装置としては、転動体が球状のボールであるボールねじと、転動体が円筒状,円すい台状等のローラであるローラねじとが知られている。転がりねじ装置においては、ねじ軸のねじ溝とナットのねじ溝との間の空間により形成される転動体転動路内を転動する転動体を、転動体循環路により転動体転動路の終点から始点へ送って循環させることにより、ねじ軸とナットとの相対直線移動を円滑に行っている。
このような転がりねじ装置のねじ軸は、丸棒鋼材にねじ溝を粗く形成し(ねじL工程)、スプラインや引っ掛けスパナ面の粗加工を行った後に熱処理を施し、粗く形成したねじ溝やスプラインを研削によって仕上げる(ねじG工程)ことにより製造される。
ねじ軸に浸炭焼入れを施す際には、ねじ軸をピット炉内に吊った状態(すなわち、ピット炉内面の天井部から吊り下げた状態)で行うが、ねじ軸は長尺であるため、長手方向を水平にして浸炭焼入れを行うと、自重によりたわみが生じるおそれがある。よって、通常は、自重によりたわみが生じないように、長手方向を鉛直にして吊った状態で浸炭焼入れを行う。
そのため、吊り側と反吊り側(炉の上部と下部)、又は、吊り位置(炉内の中心部と周辺部)で、焼入れ時や炉から冷却槽への搬出時における冷却速度が、ねじ軸の長手方向,径方向ともに異なるという問題があった。よって、熱処理によりねじ軸に大きな変形(湾曲)が生じるため、ねじG工程の前に変形矯正(曲がり直し)を行う必要があった。
変形矯正を行うためにはねじ軸の芯部に靱性が必要であるが、過度の浸炭処理等により芯部まで焼きが入ってしまうと、割れや折れを生じることなく変形矯正を行うことが困難となるおそれがあった(例えば、特開2004−76754号公報,特開2005−155714号公報,特開2005−240970号公報を参照)。
そこで、本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、割れや折れを生じることなくねじ軸の変形矯正を行うことが容易であるとともに長寿命な転がりねじ装置を提供することを課題とする。
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る転がりねじ装置は、螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置において、
前記ねじ軸は、日本工業規格JIS G4052に規定されたH鋼で構成された素材を所定の形状に成形し熱処理を施して得られたものであり、前記ねじ軸のねじ溝には前記熱処理により硬化された表面硬化層が形成されていて、この表面硬化層の残留オーステナイト量が15体積%以上35体積%以下とされているとともに、リード角方向に沿う面で前記ねじ軸を破断した断面において、日本工業規格JIS G0557に規定された有効硬化層深さの位置から表面までの環状領域の面積が、前記断面の面積の15%未満であることを特徴とする。
本発明の転がりねじ装置は、割れや折れを生じることなくねじ軸の変形矯正を行うことが容易であるとともに長寿命である。
本発明に係る転がりねじ装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図8は、本発明に係る転がりねじ装置の一実施形態であるボールねじの構造を示す側面図であり、図9は、図8のボールねじを軸方向に垂直な面で破断した断面図である。なお、図8,9においては、図1,2と同一又は相当する部分には図1,2と同一の符号を付してある。
図8,9に示すように、本実施形態のボールねじ10は、螺旋状に連続するねじ溝1aが外周面に形成されたねじ軸1と、螺旋状に連続するねじ溝2aが内周面に形成された筒状のナット2と、を備えている。ねじ軸1はナット2に挿通されており、ねじ軸1のねじ溝1aとナット2のねじ溝2aとが対向して、両ねじ溝1a,2a間の空間により螺旋状の転動体転動路4が形成されている。この転動体転動路4内には、複数の転動体3(ボール)が転動自在に装填されており、この転動体3を介してナット2がねじ軸1に螺合されている。そして、隣接する各転動体3の間には、樹脂又はエラストマーで構成されたセパレータ6が介装されている。ただし、ボールねじ10はセパレータ6を備えていなくてもよい。
このナット2の外面の一部は平坦に削られていて、この軸方向に平行な平面上に略コ字状に屈曲したリターンチューブ5が固定されている。すなわち、ナット2には、この平面に開口しナット2のねじ溝2aと連通する一対の貫通孔2b,2bが設けられていて、リターンチューブ5の両端部がこの両貫通孔2b,2bに前記平面側から挿入されている。そして、貫通孔2b,2bの外に位置するリターンチューブ5の中央部分が、前記平面上に配されている。なお、1つのナットに2本以上のリターンチューブを取り付けてもよく、その際には、2対以上の貫通孔を設ける。
転動体転動路4内を転動する転動体3は、このリターンチューブ5を通って循環されるようになっている。すなわち、転動体3は転動体転動路4内を移動しつつねじ軸1の回りを複数回回って転動体転動路4の終点(リターンチューブ5と転動体転動路4との交点)至り、リターンチューブ5の一方の端部(開口部)からリターンチューブ5内にすくい上げられる。すくい上げられた転動体3は、リターンチューブ5の中を通って、リターンチューブ5の他方の端部(開口部)から転動体転動路4の始点に戻される。
このように、転動体転動路4内を転動する転動体3がリターンチューブ5により無限に循環されるようになっているので、ねじ軸1とナット2とを相対回転させると、転動体3の転動を介してねじ軸1とナット2とは継続的に軸方向へ相対直線移動する。なお、ねじ溝1a,2aの断面形状は、円弧状でもよいしゴシックアーク状でもよい。
このようなボールねじ10において、ねじ軸1及びナット2は、鋼製素材を所定の形状に成形し熱処理を施すことにより製造されたものである。以下に、ねじ軸1及びナット2の製造方法を説明する。
鋼製素材を鍛造等により所定の形状に成形したら、ねじ溝切削によりねじ溝1a,2aを形成する。鋼製素材を構成する鋼の種類は、ねじ軸1については、日本工業規格JIS G4052に規定されたH鋼(焼入れ性を保証した構造用鋼鋼材)であり、ナット2については特に限定されるものではない。そして、浸炭焼入れを含む熱処理を施して、ねじ溝1a,2aの表面に図示しない表面硬化層を形成する。
このとき、ねじ軸1は、表面から所定深さまでが浸炭されており、芯部は浸炭されていない。すなわち、リード角方向に沿う面によってねじ軸1をねじ溝1aの底部で破断した断面(図8のA−A断面図である図10を参照)において、日本工業規格JIS G0557に規定された有効硬化層深さの位置Xから表面までの環状領域Yの面積が、前記断面の面積の15%未満となっている。有効硬化層深さとは表面硬化層の表面からHv550の位置までの距離であるので、表面付近に位置するビッカース硬さHv550以上の環状領域Yの面積が、前記断面の面積の15%未満となっている、と言い換えることもできる。
ねじ軸1については熱処理により若干湾曲するので、変形矯正(曲がり直し)を行う。そして、ねじ溝1a,2aの表面をねじ溝研削により仕上げて、ねじ軸1及びナット2を完成する。完成したねじ軸1及びナット2の表面硬化層の残留オーステナイト量は、15体積%以上35体積%以下であり、表面硬さはHv700以上である。
ねじ軸1及びナット2のねじ溝1a,2aの表面に前述のような表面硬化層が形成されているので、高荷重が負荷されるような厳しい条件でボールねじ10が使用されても、ねじ溝1a,2aの表面に剥離等の損傷が生じにくい。よって、前述のような厳しい条件で使用されても、ボールねじ10が長寿命である。
表面硬化層の残留オーステナイト量が15体積%未満であると靱性が不十分となるため、表面に早期剥離が生じやすくなり寿命が不十分となるおそれがある。このような不都合がより生じにくくするためには、表面硬化層の残留オーステナイト量は20体積%以上とすることがより好ましい。一方、残留オーステナイト量が35体積%超過であると、表面硬さが低下して塑性変形が生じやすくなる。
また、前述したように、ねじ軸1は表面から所定深さまでが浸炭されており、芯部は浸炭されていないので、芯部は靱性を有している。よって、割れや折れを生じることなくねじ軸1の変形矯正を行うことが容易である。ねじ軸1の変形矯正を容易に行うためには、環状領域Yの面積が前記断面の面積の15%未満である必要があり、13%未満であることがより好ましい。
このようなボールねじ10は、比較的大型で且つ高荷重が負荷される用途(例えば、電動射出成形機の射出軸,型締め軸や電動プレス機の駆動軸の送り機構)に好適である。特に、直径40mm以上のねじ軸を備える転がりねじ装置に、本発明は好適である。ただし、本発明の転がりねじ装置は、上記の用途に限定されるものではない。
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がりねじ装置の例としてボールねじを示して説明したが、本発明の転がりねじ装置は、転動体がローラであるローラねじにも同様に適用することができる。
また、表面硬化層の表面硬さを転動部材として十分なものとするためには、熱処理後(浸炭後)の表面硬化層中の炭素含有量を0.6質量%以上とすることが好ましく、0.8質量%以上とすることがより好ましい。ただし、表面硬化層中の炭素含有量が多すぎると、巨大炭化物や異常組織が生成するため、1.5質量%以下とすることが好ましく、1.2質量%以下とすることがより好ましい。
さらに、転動体転動路4内には、両ねじ溝1a,2aの表面及び転動体3の表面を潤滑する潤滑剤を配してもよい。さらに、ナット2の軸方向両端には、プラスチック製,ゴム製,又はエラストマー製のダストシールを配してもよい。そうすれば、異物が外部からナット2内部に侵入することが防止される。
〔実施例〕
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。前述したボールねじ10とほぼ同様の構成を有する日本精工株式会社製のボールねじBS6316−10.5(呼び番号:JIS B1192 63×16×300−Ct7)を、日本精工株式会社製のボールねじ耐久試験機に装着して、耐久試験を行った。
このボールねじの仕様は、以下の通りである。
・ねじ軸の直径:63mm
・リード :16mm
・ボールの直径:12.7mm
・回路数 :3.5巻×3列
・試験荷重 :負荷容量の40%
なお、このボールねじのねじ軸及びナットは、日本工業規格JIS G4052に規定された鋼材SCM420Hで構成された素材を、所定の形状に成形し熱処理(表2を参照)を施すことにより製造されたものである。ただし、ねじ軸の素材の炭素含有量は0.2質量%であり、ナットの素材の炭素含有量は0.23質量%である。この熱処理により、ねじ軸及びナットの表面には表面硬化層が形成されているとともに、表面硬さはHv700以上とされている。また、転動体(ボール)は、日本工業規格JIS B1501に規定された玉軸受用鋼球である。さらに、隣接する各転動体の間には、図3のようなセパレータが1個ずつ介装されている。
この表面硬化層の残留オーステナイト量を表2に示す。また、リード角方向に沿う面によってねじ軸を破断した(ねじ溝の底部で破断した)断面における、日本工業規格JIS G0557に規定された有効硬化層深さの位置から表面までの環状領域の面積の、前記断面の面積に対する比率(以降は面積率と記す)を、表2に示す。
Figure 0005130886
ねじ軸及びナットに施した熱処理は、以下の通りである。
熱処理条件A:850〜900℃で浸炭を施し、780〜880℃で油焼入れを行った。次いで、160〜190℃で焼戻しを行った。
熱処理条件B:850〜900℃で浸炭を施し、780〜880℃で油焼入れを行った。次いで、−80〜−40℃で30分間保持してサブゼロ処理を施した後に、180〜220℃で焼戻しを行った。このような熱処理は、ボールねじのねじ軸やナットに対して従来一般的に行われていたものである。
熱処理条件C:850〜900℃で浸炭を施し、780〜880℃で油焼入れを行った。次いで、190〜230℃で焼戻しを行った。
熱処理条件D:850〜900℃で浸炭を施し、780〜880℃で油焼入れを行った。次いで、130〜160℃で焼戻しを行った。
熱処理条件E:850〜900℃で浸炭を施し、780〜880℃で水焼入れを行った。次いで、160〜190℃で焼戻しを行った。
なお、ねじ軸及びナットの浸炭を行う雰囲気の炭素濃度は、いずれの熱処理条件においても、1.0質量%である。また、浸炭の代わりに浸炭窒化を採用してもよい。
これらのボールねじについて耐久試験を行い、ねじ軸,ナット,又は転動体に剥離が生じたら寿命と判断した。結果を表2に示す。なお、表2に記載した寿命の数値は、一般的な高荷重用途のボールねじである従来例のボールねじの寿命を1とした場合の相対値で示してある。
従来例のボールねじは、ねじ軸やナットのねじ溝に剥離が生じた。
実施例1〜6のボールねじは、ねじ軸,ナット,及び転動体の表面硬化層の残留オーステナイト量が20〜40体積%であるため剥離が生じにくく、ねじ軸やナットのねじ溝に剥離が生じたものの長寿命であった。なお、ねじ軸の前記面積率が15%未満であるため、ねじ軸の製造時には、割れや折れを生じることなくねじ軸の変形矯正を行うことができた。
比較例1,2のボールねじは、表面硬化層の残留オーステナイト量が不適であるため、ねじ軸やナットのねじ溝に剥離が生じ、実施例1〜6に比べて短寿命であった。
比較例3〜5のボールねじは、ねじ軸の前記面積率が15%以上であるため、ねじ軸の製造時の変形矯正の際にねじ軸が折損した。そのため、耐久試験を行うことができなかった。
比較例6〜8のボールねじは、ねじ軸の前記面積率が15%以上であるため、芯部まで高硬度となっており、変形抵抗が大きかった。ねじ軸の製造時の変形矯正の際には、荷重を加えてもほとんど矯正されなかったため、矯正不可能と判断し変形矯正を中止した。
本発明に係る転がりねじ装置の一実施形態であるボールねじの構造を示す図であり、軸方向に平行な面で破断したボールねじの断面図である。 図1のボールねじのA−A断面図である。 セパレータの側面図である。 浸炭焼入れを施したねじ軸及びナットについて、表面の炭素濃度を測定した結果を示すグラフである。 図4の要部拡大図である。 浸炭焼入れを施したねじ軸及びナットについて、表面の炭素濃度を測定した結果を示すグラフである。 図6の要部拡大図である。 本発明に係る転がりねじ装置の一実施形態であるボールねじの構造を示す側面図である。 図8のボールねじを軸方向に垂直な面で破断した断面図である。 図8のボールねじのA−A断面図である。
符号の説明
1 ねじ軸
1a ねじ溝
2 ナット
2a ねじ溝
2b 貫通孔
3 転動体
4 転動体転動路
5 リターンチューブ
6 セパレータ
10 ボールねじ
X 有効硬化層深さの位置
Y 環状領域

Claims (12)

  1. 螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置を製造するに際して、
    鋼製素材を所定の形状に成形し熱処理を施して前記ねじ軸及び前記ナットを得るとともに、前記ねじ軸に用いた鋼製素材よりも前記ナットに用いた鋼製素材の方が、含有する炭素の量が多く、
    前記熱処理は、炭素濃度が0.9質量%以上1.1質量%以下である雰囲気中で行われる浸炭焼入れを含み、前記ねじ軸の浸炭時間が前記ナットの浸炭時間よりも長いことを特徴とする転がりねじ装置の製造方法。
  2. 螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置を製造するに際して、
    鋼製素材を所定の形状に成形し熱処理を施して前記ねじ軸及び前記ナットを得るとともに、前記ねじ軸に用いた鋼製素材よりも前記ナットに用いた鋼製素材の方が、含有する炭素の量が多く、
    前記熱処理は浸炭焼入れを含み、前記ねじ軸の浸炭を行う雰囲気の炭素濃度が、前記ナットの浸炭を行う雰囲気の炭素濃度よりも大きいことを特徴とする転がりねじ装置の製造方法。
  3. 前記ねじ軸の浸炭時間と前記ナットの浸炭時間との差が、前記ねじ軸の浸炭時間の30%以内であることを特徴とする請求項2に記載の転がりねじ装置の製造方法。
  4. 前記ねじ軸に用いた鋼製素材と前記ナットに用いた鋼製素材とが、日本工業規格JIS G4052に規定されたH鋼で構成されており、且つ、含有する炭素の量が0.15質量%以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がりねじ装置の製造方法。
  5. 前記熱処理はサブゼロ処理を含まないことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がりねじ装置の製造方法。
  6. 螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置において、
    請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がりねじ装置の製造方法により製造され、前記両ねじ溝には前記熱処理により硬化された表面硬化層が形成されていて、この表面硬化層の残留オーステナイト量が15体積%以上35体積%以下とされており、
    前記ナットが、内周面と外周面とを連通する貫通孔又は軸方向両端面を連通する貫通孔を備え、該貫通孔の内面と内周面,外周面,又は軸方向端面との間の肉厚が3mm以下であることを特徴とする転がりねじ装置。
  7. 螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置において、
    請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がりねじ装置の製造方法により製造され、前記両ねじ溝には前記熱処理により硬化された表面硬化層が形成されていて、この表面硬化層の残留オーステナイト量が15体積%以上35体積%以下とされており、
    隣接する前記転動体の間に樹脂又はエラストマーで構成されたセパレータが介装されており、
    前記ねじ軸は前記熱処理の後に研削加工が施されており、前記ねじ軸のねじ溝の底部に、前記研削加工に用いる研削砥石の干渉を防ぐ逃げ溝を有していないことを特徴とする転がりねじ装置。
  8. 螺旋状に連続するねじ溝が外周面に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝が内周面に形成された筒状のナットと、前記両ねじ溝の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、前記ねじ軸と前記ナットとの相対回転運動により、前記転動体の転動を介して前記ねじ軸と前記ナットとが軸方向へ相対直線移動するようになっている転がりねじ装置において、
    請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がりねじ装置の製造方法により製造され、前記両ねじ溝には前記熱処理により硬化された表面硬化層が形成されていて、この表面硬化層の残留オーステナイト量が15体積%以上35体積%以下とされており、
    リード角方向に沿う面で前記ねじ軸を破断した断面において、ビッカース硬さHv550以上の領域の面積が、前記断面の面積の15%未満であることを特徴とする転がりねじ装置。
  9. 前記ねじ軸及び前記ナットの前記表面硬化層の炭素濃度は0.8質量%以上であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか一項に記載の転がりねじ装置。
  10. 前記熱処理はサブゼロ処理を含まないことを特徴とする請求項6〜9のいずれか一項に記載の転がりねじ装置。
  11. 前記ねじ軸のねじ溝の軸方向長さが前記ナットのねじ溝の軸方向長さの1.2倍以上であることを特徴とする請求項6〜10のいずれか一項に記載の転がりねじ装置。
  12. 前記熱処理はサブゼロ処理を含まず、無負荷状態においては、前記両ねじ溝のうち少なくとも一方と前記転動体との間に隙間が形成されることを特徴とする請求項7又は請求項8に記載の転がりねじ装置。
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