ここで、車両の減速停止時において内燃機関の出力軸の回転速度(機関回転速度)が低下する際に、同機関回転速度が車両停止状態に見合う速度を一時的に下回る現象(いわゆるアンダーシュート)が生じることがある。そして、このアンダーシュートによって機関回転速度が過度に低くなると、内燃機関の運転状態の不安定化を招くばかりか、場合によっては内燃機関のストールを招くおそれもある。
そうした機関運転状態の不安定化を回避するためには、車両の減速停止時における内燃機関の出力トルクを十分に大きくすればよい。しかしながら、車両の減速停止時における機関回転速度のアンダーシュート量は車両の温度環境や個体差による作動特性の相違によっても異なる。そのため、どのような温度環境や個体であっても機関運転状態の不安定化を招くことのないように内燃機関の出力トルクを大きくすると、出力トルクを大きくせずともアンダーシュート量が小さく抑えられる場合に同出力トルクが不要に大きくなってしまうために、その分だけ燃費性能の悪化を招いてしまう。
また、燃費性能に着目して車両の減速停止時における内燃機関の出力トルクを小さくすると、出力トルクを大きくしてもアンダーシュート量が大きくなってしまう場合において同アンダーシュート量がさらに大きくなるために、機関回転速度の過度の低下を招き易くなり、内燃機関の運転状態の不安定化を招く可能性が高くなってしまう。
本発明は、そうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、車両の減速停止時における機関運転状態の安定化と燃費性能の向上との両立を図ることのできる車両の制御装置を提供することにある。
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について説明する。
請求項1に記載の発明は、駆動源としての内燃機関の出力軸と車輪とがトルクコンバータを介して接続されてなる車両の制御装置において、前記車両の減速停止時に、前記トルクコンバータの滑り量が大きいときの機関回転速度と比較して同滑り量が小さいときの機関回転速度が高くなるように車両制御量を変更する変更手段を備えることをその要旨とする。
車両の減速停止時においては、車輪ともどもトルクコンバータのタービンインペラの回転が減速して停止するために、その過程でトルクコンバータのポンプインペラに連結された内燃機関の出力軸に作用する負荷トルクが大きくなり、その影響によって機関回転速度が低下するようになる。
全ての装置の中でも内燃機関やトルクコンバータの個体差などに起因して機関回転速度がタービンインペラの回転の影響を受け易い特性を有するものでは、タービンインペラの回転速度の低下に伴って、同回転速度との差が小さいままに機関回転速度が低下するようになる。そのため、トルクコンバータの滑り量(例えばポンプインペラの回転速度NPとタービンインペラNTとの回転速度差[=NP−NT])が小さくなる。そして、タービンインペラの回転の影響を受け易い特性を有するものほど、同タービンインペラの回転速度の低下による影響を大きく受けて機関回転速度の低下度合いが大きくなるために、同機関回転速度のアンダーシュート量が大きくなり易い。こうしたことからトルクコンバータが搭載された車両では、同トルクコンバータの滑り量が小さいときほど、同車両の減速停止時における機関回転速度のアンダーシュート量が大きくなる傾向があると云える。
上記構成によれば、トルクコンバータの滑り量が小さいとき、言い換えれば機関回転速度のアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が高いときには、車両制御量の変更を通じて機関回転速度を高くすることによって同アンダーシュート量を小さく抑えることができ、内燃機関の運転状態が不安定になることを的確に抑えることができる。しかも、トルクコンバータの滑り量が大きく、機関回転速度のアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が低いときには、機関回転速度が不要に高くなることを抑えることができ、これにより内燃機関の燃料消費量を低減させて燃費性能の向上を図ることができる。
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の車両の制御装置において、前記変更手段は、前記トルクコンバータのタービンインペラの回転速度に基づいて判定値を設定し、前記滑り量が前記判定値以下であることを条件に、前記車両制御量の変更を実行することをその要旨とする。
車両の減速時においてはその走行速度(詳しくは、トルクコンバータのタービンインペラの回転速度)が低いときほど、トルクコンバータの滑り量が大きくなるために、安定した状態での機関運転を維持することの可能な前記滑り量の下限についても多い量になる。
上記構成によれば、そうしたトルクコンバータのタービンインペラの回転速度と前記滑り量の下限との関係に応じたかたちで変更手段による車両制御量の変更が必要な状況であるか否かを適正に判断した上で、同車両制御量の変更を実行することができる。
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の車両の制御装置において、前記変更手段は、前記トルクコンバータに供給されるオイルの粘度に基づいて前記判定値を可変設定することをその要旨とする。
また請求項4に記載の発明は、請求項2に記載の車両の制御装置において、前記変更手段は、前記トルクコンバータに供給されるオイルの温度に基づいて前記判定値を可変設定することをその要旨とする。
車両の減速時や停止時においては、トルクコンバータに供給されるオイルの粘度が高いときほど、内燃機関の出力軸に作用する負荷トルクが大きくなるために、機関回転速度が低くなり易くそのアンダーシュート量が大きくなり易い。なお、トルクコンバータに供給されるオイルの粘度は基本的に、同オイルの温度が高くなるのに伴って低くなる。
請求項3または4に記載の発明の構成によれば、そうしたオイルの粘度と機関回転速度のアンダーシュート量との関係に応じたかたちで上記判定値を設定することができ、同判定値をもとに変更手段による車両制御量の変更が必要な状況であるか否かをより適正に判断することができる。
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の車両の制御装置において、前記車両制御量は、前記内燃機関の出力トルクを変更する機関制御量であることをその要旨とする。
上記構成によれば、例えば燃料噴射量や吸入空気量、点火時期などといった内燃機関の出力トルクを変更する機関制御量の変更を通じて機関回転速度を変更することができる。
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の車両の制御装置において、当該車両は、前記トルクコンバータと前記車輪との間に複数の変速段を有する多段式の自動変速機が設けられてなり、前記車両制御量は、前記自動変速機に設けられた変速段切替用クラッチの係合力であることをその要旨とする。
上記構成によれば、車両の減速時や停止時において自動変速機の変速段切替用クラッチの係合力を変更することによって、内燃機関の出力軸に作用する負荷トルクを変化させることができ、これにより機関回転速度を変更することができる。
請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の車両の制御装置において、前記車輪を制動するためのブレーキ機構を有してなる前記車両に適用されて、前記内燃機関の冷間運転時に同内燃機関の出力トルクの増大補正を実行するトルク増大手段と、前記ブレーキ機構の作動に伴う前記車両の減速時であるとの条件および前記車両の停止時であって停止後の経過期間が所定期間未満であるとの条件の一方が満たされ且つ前記増大補正の実行時であるとの条件が満たされる所定条件の成立時に、同所定条件の不成立時と比較して前記内燃機関の出力トルクを減少させるトルク減少手段とを更に備え、前記所定条件が成立していることを条件に、前記変更手段による前記車両制御量の変更を実行するものであることをその要旨とする。
上記構成では、機関温度の低い冷間運転時において内燃機関の出力トルクの増大補正を実行することによって機関運転状態の安定化や機関温度の早期上昇が図られるとともに、そうした増大補正の実行時における車両減速停止時において内燃機関の出力トルクを減少させることにより同増大補正の実行に起因する車両制動性能の低下が抑えられる。
こうした構成では、車両制動性能の低下抑制を図る際に、内燃機関のフリクションが高い状態で出力トルクが低減されることとなるために、機関回転速度の過度の低下を招き易くなり、内燃機関の運転状態が不安定になり易いと云える。
この点、上記構成によれば、車両制動性能の低下抑制を図るべく内燃機関の出力トルクを減少させるに際して、トルクコンバータの滑り量が小さいとき、言い換えれば機関回転速度のアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が高いときに、車両制御量の変更を通じて同アンダーシュート量を小さく抑えることができ、内燃機関の運転状態が不安定になることを的確に抑えることができる。
請求項8に記載の発明は、請求項7に記載の車両の制御装置において、前記車両が摩擦抵抗の小さい路面を走行している可能性が高いことを条件に、前記トルク減少手段による前記出力トルクの変更と前記変更手段による前記車両制御量の変更とを共に許可することをその要旨とする。
車両制動性能の低下による影響は凍結路などといった路面の摩擦抵抗が低い道路を走行しているときにおいて顕著に現れるようになる。上記構成によれば、そうした車両制動性能の低下による影響が顕著に現れる状況において、機関運転状態の安定化を図りつつ車両制動性能の低下を抑制することができる。
請求項9に記載の発明は、請求項8に記載の車両の制御装置において、外気温度が所定温度より低いことをもって前記可能性が高いと判断することをその要旨とする。
上記構成によれば、車両が凍結路を走行している可能性があること、ひいては車両が摩擦抵抗の小さい路面を走行している可能性が高いことを判断することができる。
なお、前記トルクコンバータの滑り量としては、請求項10によるように、トルクコンバータのポンプインペラとタービンインペラとの回転速度差を採用することができる。
以下、本発明にかかる車両の制御装置を具体化した一実施の形態について説明する。
図1は、本実施の形態にかかる制御装置が適用される車両の全体構成を示している。
同図1に示すように、車両10には、駆動源としての内燃機関11が搭載されている。この内燃機関11の吸気通路12にはスロットルバルブ13が設けられている。このスロットルバルブ13の開度制御を通じて吸気通路12を通過する空気の量(吸入空気量GA)が調量される。また、内燃機関11には燃料噴射弁14が設けられており、この燃料噴射弁14には燃料タンク(図示略)から燃料が供給されている。燃料噴射弁14の開弁駆動を通じて、吸入空気量GAに応じた量の燃料が噴射されて、内燃機関11の出力トルクが調節される。
車両10には、トルクコンバータ15や自動変速機16が設けられている。トルクコンバータ15は流体継手であり、その入力軸(詳しくは、ポンプインペラ15A)に内燃機関11の出力軸11Aが接続されるとともに、出力軸(詳しくは、タービンインペラ15B)に自動変速機16の入力軸16Aが接続される。自動変速機16は複数の変速段(本実施の形態では、前進側6段、後退側1段)を有する多段式のものであり、供給油圧の調節を通じて作動するブレーキ16Bやクラッチ16Cが設けられている。そして、それらブレーキ16Bおよびクラッチ16Cの作動制御がシフトレバー17の操作位置や車両10の運転状態に基づいて実行されることにより、自動変速機16の変速段の切り換えが行われる。自動変速機16の出力軸16Dは、デファレンシャルギヤ18等を介して車輪19に接続されている。
各車輪19にはブレーキ機構20が設けられている。このブレーキ機構20は、ブレーキペダル21の踏み込み操作に応じて摩擦力を発生させて車輪19を制動する。このブレーキ機構20による車輪19の制動によって、車両10が減速および停止されるとともに停止状態で維持される。
車両10には、その運転状態を検出するための各種センサやスイッチが設けられている。各種センサとしては、例えば内燃機関11の出力軸11Aの回転速度(機関回転速度NE)を検出するためのクランクセンサ31や、吸入空気量GAを検出するための吸入空気量センサ32、スロットルバルブ13の開度(スロットル開度TA)を検出するためのスロットルセンサ33が設けられている。また、冷却水の温度(冷却水温THW)を検出するための水温センサ34や、車両10の走行速度(車速SPD)を検出するための車速センサ35、内燃機関11の外部の空気(外気)の温度(外気温度THA)を検出するための外気温センサ36が設けられている。その他、自動変速機16の入力軸16Aの回転速度(変速機回転速度NT)を検出するための回転速度センサ37や、シフトレバー17の操作位置を検出するためのシフトセンサ38、アクセルペダル22の踏み込み量(アクセル開度AC)を検出するためのアクセルセンサ39なども設けられている。また、スイッチとしては、ブレーキペダル21の踏み込みの有無を検出するためのブレーキスイッチ40等が設けられている。
車両10には例えばマイクロコンピュータを有して構成される電子制御装置30が設けられており、この電子制御装置30には各種センサやスイッチの出力信号が取り込まれている。電子制御装置30はそれら出力信号をもとに各種の演算を行い、その演算結果に基づいてスロットルバルブ13や燃料噴射弁14、自動変速機16の作動制御を実行する。
本実施の形態の装置では、内燃機関11のアイドル運転時において、冷却水温THWに基づき設定される目標速度Tneと実際の機関回転速度NEとが一致するように吸入空気量GAや燃料噴射量等の機関制御量を調節する制御、いわゆるアイドルスピードコントロール(ISC)制御が実行される。
このISC制御では基本的に、目標速度Tneとして、アイドル運転時における内燃機関11の安定運転が保たれる条件の下で極力低い回転速度が設定される。そして、この目標速度Tneと機関回転速度NEとを一致させることの可能なスロットル開度TAについての制御目標値(目標スロットル開度Tta)が算出されるとともに、目標スロットル開度Ttaと実際のスロットル開度TAとが一致するように同スロットル開度TAがフィードバック制御される。また、吸入空気量GAに基づいて燃料噴射量についての制御目標値(目標噴射量Tq)が算出されるとともに、目標噴射量Tqと同量の燃料が噴射されるように燃料噴射弁14が開弁駆動される。これにより、アイドル運転時における内燃機関11の安定運転を維持しつつ、機関騒音や燃料消費率が極力抑制される。
ここで、例えば内燃機関11の暖機完了前などのように同内燃機関11の温度が低い冷間運転時においては、内燃機関11のフリクションが高いために運転状態が不安定になり易い。また、そうした冷間運転時においては冷却水温THWが低いために、冷却水の熱を利用した暖房が行われる車両にあってはその暖房性能が低くなってしまう。そのため本実施の形態では、そうした内燃機関11の冷間運転時においてISC制御を実行する際に、同内燃機関11の出力トルクを増大させる増大補正が実行される。この増大補正は詳しくは、ISC制御における目標速度Tneとして、増大補正が実行されない通常制御時よりも高い回転速度を設定することにより実行される。こうした増大補正を通じて吸入空気量GAおよび燃料噴射量が共に多くなるために、内燃機関11の出力トルクが十分に大きくなって同内燃機関11が上記フリクションに抗して安定した状態で運転されるようになる。また内燃機関11の発熱量が大きくなって冷却水温THWが早期に上昇するようになり、冷却水による十分な暖房機能が早期に発揮されるようにもなる。なお本実施の形態では、上記増大補正にかかる処理がトルク増大手段として機能する。
また、ブレーキ機構20による制動力は内燃機関11の出力トルクに抗して車輪19を制動するように作用する。そのため、ブレーキペダル21が同一の操作力で踏み込まれたとしても、上述した増大補正が実行される場合には、同増大補正を実行しない場合と比較して、内燃機関11の出力トルクが大きくなっている分だけ車輪19を制動する能力が低くなってしまう。したがって、そうした増大補正の実行に伴う制動力の減少によって車両10の制動性能の低下を招くおそれがある。
そのため本実施の形態では、所定条件が成立したことによって車両10がブレーキペダル21の踏み込み操作による停止過程であり且つ前記増大補正が実行されていると判断されたときに、同所定条件の不成立時と比較して、ISC制御における目標速度Tneとして低い速度が設定される。なお本実施の形態では、後述する変更処理の実行時において前提条件および実行条件が共に成立したことをもって、上記所定条件が成立したと判断される。これにより、内燃機関11の冷間運転時において上記増大補正が実行される状況であって車両10の停止過程であるときに、内燃機関11の出力トルクが小さく抑えられて、増大補正の実行に起因して車輪19を制動する力が不足することを抑えられる。そのため、車両10の制動性能の低下が的確に抑えられるようになっている。
ところで、車両10の運転制御では、同車両10の減速停止に際して機関回転速度NEが急速に低下することがあり、これに伴って機関回転速度NEが車両10の停止時に適した速度をアンダーシュートすることによって一時的に不要に低くなることがある。そして、このアンダーシュートによって機関回転速度NEが過度に低くなると、内燃機関11の運転状態の不安定化を招くばかりか、場合によっては内燃機関11のストールを招くおそれもある。
そうした機関運転状態の不安定化を回避するためには、車両10の減速停止時における内燃機関11の出力トルクを十分に大きくすればよい。しかしながら、車両10の減速停止時における機関回転速度NEのアンダーシュート量は、内燃機関11や車両駆動系(具体的には、トルクコンバータ15、自動変速機、デファレンシャルギヤ18並びに車輪19)の温度環境や個体差による作動特性の相違によっても異なったものとなる。そのため、どのような温度環境や個体であっても機関運転状態の不安定化を招くことのないように内燃機関11の出力トルクを大きくすると、出力トルクを大きくせずともアンダーシュート量が小さく抑えられる場合に同出力トルクが不要に大きくなってしまい、その分だけ燃費性能の悪化を招いてしまう。また、燃費性能に着目して車両10の減速停止時における内燃機関11の出力トルクを小さくすると、出力トルクを大きくしてもアンダーシュート量が大きくなってしまう場合において同アンダーシュート量がさらに大きくなるために、機関回転速度NEの過度の低下を招き易くなり、機関運転状態の不安定化を招く可能性が高くなってしまう。さらに本実施の形態では、上述したように増大補正の実行中において車両10の制動性能の低下抑制を図るべく内燃機関11の出力トルクを低減させる処理が実行される。そのため、車両10の制動性能の低下抑制を図る際に、内燃機関11のフリクションが高い状態で出力トルクが低減されることとなって機関回転速度NEの過度の低下を招き易くなり、内燃機関11の運転状態が不安定になり易いと云える。
ここで車両10の減速停止に際しては、車輪19ともどもトルクコンバータ15のタービンインペラ15Bの回転が減速して停止するために、その過程でトルクコンバータ15のポンプインペラ15Aに連結された内燃機関11の出力軸11Aに作用する負荷トルクが大きくなり、その影響によって機関回転速度NEが低下するようになる。全ての装置の中でも内燃機関11やトルクコンバータ15の個体差などに起因して上記タービンインペラ15Bの回転の影響を受け易い特性を有するものでは、タービンインペラ15Bの回転速度(変速機回転速度NT)の低下に伴って同変速機回転速度NTとの差が小さいままに機関回転速度NEが低下するようになるために、トルクコンバータ15の滑り量が小さくなる。そして、タービンインペラ15Bの回転の影響を受け易い特性を有するものほど、同タービンインペラ15Bの回転速度の低下による影響を大きく受けて機関回転速度NEの低下度合いが大きくなるために、同機関回転速度NEのアンダーシュート量が大きくなり易い。こうしたことからトルクコンバータ15が搭載された車両では、同トルクコンバータ15の滑り量が小さいときほど、同車両10の減速停止時における機関回転速度NEのアンダーシュート量が大きくなる傾向があると云える。
図2に、ブレーキペダル21の踏み込みによる車両10の減速停止時における機関回転速度NE、変速機回転速度NT、トルクコンバータ15の滑り量の推移の一例を示す。同図2に示すように、車両10の減速過程におけるトルクコンバータ15の滑り量が小さいときほど、機関回転速度NEの低下度合いが大きくなり、機関回転速度NEのアンダーシュート量(=[目標速度Tne]−[機関回転速度NE])も大きくなる。
また図3に、発明者の行った実験およびシミュレーションにより得られた関係であり、機関回転速度NEがアンダーシュートしたときにおける同機関回転速度NEの最低速度(最低回転速度)とトルクコンバータ15の滑り量と変速機回転速度NTとの関係を示す。同図3から明らかなように、変速機回転速度NT(=車速SPD)が一定の条件のものとでは、トルクコンバータ15の滑り量が小さくなるほど最低回転速度が低くなり、機関回転速度NEの過度の低下を招き易くなる。
こうした実情をふまえて本実施の形態では、車両10の減速停止時(詳しくは、上記所定条件の成立時)において、トルクコンバータ15の滑り量が大きいときの機関回転速度NEと比較して同滑り量が小さいときの機関回転速度NEが高くなるように、ISC制御の目標速度Tneを設定するようにしている。なお本実施の形態では、トルクコンバータ15の滑り量として、ポンプインペラ15Aに連結された内燃機関11の出力軸11Aの回転速度(機関回転速度NE)とトルクコンバータ15のタービンインペラ15Bに連結された自動変速機16の入力軸16Aの回転速度(変速機回転速度NT)との差(=NE−NT)が算出される。
本実施の形態では、車両10の減速停止に際してトルクコンバータ15の滑り量が小さいとき、言い換えれば機関回転速度NEのアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が高いときには、目標速度Tneの変更を通じて同アンダーシュート量が小さく抑えられて、内燃機関11の運転状態が不安定になることが抑えられるようになる。また、車両10の減速停止に際してトルクコンバータ15の滑り量が大きく、機関回転速度NEのアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が低いときには、機関回転速度NEが不要に高くなることを抑えることができ、これにより内燃機関11の燃料消費量が低減されて燃費性能の向上が図られるようになる。
以下、そうした目標速度Tneを変更する処理(変更処理)について詳細に説明する。
図4は上記変更処理の具体的な処理手順を示すフローチャートであり、このフローチャートに示される一連の処理は、ISC制御の実行中において前述した増大補正が実行されていることを条件に、所定周期毎の割り込み処理として電子制御装置30により実行される。また図5は、上記変更処理の実行態様の一例を示すタイミングチャートである。
この処理では先ず、前提条件が成立しているか否かが判断される(図4のステップS101)。ここでは、以下の(条件イ)〜(条件ニ)の全てが満たされていることをもって、前提条件が成立していると判断される。
(条件イ)シフトレバー17の操作位置がニュートラル位置でないこと。
(条件ロ)スロットル開度TAが所定開度より小さいこと。
(条件ハ)ブレーキペダル21が踏み込まれていること。
(条件ニ)外気温度THAが所定温度(例えば、5℃)より低い温度であること。
本実施の形態では、前提条件が成立していることをもって、路面凍結の可能性が高い低温環境下におけるブレーキペダル21の踏み込みによって車両10が停止過程であるとして、このとき車両10が制動性能の低下を招く可能性のある運転状態であると判断される。なお、車両10の制動性能の低下による影響は凍結路などといった路面の摩擦抵抗が低い道路を走行しているときにおいて顕著に現れるようになる。本実施の形態では、外気温度THAが所定温度より低いことをもって、車両10が摩擦抵抗の小さい路面(詳しくは凍結路)を走行している可能性が高く、このとき車両制動性能の低下による影響が顕著に現れる状況であると判断される。
そして、前提条件が成立している場合には(ステップS101:YES、図5の時刻t1)、実行条件が成立しているか否かが判断される(図4のステップS102)。ここでは、以下の(条件ホ)〜(条件ト)の全てが満たされていることをもって、実行条件が成立していると判断される。
(条件ホ)自動変速機16の変速段が前進側の1速または後退側の1速であること。
(条件ヘ)車速SPDが所定速度(例えば15km毎時)以下であること。
(条件ト)車両10の停止継続時間が所定時間(例えば25秒)未満であること。
本実施の形態では、実行条件が成立していることをもって、実際に車両制動性能の低下を招く可能性の高い期間であると判断される。
前提条件および実行条件が共に成立すると(ステップS101:YES且つステップS102:YES、図5の時刻t2)、車両10が制動性能の低下を招く可能性のある運転状態になっており、実際に車両制動性能の低下を招く可能性の高い期間であるとして、以下の処理が実行される。
すなわち先ず、冷却水温THWに基づいて下限回転速度GDが算出される(図4のステップS103)。本実施の形態の装置では、実験やシミュレーションの結果等に基づいて求められて電子制御装置30に予め記憶されている関係をもとに下限回転速度GDが算出される。この下限回転速度GDとしては具体的には、冷却水温THWが高いときほど低い速度が算出される。
また、本処理の前回実行時における目標速度Tneから所定速度V1を減じた値(=Tne−V1)が算出されるとともに、同値に下限回転速度GDによる下限ガード処理を施した値が新たな目標速度Tneとして算出される(ステップS104)。すなわち、この処理を通じて目標速度Tneが下限回転速度GDまで徐々に低くなるように変更されるとともに(図5の時刻t2〜t3)、下限回転速度GDになった後においては同下限回転速度GDで維持される(時刻t3〜t4)。これにより、機関回転速度NEが低くなるように吸入空気量GAや燃料噴射量などの機関制御量が減量されて内燃機関11の出力トルクが小さくなり、同出力トルクの増大補正に起因して車輪19を制動する力が不足することが抑えられて、車両制動性能の低下が的確に抑えられるようになる。なお本実施の形態では、ステップS103の処理およびステップS104の処理がトルク減少手段として機能する。
さらに、トルクコンバータ15の滑り量(=NE−NT)が算出されるとともに(図4のステップS105)、変速機回転速度NTに基づいて上記滑り量についての限界判定値CRが設定される(ステップS106)。そして、トルクコンバータ15の滑り量が限界判定値CR以下である状態が所定時間(例えば数十ミリ秒)以上継続しているか否かが判断される(ステップS107)。本実施の形態の装置では、内燃機関11の安定運転状態と車両10の十分な制動性能とを共に確保することの可能な限界判定値CRと変速機回転速度NTとの関係が実験やシミュレーションの結果等に基づいて求められて電子制御装置30に予め記憶されており、この関係をもとに限界判定値CRが設定される。
なお、車両10の減速時におけるトルクコンバータ15のタービンインペラ15Bの回転速度(=変速機回転速度NT)が低いときほど、同トルクコンバータ15の滑り量が大きくなるために、安定した状態での機関運転を維持することの可能な同滑り量の下限は多い量になる。これは、先の図3に示されるように、機関回転速度NEが所定の限界速度(例えば、同図3中に[NE1]で示す速度)を下回らないように車両10の運転する上で許容されるトルクコンバータ15の滑り量の範囲についての下限が変速機回転速度NT(=車速SPD)の高いときほど少ない量になることからも明らかである。
この点をふまえて本実施の形態では、図6に限界判定値CRと変速機回転速度NTとの関係を示すように、限界判定値CRとして、変速機回転速度NTが高いときほど少ない量が設定される。そのため、トルクコンバータ15の滑り量が限界判定値CR量以下である状態が所定時間以上継続していることによって、機関運転状態の不安定化を招くおそれがある状況であること、言い換えれば内燃機関11の安定運転のために目標速度Tneを高くする処理の実行が必要な状況であることを適正に判断することができる。そして、その判断のもとに同処理を実行することができる。
そして、トルクコンバータ15の滑り量が限界判定値CR以下である状態が所定時間(例えば数十ミリ秒)以上継続すると(図4のステップS107:YES)、目標速度Tneに所定速度(本実施の形態では、100回転/分)を加算した値が新たな目標速度Tneとして設定される(ステップS108、図5の時刻t4以降)。本実施の形態では、このステップS108の処理が変更手段として機能する。
これにより、このとき内燃機関11の出力トルクを抑制する処理(図4のステップS103,S104)が実行されているとはいえ、トルクコンバータ15の滑り量が小さい、換言すれば機関回転速度NEのアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が高いとして、目標速度Tneが高い速度に変更されて同アンダーシュート量が小さく抑えられる。そのため、内燃機関11の運転状態が不安定になることが抑えられるようになる。
一方、トルクコンバータ15の滑り量が限界判定値CRより大きいときや同滑り量が限界判定値CR以下である状態の継続時間が所定時間未満であるときには(ステップS107:NO)、目標速度Tneを高い速度に変更するための処理を実行することなく(ステップS108の処理をジャンプして)、本処理は一旦終了される。
その後、前記前提条件が成立している状態で前記実行条件が不成立になると(ステップS101:YES且つステップS102:NO、図5の時刻t6)、目標速度Tneが値TneNと等しくなったか否かが判断される(図4のステップS109)。なお上記値TneNは、別途の処理を通じて算出されている通常制御時(詳しくは、内燃機関11の出力トルクを抑制する処理[ステップS103,S104]や目標速度Tneを高い速度に変更する処理[ステップS108]の非実行時)の目標速度Tneに相当する値である。
目標速度Tneが上記値TneN未満である場合には(ステップS109:NO)、本処理の前回実行時における目標速度Tneに所定速度V2(ただし、V2>0)を加えた値(=Tne+V2)を算出するとともに、同値に上記値TneNによる上限ガード処理を施した値が新たな目標速度Tneとして算出される(ステップS110)。そして、目標速度Tneが上記値TneNと等しくなると(ステップS109:YES)、以後において同値TneNが目標速度Tneとして設定されるようになる(ステップS111)。
こうした処理(ステップS109〜S111)を通じて目標速度Tneが上記値TneNまで徐々に高くなるように変更されるとともに(図5の時刻t6〜t7)、上記値TneNになった後においては同上記値TneNで維持される(時刻t7以降)。
これにより、実際に車両制動性能の低下を招く可能性の高い期間を過ぎた後において、機関回転速度NEが高くなるように吸入空気量GAや燃料噴射量などの機関制御量が出力トルクの増大側に変更されて、機関回転速度NEが十分に高い速度に調節され、内燃機関11が安定した状態で運転されるようになる。
なお、前記実行条件が不成立になった場合には(図4のステップS101:NO)、上記値TneNが目標速度Tneとして設定される(ステップS111)。すなわち、このとき車両10が制動性能の低下を招く可能性のある運転状態ではなくなったとして、目標速度Tneが速やかに通常制御時の値TneNに戻されて、機関回転速度NEが十分に高い速度に調節され、これによって内燃機関11が安定した状態で運転されるようになる。
以上説明したように、本実施の形態によれば、以下に記載する効果が得られるようになる。
(1)車両10の減速停止時に、トルクコンバータ15の滑り量が大きいときの機関回転速度NEと比較して同滑り量が小さいときの機関回転速度NEが高くなるように、ISC制御の目標速度Tneを設定するようにした。そのため、車両10の減速停止に際してトルクコンバータ15の滑り量が小さいとき、言い換えれば機関回転速度NEのアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が高いときに、目標速度Tneの変更を通じて同アンダーシュート量を小さく抑えることができ、内燃機関11の運転状態が不安定になることを抑えることができる。また、車両10の減速停止に際してトルクコンバータ15の滑り量が大きく、機関回転速度NEのアンダーシュート量が過度に大きくなる可能性が低いときには、機関回転速度NEが不要に高くなることを抑えることができ、これにより内燃機関11の燃料消費量を低減させて燃費性能の向上を図ることができる。
(2)トルクコンバータ15の滑り量が変速機回転速度NTに基づき算出される限界判定値CR以下であることを条件に、目標速度Tneを高い速度に変更する処理を実行するようにした。そのため、安定した状態での機関運転を維持することの可能な前記滑り量の下限と変速機回転速度NTとの関係に応じたかたちで目標速度Tneとして高い速度に変更する処理の実行が必要な状況であるか否かを適正に判断した上で、同処理を実行することができる。
(3)内燃機関11の冷間運転時において同内燃機関11の出力トルクを増大させる増大補正を実行することにより、内燃機関11の運転状態の安定化や冷却水温THWの早期上昇を図ることができる。また、そうした増大補正の実行時における車両10の減速停止時において内燃機関11の出力トルクを減少させることにより、車両10の制動性能の低下を抑えることができる。さらに、そのようにして内燃機関11の出力トルクを減少させるために機関運転状態の不安定化を招き易いときに、目標速度Tneの変更を通じて機関回転速度NEのアンダーシュート量を小さく抑えることができ、内燃機関11の運転状態が不安定になることを的確に抑えることができる。
(4)車両10が路面の摩擦抵抗の小さい凍結路を走行している可能性が高いことを条件に、増大補正の実行時に目標速度Tneとして低い速度を設定する処理とトルクコンバータ15の滑り量に応じて目標速度Tneを高い速度に変更する処理との実行を共に許可するようにした。そのため、車両制動性能の低下による影響が顕著に現れる状況において、内燃機関11の運転状態の安定化を図りつつ車両制動性能の低下を抑制することができる。
なお、上記実施の形態は、以下のように変更して実施してもよい。
・変速機回転速度NTを、回転速度センサ37によって検出することに代えて、車速SPDと自動変速機16において選択されている変速段とに基づいて推定するようにしてもよい。
・車両10が摩擦係数の低い路面を走行していることを判断するための条件は、外気温度THAが所定温度未満であることを判断する前記(条件ニ)に限らず、任意に変更可能である。例えば、車室外の湿度が所定比率より高いこととの条件を採用することによって、降雨によって路面の摩擦係数が低くなっている可能性が高い状況で車両10が走行していると判断することができる。また、ナビゲーションシステムの位置情報などに基づいて、未舗装路などといった路面の摩擦係数の低い道路を車両10が走行していると判断することなども可能である。
・トルクコンバータ15の滑り量として、ポンプインペラ15Aとタービンインペラ15Bとの回転速度差と相関の高い値であれば、例えば機関回転速度NEと変速機回転速度NTとの比を用いるなど、機関回転速度NEと変速機回転速度NTとの差以外の値を用いるようにしてもよい。またトルクコンバータ15の滑り量として、機関回転速度NEと変速機回転速度NTとの比や差などをそのまま用いることに代えて、それら比や差などを徐々に変化させる処理、いわゆるなまし処理を施した上で用いるようにしてもよい。なお、このなまし処理は、例えば関係式[最新の滑り量=前回算出された滑り量+「今回算出された差−前回算出された滑り量」×1/N(ただし、Nは1.0より大きい数)]を通じて最新の滑り量を算出することにより実現することができる。
・限界判定値CRの設定に用いる設定パラメータとして、変速機回転速度NTに加えて、トルクコンバータ15に供給されるオイルの粘度を採用してもよい。具体的には、図7に一例を示すように、変速機回転速度NTが高いときほど、また上記オイルの粘度が低いときほど、限界判定値CRとして少ない量を設定することができる。
図8に、車速SPDおよびトルクコンバータ15の滑り量が一定の条件下における上記オイルの粘度と機関回転速度NEのアンダーシュート量との関係の一例を示す。同図8から明らかなように、車両10の減速時や停止時においては、トルクコンバータ15に供給されるオイルの粘度が高いときほど機関回転速度NEのアンダーシュート量が大きくなる。その原因としては、上記オイルの粘度が高いときほど、内燃機関11の出力軸11Aに作用する負荷トルクが大きくなって機関回転速度NEが低くなり易くなることが考えられる。
上記構成によれば、そうしたオイルの粘度と機関回転速度NEのアンダーシュート量との関係に応じたかたちで限界判定値CRを設定することができ、同限界判定値CRをもとに目標速度Tneの高い速度への変更が必要な状況であるか否かをより適正に判断することができるようになる。なお、上記オイルの粘度としては、粘度そのものを検出して用いることの他、例えばオイルの温度や劣化度合い等といった同粘度の指標値を検出あるいは推定して用いることもできる。オイルの粘度は通常、オイルの温度上昇に伴って低くなり、オイルの劣化が進行するほど低くなる。
・目標速度Tneを高い速度に変更することに代えて、吸入空気量GA(具体的には、スロットル開度TA)や燃料噴射量、内燃機関11の点火時期などといった機関制御量の制御目標値を同内燃機関11の出力トルクを増大させる側の値に変更するようにしてもよい。こうした構成によっても機関回転速度NEを高い速度に変更することができる。
また、機関制御量の制御目標値を変更する際にはその変更量をトルクコンバータ15に供給されるオイルの粘度に応じて可変設定するようにしてもよい。ここで、トルクコンバータ15は回転トルクを増大させる機能を有しており、そのトルク増大効果は基本的に、同トルクコンバータ15に供給されるオイルの粘度が低いときほど大きくなる。そのため、吸入空気量GAや燃料噴射量を一定量だけ増量したり点火時期を一定量だけ進角させたりした場合における機関回転速度NEの上昇量が、トルクコンバータ15に供給されるオイルの粘度が低いときと比較して同粘度が高いときにおいて少なくなる。上記構成のように機関制御量の制御目標値の変更量をオイルの粘度に応じて可変設定することにより、そうしたオイルの粘度と機関回転速度NEの上昇量との関係に応じたかたちで機関制御量を変更することができ、機関回転速度NEのアンダーシュート量を適切に抑えて内燃機関11の運転状態の不安定化をより的確に抑えることができる。
・機関回転速度NEを高くするために、目標速度Tneを変更することに代えて、自動変速機16の変速段切替用クラッチ(具体的には、ブレーキ16Bやクラッチ16C)の係合力を小さくするようにしてもよい。こうした構成によっても、車両10の減速時や停止時において内燃機関11の出力軸11Aに作用する負荷トルクを小さくすることができ、これにより機関回転速度NEを高い速度に変更することができる。なお同構成では、変速段切替用クラッチの係合力が車両制御量として機能する。
・本発明は、変速比を無段階に変更可能なタイプの自動変速機が搭載された車両にも適用することができる。