本発明は、厚膜抵抗体形成用のペーストとしたとき、ペースト中での分散性が良好であり、優れた電気的特性の抵抗体を形成することができ、価格や供給面でも工業的に利用しやすく、鉛を含まない導電粉、及びその製造方法に関する。
厚膜抵抗体は、チップ抵抗器、厚膜ハイブリッドIC及び抵抗ネットワーク等に広く用いられている。厚膜抵抗体の製造方法としては、通常、絶縁体基板の表面に形成された導電体回路パターン又は電極の上に、導電粉を均一に分散させたペーストを印刷し、これを焼成する工程が用いられる。
厚膜抵抗体形成用ペーストは、導電粉とガラス結合剤をビヒクルと呼ばれる有機媒体中に均一に分散させることにより製造されている。導電粉は厚膜抵抗体の電気的特性を決定する最も重要な役割を担い、酸化ルテニウム(RuO2)やルテニウム酸鉛(Pb2Ru2O7)の微粉末が広く用いられている。尚、酸化ルテニウムは低抵抗域から1kΩまでの中抵抗値域の広範囲の導電物として使用され、10kΩ以上の高抵抗域ではルテニウム酸鉛を用いることが多い。
とこで、近年、電子機器から毒性のある鉛の使用を排除することが求められ、高抵抗領域の厚膜抵抗体用の導電粉として、ルテニウム酸鉛粉に代わる鉛を含有しない導電粉が望まれている。そこで、鉛を含有しない導電粉として、Bi2Ru2O7、CaRuO3、SrRuO3、BaRuO3、LaRuO3等の化学式で表わされる種々のルテニウム系酸化物粉(例えば、特許文献1参照。)、あるいは、酸化イリジウム(IrO2)粉(例えば、特許文献2参照。)が提案されている。
しかしながら、ルテニウム系酸化物粉は、そのペーストを膜状に印刷し焼成して得られる抵抗体の電気的特性が悪いため、実用化されるに至ったものはない。一方、酸化イリジウム粉は、ルテニウム酸鉛粉に代わる鉛を含有しない導電粉として有用な特性を有している。ところが、イリジウムはルテニウムに比べて生産量が少なく、価格が不安定であることから、ペースト及び厚膜抵抗体の価格が変動しやすく、しかも供給も不安定であるため、酸化イリジウム粉にはルテニウム酸鉛粉の代替材料として工業的に利用する上で問題がある。
ところで、ルテニウム酸鉛粉の使用されていた高抵抗域のうち中抵抗側(10〜100kΩ)については、従来から低中抵抗域で使用されていた酸化ルテニウム粉の使用領域を高抵抗側に伸ばすことも解決策の1つの方法であり、そのため酸化ルテニウム粉を中抵抗領域で使用することが検討されてきた。しかしながら、10〜100kΩの抵抗域で酸化ルテニウム粉を用いた場合、厚膜抵抗体の電気的特性の1つである抵抗温度係数(以下、TCRと記載する)の絶対値が100ppm/℃より大きくなるという問題を解決することができなかった。
また、10〜100kΩの抵抗域で酸化ルテニウム粉と酸化イリジウム粉を混合して使用する方法もある。しかし、十分な電気的特性を得ようとすると、結果的に酸化イリジウム粉を混合物全量に対し50質量%を超えて含有することが必要になってしまい、ペースト及び厚膜抵抗体の価格変動の問題を満足させることはできなかった。
特開2006−069836号公報
特開2006−273636号公報
本発明は、上記した従来技術の問題点に鑑み、厚膜抵抗体用の導電粉として好適であり、ペースト中での分散性が良好であって、ペーストを焼成して抵抗体としたとき優れた電気的特性の抵抗体を形成することができ、且つ価格や供給面でも工業的に利用しやすく、鉛を含まない導電粉、並びに、その製造方法を提供することを目的とするものである。
本発明者らは、上記目的を達成するために、厚膜抵抗体形成用ペーストの導電粉及びその製造方法について鋭意研究を重ねた結果、銅を含み、且つ酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉が好適であることを見出した。
特に、その導電粉の平均粒径と酸化イリジウム被覆膜の厚さ、酸化イリジウム含有量及び銅含有量を調整することによって、ペースト中での分散性が良好であり、更には良好な電気的特性の抵抗体を形成することができ、且つ工業的に利用しやすいことを見出すと共に、その導電粉の好ましい製造方法についても検討を重ね、本発明を完成したものである。
即ち、本発明が提供する導電粉は、厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられる導電粉であって、酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなり、平均粒径が20〜80nmであって、酸化イリジウム被覆膜の厚さが0.5〜2nmであると共に、酸化ルテニウムと酸化イリジウムの合計に対し、酸化イリジウムを9〜30質量%及び銅を0.1〜6質量%含有することを特徴とする。
本発明は、また、厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられ、酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉の製造方法を提供する。まず、第1の製造方法は、酸化ルテニウム粉と、塩化イリジウム酸塩と、塩化銅又は酸化銅とを、イリジウムの配合割合が酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で9〜30質量%になり、且つ銅の配合割合が銅/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で0.1〜6質量%となるように秤量し、これらを混合した後、得られた混合物を酸化性雰囲気下にて560〜640℃で焙焼し、得られた焙焼物を水洗浄することを特徴とする。
上記本発明における導電粉の第1の製造方法において、前記酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩と塩化銅又は酸化銅との混合は、塩化イリジウム酸塩を水に溶解し、得られた水溶液に酸化ルテニウム粉と塩化銅又は酸化銅を投入して撹拌し、得られたスラリーを乾燥することによって行うことができる。
また、本発明における導電粉の第2の製造方法は、銅を含む酸化ルテニウム粉と、塩化イリジウム酸塩とを、イリジウムの配合割合が酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で9〜30質量%になり、且つ銅の配合割合が銅/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で0.1〜6質量%となるように秤量し、これらを混合した後、得られた混合物を酸化性雰囲気下にて560〜640℃で焙焼し、得られた焙焼物を水洗浄することを特徴とする。
上記本発明における導電粉の第2の製造方法において、前記銅を含む酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩との混合は、塩化イリジウム酸塩を水に溶解し、得られた水溶液に銅を含む酸化ルテニウム粉を投入して撹拌し、得られたスラリーを乾燥することによって行うことができる。
上記本発明における導電粉の第2の製造方法において、前記銅を含む酸化ルテニウム粉は、水酸化ルテニウム粉又は塩化ルテニウム酸塩に酸化銅又は塩化銅を混合し、酸化性雰囲気下に500〜800℃で焙焼する方法か、塩化ルテニウム酸塩の水溶液に水溶性銅化合物を添加した後、還元して得られた水酸化ルテニウム澱物を酸化性雰囲気下に500〜800℃で焙焼する方法か、あるいは、塩化ルテニウム酸塩の水溶液を還元して得られた水酸化ルテニウム澱物に酸化銅又は塩化銅を混合し、酸化性雰囲気下に500〜800℃で焙焼する方法のいずれかによって製造することができる。
上記本発明における導電粉の第1及び第2の製造方法において、前記塩化イリジウム酸塩は、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム及び/又はヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウムであることが好ましい。
本発明によれば、厚膜抵抗体の形成に用いるペースト用として好適な導電粉、特にルテニウム酸鉛粉に代わる高抵抗域での鉛を含有しない導電粉と、その製造方法を提供することができる。また、本発明の導電粉は、ペースト中での分散性が良好であり、そのペーストを焼成して抵抗体としたとき、TCRの絶対値が100ppm/℃以下となるなど優れた電気的特性の抵抗体を形成することができ、しかも価格や供給面でも工業的に利用しやすいものである。
従って、本発明の導電粉を用いた厚膜抵抗体形成用ペーストは、鉛を含有しない10〜100kΩの抵抗域での厚膜抵抗体、例えばチップ抵抗器、厚膜ハイブリッドIC及び抵抗ネットワーク等の形成に広く使用することができる。
本発明の導電粉は、電気的特性に優れる厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられる酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉であって、平均粒径が20〜80nmであり、且つ酸化イリジウム被覆膜の厚さが0.5〜2nmである。また、この酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉は、酸化ルテニウムと酸化イリジウムの合計に対し、酸化イリジウムを9〜30質量%含有し、且つ銅を0.1〜6質量%含有している。
上記本発明の導電粉においては、特定の平均粒径を有すると共に、酸化ルテニウム粉を特定の厚さの酸化イリジウムで被覆していることが重要である。これにより、導電粉中の酸化ルテニウムと酸化イリジウムの合計に対する酸化イリジウムの割合を9〜30質量%として、イリジウムの使用量を抑えることができるため、工業的に利用し易いものとなる。即ち、従来の酸化ルテニウム粉と酸化イリジウム粉の混合粉、あるいは両者の均一な複合粉に比べて、少ないイリジウム含有量にもかかわらず、電気特性の改善効果が大きい導電粉とすることができる。
具体的には、本発明の導電粉の平均粒径は20〜80nmの範囲とする。これにより、導電粉のペースト中への分散性が良くなり、良好な電気的特性の抵抗体を形成することができる。平均粒径が80nmを超えると、導電粉を用いてペーストを製造する際に、ペースト中への分散性が悪くなり、電気的特性が悪化してしまう。一方、平均粒径が20nm未満では、導電粉の凝集が強くなり、かえってペースト中への分散性が悪くなる。ここで、導電粉の平均粒径は、BET法で求めた比表面積より算出された平均粒径を意味する。
また、導電粉の酸化イリジウム被覆膜の厚さは0.5〜2nmの範囲とし、酸化イリジウムの含有量を酸化ルテニウムと酸化イリジウムの合計に対して9〜30質量%の範囲とする。即ち、被覆膜の厚さが0.5nm未満あるいは酸化イリジウムの含有量が9質量%未満では、酸化ルテニウム粉の表面全体を酸化イリジウムで被覆しきれず、電気特性、特にTCRの改善効果が十分ではなくなる。一方、被覆膜の厚さが2nmを超えるか、あるいは酸化イリジウムの含有量が30質量%を超えると、電気特性の改善が最早大きく増加しないばかりか、イリジウムの使用量が増加するだけであるため好ましくない。
更に、上記本発明の導電粉においては、酸化ルテニウムと酸化イリジウムの合計に対して銅を0.1〜6質量%の割合で含むことが必要である。酸化イリジウムで酸化ルテニウム粉を被覆しただけの導電粉ではTCRが−100ppm/℃よりも小さくなるが、更に銅を添加することでTCRを大きくする(マイナスからプラスにする)ことができる。上記銅の含有量が0.1質量%未満では、TCRをプラス側に変化させる改善効果が十分ではない。また、銅の含有量が6質量%を超えると、導電粉製造工程の焙焼時に凝集が強くなり、所望の粒径が得られなくなる。
上記導電粉を構成する粒子の形状としては、特に限定されるものではないが、ペーストの調製において、有機ビヒクル中に均一に分散させることができる略球状であることが好ましい。図1に本発明の導電粉のSEM(走査型電子顕微鏡)写真を示すが、この図1から導電粉の粒子形状が略球状であることが分かる。この導電粉の粒子形状の制御は、製造方法に用いる酸化ルテニウム粉の粒子形状に依存するものである。即ち、原料の酸化ルテニウム粉は、粒子形状ができるだけ球状のものを用いることが好ましい。
次に、本発明の導電粉の製造方法について説明する。まず、第1の製造方法では、酸化ルテニウム粉と、塩化イリジウム酸塩と、塩化銅又は酸化銅とを、それぞれ秤量して混合し、得られた混合物を酸化性雰囲気下にて560〜640℃で焙焼し、得られた焙焼物を水洗浄する。上記原料の秤量の際には、イリジウムの配合割合が酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で9〜30質量%になり、且つ銅の配合割合が銅/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で0.1〜6質量%となるように秤量する。
また、第2の製造方法では、銅を含む酸化ルテニウム粉と、塩化イリジウム酸塩とを、それぞれ秤量して混合し、得られた混合物を酸化性雰囲気下にて560〜640℃で焙焼して、得られた焙焼物を水洗浄する。上記秤量の際には、イリジウムの配合割合が酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で9〜30質量%になり、且つ銅の配合割合が銅/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の百分率で0.1〜6質量%となるように秤量する。
これら第1又は第2の製造方法によって、酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉であって、平均粒径が20〜80nmであり、酸化イリジウム被覆膜の厚さが0.5〜2nmであると共に、酸化ルテニウムと酸化イリジウムの合計に対して、酸化イリジウムを9〜30質量%及び銅を0.1〜6質量%含有する導電粉が得られる。即ち、ルテニウムとイリジウムの配合割合及び焙焼の条件が上記した特定範囲を外れると、上記した本発明の特性を有する導電粉を得ることができない。
上記製造方法で用いる酸化ルテニウム粉及び銅を含む酸化ルテニウム粉としては、強い凝集をしていないものが望ましい。即ち、これらの酸化ルテニウム粉の凝集が強い場合には、混合時に分散しにくいため、その粒子表面を酸化イリジウムで均一に被覆することができないからである。また、これらの酸化ルテニウム粉の粒子形状としては、特に限定されるものではないが、ペーストの調製において、有機ビヒクル中に均一に分散させやすい導電粉を得るため、略球状であることが好ましい。
上記酸化ルテニウム粉(銅を含まない)の製造方法としては、例えば、市販の水酸化ルテニウム粉又は塩化ルテニウム酸塩を酸化性雰囲気下において500〜800℃の温度で焙焼に付す方法(A方法)がある。他の方法としては、塩化ルテニウム酸塩などの水溶液を苛性ソーダなどで還元して水酸化ルテニウムの澱物を得た後、この水酸化ルテニウム澱物を酸化性雰囲気下において焙焼する方法(B方法)を用いることもできる。
また、銅を含む酸化ルテニウム粉の製造は、上記A方法の場合、水酸化ルテニウム粉又は塩化ルテニウム酸塩に酸化銅又は塩化銅を混合し、酸化性雰囲気下に500〜800℃で焙焼する。上記B方法の場合には、塩化ルテニウム酸塩の水溶液に水溶性銅化合物を添加した後、還元して得られた水酸化ルテニウム澱物を酸化性雰囲気下に500〜800℃で焙焼するか、あるいは、塩化ルテニウム酸塩の水溶液を還元して得られた水酸化ルテニウム澱物に酸化銅又は塩化銅を混合し、酸化性雰囲気下に500〜800℃で焙焼すればよい。
上記酸化ルテニウム粉又は銅を含む酸化ルテニウム粉の粒径としては、酸化イリジウムで被覆して得られる導電粉の平均粒径が20〜80nmとなるように、被覆膜の厚さを勘案して選択する。例えば、酸化イリジウムの含有割合が下限値の4質量%の場合には、被覆膜が極めて薄く、被覆前後での導電粉の平均粒径は実質的に変化しないため、平均粒径が約20〜80nmの酸化ルテニウム粉を用いてもよい。ところが、酸化イリジウムの含有割合が上限値の0質量%の場合には、被覆後の導電粉の平均粒径が増加するので、この増加分と所望する被覆後の平均粒径を勘案して用いる酸化ルテニウム粉の粒径を選択する。尚、酸化ルテニウム粉の粒径は、SEM観察により測定したものを用いた。BET法により求めた平均粒径は、粒子が凝集している場合には実際の粒径より大きくなってしまうからである。
上記製造方法に用いる塩化イリジウム酸塩としては、特に限定されるものではないが、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム((NH4)2IrCl6)又はヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウム(K2IrCl6)、若しくはこれらの混合物が用いられる。尚、これら塩化イリジウム酸塩は、乾燥状態にある粉末が望ましいが、水分を含んだものであってもよい。
上記第1の製造方法において、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩と塩化銅又は酸化銅との混合は、塩化イリジウム酸塩を水に溶解し、得られた水溶液に酸化ルテニウム粉と塩化銅又は酸化銅を投入して撹拌し、得られたスラリーを乾燥する方法が好ましい。また、上記第2の製造方法において、銅を含む酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩とを混合する場合には、塩化イリジウム酸塩を溶解した水溶液に、上述した方法で製造した銅を含む酸化ルテニウム粉を投入して撹拌し、得られたスラリーを乾燥すればよい。
これらの方法により得られる混合物では、酸化ルテニウム粉又は銅を含む酸化ルテニウム粉の表面上に、塩化イリジウム酸塩と塩化銅又は酸化銅が均一に分散されている。従って、後の焙焼工程を経ることによって、銅を含み且つ均質な酸化イリジウム被覆膜で全表面が均一に被覆された酸化ルテニウム粉を得ることができる。
尚、上記塩化イリジウム酸塩の水溶液の濃度としては、特に限定されるものでなく、酸化ルテニウム粉又は銅を含む酸化ルテニウム粉に対し所望の割合でイリジウムを含有するものが用いられるが、このスラリーは後に乾燥されるので、できるだけ高濃度のものが好ましい。また、上記スラリーの濃度としては、特に限定されるものでないが、このスラリーは後に乾燥されるので、できるだけ高濃度のスラリーが好ましい。
上記混合に用いる方法としては、特に限定されるものではなく、酸化ルテニウム粉の平均粒径を変化させない方法、即ち粉末粒子を砕くほど大きな粉砕能力を有しないものであれば良く、乳鉢、シェーカー等の一般的な混合装置を用いることができる。ただし、塩化イリジウム酸塩の粒径が大きい場合には、酸化ルテニウム粉と混合する前に、乳鉢、ボールミル等で解砕することが好ましい。これによって、酸化ルテニウム粉への被覆の均一性が向上する。また、塩化イリジウム酸塩は粉砕できるが、酸化ルテニウム粒子を粉砕しない範囲の粉砕能力を有する粉砕装置を用いることで、塩化イリジウム酸塩を粉砕しながら酸化ルテニウム粉と混合することも可能である。
上記製造方法に用いる焙焼方法としては、特に限定されるものではなく、塩化イリジウム酸塩、酸化ルテニウム等の原料との反応性がなく、且つ耐熱性のある容器を用いて焙焼すればよい。例えば、アルミナ製容器の内部に上記原料からなる混合物を入れ、その容器を管状炉、マッフル炉等の一般的な焼成装置の内部に設置して、所定温度で加熱することにより焙焼を行うことができる。また、焙焼の雰囲気としては、酸化性雰囲気であれば特に限定されるものではなく、例えば酸素ガス等の雰囲気を用いることができるが、大気雰囲気が経済的で好ましく、大気気流中が更に好ましい。
上記製造方法における焙焼温度は500〜800℃の範囲とする。焙焼温度が500℃未満では、塩化イリジウム酸塩の分解と酸化が不十分となる。一方、焙焼温度が800℃を超えると、凝集が強くなるため分散性のよい導電粉が得られなくなるうえ、酸化イリジウム被覆膜中のイリジウムと酸化ルテニウム粉中のルテニウムが相互に拡散してしまい、酸化イリジウムと酸化ルテニウムが固溶した複合酸化物粉が形成されるため好ましくない。
また、焙焼時間については、酸化イリジウム被覆膜の厚さや焙焼温度等に応じて適宜選定されるものであるが、塩化イリジウム酸塩が分解して酸化イリジウムを生成するのに十分な時間であればよく、通常は0.5〜5分間が好ましい。酸化イリジウム被覆膜が薄い場合あるいは焙焼温度が高い場合には、凝集が進行しやすく、また拡散現象のため酸化イリジウムで被覆された粉の形態が得られず均一酸化物粉となりやすいため、焙焼時間をできるだけ短く設定する必要がある。また、酸化イリジウム被覆膜が厚い場合でも、高温で長時間焙焼すると凝集が進むため好ましくない。
以上のように、焙焼条件としては比較的低温度と短時間が選ばれるので、焙焼しただけでは塩化イリジウム酸塩の分解物が焙焼物中に残留しやすい。この分解物としては、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩素、カリウム等が挙げられるが、これらの分解物は後工程の水洗浄によって除去することができる。
上記製造方法に用いる水洗浄方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、焙焼物を水に投入し、撹拌機又は超音波洗浄器を使用して撹拌する。撹拌洗浄後の焙焼物は、濾過により導電粉として回収する。この水洗工程においては、水への投入、撹拌洗浄及び濾過からなる操作を数回繰返して行うことが好ましい。洗浄に用いる水としては、導電粉に対して有害な不純物元素を含有していない水が好ましく、特に純水が好ましい。尚、上記焙焼物の水スラリーの濃度としては、特に限定されるものではなく、分解物が十分に除去されるように選定すればよい。
上記水洗浄後に回収した導電粉は、水分を蒸発させて乾燥される。この乾燥の方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、水洗浄後の導電粉をステンレスパッド上に置き、大気オーブン又は乾燥機などの市販の乾燥装置を用いて、90〜110℃の温度にて数時間加熱する方法などがある。
このようにして得られた本発明の導電粉は、ガラス結合剤と共に、有機ビヒクル中に均一に分散させることによって、厚膜抵抗体形成用のペーストとして調製することができる。得られたペーストを用い、通常の方法にしたがって塗布し、焼成することにより、電気特性が優れた厚膜抵抗体を形成することができる。
上記ペーストの調製方法としては、例えば、導電粉、ガラス結合剤及び有機ビヒクルを混合した後、スリーロールミルなどにより混練、分散して調製する方法が用いられる。ここで、ガラス結合剤としては、ペーストを用いる対象部品や使用条件などに応じて選定され、好ましくは鉛を含まないガラスフリット、例えばSiO2、B2O3、Al2O3、CaOなどを含むガラスフリットが用いられる。また、有機ビヒクルとしては、ペーストを用いる対象部品や使用条件などに応じて選定することができ、例えば、セルロース系樹脂などの有機バインダーをターピネオールなどの溶剤に溶解させたものが用いられる。
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。尚、以下の実施例及び比較例において、酸化ルテニウム粉の平均粒径及び導電粉の平均粒径の評価方法、及び抵抗体の電気的特性の評価方法は、以下の通りである。
(1)酸化ルテニウム粉の平均粒径:10万倍で撮影したSEM像について、200〜300個の粒子の直径を測定し、その平均を求めた。
(2)導電粉の平均粒径:比表面積測定装置(ユアサアイオニクス(株)製、マルチソーブ−16)を用い、BET1点法により比表面積を求めて算出した。
(3)導電粉の被覆膜の厚さ:使用した塩化イリジウム酸塩のイリジウム重量から生成した酸化イリジウム重量を求め、これを密度で除して酸化イリジウムの体積を算出し、この体積分の被覆膜が酸化ルテニウム粉上に形成されたとして、その被覆膜の厚さを計算で求めた。
(4)抵抗体の電気的特性:面積抵抗値とノイズを測定した。抵抗値はデジタルマルチメーター(KEITHLEY社製、Model2001Multimeter)を用いて、4端子法で測定した。また、TCRは、基準温度を25℃とし、125℃と−55℃における温度変化に対する抵抗値の変化を測定した。
[実施例1]
原料として、平均粒径が約50nmの酸化ルテニウム粉2.00gと、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)0.40g、及び酸化銅粉(高南無機(株)製)0.15gを秤量した。尚、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値は、焙焼により生成される酸化イリジウムの重量が0.20gで、酸化ルテニウム粉の表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さが0.5nmとなるように、計算で求めた重量である。
上記配合割合によって、得られる導電粉中の酸化イリジウムの含有割合は、酸化イリジウム(IrO2)/(酸化ルテニウム(RuO2)+酸化イリジウム(IrO2))の百分率で9質量%となる。また、導電粉中の銅の含有割合は、銅(Cu)/(酸化ルテニウム(RuO2)+酸化イリジウム(IrO2))の百分率で5.6質量%となる。
まず、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムを純水50mlに溶解し、その中に酸化ルテニウム粉と酸化銅粉を投入し、撹拌してスラリーとした。このスラリーを蒸発皿に移し、120℃にセットした乾燥機で約2時間乾燥した後、得られた乾燥物を乳鉢で解砕し、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩と酸化銅粉の混合物を得た。
この混合物をアルミナ製の皿に載せ、管状炉を用いて焙焼した。この焙焼に際しては、昇温開始時から大気を毎分3リットルで流しながら、アルミナ皿上の温度が560℃なった時点で3分間保持した後、炉の加熱を停止して、そのまま炉内で冷却した。
次いで、得られた焙焼物を純水200mlに投入し、超音波洗浄器を用いて10分間の撹拌後、濾紙で濾過して粉末を回収した。純水への投入、撹拌及び濾過からなる上記操作を更に2回繰返した後、粉末をステンレスパッドに移し、大気乾燥機にて90℃で8時間乾燥して、試料1の導電粉を得た。
得られた試料1の導電粉について、上記した方法により平均粒径を測定した。また、試料1の導電粉1〜2gを、ガラス結合剤(主成分:10重量%SrO−43重量%SiO2−16重量%B2O3−4重量%Al2O3−20重量%ZnO−7重量%Na2O)とビヒクル(主成分:エチルセルロースとターピネオールを主成分とする)の合計4〜6gに混合して、ペースト化した。このペーストを1mm×1mmの大きさ(膜厚:7〜9μm)の膜状に印刷し、大気雰囲気中にて850℃で30分間焼成して抵抗体を形成した。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。得られた試料1の抵抗体(1mm×1mm)の電気的特性(抵抗値及びTCR)を上記方法により測定した。
下記表1に、上記試料1の導電粉の設計(RuO2原料粉の平均粒径、IrO2被覆膜の膜厚)と共に、導電粉の作製条件としてIrO2及びCuの配合割合(共にRuO2とIrO2の合計に対する割合)と、焙焼時の温度及び時間を示した。また、下記表2には、参考のために上記表1における導電粉の設計を示すと共に、得られた導電粉の平均粒径(比表面積から算出)、及びその導電粉により形成した抵抗体の電気的特性(抵抗値とTCR)を示した。
[実施例2]
上記実施例1と同様に実施したが、下記表1の試料2〜9に示すように、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムと酸化銅の秤量値(配合割合)を変えて、酸化ルテニウム粉の表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さ及び導電粉中の酸化イリジウムと銅の含有割合を変えると共に、焙焼温度及び焙焼時間を変えることにより、試料2〜9の導電粉を製造した。
得られた試料2〜9の導電粉について、平均粒径の測定すると共に、上記実施例1と同様にして調整したペーストを用いて抵抗体を形成し、その電気的特性の評価を行った。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。下記表2の試料2〜9に、得られた抵抗体の電気的特性の評価結果を示した。
[実施例3]
ヘキサクロロルテニウム(IV)酸アンモニウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)8.05gと、塩化銅水和物(和光純薬工業(株)製、試薬)0.041g、及び塩化カリウム(和光純薬工業(株)製、試薬)0.2gを、純水140mlに投入し、超音波洗浄器を用いて10分間混合した後、120℃にセットした乾燥機で約2時間乾燥した。
得られた乾燥物を乳鉢で解砕し、アルミナ製の皿に載せ、管状炉を用いて焙焼した。この焙焼に際しては、昇温開始時から大気を毎分3リットルで流し、アルミナ皿上の温度が7000℃になった時点で1時間保持した後、そのまま炉内で冷却した。次いで、得られた焙焼物を純水200ml中に投入し、超音波洗浄器を用いて10分間の撹拌した後、濾過して粉末を回収した。
この純水への投入、撹拌及び濾過からなる操作を更に2回繰返した後、ステンレスパッドに移し、大気乾燥機にて90℃で8時間乾燥して、銅を含む酸化ルテニウム粉を得た。この銅を含む酸化ルテニウム粉の平均粒径は、SEMで粒径を評価した結果、約50nmであった。
得られた銅を含む酸化ルテニウム粉2.00gと、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)1.70gを秤量した。尚、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値は、焙焼により生成される酸化イリジウムの重量が0.8gで、銅を含む酸化ルテニウム粉の表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さが2nmとなるように、計算で求めた重量である。
上記配合割合によって、得られる導電粉中の酸化イリジウムの含有割合は、酸化イリジウム(IrO2)/(酸化ルテニウム(RuO2)+酸化イリジウム(IrO2))の百分率で30質量%となる。また、導電粉中の銅の含有割合は、銅(Cu)/(酸化ルテニウム(RuO2)+酸化イリジウム(IrO2))の百分率で0.5質量%となる。
まず、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムを純水120mlに溶解し、その中に上記銅を含む酸化ルテニウム粉を投入し、撹拌してスラリーとした。このスラリーを蒸発皿に移し、120℃にセットした乾燥機で約5時間乾燥した後、乳鉢で解砕した。この混合物をアルミナ製の皿に載せ、管状炉を用いて焙焼した。この焙焼では、昇温開始時から大気を毎分3リットルで流し、アルミナ皿上の温度が640℃なった時点で1分間保持した後、そのまま炉内で冷却した。
次いで、得られた焙焼物を純水200ml中に投入し、超音波洗浄器を用いて10分間の撹拌した後、濾過して粉末を回収した。ここで、純水への投入、撹拌、及び濾過からなる操作を更に2回繰返した後、ステンレスパッドに移し、大気乾燥機にて90℃で8時間乾燥して、試料10の導電粉を得た。この試料10の導電粉の設計と配合割合、及び焙焼条件を下記表1に示した。
また、得られた試料10の導電粉について、上記評価方法により平均粒径を測定すると共に、上記実施例1と同様にしてペーストを調整し、そのペーストを用いて形成した抵抗体の電気的特性の評価を行った。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。得られた結果を下記表2に併せて示した。
[実施例4]
塩化銅水和物の使用量を0.016gとし、銅濃度を低くしたこと以外は上記実施例3と同様にして、銅を含む酸化ルテニウム粉を作製し、これを用いて試料11の導電粉を製造した。この試料11の導電粉の設計と配合割合及び焙焼条件を、下記表1に示した。
得られた試料11の導電粉について、上記評価方法により平均粒径を測定すると共に、上記実施例1と同様にしてペーストを調整し、そのペーストを用いて形成した抵抗体の電気的特性の評価を行った。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。得られた結果を下記表2に併せて示した。
[比較例1]
酸化銅粉を添加しない以外は上記実施例1と同様にして、銅を含有していない導電粉を製造した。ただし、その際、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値を0.80gとし、酸化ルテニウム粉表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さが1nm、導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が17質量%となるようにした。この試料12の導電粉の設計と配合割合及び焙焼条件を、下記表1に示した。
この比較例1の試料12の導電粉について、上記評価方法により平均粒径を測定すると共に、上記実施例1と同様にしてペーストを調整し、そのペーストを用いて形成した抵抗体の電気的特性の評価を行った。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。得られた結果を下記表2に併せて示した。
[比較例2]
ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値を1.7gとし、酸化ルテニウム粉表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さが2nm、導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が30質量%となるようにしたこと、及び焙焼条件を560℃で4分間としたこと以外は上記比較例1と同様にして、銅を含有していない導電粉を製造した。この試料13の導電粉の設計と配合割合及び焙焼条件を、下記表1に示した。
この比較例2の試料13の導電粉について、上記評価方法により平均粒径を測定すると共に、上記実施例1と同様にしてペーストを調整し、そのペーストを用いて形成した抵抗体の電気的特性の評価を行った。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。得られた結果を下記表2に併せて示した。
上記の結果から、原料として酸化ルテニウム粉、塩化イリジウム酸塩、塩化銅又は酸化銅を用いる本発明の第1の製造方法による試料1〜9でも、原料として銅を添加した酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を用いる本発明の第2の製造方法による試料10〜11においても、少ないイリジウム含有量にもかかわらず、ペーストとして厚膜抵抗体を形成したとき優れた電気特性が得られる導電粉が得られることが分かる。
これに対して、比較例1〜2では、酸化ルテニウム粉の表面を酸化イリジウムで被覆した導電粉であっても、銅を含有していないものであるため、この導電粉を用いて形成した抵抗体はTCRが−100ppm/℃より小さくなり、電気的特性において満足すべき結果が得られないことが分かる。
本発明の導電粉の一例を表すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。