JP4980661B2 - 封孔処理剤、溶射被膜被覆部材および軸受 - Google Patents
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Description
一般的な溶射被膜は、被膜を製膜させたい表面とは化学的な結合を形成するのではなく、機械的な締結力(アンカー効果、投錨効果などという。)が主となって基材との密着力を構成する。特に歯車や軸受、スピンドルなど、金属基材からなる寸法精度の要求が厳しい機械部品表面に対し溶射を適用する場合、これら機械部品の表面は研摩で仕上げることが多く、表面粗さRaが1μm 未満になっていることが多い。よって、これら金属部品の表面に溶射を行なう場合、ショットブラストあるいはタンブラー処理などの公知の表面改質手法にて、表面粗さRaを1μm 以上程度まで増大させる処理を行なうことが多い。この手法により、ある程度溶射被膜と基材との間の接着力の向上は可能であるが、表面改質の程度次第では基材の寸法精度が悪化したり、表層部の焼き鈍りが起こることで基材材質の物性が低下するなどの弊害が起こりうる。結果的に、この手法による密着力の向上手法には限界がある。
上記エポキシ基含有成分は、1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物を含むことを特徴とする。
本発明の溶射被膜被覆部材は、金属基材上に上記封孔処理剤で封孔処理された溶射被膜を有する溶射被膜被覆部材であることを特徴とする。
本発明の軸受は上記溶射被膜被覆部材が軸受構成部材表面に形成されていることを特徴とする。
上記エポキシ基含有成分が所定のポリグリシジルエーテル化合物を主成分とする混合物であるので、封孔処理剤における溶剤の揮発による空隙の発生を効果的に抑制し、溶射被膜材の間隙が実質的に全て充填されている状態まで封孔処理を施すことができる。
複数のポリグリシジルエーテル化合物の混合物は、分子構造が類似するので相溶性に優れるため、相分離などが生じるおそれがないことから気孔内に容易に浸透することができる。このため溶射被膜材の封孔状態や経時的な封孔特性の劣化のおそれを回避でき、使用時における溶射被膜の剥離などの破損を防止し、機械部品の寿命を向上させることができる。
これは硬化剤であるジエチルグルタル酸無水物の優れた浸透性および充填性により粒子境界に侵入した封孔処理剤が粒子境界を適切に充填し、優れた接着力により粒子境界と強固に接着し、溶剤の揮発による空隙の発生を効果的に抑制することにより、溶射被膜材の間隙が実質的に全て充填されている状態まで封孔処理を施すことができることによるものと考えられる。本発明はこのような知見に基づき完成されたものである。
なお、ジエチルグルタル酸無水物硬化剤を配合した効果を妨げない範囲で、その他公知の酸無水物類、イミダゾール類などの公知のエポキシ樹脂用硬化剤を単体あるいは組合せて使用することができる。
公知の酸無水物類としては、無水フタル酸、無水トリメリット酸、無水ピロメリット酸、無水ベンゾフェノンテトラカルボン酸、エチレングリコールビストリメリテート、グリセロールトリストリメリテート、無水マレイン酸、テトラヒドロ無水フタル酸、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、エンドメチレンテトラヒドロ無水フタル酸、メチルエンドメチレンテトラヒドロ無水フタル酸、メチルブテニルテトラヒドロ無水フタル酸、無水コハク酸、ドデセニル無水コハク酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルシクロヘキセンジカルボン酸無水物およびその誘導体等を挙げることができる。
これらの中で 25℃における粘度が 50 mPa・s 以下の酸無水物硬化剤は、添加によって封孔処理剤系全体の粘度を顕著に低下できるため、好適な硬化剤となる。
酸無水物硬化剤の配合量は、エポキシ基1当量に対して 0.80〜0.95 当量とすることが好ましい。
本発明は、硬化剤としてジエチルグルタル酸無水物硬化剤を配合するので、ポリグリシジルエーテル化合物および環状脂肪族ジエポキシ化合物において、その分子内にオキシラン環が解裂して形成される繰り返し単位を含む化合物を含むことができる。
1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物としては、トリグリシジルエーテル化合物、テトラグリシジルエーテル化合物等が挙げられる。
ポリグリシジルエーテル化合物の例としては、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテルを挙げることができる。
これらの中で、封孔処理剤の粘度を下げる観点から、トリグリシジルエーテル化合物が好ましく、特にトリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルが好ましい。
また、水素添加ビスフェノールA、テトラヒドロフタル酸のジグリシジルエーテルなどの脂環式化合物のジグリシジルエーテルも使用することができる。
1分子中に含まれるエポキシ基の数が1個のモノグリシジルエーテル化合物としては、ブチルグリシジルエーテルなどのアルキルモノグリシジルエーテル、アルキルフェノールモノグリシジルエーテル等、公知のモノグリシジルエーテル化合物を挙げることができる。
また、樹脂中に含む塩素イオン量を 0.5 重量%以下とすることで、湿潤雰囲気下における絶縁抵抗などの電気特性の低下や、基材の腐食性などが抑えられる。
トリグリシジルエーテル化合物の 25℃における粘度は 500 mPa・s 以下であることが好ましい。500 mPa・s をこえると浸透性に劣る。
混合物全体に対して、アルキレンジグリシジルエーテル化合物の配合割合が 10〜80 重量%であることが好ましく、より好ましくは 50〜80 重量%である。10 重量%未満のときは封孔剤の粘度低減効果が小さくなり、封孔剤の浸透性を高めることができない。また、80 重量%をこえると、封孔剤の浸透性は高まるが、相対的に硬化時に高密度の架橋構造を形成する役割を持つトリグリシジルエーテル化合物の配合割合が、相対的に減少するため、硬化後のエポキシ樹脂の物性は低下する。
モノグリシジルエーテル化合物の配合量は、混合物全体に対して、0〜50 重量%とすることが好ましい。
モノグリシジルエーテル化合物の添加量が 50 重量%をこえると、揮発量が増加したり、トリグリシジルエーテル化合物の量が相対的に減少し、硬化後樹脂の架橋密度が不足し、物性が大きく低下したり硬化物が形成しにくくなる。またポリグリシジルエーテル化合物の配合量も減少するため、溶射被膜と基材間の密着力が小さくなる。
また、シリコーンオイルなど界面活性効果や浸透効果を高める添加剤であれば、発明の特徴を妨げない範囲で使用できる。
溶射材として用いる金属としてはAl、Zn、Cr、Ni等を、合金としてはステンレス鋼等を、酸化物セラミックスとしてはアルミナ、ジルコニア、チタニア等を、炭化物サーメットとしてはクロム炭化物、タングステン炭化物等を、それぞれ挙げることができる。
溶射方法としては、例えばプラズマ溶射法、高速ガス炎溶射法等を用いることができる。溶射被膜の膜厚は、溶射材料の種類や得られる溶射被膜被覆部材の用途に応じて適宜設定することができるが、通常、炭素鋼を基材として、溶射材をアルミナとした場合、20〜2000μm 程度、好ましくは 50〜1000μm 程度である。
例えば、本発明の封孔処理剤は、形成された溶射被膜の気孔率が 10%以下である場合の封孔処理に用いることが好ましい。また、本発明の封孔処理剤は、溶射材としてセラミック粉末や炭化物サーメット等を用いてプラズマ溶射、高速ガス炎溶射法によって形成した溶射被膜の気孔率 10%以下である場合の封孔処理に用いることが好ましい。本発明の封孔処理剤を用いてこれら溶射被膜に封孔処理を施した場合、非常に優れた封孔効果を発揮し、表層を、例えば 200μm 程度、研削除去しても封孔効果を確認することができる。
このように、本発明の封孔処理剤を用いることにより、溶射被膜の気孔(間隙)がエポキシ基を重合して得られる樹脂で実質的に全て充填されるので、間隙のない連続被膜表面を有する溶射被膜被覆部材を得ることができる。
ここで、溶射被膜の気孔(間隙)が「実質的に全て充填されている」とは、溶射被膜表面に塗膜形状で存在している封孔処理剤により形成された層(封孔処理剤に含まれる成分の硬化物などからなる)を含めた溶射被膜の最外層部分(例えば、表面から厚さ 0.2 mm 程度)を研削・研磨して除去した後、JIS H 8666に基づく染色浸透試験において、着色が見られないことを意味する。
したがって、溶射被膜自体の機械的強さや基材との密着強さを高める手段、絶縁抵抗値および絶縁破壊値など電気特性の低下抑制手段などとして利用できる。
また、研削砥石、研磨紙、不織布バフなどを用いて溶射被膜の表面を研削・研磨することにより、被覆部材の寸法精度を保つことができる。
本発明の溶射被膜被覆部材は、深溝玉軸受および円筒/円錐ころ軸受等の転がり軸受の外輪部に処理されるセラミック溶射被膜の封孔処理剤として好適に用いることができる。溶射被膜被覆部材で外輪部表面が処理された軸受は、ハウジングに外輪外径面を摺動させながら圧入することで固定される。本発明の溶射被膜被覆部材を設けることで、封入樹脂の作用により、溶射被膜が強化されるため、圧入時に起こりうるハウジングとの衝突による被膜の破損リスクを減少させることができる。
また、本発明の溶射被膜被覆部材は、すべり軸受の摺動面としても用いることができる。
表1で用いた材料を以下に示す。
(1)グリシジルエーテル化合物または環状脂肪族ジエポキシ化合物
(1−1)トリメチロールプロパントリグリシジルエーテル:ナガセケムテックス社製、デナコールEX−321L、粘度; 500 mPa・s (25℃)
(1−2)フェニレンジグリシジルエーテル:ナガセケムテックス社製、デナコールEX−201、粘度; 240 mPa・s (25℃)
(1−3)アルキレンジグリシジルエーテル:ジャパンエポキシレジン社製、YED216M、粘度; 15 mPa・s (25℃)
(1−4)アルキレンモノグリシジルエーテル:ジャパンエポキシレジン社製、YED111E、粘度; 7 mPa・s (25℃)
(2)エポキシ樹脂
(2−1)ビスフェノールF型エポキシ樹脂:ジャパンエポキシレジン社製、エピコート806、粘度; 2000 mPa・s (25℃)
(3)硬化剤、硬化促進剤
(3−1)酸無水物系硬化剤:大日本インキ化学工業社製、エピクロンB−570、粘度; 40 mPa・s (25℃)
(3−2)酸無水物系硬化剤:協和発酵ケミカル社製、DEGAN、粘度; 14 mPa・s (25℃)
(3−3)イミダゾール系硬化促進剤:四国化成工業社製、OR−2E4MZ
<焼成後重量減少率試験>
得られた封孔処理剤を、140℃×2 時間の条件で充分に乾燥させ、異物付着のない(容量 3 ml )のガラス製容器に約 2 g 秤量し、焼成前秤量値とした。その後、ガラス容器の口を開放したまま、80℃×1 時間予備焼成し、その後 120℃×2 時間焼成を行ない、焼成後の重量を測定し焼成後秤量値とし、下記の式にしたがって封孔処理剤の重量減少率を計測した。なお、測定結果に対する判定基準は、重量減少率が 1 %をこえると溶射被膜に残存する微小空隙内で硬化後に空隙部を生じたり、発生ガスによって硬化物中の残留気泡の発生が多くなったりする懸念があるため「不可」と判定され、1 %以下を「可」と判定できる。
焼成後重量減少率(%)=100×(焼成前秤量値−焼成後秤量値)/焼成前秤量値
次に、φ20 mm×25 mm のSUJ2製試験片を準備し、その円筒端面に膜厚 400 μm のアルミナセラミック溶射被膜を大気プラズマ溶射法により形成した。
溶射面の表面に室温雰囲気下において、ポリアミド製ブラシを用いて表1に示す封孔処理剤を塗布し 30 分静置した。その後ポリエチレン製のヘラで表面付着分の過剰な封孔処理剤を掻き取った状態をもって、封孔処理剤の塗布済み試験片とした。その後、これら塗布済み試験片を 80℃×1 時間予備焼成し、その後 120℃×2 時間焼成を行ない、封孔処理剤を硬化させた。次に、セラミック平面と平行にダイヤモンド砥石を用いて研削除去を行なった。研削除去量は、下記に示す2水準を設定した。
(1)表層部の硬化樹脂層を重点的に除去する目的でセラミック部を約 10μm 研削除去して 10μm 研削処理試験片を得た。
(2)硬化試験片の表面から約 200μm の深さまでの樹脂浸透層を除去する目的で、約 200μm 研削除去して 200μm 研削処理試験片を得た。
研削処理試験片の浸透性試験は、研削処理試験片の被膜面に対しJIS H 8666に基づくフェロキシル試験を適用して行なった。フェロキシル試験の概略を図1に示す。試験条件は、図1に示す試験液を浸漬させたろ紙3、スズ板4、ウエイト5の形状が研削処理試験片1に合わせたもの(φ16 mm )となっている点を除き、試験液組成、試験面圧、放置時間等の条件はすべてJIS H 8666に準拠した。ろ紙3が着色することは、溶射被膜2に研削処理試験片1と外部空間とを連結する連通孔があるため、フェロキシル試験溶液が研削処理試験片1の基材の鉄イオンに接触して青色に呈色したことを示す。判定基準は、元来白色であったろ紙3の表面に青色の斑点が 1 個以上見られたものを「斑点あり」とし、青色の斑点が 0 個であったものを「斑点なし」とした。
密着力試験の概略を図2に示す。研削処理試験片1に対し、高粘度エポキシ系接着剤を介して引張治具6(接着部の形状:φ16 mm )をエポキシ接着面2aで接着し、引張圧縮試験機にて矢印方向に引っ張って単位面積あたりの溶射被膜2の密着力を測定した。判定基準は、密着力が 2 MPa 以上で「可」、2 MPa より下回ると「不可」と判定した。
絶縁抵抗試験の概略を図3に示す。研削処理試験片1を 80℃の温水に 1 時間浸漬後、配線9に取り付けた 1000 V DC絶縁抵抗計8を用いて、溶射被膜2表面と研削処理試験片1間の絶縁抵抗を測定した。7は電極である。判定基準は、2000 MΩ以上(表中に>2000 として表示)の抵抗率を示す場合は「可」、2000 MΩより下回る抵抗率の場合は「不可」と判定した。
耐電圧特性試験の概略を図4に示す。溶射被膜2と研削処理試験片1との間の配線9に取り付けた高電圧発生装置10によりDC 5 kV の電圧を印加してモニタ11により耐電圧特性を評価した。7は電極である。判定基準は、DC 5 kV を 5 分間印加させ、絶縁破壊を生じなかったら「可」、絶縁破壊を生じた場合「不可」とした。
10μm 研削処理試験片および 200μm 研削処理試験片について、それぞれ− 20℃にて 1 時間放置後 120℃に昇温し 1 時間放置することを1サイクルとして、500 サイクル実施してヒートサイクル処理試験片を得た。
<高温放置処理>
10μm 研削処理試験片および 200μm 研削処理試験片について、それぞれ 150℃にて 5000 時間放置して高温放置処理試験片を得た。
実施例1〜実施例3は何れも、比較例1〜比較例3と同様のエポキシ組成であったにもかかわらず、硬化剤にジエチルグルタル酸無水物を使用することで系の粘度低減効果が発揮され、200μm の深さまでの浸透も得られた。また、ヒートサイクルおよび高温放置によって生じる界面の熱応力に対しても充分に耐久性のあることが確認された。
以上の結果より、当発明において封孔剤用の硬化剤としては、ジエチルグルタル酸無水物は非常に有効な化合物であるといえる。
2 封孔処理済み溶射被膜
3 フェロキシル試験溶液付きろ紙
4 スズ板
5 ウェイト
6 引張治具
7 電極
8 絶縁抵抗計
9 配線
10 高電圧発生装置
11 モニタ
Claims (4)
- エポキシ基含有成分と硬化剤とを含む溶射被膜の封孔処理剤であって、
前記硬化剤はジエチルグルタル酸無水物を含む硬化剤であることを特徴とする封孔処理剤。 - 前記エポキシ基含有成分は、1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物を含むことを特徴とする請求項1記載の封孔処理剤。
- 金属基材上に封孔処理剤で封孔処理された溶射被膜を有する溶射被膜被覆部材であって、
前記封孔処理剤が請求項1または請求項2記載の封孔処理剤であることを特徴とする溶射被膜被覆部材。 - 溶射被膜被覆部材が軸受構成部材表面に形成されている軸受において、前記溶射被膜被覆部材が請求項3記載の溶射被膜被覆部材であることを特徴とする軸受。
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