ところで、上記特許文献1に記載の制御装置による速度起電圧の補償方法は、次のような課題を有する。すなわち、上記q軸電流値及びd軸電流値並びにロータ角度には、通常、観測外乱が含まれる。また、電機子巻線の自己インダクタには、通常、モデル化誤差が含まれる。したがって、これら各種誤差を含むパラメータの積を速度起電圧として求め、単純にこれを補償したところで、速度起電圧に含まれる誤差が増大されているため、電動モータの制御性能に対する速度起電圧の影響を低減することは難しい。ちなみに、電動モータの制御性能に対する速度起電圧の影響を低減することができないと、q軸目標電流値及びd軸目標電流値の電流が電動モータを流れるように制御することは難しくなる。そして、q軸目標電流値及びd軸目標電流値の電流が電動モータを流れなければ、該電動モータにて発生する補助トルク(補助力)は所望のトルクと異なってしまうため、ひいては、運転者の操舵フィーリングまでもが低下してしまう。
また、特許文献2に記載の制御装置では、いわゆるベクトル制御にて電動モータを制御するのではなく、外乱オブザーバを含む制御系を電動モータの各相毎に独立して設計し、電動モータへの印加電圧を各相毎に直接制御している。そのため、上記速度起電圧は好適に補償されるようになり、ひいては、運転者の操舵補助を好適に行うことは可能である。しかしながら、電動モータの各相毎に制御系が設計されているため、制御系全体は大規模になり、制御装置にかかる演算負荷が大きくなってしまう。
なお、上記特許文献2に記載の技術を上記特許文献1に記載の技術に単純に適用する、すなわち、電動モータをベクトル制御するにあたり、フィードフォワード制御器及び外乱オブザーバにて構成された制御系を通じてフィードバック制御することが考えられる。こうした構成では、電動モータをベクトル制御するため、電動モータを流れる電流は速度起電圧の影響を受けるものの、q軸及びd軸の各別に対し特に外乱オブザーバを通じて速度起電圧を補償するため、電動モータの制御性能をそれほど低下させることなく、運転者の操舵フィーリングの低下を抑制することが期待される。しかしながら、上記特許文献2に記載の制御装置よりも制御系の数は減少するものの、ベクトル制御を行うためのd−q座標変換に係る演算が増加するため、制御装置にかかる演算負荷は依然として大きい。
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、電動モータのベクトル制御を行いながらも、制御装置にかかる演算負荷を低減することができ、しかも、操舵フィーリングの向上を図ることのできる電動パワーステアリング装置の制御装置を提供することにある。
こうした目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、車両のステアリングホイールによる操舵操作に対して補助トルクを与えるための三相交流式の電動モータと、前記ステアリングホイールに連動して回転するステアリングシャフトに印加される実トルクを検出するトルクセンサと、前記車両の速度である車速を検出する車速センサと、前記電動モータが有する三相のうち少なくとも二相の実電流値を検出する電流センサとを備える電動パワーステアリング装置の前記電動モータを、該電動モータを構成するロータの磁束方向の軸であるd軸及び該d軸と直交する方向の軸であるq軸にて構成されるd−q座標系においてベクトル制御する制御装置として、前記電動モータが前記補助トルクを発生するために必要な前記d−q座標系におけるq軸目標電流値を、前記トルクセンサにて検出される実トルクと前記車速センサにて検出される車速に基づき生成するq軸目標電流値生成部と、前記電動モータの前記d−q座標系におけるd軸目標電流値を零に設定するd軸目標電流値生成部と、前記電流センサにて検出される実電流値を前記d−q座標系に変換する三相交流/d−q座標変換部と、前記三相交流/d−q座標変換部にて変換された前記d−q座標系のq軸実電流値及びd軸実電流値と、前記q軸目標電流値生成部及びd軸目標電流値生成部にてそれぞれ生成された前記q軸目標電流値及びd軸目標電流値との、それぞれの偏差であるq軸電流偏差及びd軸電流偏差をそれぞれ算出する偏差算出部と、前記q軸目標電流値及びd軸目標電流値の電流が前記電動モータに流れるような該電動モータへの印加電圧の電圧値であるq軸制御電圧値及びd軸制御電圧値を、前記q軸電流偏差及びd軸電流偏差に基づきそれぞれ算出するq軸制御部及びd軸制御部と、前記q軸制御部及び前記d軸制御部にてそれぞれ算出された前記q軸制御電圧値及びd軸制御電圧値を前記三相に変換するとともに、これらq軸制御電圧値及びd軸制御電圧値の電圧を前記電動モータに印加するd−q/三相交流座標変換部とを備え、前記d軸制御部は、前記電動モータのロータが形成する磁束と前記電動モータの電機子巻線を流れる電流のうち前記q軸実電流値に相当する電流が形成する磁束によって前記d軸に生じる速度起電圧を、前記d軸実電流値及び前記d軸制御電圧値に基づき推定する外乱オブザーバを含んで構成されているとともに、前記外乱オブザーバにて推定される速度起電圧を補償することとした。
電動パワーステアリング装置の制御装置としてのこのような構成では、課題の欄で記載した上記特許文献1に記載の技術のように、観測外乱が含まれているd軸実電流値、q軸実電流値、ロータ角度、及び、モデル化誤差が含まれている電機子巻線の自己インダクタの積を上記速度起電圧として算出(推定)するのではなく、d軸制御部を構成する外乱オブザーバを通じて、d軸実電流値及びd軸制御電圧値に基づき、上記速度起電圧を一括して算出(推定)する。そのため、上記速度起電圧の推定値に対して上記各種誤差が与える影響を最小限に留めることができ、上記速度起電圧の推定誤差を小さくすることができるようになる。上記速度起電圧の推定誤差を小さくすることができるようになるため、電動モータの制御性能に対して速度起電圧が与える影響を低減することができるようになり、ひいては、運転者の操舵フィーリングの向上を図ることができるようになる。
したがって、電動パワーステアリング装置の制御装置としての上記構成によれば、電動モータのベクトル制御を行いながらも、制御装置にかかる演算負荷を低減することができ、しかも、操舵フィーリングの向上を図ることができるようになる。
また、電動パワーステアリング装置の制御装置としての上記構成では、課題の欄で記載した上記特許文献2に記載の技術のように、外乱オブザーバを含む制御系を電動モータの各相毎に備え、電動モータへの印加電圧を各相毎に直接制御するのではなく、電動モータをベクトル制御するにあたり、q軸制御部及びd軸制御部をそれぞれ備えるとともに、d軸制御部のみ、外乱オブザーバを含む制御系とした。これにより、上記特許文献2に記載の技術よりも、ベクトル制御を行うためのd−q座標変換に係る演算量が増加してしまうものの、外乱オブザーバを含む制御部の数は大きく減少するため、上記特許文献2に記載の制御装置、あるいは、上記特許文献1に記載の技術に上記特許文献2に記載の技術を適用した制御装置よりも、制御装置にかかる演算負荷を小さくすることができるようになる。
ところで、電動モータのベクトル制御に際し、q軸電流は、電動モータが発生するトルクを直接操作することができる一方、d軸電流は、電動モータが発生するトルクに直接影響を及ぼさないことが知られている。そのため、電動モータが発生するトルクに直接影響を及ぼすq軸電流を制御するq軸制御部に、速度起電圧の大きさを推定しこれを補償する外乱オブザーバを含ませて構成する方が、電動モータの制御性能に対する速度起電圧の影響を低減させる、換言すれば、操舵フィーリングを向上させる上で有利であるようにも思われる。
しかしながら、速度起電圧を推定する外乱オブザーバをq軸制御部に含ませ、該q軸制御部の各種制御パラメータを調整しても、電動モータの制御性能に対する速度起電圧の影響力を大きく調節(主に低減)することはできず、速度起電圧を推定する外乱オブザーバをd軸制御部に含ませ、該d軸制御部の各種制御パラメータを調整する方が、電動モータの制御性能に対する速度起電圧の影響力を大きく調節(主に低減)することができることが、発明者らによって確認されている。そのため、上記請求項1に記載の構成のように、d軸制御部のみに外乱オブザーバを含ませて構成することで、制御系の設計を容易にすることができるようにもなる。
また、上記請求項1に記載の構成において、例えば請求項2に記載の発明のように、前記d軸制御部は、前記電流センサを通じて検出される前記実電流値に重畳する観測外乱が分布する高周波数帯域に含まれる信号の強度を、この高周波数帯域よりも低い低周波数帯域に含まれる信号の強度よりも減衰させるローパスフィルタを含んで構成されていることが望ましい。これにより、低周波数帯域に含まれることの多い速度起電圧が電動モータの制御性能に与える影響を低減することができるようになるだけでなく、電流センサにて検出される実電流に重畳される高周波数帯域に含まれることの多い観測外乱が電動モータの制御性能に与える影響を低減することができるようにもなる。
なお、こうした構成において、例えば請求項3に記載の発明のように、前記ローパスフィルタのカットオフ周波数は、略60ヘルツに設定されていることがさらに望ましい。ちなみに、こうしたカットオフ周波数は、実車を用いた実験を通じて得られた値である。
ところで、ステアリングホイールの操舵操作は、通常、低速にて行われる。そのため、そうした低速での操舵操作に対する補助トルクを生成するためには、電動モータも低速度で回転すれば足りる。したがって、電動モータを構成する永久磁石による界磁により同じく電動モータを構成する固定子巻線に誘起される電圧は小さく、電動モータの回転に及ぼす影響、すなわち、電動モータにて生成される補助トルクに及ぼす影響はほとんどない。しかしながら、ステアリングホイールの操舵操作が急激に行われると、そうした高速での操舵操作に対して必要な補助トルクを生成するためには、電動モータは高速度で回転しなければならない。電動モータの回転が上昇すると、誘起電圧が増大し、電動モータの電源電圧に等しくなると、電源から電動モータへの電流供給ができなくなってしまう。すなわち、電動モータの回転速度を上げるどころか、電動モータにて生成される補助トルクが零に低下してしまうことも起こり得る。当然のことながら、補助トルクが零に低下してしまうと、車両のステアリングホイールの操舵操作に対し補助トルクを好適に与えることができなくなり、操舵フィーリングの低下を招きかねない。
その点、上記請求項1〜3のいずれかに記載の構成において、例えば請求項4に記載の発明のように、前記電動パワーステアリング装置は、前記ステアリングシャフトの回転角速度を検出するステアリングシャフト回転角速度センサをさらに備え、前記d軸目標電流値生成部は、前記ステアリングシャフト回転角速度センサにて検出される前記ステアリングシャフトの回転角速度に基づき、前記電動モータの前記d−q座標系におけるd軸目標電流値を生成することが望ましい。
電動パワーステアリング装置としてのこのような構成では、例えばステアリングホイールの操舵操作が急激に行われるとd軸目標電流値を負の所定値に設定したり、ステアリングシャフトの回転角速度に応じてd軸目標電流値を可変に設定したりすることができるようになる。これにより、固定子巻線に発生する誘起電圧を小さくする、いわゆる弱め界磁を行うことができ、電動モータの回転速度を上げることができるようになる。すなわち、電動モータにて生成される補助トルクが零に低下してしまうようなことがなくなり、ステアリングホイールの急激な操舵操作にも好適に補助トルクを与えることができるようになる。
以下、本発明に係る電動パワーステアリング装置の制御装置の一実施の形態について、図1〜図6を参照しつつ説明する。
はじめに、図1を参照して、本実施の形態の制御対象である、車両の電動パワーステアリング装置について説明する。なお、図1は、本実施の形態の制御対象となる電動パワーステアリング装置(EPS)を含む全体構成を示す模式図である。
同図1に示されるように、ステアリングホイール101に接続されたステアリングシャフト102には、運転者の操舵操作を補助する補助トルクを発生するブラシレスモータ(電動モータ)105の回転を減速した上で該ステアリングシャフト102に伝達するステアリング機構104が取り付けられている。
また、このステアリングシャフト102には、基本的に、ステアリングホイール101を介して運転者から与えられる操舵トルク及びブラシレスモータ105によって生成される補助トルクが印加されており、該シャフト102に取り付けられたトルクセンサ103は、これら操舵トルク及び補助トルクからなる実トルクを検出する。さらに、ステアリングシャフト102の先端は、ピニオン軸106に連結されている。このピニオン軸106は、ラックアンドピニオン式のギア装置を介してラック軸107に連結されている。ラック軸107の両端には、タイロッド及びナックルアームを介して左右操舵輪としての一対のタイヤ108がそれぞれ連結されている。したがって、ピニオン軸106の回転運動が、ラック軸107の直線運動に変換されると、そのラック軸107の直線運動変位に応じた角度だけ、左右のタイヤ108が転舵される。このように構成されることにより、ブラシレスモータ105の駆動によって、ステアリングホイール101の操舵方向及び操舵トルクに応じた補助操舵トルクをステアリングシャフト102に伝達することができる。
こうしたブラシレスモータ105は、制御装置1によって駆動制御される。次に、図2を参照して、そうした制御装置1の構成や機能等について説明する。なお、図2も、先の図1と同様に、本実施の形態の制御対象であるEPSを含めた制御装置全体の構成を示す模式図である。
同図2に示すように、制御装置1は、上記トルクセンサ103によって検出される実トルク及び車速センサ113によって検出される車速に基づき、ブラシレスモータ105が発生すべき目標補助トルクTr*に応じた目標電流値を生成する目標電流値生成部10を備える。この目標電流値生成部10は、ブラシレスモータ105が目標補助トルクTr*を発生するために必要なd−q座標系におけるq軸目標電流値及びd軸目標電流値をそれぞれ生成するq軸目標電流値生成部10a及びd軸目標電流値生成部10bから構成されており、q軸目標電流値生成部10a及びd軸目標電流値生成部10bは、目標電流値として、q軸における目標電流値Iq*及びd軸における目標電流値Id*をそれぞれ算出して、q軸偏差算出部11a及びd軸偏差算出部11bへそれぞれ出力する。
ここで、本実施の形態では、ブラシレスモータ105として、U相、V相及びW相の3相交流式の電動モータを採用しており、こうしたブラシレスモータ105の制御法として、いわゆるベクトル制御法を採用している。ちなみに、ベクトル制御法では、U相、V相及びW相によって定義される実回転座標(図3(a)参照)を、例えばブラシレスモータ105を構成する回転子(ロータ)のS極からN極に向かう方向であるd軸及びこのd軸に直交するq軸によって定義される仮想回転座標であるd−q座標系(図3(b)参照)に座標変換し、座標変換されたd−q座標系においてブラシレスモータ105を駆動制御する方法である。こうしたベクトル制御法は公知であるため、ここでの詳細な説明を割愛する。
なお、本実施の形態の制御装置1では、q軸目標電流値生成部10aは、上記トルクセンサ103によって検出される実トルクTr及び車速センサ113によって検出される車速に基づき、q軸目標電流値Iq*を生成していたが、これに限らない。他に例えば、q軸目標電流値生成部10aは、上記トルクセンサ103によって検出される実トルクTrのみに基づいて、あるいは、他の種々の情報(例えばq軸実電流等)に基づいて、q軸目標電流値Iq*を生成することとしてもよい。また、本実施の形態の制御装置1では、d軸目標電流値生成部10bは、上記d軸目標電流値Id*として零を採用している。これにより、d軸実電流値Idを可能な限り零に近づけることで、効率を向上しようとしている。
一方、図2に示すように、本実施の形態では、電動パワーステアリング装置100は、ブラシレスモータ105を構成する上記3相のうちの例えばU相及びV相の固定子巻線(図示略)に実際に流れる実電流値を検出する電流センサ111を備えている。そして、電流センサ111によって検出されたV相実電流値Iv及びU相実電流値Iuは、図2に示すように、制御装置1を構成する三相交流/d−q座標変換部14に出力される。なお、こうした電流センサ111の構造や検出原理等は公知であるため、ここでの詳細な説明を割愛する。また、電流センサとしては、U相及びV相の固定子巻線に実際に流れる実電流値を検出する電流センサに限らず、例えばV相及びW相の固定子巻線に実際に流れる実電流値を検出する電流センサとしてもよい。要は、ブラシレスモータ105が有する3相のうち少なくとも2相の固定子巻線に流れる実電流値を検出することのできる電流センサであればよい。
また、図2に示すように、本実施の形態では、電動パワーステアリング装置100は、ブラシレスモータ105を構成するロータの回転位置を検出する例えばレゾルバ112を備えており、こうしたレゾルバ112は、図2に示すように、上記三相交流/d−q座標変換部14及び後述のd−q/三相交流座標変換部13にそれぞれ接続されている。そして、三相交流/d−q座標変換部14では、レゾルバ112によって検出されたロータ角θを用いて、電流センサ111によって検出された実電流値(V相実電流値Iv及びU相実電流値Iu)がd−q座標系に変換され、q軸実電流値Iq及びd軸実電流値Idとして算出される。こうして算出されたq軸実電流値Iq及びd軸実電流値Idは、q軸偏差算出部11a及びd軸偏差算出部11bにそれぞれ与えられる。なお、図2に示すように、電流センサ111にて検出されるV相実電流値Iv及びU相実電流値Iuには、必ず観測外乱が重畳する。そのため、こうした観測外乱が重畳したV相実電流値Iv及びU相実電流値Iuが三相交流/d−q座標変換部14を通じて座標変換されるq軸実電流値Iq及びd軸実電流値Idにも、観測外乱が重畳している。こうした観測外乱については後述する。
そして、図2に示すように、q軸偏差算出部11aでは、q軸目標電流値生成部10aにて生成されたq軸目標電流値Iq*と三相交流/d−q座標変換部14にて座標変換されたq軸実電流値Iqとの偏差であるq軸偏差Eq*が算出され、d軸偏差算出部11bでは、d軸目標電流値生成部10bにて生成されたd軸目標電流値Id*(=0)と三相交流/d−q座標変換部14にて座標変換されたd軸実電流値Idとの偏差であるd軸偏差Ed*が算出される。こうして算出されたq軸偏差Eq*及びd軸偏差Ed*は、q軸制御部12a及びd軸制御部12bにそれぞれ出力される。
q軸制御部12a及びd軸制御部12bは、各々入力された上記q軸偏差Eq*及びd軸偏差Ed*に基づいて、q軸目標電流値Iq*及びd軸目標電流値Id*の電流がブラシレスモータ105に流れるような、ひいては、ブラシレスモータ105にて発生するトルクが上記目標補助トルクTr*に略一致するような、ブラシレスモータ105への印加電圧の電圧値であるq軸制御電圧値Vq*及びd軸制御電圧値Vd*をそれぞれ算出する。そして、q軸制御部12a及びd軸制御部12bは、算出したq軸制御電圧値Vq*及びd軸制御電圧値Vd*を、上記d−q/三相交流座標変換部13に出力する。
なお、このd−q/三相交流座標変換部13は、既述したように、ブラシレスモータ105を構成するロータの回転角を検出するレゾルバ112に接続されており、このレゾルバ112は、d−q/三相交流座標変換部13に検出したロータ角θを入力している。そして、d−q/三相交流座標変換部13では、レゾルバ112によって検出されたロータ角θを用いて、q軸制御部12a及びd軸制御部12bによってそれぞれ算出されたq軸制御電圧値Vq*及びd軸制御電圧値Vd*が三相交流座標系のU相制御電圧値Vu*及びV相制御電圧値Vv*に変換される。そして、変換されたU相制御電圧値Vu*及びV相制御電圧値Vv*は、3相PWM変調部110にそれぞれ出力される。
ちなみに、図2においては、W相制御電圧値Vw*は、図示の便宜上、d−q/三相交流座標変換部13の外部にて算出されているが、実際には、d−q/三相交流座標変換部13において算出されている。すなわち、d−q/三相交流座標変換部13は、U相制御電圧値Vu*及びV相制御電圧値Vv*を算出し、これらU相制御電圧値Vu*及びV相制御電圧値Vv*を零から減算することによりW相制御電圧値Vw*を求める。そして、d−q/三相交流座標変換部13は、U相制御電圧値Vu*及びV相制御電圧値Vv*と同様に、W相制御電圧値Vw*を3相PWM変調部110に出力する。
3相PWM変調部110は、それぞれU相制御電圧値Vu*、V相制御電圧値Vv*及びW相制御電圧値Vw*に対応したPWM信号Su、Sv及びSwを生成し、その生成したPWM信号Su、Sv及びSwをパワー回路109に向けて出力する。これにより、パワー回路109からブラシレスモータ105のU相、V相及びW相に、それぞれPWM信号Su、Sv及びSwに応じた電圧Vu、Vv及びVwが印加され、ブラシレスモータ105から操舵補助に必要な目標補助トルクTr*が発生される。
ただし、種々の誤差や外乱の影響を受けるため、ブラシレスモータ105にて発生するトルクを目標補助トルクTr*に正確に一致させることは難しい。以下、そうした誤差や外乱を補償する補償方法について、先の図3及び図4を併せ参照しつつ説明する。なお、図4は、電動パワーステアリング装置100を含めた制御装置1の全体構成をd−q座標系にて示したブロック図である。
この図4中、「相互外乱」として示すように、また、背景技術の欄にも記載したように、上記ベクトル制御法を通じてブラシレスモータ105を単純に駆動制御しようとすると、ブラシレスモータ105のロータが形成する磁束と電機子巻線を流れる電流が形成する磁束により速度起電圧が生じてしまい、こうして生じた速度起電圧は、q軸制御電圧値Vq及びd軸制御電圧値Vdに互いに影響を及ぼし合ってしまう。
具体的には、先の図3(b)に示すように、ブラシレスモータ105は、d−q座標系において以下のようにモデル化することができる。すなわち、自己インダクタンスを「Ld[H]」、d軸実電流値を「Id[A]」、q軸実電流値を「Iq[A]」、ロータ角速度を「ω[rad/sec]」、電気抵抗値を「Rd[Ω]」、d軸制御電圧値を「Vd*[V]」、観測外乱を「n」とすると、ブラシレスモータ105のd軸に係る部分のモデルは、下式(1)にて表される。
また、図4に示すd軸制御部12bを便宜的に比例制御器として構成したものとし、その比例ゲインを「k」、観測外乱を「nd」とすると、d軸制御電圧「Vd*」は、下式(2)にて表される。
こうした上式(2)を上式(1)に代入すると、下式(3)が得られる。
ここで、上式(3)の右辺第2項がq軸実電流値Iqに起因する外乱、すなわち、上記速度起電圧を表す項である。ちなみに、上式(3)の右辺第4項はd軸実電流値Idに重畳する観測外乱を表す項である。また、通常、上記d軸目標電流値Id*は零に設定されるため、上式(3)の右辺第3項は、比例ゲイン「k」の大きさにかかわらず零となる。このように、q軸実電流値Iqに起因するq軸外乱(速度起電圧)や観測外乱により影響を受け、d軸実電流値Idは、d軸目標電流値Id*に好適に一致しなくなるおそれがある。
また、q軸実電流値Iqは、そもそも、車両の運転者によるステアリングホイール101の操舵操作によって生じる。そのため、q軸外乱が分布する周波数帯域は、観測外乱が分布する周波数帯域よりも低い周波数帯域に分布することになる。すなわち、q軸外乱は低周波数帯域に分布し、観測外乱は高周波数帯域に分布することになる。
そして、これらq軸外乱や観測外乱が電動パワーステアリング装置の制御性能に与える影響を低減するべく、本実施の形態では、制御装置1を構成するd軸制御部12bに、d軸実電流値Id及びd軸制御電圧値Vd*に基づき上記q軸外乱を推定する外乱オブザーバを含んで構成することとした。次に、こうしたd軸制御部12bについて図5を参照して説明する。なお、図5は、d軸制御部12bの構成例を示すブロック図である。
d軸制御部12bは、同図5に示すように、ノミナル制御部121を備える。このノミナル制御部121は、上記q軸外乱や観測外乱の影響を排除した、上記ブラシレスモータ105のd軸部分のモデル(すなわち、上式(3)の右辺第2項及び第4項を取り除いたノミナルモデル)に対して設計される、例えばPI制御部である。そのため、ノミナル制御部121は、上記d軸偏差算出部11b(図4参照)からd軸偏差Edを取り込むとともに、この取り込んだd軸偏差Edに対し例えば実験やシミュレーションを通じて定められる比例ゲインや積分ゲインを用いて演算し、その演算結果を第1差分演算部122に向けて出力する。なお、本実施の形態では、こうしたノミナル制御部121を、PI制御を行う制御部として構成したが、他に例えば、PI制御に加えてD制御を行う制御部として構成することとしてもよい。あるいは、I制御を割愛してP制御を行う制御部として構成することとしてもよい。要は、上記ノミナルモデルに対して設計されたPID制御部であればよい。
d軸制御部12bは、図5に示すように、第1差分演算部122を備える。この第1差分演算部122は、上記ノミナル制御部121の出力信号から、後述する外乱オブザーバ部123から出力される外乱推定値w’を差し引いてd軸制御電圧値Vd*を算出する(q軸外乱wを補償する)。
また、d軸制御部12bは、図5に示すように、逆モデル部123a、第2差分演算部123b及びローパスフィルタ部123cによって構成される外乱オブザーバ部123を備える。
外乱オブザーバ部123の逆モデル部123aは、上記ノミナルモデルの逆モデルとして構成されており、観測外乱ndが重畳されたd軸実電流値Idを取り込むとともに、この取り込んだd軸実電流値Id及び逆モデルに基づき、ブラシレスモータ105のd軸部105dへの仮想入力値IMG_Vd*を算出する。詳しくは、逆モデル部123aは上記d軸部105dの逆モデルであること、及び、上記d軸部105dの出力信号を(基本的に)逆モデル部123aへ入力していることから、上記d軸部105dへの入力信号と上記逆モデル部123aの出力信号とは基本的に一致する。すなわち、上記逆モデル部123aの出力信号である仮想入力値IMG_Vd*は、上記d軸部105dへの入力信号である、q軸外乱wが重畳されたd軸制御電圧値Vd*に略一致することになる。
さらに、こうした仮想入力値IMG_Vd*は、第2差分演算部123bにおいて、d軸部105dへの実際の入力値であるd軸制御電圧値Vd*分が差し引かれ、差分値EVd*として出力される。この差分値EVd*は、q軸外乱wが重畳されたd軸制御電圧値Vd*に略一致する仮想入力値IMG_Vd*からd軸制御電圧値Vd*が差し引かれるため、q軸外乱wに略一致することになる。
ただし、d軸部105dの出力信号であるd軸実電流値Idがそのまま逆モデル部123aへ入力されるのではなく、実際には、観測外乱ndが重畳されたd軸実電流値Idが逆モデル部123aへ入力されること(換言すれば、d軸部105dの出力信号と逆モデル部123aへの入力信号とは完全に一致していない)、及び、d軸部105dの逆モデルには必ずモデル化誤差が存在していること、さらにそうした観測外乱ndやモデル化誤差がq軸外乱wの推定に与える影響は高周波帯域において大きくなることから、上記差分値EVd*は、特に高周波帯域の成分においてq軸外乱wに一致しなくなってしまう。そのため、上記差分値EVd*は、ローパスフィルタ部123cにおいて、差分値EVd*に含まれる高周波帯域の成分ほどその大きさが減衰され、外乱推定値w’として上記第2差分演算部122bへ出力される。ちなみに、ローパスフィルタ部123cのカットオフ周波数は例えば「60ヘルツ」に設定されている。これにより、外乱オブザーバ部123にて推定される外乱推定値w’はq軸外乱wに略一致するようになる。なお、こうしたカットオフ周波数は、実車を用いた実験を通じて得られた値である。
また、図6にシミュレーション結果を示す。この図6に中の曲線C1は、d軸制御部12bが外乱オブザーバ部123を含んで構成されている場合の、d軸実電流値Idの推移を示したものであり、曲線C2は、d軸制御部12bが外乱オブザーバ部123を含まず構成されている場合の、d軸実電流値Idの推移を示したものである。
ここで、例えば時刻t0において、上記q軸外乱がステップ状に生じたものとする。このとき、図6に示されるように、曲線C2は、正方向へ一旦振れた後、負方向へ大きく振れ、時刻t3においてもd軸目標電流値(=零)から乖離してしまっている。一方、曲線C1は、曲線C2と同様に、正方向へ一旦大きく振れた後、負方向へ振れ、時刻t3においてはd軸目標電流値(=零)に近づいている。なお、曲線C1が時刻t1直後に正方向へ一旦大きく振れるとはいえ、その振れ幅は、曲線C2と比較して大幅に小さくなっている。すなわち、d軸制御部12bが外乱オブザーバ部123を含んで構成されることにより、d軸実電流値Idを好適に制御することができることを意味している。
ところで、q軸実電流値Iqに起因する外乱(速度起電圧)や観測外乱についてのみ説明したが、d軸実電流値Idに起因する外乱(速度起電圧)や観測外乱も当然に発生する。また、ブラシレスモータ105のベクトル制御に際し、q軸電流は、ブラシレスモータ105が発生する補助トルクを直接操作することができる一方、d軸電流は、ブラシレスモータ105が発生する補助トルクに直接影響を及ぼさないことが知られている。
そのため、ブラシレスモータ105が発生する補助トルクに直接影響を及ぼすq軸電流を制御するq軸制御部12aに、速度起電圧(d軸外乱)の大きさを推定しこれを補償する外乱オブザーバを含ませて構成する方が、ブラシレスモータ105の制御性能に対するd軸外乱の影響を低減させる、換言すれば、操舵フィーリングを向上させる上で有利であるようにも思われる。
しかしながら、d軸外乱を推定する外乱オブザーバをq軸制御部12aに含ませ、該q軸制御部12aの各種制御パラメータを調整しても、ブラシレスモータ105の制御性能に対するd軸外乱の影響力を大きく調節(主に低減)することはできず、q軸外乱wを推定する外乱オブザーバをd軸制御部12bに含ませ、該d軸制御部12bの各種制御パラメータを調整する方が、ブラシレスモータ105の制御性能に対するq軸外乱及びd軸外乱の影響力を大きく調節(主に低減)することができることが、発明者らによって確認されている。そのため、本実施の形態では、d軸制御部12bのみに外乱オブザーバ部123を含ませている。これにより、制御装置1に係る演算負荷を軽減することができるようになる。また、d軸制御部12bを構成する外乱オブザーバ部123の制御パラメータの調整をするだけで、ブラシレスモータ105の制御性能に対するq軸外乱及びd軸外乱の影響を低減することができるようになるため、制御系の設計を容易にすることができるようになる。
以上説明したように、本実施の形態によれば、次のような効果を得ることができるようになる。
上記実施の形態では、q軸実電流値Iqに起因してd軸に生じる速度起電圧(q軸外乱w)をd軸実電流値Id及びd軸制御電圧値Vd*に基づき推定する外乱オブザーバ部123を含んでd軸制御部12bを構成するとともに、外乱オブザーバ部123にて推定される外乱推定値w’にてq軸外乱wを補償することとした。これにより、課題の欄で記載した上記特許文献1に記載の技術のように、観測外乱nd及びnqが含まれているd軸実電流値Id及びq軸実電流値Iqやロータ角度θ、及び、モデル化誤差が含まれている電機子巻線の自己インダクタLの積をq軸外乱として算出(推定)するのではなく、上記q軸外乱を一括して算出(推定)することができる。そのため、外乱推定値w’に対して上記各種誤差が与える影響を最小限に留めることができ、q軸外乱wの推定誤差を小さくすることができるようになる。上記q軸外乱wの推定誤差を小さくすることができるようになるため、ブラシレスモータ105の制御性能に対してq軸外乱wが与える影響を低減することができるようになり、ひいては、運転者の操舵フィーリングの向上を図ることができるようになる。
上記実施の形態では、課題の欄で記載した上記特許文献2に記載の技術のように、外乱オブザーバを含む制御系をブラシレスモータ105のU−V−W相の各相毎に備え、ブラシレスモータ105への印加電圧を各相毎に直接制御するのではなく、ブラシレスモータ105をベクトル制御するにあたり、q軸制御部12a及びd軸制御部12bをそれぞれ備えるとともに、d軸制御部12bのみ、外乱オブザーバ部123を含む制御系とした。これにより、上記特許文献2に記載の技術よりも、ベクトル制御を行うためのd−q座標変換に係る演算量が増加してしまうものの、外乱オブザーバを含む制御部の数は3から1へ大きく減少するため、上記特許文献2に記載の制御装置、あるいは、上記特許文献1に記載の技術に上記特許文献2に記載の技術を適用した制御装置よりも、制御装置にかかる演算負荷を小さくすることができるようになる。
上記実施の形態では、d軸制御部12bは、電流センサ111を通じて検出されるd軸実電流値Idに重畳する観測外乱ndが分布する高周波数帯域に含まれる信号の強度を、この高周波数帯域よりも低い低周波数帯域に含まれる信号の強度よりも減衰させるローパスフィルタを含んで構成することとした。これにより、低周波数帯域に含まれることの多いq軸外乱wがブラシレスモータ105の制御性能に与える影響を低減することができるようになるだけでなく、電流センサ111にて検出されるd軸実電流値Idに重畳される高周波数帯域に含まれることの多い観測外乱ndがブラシレスモータ105の制御性能に与える影響を低減することができるようにもなる。
なお、本発明に係る電動パワーステアリング装置の制御装置は、上記実施の形態にて例示した構成に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、種々に変形して実施することが可能である。すなわち、上記実施の形態を適宜変更した例えば次の形態として実施することもできる。
上記実施の形態では、外乱オブザーバ部123は、d軸実電流値Idに重畳する観測外乱ndが分布する高周波数帯域に含まれる信号の強度を、この高周波数帯域よりも低い低周波数帯域に含まれる信号の強度よりも減衰させるローパスフィルタ部123cを含んで構成されていた。そして、そうしたローパスフィルタ部123cのカットオフ周波数として、例えば「60ヘルツ」を採用していたが、これに限らない。要は、d軸実電流値Idに重畳する観測外乱ndの影響やq軸外乱wの影響を低減することのできるカットオフ周波数が設定されていればよいのであって、その値は任意である。また、そもそも、当該制御装置の制御対象である電動パワーステアリング装置100が、d軸実電流値Idに観測外乱ndがほとんど重畳されないような環境で使用される、あるいは、ブラシレスモータ105のd軸部105dのモデルにモデル化誤差がほとんど含まれないのであれば、こうしたローパスフィルタ部123cを割愛することもできる。
上記実施の形態では、d軸目標電流値生成部10bは、ブラシレスモータ105のd−q座標系におけるd軸目標電流値Id*を零に設定することで、d軸実電流値Idを可能な限り零に近づけ、効率を向上しようとしていたが、これに限らない。他に例えば、ステアリングシャフト102の回転角速度を検出するステアリングシャフト回転角速度センサを電動パワーステアリング装置100に備え、d軸目標電流値生成部10bに、ステアリングシャフト回転角速度センサにて検出されるステアリングシャフト102の回転角速度に基づき、ブラシレスモータ105のd−q座標系におけるd軸目標電流値を生成させることとしてもよい。これにより、例えばステアリングホイール101の操舵操作が急激に行われるとd軸目標電流値Id*を負の所定値に設定したり、ステアリングシャフト101の回転角速度に応じてd軸目標電流値Id*を可変に設定したりすることができるようになり、固定子巻線に発生する誘起電圧を小さくする、いわゆる弱め界磁を行うことができるようになる。このように、弱め界磁を行うことができるようになると、ブラシレスモータ105にて生成される補助トルクが零に低下してしまうようなことがなくなり、ステアリングホイール101の急激な操舵操作にも好適に補助トルクを与えることができるようになる。ひいては、操舵フィーリングのさらなる向上を図ることができるようにもなる。
1…制御装置、10…目標電流値生成部、10a…q軸目標電流値生成部、10b…d軸目標電流値生成部、11a…q軸偏差算出部、11b…d軸偏差算出部、12a…q軸制御部、12b…d軸制御部、13…d−q/三相交流座標変換部、14…三相交流/d−q座標変換部、100…電動パワーステアリング装置、101…ステアリングホイール、102…ステアリングシャフト、103…トルクセンサ、104…ステアリング機構(減速機)、105…ブラシレスモータ(電動モータ)、106…ピニオン軸、107…ラック軸、108…タイヤ、109…パワー回路、110…3相PWM変調部、111…電流センサ、112…レゾルバ(ロータ角度センサ)、113…車速センサ、121…ノミナル制御器、122…差分算出部、123…外乱オブザーバ部、123a…逆モデル部、123b…ローパスフィルタ部。