しかしながら、上記従来構造の自動変速機において、油圧サーボをドラム側に設けた場合、ドラムの回転変動の影響を受け易い場合がある。ドラムの回転はすなわち後続プラネタリギヤセットの入力回転となるが、その入力回転速度(入力軸に対する速度比)が、変速段に応じて大きく変化することが多いからである。例えば特許文献1の場合、多板クラッチ(同文献のクラッチC3)用のクラッチピストンと油圧サーボがドラム側に設けられているが、そのドラムは第2速では同文献のブレーキB1によって停止している。そして第3速ではクラッチC3の締結によって所定の回転速度(常時減速プラネタリギヤセットの出力回転速度)にまで上昇する。つまり、たとえ入力回転速度が一定であっても変速によってクラッチピストンや油圧サーボの回転速度は大きく変化するのである。
通常、油圧サーボが回転する場合、制御油圧室には遠心力油圧が発生する。この遠心力油圧は、クラッチ締結時ないしは締結中に制御油圧をばらつかせる原因となる。またクラッチ非締結時には、クラッチピストンの誤作動や外周側ピストンシールの吹き抜けの原因ともなる。何れにしても油圧サーボの制御安定性を低下させるものであり、好ましいものではない。
遠心力油圧の影響を低減させる機構として、例えば特許文献1にも示されているバランスピストン機構が周知である。バランスピストン機構は、クラッチピストンを開放させる側に油圧室(バランス油圧室)を設け、そのバランス油圧室に元圧が可及的に小さい油圧(潤滑油など)を導く機構である。この機構によれば、制御油圧室の遠心力油圧とバランス油圧室の遠心力油圧とが相殺されるので、見かけ上遠心力油圧が解消或いは小さくなったかのような効果を得ることができる。
しかしバランスピストン機構によっても完全に遠心力油圧の影響をなくすことは困難であり、特に上述のように回転変動の大きな過渡的変化の場合、必ずしも遠心力油圧の影響を充分低減できるものではなかった。また見かけ上遠心力油圧が低減しても、実際に遠心力油圧が小さくなるわけではないので、例えば上記外周側ピストンシールの吹き抜けに対する有効策とはなり得ない。
一方、回転速度センサによる検知の観点からすれば、油圧サーボの制御性を確保或いは向上するためには、その被検出部がより安定的な回転部位であることが望ましい。
そこで、上記遠心力油圧の問題を解決しつつ、望ましい回転速度センサの設置形態が望まれていた。
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、油圧サーボに作用する遠心力油圧の影響を効果的に抑制しつつ精度良く必要な回転速度の検出を行い、もって油圧サーボの制御安定性を向上することができる自動変速機を提供することを目的とする。
上記課題を解決するための請求項1に係る発明は、入力軸と、該入力軸の回転を常時減速して出力する常時減速プラネタリギヤセットと、該常時減速プラネタリギヤセットの出力回転を入力とする後続プラネタリギヤセットと、上記常時減速プラネタリギヤセットの出力部と上記後続プラネタリギヤセットの入力部との間に設けられた多板クラッチと、該多板クラッチを押圧するクラッチピストンと、該クラッチピストンを制御する油圧サーボとを備え、上記多板クラッチの内周側に設けられたハブ部が上記常時減速プラネタリギヤセットの上記出力部に連結されるとともに、上記多板クラッチの外周側に設けられたドラムが上記後続プラネタリギヤセットの上記入力部に連結される自動変速機であって、上記常時減速プラネタリギヤセットの出力回転速度を検出する第1回転速度センサを上記ドラムの外周側に備え、上記クラッチピストン及び上記油圧サーボは、上記ハブ部ないしは該ハブ部と連結された部材に設けられ、上記第1回転速度センサの被検出部が、上記クラッチピストンに連結されるとともに上記ドラムの外周側に延設された部材に設けられており、上記ハブ部は、上記ピストンに対向する部位の周方向の複数個所が切欠かれ、その切欠残部であるハブ側嵌合部が形成され、上記クラッチピストンには、上記ハブ側嵌合部に対応する部位が切欠かれたピストン側切欠部が形成され、上記ハブ部と上記クラッチピストンとは、上記ハブ側嵌合部と上記ピストン側切欠部とが嵌合するように軸方向にオーバーラップ配置されていることを特徴とする。
請求項2に係る発明は、請求項1記載の自動変速機において、上記ドラムの回転速度を検出する第2回転速度センサが、上記第1回転速度センサに隣接配置されていることを特徴とする。
請求項3に係る発明は、請求項2記載の自動変速機において、上記ドラムに隣接して設けられた上記後続プラネタリギヤセットの出力部と、該後続プラネタリギヤセットの出力部の回転速度を検出する第3回転速度センサとを備え、上記第3回転速度センサが、上記第2回転速度センサに隣接配置されていることを特徴とする。
請求項4に係る発明は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の自動変速機において、変速機ケースに固定されるとともに上記入力軸方向に延びて該入力軸が挿通されるボス部を備え、上記常時減速プラネタリギヤセットはリングギヤ入力、キャリヤ出力であり、サンギヤが上記ボス部に固定されたものであって、上記ハブ部は、上記キャリヤと連絡されるとともに上記ボス部上に回転自在に設けられたスリーブと連絡され、上記クラッチピストンは、上記ハブ部の内周面と上記スリーブの外周面とに摺接することを特徴とする。
請求項5に係る発明は、請求項4記載の自動変速機において、上記クラッチピストンには、上記スリーブ外周面と同軸かつ該スリーブ外周面より大径の内周面を有する円筒部が形成され、上記クラッチピストンの同軸上に隣接されるとともに、内周部が上記クラッチピストンから離れる方向への移動不能に上記スリーブ外周面に係止され、外周部が上記クラッチピストンの上記円筒部の上記内周面に摺接するシールプレートを備え、上記油圧サーボの制御油圧室が、上記シールプレートと上記クラッチピストンの互いに対向する面と、上記クラッチピストンの上記円筒部の上記内周面と、上記スリーブの外周面とで形成されていることを特徴とする。
請求項1の発明によると、以下に述べるように、油圧サーボに作用する遠心力油圧の影響を効果的に抑制しつつ精度良く必要な回転速度の検出を行い、もって油圧サーボの制御安定性を向上することができる。
本発明によれば、クラッチピストン及び油圧サーボが、ハブ部ないしはそのハブ部と連結された部材に設けられているので、ハブ部と一体回転する。さらにこのハブ部は、常時減速プラネタリギヤセットの出力部に連結されているので、結局、クラッチピストン及び油圧サーボは、常時減速プラネタリギヤセットの出力部と一体回転する。
常時減速プラネタリギヤセットの出力部は、常に入力軸に対して一定の割合で減速回転する安定的な回転要素である。すなわち変速段によって停止したり、入力軸よりも高速になったり、またそのような回転変動を頻繁に繰り返したりすることがなく、仮に入力軸の回転変動がなければ、どのような変速の前後或いは変速中においても、回転変動を伴わない。
従って本発明に係る油圧サーボは、変速に伴う遠心力油圧の変動が殆どなく、過渡的な影響を極めて受け難い。また、油圧サーボの回転速度が入力軸回転速度よりも常に小さいので、遠心力油圧自体が常に小さく、遠心力油圧過大に伴う悪影響(例えば上記外周側ピストンシールの吹き抜け)も受け難い。このように本発明によれば油圧サーボの制御安定性が効果的に高められるのである。
そして、安定回転である常時減速プラネタリギヤセットの出力回転速度を検出する第1回転速度センサが設けられているので、高い検出精度を得ることができる。なお、上述のようにこの回転は入力軸に対して一定の割合で減速する回転なので、容易に入力軸の回転速度を演算することができる。
なお、クラッチピストンや油圧サーボがハブ部側に設けられているので、ドラム側に設けられた第1回転速度センサでは、その検出が行い難い虞がある。しかし本発明によれば、クラッチピストンに連結されるとともにドラムの外周側に延設された部材を被検出部としているので、容易にその検出を行うことができる。
なお本発明は、上記バランスピストン機構など、他の遠心力油圧低減策を排除する趣旨ではなく、それらとの併用も可能であり、またそれらと併用したときに、その効果を相乗的に高め得るものである。
また本発明の付加的な効果として、油圧サーボを中心として自動変速機のコンパクト化を図ることができる。本発明のクラッチピストンは、上述のようにハブ部側に設けられているので、従来の一般的な構造、すなわちピストンドラムにクラッチピストンを格納し、その中でクラッチピストンを作動させるという構造(特許文献1参照)をとる必要がない。つまり油圧サーボの構成要件としてピストンドラムを省略することができ、その分コンパクト化を図ることができるのである。
さらに、本発明によると、ハブ部とクラッチピストンとが嵌合配置されることにより、その同一回転性が保証され、より確実な回転速度の検出を行うことができる。
また以下に述べるように、油圧サーボまわりのコンパクト化をさらに推進することができる。
従来構造のようにクラッチピストンがドラム側に設けられていると、クラッチピストンとハブ部との間には相対回転が生じる。すなわちクラッチピストンとハブ部との間には干渉防止の軸方向隙間(クリアランス)が必要である。このクリアランスは、クラッチピストンがハブ部側に完全にストロークしたときに最小となるが、この最小クリアランスを、ばらつきが最悪側に振れた場合でも0乃至はそれ以上となるように確保しておかなければならない。
しかし本発明によれば、クラッチピストンがハブ部側に設けられており、互いの相対回転がないので、このようなクリアランスを設ける必要がない。そこでハブ部とクラッチピストンとを軸方向にオーバーラップ配置することにより、上記最小クリアランスを容易に0とすることができる。つまりその分、軸方向の短縮化、コンパクト化を図ることができるのである。
請求項2の発明によると、さらに第2回転速度センサによって、ドラムの回転速度、つまり後続プラネタリギヤセットの入力部の回転速度を検出することができる。このように入力部と出力部の間の部材の回転速度(中間部回転速度)を検出することにより、より高精度の変速制御を行うことができ、さらに油圧サーボの制御性を高めることができる。
また、第2回転速度センサが第1回転速度センサに隣接配置されているので、これらをモジュール化(一体化)させ、組み付け性(生産性)の向上を図ることが容易となる。
請求項3の発明によると、さらに第3回転速度センサによって、後続プラネタリギヤセットの出力部の回転速度を検出することができる。このようにさらに多くの部材の回転速度を検出することにより、より高精度の変速制御を行うことができ、さらに油圧サーボの制御性を高めることができる。
また、第3回転速度センサが第2回転速度センサに隣接配置されているので、これら両センサと、上記第1回転速度センサとの3個の回転速度センサをモジュール化し、一層組み付け性の向上を図ることもできる。
なお、請求項2または3において、各センサを、これらの検知信号が入力されるコントロールユニットに直接組み込むことも効果的である。このようにすれば、これらの組み付け性をさらに向上することができ、また離れた位置でハーネス結合される場合に比べてノイズを拾い難く、より高精度の検出が可能となる。
請求項4の発明によると、クラッチピストンの摺接部をハブ部の内周側に配設することにより、一層の軸方向の短縮化、コンパクト化を図ることができる。
請求項5の発明によると、バランス油圧室を備えたバランスピストン機構をとることができ、見かけの遠心力油圧を低減することにより、その影響を一層低減することができる。つまり油圧サーボの制御安定性をさらに向上することができる。
また、そのバランス油圧室をハブ部の内周側に配設することにより、一層の軸方向の短縮化、コンパクト化を図ることができる。
さらにそのバランス油圧室が、キャリヤの一部(クラッチピストンに対向する面)を利用して構成されている。つまり従来の一般的な構造に見られるような、バランス油圧室を形成するための別途シールプレート(特許文献1参照)を省略することができるので、構造の簡素化とコンパクト化を図ることができる。
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態を説明する。
図1は本発明の一実施形態に係る自動変速機の概略構成図である。自動変速機1は横置き式エンジンンに適用されるもので、主たる構成要素として、エンジンによって駆動されるトルクコンバータ10と、該トルクコンバータ10の出力回転が入力される変速機構20とを有し、該変速機構20の出力回転が中間伝動機構50を介して差動装置52に入力されるようになっている。
トルクコンバータ10は、エンジン出力軸2に連結されたケース11と、該ケース11内に固設されたポンプ12と、該ポンプ12に対向して配置されて該ポンプ12により作動油を介して駆動されるタービン13と、ポンプ12とタービン13との間に介設され、かつ、変速機ケース3にワンウェイクラッチ14を介して支持されてトルク増大作用を行うステータ15と、ケース11とタービン13との間に設けられ、ケース11を介してエンジン出力軸2とタービン13とを直結するロックアップクラッチ16とで構成されている。そして、タービン13の回転がタービン軸17(入力軸)を介して変速機構20側に出力されるようになっている。
なお、このトルクコンバータ10の反エンジン側には、トルクコンバータ10のケース11を介してエンジン出力軸2に駆動されるオイルポンプ18が配置されている。
また変速機構20は、トルクコンバータ10側に配置された第1プラネタリギヤセット21と、反トルクコンバータ10側に配置された第2プラネタリギヤセット22と、これらの中間に配置された第3,第4プラネタリギヤセット23,24とを有し、また、これらの各プラネタリギヤセット21〜24を含む動力伝達経路を切換えるクラッチやブレーキ等の複数の摩擦要素として、トルクコンバータ10側から順に配置された第1,第2,第3クラッチ31,32,33と、同じく第1,第2ブレーキ41,42とを有し、これらの選択的断続により前進1〜6速及び後退速が得られるように構成されている。
第1〜第4プラネタリギヤセット21〜24は、何れもサンギヤ21a〜24aと、これらのサンギヤ21a〜24aにそれぞれ噛合する複数のピニオン21b〜24bと、これらのピニオン21b〜24bを支持するキャリヤ21c〜24cと、ピニオン21b〜24bに噛合するリングギヤ21d〜24dとで構成されている。
第1プラネタリギヤセット21は、サンギヤ21aが変速機ケース3(ないしはこれに固設された部材)に固定され、キャリヤ21cが第1クラッチ31のハブ部に連結され、リングギヤ21dがタービン軸17及び第2クラッチ32のハブ部に連結されている。
また第2プラネタリギヤセット22は、サンギヤ22aが変速機ケース3(ないしはこれに固設された部材)に固定され、キャリヤ22cが第3クラッチ33のハブ部に連結され、リングギヤ22dがタービン軸17に連結されている。
また第3プラネタリギヤセット23は、サンギヤ23aが第3クラッチ33のクラッチドラム及び第1ブレーキ42のハブ部に連結され、キャリヤ23cが第2クラッチ32のクラッチドラム及び第1ブレーキ41のハブ部に連結され、リングギヤ23dが第4プラネタリギヤセット24のキャリヤ24cに連結されている。
さらに、第4プラネタリギヤセット24は、サンギヤ24aが第1クラッチ31のクラッチドラムに連結され、リングギヤ24dが第3プラネタリギヤセット23のキャリヤ23cと結合されて第1ブレーキ41のハブ部に連結され、キャリヤ24cが第3プラネタリギヤセット23のリングギヤ23dと結合されて中間伝動機構50への出力ギヤ25に連結されている。
そして出力ギヤ25の回転は、中間伝動機構50を介して差動装置52に入力され、左右の車軸55,56を駆動する。
以上のような概略構成の自動変速機1は、第1〜第3クラッチ31〜33、第1,第2ブレーキ41,42のオン(締結)、オフ(解放)の組合せにより、表1に示すように前進1速〜6速および後退速を実現する。
表1において、○印は各クラッチまたはブレーキが締結状態にあることを示し、無印は解放状態にあることを示す。すなわち、1速では第1クラッチ31及び第2ブレーキ42が締結し、2速では第1クラッチ31及び第1ブレーキ41が締結し、3速では第1クラッチ31及び第3クラッチ33が締結し、4速では第1クラッチ31及び第2クラッチ32が締結し、5速では第2クラッチ32及び第3クラッチ33が締結し、6速では第2クラッチ32及び第1ブレーキ41が締結し、後退速では第3クラッチ33及び第2ブレーキ42が締結する。
各クラッチやブレーキのオン、オフは、それらに対応する油圧サーボへの油圧の給排によってなされる。その油圧の給排は図略のコントロールバルブによってなされる。コントロールバルブは、油圧の大きさを設定する調圧バルブや油圧サーボへの油圧の給排を切換えるシフトバルブ等、複数のスプール弁の集合体である。当実施形態では、このスプール弁の制御が複数のソレノイドバルブによって行われる。そしてそのソレノイドバルブを電気制御するコントロールユニット90が設けられている。
コントロールユニット90は、エンジンや車両、そして自動変速機1自体の運転状態に応じて自動変速機1の動作を制御する制御ユニットであって、CPU,ROM,RAM等を備えたコンピュータ等からなる。具体的には、予めROM(又はRAM)に記憶されているプログラムがCPUによって実行されることによって、各ソレノイドバルブの動作等が制御される。
コントロールユニット90には、エンジン回転速度センサや作動油の温度を検知する油温センサ等、各種センサからその検知信号が入力される。図1にはその各種センサのうち、第1回転速度センサ92、第2回転速度センサ94及び第3回転速度センサ96を示す。これらの回転速度センサは、変速機構20の各所の回転速度を検知するセンサであり、その回転速度の検知により、コントロールユニット90は精緻な変速制御を実行することができる。
図2は自動変速機1の部分断面図(上半部)であり、第1クラッチ31、第2クラッチ32及び出力ギヤ25の近傍を示す。
オイルポンプ18は変速機ケース3に固定された部材であり、図2にはオイルポンプ18を構成するオイルポンプカバー18aを示す。オイルポンプカバー18aの一部は軸方向に延びてタービン軸17を挿通する筒状のボス部18bを形成する。すなわちボス部18bはオイルポンプカバー18a(オイルポンプ18)を介して変速機ケース3に固定されている。
そしてボス部18bに第1プラネタリギヤセット21のサンギヤ21aが固定されている。一方、タービン軸17にリングギヤ21dが連結されている。従ってタービン軸17が回転すると、それと同回転でリングギヤ21dが固定サンギヤ21aの周りを回転する。そしてピニオン21bは、それ自体が軸まわりに回転しつつ固定サンギヤ21aの周りを転動する。従ってピニオン21bを支持するキャリヤ21cは、リングギヤ21dの回転速度、すなわちタービン軸17の回転速度よりも一定の割合で遅い速度でサンギヤ21aの周りを回転する。第1プラネタリギヤセット21の出力要素はキャリヤ21cなので、結局第1プラネタリギヤセット21は、入力軸(タービン軸17)の回転を常時減速して出力する常時減速プラネタリギヤセットとなっている。
常時減速されたキャリヤ21cの回転の特徴は、第1に常にタービン軸17に対して一定の比率の回転であることである。変速段に応じて停止したり回転したりすることがなく、またタービン軸17より速くなったり遅くなったりという変化をすることもない。つまり急激な変動のない安定した回転となっている。
第2の特徴は、常時比較的低回転であることである。これは常時タービン軸17の回転を減速するプラネタリギヤセットであることから当然のことであるが、常にタービン軸17よりも低回転であることは、高回転による遠心力の影響を受け難いという利点を有する。
第1クラッチ31は、図1に示すように、第1プラネタリギヤセット21の出力部であるキャリヤ21cと、これに続く第4プラネタリギヤセット24のサンギヤ24aとの間に設けられた多板クラッチを含む。第1クラッチ31が締結されると、第1プラネタリギヤセット21の出力部(キャリヤ21c)と第4プラネタリギヤセット24の入力部(サンギヤ24a)とが結合される。つまり第4プラネタリギヤセット24は、第1プラネタリギヤセット21の出力回転を入力とする後続プラネタリギヤセットとなっている。
図2に示すように、第1クラッチ31において、多板クラッチの内周側に設けられたハブ部80とキャリヤ21cとが連結されている。一方、多板クラッチの外周側に設けられたドラム89と図外の第4プラネタリギヤセット24のサンギヤ24aとが連結されている。
第1クラッチ31は、多板クラッチを押圧するクラッチピストン61と、それを制御する油圧サーボ60を含む。クラッチピストン61及び油圧サーボ60は、ハブ部80ないしはハブ部80と連結された部材(キャリヤ21cやスリーブ28)に設けられている。
クラッチピストン61の外周側には、これと一体に延設されたセンシングロータ77が設けられている(図5参照)。センシングロータ77は第1回転速度センサ92の被検出部である。センシングロータ77は、僅かな隙間をもってドラム89を取り巻く円筒部を有し、その円筒部に切欠部77aが形成されている。切欠部77aはセンシングロータ77の円筒部の周方向等間隔に多数形成されている。
図2に示すように、ドラム89の外周側、センシングロータ77の切欠部77aに対応する位置に第1回転速度センサ92が設けられている。第1回転速度センサ92は、その検知エリアを切欠部77aが通過したことを検知する。コントロールユニット90は、単位時間当たりの切欠部77aの通過数を計数することにより、センシングロータ77の回転速度、ひいてはキャリヤ21cの回転速度(第1プラネタリギヤセット21の出力回転速度)を検出する。また、上述したようにキャリヤ21cの回転はタービン軸17の回転を一定の割合で減速したものであるから、コントロールユニット90は、簡単な演算でタービン軸17の回転速度(入力回転速度)を検出することができる。
コントロールユニット90は、安定回転するキャリヤ21cの回転速度に基いてタービン軸17の回転速度を検出するので、油圧サーボ60の制御性を高めることができる。
第1回転速度センサ92に隣接して第2回転速度センサ94が設けられている。ドラム89の、第2回転速度センサ94の先端に対面する位置に、等間隔の穴または凹凸が周方向等間隔に設けられている。第2回転速度センサ94は、その検知エリアをその凹凸が通過したことを検知する。コントロールユニット90は、その単位時間の通過数を計数することにより、ドラム89の回転速度、ひいては第4プラネタリギヤセット24のサンギヤ24aの回転速度を検出することができる。このように、入力部(タービン軸17)と出力部(出力ギヤ25)の間の部材の回転速度(中間部回転速度)を検出することにより、より高精度の変速制御を行うことができ、さらに油圧サーボ60の制御性を高めることができる。
第2回転速度センサ94に隣接して第3回転速度センサ96が設けられている。第3回転速度センサ96の先端は出力ギヤ25に対面しており、第3回転速度センサ96は、そのギヤの凹凸を利用して、その検知エリアを1枚のギヤ歯が通過したことを検知する。コントロールユニット90は、その単位時間の通過歯数を計数することにより、出力ギヤ25の回転速度(第4プラネタリギヤセット24の出力回転速)を検出することができる。このように、出力部の回転速度を検出することにより、より高精度の変速制御を行うことができ、一層油圧サーボ60の制御性を高めることができる。
また第1回転速度センサ92、第2回転速度センサ94および第3回転速度センサ96は、これらが互いに近接して配置されていることを利用して、モジュール化(一体化)されてコントロールユニット90に組み込まれている。こうすることにより、これらの組み付け性を向上し、自動変速機1の生産性を高めることができる。またこれら各センサが直接コントロールユニット90に組み込まれているので、離れた位置でハーネス結合される場合に比べてノイズを拾い難く、より高精度の検出が可能となっている。
図3は図2の部分拡大図であって、第1プラネタリギヤセット21及び第1クラッチ31の周辺をより詳細に示す図である。
キャリヤ21cの内周側には、ボス部18bに嵌合するリング状のスリーブ28が形成されている。ボス部18bには軸受19の内輪が固定され、スリーブ28には軸受19の外輪が固定されている。従ってスリーブ28はボス部18bの周りを滑らかに回転自在となっている。
またスリーブ28の外周側には、延設環28aが一体に嵌着されている。これにより延設環28aを含むスリーブ28の外周面は小径側外周面と大径側外周面(延設環28aの外周面)との2段構造となっている。
スリーブ28の大径側外周面には、シール部材を介してこれに摺接するクラッチピストン61が設けられている。クラッチピストン61は屈曲した円板状の部材であり、径方向中間よりやや外周寄りに、スリーブ28の外周面と同軸の内周面を有する円筒部61bが形成されている。
クラッチピストン61の軸方向オイルポンプ18側には略円板状のシールプレート71が設けられている。シールプレート71の内周側はスリーブ28の小径側外周面にシール部材を介して嵌着され、クラッチピストン61から離れる方向に移動しないようにスナップリング75で係止されている。またシールプレート71の外周側は、シール部材を介してクラッチピストン61の円筒部61bの内周面に摺接している。従って、油圧サーボ60の制御油圧室62が、シールプレート71とクラッチピストン61の互いに対向する面と、クラッチピストン61の円筒部61bの内周面と、スリーブ28の外周面(小径側外周面)とで形成されている。
図略のコントロールバルブから、オイルポンプカバー18aやスリーブ28に形成された油路を経由して制御油圧室62に油圧が供給されると、クラッチピストン61がオン方向(シールプレート71から離れる方向)にストロークする。クラッチピストン61とキャリヤ21cとの間には、同心円上に複数配置されたリターンスプリング65(コイルスプリング)が設けられている。リターンスプリング65はクラッチピストン61をオフ側に常時付勢し、そのオフ時にクラッチピストン61がオン側に移動することを防止している。
また、キャリヤ21cの外周側にはハブ部80が形成されている。ハブ部80は、多板クラッチを構成するフリクションプレート82の内周側に設けられ、フリクションプレート82をガイドしつつ支持する部材である。ハブ部80は、全体としてスリーブ28と同軸の略円環状部材である。キャリヤ21cのハブ部80の内周側、クラッチピストン61近傍において、円筒部86が形成されている。そしてクラッチピストン61の円筒部61bの外周面が、シール部材を介して円筒部86の内周面に摺接する。
このように、クラッチピストン61及び油圧サーボ60が、ハブ部80ないしはハブ部80と連結された部材に設けられているので、ハブ部80と一体回転する。つまりクラッチピストン61及び油圧サーボ60はキャリヤ21cと一体回転する。
上述のようにキャリヤ21cは、常にタービン軸17に対して一定の割合で減速回転する安定的な回転要素である。従って油圧サーボ60は、変速に伴う遠心力油圧の変動が殆どなく、過渡的な影響を極めて受け難い。また、油圧サーボ60の回転速度がタービン軸17の回転速度よりも常に小さいので、遠心力油圧自体が常に小さく、遠心力油圧過大に伴う悪影響(例えば外周側ピストンシールの吹き抜け)も受け難い。このように当実施形態では、油圧サーボ60の制御安定性が効果的に高められている。
さらに当実施形態のクラッチピストン61は、上述のようにハブ部80側に設けられているので、従来の一般的な構造、すなわちピストンドラムにクラッチピストンを格納し、その中でクラッチピストンを作動させるという構造をとる必要がない。つまり油圧サーボ60の構成要件としてピストンドラムが省略されており、その分コンパクト化が図られている。
さらに、クラッチピストン61の摺接部や油圧サーボ60の制御油圧室62をハブ部80の内周側に配設することにより、一層の軸方向の短縮化、コンパクト化が図られている。
また、クラッチピストン61とキャリヤ21cの互いに対向する面と、ハブ部80(ハブ部内周側部材86)の内周面と、スリーブ28外周面(大径側外周面)とで油圧サーボ60のバランス油圧室67が形成されている。バランス油圧室67には、ごく低圧の潤滑油が供給される。
このようにバランス油圧室67を備えたバランスピストン機構により、油圧サーボ60に作用する見かけの遠心力油圧が低減されている。すなわち、クラッチピストン61を挟んで制御油圧室62に作用する遠心力油圧と略等しい遠心力油圧がバランス油圧室67にも作用するので、両者がバランス(相殺)し、あたかも遠心力油圧が低減したかのような効果が得られる。つまり油圧サーボの制御安定性をさらに向上することができる。
また、バランス油圧室67をハブ部80の内周側に配設することにより、軸方向の短縮化、コンパクト化が図られている。
さらにバランス油圧室67が、キャリヤ21cの一部(クラッチピストン61に対向する面)を利用して構成されている。つまり従来の一般的な構造に見られるような、バランス油圧室を形成するための別途シールプレートが省略されているので、構造の簡素化とコンパクト化が図られている。
また、ピニオン21bを支持するピニオンシャフト27には、ピニオン21bを潤滑するためのピニオン潤滑油路27aが形成され、キャリヤ21cのバランス油圧室67を形成する部分とピニオン潤滑油路27aとが連通されている。
このように、キャリヤ21cの一部がバランス油圧室67を構成することを利用して、ピニオン21bへの潤滑油を、バランス油圧室67及びピニオン潤滑油路27aを経由させる簡易な構造で容易に導いている。
次に、ハブ部80とクラッチピストン61との嵌合構造について説明する。
図4は、ハブ部80をオイルポンプ18側(クラッチピストン61側)から見た斜視図である。ハブ部80の本体部であるハブ部本体81には、軸方向に延びるスプライン81cが形成されている。ハブ部本体81の、クラッチピストン61に対向する部位の周方向の複数個所(当実施形態では4箇所)切欠かれ、ハブ側切欠部81aとなっている。そしてその残部(切欠かれていない部分)はハブ側嵌合部81bとなっている。
図5は、クラッチピストン61とハブ部80とを、その組み付け状態で示す斜視図である。この図に示すように、クラッチピストン61のハブ側嵌合部81bに対応する位置に、切欠き(軸方向の貫通孔)が設けられ、ピストン側切欠部61aが形成されている。そしてハブ部80とクラッチピストン61とは、ハブ側嵌合部81bとピストン側切欠部61aとが嵌合するように軸方向にオーバーラップ配置されている。クラッチピストン61は、このようなオーバーラップ状態を維持しつつ軸方向にストロークする。
このようなオーバーラップ配置が可能となるのは、クラッチピストン61をハブ部80側に設けているからである。すなわち、クラッチピストン61とハブ部80との相対回転がないからである。双方に相対回転があれば、互いの干渉を避けるためのクリアランスを設ける必要があるが、当実施形態ではその必要がない。そこでハブ部80とクラッチピストン61とを軸方向にオーバーラップ配置(マイナスクリアランス)することにより、実質上のクリアランスを容易に0とすることができる。つまりその分、軸方向の短縮化、コンパクト化が図られている。
またこのような構造とすることにより、ハブ部80とクラッチピストン61との一体回転が一層確実となり、第1回転速度センサ92の検出精度を高めることができる。
なお図5に示すように、クラッチピストン61には、各ピストン側切欠部61aの内側に突出する突起61cが設けられ、ハブ部80のスプライン81cに嵌合している。こうすることにより、ハブ部80とクラッチピストン61との回転方向のガタが可及的に詰められているので、第1回転速度センサ92の検出精度が一層高められている。
次に第1クラッチ31の多板クラッチ82,83について説明する。多板クラッチ82,83は、フリクションプレート82とディスクプレート83とを軸方向に交互に並べて成る。これらの各プレートは、その解放状態で、軸方向に互いに僅かな隙間(クラッチクリアランス)を有している。フリクションプレート82は、金属製の円環板の両面に摩擦材(フェーシング材)が貼付されたものである。摩擦材の表面には、クラッチ解放時の引きずり抵抗を低減するために、潤滑油の流れを促進し、また油膜を切るための溝が形成されている。フリクションプレート82の内周側には、ハブ部80のスプライン81cに嵌合する凹凸が形成されており、ハブ部80と一体回転する。フリクションプレート82は、スプライン81cに沿ってクラッチクリアランスの範囲内で移動自在である。
一方、ディスクプレート83は、金属製の円環板である。ディスクプレート83の外周側には、ドラム89の内周側に形成されたスプライン89aに嵌合する凹凸が形成されており、ドラム89と一体回転する。ディスクプレート83は、スプライン89aに沿ってクラッチクリアランスの範囲内で移動自在である。
但しディスクプレート83のうち、両端のディスクプレート83aはフリクションプレート82と同様、ハブ部80側に設けられている。また端部ディスクプレート83aは、倒れ防止や熱吸収を促進するために、中間に設けた他のディスクプレート83よりも厚肉となっている。
また端部ディスクプレート83aには、その内側の片側のみに摩擦材が貼付されている。これは、クラッチピストン61をハブ部80側に設けた構造としつつ、ハブ部80側にフリクションプレート82を設けるための工夫である。つまりクラッチピストン61をハブ部80側に設けた場合、一般的な配列(端部ディスクプレート83aに摩擦材を貼付しない配列)ではドラム89側にフリクションプレート82が設けられるところ、当実施形態のようにすることにより、ハブ部80側にフリクションプレート82を設けることができる。こうすることにより、潤滑油が導かれ、かつ常時安定的に回転するハブ部80側にフリクションプレート82の摩擦材を配置することができるので、その溝の効果(引きずり抵抗低減)を顕著に得ることができる。
油圧サーボ60によって第1クラッチ31がオンとされると、クラッチピストン61がハブ部80側にストロークし、クラッチクリアランスを詰め、多板クラッチ82,83を押圧する。押圧された多板クラッチ82,83は、摩擦材を介して互いに締結し、全体としてハブ部80とドラム89とを締結させる。
次に、多板クラッチ82,83の潤滑形態について説明する。通常、多板クラッチの潤滑は、ハブ部の内周側から外周側に貫通する潤滑穴に潤滑油を導くことによって行われる。しかし当実施形態のようにハブ部80の内周面にクラッチピストン61を摺接させた場合、その部分において潤滑穴を設けることができず、多板クラッチ82,83の潤滑が不充分となる虞がある。
そこで当実施形態では、ハブ部80を2層構造としている。すなわち、ハブ部80の内周部をキャリヤ21cで形成し、外周部をキャリヤ21cとは別体のリング状部材(ハブ部本体81)とし、その両者を、両者の内外周間に僅かな隙間ができるように嵌合させ、その隙間をクラッチ潤滑油路88とするような構造にしている。
そして、ハブ部80の内周面でバランス油圧室67を形成しない部分とクラッチ潤滑油路88とを連通する第1潤滑穴87と、クラッチ潤滑油路88とハブ部80の外周面とを連通する第2潤滑穴85とを設けている。こうすることにより、ハブ部80の内周面でバランス油圧室67を形成しない部分から第1潤滑穴87、クラッチ潤滑油路88および第2潤滑穴85を経由して多板クラッチ82,83の軸方向全域に亘って潤滑油を導いている。
ここで、第2潤滑穴がハブ部80の内周面に開口しないので、クラッチピストン61の作動に影響を与えることがない。また、ハブ部80を2重構造とすることにより、クラッチ潤滑油路88の径方向長さを短くすることができ、径方向のコンパクト化を図ることができる。例えば軸方向の穴加工によってクラッチ潤滑油路88を形成するような方法に比べ、径方向の短縮化に有利である。
以上、本発明の実施形態について説明したが、これらの実施形態は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば本発明は、図1に示す概略構成を有する自動変速機に限定するものではない。またクラッチピストン61と油圧サーボ60の構造は、必ずしも上記構造に限定するものではなく、ハブ部ないしハブ部と連結された部材に設けられていれば、他のいかなる構造をとるのも可である。
また、回転速度センサとして、第1回転速度センサ92、第2回転速度センサ94および第3回転速度センサ96を全て備える必要はない。第1回転速度センサ92のみ、第1回転速度センサ92と第2回転速度センサ94、第1回転速度センサ92と第3回転速度センサ96、といった組合せも可である。