JP4846556B2 - 窒化物含有ターゲット材 - Google Patents

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本願発明は、切削工具や金属部品の表面に皮膜を形成させるための窒化物含有ターゲット材に関する。特に、アークイオンプレーティング(以下、AIPと記す。)法、マグネトロンスパッタ(以下、MSと記す。)の蒸発源としてのターゲット材に関する。
蒸発源にSi成分を含む合金ターゲット材を使用した被覆では、Si成分に起因するドロップレット発生を減らすための技術が、以下の特許文献1、2に開示されている。
特開2002−212708号公報 特開2003−286566号公報
本願発明が解決しようとする課題は、AIP法に用いるターゲット材であって、ドロップレットの生成が抑制され、品質の高い皮膜を形成するのために好適なターゲット材を提供することである。
本願発明は、SiとM成分、但し、M成分は周期律表4a、5a、6a族金属元素、B、Sから選択される1種以上の元素、を有するアークイオンプレーティング用のターゲット材であり、該ターゲット材はM成分の窒化物又は炭窒化物を、モル%で5%以上、30%以下含有し、該窒化物又は該炭窒化物がSi相中に含まれる組織を有することを特徴とする窒化物含有ターゲット材である。上記の構成を採用することによって、AIP法、MS法で被覆をしたとき、ドロップレットの生成が抑制され、品質の高い皮膜を形成するのために好適なターゲット材を提供することができる。
また、本願発明の窒化物含有ターゲット材における該M成分の窒化物又は炭窒化物は、面心立方構造を有し、X線回折における(111)面のピーク強度をA、(200)面のピーク強度をBとしたとき、ピーク強度比B/Aが、1≦B/A≦10であることが好ましい。
本願発明により、AIP法で用いるターゲット材であって、ドロップレットの生成が抑制された品質の高い皮膜を形成するのために好適なターゲット材を提供することができた。
本願発明の窒化物含有ターゲット材は、SiとM成分、但し、M成分は周期律表4a、5a、6a族金属元素、B、Sから選択される1種以上の元素から構成される窒化物又は炭窒化物などの皮膜を得るために用いられる。Siを含有するターゲット材を用いてAIP法により硬質皮膜を被覆する場合、アーク放電の際、ターゲット表面上には電子を放出するアークスポットが形成される。このアークスポットは、1点又は同時に複数点が放電中に存在し、ターゲット表面上を高速かつ均一に移動することが理想的である。アークスポットの移動が滞留すると、その滞留部分に大きな溶解部が生じ、その溶解部分が基材表面に付着する。この付着した溶解液滴は、ドロップレット、パーティクル又はマクロパーティクルと呼ばれ、硬質皮膜の表面を荒らす原因になり、皮膜性能を劣化させる。
ターゲット材が単一金属、又は単一組織といった均質な場合、アークスポットは、ターゲット材表面上を均一に移動する傾向にあるため、問題は生じにくい。一方で、複数の元素から構成されている場合や複数の相を含む場合には、ターゲット材が不均質となり、アークスポットが高速で均一に移動し難く、硬質皮膜表面にドロップレット等を含みやすいという問題がある。例えばホットプレス方式を用いて、高耐熱特性を有するTi−Si系、Cr−Si系等のSiを含有するターゲット材を製造する場合、TiやCrよりも比較的低融点金属であるSiが、他の金属元素を結びつけるバインダーの役割をする。ターゲット材がTi−Si系合金の場合、Ti相、TiSi相、TiSi2相等の金属間化合物の他に、Si単独相の組織が形成される。このSi単独相にアークスポットが滞留し、直径1μmを超える様な巨大なドロップレットが皮膜表面に生じ易い。このドロップレットが多量に発生してしまうと、形成される硬質皮膜の優れた機能を低下させる原因となる。ドロップレットの少ない硬質皮膜は、結晶の成長が分断されないため、高密度の皮膜を形成し、機械的強度が優れる。更に、TiSi2等の金属間化合物部は、アークスポットの滞留によって増大する熱衝撃により、ターゲット材に割れが発生し、異常放電等が発生しやすくなる。例えば工具等への被覆の際には、製膜装置だけでなく硬質皮膜被覆部材への悪影響も現れる。
本願発明の窒化物含有ターゲット材を用いることによって、ターゲット材の機械的強度を劣化させず、ドロップレットの発生量が極めて少ないターゲット材を実現できる。この理由は、Siを含むターゲット材中にM成分の窒化物、炭窒化物を含有させ、しかも、M成分の窒化物又は炭窒化物がSi相中に含まれる組織にすることによって、ターゲット表面におけるSi単独相の面積と金属間化合物の存在する面積とが減少してアーク放電の集中が減少し、硬質皮膜に付着するドロップレット量を減少させることができるからである。M成分の窒化物、炭窒化物はSi相内に分散して存在し、アーク放電時にSi相中のM成分の窒化物、炭窒化物から溶解、蒸発される。このM成分の窒化物、炭窒化物に含まれる窒素、炭素が、ターゲット放電時にターゲット表面近傍でイオン化するため、アークスポットの移動速度を速くすることができ、Si相におけるドロップレット発生が抑制される。
また、M成分の窒化物、炭窒化物を含有させることで、SiとM成分との激しい反応が抑制され、SiM系金属間化合物の形成が抑制されることも好都合である。その結果、Si相とSiM系金属間化合物との境界部分におけるアークスポットの滞留も抑制され、ドロップレット量が減少する。通常、AIP法で使用するターゲットが比較的融点の低いSiをターゲット材に含む場合、SiがバインダーとしてM成分の周りを取り囲み、その界面ではSiとMとの反応が発生してSiM系金属間化合物を生成する。また、Mが2種以上の元素で構成される場合は、SiMx1Mx2系の化合物、但し、x1≠x2、を形成する。例えば、AIP法では、Si単独相、或いはSi単独相とSiを含む金属間化合物との境界部分にアーク放電が集中する傾向がある。その結果、硬質皮膜表面にドロップレットが多く含まれ、表面粗度の悪化や組成の不均一が発生する。これは硬質皮膜被覆部材としたときの耐摩耗性や耐欠損性を劣化させる要因となる。従って、本願発明のターゲット材にはM成分の窒化物、炭窒化物を含有させる必要がある。
本願発明のターゲット材は、M成分の窒化物、又は炭窒化物の含有量を、モル%で5%以上、30%以下とすることによって、SiM系金属間化合物の形成を抑制することができる。SiM系金属間化合物の形成が抑制されると、ターゲット材を構成する元素、化合物間における接合強度が高まり、高い機械的強度を有するターゲット材を実現できる。M成分の窒化物又は炭窒化物の含有量が5%未満では、ターゲット材中に形成されるSiM系金属間化合物の形成を抑制する効果が得られない。その結果、組織粒界における接合強度が低下し、ターゲット材の機械的強度が低下する。更に、SiM系金属間化合物と窒化物又は炭窒化物が隣接するようになり、ターゲット材の機械的強度が低下する。一方、30%を超えると、ターゲット材の焼結性が低下し、高密度のターゲット材を実現することができず、ターゲット材の機械的強度が低下する。また、ターゲット材の焼結時において、窒化物、炭窒化物の脱窒現象が発生しやすくなり、ターゲット材内部に空孔が形成してしまう。そのため、窒化物又は炭窒化物をSi相中に含む組織に制御することが出来ないという不都合が発生する。更に、形成した空孔部には酸素が多く取り込まれ、局所放電や放電停止など放電の不安定要素がある他、アーク放電による衝撃等で、割れが発生する不都合が現れる。
本願発明のターゲット材に含まれるM成分の窒化物、又は炭窒化物は面心立方構造を有し、この窒化物、炭窒化物のX線回折におけるピーク強度比B/A値は、1≦B/A≦10であることが好ましい。面心立方構造以外の結晶構造を有する窒化物を含有させた場合、高い密度を有するターゲットを得ることが困難となる。その結果、空孔が多く発生してしまい、ターゲット材の機械的強度の低下を招く欠点が現れる。また、M成分の窒化物、又は炭窒化物は、導電性を有することが好ましい。B/A<1となる場合、(111)面に強く配向して、結晶格子内に充填される原子の密度が高くなり、高硬度となるが、ターゲット材の機械的強度を劣化させる欠点が現れる。また、SiがM成分を取り囲むだけでなく、M成分の窒化物、又は炭窒化物とSiとが反応するようになる。その結果、SiとM成分とを含む窒化物、又は炭窒化物が形成し、ターゲット材の機械的強度が低下する欠点や、ターゲット材の加工性が劣化するなどの欠点が現れる。一方、B/A>10となる場合、ターゲット材の焼結時において、M成分の窒化物、又は炭窒化物が脱窒現象を起こして、ターゲット材中に空孔が多く形成される欠点が現れる。その結果、ターゲット材の機械的強度が劣化し、割れが発生しやすくなる欠点が現れる。例えば抗折強度が40%も低下することがある。また、脱窒現象が発生するために、ターゲット材表面上を動くアークスポットの動きが遅くなり、巨大なドロップレットが硬質皮膜中に含まれるようになる。巨大なドロップレットを含有した硬質皮膜は、そのドロップレット部がマクロ的な欠陥となり、硬度、耐熱性、耐欠損性が低下する欠点が現れる。X線回折におけるピーク強度比B/A値は、M成分の窒化物、炭窒化物を作成する際の製造条件によって制御できる。
本願発明のターゲット材に含有させるM成分が2種以上になる場合は、そのうちの1種を窒化物、炭窒化物として含有させても効果が現れる。M成分の窒化物、炭窒化物の粒子は、平均粒径で5μm以上、100μm以下が好ましい。この粒子の粒径が5μm未満の場合、粒子に含まれる不純物の量が増大し、それがターゲット材中にそのまま含有される。その結果、ターゲット材の機械的強度が劣化し、アーク放電などの衝撃により、割れが発生する欠点が現れる。また、100μmを超えた粒径を含有させると、ターゲット材表面に発生するアーク放電が、その粒子に集中してしまい、ドロップレットを増加させる欠点を有する。M成分の窒化物、炭窒化物は、夫々の相の外側にはSiを含んだ相が存在し、その形態の有無は、透過電子顕微鏡(以下、TEMと記す。)で確認できる。
本願発明のターゲット材は、ターゲット表面におけるSiM系金属間化合物の面積率を下げることによって、機械的強度に優れるターゲット材となり好ましい。特に、Ti、Siを含有するターゲット材の場合は、Ti、Siとが金属間化合物を形成する際に激しい発熱反応を伴うため、非常に危険である。本願発明のターゲット材は、ターゲット材焼結時に脱窒現象が発生すると、SiとM成分との反応が激しく発生し、SiM系金属間化合物の形成が促進される。SiはM成分を接合するバインダーとしての役割を担うため、Siが完全に金属間化合物となることは好ましくない。窒化物、炭窒化物が30%を超えて含有すると、SiM系金属間化合物の面積率が50%を超えてしまう場合がある。その結果、機械的強度が低下する欠点があり、また導電性も低下してアーク放電が停止する欠点が現れる。従って、SiM系金属間化合物の形成は、面積率で50%以下にすることが好ましい。1≦B/A≦10であると、形成されるSiM系金属間化合物の面積率が50%以下になり、ドロップレット量が減少し、機械的強度の優れた硬質皮膜を得ることができる。一方、SiM系金属間化合物の面積率を10%未満とすることは困難である。
本願発明のターゲット材における酸素含有量は、質量%で0.7%以下が好ましい。0.7%よりも多く含有すると、ターゲット材の機械的強度が著しく劣るだけでなく、放電時に発生する酸素イオンが、ターゲット材表面を酸化させるため、電気的絶縁状態を形成する。その結果、放電が不安定になり、ターゲット材の異常溶解部が形成しやすくなる。M成分の炭化物や酸化物を含む化合物の場合は、ターゲット材の電気抵抗が高くなり、放電が困難となる欠点を有するので好ましくない。
本願発明のターゲット材は、ホットプレス法などの粉末冶金法により、減圧中のArもしくはN2を含む雰囲気とし、1000℃〜1100℃の範囲はゆっくりと昇温させて作製することによって実現できる。処理温度が1100℃を超えると、SiがM成分と激しく反応し、ターゲット材を作製することが不可能となること、また、M成分の窒化物、炭窒化物の脱窒現象が発生し、Siを含む窒化物、炭窒化物が形成され難くなる欠点を有する。更に、M成分の窒化物、炭窒化物がSi相中に含まれず、M成分に隣接するように存在する形態が多くなり、ターゲット材の機械的強度を低下させる欠点が現れる。本願発明のターゲット材は、Siにバインダーの役割を持たせ、M成分の窒化物、炭窒化物は、Si相中に含まれるように焼結条件を制御する必要がある。そのために、より好ましくは800℃を超えた所から、150℃/時間程度の昇温速度でゆっくりと作製するとよい。本願発明のターゲット材は、粉末冶金法にて作製可能であり、ホットプレス法だけでなく、HIP法でも作製可能である。HIP法を適用する場合は、Ar若しくはN2を含む雰囲気で、100MPa〜300MPaの範囲で加圧を行えば可能である。
本願発明のターゲット材を、例えば工具などの表面に耐摩耗性、耐熱性の向上を目的として、TiAlSi系、CrAlSi系の窒化物膜や炭窒化物膜等を被覆させる技術に適用する場合、硬質皮膜のコーティングの蒸発源として、TiAlSi系、CrAlSi系のSiを含むターゲット材を使用し、AIP法にて成膜を行うことが好適である。高耐熱特性を有するTiSi系窒化物の硬質皮膜を得るためには、TiSi系ターゲット材が好適である。
本願発明のターゲット材を使用した場合、硬質皮膜の硬度、密度、靭性などの機械的強度が高まるため、耐欠損性、耐摩耗性が要求される用途への被覆に用いることが効果的である。つまり、6μmを超える様な厚膜を形成させる際に使用すれば、ドロップレットの少ない、高密度な硬質皮膜の形成が可能となる。また、ドリルやエンドミル、微小部品の様に、ドロップレットの付着が好まれない用途には好適である。以下、本発明を実施例に基づいて、より詳細に説明する。
(実施例1)
AIP装置に取り付けるターゲット材を粉末冶金法によって作製した。作製に当たっては、硬質皮膜を作製したときに、耐摩耗、耐熱特性が優れた硬質皮膜を得るために、SiとM 成分の原料粉末、M 成分の面心立方構造の窒化物、炭窒化物の原料粉末を、ボールミル等の密閉容器中、Ar雰囲気にて4時間混合した。S成分を含有させる場合は、S単独の粉末を取り扱うことは難しいので、硫化物として混合を行った。粉末のみでの混合は混合性が悪く、ターゲット材としたときに組成の偏りや、それによる機械的強度の低下が懸念されるため、容器内に純度99.999%以上のAl2O3ボールを使用した。混合粉をグラファイト製の金型に所定量装入し、ホットプレス機を用いて焼結を行った。焼結時にSiが溶解してしまうと、装置に様々な悪影響を及ぼすため、焼結温度は、900〜1100℃に設定した。また、減圧下での焼結ではあるが、焼結装置内に残留する微量酸素によるターゲット中への酸素取り込みの影響を避けるために、Ar又はN雰囲気での焼結を行った。プレス荷重は50MPa〜200MPaの範囲で、所定特性のターゲット材が得られるよう適宜変更した。焼結時間は、1〜3時間で行った。焼結後のターゲット材は、AIP装置に取り付けられる様、研削や旋削加工を行い、形状を整えた。
得られたターゲット材は、フッ酸系の腐食液を用いてターゲットの組織を観察し、M成分の窒化物、炭窒化物の存在状態を確認した。また、M成分の窒化物、炭窒化物は、X線回折を行い、JCPDSファイルから同定される面心立法構造の(111)面と(200)面の位置に現れるピーク強度を比較した。X線回折の条件は、Cu−kα、2θ−θ法、管電圧50kV、管電流160mAとした。更に、M成分の窒化物、炭窒化物とSi相を確認するために、TEMと記すで組織観察した。ターゲット材の強度を調べるために、所定の試験片形状に加工を行った後、3点曲げによる抗折試験を行った。
実施例1で得られたターゲット材をAIP装置に取り付け、成膜を行った。基体には、ミーリング用、旋削用の形状をしたインサート工具を始め、耐摩耗性が要求される部品を選定した。被覆処理温度は600℃、反応圧力を5Paとし、バイアス電圧を−50V、アーク電流値を150Aに設定して、基体表面に膜厚3μmの被覆を行った。硬質皮膜に付着したドロップレット量を比較するために、工具表面を電解放射走査型電子顕微鏡(日立製作所製S−4200型、以下FE−SEMと記す。)を用いて表面観察を行った。倍率は3k倍、縦横10μmの視野に含まれるドロップレットのうち、粒径が0.5μm以上のものを計測した。上記の評価結果を表1に示す。
Figure 0004846556
表1の本発明例1〜4、比較例19、20は、ターゲット材に含有する窒化物量の影響を見るために作製した。本発明例1〜4と組成が異なり、窒化物量の影響を見るために、本発明例5〜7、比較例21を作製した。また、組成の異なるターゲット材の影響を見るために、本発明例8〜15を作製した。本発明例16は、炭窒化物を含有させたときの影響を見るために作製した。本発明例17、18は、窒化物含有量のX線回折におけるピーク強度比の影響を確認するために作製した。
窒化物の含有量が結晶構造に及ぼす影響を見るために比較例22、23を作製し、比較例23には、h−BNで含有させた。これは、特に本発明例12のc−BNで含有させた場合との比較を行うためである。比較例24は、炭化物を含有させたときの影響を確認するために作製した。
表1に示すように、本願発明のターゲット材は、高い抗折強度を有し優れていた。本発明例の中で最も高い抗折強度を示した本発明例1、2は、従来例25に対し、1.5倍優れていた。同じ組成系の本発明例4も、1.3倍以上優れていた。異なる組成系の本発明例5〜7は、従来例26に対して抗折強度が優れた。同様に、組成の異なる窒化物を含有させた本発明例8〜15は、従来例27〜32に比して優れていた。これはSi含有成分が、窒化物や炭窒化物粒子と隣接する部分で、Siを含む窒化物や炭窒化物を形成したため、ターゲットを構成する元素、並びに化合物間の接合強度が高まったためである。ターゲット材の窒化物、炭窒化物の含有量が5%未満の比較例19、21は、ターゲット材の機械的強度、抗折強度が低かった。窒化物の含有量が30%を超える比較例20は、ターゲット材の抗折強度が著しく低下し劣った。従って、窒化物、炭窒化物の含有量が、5%以上、30%以下のときに、抗折強度が高まり、優れる結果となった。
本発明例1〜4、比較例19、20で得られたターゲット材表面に鏡面研磨を施し、その後、フッ酸系の腐食液で腐食させ、光学顕微鏡を用いて組織を1k倍で確認した。その結果、TiN相が確認された。本発明例2のTiN粒子の組織を、TEM(日立製作所製、加速電圧20kV)を用いて観察した所、TiN粒子はSi相中に存在していた。更にSi相とTiN粒子の境界部を詳細に観察したところ、TiN粒子の内側にSiが拡散し、相を形成し存在していることが確認された。
得られたターゲット材をAIP装置に設置し、全て同一成膜条件を用いて、成膜を行った。表1より、本願発明のターゲット材を用いて得られた硬質皮膜は、その表面に付着するドロップレット数が、従来のターゲット材を用いた場合よりも少なく、優れていた。本発明例1〜4から得られた硬質皮膜は、最も多い場合で57個、最も少ない場合は25個であったのに対し、従来例25から得られる硬質皮膜のドロップレット数量は145個であった。従って60%以上低減効果を得ることができた。この傾向は、TiNを含有させたターゲット材だけでなく、他の窒化物や炭窒化物を含有させた場合も同様に優れていた。また、ドロップレット数量は、窒化物、炭窒化物の含有量に依存していた。本発明例1〜4のように、M成分の窒化物又は炭窒化物が、5%以上、30%以下含有したときに少なく、優れていた。また、含有量が30%までの範囲では、多くなる程ドロップレット数量は低下した。一方、TiNを4%含有したターゲット材から得られた硬質皮膜の比較例19は、134個であった。またCrNを4%含有した比較例21は、149個であった。更に、ターゲット材組成の異なる系の本発明例5〜8、比較例21で得られた硬質皮膜の表面も同様な傾向であった。窒化物、炭窒化物の含有量が、30%を超える比較例20は、ターゲット材の抗折強度が著しく低下するだけでなく、放電することが出来なくなった。従って、30%を超えるものは、事実上使用できないことが確認された。
Si−Ti系、Si−Cr系だけでなく、4a、5a、6a族元素、B、Sを含有する本発明例8〜15のターゲット材についてもドロップレット数は少なく、優れていた。六方晶の窒化物を含有させた比較例22、23の場合、硬質皮膜表面のドロップレット数は、従来例25、30よりも多くなってしまったが、この原因は不明である。TiCを含有した比較例24の場合は、放電が行えず、成膜は行えなかった。
ターゲット材中に含有させる面心立方構造の窒化物、炭窒化物のX線回折における(111)面のピーク強度をA、(200)面のピーク強度をBとしたとき、ピーク強度比B/Aについて調査を行った。本発明例2のドロップレット数量が40個であったのに対し、B/A<1の本発明例17は、54個、B/A>10の本発明例18は、70個であったことより、1≦B/A≦10とすることで、ドロップレット量は低下し、優れることが確認できた。
(実施例2)
実施例1で作製したミーリング用インサートについて、以下の条件で切削試験を行い、硬質皮膜の耐摩耗性の優劣を確認した。評価方法は、切削長さ1m時に発生する硬質皮膜の剥離や破壊の有無を、光学顕微鏡を用いて切刃逃げ面部を50倍に拡大して観察した。その後切削を継続し、10μm以上の微小チッピングを含む欠損が発生した時点を工具寿命とし、その時点までの切削加工距離(m)を比較することによって性能を評価した。
(切削試験の条件)
工具 :特殊正面フライス
インサート形状 :SDE53タイプ特殊形状
切削方法 :センターカット方式
被削材形状 :幅125mm×長さ300mm
被削材 :SKD11、プレス金型用鋼、硬さ、HRC29
軸方向切込み量 :1.0mm
切削速度 :130m/min
1刃あたりの送り量 :1.3mm/刃
切削油 :なし
表1に示したように、ドロップレット数量は切削における工具寿命に影響を及ぼすことがわかった。即ち、窒化物、炭窒化物をターゲット材中に含有させて得られる硬質皮膜の切削性能は、優れていた。例えば、本発明例1〜4の工具寿命は、夫々、40.4m、43.0m、44.7m、44.8mとなったが、従来例25の工具寿命は、24.7mであった。得られる硬質皮膜を構成する元素は同じであっても、ターゲット材の形態が異なることによって、工具寿命は大きな影響を受けた。本発明例1〜4、比較例19とを比較すると、TiN量が5%以上であって、その含有量が増えるに従って、工具寿命が優れた。最も工具寿命が優れた本発明例4は、従来例25の工具寿命に比して、1.8倍であった。一方、TiN含有量が5%未満のときは、工具寿命は従来例とほぼ同等であった。
切削距離1m時の刃先の損傷状態を確認した結果、本発明例の逃げ面最大摩耗幅VBmaxが0.054mmであったのに対し、従来例25は、0.098mmと大きかった。両者とも剥離は認められず、正常摩耗を呈しており、夫々最終的には、逃げ面最大摩耗幅が0.300mmを超えた所で欠損した。この結果は、ドロップレットが少なくなることにより、得られた硬質皮膜の硬度、密度、靭性などの機械的強度が高まり、その結果、優れた工具寿命を示したためである。

Claims (2)

  1. SiとM成分、但し、M成分は周期律表4a、5a、6a族金属元素、B、Sから選択される1種以上の元素を有するアークイオンプレーティング用のターゲット材において、該ターゲット材は、M成分の窒化物又は炭窒化物を、モル%で5%以上、30%以下含有し、該窒化物又は該炭窒化物がSi相中に含まれる組織を有することを特徴とする窒化物含有ターゲット材。
  2. 請求項1に記載の窒化物含有ターゲット材において、該M成分の窒化物又は炭窒化物が面心立方構造を有し、X線回折における(111)面のピーク強度をA、(200)面のピーク強度をBとしたとき、ピーク強度比B/Aが、1≦B/A≦10であることを特徴とする窒化物含有ターゲット材。
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