JP4810157B2 - 転がり軸受 - Google Patents

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Description

本発明は転がり軸受に関し、より特定的には、潤滑油中に異物が混入し得る環境で使用される転がり軸受に関するものである。
一般に、素材として高炭素軸受鋼(たとえばJIS規格SUJ2など)が採用され、焼入硬化された軌道輪および転動体を備えた転がり軸受が、種々の用途および環境において使用されている。しかし、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境においてこのような転がり軸受が使用された場合、清浄な潤滑油中で使用された場合に比べて寿命が1/10以下にまで低下するという問題があった。たとえば、自動車用トランスミッションの内部において使用される転がり軸受においては、潤滑油中にギアの摩耗紛などの硬質の異物が混入する。この場合、当該硬質の異物が転動体と軌道輪との間に噛みこむことにより軌道輪および転動体の表面に損傷が発生する。そして、この表面損傷に起因した剥離(表面起点型剥離)が生じることにより、転がり軸受の寿命が大幅に低下する。
これに対し、浸炭鋼(たとえばJIS規格SCr420など)や軸受鋼(たとえばJIS規格SUJ2)などの鋼が素材として採用され、軌道輪や転動体に対して浸炭または浸炭窒化処理が実施されたものが提案されている(たとえば特許文献1参照)。さらに、前述の構成に加えて、さらに軌道輪や転動体の表層部に所定の粒子が分散した転がり軸受も提案されている(たとえば特許文献2〜4参照)。これにより、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境において使用される場合における、転がり軸受の寿命の低下を抑制することができる。
特開平8−311603号公報 特開平5−78814号公報 特開平11−80897号公報 特開平11−193823号公報
しかし、近年、転がり軸受が使用される製品は高出力化、高効率化が進められている。これに伴い、転がり軸受に対しても、小型化、軽量化などが求められている。転がり軸受が小型化された場合、負荷される荷重が大きくなり、かつ回転は高速化する。その結果、転動体および軌道輪の転動疲労強度の一層の向上が必要となる。さらに、たとえば自動車用トランスミッションの内部で使用される軸受においては、自動車の燃費低減を目的として油膜形成能力の低い低粘度の潤滑油が採用される傾向にあり、表面損傷が一層生じやすくなっている。そのため、上述の対策は必ずしも十分とはいえない。
そこで、本発明の目的は、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境における寿命を向上させた、転がり軸受を提供することである。
本発明に従った転がり軸受は、軌道輪と、軌道輪に接触し、かつ円環状の軌道上に配置された複数の転動体とを備えている。軌道輪の表層部には窒素富化層が形成されており、当該窒素富化層におけるオーステナイト結晶粒の粒度番号は10番を超えている。そして、軌道輪の水素含有量は0.5ppm以下である。さらに、転動体の表層部には軌道輪の窒素富化層よりも窒素含有量の多い窒素富化層が形成されている。
本発明者は、軌道輪と転動体とを備えた転がり軸受の寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における寿命と、軌道輪および転動体の材質(鋼組織、水素含有量など)との関係を詳細に検討した。その結果、転がり軸受の寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命を向上させるために必要な構成は、軌道輪と転動体とでは異なっていることを見出した。すなわち、軌道輪および転動体の表層部に窒素富化層が形成されることにより、異物の噛み込みなどによる表面損傷の発生が抑制されるため、基本的には転がり軸受の寿命が向上する。しかし、軌道輪においては鋼組織が粗く、靭性(衝撃値、破壊靭性値など)が低い場合、軌道輪には損傷が生じやすくなり、転がり軸受全体としては十分に寿命が向上しない場合がある。一方、玉やころ等の転動体においては、靭性の向上よりも、異物の噛み込みなどによる表面損傷の発生を十分に抑制することが重要であり、軌道輪よりも窒素含有量の多い窒素富化層を形成することで、転がり軸受全体としての寿命が向上する。
以上の詳細な検討の結果から、本発明者は上記発明に想到した。すなわち、軌道輪においては、表層部に窒素富化層が形成されているため異物の噛み込みなどによる表面損傷が抑制され、オーステナイト結晶粒が小さくなっているため金属組織が微細化されて靭性が向上することにより金属疲労に対する抵抗性が増し、水素量が低減されているため金属組織の脆化が回避されている。そのため、軌道輪の転動疲労強度が向上し、転がり軸受の寿命の向上に寄与している。一方、転動体においては、表層部に軌道輪の窒素富化層よりも窒素含有量の多い窒素富化層が形成されているため異物の噛み込みなどによる表面損傷が抑制され、転がり軸受の寿命の向上に寄与している。そして、上記軌道輪と転動体とが組み合わされることにより、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境における寿命を向上させた、転がり軸受を提供することができる。
ここで、オーステナイト結晶粒の粒度番号とは、JIS G 0551に記載されたオーステナイト結晶粒の粒度番号をいう。また、窒素富化層とは、軌道輪の表層部に形成された軌道輪の芯部に比べて窒素含有量が高い層であって、たとえば浸炭窒化、窒化、浸窒などの処理によって形成することができる。さらに、表層部とは軌道輪または転動体の表面から深さ0.2mm以内の範囲をいう。また、窒素の含有量は、たとえばEPMA(波長分散型X線マイクロアナライザ)を用いて測定することができる。
なお、転がり軸受の寿命を一層向上させるためには、窒素富化層は軌道輪または転動体の表面から深さ0.2mmの厚みを有していることが好ましく、0.3mm以上の厚みを有していることがより好ましい。また、転がり軸受の寿命を一層向上させるためには、オーステナイト結晶粒の粒度番号が11番を超えていることが好ましく、水素量は4.0質量ppm以下であることが好ましい。
上記転がり軸受において好ましくは、軌道輪の窒素富化層における残留オーステナイト量は、11体積%以上25体積%以下であり、転動体の窒素富化層における残留オーステナイト量は、20体積%以上35体積%以下である。
軌道輪および転動体の表層部に形成された窒素富化層における残留オーステナイトは、異物の噛み込みなどによる表面損傷の抑制に対して顕著な効果を有している。軌道輪において、この効果を奏するためには11体積%以上であること必要であり、15体積%以上とすることが好ましい。
一方、窒素富化層においては窒素含有量が高いため、焼入を実施した際のマルテンサイト変態の開始温度が低下し、残留オーステナイト量が多くなる傾向にある。残留オーステナイトは軸受の使用中において経年的にマルテンサイトに変態する。そして、その変態に際しては体積の変化を伴うため、軌道輪の窒素富化層における残留オーステナイトは軌道輪における寸法の経年的変化(経年寸法変化)の原因となる。残留オーステナイト量が25体積%を超えると経年寸法変化が一般的な軌道輪の寸法変化の許容値を超え、転がり軸受の寿命が低下するおそれがあるため、軌道輪の窒素富化層における残留オーステナイト量は25体積%以下とすることが好ましい。さらに、寸法変化に対する要求が厳格な用途に対しては、20体積%以下とすることがより好ましい。
転動体においても、残留オーステナイトの効果は上記軌道輪の場合と基本的には同様である。しかし、本発明者は、経年寸法変化による不具合の発生を十分に抑制するための残留オーステナイト量の上限は、軌道輪の場合よりも高い反面、表面損傷を抑制するために必要な残留オーステナイト量も多いことを詳細な検討の結果、見出した。すなわち、転動体において、表面損傷を抑制する効果を奏するためには転動体の窒素富化層における残留オーステナイト量は20体積%以上必要であり、25体積%以上とすることが好ましい。一方、残留オーステナイト量が35体積%を超えると経年寸法変化が一般的な転動体の寸法変化の許容値を超えるため、転動体の窒素富化層における残留オーステナイト量は35体積%以下とすることが好ましい。さらに、寸法変化に対する要求が厳格な用途に対しては、30体積%以下とすることがより好ましい。そして、上記軌道輪と転動体とが組み合わされることにより、潤滑油中に異物が混入する環境における寿命を一層向上させた、転がり軸受を提供することができる。
ここで、残留オーステナイト量の測定は、たとえばX線回折計(XRD)を用いて、マルテンサイトα(211)面とオーステナイトγ(220)面との回折強度とを測定することにより、算出することができる。
なお、上記転がり軸受において、表面からの深さが50μmの領域における軌道輪の窒素富化層の残留オーステナイト量は、11体積%以上25体積%以下であり、表面からの深さが50μmの領域における転動体の窒素富化層の残留オーステナイト量は、20体積%以上35体積%以下とされてもよい。
上述のように、残留オーステナイトは転がり軸受の軌道輪および転動体における表面損傷の抑制に顕著な効果を有している。この効果を奏するためには、特に表面損傷に対する影響の大きい、表面からの深さが50μm付近の領域における残留オーステナイト量が重要となる。したがって、軌道輪および転動体の表面からの深さが50μmの領域における窒素富化層の残留オーステナイト量を上記範囲とすることで、特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命を一層向上させることができる。
上記転がり軸受において好ましくは、軌道輪の窒素富化層および転動体の窒素富化層における窒素含有量は、0.1質量%以上0.7質量%以下である。窒素含有量が0.1質量%以下では、転がり軸受の寿命向上の効果、特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命を向上させる効果が小さい。さらに、顕著な寿命向上のためには、窒素富化層における窒素含有量は0.12質量%以上であることが好ましい。一方、窒素含有量が0.7質量%を超えると、不完全焼入組織を発生させることなく焼入を実施するために必要な最低冷却速度(臨界冷却速度)が速くなるため、不完全焼入組織が発生するおそれが増大する。また、窒素含有量が0.7質量%を超えると、残留オーステナイト量が必要以上に増加して表面の硬度が低下する。そのため、窒素含有量が0.7質量%を超えると、転がり軸受の転動疲労寿命が低下するおそれがある。さらに、寿命に対する要求特性の高い用途に使用される場合、窒素富化層における窒素含有量は0.6質量%以下とすることが好ましい。以上より、上記転がり軸受において、軌道輪の窒素富化層および転動体の窒素富化層における窒素含有量を0.1質量%以上0.7質量%以下とすることにより、転がり軸受の寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命を向上させることができる。
なお、上記転がり軸受において、軌道輪の窒素富化層および転動体の窒素富化層の表面からの深さが50μmの領域における窒素含有量は、0.1質量%以上0.7質量%以下とされてもよい。上述のように、窒素富化層は特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命の向上に顕著な効果を有している。この効果を奏するためには、特に表面損傷に対する影響の大きい、表面からの深さが50μm付近の領域における窒素含有量が重要となる。したがって、軌道輪の窒素富化層および転動体の窒素富化層の表面からの深さが50μmの領域における窒素含有量を0.1質量%以上0.7質量%以下とすることにより、特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命を向上させることができる。
上記転がり軸受において好ましくは、軌道輪は、環状の外輪と、外輪の内側に配置された環状の内輪から構成され、転動体は、外輪の内周面と、内輪の外周面とに接触して配置された玉である。
本発明の転がり軸受の構成を深溝玉軸受などのラジアル玉軸受に適用した場合、寿命向上の効果、特に潤滑油中に異物が混入する環境における転がり軸受の寿命向上の効果は顕著である。したがって、本発明の転がり軸受の構成を上記構成のラジアル玉軸受に適用することは好適である。
以上の説明から明らかなように、本発明の転がり軸受によれば、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境における寿命を向上させた、転がり軸受を提供することができる。
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
図1は、本発明の一実施の形態における転がり軸受としての深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。図1を参照して、本発明の一実施の形態における転がり軸受としての深溝玉軸受の構成について説明する。
図1を参照して、本実施の形態の深溝玉軸受1は、軌道輪としての環状の外輪2と、外輪2の内側に配置された軌道輪としての環状の内輪3と、複数の転動体としての玉4と、円環状の保持器5とを備えている。複数の玉4は、外輪2の内周面に形成された外輪転走面2Aと、内輪3の外周面に形成された内輪転走面3Aとに接触し、かつ保持器5により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、深溝玉軸受1の外輪2および内輪3は、互いに相対的に回転可能となっている。
さらに、外輪2および内輪3の表層部には第1の窒素富化層が形成されており、第1の窒素富化層におけるオーステナイト結晶粒の粒度番号は10番を超えている。そして、外輪2および内輪3の水素含有量は0.5ppm以下である。さらに、玉4の表層部には第1の窒素富化層よりも窒素含有量の多い第2の窒素富化層が形成されている。
本実施の形態の深溝玉軸受1によれば、外輪2および内輪3においては、表層部に第1の窒素富化層が形成されているため異物の噛み込みなどによる表面損傷が抑制され、オーステナイト結晶粒が小さくなっているため金属組織が微細化されて靭性が向上することにより金属疲労に対する抵抗性が増し、水素量が低減されているため金属組織の脆化が回避されている。そのため、外輪2および内輪3の転動疲労強度が向上し、深溝玉軸受1の寿命の向上に寄与している。一方、玉4においては、表層部に第1の窒素富化層よりも窒素含有量の多い第2の窒素富化層が形成されているため異物の噛み込みなどによる表面損傷が抑制され、転がり軸受の寿命の向上に寄与している。そして、上記外輪2および内輪3と玉4とが組み合わされることにより、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境における寿命を向上させた深溝玉軸受1が構成されている。
図2は、本実施の形態の転がり軸受の変形例であるスラストころ軸受の構成を示す概略断面図である。図2を参照して、本実施の形態の転がり軸受の変形例であるスラストころ軸受の構成について説明する。
図2を参照して、本実施の形態の変形例のスラストころ軸受11と、上述の深溝玉軸受とは、基本的に同様の構成を有しており、同様の効果を有しているが、軌道輪、および転動体の構成が異なっている。すなわち、スラストころ軸受11は、軌道輪としての一対の軌道盤12、12と、複数の転動体としてのころ14と、円環状の保持器15とを備えている。複数のころ14は、一対の軌道盤12、12の互いに対向する一方の主面のそれぞれに形成された転走面12A、12Aに接触し、かつ保持器15により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、スラストころ軸受11の一対の軌道盤12、12は、互いに相対的に回転可能となっている。
さらに、一対の軌道盤12、12の表層部には第1の窒素富化層が形成されており、第1の窒素富化層におけるオーステナイト結晶粒の粒度番号は10番を超えている。そして、一対の軌道盤12、12の水素含有量は0.5ppm以下である。さらに、ころ14の表層部には第1の窒素富化層よりも窒素含有量の多い第2の窒素富化層が形成されている。ここで、第2の窒素富化層における窒素含有量は、表面損傷に対する影響の大きい表面からの深さが50μmの領域における含有量において、第1の窒素富化層における窒素含有量よりも多いことが好ましい。
本実施の形態の変形例のスラストころ軸受11によれば、一対の軌道盤12、12においては、表層部に第1の窒素富化層が形成されているため異物の噛み込みなどによる表面損傷が抑制され、オーステナイト結晶粒が小さくなっているため金属組織が微細化されて靭性が向上することにより金属疲労に対する抵抗性が増し、水素量が低減されているため金属組織の脆化が回避されている。そのため、一対の軌道盤12、12の転動疲労強度が向上し、スラストころ軸受11の寿命の向上に寄与している。一方、ころ14においては、表層部に第1の窒素富化層よりも窒素含有量の多い第2の窒素富化層が形成されているため異物の噛み込みなどによる表面損傷が抑制され、スラストころ軸受11の寿命の向上に寄与している。そして、上記一対の軌道盤12、12ところ14とが組み合わされることにより、潤滑油中に異物、特に硬質の異物が混入する環境における寿命を向上させたスラストころ軸受11が構成されている。
さらに、本実施の形態の深溝玉軸受1および本実施の形態の変形例のスラストころ軸受11においては、第1の窒素富化層における残留オーステナイト量は、11体積%以上25体積%以下であり、第2の窒素富化層における残留オーステナイト量は、20体積%以上35体積%以下であることが好ましい。
これにより、表面損傷および経年寸法変化の抑制の観点から適切な範囲の量の残留オーステナイトを表層部の窒素富化層に含む軌道輪(外輪2および内輪3、または軌道盤12)と転動体(玉4またはころ14)とが組み合わされることにより、潤滑油中に異物が混入する環境における寿命を一層向上させた深溝玉軸受1またはスラストころ軸受11を提供することができる。
なお、深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11において、表面からの深さが50μmの領域における第1の窒素富化層の残留オーステナイト量は、11体積%以上25体積%以下であり、表面からの深さが50μmの領域における第2の窒素富化層の残留オーステナイト量は、20体積%以上35体積%以下とされてもよい。
これにより、深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11の寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11の寿命を一層向上させることができる。
さらに、深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11においては、第1の窒素富化層および第2の窒素富化層における窒素含有量は、0.1質量%以上0.7質量%以下であることが好ましい。
これにより深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11の寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11の寿命を一層向上させることができる。
なお、深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11においては、第1の窒素富化層および第2の窒素富化層の表面からの深さが50μmの領域における窒素含有量は、0.1質量%以上0.7質量%以下とされてもよい。
これにより、深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11の寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における深溝玉軸受1およびスラストころ軸受11の寿命を一層向上させることができる。
次に、本実施の形態における転がり軸受の製造方法について説明する。図3は本実施の形態における転がり軸受の製造方法の概略を示す図である。図3を参照して、本実施の形態における転がり軸受の製造方法について説明する。
図3を参照して、まず、軌道輪および転動体の形状に成形された成形部材を準備する成形部材準備工程が実施される。具体的には、たとえば棒鋼などの素材に対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、図1に示した外輪2、内輪3および玉4の形状に成形された成形部材、または図2に示した軌道盤12およびころ14などが準備される。
次に、図3を参照して、軌道輪および転動体が硬化される焼入硬化工程が実施される。具体的には、図1および図2を参照して、成形部材準備工程において準備された成形部材としての外輪2、内輪3、玉4、軌道盤12およびころ14などが焼入硬化される。この焼入硬化工程には、軌道輪および転動体の表層部に窒素富化層を形成するための浸炭窒化処理が含まれている。そして、この浸炭窒化処理を含む焼入硬化工程において、軌道輪に対しては、軌道輪の結晶粒を微細化する熱処理パターンが採用された結晶粒微細化浸炭窒化焼入が実施される。さらに、図3を参照して、焼入硬化された軌道輪および転動体を焼戻す焼戻工程が実施される。この焼入硬化工程および焼戻工程を有する熱処理工程の詳細については後述する。
さらに、図3を参照して、仕上げ工程が実施される。具体的には、焼入硬化および焼戻が実施された軌道輪および転動体に対して研削加工などの仕上げ加工が実施されることにより、軌道輪および転動体が仕上げられる。
そして、図3を参照して、組立工程が実施される。具体的には、たとえば図1を参照して、軌道輪としての外輪2、内輪3および転動体としての玉4と、保持器5などとを組み合わせることにより、転がり軸受としての深溝玉軸受1が組み立てられる。
次に、熱処理工程について詳細に説明する。図4は本実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる軌道輪の熱処理工程の詳細を説明するための図である。図4において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図4において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。図4を参照して、本実施の形態の軌道輪に対して実施される熱処理工程の詳細を説明する。
図4を参照して、成形部材準備工程において準備された成形部材としての軌道輪はA点以上の温度である750℃以上900℃以下の温度T、たとえば845℃に加熱され、30分間以上600分間以下の時間、たとえば150分間保持される。このとき、RXガスにアンモニア(NH)を添加した雰囲気において加熱されることにより、軌道輪の表層部の炭素濃度および窒素濃度は所望の濃度に調整される。その後、軌道輪は、たとえば油中に浸漬されることにより(油冷)、A点以上の温度からM点以下の温度に冷却される。これにより、1次焼入が完了する。
さらに、1次焼入が実施された軌道輪はA点以上の温度である750℃以上830℃以下の温度T、たとえば800℃に再び加熱され、10分間以上150分間以下の時間、たとえば40分間保持される。このとき、浸炭窒化処理において調整された炭素濃度および窒素濃度が所望の濃度となるように、たとえば脱炭を防止するため、たとえばRXガスを含む雰囲気において加熱される。その後、軌道輪は、たとえば油冷されることにより、A点以上の温度からM点以下の温度に急冷されて焼入硬化される。これにより、2次焼入が完了する。
さらに、2次焼入が完了した軌道輪はA点以下の温度である150℃以上350℃以下の温度、たとえば180℃に加熱され、10分間以上300分間以下の時間、たとえば120分間保持されて、その後冷却される。これにより、焼戻が完了する。以上の手順により、本実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる軌道輪の熱処理工程は完了する。
ここで、温度TおよびTは、鋼中に侵入する水素濃度を低減する観点から前述のようにそれぞれ750℃以上900℃以下および750℃以上830℃以下とすることが望ましい。また、温度Tはオーステナイト結晶粒を小さくする観点から、Tよりも低い温度とすることが好ましい。
なお、A点とは鋼を加熱した場合に、鋼の組織がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、M点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。
図5は、本実施の形態の軌道輪に対して実施される熱処理工程の変形例の詳細を示す図である。図5において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図5において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。図5を参照して、本実施の形態の軌道輪に対して実施される熱処理工程の変形例の詳細を説明する。
図5を参照して、本変形例における図5に示す熱処理工程と上述の図4に示す熱処理工程とは基本的には温度条件を含めて同様の工程となっている。しかし、図5の熱処理工程においては浸炭窒化処理に引き続いて油冷を実施して1次焼入を完了するのではなく、まずA変態点以下の温度に冷却した後、室温(常温)まで冷却することなく再びA変態点以上の温度Tに加熱する点において、図4の熱処理工程とは異なっている。
これにより、1度焼入を実施した後に再度温度Tまで加熱する場合に比べて再加熱に要する時間およびエネルギーを小さくすることが可能となるため、製造コストを低減し得る点において有利である。なお、浸炭窒化後に引き続く冷却温度はA変態点よりも低い温度、すなわち鉄のオーステナイトからフェライトへの変態点以下の温度であればよく、たとえば500℃以上600℃以下とすることができる。
上記熱処理工程により、軌道輪には、表層部に窒素富化層が形成される。そして、浸炭窒化処理の後に1度A変態点以下の温度に冷却された後、再度A変態点以上の温度、特に浸炭窒化温度Tよりも低い温度Tに加熱され、その後急冷されている。これにより、結晶粒が微細化され、残留オーステナイト量が適量に調整され、水素含有量が抑制され得る、結晶粒微細化浸炭窒化焼入を実施することができる。その結果、窒素富化層におけるオーステナイト結晶粒の粒度番号は10番を超えており、かつ軌道輪における水素含有量は0.5ppm以下とすることができる。さらに、窒素富化層、特に表面からの深さが50μmの領域における残留オーステナイト量を、11体積%以上25体積%以下とすることができる。また、窒素富化層、特に表面からの深さが50μmの領域における窒素含有量を、0.1質量%以上0.7質量%以下とすることができる。
図6は本実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる転動体の熱処理工程の詳細を説明するための図である。図6において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図6において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。図6を参照して、本実施の形態の転動体に対して実施される熱処理工程の詳細を説明する。
図6を参照して、成形部材準備工程において準備された成形部材としての転動体はA点以上の温度である750℃以上900℃以下の温度、たとえば850℃に加熱され、30分間以上600分間以下の時間、たとえば150分間保持される。このとき、RXガスにアンモニア(NH)を添加した雰囲気において加熱されることにより、転動体の表層部の炭素濃度および窒素濃度は所望の濃度に調整される。その後、転動体は、たとえば油中に浸漬されることにより(油冷)、A点以上の温度からM点以下の温度に冷却される。これにより、焼入が完了する。
さらに、焼入が完了した転動体はA点以下の温度である150℃以上350℃以下の温度、たとえば180℃に加熱され、10分間以上300分間以下の時間、たとえば120分間保持されて、その後冷却される。これにより、焼戻が完了する。以上の手順により、本実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる転動体の熱処理工程は完了する。
上記熱処理工程により、転動体には、表層部に窒素富化層が形成される。そして、軌道輪の熱処理とは異なり、浸炭窒化処理の後、A変態点以上の温度から直接急冷されている。これにより、軌道輪の熱処理と比較して窒素富化層、特に表面からの深さが50μmの領域におけるの窒素含有量を増加させ、残留オーステナイト量を多くすることができる。その結果、窒素富化層、特に表面からの深さが50μmの領域における残留オーステナイト量を、20体積%以上35体積%以下とすることができる。また、窒素富化層、特に表面からの深さが50μmの領域における窒素含有量を、0.1質量%以上0.7質量%以下とすることができる。
上述の熱処理が実施された軌道輪および転動体を組み合わせて転がり軸受を製造することにより、寿命、特に潤滑油中に異物が混入する環境における寿命に優れた本発明の転がり軸受を製造することができる。
なお、本実施の形態においては、転動体が単列に配置された転がり軸受について説明したが、本発明の転がり軸受はこれに限られず、たとえば転動体が複列に配置されたものであってもよい。
以下、本発明の実施例について説明する。本発明の転がり軸受である深溝玉軸受と従来の深溝玉軸受とについて潤滑油に異物が混入する環境における寿命を比較する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
JIS規格SUJ2材(1.0質量%C−0.25質量%Si−0.4質量%Mn−1.5質量%Cr)を素材として用いて、本発明の実施例および従来品である比較例の深溝玉軸受6206(JIS B 1513に記載)を作製した。実施例および比較例の製造工程は基本的に同様であり、熱処理のみが異なっている。すなわち、実施例の深溝玉軸受の外輪および内輪は、RXガスとアンモニア(NH)ガスとの混合ガス雰囲気中において845℃の温度で150分間保持することにより浸炭窒化された。熱処理パターンは図4に示す熱処理工程が採用され、浸炭窒化処理温度である845℃から1次焼入された後、浸炭窒化処理温度より低い温度域である800℃に再度加熱され、その後急冷されることにより2次焼入が実施された。さらに、180℃の温度で120分間保持されることにより、焼戻が実施された。
また、実施例の深溝玉軸受の転動体である玉は、RXガスとアンモニア(NH)ガスとの混合ガス雰囲気中において850℃の温度で150分間保持することにより浸炭窒化された。熱処理パターンは図6に示す熱処理工程が採用され、浸炭窒化処理温度である850℃から焼入された後、180℃の温度で120分間保持されることにより、焼戻が実施された。
一方、比較例の深溝玉軸受については、外輪、内輪および玉については、浸炭窒化処理は実施されず、850℃に加熱された後、急冷されることにより焼入が実施され、180℃の温度で120分間保持されることにより、焼戻が実施された。
上記実施例および比較例の深溝玉軸受について、接触面圧Pmax=2700MPa、回転速度4000rpm、潤滑油VG10の油浴給油、異物粒径50μm以下90質量%と100μm以上180μm以下10質量%との混合、異物の硬さ800HV、異物量0.3g/1000ccの条件で転がり寿命試験を実施した。
図7は、本実施例の転がり寿命試験の試験結果を示す図である。図7において、横軸は破損までの時間であり、縦軸は累積破損確率である。また、両軸とも対数表示されている。なお、矢印の付されたデータは、表示されたデータ点に該当する時間を経過しても軸受の破損が起こらず、試験を中止したデータ(サスペンドデータ)である。図7を参照して、本実施例の転がり寿命試験の試験結果について説明する。
図7を参照して、実施例の軸受は試験に供した6個の軸受のうち、4個の軸受が所定時間経過後も破損せず、サスペンドデータとなっている。一方、比較例の軸受は試験に供した6個の軸受のすべてが破損した。そして、統計的に10%の軸受が破損するまでの寿命(L10寿命;図7において、実施例および比較例の各データ点から最小二乗法に基づく直線を求め、当該直線において累積破損確率が10%に相当する点における寿命)を実施例と比較例とで比較すると、実施例の軸受のL10寿命は比較例の軸受のL10寿命に対して7倍以上となっていた。このことから、潤滑油中に異物が混入する環境において、本発明の転がり軸受は従来の転がり軸受の7倍以上の寿命を有していることが分かった。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
本発明の転がり軸受は、潤滑油中に異物が混入し得る環境で使用される転がり軸受に特に有利に適用され得る。
本発明の一実施の形態における転がり軸受としての深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。 本実施の形態の転がり軸受の変形例であるスラストころ軸受の構成を示す概略断面図である。 本実施の形態における転がり軸受の製造方法の概略を示す図である。 本実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる軌道輪の熱処理工程の詳細を説明するための図である。 本実施の形態の軌道輪に対して実施される熱処理工程の変形例の詳細を示す図である。 本実施の形態における転がり軸受の製造方法に含まれる転動体の熱処理工程の詳細を説明するための図である。 本実施例の転がり寿命試験の試験結果を示す図である。
符号の説明
1 深溝玉軸受、2 外輪、2A 外輪転走面、3 内輪、3A 内輪転走面、4 玉、5 保持器、11 スラストころ軸受、12 軌道盤、12A 転走面、14 ころ、15 保持器。

Claims (4)

  1. 軌道輪と、
    前記軌道輪に接触し、かつ円環状の軌道上に配置された複数の転動体とを備え、
    前記軌道輪の表層部には窒素富化層が形成されており、
    前記窒素富化層におけるオーステナイト結晶粒の粒度番号は10番を超えており、
    前記軌道輪の水素含有量は0.5ppm以下であり、
    前記転動体の表層部には前記軌道輪の窒素富化層よりも窒素含有量の多い窒素富化層が形成されている、転がり軸受。
  2. 前記軌道輪の窒素富化層における残留オーステナイト量は、11体積%以上25体積%以下であり、
    前記転動体の窒素富化層における残留オーステナイト量は、20体積%以上35体積%以下である、請求項1に記載の転がり軸受。
  3. 前記軌道輪の窒素富化層および前記転動体の窒素富化層における窒素含有量は、0.1質量%以上0.7質量%以下である、請求項1または2に記載の転がり軸受。
  4. 前記軌道輪は、環状の外輪と、前記外輪の内側に配置された環状の内輪から構成され、
    前記転動体は、前記外輪の内周面と、前記内輪の外周面とに接触して配置された玉である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の転がり軸受。
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