以下、図面を参照して、本発明による実施形態のモスアイ用型およびその製造方法を説明するが、本発明は例示する実施形態に限定されない。なお、ここでは、基板(例えばガラス基板)上に、薄膜堆積技術を用いて形成されたアルミニウム膜を用いたアルミニウム基材の例を説明するが、アルミニウム基材は、アルミニウムのバルク材であってもよい。
本発明による実施形態の型の製造方法は、図1(b)〜(d)に示すように、アルミニウム基材10の表面(アルミニウム膜18の表面18s)を陽極酸化することによって、複数の微細な凹部14pを有するポーラスアルミナ層14を形成する工程(図1(b))と、ポーラスアルミナ層14をエッチング液に接触させることによって、ポーラスアルミナ層14の複数の微細な凹部14pを拡大させる工程(図1(c))と、表面をさらに陽極酸化することによって、複数の微細な凹部14pを成長させる工程(図1(d))とを包含する。本発明による実施形態の型の製造方法では、2回目の陽極酸化の印加電圧が1回目の陽極酸化の印加電圧より大きい点に1つの特徴がある。本発明による実施形態の型の製造方法によると、表面の法線方向から見たときの2次元的な大きさが50nm以上500nm未満の複数の凹部を有する、反転されたモスアイ構造を表面に有する型を製造することができる。以下、図1(a)〜(e)を参照して、本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法を説明する。
まず、図1(a)に示すように、ガラス基板16と、ガラス基板16上に堆積されたアルミニウム膜18とを有するアルミニウム基材10を用意する。例えば、ガラス基板16に、真空蒸着法またはスパッタ法を用いて、厚さ1μmのアルミニウム膜18を形成したアルミニウム基材10を用意する。
次に、図1(b)に示すように、基材10の表面(アルミニウム膜18の表面18s)を陽極酸化することによって複数の細孔14p(微細な凹部)を有するポーラスアルミナ層14を形成する。ポーラスアルミナ層14は、細孔14pを有するポーラス層と、バリア層とを有している。ポーラスアルミナ層14は、例えば、酸性の電解液中で表面18sを陽極酸化することによって形成される。ポーラスアルミナ層14を形成する工程で用いられる電解液は、例えば、蓚酸、酒石酸、燐酸、クロム酸、クエン酸、リンゴ酸からなる群から選択される酸を含む水溶液である。例えば、後述する実施例1のように、アルミニウム膜18の表面18sを、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、印加電圧80Vで25秒間陽極酸化を行うことにより、ポーラスアルミナ層14を形成する。
次に、図1(c)に示すように、ポーラスアルミナ層14をアルミナのエッチャントに接触させることによって所定の量だけエッチングすることにより細孔14pの孔径を拡大する。ここで、ウェットエッチングを採用することによって、細孔壁およびバリア層をほぼ等方的にエッチングすることができる。エッチング液の種類・濃度、およびエッチング時間を調整することによって、エッチング量(すなわち、細孔14pの大きさおよび深さ)を制御することができる。エッチング液としては、例えば10質量%の燐酸や、蟻酸、酢酸、クエン酸などの有機酸の水溶液やクロム燐酸混合水溶液を用いることができる。例えば、後述する実施例1のように、燐酸(1mol/L(リットル)、30℃)を用いて25分間エッチングを行う。
次に、図1(d)に示すように、再び、アルミニウム膜18を部分的に陽極酸化することにより、細孔14pを深さ方向に成長させるとともにポーラスアルミナ層14を厚くする。2回目の陽極酸化工程では、1回目の陽極酸化工程で印加した電圧よりも高い電圧を印加する。例えば、後述する実施例1のように、2回目の陽極酸化工程では、1回目の陽極酸化工程で印加した電圧80Vより高い90Vを印加して、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、18秒間陽極酸化を行うことによって細孔14pを成長させる。2回目の陽極酸化工程で1回目の陽極酸化工程より印加電圧を高くすることにより、後に詳述するように、2回目の陽極酸化工程において、1回目の陽極酸化工程で形成された細孔の内面に複数の微細孔が形成された構造(以下では、「複数の微細孔が形成された細孔」ともいう。)を生じ難くすることができる。2回目の陽極酸化工程は1回目の陽極酸化工程と同じ電解液中で行えばよい。
さらにこの後、必要に応じて、ポーラスアルミナ層14をアルミナのエッチャントに接触させることによってさらにエッチングすることにより細孔14pの孔径をさらに拡大する。エッチング液としては、ここでも上述したエッチング液を用いることが好ましく、現実的には、同じエッチング液を用いればよい。
このように、上述した陽極酸化工程およびエッチング工程を繰り返すことによって、図1(e)に示すように、所望の凹凸形状を有するポーラスアルミナ層14を有するモスアイ用型100Aが得られる。なお、反射防止性能の優れた反射防止膜を形成するためには、細孔14pは、表面の法線方向から見たときの2次元的な大きさが10nm以上500nm未満であることが好ましく(上記特許文献1、2および4)、50nm以上500nm未満であることがさらに好ましい。
本発明者が陽極酸化およびエッチングを繰り返してモスアイ用型を作製したところ、1回目の陽極酸化で形成された細孔内に2回目の陽極酸化工程で複数の微細孔が形成されることがあった。本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法によれば、2回目の陽極酸化の印加電圧を1回目の陽極酸化の印加電圧より大きくすることにより、複数の微細孔が形成された細孔の数を低減できる。以下、このことを詳細に説明する。
まず、図2を参照して、1回目の陽極酸化工程の印加電圧と2回目の陽極酸化工程の印加電圧とを同じにした従来のモスアイ用型の製造方法、および1回目と2回目の陽極酸化工程の印加電圧が同じである場合に複数の微細孔が形成された細孔が多く生じたことを説明する。
まず、図2(a)に示すように、ガラス基板56と、ガラス基板56上に堆積されたアルミニウム膜58とを有するアルミニウム基材50を用意する。
次に、図2(b)に示すように、基材50の表面(アルミニウム膜58の表面58s)を陽極酸化することによって複数の細孔54pを有するポーラスアルミナ層54を形成する。例えば、後述する比較例1のように、アルミニウム膜58の表面58sを、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、印加電圧80Vで陽極酸化を行うことにより、ポーラスアルミナ層54を形成する。
次に、図2(c)に示すように、ポーラスアルミナ層54をエッチングすることにより細孔54pの孔径を拡大する。
次に、図2(d)に示すように、再び、アルミニウム膜58を部分的に陽極酸化することにより、細孔54pを深さ方向に成長させるとともにポーラスアルミナ層54を厚くする。2回目の陽極酸化工程で印加する電圧は、1回目の陽極酸化工程で印加した電圧と同じである。例えば、後述する比較例1のように、2回目の陽極酸化工程では、1回目の陽極酸化工程で印加した電圧と同じ大きさの80Vを印加する。
この後、エッチング工程および陽極酸化工程を繰り返し、図2(e)に示すモスアイ用型200Aが得られる。
本発明者が、1回目の陽極酸化工程の印加電圧と2回目の陽極酸化工程の印加電圧とを同じにしてモスアイ用型を作製したところ、図2(d)に模式的に示す細孔54p’のように、1回目の陽極酸化工程(図2(b))で形成した複数の細孔の一部において、内面に複数の微細孔が形成されることがあった。このように、複数の微細孔が形成された細孔が生じる原因は以下のように説明できると考えられる。なお、以下では、細孔54p’の構造を「1つの細孔に微細孔が形成された構造」あるいは、「複数の微細孔が形成された細孔」と称することとする。
まず、一定電圧を印加する陽極酸化によってポーラスアルミナ層が形成されるメカニズムを説明する。一般に、一定電圧を印加する陽極酸化によってポーラスアルミナ層が形成されるメカニズムは以下の4つのモードI〜IVに分けて説明されている。
モードI:陽極酸化の初期の段階では、アルミニウムの表面に薄いバリア層ができる。アルミニウムの表面が平坦であると、平坦な薄いバリア層が均一に形成される。全体の電流密度は単調に減少する。
モードII:バリア層が厚くなる過程でバリア層の体積膨張により表面に凹凸が形成される。表面に凹凸が形成されると、それに伴いバリア層に印加される電界の強度に分布ができる(同時に電流密度にも分布ができる)。その結果、局所溶解が起こる。
モードIII:電界が集中する凹部では、電界および/または局所的な温度上昇によって電解液の溶解力が高まり、細孔が形成される。細孔の底部はおわん形になり、溶解が起こる界面の面積が増大する結果、全体の電流密度が上昇する。
モードIV:一部の細孔の成長は止まり、他の細孔は成長する。細孔の数は一定になり、安定に成長を続ける。全体の電流密度は再び低下する。このとき、バリア層の厚さは変化しない。バリア層の厚さは、陽極酸化における印加電圧で決まる。
ここで、細孔の安定成長過程を経て得られたポーラスアルミナ層における細孔間隔の大きさは、印加電圧の大きさに依存することが知られている。
細孔内に複数の微細孔が形成されやすくなったのは、以下に示すように、1回目の陽極酸化後にエッチングを行ったことにより、バリア層が薄くなることおよび細孔底部が拡大されることに起因すると考えられる。
エッチング工程を行いバリア層が薄くなったことにより、細孔内で、陽極酸化がモードIIから新たに進行したため、新たに微細孔が形成されたと考えられる。1回目の陽極酸化ではモードIII〜IVに達していると考えられるが、バリア層が薄くなったことにより、2回目の陽極酸化においては、モードIIIの前の状態に戻ったようになると考えられる。その結果、2回目の陽極酸化において細孔内で新たにモードII〜IIIあるいはII〜IVが進行し、新たに微細孔が形成されたと考えられる。
また、エッチング工程を行うと細孔底部が拡大されることによって、複数箇所に、上記の新たな微細孔が形成されやすくなったと考えられる。エッチングで細孔底部が拡大されることにより、底部の曲率が小さくなる。従って、エッチングを行わなかった場合に比べ、比較的高い電界が印加される範囲が広がると考えられる。この場合、例えば細孔底部に微小な凹凸形状があるときには、凹凸形状をきっかけとして、電界に分布が生じて複数箇所に電界が集中し、複数箇所で局所溶解が生じたと考えられる。
また、1回目と2回目の陽極酸化の印加電圧が同じであると、1回目の陽極酸化で形成された細孔内に複数の微細孔が形成されやすくなったのは、以下のようにも考えられる。1回目の陽極酸化で形成された細孔内に複数の微細孔が形成されるためには、1回目の陽極酸化で形成されたポーラスアルミナ層の細孔間隔よりも小さい間隔で細孔が形成される必要がある。ここで、陽極酸化時において、アルミニウム基材の表面に実際に印加される電圧(実効電圧)には、分布があると考えられる。この実効電圧の分布は、例えば、電解液の局所的な濃度分布に起因すると考えられる。実効電圧が小さいほど小さい間隔で細孔が形成されやすくなるので、2回目の陽極酸化において実効電圧が比較的低い、アルミニウム基材の表面の部分では、1回目の陽極酸化で形成された細孔内に小さい間隔で微細孔が新たに形成されやすくなったと考えられる。
エッチングを行ったことにより、上記の実効電圧が比較的低い部分では、微細孔が新たに形成されやすかったと考えられる。2回目の陽極酸化が進行するには、2回目の陽極酸化が、細孔底部の既に形成されているバリア層の厚さよりも厚いバリア層を形成する条件下で行われる必要がある。2回目の陽極酸化が、細孔底部の既に形成されているバリア層の厚さよりも薄いバリア層を形成する条件下で行われる場合、アルミニウム基材に十分な電流が供給されないので、陽極酸化は進行しないからである。一般に、細孔間隔とバリア層の厚さとの間には概ね比例関係が成立するので、微細孔が新たに形成されるには、薄いバリア層が形成される陽極酸化が進行する必要がある。上記のように、モスアイ用型の製造工程においては、1回目の陽極酸化後にエッチングを行ったことによりバリア層が薄くなるので、比較的電圧が低い部分であっても、微細孔が形成される陽極酸化が進行しやすかったと考えられる。
本発明による実施形態の製造方法では、2回目の印加電圧を上げることにより、細孔内に複数の微細孔が形成され難くすることができる。上記の複数の微細孔が形成された細孔では、1回目の陽極酸化で形成された細孔内に小さい間隔で微細孔が形成されていると考えることができる。上述したように、細孔の安定成長過程を経て得られたポーラスアルミナ層における細孔間隔の大きさは印加電圧の大きさに依存する。印加電圧が大きいと、細孔間隔が大きいポーラスアルミナ層が形成される。2回目の陽極酸化で印加電圧を上げることにより、小さい間隔で微細孔が形成され難くなるので、1回目の陽極酸化で形成された細孔内に複数の微細孔が形成され難くなる。
また、2回目の陽極酸化の印加電圧を上げることにより、上記の、比較的電圧が低く、微細孔が新たに形成されやすい部分の実効電圧が高くなるので、細孔内に、2回目の陽極酸化で複数の微細孔が形成され難くなるとも考えられる。
本発明者が、モスアイ用型200A(図2(e))のような複数の微細孔が形成された細孔が比較的多く形成された型を用いて反射防止膜を作製すると、後述するように、被転写物の表面の複数の突起(「複数の凸部」ともいう。)同士がくっついて束になるスティッキング現象が発生しやすくなるという問題が発生した。本発明による実施形態の製造方法により作製されたモスアイ用型100A(図1(e))は、モスアイ用型200Aに比べ、複数の微細孔が形成された細孔が少ないので、モスアイ用型100Aを用いて反射防止膜を作製した場合、モスアイ用型200Aを用いた場合に比べ、スティッキング現象の発生する箇所の数密度を小さくできるという利点がある。
本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法は、所望のアスペクト比を有するモスアイ用型の製造にも用いることができる。アスペクト比を小さくすることにより、上記のスティッキングの発生を抑制できる。ここで、モスアイ用型のアスペクト比とは、細孔の2次元的な大きさ(直径)に対する深さの比である。なお、細孔のアスペクト比は、例えば、陽極酸化時間を調整することで細孔の深さを調整することにより調節できる。アスペクト比とスティッキング密度との関係を調べた実験は後に詳述する。
次に、複数の微細孔が形成された細孔の数密度について説明する。複数の微細孔が形成された細孔の数密度は、例えば、1回目の陽極酸化の印加電圧と2回目の陽極酸化の印加電圧との差を調整することにより、変化させることができる。例えば後述する実施例1および2で示すように、複数の微細孔が形成された細孔の数密度は、1回目の印加電圧80Vに対し、2回目の印加電圧を90Vとした実施例1(複数の微細孔が形成された細孔の数密度:2.44)に比べ、2回目の電圧を100Vとした実施例2(複数の微細孔が形成された細孔の数密度:0.81)のほうが小さくすることができた。また、実施例1および2では、2回目の陽極酸化の印加電圧を1回目の陽極酸化の印加電圧より大きくすることにより、2回目の陽極酸化工程後のポーラスアルミナ層の微細な凹部の数密度(細孔および細孔内に形成された微細孔を含む全ての微細な凹部の数密度)を、1回目の陽極酸化後の微細な凹部の数密度の1.26倍未満とすることができた。
また、1回目の陽極酸化の印加電圧と2回目の陽極酸化の印加電圧との差は、1回目の陽極酸化の印加電圧の8分の1以上であることが好ましく、4分の1以上であることがさらに好ましい。なお、2回目の陽極酸化の印加電圧が1回目の陽極酸化の印加電圧より少しでも大きければ、複数の微細孔が形成された細孔の数密度を低減できる。
なお、一般に、陽極酸化の印加電圧が比較的大きい(例えば150V程度)と、アルミニウム膜の断線が発生することがある。従って、2回目の陽極酸化の印加電圧は、150Vを超えない範囲で大きくすることが好ましい。
次に、各工程におけるポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度について説明する。制御性の観点から、1回目の陽極酸化工程におけるポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度は、35nm/sec以下であることが好ましい。本発明者の検討によると、ポーラスアルミナ層の成長速度が35nm/sec超であった場合に、アルミニウム基材の表面全体を均一に陽極酸化することができないことがあった。また、生産性の観点からは、1回目の陽極酸化工程におけるポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度は、0.5nm/sec以上であることが好ましい。同様の理由から、2回目の陽極酸化工程におけるポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度は、0.5nm/sec以上35nm/sec以下であることが好ましい。なお、一般に、ポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度は、例えば、電解液の種類、電解液の濃度および印加電圧により変化し得る。電解液の種類および濃度が同じであれば、印加電圧が高いほど、ポーラスアルミナ層の成長速度は大きくなる。また、印加電圧が同じであれば、電解液の濃度が高いほど成長速度は大きくなる。上記のように、本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法においては、1回目および2回目の陽極酸化は同じ電解液中で行えばよい。このとき、本発明による実施形態の製造方法では2回目の陽極酸化工程の印加電圧は1回目の陽極酸化工程の印加電圧より大きいので、2回目の陽極酸化工程のポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度は1回目の陽極酸化工程のポーラスアルミナ層の厚さ方向の成長速度より大きくなる。なお、後述する実施例1、2、比較例1の陽極酸化では、ポーラスアルミナ層の成長速度は、3.6〜9.0nm/secであった。
次に、ポーラスアルミナ層の空隙率の好ましい範囲を説明する。モスアイ用型100A(図1(e))としては、空隙率は、75%以上95%以下であることが好ましい。モスアイ用型100Aでの空隙率を75%以上95%以下とするには、例えば、後述する実施例1および2のように、陽極酸化工程とエッチング工程とを交互に5回(陽極酸化を5回、エッチングを4回)行うことによりモスアイ用型100Aを作製する場合、エッチング工程を1回行うごとに、空隙率が16%以上28%以下増大することが好ましい。なお、本明細書において、ポーラスアルミナ層の空隙率とは、開口面において、細孔の開口部が、単位面積あたりに占める面積の割合をいう。空隙率は、細孔の開口部が円であると近似して算出した。すなわち、ポーラスアルミナ層の表面のSEM像から、細孔の半径を測定し、その半径から円の面積を算出して空隙率を求めた。
本発明による実施形態の製造方法において、細孔間隔(細孔の中心間隔)を大きくする(例えば180nm以上)には上記の1回目の陽極酸化工程の前に、バリア型アルミナ層を形成することが好ましい。バリア型アルミナ層を形成する方法、バリア型アルミナ層を形成する実験例は後述する。
以下に、実施例と比較例を示し、本発明による実施形態の陽極酸化層の形成方法をより詳細に説明する。
(実施例1−2、比較例1)
実施例1および2のモスアイ用型は、図1(e)に示したモスアイ用型100Aの構成を有する。図1(a)〜(e)を参照して説明した製造工程を、以下のように行った。なお、実施例1および2は、2回目以降の陽極酸化で印加する電圧および処理時間が互いに異なる。
基材10(図1(a))として、5cm角のガラス基板16(厚さ0.7mm)の上に、スパッタ法で厚さ1μmのアルミニウム膜18を成膜して作製した基材を用いた。なお、アルミニウム膜18は、厚さが200nmのアルミニウム層を堆積する工程を5回行うことにより形成した。
基材10を用いて、陽極酸化工程とエッチング工程とを交互に5回(陽極酸化を5回、エッチングを4回)行うことによりモスアイ用型100Aを作製した。実施例1および2のいずれにおいても、1回目の陽極酸化工程は、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、80Vの電圧を印加して25秒間行った。2回目以降の陽極酸化工程は、1回目の陽極酸化工程と同じ電解液を用いて、実施例1では印加電圧90Vで18秒間、実施例2では印加電圧100Vで10秒間行った。エッチング工程は、燐酸水溶液(濃度1mol/L、液温30℃)を用いて25分間行った。
比較例1は、全ての陽極酸化工程を同じ電圧を印加して行った点が実施例1および2と異なる。5回の陽極酸化工程は、いずれも、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、80Vの電圧を印加して25秒間行った。エッチング工程は、実施例1および2のエッチング条件と同じであった。
実施例1、2、比較例1の2回目以降の陽極酸化時間は、実施例1、2、比較例1のいずれの型のポーラスアルミナ層の細孔の深さも同程度(200nm程度)となるように調整した。
実施例1、2、比較例1のモスアイ用型の表面のSEM像を、それぞれ図3(a)、(b)、(c)に示す。図3(a)〜(c)に示すように、実施例1、2、比較例1のいずれにおいても、表面全体に複数の略円錐状の細孔が形成されたモスアイ用型が得られた。図3(c)を見ると、比較例1のモスアイ用型のポーラスアルミナ層には、2〜3個程度の微細孔が形成された細孔が多く生じたことがわかる。図3(c)と、図3(a)および(b)とを比較するとわかるように、比較例1のモスアイ用型には、このような複数の微細孔が形成された細孔が、実施例1および2に比べ多く見られる。
図3(a)〜(c)に示す範囲(3μm×2μm(=6μm2))において算出した複数の微細孔が形成された細孔の個数および数密度を表1に示す。
表1に示すように、実施例1および2のいずれも比較例1のモスアイ用型に比べ、複数の微細孔が形成された細孔の数密度を小さくすることができた。このように、2回目の陽極酸化の印加電圧を1回目の陽極酸化の印加電圧より大きくすることにより、1回目と2回目の陽極酸化の印加電圧を同じにした場合に比べ、複数の微細孔が形成された細孔の数が減った。また、実施例1と2とを比較すると、実施例2の方が、実施例1より複数の微細孔が形成された細孔の数密度が小さくなった。
すなわち、1回目に比べて2回目の電圧が高いほど、複数の微細孔が形成された細孔の数密度が小さくなる。これは以下のように考えられる。上述したように、ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化においては、印加電圧が大きいほど、細孔間隔が大きいポーラスアルミナ層が形成される。1回目の陽極酸化で形成された細孔内に微細孔が形成されるためには、1回目の細孔間隔よりも小さい間隔で細孔が形成される必要がある。従って、2回目の電圧が大きい程、小さい間隔で細孔が形成され難くなる結果、複数の微細孔が形成された細孔の数密度が小さくなったと考えられる。
実施例2の方が複数の微細孔が形成された細孔の数密度を小さくすることができた理由は、以下のようにも説明できる。上述したように、陽極酸化時にアルミニウム基材に実際に印加される電圧(実効電圧)には分布があり、実効電圧が比較的低い部分では、1回目の陽極酸化で形成された細孔内に複数の微細孔が形成されやすくなると考えられる。実施例2の方が、2回目の陽極酸化の印加電圧が大きかったので、実施例1に比べ、複数の微細孔が新たに形成され得る部分(実効電圧が比較的低い部分)の実効電圧が大きくなることにより、微細孔が新たに形成され難くなったと考えられる。その結果、実施例1に比べ、複数の微細孔が新たに形成され得る細孔の数を減らすことができたと考えられる。
また、比較例1のモスアイ用型では、1回目の陽極酸化で1μm2あたり30個程度の細孔が形成された。複数の微細孔が形成された細孔の数密度は8.14個/μm2であったので、2回目の陽極酸化工程後のポーラスアルミナ層の微細な凹部の数密度(細孔および細孔内に形成された微細孔を含む全ての微細な凹部の数密度)は、1回目の陽極酸化後の微細な凹部の数密度の1.26倍となった。実施例1および2では、2回目の陽極酸化での微細な凹部の増加割合は、それぞれ、1.08倍および1.03倍であった。実施例1および2では、2回目の陽極酸化の印加電圧を大きくすることにより、2回目の陽極酸化での微細な凹部の増加割合を1.26倍未満とすることができた。
また、後に詳述するように、実施例1、2、比較例1のモスアイ用型を用いて反射防止膜を作製したところ、比較例1のモスアイ用型を用いて得られた反射防止膜に比べ、実施例1、2のモスアイ用型を用いて得られた反射防止膜は、スティッキング密度(2つ以上の凸部同士が接触した箇所の数密度)を低減できた。
次に、図4を参照して、本発明の実施形態の製造方法により作製したモスアイ用型100Aを用いた反射防止膜の製造方法を説明する。
まず、図4に示すように、モスアイ用型100Aを用意する。
次に、被加工物42の表面と、型との間に、紫外線硬化樹脂32を付与した状態で、紫外線硬化樹脂32に紫外線(UV)を照射することによって紫外線硬化樹脂32を硬化する。紫外線硬化樹脂32は、被加工物42の表面に付与しておいてもよいし、型の型面(モスアイ構造を有する面)に付与しておいてもよい。紫外線硬化樹脂としては、例えばアクリル系樹脂を用いることができる。
その後、被加工物42からモスアイ用型100Aを分離することによって、モスアイ用型100Aの凹凸構造が転写された紫外線硬化樹脂32の硬化物層が被加工物42の表面に形成される。
なお、モスアイ構造を構成する凸部としては、直径が50nm以上500nm以下である底面を有することが好ましい。また、凸部は、不要な回折光の発生を防止するために、周期性を有しないように配置されていることが好ましい。ここで、「周期性を有しない」とは、例えば、複数の凸部のうちのある凸部の頂点とある凸部の頂点に最も近い凸部の頂点との距離が、複数の凸部のうちの別の凸部の頂点と別の凸部の頂点に最も近い凸部の頂点との距離と異なることである。また、「周期性を有しない」とは、例えば、ある細孔の重心からその細孔に隣接する全ての細孔のそれぞれの重心に向けたベクトルの総和がベクトルの全長の5%以上であれば、実質的に周期性を有しないと言える。
また、モスアイ構造を構成する凸部の形状は円錐状であることが好ましい。凸部が円錐状であると、反射防止作用を向上させることができる。従って、モスアイ用型の細孔の形状は円錐状であることが好ましい。また、モスアイ用型100Aのポーラスアルミナ層の細孔の、表面の法線方向から見たときの2次元的な大きさは、細孔間隔(細孔の中心間隔)とほぼ同じである。反射防止性能の優れた反射防止膜を作製するためには、細孔の2次元的な大きさおよび細孔間隔は、50nm以上500nm未満であることが好ましい。細孔の形状や大きさは、陽極酸化の条件、回数および/またはエッチングの条件や回数等を調節することによって、変更することができる。
比較例1のように、1回目の陽極酸化工程の印加電圧と2回目の陽極酸化工程の印加電圧とを同じにした従来の製造方法により作製したモスアイ用型を用いて、上記の反射防止膜の製造方法と同様の方法により反射防止膜を作製したところ、被転写物の表面の複数の突起同士がくっついて束になるスティッキング現象が多く発生した。スティッキング現象が発生する箇所が多いと、後述するように、無彩色からの色差ΔEが大きくなってしまうという問題があった。
図5に、スティッキングが発生した、被加工物の表面の部分の斜視SEM像を示す。図5は、後述する反射防止膜300Cの表面の一部である。なお、説明のため、反射防止膜300Cの表面を水拭きすることにより、スティッキングを多く発生させた。図5に示すように、被加工物の表面では、複数の突起(2〜5個)が撓んで接触している。なお、図5に示す反射防止膜の表面のモスアイ構造は、底面の直径の平均値が180nmであり、高さの平均値が200nmである。
比較例1のモスアイ用型200Aのように、1つの細孔に複数の微細孔が形成された部分が多いと、被加工物の表面では複数の突起が接触しやすい。1つの細孔に複数の微細孔が形成された部分では、隣接する孔(微細孔)同士の間隔が小さい。従って、この構造を転写すると、被加工物の表面の突起同士が接触しやすくなる。また、複数の微細孔が形成された細孔(図2(d)に示す54p’)では、複数の微細孔は、細孔の内面に対して垂直に形成されるので、型面に対しては斜めに形成されることとなる。スティッキングは、突起同士が撓んで(すなわち、斜めに傾いて)接触することにより発生するので、斜めに形成された微細孔が転写されてできた突起はスティッキングの発生原因となりやすいと考えられる。
次に、実施例1、2および比較例1のモスアイ用型を用いて作製した反射防止膜(以下、それぞれ、反射防止膜110A、110B、210Aと称する。)のスティッキングの個数(数密度)、散乱光強度を調べるとともに、散乱光強度の波長分散から散乱光の色を評価した実験結果を説明する。
実施例1および2のモスアイ用型(モスアイ用型100A)を用いて、図4を参照して説明した方法により反射防止膜110A、110Bを作製した。被加工物42として、TACフィルムを用いた。TACフィルムの表面と、型との間に、紫外線硬化樹脂を付与した状態で、紫外線硬化樹脂に紫外線(2J/cm2)を照射することによって紫外線硬化樹脂を硬化した。なお、TACフィルムは、気泡が入らないようにローラで貼り合せた。その後、TACフィルムからモスアイ用型を分離することによって、モスアイ用型の凹凸構造が転写された紫外線硬化樹脂の硬化物層がTACフィルム上に形成された反射防止膜が得られた。
反射防止膜110Aおよび110Bの表面のSEM像を、それぞれ図6(a)および(b)に示し、スティッキングの個数および密度を表2に示す。図6(a)、(b)のSEM像から、複数の突起が接触した構造をスティッキングとして個数および密度を算出した。図6(a)および(b)に示す範囲におけるスティッキングの個数は、それぞれ、6および1であった。スティッキングの個数から、図6(a)および(b)に示す範囲(4μm×5μm(=20μm2))における、反射防止膜110Aおよび110Bの表面のスティッキングの数密度(2つ以上の突起が接触した箇所の数密度)を算出したところ、それぞれ、0.3および0.05であった。
また、比較例1のモスアイ用型(モスアイ用型200A)を用いて、上記と同様の方法により、反射防止膜210Aを作製した。反射防止膜210Aの表面のSEM像(図6(c))から、スティッキングの個数および密度を算出したところ、それぞれ、22および1.1であった。
従って、実施例1および2のモスアイ用型を用いることにより、比較例1に比べ、スティッキングの発生を低減できた。また、実施例2のモスアイ用型を用いて作製した反射防止膜のスティッキング密度は、実施例1に比べ小さかった。このことは、実施例2のモスアイ用型のほうが複数の微細孔が形成された細孔が少なかったことに起因すると考えられる。
次に、反射防止膜110A、110Bおよび210Aによる散乱光強度の波長依存性を調べた結果を、図7及び図8を参照して説明する。
図7は、反射防止膜110Aの散乱光強度の測定系を模式的に示す図である。図7に示すように、反射防止膜110Aを透明アクリル板46に固定し、透明アクリル板46の裏面に対してθ1(ここでは30°)の角度に設置した光源54から光を照射し、透明アクリル板46の表面に対してθ2(ここでは30°)の角度に設置した輝度計52(超低輝度分光放射計(SR−UL1、TOPCON社製))を用いて散乱光強度を測定した(図7に、散乱光を矢印で模式的に示す。)。光源54として、標準光D65を用いた。透明アクリル板46に対して、光源54の反対側、および輝度計52の反対側に、それぞれ、吸収体56aおよび56bを配置した。なお、θ1およびθ2を30°としたのは、正反射成分を除去するためである。また、光源54の反対側、および輝度計52の反対側に、それぞれ、吸収体56aおよび56bを配置したのは迷光を除くためである。光源54の輝度は3cd/m2とした。光源54と反射防止膜110Aとの距離(図7に示すl1)は15cmとし、輝度計52と反射防止膜110Aとの距離(図7に示すl2)は40cmとした。輝度計52の測定角は2°とした。また、測定波長範囲は、380〜780nmとした。
図8は、反射防止膜110A、110B、210Aの散乱光強度(輝度(cd/m2))の波長依存性を示すグラフである。図8には、反射防止膜110A、110B、210Aについて、それぞれ、破線、太線、点線で示す。図8からわかるように、全ての波長領域において、反射防止膜210A、110A、110Bの順に散乱光強度が小さくなった。このことは、この順にスティッキング密度が小さかったことに起因すると考えられる。
また、散乱光強度の波長依存性から散乱光の色を評価した。D65を光源とした散乱光強度の波長分散と、CIE1931等色関数を用いて三刺激値XYZを算出し、L*a*b*表色系におけるa*、b*を求めた。(a*2+b*2)1/2を無彩色からの色差ΔEとした。
反射防止膜110A、110B、210Aについて求めた色差ΔEを表2に示す。反射防止膜は無彩色からの色差が小さいことが好ましく、特に3.0以下であることが好ましい。無彩色からの色差が大きいと、表示装置の反射防止膜として用いた場合に、表示パネルの色再現性を低下させてしまうからである。また、一般に、対比する2つの物体の色差が3.0超であると、それらは色が違うものであると認識されるので、反射防止膜は、無彩色からの色差が3.0超であると、無彩色と比較したときに色の違いが認識されるほど色差が大きいこととなり好ましくない。反射防止膜110A、110Bおよび210Aは、いずれも、無彩色からの色差ΔEを3.0以下とすることができた。
上述したように、本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法は、所望のアスペクト比を有するモスアイ用型の製造にも用いることができる。アスペクト比を小さくすることにより、以下に示すように、スティッキングの発生を抑制できるという利点がある。上述したように、スティッキングは、被加工物の表面の隣接する凸部同士が撓んで接触して発生する。モスアイ用型を用いて転写することにより形成される凸部のアスペクト比(凸部の底面の2次元的な大きさ(直径)に対する高さの比)を小さくすることにより凸部が撓みにくくなるので、スティッキングの発生を低減できる。凸部のアスペクト比は、型のポーラスアルミナ層の細孔のアスペクト比(細孔の2次元的な大きさ(直径)に対する深さの比)を小さくすることにより下げることができる。
以下、アスペクト比とスティッキング密度との関係、およびスティッキング密度と色差との関係を調べた実験結果を説明する。実験では、細孔のアスペクト比が異なる5種の型を作製し、5種の反射防止膜を作製した。得られた5種の反射防止膜のスティッキング密度および散乱光強度を調べた。また、散乱光強度から見積もられる無彩色からの色差を調べた。細孔のアスペクト比は、陽極酸化時間を調整することにより変化させることができる。細孔は、各陽極酸化工程において深さ方向に成長するからである。実験では、陽極酸化時間を変化させることにより、アスペクト比を異ならせた5種の型を作製した。スティッキング密度は、上述したように、2回目以降の陽極酸化の印加電圧を1回目より大きくすることにより複数の微細孔が形成された細孔を少なくすることでも低減できるが、以下に説明する実験では、簡単のため、全ての陽極酸化での印加電圧を同じにした。
以下では、5通りの陽極酸化時間で得られた5種の型を用いて作製された5種の反射防止膜を反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eと称することとする。表3には、反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eの作製に用いたモスアイ用型の陽極酸化時間・細孔深さを示す。また、表3には、反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eの転写物高さ(突起の高さ)も示す。なお、表3に示す細孔深さおよび転写物高さは、いずれも平均値である。
5種の型は、10cm角のガラス基板(厚さ0.7cm)の上に、スパッタ法で厚さ1μmのアルミニウム膜を成膜して作製した基材を用いて、陽極酸化とエッチングとを交互に5回(陽極酸化を5回、エッチングを4回)行って作製した。陽極酸化工程は、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、80Vの電圧を印加して、表3に示す15〜38秒間の範囲の5通りの時間で行った。エッチング工程は、燐酸水溶液(濃度1.0mol/L、液温30℃)を用いて25分間行った。こうして、2次元的な大きさが180nm程度で深さが異なる細孔が形成された5種のモスアイ用型が得られた。なお、細孔の2次元的な大きさ(細孔の直径)は、5種の型でいずれも同じであった。従って、細孔のアスペクト比(直径に対する深さの比)は、細孔が深いほど大きかった。
こうして得られた5種の型を用いて、図4を参照して説明した方法により、5種の反射防止膜300A〜300Eを作製した。被加工物としてTACフィルムを用いた。TACフィルムの表面と、型との間に、紫外線硬化樹脂を付与した状態で、紫外線硬化樹脂に紫外線(2J/cm2)を照射することによって紫外線硬化樹脂を硬化した。なお、TACフィルムは、気泡が入らないようにローラで貼り合せた。その後、TACフィルムからモスアイ用型を分離することによって、モスアイ用型の凹凸構造が転写された紫外線硬化樹脂の硬化物層がTACフィルム上に形成された反射防止膜が得られた。TACフィルムを固定するために、得られた反射防止膜を透明アクリル板に貼り付けた。なお、上記のように、型の細孔の2次元的な大きさはいずれも180nm程度であったので、得られた5種の反射防止膜の表面の突起の2次元的な大きさはいずれも180nm程度となった。従って、5種の反射防止膜の表面の突起のアスペクト比は、突起が高いほど大きかった。
得られた反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eの表面のSEM像を図9(a)〜(e)に示す。また、図9に示すSEM像(2μm×2.5μm(=5μm2))から、図9の範囲におけるスティッキング(複数の凸部同士が接触した箇所)の個数および数密度を算出した。結果を表3に示す。例えば、図9(d)の中央には、3つの突起が接触した構造が見られる。スティッキングは典型的にはこのような構造を有している。このような構造をスティッキングとして、図9のSEM像から個数および数密度を算出した。反射防止膜300Aには、スティッキングは見られなかった。反射防止膜300B、300C、300D、300Eに見られるスティッキングの2次元的な大きさは300〜600nm程度であった。
表3からわかるように、モスアイ用型の細孔深さが大きいほど、得られた反射防止膜の転写物高さは大きくなった。すなわち、モスアイ用型の細孔のアスペクト比が大きいほど転写物のアスペクト比が大きかった。また、細孔および転写物のアスペクト比が大きいほど、スティッキングの数密度が大きくなった。
反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eの散乱光強度を、図7を参照して説明した方法と同じ方法により輝度計を用いて調べた。
図10に、反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eの散乱光強度の波長依存性を、それぞれ、太実線、細実線、点線、一点鎖線、太点線で示す。図10からわかるように、全波長領域において、反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eの順に散乱光強度が大きかった。
また、表2と同様の方法により、散乱光の色を評価した。すなわち、散乱光強度の波長分散からL*a*b*表色系におけるa*、b*を求め、(a*2+b*2)1/2を無彩色からの色差ΔEとした。反射防止膜300A、300B、300C、300D、300Eについて求めた色差ΔEを表3に示す。無彩色からの色差ΔEは、反射防止膜300A、300C、300B、300D、300Eの順に大きくなった。すなわち、概ね、スティッキング密度が大きいほど、無彩色からの色差が大きかった。
上記のように、無彩色からの色差は3.0以下であると、表示装置の反射防止膜として用いたときの色再現性の低下が抑制されるので好ましい。表3からわかるように、反射防止膜300Eのみ、無彩色からの色差が3.0より大きかった。表3から、反射防止膜300Dは、スティッキング密度が1.3であり、無彩色からの色差が2.3であった。従って、スティッキング密度が1.3以下であれば、無彩色からの色差を3.0以下とすることができるので色再現性の観点から好ましいことがわかる。
次に、細孔および突起のアスペクト比の好ましい範囲を説明する。
表3の結果から、突起のアスペクト比が1.42(反射防止膜300D)以下であれば、スティッキング密度を1.3以下とし、無彩色からの色差を3.0以下とすることができるので好ましい。上述したように、本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法において、例えば陽極酸化時間を調整することにより、所望のアスペクト比の細孔が形成されたモスアイ用型を作製できる。
なお、作製される反射防止膜が、十分な反射防止性能を発揮するためには、細孔のアスペクト比は0.5以上であることが好ましい。細孔のアスペクト比が0.5未満であるモスアイ用型を用いて作製した反射防止膜の表面の凸部では、入射した光に対する深さ方向の屈折率変化が急激になってしまうので、十分な反射防止性能が発揮されない。また、量産性の観点からは、細孔のアスペクト比は6.0以下であることが好ましい。
また、上記のように、優れた反射防止性能を有する反射防止膜を作製するという観点から、モスアイ用型の細孔の形状は円錐状であることが好ましく、細孔の表面の法線方向から見たときの2次元的な大きさおよび細孔間隔は50nm以上500nm未満であることが好ましい。
上述したように、図1(a)〜(e)を参照して説明した本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法を用いて、2回目の陽極酸化の印加電圧を1回目の陽極酸化の印加電圧より大きくすることにより複数の微細孔が形成された細孔の数密度が小さいモスアイ用型を作製することができる。本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法において、さらに、例えば陽極酸化時間を調整することにより、細孔のアスペクト比が小さく、複数の微細孔が形成された細孔の数密度が小さいモスアイ用型を作製できる。細孔のアスペクト比が小さく、複数の微細孔が形成された細孔の数密度が小さいモスアイ用型を用いることによって、スティッキング密度がさらに小さい反射防止膜を作製することができる。
上記のように、ポーラスアルミナ層の細孔間隔を大きくする(例えば180nm以上)には、本発明によるモスアイ用型の製造工程において、上記の1回目の陽極酸化工程の前に、バリア型アルミナ層を形成することが好ましい。特に堆積されたアルミニウム膜を用いて陽極酸化するときは、細孔間隔を大きくするには、バリア型アルミナ層を形成することが好ましい。予めバリア型アルミナ層を形成することにより、所望の細孔間隔を有するポーラスアルミナ層を形成できる。
本発明者は、国際出願番号PCT/JP2010/64798号に、バリア型アルミナ層を形成した後にポーラスアルミナ層を形成する方法を開示した。参考のために、国際出願番号PCT/JP2010/64798号の開示内容の全てを本明細書に援用する。
以下、図11を参照して、予めバリア型アルミナ層を形成した後ポーラスアルミナ層を形成する方法を説明する。図11(a)〜(c)は、予めバリア型アルミナ層を形成した後にポーラスアルミナ層を形成する方法を説明するための模式的な断面図である。ここでは、基板(例えばガラス基板)上に、薄膜堆積技術を用いて形成されたアルミニウム膜を用いる例を説明するが、以下に説明する陽極酸化層の形成方法は、アルミニウムのバルク材にも適用できる。
図11(a)〜(c)に示すように、アルミニウムで形成された表面を有する基材10(ここでは、基板16と、基板16上に堆積されたアルミニウム膜18とを有する基材10)を用意する工程(図11(a))と、表面(ここでは、アルミニウム膜18の表面18s)を陽極酸化することによってバリア型アルミナ層12を形成する工程(図11(b))と、その後に、表面18sをさらに陽極酸化することによって複数の微細な凹部14pを有するポーラスアルミナ層14を形成する工程(図11(c))とを包含する。
ここで、細孔の安定成長過程を経て得られたポーラスアルミナ層における細孔間隔の大きさは、印加電圧の大きさに依存することが知られている。このとき、細孔間隔Dintは、細孔壁の総厚2aと細孔径Dpとの和で表される(図11(c)参照。なお、細孔壁の厚さはバリア層の厚さaと等しいので、2つの細孔を隔てる細孔壁全体の厚さを総厚2aで表している。)。なお、Dpは2aに比べて小さいので、概ねDint=2aと考えることができる。
しかしながら、本発明者がスパッタ法で堆積したアルミニウム膜を陽極酸化して形成したポーラスアルミナ層においては、細孔間隔Dintと印加電圧とは上述の関係を満足しないことがあった。すなわち、バリア層の厚さは印加電圧に比例するが、細孔間隔Dintは印加電圧に比例せず、ある値を超えなかった。後に実験例に示すように、電解液として蓚酸を用いた場合、例えば上述の関係から200nm以上の細孔間隔を有するポーラスアルミナ層が形成されると期待される条件でアルミニウム膜の表面を陽極酸化しても、細孔間隔は約180〜190nmを超えることはなかった。基板上に堆積されたアルミニウム膜は結晶粒の集合体であり、結晶粒の平均粒径は概ね180〜190nmであった。
このように、アルミニウム膜の表面を陽極酸化することによって得られるポーラスアルミナ層の細孔間隔は、アルミニウム膜を構成する結晶粒径によって制限されていることが分かった。その理由は以下のように考えられる。
アルミニウム膜における粒界は膜表面において凹部となる。従って、上述のモードIおよびIIにおいて形成されるバリア層の表面も粒界に対応する位置において凹部となり、電界が集中する結果、粒界に対応する位置において細孔が優先的に成長する。その後、陽極酸化が進行しても、粒界に対応する位置に形成された細孔における優先的な溶解が続く。
すなわち、アルミニウムの平坦な表面を陽極酸化すると、局所溶解を引き起こす程度の電界集中が起こる凹部を有するようになるまでバリア層が成長してからモードIIIに移行するのに対し、粒界を有するアルミニウム膜を陽極酸化すると、粒界による凹部に電界集中が起き、モードIIIに移行する。従って、モードIIIに移行する時のバリア層の厚さは、粒界があるアルミニウム膜のほうが、表面が平坦なアルミニウムよりも薄い。
なお、粒径によって制限される細孔間隔は、電界液の種類によって変わり得る。実験の結果、蓚酸を用いた場合には細孔間隔はほぼ平均粒径に対応するのに対し、酒石酸を用いた場合には細孔間隔は平均粒径のほぼ2倍程度に制限された。これは電解液の種類によりアルミナを溶解する能力に違いがあるためと考えられる。
本発明者は、アルミニウム膜の表面にポーラスアルミナ層を形成するための陽極酸化を行う前に、バリア型アルミナ層12を形成することによって、細孔間隔がアルミニウム膜を構成する結晶粒径によって制限されることを抑制できることを知見し、以下に示す陽極酸化層の形成方法に想到した。以下、図11(a)〜(c)を参照して、本発明による実施形態の陽極酸化層の形成方法を説明する。
まず、図11(a)に示すように、例えばガラス基板16上に堆積されたアルミニウム膜18を有するアルミニウム基材10を用意する。アルミニウム膜18は、例えば、真空蒸着法またはスパッタ法を用いて形成される。アルミニウム膜18の厚さは例えば1μmである。アルミニウム膜18を構成する結晶粒の平均粒径は概ね180〜190nmである。
次に、図11(b)に示すように、基材10の表面(アルミニウム膜18の表面18s)を陽極酸化することによってバリア型アルミナ層12を形成する。電解液としては、例えば、中性(pHが3.0超8.0未満)の電解液を用いる。中性の電解液としては、酒石酸アンモニウム、酒石酸カリウムナトリウム、ホウ酸、ホウ酸アンモニウム、蓚酸アンモニウム、クエン酸アンモニウム、マレイン酸、マロン酸、フタル酸、およびクエン酸からなる群から選択される酸または塩の少なくとも1つを含む水溶液であることが好ましい。例えば、pH6.5、液温23.0℃、濃度0.1mol/Lの酒石酸アンモニウムを含む水溶液を用いて、印加電圧80Vで2分間陽極酸化を行うことによって、厚さ約100nmのバリア型アルミナ層12を形成することができる。バリア型アルミナ層12の厚さは、印加電圧の大きさにより調整できる。
バリア型アルミナ層12の厚さは、後に実験例を示して説明するように、目的とする細孔間隔に応じて適宜設定される。バリア型アルミナ層を形成することによって、その後に形成されるポーラスアルミナ層の細孔間隔が結晶粒径によって制限されることを抑制することができ、また、バリア型アルミナ層12の厚さを調節することによって、ポーラスアルミナ層の細孔間隔を調整することができる。
続いて、図11(c)に示すように、アルミニウム膜18をさらに陽極酸化することによって複数の細孔14pを有するポーラスアルミナ層14を形成する。電解液としては、例えば、蓚酸、酒石酸、リン酸、クロム酸、クエン酸、りんご酸からなる群から選択される酸を含む水溶液である。電解液の種類および印加電圧は、ポーラスアルミナ層の細孔間隔に影響する。
なお、図11(c)では、わかり易さのために、バリア層の厚さをa、細孔間隔(平均隣接間距離)をDint、孔壁の厚さをTwとすると、Dint=Tw=2aが成立する場合を例示している。後述する実施例に示すように、本発明による陽極酸化層の形成方法により得られるポーラスアルミナ層においては、Dint=2aは必ずしも成立しない。
例えば、上記の厚さ約100nmのバリア型アルミナ層12を形成した後、蓚酸水溶液(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、パルス電圧(振幅:150V、パルス幅:10msec、パルス間隔:1sec)を印加して2分間陽極酸化を行うことによって、平均細孔間隔が216.5nmのポーラスアルミナ層14が得られる。なお、ポーラスアルミナ層の厚さは適宜変更され得る。アルミニウム膜18を完全に陽極酸化してもよい。
ここで、バリア型アルミナ層の作用および効果を説明する。以下の説明は、本発明者が実験的に確認した事実に基づく考察であって、本発明の理解を助けるためのものであり、本発明を限定するものではない。
バリア型アルミナ層は、アルミニウム膜の表面に(各結晶粒の表面に)、ほぼ均一な厚さで形成される。
その後に、ポーラスアルミナ層を形成する条件で陽極酸化を行う。このときの条件は、形成されるポーラスアルミナ層14におけるバリア層14bの厚さaが、既に形成されているバリア型アルミナ層の厚さよりも大きくなる条件である。このときの条件が、形成されるポーラスアルミナ層14におけるバリア層14bの厚さaが既に形成されているバリア型アルミナ層の厚さよりも小さくなるような条件であると、陽極酸化は進行しない。アルミニウム膜に充分な電流が供給されないからである。
上記のことから理解されるように、バリア型アルミナ層を形成した後に形成されるポーラスアルミナ層の細孔間隔は、バリア型アルミナ層の厚さと同じ厚さのバリア層を有するポーラスアルミナ層の細孔間隔よりも大きくなる。また、ポーラスアルミナ層の細孔間隔は、印加する電圧に比例するので、印加電圧が高いほど細孔間隔は大きくなる。
ここで、バリア型アルミナ層を形成することなく、ポーラスアルミナ層が形成される条件でアルミニウム膜を陽極酸化すると、印加電圧をある値よりも大きくしても、形成されるポーラスアルミナ層の細孔間隔は結晶粒径によって制限された。これは、上述したモードIIにおいて、粒界に対応する位置に形成されたバリア層の凹部に電界が集中するためである。
これに対し、上述した陽極酸化層の形成方法において、ポーラスアルミナ層を形成するための陽極酸化を行うときには、既に一定の厚さ以上のバリア型アルミナ層が形成されている。従って、アルミニウム膜の粒界に対応する位置に形成されるバリア型アルミナ層の凹部における電界集中の程度は、アルミニウム膜の表面に直接ポーラスアルミナ層を形成する場合のモードIIでのバリア層の凹部における電界集中の程度よりも小さく(バリア型アルミナ層の方が、凹部の曲率が小さく且つ厚さが大きい)、印加電圧と細孔間隔との間の比例関係を満足するようなメカニズムで、モードIIIおよびIVが進行すると考えられる。なお、バリア型アルミナ層を予め形成しておいた場合であっても、ポーラスアルミナ層が形成される過程において、凹部に電界が集中するので、細孔は粒界に対応する位置に形成されやすいが、細孔間隔は予め形成されたバリア型アルミナ層の厚さに応じて大きくなる。
図11を参照して説明した陽極酸化層の形成方法によると、バリア型アルミナ層を形成してからポーラスアルミナ層を形成するので、アルミニウム膜の結晶粒径に制限されることなく、ポーラスアルミナ層の細孔間隔を制御することができる。また、ポーラスアルミナ層の細孔間隔は、ポーラスアルミナ層を形成する際の印加電圧の大きさを調節することによって制御できるだけでなく、予め形成するバリア型アルミナ層の厚さを調節することによっても制御することができる。すなわち、図11を参照して説明した陽極酸化層の形成方法によって最終的に得られる陽極酸化層(すわなちポーラスアルミナ層)の細孔間隔とポーラスアルミナ層を形成する工程で印加する電圧との間の上記の関係は一般に成立しない。また、細孔間隔とバリア層(予め形成するバリア型アルミナ層も最終的に得られるポーラスアルミナ層のバリア層に含まれる)の厚さとの間の上記の関係は一般に成立しない。
バリア型アルミナ層を形成した後ポーラスアルミナ層を形成したときの細孔間隔を調べた実験結果を示す。
まず、酒石酸アンモニウム水溶液を用いて陽極酸化することによりバリア型アルミナ層を形成した後に、蓚酸水溶液を用いて陽極酸化することにより形成した9種のポーラスアルミナ層の細孔間隔を調べた実験結果を示す。以下では、9種のポーラスアルミナ層を、ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iと称する。
ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iは、いずれも、酒石酸アンモニウム水溶液を用いて陽極酸化を行うことによってバリア型アルミナ層を形成した後、蓚酸水溶液を用いて陽極酸化を行うことにより形成したものである。ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iは、バリア型アルミナ層を形成する陽極酸化で印加する電圧、ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化で印加する電圧、およびポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化の電圧印加時間が異なり(印加電圧の大きさを表4に示す。)、その他の条件(用いたアルミニウム基材、各陽極酸化の電解液)は同じであった。
基材10(図11(a))として、5cm角のガラス基板16(厚さ0.7mm)の上に、スパッタ法で厚さ1μmのアルミニウム膜18を成膜して作製した基材を用いた。なお、アルミニウム膜18は、厚さが200nmのアルミニウム層を堆積する工程を5回行って形成した。アルミニウム膜18の表面には、180〜190nm程度のサイズの結晶粒が存在した。
バリア型アルミナ層を形成する陽極酸化では、基材10の表面18sを酒石酸アンモニウム(濃度0.1mol/L、pH6.5、液温23.0℃)を用いて、2分間陽極酸化を行うことによって、バリア型アルミナ層12を形成した。電圧は、表4に示す80、100、120、150、180Vのいずれかを直流法で印加した。
ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化では、蓚酸(pH6.5、濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて陽極酸化を行うことにより、ポーラスアルミナ層14を形成した。印加電圧は、振幅が表4に示す150、200、300Vのいずれかであり、パルス幅tが10msec、パルス間隔Tが1secであるパルス電圧であった。なお、パルス電圧を印加したのは、アルミニウム膜の断線の発生を抑制するためである。アルミニウムが完全にアルミナになるまで陽極酸化した。ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化時間は、1〜30minの範囲であった。
ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iの表面のSEM像を撮り、3μm×2.3μm(=6.9μm2)の範囲の全ての細孔について、各細孔から1〜3番目に近い細孔までの距離(細孔間隔)を測定した。測定した細孔間隔から算出した細孔間隔の平均値を表4に示す。また、表4には、最初に形成されたバリア型アルミナ層の厚さ、次の陽極酸化で形成されたポーラスアルミナ層のバリア層の厚さも併せて示す。
バリア型アルミナ層を形成せずに作製したポーラスアルミナ層の細孔間隔も併せて調べた。振幅が200Vおよび300V、パルス幅が10msec、パルス間隔が1secであるパルス電圧を印加して、上記と同じアルミニウム基材の表面を、蓚酸(濃度0.6wt%、液温5℃)を用いて、アルミニウムが完全にアルミナになるまで陽極酸化を行うことにより作製した(それぞれ、ポーラスアルミナ層290Aおよび290Bと称する)。表4と同様に求めた細孔間隔の平均値を表5に示す。
ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iの細孔間隔の平均値は、いずれも200nm以上であるのに対し(表4)、ポーラスアルミナ層290Aおよび290B(表5)では、それぞれ190.2nm、187.8nmであった。このように、ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iでは、ポーラスアルミナ層290Aおよび290Bに比べ細孔間隔が大きいポーラスアルミナ層を形成することができた。
すなわち、ポーラスアルミナ層290Aおよび290Bの細孔間隔は、アルミニウム膜を構成する結晶粒の粒径(180〜190nm)によって制限されているのに対し、ポーラスアルミナ層90A、90B、90C、90D、90E、90F、90G、90H、90Iでは、バリア型アルミナ層を形成したことにより、細孔間隔がアルミニウム膜を構成する結晶粒の粒径によって制限されることがなく、ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化の印加電圧が大きなものほど、細孔間隔が大きいポーラスアルミナ層を形成することができた。
また、ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化の印加電圧が同じであるポーラスアルミナ層90Cと90Dと90Eとを比較すると、バリア型アルミナ層を形成する陽極酸化の印加電圧が大きいほど、すなわち、形成されたバリア型アルミナ層が厚いほど、その後に形成されるポーラスアルミナ層の細孔間隔が大きかった(表4)。ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化では、印加電圧とバリア層の厚さとの間の上記比例関係を満足するようなメカニズムで、モードIIIおよびIVが進行すると考えられる。ポーラスアルミナ層90A−90B、ポーラスアルミナ層90F−90Iについても、ポーラスアルミナ層90C−90Eと同様に、バリア型アルミナ層を形成する陽極酸化の印加電圧が大きいほど、すなわち、バリア型アルミナ層が厚いほど、細孔間隔が大きかった(表4)。
表4からわかるように、バリア型アルミナ層の厚さは、印加電圧との間に比例関係がほぼ成立した。また、ポーラスアルミナ層のバリア層は、印加電圧が大きいほど厚くなった。また、ポーラスアルミナ層90A−90Iのいずれにおいても、バリア型アルミナ層より厚いバリア層が形成された。なお、ポーラスアルミナ層全体の厚さは、いずれも1.2μm程度であった。また、細孔間隔の標準偏差を求めたが、ポーラスアルミナ層90A−90Iおよびポーラスアルミナ層290Aおよび290Bのいずれも標準偏差は平均値の約30%であり、細孔間隔の分布に大差はなかった。
次に、酒石酸アンモニウム水溶液を用いて陽極酸化を行うことによってバリア型アルミナ層を形成した後、酒石酸水溶液を用いて陽極酸化を行うことにより形成した12種のポーラスアルミナ層(ポーラスアルミナ層92A、92B、92C、92D、92E、92F、92G、92H、92I、92J、92K、92Lと称する。)の細孔間隔を調べた実験を説明する。
基材は、上記のポーラスアルミナ層90A−90Iで用いた基材と同じ基材であった。
ポーラスアルミナ層92A−92Hの形成工程においては、まず、基材10の表面18sを酒石酸アンモニウム水溶液(濃度0.1mol/L、pH6.5、液温23.0℃)を用いて、2分間陽極酸化を行うことによって、バリア型アルミナ層12を形成した。電圧は表6に示すように、100、120、150、180、200Vのいずれかを直流法で印加した。次に、酒石酸(pH6.5、濃度2wt%、液温22.0℃)を用いて陽極酸化を行うことにより、ポーラスアルミナ層14を形成した。電圧は、表6に示す200、250Vのいずれかを直流法で印加した。アルミニウムが完全にアルミナになるまで陽極酸化した。
ポーラスアルミナ層92I−92Lの形成工程においては、まず、濃度0.001mol/L、pH6.5、液温23.0℃の酒石酸アンモニウム水溶液を用いて、実効で2分間陽極酸化を行うことによって、バリア型アルミナ層12を形成した。印加電圧は、振幅が表7に示す280、300、330、350Vのいずれかであり、パルス幅が100msec、パルス間隔が900msecであるパルス電圧であった。このようなパルス電圧を20分間印加することにより、実効で2分間陽極酸化を行った。次に、酒石酸(pH6.5、濃度2wt%、液温22℃)を用いて、印加電圧380Vで30sec陽極酸化を行うことにより、ポーラスアルミナ層14を形成した。バリア型アルミナ層を形成する陽極酸化でパルス電圧を印加したのは、酒石酸アンモニウム水溶液を用いて280V以上の高い電圧を直流法で印加して陽極酸化を行うと、一部に細孔が形成されることがあるからである。
表4と同様に、ポーラスアルミナ層92A−92Lの細孔間隔の平均値を求めた(表6および7)。
また、バリア型アルミナ層を形成せずに作製したポーラスアルミナ層の細孔間隔も調べた。200V、250V、380Vの電圧を印加して、上記と同じアルミニウム基材の表面を、酒石酸水溶液(濃度2wt%、液温23℃)を用いて、アルミニウムが完全にアルミナになるまで陽極酸化を行うことにより作製した(ポーラスアルミナ層292A、292B、292Cと称する。)。細孔間隔の平均値を表8に示す。なお、細孔間隔の標準偏差を求めて細孔間隔の分布を調べたが、いずれのポーラスアルミナ層でも大差はなかった。
ポーラスアルミナ層92A−92D、92E−92H、92I−92Lの細孔間隔(約300nm〜約720nm)は、それぞれ、酒石酸水溶液を用いた陽極酸化での印加電圧が同じであるポーラスアルミナ層292A、292B、292Cの細孔間隔(約300nm〜380nm)より大きくすることができた。
ポーラスアルミナ層を形成するための印加電圧が最も高い(380V)ポーラスアルミナ層92Lとポーラスアルミナ層292Cとを比較すると、ポーラスアルミナ層92Lの細孔間隔が約720nmであるのに対し、ポーラスアルミナ層292Cの細孔間隔は約380nmであり、非常に小さい。これは、ポーラスアルミナ層292Cでは、蓚酸を用いた例について説明したように、アルミニウム膜を構成する結晶粒子の粒径によって細孔間隔が制限されたためと考えられる。なお、酒石酸を用いた場合には細孔間隔は平均粒径のほぼ2倍程度に制限されており、蓚酸を用いた場合よりも大きな細孔間隔が得られたのは、酒石酸が蓚酸よりもアルミナを溶解する能力が低いために、細孔が形成される密度(単位面積あたりの細孔の個数)が小さいためと考えられる。
また、バリア型アルミナ層の厚さは、印加電圧との間に比例関係が成立した。すなわち、最初の陽極酸化の印加電圧が大きいほど、バリア型アルミナ層が厚くなった。
また、ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化の印加電圧を同じとしたポーラスアルミナ層92A、92B、92C、92Dを比較すると、バリア型アルミナ層が厚いほど、細孔間隔を大きくすることができた。ポーラスアルミナ層92E−92H、92I−92Lについても同様に、バリア型アルミナ層が厚いほど細孔間隔を大きくすることができた。ポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化は、印加電圧とバリア層の厚さとの間の上記比例関係を満足するようなメカニズムで、モードIIIおよびIVが進行すると考えられる。このように、酒石酸水溶液を用いて作製したポーラスアルミナ層92A−92Lの細孔間隔は、蓚酸水溶液を用いて作製したポーラスアルミナ層9A−90Iと同様の傾向が見られた。
表6、7と表4とを比較すると分かるように、ポーラスアルミナ層92A−92Lは、ポーラスアルミナ層90A−90Iより細孔間隔を大きくすることができた。特に、ポーラスアルミナ層92G−92Lは、細孔間隔が400nm以上であった。
細孔間隔が400nm以上のポーラスアルミナ層は、例えば、モスアイ構造を形成する突起の間隔が400nm以上の反射防止膜を作製するためのモスアイ用型として用いることができる。細孔間隔が400nm以上のポーラスアルミナ層を有する型を用いて、例えば太陽電池の表面の、集光効率を向上させることを目的とした凹凸構造を形成することができる。また、細孔間隔が400nm以上のポーラスアルミナ層を有する型は、例えば、フォトニック結晶を形成する型に用いることができる。
以上、堆積されたアルミニウム膜を用いる場合を例に説明したが、例えば、アルミニウムのバルク材を用いる場合にも、予めバリア型アルミナ層を形成することにより、表面形状に制限されることなく細孔を形成できる。従って、細孔間隔が大きいポーラスアルミナ層を形成できる。また、比較的平坦な表面を有するアルミニウム基材を用いるときでも、バリア型アルミナ層を形成することによって、所望の大きさの細孔間隔を有するポーラスアルミナ層を形成できる。
図1(a)〜(e)を参照して説明した本発明による実施形態のモスアイ用型の製造方法において、ポーラスアルミナ層を形成する工程を行う前に、予めバリア型アルミナ層を形成する工程を行うことにより、所望の大きさの細孔間隔を有するポーラスアルミナ層が形成されたモスアイ用型を作製できる。