しかしながら、前述したマグネシウム合金は、自動車のエンジン部品等のように、肉厚が大きく、耐熱性が要求される製品の成形には適しているが、携帯電話のケース部分のように薄肉部分を含む部材を成形する場合には、流動性が充分でないため、鋳造欠陥等の不良品の発生が多くなり不向きであるという問題がある。
本発明は、前述した問題に対処するためになされたもので、その目的は、流動性を向上させることにより、薄肉部分を含む成形品を成形することのできるマグネシウム合金、成形品およびマグネシウム合金の成形方法を提供することである。
前述した目的を達成するため、本発明に係るマグネシウム合金の構成上の特徴は、半溶融状態で射出成形されて薄肉部分を備えた成形品に成形されるマグネシウム合金であって、アルミニウム9.5〜11.5重量%、カルシウム0.4〜0.6重量%、イットリウム0.1〜0.3重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部がマグネシウムと不可避の不純物からなることにある。また、イットリウムの含有量は、0.1重量%および0.3重量%を含まない0.1重量%より大で、0.3重量%未満にすることが好ましく、さらに、0.15〜0.25重量%にすることがより好ましい。
前述のように構成した本発明に係るマグネシウム合金は、従来から使用されているAZ91Dのマグネシウム合金(以下、AZ91D材と記す。)と比較して、アルミニウムの含有量が増加されているとともに、AZ91D材には含まれていないカルシウムとイットリウムとが含まれている。アルミニウムは、流動性を大きくする特性を備えているため、アルミニウムの含有量を増加させることによりマグネシウム合金の流動性は増加する。またカルシウムは、硬度を大きくする特性や難燃性を備えており、マグネシウム合金の硬度を増加させるとともにマグネシウム合金を燃え難くする。さらに、イットリウムは、靭性を大きくする特性を備えており、これを添加することによりマグネシウム合金の靭性が向上する。
また、これらの成分を含むマグネシウム合金は、半溶融状態(固相と液相との固液共存状態)に加熱溶解されて射出成形される。アルミニウム、カルシウムおよびイットリウムを添加することにより、マグネシウム合金の液相線温度が下がり、半溶融状態での成形に適したものとなる。例えば、AZ91D材を半溶融状態(570〜580℃)で成形した場合には、射出成形機のスクリューが回転しないほど抵抗が大きくなり成形体に鋳造欠陥が発生するが、本発明に係るマグネシウム合金を半溶融状態にして成形した場合には、良好な状態で成形が行われる。この場合、半溶融状態のマグネシウム合金には、せん断力が付与され、固相部分が粒状化することにより粘性が低下して、いわゆるチクソトロピー状態となり流動性が増大する。このため、マグネシウム合金の流動性が大幅に向上する。
また、カルシウムとイットリウムを含有させることにより、引張強さ、耐久性、硬度等の機械的性質の向上が図れ、実用的効果の大きなマグネシウム合金が得られる。このマグネシウム合金は、特に肉厚の小さな成形品または薄肉部を備えた成形品の成形に適したものとなる。また、マグネシウム合金中に含まれるアルミニウムの量が多いと射出成形時の加熱によってマグネシウム合金が発火しやすくなるが、前述したように、カルシウムを添加することにより、マグネシウム合金の発火温度が大幅に上がり燃え難くなる。すなわち、AZ91D材の発火温度が430〜520℃のため、成形温度範囲でも発火するのに対し、カルシウムを0.5重量%、イットリウムを0.2重量%添加することにより、発火温度は670〜870℃に上昇する。このため、発火温度が成形温度以上になり、マグネシウム合金の発火を防止することができ成形作業がし易くなるとともに、安全性の向上も図れる。
また、イットリウムを添加することにより、マグネシウム合金の靭性が向上するが、アルミニウム、カルシウムおよびイットリウムの含有量が所定値以上になると、逆に、マグネシウム合金の靭性が減少して成形の際に成形割れが生じたり、成形後にプレス加工する際にプレス欠けが生じたりするおそれがある。また、これらの含有量が少なすぎると流動性の向上に大きな効果を得ることができなくなったり、靭性が減少したりする。このため、アルミニウム、カルシウムおよびイットリウムの含有量は、前述した範囲に設定することが必要である。
また、本発明に係る成形品の構成上の特徴は、半溶融状態に加熱溶解されたマグネシウム合金を射出成形することによって薄肉部分を備えた所定の形状に成形される成形品であって、マグネシウム合金を、アルミニウム9.5〜11.5重量%、カルシウム0.4〜0.6重量%、イットリウム0.1〜0.3重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部がマグネシウムと不可避の不純物からなる材料としたことにある。これによると、マグネシウム合金の流動性が大幅に向上するため、薄肉で複雑な形状の成形品を良好な状態で得ることができる。
本発明に係るマグネシウム合金の成形方法の構成上の特徴は、アルミニウム9.5〜11.5重量%、カルシウム0.4〜0.6重量%、イットリウム0.1〜0.3重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部がマグネシウムと不可避の不純物からなるマグネシウム合金を半溶融状態に加熱溶解する加熱溶解工程と、加熱溶解工程によって、加熱溶解された前記マグネシウム合金を金型内に射出して成形体を成形する成形工程とを備えたことにある。
本発明に係るマグネシウム合金は、AZ91D材と比較して、流動性が向上するとともに、液相線の温度が低くなる。また、この成形方法では、マグネシウム合金を半溶融状態に加熱して成形が行われるため、このマグネシウム合金の加熱温度は、AZ91D材を用いて成形する場合の加熱温度に比べて大幅に低くなる。このため、射出成形機が備える金型の温度も低温化して、金型の長寿命化が図れる。すなわち、金型材(熱間工具鋼)の焼き戻し温度は通常600℃前後に設定されており、この温度を超えるような高温による成形を繰り返し行うと、金型の硬度が徐々に下がって軟化してしまうが、低温で成形することによりこのような金型の焼き戻し軟化を防止できる。
また、マグネシウム合金の流動性が向上するため、マグネシウム合金が金型の成形用凹部の隅々まで良好な状態で入るようになり、複雑な形状の成形品や薄肉の成形品の製造が可能になる。さらに、マグネシウム合金は、成形時に固液共存の状態になっているため、チクソ射出成形機の成形圧力がマグネシウム合金に十分にかかるようになる。この結果、成形品に生じる巣等の鋳造欠陥が大幅に減少する。また、液相線以上に加熱されたマグネシウム合金を用いて高温成形する場合と比べて、本発明によるマグネシウム合金を用いた低温成形では、成形密度(充填率)が上がるため、成形体の機械的強度が向上する。
また、本発明に係るマグネシウム合金の成形方法の構成上の特徴は、成形体が、厚みが0.8mm以下の薄肉部分を含んでいることにある。例えば、携帯電話のケース部分には、厚みが、0.5mm程度の薄い部分を含むことがある。本発明に係るマグネシウム合金を用いることにより、このような肉厚の小さな成形品も良好な状態で成形することが可能になる。また、このマグネシウム合金を用いた成形方法では、厚みが0.3mm程度の薄肉部を備えた成形品までは成形が可能になる。
以下、本発明の一実施形態を図面を用いて説明する。図1は、本発明にかかるマグネシウム合金からなる原料チップMを用いて成形品Pを成形するための射出成形機10の概略を示している。この射出成形機10は、内部にスクリュー11を内蔵するシリンダー12と、シリンダー12に原料チップMを供給するための原料ホッパー13と、シリンダー12の後端部に設置されスクリュー11を駆動させる高速射出ユニット14と、シリンダー12の先端部に設けられた金型15とを備えている。
シリンダー12の後端側部分の上部には、原料チップMをシリンダー12の内部に取り込むためのチップ取り込み口12aが設けられている。また、原料ホッパー13の下方には、原料ホッパー13の下端開口から落下する原料チップMをチップ取り込み口12aの上方に送るための原料供給装置16が設置されている。そして、原料供給装置16の下流端とチップ取り込み口12aとの間には、原料供給装置16の下流端から落下する原料チップMをチップ取り込み口12aからシリンダー12内に送るための原料供給管16aが設けられている。
原料供給装置16は、搬送路を振動させることにより原料チップMを原料ホッパー13の下端部から原料供給管16a側に搬送できるフィーダーで構成されている。また、原料供給管16a内には、アルゴンガス供給装置(図示せず)からアルゴンガスが供給されて、原料供給管16aの内部は不活性のアルゴンガス雰囲気になっている。したがって、原料供給管16a内を通過する原料チップMは空気によって酸化されることなくシリンダー12内に送られる。また、シリンダー12内に送られた原料チップMは、高速射出ユニット14の作動により回転しながら移動するスクリュー11によって、勢いよくシリンダー12の先端側に移動する。
高速射出ユニット14は、アキュムレータ14aを備えており、油圧によってシリンダー12を高速移動させる。また、シリンダー12の外周面には、所定間隔で、複数個のヒーター17がシリンダー12の後端側から前端側に向って設けられ、シリンダー12内を移動する原料チップMを半溶融状態、例えば580℃に加熱できるようになっている。そして、シリンダー12の先端部には、射出ノズル18が設けられており、この射出ノズル18の先端部の外周面には射出ノズル18を加熱して所定温度に維持するためのヒーター(図示せず)が取り付けられている。
このため、原料チップMは、スクリュー11の回転によって移動する間にヒーター17の加熱によって半溶融状態に溶解され、金型15内に形成された成形品形成凹部15a内に射出される。金型15は、固定型21と可動型22とで構成されており、固定型21の中央には、スプール形成穴21aが形成されている。このスプール形成穴21aは、固定型21と可動型22との境界面に形成されたランナー形成穴15bを介して成形品形成凹部15aに連通しており、シリンダー12で加熱され、射出ノズル18から射出されてくる半溶融材料HMをランナー形成穴15bを介して成形品形成凹部15a側に通過させる。
そして、成形品形成凹部15a内に形成された成形品Pは、可動型22が移動して固定型21から離れたのちに成形品形成凹部15aから取り出される。また、図示していないが、この射出成形機10は、金型15の所定部分を冷却するための冷却水路、射出成形機10を作動させるための制御装置、各種のスイッチ等が設けられた操作パネル等を備えている。
また、原料チップMは、アルミニウム9.5〜11.5重量%、カルシウム0.4〜0.6重量%、イットリウム0.1〜0.3重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部がマグネシウムと不可避の不純物である珪素、銅、鉄およびニッケルとからなるマグネシウム合金を、大きさが3〜5mmのチップ状に形成したもので構成した。そして、原料チップMを用いて成形される成形品Pは、厚みが0.4mm程度の薄肉部分を含む携帯電話用の部材とした。また、この原料チップMは、570〜580℃程度に加熱した際に、半溶融状態(チクソトロピー状態)になり、その半溶融状態で優れた流動性を発揮するものである。
以上のように構成された射出成形機10を用いて、原料チップMで成形品Pを射出成形する場合は、まず、原料ホッパー13内に原料チップMを充填するとともに、電源スイッチをオン状態にして射出成形機10を作動可能な状態にする。そして、スタートボタンをオン状態にして、射出成形機10の作動を開始させる。これによって、原料ホッパー13の下端部が開いて原料チップMが原料供給装置16側に落下するとともに、原料供給装置16が作動を開始する。そして、原料ホッパー13から原料供給装置16の搬送面上に落下した原料チップMは順次搬送面の下流側に移送され、原料供給装置16の下流端から原料供給管16a内を通過してシリンダー12内に落下する。
ついで、原料チップMが、シリンダー12内に充填されると、高速射出ユニット14が作動してシリンダー12内のスクリュー11が回転移動しながら前方に向かって高速移動する。その際、原料チップMは、ヒーター17の加熱によって徐々に昇温していき、射出ノズル18に到達するときには、略580℃に加熱されて固液共存状態の半溶融材料HMになる。また、その射出成形の際には、原料供給装置16が停止して原料チップMのシリンダー12内への供給が停止する。そして、成形品Pが成形されると、可動型22の移動により金型15が開いて、成形品Pはロボット(図示せず)によって取り出される。
この射出成形の際のスクリュー11と半溶融材料HMとの移動状態を図2ないし図5に示している。すなわち、図2は、前回の射出成形が終了して成形品Pが取り出されたのちの状態を示しており、固定型21と可動型22とが開いている。この状態では、シリンダー12の貯留部12b内に半溶融材料HMが充填されている。また、スクリュー11の先端側部分には、逆流防止リング11aが取り付けられており、この逆流防止リング11aによって、貯留部12b内の半溶融材料HMは、シリンダー12内における逆流防止リング11aよりも後方部分に逆流することを防止される。
この逆流防止リング11aは、スクリュー11の軸方向に所定の幅で移動可能になっており、後部側に位置したときに、シリンダー12内の前部側(貯留部12b内)と後部側とを遮断し、前部側に位置したときに、シリンダー12内の前部側と後部側とを連通するように構成されている。図2は、シリンダー12内の後部側の半溶融材料HMが貯留部12b内に移動して、逆流防止リング11aが、前部側から後部側に移動したときの状態を示している。つぎに、図3に示したように、固定型21と可動型22とが閉じると、図4に示したように、スクリュー11が前進して、貯留部12b内の半溶融材料HMを金型15の成形品形成凹部15a内に充填する。
そして、成形品形成凹部15a内に半溶融材料HMが充填されたのちに、図5に示したように、スクリュー11は後退する。このとき、逆流防止リング11aは前部側に移動し、シリンダー12内の後部側の半溶融材料HMは、逆流防止リング11aを通過して、貯留部12b内に移動する。言い換えると、シリンダー12が、逆流防止リング11aに半溶融材料HMを通過させながら後退する。そして、金型15が開いて成形された成形品Pが取り出され、図2の状態になり、以後、前述した操作が繰り返される。この射出成形においては、原料チップMは半溶融材料HMになるまで加熱されて、スクリュー11で金型15内に充填される。その際、半溶融材料HMは、せん断力が付与されて粒状化し流動性が増大する。このため、薄肉の良好な成形品Pが得られる。
なお、参考として、図6に、マグネシウム−アルミニウム系平衡状態図を示している。図6によると、マグネシウムにアルミニウムが9%含まれるときの液相線の温度は598℃であり、このマグネシウム合金を半溶融状態で成形するとすればその温度は、560〜580℃程度になる。AZ91D材をこの温度に加熱して射出成形した場合には、スクリュー11に対する抵抗が大きく適正な射出成形が行えないが、前述した原料チップMを用いた場合には良好な成形品Pを得ることができる。
このように、本実施形態では、原料チップMを、従来から一般的に使用されているAZ91D材と比較して、アルミニウムを多く含んでいるとともに、AZ91D材には含まれていないカルシウムおよびイットリウムを含んだマグネシウム合金で構成している。このため、原料チップMが加熱されて半溶融材料HMになったときの流動性が大幅に向上し、肉厚の小さな成形品Pの成形に適したものとなるとともに、複雑な形状の成形品Pの射出成形も可能になる。
また、低温での成形が可能になるため、金型15の長寿命化が図れる。さらに、半溶融材料HMが固液共存状態になっているため、射出の際に、逆流防止リング11aの後方に漏れて逆流することがなくなり、スクリュー11からの圧力が半溶融材料HMに十分かかるようになる。これによって、巣等の鋳造欠陥の発生が大幅に減少する。また、半溶融材料HMの成形密度が高いため充填率が上がり成形品Pの機械的強度も向上する。また、原料チップMには、不純物である珪素、銅、鉄およびニッケルが最小限の含有量になっているため、これらの不純物によって、流動性や機械的性質が阻害されることがない。
また、各種のマグネシウム合金の流動性を検証するために、図1に示した射出成形機10と同様のチクソ成形機(図示せず)を用いて、試験金型内に、AZ91D材、表1に示した比較例1,2および実施例1〜10のマグネシウム合金を鋳込んで、それぞれの流動長を比較した。試験金型は、図7(a),(b)に示した形状の空間部からなる試験片形成部30を備えており、その注入口にゲート30aが形成されている。そして、ゲート30aから試験片形成部30内に各マグネシウム合金を鋳込み、各マグネシウム合金における試験片形成部30のゲート30aから最初にクラック(表裏に貫通している割れ)が生じた部分までの長さをそれぞれの流動長として比較した。
図7(a),(b)におけるL1〜L7は、それぞれ試験片形成部30の各部分の長さを示しており、L1は試験片形成部30の全長で360mm、L2はゲート30a近傍の厚みの大きな部分の長さで60mm、L3は先細りになったテーパ部分の長さで20mm、L4は先端側の厚みの小さな部分の長さで280mm、L5はゲート30aの厚みで1.2mm、L6は先端部の厚みで0.7mm、L7は試験片形成部30の幅で60mmである。
また、チクソ成形機としては、株式会社日本製鋼所製のJLM−220MGを用い、成形条件は、成形シリンダー温度を580℃、成形速度を2000mm/秒とした。さらに、離型剤として、株式会社松村石油研究所製のMK−400を希釈倍率100倍として用いた。また、マグネシウム合金としては、表1に示したように、実施例1〜5は、すべてアルミニウムを10重量%含むものとした。そして、実施例1〜5は、それぞれカルシウムを0.3、0.5、0.5、0.5、0.7重量%含み、イットリウムを0.2、0.1、0.2、0.3、0.2重量%含むものとした。
また、実施例6〜10は、すべてアルミニウムを11重量%含むものとした。そして、実施例6〜10は、それぞれカルシウムを0.3、0.5、0.5、0.5、0.7重量%含み、イットリウムを0.2、0.1、0.2、0.3、0.2重量%含むものとした。そして、比較例1,2は、それぞれカルシウムを0.5重量%、イットリウムを0.2重量%含み、アルミニウムをそれぞれ、9、12重量%含むものとした。また、実施例1〜10および比較例1,2は、すべて亜鉛を1.2重量%、マンガンを0.3重量%含むものとした。そして、サンプル数は、それぞれについて20個としてそれぞれの平均値を算出し比較した。
その結果を図8および図9に示した。図8には、測定結果の流動長を示し、図9には、AZ91D材の平均値を100%とした場合の各例の比率%を示した。この結果、各サンプルの流動長は、AZ91D材が220.6mmであったのに対し、実施例1が237.6mm、実施例2が239.7mm、実施例3が246.2mm、実施例4が237.6mm、実施例5が252.3mm、実施例6が264.8mm、実施例7が290.5mm、実施例8が293.0mm、実施例9が299.6、実施例10が288.9であった。また、比較例1が225.3mm、比較例2が327.5mmであった。この結果から、アルミニウムの含有量を増加させるとともに、カルシウムおよびイットリウムを含有させることによりマグネシウム合金の流動性がAZ91D材よりも大幅に向上することがわかる。
また、この結果をもとに、各マグネシウム合金中のアルミニウム、イットリウムおよびカルシウムのそれぞれの流動性に対する影響を比較するために、各成分の含有量が異なるグループを下記の表2ないし表6のように分けて比較した。表2は、それぞれイットリウムを0.2重量%、カルシウムを0.5重量%含み、アルミニウムを9〜12重量%の範囲でそれぞれ異なる量を含む比較例1,2および実施例3,8のマグネシウム合金からアルミニウムの流動性に対する影響を比較した結果を示している。
また、この結果を図10に棒グラフで示した。この結果から、イットリウムおよびカルシウムの含有量が同じ場合には、アルミニウムの含有量が多いほどマグネシウム合金の流動長もそれに比例して長くなることが分かる。
表3は、それぞれカルシウムを0.5重量%、アルミニウムを10重量%含み、イットリウムを0.1〜0.3重量%の範囲でそれぞれ異なる量を含む実施例2〜3のマグネシウム合金からイットリウムの流動性に対する影響を比較した結果を示している。また、表4は、それぞれカルシウムを0.5重量%、アルミニウムを11重量%含み、イットリウムを0.1〜0.3重量%の範囲でそれぞれ異なる量を含む実施例7〜9のマグネシウム合金からイットリウムの流動性に対する影響を比較した結果を示している。
また、表3の結果を図11に棒グラフで示し、表4の結果を図12に棒グラフで示した。この結果によると、アルミニウムを10重量%含む場合には、イットリウムの含有量が0.2重量%のときが最も流動長がよく伸び、イットリウムの含有量が0.1重量%と0.3重量%のときは0.2重量%のときよりも低下した。また、アルミニウムを11重量%含む場合には、イットリウムの含有量が0.1重量%〜0.3重量%に増加するにしたがって流動長も僅かではあるが徐々に向上した。この結果から、カルシウムおよびアルミニウムの含有量が同じ場合には、イットリウムの含有量が多いほどマグネシウム合金の流動長が長くなり、アルミニウムの含有量が少ない場合(テストでは10重量%)には、イットリウムの含有量を0.2重量%程度にしたときに流動性がもっとも向上されることが分かる。
表5は、それぞれイットリウムを0.2重量%、アルミニウムを10重量%含み、カルシウムを0.3〜0.7重量%の範囲でそれぞれ異なる量を含む実施例1,3,5のマグネシウム合金からカルシウムの流動性に対する影響を比較した結果を示している。また、表6は、それぞれイットリウムを0.2重量%、アルミニウムを11重量%含み、カルシウムを0.3〜0.7重量%の範囲でそれぞれ異なる量を含む実施例6,8,10のマグネシウム合金からイットリウムの流動性に対する影響を比較した結果を示している。
また、表5の結果を図13に棒グラフで示し、表6の結果を図14に棒グラフで示した。この結果によると、アルミニウムを10重量%含む場合には、カルシウムの含有量が0.3〜0.7重量%に増加するにしたがって流動長も徐々に向上している。また、アルミニウムを11重量%含む場合には、カルシウムの含有量が0.5重量%のときが最も流動長が伸び、カルシウムの含有量が0.3重量%と0.7重量%のときは0.5重量%のときよりも低下した。
この結果から、イットリウムおよびアルミニウムの含有量が同じ場合には、カルシウムの含有量が多いほどマグネシウム合金の流動長が長くなり、アルミニウムの含有量が多い場合(テストでは11重量%)には、カルシウムの含有量を0.5重量%程度にしたときに流動性がもっとも向上することが分かる。また、各マグネシウム合金ごとに見ると、実施例1〜10および比較例1,2はすべてAZ91D材よりも優れた流動性を示した。また、実施例1〜10および比較例1,2の中では、比較例1が最も劣り、比較例2が最も優れた流動性を示した。さらに、実施例1〜10はすべて良好な値を示したが、中でも、アルミニウムを11重量%含有する実施例8,9等が良好な値を示した。
つぎに、前述したAZ91D材、比較例1,2および実施例1〜10のマグネシウム合金から物性測定用の試験サンプルを作成して、それぞれのサンプルに対して引張強さ、0.2%耐力、伸びおよび硬度の測定を行った。この場合のサンプルは、前述したチクソ成形機を用いて作成し、成形温度は、AZ91D材を610℃、比較例1,2および実施例1〜10のマグネシウム合金を580℃とした。この成形温度は、各材料がそれぞれ好ましい物性値を出せるように各材料に適した温度として設定したものである。
測定は、各試験について3個のサンプルで実施しその測定値の平均値を比較した。引張強さは、サンプルを引っ張り続けて切断したときの応力(MPa)であり、0.2%耐力は応力と歪みとの関係から求められる降伏応力(MPa)である。また、伸びは、サンプルを引っ張り破断したときの元の全長に対する伸びの長さ(%)であり、伸び比率は、AZ91D材のサンプルの伸びを基準とした伸びの比率で、各サンプルの伸びの値をAZ91D材のサンプルの伸びの値で除した値と100との積とした。また、硬度は、Hv(ビッカース硬度計で測定した硬さ)で示した。この測定の結果を下記の表7に示した。
表7に示したように、引張強さは、比較例1,2および実施例1〜10の中では、比較例1が最大の250MPaで、実施例7が最小の199MPaであった。また、AZ91D材の引っ張り強さと比較すると、実施例1,4,7,10は小さく、比較例2は同じで、比較例1および実施例2、3,5,6,8,9は大きかった。実施例1〜10の中では、カルシウムを0.3重量%または0.5重量%含み、イットリウムを0.2重量%(ただし、実施例2は0.1重量%で実施例9は0.3重量%)を含む実施例2,3,6,8,9が比較的良好な値を示しているが、有意差は認められなかった。
また、0.2%耐力においては、比較例1,2および実施例1〜10ともに、AZ91D材(量産容易な610℃成形)よりも良好な結果が得られ、実施例8が最大の189MPaで、実施例1,4がそれぞれ最小の162MPaであった。比較例1,2と実施例1〜10との間には差は見られず、実施例1〜10の中では、実施例2,3,6,7,8,9が特に良好な値を示した。この結果から、アルミニウムの含有量を増加させるとともに、AZ91D材には含まれないカルシウムおよびイットリウムを含有させることにより、その中でも特に、イットリウムを含有させることにより、マグネシウム合金の0.2%耐力を大幅に向上させることができることが分かる。
また、伸びにおいては、アルミニウムの含有量が最も少ない比較例1が、AZ91D材と同じ3.4%の値を示したが、比較例2および実施例1〜10は、すべてAZ91D材よりも低い値を示した。中でも、アルミニウムの含有量が最も多い比較例2は、最低の0.8%であった。前述した流動性のテストの説明で用いた図10ないし図14には、流動長と相対比較できるように、伸び比率を折れ線グラフで示している。その中の図10によると、アルミニウムの含有量が増加することにより、マグネシウム合金の流動長は著しく向上するが逆に伸び比率は低下していくことがわかる。
また、図11および図12からイットリウムを0.2重量%含ませたときに伸び比率は大きくなるが、イットリウムを0.1重量%または0.3重量%含ませた場合には、0.2重量%のときよりも低下することがわかる。同様に、図13および図14からカルシウムを0.5重量%含ませたときに伸び比率は大きくなるが、カルシウムを0.3重量%または0.7重量%含ませた場合には、0.5重量%のときよりも低下することがわかる。この結果によると、伸び比率は、実施例1〜10の中では、実施例2,3,8,9が比較的良好な値を示した。
また、硬度においては、比較例1,2、実施例1〜10ともに、AZ91D材よりも大きな向上が見られた。この結果から、アルミニウムの含有量を増加させるとともに、AZ91D材には含まれないカルシウムおよびイットリウムを含有させることにより、マグネシウム合金の硬度を大幅に向上させることができることが分かる。
以上の試験結果から、比較例1は流動性が劣るため、チクソトロピー成形等の低温成形には向かず、比較例2は流動性には優れるが、伸びの値が低く靭性が小いため、脆くなり薄肉部を有する成形品には不向きであることがわかる。また、実施例1〜10の中では、実施例2,3,6,7,8,9が流動性や機械的性質に優れており、特に、実施例3,8が好ましい。この、結果から、下記の数式1,2,3に示した範囲のアルミニウム、カルシウムおよびイットリウムを備えたマグネシウム合金が低温成形材料として特に好ましいといえる。
9.5重量%≦Al≦11.5重量%…数式1
0.4重量%≦Ca≦0.6重量% …数式2
0.1重量%<Y<0.3重量% …数式3
また、前述した各マグネシウム合金のうちのAZ91D材、実施例3,8のマグネシウム合金を用いてサンプルを成形し、それぞれのサンプルに対して塩水噴霧試験を実施した。塩水噴霧試験は、リン酸マンガンカルシウムの化成処理を行ったサンプルに対して、温度が35℃の5%塩化ナトリウムを、1サイクルを8時間の噴霧と16時間の休止として、このサイクルを繰り返すことにより実施し、その間の錆の発生を比較することによって行った。また、塩水噴霧試験は、各材料について3個のサンプルで実施しその測定値の平均値を比較した。なお、化成処理に用いたリン酸マンガンカルシウム液としては、AZ91D材用に開発した建溶液を用いた。この試験結果を下記の表8に示している。
表8では、錆の発生が全く無い場合を「◎」で示し、錆の発生が微小である場合を「○」で示し、錆の発生が少量の場合を「▲」で示している。その結果、表8に示したように、従来材であるAZ91D材のサンプルおよび開発材である実施例4,9のサンプルは、ともに2サイクル終了後に微小の錆が発生し、4サイクル終了後には少量の錆が発生した。錆がかなり生じたり、多量に生じたりすることはなかった。この結果から、塩水噴霧に対する錆の発生は、AZ91D材に対して、カルシウムおよびイットリウムを添加するとともに、アルミニウムを増加しても特に変化はないことが認められる。
また、AZ91D材、実施例3,8のマグネシウム合金を用いてサンプルを成形し、それぞれのサンプルに対して塗装密着試験を実施した。この塗装密着試験は、前述した化成処理を行った各サンプルに、下塗りの密着力の小さなアクリル系の塗料を塗布したのちに、上塗りのアクリル系の塗料を塗布し、それぞれについて初期密着試験、湿潤試験および耐湿試験を行うことによって実施した。
湿潤試験は、サンプルを、温度が50℃、湿度が98%の雰囲気中に24時間保持することにより行い、耐湿試験は、サンプルを、温度が60℃、湿度が95%の雰囲気中に120時間保持することによって行った。そして、初期密着試験、湿潤試験、耐湿試験ともに、サンプルの表面を碁盤状に区切って100のマスを形成し、その中の合格数(良好な部分)を数えることによって判定した。また、サンプル数は各マグネシウム合金について3個とした。この試験結果を下記の表9に示している。
表9では、合格数が95以上の場合を「○」で示しており、合格数が95以上であれば良、95未満であれば不可と判定した。その結果、表9に示したように、AZ91D材、実施例3,8のサンプルすべてにおいて、合格数は95以上で、95未満の不可のものは無かった。この結果から、実施例3,8に係るマグネシウム合金は、塗装密着性は、従来のAZ91D材と同等の性能を発揮することができ、充分使用に耐え得るものであることが認められる。
また、AZ91D材、実施例3,8のマグネシウム合金を用いて携帯電話のカバー部材(図示せず)を成形し、それぞれのカバー部材に対して成形時の歩留まりテスト、破壊曲げ試験および破壊引っ張り試験を実施した。この結果、成形温度を580℃としたところの歩留まりテストにおいては、湯じわ無しおよび湯じわ微少(塗装で欠陥がかくれる程度)までを良品とすると、実施例3では61%が良品、実施例8では97%が良品であった。また、少量の湯じわ(#400のペーパー修正で消える欠陥)が発生したものまでを良品とした場合には、実施例3では88%が良品、実施例8では100%が良品であった。また、AZ91D材を用いた場合には、580℃での成形は困難であった。
また、破壊曲げ試験では、AZ91D材を用いて610℃で成形したカバー部材と、前述した実施例3,8のマグネシウム合金を用いて580℃で成形したカバー部材とを比較テストした。また、測定装置としては、インストロン万能測定器を用い、押圧速度5mm/分で、各カバー部材に荷重かけたときの最大荷重と最大変位とで比較した。その結果、実施例3のカバー部材は、ともにAZ91D材のカバー部材よりもわずかに大きな値を示したが、実施例8のカバー部材は、AZ91D材のカバー部材よりもわずかに低い値を示した。しかしながら、実施例3,8のカバー部材はともに、携帯電話のカバーとして機能上問題のないレベルであった。
また、破壊引っ張り試験も前述したインストロン万能測定器を用い、破壊曲げ試験で用いたカバー部材と同じカバー部材を用いて行った。その結果、実施例3,8のカバー部材は、ともにAZ91D材のカバー部材よりも大きな値を示した。この結果から、実施例3,8のカバー部材を用いることにより、従来の携帯電話よりもより引っ張り強度の強い携帯電話が得られることがわかる。
また、図15は、参考として、AZ91D材、実施例3,8のマグネシウム合金におけるチクソ成形領域を示したものである。図15において、曲線aは液相線を示し、曲線bは固相線を示している。そして、曲線cは、マグネシウム合金を用いて射出成形したときの良品を成形できる下限温度を示している。これによると、測定に用いたAZ91D材は、液相線温度が604℃で固相線温度が434℃であった。また、実施例3は、液相線温度が594℃で固相線温度が452℃、実施例8は、液相線温度が585℃で固相線温度が455℃であった。この図15からも、570〜580℃の成形温度では、AZ91D材だとチクソ成形は困難だが、実施例3,8のマグネシウム合金では、チクソ成形が容易になることがわかる。
また、本発明は、前述した実施形態に限るものでなく適宜、変更実施が可能である。例えば、前述した実施形態では、成形品Pを携帯電話の部材としているが、これに限るものでなく、マグネシウム合金を射出成形することによって成形されるものであれば他のものでもよい。例えば、カメラ、パソコンおよび電子機器の部材等である。ただし、本発明に係るマグネシウム合金は、薄肉部分を含む成形品の成形に使用することにより大きな効果を発揮する。また、マグネシウム合金を射出成形する際の溶解温度は、前述した580℃に限らず、これ以外の温度であっても、図15に曲線cで示したチクソ成形の下限温度以上であれば、鋳造欠陥が非常に少ない成形体が得られる。また、それ以外の部分の構造等についても本発明の技術的範囲内で変更が可能である。