JP4677857B2 - 楽器用部材または楽器とその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、楽器用部材または楽器の塗装膜に遠紫外線を照射して得られる楽器用部材または楽器と、その製造方法に関する。
楽器、特にバイオリン等の弦楽器は、理想的な使用および保存条件下で長い年月を経過したものの方が、製作時よりも音質が良いことが経験的に知られている。
例えば、楽器表面の塗装膜は、4000Hzを超える可聴信号としては高周波領域において、表面波振動という形で音質へ影響を及ぼすが、この表面波振動は、その振動振幅も小さくかつ過渡的な信号であるため、測定評価が困難である。しかし、経験的に、楽器の音は楽器表面の塗装膜の性質に依存して変化することが知られており、経年変化で音質が向上する理由の一つは、この塗装膜の経年変化にあると考えられる。
具体的には、楽器の音質を良好にする塗装膜の特性とは、損失が高く弾性が低いことであり、したがって、経年変化による音質向上は、塗装膜で損失が高くなることおよび/または弾性が低くなることでもたらされると考えられる。
そこで、経年変化でもたらされる前記のような塗装膜の特性を、短時間で実現することができれば、製作後間もない楽器でも音質の優れたものとすることができる。
経年変化を短時間で実現する方法としては、例えば、楽器をオゾン中に晒して酸化反応を起こさせる方法(特許文献1参照)、あるいは、楽器に紫外線を照射する方法(特許文献2)がある。
特開平10−105159号公報 米国特許第1,836,089号明細書
しかし、特許文献1に記載の発明は、有害なオゾンを用いるだけでなく、オゾン処理に2ヶ月〜6ヶ月という長時間を要するという問題点がある。また特許文献2に記載の発明は、紫外線の中でもエネルギーレベルの低い近紫外線による改質方法が開示されているのみで、音質向上効果も不十分であり、24時間以上の照射時間を必要とするなどの問題点がある。
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、楽器用部材または楽器表面の塗装膜を短時間で改質することで、長期間の経年変化でもたらされる楽器の音質向上効果を短時間で得られる、楽器用部材または楽器の製造方法および該方法により得られる楽器用部材または楽器を提供することを課題とする。
上記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射してなることを特徴とする楽器用部材である。
請求項2に記載の発明は、前記紫外線が、遠紫外線波長領域におけるエネルギー量が総エネルギー量の50%以上のものであることを特徴とする請求項1に記載の楽器用部材である。
請求項3に記載の発明は、紫外線の照射が、真空雰囲気中で行われたことを特徴とする請求項1または2に記載の楽器用部材である。
請求項4に記載の発明は、紫外線の照射が、不活性ガス雰囲気中で行われたことを特徴とする請求項1または2に記載の楽器用部材である。
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の楽器用部材、またはそれらの組み合わせからなることを特徴とする楽器である。
請求項6に記載の発明は、楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射してなることを特徴とする楽器である。
請求項7に記載の発明は、楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射することを特徴とする楽器用部材の製造方法である。
請求項8に記載の発明は、楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射することを特徴とする楽器の製造方法である。
本発明によれば、エネルギーレベルの高い遠紫外線を用いることで、30分程度という極めて短時間の照射時間で、楽器用部材または楽器表面の塗装膜の改質を行うことができ、短時間で、経年変化を経た楽器と同等の優れた音質の楽器を得ることができる。また、音質の改善だけでなく、塗装膜を透明にすることで美しい外観とすることができる。
また、改質工程が短時間でかつ簡便であるため、コスト的にも優れた楽器を得ることができる。
以下、本発明について詳しく説明する。
紫外線は、その波長領域により3つのカテゴリーに分類される。すなわち、UVA(近紫外線、320〜400nm)、UVB(280〜320nm)およびUVC(遠紫外線、280nm以下)である。
これらのうち、本発明においては、少なくとも遠紫外線(以下、UVCと略記)の波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を用いる。この時、紫外線中のUVCのエネルギー量は総エネルギー量の50%以上であることが好ましい。
またUVCは、例えば、低圧水銀ランプあるいはエキシマランプ等を光源として取り出すことができる。
本発明においては、楽器用木材料に塗装を施してなる楽器用部材の塗装膜にUVCを照射して、これら部材から楽器を製作することで、経年変化を経た楽器と同等の優れた音質の楽器を得ることができる。また、部材にUVCを照射することなく、常法に従って製作された完成品の楽器に対して、その塗装膜にUVCを照射することによっても、同様に優れた音質の楽器を得ることができる。UVCの照射による音質の改善は、特に、バイオリン、ビオラ、チェロおよびダブルベース等の擦弦楽器で有効である。
本発明において、UVCは、楽器用部材または楽器の塗装膜に照射するが、楽器の塗装膜に照射する場合は、少なくとも楽器を構成する響板の塗装膜すべてに照射することが好ましい。たとえば、バイオリンであれば、表面、裏面および側面の塗装膜すべてに照射することが好ましい。楽器用部材とは、楽器を構成する部材の最小単位、もしくはそれらを組み合わせたものも含む。
本発明においては、楽器用部材または楽器の塗装膜へのUVC照射は、空気雰囲気中で行うことができるが、有害なオゾンガスが発生するため、UVC照射装置に排気ポンプを設け、該装置内の空気を屋外に排出するようにすることが好ましい。
また、照射効率を上げると同時にオゾンガスの発生を防止するために、UVC照射は空気雰囲気中に代わり、不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましく、真空雰囲気中で行うことがより好ましい。不活性ガスとしては、窒素、ヘリウムおよびアルゴン等を好ましいものとして挙げることができる。
また、いずれの雰囲気中でUVC照射を行う場合も、楽器用部材または楽器は、UVC照射装置内において、回転テーブル等に載せて回転させながらUVCを照射することによって、塗装膜へのUVC照射を均質に行うことができる。
本発明において、塗装膜とUVC光源との距離は、50mm以内とすることが好ましい。ただし、バイオリンの側面のように、凹凸が大きいものの場合は、125mm以内とすることが好ましく、115mm以内とすることがより好ましい。UVCは、空気中の酸素により距離減衰しやすい波長領域であるため、塗装膜をUVC光源から遠くへ離さないことが重要であるが、上記距離であれば、空気雰囲気中においても十分な塗装膜改質効果を得ることができる。
本発明においては、UVC光源の発熱あるいはUVCによる発熱により、塗装膜の温度が上昇し、ひび割れ等の変質を起こすことを避けるため、UVC照射中の塗装膜の温度は75℃以下とすることが好ましい。このように塗装膜の温度を管理するためには、塗装膜へのUVCの照射は、間欠的に行うことが好ましい。さらにこの時、UVC照射を行わない時間帯には、楽器用部材または楽器を、UVC光源から遠ざけ、圧縮空気を照射面に吹付けて塗装膜を強制冷却することがより好ましい。さらに、UVC照射装置に圧縮空気噴射ノズルおよび吸引ポンプを設けて、該ポンプでUVC照射装置内の空気を排出しながら、該ノズルで塗装膜へ圧縮空気を吹付けて、UVCを照射することが特に好ましい。
本発明において、塗装膜へのUVC照射時間は、合計で18分以上であることが好ましく、24分以上であることがより好ましい。
本発明において、UVCを照射する塗装膜としては、楽器全般に用いられるものであれば特に制限されないが、例えば、油性ワニス、ポリエステル樹脂塗料、ポリウレタン樹脂塗料、アルキド樹脂塗料、アミノ・アルキド樹脂塗料、ウレタン変性アルキド樹脂塗料、セルロースラッカー塗料およびアルコールワニスからなる塗装膜であることが好ましい。
また、塗装膜の膜厚は、種類により異なるが、10〜110μmであることが好ましい。
本発明で用いる楽器用部材または楽器の材料としては、一般的に楽器製造に用いられる木材であれば特に限定されず、例えば、スプルース、メープル、シデ等のほか、これらの天然木をツキ板とした合板等の木質系材料等を挙げることができる。
本発明で得られたUVC照射処理済みの楽器用部材を用いて、常法に従って、楽器を製作することができる。
ここで言う楽器用部材としては、例えば、バイオリン、ビオラ、チェロ、ダブルベース等の擦弦楽器の響板や部材、アコースティクギター、エレキギター、ハープ、琴、大正琴、チェンバロ等の撥弦楽器の響板や部材、ピアノ等の打弦楽器の響板や部材、打楽器ではマリンバやシロホン等の音板、ドラムや和太鼓等の胴部、部材、ウッドブロックや拍子木等の本体、管楽器では木管楽器の本体や部材等、その他ではパイプオルガンの木製パイプ等、その表面に塗装を施してなる、楽器を構成するすべての木製部品のことを指す。また楽器とは、前記各部材を用いて製作される各楽器のことを指す。
以下、本発明の塗装膜の改質による楽器の音響改善について、その作用機序を具体的に説明する。なお、ここで説明する手法は、「古膜化」と呼ぶべき方法論であり、実際に古い弦楽器等の塗装膜が、音響的に優れた聴感的な性能を発揮することに鑑みて発明されたものである。
図8は、塗装膜の静的な物理特性モデル(レオロジーモデル、粘弾性モデル)を示すものである。
左に示すものは、塗料そのものあるいは塗り上がった塗料が乾燥していない塗膜の状態である。これは粘性損失係数Cを持つのみで、固体的な弾性特性を持っておらず、したがって、形状保持能力は全くない。これが乾燥すると、中央に示すように、弾性係数kを発生し、CはCに減少して、硬くなって形状が安定し、塗膜として機能するようになる。ただし、この弾性は、振動振幅を低減する原因となり、楽器の鳴りを悪くしてしまう。
この状態で、本発明にしたがいUVCを照射すると、右に示すように、乾性損失係数fが生じる。これは、弾性的特性kをミクロに破壊することにより進行するので、k>kという結果が得られる。すなわち、塗装膜が乾燥しているにもかかわらず、楽器の鳴りが悪くなることを軽減できる。また、fは損失要素であるが、粘性損失要素Cより音色的には良好な乾性損失で、楽器のイメージとしては、文字通り「音の乾き」に繋がる特性である。
このような塗膜の静的な特性を音響特性と繋げるために、以下に、本モデルにおける振動特性モデルについて説明する。
図9は、前記静特性モデルに塗料の質量を加味した動特性モデルを示すものであり、左が通常の乾燥後の塗装膜を、右がUVC照射後の塗装膜をそれぞれ示す。
ここでPは、系に対する加振力であり、例えば、弦楽器において弦から伝わる振動の力のことである。また、塗料の質量mおよびmは、UVC照射前後でほぼ不変と考えて良いので、m≒mである。なお、本モデルにおいては、塗装膜乾燥前の液体的な状態を取り扱うことはできない。
図9の左に示す粘弾性モデル(フォークトモデル)の方程式は、
Figure 0004677857
であり、この解は、
Figure 0004677857
である。ここで、ωは本振動系の共振周波数、cは臨界減衰係数(臨界損失係数)であり、
Figure 0004677857
の関係がある。系の当該加振力Pによる静的たわみは、
Figure 0004677857
である。これで振幅を正規化すると、
Figure 0004677857
となる。ここで、最大振幅が得られるのは、(2)’式の分母が最小になる時なので、この分母をω/ωで微分したものがゼロになることによりその条件は決まり、
Figure 0004677857
である。ゆえに、
Figure 0004677857
となり、通常c/cは1より十分小さいので、(c/cを省略して、
Figure 0004677857
と、Q値が定義されている。このQは、
Figure 0004677857
の関係があり、Qが大きいほど系の振動減衰能は低い。(3)式の関係から、
Figure 0004677857
とも記述できる。
前記のように、塗装膜の乾燥工程で、cは減少してkが発生および増大してくる。この過程で、溶剤の蒸発等でmはある程度減少していく。このことを(2)’’’’式で検討してみると、塗装膜が乾燥するほどQは増大して行き、塗装膜の音響的目的の振動減衰能は減少し、共振の周波数特性は平坦ではなくなり、凹凸になって行き好ましくない。
しかし。この乾燥した塗装膜にUVCを照射すると、本振動系は、kがkとfに変化する(k>k)ことにより、図9の右に示すものに変化する。この右の状態の振動方程式は、
Figure 0004677857
となるが、この時の損失係数は、等価損失係数ceqとして近似的に、
Figure 0004677857
と表すことができ、これを用いてフォークトモデル方程式(1)で、cと置き換えて近似的に現象が扱えるようになる。
UVCでの処理により、kが減少する中で、(8)式からは損失が増大することが判る。このことにより、塗装膜が乾燥するにもかかわらずQの増大は抑えられ、塗装膜の本来の音響的効果である減衰能と共振のブロードさは維持される。また、kが小さめであるということは、(4)式より、同じ加振力Pに対するxstは大きく、(2)’’’式とあわせて考えると同じQの場合、すなわち、共振特性が周波数的に同程度にブロードな場合に、より大きな振動振幅が得られる、すなわち、楽器音響的によく鳴るということが判る。自然楽器においては、発音のエネルギー源は人間の力によるので、同じ音色的な特性であれば、同じ入力に対してより大きな出力(音響放射)が得られることは、その楽器の性能として大変重要なことである。
以上のように、UVC照射による塗装膜の「ミクロな破壊」により、塗装膜の乾燥で発生増大したkを抑制し、減少したCをfで補うこと、すなわち、kのある程度の部分をfに変換することにより、乾燥しているにもかかわらず音響的に良好な塗装膜が得られる訳である。
以下に具体的実施例を挙げて、本発明についてさらに詳細に説明する。具体的には、完成品のバイオリンに対して、その塗装膜を改質した例について説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
(実施例1)
UVC照射装置として、エキシマランプを備えた市販の装置(エキシマUV/O洗浄装置)を用いて、バイオリンにUVCを照射し、バイオリンの音質の変化を評価した。該UVC照射装置の概要を表1に示す。
エキシマランプは、波長172nmおよび222nmにスペクトルを有する、すなわち、強度が最高ピーク値となるものをそれぞれ6本ずつ用い、これらを該装置内の図10に示すランプハウス80に、金属ブロック81を介して固定した。UVC領域のエネルギー量は、紫外線総エネルギー量の80%以上である。金属ブロック81は、冷却水流路82を備えており、これらエキシマランプ83は、前記金属ブロック81を介して、冷却水により冷却されるようになっている。
また、ランプハウス80には、エキシマランプ83間に山形ミラー85が設けられており、UVCを効率よく取り出すとともに、窓面の放射照度分布を均一にできるようにされている。さらに、エキシマランプ83の前面には、合成石英窓ガラス84が設けられており、ランプの放熱を照射対象物へ伝えず、しかも、効率よくUVCを照射できるようにされている。そして、エキシマランプ83、金属ブロック81および山形ミラー85が納められている金属容器内は、窒素ガスで満たされており、窒素ガスは172nmの光を吸収しないので、UVCを効率よく取り出すことができるとともに、ランプ電極および山形ミラー85の酸化を防止している。
Figure 0004677857
一方、図11は、空気雰囲気中および窒素ガス雰囲気中における各波長の遠紫外線の透過率を示すものである。これから明らかなように、172nmの遠紫外線は、空気中の酸素に吸収されてしまうため、この波長の遠紫外線を用いるためには、UVC照射を行う環境を真空状態にするか、あるいは空気を窒素で置換することが必要となる。そこで本実施例においては、前記照射装置内の空気を窒素ガスで置換した。
本実施例においては、同一製造ロットの中から音が非常に近いバイオリンを2台選別して用いた。いずれもウレタン変性アルキド樹脂塗料でスプレーおよび刷毛塗り塗布された後、その表面をポリッシュして仕上げたものである。塗装膜の膜厚は、いずれも表面、裏面および側面で20〜50μmであり、製造仕様に適合していて、両者に有意な差は見られなかった。本実施例は、この2台のバイオリン製作終了後、3ヶ月の時点で行ったが、いずれも塗装が十分乾燥していることを確認してから行った。
本実施例の具体的手順は、以下の通りである。すなわち、UVC照射装置内に台を設置して、この台の上に、UVC照射装置内の合成石英窓ガラス84からの距離が100mmとなるようにバイオリンを載せた。そして、5分間連続でバイオリンにUVCを照射してから、このバイオリンを装置外に取り出し、コンプレッサーを用いてバイオリンの照射表面に圧縮空気を吹付けて10分間強制冷却した。この操作を1サイクルとして、合計6サイクルのUVC照射処理を行った。すなわち、UVC照射時間は、合計30分であった。
また、UVCを照射して、UVC照射装置外に取り出した直後の、照射面の温度は、55〜70℃であった
UVC照射および非照射のバイオリンを用いて、バイオリン研究開発者であるアマチュア演奏家に試奏してもらい、この演奏家を含む開発担当者数名で評価した結果、UVCを照射したバイオリンは、「鳴りが大きく音がダイナミックになった」、「音の通りが非常に良くなった」、「音が耳障りでなく非常に聴き取り易くなった」、「楽器の価値が2〜3グレード位良くなった(価格にして2〜4倍のバイオリンの音に近くなった)」、「音が暖かくなった」等、明らかな音質の改善効果が認められた。
本実施例で用いたバイオリンは、塗装膜が十分乾燥していることが確認されているため、以上のように、UVC照射で音質が変化したことは、UVCの作用が塗装の乾燥を促進する化学的なものではなく、塗装膜を物理的に変化させていることを示唆するものであった。
以下の実施例は、実施例1で用いたウレタン変性アルキド樹脂塗料ではなく他の塗料を用いて、UVC照射装置も実用的なものを用いて、UVC照射と音質改善効果との関係を確認したものである。
(実施例2)
図1に示すUVC照射装置を用いて、表2に示す条件でバイオリンにUVCを照射して、バイオリンの音質の変化を評価した。
図1(a)は該照射装置の概略断面図であり、符号20は、UVC照射装置本体であって略直方体状の形状をしたものである。その内部の上面にはUVC光源として、低圧水銀ランプ22が設けられている。また、UVC照射装置20の内部の底面には、UVC照射対象物を設置するための設置台23が設けられており、本実施例においては、バイオリン21が設置されている。
一方、UVC照射装置20の側面には、排気口25を介して排気ポンプ26が設けられ、対向する側面には、吸気口24が設けられており、UVC照射によって発生する有害なオゾンを、常時UVC照射装置20外に排気するとともに、UVC照射装置20内に空気を吸気できるようにされている。なお、図1(b)は、該装置を上面側から見た概略平面図である。
図12は、本実施例で用いた低圧水銀ランプ22の概略平面図であり、本図中の寸法の単位は、mmである。
また、図13は、低圧水銀ランプ22のスペクトル分布を示すグラフである。主要スペクトルは、253.7nmおよび184.9nmとなっている。最高ピーク値は253.7nmである。特にエネルギーレベルの高い184.9nmのUVCにより、有機化合物の主鎖および側鎖を切断できることが知られている。
なお、本発明で用いるUVC光源は、UVC波長領域を主要スペクトルとするものであれば、ここに示すものに限定されない。UVC領域におけるエネルギー量は、総エネルギー量の50%以上である。これは以下の実施例においても同様である。
本実施例で用いたバイオリン21は、その表面に伝統的な油性ワニスを刷毛塗りで塗布し、その塗装の膜厚が20〜40μmとなっているもので、塗装完了後1ヶ月経過したものである。これを用いて以下に示す手順により、評価を行った。
◎表面(響板)のUVC処理
すなわち、バイオリン21を、その表面(響板)最上部が低圧水銀ランプ22の下端より30mmの距離に位置するように、設置治具(図示略)で高さを調整して設置台23上に設置した。この時、バイオリン21の板全体は、低圧水銀ランプ22の下端より50mm以内の距離に収まった。なお、バイオリン21は、塗装が施されていない指板を取り外した状態にして用いた。これは、以降の実施例においても同様である。なお、指板を取り外さない場合は、指板をアルミフォイル等の紫外線遮断薄片で覆うと良い。
次に、排気ポンプ26を稼働させ、バイオリン21に対して、低圧水銀ランプ22よりUVCを5分間連続で照射し、続いて、バイオリン21をUVC照射装置20外に取り出し、コンプレッサー(図示略)を用いて圧縮空気を照射面に10分間吹付けて冷却した。この操作を1サイクルとして、合計6サイクルのUVC照射処理を行った。すなわち、UVC照射時間は、合計30分であった。
UVCを照射して、UVC照射装置20外に取り出した直後の、照射面の温度は、55〜65℃であったが、圧縮空気の吹付けにより、ほぼ室温(25℃)まで低下していることが確認された。したがって、本処理を、冷房装置を備えた室内等で室温を下げて行えば、冷却時間をさらに短縮することができ、総合処理時間を短縮することができる。
◎裏面のUVC処理
表面と同様に、UVCをバイオリン21の裏面に合計30分間照射した。UVC照射後の照射面の温度は、前記同様55〜65℃であった。
◎側面のUVC処理
バイオリン21の側面は凹凸が大きく、側面全体に対して均質にUVCを照射することが困難であったため、低圧水銀ランプ22の下端から15mm〜115mmの距離に収まるように、バイオリン21を横向きに設置台23上に設置した。なお、低圧水銀ランプ22の下端からの距離が遠い側面は、音質上重要な部分ではないので、この距離のばらつきは、大きな問題とはならない。
バイオリン21に対して、UVC照射を3分間連続で行った後、UVC照射装置20外に取り出し、コンプレッサーを用いて圧縮空気を照射面に7分間吹付けて冷却した。この操作を1サイクルとして、合計6サイクルのUVC照射処理を行った。すなわち、UVC照射時間は、片方の側面につき合計18分であった。同様の処理を残り片方についても行い、合計で36分間UV照射処理を行った。
UVCを照射して、UVC照射装置20外に取り出した直後の、照射面の温度は、最も低圧水銀ランプ22に近い部分で75℃であり、最も遠い部分で50℃以下であったが、いずれも、塗装膜の変質、顕著な流動等、有害な劣化は見られなかった。
上記UVC処理を行ったバイオリン21と、UVC処理を行っていないこと以外は同じ方法で、特性の近い材料を用いて同時期に製作されたバイオリンを用いて、以下に示す方法により、音質の評価を行った。
音質の評価は、バイオリン開発担当のアマチュア演奏家および音楽大学の教員であるプロの演奏家によって、大ホールおよび小ホールでバイオリンを試奏し、楽器設計者、バイオリン製作作業者、材料研究者、バイオリン出荷検査者および演奏者本人からなる総計6〜10名の評価者により行った。なお、これら演奏家および評価者には、演奏および評価前にこれらバイオリンの違いについての説明は、一切行わなかった。
その結果、評価者の全員が、UVC処理の有無に基づく音の差を認識できた。すなわち、UVC処理を行ったバイオリンは、「音が枯れている」、「製作後間もないものとは思えない」「遠くで聴いていてよく聞こえる」、「不必要なノイズが極めて少ない」、「音名による鳴りのばらつきが少なく、低音弦と高音弦のバランスが優れている」というもので、音楽的に優れているという評価を得た。
また、別途、アマチュアオーケストラ団員10数名、複数名のプロ演奏家によって、同様に評価したところ、70〜80%の意見としてUVC処理を行ったバイオリンの方が、音質が良いとの評価を得た。
(実施例3)
実施例2で用いたものに近い特性のバイオリン31を選んで、以下に示すようにUVC照射処理を行った。バイオリンの木質材料は、同種木材から得たものでも特性に差が出るため、本実施例では、特に木質材料の密度、弾性率およびQ値が、実施例2で用いたバイオリンに近いものを選び、塗装方法および塗装膜の膜厚も実施例2で用いたものと同じとなるようにしたバイオリン31を選択した。
そして、図2に示すUVC照射装置30を用いて、表2に示す条件でバイオリン31にUVCを照射して、バイオリン31の音質の変化を評価した。すなわち、UVC照射装置30内において低圧水銀ランプ22を、バイオリン31を取り囲むように六方面に設置した。(図2では、バイオリン31の側面方向の低圧水銀ランプ22については、図示を省略した。)この時、表面および裏面の低圧水銀ランプ22からの距離は、実施例2と同じとし、側面の低圧水銀ランプ22からの距離は、25mm〜125mmとした。
そして、バイオリン31の表面、裏面および側面のいずれに対しても、UVCを3分間連続で照射した後、バイオリン31をUVC照射装置30外に取り出して、コンプレッサーを用いて圧縮空気を照射面に12分間吹付けて冷却するサイクルを、合計10サイクルずつ行った。すなわち、UVC照射時間は、一つの面につき合計30分であった。UVC照射直後における照射面の温度は、65〜68℃であったが、塗装膜の変質、顕著な流動等、有害な劣化は見られなかった。
本実施例のバイオリン31を、前記プロ演奏家に試奏してもらったところ、実施例2のUVC処理バイオリンとほぼ同等の音質であるとの評価を得た。
(実施例4)
実施例2および3で用いたものに近い特性のバイオリン41に対して、図3に示すUVC照射装置40を用いて、表2に示す条件でUVC処理を行い、バイオリン41の音色の変化を評価した。
本実施例においては、UVC照射装置40内に、設置台23に代えて、高さ調節が可能な回転テーブル43を設けて、該回転テーブル43上にバイオリン41を設置し、バイオリン41がUVC照射装置40内で回転できるようにした。そして、UVCの照射条件およびバイオリン41の低圧水銀ランプ22からの距離は、いずれも実施例2と同じとし、回転テーブル43の回転速度を12rpmとして、バイオリン41に対してUVC照射処理を行った。これにより、バイオリン41へのUVC照射をより均等に行うことができた。
なお、UVC照射装置40は、その内部でバイオリン41が回転可能となるように、水平面の面積を、UVC照射装置20よりも大きくしてある。
UVC照射直後における照射面の温度は、表面および裏面については最大で64℃であり、側面については最大で71℃であった。すなわち、実施例2における温度よりも低目となったが、これは、実施例2のようにバイオリン21を固定した場合は、照射位置によって若干照射のばらつきが生じるためと、本実施例のようにバイオリン41を回転させた場合は、空気による冷却効果が高まるためと考えられる。
本実施例のバイオリン41を、実施例2および3のUVC処理バイオリンとともに、前記プロ演奏家に試奏してもらったところ、実施例2および3のUVC処理バイオリンとほぼ同等の音質であるとの評価を得た。
(実施例5)
実施例2〜4で用いたものに近い特性のバイオリン51に対して、図4に示すUVC照射装置50を用いて、表2に示す条件でUVC処理を行い、バイオリン51の音質の変化を評価した。
UVC照射装置50には、バイオリン51に対して常時圧縮空気を吹付けられるよう、ノズル53が設けられており、該ノズル53は、配管52を介して、コンプレッサー54と接続された圧縮空気タンク55に連結されている。また、UVC照射装置50には、排気口25を介して排気ポンプ26が設けられている。
バイオリン51の低圧水銀ランプ22からの距離は、いずれも実施例2と同じである。そして、バイオリン51の表面、裏面に対しては、圧縮空気を吹付けながらUVCを10分間連続で照射した後、バイオリン51をUVC照射装置50外に取り出して、圧縮空気による強制冷却は行わず、5分間自然放置するサイクルを、合計3サイクルずつ行った。すなわち、UVC照射時間は、一つの面につき合計30分であった。一方、側面に対しては、圧縮空気を吹付けながらUVCを6分間連続で照射した後、バイオリン51をUVC照射装置50外に取り出して、圧縮空気による強制冷却は行わず、4分間自然放置するサイクルを、3サイクル行った。すなわち、UVC照射時間は、合計18分であった。
UVC照射直後における照射面の温度は、いずれの面でもほとんど差がなく、最大で61℃であった。
なお、本実施例では、UVC照射後にバイオリン51をUVC照射装置50外に取り出して自然冷却しているが、UVC照射中の圧縮空気の吹付け量を調整して、照射表面の温度上昇を効果的に抑制できれば、このような取り出しは省略することができる。
本実施例のバイオリン51を、前記プロ演奏家に試奏してもらったところ、実施例2〜4のUVC処理バイオリンとほぼ同等の音質であるとの評価を得た。
(実施例6)
実施例2〜5で用いたものに近い特性のバイオリン61に対して、図5に示すUVC照射装置60を用いて、表2に示す条件でUVC処理を行い、バイオリン61の音質の変化を評価した。
UVC照射装置60は気密性を高めたもので、排気口65を介して真空ポンプ66が設けられており、該真空ポンプ66の運転により、UVC照射装置60内を真空状態(圧力0.02Mpa以下)にまで減圧可能となるようにされている。また、UVC照射装置60には、気圧回復バルブ64が設けられており、該バルブ64を開くことで、真空状態を解除できるようになっている。
バイオリン61の低圧水銀ランプ22からの距離は、いずれも実施例3と同じである。そして、5分間減圧した後、バイオリン61の表面、裏面および側面のいずれに対しても、UVCを2分間連続で照射した後、2分間で真空状態を解除して、バイオリン61をUVC照射装置60外に取り出した後、コンプレッサーを用いて圧縮空気を照射面に5分間吹付けて冷却するサイクルを1サイクルとして、合計10サイクル行った。すなわち、UVC照射時間は、一つの面につき合計20分であった。
さらに、同様のUVC処理を、もう10サイクル、20サイクル、30サイクルおよび40サイクル繰返し、UVC照射時間を、一つの面につき合計40分、60分、80分および100分として、その都度バイオリン61の音質を評価して、それぞれ上記20分の場合と結果を比較した。
本実施例のバイオリン61を、前記プロ演奏家に試奏してもらったところ、UVC処理を合計10サイクル行ったものでは、実施例2〜5とほぼ同じ効果があることが確認された。一方、20サイクル行った場合は、10サイクルの場合に対して音響改善効果が見られず、むしろ、少し鳴りが抑制されて強い芯のある音が出難くなる傾向であった。すなわち、UVC処理による音響改善効果には、限界があることが確認された。30サイクルの場合は、20サイクルの場合とほとんど同じ結果が得られたが、40サイクルの場合は、明らかに鳴りが悪くなり、音色も耳障りなものへと変化してしまった。そして、50サイクル行った場合では、音響的な特性がさらに悪化し、バイオリン61にも、ひび割れや曇り等の外観の変化が顕著に現れ、塗装膜としての性能を維持できなくなってしまった。
本実施例のような真空雰囲気中においては、同じ照射装置および照射距離でも、常圧の空気雰囲気中よりもUVCの照射効果が大きい傾向が見られた。これは、UVC、特に184.9nmのUVCが、照射装置内の酸素により減衰されることがなくなることによる。また、該照射装置内における熱の伝播も抑制できるため、バイオリン61の照射面の温度上昇抑制にも有効である。
また、本実施例の結果より、UVCの照射時間は60分(UVC処理30サイクル)が限度であると判断された。同じUVC処理時間でも、照射雰囲気(空気雰囲気中、真空雰囲気中、窒素雰囲気中等)でUVC照射量が変わるため推測の域を出ないが、空気中での処理であれば、同じ照射距離であれば、本実施例の1.5倍の90分の処理時間が実用的な照射限度であると類推された。
(実施例7)
実施例2〜6で用いたものに近い特性のバイオリン71に対して、図6に示すUVC照射装置70を用いて、表2に示す条件でUVC処理を行い、バイオリン71の音質の変化を評価した。
本実施例においては、実施例6で用いたUVC照射装置60の気圧回復バルブ64に、配管を介して窒素ガスボンベ75を接続した形態の装置を用いて、UVC照射を不活性ガスである窒素雰囲気中でおこなった。すなわち、気圧回復バルブ64を閉じた状態で、UVC照射装置70内を真空ポンプ66を用いて真空状態にした後、気圧回復バルブ64を開放して、窒素ガスボンベ75から窒素をUVC照射装置70内へ導入し、バイオリン71の低圧水銀ランプ22からの距離を実施例3および6と同じにして、UVC照射を行った。
この時のUVC照射サイクルは以下の通りである。すなわち、UVC照射装置70内を5分間減圧してから2分間かけて窒素置換を行い、バイオリン71の表面、裏面および側面のいずれに対しても、UVCを2.5分間連続で照射した後、バイオリン71をUVC照射装置70外に取り出して、コンプレッサーを用いて圧縮空気を照射面に3分間吹付けて冷却するサイクルを1サイクルとして、合計10サイクル行った。すなわち、UVC照射時間は、一つの面につき合計25分であった。
本実施例においては、実施例6の真空雰囲気中よりは劣るが、常圧の空気雰囲気中よりもUVCの照射効果が大きい傾向が見られた。また、真空雰囲気中よりも、照射表面の自然冷却効果が大きく、照射中の温度上昇は抑えられる傾向も見られた。
本実施例のバイオリン71を、前記プロ演奏家に試奏してもらったところ、実施例2〜6とほぼ同じ効果が確認された。
Figure 0004677857
(実施例8)
実施例2〜7の結果より、UVC処理の経済的かつ合理的な方法としては、例えば、(i)常圧空気雰囲気中でのUVC全面同時照射、(ii)UVC照射中の照射面への圧縮空気吹付けによる強制冷却、(iii)UVC光源への最近接距離を表面および裏面を30mm、側面を15mmとすること、(iv)UVC照射時間10分およびUVC照射装置外での強制冷却5分の計15分のサイクルを3サイクル行うこと、を挙げることができる。
そこで、これらを組み合わせてUVC処理を行うことで、UVC全照射時間を30分とし、UVC処理全作業時間を45分としたところ、実施例2〜7の半分以下の時間で、これらと同等の効果を得ることができた。また、本実施例においては、UVC照射直後における照射面の温度は、いずれの面でもほとんど差がなく、60〜65℃であり、温度上昇を低く抑えることができた。
(実施例9)
塗装を油性ワニス以外のもので行ったバイオリンを用いて、それ以外は実施例7と同じ条件でUVC処理を行い、バイオリンの音質の変化を評価した。
すなわち、実施例2で用いたバイオリンを製作した時の材料と近い特性の材料を用いてバイオリンを製作し、塗装をアルキド樹脂(膜厚20〜40μm)、アルコールワニス(膜厚10〜35μm)、セルロースラッカー(膜厚50〜80μm)、ポリエステル樹脂塗料(膜厚70〜90μm)およびポリウレタン樹脂塗料(膜厚90〜110μm)で行ったそれぞれのバイオリンについて、UVC照射・非照射のものを用意し、評価を行った。ただし、これらのバイオリンはいずれも、塗装後3〜4ヶ月保存し、塗装膜の化学的安定と木材の含水率安定を図ってから、UVC処理に供した。
上記10台のバイオリンを前記プロ演奏家に試奏してもらったところ、それぞれの塗装の違いで程度に差はあるものの、実施例7と同様、すなわち実施例2〜7と同様の音質改善効果が見られるとの評価結果を得た。特に、ポリウレタン樹脂塗料およびセルロースラッカーで顕著な効果が認められ、これらに続きポリエステル樹脂塗料でも大きな効果が認められた。
本実施例での塗装では、塗料の種類以外に膜厚も異なるため、前記音質改善効果の差がいずれによるものかは断定できないが、これらの結果より、本発明のUVC照射による音質の改善効果は、塗装膜の種別を問わず認められることが確認された。すなわち、UVCの塗装膜への作用は化学的な作用ではなく、分子鎖の切断等、物理的な作用であることを示唆するものである。これは、UVC照射前に塗装膜がすでに硬化すなわち乾燥が終了していることからも明らかであると考えられる。
(実施例10)
UVC照射による音質の改善効果は、どの程度の照射時間で得られるのかを確認するため、実施例2〜7で用いたものに近い特性のバイオリンを用いて、UVC照射のサイクルを細分化して徐々に進めること以外は、実施例3と同じ照射条件でUVC処理を行い、バイオリンの音質の変化を評価した。なお、本実施例で用いた前記バイオリンは、油性ワニスで膜厚が実施例3で用いたものと同じとなるように塗装されたものである。また、比較対象として、実施例2で用いたUVC非照射のバイオリンおよび実施例3で用いたUVC照射のバイオリンもそれぞれ評価した。具体的手順は以下の通りである。
すなわち、UVCを3分間連続で照射した後、バイオリンをUVC照射装置外に取り出して、コンプレッサーを用いて圧縮空気を照射面に12分間吹付けて冷却するサイクルを1サイクルとし、2サイクルを連続して行って、2、4、6、8および10サイクル終了ごとに、すなわち、UVC照射合計時間6分、12分、18分、24分および30分ごとに、バイオリンの音質の変化を評価した。
その結果、2サイクル終了時には、音質の変化はほとんど認められず、4サイクル終了時には、効果としては不十分であるが音質の変化が認められた。そして、6サイクル終了時には、実施例3のUVC照射バイオリンとほぼ同等の音質であることが確認され、8サイクル終了時には、実施例3のUVC照射バイオリンとの優劣の判断ができない程度まで、音質が改善された。また、10サイクル終了時の音質は、8サイクル終了時のものとほとんど変わらなかった。
よって、UVC照射によって音質の改善効果を得るためには、最低12分の照射時間が必要であることが確認された。
(比較例1)
実施例2で用いたものに近い特性のバイオリンを選んで、このバイオリンを、低圧水銀ランプ22からの距離が実施例2の時よりもさらに50mmずつ遠くなるように設置したこと以外は、実施例2と同様にUVC処理を行い、バイオリンの音質の変化を評価した。すなわち、表面および裏面のUVC照射においては、表面あるいは裏面の最上部が、低圧水銀ランプ22の下端より80mmの距離に位置し、バイオリンの板全体が、低圧水銀ランプ22の下端より100mm以内の距離に位置するように設置した。また、側面のUVC照射においては、低圧水銀ランプ22の下端から65mm〜165mmの距離に収まるように設置した。
そして、実施例2で用いたUVC照射および非照射のバイオリンと、本比較例のバイオリン、合わせて3台のバイオリンを用いて評価を行った。ただし、実施例2で用いた2台のバイオリンについては、UVC照射あるいは非照射のいずれかのものであることを公表し、本比較例のバイオリンについては、その素性を一切明かすことなく、その他の条件は実施例2と同じにして評価を行った。
その結果、評価者全員がUVC処理バイオリンを正しく認識し、本比較例のバイオリンについては、約2/3の評価者が、UVC非処理のバイオリンであると評価し、約1/3の評価者はわからないと答えた。ただし、プロ演奏家は、本比較例のバイオリンを、UVC処理したバイオリンの片鱗が感じられると評価した。
上記評価結果と、UVC中の184.9nm成分の急激な距離減衰特性とから、空気雰囲気中でのUVC処理の場合は、バイオリン表面および裏面を低圧水銀ランプ22から50mm以内の距離に設置することが、バイオリンの音色改善に重要であることが確認された。
(比較例2)
実施例2のUVC照射装置のうち、低圧水銀ランプ22を同様の形状の高圧水銀ランプに換えて紫外線処理を行い、バイオリンの音質の変化を評価した。高圧水銀ランプのスペクトル分布を図14に示す。これから明らかなように、本高圧水銀ランプから照射される光は、可視光を含み、UVCではなく、UVA(320〜400nm)およびUVB(280〜320nm)を主成分とする紫外線である。強度のピーク値をとるのは、365.0nmであり、UVA領域である。
実施例9で用いた、ポリウレタン樹脂塗料を塗布したUVC非照射のバイオリンに対して、本照射装置により、UVCではなく前記組成の紫外線を照射したこと以外は、実施例2と同じ条件でバイオリンの照射処理を行った。
さらに、紫外線照射のサイクルを前記6サイクルからさらに増やして、合計で12サイクル、30サイクル、60サイクルおよび120サイクル行って、評価を行った。
その結果、実施例2と同じ6サイクル、12サイクルおよび30サイクルでは、音質の改善効果および変化は認められなかった。60サイクルで実施例2と同様な傾向が認められたが、その程度としては不十分であった。120サイクルでは、実施例2に近い効果が認められたが、紫外線処理が長時間に渡ったため、塗装膜のひび割れあるいは白濁等の外観上の顕著な変化が発生した。
すなわち、照射する光の波長により、塗装膜に及ぼす効果が大きく異なり、本実施例のようなUVAおよびUVBによる塗装膜の処理では、UVC同等の音質改善効果は得られないことが確認された。
(比較例3)
図7に示すようなUVA照射装置10を用いてUVA処理を行い、バイオリンの音質の変化を評価した。図7(a)および(b)は、それぞれUVA照射装置10の上面側から見た概略平面図および概略側面図であり、図中の寸法の単位はmmである。略直方体状のUVA照射装置10は、その上面に換気口12が設けられており、側面の一つは、扉11で構成されている。
図7(c)は、該装置10の概略斜視図であり、該装置内の側面のうち、扉11の壁面とこの扉11と隣り合う壁面には、UVA光源であるブラックライト13が2本ずつ設けられ、扉11と対向する壁面にはブラックライト13が4本設けられている。これらブラックライト13は、直管の蛍光灯と同様の形状をしており、直径32.5mm、長さ580mmである。本ブラックライト13のスペクトル分布を図15に示す。350nm付近に強度のピーク値をとる。
また、該装置10内には、バイオリンを支持して固定するための支持台14が設置されており、該支持台14の棒を、バイオリンのエンドピン穴に差し込んで、スクロールを上面とし、表面および裏面が、ブラックライトが4本設けられている壁面に向くように、バイオリンを設置できるようにされている。
また、図7(d)は、扉11を開いた状態での該装置10の概略断面図である。該装置10内の上面には、換気口12に対応する位置に換気ファン15が設けられており、この換気ファン15を運転することで、UVA照射処理中でも該装置10内に熱がこもることを避けることができる。本ブラックライト13は、低圧水銀ランプ等と比較して発熱量がさほど多くはないので、したがって、長時間のUVA連続照射が可能となっている。
実施例9で用いた、セルロースラッカーが塗布されたUVC非照射のバイオリンを、実施例4と同様の照射距離となるように、UVA照射装置10内に設置して、以下に示す手順で、UVA処理を行い、バイオリンの音質の変化を評価した。
すなわち、UVA照射を連続8時間行い、一夜静置後にさらに8時間照射して合計16時間照射し、同様の一夜静置および8時間照射をさらに3回および4回繰り返して、合計40時間および72時間の照射を行って、それぞれ照射終了後に評価を行った。
その結果、照射時間8時間および16時間では、バイオリンの音質に変化は認められず、40時間照射したものでかろうじて変化の兆候が認められた。しかし、実施例9と比べるとその変化は小さいものであった。72時間照射したものでは、40時間照射したものからほとんど変化が認められず、よって、UVA照射の効果は40〜50時間で上限となることが確認された。
一方、72時間照射したバイオリンを1ヶ月放置した後、再度評価を行ったところ、音質の変化が解消されていることが確認された。すなわち、UVA照射による音質の変化は、塗装膜の流動性(塑性)を一時的に高めることによるもので、UVCによる塗装膜への物理的作用とは異なる作用であることが示唆された。
以上の結果より、本発明によれば、エネルギーレベルの高い遠紫外線を極めて短時間照射することで、楽器表面の塗装膜の改質を行うことができ、短時間で、経年変化を経た楽器と同等の優れた音質の楽器を得られることが確認された。
また、改質工程が短時間でかつ簡便であるため、コスト的にも優れた楽器を得ることができる。
本発明の、遠紫外線照射を行った楽器用部材からなる楽器あるいは遠紫外線照射を行った楽器は、短時間で作製することができ、その音質は長期の経年変化を経た楽器と同等で優れたものである。また、その製作にあたっては、簡便な工程を必要とするだけである。したがって、コスト的に優れた高音質の楽器を幅広く提供できる。
本発明の実施例2における塗装膜改質方法の工程の一例を示す概略断面図である。 本発明の実施例3における塗装膜改質方法の工程の一例を示す概略断面図である。 本発明の実施例4における塗装膜改質方法の工程の一例を示す概略断面図である。 本発明の実施例5における塗装膜改質方法の工程の一例を示す概略断面図である。 本発明の実施例6における塗装膜改質方法の工程の一例を示す概略断面図である。 本発明の実施例7における塗装膜改質方法の工程の一例を示す概略断面図である。 比較例3における近紫外線照射装置を示す概略図である。 塗装膜の静的な物理特性モデルを示す図である。 塗料の質量を加味した塗装膜の動特性モデルを示す図である。 本発明の実施例1で用いた遠紫外線照射装置のランプハウスを示す概略断面である。 空気雰囲気中および窒素ガス雰囲気中における各波長の遠紫外線の透過率を示すグラフである。 本発明の実施例で用いた低圧水銀ランプの概略平面図である。 本発明の実施例で用いた低圧水銀ランプのスペクトル分布を示すグラフである。 比較例で用いた高圧水銀ランプのスペクトル分布を示すグラフである。 比較例で用いたブラックライトのスペクトル分布を示すグラフである。
符号の説明
20・・・遠紫外線照射装置、21・・・バイオリン、22・・・低圧水銀ランプ、23・・・設置台、24・・・吸気口、25・・・排気口、26・・・排気ポンプ

Claims (8)

  1. 楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射してなることを特徴とする楽器用部材。
  2. 前記紫外線が、遠紫外線波長領域におけるエネルギー量が総エネルギー量の50%以上のものであることを特徴とする請求項1に記載の楽器用部材。
  3. 紫外線の照射が、真空雰囲気中で行われたことを特徴とする請求項1または2に記載の楽器用部材。
  4. 紫外線の照射が、不活性ガス雰囲気中で行われたことを特徴とする請求項1または2に記載の楽器用部材。
  5. 請求項1〜4のいずれか一項に記載の楽器用部材、またはそれらの組み合わせからなることを特徴とする楽器。
  6. 楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射してなることを特徴とする楽器。
  7. 楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射することを特徴とする楽器用部材の製造方法。
  8. 楽器用木材料に塗装を施し、塗装膜を乾燥させた後、前記塗装膜の温度が75℃以下となるように、遠紫外線波長領域において強度が最高ピーク値となる紫外線を、18分以上前記塗装膜に照射することを特徴とする楽器の製造方法。
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