JP4398546B2 - 耐摩耗性皮膜被覆材料及びその製法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は優れた密着性と靭性を兼ね備えた耐摩耗性皮膜を被覆した材料およびその製造方法に関し、詳細には輸送機、産業機械、レジャー用品等の分野において耐摩耗性が要求されるピストンリング、バルブリフター、シム等の摺動部品及び、車軸、軸受け、等速ジョイント、レールガイド、歯車等の転動部品など各種機械部品の素材として有用な耐摩耗性皮膜被覆材料、およびその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より車軸などの転動部品やピストンリングなどの摺動部品には、高い耐摩耗性が要求されており、特に近年、皮膜の硬度だけでなく、靭性を付与して耐摩耗性の向上を図る技術が開発されている。例えば、特開平5−78821号には、Co、Ni及びMoから選ばれる1種以上の金属と、Si、Ti、V、Cr、Fe、Zr、Nb及びWから選ばれる1種以上の金属の炭化物又は窒化物との混合組織からなる皮膜を、イオンプレーティング法によって母材表面に被覆することにより耐摩耗性、皮膜靭性を向上させたピストンリングが提案されている。また特開平5−125521号には、TiNとNiよりなる皮膜をイオンプレーティング法によって母材表面に被覆して密着性を向上させる技術が開示されている。また本発明者らはAl、Si、Fe、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Hf、及びWよりなる群から選択される1種以上の金属の炭化物、窒化物または炭窒化物中に、Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属を含む皮膜をイオンプレーティング法によって母材表面に被覆することにより耐摩耗性及び靭性を向上させる技術を提案(特開平9−71856号)している。
【0003】
しかしながらこれら従来技術では、十分な靭性を確保する為にNi、Co、Mo、又はCuを多量に添加する必要があり、これら高価な金属の多量添加が高コストの要因となっていた。特に成膜にイオンプレーティング法やスパッタリング法等の気相コーティング法を用いる場合、特殊な組成のターゲット材を溶製したり、或いは複数種のターゲットを用いる様な複雑な成膜操作が必要となり、製造コストが大幅に上昇するため、その適用は一部の高級品に限られていた。
【0004】
また耐摩耗部材として鋼材が多用されているが、この様な母材に施される従来技術の皮膜の主成分は、母材とのヤング率差が大きいので、皮膜と母材が変形する様な、局部的な面圧の高い環境下で使用すると、皮膜と母材の界面に生じるせん断応力が高くなり、皮膜と母材との密着性が低下するという問題が生じていた。
【0005】
また更に、従来技術の皮膜を施した耐摩耗部材を潤滑油存在下で使用すると、潤滑油と皮膜との相性が悪い場合、例えば、部材の皮膜にNiが多量に含有されていると、Niは潤滑油中のS系極圧剤と反応し、Ni硫化物を生成して潤滑油を劣化させると共に、Ni硫化物の生成によって極圧剤が減少する為に、潤滑油の寿命が著しく低下するという問題が生じていた。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記問題を鑑みてなされたものであり、その目的は優れた密着性と靭性を有する皮膜を形成することによって、高い耐摩耗性を発揮することの出来る耐摩耗性皮膜被覆材料を提供することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決し得た本発明とは、下記(A);下記(B);及び下記(C)を含む皮膜が母材表面に被覆されたものであることを特徴とする耐摩耗性皮膜被覆材料である。(A)Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属;(B)Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属の窒化物、炭化物若しくは炭窒化物;(C)金属Fe;及びFeの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物
この際、皮膜中に金属Feの含有率が3wt%以上であることが望ましく、被覆される母材の硬度がHv600以上のFe基合金であることが推奨される。
【0008】
また上記の様な耐摩耗性皮膜被覆材料の製造方法としては、下記(A);下記(D);及びFeを含む合金ターゲットを用い、窒素及び/又はメタン存在下で、物理蒸着法によって前記皮膜を母材表面に被覆すれば良い。(A)Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属;(D)Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属
尚、物理蒸着法としては特にイオンプレーティング法が推奨され、成膜時のバイアス電圧を50V以下、処理温度を300℃以下とすることが望ましい。
【0009】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、前記問題を解決するために研究を重ねた結果、皮膜に金属Feが残存していれば、膜の靭性や密着性を向上させることができることを知見し本発明に至った。
【0010】
本発明に係る皮膜の成分として含まれるCo、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属は、皮膜の靭性を向上させる成分であり、またFeが窒化物、炭化物、或いは炭窒化物を生成するのを阻害し、金属Feとして皮膜中に残存させるために必要な成分である。こうした効果を発揮させるには、これらCo等から選択される1種以上の金属が皮膜中に存在していればよいが、要求される靭性、及びFeの窒化物、炭化物、或いは炭窒化物生成の阻害等の効果を十分発揮させるには、2.5wt%以上含有させることが望ましい。また上限は特に限定されないが、多量に含有しても効果が飽和すると共に、コストも上昇するので、30wt%以下の含有量とすることが推奨される。
【0011】
尚、高い面圧下では、皮膜表面が塑性流動を起こして加工硬化し、皮膜が破損することがあるので、この様な条件下に用いる場合は、皮膜の破損を防止するために、Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属の皮膜中の含有率を15wt%以上とすることが推奨される。
【0012】
また本発明の皮膜の他の成分として、Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属の窒化物、炭化物、若しくは炭窒化物を含有させることが必要である。これらの成分は、金属Fe;及びCo、Ni、Mo、Cuよりなる群から選択される1種以上の金属によって構成されるマトリックスに分散して混合組織、或いは分散組織を形成し、皮膜の硬度を向上させることができる。これらAl等の金属の窒化物、炭化物、若しくは炭窒化物の皮膜中の含有量は特に制限されず、潤滑剤の有無、摺動、又は転動速度、面圧などの摩耗条件、要求寿命、マトリックスの種類等の使用条件によって適宜決定しうるが、Hv800〜2000程度の皮膜硬度とするには、好ましくは10wt%以上、より好ましくは20Wt%以上含有させることが推奨され、上限は80wt%が好ましく、より好ましくは50wt%である。
【0013】
また更に本発明の皮膜の他の成分として、金属Feを含有させることが必要である。皮膜中に金属Feを含有させると、皮膜の靭性や密着性を向上させることができる。
【0014】
皮膜中の金属Fe含有量の上限は特に制限されず、使用目的に応じて適宜金属Fe含有量を調節することができる。金属Feの含有量が多いほど皮膜の靭性、潤滑油との相性を向上させることができ、またコストの上昇を抑えることができるので、50wt%以上含有することが推奨される。
【0015】
また高い面圧下など皮膜表面が塑性流動を起こして硬化しかねない環境で用いる場合、皮膜中に含まれる金属Feが多くなると加工硬化を起こすことがあるので、金属Fe含有量を減少させ、例えば50wt%以下にしてもよい。
【0016】
皮膜中の金属Feが減少すると、皮膜の靭性が低下すると共に、潤滑油との相性も悪化するので、皮膜中の金属Fe含有量の下限は好ましくは3wt%、より好ましくは10wt%とすることが望ましい。
【0017】
尚、本発明の皮膜の含有成分である、Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属;Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属の窒化物、炭化物若しくは炭窒化物;及びFeの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物の1種を除いた残部は実質的に金属Feであるが、「残部は実質的に金属Fe」とは、Fe系合金中に通常含まれているC、P、S、その他金属元素及びその窒化物、炭化物、若しくは炭窒化物がマトリックス中に混入し、それらが皮膜中に2wt%程度以下含有する場合、或いは皮膜の特性に大きな影響を与えない範囲で酸化物や硼化物を混入させる場合も本発明の範囲内とする意味である。
【0018】
皮膜中の金属Feの存在形態は、均一な混合組織であることが望ましいが、均一な混合組織ではなく、局部的な偏在や分散組織の状態であっても十分な効果を発揮することができる。
【0019】
本発明に係る耐摩耗性皮膜が被覆される母材の種類は特に限定されず、機械構造用鋼、工具用鋼、軸受け鋼等のFe基合金や、Ti合金、Al合金、Mg合金等の各種合金の他、超硬材料、セラミックスなどを用いることができる。これらのうち高い硬度を有する素材が好ましく、高い硬度を有していれば局部的な面圧がかかる環境下で使用しても、母材の変形による皮膜の破壊や、剥離を防止することができるので、母材として硬度がHv600以上である素材が推奨され、この様な素材としては、特にFe基合金が好ましい。Fe基合金であればヤング率が本発明に係る皮膜とほぼ同等の値を有するため、皮膜と母材の界面に生じるせん断応力が高くなっても、密着性を維持することができる。
【0020】
本発明に係る耐摩耗性皮膜を母材に被覆する方法として、反応性のプラズマ溶射などを用いることも可能であるが、イオンプレーティング法やスパッタリング法などの物理蒸着法がが推奨され、これらの中でも、成膜速度、反応性、密着性、操作性の観点からアークイオンプレーティング法(AIP法)に代表されるイオンプレーティング法が好ましい。
【0021】
またこれら物理蒸着法による皮膜形成時のプロセスガスとしては、窒素;メタン;或いは窒素、メタン混合ガスであり、該プロセスガス雰囲気中で成膜することによって、Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択した金属を窒化物、炭化物若しくは炭窒化物とすることができる。
【0022】
物理蒸着法に用いるターゲット材としては、(A)Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属;(D)Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属;及びFeを含有するターゲット材であり、この様なターゲット材として例えば、市販のオーステナイト系ステンレス等のFe基合金やニッケルクロムモリブデン鋼等の合金鋼を用いることができるので、特殊な合金の溶製を必要とせず、また複数種のターゲット材を用いる成膜操作の様な複雑な作業を必要としないので、コストの上昇を防ぐことができる。
【0023】
尚、上記(D)より窒化物、炭化物若しくは炭窒化物を形成する金属としてFeを選択した場合は、実質的に金属Feと上記(A)より選択される金属とを成分とするターゲット材を用いることになるが、皮膜形成時に金属Feの一部が窒化物、炭化物若しくは炭窒化物となり、結果として皮膜中には上記(A)と;Feの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物;及び金属Feの3成分が含まれる。また上記(D)の金属としてFe以外の金属(例えばCr)を選択しても、成膜過程で金属Feの一部が窒化物、炭化物若しくは炭窒化物となり、皮膜中には上記(A)より選択した金属;Crの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物;Fe;及びFeの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物が含まれることになる。
【0024】
皮膜中のFeが金属Feであるか、或いはFeの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物であるかは、TEM、或いはXRD(X線回析)等を用いて調べることができる。
【0025】
尚、皮膜中の金属Feの含有量は、成膜時の母材の処理温度、バイアス電圧を調整することによっても調整することができる。Feの窒化、炭化、或いは炭窒化を極力抑え、皮膜中に金属Feのまま残存させるためには、成膜時のバイアス電圧及び母材温度を通常より低く調整することが推奨される。バイアス電圧の上限は50Vとすることが望ましい。母材温度はターゲット合金の組成や成膜条件によって変わるが、通常、300℃以下とすることが好ましく、より好ましくは250℃以下、さらに好ましくは200℃以下とすることが推奨される。またこの様に成膜時の母材の処理温度を低くすると調質された母材の硬度を維持することができるので好ましい。
【0026】
母材に被覆される本発明に係る皮膜の厚みは特に限定されず、用途や使用条件に応じて膜厚を選択することができるが、皮膜が薄すぎると、用途によっては十分な特性を発揮できない場合があるので、3μm以上とすることが好ましい。また皮膜が厚すぎると膜靭性の低下や表面粗度の悪化等をもたらす場合があるので20μm以下とすることが推奨される。
【0027】
【実施例】
以下実施例によって本発明をさらに詳述するが、下記実施例は本発明を制限するものではなく、前・後記の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施することは全て本発明の技術範囲に包含される。
【0028】
クロムモリブデン浸炭窒化鋼を母材として用い、この母材表面にアークイオンプレーティング法(AIP)またはスパッタリング法によって下記表1に示す条件(ターゲット材、プロセスガス、成膜時処理温度)で皮膜を被覆し、得られた各種耐摩耗性皮膜被覆材料の膜硬度、靭性、密着性、耐摩耗性について評価した。結果を表1に示す。
【0029】
尚、各皮膜の膜厚はおよそ5μmとした。また成膜時の処理温度を調節するために必要に応じて間欠成膜を行うと共に、圧力調整のためにArガスを必要に応じて適宜混入させた。製造方法の他の条件を以下に示す。
【0030】
[アークイオンプレーティング法]
ガス導入前真空度 :1×10-3〜5×10-5Torr
スパッタクリーニング :−500〜−800V、2分(間欠)
ガス導入後圧力 :0.5〜40mTorr
成膜時カソード電流 :100〜200A
成膜時バイアス電圧 :−5〜−50V
成膜前温度 :100〜150℃
[スパッタリング法]
ガス導入前真空度 :5×10-4〜5×10-5Torr
スパッタクリーニング :−700V、2分(間欠)
ガス導入後圧力 :2×10-3Torr
成膜時カソード電流 :100〜200A
成膜時バイアス電圧 :−50〜−200V
成膜前温度 :100〜150℃
RF出力 :500W
【0031】
各耐摩耗性皮膜被覆材料の膜の硬度、靭性、密着性、及び耐摩耗性について評価を行った。各耐摩耗性皮膜被覆材料の評価方法を以下に示す。
[硬度] マイクロビッカース硬度計
[靭性、密着性] スクラッチ試験機
圧子 :ダイヤモンド、先端径200μmR
速度 :10mm/min
荷重 :100N/min
靭性評価基準 :ピッチング発生荷重
密着性評価基準:剥離発生荷重(剥離が発生したものは表中(剥離)と記載)
尚、靭性及び密着性はいずれか低い荷重で発生したものを評価した。
[耐摩耗性] ローラーピッチング試験
面圧 :3GPa
滑り率 :−40%
回転数 :1500rpm
潤滑油 :ディーゼルオイル(2L/min、90℃)
相手材 :SUJ2鋼
評価基準 :振動で試験片が停止するまでの回転数
[皮膜中のFe]
TEM及びXRDを用いて皮膜中のFeが金属Feであるか、Feの窒化物、炭化物、或いは炭窒化物であるかを判断した。
【0032】
【表1】
【0033】
表1から明らかな様に、皮膜中に金属Feを含有し、他の皮膜成分等を満足する本発明例No.1〜19は、優れた靭性、及び密着性を有し、耐摩耗性にも優れた特性を示した。一方、本発明の範囲外である比較例No.20〜22は十分な靭性もしくは密着性が得られず、耐摩耗性も劣る。
【0034】
【発明の効果】
以上、説明した通り、本発明の耐摩耗性皮膜被覆材料は、優れた靭性と密着性を有する皮膜を形成しており、十分な耐摩耗性を発揮することができた。
【0035】
本発明の耐摩耗性皮膜被覆材料は、ピストンリング、バルブリフター、シム等の摺動部品及び、車軸、軸受け、等速ジョイント、レールガイド、歯車等の転動部品の素材として、輸送機、産業機械、レジャー用品等、幅広い分野に用いることができる。
Claims (6)
- 下記(A);下記(B);及び下記(C)を含む皮膜が母材表面に被覆されたものであり、
該母材は硬度がHv600以上のFe基合金であることを特徴とする転動部品用または摺動部品用耐摩耗性皮膜被覆材料。
(A)Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属
(B)Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属の窒化物、炭化物若しくは炭窒化物
(C)金属Fe;及びFeの窒化物、炭化物若しくは炭窒化物 - 前記金属Feの含有率が3wt%以上である請求項1に記載の耐摩耗性皮膜被覆材料。
- 請求項1または2に記載の耐摩耗性皮膜被覆材料を製造するにあたり、下記(A);下記(D);及びFeを含む合金ターゲットを用い、窒素及び/又はメタンの存在下で、物理蒸着法によって前記皮膜を硬度がHv600以上のFe基合金である母材表面に被覆することを特徴とする転動部品用または摺動部品用耐摩耗性皮膜被覆材料の製造方法。
(A)Co、Ni、Mo及びCuよりなる群から選択される1種以上の金属
(D)Al、Si、Fe、Ti、Mn、V、Cr、Nb、Zr及びWよりなる群から選択される1種以上の金属 - 前記物理蒸着法がイオンプレーティング法である請求項3に記載の製造方法。
- 成膜時のバイアス電圧が50V以下である請求項3または4に記載の製造方法。
- 成膜時の処理温度が300℃以下である請求項3〜5のいずれかに記載の製造方法。
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