本発明は半導体発光素子に関わり、特に、透明導電膜を電流分散層に用いた高輝度半導体発光素子に関するものである。
従来、半導体発光素子である発光ダイオード(以下LEDと略す)は、近年、GaN系やAlGaInP系の高品質結晶をMOVPE法で成長できる様になったことから、青色、緑色、橙色、黄色、赤色の高輝度LEDが製作できる様になった。
しかし、高輝度を得るためには、LEDのチップ面内に均一に電流が注入される様、電流分散特性を良くする必要があり、例えばAlGaInP系のLED素子では電流分散層の膜厚を5μm〜10μm程度まで厚くする必要があった。このため、電流分散層の成長にかかる原料費用が多くなり、必然的にLED素子の製造コストが高くなって、安価に製作する妨げとなっていた。
そこで、充分な透光性を有し、且つ良好な電流分散特性を得られる電気特性を有する膜としてITO(錫添加酸化インジウム:Indium Tin Oxide)や、ZnO(酸化亜鉛:Zinc Oxide)を電流分散層に用いる方法が提案されている(特許文献1参照)。またp型クラッド層上に直接ITO膜を形成する方法も提案されている(特許文献2参照)。
このように、ITO膜を電流分散層として用いることができれば、従来、電流分散層として半導体層を5μm〜10μm程度まで厚くしていた方法を必要とせず、その分のエピタキシャル層が不要となる為、安価に高輝度のLED素子、及びLED素子用エピタキシャルウェハを製造できる様になる。
特開平8-83927号公報
米国再発行特許発明第35665号明細書
しかしながら、ITO膜を窓層に用いた場合、半導体層と金属酸化物であるITO膜との間に接触抵抗が発生してしまい、順方向動作電圧が高くなるという課題がある。すなわち、透明導電膜(透明電極)としてのITO膜はn型半導体であり、一方、これと接する上側クラッド層はp型半導体である。従って、LEDに対して順方向の動作電圧を印加すると、透明導電膜(透明電極)とp型クラッド層との間は逆方向バイアス状態となることから、大電圧を印加しなければ電流が流れない。
この解決策として、薄膜の高キャリア濃度層(コンタクト層)をITO膜と接する様に設け、トンネル接合により低電圧でLEDを駆動させる方法がある(例えば特許文献2)。
しかし、このコンタクト層は、トンネル接合を目的とし且つ活性層で発光した光に対し吸収層として作用することから、高キャリア濃度層で且つ薄膜に形成する必要性があり、成長時の熱等により容易にドーパント拡散を起こすため、次の2つの弊害を招く。
第1に、LED素子の深さ方向にドーパントが濃度拡散し、LED素子の活性層にまで拡散すると活性層内の非発光再結合成分となり、出力低下を招く。
第2に、p型ドーパントの拡散により、薄膜の高キャリア濃度層であるコンタクト層の実質的なキャリア濃度が低下してしまうことから、上述したトンネル接合が達成し難くなり、トンネル電圧が上昇し、LED素子の駆動電圧の上昇を招く。
また、ZnはAlGaInP系化合物半導体内のp型ドーパントとして広く用いられているものの、拡散定数が比較的大きく熱工程等による悪影響が生じることが知られている。その為、ドーパントとしてZnを用いてp型クラッド層のキャリア濃度を高くするとZnが活性層へ拡散し発光素子の特性が劣化する。更に、p型不純物として、Znに比べ拡散定数が小さいMgを用いてp型クラッド層を高キャリア濃度化し、p型コンタクト層のp型不純物に、1×1019/cm3以上のキャリア濃度が比較的容易に得られ、且つ充分小さなコンタクト抵抗を得ることができるZnを用いた場合、p型ドーパントであるZnとMgに相互拡散作用がある為、ドーパントの拡散による弊害が顕著に生じる。
ここでドーパントの添加の仕方には、Mg単一、Zn単一、Zn及びMgの組合せの3つがあるが、拡散量はこの順に大きい。つまり拡散量の大小関係は(Mg単一)<(Zn単一)<(Zn及びMgの組合せ)となっている。そこで、相互拡散の抑制方法としては、単一・単体でのドーパント添加が好ましいが、単一でのドーパント添加の場合、次の様な長所と短所がある。
先ず、Mg単一での添加では、コンタクト層を高キャリア濃度とすることが困難であり、例えばITO膜とのトンネル接合を達成することが極めて難しい。しかしその一方で、p型クラッド層等からの活性層へのMgの拡散は極めて少なく、素子ライフの長い、安定したLED素子を得られるというメリットがある。
次にZn単一での添加の場合、前述したMg単一での添加の場合と比べ、全く逆な関係にあり、ITO膜とのトンネル接合は比較的容易に得ることができる。即ちコンタクト層の高キャリア濃度化が比較的容易なのである。しかし、他方で、p型クラッド層等からの活性層へのZnの拡散が比較的多く発生し、Mg単一での添加の時と比べてLED素子の素子ライフが低くなってしまう。また、Znの場合、AlGaInP系の材料に対し、高キャリア濃度の結晶を得ることがMgと比較して困難であることから設定でき得るキャリア濃度の範囲に制限があり、高輝度のLED素子を得難いという課題もある。
これに対し、ZnとMgの組合せによるドーパント添加を行ったLED素子では、次の様な構成を採ることにより、ある程度好適なLED素子が得られる。先ず、コンタクト層のドーパントにはZnを用い、これによりITO膜とのトンネル接合を得る。次に緩衝層やp型クラッド層といったコンタクト層以外のp型半導体層に対してはMgを用い、高キャリア濃度のp型半導体層を得、高輝度のLED素子を得る。
しかし、当該ZnとMgの組合せで用いるケースにおける唯一の問題として、上述したZnとMgの相互拡散の問題があり、これによる素子ライフの低下を抑制する必要があった。
一方で、緩衝層を設けずにp型クラッド層上に直接コンタクト層を設け、その上にITO膜を設ける方法(例えば特許文献2)があるが、この様な構造を採る場合、p型クラッド層の膜厚が薄いためドーパント拡散が活性層まで到達し易く、上記同様に素子ライフが低下し易くなる。更には、p型クラッド層の膜厚が薄いためワイヤボンディング時のダメージにより、素子が壊れ易い。
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、高輝度且つ低駆動電圧であることに加え、経時的な発光出力の低下、及び駆動電圧の上昇を抑制することが可能な半導体発光素子を提供することにある。
上記目的を達成するため、本発明は、次のように構成したものである。
請求項1の発明に係る半導体発光素子は、基板上に、少なくともn型クラッド層、活性層、p型クラッド層から成る発光部が形成され、前記発光部の上部にp型ドーパント濃度が1×1019/cm3以上であり、且つ、前記p型クラッド層に添加されるドーパントとは異なる材料のドーパントが添加されて成る薄膜のAs系p型コンタクト層が形成され、前記p型コンタクト層の上部に金属酸化物材料から成る電流分散層が形成された半導体発光素子において、前記p型クラッド層と前記p型コンタクト層との間に、p型の導電性であると共に故意的若しくは不可避的にH(水素)が含まれ、且つ、膜厚がL=6.869×10−15×N0.788 の関係式[ただし、NはH濃度(単位:cm−3)、Lは前記p型コンタクト層に添加されたドーパントの拡散長(単位:μm)である]で求められる前記拡散長L以上であるIII/V族半導体で構成された緩衝層を有することを特徴とする。
ここで「故意的」に含まれとは、積極的又は意図的に添加(ドーピング)をすることであり、また「不可避的」に含まれとは、そのような積極的、意図的、若しくは故意的な添加(ドーピング)をしないにも拘わらず、結晶に自然にH(水素)が混入する不可避な現象を指す。更に、本明細書中において使用する「アンドープ」や「無添加」、「添加しない」といった表現は、積極的、意図的、若しくは故意的な添加(ドーピング)をしないことを意味するものであり、結晶に自然にH(水素)やC(炭素)等の不純物が不可避的に混入する現象までも指し示したものではない。
請求項2の発明は、請求項1に記載の半導体発光素子において、前記p型クラッド層のドーパントがMgであり、更に、前記p型コンタクト層のドーパントがZnであることを特徴とする。
請求項3の発明は、請求項1又は2に記載の半導体発光素子において、前記p型コンタクト層を構成する材料がAlxGa1−xAs(但し、0≦X≦0.4)であることを特徴とする。
1.0×1019/cm3以上の高キャリア濃度のコンタクト層を安定して実現できる半導体材料には限りがあり、半導体材料としては、ZnドープのAlxGa1−xAs(0≦X≦0.4)が最適である。ただし、上記AlGaAsは発光波長に対して透明でない為、30nm程度以下の薄膜で形成する必要性がある。
請求項4の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の半導体発光素子において、 前記緩衝層はAlxGa1−xAs(但し、0.4≦X≦1)であることを特徴とする。
請求項5の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記電流分散層をITO(錫添加酸化インジウム)、SnO2(酸化錫)、ATO(アンチモン添加酸化錫)、In2O3(酸化インジウム)、ZnO(酸化亜鉛)、GZO(ガリウム添加酸化亜鉛)、BZO(硼素添加酸化亜鉛)、AZO(アルミニウム添加酸化亜鉛)、CdO(酸化カドミウム)、CTO(錫添加酸化カドミウム)、IZO(インジウム添加酸化亜鉛)の内、いずれかの金属酸化物材料を少なくとも1種以上用いて形成することを特徴とする。
請求項6の発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記電流分散層の膜厚が、d=A×λp/(4×n)の計算式[ただし、Aは定数(1又は3)、λpは波長(単位:nm)、nは屈折率である]により求まるdの±30%の範囲にあることを特徴とする。
請求項7の発明は、請求項1〜6のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記発光部を構成する材料が(AlxGa1−x)yIn1−yP(但し、0≦X≦1、0.4≦Y≦0.6)であり、更に前記p型クラッド層、及び前記n型クラッド層に含まれるAl(アルミニウム)の含有率は前記活性層に含まれるAlの含有率よりも高いことを特徴とする。
請求項8の発明は、請求項1〜7のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記電流分散層のキャリア濃度が7×1020/cm3以上有することを特徴とする。
請求項9の発明は、請求項1〜8のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記p型コンタクト層の膜厚が1nm以上30nm以下の範囲にあることを特徴とする。
請求項10の発明は、請求項1〜9のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記基板と前記n型クラッド層の間に高屈折率材料と低屈折率材料から成る屈折率の異なった2種の半導体層を1つのペアとし、そのペア数が10ペア以上30ペア以下である光反射層を形成することを特徴とする。
請求項11の発明は、請求項1〜10のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記光反射層を構成する主たる材料が、AlxGa1−xAs(但し、0.4≦X≦1)、若しくは(AlxGa1−x)yIn1−yP(但し、0≦X≦1、0.4≦Y≦0.6)、又はこれらを組合せて成ることを特徴とする。
請求項12の発明は、請求項1〜11のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記活性層を、バンドギャップの狭い発光層と前記発光層よりも広いバンドギャップを有する障壁層によって成る構造とし、これを複数層積層したことを特徴とする。
請求項13の発明は、請求項12に記載の半導体発光素子において、前記活性層は、当該活性層に含まれる前記発光層の膜厚が9nm以下の薄膜から成る量子井戸構造、又は、前記発光層の結晶格子定数が前記n型クラッド層若しくはp型クラッド層の格子定数と異なる、歪量子井戸構造であることを特徴とする。
請求項14の発明は、請求項1〜13に記載の半導体発光素子において、前記p型クラッド層に含まれるMg濃度が1×1017/cm3以上、5×1018/cm3以下の範囲にあり、且つ前記の範囲に設定されたp型クラッド層は当該層の全て若しくは少なくとも一部を占めることを特徴とする。
Mg濃度が1×1017/cm3を下回ると、当該p型クラッド層のキャリア濃度が低くなり過ぎてキャリア供給層として十分な効果を発揮することが難しくなる。また、5×1018/cm3を越える過剰なMgの添加を行うと、p型クラッド層にMgの濃度にほぼ依存した結晶欠陥を発生させ、ドーパントの拡散を助長すると共にLEDの内部量子効率の低下につながり、総じて、LED素子の発光出力を低下させる。
請求項15の発明は、請求項1〜14のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記基板にGaAs、Ge又はSiのいずれかの半導体材料、若しくは前記Siの有する熱伝導率よりも熱伝導率の高い金属材料を用いることを特徴とする。
請求項16の発明は、請求項1〜15のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記活性層と前記p型クラッド層との間に、ドーパントが添加されていない半導体層、前記p型クラッド層よりも添加されたp型のドーパント濃度が低い半導体層、若しくはn型のドーパントとp型のドーパントが同時に添加され擬似的に中性な状態の半導体層の内のいずれか、又はこれらを組合せた半導体層からなる拡散防止層が、300nm以下の範囲で設けられていることを特徴とする。
請求項17の発明は、請求項1〜16のいずれかに記載の半導体発光素子において、前記活性層と前記n型クラッド層との間に、ドーパントが添加されていない半導体層、前記n型クラッド層よりも添加されたn型のドーパント濃度が低い半導体層、若しくはn型のドーパントとp型のドーパントが同時に添加され擬似的に中性な状態の半導体層の内のいずれか、又はこれらを組合せた半導体層からなる拡散防止層が、200nm以下の範囲で設けられていることを特徴とする。
本発明では、緩衝層に故意的若しくは不可避的にH(水素)を含ませ、そのH濃度値によってZnの拡散長を設定可能としたので、Znの拡散長が緩衝層の膜厚の範囲内に収まるように設定することができる。
発明によれば、p型コンタクト層、及びそれ以外のp型半導体層からのドーパントの相互拡散を効果的に抑制し、高出力、低動作電圧なLED素子を作製できると共に、経時的な発光出力の低下や、駆動電圧の上昇を抑制することが可能なLED素子を作製することができる。
以下、本発明を図示の実施の形態に基づいて説明する。
図1に本実施形態に係る発光ダイオードの構成を示す。この発光ダイオードは、半導体基板であるn型GaAs基板1上に、n型GaAsバッファ層2が形成され、更にn型GaAsバッファ層2上にn型AlGaInPクラッド層(単にn型クラッド層ともいう)3、アンドープAlGaInP活性層(単に活性層ともいう)4及びp型AlGaInPクラッド層(単にp型クラッド層ともいう)5が順次に結晶成長されて発光部が構成されている。更にp型クラッド層5上に、高濃度にp型ドーパントが添加されたAs系のp型AlGaAsコンタクト層(単にp型コンタクト層ともいう)7が積層されている。更にp型コンタクト層7上に、金属酸化物材料から成る電流分散層として、透明導電膜であるITO膜(電流分散層)8が積層され、ITO膜8の表面側に表面電極9が、またn型GaAs基板1の裏面側に裏面電極10が形成されている。
上記p型コンタクト層7はAlxGa1−xAs(但し、0≦X≦0.4)からなり、膜厚は1nm以上30nm以下であり、p型ドーパントとしてのZnが、キャリア濃度1×1019/cm3以上という高濃度に添加されている。
電流分散層であるITO膜8の膜厚は、d=A×λp/(4×n)の計算式[ただし、Aは定数(1又は3)、λpは波長(単位:nm)、nは屈折率である]により求まるdの±30%の範囲にある。この電流分散層であるITO膜8は真空蒸着法か又はスパッタ法によって形成され、成膜直後の状態で7×1020/cm3以上のキャリア濃度を有する。
そして、この発光ダイオードの特徴として、上記p型コンタクト層7と上記p型クラッド層5との間に、p型ドーパントとしてMgが添加されたIII/V族半導体で構成したp型の緩衝層6を形成する。
このp型緩衝層6は、具体的には発光波長に対し光学的に透明で、発光部を構成するAlGaInP系材料に対して格子整合するAlxGa1−xAs(0.4≦X≦1)から成る。また、当該p型緩衝層6は、その膜厚tが、コンタクト層7に添加されたZnの拡散長以上となっている。
上記緩衝層6は、高Al組成のAlGaAs層であり、AlGaInP系材料によって構成されるLED素子の発光波長に対し、光学的に透明であって、尚且つAlGaInPなどの4元系材料と比べて結晶成長が容易で、更には発光部を構成するAlGaInP系材料との格子整合性がほぼ一致することから、LED素子の動作電圧を低くすることが可能な材料である。
コンタクト層7に添加されたZnの拡散長は、図2に示すように、p型緩衝層6中に含まれるH(水素)の濃度と相関があり、
L=6.869×10−15×N0.788
の関係式[ただし、NはH濃度(単位:cm−3)、Lは前記p型コンタクト層に添加されたドーパントの拡散長(単位:μm)である]で表される。
そこで、本発明の実施形態では、p型緩衝層6の膜厚tが、上記の関係式又は図2の曲線から求められるZn拡散長Lに対し、それ以上の膜厚となるように、p型緩衝層6中のH濃度を設定している。このH濃度の設定は、例えば緩衝層6成長時のV/III比或いはAl組成といったパラメータにて綿密に制御する。
具体例として、膜厚が5μmのp型緩衝層6の場合、例えば、p型緩衝層6中のH濃度を3×1018/cm3に設定する。こうすることで、上記の式又は図2の曲線から求められるところの、コンタクト層7に添加されたZnの拡散長は約2.5μm程度となり、p型緩衝層6の膜厚以内に収まる。この結果、p型コンタクト層7のZnの拡散を抑制し、また、これに伴いp型コンタクト層7のZnとそれ以外のp型半導体層5,6からのドーパントMgの相互拡散を効果的に抑制することができる。
本発明者等は鋭意研究を行った結果、上記コンタクト層7に含まれるZnと、上記p型クラッド層5及びp型緩衝層6に含まれるMgとの相互拡散反応は、上記緩衝層6に含まれるH濃度と極めて密接な関係にあることを見出し、また、その現象は特にその材料が高Al組成のAlGaAs層である場合に顕著であることも見出した。従って、かかる材料からなる緩衝層6のH濃度を緩衝層6成長時のV/III比、或いはAl組成といったパラメータを綿密に制御することで、Zn及びMgの相互拡散距離を御し、長寿命なLED素子を得る為に必要な緩衝層6の膜厚を、好適に適宜設定できる。
なお、上記実施形態において、n型GaAs基板1とn型クラッド層3との間、例えば、n型GaAsバッファ層2とn型クラッド層3の間に、高屈折率材料と低屈折率材料から成る屈折率の異なった2種の半導体層を1つのペアとし、そのペア数が10ペア以上30ペア以下である光反射層を形成するようにしてもよい。
また、上記実施形態において、活性層4とp型クラッド層5との間や、活性層4とn型クラッド層3との間に、ドーパントが添加されていない半導体層、p型クラッド層5よりも添加されたドーパント濃度が低い半導体層、若しくはn型のドーパントとp型のドーパントが同時に添加され擬似的に中性な状態の半導体層の内のいずれか、又はそれらの組合せによって構成される拡散防止層を設けるようにしてもよい。拡散防止層の膜厚は、活性層4とp型クラッド層5との間に介入させる場合、300nm以下とすることが望ましい。また、活性層4とn型クラッド層3との間に拡散防止層を設ける場合には、その膜厚は200nm以下とすることが望ましい。
次に、上述した実施形態の発光ダイオード構造を採用した根拠について、詳述する。
第1に、本発明で示されたAlGaAs系緩衝層6の膜厚の設定に関しては、大前提としてコンタクト層7に添加されたZnとそれ以外のp型半導体層5,6に添加されたMgにより生ずる相互拡散によって、上記の不純物が活性層4に混入することを未然に防止でき得る膜厚設定とすることが、高寿命、高信頼性のLED素子を得る為に肝要である。
その時のZn及びMgの相互拡散作用は、上記緩衝層6に含まれるHの濃度と密接な関係にあり、本発明者等は、上記不純物らの拡散長(拡散距離)が緩衝層6に含まれるH濃度によって制御し得ることを見出している。それは例えば図2に示した、AlGaAs緩衝層6中のH濃度とZnの拡散長の関係を示した実験結果から知ることができる。そして、これらの結果を基として、コンタクト層7に添加されたZnの拡散長は、L=6.869×10−15×N0.788 の関係式[ただし、NはH濃度(単位:cm−3)、Lは前記p型コンタクト層7に添加されたドーパントの拡散長(単位:μm)である]で求めることができ、本発明では、上記関係式によって求められるZnの拡散長L以上の膜厚tを有するAlGaAs緩衝層6を設けることによって、初期特性及び信頼性の両面において良好な特性を有するLED素子を得ることができるのである。
因みに、当該緩衝層6の膜厚値tに対して、特に上限を定める必要性は無いのであるが、例えば、上記の理由によって求められた好適な膜厚よりも更に膜厚を厚くした場合、次の様なことが言える。
LED素子の電流分散特性はコンタクト層7上に設けられた金属酸化物から成る電流分散層8、例えばITOやZnO系透明導電膜によって、十分な効果が期待できる。その為、緩衝層6自体には、電流分散特性は特に求めるものではない。仮に、10μm程度の好適形態以上の膜厚を有する緩衝層6を設けたとしても、前述した電流分散層8によって得られる電流分散効果が支配的であり、LED素子としての飛躍的な出力向上は望めない。むしろ、LED素子の製造にかかるコストが高くなり、LED素子の原価を上げてしまうというデメリットが生ずるものである。従って、上記緩衝層6の膜厚は、上述した好適形態を満たす程度に留めることが生産上好ましいと言える。
第2に、金属酸化物から成る電流分散層、例えばITO膜8と接するオーミックコンタクト7層は、極めて高濃度にドーパントが添加されている必要性があり、つまりは極めて高いキャリア濃度を有している必要があるのである。
具体的には、Zn(亜鉛)が添加されたコンタクト層7の場合、その結晶材料はAl混晶比が0から0.4まで、即ちGaAs〜Al0.4GaAsであることが望ましく、そのキャリア濃度は1×1019/cm3以上が好適であり、これは高ければ高い程好ましい。
ITO膜8は基本的にn型の半導体材料に属し、また、LED素子は一般的にpサイドアップで作製されることが多い。この為、ITO膜8を電流分散層に応用したLED素子は当然の如く、導電型が基板の側からn/p/n接合となってしまう。この為にLED素子ではITO膜8とp型半導体層との界面に大きな電位障壁が生じ、通常は非常に動作電圧の高いLEDとなってしまう。
この問題を解消する為に、p型半導体層には非常に高いキャリア濃度が求められるのである。また、前述したコンタクト層7のバンドギャップ(禁制帯幅)が狭い理由は、一般的に狭バンドギャップ材料の方が高キャリア化が容易であることに強く依存する。更に、上記コンタクト層7の高キャリア化と関係して、コンタクト層7と接する電流分散層、例えばITO膜8のキャリア濃度も、トンネル電圧を低減するには重要である。それは、上記コンタクト層7と同様の理由から、7×1020/cm3以上のキャリア濃度を有していることが好ましい。
また、7×1020/cm3以上のキャリア濃度を有する透明導電膜(本発明では電流分散層8)の形成方法としては、真空蒸着法か、若しくはスパッタ法が挙げられる。特にスパッタ法では、DCスパッタ法にRFを重畳した手法によって作製すると、極めて高キャリア濃度な透明導電膜が得られることが知られている。その他の形成手法としては、MOD(Metal Organic Decomposition)溶液を用いた塗布法やスプレー熱分解法などが挙げられるが、これらの方法では高キャリア濃度の透明導電膜が得難く、また、形成の仮定でエピタキシャルウェハに与える熱によって悪影響が生ずる場合があり、この面からも好ましくない。
第3に、上記コンタクト層7の膜厚は1nmから30nmの範囲にあることが好ましい。何故ならば上記コンタクト層7は、何れも活性層4で発光した光に対し、少なからずとも吸収を起こしてしまう為、膜厚が厚くなるに連れ、発光出力が低下してしまうということになる。これらのコンタクト層7の膜厚とLED素子の発光波長における透過率との関係を図6に示す。
同図に依ればコンタクト層7の膜厚に依存して発光波長における可視光線の透過率が低下している。即ち、高出力のLED素子を得るといった面からコンタクト層7の膜厚の上限値は30nmとすることが好ましい。また、コンタクト層7の膜厚が1nm未満、つまり数オングストローム(Å)程度の膜厚になってくると、ITO膜8とコンタクト層7との間でのトンネル接合が難しくなってくる為、低動作電圧化、動作電圧の安定化が困難になる。従って、ITO膜8と接するコンタクト層7の膜厚は1nmから30nmが好ましい。
第4に、金属酸化物から成る電流分散層8の膜厚は、d=A×λp/(4×n)の計算式[ただし、Aは定数(1又は3)、λpは波長(単位:nm)、nは屈折率である]から求まるdの±30%の範囲にある。尚、上記計算式の波長λpとは、LED素子の発光ピーク波長のことを指す。
LED用エピタキシャルウェハ上に形成される電流分散層として例えばITO膜8は、半導体層と空気層とのおよそ中間の屈折率を有し、光学的に反射防止膜としての機能を有する。その為、LEDの光取り出し効率を向上させ、より出力の高いLED素子を得るには、上記の計算式に則った膜厚とすることが好ましい。しかし、ITO膜8は当然のことながら厚くすればする程、透過率が悪くなる傾向にある。ITO膜8の透過率が低下すると活性層4より放射される光がITO膜8によって吸収される割合が増加する為、結果として発光出力が低下する。更に、上記電流分散層8の膜厚が増加するに連れ、当該層8の中での光の干渉が増え、光取出し効率の高い波長領域が狭くなってしまう。これらについて、GaAs基板1上にITO膜8を適宜形成し、その試料に対し垂直に光を入射して、この時の反射光のスペクトルを測定した結果を図7に示す。
即ち、これらの理由によって、より好ましい電流分散層8の膜厚dは、上記の計算式にあり、尚且つ定数Aは1、又は3である方が良い。最も好適な例としては、定数Aは1である。また、LED用エピタキシャルウェハ上に形成される電流分散層、例えばITO膜8の膜厚は、上記の計算式により求まる値dの±30%以内の範囲にあれば良い。これは、反射防止膜として光学的に反射率の低い波長帯域、つまり、光取出し効率の高い波長帯域は、ある程度の幅を有するからである。例えば反射防止膜として、ITO膜8の形成されたLED用エピタキシャルウェハに対して垂直に光を入射した時の反射率が、15%以下となる膜厚の許容値は、上記計算式より求まるdの±30%の範囲にある。膜厚がdの±30%の範囲を超えると、反射防止膜としての効果は小さくなり、LED素子の発光出力が相対的に低下してしまう。
第5に、活性層4に隣接する様に設けられる拡散防止層の膜厚は、活性層4とp型クラッド層5との間に介入させる場合、300nm以下とし、また、活性層4とn型クラッド層3との間に介入させる場合、200nm以下とすることが望ましいが、これら膜厚値の上限に対する根拠は次の通りである。
先ず、本発明の意図する所に依れば、上記緩衝層6に含まれるH(水素)濃度と当該層6の膜厚を適宜設定することによって、p型ドーパントであるZn及びMgの相互拡散作用は好適に抑止され、活性層4に拡散し多量に混入する様なことは無い。しかしながら、緩衝層6の膜厚値の設定が殆ど安全マージンを持たぬよう設定された場合、又はエピタキシャル成長の過程におけるドーパント濃度の誤差や膜厚値の誤差によっては、活性層4へのドーパントの混入が起こり得る可能性がある。こういった場合において、緩衝層6に含まれるH濃度と緩衝層6の膜厚を適宜設定する他に、上記活性層4と上記p型クラッド層5との間に前述した様な拡散防止層を設ける施策を講じることでLED素子の寿命、及び安定性を向上させることができる。しかしながら、その拡散防止層は単純に厚ければ良いわけでは無く、その膜厚値には上記した値の上限を有する。即ち、拡散防止層の膜厚が厚すぎると、上記p型クラッド層5からのキャリア(この場合は正孔)の注入が効率良く行われず、LED素子の順方向電圧が上昇するなど、LED素子に求められる特性を悪化させる原因に成り得るのである。よって好適な例としては、上記活性層4と上記p型クラッド層5との間に設けられる拡散防止層の膜厚は300nm以下の範囲にあり、より好適な場合は200nm以下であると言える。
次に、前述したp型クラッド層5側に設ける拡散防止層の場合と同じ理由で、上記n型クラッド層3に添加されるn型のドーパントも少なからず活性層4へ拡散することがある。また、拡散距離は短くとも、n型クラッド層3の成長、活性層4の成長過程において、上記n型クラッド層3に添加したn型ドーパントが所謂メモリー効果によって活性層4に混入する場合もある。これらの不純物混入により、p型ドーパントの拡散の場合と同様にLED素子の発光出力は低下してしまう。こういった問題を好適に解決する手段として、上記活性層4と上記n型クラッド層3との間に拡散防止層を設けることが望ましいのである。その場合の拡散防止層の上限は200nm以下の範囲にあることが好適であり、その根拠は上記p型クラッド層5側に設けた拡散防止層の場合と同じである。よって、より好ましい膜厚は100nm以下であると言える。
第6に、光反射層の総積層数、所謂ペア数は10ペアから30ペア程度の範囲にあることが好ましい。その下限に対する根拠は、光反射層として十分な反射率を有する為に必要なペア数に依存しており、それは凡そ10ペア以上である。これらの光反射層の積層ペア数と垂直反射率との関係を図8に示す。
次に上記したペア数の上限に対する根拠は次の通りである。光反射層は無限に厚く積む程反射率が上昇したり、LED素子の発光出力が上昇するものでは無い。図8に示した通り、光反射層の反射率は凡そ20数ペアを越える辺りからほぼ完全に飽和傾向を示し、30ペアを越える辺りでは完全に飽和する。従って、有効な反射率を得ることのできるペア数にはある程度以上のものが必要であり、更にLED素子、及びLED用エピタキシャルウェハを安価に、且つ効率良く製造する観点では、光反射層のペア数に上限があるのである。即ちそれは、前述した10ペア以上、30ペア以下であり、より好適な範囲としては、15ペア以上、25ペア以下にあることが上記の理由によって選択されるものである。尚、上記の光反射層を構成する好適な材料としては、AlxGa1-xAs(但し、0.4≦X≦1)、又は(AlxGa1-x)yIn1-yP(但し、0≦X≦1、0.4≦Y≦0.6)が挙げられる。これらの材料を選択する理由は、GaAs基板1にほぼ格子整合する材料の内、LED素子から発光し、放出される光の波長に対し、光学的に透明であることに強く依存する。既知の通り、光反射層であるDBRは構成される2種の材料の屈折率差が大きい方が光の反射波長帯域が広く、且つ反射率が高い。よって、選択される材料として好適なのは、上記の材料の中から選定されるべきなのである。
第7に、緩衝層6を構成するAlGaAsは、AlxGa1-xAs(但し、0.4≦X≦1)であることが好ましい。左記の範囲に定める理由は、緩衝層6はLED素子において光が射出される面、つまりLED素子表面側に位置する為、光学的にLEDから放出される光に対して透明であることが発光出力の面で有利となるからである。仮に、上記の組成式から外れたAlGaAs層で形成した場合においても本発明の効果に支障は無いが、高出力のLED素子を得るという観点から好ましくない。
第8に、上記p型クラッド層5に含まれるMgの濃度は1×1017/cm3から5×1018/cm3の範囲にあることが好ましい。下限を定める理由は、上記の下限よりもMg濃度が下回ると当該層5のキャリア濃度が低くなり過ぎ、キャリア供給層として十分な効果を発揮することが難しくなり、ひいてはLED素子の発光出力低下につながることがある。また、上限に対しては、過剰なMgの添加を行うとp型クラッド層5にMgの濃度にほぼ依存した結晶欠陥を発生させ、ドーパントの拡散を助長すると共にLEDの内部量子効率の低下につながり、総じて、LED素子の発光出力を低下させる原因となるからである。
実施例1として、図1に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウエハを作製した。エピタキシャル成長方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル構造や電極形成方法及びLED素子製作方法は、以下の通りである。
ドーパントがSiであるn型のGaAs基板1上に、MOVPE法で、n型(Siドープ)GaAsバッファ層2(膜厚200nm、キャリア濃度1×1018/cm3)、n型(Siドープ)(Al0.7Ga0.3)0.5In0.5Pクラッド層3(膜厚400nm、キャリア濃度1×1018/cm3)、アンドープ(Al0.1Ga0.9)0.5In0.5P活性層4(膜厚600nm)、p型(Mgドープ)(Al0.7Ga0.3)0.5In0.5Pクラッド層5(膜厚400nm、キャリア濃度1.2×1018/cm3)、p型(Mgドープ)Al0.85Ga0.15As緩衝層6(膜厚5μm、キャリア濃度2×1018/cm3)、p型(Znドープ)Al0.1Ga0.9Asコンタクト層7(膜厚3nm、キャリア濃度7.7×1019/cm3)を、順次積層成長させた。
MOVPE成長での成長温度は、上記n型GaAsバッファ層2から上記p型緩衝層6までを650℃とし、上記p型コンタクト層7は550℃で成長した。その他の成長条件は、成長圧力約6666Pa(50Torr)、各層の成長速度は0.3〜1.1nm/sec、V/III比は約150で行った。但し、p型コンタクト層7のV/III比は11とした。また、緩衝層6は、Al組成が約0.8〜0.9前後のAlGaAsであり、尚且つ、緩衝層6に含まれるH(水素)の濃度が凡そ3×1018/cm3となる様に成長時のV/III比を設定した(この時のV/III比は凡そ50となる)。因みに、ここで言うV/III比とは、分母をTMGaやTMAlなどのIII族原料のモル数とし、分子をAsH3 、PH3などのV族原料のモル数とした場合の比率(商)を指す。
MOVPE成長において用いる原料は、例えばGaの場合、トリメチルガリウム(TMGa)、又はトリエチルガリウム(TEGa)、Alの場合、トリメチルアルミニウム(TMAl)、Inの場合はトリメチルインジウム(TMIn)等の有機金属を用い、その他As源としてはアルシン(AsH3)、P源としてはホスフィン(PH3)等の、水素化物ガスを用いた。例えば、上記n型GaAsバッファ層2の様なn型層の添加物原料としては、ジシラン(Si2H6)を用いた。また、上記p型クラッド層5、上記p型緩衝層6の様なp型層の導電型決定不純物の添加物原料としては、ビスシクロペンタジエニルマグネシウム(Cp2Mg)を用いた。しかし、p型コンタクト層7のみはジエチルジンク(DEZn)を用いた。
その他に、n型層の導電型決定不純物の添加物原料として、セレン化水素(H2Se)、モノシラン(SiH4)、ジエチルテルル(DETe)、ジメチルテルル(DMTe)を用いることもできる。その他に、Znの供給源としてはジメチルジンク(DMZn)を用いることもできる。
次に、このLED用エピタキシャルウェハをMOCVD装置から搬出した後、当該ウェハの表面、つまりp型コンタクト層7の表面側へ、真空蒸着法によって膜厚約80nmのITO膜8を形成した。本構造では、このITO膜8が電流分散層となる。
この時、ITO蒸着作業の同一バッチ内にセットした評価用のガラス基板を取出し、Hall測定が可能なサイズに切断した後、ITO膜単体の電気特性を評価した。その結果、キャリア濃度1.15×1021/cm3、移動度16.3cm2/Vs、抵抗率3.32×10−4Ω・cmであった。
そして、このエピタキシャルウエハの上面に、レジストやマスクアライナなどの一般的なフォトリソグラフィプロセスに用いられる機材と周知の方法を用いて、直径約120μmの円形の表面電極9を、ドットマトリックス状に真空蒸着法で形成した。この時、蒸着後の電極形成にはリフトオフ法を用いた。上記表面電極9は、Ni(ニッケル)、Au(金)を、それぞれ20nm、500nmの順に蒸着した。更に、エピタキシャルウェハの底面には、全面に裏面電極10を同じく真空蒸着法によって形成した。上記裏面電極10は、AuGe(金・ゲルマニウム合金、ゲルマニウム含有率7.4%)、Ni(ニッケル)、Au(金)を、それぞれ60nm、10nm、500nmの順に蒸着し、その後、電極の合金化であるアロイ工程を、窒素ガス雰囲気中にて440℃に加熱し、5分間熱処理することで行った。
その後、上記の様にして構成された電極付きLED用エピタキシャルウエハを円形の表面電極9が中心になる様にダイシング装置を用いて切断し、チップサイズ300μm角のLEDベアチップを作製した。更に上記LEDベアチップをTO-18ステム上にAgペーストを介してマウント(ダイボンディング)し、その後、更にマウントされた該LEDベアチップに、ワイヤボンディングを行い、LED素子を作製した。
この様にして作製されたLED素子の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)の発光出力1.01mW、動作電圧1.842Vという初期特性を有するLED素子を得ることができた。
更に、当該LED素子を常温(約23℃)、常湿(約40%)の環境下にて50mAで駆動させ、そのまま168時間(1週間)の連続通電試験を行った。その結果、試験前との相対比較値は、出力102.2%(通電前発光出力を100%とする。以後、相対出力と略す)、動作電圧1.843V(約0.1%増)となっていた。
また、LED素子作製直後の状態と、LED素子作製後に上記の条件で通電試験を行った後の状態のLED素子のSIMS分析を行った。この時の通電試験後のSIMS分析結果を図12に示す(尚、図12に示したLED素子の試料はSIMS分析の測定分解能を向上させる為、表面より数μm分を機械的研磨によって除去している)。
SIMS分析の結果、通電試験前後とも緩衝層6に含まれるH(水素)濃度は凡そ3×1018/cm3であり、また、通電試験後の本実施例のLED素子では活性層内までのZnの拡散は確認されなかった。
ここで、以上の結果を踏まえ、AlGaAs緩衝層6を作製する際のV/III比を随時変更し、その時の当該層6中のH濃度をSIMS分析によって測定した結果を図13に示す。同図によれば緩衝層6中に含まれるH濃度はAlGaAs緩衝層6を作製する際のV/III比と良好な相関があることが判る。但し、当該層6のH濃度は単にV/III比によって決まるものでは無く、作製時の成長温度、又は当該層6のAl組成などによっても随時変化し、H濃度を制御する場合にはV/III比のみに限ることでは無い。
また、図13に示された、V/III比を変更して作製した試料を用いて、本実施例1に記載のLED構造におけるコンタクト層7に添加されたZnの拡散長について測定した。AlGaAs緩衝層中のH濃度とZnの拡散長の関係を図2に示す。同図に依れば、Znの拡散長はAlGaAs緩衝層中のH濃度に強く依存することが判る。これらの結果を式にすると、
L=6.896×10−15×N0.788
の関係式[ただし、NはH(水素)濃度(単位:cm−3)、Lは前記p型コンタクト層に添加されたドーパントの拡散長(単位:μm)]と表すことができ、上記式によって求められる拡散長L以上の膜厚を有するAlGaAs緩衝層であれば、コンタクト層7に添加されたZnが活性層4にまで拡散し到達することは無く、初期特性、及び信頼性の両面において極めて良好なLED素子を得ることができる。即ち、本実施例1に記載のLED素子の特性が良好であったのは、上記の理由による。尚、本実施例1で示したLED素子には、ほぼ全数の素子において素子破壊が生じることは無かった。
本実施例2として、図3に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウエハを作製した。エピタキシャル成長の方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル層構造やLED素子製作方法は、基本的に上記実施例1(図1)と同じである。以下に上記実施例1とは異なる点を列挙し、それに伴い詳細な説明をする。
本実施例2では、上記活性層4と上記p型クラッド層5との間に積極的な添加を行わない半導体層、所謂アンドープ層を、拡散防止層11として設ける構造とした。当該拡散防止層11は、上記p型クラッド層5を含むそれよりも上層のp型半導体層から拡散するp型ドーパントが活性層4へ混入することを防止する為の層である。当該層11の組成は上記p型クラッド層5と同じとし、その膜厚は100nmとした。
また、本実施例2の参考例として、後述の比較例1(図9)に記載のLED素子に、上記の拡散防止層11を同じ様な条件で挿入したLED用エピタキシャルウェハも作製した。
次に、上記の様に作製したLED用エピタキシャルウェハを素子化するが、そのプロセスは上記実施例1と同じである。
この様に作製されたLED素子の初期特性を評価した結果、本実施例2の参考例の場合でも、20mA通電時(評価時)のLED特性は発光出力0.96mW、動作電圧1.854Vであり、優れた初期特性を有するLED素子を得ることができた。
更に、上記実施例1と同じ条件で通電試験を行った所、本実施例2の参考例におけるLED素子の相対出力は75.3%、動作電圧1.903V(約2.6%増)と、下記比較例1よりも相対出力の面で上昇した。
次に本実施例2のLED素子、つまり上記実施例1に記載したLED構造に図3の如く上記拡散防止層11を付加したLED素子の評価を行った。その結果、本実施例2の場合、発光出力は0.98mW、動作電圧1.843Vという初期特性を得た。
また、本実施例2のLED素子について、実施例1と同様に通電試験を実施した所、LED素子の相対出力は102.1%であり、動作電圧は1.844V(約0.1%増)であった。
以上の様に、本実施例2に示した拡散防止層11は、根本的なp型ドーパントの拡散を抑止するものでは無いが、その拡散が生じる際に当該層11を設けることによって活性層4に拡散し、混入するp型ドーパントの拡散量を抑制することができる。その結果、下記の様に比較例1に示したLED素子よりも相対出力の面で優れたLED素子を得ることが可能となる。更に当該層11はp型ドーパントの拡散が生ずる構造のみでは無く、本発明が実施された場合においても特に悪影響を及ぼすものでは無く、拡散防止層11の効果は同様に扱うことが可能である。
実施例3として、図4に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウエハを作製した。エピタキシャル成長の方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル層構造やLED素子製作方法は、基本的に上記実施例1と同様である。
但し、上記n型GaAsバッファ層2と上記n型クラッド層3の間に、n型のAlInP層とn型のAl0.4Ga0.6As層を各々20層ずつ交互に設け、累計20ペアのDBR(Distributed Bragg Reflector:分布ブラッグ反射鏡)からなる光反射層12を設けた。
当該光反射層12を構成する膜厚は、「λp/4×n」の式[ただし、λpはLED素子の発光ピーク波長(単位:nm)、nは光反射層12を構成する半導体材料の屈折率]から求めた。また光反射層12のキャリア濃度は一様に凡そ1×1018/cm3とした。
この様に作製されたLED素子の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)のLED特性は発光出力1.57mW、動作電圧1.853Vと、優れた初期特性を有するLED素子を得ることができた。更に、上記実施例1と同じ条件で通電試験を行った所、相対出力は102.0%、動作電圧1.855V(約0.1%増)であった。
以上の様に、本実施例3に記載したLED素子の構造を採ることによって、つまり、上記n型バッファ層2と上記n型クラッド層3との間に半導体多層膜から成る光反射層12を設けたことによって、上記実施例1にて示した本発明の意図する効果の他、実施例1に示したLED素子よりも高出力なLED素子を得ることができたものである。これは、光反射層12による有効的な光取出し効率の向上に依るものである。
実施例4として、図5に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウエハを作製した。エピタキシャル成長の方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル層構造やLED素子製作方法は、基本的に上記実施例1と同じとした。
但し、上記活性層4の構造を多重量子井戸(MQW:Multiple Quantum Well)構造としたMQW活性層13を用いた点が異なる。多重量子井戸は、障壁(バリア)層を(Al0.5Ga0.5)0.5In0.5Pで構成し、その膜厚を凡そ7.5nmとした。また、発光層としての井戸(ウェル)層の方はGa0.5In0.5Pで構成し、その膜厚を凡そ5.0nmに設定した。そしてそれらの障壁層と井戸層の組合せを1つのペアとして、合計で40.5ペア形成した。
また実施例4の変形例として、上記井戸層を構成するGaとInの組成比を変え、出発基板であるGaAsに対して圧縮、若しくは引っ張り方向の応力を掛ける、歪多重量子井戸構造を活性層に用いたLED素子も製作した。
因みに、本実施例4にて作製した歪多重量子井戸構造を採用した当該LED素子の井戸層は、Ga組成を減少させ、その差分のIn組成を増加させた構成とし、当該井戸層の格子定数が、当該活性層の下地に当る、例えばn型クラッド層3と異なり、この格子不整合度に起因した圧縮歪を受けていることを特徴としている。
この様に作製された2種類(実施例4と実施例4の変形例)のLED素子の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)のLED特性はそれぞれ順に発光出力1.16mW、動作電圧1.843Vと、発光出力1.27mW、動作電圧1.844Vとであり、共に優れた初期特性を有するLED素子を得ることができた。
更に、上記実施1と同条件にて通電試験を行った所、2種類のLED素子の相対出力はそれぞれ101.9%と100.9%であった。
以上の様に、実施例1の活性層4に用いる構造を、多重量子井戸構造、或いは歪量子井戸構造とした本実施例4とその変形例では、上記実施例1と比較した場合に、その発光出力が増加している。つまり、前述の量子井戸構造を採用することによって、LED素子の内部量子効率が向上し、総じてLED素子の特性が向上したものであり、更には上記実施例1に示した本発明の意図する方策が講じられた場合においても十分に適用可能であることを表している。
なお、上述した本発明における実施例においては、発光波長630nmの赤色LED素子のみを作製例としたが、同じAlGaInP系の材料を用いて製作されるそれ以外のLED素子、例えば発光波長560nm〜660nmのLED素子においても、本発明の意図する施策、即ち緩衝層中におけるH(水素)濃度と当該層の膜厚を適宜設定することによって、本実施例とは異なる波長帯域を有するLED素子であっても本発明所期の効果を得ることができる。
また、上記実施例においては、GaAs基板1とn型クラッド層3との間に、バッファ層2を設けたLED素子構造とした。しかし、GaAs基板1上に直接n型クラッド層3を積層する構造を採っても本発明の意図する効果を得ることができる。
また、上記実施例においては、LED素子の最表面上に形成される表面電極9の形状を常に円形の形状とした形態を採ったが、その他にも異形状、例えば四角、菱形、多角形等、更にはそれらに羽状、又は枝状に分岐された電極を有する形態を採ることができ、それらの形態の電極であっても、本発明の意図する効果を得ることができる。
また、上記実施例においては、半導体基板にn型のGaAsを用いた例のみを挙げたが、この他方にも例えばGe(ゲルマニウム)を出発基板とするLED用エピタキシャルウェハや、出発基板をGaAs又はGeとし、これを後に除去し、代替の自立基板としてSi(シリコン)やSi以上の熱伝導率を有する金属を永久基板に用いたLED用エピタキシャルウェハにおいても、本発明の意図する効果を得ることができる。
また、上記実施例では、緩衝層6の材料としてAl組成が0.8〜0.9程度の範囲にあるAlGaAsを用いた。しかしながら本発明では特にこの範囲に限定するものでは無く、本願の意図する施策、即ち緩衝層中におけるH(水素)濃度と当該層の膜厚を適宜設定する形態にすれば、例えAlGaAs層のAl組成を上記以外の範囲としたり、V/III比を上記実施例に示した値以外の値としても何ら問題は無い。
例えば、発光波長が650nm程度のLED素子の場合、緩衝層に用いるAlGaAs層のAl組成は0.6〜0.7程度の範囲にあっても活性層から放射される光を吸収することは殆ど無く、高出力なLED素子が得られる。同時に、Al組成を下げることに直接的に関係して、緩衝層中のH(水素)濃度は減少することから、設定されるV/III比は、上記実施例のAl組成0.8〜0.9の緩衝層6を用いた場合と比較して、低く設定することが可能となる。
逆に、発光波長が例えば570nm程度のLED素子の場合は、緩衝層による光吸収の影響を無くす為に、緩衝層のAl組成を0.9前後に設定したりし、その時のV/III比を今度は従来よりも高く設定する様に対策を講じれば良い。つまり上述した様に、緩衝層を構成する材料の組成やエピタキシャル成長時のV/III比、その他にも成長温度などといった製作に関わるパラメータが変化しても、本発明に記載の施策さえ講じられていれば本発明の意図する効果を得ることが可能である。
また、上記実施例では、電流分散層8の材料としてITOのみを用いた。しかしながら、上記のITOに代わり、例えばZnOやCTO等といった一般的に知られる可視光透過率が高く、且つ、電気抵抗が低い膜、つまり一般的な透明導電膜であれば、上記電流分散層8の代替材料として適用可能である。しかし、電流分散層に用いる材料として更に重要なファクターは上記の2点のみならず、キャリア濃度も肝要である。キャリア濃度の重要性は上述した通りであり、LED素子の動作電圧低減を考慮するならば、電流分散層に適用可能な材料にはある程度の制限が掛かり、その材料群の中から正しく選定されるべきである。
[比較例1]
比較例1として、図9に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウエハを作製した。エピタキシャル成長の方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル層構造やLED素子製作方法は、基本的に上記実施例1と同じにした。以下に上記実施例1とは異なる点を列挙し、それに伴い詳細な説明をする。
本比較例1では、p型緩衝層16の成長時のV/III比は11とし、p型緩衝層16に含まれるHの濃度は2.3×1019/cm3 であった。
次に、上記の様に作製したLED用エピタキシャルウェハを素子化するが、そのプロセスは上記実施例1と同じである。
この様に作製されたLED素子の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)の発光出力0.90mW、動作電圧1.856Vという初期特性を有するLED素子を得ることができた。更に、上記実施例1と同じ条件で通電試験を行った所、相対出力は54%、動作電圧1.916V(約3%増)であった。
また、LED素子作製直後の状態と、LED素子作製後に上記の条件で通電試験を行った後の状態のLED素子のSIMS分析を行った。この時の通電試験後のSIMS分析結果を図11に示す(尚、図11に示したLED素子の試料はSIMS分析の測定分解能を向上させる為、表面より数μm分を機械的研磨によって除去している)。
SIMS分析の結果、通電試験前後とも緩衝層16に含まれるH(水素)濃度は2.3×1019/cm3であり、また、通電試験後の本比較例1のLED素子では活性層4内にまでp型コンタクト層7のドーパントであるZnが拡散し、混入している様子が確認された。つまり、本比較例1に示したLED素子の素子ライフ、つまり信頼性が低下する原因はこのドーパント拡散によるものである。
[比較例2]
比較例2として、図10に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウエハを作製した。エピタキシャル成長の方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル層構造やLED素子製作方法は、基本的に上記比較例1と同じにした。以下に上記比較例1とは異なる点を列挙し、それに伴い詳細な説明をする。
本比較例2では、p型緩衝層16を設けなかった。p型クラッド層5の膜厚は、400nm程度あればキャリアの閉じ込め効果及びキャリア(正孔)供給層として十分な膜厚である。即ちp型クラッド層5は400nm程度の膜厚で、クラッド層としての役割を十分に果たす。つまり本比較例2に記載のLED素子は、AlGaAs緩衝層16が無いだけで、その他は全て上記した比較例1と同じである。
次に、上記の様に作製したLED用エピタキシャルウェハを素子化するが、そのプロセスは上記比較例1と同じである。
この様に作製されたLED素子の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)の発光出力0.88mW、動作電圧1.843Vの初期特性を有するLED素子を得ることができた。
しかしながら初期特性を評価している段階で、全く発光しない等、既に破壊されている素子が約20〜30%存在した。この為、破壊されていない素子では上記した特性を得られたが、それ以外の20〜30%の素子では全く評価が行えていない。これは、素子評価前のワイヤボンディング工程によるワイヤボンディングダメージに起因した素子破壊であると予想される。破壊されていない素子で、上記比較例1と同条件の通電試験を行った所、相対出力は71%、動作電圧1.853V(約0.5%増)であった。
以上の様に、緩衝層を設けない構造では、LED素子作製の歩留まりに問題があり、発光出力及び信頼性が最良であるとは言い難い。つまり比較例1よりも相対出力がやや良くなる程度の効果しか得られず、逆に歩留まりは低下してしまった(比較例1ではLED素子の破壊はほぼ全数問題が無かった)。
本発明の一実施形態及び実施例1にかかるAlGaInP系赤色LEDの断面構造図である。
本発明の実施例1乃至4にかかる緩衝層のH濃度とZnの拡散距離との関係を示した図である。
本発明の実施例2にかかるAlGaInP系赤色LEDの断面構造図である。
本発明の実施例3にかかるAlGaInP系赤色LEDの断面構造図である。
本発明の実施例4にかかるAlGaInP系赤色LEDの断面構造図である。
コンタクト層の膜厚とLEDの発光波長における透過率を示したものである。
GaAs基板上に形成されたITO膜の反射率スペクトルを示した図である。
光反射層の積層ペア数と垂直反射率との関係を示した図である。
比較例1にかかるAlGaInP系赤色LEDの断面構造図である。
比較例2にかかるAlGaInP系赤色LEDの断面構造図である。
比較例1におけるSIMS分析結果を示した図である。
実施例1におけるSIMS分析結果を示した図である。
緩衝層成長時のV/III比と緩衝層中のH濃度を示した図である。
符号の説明
1 n型GaAs基板
2 n型GaAsバッファ層
3 n型AlGaInPクラッド層(n型クラッド層)
4 アンドープAlGaInP活性層(活性層)
5 p型AlGaInPクラッド層(p型クラッド層)
6 p型緩衝層
7 p型AlGaAsコンタクト層(p型コンタクト層)
8 ITO膜(電流分散層)
9 表面電極
10 裏面電極
11 拡散防止層
12 光反射層
13 MQW活性層
16 p型緩衝層