JP4210362B2 - 疲労特性に優れた高強度鋼の製造方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、亀裂伝播抵抗が高く、刃物や工具、或いはチェーン,歯車等の各種機械部品として好適な強度及び靭性をもつ高強度高靭性鋼を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
高炭素鋼等の高硬度材料は、各種機械部品,刃物,工具等の広範な分野で使用されている。この種の部品に要求される機械的特性には、高硬度,高強度,高靭性,高疲労強度,耐摩耗性等がある。疲労特性や耐摩耗性は、一般的に硬さや強度を高めることにより向上する。しかし、硬さや強度を上昇させると、それに伴い靭性が低下し、特に切欠き感受性の上昇に起因した問題が大きくなる。
各種機械部品等に使用される部材の多くは、製造工程で先ず素材から打抜き,切削加工等によって部材形状に成形された後、熱処理によって調質される。その際、工業的な大量生産ラインにおいては表面疵の保証が非常に困難である。たとえば、チェーンのリンクプレートは、コイル状素材原板の高速打抜きにより成形されることが通常である。打抜き後の素材端面に二次剪断面及びそれに伴ったムシレが多発するが、これらを完全に除去することなく製品としての使用に供することが通常である。
【0003】
生成した二次剪断面やムシレは、切欠き,初期亀裂等として作用し、リンクプレートの靭性を著しく低下させる原因となる。また、チェーンの高強度化を図るためリンクプレート用材料の硬さを高めるとき、打抜き端面の性状に起因する切欠き感受性が一層高くなり、脆性破壊の危険を増大させる。
機械部品用鋼で、引張強さが1500MPa以上、或いは硬さが45HRC以上の高強度材を得る場合、部品成形後の熱処理により調質することが一般的である。しかし、焼入れ・焼戻しで得られる金属組織は、焼戻しマルテンサイト組織であり、亀裂伝播抵抗が低い。
焼入れ・焼戻し処理によらない高強度鋼の強化法として、恒温変態処理による方法が開発されている。たとえば、特公昭51−29492号公報では、低合金炭素鋼をマルテンサイト変態温度以上の温度に恒温保持することにより、ベイナイト組織をもつ鋼板を製造している。得られた鋼板は、硬さHV473及び引張強さ1533MPaで高い延性を示す。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
ベイナイト化によって更に引張強さを向上させるためには、恒温変態温度を下げる必要がある。しかし、この方法では、恒温保持温度がマルテンサイト変態温度以上に限定されているために、得られる引張強さに自ら限界が生じる。このようなことから、この方法では、引張強さが1500MPaを超える鋼板が得られない。
恒温変態処理によって高強度化する方法として、特公昭64−8051号公報に「引上げオーステンパー法」と称する方法が開示されている。この方法は、オーステナイト化した鋼をマルテンサイト変態点以下に一旦焼き入れ、その後にベイナイト変態温度に再加熱することにより、組織中にマルテンサイトを混在させて強度を高めようとするものである。しかし、この方法は、三段階の熱処理を必要とし、温度管理及び時間管理が厳密であるために連続熱処理ライン以外では生産効率が悪い。
【0005】
また、Al,N量を規制して結晶粒の微細化及び浸炭加熱時の粗大化防止を図り、Mo,Vの添加により靭性や疲労強度を向上させた肌焼き鋼(特開平1−247561号公報),焼戻しでMo2 C,V4 C3 等の析出炭化物を微細化することにより疲労強度を向上させた構造用鋼(特開平4−66646号公報)等も知られている。しかし、特開平1−247561号公報,特開平4−66646号公報では窒化又は浸炭を前提にしており、材料の芯部硬さは45HRC程度を上限としているが、より高強度の材料に対する疲労強度向上策については開示されていない。
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、特定された成分調整及び熱処理条件の組合せにより、引張強さが1500MPaを超え、しかも優れた亀裂伝播抵抗を示す高強度高靭性鋼を得ることを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明の製造方法は、その目的を達成するため、C:0.30〜0.80質量%,Si:3.00質量%以下,Mn:1.50質量%以下,Cr:0.10〜2.00質量%,Mo:0.10〜1.00質量%,Ni:0.10〜3.00質量%,Cu:0.50質量%以下,N:0.0005〜0.02質量%,O:0.01質量%以下,P:0.020質量%以下,S:0.010質量%以下,酸可溶Al:0.010〜0.10質量%を含み、更にV:0.01〜0.50質量%,Ti:0.01〜0.10質量%,Nb:0.01〜0.20質量%及びB:0.0005〜0.010質量%の1種又は2種以上を含み、残部鉄及び不可避的不純物からなり、式(1)で定義されるM s 点が50〜350℃となるように成分調整した連鋳スラブを熱間圧延してベイナイト組織にした後、焼鈍により炭化物の平均粒径を1μm以下に調整した鋼板を800〜1100℃でオーステナイト化し、次いで200〜450℃で且つM s 点以下又は(M s 点+50℃)以上の温度域まで急冷し、次いで該温度域に10〜120分保持することを特徴とする。
MS=500−350×C%−40×Mn%−35×V%−20×Cr%
−20×Ni%−10×Mo%+30×Al% ・・・・(1)
【0007】
また、オーステナイト化処理に先立って、焼鈍及び冷間圧延を施しても良い。
【0008】
【作用】
本発明においては、所定の成分,組織に調整した鋼材をオーステナイト化した後、焼入れ・焼戻し又は急冷後の恒温保持で旧オーステナイト粒界の強靭化及び旧オーステナイト粒径の微細化を図ることにより亀裂伝播抵抗を大きくしている。換言すれば、成分及び組織の調整と焼入れ・焼戻し又は急冷後の恒温保持との特定された組合せにより、高強度及び高靭性を呈する複合組織としている。このように製造された鋼が優れた亀裂伝播抵抗を示すメカニズムは明確ではないが、次のように推察される。
合金成分の含有量を適切に調整し、且つマルテンサイト変態点以下の温度に焼入れ・焼戻し又は恒温保持するとき、焼入れ・焼戻しでは焼戻しマルテンサイト,高温保持では下部ベイナイト相又は下部ベイナイト相と焼戻しマルテンサイトの混合組織が生成する。
【0009】
このうち、焼戻しマルテンサイトは、旧オーステナイト粒径の微細化によりマルテンサイトのパケットが微細になり、粒度と共に靭性が増す。また、下部ベイナイトは、旧オーステナイト粒界破壊に起因した脆性破壊を効果的に抑制する。本発明においては、何れの金属組織をもっていても目標とする強度,靭性が得られる。
金属組織に及ぼす成分の影響をみると、P含有量の低減又はBの添加は旧オーステナイト粒界の強度を高め、粒界破壊を抑制する。しかし、P低減又はB添加のみでは、亀裂伝播抵抗の改善が不十分である。そこで、Cr,Moに加えてNi,Cu等を添加することにより粒内のマトリックスの強度,靭性を高め、更にV,N,Nb,Ti等を添加して旧オーステナイト粒界を微細化すると、亀裂伝播抵抗が効果的に向上する。すなわち、旧オーステナイト粒界を強化すると共にし更に粒径を微細化すると共に、粒内の強度,靭性を高め、更に粒径を微細化することにより、亀裂伝播抵抗が大幅に向上する。また、恒温保持の場合、旧オーステナイト粒径の微細化によってベイナイト変態が促進されるため、熱処理時間も短縮される。
【0010】
【実施の形態】
以下、本発明の鋼材に含まれる合金成分,含有量等を説明する。
C:0.30〜0.80質量%
鋼材の強度及び靭性に影響を及ぼす基本的な合金元素であり、1500MPaを超える引張強さを得るためには0.30質量%以上のC含有量が必要である。しかし、C含有量が0.80質量%を超えると、不可避的に粒界セメンタイトが析出し、靭性を低下させる。
Si:3.00質量%以下
鋼の脱酸元素として添加され、焼入れ性を高め、フェライトの固溶強化元素としても有効であり、熱処理時に炭化物の析出を遅延させる効果があるが、熱延や焼鈍、更には熱処理において表面直下に内部酸化を生じる原因にもなる元素である。内部酸化を防止するため、Si含有量の上限を3.00質量%に設定した。また、鋼の脱酸はMn,Al等の他の元素でも補われるので、基本的にSi無添加でも構わない。
【0011】
Mn:1.50質量%以下
脱酸元素として添加される合金成分であり、焼入れ性を高める作用を呈する。しかし、Mn系の非金属介在物を形成し、縞状組織を発達させて靭性を低下させる傾向を示す。そのため、本発明においては、Mn含有量の上限を1.50質量%に設定した。なお、脱酸にはSi,Al等の他の元素を使用することができるので、Mnは基本的には無添加でもよい。
Cr:0.10〜2.00質量%
鋼の焼入れ性,強度,靭性の向上に有効な合金元素であり、焼鈍中に黒鉛化を防止する作用も呈する。また、パーライト変態を遅延させる作用もある。熱延時にベイナイト単相組織を得るための十分なパーライト変態遅延効果を確保するためには、0.10質量%以上のCr含有量が必要である。しかし、Cr含有量が2.00質量%を超えると、却って靭性が低下し、また球状化焼きなましも困難になり、中間製品の製造性が著しく悪くなる。
【0012】
Mo:0.10〜1.00質量%
Crと同様に鋼材の焼入れ性,強度,靭性を向上させる元素として有効な合金成分である。また、600℃以下でのパーライト変態を著しく遅延させる作用を呈する。熱延時にベイナイト単相組織を得るための十分なパーライト変態遅延効果を確保するためには、0.10質量%以上のMo含有量が必要である。しかし、1.00質量%を超える多量のMoが含まれると、却って靭性が低下し、また球状化焼きなましも困難になり、中間製品の製造性が著しく悪くなる。
Ni:0.10〜3.00質量%
鋼の焼入れ性及び焼入れ後の靭性向上に有効な合金成分である。Ni添加によって強度及び靭性が向上するため、疲労強度が改善される。このような効果は、0.10質量%以上のNi含有量で顕著になるが、強度,靭性,亀裂伝播抵抗を向上させる効果は3.00質量%で飽和する。
【0013】
Cu:0.50質量%以下
Niと同様の効果をもち、補助的に添加される合金成分である。しかし、過剰添加は熱間脆性の原因となるので、本発明においてはCu含有量の上限を0.50質量%に設定した。
N:0.0005〜0.02質量%
V,Al,Ti,Nb等と窒化物や炭窒化物を形成し、オーステナイト粒を微細化する効果を発揮する。このようなNの効果は、これら元素と複合添加されるとき0.0005質量%以上の含有量で顕著となる。しかし、0.02質量%を超えるN含有量では、微細化効果が飽和し、却って靭性,疲労特性,溶接性等を低下させる悪影響が現れる。
【0014】
O:0.01質量%以下
Al2O3等の非金属介在物を形成し、焼入れ・焼戻し後の靭性を低下させ、疲労特性にも悪影響を及ぼす。そこで、本発明においてはO含有量の上限を0.01質量%に設定した。
P:0.020質量%以下
結晶粒界に偏析し、焼入れ・焼戻し後の靭性を低下させる有害元素であることから、P含有量は可能な限り低い方が好ましい。しかし、P含有量を極端に低減することは、製造コストを上昇させる原因となる。そこで、本発明においては、靭性低下に実質的な悪影響を及ぼさない範囲を調査し、P含有量の上限を0.020質量%に設定した。
【0015】
S:0.010質量%以下
MnS等の非金属介在物を形成し、鋼材の加工性,強度,靭性等に悪影響を及ぼす。特に圧延材においてはMnSが圧延方向に展伸するため、鋼板の加工性,強度,靭性に面内異方性が大きく現れる。これらの悪影響を防止するためには、S含有量を0.010質量%以下に抑える必要がある。
酸可溶Al:0.010〜0.10質量%
Alは、鋼の脱酸剤として有効な合金元素であり、更に鋼中のNと結合してAlNを形成し、熱処理時にオーステナイト結晶粒の異常成長を抑制する作用を呈する。これらの作用は、酸可溶Alとして0.010質量%以上で顕著になる。しかし、0.10質量%を超える多量の酸可溶Alを含有させても、Alの添加効果は飽和し、製造コストの上昇やAlに起因する表面疵の増加等の欠陥が発生し易くなる。
【0016】
V:0.01〜0.50質量%
必要に応じて添加される合金成分であり、鋼中で炭化物を形成し、強度及び靭性を向上させると共に、旧オーステナイト結晶粒径を微細にする作用によって亀裂伝播抵抗を向上させる。このような作用・効果は、0.01質量%以上のVを含有させるとき顕著になる。しかし、0.50質量%を超える多量のVが含まれると、強度,靭性,亀裂伝播抵抗を向上させる効果が飽和し、却って中間製品の製造性が著しく劣化する。
Ti:0.01〜0.10質量%
必要に応じて添加される合金成分であり、熱処理時に固溶しにくい炭窒化物を形成し、焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制し、亀裂伝播抵抗を高める作用を呈する。また、鋼中Nを固定することから、添加されたBの有効量確保にも有効である。このようなTiの作用は、0.01質量%以上の含有量で顕著になる。しかし、0.10質量%を超える多量のTi含有は、粗大な窒化物が形成される原因となり、靭性の低下を招く。
【0017】
Nb:0.01〜0.20質量%
必要に応じて添加される合金成分であり、安定な炭窒化物を形成し、V,Tiと同様に焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の劣化を防止する作用を呈する。このような作用を得るためには、0.01質量%以上のNb含有量が必要である。しかし、0.20を超える多量のNbを含有させると、マトリックスに対する炭化物の固溶が減少し、強度低下を招く原因となる。
B:0.0005〜0.010質量%
必要に応じて添加される合金成分であり、焼入れ性を向上させると共に、結晶粒界へのPの偏析を抑制し、粒界破壊に起因する靭性の低下を防止する作用を呈する。このような作用は、0.0005質量%以上のB添加で顕著になり、0.010質量%で飽和する。Bを添加する場合、添加したBが鋼中のNと反応して窒化物BNになるとB添加の効果が発現されないので、Tiの複合添加により鋼中NをTiNとして固定することが好ましい。
【0018】
本発明においては、転炉,電気炉等で溶製した後、真空脱ガス装置を経て以上のように成分調整し、連続鋳造により連鋳スラブを得る。次いで、高温の連鋳スラブをそのまま、或いは室温まで冷却した連鋳スラブを再加熱して熱間圧延する。得られた熱延板は、必要に応じて焼鈍及び冷間圧延を繰返し施した後、所望の板厚の製品にされる。
このときの素材鋼板の平均炭化物粒径が1μmを超えると、鋼板の熱処理時に炭化物が固溶不足になり、マトリックスの強度が不均一になるばかりか、板形状を劣化させる場合がある。その結果、たとえば刃物基板用鋼板の製造では、その後に基板を研磨及び矯正する工程の作業が困難になり、熱処理品の材質特性も劣化させる。他方、炭化物の分布が微細均一であると、打抜き加工の際に打抜き面の性状が優れ、たとえばチェーンリンク等の打抜き部品として使用する場合に疲労寿命の向上につながる。また、打抜き工具の損耗も少なくなり、長寿命化する。
【0019】
この点、本発明にあっては、熱延組織をベイナイト化することにより、焼鈍時に炭化物の分解,球状化が微細均一に進行し、平均粒径1μm以下の炭化物にすることができる。したがって、打抜き加工性及び熱処理品の形状に優れた鋼板が得られる。特開平1−247561号公報は、窒化を前提としており、材料芯部の硬さは300〜450HV,すなわち45HRC以下を目標としている。また、特開平4−66646号公報は、浸炭・窒化を前提としており、強度水準も40〜42HRC程度の例が示されている。これに対し、本発明は、表面効果処理を必要とすることなく、強度水準45HRC以上のより高強度の材料を得ることを目標としている。
【0020】
本発明で得られる鋼板は、熱処理して使用される。このときのオーステナイト化温度が800℃に満たないと、熱処理前に鋼中に形成された炭化物が十分に固溶していないため、目標とする強度及び靭性が得られない。また、1100℃を超える温度域では、オーステナイト粒が極度に粗大化するため、十分な亀裂伝播抵抗が得られない。このようなことから、800〜1100℃の範囲にオーステナイト化温度を設定する必要がある。
鋼材のMS 点は成分系によって異なるが、本発明で規定した成分系では前式(1)に従ってMS 点が得られることが調査・研究の結果として判明した。
【0021】
焼入れ・焼戻し処理では、MS 点が100℃に達しないと、焼入れ後に未変態オーステナイトが残留し易く不安定な組織となるため、強度や靭性が低下する場合がある。また、焼戻し温度が200℃に達しないと、十分な靭性が得られず、亀裂伝播抵抗も低い。逆に600℃を超える焼戻し温度では、1500MPaの引張強さが得られない。
恒温保持処理で1500MPa以上の引張強さをもつベイナイト組織を得るためには、保持温度を調節する必要がある。恒温保持処理した鋼材の引張強さと保持温度との関係は、低合金炭素鋼の場合では成分系に拘らずほぼ一定しているが、本発明に従った成分系の鋼では450℃以下で保持することにより1500MPaの引張強さが確保される。
【0022】
保持温度がMS 点直上である場合、ベイナイト変態速度が著しく低下する。この温度域で恒温保持すると、ベイナイト変態が不十分になり、保持処理終了後の冷却段階で未変態オーステナイトがマルテンサイト変態を起こし易い。このとき精製するマルテンサイトは、不安定な残留オーステナイトを伴ったMA相と称されるものであり、靭性に乏しい。この点からMS 点直上での恒温保持は、材料の靭性を低下させるため好ましくない。
これに対し、MS 点直下の温度で恒温保持すると、保持温度に焼入れされたときに生成するマルテンサイトが直ちに焼き戻され、靭性が向上する。また、未変態オーステナイトは、迅速に下部ベイナイトに変態する。したがって、MS 点直下の温度で恒温保持することにより、靭性の高い材料が得られる。しかし、200℃を下回る保持温度では冷却時に生成するマルテンサイトの靭性が低下する。逆に450℃を超える恒温保持温度では、マルテンサイトが生成しないためベイナイト変態を促進させる効果が得られず、また下部ベイナイトが得られなくなり、上部ベイナイトが生じるため靭性が低下する。
【0023】
恒温保持処理の場合、MS 点が50℃に達しないと、下部ベイナイトを生成するための保持温度が低くなり、著しい変態速度の低下によって不安定で靭性の乏しい組織になる。保持温度を上げると、粗い上部ベイナイトが生成し、靭性が低下する。また、MS 点が350℃を超えると、下部ベイナイトを得るためのマルテンサイト量が過剰になり、靭性が低下する。
所定のMS 点に成分調整した鋼を200〜400℃で且つMS 点以下又は(MS 点+50℃)以上の温度域に10〜120分保持するとき、十分な量の下部ベイナイトが得られる。恒温保持による効果は、120分で飽和し、それ以上の時間をかけて保持しても特性の実質的な向上がみられない。
【0024】
【実施例1】
表1に示した組成及びMS点をもつ鋼を転炉で溶製し、スラブに連続鋳造した。この連鋳スラブを通常のホットストリップミルで熱間圧延し、板厚3.5mmの熱延板を製造した。得られた熱延板を酸洗後、球状化焼鈍を施し、表2に示した焼入れ・焼戻し処理を施した。なお、この実施例1は参考例である。
【0025】
【0026】
【0027】
熱処理後の各種鋼材について、硬さ,引張強さ,旧オーステナイト粒度番号,亀裂伝播抵抗値を調査した。亀裂伝播抵抗の評価には、素材鋼板から45mm×180mmの試験片を切り出し、図1に示す寸法で中央部に開けた孔部に放電加工によって溝部を付けたものを使用した。この試験片に油圧式疲労試験機で繰返し引張荷重を加えることにより、疲労予亀裂を付与した。その後、熱処理を施して調質し、引張試験に供した。亀裂伝播抵抗値には、引張試験における破断までの最大荷重を初期断面積で除した値を使用した。調査結果を、表3に示す。また、各鋼材の熱延金属組織を表4に示す。
【0028】
【0029】
【0030】
表3にみられるように、本発明で規定した組成を満足しない比較鋼Aは、C含有量が低いことから1500MPa以上の引張強さが得られなかった。比較鋼Bは、Cr,Mo,Ni,Cuを含まず、またベイナイトではなくフェライト+パーライトの熱延金属組織をもつため、熱処理前の平均炭化物粒径が1μmを超えており、結果として低い靭性を示している。比較鋼Cは、P,S,O,N等の不純物含有量が多いため靭性が低くなっている。比較鋼Dは、C,Cr,Mo,V,Niを過剰に含み、またMS 点が低く、残留オーステナイトを含む不安定な組織になっているため、1500MPa以上の引張強さが得られているものの、靭性の低い鋼材であった。
これに対し、使用する鋼材の成分・組成,MS 点及び熱処理条件共に本発明で規定した条件を満足する鋼材E〜Hは、何れも1500MPa以上の強度を確保しており、旧オーステナイト粒が微細で亀裂伝播抵抗も優れていた。
しかし、同じ鋼材であっても、焼戻し温度が低い熱処理条件3を施した鋼材Fでは強度は高いものの靭性に劣っており、焼入れ温度が低い熱処理条件4を施した鋼材Fではオーステナイト化が不完全になって強度,靭性共に低下しており、焼入れ温度が高い熱処理条件5を施した鋼材Fではオーステナイト粒が粗大化して亀裂伝播抵抗が劣化していた。
このことから、明らかなように、特定された成分と熱処理条件との組み合わせにより、初めて強度,靭性,亀裂伝播特性等の全てにおいて優れた鋼材が得られることが確認された。
【0031】
【実施例2】
実施例1と同じ熱延板を酸洗後、球状化焼鈍を施し、表5に示した恒温保持処理を施した。
熱処理後の各種鋼材について、実施例1と同様に硬さ,引張強さ,オーステナイト粒度番号,亀裂伝播抵抗値を調査した。調査結果を、表6に示す。また、各鋼材の熱延金属組織を表7に示す。
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
表6にみられるように、本発明で規定した組成を満足しない比較鋼Aは、C含有量が低いことから1500MPa以上の引張強さが得られず、MS 添加高いためにマルテンサイト量が多くなり靭性も劣っていた。比較鋼Bは、Cr,Mo,Ni,Cuを含まず、ベイナイトではなくフェライト+パーライトの熱延金属組織を持っていたため熱処理前の平均炭化物粒径が1μmを超えており、靭性が劣っていた。比較鋼Cは、P,S,O,N等の不純物含有量が多いため、靭性に劣っていた。比較鋼Dは、C,Cr,V,Niを過剰に含有し、またMS 点が低く残留オーステナイトを含む不安定な組織になっているため、1500MPa以上の引張強さをもつものの靭性に劣っていた。
【0036】
これに対して、使用する鋼材の成分・組成,MS 点及び熱処理条件共に本発明で規定した条件を満足する鋼材E〜Hは、何れも表7に示すように熱延でベイナイト組織となり、1500MPa以上の強度を確保しており、旧オーステナイト粒が微細であり、優れた亀裂伝播抵抗を示した。
しかし、同じ鋼材であっても、恒温保持温度が低い熱処理条件3を施した鋼材Fでは強度は高いものの靭性に劣っており、オーステナイト化温度が低い熱処理条件4を施した鋼材Fではオーステナイト化が不完全になって強度,靭性共に低下しており、オーステナイト化温度が高い熱処理条件5を施した鋼材Fではオーステナイト粒が粗大化して亀裂伝播抵抗が劣化していた。
以上の結果から、恒温保持処理の場合でも、特定された成分と熱処理条件との組み合わせにより、初めて強度,靭性,亀裂伝播特性等の全てにおいて優れた鋼材が得られることが確認された。
【0037】
【発明の効果】
以上に説明したように、本発明においては、鋼中の成分を特定し、MS 点を調整すると共に、熱処理前の平均炭化物粒径と焼入れ・焼戻し又は恒温保持処理の熱処理条件とを調整することにより、1500MPa以上の強度と靭性をもち、しかも熱処理後の形状や打ち抜き面性状に優れ、工具の長寿命化が可能な鋼材が得られる。このようにして得られた鋼材は、その優れた特性を活用して、各種機械部品,刃物等の広範な分野で使用される。
【図面の簡単な説明】
【図1】 亀裂伝播抵抗を調査した試験片
Claims (2)
- C:0.30〜0.80質量%,Si:3.00質量%以下,Mn:1.50質量%以下,Cr:0.10〜2.00質量%,Mo:0.10〜1.00質量%,Ni:0.10〜3.00質量%,Cu:0.50質量%以下,N:0.0005〜0.02質量%,O:0.01質量%以下,P:0.020質量%以下,S:0.010質量%以下,酸可溶Al:0.010〜0.10質量%を含み、更にV:0.01〜0.50質量%,Ti:0.01〜0.10質量%,Nb:0.01〜0.20質量%及びB:0.0005〜0.010質量%の1種又は2種以上を含み、残部鉄及び不可避的不純物からなり、式(1)で定義されるMs点が50〜350℃となるように成分調整した連鋳スラブを熱間圧延してベイナイト組織にした後、焼鈍により炭化物の平均粒径を1μm以下に調整した鋼板を800〜1100℃でオーステナイト化し、次いで200〜450℃で且つMs点以下又は(Ms点+50℃)以上の温度域まで急冷し、次いで該温度域に10〜120分保持することを特徴とする疲労特性に優れた高強度鋼の製造方法。
Ms=500−350×C%−40×Mn%−35×V%−20×Cr%
−20×Ni%−10×Mo%+30×Al% ・・・・(1) - オーステナイト化処理に先立って焼鈍又は冷間圧延する請求項1に記載の疲労特性に優れた高強度鋼の製造方法。
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JP07575698A JP4210362B2 (ja) | 1998-03-24 | 1998-03-24 | 疲労特性に優れた高強度鋼の製造方法 |
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JP07575698A JP4210362B2 (ja) | 1998-03-24 | 1998-03-24 | 疲労特性に優れた高強度鋼の製造方法 |
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