JP3688311B2 - 高強度高靭性鋼の製造方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、亀裂伝播抵抗が高く、刃物や工具、或いはチェーン,歯車等の各種機械部品として好適な強度及び靭性をもつ高強度高靭性鋼を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
高炭素鋼等の高硬度材料は、各種機械部品,刃物,工具等の広範な分野で使用されている。この種の部品に要求される機械的特性には、高硬度,高強度,高靭性,高疲労強度,耐摩耗性等がある。疲労特性や耐摩耗性は、一般的に硬さや強度を高めることにより向上する。しかし、硬さや強度を上昇させると、それに伴い靭性が低下し、特に切欠き感受性の上昇に起因した問題が大きくなる。
各種機械部品等に使用される部材の多くは、製造工程で先ず素材から打抜き,切削加工等によって部材形状に成形された後、熱処理によって調質される。その際、工業的な大量生産ラインにおいては表面疵の保証が非常に困難である。たとえば、チェーンのリンクプレートは、コイル状素材原板の高速打抜きにより成形されることが通常である。打抜き後の素材端面に二次剪断面及びそれに伴ったムシレが多発するが、これらを除去することなく製品としての使用に供することが通常である。
【0003】
生成した二次剪断面やムシレは、切欠き,初期亀裂等として作用し、リンクプレートの靭性を著しく低下させる原因となる。また、チェーンの高強度化を図るためリンクプレート用材料の硬さを高めるとき、打抜き端面の性状に起因する切欠き感受性が一層高くなり、脆性破壊の危険を増大させる。
機械部品用鋼で、引張強さが1500N/mm2 以上、或いは硬さがHRC45以上の高強度材を得る場合、部品成形後の熱処理により調質することが一般的である。しかし、焼入れ・焼戻しで得られる金属組織は、焼戻しマルテンサイト組織であり、亀裂伝播抵抗が低い。
焼入れ・焼戻し処理によらずに、高強度鋼の強化法として恒温変態処理による方法が開発されている。たとえば、特公昭51−29492号公報では、低合金炭素鋼をマルテンサイト変態温度以上の温度に恒温保持することにより、ベイナイト組織をもつ鋼板を製造している。得られた鋼板は、硬さHV473及び引張強さ1533N/mm2 で高い延性を示す。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
ベイナイト化によって更に引張強さを向上させるためには、恒温変態温度を下げる必要がある。しかし、この方法では、恒温保持温度がマルテンサイト変態温度以上に限定されているために、得られる引張強さに自ら限界が生じる。このようなことから、この方法では、引張強さが1500N/mm2 を超える鋼板が得られない。
恒温変態処理によって高強度化する方法として、特公昭64−8051号公報に「引上げオーステンパー法」と称する方法が開示されている。この方法は、オーステナイト化した鋼をマルテンサイト変態点以下に一旦焼き入れ、その後にベイナイト変態温度に再加熱することにより、組織中にマルテンサイトを混在させて強度を高めようとするものである。しかし、この方法は、三段階の熱処理を必要とし、温度管理及び時間管理が厳密であるために連続熱処理ライン以外では生産効率が悪い。
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、特定された成分調整及び恒温保持温度の組合せにより、引張強さが1500N/mm2 を超え、しかも優れた亀裂伝播抵抗を示す高強度高靭性鋼を得ることを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明の製造方法は、その目的を達成するため、C:0.3〜0.8重量%,Mn:0.5〜2.0重量%及びP:0.01重量%以下を含み、N:0.005〜0.02重量%,V:0.01〜0.1重量%,Nb:0.01〜0.1重量%及びTi:0.01〜0.1重量%の1種又は2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼を、Ac3点以上の温度に加熱してオーステナイト化した後、220℃以上でマルテンサイト生成温度以下の温度域に急冷し、該温度域に10〜90分保持することを特徴とする。
本発明で使用する鋼材は、前掲した基本成分に加え、更にCr:0.2〜2.0重量%,Ni:0.2〜2.0重量%及びMo:0.1〜2.0重量%の1種又は2種以上を必要に応じ含むこともある。
【0006】
【作用】
本発明においては、C−Mn鋼を基本成分とし、P含有量を低減すると共に、必要な合金元素を添加した鋼材を使用する。この鋼材にマルテンサイト変態温度以下の温度域に恒温保持することを特徴とする熱処理を施すとき、旧オーステナイト粒界の強靭化及び旧オーステナイト粒径の微細化により亀裂伝播抵抗が大きくなる。
本発明は、この知見に基づき完成されたものであり、成分調整と恒温保持条件との特定された組合せによって、高強度及び高靭性を呈する複合組織にするものである。本発明に従って製造された鋼が優れた亀裂伝播抵抗を示す理由は、次のように推察される。すなわち、合金成分の含有量を適切に調整し、且つマルテンサイト変態点以下の温度域で恒温保持するとき、下部ベイナイト相を主相とする金属組織が生成する。この金属組織は、旧オーステナイト粒界破壊に起因した脆性破壊を効果的に抑制する。
【0007】
金属組織の作用は、後述する実施例から明らかなように、本発明者等の実験により確認されたものである。すなわち、疲労予亀裂を付けた試験片を引張試験に供し、亀裂伝播抵抗に及ぼす熱処理の影響を調査した。同じ硬さで比較した場合、恒温保持処理した鋼板は、焼入れ・焼戻し処理を施した鋼板に比べ旧オーステナイト粒界破壊の出現率が低く、亀裂伝播抵抗が高いことが明らかになった。
保持温度が鋼材のマルテンサイト変態点より低い恒温保持処理は、マルテンパーと呼ばれており、マルテンサイト変態点以下に急冷された時点でマルテンサイト変態点からの過冷度に応じてマルテンサイトが生成する。マルテンサイト変態は、非等温変態であることから恒温保持中には進行せず、生成したマルテンサイトが直ちに焼き戻されて焼戻しマルテンサイトとなる。このとき、未変態オーステナイトから等温変態的に下部ベイナイトが生成する。
【0008】
マルテンサイト変態点直下の恒温保持温度では、マルテンサイト変態量が比較的少なく、生成したマルテンサイトを核としてベイナイト変態が加速される。その結果、下部ベイナイトを主相とする組織が形成される傾向を呈する。このようにマルテンパー処理で得られる金属組織は、鋼材の成分にもよるが、本発明が対象としている炭素鋼では多量のベイナイトを含む金属組織となる。
本発明に従って恒温保持処理した鋼板が焼入れ・焼戻し処理を施した鋼板に比較して優れた亀裂伝播抵抗を示す理由は明らかでない。しかし、焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトでは析出する炭化物の組成や形状,析出面方位が異なっていることから、炭化物形態の相違が靭性向上に影響しているものと推察される。また、恒温保持処理材の方が粒界炭化物の析出が少ないことに伴い、旧オーステナイト粒界割れが抑制されたことも一因であると考えられる。
【0009】
恒温保持処理で1500N/mm2 以上の引張強さをもつベイナイト組織を得るためには、保持温度を調整する必要がある。恒温保持処理した鋼材の引張強さと保持温度との関係は、低合金炭素鋼の場合、成分系に依らずほぼ一定している。具体的には、1500N/mm2 以上では、350℃程度以下にすることが要求される。
鋼材のマルテンサイト変態点は成分系に依って異なり、保持温度がマルテンサイト変態点直上である場合、ベイナイト変態速度が著しく低下する。この温度域で恒温保持処理すると、ベイナイト変態が不十分になり、保持処理終了後の冷却段階で未変態オーステナイトがマルテンサイト変態を起こし易い。このとき生成するマルテンサイトは、不安定な残留オーステナイトを伴ったMA相と呼ばれ、靭性に乏しい。すなわち、マルテンサイト変態点直上で恒温保持したものは、靭性の乏しい材料となる。
【0010】
これに対し、マルテンサイト変態点直下の温度で恒温保持すると、保持温度に焼き入れされたとき生成するマルテンサイトが直ちに焼き戻され、靭性が向上する。また、未変態オーステナイトは、迅速に下部ベイナイトに変態する。したがって、マルテンサイト変態点直下の温度で恒温保持することにより、靭性の高い材料が得られる。
成分系の影響をみると、P含有量の低減は、旧オーステナイト粒界の強度を高め、粒界破壊を抑制する。しかし、P低減のみでは、亀裂伝播抵抗の改善が不十分である。この点、N,V,Nb,Tiを添加して旧オーステナイト粒径を微細化すると、亀裂伝播抵抗に関し最大の効果が発揮される。すなわち、P低減に依って強化した旧オーステナイト粒径を微細化することにより、亀裂伝播抵抗が大幅に向上する。また、旧オーステナイト粒径の微細化によってベイナイト変態が促進されるため、熱処理時間も短縮される。
【0011】
以下、本発明で使用する鋼材に含まれる合金成分,熱処理条件等について説明する。
C:0.3〜0.8重量%
鋼板の強度向上に有効な合金元素であり、1500N/mm2 を超える引張強さを得るためには0.3重量%以上のC含有量が必要である。しかし、C含有量が0.8重量%を超えると、不可避的に粒界セメンタイトが析出し、靭性を低下させる。
Mn:0.5〜2.0重量%
鋼板の焼入れ性を確保するために必要な合金元素であり、0.5重量%以上のMn含有量で十分な焼入れ性向上効果が得られる。しかし、2.0重量%を超える多量のMnが含まれると、熱延板や冷延板の加工性を低下させるばかりでなく、マルテンサイト変態点を低下させると共に恒温保持中におけるベイナイト変態が著しく抑制される。その結果、下部ベイナイトを主相とする組織が生成される領域が非常に狭くなり、熱処理に厳格な温度管理が要求される。
【0012】
P:0.01重量%以下
旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界破壊を助長させることから、P含有量を可能な限り低減することが望ましい。しかし、過度にP含有量を低くすることは、製造コストを上昇させる原因となる。そこで、靭性低下に実質的な悪影響を及ぼさない範囲を調査し、P含有量の上限を0.01重量%に設定した。
Cr:0.2〜2.0重量%
目標特性に応じて添加される合金元素であり、焼鈍中に黒鉛化を防止する作用を呈すると共に、鋼板の焼入れ性を高めて強度を向上する。このような効果は、0.2重量%以上のCr含有量で顕著になる。しかし、2.0重量%を超える多量のCrが含まれると、このような効果が失われ、球状化焼鈍が困難になると共に、焼鈍材の加工性が低下する。多量のCr含有は、恒温保持中においてベイナイト変態を著しく抑制する作用も呈し、下部ベイナイトを主相とする組織が生成する領域を非常に狭くする。その結果、熱処理に厳格な温度管理が要求される。
【0013】
Ni:0.2〜2.0重量%
目標特性に応じて添加される合金元素であり、鋼板の焼入れ性を高め、強度を向上させる作用を呈する。Ni添加の効果は、0.2重量%以上で顕著になる。しかし、2.0重量%を超える多量添加は、マルテンサイト変態点を低下させると共に、恒温保持中におけるベイナイト変態を著しく抑制する。その結果、下部ベイナイトを主相とする組織が生成する領域は非常に狭くなる。
Mo:0.1〜2.0重量%
目標特性に応じて添加される合金元素であり、強度を向上させる作用を呈する。Moの添加効果は、0.1重量%以上の含有量で顕著になる。しかし、Mo含有量が2.0重量%を超えると、熱延板及び冷延板の加工性が低下する。
【0014】
N:0.005〜0.02重量%,V:0.01〜0.1重量%,Nb:0.01〜0.1重量%及びTi:0.01〜0.1重量%の1種又は2種以上
N,V,Nb及びTiは、本発明において最も重要な合金元素であり、オーステナイト化に際し旧オーステナイト粒径を微細化し、恒温保持処理された鋼板の亀裂伝播抵抗を高める作用を呈する。旧オーステナイト粒径の微細化には、最低でもN:0.005重量%,V:0.01重量%,Nb:0.01重量%及びTi:0.01重量%が必要であり、これら合金元素を複合して添加することも可能である。しかし、これら合金元素を必要量以上に添加すると、亀裂伝播抵抗が飽和するばかりでなく、素材の加工性を低下させる欠点が現れる。そこで、各合金元素の上限を、N:0.02重量%,V:0.1重量%,Nb:0.1重量%,Ti:0.1重量%にそれぞれ設定した。
【0015】
恒温保持処理条件:
熱処理される素材は、通常の高炭素鋼製造工程と同様なプロセスによって製造される。熱処理においては、Ac3 点以上の温度に加熱してオーステナイト化した後、220℃〜マルテンサイト変態点の温度域で10〜90分保持する。
Ac3 点以下の加熱温度では、オーステナイト化が不十分で、目標強度が得られない。オーステナイト化を十分に進行させるためには、(Ac3 +30℃)以上の温度で5分以上加熱することが好ましい。
恒温保持温度がマルテンサイト変態点より高いと、マルテンサイト生成量が少なく、ベイナイト変態を促進させる効果が得られない。そのため、ベイナイト変態の終了までに長時間を要することになる。逆に220℃に達しない恒温保持温度では、冷却時に生成するマルテンサイト量が増加し、ベイナイト量が減少するため、亀裂伝播抵抗が低下する。
保持時間10分以上の恒温保持により、十分な量のベイナイトが得られる。
恒温保持による効果は、保持時間90分で飽和し、それ以上の時間をかけて保持しても実質的な特性の向上がみられない。
【0016】
【実施例】
表1に示した組成をもつ板厚1.6mmの鋼材に表2の熱処理を施し、成分及び熱処理条件が鋼材の特性に及ぼす影響を調査した。表1のAグループは、本発明に従ったBグループの鋼材と比較するために使用した炭素鋼である。
表2に示すように異なる条件下の熱処理を各鋼材に施したとき、恒温保持処理された鋼材の特性は、表3に示すように処理条件に応じて異なった特性及び金属組織を呈した。なお、亀裂伝播抵抗の評価には、素材鋼板から45mm×180mmの試験片を切り出し、図1に示す寸法で中央部に開けた孔部に放電加工によって溝部を付けたものを使用した。この試験片に油圧式疲労試験機で繰返し引張荷重を加えることにより、疲労予亀裂を付与した。その後、熱処理を施して調質し、引張試験に供した。亀裂伝播抵抗値には、引張試験における破断までの最大荷重を初期断面積で除した値を使用した。恒温保持温度は、図2に示すような影響を亀裂伝播抵抗値に及ぼした。
【0017】
【表1】
【0018】
【表2】
【0019】
【表3】
【0020】
P含有量が多く且つN,V,Nb,Tiを添加していないAグループの鋼材を恒温保持したとき、表3に比較例Iとして掲げているように亀裂伝播抵抗値が低くなっている。低い亀裂伝播抵抗値は、熱処理中にオーステナイト粒径が大きく成長し、しかも旧オーステナイト粒界の強度が十分でないことに由来する。
これに対し、本発明で規定した成分に関する条件を満足するBグループの鋼材に条件1又は2の恒温保持処理を施したとき、何れも高い亀裂伝播抵抗値が得られた。
【0021】
成分的には本発明の条件を満足するものであっても、表3に比較例IIとして示すように条件3〜5の熱処理を施したとき、何れも目標とする高強度・高靭性が得られなかった。すなわち、鋼材B1に条件3の熱処理を施したものでは、保持温度が低過ぎることからマルテンサイトが主相となり、亀裂伝播抵抗値が低くなっていた。鋼材B1に条件4の熱処理を施したものでは、保持温度が高すぎることから、低い引張強さが示された。また、鋼材B1に条件5の熱処理を施したものでは、オーステナイト化温度が低いことからオーステナイト化が不十分であり、引張強さが低くなっていた。
表3から明らかなように、強度及び靭性の双方が高い鋼材を得るためには、特定成分と特定条件の熱処理との組合せが有効であることが確認された。
【0022】
【発明の効果】
以上に説明したように、本発明においては、P含有量を低減し、N,V,Nb,Tiで旧オーステナイト粒径を微細化した鋼材をマルテンサイト変態点以下の温度で恒温保持することにより、高強度を維持しながら靭性を向上させ、切欠き感受性を低下させた金属組織としている。得られた鋼材は、引張強さが1500N/mm2 以上で優れた亀裂伝播抵抗を示すことから、各種機械部品,刃物等の広範な分野で使用される。
【図面の簡単な説明】
【図1】 亀裂伝播抵抗を調査した試験片
【図2】 亀裂伝播抵抗値に与える恒温保持温度の影響を表したグラフ
Claims (2)
- C:0.3〜0.8重量%,Mn:0.5〜2.0重量%及びP:0.01重量%以下を含み、N:0.005〜0.02重量%,V:0.01〜0.1重量%,Nb:0.01〜0.1重量%及びTi:0.01〜0.1重量%の1種又は2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼を、Ac3点以上の温度に加熱してオーステナイト化した後、220℃以上でマルテンサイト生成温度以下の温度域に急冷し、該温度域に10〜90分保持する高強度高靭性鋼の製造方法。
- 請求項1記載の鋼が更にCr:0.2〜2.0重量%,Ni:0.2〜2.0重量%及びMo:0.1〜2.0重量%の1種又は2種以上を含むものである高強度高靭性鋼の製造方法。
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