JP4062582B2 - 切削工具用硬質皮膜およびその製造方法並びに硬質皮膜形成用ターゲット - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具の耐摩耗性を向上するための硬質皮膜およびその製造方法、更には、この様な硬質皮膜の製造において蒸発源として使用されるターゲットに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より、超硬合金、サーメットまたは高速度工具鋼を基材とする切削工具の耐摩耗性を向上させることを目的に、TiNやTiCN、TiAlN等の硬質皮膜をコーティングすることが行われている。特に、TiとAlの複合窒化皮膜(以下、TiAlNと記す)が、優れた耐摩耗性を示すことから、前記チタンの窒化物や炭化物、炭窒化物等からなる皮膜に代わって高速切削用や焼き入れ鋼等の高硬度材切削用の切削工具に適用されつつある。更に近年では、TiAlNのような2元素系のみならず、第3元素を添加して特性を改善する試みがなされており、例えば特開平3−120354号、特開平10−18024号、特開平10−237628号、特開平10−305935号には、Vを添加したTiAlVN、または(TiAlV)(CN)皮膜が、S50C等の低硬度材の切削にて優れた切削特性を示すことが開示されている。しかしながらこれらの皮膜は、焼き入れSKD材等の高硬度材に対して切削特性が良好であるとは言い難く、切削速度のより高速度化等の要求から、さらに硬度が高く、耐摩耗性に優れた皮膜の実現が望まれている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、高速・高能率切削が可能な、TiAlNまたは従来の(TiAlV)(CN)よりも高硬度であって耐摩耗性に優れた切削工具用硬質皮膜、およびこの様な硬質皮膜を得るための有用な製造方法、更には前記製造にて本発明の切削工具用硬質皮膜を効率よく得ることのできるターゲットを提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る切削工具用硬質皮膜とは、(Tia,Alb,Vc)(C1-dNd)からなる硬質皮膜であって、
0.02≦a≦0.3、
0.5<b≦0.8、
0.05<c、
0.7≦b+c、
a+b+c=1、
0.5≦d≦1
(a,b,cはそれぞれTi,Al,Vの原子比を示し、dはNの原子比を示す)であることを要旨とし、前記b+cの値が0.75以上で、かつ前記aの値が0.25以下のものや、前記dの値が1のもの、更には結晶構造が岩塩構造型を主体とするものを好ましい形態とする。またθ−2θ法によるX線回折で測定される岩塩構造型の(111)面、(200)面および(220)面の回折線強度をそれぞれI(111)、I(200)およびI(220)とするとき、これらの値が下記式(1)および/または式(2)、並びに式(3)を満足するものがよい。
I(220)≦I(111) …(1)
I(220)≦I(200) …(2)
I(200)/I(111)≧0.3 …(3)
本発明の切削工具用硬質皮膜は、上記要件を満たし、且つ相互に異なる硬質皮膜が2層以上形成されているものを含む。
【0005】
また本発明の切削工具用硬質皮膜には、前記1層もしくは2層以上の本発明の硬質皮膜の片面側または両面側に、岩塩構造型を主体とする結晶構造を有し、且つ前記硬質皮膜とは異なる成分組成の金属窒化物層、金属炭化物層および金属炭窒化物層よりなる群から選択される少なくとも1層や、4A族、5A族、6A族、AlおよびSiよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む金属層または合金層が1以上積層されているものも含まれる。
【0006】
本発明は、上記切削工具用硬質皮膜を形成する方法も規定するものであって、成膜ガス雰囲気中で金属を蒸発させイオン化して被処理体上に本発明で規定する皮膜を形成する方法にて、前記金属とともに成膜ガスのプラズマ化を促進しつつ成膜することを要旨としている。また、アーク放電を行ってターゲットを構成する金属を蒸発およびイオン化して被処理体上に本発明で規定する皮膜を形成するアークイオンプレーティング法(AIP法)において、前記ターゲットの蒸発面にほぼ直交して前方に発散ないし平行に進行する磁力線を形成し、この磁力線によって前記被処理体近傍における成膜ガスのプラズマ化を促進しつつ成膜することを好ましい形態とする。尚、この場合に前記被処理体に印加するバイアス電位は、アース電位に対して−50V〜−300Vとすることが好ましい。また、成膜時の被処理体温度(以下、基板温度ということがある)は300℃以上で800℃以下の範囲内とすることが望ましく、成膜時の反応ガスの分圧あるいは全圧は、0.5Pa以上6Pa以下の範囲内とすることが望ましい。
【0007】
尚、本発明における上記反応ガスとは、窒素ガス、メタンガス、エチレンガス、アセチレンガス等の様な、皮膜の成分組成に必要な元素を含むガスをいい、これら以外に用いられるアルゴンなどの様な希ガス等をアシストガスといい、これらをあわせて成膜ガスということとする。
【0008】
更に本発明は、Ti、AlおよびVからなり、且つ相対密度が95%以上であることを特徴とする硬質皮膜形成用ターゲットも含み、該ターゲット中に存在する空孔の大きさが半径0.3mm未満であることを好ましい形態とする。
【0009】
前記ターゲットは、その成分組成が(Tix,Aly,Vz)からなり、
0.02≦x≦0.3、
0.5<y≦0.8、
0.05<z、
0.7≦y+z、
x+y+z=1
(x,y,zはそれぞれTi,Al,Vの原子比を示す)を満足するものがよい。
【0010】
また前記ターゲット中の酸素含有量が0.3質量%以下で、水素含有量が0.05質量%以下であり、更に塩素含有量が0.2質量%以下であることが好ましく、更にCu含有量が0.05質量%以下で、Mg含有量が0.03質量%以下であることが好ましい。
【0011】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、前述した様な状況の下で、より優れた耐摩耗性を発揮する切削工具用硬質皮膜の実現を目指して鋭意研究を進めた。その結果、指標として皮膜の硬度を高めることができれば、耐摩耗性が著しく向上することを見出した。そして、その手段として(TiAlV)(CN)膜のAl及びV濃度に着目して研究を進めた結果、(TiAlV)におけるAl及びVの比率を従来の皮膜より増加させることによって、膜の硬度が向上し、結果として耐摩耗性が飛躍的に向上することを突き止め、前記Al、Vの定量的作用効果について更に追求を重ねた結果、上記本発明に想到したのである。
【0012】
即ち、本発明の硬質皮膜とは、(Tia,Alb,Vc)(C1-dNd)からなる皮膜であって、該皮膜の組成が、
0.02≦a≦0.3、
0.5<b≦0.8、
0.05<c、
0.7≦b+c、
a+b+c=1、
0.5≦d≦1
を満たすことを特徴とするものであるが、この様に皮膜中の成分Ti、Al、V、CおよびNの組成を規定した理由について、以下詳細に説明する。
【0013】
一般に(TiAlV)(CN)皮膜は岩塩構造型の結晶構造を有し、岩塩構造型のTiNのTiのサイトにAl、Vが置換して入った岩塩構造型の複合窒化物である。ところで、岩塩構造型のAlN(格子定数4.12Å)は、前述の様に高温高圧相であり、高硬度物質であると予想されることから、岩塩構造を維持しながら(TiAlV)(CN)中のAlの比率を高めれば、(TiAlV)(CN)膜の硬度をさらに高めることができるのである。
【0014】
VもAlと同様にTiNのTiサイトに置換型で入っていると考えられるが、Alと異なり、岩塩型構造のVNは常温常圧で安定相である。またVNの格子定数は、TiNの格子定数(4.24Å)に比して4.14Åと小さく、このような格子定数の異なる2種の窒化物が固溶しあうことで、結晶格子の歪みによる高硬度化を図ることができると考えられる。従って、常温常圧において安定相で、かつ格子定数が岩塩型構造のAlNに近いVNを膜中に形成すれば、更に高硬度の皮膜を形成することが可能であると考えられる。
【0015】
この様にAl、Vは、共に高硬度化の作用をもたらす元素であり、この様な効果を発揮させるには、Alの原子比bを0.5超とし、Vの原子比cを0.05超とした上で、更に(Al+V)の合計原子比(b+c)が0.7以上となるようにする必要がある。前記Alの原子比bは好ましくは0.55以上で、より好ましくは0.6以上であり、Vの原子比cは好ましくは0.06以上で、より好ましくは0.1以上である。更に(Al+V)の合計原子比(b+c)は、0.75以上とすることが好ましく、より好ましくは0.8以上である。
【0016】
また、Alの原子比の上限を規定した理由については次の通りである。即ち、Alの原子比が大きくなりすぎると、常温常圧で安定なZnS型のAlNが優勢となり、皮膜の構造が高硬度を維持できる岩塩型から軟質なZnS型に完全に転移してしまうことから、0.8以下とする必要があり、好ましくは0.75以下である。またVの原子比cについては、その上限を0.4とすることが好ましい。
【0017】
Ti量に関しては、上述の通り(Al+V)の原子比を0.7以上とする必要があることから、Tiの原子比aは0.3以下とする必要があるが、前記(b+c)が0.75以上の場合には、0.25以下とするのがよく、更に好ましくは0.2以下である。一方、Tiを全く添加しない場合には、前述の様な格子定数の異なる結晶(TiNとVN,TiNとAlN)の固溶による高硬度化を図ることができないので、Tiは原子比で0.02以上必要であり、上記固溶硬化を最大限に引き出すためには、0.05以上とすることが望ましい。
【0018】
さらにC、Nの量に関しては次の通りである。即ち、皮膜中にCを添加し、TiCやVC等の高硬度の炭化物を析出させて皮膜の硬度を高める場合には、Ti+Vの添加量と同量程度のCを存在させることが望ましい。しかしながら、Cを過剰に添加すると、水分と反応して容易に分解する不安定なアルミの炭化物を過度に析出させることになるので、Cの原子比(1−d)は0.5未満、即ち、Nの原子比dを0.5以上とする必要がある。dは、0.7以上である場合が好ましく、より好ましくは0.8以上であり、d=1の場合を最も好ましい形態とする。
【0019】
尚、本発明の硬質皮膜の結晶構造は、実質的に岩塩構造型を主体とするものであることが好ましい。前述のようにZnS型構造が混入すると高強度を確保することができないからである。しかしながら皮膜の特性を損なわない範囲で若干のZnS型構造が構造中に含まれることは許容され、その目安として以下にX線回折により測定した岩塩型構造とZnS型構造の望ましい範囲を示す。
【0020】
即ち、上記岩塩構造型を主体とする結晶構造とは、θ−2θ法によるX線回折における岩塩構造を示すピークのうち、(111)面、(200)面、(220)面のピーク強度をそれぞれ、IB(111)、IB(200)、IB(220)とし、ZnS型構造を示すピークのうち、(100)面、(102)面、(110)面のピーク強度をそれぞれ、IH(100)、IH(102)、IH(110)とした場合に、下記式(4)の値が0.8以上となるような結晶構造のことをいう。0.8未満になると膜の硬度が本発明で好ましいとする硬度よりも低くなるのである。
【0021】
前記ZnS型構造のピーク強度は、X線回折装置にてCuのKα線を用い、(100)面は2θ=32°〜33°付近、(102)面は2θ=48°〜50°付近、また(110)面は2θ=57°〜58°付近に現れるピークの強度を測定して求める。尚、ZnS型の結晶はAlNが主体であるが、TiやVが混入しているため、実測されるZnS型AlNのピーク位置は、JCPDSカードのZnS型AlNのピーク位置と若干ずれる。
【0022】
【数1】
【0023】
また本発明の皮膜の結晶構造をX線回折で測定した場合に、岩塩構造型の結晶構造における回折線強度が、I(220)≦I(111)および/またはI(220)≦I(200)を満たしていることが望ましい。これは、岩塩構造型の密に充填した面である(111)面や(200)面が表面に対して配向していると、その耐摩耗性が向上するからである。
【0024】
θ−2θ法によるX線回折により測定したI(200)とI(111)の比;I(200)/I(111)は、成膜時における基板に印可するバイアス電圧や、ガス圧、成膜温度などの条件により、概ね0.1から10程度の範囲内で変化するが、本発明では、I(200)/I(111)が0.3以上を満足する場合に、皮膜の切削特性が良好となることを見出した。その理由について詳細は明らかでないが次の様に考えることができる。即ち、岩塩構造型の結晶構造では、基本的に金属元素(Ti、Al、V)が窒素または炭素と結合し、金属元素同士、窒素原子同士、または炭素原子同士の結合はほとんど存在せず、(111)面では、最隣接原子が金属元素同士、窒素原子同士、または炭素原子同士であるが、お互いに結合していないと考えられる。これに対し(200)面では、隣接している金属元素同士、窒素原子同士、または炭素原子同士が結合している割合が多いことから、安定していると考えられる。従って、面内の安定性の高い(200)面を、(111)面に対してある一定以上の割合で、表面に対して配向させれば、硬度が増加して切削特性を向上させることができると考えられる。前記I(200)/I(111)の値は、好ましくは0.5以上で、より好ましくは0.7以上である。
【0025】
ところで(111)面の回折角度は、皮膜の成分組成、残留応力の状態、または基板の種類によって変化しうるものであり、本発明の要件を満たす硬質皮膜を、CuのKα線を用いてθ−2θ法によるX線回折を行った場合には、その回折角度は、37°〜38°の範囲内で変化し、皮膜中のTi量が増加すると上記回折角度が小さくなる傾向が示された。この様に(111)面の回折角度が小さく、(111)面の間隔が大きくなるのは、前述の如くTiNの格子定数(4.24Å)が、AlNやVNの格子定数(AlN:4.12Å、VN:4.14Å)と比較して大きいことに起因していると考えられる。
【0026】
本発明の要件を満足する硬質皮膜;(Ti0.1Al0.7V0.2)Nを超硬合金基板上を形成した場合を例にとると、(111)面の回折線の角度は、成膜条件により37.4°〜37.7°の範囲内で変化し、また、(111)面の回折線の半値幅(ピーク最大強度の半分の点の回折線の幅)は0.2°〜1.5°の範囲内であった。この様に、皮膜の成分組成が一定であっても回折線の位置が変化するのは、主として後述する皮膜の応力状態に起因していると考えられ、皮膜の圧縮応力値が大きくなると回折角度は小さくなる傾向にあった。
【0027】
本発明の皮膜は、上記要件を満足する単層の皮膜の他、上記要件を満たし、且つ相互に異なる皮膜を複数積層して用いることもできる。また用途によっては、前記1層または2層以上の本発明で規定する(TiAlV)(CN)膜の片面側または両面側に、岩塩構造型主体の結晶構造を有し、且つ前記硬質皮膜とは異なる成分組成の金属窒化物層、金属炭化物層および金属炭窒化物層よりなる群から選択される少なくとも1層が積層されていてもよい。
【0028】
尚、ここでいう「岩塩構造型主体の結晶構造」も、前述の如く、θ−2θ法によるX線回折における岩塩構造を示すピークのうち、(111)面、(200)面、(220)面のピーク強度をそれぞれ、IB(111)、IB(200)、IB(220)とし、ZnS型構造を示すピークのうち、(100)面、(102)面、(110)面のピーク強度をそれぞれ、IH(100)、IH(102)、IH(110)とした場合に、上記式(4)の値が0.8以上となるような結晶構造のことをいうものとする。また、岩塩構造型であって前記硬質皮膜とは異なる成分組成の金属窒化物層、金属炭化物層または金属炭窒化物層として、例えばTiN、TiAlN、TiCrAlN、TiCN、TiAlCN、TiCrAlCN、TiC等の皮膜が挙げられる。
【0029】
また本発明の切削工具用硬質皮膜には、前記1層もしくは2層以上の本発明の硬質皮膜の片面側または両面側に、4A族、5A族、6A族、AlおよびSiよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む金属層または合金層が1以上積層されているものであってもよく、前記4A族、5A族、6A族の金属として、Cr、Ti、Nb等が挙げられ、合金としてTi−Al等を用いることができる。
【0030】
上記(i)本発明の要件を満たし、かつ相互に異なる皮膜や、(ii)岩塩構造型であって前記硬質皮膜とは異なる成分組成の金属窒化物層、金属炭化物層または金属炭窒化物層、(iii)4A族、5A族、6A族、AlおよびSiよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む金属層または合金層を、複数層形成して本発明の硬質皮膜とする場合には、1層の膜厚が0.005〜2μmの範囲内にあればよいが、本発明の硬質皮膜は、単層の場合であっても上記複数層の場合であっても、トータルとしての膜厚は、0.5μm以上で20μm以下の範囲内とすることが望ましい。0.5μm未満だと膜厚が薄すぎて耐摩耗性が好ましくなく、一方、上記膜厚が20μmを超えると、切削中に膜の欠損や剥離が発生するからである。尚、より好ましい膜厚は、1μm以上で15μm以下である。
【0031】
更に、Alの組成比が高くても結晶構造が実質的に岩塩構造型を主体とする本発明の硬質皮膜を作製するには、本発明で規定する様な方法で成膜することが大変有効である。即ち、成膜ガス雰囲気中でアーク放電を行ってターゲットを構成する金属を蒸発させてイオン化し、被処理体上に本発明の硬質皮膜を形成する方法にて、前記金属とともに成膜ガスのプラズマ化を促進しつつ成膜することが必要であり、このとき前記被処理体近傍における成膜ガスのプラズマ化を、ターゲットの蒸発面にほぼ直交して前方に発散ないし平行に進行するよう形成した磁力線によって促進しつつ成膜することを好ましい形態とする。
【0032】
尚、本発明の成膜方法は、本発明で規定する岩塩構造型を主体とする(Ti,Al,V)(CN)皮膜の成膜に有効であるのは勿論のこと、それ以外の皮膜を成膜するにあたっても大変有効な方法であることは言うまでもない。
【0033】
アークイオンプレーティング(AIP)装置においては、従来のように磁場がターゲットの裏側に配置されたカソード蒸発源では本発明の皮膜を作製することが困難であり、磁石がターゲットの横または前方に配置されて、ターゲット蒸発面にほぼ直交して前方に発散ないし平行に進行する磁力線を形成し、この磁力線によって成膜ガスのプラズマ化を促進することが本発明の硬質皮膜を形成する上で大変有効なのである。
【0034】
本発明を実施するための装置の一例として、図1にAIP装置を示しながら簡単に説明する。
【0035】
このAIP装置は、真空排気する排気口11および成膜ガスを供給するガス供給口12とを有する真空容器1と、アーク放電によって陰極を構成するターゲットを蒸発させてイオン化するアーク式蒸発源2と、コーティング対象である被処理体(切削工具)Wを支持する支持台3と、この支持台3と前記真空容器1との間で支持台3を通して被処理体Wに負のバイアス電圧を印加するバイアス電源4とを備えている。
【0036】
前記アーク式蒸発源2は、陰極を構成するターゲット6と、このターゲット6と陽極を構成する真空容器1との間に接続されたアーク電源7と、ターゲット6の蒸発面Sにほぼ直交して前方に発散ないし平行に進行し、被処理体Wの近傍まで伸びる磁力線を形成する磁界形成手段としての磁石(永久磁石)8とを備えている。被処理体Wの近傍付近における磁束密度としては、被処理体の中心部において磁束密度が10G(ガウス)以上、好ましくは30G以上とするのが良い。尚、蒸発面にほぼ直交するとは、蒸発面の法線方向に対して0°を含み、30°程度以下の角度をなすことを意味する。
【0037】
図2は、本発明の実施に供するアーク式蒸発源要部の一例を拡大した断面概略図であるが、前記磁界形成手段としての磁石8は、ターゲット6の蒸発面Sを取り囲むように配置されている。磁界形成手段としては、前記磁石に限らず、コイルとコイル電源とを備えた電磁石でも良い。また、磁石の配置場所は図3に示すように、ターゲット6の蒸発面Sの前方(被処理体側)を取り囲むように設けても良い。尚、図1では、チャンバーをアノードとしたが、例えばターゲット側面前方を取り囲むような円筒形状の専用アノードを設けても良い。
【0038】
尚、図4に示す従来のAIP装置のアーク式蒸発源102にも、アーク放電をターゲット106上に集中させるための電磁石109を備えたものがあるが、電磁石109がターゲット106の裏側に位置しているため、磁力線がターゲット蒸発面近傍でターゲット表面と平行となり、磁力線が被処理体Wの近傍にまで伸びないようになっている。
【0039】
本発明で使用するAIP装置のアーク式蒸発源と、従来のそれとの磁場構造の違いは、成膜ガスのプラズマの広がり方の違いにある。
【0040】
前記図3に示すように、放電で発生した電子eの一部が磁力線に巻き付くように運動を行い、この電子が成膜ガスを構成する窒素分子等と衝突することによって成膜ガスがプラズマ化する。前記図4における従来の蒸発源102では、磁力線がターゲット近傍に限られるため、上記の様にして生成された成膜ガスのプラズマの密度はターゲット近傍が最も高く、被処理体Wの近傍ではプラズマ密度がかなり低いものとなっている。これに対し、図2および図3に示す様な本発明で使用する蒸発源では、磁力線が被処理体Wにまで伸びるため、被処理体W近傍における成膜ガスのプラズマ密度が従来の蒸発源に比べ格段に高いものとなっている。
【0041】
そしてこの様なターゲット表面における磁力線配置、および基板(被処理体)近傍のプラズマ密度の違いが、生成される膜の結晶構造、ひいては得られる特性に大きく影響を与えると考えられる。図5は、この様な影響を確認した一実施例であり、従来型の蒸発源と本発明者らのアーク蒸発源のそれぞれを用いて(Ti0.15Al0.7V0.15)N膜を成膜したときの皮膜の表面電子顕微鏡写真である。成膜条件は、両蒸発源ともにアーク電流を100A、窒素ガス圧力を2.66Pa、基板(被処理体)温度を500℃とし、基板(被処理体)に印加するバイアス電圧を100Vとしている。尚、バイアスの電位は、アース電位に対してマイナスとなるように印加しており、例えばバイアス電圧100Vとは、アース電位に対してバイアス電位が−100Vであることを示す。
【0042】
図5(1)に示されるように、磁石がターゲットの横または前方に位置している本発明者らのAIP装置の蒸発源で形成した皮膜表面は、非常に平滑であるのに対し、磁石がターゲットの背面に位置している従来型の蒸発源で形成した皮膜は、図5(2)に示される様に、表面に「マクロパーティクル」と呼ばれる溶融したターゲット物質の付着が多く認められ、表面粗度(Ra)が大きく、切削特性に悪影響を及ぼす。従って、成膜には本発明の蒸発源を用いることが大変有効なのである。
【0043】
成膜時の基板(被処理体)に印可するバイアス電圧は、50〜300Vの範囲にあることが望ましい。もともと岩塩構造型のAlNは、常温常圧では非平衡相であり生成しにくい物質であるが、本発明者等の蒸発源によって成膜ガスのプラズマ化が促進されて、成膜ガスがイオン化することから、基板にバイアス電圧を印可することで基体(被処理体)へのイオン衝撃が有効に行われ、岩塩構造型のAlNの形成が促進されていると考えられる。この様な効果を発揮させるには、前記バイアス電圧を50V以上とすることが好ましく、より好ましくは70V以上である。しかし前記バイアス電圧が高すぎると、イオン化した成膜ガスによって膜がエッチングされ、成膜速度が極端に小さくなることから、前記バイアス電圧は300V以下とすることが好ましく、より好ましくは260V以下である。岩塩構造型のAlN形成の促進作用と成膜速度を勘案すれば、基板に印加するバイアス電圧は、70V以上で200V以下とすることが好ましい。
【0044】
また、本発明では、皮膜形成時の基板温度の範囲を300℃以上800℃以下とすることが好ましいとしているが、これは形成された皮膜の応力と関係している。図6は、一例として(Ti0.1Al0.7V0.2)N皮膜形成時の基板(被処理体)温度と形成した皮膜の残留応力の関係を示したものであり、成膜時の基板のバイアス電圧を100V、窒素ガスの圧力を2.66Paとしている。この図6より、基板温度が上昇すれば皮膜応力は低減する傾向にあることが分かる。得られた硬質皮膜に過大な残留応力が作用していると、成膜ままの状態で剥離が生じ易く、密着性に劣る。従って、基板温度の下限は300℃とするのが好ましく、より好ましくは400℃である。一方、基板(被処理体)温度を高めれば上記残留応力は低減するが、残留応力が小さすぎる場合には圧縮応力が小さくなり、基板の抗折力増加作用が損なわれ、また高温による基板の熱的変質も生じることとなる。従って基板温度の上限は800℃とすることが好ましい。より好ましくは700℃以下である。
【0045】
更に本発明では、成膜時の反応ガスの分圧または全圧を0.5Pa以上6Pa以下の範囲とすることを好ましい成膜条件としている。ここで反応ガスの「分圧または全圧」と表示しているのは、本発明が、前述のように窒素ガスやメタンガスといった皮膜の成分組成に必要な元素を含むガスを反応ガス、それ以外のアルゴンなどの様な希ガス等をアシストガスといい、これらをあわせて成膜ガスとしており、成膜ガスとして、アシストガスを用いず反応ガスのみを用いる場合には、反応ガスの全圧を制御することが有効で、また、反応ガスおよびアシストガスの両方を用いる場合には、反応ガスの分圧を制御することが有効だからである。この反応ガスの分圧または全圧が0.5Pa未満の場合には、ターゲットをアーク蒸発させた場合に前記マクロパーティクル(ターゲットの溶融物)が多量に付着して皮膜の表面粗度が大きくなり、用途によっては不都合を生じることから好ましくない。一方、反応ガスの分圧または全圧が6Paを超える場合には、反応ガスがターゲット構成成分の蒸発粒子と衝突して該蒸発粒子の散乱が多くなり、成膜速度が低下するため好ましくない。尚、反応ガスの分圧または全圧は、下限を1.5Paとし、上限を4Paとすることがより好ましい。
【0046】
本発明では、成膜方法としてAIP法について述べたが、金属元素とともに成膜ガスのプラズマ化が促進される成膜方法であれば、AIP法に限定されるものではなく、例えば、パルススパッタリング法や窒素のイオンビームアシストデポジション法で成膜することができる。
【0047】
本発明の硬質皮膜は、上述の如くターゲットを蒸発またはイオン化させて、被処理体上に成膜するイオンプレーティング法やスパッタリング法等の気相コーティング法にて製造するのが有効であるが、該ターゲットの特性が好ましくない場合には、成膜時に安定した放電状態が保てず、得られる皮膜の成分組成が均一でない等の問題が生じる。そこで優れた耐摩耗性を発揮する本発明の切削工具用硬質皮膜を得るにあたり、使用するターゲットの特性についても検討したところ、下記の様な知見が得られた。
【0048】
まず、ターゲットの相対密度を95%以上とすることで、成膜時の放電状態が安定し、効率よく本発明の硬質皮膜が得られることが分かった。即ち、ターゲットの相対密度が95%未満になると、ターゲット中にミクロポア等の合金成分の粗な部分が生じるようになり、この様なターゲットを成膜に用いた場合に該合金成分の蒸発が不均一となって、得られる皮膜の成分組成がばらついたり膜厚が不均一となったりしてしまう。また、空孔部分は成膜時に、局所的かつ急速に消耗するので、減耗速度が速くなりターゲットの寿命が短くなる。空孔が多数存在する場合には、局所的な減耗が急速に進むのみならず、ターゲットの強度が劣化して割れが生じる原因ともなるのである。
【0049】
ターゲットの相対密度が95%以上であっても、ターゲット中に存在する空孔が大きい場合には、放電状態が不安定となり良好に皮膜が成膜されないため好ましくない。ターゲット中に半径0.5mm以上の空孔が存在すると、ターゲットを構成する合金成分の蒸発またはイオン化のためのアーク放電が中断して成膜を行うことができないことが知られている。本発明者らが検討したところ、空孔の半径が0.3mm以上になると放電中断には至らずとも放電状態が不安定となることが分かった。従って、安定した放電状態を保ち、良好にかつ効率よく成膜を行うには、ターゲット中に存在する空孔の半径を0.3mm未満、好ましくは0.2mm以下とするのがよいのである。
【0050】
AIP法等の気相コーティング法では、使用するターゲットの成分組成が、形成される皮膜の成分組成を決定付けることから、ターゲットの成分組成は、目的とする皮膜の成分組成と同一であることが好ましい。即ち、耐摩耗性に優れた本発明の硬質皮膜を得るには、ターゲットとして、(Tix,Aly,Vz)からなるものであって、
0.02≦x≦0.3、
0.5<y≦0.8、
0.05<z、
0.7≦y+z、
x+y+z=1
(x,y,zはそれぞれTi,Al,Vの原子比を示す)を満足するものを用いることが好ましい。
【0051】
尚、本発明で好ましいとする成分組成;Al+Vの原子比(b+c)の値が0.75以上で、かつTiの原子比aの値が0.25以下の硬質皮膜を成膜するにあたっては、この成膜する硬質皮膜の成分組成に合わせて、上記xが0.25以下でy+zが0.75以上のターゲットを用いるのがよい。
【0052】
上記ターゲットの成分組成を満足していても、ターゲットの成分組成分布がばらついていると、得られる硬質皮膜の成分組成分布も不均一となり、該皮膜の耐摩耗性が部分的に異なることとなってしまう。またターゲットの成分組成分布にばらつきがあると、ターゲットに局所的な電気伝導性や融点等の差異が生ずることとなり、これが放電状態を不安定にして良好に成膜されないのである。従って、本発明のターゲットは、組成分布のばらつきが0.5at%以内にあることが好ましい。
【0053】
更に本発明者らは、ターゲットの製造に用いる原料あるいはターゲット製造時の雰囲気が原因で、ターゲット中に不可避的に混入する不純物(酸素、水素、塩素、銅およびマグネシウム)の含有量が、成膜時の放電状態等に及ぼす影響についても調べた。
【0054】
その結果、酸素、水素および塩素がターゲット中に多量に含まれていると、成膜時にターゲットからこれらのガスが突発的に発生し、放電状態が不安定となったり最悪の場合にはターゲットそのものが破損して良好に成膜されないことが分かった。従って、ターゲット中に含まれる酸素は0.3質量%以下、水素は0.05質量%以下、塩素は0.2質量%以下に抑えるのがよいのである。より好ましくは、酸素を0.2質量%以下、水素を0.02質量%以下、塩素を0.015質量%以下に抑える。
【0055】
また、銅やマグネシウムは、本発明のターゲットを構成するTi,AlおよびVよりも蒸気圧が高く気化しやすいので、多量に含まれる場合には、ターゲット製造時にガス化してターゲット内部に空孔が形成され、この様な欠陥が原因で成膜時の放電状態が不安定となるのである。従って、ターゲット中に含まれる銅の含有量は、0.05質量%以下に抑えることが好ましく、より好ましくは0.02質量%以下である。また、マグネシウムの含有量は、0.03質量%以下に抑えることが好ましく、より好ましくは0.02質量%以下である。
【0056】
この様な不純物の含有量を本発明で規定する範囲にまで低減する方法として、例えば原料粉末の真空溶解や、清浄雰囲気で原料粉末の配合・混合を行うこと等が挙げられる。
【0057】
ところで本発明は、ターゲットの製造方法についてまで特定するものではないが、例えば、量比や粒径等を適切に調整した原材料のTi粉末、V粉末およびAl粉末を、V型ミキサー等で均一に混合して混合粉末とした後、これに冷間静水圧加圧処理(CIP処理)あるいは熱間静水圧加圧処理(HIP処理)を施すことが本発明のターゲットを得る有効な方法として挙げられる。これらの方法の他、熱間押出法や超高圧ホットプレス法等によっても本発明のターゲットを製造することができる。
【0058】
尚、上記の様にして混合粉末を調製した後、ホットプレス処理(HP)にてターゲットを製造する方法も挙げられるが、この方法では、本発明で用いるVが高融点金属であるため相対密度の高いターゲットが得られ難いといった問題点がある。また、上記の様に混合粉末を用いて製造する方法の他、予め合金化させた粉末を用いて、CIP処理やHIP処理を行ったり、溶解・凝固させてターゲットを得る方法も挙げられる。しかし前記合金化粉末を用いてCIP処理またはHIP処理を行う方法では、組成の均一なターゲットが得られるという利点があるものの、合金粉末が難焼結性であるため、高密度ターゲットが得られ難いといった問題点がある。また後者の合金化粉末を溶解・凝固させる方法では、組成が比較的均一なターゲットが得られるという利点があるが、凝固時に割れや引け巣が発生し易いといった問題があり、本発明のターゲットを得ることは難しい。
【0059】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0060】
[実施例1]
前記図1に示すAIP装置のカソードにTi、V、Alからなる合金ターゲットを取り付け、さらに、支持台上に被処理体として超硬合金製チップ、超硬合金製エンドミル(直径10mm、4枚刃)を取り付け、チャンバー内を真空状態にした。その後、チャンバー内にあるヒーターで被処理体の温度を500℃に加熱し、窒素ガスを導入してチャンバー内の圧力を2.66Paにしてアーク放電を開始し、前記被処理体の表面に膜厚3μmの皮膜を形成した。なお、成膜中にアース電位に対して基板(被処理体)がマイナス電位となるよう100Vのバイアス電圧を基板(被処理体)に印加した。
【0061】
成膜終了後、膜中の金属成分組成、膜の結晶構造、ビッカース硬度を調べた。膜中のTi、V、Alの成分組成はEPMAにより測定した。また皮膜中の金属元素(Ti、V、Al)および窒素以外の不純物元素量は、酸素が1at%以下で、炭素が2at%以下のレベルであった。膜の結晶構造はX線回折により同定した。前記式(4)の値は、前述のようにX線回折装置にてCuのKα線を用いて各結晶面のピーク強度を測定して求めた。更に、耐摩耗性を評価すべく、硬質皮膜を形成したエンドミルを用い、以下の条件で切削試験を行って刃中部分の摩耗幅を測定した。
切削条件
被削材:SKD61(HRC50)
切削速度:190m/分
刃送り:0.05mm/刃
軸切り込み:5mm
径方向切り込み:1mm
切削長:30m
その他:ダウンカット、ドライカット、エアブローのみ
得られた膜の成分組成、結晶構造、ビッカース硬度、前記式(4)および切削試験で測定した摩耗幅の値を表1に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
表1より、本発明の成分組成範囲を満たすNo.1〜11は、高い皮膜硬度を確保することができ、切削試験を行った場合も摩耗量が30μm未満と摩耗の少ないものとなっている。これに対し、No.12〜23は、本発明で規定するTi,Al,Vの組成を満足するものでないことから、いずれも硬度がHV2950以下と低く、切削試験の結果、摩耗幅が30μmを超えて耐摩耗性に劣るものとなっている。
【0064】
図7は、(Ti,Al,V)N膜における金属成分Ti、AlおよびVの組成図にて、本発明範囲とNo.1〜23の実施例を示したものであり、図7中の●と□の境界線で囲まれる領域は本発明の範囲を示し、□と○の境界線で囲まれる領域は好ましい本発明の範囲を示す。この図7にて○、□で示される本発明の範囲内にあるNo.1〜11は、図7にて●で示される本発明の規定成分組成を満たさないNo.12〜23と比較して、皮膜硬度の高いものとなっており、特に、図7にて○で示される、好ましい成分組成範囲内にあるNo.5〜9では、非常に硬度が高く、耐摩耗性に優れている結果となった。
【0065】
[実施例2]
次に前記図1に示すAIP装置のカソードにTi、V、Alからなるターゲット合金を取り付け、さらに、支持台上に被処理体として超硬合金製チップ、超硬合金製エンドミル(直径10mm、4枚刃)を取り付け、チャンバー内を真空状態にした。その後、チャンバー内にあるヒーターで被処理体の温度を500℃に加熱し、窒素とメタンの混合ガスを導入してチャンバー内の圧力を2.66Paにしてアーク放電を開始し、前記被処理体の表面に膜厚3μmの(TiAlV)(CN)皮膜を形成した。なお、成膜中にアース電位に対して基板(被処理体)がマイナス電位となるよう100Vのバイアス電圧を基板(被処理体)に印加した。得られた皮膜中のTi、V、Alの成分組成はEPMAにより測定した。また皮膜中の金属元素(Ti,V,Al)、窒素および炭素以外の不純物元素量は、酸素が1原子%以下のレベルであった。
【0066】
【表2】
【0067】
表2より、本発明の要件を満たす皮膜をコーティングしたNo.24〜26のエンドミルは、(TiAlV)(CN)皮膜におけるCおよびNの比率が本発明の規定範囲を外れているNo.27のエンドミルと比較して、切削試験における摩耗幅が小さく、耐摩耗性に優れていることがわかる。
【0068】
[実施例3]
組成がTi:15at%、V:15at%、Al:70at%であって結晶配向の異なるTiAlVN膜を、基板に印加するバイアス電圧を50〜200V、成膜温度(被処理体温度)を300〜700℃、成膜圧力を1〜5.2Paの範囲内で変化させ、前記実施例1と同様にして超硬合金製エンドミル(直径10mm、4枚刃)上に成膜した。この時、蒸発源には前記図3に示す蒸発源を用いた。成膜後に、結晶構造、結晶配向、ビッカース硬度、および切削試験における摩耗幅を調べた。得られた皮膜の結晶配向および結晶構造は、X線回折で測定し、成膜後のエンドミルの耐摩耗性は、前記実施例1と同様にして切削試験を行い評価した。その結果を表3に併記する。
【0069】
【表3】
【0070】
表3より、本発明で好ましいとする結晶配向を有するNo.28〜32は、No.33と比較して、摩耗幅が小さく優れた耐摩耗性を示すことから、本発明の規定を満たすよう結晶配向を制御することによって、より耐摩耗性に優れた硬質皮膜が得られることが分かる。
【0071】
[実施例4]
組成がTi:15at%、V:15at%、Al:70at%のTiAlVN膜と表4に示す種々の金属窒化物、金属炭化物、金属炭窒化物および金属膜の積層膜を超硬合金製エンドミル(直径10mm、4枚刃)に形成した。積層の仕方は、超硬合金製エンドミル上に、表4における皮膜1、次に表4における皮膜2の順に、表4に示す厚みにて交互に積層した。表4に示す積層数は、[皮膜1+皮膜2]を1単位としたときの繰り返し数を示す。得られた皮膜の耐摩耗性は、前記実施例1と同様にして切削試験を行い評価した。これらの結果を表4に示す。
【0072】
【表4】
【0073】
表4のNo.34〜47より、切削工具用硬質皮膜を複数層とする場合であっても、本発明の要件を満たす皮膜をコーティングしたものであれば、切削試験での摩耗幅が30μm未満と優れた耐摩耗性を示すことが分かる。
【0074】
[実施例5]
組成がTi:15at%、V:15at%、Al:70at%のTiAlVN膜を、基板に印可するバイアス電圧を30V〜400V、基板(被処理体)の温度を250℃〜1000℃、及び反応ガスである窒素ガスの圧力を0.3Pa〜7Paの範囲内で変化させて、超硬合金チップ及び超硬合金製エンドミル(直径10mm、4枚刃)上に形成した。得られた皮膜のビッカース硬度を測定するとともに、実施例1と同様にして切削試験を実施し、耐摩耗性について評価した。これらの結果を表5に示す。
【0075】
【表5】
【0076】
表5より、本発明の要件を満たすNo.49〜51、54〜56、60および61は、No.48、52、53、57〜59および62と比較して、高硬度の皮膜が得られ、切削試験時の摩耗幅も小さいものが得られていることから、耐摩耗性に優れた皮膜を得るには、基板に印加するバイアス電圧や基板温度、更には反応ガスの圧力(分圧または全圧)を本発明の規定範囲内とすることが好ましいことが分かる。
【0077】
[実施例6]
ターゲットの相対密度や不純物含有量が成膜時の放電状態に及ぼす影響について調べた。
【0078】
それぞれ100メッシュ以下のTi粉末、V粉末およびAl粉末を所定量混合し、温度:900℃かつ圧力:8×107Paの条件でHIP処理を行って、表6に示す各成分組成のターゲットを作製した。上記ターゲットの成分組成はICP−MSにて測定した。また得られたターゲットの放電特性を調べるため、外径254mm、厚さ5mmに成形したターゲットをスパッタリング装置に装着し、反応性パルススパッタリング法により膜厚3μmの皮膜を被処理体である超硬合金製チップ上に成膜した。成膜は、反応ガスとしてN2ガスを用い、出力500Wで行った。
【0079】
得られた硬質皮膜の成分組成はXPSで測定し、耐摩耗性は、実施例1と同様にして切削試験を行い、下記の評価基準で判断した。また成膜時の放電状態については、表面における放電状況を目視で観察したり、放電電圧のモニターを観察して行った。これらの結果を表6に示す。
切削試験における評価基準
○:摩耗量が30μm未満
×:摩耗量が30μm以上
放電状態の評価基準
・安定 :放電電圧の瞬間的な上昇や放電の場所的な偏りが認められないもの
・やや不安定:放電電圧の瞬間的な上昇や放電の場所的な偏りが多少認められるもの
・不安定 :放電電圧の瞬間的な上昇や放電の場所的な偏りがかなり認められるもの
・放電中断 :放電が停止するもの
【0080】
【表6】
【0081】
表6より、No.63〜67は、本発明で規定する相対密度を満足するものであることから放電状態は良好で、その結果、ターゲットと成分組成がほぼ同一で、良好な耐摩耗性を発揮する皮膜が得られていることが分かる。これに対し、No.68〜71は、ターゲットの相対密度が本発明の要件を満足するものではないため、放電状態が不安定であったり継続不可能となり、その結果、得られる皮膜の成分組成がターゲットの成分組成と大きくずれ、耐摩耗性の好ましくない皮膜が得られる結果となった。
【0082】
[実施例7]
次に、ターゲット中の不純物(酸素、水素、塩素、銅およびマグネシウム)の含有量が成膜時の放電状態に与える影響について調べた。
【0083】
表7に示す各成分組成のターゲットを実施例6と同様の方法で作製した。得られたターゲットの相対密度はいずれも99%以上で、0.3mm以上の空孔や連続した欠陥はいずれにも存在しなかった。得られたターゲットを用い、実施例1で使用したAIP装置にて、窒素ガスを成膜ガスとして成膜を行った。ターゲット中の不純物の含有量は、ICP−MSで測定した。また成膜時の放電状態は、実施例6と同様にして評価した。これらの結果を表7に示す。
【0084】
【表7】
【0085】
表7より、No.72、74〜80,87および88は、酸素、水素、塩素、銅およびマグネシウムのすべての不純物の含有量が本発明の要件を満足するものであることから、放電状態が良好となっていることが分かる。これに対し、No.73、81および82では酸素含有量、No.83では水素含有量、No.84では塩素含有量、No.85では銅含有量、No.86ではマグネシウム含有量、No.89では酸素およびマグネシウムの含有量、No.90では、塩素、銅およびマグネシウムの含有量が本発明で好ましいとする規定範囲を超えている。この結果より、成膜時の放電状態を良好にして効率よく本発明の切削工具用硬質皮膜を得るには、ターゲット中の不純物(酸素、水素、塩素、銅およびマグネシウム)の含有量を本発明の規定範囲内とすることが好ましいことが分かる。
【0086】
【発明の効果】
本発明は以上の様に構成されており、(TiAlV)(CN)膜にて、これらTi、Al、Vの成分組成を本発明の如く制御することによって、従来の切削工具用硬質皮膜よりも耐摩耗性に優れた硬質皮膜を得ることができた。こうした硬質皮膜の実現によって、高速切削や焼き入れ鋼など高硬度鋼の切削に用いることのできる長寿命の切削工具を供給できることとなった。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施に使用するアークイオンプレーティング(AIP)装置の一例を示した概略図である。
【図2】本発明の実施に供するアーク式蒸発源要部の一例を拡大した断面概略図である。
【図3】本発明の実施に供する別のアーク式蒸発源要部を拡大した断面概略図である。
【図4】従来の本発明の実施に供するアーク式蒸発源要部の一例を拡大した断面概略図である。
【図5】成膜した(Ti0.15Al0.7V0.15)N膜の表面電子顕微鏡写真を示したものであり、(1)は本発明者らの蒸発源、(2)は従来の蒸発源を用いて成膜した結果を示す。
【図6】一例として(Ti0.1Al0.7V0.2)N皮膜を成膜した場合の基板(被処理体)温度と皮膜の残留応力との関係を示したグラフである。
【図7】(Ti,Al,V)N膜における金属成分Ti、AlおよびVの組成図にて本発明範囲と実施例を示したものである。
【符号の説明】
1 真空容器
2、2A アーク式蒸発源
3 支持台
4 バイアス電源
6 ターゲット
7 アーク電源
8 磁石(磁界形成手段)
9 電磁石(磁界形成手段)
11 排気口
12 ガス供給口
W 被処理体
S ターゲットの蒸発面
Claims (15)
- (Tia,Alb,Vc)(C1−dNd)からなる硬質皮膜であって、
0.02≦a≦0.15、
0.5<b≦0.8、
0.05<c、
0.8≦b+c、
a+b+c=1、
0.5≦d≦1
(a,b,cはそれぞれTi,Al,Vの原子比を示し、dはNの原子比を示す。以下同じ)であることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。 - 前記dの値が1である請求項1に記載の切削工具用硬質皮膜。
- 結晶構造が岩塩構造型を主体とするものである請求項1または2に記載の切削工具用硬質皮膜。
- 請求項1〜3のいずれかに記載の要件を満たし、且つ相互に異なる硬質皮膜が2層以上形成されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
- 請求項1〜4のいずれかに記載の硬質皮膜の片面側または両面側に、岩塩構造型主体の結晶構造を有し、且つ前記硬質皮膜とは異なる成分組成である金属窒化物層、金属炭化物層および金属炭窒化物層よりなる群から選択される少なくとも1層が積層されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
- 請求項1〜5のいずれかに記載の硬質皮膜の片面側または両面側に、4A族、5A族、6A族、AlおよびSiよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む金属層または合金層が1以上積層されていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
- 請求項1〜6のいずれかに記載の切削工具用硬質皮膜の製造方法であって、成膜ガス雰囲気中で金属を蒸発させイオン化して、前記金属とともに成膜ガスのプラズマ化を促進しつつ成膜することを特徴とする切削工具用硬質皮膜の製造方法。
- ターゲットを構成する金属の蒸発およびイオン化をアーク放電にて行うアークイオンプレーティング法において、該ターゲットの蒸発面にほぼ直交して前方に発散ないし平行に進行する磁力線を形成し、この磁力線によって被処理体近傍における成膜ガスのプラズマ化を促進しつつ成膜する請求項7に記載の切削工具用硬質皮膜の製造方法。
- 前記被処理体に印加するバイアス電位をアース電位に対して−50V〜−300Vとする請求項8に記載の切削工具用硬質皮膜の製造方法。
- 成膜時の前記被処理体温度を300℃以上800℃以下とする請求項8または9に記載の切削工具用硬質皮膜の製造方法。
- 成膜時の反応ガスの分圧または全圧を0.5Pa以上6Pa以下とする請求項8〜10のいずれかに記載の切削工具用硬質皮膜の製造方法。
- 請求項1〜6のいずれかに記載の切削工具用硬質皮膜の製造に用いるターゲットであって、
(Ti x ,Al y ,V z )からなり、
0.02≦x≦0.15、
0.5<y≦0.8、
0.05<z、
0.8≦y+z、
x+y+z=1
(x,y,zはそれぞれTi,Al,Vの原子比を示す。以下同じ)であり、
且つ相対密度が95%以上であることを特徴とする硬質皮膜形成用ターゲット。 - 前記ターゲット中に存在する空孔の大きさが半径0.3mm未満である請求項12に記載の硬質皮膜形成用ターゲット。
- 酸素含有量が0.3質量%以下で、水素含有量が0.05質量%以下であり、更に塩素含有量が0.2質量%以下である請求項12または13に記載の硬質皮膜形成用ターゲット。
- Cu含有量が0.05質量%以下で、Mg含有量が0.03質量%以下である請求項12〜14のいずれかに記載の硬質皮膜形成用ターゲット。
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