JP4047499B2 - 耐ピッチング性に優れた浸炭窒化部品 - Google Patents
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【発明の属する技術分野】
本発明は、浸炭窒化処理により高い表面硬度を有すると共に、軟化抵抗性が良好で耐ピッチング性に優れた浸炭窒化部品に関するものであり、この浸炭窒化部品は、自動車や建設機械、その他の各種産業機械に使用される歯車やシャフト類等を得るための高強度部品として有効に活用できる。
【0002】
【従来の技術】
自動車や建設機械およびその他の各種産業機械等に使用される機械部品の中で、耐疲労特性や耐摩耗性が特に強く要望される部品としては、通常、機械構造用肌焼鋼を所望の形状に加工した後、表面硬化処理したものが使用されている。
【0003】
かかる表面硬化処理法としては、浸炭、高周波加熱、被膜処理等が知られているが、良好な被削性と高レベルの母材靭性が求められる部品については、主として低炭素の肌焼鋼を使用し、ガス浸炭などにより表面炭素濃度を0.7%程度まで高める方法が採用されてきた。しかし、前述した様な機械類の更なる高性能化が進につれて使用条件は一段と過酷になってきており、特に自動車等の動力を伝達する歯車等の摺動部品では、一層優れた軟化抵抗性が強く望まれるにおよび、ガス浸炭に代わって浸炭窒化が注目を浴びている。
【0004】
軟化抵抗性は高負荷条件下での耐ピッチング性に対して重要な因子であり、ピッチング発生寿命と正比例の関係を有していることが多くの文献等で報告されている(特開平9−296250号公報など)。
【0005】
浸炭窒化処理によれば、侵入窒素の作用により焼入れ性が改善されるばかりでなく軟化抵抗性も高められることが確認されており、例えば特開平8−120438号公報には、鋼材の成分組成や浸炭窒化処理条件を制御することにより、マトリックスの焼入れ性を向上させると共に、耐ピッチング性や曲げ疲労強度にも優れた機械部品を製造する方法が開示されている。しかしこれら従来の浸炭窒化処理では、ピッチングの起点となる表層部の窒素濃度が十分に高められていないため、近年の高強度化の要望に対しては必ずしも満足し得るものとは言えない。
【0006】
そこで、侵入窒素を更に増量させることのできる浸炭窒化処理法の開発が望まれるが、表層窒素濃度を高めると残留γ量が増大するばかりでなく、旧γ粒界でのCrN析出量の増加によりその周辺部のCr濃度が低下して不完全焼入れ層が出現し易くなり、その結果として充分な表面硬さが得られ難くなるという問題がある。更に、軟化抵抗性の向上に大きく寄与すると考えられるV系の炭化物や炭窒化物を析出分散させる目的でVを添加する方法(特開平8−120438号公報)も知られているが、Vは高価であることに加えて、V量を増量すると、硬化層マトリックスの焼入れ性が更に低下したり部品芯部硬さの低下を招くことが懸念される。
【0007】
しかも、鋼素材のSi量やMn量が、冷圧性や被削性の如き生産性や加工性等に及ぼす影響については十分な考慮が払われていないため、生産性向上という観点からすると更なる改善が望まれる。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、鋼素材の生産性を極端に低下させることなく、軟化抵抗性を高めて優れた耐ピッチング性を示す機械構造用の浸炭窒化もしくは浸炭浸窒処理(以下、単に浸炭窒化と称す)部品を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決することのできた本発明に係る浸炭窒化部品は、
C :0.15〜0.25%(質量%、以下同じ)、
Si:0.40〜0.9%、
Mn:0.05〜0.7%、
Cr:1.25〜2.5%、
Mo:0.35〜1%、
Al:0.02〜0.06%、および
N :0.007〜0.015%を含み、
残部が実質的にFeである鋼からなり、[Si+Mn+Mo]量が1.0〜2.20%で、浸炭窒化もしくは浸炭浸窒後焼入れ・焼戻し処理された表面硬化層を有し、表面から0.1mmまでのC量[Cs]が0.7%以上、N量[Ns]が0.6〜2.0%で、且つ下記式(I)によって求められるR値が7.5以上である浸炭窒化部品である。
R値=1.11×[Cs]+1.25×[Ns]+1.89×Si+1.22×Mn+0.67×Mo+3.94 ……(I)
【0010】
本発明の浸炭窒化部品において、前記表面硬化層中にSi系の炭窒化物が0.05%存在するものは、一段と優れた耐ピッチング性と耐摩耗性を示す機械構造用部品となり、また、浸炭窒化処理後あるいは更に焼入れ・焼戻し処理を行なった後にショットピーニング処理を行なって表層硬さを高めると共に残留応力を与えることは、機械構造用部品としての耐摩耗性や耐ピッチング性を更に高める上で有効である。
【0011】
また本発明にかかる上記鋼中に、更に他の元素としてCu:1%以下および/またはNi:1%以下(いずれも0%を含まない)を含有させると、浸炭窒化層の耐食性を高めることができるので有効であり、また、Nb:1%以下、Ti:1%以下およびB:0.1%以下(いずれも0%を含まない)を含有させると、オーステナイト結晶粒や炭窒化物を微細化することができ、靭性の向上に有効となる。更に、該鋼中にS、Ca、Zr、Sb、PbおよびBiよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を夫々0.1%以下含有する鋼を使用すると、母材の靭性を更に高めると共に被削性も高められるので、これら元素を含む鋼材を使用することも好ましい実施態様として推奨される。
【0012】
【発明の実施の形態】
上記の様に本発明では、使用する鋼材の成分組成を特定すると共に、浸炭窒化処理によって形成される表面硬化層の表層部における深さ0.1mmまでのC量[Cs]とN量[Ns]、更には前記式(I)によって求められるR値を特定することにより、特に軟化抵抗性を向上させて耐ピッチング性を高めたものであり、上記各要件を定めた理由は下記の通りである。
【0013】
先ず、本発明で用いる鋼材の化学成分組成を定めた理由は下記の通りである。
【0014】
C:0.15〜0.25%
Cは浸炭窒化処理した部品に所定の芯部硬さを与えると共に、有効硬化深さを確保するのに欠くことのできない元素であり、その作用を有効に発揮させるには0.15%以上含有させなければならない。但し、C量が多過ぎると鋼材の靭性、被削性、冷間加工性が低下するので、その上限を0.25%とする。C量のより好ましい下限は0.17%、より好ましい上限は0.22%である。
【0015】
Si:0.40〜0.9%
Siは炭窒化物を形成して表層炭窒化物層の軟化抵抗性の向上に大きく寄与する元素であり、更には、炭窒化物の粒界析出を抑制すると共に、炭窒化物を球状化させて耐摩耗性を高める上でも有効な元素である。また、浸炭窒化層の基地を硬くする作用もあり、これらの作用を有効に発揮させるには0.40%以上含有させなければならない。ただし多過ぎると、鋼の浸炭窒化性が阻害されると共に、部品の靭性や機械加工性を著しく劣化させるので、0.9%以下に抑えなければならない。Si量の好ましい上限は0.8%である。
【0016】
Mn:0.05〜0.7%
Mnも炭窒化物を形成することにより軟化抵抗性の向上に大きく寄与する他、溶製時に脱酸成分として作用し、更には焼入れ性の向上およびMnSの形成による切削加工性の向上にも有効に作用する。こうしたMnの作用を有効に発揮させるには、少なくとも0.05%以上含有させることが必要であるが、多過ぎると鍛造性や機械加工性に悪影響を及ぼす他、表層部の残留オーステナイト量が過剰となり却って表面硬さを低下させるので、0.7%以下に抑えなければならない。こうした利害得失を考慮してより好ましいMn量の下限は0.2%である。
【0017】
Cr:1.25〜2.5%
Crは、母材の焼入れ性を高め、安定した硬化層深さや必要な芯部硬さを与えることにより、歯車などの構造用部材としての静的強度および疲労強度を確保し、更には表面硬化層の基地の焼戻し軟化抵抗性を高めて耐ピッチング性を向上させるうえでも重要な成分であり、少なくとも1.25%以上含有させなければならない。しかしCr量が多くなり過ぎると、従来例で侵入窒素を増量した場合と同様に浸炭窒化時に旧γ粒界へCrNが多量析出し、オーステナイト中の固溶Cr量の減少により焼入れ性を低下させ、表面硬さを低下させる。また多過ぎると浸炭窒化性が阻害される他、被削性にも悪影響を及ぼすようになるので、2.5%以下に抑えなければならない。Crのより好ましい含有量の下限は1.4%、より好ましい上限は2.2%である。
【0018】
Mo:0.35〜1%
Moは、侵入窒素量を増大することにより前述したCrNの析出量が増加した場合でも、その周辺の焼入れ性を高レベルに維持する上で極めて重要な作用を有しており、更には炭窒化物の形成とその微細化を促す作用も有している。即ち、Mo含有量を高めるにつれて浸炭窒化量が増大し、またこの複合炭窒化物は硬質である為、浸炭窒化層の硬さを高める上でも有効に作用する。これらの作用により、Moは浸炭窒化層表面における不完全焼入れ組織の如き異常層の低減、および浸炭窒化層内部の強度向上に寄与する。こうした作用を有効に発揮させるには、0.35%以上含有させなければならない。しかしMo量が多くなり過ぎると、機械部品としての靭性や機械加工性が低下すると共に、表層部の残留オーステナイト量が過剰となって逆に表面硬さを低下させるので、1%以下に抑えなければならない。Mo量のより好ましい下限は0.4%、より好ましい上限は0.9%である。
【0019】
Si+Mn+Mo:1.0〜2.20%
Si,Mn,Moは、それぞれ上述した様な作用を有しているが、いずれも準高温域における焼戻し軟化抵抗性を増大させて耐ピッチング性を向上させる上で有効に作用する。しかしその反面、含有量が過剰になると、機械部品としての靱性や生産性を損なう。即ち鋼素材の冷圧性や被削性といった生産性を考慮すると、Si,Mn,Moをバランス良く含有させることが重要であり、構成素材としての生産性を極端に低下させることなく、本発明で意図する優れた軟化抵抗性を確保するには、[Si+Mn+Mo]のトータル含有量を1.0〜2.20%の範囲に収めることが必須となる。[Si+Mn+Mo]トータル含有量のより好ましい範囲は1.2〜1.8%である。
【0020】
Al:0.02〜0.06%
Alは脱酸剤として作用する他、熱処理時にAlNを生成し、焼入れ後の結晶粒を微細化して靭性を高める上で有効な元素であり、これらの作用を有効に発揮させるには0.02%以上含有させなければならない。しかしAl含有量が過剰になると、折角微細化した結晶粒が凝集して結晶粒の成長を招くので0.06%以下に抑えなければならない。こうした観点からより好ましいAl含有量の上限は0.04%である。
【0021】
N:0.007〜0.015%
NはAlと結合してAlNを生成し、オーステナイト結晶粒を微細化させる作用を有しており、延いてはピッチング寿命の向上に寄与する。こうした作用はN含有量を0.007%以上とすることによって有効に発揮されるが、それらの作用は0.015%で飽和するので、その上限を0.015%と定めた。N含有量のより好ましい下限は0.008%、より好ましい上限は0.012%である。
【0022】
本発明で使用する鋼材の必須構成元素は上記の通りであり、残部成分は実質的にFeである。ここで「実質的に」とは、前述した各成分元素の作用効果、更には該鋼材に浸炭窒化処理後、あるいは更にその後焼入れ・焼戻し処理を加えることによって得られる浸炭窒化部品の特性を阻害しない範囲で、更に他の元素を積極的に含有させたり、不可避的に混入することのある元素の混入を許容することを意味する。そして、積極的に含有させることのできる有効な元素としては、例えば下記のものが挙げられる。
【0023】
Cu:1%以下および/またはNi:1%以下(いずれも0%を含まない)
これらの元素は、浸炭窒化層の基地中に固溶することにより浸炭窒化層の耐食性向上に寄与する元素であり、Niは更に靱性向上作用も発揮する。しかし、Cu量が1%を超えると部品としての熱間加工性が低下し、またNi量が1%を超えると残留オーステナイト量が多くなって表面硬さを低下させる恐れが出てくる。
【0024】
Nb:1%以下,Ti:1%以下およびB:0.1%以下(いずれも0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種
これらの元素は、いずれも炭窒化物を形成して加熱時のオーステナイト結晶粒を微細化する作用を有しており、更にNbは、焼戻し等によって生じ易い微細なM7(C,N)3から粗大なM23(C,N)6への炭化物変態を抑え、耐疲労破壊性の劣化を防止する作用も有する。しかし、こうしたNbの作用は1%で飽和し、また、Ti量およびB量が夫々1%および0.1%を超えると、炭窒化物の過剰生成による靭性低下や疲労強度低下を招く。
【0025】
S、Ca、Zr、Sb、PbおよびBiよりなる群から選択される少なくとも1種の元素:それぞれ0.1%以下
S、Ca、Zr、Sb、Pb、Biは、いずれも切削性の向上に有効な元素であり、更にZrは靭性の向上にも寄与する。しかし、S量が0.1%を超えると靭性が低下すると共に、前記Mnとの結合により生成するMnSが破壊の起点となってピッチング寿命を低下させる。またSb、Pb、Biは、過剰に添加してもその効果が飽和するのみならず、大型非金属介在物の生成源となって表面破壊の起点となり、ピッチング寿命を低下させる。更にCaは、Al2O3の周囲にCaOとして生成し、耐ピッチング性を劣化させずに被削性を高める作用を有しているが、その作用は0.1%で飽和する。Zrも熱間圧延時におけるMnSの変形を抑制し、MnSを粒状化させることによって、耐ピッチング性を劣化させずに被削性を高める作用を有しているが、含有量が多くなり過ぎると、ZrO2等の非金属介在物が多量に生成して耐ピッチング性に悪影響を及ぼす様になるので、それぞれ0.1%以下に抑えなければならない。
【0026】
本発明にかかる鋼材の化学成分組成は上記の通りであり、それらの要件を満たす鋼材を所定の部品形状に加工した後、浸炭窒化処理後、あるいは更に焼入れ・焼戻し処理を施すことによって、部品表面に所定の浸炭窒化層を形成するが、本発明では該浸炭窒化層を構成する表面から0.1mmまでの深さ位置のC量[Cs]を0.7%以上、同深さ位置のN量[Ns]を0.6〜2.0%、前記式(I)によって求められるR値を7.5以上とすることにより、表面硬化層の焼戻し軟化抵抗性を高めて耐ピッチング性を飛躍的に高めたところに他の大きな特徴を有しており、それらの要件を定めた理由は下記の通りである。
【0027】
[Cs]:0.7%以上、[Ns]:0.6〜2.0%
[Cs]および[Ns]は、浸炭窒化処理された表層部における浸炭量と浸窒量を表わす指標となるもので、[Cs]値は、主として表面硬化層の硬さ確保に重要な要件であり、浸炭窒化層に対して十分な強度と表面硬さを与えるには、[Cs]を0.7%以上にしなければならない。また[Ns]は、主として焼入れ後の準高温域における表面硬化層の焼戻し軟化抵抗性を高めるのに重要な要件となるもので、本発明では、特にSi系およびFe系炭窒化物の寄与度が大きい。該[Ns]が0.6%未満では、焼戻し軟化抵抗性の向上に寄与するSi系炭窒化物が析出しなくなり、一方[Ns]が2.0%を超える過度の浸窒処理を施すと、残留オーステナイト量が過剰になったり、不完全焼入れ組織の如き異常組織が出現し易くなり、表面硬さが極端に低下してくる。
【0028】
R値:7.5以上
先に述べた様に、使用する鋼材の化学成分、特にSi,Mn,Moの含有量や、浸炭窒化処理によって形成される表面硬化層中の[Cs],[Ns]値は、炭窒化物の析出量や存在形態に大きな影響を及ぼし、前述した要件を満たすことによって、特に準高温域における焼戻し軟化抵抗性を高めて優れた耐ピッチング性を与えるが、こうした作用をより確実に発揮させるには、前記式(I)によって求められるR値で7.5以上を確保することが極めて重要となる。
【0029】
即ち該R値は、部品使用雰囲気や使用中の発熱(摩擦熱など)による軟化後の表面硬さと高い相関性を有しており、昨今の過酷な使用条件に十分耐えるピッチング特性を確保するには、後記実施例でも明らかにする様に該R値で7.5以上を確保することが必須の要件となる。尚、前記式(I)からも明らかな様に、該R値には、表面硬化層中の[Cs],[Ns],Si,Mn,Moの各含有量が相互に影響を及ぼすが、中でもSi量の与える影響が最も大きく、こうした傾向は、本発明において後述するSi系炭窒化物量の存在が耐ピッチング性の向上に顕著な影響を与える事実とも整合しており、本発明における大きな特徴といえる。
【0030】
Si系炭窒化物の含有量:0.05%以上
本発明において表面硬化層に求められる成分上の必須要件は上記[Cs],[Ns]およびR値であるが、表面硬化層の更に他の要件としてSi系炭窒化物量が0.05%以上、より好ましくは0.1%以上である浸炭窒化部品は、一層優れた耐ピッチング性と耐摩耗性を示すものとなる。こうした表面硬化層中のSi系炭窒化物量は、用いる鋼中のSi含有量で0.40%以上を確保すると共に、浸炭窒化処理条件を適正にコントロールし、表面硬化層の前記[Ns]値で0.6%以上を確保することによって達成できる。
【0031】
上記の様に本発明の浸炭窒化部品は、鋼材の成分組成を特定すると共に、表面から0.1mmまでの深さ位置の[Cs],[Ns],R値、好ましくは更にSi系炭窒化物量を規定することにより、優れた表面硬さと耐摩耗性を与えると共に、特に軟化抵抗性を高めて優れた耐ピッチング性を与えたものであり、その製法は特に制限されないが、標準的な製法を例示すると下記の通りである。
【0032】
先ず、使用する鋼材としては前記成分組成を満たす鋼材を使用し、これを所定の部品形状に加工した後、浸炭処理と窒化処理を順次もしくは同時に行なって浸炭窒化処理が行われる。浸炭窒化の具体的な方法には特に制限がなく、通常のガス浸炭窒化法やプラズマ浸炭窒化法などを採用すればよい。その条件も特に制限されないが、ガス浸炭窒化法を採用する場合の一般的な方法は、浸炭ガスとしてCO2含有ガス、窒化ガスとしてNH3含有ガスを使用する方法であり、浸炭窒化量は、浸炭および/または窒化ガス中のCO2濃度やNH3濃度、それらのガス流量、温度などによって調整すればよい。
【0033】
該浸炭窒化処理は一段で行なってもよく、あるいは浸炭窒化の程度に応じて2段以上の復数段処理を採用することもできるが、通常は900℃前後で一段の浸炭もしくは浸炭窒化処理を行ない、次いで850℃前後で2段目の浸炭窒化処理する方法が好ましく採用される。
【0034】
浸炭窒化の後は、油焼入れを行なってから170℃前後の温度で焼戻し処理し、空冷する方法が一般的に採用される。
【0035】
上記浸炭窒化処理や焼入れ・焼戻し処理の条件などはもとより本発明を制限する性質のものではなく、用いる鋼材の種類や表面硬化層の浸炭窒化の程度などに応じて任意に変更して実施することができる。
【0036】
かくして浸炭窒化処理、あるいは更に焼入れ・焼戻し処理することにより所定の表面硬化層を形成したものは、必要により仕上げ表面処理を施して浸炭窒化部品とされるが、浸炭窒化処理あるいは更に焼入れ・焼戻し処理の後、表面硬化層形成部材の表面にショットピーニング処理(好ましくは、アークハイトで0.4mmA程度以上)を施し、表面硬さを更に高めると共に表層部の残留応力を増大させ、耐摩耗性や耐ピッチング性などを更に高めることは、本発明を実用化する際の好ましい実施態様として推奨される。
【0037】
かくして得られる本発明の浸炭窒化部品は、高い表面硬度と耐摩耗性を有すると共に、特に高い軟化抵抗性を有することにより卓越した耐ピッチング性を有しているので、自動車や建設機械、その他各種産業機械などに使用されるシャフト類や歯車などの摺動部品、軸受け等を得るための高強度部品として幅広く有効に活用できる。
【0038】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0039】
表1に示す化学成分の供試鋼を小型炉で溶製し、熱間鍛造後焼ならし処理して直径10mm×長さ100mmおよび直径26mm×長さ100mmの丸棒試験片に機械加工した。得られた各試験片に図1および2に示す浸炭窒化処理(A)および(B)を施した。なお浸炭窒化処理時における炭素ポテンシャルは、浸炭窒化ガス組成を変えることにより、また窒素ポテンシャルは、アンモニア流量を変えることによって調整した。
【0040】
浸炭窒化処理後、直径10mm、長さ100mmの丸棒試験片には0.8mmA(アークハイト)のショットピーニング処理を施し、その後、部品使用雰囲気や使用中の発熱による軟化を想定して300℃で180分の焼戻し処理を行なった後、表面から0.10mm位置での硬さをオートミクロビッカース硬さ測定器によって測定した。
【0041】
また各試験片の[Cs]および[Ns]値は、直径26mm×長さ100mmの丸棒試験片の表面から0.15mm深さまでの切粉を0.05mmおきに3層採取して夫々を化学分析し、第2層目と第3層目の平均値を0.10mm位置での値として求めた。また、表面硬化層のSi系炭窒化物量については、各試験片の表面を0.1mm深さまで電解研磨した後、該研磨面をX線回折法で分析することによって求めた。
【0042】
なお、鋼種qはJIS規格の「SCM420」鋼であり、鋼種rは同「SCr420」鋼である。結果を表2に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
表2において、No.19〜27は本発明の規定要件を満たす実施例、No.1〜18およびNo.28〜36は、本発明で定めるいずれかの要件を欠如する比較材である。
【0046】
表1において、実施例鋼a〜iは、鋼種q(JIS SCM420鋼)や鋼種r(JIS SCr420鋼)に比べて焼ならし後の硬さに大差は認められないが、Si量が多過ぎる鋼種j、Mn量が多過ぎる鋼種m、およびMo量が多過ぎる鋼種pでは、いずれも[Si+Mn+Mo]の値が2.20%を超えており、またCr量が多過ぎる鋼種nも焼ならし後の硬さが非常に高い。
【0047】
表2の比較材中、鋼材のSi量が多過ぎるNo.10、28およびCr量が多過ぎるNo.14、32では、浸炭窒化性が阻害されて表面硬化層中の[Cs]、[Ns]が規定値に満たなくなっており、それ以外の32例では0.7%以上の[Cs]が確保されている。また、[Ns]が0.6%以上に浸窒されたものは、Si系炭窒化物量で0.05%以上が確保されている。
【0048】
そして、鋼素材の化学成分が適正である鋼種a〜iを使用し、[Cs]で0.7%以上、[Ns]で0.6%以上を確保した実施例であるNo.19〜27では、R値も7.5以上が確保されており、焼戻し後の硬さは何れもHv760以上の高い値を示している。
【0049】
しかし、化学成分が不適正であるか、あるいは[Ns]が0.6%未満である比較例のうち、R値が7.5未満のものは焼戻し後の硬さがHv750に満たない低い値となっている。また、R値が7.5以上であっても、鋼材のMn量が多過ぎるNo.13、31、およびMo量が多過ぎるNo.16、34では、残留オーステナイト量が過剰となって焼戻し後の硬さが極端に低くなっている。更にCr量が多過ぎるNo.14、32では、焼入れ後の組織観察で表面硬化層および内部のマトリックスに多数の粗大な析出物と不完全焼入れ組織が観察され、焼戻し後の硬さが劣悪となっている。
【0050】
また表3は、表1に示した種々の供試鋼を熱間鍛造後焼ならし処理して歯車に機械加工し、前記の浸炭窒化処理(A)または(B)を行なった後、アークハイト0.6mmAのショットピーニング処理を施し、表面を0.1mm研削して歯車ピッチング試験に供し、その強度特性を評価した結果を示したものである。なお、試験条件は以下の通りである。また浸炭窒化処理(A)は、実施例鋼である鋼種a〜jのみについて行なった。
【0051】
【0052】
【表3】
【0053】
表3において、No.46〜54は本発明の規定要件を全て満たす実施例、No.37〜45およびNo.55〜63は比較例であり、鋼材の化学成分が規定範囲内で且つ[Cs]が0.7%以上、[Ns]が0.6%以上に浸炭窒化処理され、R値も7.5であるNo.46〜54の実施例は、ピッチング寿命が全て1400万回以上であるのに対し、R値が7.5未満の比較例では、ピッチング寿命が全て1200万回未満となっている。また、鋼材成分の不適正により浸炭窒化性が阻害されたNo.55およびNo.59では、試験時に塑性変形を生じて評価できなかった。
【0054】
【発明の効果】
本発明は以上の様に構成されており、鋼材の化学成分を適正に制御すると共に、浸炭窒化処理によって形成される表面硬化層の[Cs],[Ns]およびR値を適正に制御し、あるいは更にSi系炭窒化物の含有量を特定することによって、表層部の軟化抵抗性を高め、特に表面起点の疲労破壊に対する抵抗力を高めることによって、耐ピッチング性に優れた浸炭窒化高強度部品を提供し得ることになった。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例で採用した浸炭窒化・焼入れ条件を示す図である。
【図2】実施例で採用した他の浸炭窒化・焼入れ条件を示す図である。
Claims (6)
- C :0.15〜0.25%(質量%、以下同じ)、
Si:0.40〜0.9%、
Mn:0.05〜0.7%、
Cr:1.25〜2.5%、
Mo:0.35〜1%、
Al:0.02〜0.06%、および
N :0.007〜0.015%を含み、
残部がFeおよび不可避不純物である鋼からなり、[Si+Mn+Mo]量が1.0〜2.20%で、浸炭窒化もしくは浸炭浸窒後焼入れ・焼戻し処理された表面硬化層を有し、表面から0.1mmまでのC量[Cs]が0.7%以上、N量[Ns]が0.6〜2.0%で、且つ下記式によって求められるR値が7.5以上であることを特徴とする浸炭窒化部品。
R値=1.11×[Cs]+1.25×[Ns]+1.89×Si+1.22×Mn+0.67×Mo+3.94 - 前記表面硬化層内に、Si系炭窒化物が0.05%以上存在している請求項1に記載の浸炭窒化部品。
- 前記鋼が、他の元素として、Cu:1%以下および/またはNi:1%以下(いずれも0%を含まない)を含有する請求項1または2に記載の浸炭窒化部品。
- 前記鋼が、更に他の元素として、Nb:1%以下、Ti:1%以下、およびB:0.1%以下(いずれも0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の浸炭窒化部品。
- 前記鋼が、更に他の元素として、S、Ca、Zr、Sb、PbおよびBiよりなる群から選択される少なくとも1種の元素をそれぞれ0.1%以下含有する請求項1〜4のいずれかに記載の浸炭窒化部品。
- ショットピーニング処理されたものである請求項1〜5のいずれかに記載の浸炭窒化部品。
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