JP4037989B2 - 極薄酸化層を有するFe基非晶質合金薄帯 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、電力トランス用などの鉄心材料に用いられるFe基非晶質合金薄帯に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
非晶質合金薄帯は、合金を溶融状態から急冷することによって得られる。薄帯を製造する方法としては、遠心急冷法、単ロール法、双ロール法、等が知られている。これらの方法は、高速回転する金属製ドラムの内周面または外周面に溶融金属をオリフィス等から噴出させることによって、急速に溶融金属を凝固させて薄帯や線材を製造するものである。さらに、合金組成を適正に選ぶことによって、磁気的性質、機械的性質、あるいは耐食性に優れた非晶質合金薄帯を得ることができる。
【0003】
この非晶質合金薄帯は、その優れた特性から多くの用途において工業用材料として有望視されている。その中でも、電力トランスや高周波トランスなどの鉄心材料の用途としては、鉄損が低く、かつ、飽和磁束密度および透磁率が高いこと、等の理由からFe系非晶質合金薄帯、例えば、Fe-Si-B系などが採用されている。
【0004】
非晶質合金薄帯を鉄心材料として用いる場合、磁気特性向上を目的に薄帯表面に皮膜を形成する方法が数多く開示されている。例えば、薄帯に酸化物などの絶縁皮膜を形成する方法がある。絶縁皮膜は非晶質合金薄帯を巻き回したり積層して作られるトランス磁心において、層間の絶縁性を高め、渡り磁束によって生じる渦電流損失を減少させる効果を持つ。例えば、特開平6−346219号公報においては、薄帯の熱処理工程で20%以上の酸素を導入して薄帯表面に数10〜100nmの酸化膜を付けてトロイダルコアにした時の層間の絶縁性を高めて透磁率を改善する方法が開示されている。また、薄帯中にCr、Nb、Tiなどの4A、5A、6A族の元素、特にCrを含有すると、それらの元素を含む酸化膜が生成され、透磁率の高い薄帯が得られることが述べられている。しかし、改善された磁気特性は、4MHzや10MHzの高周波領域のものであり、数10Hz程度の低周波領域での磁気特性は十分に改善されたとは言えない。
【0005】
他に、薄帯表面での皮膜形成により、薄帯に圧縮応力を付与して鉄損などを改善する方法がある。特開昭61−250162号公報において、熱処理を不活性ガスと酸素の混合雰囲気中で行い、20nm〜300nmの酸化皮膜層を形成する方法が開示されている。皮膜が薄帯面内方向に圧縮応力を与えることによる鉄損改善を図っている。50kHzでの鉄損は改善されているものの、数10Hz程度の低周波領域での磁気特性は十分に改善されたとは言えない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
上述のごとく、従来技術として、薄帯の鉄損を改善する目的で薄帯表面に酸化層を形成させた薄帯はあるものの、磁気特性は十分に改善されたとは言えない。本発明は、薄帯表面の極薄酸化層の構造を制御して作製した、第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を持つ5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を薄帯表面に形成させることによって鉄損を低減した、Fe基非晶質合金薄帯を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明の要旨とするところは以下の通りである。
(1)移動する冷却基板上に、スロット状の開口部を有する注湯ノズルを介して溶融金属を噴出し、急冷凝固させて得られる急冷金属薄帯であって、少なくとも片側の薄帯表面に5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を有し、その5 nm 〜 20nm の極薄酸化層が第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有し、板厚が 10 μ m 〜 40 μ m であることを特徴とするFe基非晶質合金薄帯。
【0008】
(2)少なくとも冷却基板に接触しない側の薄帯表面に、第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造の5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を有することを特徴とする1記載のFe基非晶質合金薄帯。
(3)第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層の2つの層が共に非晶質酸化物層であることを特徴とする1または2記載のFe基非晶質合金薄帯。
(4)第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層の、薄帯最表面にある第1の酸化層が結晶質酸化物と非晶質酸化物の混合層であり、第1の酸化層と非晶質母相との間にある第2の酸化層が非晶質酸化物層であることを特徴とする1または2記載のFe基非晶質合金薄帯。
(5)第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層の、薄帯最表面にある第1の酸化層が結晶質酸化物層であり、第1の酸化層と非晶質母相との間にある第2の酸化層が非晶質酸化物層であることを特徴とする1または2記載のFe基非晶質合金薄帯。
(6)第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層がFe系、Si系、または、B系の酸化物、あるいは、それらの酸化物の複合体から構成されることを特徴とする1、2、3、4または5記載のFe基非晶質合金薄帯。
(7)5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を構成する結晶質酸化物がスピネル構造を持つFe系酸化物であることを特徴とする4、5または6記載のFe基非晶質合金薄帯。
(8)第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層において、薄帯最表面にある第1の酸化層の厚みが3nm以上15nm以下、第1の酸化層と非晶質母相との間にある第2の酸化層の厚みが2nm以上10nm以下であることを特徴とする1、2、3、4、5、6または7記載のFe基非晶質合金薄帯。
(9)P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素が第2の酸化層に偏析していることを特徴とする1、2、3、4、5、6または7記載のFe基非晶質合金薄帯。
(10)P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素の薄帯中の含有量の合計が重量%で0.0003%以上0.15%以下であることを特徴とする9記載のFe基非晶質合金薄帯。
【0009】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、非晶質合金薄帯を大気中で鋳造する過程において薄帯表面に形成される極めて薄い酸化層が鉄損に影響を及ぼすことを明らかにし、それに基づいて、極薄酸化層を有する低鉄損Fe基非晶質合金薄帯を出願した(特願平10−122735)。特願平10−122735号では、少なくとも片側の表面に厚さ5nmから20nmの極薄酸化層を持つFe非晶質合金薄帯、および、極薄酸化層とその極薄酸化層の下部にPおよびSの少なくとも1種を含む偏析層を有するFe基非晶質合金薄帯が低鉄損を示すことが開示されている。
【0010】
さらに、特願平10−122735号において、酸化層による鉄損低減メカニズムは以下のように説明されている。非晶質合金薄帯を大気中で鋳造する過程において、薄帯表面には酸化層が形成される。この酸化層は薄帯の温度や薄帯近傍の雰囲気によってその厚みが変化する。そして、生成した酸化層が薄帯に張力を作用した結果、磁区細分化がおこり、鉄損が低減する。
【0011】
その後の本発明者らの研究により、極薄酸化層が薄帯に張力を及ぼすメカニズムは、薄帯表面に極薄酸化層が形成される時に、外部からの酸素の侵入によって酸化層が形成されるため、その酸化層が体積膨張し、その結果として、非晶質母相に張力が発生するものと推定している。したがって、酸化層の厚みを厚くすれば、薄帯にかかる張力が大きくなり鉄損が低下する。酸化層を厚くすることは、特願平10−122735号において明らかにされているように、鋳造時の雰囲気中の酸素濃度を高くしたり、薄帯の剥離温度を高くすることにより達成できる。
【0012】
本発明者らは、鋳造時の雰囲気中の酸素濃度、鋳造時における薄帯の剥離温度、さらには、添加元素の種類、添加量を変え、数多くの鋳造条件で作製した薄帯の極薄酸化層の構造とそれが鉄損に与える影響を詳細に調べた。その結果、鋳造時の雰囲気中の酸素濃度を高くしたり、薄帯の剥離温度を高くすることによって、酸化層をただ厚くするだけでなく、酸化層の構造を変化させて、2層構造とすると、鉄損をより低減できることを見出した。さらに、薄帯中に含有させた、5族元素のP、As、Sb、Biおよび6族元素のS、Se、Teを2層構造の酸化層のうちの非晶質母相側の酸化層に偏析させることによって、さらに鉄損を低減できることを見出し、発明を完成させるに至ったのである。
【0013】
本発明のFe基非晶質合金薄帯は少なくとも片側の表面に5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を有し、その5 nm 〜 20nm の極薄酸化層が第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する。このことは、薄帯の断面TEM写真から容易に分かる。1例として、図1に、原子%でFe80.5Si2.5B16C1組成の母合金を単ロール法で大気中で薄帯の剥離温度を制御して作製した自由面の断面TEM写真を示す。明らかに極薄酸化層は2層である。この薄帯では、2層の極薄酸化層が、2層とも結晶であることを示すコントラストが見られないので、2層とも非晶質である。
【0014】
また、本発明のFe基非晶質合金薄帯が有する第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造の5 nm 〜 20nm の極薄酸化層は、Fe系、Si系またはB系の酸化物、あるいは、これらの複合酸化物である。このことは、薄帯表面からの深さ方向の元素濃度分布を表すGDSプロファイルから容易に分かる。1例として、図1で用いた薄帯の自由面からのGDSプロファイルを図2に示す。ただし、GDS測定時の各元素の感度係数は異なっている。薄帯の酸化層を示す酸素のピークの範囲内に、Fe、Si、Bの各ピークが見られる。図2には、Pのプロファイルも示したが、その偏析層はないことがわかる。
【0015】
さらに、TEM写真とGDSプロファイルを合わせて考えると、薄帯最表面にある第1の酸化層(以後、第1層と呼ぶ)はFeが多く、相対的にSi、Bが少ない層で、第1層と非晶質母相との間にある第2の酸化層(以後、第2層と呼ぶ)は、Feが第1層より少なく、相対的にSi、Bが多い層であることが分かる。第1層は、鋳造条件により構造を変化させることができる。第1層中のFe量を増加させるにつれて、第1層は、非晶質から、非晶質と結晶質の混合層、さらには、結晶質へと結晶化を進行させることができる。第1層の結晶化が進行するほど鉄損低減効果は大きくなる。図1が第1層が非晶質である場合の例である。結晶化が進行した場合に酸化層中に生成する結晶質は、Fe系の酸化物であり、Fe3O4または、γ-Fe2O3を主成分とするスピネル構造である。図3(a)に単ロール法を用いて、原子%でFe80.5Si2.5B16C1組成の母合金を、鋳造雰囲気中の酸素濃度を制御して鋳造した、第1層が結晶質である場合のFe基非晶質合金断面TEM写真を示す。図3(b)に第1層がスピネル構造を持つ結晶質であることを示す回折パターンも示してある。第1層のFe量が増えると結晶化する原因は、Feが増えることにより、相対的にSi、Bが減った結果、非晶質が維持できなくなり、Fe系結晶質酸化物が生成したと推定している。第1層中のFe量を増加させることは、鋳造雰囲気中の酸素濃度を増やすことや、鋳造時の薄帯の剥離温度を高くする方法、および、後述する元素を添加することにより行える。
【0016】
鋳造条件によって非晶質から結晶質に変化させることができる第1層に対して、第2層は鋳造条件に依存せず非晶質酸化物の状態が変化しない。これは、第2層が第1層に比べてSi、Bが多いためであると推定している。この2層構造を持つ5 nm 〜 20nmの極薄酸化層と薄帯の鉄損の関係は、酸化層全体の厚さが厚くなるほど、鉄損が低下する。これは、5 nm 〜 20nm の極薄酸化層が薄帯に張力を作用させ磁区細分化を起こして渦電流損失を低減させているからであり、酸化層が厚くなることによって、薄帯のかかる張力が大きくなり、鉄損が低減するのである。2層の極薄酸化層のそれぞれの役割は、酸素の侵入の容易な表面側の第1層が先に膨張して張力を生むことであり、第2層は、その張力を母相に伝えることと第1層目が母相から剥離しないようにすることであると考えられる。したがって、第1層が厚くなるほど、鉄損は低減する。しかし、第2層に比べて第1層が厚くなりすぎると、鉄損低減効果は小さくなる。これは、張力が大きくなりすぎて、酸化層の1部が母相から遊離して張力が伝わらなくなるためであると考えている。さらに、第1層の構造が、非晶質から、非晶質と結晶質の混合層、結晶質と変化するにしたがって、鉄損が低減する傾向にある。この理由は、結晶化した方が、より剛性が強くなり、より強い張力がかかると考えられるからである。
【0017】
P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素を含有させた場合、これらの元素は、2層構造の極薄酸化層の第2層に偏析する。これらの元素の第2層への偏析量は、含有元素量、薄帯の剥離温度、鋳造雰囲気の酸素濃度を制御することにより、変化させることができる。このことは以下のことからわかる。図4および図5にPを含有させた薄帯の自由面でのGDSとSIMSのプロファイルを示す。この薄帯の酸化層は図3のように2層化しており、第1層は結晶質酸化物である。図4のGDSプロファイルにおいて、Pのピークを酸化層の示すOのピークと比べると、Pは酸化層と非晶質母相との界面近傍に偏析していることがわかる。図5に示す、深さ方向の分解能の高いSIMSプロファイルでは、Pのピーク強度は、最表面から4nm付近までは低くて、それより深くなると急増して、7nm付近でピークを持ち、Oのピーク強度が減少する10nm付近で急減している。このことと酸化層が2層構造であることから考えて、Pが2層構造の酸化層のうちの第2層中に偏析していることがわかる。
【0018】
第2層に偏析したP、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素の効果は、第1層の成長を促進して、薄帯の渦電流損失を低減させる働きである。このメカニズムとしては、酸化物中において、Feイオンは+2価ないし+3価であるのに対し、P、As、Sb、Biの5族元素は+5価、S、Se、Teの6族元素は+6価であり、いずれもFeより多価である。これらの元素がFeと置換して、5 nm 〜 20nm の極薄酸化層中の第2層中に入るとすると、電荷バランスが崩れる。それを緩和するために、金属イオン欠陥(Feイオン欠陥)が増大する。第2層中に欠陥が増えると、非晶質母相から第2層を通じて、第1層へ拡散する金属イオン(Feイオン)が多くなるため、第1層が成長しやすくなると考えている。さらに、第1層中のFe量が増える結果、前述したように第1層は結晶化しやすくなる。酸化層の第1層が厚くなり、かつ、結晶化しやすくなった結果、薄帯にかかる張力が大きくなり、磁区細分化が起こり、渦電流損失が低減する。さらに、P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素は、ヒステリシス損失を低減させる効果もある。この効果は、第2層と非晶質母相の界面が平滑化され、磁壁移動が容易になるためであると推定している。
【0019】
P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素の薄帯中の含有量は、合計で0.0003wt.%以上、0.15wt.%以下が好ましい。0.0003wt.%以下では効果がなく、0.15wt.%以上では、薄帯が脆化してしまうからである。これらの元素のうち、安価なことから、PとSの使用が特に好ましい。添加した元素の薄帯中の含有量の分析は化学分析等で容易に行える。
【0020】
極薄酸化層の厚みは、全体で5nm以上20nm以下が好ましい。極薄酸化層の厚みが5nm未満の場合、酸化層が2層化しにくいことがあり、極薄酸化層が20nmより厚くなってもそれ以上の鉄損低減の効果がみられないからである。2層構造である極薄酸化層の各層の厚みに関しては、第1層の厚みは、3nm以上15nm以下が好ましい。3nm未満では鉄損低減効果がそれほど大きくなく、15nmより厚くなっても、鉄損低減効果は変わらなくなるからである。第2層の厚みは、2nm以上15nm以下が好ましい。2nm未満では鉄損低減効果がそれほど大きくなく、15nmより厚くなると第2層を通り抜けるFe量が減少してくるため、大きな張力を生む第1層が薄くなり鉄損低減効果が小さくなるからである。第2層の厚みは10nm以下がより好ましい。
【0021】
極薄酸化層は、必ずしも薄帯の両面に存在しなくてもよく、少なくとも薄帯のどちらかの面に存在すれば鉄損低減の効果が得られる。例えば、薄帯の両面に形成されている5 nm 〜 20nm の極薄酸化層と偏析層を化学エッチング等によって両面とも除去した場合、鉄損低減効果はなくなる。除去した面には2nm程度の自然酸化膜が形成されるが、これは鉄損低減に寄与しない。しかし、片面の酸化層および偏析層のみを除去し、もう片面の酸化層および偏析層を残した場合、両面にある場合には及ばないものの鉄損低減効果を示す。冷却基板に接触する面はエアーポケットがあり5 nm 〜 20nm の極薄酸化層が均一になりにくいことから、少なくとも冷却基板に接触しない面に5 nm 〜 20nm の極薄酸化層があれば良い。
【0022】
本発明で好ましい薄帯の板厚は、10μm以上40μm以下である。板厚が10μm未満では、薄帯を安定して製造するのが困難なことがあり、また、板厚が40μmを超える場合も薄帯を安定して製造することが難しく、さらに、薄帯が脆くなりやすいためである。板厚が10μm以上40μm以下の場合、薄帯の鋳造がより安定化するため、薄帯幅は特に制限されないが、20mm以上が好ましい。
【0023】
本発明の薄帯の望ましい組成は、FeaSibBcCd、ただし、a、b、cおよびdは原子%で、70≦a≦86、1≦b≦19、7≦c≦20、0.02≦d≦4、a+b+c+d=100。この主要成分のほかに、前述したようにP、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素が、重量%で、0.0003%以上0.15%以下の範囲で含まれることが好ましい。また、添加元素以外の不可避的不純物が含まれていても良い。
【0024】
薄帯を鉄心に使用する場合、鉄心の飽和磁束密度は1.5T以上の高い値にする必要がある。そのためにはFeの含有量を70原子%以上にしなければならない。また、Feの含有量が86原子%超になると非晶質の形成が困難になって良好な薄帯特性が得られなくなる。したがって、Feを70原子%以上86原子%以下にする。SiおよびBは非晶質形成能および熱安定性を向上させるためのものである。Siが1原子%未満、Bが7原子%未満では非晶質が安定して形成されず、一方、Siが19原子%超、Bが20原子%超としても原料コストが高くなるだけで、非晶質形成能および熱的安定性の向上は認められない。したがって、Siは1原子%以上19原子%以下、Bは7原子%以上20原子%以下が好ましい。Cは薄帯の鋳造性向上に効果がある元素である。Cを含有させることによって、溶湯と冷却基板の濡性が向上して良好な薄帯を形成することができる。0.02原子%未満ではこの効果が得られない。また、Cを4原子%超としてもこの効果の向上は認められない。したがって、Cを0.02原子%以上4原子%以下にした。さらなる磁気特性の安定化をはかるには、Feを77原子%以上83原子%以下、Siを2原子%以上9原子%以下、Bを11原子%以上17原子%以下にするのが好ましい。さらに、Feを80原子%超82原子%以下、Siを2原子%以上5原子%未満、Bを14原子%以上、16%以下、Cを0.02原子%以上、4原子%以下の範囲では、特に極薄酸化層による鉄損低減効果が大きい。
【0025】
本発明の薄帯は、例えばFe80.5Si6.5B12C1(原子%)、あるいは、Fe80.5Si2.5B16C1(原子%)に、P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素を添加した組成の合金溶湯を雰囲気制御が可能なチャンバーを持つ単ロール装置を用い、チャンバー内の酸素濃度を制御することによって製造することができる。添加元素の量および酸素濃度を制御することによって、極薄酸化層の2層化、および、各酸化層の厚みの好適範囲への制御を行うことができ、鉄損を低減した非晶質合金薄帯が得られる。また、大気鋳造装置で、薄帯の板厚と剥離温度を制御する方法も用いることができる。この方法では、添加元素の量および剥離温度の制御によって、極薄酸化層の2層化、および、各酸化層の厚みの好適範囲への制御を行うことができ、鉄損を低減した非晶質合金薄帯が得られる。あるいは、ロール上のパドル近傍の雰囲気を制御することによっても製造することができる。
【0026】
本発明の薄帯は、単ロール装置だけでなく、双ロール装置、ドラムの内壁を使う遠心急冷装置、エンドレスタイプのベルトを使う装置によっても製造することができる。極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から調べることができる。また、GDS(グロー放電発光分光法)、SIMSなどの表面解析方法を用いて測定した各元素の深さ方向のプロファイルより酸化層中の各元素の状態および添加元素の偏析の状態を調べることができる。
【0027】
【実施例】
以下の実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。
(実施例1)母材は合金組成が原子%でFe80.5Si2.5B16C1に配合されたものを用いた。この母合金を、外径600mmのCu製冷却ロールを持つ単ロール装置を用い、大気中で薄帯の製造を行った。製造の際、薄帯の剥離位置を変えて薄帯の剥離温度を変えることで極薄酸化層の厚みおよび構造を制御した。薄帯の板厚は約25μm、薄帯の幅は25mmである。得られた薄帯の組成は化学分析で調べ、ほぼ目標組成どおりであることを確認した。得られた薄帯を360℃で1時間、窒素雰囲気中で磁場中焼鈍を行い、SST(Single Strip Tester)を用いて、磁束密度1.3T、周波数50Hzの場合の鉄損W13/50を測定した。そして、極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から計測し、GDSおよびSIMSを用いて各元素の深さ方向のプロファイルも調べた。結果を図6に示す。
【0028】
剥離温度を高くするほど酸化層は厚くなり、それとともに鉄損が低減する傾向を示す。酸化層厚が5nm未満の薄い場合の酸化層は1層構造であったが、酸化層厚が5nm以上になると酸化層は2層化した。2層構造の酸化層の第1層および第2層はすべて非晶質であった。図6において、比較例である、酸化層が1層構造の場合、酸化層厚の増加に対する鉄損低減はほとんどない。対して、酸化層が2層化した本発明例では、酸化層厚の増加に対する鉄損の低減が著しい。つまり、2層化した酸化層の方が、鉄損低減に効果的であると言える。
【0029】
図1に剥離温度220℃の場合の薄帯自由面の酸化層の断面TEM像と図2にGDSプロファイルを示した。図1から酸化層は2層化していることがわかる。図2のGDSプロファイルで、酸化層を示す酸素のピークの範囲内に、Fe、Si、Bの各ピークが見られる。このことは、酸化層が、Fe系、Si系、B系の酸化物、あるいは、これらの複合酸化物であることを示している。さらに、TEM写真とGDSプロファイルを合わせて考えると、第1層はFeが多く、相対的にSi、Bが少ない層で、第2層は、Feが第1層より少なく、相対的にSi、Bが多い層であることがわかる。
(実施例2)実施例1と同じく、母材は合金組成が原子%でFe80.5Si2.5B16C1に配合されたものを用いた。この母合金で雰囲気制御が可能なチャンバー内に直径が300mmのCu製冷却ロールを持つ単ロール装置を用い、チャンバー内の酸素濃度を少量づつ変化させ、種々の極薄酸化層の厚みを持つ薄帯を製造した。薄帯の板厚は約25μm、薄帯の幅は25mmである。得られた薄帯の組成は化学分析で調べ、ほぼ目標組成どおりであることを確認した。得られた薄帯を360℃で1時間、窒素雰囲気中で磁場中焼鈍を行い、SST(Single Strip Tester)で鉄損W13/50を測定した。そして、極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から計測し、GDSおよびSIMSを用いて各元素の深さ方向のプロファイルも調べた。評価方法も実施例1と同じである。結果を表1に示す。
【0030】
本発明例の場合、酸化層が2層構造となっており、鉄損W13/50は、0.130W/kg以下の良い値を示している。特に、酸化層厚が5nm以上20nm以下である薄帯は、0.120W/kg以下の優れた値を示している。さらに、薄帯No.2-4の結果から、酸化層の構造(第1層+第2層)が、非晶質+非晶質から(非晶質+結晶質)+非晶質、さらには、結晶質+非晶質となるにつれて鉄損が減少していることも示されている。
(実施例3)実施例1と同じく、母材は合金組成が原子%でFe80.5Si2.5B16C1に配合されたものを用いた。この母合金に添加元素として、P、As、Sb、Bi、S、Se、Teを加えたものを、外径600mmのCu製冷却ロールを持つ単ロール装置を用い、大気中で薄帯の製造を行った。製造の際、薄帯の剥離位置を固定し、薄帯の剥離温度を約180℃に制御した。薄帯の板厚は約25μm、薄帯の幅は25mmである。得られた薄帯の化学分析を行い、添加した元素の薄帯中の含有量を調べた。得られた薄帯を360℃で1時間、窒素雰囲気中で磁場中焼鈍を行い、SST(Single Strip Tester)で鉄損W13/50を測定した。そして、極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から計測し、GDSおよびSIMSを用いて測定した各元素の深さ方向のプロファイルを調べ、偏析元素の状態を確認した。評価方法も実施例1と同じである。結果を表2に示す。
【0031】
添加元素を含有させた場合(薄帯No.12-18)と含有させない場合(薄帯No.11)と比較すると、添加元素を含有させた場合の薄帯の方が、酸化層全体の厚みが厚くなり、さらに、第1層が結晶化している。鉄損も添加元素を加えた場合が低い。したがって、添加元素が、酸化層を厚くするとともに、第1層を結晶化させる効果があり、その結果として鉄損を低減させることがわかる。なお、GDSおよびSIMSにより、偏析元素はすべて第2層に偏析していることが確認できた。
(実施例4)実施例1と同様に、母材は合金組成が原子%でFe80.5Si2.5B16C1に配合されたものを用いた。この母合金にP、Sを加えて、雰囲気制御が可能なチャンバー内に直径が300mmのCu製冷却ロールを持つ単ロール装置を用い、チャンバー内の酸素濃度を少量づつ変化させ、種々の極薄酸化層の厚みを持つ薄帯を製造した。薄帯の板厚は約25μm、薄帯の幅は25mmである。添加した元素の薄帯中の含有量は化学分析で調べた。得られた薄帯を360℃で1時間、窒素雰囲気中で磁場中焼鈍を行い、SST(Single Strip Tester)で鉄損W13/50を測定した。そして、極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から計測し、GDSおよびSIMSを用いて測定した各元素の深さ方向のプロファイルより添加元素の偏析の状態を確認した。評価方法は実施例1と同じである。結果を表3に示す。
【0032】
本発明の薄帯は鉄損W13/50が0.130W/kg以下の良い値を示している。特に、酸化層厚が5nm以上20nm以下の範囲の薄帯の鉄損W13/50は0.120W/kg以下の優れた値を示している。また、添加元素の薄帯中の含有量が0.0003wt.%以下では、酸化層が厚くならず、1層構造であり、鉄損W13/50が0.130W/kg以上と悪かった。また、No.29-30の薄帯のように、添加元素の薄帯中の含有量が0.15wt.%を超えると、薄帯が脆化することがある。なお、GDSおよびSIMSにより、偏析元素はすべて第2層に偏析していることが確認できた。
(実施例5)実施例2、4で得た薄帯をエッチングして表面層を落としたことによる影響を調べた。焼鈍後の薄帯を、化学エッチングで両面あるいは片面の表面酸化層を落とした。片面のみを落とす場合は、残す面をマスクしてエッチングを行った。落としたエッチング量は、片面につき約0.2μmである。その後、SSTで鉄損を評価し、極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から計測し、GDSおよびSIMSを用いて測定した各元素の深さ方向のプロファイルより添加元素の偏析の状態を確認した。評価方法は実施例1と同じである。その結果を表4に示す。
【0033】
薄帯No.2-c,24-cからわかるように、両面をエッチングして極薄酸化層を除去した場合、エッチング後に、2nm程度の自然酸化層が形成されているが鉄損W13/50が0.140W/kg台と悪い値を示す。つまり、2nm程度の自然酸化層は鉄損低減に寄与しないと言える。これに対し、自由面およびロール面のどちらかに極薄酸化層がある場合は、両面にある場合には及ばないものの、W13/50が0.120W/kg以下の良い値を示す。したがって、極薄酸化層は、どちらか片面にあればよいということがわかる。自由面とロール面を比較すると、極薄酸化層が自由面にある方が優れた値を示している。
(実施例6)実施例1と同じ原料を用いて、外径600mmのCu製冷却ロールを持つ単ロール装置を用い、大気中で薄帯の製造を行った。シングルおよびマルチスロットを用いて種々の板厚の薄帯を製造した。製造の際、薄帯の剥離位置を変えて薄帯の剥離温度を変えることで極薄酸化層の厚みおよび構造を制御した。薄帯の板幅は25mmである。添加した元素の薄帯中の含有量は化学分析で調べた。その後、これらの薄帯を360℃で1時間、窒素雰囲気中で磁場中焼鈍を行い、SST(Single Strip Tester)で鉄損を測定した。そして、極薄酸化層の厚みおよび構造は、薄帯断面方向からのTEM観察の結果から計測し、GDSおよびSIMSを用いて測定した各元素の深さ方向のプロファイルより酸化層中の各元素の状態を確認した。評価方法も実施例1と同じである。結果を表5に示す。
【0034】
薄帯表面の極薄酸化層が2層構造である薄帯の鉄損W13/50は0.130W/kg以下と良い値を示している。特に、酸化層の全厚が5nm以上20nm以下である薄帯の鉄損W13/50は0.120W/kg以下と優れた値を示している。板厚が10μm〜100μmまでの広い範囲で鉄損W13/50が0.120w/kg以下と優れた値を持つ薄帯が安定して製造できた。No.31の板厚8μmの薄帯は薄帯全体に無数の穴があき、No.41の板厚105μmの薄帯は安定製造が困難であった。なお、添加元素Mを含有させた場合、GDSおよびSIMSにより、添加した元素は第2層に偏析していることが確認できた。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
【表4】
【0039】
【表5】
【0040】
【発明の効果】
薄帯表面の極薄酸化層の構造を制御して製造した、2層構造を持つ極薄酸化層を有するFe基非晶質合金薄帯を、電力トランスなどの鉄心材料として用いることによって、鉄損が低減したトランスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 (薄帯自由面の)酸化層の構造を示す断面TEM写真(酸化層構造は2層構造、第1層は非晶質、第2層も非晶質)。
【図2】 GDSによる薄帯自由面の元素濃度プロファイル。
【図3】 (a)(薄帯自由面の)酸化層の構造を示す断面TEM写真(酸化層構造は2層構造、第1層は結晶質、第2層は非晶質)。
(b)酸化層第1層がスピネル構造であることを示す回折図形。
【図4】 薄帯自由面の元素濃度プロファイル(GDSによる)。
【図5】 薄帯自由面の元素濃度プロファイル(SIMSによる)。
【図6】 薄帯の酸化層厚と鉄損の関係を示すグラフ。
Claims (10)
- 移動する冷却基板上に、スロット状の開口部を有する注湯ノズルを介して溶融金属を噴出し、急冷凝固させて得られるFe基急冷金属薄帯であって、合金組成が原子%で、 Fe a Si b B c C d としたとき、a、b、c、およびdは 70 ≦a≦ 86 、1≦b≦ 19 、7≦c≦ 20 、 0.02 ≦d≦4、a+b+c+d= 100 、を満たし、少なくとも片側の薄帯表面に5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を有し、その5 nm 〜 20nm の極薄酸化層が第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有し、板厚が 10 μ m 〜 40 μ m であることを特徴とするFe基非晶質合金薄帯。
- 少なくとも冷却基板に接触しない側の薄帯表面に、第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造の5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を有することを特徴とする請求項1記載のFe基非晶質合金薄帯。
- 第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層の2つの層が共に非晶質酸化物層であることを特徴とする請求項1または2記載のFe基非晶質合金薄帯。
- 第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層の、薄帯最表面にある第1の酸化層が結晶質酸化物と非晶質酸化物の混合層であり、第1の酸化層と非晶質母相との間にある第2の酸化層が非晶質酸化物層であることを特徴とする請求項1または2記載のFe基非晶質合金薄帯。
- 第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層の、薄帯最表面にある第1の酸化層が結晶質酸化物層であり、第1の酸化層と非晶質母相との間にある第2の酸化層が非晶質酸化物層であることを特徴とする請求項1または2記載のFe基非晶質合金薄帯。
- 第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層がFe系、Si系、または、B系の酸化物、あるいは、それらの酸化物の複合体から構成されることを特徴とする請求項1、2、3、4または5記載のFe基非晶質合金薄帯。
- 5 nm 〜 20nm の極薄酸化層を構成する結晶質酸化物がスピネル構造を持つFe系酸化物であることを特徴とする請求項4、5または6記載のFe基非晶質合金薄帯。
- 第1の酸化層と第2の酸化層の2層構造を有する5 nm 〜 20nm の極薄酸化層において、薄帯最表面にある第1の酸化層の厚みが3nm以上15nm以下、第1の酸化層と非晶質母相との間にある第2の酸化層の厚みが2nm以上10nm以下であることを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6または7記載のFe基非晶質合金薄帯。
- P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素が第2の酸化層に偏析していることを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6または7記載のFe基非晶質合金薄帯。
- P、As、Sb、Bi、S、Se、Teの少なくとも1種以上の元素の薄帯中の含有量の合計が重量%で0.0003%以上0.15%以下であることを特徴とする請求項9記載のFe基非晶質合金薄帯。
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