JP3933937B2 - 炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤ - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、490N/mm級高張力鋼及び520N/mm級高張力鋼の溶接に好適な炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤに関し、特に、大入熱且つ高パス間温度の溶接において優れた靱性の溶接金属を形成することが可能な炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤに関する。
【0002】
【従来の技術】
近時、建築鉄骨の分野においては、炭酸ガスアーク溶接用のソリッドワイヤが多く適用されており、その中でも490N/mm級高張力鋼及び520N/mm級高張力鋼の溶接において、大入熱・高パス間温度で溶接を行う際の溶接金属の靱性の向上が重要な課題となっている。例えば、特開平11−239892号公報には、この課題の解決を目的として、C、Si、Mn、Ti及びB等のワイヤ中の化学成分を詳細に規定したソリッドワイヤが開示されている。
【0003】
一方、炭酸ガスアーク溶接用のソリッドワイヤの主流はワイヤ表面に銅めっきが施されたものであるが、ワイヤを製造するための工程における銅めっき工程は、地球環境改善及び経済性の観点等から避けることが望まれる工程である。また、溶接中に発生する銅ヒュームに関しては、欧米等では作業環境濃度に対して規制勧告があり、銅めっきは炭酸ガスアーク溶接用のソリッドワイヤからなくすことが望まれている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、銅めっきなしソリッドワイヤを使用して大入熱・高パス間温度で炭酸ガスアーク溶接を行うと、溶融プールの乱れが多くなる傾向が認められ、良好な溶接金属の靱性を得ることができないという問題点がある。靱性を向上するためには、Mn及びBをより多量にワイヤに添加することが考えられるが、これらを過剰に添加すると、ワイヤの製造工程において、ワイヤの引張強度が増大して伸線が困難となる。
【0005】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、大入熱・高パス間温度の溶接においても優れた靱性の溶接金属を得ることができる炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤは、鋼線の周面に銅メッキが施されていない炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤにおいて、前記鋼線の組成は、C:0.01乃至0.15質量%、Si:0.55乃至1.10質量%、Mn:1.55乃至2.20質量%、S:0.0005乃至0.020質量%、Ti:0.14乃至0.30質量%及びB:0.0020乃至0.010質量%を含有し、N:0.015質量%以下、O:0.020質量%以下及びCu:0.30質量%以下に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものであり、前記鋼線の表面に遊離Cがワイヤ10kg当たり0.01乃至4g塗布され、前記鋼線の表面にMoSがワイヤ10kg当たり0.01乃至1g塗布されていると共に、ワイヤの垂直断面円周上に開口し、開口部よりも内部が広いボトルネック状及び/又は内部に延びるケイブ状の凹部を有し、この凹部及び/又はワイヤ表面に、植物油、動物油、鉱物油及び合成油からなる群から選択された少なくとも1種の油が総計でワイヤ10kg当たり0.2乃至1.2g存在することを特徴とする。
また、本発明に係る他の炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤは、鋼線の周面に銅メッキが施されていない炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤにおいて、前記鋼線の組成は、C:0.01乃至0.15質量%、Si:0.55乃至1.10質量%、Mn:1.55乃至2.20質量%、S:0.0005乃至0.020質量%、Ti:0.14乃至0.30質量%及びB:0.0020乃至0.010質量%を含有し、N:0.015質量%以下、O:0.020質量%以下及びCu:0.30質量%以下に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものであり、前記鋼線の表面に遊離Cがワイヤ10kg当たり0.01乃至4g塗布され、前記鋼線の表面にMoS がワイヤ10kg当たり0.01乃至1g塗布されていると共に、ワイヤの垂直断面円周上に開口し、開口部よりも内部が広いボトルネック状及び/又は内部に延びるケイブ状の凹部を有し、この凹部及び/又はワイヤ表面に、前記MoS 及び遊離Cが存在することを特徴とする。
【0007】
なお、Cu含有量が0.05乃至0.30質量%であってもよい。
【0008】
また、ワイヤ中の化学成分において、C:0.07乃至0.14質量%、Si:0.70乃至1.05質量%、Mn:1.60乃至1.80質量%及びB:0.0020乃至0.0050質量%とすることにより、ワイヤの引張強度を低く抑えることが可能となる。この結果、ワイヤの伸線工程における安定性が向上し、製造効率が著しく向上する。
【0009】
なお、遊離Cとは、後述(段落0048〜0054)する分析方法にて測定されうる化学的に安定なカーボンである。
【0010】
大入熱・高パス間温度の炭酸ガスアーク溶接において優れた靱性の溶接金属を得るためには、ワイヤ中の化学成分の最適化が重要である。従来、溶接金属の靱性を向上させるためには、Ti及びBを含有する溶接金属を形成することが有効であることが周知である。また、一般的に、炭酸ガス高電流アーク溶接用のソリッドワイヤでは、アーク安定性を確保するためにTiが添加されている。
【0011】
このような観点に基づいて、一般的な銅めっきが施された炭酸ガスアーク溶接用ソリッドワイヤにおいて、Ti及びBを含有する溶接金属をベースとした大入熱・高パス間温度の溶接における靱性確保が検討及び実施されている。
【0012】
しかしながら、上述のように、銅めっきが施されてない炭酸ガスアーク溶接用ソリッドワイヤにおいては、大入熱・高パス間温度の溶接では、靱性が安定しないという問題点がある。特に、Ti及びBを含有する溶接金属では、靱性確保の観点からは、Ti及びBの含有量のバランスが重要であるが、大入熱・高パス間温度の溶接では、Ti及びBの溶接金属への歩留まりが低下する傾向がある。更に、銅めっきなしソリッドワイヤでは、大入熱・高パス間温度での炭酸ガスアーク溶接において、溶接時の溶接プールが乱れやすく、溶け込み及び溶接金属の歩留まり等が安定し難くなり、特にBの歩留まりが低下する傾向がある。この結果、銅めっきなしソリッドワイヤでは、溶接金属の靱性が安定しないのである。
【0013】
そこで、本願発明者等が前記課題を解決すべく、鋭意実験研究を重ねた結果、ワイヤ中の化学成分として、C、Si、Mn、S、Ti、B、N及びOの含有量を適切に規定すると共に、ワイヤ表面に適量の遊離C及びMoSを塗布することにより、大入熱・高パス間温度の炭酸ガスアーク溶接において優れた靱性の溶接金属を得ることができることを見出した。特に、Ti、S及びOは、溶融プールの安定性に影響を及ぼす元素である。また、ワイヤ表面への遊離Cの塗布により、溶融プールが安定する。高温状態においては、CのOとの結合力が極めて強く、そのために溶融プールが安定するものと考えられる。また、高電流(高ワイヤ送給)での溶融プールの安定化のためには、ワイヤの送給性の確保が重要であるが、ワイヤ表面へのMoSの塗布により、その確保が可能となる。
【0014】
また、溶融プールの安定化には、その表面張力が大きく関与する。表面張力に大きく影響を及ぼす元素はS及びOであり、これらの含有量が多くなると、溶融プールが不安定になる。但し、ビードの形状を良好にするためには、Sは必要な元素であり、その含有量を適度に設定する必要がある。なお、Bの歩留まりは、溶融プールが安定になるほど向上する。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明に係る炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤについて、更に説明する。先ず、炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤの鋼線の化学成分及び組成限定理由について説明する。
【0016】
C:0.01乃至0.15質量%
Cは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶接金属の引張強度を確保するために必須の成分である。但し、C含有量が0.15質量%を超えると、溶接金属の靱性が低下する。一方、C含有量が0.01質量%未満であると、溶接金属の引張強度向上の効果が不足する。従って、鋼線のC含有量は0.01乃至0.15質量%とする。また、C含有量を0.07乃至0.14質量%とすることにより、ワイヤの引張強度を低く抑えることが可能となり、ワイヤの伸線工程における安定性が向上し、製造効率が著しく向上する。従って、鋼線のC含有量は0.07乃至0.14質量%とすることが好ましい。
【0017】
Si:0.55乃至1.10質量%
Siは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶接金属の靱性を確保するために必須の元素である。但し、Si含有量が1.10質量%を超えると、強度が高くなりすぎて、その結果靱性が低下する。一方、Si含有量が0.55質量%未満であると、溶接金属の靱性向上の効果が不足する。従って、鋼線のSi含有量は0.55乃至1.10質量%とする。また、Si含有量を0.70乃至1.05質量%とすることにより、ワイヤの引張強度を低く抑えることが可能となり、ワイヤの伸線工程における安定性が向上し、製造効率が著しく向上する。従って、鋼線のSi含有量は0.70乃至1.05質量%とすることが好ましい。
【0018】
Mn:1.55乃至2.20質量%
Mnは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶接金属の靱性を確保するために必須の元素である。但し、Mn含有量が2.20質量%を超えると、強度が高くなりすぎて、その結果靱性が低下する。一方、Mn含有量が1.55質量%未満であると、溶接金属の靱性向上の効果が不足する。従って、鋼線のMn含有量は1.55乃至2.20質量%とする。また、Mn含有量を1.60乃至1.80質量%とすることにより、ワイヤの引張強度を低く抑えることが可能となり、ワイヤの伸線工程における安定性が向上し、製造効率が著しく向上する。従って、鋼線のMn含有量は1.60乃至1.80質量%とすることが好ましい。
【0019】
S:0.0005乃至0.020質量%
Sは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶接ビードの形状を保つために必須の元素である。但し、S含有量が0.020質量%を超えると、溶融プールが不安定になり、十分な靱性が得られなくなる。一方、S含有量が0.0005質量%未満であると、ビードの形状が著しく凸状となる。従って、鋼線のS含有量は0.0005乃至0.020質量%とする。
【0020】
Ti:0.14乃至0.30質量%
Tiは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶接金属の靱性を確保するために必須の元素である。但し、Ti含有量が0.30質量%を超えると、強度が高くなりすぎて、その結果靱性が低下する。一方、Ti含有量が0.14質量%未満であると、溶融プールが著しく不安定になって、溶接金属の靱性向上の効果が不足する。従って、鋼線のTi含有量は0.14乃至0.30質量%とする。
【0021】
B:0.0020乃至0.010質量%
Bは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶接金属の靱性を確保するために必須の元素である。但し、B含有量が0.010質量%を超えると、耐高温割れ性が劣化する。一方、B含有量が0.0020質量%未満であると、溶接金属の靱性向上の効果が不足する。従って、鋼線のB含有量は0.0020乃至0.010質量%とする。また、B含有量を0.0020乃至0.0050質量%とすることにより、ワイヤの引張強度を低く抑えることが可能となり、ワイヤの伸線工程における安定性が向上し、製造効率が著しく向上する。従って、鋼線のB含有量は0.0020乃至0.0050質量%とすることが好ましい。
【0022】
N:0.015質量%以下に規制
Nは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、含有量が多くなるにつれて、溶融金属の靱性が低下し、特にその含有量が0.015質量%を超えると、靱性の低下が顕著となる。従って、鋼線のN含有量は0.015質量%以下に規制する。
【0023】
O:0.020質量%以下に規制
Oは銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、含有量が多くなるにつれて、溶融プールを不安定にして溶融金属の靱性を低下させ、特にその含有量が0.020質量%を超えると、靱性の低下が顕著となる。従って、鋼線のO含有量は0.020質量%以下に規制する。
【0024】
Cu:0.30質量%以下に規制
Cuは銅メッキなしソリッドワイヤにおいて、ワイヤの耐錆性を向上するために有効な成分である。Cuが0.05質量%以上含有されていると、より好ましい効果が得られるが、その含有量が多すぎると、炭酸ガス(CO)の高電流溶接においては、Cuに由来するヒューム発生量が著しく多くなるため、好ましくない。このため、鋼線心線中にCuを添加する場合には、その含有量を0.30質量%以下とする。
【0025】
遊離Cの塗布量:ワイヤ10kg当たり0.01乃至4g
鋼線の表面に遊離Cを塗布することにより、銅めっきなしソリッドワイヤの大入熱・高パス間温度の溶接において、溶融プールを安定にし、溶融金属の靱性を確保することが可能となる。但し、遊離Cのワイヤ10kg当たりの塗布量が4gを超えると、詰まりが発生してワイヤ送給性が著しく劣化する。一方、遊離Cのワイヤ10kg当たりの塗布量が0.01g未満であると、溶融プールが安定せず、十分な溶融金属の靱性を得ることができない。従って、遊離Cの塗布量はワイヤ10kg当たり0.01乃至4gとする。なお、遊離Cとしては結晶性黒鉛が望ましい。
【0026】
MoS の塗布量:ワイヤ10kg当たり0.01乃至1g
鋼線の表面にMoSを塗布することにより、銅めっきなしソリッドワイヤの高電流溶接において、ワイヤ送給性を良好にし、溶接金属の靱性を確保することが可能となる。但し、MoSのワイヤ10kg当たりの塗布量が1gを超えると、詰まりが発生してワイヤ送給性が著しく劣化する。一方、MoSのワイヤ10kg当たりの塗布量が0.01g未満であると、溶接金属の靱性向上の効果が不足する。
【0027】
ワイヤ送給潤滑剤の塗布量:ワイヤ10kg当たり0.2乃至1.2g
ワイヤ送給潤滑剤の塗布は、高電流溶接において良好なワイヤ送給性を確保するために重要である。ワイヤ送給潤滑剤としては、動植物油、鉱油若しくは合成油又はこれらの混合油を使用することができる。但し、ワイヤ送給潤滑剤のワイヤ10kg当たりの塗布量が1.2gを超えると、拡散性水素量が高くなり、耐低温割れ性が劣化することがある。一方、ワイヤ送給潤滑剤のワイヤ10kg当たりの塗布量が0.2g未満であると、ワイヤ送給性向上の効果が不足することがある。従って、ワイヤ送給潤滑剤の塗布量はワイヤ10kg当たり0.2乃至1.2gであることが好ましい。
【0028】
鋼線表面に遊離C又はMoSを塗布する方法としては、ワイヤ送給潤滑剤(動植物油、鉱油若しくは合成油又はこれらの混合油)に遊離C又はMoSを分散又は溶解させたものを塗布する方法、乾式又は湿式の伸線潤滑剤等に遊離C又はMoSを添加し、伸線時又は伸線前に鋼線表面に塗布する方法等があり、ワイヤの製造工程に適した塗布方法を選択することができる。
【0029】
また、アーク安定性の観点から、例えばK等のアルカリ金属を、化合物となっているか否かに拘わらず、その単体に換算したときに10質量ppm以下程度で鋼線表面に塗布してもよい。
【0030】
更に、鋼線中の化学成分として、溶接金属の強度向上の観点から、Mo、Cr、V又はNbを添加してもよい。更にまた、ビード形状の観点から、Al又はZrを微量添加してもよい。また、溶接金属の靱性向上の観点から、Niを微量添加してもよい。
【0031】
次に、ボトルネック状又はケイブ状の凹部をワイヤ表面に形成する方法の一例について説明する。なお、このようなボトルネック状及びケイブ状の凹部は、伸線前の線にあらかじめ形成されていなくても、伸線の中間段階で形成してもよいし、最終段階で形成してもよい。工業的には、以下の3つのステップによる方法が製造コストが低い有効な製造方法である。
【0032】
▲1▼素線の加工工程で凹凸を形成する工程
溶接ワイヤの素線であるところの「原線」は、製鉄所において一貫した連続鋳造及び熱間圧延工程によって製造される。但し、バッチ式の炉で鋳造され、その後圧延されて、製造されることもある。このときの圧延条件、即ち、圧延温度、及び減面率を調整することにより、ワイヤ長手方向に「皺状くぼみ」を生成させることができる。この「皺状くぼみ」は、通常、酸化鉄(所謂スケール)が埋めているが、その酸化物を機械的又は化学的に除去することによって、後述の工程を経て「ボトルネック状及び/又はケイブ状のくぼみ」に変えることができる「素線の凹部」となり得る。従って、予め十分な深さの「素線の凹部」を得るべく、圧延温度や減面率を調整する。
【0033】
また更に別の方法として、焼鈍によって素線の凹凸を制御することも可能であった。例えば、先ず、素線を酸化性雰囲気又は水蒸気雰囲気で焼鈍することにより、金属結晶粒界を優先的に酸化する。焼鈍後、化学的又は電気化学的に酸化膜を除去することにより、粒界腐食部が選択的に除去され、「素線の凹部」が生成される。
【0034】
上記の化学的な酸化皮膜除去の工程においては、酸洗条件を調整することによっても、「素線の凹部」の度合いを制御することができる。素線を塩酸酸洗する場合、塩酸浴中に酸素及び/又は硝酸及び/又は過酸化水素水等を添加することで酸化力を向上させ、「素線の凹部」の度合いを制御させることも可能である。塩酸以外の酸を用いても「素線の凹部」を調整することができる。例えば、硝酸を用いて原線表面を不動態化処理し、その後塩素イオン等を用いて電解局部腐食させることにより、原線表面にくぼみを生成することができる。また、インヒビターを使用し、酸洗することにより素線表面の酸化鉄(スケール)のみを選択的に溶解させ、素線が本来持っている鋭利なくぼみを、その形状をなますことなく、保存することにより、鋭利なくぼみが多い素線を得ることもできる。この鋭利なくぼみは後述する方法により、「ボトルネック及びケイブ状の凹部」となりやすい。即ち、通常の酸洗であると、凹部はその開口周縁がなだらかに拡がるが、インヒビターを使用すると、凹部の開口周縁が鋭角のままで、凹部の内部よりも開口周縁の方が狭くなっている。なお、インヒビターとは、鉄地腐食阻害物質の薬品のことである。
【0035】
更に、別の方法として、素線加工工程において、ローラの表面粗度を調整した圧延ローラを使用し、そのローラ表面の凹凸をワイヤ表面に転写することにより、「素線の凹部」を生成できる。ローラ転写により「素線の凹部」を生成することは、酸化膜の有無、伸線温度、及び線径に拘わらず可能である。
【0036】
▲2▼その凹部を何らかの充填物で埋めてから、凹部の存在を保持しつつ、開口部(間口)を狭める工程
開口部が大きく開いた状態の素線表面に、最終製品ワイヤ径で必要となる機能性塗布剤を塗布し、その後、ワイヤを伸線加工することにより、開口部が狭まり、凹部内の塗布剤の上に鋼皮が薄くかぶさり、所望の「ボトルネック状及びケイブ状の凹部の内部に塗布剤が存在するワイヤ」を得ることができる。このときの伸線加工は、穴ダイス、マイクロミル又はローラダイスを使用して行うことができる。
【0037】
穴ダイスを用いて伸線加工する場合は、「素線の凹部」の形状をそのまま保存することは困難であるが、塗布剤中のバインダー成分を調整することにより、「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」を生成することができる。具体的には、ボラックス、ボンデ処理等のワイヤ表面に化学的に結合する無機バインダー及び/又は有機バインダーを用いることにより、凹部形状を保持することができる。
【0038】
また、マイクロミル及び/又はローラダイスを用いると、「素線の凹部」は比較的保存されやすく、最終ワイヤ径において、「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」を生成することができる。
【0039】
伸線加工工程においては、穴ダイス、マイクロミル又はローラダイスの単独による伸線加工に加えて、これらの方法を組合せて伸線加工しても良い。
【0040】
更に、MoS及び/又は遊離Cを、有機系及び/又は無機系のバインダーで混合したものをワイヤ表面に塗布し、上記のような伸線工程を経ることによって、「素線の凹部」形状を保持しつつ、ワイヤ表面の開口部(間口)を狭めていき、内部にMoS及び/又は遊離Cを保持しうる「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」を高効率で形成することができる。
【0041】
▲3▼見かけ上平滑なワイヤ表面を持つように仕上げる工程
最終的には、その凹部に送給潤滑剤、通電安定剤、又はスパッタ防止剤等の機能性物質が充填されると共に、通電性及び耐詰まり性が良好であるように、見かけ上平滑なワイヤ表面を持つように仕上げることが必要である。
【0042】
最終ワイヤ径においては、「素線の凹部」の形成段階で機能性物質を充填させた場合は、仕上げ穴ダイス又はローラダイス等でスキンパス加工(低減面率で加工)することにより、凹部の開口部にワイヤ鋼皮が薄くかぶさって間口が小さくなり、本発明のワイヤを製造することができる。
【0043】
更に別の方法として、「素線の凹部」に予め別の物質を充填して伸線加工したものを、最終伸線上がり工程において、MoS及び遊離Cからなる群から選択された1種以上のものを、水、アルコール、油、又はエマルジョン等に分散させて、ワイヤ表面にすり込むことによっても、「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」の内部が、これらの物質により置換され、凹部内に残留する。
【0044】
なお、本発明は銅メッキを施していないソリッドワイヤである。これは、銅メッキが施されたワイヤにおいては、前述の「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」を生成しても、銅メッキが剥離しやすくなるため、実用に供することができないからである。
【0045】
次に、「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」について更に詳細に説明する。本発明の目的は、機能性を有する塗布剤をワイヤ表面に離脱することなく保持し、良好なワイヤ送給性とアーク安定性とを併せ持つと共に、スパッタが少ない良好な溶接作業性を有するアーク溶接用ソリッドワイヤを得ることにある。この目的を達成するために、本発明においては、「ボトルネック状又はケイブ状の凹部」として、図1に示すように、仮想光源からワイヤ表面に対して垂直に光を投射した場合に、影になる部分(表面から見えない部分、図1に黒で塗りつぶした部分)が存在するような凹部と定義する。
【0046】
次に、鋼線の表面に塗布された遊離C及びMoSの塗布量を測定する方法について説明する。
【0047】
先ず、遊離Cの塗布量の分析について説明する。遊離Cの塗布量は、以下に示す方法A及び方法Bにより夫々測定したC量の合計とする。
【0048】
方法A:ワイヤをアルコール洗浄液の濾過残差の炭素量を分析する。油分等に含まれる炭素を除去する。
【0049】
先ず、ワイヤ10gを30ミリリットルのエタノールで洗浄する。次に、ガラスマイクロフィルタ(インクランドWhatman製、GF/F、直径25mm)を使用して洗浄液を吸引濾過する。次に、ガラスマイクロフィルタを乾燥した後、このガラスマイクロフィルタに付着しているC量を測定する。この測定量を(a)とする。
【0050】
また、ワイヤを洗浄していないエタノールをガラスマイクロフィルタを使用して吸引濾過する。ガラスマイクロフィルタを乾燥した後、このガラスマイクロフィルタに付着しているC量を測定する。この測定量を(c)とする。そして、測定量(a)から測定量(c)を引いたものを方法AのC量とする。
【0051】
方法B:ワイヤを硝酸溶液による濾過残差の炭素量を分析する。伸線潤滑剤等 に含まれる炭素を除去する。
【0052】
先ず、方法Aと同様にワイヤをエタノールを使用して洗浄する。その後、ワイヤを2000ミリリットルの硝酸溶液(濃度が65質量%の硝酸が1、水が2の割合で混合した水溶液)に120秒間浸漬し溶解する。次に、溶解液を方法Aと同様に、ガラスマイクロフィルタを使用して吸引濾過する。次に、ガラスマイクロフィルタを乾燥させる。その後、ガラスマイクロフィルタに付着したC量を測定する。この測定量を(b)とする。
【0053】
次に、前記硝酸溶液をガラスマイクロフィルタを使用して吸引濾過し、ガラスマイクロフィルタを乾燥させる。その後、ガラスマイクロフィルタに付着しているC量を測定する。この測定量を(d)とする。そして、測定量(b)から測定量(d)を引いたものを方法BのC量とする。方法A及び方法Bにより測定されたC量の合計を鋼線の表面に塗布した遊離C量とする。
【0054】
C量の分析は、方法A及び方法Bにおいて、いずれもJIS G1211で規定されている燃焼赤外線吸収法によりなされたものである。なお、分析装置はHORIBA社製 EMIA520を使用した。Cの分析においては、助燃剤として、るつぼ底に粒状タングステン1gを置き、その上にガラスマイクロフィルタを置く。ガラスマイクロフィルタの上に、粒状すずを0.3g添加し、更に粒状タングステンを1g添加する。そして、高周波誘導炉により加熱しC量を前記分析装置により測定する。
【0055】
次に、鋼線に塗布されたMoSの塗布量の分析について説明する。ワイヤ50gを50ミリリットルの塩酸溶液(濃度が35質量%の塩酸が1、水が1の割合で混合した水溶液)に30秒間浸漬した後、水を足して塩酸溶液を100ミリリットルとする。この塩酸溶液を濾紙(Toyo Roshi社製、FILTER PAPER ADVANTEC 5A 110mm)により濾過する。次に、濾紙を、10ミリリットルの硫酸溶液(濃度が98質量%の硫酸を1、水を1の割合で混合した水溶液)と、5ミリリットルの濃度が60質量%の過塩素酸及び20ミリリットルの濃度が65質量%の硝酸を混合した溶液中に入れる。そして、MoSと濾紙が分解するまで(硫酸の白煙が出るまで)、水溶液を加熱する。その後、水溶液に水を100ミリリットル足して塩溶解する。次に、JIS G1258に規定された誘導結合プラズマ発光分光分析方法によりMo量を測定する。そして、このMo量をMoSに換算し、ワイヤに塗布されたMoS量とする。なお、定性的に他のMo化合物等と区別するためには、EPMA等により分析することが可能である。しかし、Moを定量的に区別するには実際上困難である。従って、Moを特定する場合には、分析されたMoは全てMoSとみなす。
【0056】
このような洞穴状のくぼみ内にもワイヤ送給潤滑剤を塗布した場合には、ワイヤが変形したときでもワイヤ送給潤滑剤が離脱しにくくなり、より一層良好なワイヤ送給性が得られる。なお、ワイヤ送給潤滑剤の塗布量は、ワイヤ表面及び洞穴状のくぼみ内の総計でワイヤ10kg当たり0.2乃至1.2gであることが好ましい。
【0057】
【実施例】
以下、本発明の実施例について、その特許請求の範囲から外れる比較例と比較して具体的に説明する。
【0058】
先ず、下記表1及び表2に示す化学組成を有し下記表3及び表4に示す量の遊離C、MoS及び送給潤滑剤が鋼線の塗布された銅めっきなしソリッドワイヤを作製した。なお、ワイヤの直径は1.4mmとした。
【0059】
なお、Cuの含有量については、実施例No.8及び比較例No.28においてのみ、Cuを意図的にワイヤに添加し、他の実施例及び比較例では、特にCuの添加は行っていない。
【0060】
【表1】
Figure 0003933937
【0061】
【表2】
Figure 0003933937
【0062】
【表3】
Figure 0003933937
【0063】
【表4】
Figure 0003933937
【0064】
次いで、溶接電流を415A、溶接電圧を41V、溶接速度を25cm/分、溶接入熱を40.8kJ/cm、パス間温度を350℃として、炭酸ガスアーク溶接を行った。溶接の対象とする材料としては、板厚が25mmのSM490材を使用し、開先については、角度が35゜、ギャップが7mmのレ型とした。
【0065】
そして、各実施例及び比較例について、溶接金属の靱性の評価を行った。この評価では、0℃でシャルピー吸収エネルギを測定し、吸収エネルギが150J以上のものを「5」と評価し、吸収エネルギが100J以上150J未満のものを「4」と評価し、吸収エネルギが70J以上100J未満のものを「3」と評価し、吸収エネルギが47J以上70J未満のものを「2」と評価し、吸収エネルギが47J未満のものを「1」と評価した。そして、このうち評価が「5」、「4」又は「3」のものを合格とし、「2」又は「1」のものを不合格とした。なお、試験片としては、断面が10×10(cm)で切欠き深さが2mmのVノッチ型のものを使用した。
【0066】
この評価結果を下記表5及び6に示す。
【0067】
【表5】
Figure 0003933937
【0068】
【表6】
Figure 0003933937
【0069】
上記表5に示すように、実施例No.1乃至10では、いずれも溶接金属に良好な靱性が得られた。また、実施例No.3乃至5では、ワイヤの製造に当たり、特に良好な伸線性が得られた。但し、実施例No.6では、送給潤滑剤の塗布量が低めなので、他の実施例と比較すると、送給性が若干劣った。また、実施例No.7では、送給潤滑剤の塗布量が高めなので、他の実施例と比較すると、耐低温割れ性が若干劣った。また、実施例No.8では、心線材へのCuの意図的な添加により耐錆性が優れていた。また、実施例No.10では、ワイヤ表面に開口し、開口部よりも内部が広いボトルネック状及び/又は内部に延びるケイブ状の凹部が形成されており、その凹部にMoS及び遊離Cが存在した。このため、ワイヤの送給性及び通電安定性が極めて優れていた。
【0070】
一方、表6に示すように、比較例No.11乃至30では、一部に合格のものもあるが、全体的に溶接金属の靱性が低かった。合格のものでも、比較例No.14では、溶接金属の強度が不十分であった。また、比較例No.20では、ビードの形状が著しく凸状となった。比較例No.25では、耐高温割れ性が著しく劣った。比較例No.28では、Cuヒュームの発生量が極めて多かった。更に、比較例No.29及び30では、ワイヤの送給性が劣っていた。また、不合格のものの中でも、比較例No.17、19及び23では、溶接金属の強度が必要以上に高くなった。具体的には、溶接入熱を17kJ/cm、パス間温度を150℃とした低入熱・低パス間温度の溶接により形成した溶接金属においても、引張強度が700N/cm以上となった。この結果、靱性が低下してしまった。
【0071】
なお、詳細は記載しないが、ワイヤ径を1.2mm又は1.6mmとしたものについて同様の試験を行った結果、上述のようにワイヤ径を1.4mmとした場合と同様の傾向がみられた。
【0072】
【発明の効果】
以上詳述したように、本発明によれば、鋼線の化学成分を所定の範囲に規定し、鋼線の表面に適量の遊離C及びMoSを塗布しているので、大入熱・高パス間温度の溶接においても優れた靱性の溶接金属を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】洞穴状のくぼみを示す模式図である。
【符号の説明】
1;鋼線
2;洞穴状のくぼみ

Claims (4)

  1. 鋼線の周面に銅メッキが施されていない炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤにおいて、前記鋼線の組成は、C:0.01乃至0.15質量%、Si:0.55乃至1.10質量%、Mn:1.55乃至2.20質量%、S:0.0005乃至0.020質量%、Ti:0.14乃至0.30質量%及びB:0.0020乃至0.010質量%を含有し、N:0.015質量%以下、O:0.020質量%以下及びCu:0.30質量%以下に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものであり、前記鋼線の表面に遊離Cがワイヤ10kg当たり0.01乃至4g塗布され、前記鋼線の表面にMoSがワイヤ10kg当たり0.01乃至1g塗布されていると共に、ワイヤの垂直断面円周上に開口し、開口部よりも内部が広いボトルネック状及び/又は内部に延びるケイブ状の凹部を有し、この凹部及び/又はワイヤ表面に、植物油、動物油、鉱物油及び合成油からなる群から選択された少なくとも1種の油が総計でワイヤ10kg当たり0.2乃至1.2g存在することを特徴とする炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤ。
  2. 鋼線の周面に銅メッキが施されていない炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤにおいて、前記鋼線の組成は、C:0.01乃至0.15質量%、Si:0.55乃至1.10質量%、Mn:1.55乃至2.20質量%、S:0.0005乃至0.020質量%、Ti:0.14乃至0.30質量%及びB:0.0020乃至0.010質量%を含有し、N:0.015質量%以下、O:0.020質量%以下及びCu:0.30質量%以下に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものであり、前記鋼線の表面に遊離Cがワイヤ10kg当たり0.01乃至4g塗布され、前記鋼線の表面にMoSがワイヤ10kg当たり0.01乃至1g塗布されていると共に、ワイヤの垂直断面円周上に開口し、開口部よりも内部が広いボトルネック状及び/又は内部に延びるケイブ状の凹部を有し、この凹部及び/又はワイヤ表面に、前記MoS 及び遊離Cが存在することを特徴とする炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤ。
  3. Cu含有量が0.05乃至0.30質量%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤ。
  4. ワイヤ中の化学成分において、C:0.07乃至0.14質量%、Si:0.70乃至1.05質量%、Mn:1.60乃至1.80質量%及びB:0.0020乃至0.0050質量%であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の炭酸ガスアーク溶接用銅メッキなしソリッドワイヤ。
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