以下、この発明の農用作業車両の一実施例としてのトラクタについて説明するが、この発明はこれに限定されるものではない。図1に示すトラクタ1は、前後四輪駆動車両であって、機体の四隅部に前輪2,2と後輪3,3を備えている。前輪2,2の車軸を支持する前車軸ケース5は前フレーム7の下側に取り付けられ、後輪3,3を支持する後車軸ケース6,6は、ミッションケース8の後部側面に取り付けられている。前車軸ケース5はその左右方向中央部で前フレーム7に固定の前後方向に向く軸心回りに左右揺動自在に軸着され、地面の凹凸により前輪2,2が上下動するようになっている。
フレーム7の中央上側には、エンジン10が着脱自在に搭載されている。11はラジエター、12は冷却ファン、13はファンベルトであって、これらはエンジン10の前方に配設されている。14はボンネットであって、エンジン10や補器類(図示省略)の前方や側方を覆っている。
16はハンドルであって、該ハンドルを左右回転させると、前輪2,2が左右に舵取り揺動するようになっている。ハンドル16の切れ角は切れ角センサ17で検出される。また、ハンドル16の近傍には、図2に示すように、作業機を設定上昇位置と下降位置に昇降させる指操作式の昇降レバー18、駆動形態の制御モードを切り替える4WD切替スイッチ19等が設けられている。4WD切替スイッチ19は、路上走行時及びローダ作業時に押してOFFにするOFFスイッチ19aと、ローダ作業以外の通常作業時にONにするONスイッチ19bとからなる。
左右の後輪3,3の前方から上方にかけてフェンダー21,21が取り付けられ、この左右フェンダ21,21の間に座席22が設けられている。座席22の下部の運転者足元部は、略平板状のフロア23となっている。このフロア23の前部右側に、左右の後輪ブレーキペダル24,24が設けられている。また、座席22の側方に、作業機の上下高さ位置を変更操作するポジションレバー25が設けられている。
機体の後部には昇降油圧シリンダ26で上下回動させるリフトアーム27,27が設けられている。リフトアーム27,27の基部には、該アームの角度を検出するリフトアームセンサ28が設けられている。このリフトアーム27,27の先端部と作業機装着用のロワリンク27a,27aの中間部とがリフトロッド27b,27bで連結されており、リフトアーム27,27を上げ作動及び下げ作動させることにより、ロワリンク27a,27aの後端部に装着したロータリ耕耘装置等の作業機が昇降するようになっている。また、片方のリフトロッド27b(図示例では右側)は左右傾動用の油圧シリンダ55になっており、該油圧シリンダを伸縮させることにより、作業機の左右傾斜が調整される。なお、ロワリンク27a,27aの上方かつ左右中央部にトップリンク27dを取り付け、ロワリンク27a,27aとトップリンク27dで構成される三点リンク機構により作業機を支持する。
図3はこのトラクタの動力系統図で、これに基づいて動力系統について説明する。エンジン10の回転動力は、ミッションケース8に入力される。ミッションケース8の入り口部には主クラッチ30が設けられ、伝動を入り切りするようになっている。主クラッチ30を経た動力は、前輪及び後輪を駆動する走行駆動力と外部動力取出のPTO駆動力の二系統に伝動分岐される。
走行駆動力は、リバース変速装置31、主変速装置32、副変速装置33を経て、後輪駆動回転軸35により後輪デフ装置36に伝動される。後輪デフ装置36から出力軸37,37が左右に突出し、その出力軸37,37の駆動力が後車軸ケース6,6内の伝動機構に伝えられ、左右の後輪3,3を駆動する。
左右の出力軸37,37には前記後輪ブレーキペダル24,24で個別に操作する後輪ブレーキ装置40,40が設けられていて、左右の後輪3,3がそれぞれ個別または同時に制動できるようになっている。
また、この後輪ブレーキ装置40,40は、旋回時に旋回内側の後輪を自動制動するためのブレーキ油圧シリンダ41,41によっても作動させられるようになっている。後輪ブレーキ装置の操作部の構造は、図4のようになっている。すなわち、ブレーキ操作軸42aに一体形成したブレーキアーム42bの先端部と、ブレーキペダル24に連動するブレーキロッド42cの後端部とが連結され、ブレーキペダル24を踏み込むと、ブレーキアーム42bが前側(図4では右側)に回動し、後輪ブレーキがかかるようになっている。また、ブレーキ油圧シリンダ41のピストン41aの先端がブレーキアーム42bの先端部後面に接当しており、ピストン41aが突出すると、ブレーキアーム42bが前側に回動して後輪ブレーキがかかるようになっている。ブレーキペダル24の踏み込み動作及びピストン41aの突出動作が解除されると、リターンスプリング42dの作用でブレーキアーム42bが後側に引き戻され、後輪ブレーキが非作動状態になる。
上記構造であるので、ブレーキ油圧シリンダ41による自動制動時であっても、ブレーキペダル24による操作が優先され、農用走行車両を緊急停止させることができる。また、ブレーキ油圧シリンダ41による自動制動の制御系が故障した場合であっても、ブレーキペダル24による人為操作で旋回時の後輪ブレーキ装置40を操作することができ、旋回時の走行に支障が生じない。更にまた、ブレーキ油圧シリンダ41による自動制動を意図的に停止し、ブレーキペダル24によるマニュアル操作で旋回時の後輪ブレーキ装置40を操作することもできる。
前記後輪駆動回転軸35の駆動力は、これと平行に設けた前輪駆動回転軸43にも伝動される。この前輪駆動回転軸43には4WD切替装置44が設けられている。4WD切替装置44は、後輪3,3と前輪2,2の平均回転速度(周速度)がほぼ等速である「前後輪等速四駆(4WD)」状態と、前輪2,2の回転速度が後輪3,3の回転速度に対し周速度比でほぼ2倍である「前輪増速四駆」状態と、前輪2,2の駆動を切って後輪3,3だけを駆動する「後輪二駆(2WD)」状態とに切り替える装置である。次に、図5に基づいて、4WD切替装置44の具体構成を説明する。
前輪駆動回転軸43は、4WD切替装置44に対する入力側軸43aと出力側軸43bとに分離しており、入力側軸43aと一体回転する第一クラッチボス80に出力側軸43bの端部が回転自在に嵌合している。第一クラッチボス80のスプライン部に第一クラッチギヤ81が係合し、該第一クラッチギヤは第一カウンタギヤ82に常時噛み合っている。また、連結伝動軸84を介して第一カウンタギヤ82と一体回転するように連結された第二カウンタギヤ85と、出力側軸43bに回転自在の第二クラッチボス86に形成された第二クラッチギヤ87とが常時噛み合っている。
よって、入力側軸43aが回転すると、第一クラッチボス80と第二クラッチボス86は同時に回転し、入力側軸43aが停止すると第一・第二クラッチボス80,86は同時に停止する。第一クラッチギヤ81により第一カウンタギヤ82が増速され、さらに、第二カウンタギヤ85により第二クラッチギヤ87が増速され、第一クラッチボス80が1回転する間に第二クラッチボス86は2回転する。
第一クラッチボス80と第二クラッチボス86は出力側軸43bの外周部に対向して回転自在に設けられ、第一クラッチボス80と出力側軸43bが等速クラッチC1で伝動入切可能となっていると共に、第二クラッチボス86と出力側軸43bが増速クラッチC2で伝動入切可能となっている。等速クラッチC1及び増速クラッチC2は下記の構成となっている。
第一クラッチボス80と第二クラッチボス86の間に、クラッチボス側と一体回転する複数の摩擦板90,…,と後記クラッチドラム側と一体回転する複数の摩擦板90,…とが交互に並列状態で内装されたクラッチドラム91が、出力側軸43bのスプライン部に一体に組み付けられており、そのクラッチドラム91の仕切壁91aの両側に等速クラッチ入切用第一ピストン92と増速クラッチ入切用第二ピストン93が配設されている。そして、ミッションケース8内に充填されている潤滑油の一部をポンプ(図示せず)で吸引加圧し、それをソレノイド切替制御弁61を介して、等速クラッチC1の第一ピストン92と仕切壁91aの間の第一油室96、または増速クラッチC2の第二ピストン93と仕切壁91aの間の第二油室97のいずれか一方に供給することにより、第一ピストン92または第二ピストン93を作動させるようになっている。
図5は切替制御弁61が中立の状態を示しており、この中立状態では等速クラッチC1と増速クラッチC2は共に切状態となり、入力側軸43aの回転を出力側軸43bに伝えない。図の状態から、切替制御弁61の4WDソレノイド61aに通電すると、高圧油が第一油室96に流入し、等速クラッチC1が繋がって入力側軸43aの回転を出力側軸43bに伝える。また、切替制御弁61の前輪増速ソレノイド61bに通電すると、高圧油が第二油室97に流入し、増速クラッチC2が繋がって入力側軸43aの回転を2倍にして出力側軸43bに伝える。
よって、等速クラッチC1が「入」かつ増速クラッチC2が「切」の時は、前輪2,2と後輪3,3の平均周速度がほぼ等速である「前後輪等速四駆(4WD)」となり、等速クラッチC1が「切」かつ増速クラッチC2が「入」の時は、前輪2,2の周速度が後輪3,3の周速度の2倍である「前輪増速四駆」となり、両クラッチC1,C2が共に「切」の時は、後輪3,3のみを駆動する「後輪二駆」となる。
入力側軸43aと出力側軸43bには、それぞれの軸の回転数を検出する後輪回転センサ45と前輪回転センサ46が設けられている。入力軸の回転数は左右後輪の平均回転速度に比例し、出力軸の回転数は左右前輪の平均回転速度に比例している。この実施例では、入力軸が1回転する間に出力軸が1回転するとき、前輪の回転速度と後輪の回転速度が一致した状態となる。
4WD切替装置44を経由した動力は、ミッションケース8の前面部に取り出され、更に前輪伝動軸48を介して前車軸ケース5に伝動される。前車軸ケース5の左右方向中央部にはフロントデフ装置49が設けられていて、前車軸ケース5に入力された動力はこのフロントデフ装置49を経由して左右の前輪2,2を駆動する。
一方、PTO駆動力は、PTO変速装置50を経て、ミッションケース8の背面部から後方に突出するPTO軸51に取り出される。PTO軸51の突出部に、各種作業機(図示省略)への伝動軸が着脱自在に伝動連結するようになっている。
このトラクタ1の油圧装置は図6に示す構成となっている。すなわち、メイン油圧ポンプ53とパワステ油圧ポンプ54を備え、メイン油圧ポンプ53から送り出される圧力油で昇降油圧シリンダ26と、左右傾動油圧シリンダ55と、4WD切替装置44と、ブレーキ油圧シリンダ41,41とを作動させ、また、パワステ油圧ポンプ54から送り出される圧力油でパワステ装置56を作動させるようになっている。図において、57は昇降油圧シリンダ26を作動させる回路と左右傾動油圧シリンダ55を作動させる回路とに圧力油を分岐して供給する分流弁、58は昇降油圧シリンダ26を制御する昇降油圧バルブ、59は左右傾動油圧シリンダ55を制御する左右傾動油圧バルブ、61は4WD切替装置44を切り替える前記ソレノイド切替制御弁である。
また、62(L),62(R)は左右のブレーキ油圧シリンダ41(L),41(R)への油路に設けた比例ソレノイド減圧弁で、そのソレノイド62a(L),62a(R)への通電量に応じて各シリンダの内圧が変わり、それにより後輪ブレーキ装置40,40のブレーキ圧が調節される。
このトラクタ1は、図7のブロック図で示す制御装置によって機体旋回時の走行と作業機の昇降を制御する。これらの制御を司るコントローラは、走行コントローラ70Aと昇降コントローラ70Bとからなり、両コントローラは通信可能に接続されている。走行コントローラ70Aは、CPU71、E2PROM72、ROM73、各インターフェース74,75,76、A/D変換器77、及び電流検出回路78で構成されている。CPU71は、回転数算出手段及び制御手段である。
昇降コントローラ70Bからの信号と、4WD切替スイッチ19からの信号と、各センサ17,28,45,46の検出信号と、電流検出回路78からのフィードバック信号とが走行コントローラ70AのCPU71へ送られる。CPU71では、ROM73より与えられるプログラムに基づいて前記入力データに所定のデータ処理を施し、それによって得られる出力要求に応じて各ソレノイド61a,61b,62(L),62(R)と表示機器類79に出力する。データ処理で得られる中間データや出力データは、必要に応じ、E2 PROM72に記憶または書き換えをすると共に、昇降コントローラ70Bに送信される。
図8乃至図11、及び図12は制御のフローチャートである。次に、図13に示すある旋回時の記録に従って、機体旋回時の走行制御内容を具体的に説明する。4WD切替スイッチ19がONスイッチ19bを押して「ON」になっていて、且つ切れ角センサ17の検出値より機体旋回を開始したと判断されると(図13のA時点)、直進時の判定(説明省略)に基づいて、旋回内側後輪の制動力を設定し、また好ましい駆動形態を選択する。図13では「前輪増速四駆」を選択している。
その後、一定時間T0 (例えば1.2秒)が経過すると強制的に「後輪二駆」に切り換え(図13のB時点)、そのまま所定の時間T1 (例えば0.2秒)保った後、前輪回転センサ46と後輪回転センサ45の検出値より前輪と後輪の回転比(前輪回転数/後輪回転数)Yn を算出し、予め設定された基準回転比Yとの差、すなわち変動回転比SLPn (=Y−Yn )をもとに、以後の旋回内側後輪の制動力と駆動形態を決定する(図13のC時点)。
前記基準回転比Yは、現ブレーキ圧Pn に応じて設定される値で、極めて硬い土壌で旋回した場合を基準とした前輪と後輪の回転比である。図16はブレーキ圧Pn と基準回転比Yの関係を示すグラフで、Y=0.03×Pn +1.5の関数で表される。この関数は、アスファルト等の硬い地面において、後輪制動力(ブレーキ圧Pn )を変更して旋回した結果得られた前輪と後輪の回転比のデータに基づき設定されたものである。なお、この実施例では、温度変化によるブレーキ圧変化を考慮して基準回転比Yを補正基準回転比Y′に補正するようになっている。
旋回内側後輪の制動力(ブレーキ圧)と駆動形態は図14に示す規則に従って決定する。例えば乾田や未耕地の畑地等の地面が硬い圃場を旋回している時は、変動回転比SLPn ≦0.3となり、この場合、ブレーキ圧Pn を「強(実施例では20kgf/cm2 )」に設定し、駆動形態を「後輪二駆(2WD)」にする。よって、前輪の回転が抵抗とならな状態で圃場を荒らさずに旋回し、旋回内側後輪の制動力を強めにして、旋回半径の小さい素早い旋回が行える。
例えば乾田や未耕地の畑地等の地面が硬い圃場を旋回している時は、変動回転比SLPn ≦0.3となり、この場合、ブレーキ圧Pn を「強(実施例では20kgf/cm2 )」に設定し、駆動形態を「後輪二駆(2WD)」にする。よって、前輪の回転が抵抗とならない状態で圃場を荒らさずに旋回し、旋回内側後輪の制動力を強めにして、旋回半径の小さい素早い旋回が行える。
また、例えば湿田や耕耘された畑地等の地面が比較的軟弱な圃場を旋回している時は、変動回転比SLPn =0.3〜0.5となり、この場合、ブレーキ圧Pn を「弱(実施例では10〜16kgf/cm2 )」に、かつ変動回転比SLPnの値が大きいほど弱く設定し、駆動形態を「前輪増速四駆」にする。よって、スリップの程度に応じて旋回内側後輪の制動力を弱め、旋回内側後輪をある程度回転させながら、かつ前後輪の回転で適確に推進力を与えた状態で旋回を行い、圃場の荒れが少なく、かつ比較的旋回半径が小さい素早い確実な旋回が行える。
更に、例えば超湿田等で推進できず旋回できなくなるような状態の時は、変動回転比SLPn ≧0.5となり、この場合、ブレーキ圧Pn を「極弱(実施例では5kgf/cm2 )」に設定し、駆動形態を「前後輪等速四駆(4WD)」にする。よって、旋回内側後輪の制動力を極めて小さくして、旋回内側後輪に極めて弱くブレーキをかけながら、前後輪等速四駆状態で大回りの旋回を行い、車輪が地面にもぐり込んで沈没状態となりトラクタが自力で脱出できなくなる事態を回避しながら旋回が行える。
なお、変動回転比SLPn を求めるための検出回転比Yn は時々刻々と検出されているが、旋回内側後輪の制動力と駆動形態を決定する時の検出回転比Yn は「後輪二駆」に切り替わった直後に検出した値を用いるのではなく、切り替わってから一定の時間T1 が経過した時点で検出した値を用いる。この理由は、駆動が断たれた前輪の回転は、瞬時に所定の回転まで変化するのではなく、油圧クラッチの作動オイルの粘性等の影響により徐々に変化していって、土壌の状態に応じた所定の回転まで変化していくので、土壌の状態に応じた適確な制御を行うために、「後輪二駆」に切り替わってから一定の時間経過後に回転比を検出するようにしているのである。この時間T1 の長さは0.2〜0.3秒、好ましくは0.2秒に設定される。この値は、できるだけ短時間で、土壌状態に応じた回転比に変化したことが比較的明らかになる時間であり、実験により求められた最適値である。更に、時間T1 は、クラッチを作動させる作動オイルの油温に応じて適宜補正するようにしている。補正の方法については後述する。
上記制御により「前輪増速四駆」が出力された場合は、所定時間T0 経過後、再度「後輪二駆」に切り替えて、最適な旋回内側後輪の制動力と駆動形態を決定する(図13のD時点)。また、上記制御により「後輪二駆」が出力された場合は、そのまま「後輪二駆」の状態を継続する(図13のE時点)。
所定時間T0 は0.8〜1.5秒が適当であり、このうちで1.2秒が最適である。このT0 の値は、「前輪増速四駆」による旋回の迅速さをある程度維持しつつ、かつ旋回中の土壌状態の変化に対して迅速に適応できるようにするとの条件を満足する値であり、実験により得られた最適値である。T0 が前記範囲よりも小さいと、前輪回転が充分に増速せず、旋回速度が低下する。また、T0 が前記範囲よりも大きいと、土壌状態の変化に対する追従性が低下する。なお、一般に旋回に要する時間は5〜6秒、遅い場合でも10秒程度であり、従って、旋回中5〜10回程度土壌状態に対応した後輪制動力と駆動形態に変えられる。
更に、「前輪増速四駆」へ切り替わる時の変動回転比(SLPn =0.3〜0.5)よりも大きい変動回転比(SLPn ≧0.5)が検出された場合は、時間T1 内であっても、或は時間T1 後で「後輪二駆」が選択された後であっても、その時点で、「前輪増速四駆」に切り替えると共に、旋回内側後輪の制動力を「弱」もしくは「極弱」にする(図13R>3のF時点)。この制動力の強さは、図15のグラフに示されるように、「後輪二駆」に切り替わってから前記変動回転比が検出されるまでの時間T2 に応じて決定する。このように制御すると、旋回中に突如非常に軟弱な土壌になってスリップ状態になったとしても、素早く適切な旋回状態に切り替えられる。
以下、温度変化による補正処理について説明する。ブレーキソレノイド61a(L),61a(R)は、作動油の影響を受けて温度が変化する。この温度変化により、ソレノイドのコイル抵抗が変化すると、同一のON−Dutyの出力でブレーキソレノイド61a(L),61a(R)を駆動したとしても、実際にコイルに流れる電流量が異なり、後輪制動力が変わるのである。図18に示すように、ブレーキON−Dutyが同じであっても、油温が低いほど実際にソレノイドのコイルに流れる電流量は多くなる。そこで、この油温による後輪ブレーキ力の変化分を補正するため、図12のフローチャートに示すブレーキON−Duty補正処理をする。
その処理手順は、まず、ブレーキソレノイド61a(L)もしくは61a(R)に実際に流れる実駆動電流を電流検出回路78で検出する。そして、上記実駆動電流とソレノイド61a(L)もしくは61a(R)に実際に出力された実駆動ブレーキON−Dutyにより予定された駆動電流とを比較し、両者の差から実駆動ブレーキON−Dutyを補正する補正ブレーキON−Dutyと、両者の差から想定されるその時の作動オイルの温度すなわち想定油温Hとを算出する。
なお、油圧クラッチの切れ動作も作動オイルの温度により変わるので、上記想定油温Hから前記時間T1 を補正する。図17は油温と時間T1 の関係を示す図である。図から明らかなように、油温が低い領域では時間T1 を油温に応じて長くし、油温がある一定以上(約20℃程度)になると時間T1 を一定値とする。この時間T1 の推移はオイルの動粘度特性に相当する。
また、エンジン始動と同時に温度上昇記録タイマをスタートさせておき、そのタイムTU とその時の想定油温HをE2 PROM72に記憶する。そして、次回エンジン始動後、最初に後輪ブレーキをかける時、始動からの経過時間に対応する補正ブレーキON−Dutyで補正した出力で駆動する。これにより、油温上昇が急激で大きな補正を必要とするエンジン始動直後のブレーキ作動を、適切な制動力で行える。
ところで、ブレーキON−Duty補正処理におけるブレーキソレノイドの電流検出は、電流検出回路78の応答遅れを加味して、駆動後少し時間が経ってから検出する。その駆動後経過時間は約0.2秒とする。これ以上長くすると、時間T1 (0.2〜0.3秒)が補正によって短くなった場合に、電流検出が間に合わなくなることがあるので、それを避ける。
また、ブレーキON−Duty補正処理における補正ブレーキON−Dutyの算出に際して、検出実駆動電流と実駆動ブレーキON−Dutyから予定された電流の差が大きい場合ほどONタイムの補正量を大きくする。従って、ブレーキON−Duty補正処理における補正ブレーキON−Dutyは、温度変化が大きい場合ほどONタイムが補正量を大きくなる。
上記のようにしてブレーキON−Duty補正処理をした後、現在の実駆動ブレーキON−Dutyから基準回転比Yを算出し、更に、想定油温Hと基準回転比Yから補正基準回転比Y′を算出する。そして、補正基準回転比Y′と設定された時間T1 後の回転比Yn との差より、変動回転比SLPn を算出し、前述のように駆動形態と後輪内側後輪のブレーキ圧を決定する。
旋回内側後輪のブレーキ出力は次のようにして決定する。変動回転比SLPnに応じたブレーキON−Dutyをセットし、次いで「後輪二駆」になってからの時間T1 と検出回転比Yn の値より適正なブレーキON−Dutyを設定する。そして、切れ角センサ17値を読み込んで、ハンドルが右或は左に後輪ブレーキ作動位置(1.2+0.2;−0回転)まで回動し、かつ後輪ブレーキ作動条件(後述)を満足し、ブレーキ出力要求があったなら、前回駆動時の駆動ON−DutyにブレーキON−Duty補正処理で算出された補正ブレーキON−Dutyを加えて補正したブレーキON−Dutyで出力する。次回変動回転比SLPn を検出するまで、このブレーキON−Dutyでの出力を継続する。このように、前回駆動時のブレーキON−Dutyを加味して出力を決定することにより、油温上昇による制動力の変動に対応することができる。
また、前記のように油温によって後輪制動力が変わるので、前記想定油温Hに応じて後輪ブレーキ出力のOFFタイミングを調整する。例えば、油温が低い時は、作動油の粘性が高く後輪ブレーキの切れが悪い状態にあるので、早めにブレーキ切り作動を開始するのである。
これらのデータ処理によって得られた温度補正に関する情報は、走行コントローラ70Aから他の制御装置、例えば昇降コントローラ70Bにも送られ、昇降制御のための比例ソレノイドバルブの温度補正に利用される。
旋回時における後輪ブレーキの作動には、次の作動条件がある。
(1)作業機が上昇した後、20秒以内であること。畦際で作業を中断した場合、再開時に後輪が片ブレーキ状態となっていると危険であるので、これを防止するためである。
(2)ハンドルが中立位置から約1.2回転で作動する(図19参照)。耕耘作業時にロータリ耕耘装置が土中から抜ける時間を考慮している。
(3)一方向の出力がOFFした後、反対方向への出力は10秒間は行わない。作業開始直後や旋回終了直後に進路を作業条に合わせる条合わせのためハンドルを大きく操作することがあるので、その時に後輪片ブレーキ状態とならないようにする。
(4)後進時には自動後輪ブレーキが作動しない。枕地での方向転換がオペレータの意志に合わなくなるのを防止する。
次に、トラクタに装着される作業機の昇降制御について説明する。作業機の昇降には、ポジションレバー25の操作により作業機を該レバーの操作位置に応じた高さへ上げ下げする作動と、昇降レバー18の操作により作業を作業高さと非作業高さの間で昇降させる作動と、機体の旋回動作に連動して自動的に作業高さから非作業高さへ上昇させる旋回時自動上昇作動とがある。
旋回時自動上昇作動には、次の作動条件がある。
(1)作業機を下げ操作後、5秒以上経過していること。これは、前記条合わせ時に作業機が上昇するのを防止するためである。
(2)ハンドルが直進範囲(±1/4回転)から上昇範囲(約1/2回転以上)に切り替わり、以下の条件式を満足した時。
θ+(2・Pn /Pmax )×Δθ≧θAL
ここで、
θ:ハンドルの直進状態からの切れ角[deg]
Pn :ブレーキ圧[kgf/cm2]
Pmax :最大ブレーキ圧(20[kgf/cm2])
Δθ:ハンドル操作速度[deg/100msec]
Δθ=(現在のハンドル切れ角θ)−(100msec前のハンドル切れ角θ′)
θAL:リフトアップ強制作動するハンドル切れ角
具体的には、θAL=360°(+0.2°,−0°)とする。この値は不慣れなオペレータが直進時にふらついてハンドルを大きく切ってしまった場合や、湿田や凹凸の激しい圃場でハンドルを取られて素早くハンドルを戻してしまった場合に、旋回時自動上昇が作動しないようにするために適切な値であり、実験により好ましい値として設定された値である。
条件式によると、ハンドルがA範囲(リフトアップ範囲)にあるとき、操作角度θが大きい程、或は操作速度Δθが大きい程、或は両者が共に大きい程、条件式を満足しやすく、旋回時自動上昇作動が早く作動するようになっている。なお、どんなに遅い操作速度でも、ハンドル切れ角θがθALを超えれば、旋回時自動上昇作動は強制的に作動する。また、ブレーキ圧が強い場合程、旋回速度が速くなるので、旋回時自動上昇作動が早く作動するようにもなっている。
(3)旋回時上昇中には、ポジションレバー25又は昇降レバー18によって作業機を下げ操作しても、作業機は下降しない。これは、ポジションレバー25又は昇降レバー18の誤操作による作業機の下降を防止するためである。特に、昇降レバー18はハンドル16の近傍に設けられているので、旋回時に誤操作が生じやすいのである。
図20は水田或は畑等におけるトラクタの一般的な作業形態を示す。図のM部で枕地旋回を行う際における本発明のトラクタ(農用走行車両)の操縦方法について説明する(表1参照)。
枕地にさしかかったなら、オペレータがハンドルを操作する。すると、作業機が上昇し、続いて、「前輪増速四駆」や「後輪二駆」等の好ましい駆動形態に切り替わると共に、旋回内側の後輪にブレーキが好ましい制動力に制御されてかかり、機体が旋回する。その旋回中、旋回時走行制御によって最適の駆動形態と後輪制動力が選択されるので、圃場を荒らすことが少なく、しかも素早い旋回を行える。
旋回が終了すると、オペレータがハンドルを直進範囲へ戻す。すると、旋回時の駆動形態から直進時の駆動形態(通常は「前後輪等速四駆」)に切り替わると共に、後輪のブレーキが切れ、トラクタが直進状態になる。
続いて、オペレータは、必要に応じてハンドル操作を行い条合わせをし、ポジションレバー25又は昇降レバー18にて作業機下げ操作する。それにより、作業機が下降する。このように、旋回開始から旋回終了するまでの間、オペレータはハンドル操作するだけでよく、他の旋回に必要な動作はすべて自動的に行われるので、操縦が極めて簡単である。旋回終了時にはオペレータが操作して作業機を下降させるが、これは作業機が誤動作で下降するのを防止するためと、作業機下降のタイミングをオペレータの意志で決定するために必要な操作である。この作業機下降操作は、昇降レバー18にて行えば、指先を軽く動かすだけであるので、両手でハンドルを握ったままで操作でき、何ら負担となるものではない。