JP3880664B2 - プロリルエンドペプチダーゼ阻害ペプチド - Google Patents
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【発明の属する技術分野】
本発明は、米蛋白由来のペプチド及び/又はその誘導体を有効成分とするプロリルエンドペプチダーゼ阻害剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
高齢化社会を迎えた現代にとって老人医療の重要性が大きくクローズアップされている。その中でも痴呆症の予防や治療は、本人だけでなく家族や社会を含めた大きな問題となっている。痴呆症の代表的なものには脳血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆があり、前者に比べ後者は原因が未だ完全には解明されていない。また、アルツハイマー型痴呆は健忘症とも言われ、短期間の記憶の消失以外には他の運動能力などにあまり障害が現れないため、介護に重い負担がかかり問題となっていて治療法の開発が急務となっている。このようにバックグラウンドや発症機構は未だ不明な点も多いが、治療薬の開発は活発に行われつつあり、臨床試験にまで進んでいるものもある。
【0003】
プロリルエンドペプチダーゼ(以下、PEPということもある)(EC3.4.21.26)は、プロリンに特異性を持ち、そのカルボキシル基側でペプチドを切断するセリンプロテアーゼで、脳、睾丸、肝臓での活性が高いことが知られている(蛋白質核酸酵素、25、513−523、(1980)、蛋白質核酸酵素、29、127−133、(1984))。PEPは神経伝達物質サブスタンスPや記憶に関係していると考えられるTHR(甲状腺刺激ホルモン)およびバソプレッシンを分解することが知られている。バソプレッシンは腎臓での水分再吸収に働くペプチドホルモンであるが、脳内で学習、記憶の過程にも関与しており、このホルモンの分解不活性化がおこると健忘症が進行するという事実がある。また、痴呆症患者のバソプレッシン量は、正常人のそれより少ないことがわかっている(BIOINDUSTRY、4、788−796、(1987))。
【0004】
バソプレッシンのPEPによる分解は、下記化1に示される。健康人では脳でのPEPが正常に働いているが、何らかの理由で調節機構がはずれるとバソプレッシンが必要以上に分解され、記憶保持に傷害が現れる。したがって、この酵素の活性を阻害し痴呆症の治療をめざす研究がなされている。例えば、プロリルプロリナール誘導体(蛋白質核酸酵素、29、127、(1984))、N−アシルピロリジン誘導体(特開昭61−37764、特開昭61−183297、特開昭61−238775、特開昭61−238799、特開昭62−114957)などがスクリーニングされている。
【0005】
【化1】
【0006】
しかし、これらは合成品のため安全性に問題があり、また構造が類似であるため既に構造活性相関が明らかとなっているのが現状である(ABC、55、37−43、(1991))。このような現状を打破するために、安全でしかも合成阻害剤にないユニークな構造を持った阻害物質が求められている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、このような業界のニーズに応えるためになされたものであって、特に安全性の高いすぐれたPEP阻害剤を開発する目的でなされたものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上記目的を達成するためになされたものであって、本発明者らは、天然物質中に副作用のないプロリルエンドペプチダーゼ阻害物質を鋭意検索した結果、米蛋白中に本阻害物質の存在を認め、当該物質がペプチドA:Leu−Leu−Ser−Pro−Phe−Trp−Asn−Ile−Asn−Ala、ペプチドB:pGlu−Leu−Phe−Asn−Pro−Ser−Thr−Asn−Pro−Trp−His−Ser−Pro−Arg、ペプチドC:pGlu−Leu−Phe−Gly−Pro−Asn−Val−Asn−Pro−Trp−His−Asn−Pro−Argという構造のペプチドであることを見いだし本発明を完成した。
本ペプチドの配列は蛋白質データーベースの検索から米蛋白のグリテリン上にあることが明らかとなった。すなわち、図1に示す、米蛋白グルテリンのアミノ酸配列において、Aは白抜きの位置に、Cは枠で囲んだ位置に、Bは網かけの部分に示す位置に存在することが判明した。米は日本人が従来から主食とした食品であり、米に存在するペプチドは安全性からはなんら問題のないものである。
【0009】
本発明のペプチドは、米蛋白質から得られるが、米蛋白質のほか、米蛋白質含有物質からも得ることができる。米蛋白質含有物質としては、玄米、白米、糠、また、米を原料とする醸造食品(清酒、味りん、味噌、醤油など)のほか、その副産物(糠、粕など)からも得ることができる。
【0010】
本発明のペプチドは、米蛋白質(含有物質)を分解することによって製造し、酵素分解、化学的分解、物理的分解等既知の蛋白分解法が適宜使用される。酵素分解法はマイルドな条件で行われるので生成ペプチドの変性が低い等の利点があり、ペプシン、トリプシン、キモトリプシン、フイシンといった動植物起源の蛋白質分解酵素のほか、微生物起源の蛋白質分解酵素を用いて処理すればよい。
【0011】
この場合、清酒等発酵が充分に行われたものを原料とする場合には、蛋白質分解酵素で処理する必要はなく、必要あれば濃縮した後、直ちに抽出工程に入ればよい。また、未処理の米蛋白質のように蛋白質分解が行われていないものを原料としたり、粕や糠といった発酵副産物であって分解が充分に行われていないものを原料とする場合には、酵素処理することが好適である。
【0012】
本発明のペプチドは、米だけからでなく、その他の穀類、肉類、その他の天然物やその分解物から単離精製することや、加水分解酵素の逆反応を利用したペプチド合成法、遺伝子工学的手法、有機化学的手法でのペプチド合成法により製造することができる。
【0013】
天然物中からの分離精製は、有姿のままか必要ならば酸、アルカリ、または酵素により分解したものを、必要ならば抽出、濃縮したのち種々の吸着剤に対する吸着親和性の差、種々の溶剤に対する溶解性の差、分子篩効果による溶出速度の差などの通常分離精製に用いられる方法や、それらを適宜組み合わせておこなえばよい。
【0014】
例えば、米蛋白質から本ペプチドを分離精製するには、液化液による清酒醸造法(今安聰ら:農化,63,971(1989))により米から醸造した清酒を、減圧濃縮した濃縮液を原材料とするか、そのときの酒粕を蛋白源とし、それを蛋白分解酵素で分解、濃縮しプロリルエンドペプチダーゼ阻害活性を指標とし、種々のクロマトグラフィー、例えば、SP−セファデックスC−25(ファルマシア社製)、SP−トヨパール650S(東ソー社製)によるイオン交換クロマトグラフィー、セファデックスG−15(ファルマシア社製)、トヨパールHW−40(東ソー社製)によるゲル濾過、CAPCELL PAKC18(資生堂製)、CosmosilC18(ナカライテスク社製)などによる逆相クロマトグラフィーなどにより実施することができる。
【0015】
このようにして得られたペプチドは、後記する実施例からも明らかなように、卓越したPEP阻害能を有し、しかも天然物由来であって安全であり、現にウィスター系マウス10匹を用いた10日間の急性毒性試験においても、1000mg/kgの経口投与でも死亡例は認められず、高い安全性が確認された。
したがって、本ペプチドは、PEP阻害剤、ヒトの痴呆症の予防、治療剤としてきわめて有用である。
また本発明においては、上記ペプチドのほか、上記ペプチドを基本骨格とし、このペプチドのN末端及び/又はC末端から任意のアミノ酸を除いたり、及び/又は、別のアミノ酸等他の物質に置換してなるペプチド誘導体も、上記ペプチドと同様に使用することができる。
【0016】
上記目的のために、本ペプチドは非経口的又は経口的に投与すればよいが、それらの投与方法に適した形態に製剤することができる。注射剤としての形態は本ペプチドを製薬補助剤(pH調節剤、等張剤、保存剤など)と共に無菌的に溶解すればよい。経口投与剤は製薬補助剤と共に薬剤の形態(錠剤、カプセル、顆粒剤など)をとれば良い。その他、吸入剤、外用剤としての利用も可能である。また本ペプチドは天然型のアミノ酸のみを含むので安定性が極めて高く、継続的に経口摂取可能であることから、既存の食品に含有させて痴呆症の予防、または治療の機能を持たせた機能性食品、特定保健用食品、栄養剤、または健康食品として食してもよい。
【0017】
本ペプチドをヒトに対して適用するには、静脈、筋肉、又は経口投与するのが好ましい。本ペプチドの薬学的に有効な投与量は、患者の年令および個人個人の症状等によって異なるが、通常、静脈投与の場合はヒト1人当り1日に本ペプチドを0.01〜1000mg/kg投与し、筋肉投与の場合はヒト1人当り1日に本ペプチドを0.01〜1000mg/kg投与し、経口投与の場合はヒト1人当り1日に本ペプチドを0.5〜2000mg/kg、望ましくは1〜1000mg/kg投与する。
【0018】
【実施例1】
プロリルエンドペプチダーゼ阻害活性の測定と阻害ペプチドの精製を次のようにして行った。
【0019】
1)PEP阻害活性測定法
下記表1の手法にしたがい、PEPの阻害活性を測定した。
【0020】
【表1】
【0021】
すなわち、PEP(フラボバクテリウム属菌由来)溶液、緩衝液、サンプルを混合した(30℃、5分間)。次いでジオキサンにとかした合成基質(Z−Gly−Pro−pNA、Z−Gly−Pro−Z−NNap、及び/又はZ−Gly−Pro−MCA)を加えて、30℃で10分間反応させた。そして塩酸を加えた後、OD410nmで吸光度を測定した。
【0022】
2)PEP阻害ペプチドの精製(1):酒粕起源
液化液による清酒醸造法により米から清酒を醸造したときの酒粕(水分36%)を100gを2lの水に懸濁しペプシン(1:60,000、シグマ社製)を40mg加え、37℃、pH1.5で1時間反応させ、中和した後、沸騰水浴中で10分間加熱し、反応を停止した。5000回転10分間の遠心分離により溶解物を得て凍結乾燥により分解物5.8gを得た。次に、0.1%TFA含有20%アセトニトリルで平衡化したフジシリシア製クロマトレックスODS(DM1020T)に、同様のバッファーに溶解した液化粕ペプシン分解物(凍結乾燥品)を吸着させた。その後、アセトニトリル60%で溶出させた。
【0023】
吸着画分をPrep Nova−Pak HRC18(6μm60A25×100mm×2)によりTFA、アセトニトリル系(A:10%CH3CN in0.1%TFA、B:60%CH3CN in 0.1%TFA 5ml/min B.conc 20−50%/20min)で分画した。
次に、活性画分を更にShodex Asahipak GS 320 2F21.5×300mmにより分画した。(A:water、B:CH3CN 5ml/min B.conc.10%)
【0024】
続いてμBondasphere 5μmC4,100A 19×150mm(Waters)により精製を進めた。(A:10%CH3CN in 0.1%TFA、B:60%CH3CN in 0.1%TFA 5ml/min,B.conc.40−70%/20min)
ついで、Capcellpak C18 5μm,AG 120A 15×250mm(Shiseido)によって、アルカリ性(A:5%CH3CN in 10mM(NH4)2CO3,B:35%CH3CN in 10mM(NH4)2CO3 3ml/min,B.conc.20−80%/20min)における逆相HPLCにより精製をおこなった。
最後に先の活性画分をμBondasphere 5μmC4,100A 19×150mm(Waters)により再度分画し(A:10%CH3CN in 0.02%TFA、B:60%CH3CN in 0.02%TFA 5ml/min,B.conc.60−70%/20min)、阻害物質のピークを単離した。
【0025】
次に、阻害ペプチドのアミノ酸シーケンスをおこなった。その結果阻害ペプチドの配列は以下のようであった。
Leu−Leu−Ser−Pro−Phe−Trp−Asn−Ile−Asn−Ala
【0026】
3)PEP阻害ペプチドの精製(2):清酒起源
清酒は当社醸造の純米酒(Be +3.0、アルコール分 19.4%、酸度1.80、アミノ酸度 1.87)を用いた。TFAを0.1%加えた清酒をフジシリシア製クロマトレックスODS(DM1020T)に直接吸着させ、60%メタノールで洗浄後、100%メタノールで溶出させた。吸着画分をCapcellpak C 18 5mm,AG 120オングストローム(溶出条件:10mM(NH4)2CO3、アセトニトリル 11−29%/20min、5ml/min.)、更にPuresil C 18、(Waters)(溶出条件:0.1% TFA、アセトニトリル 20−35%/20min、5ml/min.)、Asahipak GS 320(Shodex)(溶出条件:蒸留水、5ml/min.)で更に精製した。最後にDeltapak C4により(溶出条件:0.02% TFA、アセトニトリル30−60%/20min、5ml/min.)、2個の阻害ペプチドB、Cを単離した。
【0027】
精製したペプチドをアミノ酸シーケンサーにより配列分析をおこなったが、配列を確認することは出来なかった。そこで、本ペプチドのN末端アミノ酸は何らかの官能基で保護されていると考え、脱保護を試みた。種々検討の結果、ピログルタミン酸アミノペプチダーゼ処理により、本ペプチドは脱保護され配列分析が可能となった。阻害ペプチドは以下の条件で37℃で24時間処理をした(5mM DTT、10mM EDTA、0.5mU Pyroglutamate Aminopeptidase,100mM phosphate buffer)。反応液を凍結乾燥後、N末端が脱保護されたペプチドを逆相HPLCで分取した。脱保護したペプチドを分取した後(それぞれB′、C′)、アミノ酸配列を次のように決定した。B′:Leu−Phe−Asn−Pro−Ser−Thr−Asn−Pro−Trp−His−Ser−Pro−Arg、C′:Leu−Phe−Gly−Pro−Asn−Val−Asn−Pro−Trp−His−Asn−Pro−Arg。
【0028】
また、確認のためN末端保護ペプチドの分子量はレーザー緩衝飛行時間型質量分析計(MALDI TOF−MS)島津−KROTOS KOMPACT MALDI III.により測定した。ペプチドB、Cの分子量(m+H)+はMALDI TOF−MSによりそれぞれ1664、1661という値で得られた。ペプチドBの分子量は配列より得られた、B′の分子量とピログルタミン酸残基である111の和と一致した。これらの関係は、CとC′の間にも成り立った。従って我々は元のペプチドのアミノ酸配列を以下のように決定した。B:pGlu−Leu−Phe−Asn−Pro−Ser−Thr−Asn−Pro−Trp−His−Ser−Pro−Arg、C:pGlu−Leu−Phe−Gly−Pro−Asn−Val−Asn−Pro−Trp−His−Asn−Pro−Arg。
【0029】
【実施例2】
プロリルエンドペプチダーゼ阻害ペプチドの合成を次のようにして行った。
【0030】
酒粕から得たペプチドとそのペプチドのN末から、Leuを1又は2残基除いたペプチドをペプチド合成機(ベガ社製、ペプチカプラー2200)により合成し、HPLCにより精製した。プロリルエンドペプチダーゼ阻害活性を測定した。阻害率は次の式により算出し、得られた結果は、下記表2に示した。
阻害率=(A−B)×100/A
A=阻害剤を含まない場合の410nm吸収値
B=阻害剤を含む場合の410nm吸収値
【0031】
【表2】
【0032】
【発明の効果】
本発明によって、すぐれたPEP阻害剤が得られる。本阻害剤は、PEP阻害能にすぐれているだけでなく、天然物由来であってきわめて安全性が高いため、長期間に亘って投与することが可能であり、特に痴呆症の予防、治療に有用である。
【0033】
また、本発明においては、ペプチドA、B、Cにおいて、これらを基本骨格とし、このペプチドのN末及び/又はC末から任意のアミノ酸を除くか、他の物質に置き換えることによって得られる新規物質も、すぐれたPEP阻害能を有し、本発明に係るPEP阻害剤として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】グルテリンのアミノ酸組成を示す。図中、網かけした部分は、ペプチドA、枠で囲んだ部分はペプチドB、白抜きの部分はペプチドCをそれぞれ示す。
また、これらの配列において、a、b、cは、それぞれ次の文献から得たものである。
a:pREE77,F.Takaiwa,S.Kikuchi,K.and Oono,FEBS LETTERS 206, 33−35,(1986)
b:λRG21,T.Masumura,K.Kidzu,Y.Sugiyama,N.Mitsukawa,T.Hibino,K.Tanaka,andS.Fujii,Plant Molecular Biology,12,723−725,(1989)
c:pREE K1,F.Takaiwa,S.Kikuchi,K.andOono,Nucleic Acids Res.,17,3289,(1989)
Claims (4)
- 清酒をクロマトグラフィー処理することにより、下記するプロリルエンドペプチダーゼ阻害ペプチドB、及び/又はCを分離、採取すること、を特徴とするプロリルエンドペプチダーゼ阻害剤の製造方法。
(ベプチドB)
pGlu−Leu−Phe−Asn−Pro−Ser−Thr−Asn−Pro−Trp−His−Ser−Pro−Arg
(ベプチドC)
pGlu−Leu−Phe−Gly−Pro−Asn−Val−Asn−Pro−Trp−His−Asn−Pro−Arg - 下記の配列を有する新規ペプチドB及び/又はC。
(ペプチドB)
pGlu−Leu−Phe−Asn−Pro−Ser−Thr−Asn−Pro−Trp−His−Ser−Pro−Arg
(ペプチドC)
pGlu−Leu−Phe−Gly−Pro−Asn−Val−Asn−Pro−Trp−His−Asn−Pro−Arg - ペプチドB: pGlu−Leu−Phe−Asn−Pro−Ser−Thr−Asn−Pro−Trp−His−Ser−Pro−Argを有効成分とするプロリルエンドペプチダーゼ阻害剤。
- ペプチドC: pGlu−Leu−Phe−Gly−Pro−Asn−Val−Asn−Pro−Trp−His−Asn−Pro−Argを有効成分とするプロリルエンドペプチダーゼ阻害剤。
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