JP3880095B2 - 高度不飽和脂肪酸の精製方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、高度不飽和脂肪酸を高収率かつ高純度に精製する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、高度不飽和脂肪酸の有する生理活性が注目されている。特に、エイコサペンタエン酸(以下「EPA」と称する) やドコサヘキサエン酸(以下「DHA」と称する) は、動脈硬化症、血栓症などの成人病に対する予防効果や制癌作用、学習能の増強作用など多くの生理活性作用を有していることが知られている。そして、その利用法について様々な検討がなされている。
【0003】
EPAやDHAを主体とした高度不飽和脂肪酸を精製する方法としては、例えば (1)クロマトグラフィーによる方法、(2) 液−液分配による方法、(3) 低温溶剤分別結晶化法、(4) 尿素付加による方法、(5) 二重結合への付加物による方法、(6) 分子蒸留による方法、及びこれらを組合わせた方法が知られている。
【0004】
しかし、上記(2) 〜(5) の方法においては、溶剤を使用しなければならず、溶剤の除去工程が必要となるため、工程が煩雑であるという問題点がある。また、(1) の方法では高純度の精製はできるが、溶剤及びカラムの使用等で製造コストがかかり過ぎてしまうため、事業的に採算が合わない。さらに、(6) の方法においては、処理コストは比較的安価であるが、目的とするフラクションの回収率があまり高くないという問題点がある。
従って、低コストな処理方法によって高収率高純度にまで精製できる方法の開発が望まれている。
【0005】
高度不飽和脂肪酸を精製する方法としては、これまでに常温、常圧下で反応が進行するリパーゼを用いた方法が注目されている。リパーゼによる高度不飽和脂肪酸の精製法には、油脂をリパーゼで加水分解し未分解のグリセリド画分中に濃縮する方法(選択的加水分解反応)と、高度不飽和脂肪酸を含有する脂肪酸混合物とアルコールからなる反応混液にリパーゼを作用させ、高度不飽和脂肪酸以外の脂肪酸をエステル化し、高度不飽和脂肪酸を遊離脂肪酸画分中に精製する方法(選択的エステル化反応)等が知られている。
【0006】
医薬品原料として高度不飽和脂肪酸を高純度に精製する場合には、後者の方が有利であり、これまでにγ−リノレン酸を濃縮する方法として、ボラージオイル(γ−リノレン酸含量25%)の脂肪酸混合物からゲオトリカム属の糸状菌が生産するリパーゼを用いて、低級アルコールとn−ヘキサンを加えた反応混液中で遊離脂肪酸画分中にγ−リノレン酸を70%の濃度まで精製する方法が知られている(JAOCS, Vol.71, No.6, p563 (1994)、JAOCS, Vol.72, No.4, p417 (1995)) 。
【0007】
また、DHAを濃縮する方法としては、魚油(EPA 11%、DHA 含量8%)の脂肪酸混合物を尿素付加法によりDHA27%(EPA27%)に濃縮した脂肪酸混合物及びそのメチルエステル体と低級アルコールからなる反応混液に、n−ヘキサンを加えた系でリゾムコール属の微生物が生産するリパーゼを用いてエステル化反応(この場合は、メチルエステルとアルコールとの間でアルコリシス反応も進行している。)することにより、遊離脂肪酸画分中にDHAを72%まで濃縮する方法も知られている(JAOCS, Vol.66, No.8, p1120(1989)) 。
【0008】
しかし、これらの方法はいずれも、反応混液(重量)に対して10〜20倍量(容量)に相当する多量のヘキサンを使用するため、実生産の際のタンク容量が莫大な大きさになってしまうこと、更には有機溶媒の除去には多大なコストがかかってしまう等の問題点がある。よって、製造コストを下げるためにも有機溶媒を含まない簡便な反応系の確立が望まれている。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、高度不飽和脂肪酸を遊離脂肪酸画分中に効率的に高収率で高純度に精製する方法を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題に基づいて鋭意研究を行い、高度不飽和脂肪酸の選択的エステル化反応に関するリパーゼの脂肪酸特異性を検討した結果、リゾプス属に属する微生物が生産するリパーゼを用いて、高度不飽和脂肪酸を含有する脂肪酸混合物と炭素数8〜18の直鎖の高級アルコールとのエステル化反応を行うと、高度不飽和脂肪酸以外の脂肪酸が優先的にエステル化されて、その結果、融点の高いワックスが容易に生成されることを見出した。生成したワックスはリパーゼの基質にはなりにくいことから反応系外に出されるため、可逆的な分解反応は起こりにくい(平衡がエステル化反応の方向にある)。
【0011】
この反応機構を突き止めることにより、高度不飽和脂肪酸を高収率かつ高純度で遊離脂肪酸画分中に精製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂を加水分解して得られる脂肪酸混合物を、リゾプス属に属する微生物が産生するリパーゼを用いて、有機溶媒を含まない反応系で直鎖高級アルコールとの選択的エステル化反応を行うことを特徴とする高度不飽和脂肪酸の精製方法である。
【0012】
さらに、本発明は、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂を加水分解して得られる脂肪酸混合物を、リゾプス属に属する微生物が産生するリパーゼを用いて有機溶媒を含まない反応系で直鎖高級アルコールとの選択的エステル化反応を行い、得られる反応産物を、前記リパーゼを用いて再度直鎖高級アルコールとの選択的エステル化反応を行うことを特徴とする高度不飽和脂肪酸の精製方法である。
【0013】
ここで、直鎖高級アルコールとしては炭素数8〜18のものが挙げられる。リゾプス属に属する微生物としてはリゾプス・デレマーが挙げられる。
また、高度不飽和脂肪酸としてはドコサヘキサエン酸が挙げられ、該高度不飽和脂肪酸を含有する油脂としては魚油が挙げられる。
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂を加水分解して得られる脂肪酸混合物を、リゾプス属に属する微生物が産生するリパーゼを用いて、有機溶媒を含まない反応系で直鎖高級アルコールと選択的エステル化反応を行うことを特徴とする。
【0015】
ここで、本発明における「有機溶媒」とは、n−ヘキサン、ジエチルエーテル、トルエン、ベンゼン等の有機溶媒(アルコールを除く)をいい、「有機溶媒を含まない反応系」とは、脂肪酸、直鎖高級アルコール、水、酵素等で構成されている反応混液をいう。
【0016】
エタノール等の低級アルコールでは、生成する脂肪酸エチルエステルがリパーゼの基質になりやすいので、平衡がエステル化の方向に進まない。従って、有機溶媒を使用してリパーゼの基質となりにくい反応系をつくることによって、平衡をエステル化の方向へ移動させている。
本発明に使用するリパーゼとしては、リゾプス属に属する微生物、好ましくはリゾプス・デレマー(Rhizopus delemar) が生産するリパーゼ(田辺製薬(株)製、タリパーゼ)が挙げられる。
【0017】
但し、本発明に使用するリパーゼは、上記リゾプス・デレマー(Rhizopus delemar) 由来のものに限らない。例えば、一次構造に相同性のあるリパーゼは同じような作用特性を示すので、リゾプス属だけでなく、リゾムコール属、フザリウム属、フミコーラ属等に属する微生物由来のリパーゼもこの選択的エステル化反応には有効である。
リパーゼの使用量はその活性や所望のPUFAの濃縮度によっても異なるが、脂肪酸と直鎖高級アルコール及び水との反応混液1g当たり30〜2,000 ユニット、好ましくは100 〜1,000 ユニット程度が使用される。
【0018】
高度不飽和脂肪酸を含有する脂肪酸としては、魚油、例えばマグロ若しくはカツオの頭部から抽出されるもの、イワシ、サバ、サンマ若しくはアジの全魚体から抽出されるもの又はイカ若しくはタラの肝臓から抽出される肝油を原料とし、これを加水分解して脂肪酸混合物として分画したものが挙げられる。高度不飽和脂肪酸としては、ω−3系高度不飽和脂肪酸であって少なくとも3〜6個の二重結合を有する脂肪酸、例えば、鎖式構造のメチル基末端から3番目の位置から二重結合が始まっている脂肪酸(例えばEPAやDHA等)が挙げられる。
【0019】
本発明に使用する高度不飽和脂肪酸(以下、高度不飽和脂肪酸をPUFAと称する。)含有油脂原料としては、海産動物油、例えば、マグロ、カツオ、イワシ、サバ、サンマ、アジ、イカ又はタラから得られる魚油がEPA、DHAを多く含むため好ましい。魚油の抽出方法としては、マグロ若しくはカツオの頭部、イワシ、サバ、サンマ若しくはアジの全魚体、又はイカ若しくはタラの肝臓を採取し、これを煮取り抽出、溶剤抽出、圧搾抽出する方法等が挙げられる。
抽出した魚油は脂肪酸に分解するために水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の強アルカリで常法に従ってケン化して脂肪酸塩とした後、塩酸、硫酸等の強酸により中和してから十分に水洗することによって魚油の脂肪酸画分を得る。
【0020】
選択的エステル化反応を行うための反応混液中の脂肪酸と直鎖高級アルコールとの原料比(モル比)は1:1〜1:10、好ましくは1:2〜1:8程度で行われる。
エステル化反応は、通常行われているリパーゼの反応条件で行ってよい。即ち、前記リパーゼを用いて、0.5 〜100 %(重量%、以下同様)の水分量の下、15〜60℃の温度条件(15℃未満ではリパーゼの反応速度が遅くなり、60℃を超えるとリパーゼの失活が著しい。)で30分から72時間静置若しくは撹拌することによりエステル化を行う。
【0021】
但し、本発明で使用するリパーゼの活性を十分に発現させるためには、以下の条件がより好ましい。
すなわち、▲1▼5〜50%の水分量であること、▲2▼25〜40℃の温度条件であること、▲3▼撹拌して反応させること(エステル化反応は静置したままでも進行するが、撹拌により反応効率が大幅に上昇する。)、▲4▼脂肪酸の酸化的劣化を防止するため、窒素気流下で1〜30時間程度の短時間で反応させること、である。
【0022】
本発明において、リパーゼによる脂肪酸のエステル合成率は、次式〔I〕:
(反応開始時の反応混液の酸価−反応終了時の反応混液の酸価)÷反応開始時の反応混液の酸価×100 〔I〕
によって算出することができる。
【0023】
上記のエステル合成率を算出することによって、高純度PUFAを含む脂肪酸の収率を求めることができる。例えば、エステル合成率が60%の場合には、高純度濃縮PUFA画分の収率は、100 %から60%を引いた値となって40%となる。このようにして行った選択的エステル化反応後の反応混合物中には、PUFAが高純度に精製した遊離脂肪酸画分、脂肪酸エステル(ワックス)及び未反応のアルコールが含まれている。したがって、遊離脂肪酸画分を分取するためには、脂肪酸エステル(ワックス)とアルコールを除去・精製する必要がある。
【0024】
遊離の脂肪酸画分を分取する方法としては、通常行われているアルカリによる抽出法(アルカリ反応させて脂肪酸塩とした後、水層別に分画する方法)、溶剤液−液分配による方法、クロマトグラフィーによる方法、低温結晶化分別による方法、分子蒸留による方法、精密真空蒸留による方法等が挙げられる。
【0025】
前記エステル化反応において、1回のリパーゼ処理で所望の高純度PUFAを含む脂肪酸(遊離脂肪酸画分中70%以上の純度)は得られるが、更に高純度のPUFAを望む場合には、1回目の反応によって得られたPUFAを含む脂肪酸を、同様な条件下で再度直鎖高級アルコールと選択的エステル化反応を繰り返し、脂肪酸画分を分取することにより、更に高純度に(遊離脂肪酸画分中85%以上の純度)高度不飽和脂肪酸を精製することができる。
【0026】
【発明の実施の形態】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し,本発明は、これら実施例に限定されない。
【0027】
〔実施例1〕
マグロ油を加水分解して得た脂肪酸画分(EPA:5.6%,DHA:23.2%) と各種アルコールからなる反応混液240g(モル比1:2)に、リゾプス・デレマー産生リパーゼ(タリパーゼ(商品名),田辺製薬(株)製)60,000Uを溶解した蒸留水60mlを加え(反応混液1g当たり酵素量200Uとした。) 、窒素気流下で撹拌しながら30℃で20時間選択的エステル化反応を行った。エステル化反応後の反応液は、十分平衡に達していた。次いで、該反応液からリパーゼを含む水層を除去して反応混合物を得た。更に、該反応混合物に水酸化ナトリウムを加え、遊離の脂肪酸を脂肪酸塩に変換した。脂肪酸塩は水層側に抽出してエステル、アルコールと分画した後、塩酸を加え中和し、n−ヘキサンで抽出することにより、脂肪酸混合物として分取することができた。この脂肪酸混合物中の脂肪酸組成を測定し、EPA、DHA純度、エステル合成率、脂肪酸画分回収率及びDHAの回収率を算出した。
以上の結果を下記の表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
表1より、DHAの精製に適した選択的エステル化反応に供するためのアルコールは、低級のブタノール(C4)ではエステル合成率が低く、その結果、遊離脂肪酸画分中に効率よくDHAを濃縮することができない。炭素数6以上の直鎖高級アルコール、好ましくは炭素数8〜18の直鎖高級アルコールを用いて選択的エステル化反応を行うことによってのみDHAを効率よく濃縮できることがわかった。
【0030】
〔実施例2〕
実施例1のドデカノールとのエステル化反応で得られた脂肪酸画分50g(DHA純度70.9%)を用い、実施例1と同様の混合比でスケールダウンして(アルコールはドデカノールを使用した。)、再度選択的エステル化反応を行った。該反応混合物から実施例1と同様にして脂肪酸画分を35.2g(エステル合成率29.7%、脂肪酸画分回収率70.3%)を得た。この画分の脂肪酸組成を測定したところ、EPAは1.7 %、DHAは88.6%であった。また、このときの初発原料中のDHA含量に対するDHAの回収率は、71.3%であった。
従って、2回目の反応を再度行った場合は、1回目の反応のDHA回収率(81.3%)からわずか10%の損失のみでDHAをさらに15%以上高純度化(DHA組成は濃縮前が70.9%に対し、濃縮後は88.6%)することができた。
【0031】
【発明の効果】
本発明により、PUFAを高収率かつ高純度に濃縮する方法を提供することができる。種々の生理活性作用を有するPUFAを、本発明によって収率よく高純度に濃縮できることは、医薬品、生化学試薬等に十分に利用可能なことから、本発明は、産業上極めて有用である。
Claims (4)
- ドコサヘキサエン酸を含有する油脂を加水分解して得られる脂肪酸混合物を、リゾプス属に属する微生物が産生するリパーゼを用いて、有機溶媒を含まない反応系で炭素数8〜18の直鎖アルコールと選択的エステル化反応を行うことを特徴とするドコサヘキサエン酸の精製方法。
- ドコサヘキサエン酸を含有する油脂を加水分解して得られる脂肪酸混合物を、リゾプス属に属する微生物が産生するリパーゼを用いて、有機溶媒を含まない反応系で炭素数8〜18の直鎖アルコールと選択的エステル化反応を行い、得られる反応産物を、前記リパーゼを用いて再度前記アルコールと選択的エステル化反応を行うことを特徴とするドコサヘキサエン酸の精製方法。
- リゾプス属に属する微生物がリゾプス・デレマーである、請求項1又は2記載のドコサヘキサエン酸の精製方法。
- ドコサヘキサエン酸を含有する油脂が魚油である、請求項1又は2記載のドコサヘキサエン酸の精製方法。
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