JP3818723B2 - ステンレス鋼板表面の粗面化方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、電解処理によってステンレス鋼板表面を粗面化する方法に関するものであり、塗膜,ほうろう被膜,クラッド被覆材等の各種被覆材との密着性に優れたステンレス鋼板を製造するためのものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、耐食性・意匠性等の観点から、建材や家電製品等の多くの用途に各種の塗料を塗装したステンレス鋼板が使用されているが、最近ではさらに高度な機能を有する塗装ステンレス鋼板のニーズが高まりつつある。例えば、住宅やビルの内外壁に使用される材料にはメンテナンスフリー化の観点から数十年の使用に耐える耐食性・耐候性・耐汚染性が、また、電子オーブンレンジの内箱材には500℃以上もの温度に耐える耐熱性が、さらに、トンネル内壁材のような道路施設材料には繰り返しの洗浄に耐える耐傷付き性,火災発生時の耐燃焼性・無煙性が要求される。
【0003】
従来から一般的に用いられているエポキシ,アクリル,ウレタン樹脂等に代表される有機高分子を主体とした塗料では、これらの要求特性を満足するには限界がある。そこで最近では、有機系塗料のうち特にフッ素塗料を塗布したステンレス鋼板や、アルコキシシラン化合物を出発原料として加水分解・縮合反応により塗膜を形成するセラミックス塗料、あるいは「ほうろう」等の、無機系塗料を塗布したステンレス鋼板が注目されるようになってきた。フッ素塗料や無機系塗料は、従来の有機系塗料と比較して耐食性,耐候性,耐熱性,耐傷付き性等の特性が格段に優れる。
しかし、従来の有機系高分子塗料に比べ、フッ素系有機塗料や、セラミックス塗料,ほうろう等の無機系塗膜はステンレス鋼表面に対する密着性が悪い。このため、単にステンレス鋼表面の不動態皮膜を除去して活性化するだけではこれらの高機能性塗膜との密着性を十分に確保することが難しく、加工部における塗膜剥離や、ステンレス鋼基材との熱膨張差に起因するクラック発生等のトラブルが生じやすい。
【0004】
一般に、ステンレス鋼板と塗膜の密着性を向上させる方法として、ステンレス鋼板表面を粗面化して塗膜との密着力を向上させる方法が知られている。例えば、ダルロール圧延,ショットブラスト,ホーニングといったステンレス鋼板表面を物理的に粗面化する方法、硫酸,塩酸,硝弗酸等の酸類や塩化第二鉄溶液によるスプレーあるいは浸漬による化学エッチングでステンレス鋼板表面を粗面化する方法等が挙げられる。
【0005】
しかし、ダルロール圧延は、圧延ロールに施した凹凸を転写するため、塗膜との密着性を満足するような微細な粗面化が不可能である。また、ショットブラストやホーニングにおいては、削り取られた鋼粉の処理による連続生産性の低下、薄ゲージ鋼板に適用した場合には鋼板が反りかえる等の問題がある。さらに、物理的な外力によって鋼板に歪が残り、鋼板本来の耐食性を低下させるといった問題も残る。一方、化学エッチング処理による方法は、局所的に大きなピットが発生するなどステンレス鋼板表面に均一にピットを形成させるのが難しく、処理時間も長いことから連続生産には向かない。
【0006】
また最近では、ステンレス鋼の持つ高耐食性と他の金属材料の持つ特性とを兼ね備えた複合材料として、ステンレス鋼クラッド材が多くの分野で使用されている。例えば、耐食性とともに均熱性・電磁誘導加熱特性が必要とされるIH炊飯器の内釜にはAl/フェライト系ステンレス鋼クラッド材が、放熱性と電気伝導性が要求される電子部品材料にはCu/ステンレス鋼クラッド材が、低接触電気抵抗性が求められるようなボタン電池の外装缶にはNi/ステンレス鋼クラッド材が用いられるなど、多種にわたる異種金属とのステンレス鋼クラッド材がある。
【0007】
ステンレス鋼クラッド材を製造する場合、異種金属とステンレス鋼板を圧着する前に予めステンレス鋼板表面をショットブラストあるいはブラッシングにより粗面化しておき、圧着後には加熱拡散処理を施すのが一般的である。しかし、ショットブラストやブラッシングによる粗面化方法では研削粉の処理に手間がかかり連続生産性が低下する。加えて、鋼板表面に研削粉が残存したまま圧着される可能性が高く、その場合にはその部分の接合面は加熱拡散が進行せず、ステンレス鋼クラッド材全体として安定した接合強度が得られない。
【0008】
以上のような問題点を解決する方法として、特開平6-136600号には、塗膜との密着性向上を目的に、硝酸または硝酸を主成分とする水溶液中でステンレス鋼の陽極電解または陽極電解+陰極電解を行って表面を粗面化する方法が開示されている。しかし、粗面化に要する処理時間がフェライト系鋼種で40〜60min、オーステナイト系鋼種で3〜60minと長く、この方法も大量生産に適した方法とはいい難い。また、この方法ではステンレス鋼板表面に発生するピットのなかに最大深さが15μmにおよぶものもあり、このように凹凸の激しい粗面化形態の場合には、加工を施したときにピット開口部の広がりが助長されてアンカー効果不足を生じ、被覆材との十分な密着力を維持できなくなる恐れがある。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
以上のように、フッ素塗料や無機系塗膜で被覆した機能性の高いステンレス鋼板や、ステンレス鋼クラッド材のニーズが高いにもかかわらず、これらの被覆材に対して高い密着性を示すステンレス鋼板素材を工業的に安定して製造する技術は確立されていない。特に電解処理による方法においては、ステンレス鋼の不動態化能が鋼種によって大きく変わるため、電解条件も鋼種に応じていわば試行錯誤的に設定しなくてはならない面があり、この煩雑さが電解粗面化処理の普及を阻む一因となっている。本発明は、かかる現状に鑑み、電解処理によって各種被覆材に対して高い密着性を示す凹凸をステンレス鋼板表面に形成させる方法であって、しかも鋼種に関わらずステンレス鋼に広く一般的に適用できるように特定された粗面化方法を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、塩化第二鉄水溶液中で、+0.5VSCE以上の電位でのアノード電解と、−0.3〜−1.5VSCEの間の電位でのカソード電解とを交互に行う交番電解をステンレス鋼板に施すステンレス鋼板表面の粗面化方法を提供するものである。ここでVSCEは飽和カロメル参照電極電位に対する電位(V)を表す。アノード電解およびカソード電解の電位は、例えば走査速度50mV/secとしたときのアノード分極曲線およびカソード分極曲線から求めることができる。
【0011】
請求項2の発明は、請求項1のアノード電解を、+0.5VSCE以上の電位であって電流密度が10.0kA/m2以下の範囲で行うものである。
【0012】
請求項3の発明は、請求項1または請求項2の発明において、塩化第二鉄水溶液として、粗面化するステンレス鋼板を当該液中に浸漬して、X軸が電位(VSCE),Y軸が電流密度(kA/m2)である直行座標系におけるアノード分極曲線を測定し、その分極曲線上に点A,B,Cを、X座標が浸漬電位である点をA,X座標が(浸漬電位+0.5)/3である点をB,X座標が0.5である点をCとなるようにとり、点A,B,Cの(X,Y)座標をそれぞれ(XA,YA),(XB,YB),(XC,YC)としたとき、当該アノード分極曲線において下記(1)式および(2)式の関係が成立する液を使用するものである。
YB≦0.6 -----(1)
2(YB−YA)/(XB−XA)≦dYC/dXC -----(2)
ここで、dYC/dXCは上記の直行座標上の点Cにおける分極曲線の傾きを意味する。すなわち、点C近傍での分極曲線の平均変化率を表すものであり、具体的には点Cにおける分極曲線の接線の傾きとして求めることができる。
【0013】
請求項4の発明は、ステンレス鋼板がフェライト系ステンレス鋼板である場合に、請求項1または請求項2の塩化第二鉄水溶液として、特にFe3+を1〜50g/L含む液を使用するものである。
請求項5の発明は、ステンレス鋼板がオーステナイト系ステンレス鋼板である場合に、請求項1または請求項2の塩化第二鉄水溶液として、特にFe3+を30〜120g/L含む液を使用するものである。
【0014】
請求項6の発明は、請求項1または請求項2の発明において、交番電解を、特に0.5〜10Hzとするものである。
請求項7の発明は、請求項1または請求項2の発明において、交番電解を、特に10〜120秒間施すものである。
【0015】
請求項8の発明は、請求項1または請求項2に記載の交番電解をステンレス鋼板に施すに際し、当該鋼板について測定された塩化第二鉄水溶液中でのアノード分極曲線およびカソード分極曲線から、+0.5VSCE以上の電位に対応するアノード電流密度(kA/m2)の範囲および−0.3〜−1.5VSCEの電位に対応するカソード電流密度(kA/m2)の範囲を予め求め、アノード電流密度およびカソード電流密度をそれぞれ上記の範囲になるように調整して交番電解を施すことに特徴を有するものである。
【0016】
請求項9の発明は、請求項1〜請求項8の発明において、特に鋼板表面の粗面化形状を、ピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが形成しており、かつ、これらピットの開口部の平均径D(μm)とピットの平均深さH(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満足するような粗面化形状にするものである。
0.5≦D≦10 -----(3)
D/4≦H≦D/2 -----(4)
ここで、ピット未発生部分の面積率とは、鋼板表面の垂直投影面積に占めるピット未発生部分の面積の割合(%)をいう。また、ピットの開口部の平均径Dは、各ピットの開口部の直径を平均したμm単位の値を意味する。したがって(3)式によりDの値は0.5〜10μmの範囲に規定されるが、開口部の直径が10μmを超えるピットや0.5μm未満のピットが存在する場合も含まれる。また同様に、ピットの平均深さHは、各ピットの深さを平均したμm単位の値を意味する。したがって(2)式によりHの値はD/4〜D/2の範囲に規定されるが、深さがD/2を超えるピットやD/4未満のピットが存在する場合も含まれる。
【0017】
請求項10の発明は、請求項1〜請求項8の発明において、特に鋼板表面の粗面化形状を、当該鋼板表面にピットが隙間なく形成しており、かつ、これらピットの開口部の平均径D(μm)とピットの平均深さH(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満足するような粗面化形状にするものである。
0.5≦D≦10 -----(3)
D/4≦H≦D/2 -----(4)
ここで、ピットが隙間なく形成しているとは、各ピットの間にピット未発生部分がないこと、換言すれば、各ピットは周囲全体が他のピットと接するようにして連続的につながっている状態を意味する。
【0018】
請求項11の発明は、請求項1〜請求項10の発明において、鋼板が特に鋼帯である点に特徴を有するものである。
【0019】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、フッ素系有機塗料、セラミックス,ほうろう等の無機系塗料、およびAl,Cu,Ni等の各種クラッド合わせ材との密着力を高めるような鋼板の表面形態について種々検討した結果、ピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが形成しており、しかもピットの形状が半球状に近いとき、際だって高い密着力が得られることを知見した。ピットの形状が半球状であれば、接しているピット同士の境界が鋭く切り立った状態となる。ピットの密度は高密度であるほど望ましく、各ピットが隙間なく接しているとき、この鋭く切り立ったピット境界は被覆材を強固に固着させる作用を最も強く発揮する。
【0020】
図1に、各種被覆材との密着力を高めた本発明に係るステンレス鋼板表面の走査電子顕微鏡写真の一例(SUS304の例)を示す。また、図2に、そのステンレス鋼板の断面の走査電子顕微鏡写真を示す。これらの写真から、鋼板表面にピットが隙間なく連続的に形成しており、隣り合ったピット同士の境界は鋭く切り立った状態となっていることが判る。なお、ピット開口部の平均径Dは、例えば図1のような鋼板表面の電子顕微鏡写真から求めることができ、図1の例ではD=2μmである。また、ピットの平均深さHは、例えば図2のような鋼板断面の電子顕微鏡写真から求めることができ、図2の例ではH=1μmである。
【0021】
このようなステンレス鋼板表面の凹凸形態は塩化第二鉄水溶液中での交番電解で形成できる。その理由について、次のように考えられる。
図3に、塩化第二鉄水溶液中での交番電解によるステンレス鋼板表面のピット形成過程を模式的に示す。まず、アノード電解でピットが発生する。そして、次のカソード電解でH2の発生が起きると、フラットな部分に比べピット内部では一時的にFe3++3OH-→Fe(OH)3の反応が起こる領域までpHが上昇し、この時にピット内壁はFe(OH)3によって覆われる。そして、再びアノード電解が行われる時に、このFe(OH)3が保護作用をし、すでに形成されているピット内部よりも、H2発生により活性化されているフラットな部分が優先的に溶解され、その結果、フラットな部分に新たなピットが形成されることになる。以上のことが繰り返し行われることにより、本発明では比較的短時間で微細かつ緻密なピットをステンレス鋼板表面に均一に施すことができると考えられる。
【0022】
ところで、ステンレス鋼はその化学組成によって耐食性、すなわち不動態化能が大きく異なる。したがって、現実の操業においてはそれぞれの鋼種に合ったエッチング力を有する電解液を使用すること、および、それぞれの鋼種に応じてアノード電流およびカソード電流を設定することが重要となる。しかし、使用するステンレス鋼種ごとにこれらの電解条件をいわば試行錯誤的に模索していたのでは昨今の多様化したニーズに迅速に応えられない。そこで、本発明では、適正な電解条件を、使用するステンレス鋼種によらず共通して表すことのできるパラメータによって特定した。そのパラメータとは、塩化第二鉄水溶液中でのアノード分極曲線・カソード分極曲線から定まる飽和カロメル参照電極電位に対する電位である。
以下、本発明における交番電解処理の条件について説明する。
【0023】
〔電解液〕
本発明では、Fe3+イオンを含む電解液を使用することが必須要件である。これは、本発明の交番電解では、前述のとおり、ピット内でFe3++3OH-→Fe(OH)3の反応を起こしてピット内壁をFe(OH)3で保護し、フラットな部分に新たなピットを形成させるというメカニズムを利用するからである。したがって、Fe3+を含まない塩化第一鉄,硝酸,塩酸,硫酸等の電解液中での交番電解では、上記メカニズムを利用した電解粗面化が行えない。さらに、本発明ではステンレス鋼を対象とするので、電解液中にはステンレスの酸化作用を促進するNO3 -,SO4 2-等のイオンが多量に含まれていると、孔食、すなわちピット形成が容易にできず、短時間での粗面化表面形成が困難となる。このような観点から、本発明ではFe3+を含む塩化第二鉄水溶液を使用する。
【0024】
本発明は、先述のようにアノード電解で次々と新たな箇所にピットを形成していく、いわば孔食発生のメカニズムを利用するものであるから、アノード電解は「孔食領域」となる電位で行われる。しかし、ステンレス鋼板に対してエッチング力が強すぎてほとんど不動態化作用を示さないような電解液を使用した場合には、アノード電解時に全面溶解型の腐食形態となってピットが形成できなくなる恐れがある。逆に、エッチング力が弱すぎる液を使用した場合には、たとえ孔食領域でアノード電解を行ったとしても浅いお椀型のピットが形成されるだけで、被覆材との密着力を十分発揮するに足るアンカー効果が期待できない。つまり、望ましい形状の凹凸をステンレス鋼板表面に形成させるためには、「適度な不動態化作用」を呈する塩化第二鉄水溶液を使用することが重要である。
【0025】
そのような電解液として、例えば次のように特定される塩化第二鉄水溶液を使用することが望ましい。
すなわち、粗面化するステンレス鋼板を当該塩化第二鉄水溶液中に浸漬して、X軸が電位(VSCE),Y軸が電流密度(kA/m2)である直行座標系におけるアノード分極曲線を測定し、その分極曲線上に点A,B,Cを、X座標が浸漬電位である点をA,X座標が(浸漬電位+0.5)/3である点をB,X座標が0.5である点をCとなるようにとり、点A,B,Cの(X,Y)座標をそれぞれ(XA,YA),(XB,YB),(XC,YC),(XD,YD)としたとき、当該アノード分極曲線において下記(1)式および(2)式の関係が成立する液を使用することが望ましい。
YB≦0.6 -----(1)
2(YB−YA)/(XB−XA)≦dYC/dXC -----(2)
ここで、dYC/dXCは上記点Cにおける分極曲線の傾きを意味する。
【0026】
以下に、その望ましい電解液の条件について、図4〜図9の分極曲線を例に説明する。このうち、図4,図5,図6,図7はそれぞれSUS304,SUS316,SUS430,SUS444について、望ましい電解液を使用した場合の例である。図8はSUS304についてエッチング力が強すぎる電解液を使用した場合の例、図9は同じくSUS304についてエッチング力が弱すぎる電解液を使用した場合の例である。これらの分極曲線はいずれも走査速度50mV/secで測定したものである。
図4〜図9の分極曲線上には、上記の3点A,B,Cを記してある。浸漬電位である点Aより高電位側がアノード分極曲線、低電位側がカソード分極曲線である。
【0027】
望ましい電解液を使用した図4〜図7のアノード分極曲線には不動態化領域を示す低勾配の部分と孔食領域を示す高勾配の部分が見られる。本発明者らが種々のステンレス鋼について調査したところ、浸漬電位(点A)と+0.5VSCEの電位(点C)の間に不動態化領域の存在が必要であり、その不動態化領域が(浸漬電位+0.5)/3VSCEの電位(点B)まで維持される液であれば、良好なピットを形成するうえで十分な不動態化力を有することがわかった。しかし、+0.5VSCEの電位(点C)以上の電位でもなお低勾配の不動態化領域が維持されるような液になると、逆に、エッチング力が弱すぎて良好なピットが形成できなくなることも明らかとなった。すなわち、浸漬電位(点A)から少なくとも(浸漬電位+0.5)/3VSCEの電位(点B)までが不動態化領域であり、かつ、点Bの電位と+0.5VSCEの電位(点C)の間で孔食領域に移行し、点Cでは既に孔食領域となっている電解液が望ましいと言える。
点Cを+0.5VSCEの電位に規定したのは、後述するように、アノード電解は単に孔食領域で行えば良いとは限らず、孔食領域であっても電位が+0.5VSCE以上の領域で行わなければアンカー効果の高い凹凸の形成が難しいことが判明したからである。
【0028】
その関係を表したのが前記(1)式および(2)式である。
すなわち(1)式は、上記点Bが不動態化領域に含まれることを規定している。本発明者らの調査によれば、点Bにおける電流密度が0.6kA/m2を超えるような場合は全面溶解の性質が強く、結果的に良好なピットの形成が望めない。このため、(1)式において点Bでの電流密度を0.6kA/m2以下であることを要件とした。
また(2)式は、点Cにおけるアノード分極曲線の接線の傾きが、点Aと点Bを結んだ直線ABの傾きの2倍以上であることを規定している。このように規定したのは、塩化第二鉄水溶液中におけるステンレス鋼板のアノード分極特性を考慮すれば、前記(1)式を満たす液、すなわち点Aと点Bの間が不動態化領域であるとみなされる液である以上、+0.5VSCEである点Cにおけるアノード分極曲線の接線傾きが直線ABの傾きの少なくとも2倍以上となっているときは、点Cにおいて既に孔食領域に入っている液であると考えて良く、依然点Cにおいても不動態化領域が維持されている液と明瞭に区別することができるからである。図4〜図7の電解液は、いずれも(1)式および(2)式の関係を満たしている。
【0029】
図8のエッチング力が強すぎる液では、点Bでの電流密度が0.6kA/m2を超えており、(1)式を満たしていない点において適正な液と明瞭に区別できる。また、図9のエッチング力が弱すぎる液では、点Cにおいても依然不動態化作用が維持されていると見られ、(2)式を満たしていない点において適正な液と明瞭に区別できる。
【0030】
なお、好ましい電解液を塩化第二鉄の濃度の面から捉えると、フェライト系ステンレス鋼板に対してはFe3+を1〜50g/L含む塩化第二鉄水溶液を、またオーステナイト系ステンレス鋼板に対してはFe3+を30〜120g/L含む塩化第二鉄水溶液をそれぞれ使用することが望ましい。
【0031】
〔アノード電解〕
アノード電解の目的は孔食領域においてステンレス鋼板表面にピットを形成させることである。しかし先に触れたように、本発明者らが不動態化作用を呈する塩化第二鉄水溶液中で種々の電位においてステンレス鋼板のアノード電解実験を試みたところ、たとえ孔食領域でのアノード電解であっても、+0.5VSCE以上の高電位側の領域でなければ必ずしも良好なピットを短時間で形成できるとは限らなかった。例えば、不動態化領域が存在し、かつ+0.4VSCEにおいて既に孔食領域となる塩化第二鉄水溶液中において、交番電解のアノード電解を+0.4VSCEの電位で行ったところ、ピットの形成は可能ではあったが、高いアンカー効果が期待できる粗面化形状を達成するまでに長時間を必要とした。したがって本発明では+0.5VSCE以上の高電位側でアノード電解を行うこととした。
ただし、アノード電解の電位が高くなるにしたがってアノード電流が増加し、アノード電流が10.0kA/m2を超えるとCl-イオンの分解反応が顕著になり、作業効率と作業環境がともに悪化する。このため、アノード電解は電流密度が10.0kA/m2以下の範囲で行うことが望ましい。
【0032】
また、交番電解1サイクルあたりのアノード通電時間は、ステンレス鋼板表面に形成されるピット開口部の平均径Dと直接関係し、1サイクルあたりのアノード通電時間が長くなるほどピットの平均径Dはアノード電流密度とは無関係に増大する。各種被覆材との密着性の良好なピットを形成させるためには、1サイクルあたりのアノード通電時間を0.05〜1secとすることが望ましい。
【0033】
〔カソード電解〕
カソード電解の目的は、前述したように、ステンレス鋼板表面でH2を発生させ、ピット内壁にFe(OH)3の保護皮膜を形成させること、およびピット未発生部分を活性化させることである。このためH2発生反応を伴う領域でカソード電解を行う必要がある。−0.3VSCE以下の電位でカソード電解を行えば本発明にとってほぼ十分な速度のH2発生反応が起き、−0.4VSCE以下の電位において一層安定したH2発生反応が起きる。ただし、−1.5VSCEより卑な電位でカソード電解を行うと、過剰なH2発生反応により必要以上にステンレス鋼板表面が活性化され、浅いピットしか形成できなくなったり、ピット内壁に生成したFe(OH)3保護皮膜が取り去られるなど、却って不都合が多くなり、ピット形成反応を円滑に進めるためには特に−1.0VSCEより卑な電位にしないことが望ましい。したがって、本発明ではカソード電解を−0.3〜−1.5VSCEの範囲で行うことが必要であり、特に−0.4〜−1.0VSCEの範囲で行うことが好ましい。
また、カソード電解の目的を達成するためには、交番電解1サイクルあたりのカソード通電時間は0.01sec以上とすればよい。
【0034】
〔交番電解サイクル〕
交番電解1サイクルあたりの適正通電時間は、アノード電解で0.05〜1sec、カソード電解では0.01sec以上であればよいことを述べたが、工業的規模での交番電源を考慮した場合、アノードとカソードの通電時間は1:1とすることがコスト的な面から望ましい。このことから、交番電解のサイクルは0.5〜10Hzの範囲で行うことが望ましい。
【0035】
〔電解処理時間〕
交番電解に要する処理時間が10secに満たないと、ステンレス鋼板表面のピット未発生部分の面積率が60%を超え、被覆材との密着性が不十分となる恐れがある。一方、120secを超えて電解しても粗面化形態および被覆材との密着性に大きな差はなく、それ以上の処理は経済上不利になる。したがって、交番電解をステンレス鋼に施す時間は10〜120secの範囲とすることが望ましい。これは、工業的規模での鋼帯の連続生産に十分対応できる処理時間と言える。
【0036】
本発明では以上のような条件で電解処理を行うことによって各種被覆材との密着性に優れたステンレス鋼板が製造できる。
ところで、現実の電解処理ラインで飽和カロメル参照電極電位に対する鋼板の電位を直接計測して電解電圧を調整することは、電解装置の複雑化を招き、却ってコスト高につながる場合が多い。実際に多くの電解処理ラインでは、電流密度が適正範囲となるように電源の電圧を調整しながら電解を行っている。そこで、これまで説明してきた飽和カロメル参照電極電位に対する鋼板の電位を用いた電解条件を実ラインでの操業に活かすためには、例えば次のようにすればよい。
すなわち、粗面化するステンレス鋼板について予め測定された塩化第二鉄水溶液中でのアノード分極曲線およびカソード分極曲線から、+0.5VSCE以上の電位に対応するアノード電流密度(kA/m2)の範囲および−0.3〜−1.5VSCEの電位に対応するカソード電流密度(kA/m2)の範囲を求めておき、実ラインでの操業に際しては、アノード電流密度およびカソード電流密度をそれぞれ先に求めた上記の範囲になるように調整して交番電解を施せばよい。
【0037】
また、本発明では、ステンレス鋼板表面の粗面化形状を、ピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが形成しており、かつ、これらピットの開口部の平均径D(μm)とピットの平均深さH(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満足するような粗面化形状にすることによって、各種被覆材との密着性を安定して改善することができる。
0.5≦D≦10 -----(3)
D/4≦H≦D/2 -----(4)
特に、ピットは高密度に形成している程、各種被覆材との密着力をより一層高めることができる。鋼板表面にピットが隙間なく形成している状態が最も望ましい。
【0038】
なお、本発明にかかる粗面化方法は処理時間も短くて済むので、特にステンレス鋼板が鋼帯である場合の、連続処理による大量生産に好適に用いることができる。
【0039】
【実施例】
〔実施例1〕
供試面積を1cm2としたSUS430の2D仕上げ材およびSUS304の2D仕上げ材にそれぞれ通常の電解脱脂・酸洗を施した材料について、SUS430の場合は液温が30℃,Fe3+を25g/L含む塩化第二鉄水溶液、SUS304の場合は液温が50℃,Fe3+を70g/L含む塩化第二鉄水溶液中で、サイクル数2.5Hz,処理時間60secと一定にした条件で交番電解を行った。その際、飽和カロメル電極を参照極として直接アノード電解電位およびカソード電解電位をコントロールしながら「定電位電解」を行い、種々のアノード電解電位とカソード電解電位の組合せについてのデータを採取した。表1に、電解条件と、得られたピットの発生状況・形態を示す。
【0040】
【表1】
【0041】
アノード電解電位が+0.5VSCE以上、かつカソード電解電位が−0.3〜−1.5VSCEの範囲である本発明に係るNo.1〜14のサンプルは、いずれも鋼板表面にピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが発生しており、ピットの形態は開口部の平均径D(μm)と平均深さH(μm)が0.5≦D≦10、およびD/4≦H≦D/2の関係を満たす半球状に近いものであった。
これに対し、No.15,16,21,22のサンプルはカソード電解電位を貴にしすぎたためH2が発生せず、既存ピットの保護およびピット未発生部の活性化が不十分となり、局所的にピット成長が進んでしまった。No.17,18,23,24のサンプルは逆にカソード電解電位を卑にしすぎたためH2発生量が過剰となり、ステンレス鋼板表面が活性化されすぎて浅いピット形態を呈してしまった。No.19,25のサンプルは孔食領域でアノード電解が行われているにもかかわらず、アノード電解電位を卑にしすぎたため当該60secの処理時間では鋼板表面に良好なピットを形成できなかった。No.20,26のサンプルはアノード電解が不動態領域で行われたため、全くピット成長が見られなかった。
【0042】
〔実施例2〕
供試面積を1cm2としたSUS410L,SUS430,SUS444の各種2B仕上げ材のフェライト系ステンレス鋼板に通常の電解脱脂・酸洗を施した材料について、塩化第二鉄水溶液の温度および電解液中に含まれるFe3+の濃度を種々変えた条件の電解液を使用して、アノード電解電位を+1.0VSCE.,カソード電解電位を−0.6VSCE.,交番電解サイクルを3.3Hz,処理時間を30secとした条件で電解処理を行い、それぞれの鋼種について適正な電解液の条件を調査した。表2に、何種類かの液について、アノード分極曲線が前述の(1)式および(2)式の条件を満たすか否かの判定結果と、その液を用いた電解処理によって得られたピットの発生状況・形態を示す。
【0043】
【表2】
【0044】
前記(1)式を満たさない条件の液を使用した場合は、いずれもエッチング力が強すぎたために全面溶解型の腐食形態となり、ピットの形成ができなかった。一方(1)式は満たすものの(2)式を満たさない条件の液を使用した場合は、いずれもエッチング力が弱すぎたため浅いお椀型の形状のピットとなり、アンカー効果の期待できないものであった。
【0045】
図10には、各鋼種についてのFe3+の濃度および液温の適正範囲を枠で囲って示す。一般的に不動態化能が強いとされる鋼種ほど適正範囲は高濃度・高液温側にあることがわかる。鋼板がフェライト系ステンレス鋼板である場合には、工業的に管理しやすい液温20〜70℃の範囲においては、電解液中に含まれるFe3+の濃度を1〜50g/Lにコントロールすることが望ましいことがわかる。
【0046】
〔実施例3〕
実施例2と同様に、SUS304,SUS316,SUS309Sの各種2B仕上げ材のオーステナイト系ステンレス鋼板についても、適正な電解液の条件を調査した。電解条件は実施例2と同じである。表3に、何種類かの液について、表2同様の調査結果を示す。
【0047】
【表3】
【0048】
オーステナイト系ステンレス鋼板についても、前記(1)式を満たさない条件の液を使用した場合、および(1)式は満たすものの(2)式を満たさない条件の液を使用した場合において、それぞれ実施例2で述べたフェライト系ステンレス鋼板の場合と同様の結果が得られた。
【0049】
図11には、図10と同様に、各鋼種についてのFe3+の濃度および液温の適正範囲を枠で囲って示す。鋼板がオーステナイト系ステンレス鋼板である場合には、工業的に管理しやすい液温20〜70℃の範囲においては、電解液中に含まれるFe3+の濃度を30〜120g/Lにコントロールすることが望ましいことがわかる。
【0050】
〔実施例4〕
セラミックス塗料との密着性を調査するために、供試面積を10×15cmとした板厚0.5mmのSUS430の2D仕上げ材に通常の電解脱脂・酸洗を施した材料について、液温が20℃,Fe3+を45g/L含む塩化第二鉄水溶液を用いて電解粗面化処理を行った。電解処理時間は60secと一定にし、交番電解サイクルを0.25〜20Hzの範囲で変えてピットの開口部の平均径Dが0.1〜20μmの種々の段階にあるサンプルを作製した。ただし、アノード・カソード電解は、以下のようにして予め求めた電流密度値にコントロールすることによって行った。すなわち、粗面化処理に先立ち、被処理ステンレス鋼板から切り出した供試面積1cm2小試験片を用いて上記塩化第二鉄水溶液中でのアノード・カソード分極曲線を測定した。分極曲線の測定はアノード分極,カソード分極とも飽和カロメル電極を参照極として浸漬電位から50mV/secで行った。得られたアノード分極曲線から+0.8VSCEの電位に対応するアノード電流密度値を、またカソード分極曲線から−0.5VSCEの電位に対応するカソード電流密度値をそれぞれ求めた。そして、電解粗面化処理は、これらの電流密度値にコントロールしながら交番電解を施すことによって行った。
【0051】
このように電流密度によって間接的に電位をコントロールして得られたステンレス鋼板の粗面化形態は、実施例1のように直接電位をコントロールした場合の粗面化形態とよく対応していた。また、ここで得られたサンプルはピット開口部の平均径Dが0.1〜20μmと広範囲のものであるが、いずれのサンプルにも平均径Dと平均深さHの間にD/4≦H≦D/2の関係が成立している半球状に近いピットが、ピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度に形成されいた。
【0052】
各サンプルにつき、90゜V曲げ加工(曲げコーナー部;1R)を行い、加工部(凸側)および未加工部にセラミックス塗料をスプレー塗布したのち160℃×20minの焼付処理を行い、膜厚約20μmの塗膜を付着させた。そして、加工部(凸側)および未加工部にカッターガイド間隔1mmの碁盤目を刻み、その部分にセロテープを貼付後剥離する方法(以下、碁盤目セロテープ剥離試験という)により塗膜残存状況を調査して塗膜密着性を評価した。なお、ここで使用したセラミックス塗料は、中国塗料(株)製の商品名;エコルトンA3(白色タイプ)のオルガノポリシロキサンを主成分としたものである。
【0053】
図12に、上記碁盤目セロテープ剥離試験によるピット開口部の平均径とセラミックス塗膜との密着性の関係を示す。図12中、未加工部については碁盤目100マス目のうちの塗膜残存率を、加工部については塗膜剥離の有無を示す。ピット開口部の平均径が0.5μm未満だと加工の有無に関係なくセラミックス塗膜との密着性は乏しい。一方、ピット開口部の平均径が10μmを超えて大きくなると、未加工部の密着性は良好に維持されるものの、加工部の密着性が低下するのがわかる。これは、ピット開口部の径が大きくなるほど加工時にピットの広がりが助長され、その結果塗膜とのアンカー効果が少なくなるためであると考えられる。
【0054】
〔実施例5〕
ほうろうとの密着性を調査するために、供試面積を10×15cmとした板厚0.8mmのSUS321の2D仕上げ材に通常の電解脱脂・酸洗を施した材料について、液温が50℃,Fe3+を90g/L含む塩化第二鉄水溶液を用いて電解粗面化処理を行った。電解処理時間は45secと一定にし、交番電解サイクルを0.25〜20Hzの範囲で変えてピットの開口部の平均径Dが0.1〜20μmの種々の段階にあるサンプルを作製した。ここでアノード・カソード電解は、実施例4と同様に、アノード・カソード分極曲線から予め求めた電流密度値にコントロールすることによって行った。ただし、ここでは、+1.5VSCEの電位に対応するアノード電流密度値および−1.0VSCEの電位に対応するカソード電流密度値を採用した。
【0055】
得られたサンプルはピット開口部の平均径Dが0.1〜20μmと広範囲のものであるが、いずれのサンプルにも平均径Dと平均深さHの間にD/4≦H≦D/2の関係が成立している半球状に近いピットが、ピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度に形成されていた。
【0056】
各サンプルにつき、焼成後の膜厚が100μmとなるようにほうろうを被覆し、エリクセン押し込み高さ4mmを与えた後の被覆層残存状況を調査する方法(以下、エリクセン押し込み試験という)により、ほうろうとの密着性を評価した。なお、ここで使用したほうろう用フリットは、日本フェロー(株)製の上ぐすり用(チタン白)でSiO2,Al2O3を主成分としたものであり、焼成は820℃×3minで行った。
【0057】
図13に、上記エリクセン押し込み試験によるピット開口部の平均径とほうろうとの密着性の関係を示す。ほうろうとの密着性においても、ピット開口部の平均径が0.5〜10μmの範囲で塗膜残存率70%以上と非常に良好な密着性を示すことがわかる。
【0058】
〔実施例6〕
フッ素系有機塗料との密着性を調査するために、ここでは鋼帯を用いて実験を行った。すなわち板厚0.5mm,幅300mmのSUS436Lの2D仕上げ材に通常の電解脱脂・酸洗を施した鋼帯について、液温が50℃,Fe3+を30g/L含む塩化第二鉄水溶液を用いて電解粗面化処理を行った。交番電解サイクルを1Hzと一定にし、通板速度を変化させて電解処理時間を0〜30secの範囲で変えた条件で電解を行った。ここで処理時間0secは電解粗面化未処理を意味する。なお、アノード・カソード電解は、実施例4と同様に、アノード・カソード分極曲線から予め求めた電流密度値にコントロールすることによって行った。ただし、ここでは、+2.0VSCEの電位に対応するアノード電流密度値および−0.4VSCEの電位に対応するカソード電流密度値を採用した。
【0059】
得られた鋼帯には、電解未処理部分を除き、ピット開口部の平均径Dが5〜7μmで、平均径Dと平均深さHの間にD/4≦H≦D/2の関係が成立している半球状に近いピットが形成されていた。
【0060】
電解処理時間の異なる部分から採取した各サンプルにつき、280℃×30secの条件でプライマーを5μm塗布した上層に、280℃×60secの焼き付け条件でフッ素塗膜を20μm形成させた。これらの試料について次の一次密着性および二次密着性の評価を行った。
一次密着性は、180゜t曲げ加工を行い曲げ加工部にセロテープを貼付後剥離する方法(以下、180゜t曲げセロテープ剥離試験という)により、塗膜剥離の生じない最小t曲げ値を求め、これを限界t曲げ値として塗膜密着性を評価した。ここで、t曲げ値とは、素材の板厚tのn倍の板厚を有するポンチを用いて素材内側の曲げ半径をnt/2として180゜曲げを行ったときのnの値をいい、いわゆるnt曲げを意味する。例えば「t曲げ値=2」とは、厚さ2tのポンチを用いて素材内側の曲げ半径をtとして180゜曲げを行うことであり、いわゆる2t曲げを意味する。「t曲げ値=0」とはポンチを挟まないで行う、いわゆる密着曲げを意味する。
二次密着性は、50℃の温水に10日間浸漬した後、上記一次密着性の場合と同様の方法で試験を行い、評価した。
なお、ここで使用した塗料は、大日本インキ化学工業(株)製で、プライマーは商品名;ファインタフC800Pプライマー(エポキシ系),フッ素塗料は商品名;ディックフローCF752(PVdF/AC:70%/30%のカイナータイプ)のものである。
【0061】
図14に、上記一次密着性,二次密着性におよぼす粗面化電解処理時間の影響を示す。処理時間が10sec以上では一次,二次密着性とも限界t曲げ値は0となり、非常に良好な密着性を示した。これに反し、処理時間が10sec未満では、鋼板表面のピット未発生部分の面積率が60%を超えて残存しており、その結果、塗膜との密着性が低下した。
【0062】
〔実施例7〕
次に、電解条件の各種ファクターを変化させて、セラミックス塗料との密着性を調べた。供試材として、供試面積を10×15cmとした板厚0.4mmのSUS430のBA仕上げ材およびSUS304の2B仕上げ材に通常の電解脱脂・酸洗を施した材料を用いた。SUS430の場合は液温が50℃,Fe3+を10g/L含む塩化第二鉄水溶液を、SUS304の場合は液温が30℃,Fe3+を110g/L含む塩化第二鉄水溶液を用いた。なお、アノード・カソード電解電位のコントロールは、予めアノード・カソード分極曲線から求めておいた各電位に対応する電流密度値にコントロールすることによって行った。
使用したセラミックス塗料およびその塗装方法ならびに塗膜密着性の評価方法は実施例4と同様である。
電解条件および結果を表4および表5に示す。表中、台形波または正弦波(交流波)を交番電源として用いた場合については、その最大電流密度値に相当する電位を示した。
さらに、比較のために、塩化第二鉄水溶液以外の電解液を用いて表面を粗面化したサンプルも準備し、同様の方法で特性を評価した。この場合においても、予め、同条件の電解液中で測定したアノード・カソード分極曲線から孔食領域の電位およびH2発生が過剰に起こらない領域の電位に相当する電流密度値を求め、その値による定電流交番電解を実施した。その結果を、表6に示す。
【0063】
【表4】
【0064】
【表5】
【0065】
【表6】
【0066】
表4に示した本発明の電解条件で処理を行ったNo.31〜50のサンプルは、いずれも鋼板表面にピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが発生しており、ピットの形態は開口部の平均径D(μm)と平均深さH(μm)が0.5≦D≦10、およびD/4≦H≦D/2の関係を満たす半球状に近いものであった。その結果、加工部においてもセラミックス塗膜との密着性が良好であった。交番電源波形は、矩形波,台形波,正弦波(交流波)等の各種交番波形が利用できることがわかる。
これに対し、表5に示した電解条件で得たサンプルは、加工部においてセラミックス塗膜との密着性が不十分であった。これらのうち、No.56,63はピット開口部の平均径が0.5μm未満のもの、No.55,62はピット開口部の平均径が10μmを超えるもの、No.54,61はピット開口部の平均径D(μm)とピットの平均深さH(μm)の関係がH<D/4となったもの、No.51,52,53,57,58,59,60,64は鋼板表面に未電解部分が残り、ピット未発生部分の面積率が60%を超えてしまったものである。
また、表6に示した塩化第二鉄水溶液以外の電解液を用いて得たサンプルでは、良好な塗膜密着性は得られなかった。
【0067】
〔実施例8〕
次に、種々の粗面化手段によってステンレス鋼板表面を粗面化し、ほうろうとの密着性試験を試みた。素材鋼板には板厚0.5mmのSUS430のNo.4仕上げ材を用い、粗面化手段として、交番電解処理,サンドブラスト処理,液体ホーニング処理を用いた。交番電解処理は、供試面積を10×15cmとしたNo.4仕上げ材に通常の電解脱脂・酸洗を施した材料について、液温が60℃,Fe3+を7g/L含む塩化第二鉄水溶液中で、交番電解サイクルを5Hzと一定にし、電解時間を15〜120secの範囲で変えて行った。その際アノード・カソード電解電位のコントロールは、予めアノード・カソード分極曲線から求めておいた+1.0VSCEの電位に対応するアノード電流密度値および−0.5VSCEの電位に対応するカソード電流密度値にコントロールすることによって行った。なお、比較のために、No.4仕上げのままの材料、およびダルロール圧延材(2DR仕上げ)も用いた。使用したほうろう用フリットおよび焼成方法ならびに密着性の評価方法は実施例5と同様である。ただし、ここではエリクセン押し込み高さを5mmとした。
粗面化方法および密着性試験結果を表7に示す。
【0068】
【表7】
【0069】
表7に示したように、本発明に係る電解処理を施したNo.91〜95のサンプルは、いずれも鋼板表面にピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが発生しており、ピットの形態は開口部の平均径D(μm)と平均深さH(μm)が0.5≦D≦10、およびD/4≦H≦D/2の関係を満たす半球状に近いものであった。そしてこれらはいずれもほうろう塗膜残存率が70%以上と良好な密着性を示した。これに対し、No.96のNo.4仕上げ材、およびNo.97のダルロール圧延仕上げ材では、ほうろう塗膜の残存は認められなかった。また、No.98〜100のサンドブラスト仕上げ材および液体ホーニング仕上げ材では、鋼板の反りかえりが大きく、ほうろう用フリットを吹き付けるまでに至らなかった。
【0070】
〔実施例9〕
次に、クラッド被覆材との接合強度を調べた。板厚が1.0mmのSUS430の2D仕上げ鋼帯に通常の電解脱脂・酸洗後、本発明の電解粗面化処理を施したコイルを準備した。電解条件は、電解液のFe3+濃度:15g/L,液温:40℃,アノード電解電位:+1.0VSCE,カソード電解電位:−1.0VSCE,電解処理時間:30secとした。得られたピットの形態は、開口部の平均径D=5μm,平均深さH=2μmであり、鋼板表面のピット未発生部分の面積率は60%以下であった。また、電解粗面化処理の代わりにショットブラストあるいはブラッシングによる粗面化処理をクラッド接合面となる面に施したコイルも準備した。そして、それぞれアルカリ脱脂済みのAlコイル(A1100,板厚2.0mm)とのクラッドコイルを連続圧着ラインにて圧着後、さらに接合強度を高める目的で350℃×1hの接合部の加熱拡散処理を実施した。
【0071】
得られた各Al/ステンレス鋼クラッドコイルの長手方向任意の位置から幅方向にわたるサンプルを採取し、その接合強度を図15に示すT字剥離試験法により引張速度0.16mm/secで測定した。その結果、本発明の電解粗面化処理を施したステンレス鋼コイルを用いた場合には、幅方向にわたって安定して700N/inch以上の接合強度が得られていた。これに対し、ショットブラストによる粗面化処理を行ったコイルを用いた場合、およびブラッシングによる粗面化処理を行ったコイルを用いた場合には、接合強度が場所によって不安定であり、一部500N/inchに満たないところもみられた。このようにショットブラストやブラッシング処理材において接合強度が不安定なのは、粗面化処理時に発生した研削粉が完全に取り切れないまま圧着されたためと考えられる。
【0072】
【発明の効果】
本発明により、従来ステンレス鋼板表面との密着性が十分確保できなかったためにステンレス鋼板表面への被覆が難しいとされていた、フッ素塗料等の有機系被覆材、セラミックス塗料,ほうろう等の無機系被覆材、さらにはAl,Cu,Ni等のクラッド用被覆材に対して、優れた密着性を発揮できる表面凹凸状態をステンレス鋼板表面に形成させることが可能になった。しかも本発明ではアノード・カソード分極曲線における飽和カロメル参照電極電位に対する電位を用いて電解条件を規定したので、多くのステンレス鋼種についていわば画一的に電解条件を設定することが可能になった。したがって、本発明は、▲1▼素材であるステンレス鋼板の鋼種選定の自由度拡大を容易にすること、および、▲2▼被覆材の適用範囲の拡大を可能にすることを通じ、機能性の高い各種被覆ステンレス鋼板の普及に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明方法で得られたステンレス鋼板表面の電子顕微鏡(SEM)写真の一例を示す図。
【図2】本発明方法で得られたステンレス鋼板断面の電子顕微鏡(SEM)写真の一例を示す図。
【図3】塩化第二鉄水溶液中での交番電解によるステンレス鋼板表面のピット形成過程を示す模式図。
【図4】Fe3+濃度:50g/L,液温:50℃の塩化第二鉄水溶液中におけるSUS304のアノード・カソード分極曲線を示すグラフ。
【図5】Fe3+濃度:85g/L,液温:50℃の塩化第二鉄水溶液中におけるSUS316のアノード・カソード分極曲線を示すグラフ。
【図6】Fe3+濃度:10g/L,液温:50℃の塩化第二鉄水溶液中におけるSUS430のアノード・カソード分極曲線を示すグラフ。
【図7】Fe3+濃度:35g/L,液温:50℃の塩化第二鉄水溶液中におけるSUS444のアノード・カソード分極曲線を示すグラフ。
【図8】Fe3+濃度:120g/L,液温:50℃の塩化第二鉄水溶液中におけるSUS304のアノード・カソード分極曲線を示すグラフ。
【図9】Fe3+濃度:20g/L,液温:30℃の塩化第二鉄水溶液中におけるSUS304のアノード・カソード分極曲線を示すグラフ。
【図10】各種フェライト系ステンレス鋼についての、交番電解液として使用する塩化第二鉄水溶液の温度と濃度の適正範囲を表すグラフ。
【図11】各種オーステナイト系ステンレス鋼についての、交番電解液として使用する塩化第二鉄水溶液の温度と濃度の適正範囲を表すグラフ。
【図12】表面にピットを隙間なく形成したステンレス鋼板について、セラミックス塗膜の密着性に及ぼすピット開口部の平均径の影響を表すグラフ。
【図13】表面にピットを隙間なく形成したステンレス鋼板について、ほうろう塗膜の密着性に及ぼすピット開口部の平均径の影響を表すグラフ。
【図14】一次密着性,二次密着性およびピット未発生部分の面積率に及ぼす粗面化電解処理時間の影響を表すグラフ。
【図15】ステンレス鋼クラッド材の接合強度を測定するT字剥離試験法を示す図。
Claims (11)
- 塩化第二鉄水溶液中で、+0.5VSCE以上の電位でのアノード電解と、−0.3〜−1.5VSCEの間の電位でのカソード電解とを交互に行う交番電解をステンレス鋼板に施すステンレス鋼板表面の粗面化方法。
ここで、VSCEは飽和カロメル参照電極電位に対する電位(V)を表す。 - アノード電解は+0.5VSCE以上の電位であって電流密度が10.0kA/m2以下の範囲で行う、請求項1に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
- 塩化第二鉄水溶液は、粗面化するステンレス鋼板を当該液中に浸漬して、X軸が電位(VSCE),Y軸が電流密度(kA/m2)である直行座標系におけるアノード分極曲線を測定し、その分極曲線上に点A,B,Cをそれぞれ、X座標が浸漬電位である点をA,X座標が(浸漬電位+0.5)/3である点をB,X座標が0.5である点をCとなるようにとり、点A,B,Cの(X,Y)座標をそれぞれ(XA,YA),(XB,YB),(XC,YC)としたとき、当該アノード分極曲線において下記(1)式および(2)式の関係が成立する液である、請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
YB≦0.6 -----(1)
2(YB−YA)/(XB−XA)≦dYC/dXC -----(2)
ここで、dYC/dXCは上記点Cにおける分極曲線の傾きを意味する。 - 塩化第二鉄水溶液はFe3+を1〜50g/L含む液であり、ステンレス鋼板はフェライト系ステンレス鋼板である、請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
- 塩化第二鉄水溶液はFe3+を30〜120g/L含む液であり、ステンレス鋼板はオーステナイト系ステンレス鋼板である、請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
- 0.5〜10Hzの交番電解をステンレス鋼板に施す、請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
- 交番電解をステンレス鋼板に施す時間を10〜120秒間とする、請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
- 請求項1または請求項2に記載の交番電解をステンレス鋼板に施すに際し、当該鋼板について測定された塩化第二鉄水溶液中でのアノード分極曲線およびカソード分極曲線から、+0.5VSCE以上の電位に対応するアノード電流密度(kA/m2)の範囲および−0.3〜−1.5VSCEの電位に対応するカソード電流密度(kA/m2)の範囲を予め求め、アノード電流密度およびカソード電流密度をそれぞれ上記の範囲になるように調整して交番電解を施すことを特徴とするステンレス鋼板表面の粗面化方法。
- 鋼板表面の粗面化形状を、ピット未発生部分の面積率が60%以下であるように高密度にピットが形成しており、かつ、これらピットの開口部の平均径D(μm)とピットの平均深さH(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満足するような粗面化形状とする、請求項1〜請求項8に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
0.5≦D≦10 -----(3)
D/4≦H≦D/2 -----(4) - 鋼板表面の粗面化形状を、当該鋼板表面にピットが隙間なく形成しており、かつ、これらピットの開口部の平均径D(μm)とピットの平均深さH(μm)が下記(3)式および(4)式の関係を満足するような粗面化形状とする、請求項1〜請求項8に記載のステンレス鋼板表面の粗面化方法。
0.5≦D≦10 -----(3)
D/4≦H≦D/2 -----(4) - 鋼板は鋼帯である請求項1〜請求項10に記載の粗面化方法。
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