JP3793244B2 - 疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手 - Google Patents
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【産業上の利用分野】
本発明は疲労特性の優れた溶接継手にかかわるものであり、さらに詳しくは溶接金属と溶接熱影響部(以下HAZという)の硬度差を小さくして、溶接金属側のみでの塑性変形の集中を防ぐことにより疲労強度を高めた溶接継手に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
一般に構造用鋼板母材の疲労強度は母材強度の増加につれて増加するが、溶接された継手の疲労強度(以下、継手疲労強度という)は母材強度を上昇させても向上しないことが通説となっていた。従って構造用高張力鋼の継手疲労強度は構造用低強度鋼のそれとほぼ同じであり、疲労破壊が問題となる鋼構造物では、高張力鋼を用いても設計強度を上げることができず、止端処理と呼ばれる改善処理により高張力鋼の継手疲労強度を確保する方法が研究されてきた。例えば、グラインダーによって止端を研削して止端半径を大きくする方法、TIG溶接およびプラズマ処理によって止端を再溶融して止端形状を滑らかにする方法(例えば特公昭54−30386号)、ショットピーニングによって止端に圧縮残留応力を発生させる方法などが代表的な止端処理方法である。
【0003】
構造用鋼に限定しなければ、冷延鋼板など薄鋼板のスポット溶接継手疲労強度向上を目的とした発明はいくつかあり、特公平3−56301号、特開昭63−317625号、特開平3−199342号などが提案されている。このうち特公平3−56301号では、スポット溶接継手の疲労強度を向上させるためにナゲット(溶接金属)近傍の硬度分布について述べており、軟質のナゲットを提案しているが、その理由については言及しておらず、TiまたはNbとB添加、並びに未再結晶組織の面積率を制限している。特開昭63−317625号および特開平3−199342号はいずれも鋼板の化学成分を限定したものであり、特開昭63−317625号はTi,Nb,Bの三者共存を、特開平3−199342号はTi,V,Zrなどの成分添加を提案している。
【0004】
また母材の硬度に着目したものでは特開平4−329848号があり、フェライト硬度と第2相硬度に、それぞれの体積率を掛けた値が一定値を満足することを特徴として提案しているが、継手疲労強度については言及していない。
さらにスポット溶接継手の強度向上を目的として、特開平2−115352号によりCu,P,Nなどの成分を限定し、特定の位置(ナゲット外周から板厚と同じ距離離れたHAZ)での硬度が、母材硬度およびナゲット部硬度をもとにある関係式より求められる値以上であることを満足することを特徴とする鋼板が提案されているが、これも継手疲労強度については言及していない。また本発明者らも特願平4−294544号、特開平5−014233号において構造用鋼の継手疲労強度向上を目的としてCuを添加した低炭素構造用鋼を開発した。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
従来技術のうち薄鋼板に関する特公平3−56301号では、硬度分布について述べているものの、提案している硬度分布では溶接金属とHAZに明瞭な硬度差が認められ、柔らかい溶接金属にひずみ集中が生じて疲労強度の低下を招く。従って、本発明で対象としているアーク溶接継手については適用できない。さらに、TiまたはNbおよびBの添加に加えて未再結晶組織の面積率を規定しており、製造コストが高くなるとともに特に加熱・圧延条件の調整が煩雑になる。特開昭63−317625号はTi,Nb,Bの同時添加を必須としており、特開平3−199342号もOが一定値以下でかつAl/N比を一定値以上にすることを必須としており、製鋼工程での多大なコスト上昇になるという問題がある。
【0006】
特開平2−115352号では、前述のようにスポット溶接継手の十字引張強度向上を目的としており、溶接された継手の疲労強度が向上するかどうかは不明である。また、硬度を規定している位置は溶接金属から板厚と同じ距離だけ離れており、アーク溶接継手で疲労破壊が生じる位置とは大きく異なる。また、特願平4−294544号および特願平5−014233号に示されているCu添加は、製造コスト上昇につながる。
本発明の目的は、溶接金属とHAZの硬度差をなくして、溶接金属およびHAZの片側のみでのひずみ集中を抑制することにより、疲労強度を向上させた溶接継手を安定して得ようとするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明の要旨とするところは次の通りである。
(1)溶接止端部の表面下0.5mm以内の位置で、溶融境界から溶接金属側に1mmの範囲において、JIS Z2244に準拠して測定したビッカース硬度の平均値と、溶接溶融境界から溶接熱影響部粗粒域側に1mmの範囲において、同様に測定したビッカース硬度のなかの最高値との硬度差が、15以下であることを特徴とする疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
【0008】
(2)質量%で、
0.001≦C≦0.30、 0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、 0.001≦Al≦0.1
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる構造用鋼を母材とすることを特徴とする前記(1)記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
(3)質量%で、
0.001≦C≦0.30、 0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、 0.001≦Al≦0.1、
さらに、
0.02≦P≦0.20、 0.1≦Cu≦2.0、
0.1≦Ni≦5.0、 0.1≦Mo≦4.0、
0.005≦Nb≦1.0、 0.005≦V≦2.0、
0.005≦Ti≦1.0、 0.0001≦B≦0.01
の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる構造用鋼を母材とすることを特徴とする前記(1)記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
【0009】
(4)母材の引張り強さが590MPa 未満であることを特徴とする前記(2)または(3)記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
(5)質量%で、
0.001≦C≦0.30、 0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、 0.001≦Al≦0.1
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる溶接金属を有することを特徴とする前記(1)から(4)のいずれか1項に記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
(6)質量%で、
0.001≦C≦0.30、 0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、 0.001≦Al≦0.1、
さらに、
0.02≦P≦0.20、 0.1≦Cu≦2.0、
0.1≦Ni≦5.0、 0.1≦Mo≦4.0、
0.005≦Nb≦1.0、 0.005≦V≦2.0、
0.005≦Ti≦1.0、 0.0001≦B≦0.01
の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる溶接金属を有することを特徴とする前記(1)から(4)のいずれか1項に記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
【0010】
【作用】
以下に本発明を詳細に説明する。まず本発明における硬度差限定理由および疲労強度向上理由を述べる。
溶接継手部の疲労破壊は溶接止端で発生した疲労亀裂が伝播して生じる。止端近傍で最も応力集中の大きいところは、溶融境界(Fusion Line)から0.1〜0.2mm程度溶接金属側に入ったところであり、この位置を中心にして止端で塑性変形が生じ、塑性変形に伴う表面での突き出し・引き込みがやがて疲労亀裂として発生・伝播するようになる。従来鋼の溶接止端は、母材と同等かそれ以上の硬度をもつ溶接金属と、粗大化したオーステナイトが焼入されたHAZ粗粒域からなっており、HAZ粗粒域の硬度は母材および溶接金属に比べて相当高い。
【0011】
一定応力が負荷された溶接継手では、一般に止端に応力が集中して塑性変形を生じるが、塑性変形した領域の外側は弾性変形域のため、止端近傍に限ってみれば一定変位を負荷された場合と同じ力学的状態になる。従って従来鋼の場合、止端での一定変位を満足するため、硬度(即ち強度)の低い溶接金属に塑性変形が集中し、大きな歪を生じて疲労亀裂の発生が容易になる。しかし本発明の溶接継手は、HAZ粗粒域の硬度を溶接金属の硬度とほぼ同じとしているため、一定変位は溶接金属とHAZの両者で分担され、ひずみの集中は従来鋼に比べて大きくなく、疲労亀裂の発生を著しく抑制することができる。
【0012】
そして本発明者らは、止端近傍の塑性変形領域の硬度と疲労強度の関係について検討を重ねた結果、図1に示すように止端の表面下0.5mm以内の位置で、溶融境界から溶接金属側に1mmの範囲の硬度平均値と、溶融境界からHAZへ1mmの範囲の最高硬度の差が15以下であれば、特に継手疲労強度が向上することを突きとめた。溶接金属でのひずみ集中は、HAZ粗粒域との硬度差が小さければ小さいほど低減されるが、硬度測定に伴う誤差も含めて、本発明では上述の定義による硬度差が15以下の継手について格段の疲労強度向上が認められた。
さらに上記硬度特性をそなえかつ、P,Cu,Ni,Mo,Nb,V,Ti,Bのうちから1種または2種以上を適正範囲量添加した鋼板および溶接金属は疲労強度がさらに高くなることも見いだした。
【0013】
次に本発明の溶接継手における、構造用鋼および溶接金属の成分限定理由を述べる。
Cは溶接止端近傍の硬度分布の均一化のため少なくすることが望ましく、0.30%以下である必要があるが、強度確保のためには0.001%以上は必要であるので0.001〜0.30%とする。
Siは脱酸のためには強度を確保するのに有用であり、0.01%以上は必要であるが、2.00%超を添加すると溶接性を損なうので含有量は2.00%以下とする。
【0014】
Mnは安価に強度を上げる元素として有用であり、強度確保のため0.05%以上は必要であるが3.0%超を添加すると溶接性を損なうので含有量は0.05〜3.0%とする。
Alは脱酸のため0.001%以上必要であるが、0.1%超を添加すると鋼中および溶接金属中の介在物が多くなりすぎ、靭性を低下させるため0.1%を上限とする。
【0015】
P,Cu,Ni,Mo,Nb,V,Ti,Bはいずれも継手疲労特性を向上させる成分であり、溶接金属およびHAZに影響してかかる疲労強度を向上させていると考えられる。この点でこれらの成分は同効成分であり、本発明ではこれらの成分を1種または2種以上含有させる。しかし、過剰の添加はいずれも鋼板材質を劣化させるので、Pは0.02%以上0.2%以下、Cuは0.1%以上2.0%以下、Niは0.1%以上5.0%以下、Moは0.1%以上4.0%以下、NbとTiは0.005%以上1.0%以下、Vは0.005%以上2.0%以下、Bは0.0001%以上0.01%以下とする。なお、Pは通常の製鋼工程において、0.02%未満は不可避的に鋼材に含まれる元素であるので、従来溶接継手よりも継手疲労強度を向上させるためには0.02%以上の添加が必要である。
【0016】
なお本発明におけるNは、特開平2−115352号に示すように加工性を高めることを目的として0.0050%以下に限定するものとは異なり、継手疲労強度に及ぼすNの影響は小さいので、その成分範囲は特に限定するものではない。
また本発明におけるCuは、同じく特開平2−115352号に示すように継手引張強度向上を目的として0.8%以上に限定するものではなく、さらに特開平2−199342号に示すようにTi,V,Zr,Ca,Cr,Niと同等の効果を示して1.0%以下に限定するものとは異なり、0.1〜2.0%の範囲であれば継手疲労強度を向上させることができる。
【0017】
加えて特公平3−56301号は、鋼板の未再結晶組織の面積率を5〜30%と規定しているが、HAZ粗粒域は1500℃付近まで加熱された領域であり、溶接前の鋼板の末再結晶組織の面積率が何%であろうともオーステナイト単相に戻されるため、本発明では特に末再結晶組織の割合を制限するものではない。
さらに本発明では、溶接方法、即ち入熱の違いによる疲労強度向上効果の違いが考えられるが、溶接は例え大入熱溶接や小入熱溶接であっても止端近傍の硬度分布が確保されれば、疲労強度には影響を及ぼさない。発明者らは溶接入熱と硬度分布について検討したところ、本発明継手は、被覆アーク溶接、CO2 ガス、Arガス、およびArとCO2 の混合ガスなどを用いたガスシールド溶接のみに限るものではなく、サブマージアーク溶接、TIG溶接など他のアーク溶接方法でも継手疲労強度が向上することを確認した。
【0018】
即ち本発明の溶接継手は、溶接金属とHAZの硬度差をなくすことにより塑性変形の集中を抑える効果によって継手疲労強度を著しく向上させたものである。本発明では構造用鋼の溶接継手について述べているが、厚鋼板および熱延鋼板に限るものではなく、鋼管継手についても同一効果が得られる。また、本発明は回し溶接継手、隅肉継手、突合せ継手など継手種類によらず疲労強度が向上する。
【0019】
【実施例】
表1に示す成分を有する板厚20mmの構造用鋼と溶接金属をもつ回し溶接継手および十字継手を製作した。表中の上段は鋼材、下段は溶接金属の成分、機械的性質を示す。さらに硬度は、鋼板表面下0.5mmの位置で、JIS Z2244に準拠した方法で測定した(鋼材の場合は溶融境界からHAZ側に1mmの範囲での最高硬度、溶接金属の場合は溶融境界から1mmの範囲での硬度の平均値)。
【0020】
表中のYSは鋼材の降伏応力を、TSは引張強さを、El.は破断伸びを、HIは溶接入熱を示す。また、表中のΔHvは、溶接金属の硬度の平均値からHAZの最高硬度を引いた値である。溶接方法はCO2 アーク溶接を用いた。これらの溶接継手を室温、大気中で片振り疲労試験(応力比R=0)を行った。各継手の試験片形状・寸法をそれぞれ図2および図3に示す。比較のため、硬度差、添加元素含有量などを本発明の範囲外に変化させた比較鋼の例も合わせて示した。
【表1】
【0021】
【表2】
【0022】
【表3】
【0023】
【表4】
【0024】
【表5】
【0025】
【表6】
【0026】
回し溶接継手および十字隅肉溶接継手の疲労試験結果を表1の右端欄に示す。疲労試験結果は、破断寿命が2×106 回に対応する疲労強度で示してある。溶接継手の疲労強度は、継手形式により異なるが、同一継手形式における疲労強度を比較すると、本発明溶接継手は、比較鋼継手に比べて疲労強度が向上している。1〜30が本発明継手である。本発明継手のなかで最も疲労強度の低い継手26でも、比較鋼継手に比べて約30%疲労強度が向上している。また継手27,28は26より向上しており、1〜24は27,28よりさらに疲労強度が向上している。
【0027】
【発明の効果】
本発明の溶接継手は、継手形式によらず広範囲に渡り溶接継手の疲労特性に優れている。従って疲労破壊が問題となる構造物での使用に際し、設計・施工面で特別な配慮を必要とせず高い疲労強度を安定して得ることが可能であり、工業的にその効果は大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】止端近傍の溶接金属およびHAZの硬度測定差の図表。
【図2】(a),(b)は本発明の実施例における回し溶接継手の試験片形状・寸法の説明図。
【図3】(a),(b)は本発明の実施例における十字隅肉継手の試験片形状・寸法の説明図。
Claims (6)
- 溶接止端部の表面下0.5mm以内の位置で、溶融境界から溶接金属側に1mmの範囲において、JIS Z2244に準拠して測定したビッカース硬度の平均値と、溶接溶融境界から溶接熱影響部粗粒域側に1mmの範囲において、同様に測定したビッカース硬度のなかの最高値との硬度差が、15以下であることを特徴とする疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
- 質量%で、
0.001≦C≦0.30、
0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、
0.001≦Al≦0.1、
残部がFeおよび不可避的不純物よりなる構造用鋼を母材とすることを特徴とする請求項1記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。 - 質量%で、
0.001≦C≦0.30、
0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、
0.001≦Al≦0.1、
さらに、
0.02≦P≦0.20、
0.1≦Cu≦2.0、
0.1≦Ni≦5.0、
0.1≦Mo≦4.0、
0.005≦Nb≦1.0、
0.005≦V≦2.0、
0.005≦Ti≦1.0、
0.0001≦B≦0.01
の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる構造用鋼を母材とすることを特徴とする請求項1記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。 - 母材の引張り強さが590MPa 未満であることを特徴とする請求項2または3記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
- 質量%で、
0.001≦C≦0.30、
0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、
0.001≦Al≦0.1、
残部がFeおよび不可避的不純物よりなる溶接金属を有することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。 - 質量%で、
0.001≦C≦0.30、
0.01≦Si≦2.00、
0.05≦Mn≦3.0、
0.001≦Al≦0.1、
さらに、
0.02≦P≦0.20、
0.1≦Cu≦2.0、
0.1≦Ni≦5.0、
0.1≦Mo≦4.0、
0.005≦Nb≦1.0、
0.005≦V≦2.0、
0.005≦Ti≦1.0、
0.0001≦B≦0.01
の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる溶接金属を有することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の疲労強度の優れた構造用鋼溶接継手。
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