JP3754624B2 - 室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材の製造方法および自動車用アルミニウム合金パネル材 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたAl-Mg-Si系自動車用アルミニウム合金パネル材(以下、アルミニウムを単にAlと言う)の製造方法およびこの製造方法によって得られた自動車用アルミニウム合金パネル材に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来から、自動車、船舶あるいは車両などの輸送機、家電製品、建築、構造物の部材や部品用として、成形加工性 (以下、単に成形性と言う) に優れたAl-Mg 系のAA乃至JIS 5000系や、成形性や焼付硬化性に優れたAl-Mg-Si系のAA乃至JIS 6000系 (以下、単に5000系乃至6000系と言う) のAl合金材(圧延板材、押出形材、鍛造材などの各アルミニウム合金展伸材を総称する)が使用されている。
【0003】
近年、排気ガス等による地球環境問題に対して、自動車などの輸送機の車体の軽量化による燃費の向上が追求されている。このため、特に、自動車の車体に対し、従来から使用されている鋼材に代わって、Al合金材の適用が増加しつつある。
【0004】
このAl合金材の中でも、自動車のフード、フェンダー、ドア、ルーフなどのパネル構造体の、特に、外板 (アウターパネル) や内板 (インナーパネル) に使用されるAl合金パネル材を例にとると、板厚が1.0mm 以下の薄肉化した上での高強度Al合金材として、JIS 乃至AA規格に規定された(JIS乃至AA規格を満足する) 、過剰Si型の6000系のAl合金パネル(板)材の使用が検討されている。
【0005】
この過剰Si型の6000系Al合金は、基本的に、Si:0.4〜1.3% (質量% 、以下同じ) 、Mg:0.4〜1.2%を含み、かつSi/Mg が1 以上である、Al-Mg-Si系アルミニウム合金である。そして、この過剰Si型6000系Al合金は、特に優れた時効硬化能を有しているため、プレス成形や曲げ加工時には低耐力化により成形性を確保するとともに、成形後の焼付塗装処理などの人工時効処理時の加熱により時効硬化して耐力が向上し、必要な強度を確保できる利点がある。
【0006】
また、これら過剰Si型6000系Al合金材は、Mg量などの合金量が多い、他の5000系のAl合金などに比して、合金元素量が比較的少ない。このため、これら6000系Al合金材のスクラップを、Al合金溶解材 (溶解原料) として再利用する際に、元の6000系Al合金鋳塊が得やすく、リサイクル性にも優れている。
【0007】
一方、前記自動車などのパネル構造体の用途分野では、外板では加工条件の厳しいフラットヘム加工と呼ばれる180 °曲げ加工等の厳しい曲げ成形が、内板では深絞りや張出し等の厳しいプレス成形が複合して施される。
【0008】
また、パネル構造体としては、更に、基本的な要求特性として、高強度、高耐食性、高溶接性も要求される。したがって、この種パネル構造体の外板や内板のパネルには、高成形性、高ヘム加工性、高強度 (高時効硬化性) 、高耐食性、高溶接性を兼備することが要求される。
【0009】
このため、従来から、この種6000系Al合金パネル材に要求される、高成形性、高強度、高耐食性、高溶接性を兼備するために、特公平6-74480 号公報などが提案されている。この特公平6-74480 号公報では、6000系Al合金パネル材の組成をSi:0.6〜1.5%、Mg:0.5〜1.4%とし、特にCuを0.07% 以下に規制し、溶体化および焼入れ処理後の結晶粒の平均粒径を70μm 以下、導電率を43〜51 IACS%の範囲としている。
【0010】
このAl合金パネル材の溶体化および焼入れ処理後の特性は、板厚が1.0mm の薄板で、30% 以上の伸び、10mm以上のエリクセン値などの成形性を有し、塗装後の耐糸さび性や、MIG 、TIG などのアーク溶接性にも優れている。
【0011】
しかし、近年、Al合金パネル材の塗装焼き付け処理の温度は、省エネルギー化の要求と塗料改善とによって、益々低温短時間化される傾向にあり、従来低温短時間化の常識的であった、170 ℃×20分の処理から、150 ℃×20分の低温短時間処理条件などに、益々低温化する傾向にある。
【0012】
そして、Al合金パネル材には、このように塗装焼き付け処理が、150 ℃×20分の低温短時間化しても、従来の170 ℃×20分の塗装焼き付け処理で得られる、180MPa以上の耐力とすることが求められる。しかし、このように人工時効処理が低温した場合、過剰Si型6000系Al合金パネル材をもってしても、その時効硬化能には限界があるため、塗装焼き付け処理後の耐力を180MPa以上とすることは、非常に難しい課題である。
【0013】
このため、前記特公平6-74480 号公報の実施例で示されているAl合金パネル材の塗装焼き付け処理後の耐力は、175 ℃×30分の処理で、最大でも180MPa程度であり、前記150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、耐力が到底、この種パネル材用途に要求される180MPa以上とならない。
【0014】
したがって、前記特公平6-74480 号公報に開示されたパネル材でも、低温時効硬化処理条件では、板厚が1.0mm 以下の薄板で、前記180MPa以上の高強度で、かつ高成形性というわけにはいかない。また、同公報には、曲げ加工性、特に自動車外板パネルに要求される前記フラットヘム (曲げ) 加工性についての開示もない。
【0015】
しかも、同公報を含め、パネル材を含むこれら従来の過剰Si型6000系Al合金材は、その優れた時効硬化能ゆえに、Al合金材自体の製造後、前記各用途に使用されるまでの間に、室温 (常温) 時効が生じるという大きな問題があった。この室温時効の傾向は、特に、本発明が対象とする過剰Si型6000系Al合金材で強い。
【0016】
例えば、この室温時効によって、過剰Si型6000系Al合金材自体の製造後2 週間経過後でも、20% 程度以上耐力が上昇するとともに、逆に伸びが10% 程度以上低下するような現象も生じる。
【0017】
そして、このような室温時効が生じた場合、製造直後には、過剰Si型6000系Al合金材が前記各用途の要求特性を満足したとしても、一定時間の経過後に、実際の用途に使用される際には、要求特性を満足せずに、パネル材であれば、前記プレス成形性やヘム加工性、また、前記低温での時効硬化性を著しく低下させることとなる。
【0018】
過剰Si型を含む6000系Al合金材の、これら室温時効抑制と低温時効硬化能向上の課題に対しては、特開平10-219382 号、特開2000-273567 号等の公報などで、6000系Al合金板材を溶体化および焼入れ処理した後に、70〜150 ℃の低温で0.5 〜50時間程度保持する熱処理 (時効処理) を施して改善することが開示されている。
【0019】
これらの公報では、6000系Al合金材の低温時効硬化能を阻害している要因は、溶体化および焼入れ処理後の室温放置中に形成されるMg-Si クラスターであるとしている。即ち、この形成されたMg-Si クラスターが、塗装焼き付け時に析出することで、強度上昇に寄与するGPゾーンの側の析出を阻害することであるとしている。
【0020】
そして、特開平10-219382 号公報では、低温時効硬化能を阻害するMg-Si クラスターの生成量を規制するために、また、特開2000-273567 号公報では、成形性向上には寄与するMg-Si クラスターを低温時効硬化能を阻害しない範囲で一定量の存在 (活用) させるために、溶体化および室温まで焼入れ処理した後に、前記70〜150 ℃で0.5 〜50時間程度保持する低温熱処理を施している。
【0021】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、特開平10-219382 号、特開2000-273567 号等の公報では、過剰Si型を含む6000系Al合金材の室温時効抑制と低温時効硬化能向上を課題としているものの、その低温時効硬化能は、前記特公平6-74480 号公報と同じく、175 ℃×30分乃至170 ℃×20分の処理のレベルであって、前記した、最近の150 ℃×20分などの低温時効硬化処理 (塗装焼き付け処理) 条件ではない。
【0022】
このため、前記特開2000-273567 号公報では、前記70〜150 ℃の低温熱処理を施しても、実施例で示されているAl合金パネル材の塗装焼き付け処理後の耐力は、170 ℃×30分の塗装焼き付け条件では、最大でも168MPa程度であり、前記150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、耐力が到底、この種パネル材用途に要求される180MPa以上とならない。
【0023】
また、特開平10-219382 号公報では、室温時効抑制効果として、製造後100 日放置した後のAl合金パネル材の伸びが30% 以上、エリクセン値が10mm以上をもって、成形性が良く、室温時効が抑制されているとしている。
【0024】
しかし、これら製造後100 日放置した後のAl合金パネル材の耐力は、最大でも109MPa程度の低いレベルである。これは、室温時効が抑制されたこともあるが、製造直後のAl合金パネル材の耐力が元々相当に低いレベルであったとも言える。そして、仮に室温時効が抑制されたとしても、前記150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、前記低い耐力レベルでは、到底この種パネル材用途に要求される180MPa以上とならない。
【0025】
このように、本発明で課題とするAl合金パネル材の室温時効抑制と低温時効硬化能向上は、これまでの高成形性化と高強度化との課題と同様に、相矛盾する技術課題であって、両立させることは中々難しい。このため、従来から種々提案されている晶出物や析出物の制御技術や、Cuなどを多量に添加する技術をもってしても、室温時効抑制と低温時効硬化能向上とを同時に達成することはかなり難しい技術課題となる。
【0026】
したがって、基本的に、この室温時効が抑制されるとともに、前記低温時効硬化能に優れた過剰Si型6000系Al合金材であって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備した過剰Si型6000系Al合金材は、これまでに無かったのが実情である。
【0027】
このため、過剰Si型6000系Al合金材の製造側としても、Al合金材の性能を保証することが難しく、パネル製造などの用途側でも、過剰Si型6000系Al合金材をパネル製造工程などに合わせて、長期間保管することができなかった。
【0028】
また、前記パネル構造体の外板用途と内板用途などでは、各々の要求特性のみを満たす過剰Si型6000系とそれ以外の別のAl合金パネル材を使い分けるか、あるいは過剰Si型6000系Al合金パネル材を両方に用いたとしても、パネル構造体側の設計条件や成形を大幅に変えて用いざるを得なかった。例えば、パネル構造体の外板用には過剰Si型6000系Al合金パネル材を用いたとしても、成形性要求の厳しい内板用には、前記5182-O材などのより強度が低く厚肉化した5000系Al合金パネル材などを用いていた。
【0029】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、基本的に、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れた過剰Si型6000系Al合金材であって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備したAl合金材の製造方法、およびAl合金材を提供しようとするものである。
【0030】
【課題を解決するための手段】
この目的を達成するために、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材の本発明製造方法 (請求項1)の要旨は、Si:0.4〜1.3%、Mg:0.4〜1.2%、Mn:0.01 〜0.65% 、Cu:0.001〜1.0%を含み、かつSi/Mg が1 以上で、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金材を、500 〜550 ℃で溶体化および焼入れ処理した後に、直ちに50〜100 ℃の範囲で保持する予備時効処理を施し、予備時効処理後室温まで冷却速度1 ℃/hr 以下で冷却する徐冷を行い、その後更に、80〜120 ℃の範囲で保持する亜時効処理を施し、このアルミニウム合金材の亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の特性として、導電率を41〜47.5IACS% の範囲で、かつ−0.125 σ0.2 +61.4以上 (但し、σ0.2 は亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力) 、耐力を110 〜160MPaの範囲に制御し、かつ亜時効処理直後との耐力差を15MPa 以内とし、伸びを28% 以上とし、更に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力を180MPa以上とすることである。
【0031】
また、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた本発明自動車用アルミニウム合金パネル材 (請求項2)の要旨は、上記要旨の製造方法により製造され、Si:0.4〜1.3%、Mg:0.4〜1.2%、Mn:0.01 〜0.65% 、Cu:0.001〜1.0%を含み、かつSi/Mg が1 以上で、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金材であって、このアルミニウム合金材の少なくとも 4カ月間の室温時効後の特性として、導電率が41〜47.5IACS% の範囲で、かつ−0.125 σ0.2 +61.4以上 (但し、σ0.2 は少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力) であり、耐力が110 〜160MPaの範囲で、かつ室温時効前との耐力差が15MPa 以内であり、伸びが28% 以上であり、更に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力が180MPa以上であることである。
【0032】
なお、本発明で言うAl合金材とは、圧延板材、パネル材を押出形材、鍛造材などの各種Al合金展伸材を含み、かつ総称する。
【0033】
本発明者らは、上記組成範囲のAl合金材を溶体化および焼入れ処理した後に、直ちに前記予備時効処理を施すとともに前記亜時効処理を施し、この亜時効処理後 (少なくとも 4カ月間の室温時効後) のAl合金材の導電率を、41〜47.5IACS% の範囲でかつ−0.125 σ0.2 +61.4以上 (但し、σ0.2 は亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力) 、耐力を110 〜160MPaの範囲となるように制御することによって、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備した上で、室温時効が著しく抑制され、低温時効硬化能が優れることを知見した。
【0034】
これらの効果は、Al合金材を溶体化および焼入れ処理後に、直ちに予備時効処理および亜時効処理した場合の組織と相関しているものと推考される。即ち、溶体化および焼入れ処理後の、本発明の予備時効処理と亜時効処理によって、本発明Al合金材の組織は、主として、Mg/Si クラスターとβ" 相と過飽和固溶体および少量のSi/ 空孔 (原子間の原子の無い空間部、ベーカンシーとも言う) クラスターなどからなるミクロ組織となるものと推考される。
【0035】
Al合金材を溶体化および室温まで焼入れ処理した後の、通常のMg/Si クラスターは、焼き入れ直後には、Siと空孔とのペアが形成され、時間の経過とともに、拡散、集団化することで、Si/ 空孔クラスターとなってしまう性質を有する。このため、室温での長時間経過後においても、材料中にはなお多量のSi- 空孔のペアが存在し、空孔濃度は高い。このため、溶質原子の拡散が容易に生じ、前記Si/ 空孔クラスターの形成が促進され、強度が高くなり、時効硬化する傾向が著しい。また、この室温での時効硬化によって、低温時効処理能も低下する。
【0036】
一方、溶体化および焼入れ処理後に、本発明の予備時効処理と亜時効処理によって、前記Mg/Si クラスターを積極的に形成させると、空孔は拡散し、消滅していくため、前記空孔濃度は低くなる。従って、室温時効が著しく抑制されるという優れた特性を有する。また、このMg/Si クラスターは、150 ℃×20分の低温時効硬化処理条件など、その後の焼き付け塗装などの加熱 (時効処理) 温度が低くても、β" 相の核生成サイトとなりやすく、低温時効処理能が高いという優れた特性も有する。
【0037】
即ち、本発明に係る亜時効処理の効果は、これら空孔濃度が低いMg/Si クラスターと一部β" 相を生成させるものである。
【0038】
更に重要には、Al合金材を溶体化処理後に、特に、室温 (常温) まで焼入れ処理した場合には、前記した通り、時間の経過とともに、前記クラスターの内でも、特に、Si/ 空孔クラスターが多く生成する。そして、このSi/ 空孔クラスターが多く生成してしまった場合、その後、本発明の亜時効処理を行っても、前記Mg/Si クラスターを高密度に生成させ、空孔濃度を低くすることが難しくなる。
【0039】
本発明では、このSi/ 空孔クラスター自体の生成を抑制するために、溶体化処理後50〜120 ℃の範囲で焼き入れを停止した後、また溶体化処理後に室温 (常温) まで焼入れ処理した場合でも、直ちに、50〜100 ℃の範囲で保持する予備時効処理を行う。従い、この予備時効処理は、前記Si- 空孔のペアの形成およびSi/ 空孔クラスター自体の生成を抑制し、Si-Si の形成およびMg/Si クラスターを生成させるために、そして、続く本発明の亜時効処理によって、Mg/Si クラスターと一部β" 相を生成させるために必須のものである。
【0040】
なお、前記特開平10-219382 号、特開2000-273567 号等の公報でも、過剰Si型を含む6000系Al合金材に対し、本発明の亜時効処理と同様の低温熱処理を行っている。にも関わらず、170 ℃×30分の塗装焼き付け条件では、最大でも168MPa程度で、150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、耐力が到底180MPa以上とならない。
【0041】
この理由は、焼き入れを空冷でしており、6000系Al合金材の元々の耐力が低いこともあるが、溶体化処理後に室温まで焼入れ処理し、その後数時間経過後に本発明の亜時効処理と同様の低温熱処理を行っているために、前記Si- 空孔のペアの形成およびSi/ 空孔クラスターが生成し、低温熱処理によっても、このSi/ 空孔クラスターが残留し、前記空孔の無いMg/Si クラスターが生成されにくくなっているものと推考される。
【0042】
ただ、前記結晶粒内のMg/Si クラスター自体の量を含めて、本発明のMg/Si クラスター主体の組織か、通常のSi/ 空孔クラスターなどが主体の組織かを、定性的かつ定量的に把握 (測定) 乃至区別して識別することは、現時点での分析技術レベルでは、TEM や電子顕微鏡によっても困難である。また、これらの分析手段での定性的および定量的な分析には膨大かつ煩雑で時間がかかり、Al合金材の製造のための実際的な管理基準とはなり難い。
【0043】
この点、前記特開平10-219382 号、特開2000-273567 号等の公報では、これらクラスターの有無を、DSC(示差走査熱分析法) で評価しようとしている。これは、試料を室温から加熱し、昇温中の発熱乃至吸熱反応の値を、析出物 (クラスター) の生成、溶解( 再固溶) と対応させようとするものである。そして、より具体的には、150 〜250 ℃での吸熱反応の有無で、クラスターの有無を判断しようとしている。しかし、図などからは、より低温側の100 ℃域においても、発熱反応が見られ、昇温中に析出物が形成されたことを示している。即ち、前記150 〜250 ℃での吸熱反応が、元々材料中に存在していた析出物の溶解によるものか、前記昇温中により低温側で (後で新たに) 形成された析出物の溶解によるものかは、不明瞭である。したがって、前記した通り、本発明のMg/Si クラスター主体の組織か否かを定性的かつ定量的に把握することはやはり困難である。
【0044】
更に、実際のAl合金材の製造において、前記処理温度や処理時間などの好ましい条件範囲から選択して亜時効処理を施したとしても、実際のAl合金材の室温時効抑制効果と低温時効硬化能とは、それまでの製造履歴や、加工条件や熱処理条件などのバラツキなどからも大きな影響を受けるために、本発明の目的とするレベルの効果が必ず得られるとは限らない。
【0045】
そこで、本発明では、結晶粒内のMg/Si クラスターやβ" 相の量に直接相関し、 測定が簡便で、かつ再現性のよい、Al合金材の導電率によって、本発明組織を規定するとともに、合わせて、定量的なAl合金材の室温時効抑制効果と低温時効硬化能によって、本発明Al合金材を規定する。
【0046】
したがって、本発明の亜時効処理とは、前記亜時効処理後のAl合金材の導電率や、前記Al合金材の組織、更に前記Al合金材の特性の点からも、そして、予め前記50〜100 ℃の範囲で保持する予備時効処理を行う点からも、通常の人工時効処理とは全く異なる人工時効処理である。
【0047】
通常の人工時効処理 (調質記号T6) は、155 〜185 ℃×数時間〜20時間など、比較的高温長時間の加熱処理を行って、本発明とは逆に、β' 相を積極的に析出させ、最大強度のAl合金材を得るなどの、高強度化を図るものである。
【0048】
しかして、本発明の亜時効処理は、請求項に記載のように、処理温度が80〜160 ℃ (処理時間が好ましくは1 〜24時間の範囲) から選択して行われる、比較的低温で短時間の人工時効処理である。言い換えると、最大強度のAl合金材を得る前記人工時効処理よりもかなり低い温度で行われる人工時効処理である。このため、Al合金材組織の結晶粒内には、過飽和固溶体中にMg/Si クラスターやβ" 相が均一微細に析出する。
【0049】
ただ、Mg/Si クラスターとβ" 相とが100%の純粋なAl合金材組織というのはあり得ず、本発明の亜時効処理を行っても、現実的には、Mg/Si クラスターとβ" 相を主体とし、一部はSi- 空孔、Si/ 空孔クラスターなどとの混合相となるものと推考される。このため、これら混合した組織による若干の室温時効硬化発生は避けられない。したがって、本発明では、これら必然的に組織中に混合乃至残留するSi- 空孔、Si/ 空孔クラスターなどの許容量を明確にするためにも、前記導電率以外に、定量的なAl合金材の室温時効抑制効果と低温時効硬化能によって、本発明Al合金材を規定する。
【0050】
また、β" 相は、クラスターなどに比して、粗大な析出物であるので、成形の際の転位によって切断されるにくく、Al合金材組織の均一変形能を向上させ、特にプレスなどの成形性を向上させるとともに、高強度化などの特性も保証している。
【0051】
より具体的には、請求項3 の要旨のように、前記亜時効処理後 4カ月室温時効後の特性として、Al合金材の導電率が41〜44 IACS%の場合に、限界絞り比(LDR) が1.9 以上、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上の特性が得られる。このため、プレス成形用パネル材などに用いられて好適である。
【0052】
そして、このプレス成形用パネル材としては、請求項4 の要旨のように、代表的には、自動車内板用パネル材に用いられて好適である。
【0053】
また、請求項5 の要旨のように、前記亜時効処理後 4カ月室温時効後の特性として、Al合金材の導電率が43〜47.5IACS% の場合に、10% のストレッチを行った後、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、先端半径0.3mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げた後、更に厚み0.6mm のAl合金板を挟んで、180 度に曲げた際に曲げ部の割れがない特性が得られる。このため、曲げ加工用パネル材などに用いられて好適である。
【0054】
そして、この曲げ加工用パネル材としては、請求項6 の要旨のように、代表的には、自動車外板用パネル材に用いられて好適である。ただ、自動車用パネル構造体の外板用として用いる際には、耐糸さび性を劣化させないために、この請求項6 に記載の通り、Cuの含有量を0.1%以下に規制することが好ましい。
【0055】
更に、本発明Al合金材は、亜時効処理によって、高い強度を得ることができ、この結果、溶接性を阻害するSi量を低減することができるので、請求項7 の要旨のように、溶接構造材としても好適に使用することができる。
【0056】
【発明の実施の形態】
(導電率の規定)
まず、本発明における亜時効処理後のAl合金材の導電率の規定について説明する。本発明では、前記した通り、亜時効処理後の結晶粒内のMg/Si クラスターとβ" 相の量に直接相関し、 測定が簡便で、かつ再現性のよい、亜時効処理後のAl合金材の導電率によって亜時効処理後のMg/Si クラスターとβ" 相を主体とするAl合金材組織を規定する。
【0057】
また、本発明組織の状態を、室温時効抑制効果や低温時効硬化能を始めとする本発明効果を保証するために、亜時効処理後( 少なくとも 4カ月間の室温時効後) のAl合金材の導電率(L-LT 方向) で、41〜47.5IACS% の範囲で、かつ亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力 (σ0.2)との関係で、−0.125 σ0.2 +61.4以上と規定する。
【0058】
本発明Al合金材においては、室温時効が抑制されるため、亜時効処理直後でも、亜時効処理後の長期の室温時効後でも、Al合金材の導電率の変化は少ない。この点では、導電率の規定は亜時効処理直後でも、長期の室温時効後でも良い。
ただ、本発明Al合金材であっても、室温時効は生じ、時間の経過とともに、Al合金材の導電率は若干変化 (上昇) する。また、Al合金材としては、成形等される長期の室温時効後の材料特性が重要となる。このため、亜時効処理後のAl合金材の導電率規定は、長期の室温時効後、亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の導電率測定によって行う。
【0059】
亜時効処理後のAl合金材の導電率が47.5IACS% を越えた場合、通常のβ' 相主体の組織となり、強度が高くなりすぎ、成形性が低下する。この結果、Al合金材の亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、亜時効処理直後乃至時効前との耐力差が15MPa 以内であり、かつ伸びが28% 以上である効果が得られない。したがって、本発明では導電率の上限を47.5IACS% と規定する。
【0060】
一方、亜時効処理後のAl合金材の導電率が41 IACS%未満の場合、亜時効処理後の室温時効が激しくなり、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られない。この結果、板厚が1.0mm 以下の薄板であっても、自動車用などのパネル構造体などとしての耐デント性や強度を確保することができない。また、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力を180MPa以上とすることができず、低温時効硬化能も得られない。したがって、本発明では導電率の下限を41
IACS%と規定する。
【0061】
また、亜時効処理後のAl合金材の導電率が41〜47.5IACS% の範囲であっても、亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の導電率と耐力 (σ0.2)との関係で、導電率が−0.125 σ0.2 +61.4未満の場合、亜時効処理後の室温時効が激しくなり、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られない。
図1 に、亜時効処理後4 カ月間の室温時効後の導電率 (縦軸) と耐力 (横軸) との関係を示す。図1 の斜線を付した範囲が、本発明範囲内で、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備した上で、室温時効が著しく抑制され、低温時効硬化能が優れる範囲である。この図1 は、後述する実施例の発明例、比較例を各々プロットした結果であって、図1 中の右下がりの直線が導電率= −0.125 σ0.2 +61.4の線である。
【0062】
後述する実施例の通り、−0.125 σ0.2 +61.4の線より上にある (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4である) 発明例は目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られている。これに対し、−0.125 σ0.2 +61.4の線より下にある (導電率<−0.125 σ0.2 +61.4である) 比較例は、導電率が41〜47.5IACS% の範囲であっても、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能などの特性が得られていない。
【0063】
なお、前記導電率が41〜47.5IACS% の範囲内において、用途と要求特性によって好ましい導電率範囲が異なる。より具体的には、プレス成形性が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、前記請求項3 の要旨のように、前記亜時効処理直後のAl合金材の導電率が41〜44 IACS%であることが好ましい。
前記亜時効処理後 4カ月室温時効後の特性として、Al合金材の導電率の範囲が41〜44 IACS%の場合に、優れたプレス成形性が得られる。即ち、限界絞り比(LDR) が1.9 以上、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上の特性が得られる。一方、前記導電率が41IACS% 未満、または、44 IACS%を越えた場合には、上記特性は得られない。
【0064】
また、ヘム加工性が重視される、自動車外板用パネル材などの場合には、前記請求項5 の要旨のように、前記亜時効処理後 4カ月室温時効後のAl合金材の導電率が43〜47.5 IACS%であることが好ましい。導電率がこの範囲にある場合、Al合金パネル材のヘム加工性は、亜時効処理によるMg/Si クラスターとβ" 相の存在により、組織の均一変形能が向上するために良好となる。
【0065】
Al合金材の導電率が47.5 IACS%を越えた場合は、前記した通り、通常のβ' 相主体の組織となり、亜時効処理後のAl合金材耐力が高くなり過ぎ、成形性が低下する。より具体的には、特にヘム加工性が低下し、亜時効処理後 4カ月室温時効後の特性として、10% のストレッチを行った後、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、先端半径0.3mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げた後、更に厚み1mm のAl合金板を挟んで、180 度に曲げた際に、曲げ部の割れが生じる。この結果、自動車外板用パネル材などに使うことができない。
【0066】
一方、Al合金材の導電率が43IACS% 未満の場合には、亜時効処理によるMg/Si クラスターとβ" 相の量が不足し、亜時効処理後の室温時効も激しくなり、目的とする室温時効抑制効果が得られない。また、自動車外板用パネル材としての塗装焼き付け硬化処理後の強度も低くなる。この結果、同様に自動車外板用パネル材などに使うことができない。
【0067】
(耐力)
また、本発明では、前記導電率と関係させる、亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力 (σ0.2)を、110 〜160MPa、好ましくは110MPaから160MPa未満の範囲とする。前記図1 の規定において、この耐力が160MPaを越えた場合、より厳しくは、160MPa以上の場合、特にヘム加工性などの曲げ加工性が低下する。このため、前記耐力は160MPa未満のできるだけ低い値の方が好ましい。しかし、一方では、耐力が110 MPa 未満では、目的とする低温時効硬化能が得られず、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力が180MPa以上とならない。
【0068】
(Al合金組成)
次に、本発明Al合金材における、化学成分組成について説明する。
本発明のAl合金材は、過剰Si型6000系Al合金材として、特に、自動車等の輸送機のパネル構造体などとして、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れ、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備させる (満足する) 必要がある。したがって、本発明Al合金における、基本的なSi、Mgの各元素の含有量の臨界的な意義はこの観点から規定される。
【0069】
Si、Mg、Cu、Mn、以外の、Cr、Zr、Ti、B 、Fe、Zn、Ni、V などのその他の合金元素は、基本的には不純物元素である。しかし、前記6000系合金のリサイクルの観点から、溶解材として、高純度Al地金だけではなく、6000系合金や、その他のAl合金スクラップ材、低純度Al地金などを溶解材として使用する場合を含む。このような場合には、これら他の合金元素は必然的に含まれることとなる。したがって、本発明では、目的とする前記諸特性向上効果を阻害しない範囲で、これら他の合金元素が、JIS 乃至AAの規格内で含有されることを許容する。
【0070】
Mg:0.4〜1.2%。
Mgは、固溶強化と、本発明の亜時効処理時に、SiとともにMg/Si クラスターとβ" 相を形成して、室温時効抑制効果と低温時効硬化能を発揮するための必須の元素である。
【0071】
Mgの0.4%未満の含有では、絶対量が不足するため、本発明の亜時効処理時に、SiとともにMg/Si クラスターとβ" 相を形成できず、この亜時効処理直後のアルミニウム合金材の導電率を41〜47.5IACS% の範囲に制御することができない。この結果、室温時効抑制効果と低温時効硬化能を発揮できない。
【0072】
一方、Mgが1.2%を越えて含有されると、プレス成形性や曲げ加工性 (ヘム加工性) 等の成形性が著しく阻害される。したがって、Mgの含有量は、0.4 〜1.2%の範囲で、かつSi/Mg が1.0 以上となるような量とする。また、後述する用途に応じたSiの上限量に対応して、Siの上限量が0.9%の場合は上限を0.9%、Siの上限量が1.0%の場合は上限を1.0%とする。
【0073】
Si:0.4〜1.3%。
SiはMgとともに、固溶強化と、本発明の亜時効処理時に、SiとともにMg/Si クラスターとβ" 相を形成して、室温時効抑制効果と低温時効硬化能を発揮する。したがって、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れた本発明過剰Si型6000系Al合金材にあって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備させるための最重要元素である。
【0074】
本発明では、Al合金材の亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力を180MPa以上という、優れた低温時効硬化能を発揮させるために、Si/Mg を1.0 以上とし、SiをMgに対し過剰に含有させた過剰Si型6000系Al合金組成とする。
【0075】
Si量が0.4%未満では、前記室温時効抑制効果や低温時効硬化能、更には、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備することができない。
【0076】
一方、Siが1.3%を越えて含有されると、本発明亜時効処理を行っても、前記室温時効抑制効果が小さくなり、Al合金材の亜時効処理後 1カ月間の室温時効後の特性として、亜時効処理直後との耐力差を5MPa以内とし、かつ伸びを27% 以上とし、また、亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、亜時効処理直後との耐力差を15MPa 以内とし、かつ伸びを25% 以上とすることが期待できない。更に、溶接性を阻害する。
【0077】
なお、用途と要求特性によって、好ましいSi含有量範囲が若干異なる。より具体的には、プレス成形性が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、Si含有量は上記0.4 〜1.3%の範囲であることが好ましい。この範囲の場合に、前記亜時効処理後 4カ月室温時効後の特性として優れたプレス成形性が得られる。即ち、限界絞り比(LDR) が1.9 以上、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上の特性が得られる。一方、Si含有量が上記0.4 〜1.3%の範囲を外れた場合には、上記成形性は得られない。
【0078】
また、ヘム加工性が重視される、自動車外板用などのパネル材の場合には、Si含有量は0.4 〜1.1%と、上限値がより低めの範囲であることが好ましい。Si含有量がこの範囲にある場合、Al合金パネル材のヘム加工性は良好となる。
【0079】
一方、Si含有量が1.1%を越えた場合は、前記した通り、亜時効処理直後のAl合金材耐力が140MPaを越えて高くなり、溶体化後の焼き入れ時に粒界へSiが析出しやすくなり、特にヘム加工性が低下し、亜時効処理後 4カ月室温時効後の特性として、前記JIS に規定されるVブロック法により曲げた際に、曲げ部の割れが生じる可能性がある。
【0080】
更に、継手等の溶接構造材など、溶接性が重視される用途の場合には、Si含有量は0.4 〜0.9%の、上限値が更により低めの範囲であることが好ましい。Si含有量が0.9%を越えた場合、溶接条件の工夫によっても、溶接割れなどの溶接欠陥が生じる可能性がより高くなる。
【0081】
Cu:0.001〜1.0%
Cuは、Cuは本発明の比較的低温短時間の亜時効処理の条件で、Al合金材組織の結晶粒内へのMg/Si クラスターとβ" 相析出を促進させる効果や、亜時効処理状態で固溶したCuは成形性を向上させる効果もある。0.001%未満ではこの効果がない。一方、1.0%を越えると、耐応力腐食割れ性や、塗装後の耐蝕性の内の耐糸さび性、また溶接性を著しく劣化させる。このため、耐応力腐食割れ性が重視される構造材用途などの場合には0.8%以下、自動車外板用などのパネル材用途などの場合には、耐糸さび性の発現が顕著となる0.1%以下のできるだけ少ない量とすることが好ましい。しかし、前記耐食性が問題とならず、むしろプレス成形性の方が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、0.001 〜0.8%の範囲の量とすることが好ましい。
【0082】
Mn:0.01 〜0.65%
Mnには、均質化熱処理時に分散粒子 (分散相) を生成し、これらの分散粒子には再結晶後の粒界移動を妨げる効果があるため、微細な結晶粒を得ることができる効果がある。そして、例えば、本発明におけるAl合金材のプレス成形性やヘム加工性はAl合金組織の結晶粒が微細なほど向上する。この点、0.01% 未満では、これらの効果が無く、一方、0.65% を越えた場合、溶解、鋳造時に粗大なAl-Fe-Si-(Mn、Cr、Zr) 系の金属間化合物や晶析出物を生成しやすく、Al合金材の機械的性質を低下させる原因となる。このため、特に、Al合金パネル材の場合には、Mn:0.01 〜0.15% の範囲とすることが好ましい。
【0083】
Cr 、Zr。
これらCr、Zrの遷移元素には、Mnと同様、均質化熱処理時に分散粒子 (分散相) を生成し、これらの分散粒子には再結晶後の粒界移動を妨げる効果があるため、微細な結晶粒を得ることができる効果がある。しかし、Cr、Zrは、溶解、鋳造時に粗大なAl-Fe-Si-(Mn、Cr、Zr) 系の金属間化合物や晶析出物を生成しやすく、Al合金材の機械的性質を低下させる原因となる。この点、Cr:0.25%以下、Zr:0.15%以下までは許容する。
【0084】
Ti 、B 。
Ti、B は、Ti:0.1% 、B:300ppmを各々越えて含有すると、粗大な晶出物を形成し、成形性を低下させる。但し、Ti、B には微量の含有で、鋳塊の結晶粒を微細化し、プレス成形性を向上させる効果もある。したがって、Ti:0.1% 以下、B:300ppm以下までの含有は許容する。
【0085】
Fe。
溶解材から混入して、不純物として含まれるFeは、Al7Cu2Fe、Al12(Fe,Mn)3Cu2 、(Fe,Mn)Al6などの晶出物を生成する。これらの晶出物は、破壊靱性および疲労特性更には成形性を著しく劣化させる。特に、Feの含有量が0.50% を越えると顕著にこれらの特性が劣化するため、好ましくは、Feの含有量 (許容量) を0.50% 以下とする。
【0086】
Zn。
Znは0.1%を越えて含有されると、耐蝕性が顕著に低下する。したがって、Znの含有量は好ましくは0.1%以下とする。
【0087】
以上の組成からなる、本発明における過剰Si型6000系Al合金材は、本発明規定の亜時効処理などを除き、常法により製造が可能である。但し、常法による各工程と、特に前記亜時効処理の条件および溶体化および焼き入れ処理条件、更には、焼き入れ処理後の亜時効処理までの過程において、各々好ましい製造条件があり、この点を含め以下に説明する。
【0088】
(溶解、鋳造工程)
溶解、鋳造工程では、本発明成分規格範囲内に溶解調整された、過剰Al合金溶湯を、連続鋳造圧延法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。
【0089】
(加工)
次いで、このAl合金鋳塊に均質化熱処理を施した後、熱間圧延- 冷間圧延 (必要により、熱延- 冷延の間、冷延の間にバッチ式あるいは連続式の中間焼鈍なども施しながら) 、または押出、鍛造などの塑性加工を行い、コイル状、板状などパネル材、長手方向に渡って断面形状が同じ押出形材、ニアネットシェイプの鍛造材などの所望Al合金展伸材の形状に加工する。
【0090】
(溶体化焼入れ処理)
塑性加工後のAl合金材は、調質処理として、先ず、必須に溶体化および焼入れ処理(T4 処理) される。溶体化および焼入れ処理は、続く本発明の予備時効処理や亜時効処理、あるいは後の塗装焼き付け硬化処理などの人工時効処理によりMg/Si クラスターとβ" 相を十分粒内に析出させるために重要な工程である。この効果を出すための溶体化処理条件は、500 〜550 ℃の温度範囲で行う。
【0091】
なお、プレス成形性が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、溶体化処理条件は、530 〜550 ℃のより高温側の方が好ましい。
【0092】
また、ヘム加工性が重視される、自動車外板用などのパネル材の場合には、溶体化処理条件は、500 〜530 ℃のより低温側の方が好ましい。
【0093】
なお、溶体化処理後の焼入れの際、冷却速度は300 ℃/ 分以上の急冷とすることが好ましい。冷却速度が300 ℃/ 分未満の遅い場合には、焼入れ後の強度が低くなり、低温短時間の塗装焼き付けでの時効硬化能が不足し、180MPa以上の高耐力を確保できない。また、溶体化後の焼き入れ時に粒界上にSi、MgSiなどが析出しやすくなり、プレス成形やヘム加工時の割れの起点となり易く、これら成形性が低下する。この冷却速度を確保するために、焼入れ処理は、ファンなどの空冷でもよいが、ミスト、スプレー、浸漬等の水冷手段から選択して行うことが好ましい。
【0094】
(予備時効処理)
本発明予備時効処理では、このSi- 空孔、Si/ 空孔クラスター自体の生成を抑制するために、溶体化処理後の焼入れ終了温度を50〜100 ℃と高くした後に、直ちに再加熱乃至そのまま保持して行う。あるいは、溶体化処理後常温までの焼入れ処理の後に、直ちに50〜100 ℃に再加熱して行う。
【0095】
前記した通り、この予備時効処理は、Si- 空孔、Si/ 空孔クラスター自体の生成を抑制し、前記Si-Si やMg/Si クラスターを生成させるために、そして、続く本発明の亜時効処理によって、より安定なMg/Si クラスターとβ" 相を生成させるために必須のものである。このためには、前記50〜100 ℃の温度範囲に、1 〜24時間の必要時間保持することが好ましい。また、予備時効処理後の冷却速度は、1 ℃/hr 以下とする。
【0096】
予備時効処理温度が50℃未満では、また保持時間が不足した場合には、Si- 空孔、Si/ 空孔クラスター自体の生成を抑制できない。このため、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られない。一方、100 ℃を越える温度では、また、保持時間が長過ぎると、β' 相が析出して時効が進み過ぎ、強度が高くなりすぎるため、成形性が著しく低下する。
【0097】
連続溶体化焼入れ処理の場合には、前記予備時効の温度範囲で焼入れ処理を終了し、そのままの高温でコイルに巻き取るなどして行う。なお、コイルに巻き取る前に再加熱しても、巻き取り保後に保温しても良い。また、常温までの焼入れ処理の後に、前記温度範囲に再加熱して高温で巻き取るなどしてもよい。
【0098】
(亜時効処理)
前記導電率によって規定された、本発明の亜時効処理は、前記した通り、溶体化および焼入れ処理後の、本発明の予備時効処理と併用することで、Al合金材の組織を、主として、より安定なMg/Si クラスター、β" 相と、過飽和固溶体からなるミクロ組織とするものである。
【0099】
このミクロ組織は、前記した通り、室温での時効硬化が起きにくいという優れた特性を有する。そして、その一方で、このミクロ組織は、150 ℃×20分の低温時効硬化処理条件など、その後の焼き付け塗装などの加熱 (時効処理) 温度が低くても、核生成サイトとなり、低温時効処理能が高いという優れた特性も有する。
【0100】
この亜時効処理は、前記予備時効処理後に、時間的な遅滞無く、行われることが好ましい。即ち、前記予備時効処理後、時間の経過とともに室温時効 (自然時効) が生じる。そして、この室温時効が生じた後では、亜時効処理による効果が発揮しにくくなる。このため、なるべく速く、亜時効処理によって、より安定なMg/Si クラスターとβ" 相を生成させることが好ましい。
【0101】
これらの効果を得るためには、Al合金材の前記組成範囲において、亜時効処理温度を80〜120 ℃の範囲とし、亜時効処理時間は必要時間、好ましくは1 〜24時間の範囲とし、この範囲の中から、前記組成に応じて、亜時効処理効果が得られる亜時効処理の温度と時間を選択することが好ましい。また、亜時効処理後の冷却速度は、1 ℃/hr 以下であることが好ましい。
【0102】
亜時効処理温度が80℃未満では、また、保持時間が短過ぎると、より安定なMg/Si クラスターとβ" 相を生成させることができない。このため、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られない。
【0103】
一方、120 ℃を越える温度では通常の時効処理と大差なくなり、β' 相が析出して時効が進み過ぎ、強度が高くなりすぎるため、亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後のAl合金材の導電率が41〜47.5 IACS%の範囲であっても、4 カ月間の室温時効後の耐力 (σ0.2)との関係で、導電率が−0.125 σ0.2 +61.4以上とならない場合が生じる。そして、この結果、成形性が著しく低下する。この点は、亜時効処理の保持時間が長過ぎても同じである。
【0104】
この亜時効処理後のAl合金材は、室温時効抑制や低温時効硬化能に優れているため、用途や必要特性に応じて、更に高温の時効処理や安定化処理を行い、より高耐力化などを図ることも可能である。
【0105】
【実施例】
次に、本発明の実施例を説明する。
【0106】
(実施例1)
先ず、本発明Al合金組成範囲の意義を証明する。表1 に示す、本発明組成範囲および本発明組成範囲から外れた各成分組成のAl合金板を作成した。Al合金板の作製は、50mm厚の鋳塊を、DC鋳造法により溶製後、540 ℃×4 時間の均質化熱処理を施し、終了温度300 ℃で厚さ2.5mm まで熱間圧延した。この熱間圧延板を、更に、厚さ1.0mm まで冷間圧延した。
【0107】
これら表1 に示す発明例組成 (合金略号1 〜4)および比較例組成 (合金略号6 〜9)の冷延板を各試験片サイズに切断後、硝石炉で510 〜530 ℃×45秒の溶体化処理および70℃の温湯焼入れ処理後、直ちにオイルバスで70℃×2 時間の予備時効処理を行い、処理後直ちに70℃の空気炉に各試験材を入れて室温まで40時間かけて冷却する徐冷 (冷却速度1 ℃/hr 以下) を行った。その後、室温に3 日間放置後、表2 に示す100 〜140 ℃×6 時間 (加熱速度40℃/hr 、冷却速度1 ℃/hr 以下) の条件で亜時効処理を行った。
【0108】
これらのAl合金材の室温時効抑制効果を確認するため、前記亜時効処理直後の各試験材の耐力A 、伸び、亜時効処理後 4カ月間(120日間) の室温時効後の、各試験材の導電率(IACS%) 、耐力B 、伸びを測定した。また、亜時効処理直後との耐力差 (Δ耐力、A-B)、導電率と耐力との関係( 導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4か否か、〇が関係を満足、×が関係を満たさない) とを求めた。これらの結果を表2 に示す。
【0109】
なお、引張試験はJIS Z 2201にしたがって行うとともに、試験片形状はJIS 5 号試験片で行い、試験片長手方向が圧延方向と一致するように作製した。また、クロスヘッド速度は5mm/分で、試験片が破断するまで一定の速度で行った。
【0110】
更に、亜時効処理後 4カ月間の室温時効後のAl合金材を、150 ℃×20分の低温時効硬化処理した後の耐力(BH 耐力) を測定し、低温時効処理能を調査した。これらの結果も表2 に示す。
【0111】
また、Al合金板製造後、室温時効が生じるような長期間放置した後に、自動車パネル材としてプレス成形やヘム加工されることを模擬して、亜時効処理後 4カ月間の室温時効後のAl合金材を成形試験した。より具体的には、各試験材の平面ひずみ張出高さ(LDH0)試験、曲げ試験を行い、成形性を評価した。これらの結果も表2 に示す。
【0112】
また、平面ひずみ張出高さ(LDH0)試験の条件は、幅100mm ×長さ180mm の試験片を用い、試験片長手方向が圧延方向と直角方向に一致するように作製した。そして、パンチ (玉頭、100mm φ) とダイス (ビード付き) を用い、しわ押さえ力200kN 、潤滑油R-303 、成形速度20mm/ 分、の条件で3 回行い、最も低い張出高さをLDH0値とした。なお、1 回でも破断した試験材はLDH0値を求めなかった (表2 の比較例No.6、7 、8)。
【0113】
更に、曲げ試験は、前記プレス成形後フラットヘム加工されることを模擬して、試験材の10% のストレッチを行った後、曲げ試験を行った。試験片条件は、JIS Z 2204に規定される3 号試験片 (幅30mm×長さ200mm)を用い、試験片長手方向が圧延方向と一致するように作製した。曲げ試験は、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、フラットヘム加工を模擬して、先端半径0.3mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げた後、更に厚み0.6mm のAl合金板を挟んで、180 度に曲げた。試験後の曲げ部 (湾曲部) の割れの発生状況を観察し、割れがないものを〇、割れがあるものを×と評価した。
【0114】
オレンジピールの評価は、前記限界絞り比試験後の成形材表面を観察し、肌荒れが生じていないものを〇、生じているものを×と評価した。
【0115】
また、亜時効処理後 4カ月間の室温時効後のAl合金材から塗装後耐蝕性試験片を採取し、洗浄後、同一条件でリン酸亜鉛処理、塗装処理を行った。
リン酸亜鉛処理は、リン酸チタンのコロイド分散液による処理を行い、次いでフッ素を50ppm の低濃度含むリン酸亜鉛浴に浸漬してリン酸亜鉛皮膜を成形材表面に形成した。塗装処理は、カチオン電着塗装を行った後に、30μm 厚さのポリエステルメラミン系塗装皮膜を設けて、現状汎用されている条件である170 ℃×20分の焼き付けを行う2 コート2 ベーク塗装を施した。
【0116】
そして、これら塗装試験片の耐糸さび評価試験を行った。これらの評価結果も表2 に示す。耐糸さび評価試験は、前記塗装試験片の表面に一片が7cm のクロスカットを施した後、35℃の1.7%塩酸水溶液に2 分間浸漬した後、次いで40℃、85%R.H. の恒温恒湿の雰囲気に1500時間放置し、その後発生した糸さびの最大長さL(クロスカットより垂直方向の距離、mm) を測定した。そして、この糸さびの最大長さが2.0mm 以下のものを〇、2.0 〜4.0mm のものを△、4.0mm を越えるものを×として評価した。
【0117】
表2 から明らかな通り、表1 の本発明組成範囲内で、本発明予備時効処理と亜時効処理を行い、かつ亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の導電率が41〜47.5IACS% の範囲で、導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たす発明例No.1〜4 は、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られている。
【0118】
より具体的には、Al合金材の亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、亜時効処理直後との耐力差が15MPa 以内であり、かつ伸びが28% 以上である。また、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時のBH耐力も180MPa以上とすることができる。
【0119】
更に、パネル材製造後 (亜時効処理後) 4 ケ月間放置したものでも、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上を各々満足し、成形後にもオレンジピールによる肌荒れも生じていない。
【0120】
また、発明例No.1〜5 は、Cu含有が高い発明例No. 3 を除き、塗装後の耐食性 (耐糸さび性) も顕著に優れている。そして、この結果は塗装された本発明Al合金材が耐食性および外観性に優れていることを示している。但し、発明例No.3は成形性が良いので、輸送機などの内板用には使用できる。
したがって、本発明のAl合金パネル材は、パネル材製造後長期間放置した後の優れた強度、成形性、耐食性などの諸特性を兼備し、特に自動車などのパネル材として好適に用いることができる。
【0121】
これに対し、Si量が高過ぎる比較例No.6、Si量が少な過ぎる比較例No.7、Cu量が多過ぎる比較例No. 8 、Si/Mg が1 未満の比較例No. 9 など、本発明合金組成範囲から外れる比較例No.6〜9 は、本発明予備時効処理と亜時効処理を施しても、導電率が41〜47.5 IACS%の範囲を外れ、また導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を外れている。このため、室温時効抑制効果、低温時効硬化能、成形性などのいずれかの基本特性が発明例に比して劣り、諸特性を兼備できていない。したがって、これら比較例では、成形されるパネル構造体用としては不適である。
【0122】
【表1】
【0123】
【表2】
【0124】
(実施例2)
次に、表1 の発明例の合金番号5 のAl合金板を用い、本発明予備時効処理と亜時効処理条件の意義を証明する。Al合金板の作製は、450mm 厚の鋳塊を、DC鋳造法により溶製後、540 ℃×4 時間の均質化熱処理を施し、終了温度300 ℃で厚さ2.5mm まで熱間圧延した。この熱間圧延板を、空気炉で350 ℃×3 時間の焼鈍を行い、更に、厚さ1.0mm まで冷間圧延した。この冷延板コイルを連続焼鈍炉で、加熱速度200 ℃/ 分、500 〜540 ℃×30秒保持の溶体化処理後、室温まで冷却速度600 ℃/ 分の水焼入れ処理を行った。この焼入れ処理後、表3 に示す種々の条件で、本発明範囲内や本発明範囲外の予備時効処理と亜時効処理を行い( 処理後の冷却はいずれも徐冷で、冷却速度1 ℃/hr 以下) 、または、これらの時効処理を行わなかった。
【0125】
これら各試験材の亜時効処理後と亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、前記実施例1 と同様に、導電率(IACS%) 、機械的特性、室温時効抑制効果、低温時効処理能、ヘム加工性、プレス成形性、耐糸さび性を、前記実施例1 と同じ測定条件で行った。これらの結果を表3 に示す。
【0126】
表3 から明らかな通り、本発明範囲内の予備時効処理と亜時効処理を行った( 各処理が適切な) 発明例10〜14は、導電率が41〜47.5IACS% の範囲となり、導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たし、室温時効抑制効果、低温時効処理能に優れている。また、ヘム加工性やプレス成形性にも優れている。そして、塗装後の耐食性 (耐糸さび性) も優れている。
【0127】
したがって、本発明パネル材は優れた強度、成形性、耐食性なども含め、特に自動車などのパネル構造体のインナーパネル材やアウターパネル材として好適に用いられる、また、各々に使い分けできるのが分かる。
【0128】
これに対し、比較例15〜20は本発明組成範囲内であるものの、予備時効処理と亜時効処理が不適、あるいは、予備時効処理およびまたは亜時効処理をしないために、導電率が41〜47.5 IACS%の範囲を満たすものの、導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) が外れ、室温時効抑制効果、低温時効処理能、あるいは、伸びや成形性のいずれかが劣る。このため、これらいずれかの特性が発明例に比して劣り、諸特性を兼備できていない。したがって、これら比較例Al合金板では、成形用パネル用としては不適である。
【0129】
例えば、比較例15は亜時効処理が無いため、比較例18は亜処理温度が低過ぎるため、比較例19は予備時効処理が無いため、41〜47.5 IACS%の範囲内ではあるものの、導電率と耐力との関係導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たさず、室温時効抑制効果と低温時効処理能が劣る。また、比較例16は亜時効処理温度が高過ぎるため、比較例17は亜時効処理時間が長過ぎるため、41〜47.5 IACS%の範囲内ではあるものの、導電率と耐力との関係導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たさず、耐力が高過ぎ、特にヘム加工性などの成形性が劣る。
【0130】
また、比較例20は予備時効処理温度が低過ぎるため、41〜47.5 IACS%の範囲内ではあるものの、導電率と耐力との関係導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たさず、耐力が高過ぎ、特にヘム加工性などの成形性が劣る。
【0131】
したがって、これらの結果から、本発明組成範囲であっても、最適予備時効処理と亜時効処理条件を選択する必要があることが分かる。
【0132】
【表3】
【0133】
(実施例3)
次に、本発明Al合金材の構造材用途への適用可否を確認した。表1 の発明例の合金番号4 のAl合金板を作成した。Al合金板の作成は、450mm 厚の鋳塊を、DC鋳造法により溶製後、540 ℃×4 時間の均質化熱処理を施し、終了温度300 ℃で厚さ2.0mm まで熱間圧延した。この熱間圧延板コイルを連続焼鈍炉で、加熱速度200 ℃/ 分、500 〜550 ℃×30秒保持の溶体化処理後、室温まで冷却速度600 ℃/ 分の水焼入れ処理を行った。この焼入れ処理後、表3 に示す種々の条件で、本発明範囲内や本発明範囲外の予備時効処理と亜時効処理を行い( 処理後の冷却はいずれも徐冷で、冷却速度1 ℃/hr 以下) 、または、これらの時効処理を行わなかった。
【0134】
これら各試験材の亜時効処理後と、亜時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、導電率(IACS%) 、室温時効抑制効果、低温時効処理能を、前記実施例1 と同じ測定条件で行った。また、構造材として必要な、曲げ加工性、溶接性、耐SCC 性 (応力腐食割れ性) を合わせて評価した。これらの結果を表3 に示す。
【0135】
曲げ加工性は、試験材の5%のストレッチを行った後、曲げ試験を行って評価した。試験片条件は、JIS Z 2204に規定される3 号試験片 (幅30mm×長さ200mm)を用い、試験片長手方向が圧延方向と直角方向に一致するように作製した。曲げ試験は、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、先端半径0.5mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げ、曲げ部 (湾曲部) の割れの発生状況を観察し、割れがないものを〇、割れがあるものを×と評価した。
【0136】
また、溶接性は、溶接継手を製作した場合の、溶接部の溶接割れ性を評価した。溶接継手は、成形加工を模擬して3%ストレッチした後の、同じ発明例、同じ比較例のAl合金板同士を継手母材として、板母材同士を、5356Al合金溶加材によって、MIG 溶接により突き合わせ溶接し( 溶接長さ140mm)、板状の継手を製作した。溶接条件は以下の諸条件とした。溶接溶加材; Φ1.2mm 、開先形状;I形(ギャッフ゜ 0mm)、前進角;5°、Ar ガス 流量; 27l/min 、溶接電流;90 〜100 A 、溶接電圧;17 〜21 V、溶接速度;900 mm/min 。そして、溶接部の溶接割れを目視により観察し、溶接割れが生じている場合を×、生じていない場合を〇と評価した。
【0137】
応力腐食割れ試験条件は、発明例、比較例のAl合金板から採取した各試験片をR が14t のU 字に曲げて治具に取り付け、試験片両端部を拘束した応力付加状態で、電流密度0.062mA/mm2 で試験片に通電し、試験液に浸漬した。試験液は、3.5%、30℃のNaCl水溶液とし、発生までの時間 (分) により応力腐食割れを評価した。そして、1000分以上応力腐食割れが発生しなかったものを○、1000分未満で応力腐食割れが発生したものを×として評価した。
【0138】
表4 から明らかな通り、本発明範囲内の予備時効処理と亜時効処理を行った( 各処理が適切な) 発明例21〜23は、導電率が41〜47.5IACS% の範囲となり、導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たし、室温時効抑制効果、低温時効処理能に優れている。また、構造材として必要な、曲げ加工性、溶接性、耐SCC 性 (応力腐食割れ性) も合わせて優れている。
【0139】
これに対し、比較例24は予備時効処理および亜時効処理が無いため、比較例25は亜処理が無いため、比較例26は亜処理温度が低過ぎるため、41〜47.5 IACS%の範囲内ではあるものの、導電率と耐力との関係導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たさず、室温時効抑制効果と低温時効処理能が劣る。また、比較例27は亜処理温度が高過ぎるため、41〜47.5 IACS%の範囲内ではあるものの、導電率と耐力との関係導電率と耐力との関係 (導電率≧−0.125 σ0.2 +61.4) を満たさず、耐力が高過ぎ、特に曲げ加工性などの成形性が劣る。比較例24〜26は耐SCC 性 (応力腐食割れ性) にも劣っている。したがって、これら比較例Al合金板では、構造材用としては不適である。
【0140】
【表4】
【0141】
【発明の効果】
本発明によれば、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れた過剰Si型6000系Al合金材であって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備したAl合金材の製造方法、およびAl合金材をを提供することができる。したがって、Al合金材の自動車などの輸送機などへの用途の拡大を図ることができる点で、多大な工業的な価値を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明Al合金材の導電率と耐力との関係による範囲を示す説明図である。
Claims (7)
- Si:0.4〜1.3%、Mg:0.4〜1.2%、Mn:0.01 〜0.65% 、Cu:0.001〜1.0%を含み、かつSi/Mg が1 以上で、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金材を、500 〜550 ℃で溶体化および焼入れ処理した後に、直ちに50〜100 ℃の範囲で保持する予備時効処理を施し、予備時効処理後室温まで冷却速度1 ℃/hr 以下で冷却する徐冷を行い、その後更に、80〜120 ℃の範囲で保持する亜時効処理を施し、このアルミニウム合金材の亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の特性として、導電率を41〜47.5IACS% の範囲で、かつ−0.125 σ0.2 +61.4以上 (但し、σ0.2 は亜時効処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力) 、耐力を110 〜160MPaの範囲に制御し、かつ亜時効処理直後との耐力差を15MPa 以内とし、伸びを28% 以上とし、更に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力を180MPa以上とすることを特徴とする室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材の製造方法。
- 請求項1の製造方法により製造され、Si:0.4〜1.3%、Mg:0.4〜1.2%、Mn:0.01 〜0.65% 、Cu:0.001〜1.0%を含み、かつSi/Mg が1 以上で、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金材であって、このアルミニウム合金材の少なくとも 4カ月間の室温時効後の特性として、導電率が41〜47.5IACS% の範囲で、かつ−0.125 σ0.2 +61.4以上 (但し、σ0.2 は少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力) であり、耐力が110 〜160MPaの範囲で、かつ室温時効前との耐力差が15MPa 以内であり、伸びが28% 以上であり、更に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力が180MPa以上である室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材。
- 前記アルミニウム合金パネル材がプレス成形用パネル材であって、前記亜時効処理後 4カ月の室温時効後の特性として、前記導電率が41〜44 IACS%で、限界絞り比(LDR) が1.9 以上、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上である請求項2に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材。
- 前記アルミニウム合金パネル材が自動車内板用パネル材である請求項3に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材。
- 前記アルミニウム合金材が曲げ加工用パネル材であって、Si:0.4〜1.0%、Mg:0.4〜1.0%を含み、前記亜時効処理後 4カ月の室温時効後の特性として、前記導電率が43〜47.5 IACS%の範囲であり、かつ耐力が110 〜140MPaであり、10% のストレッチを行った後、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、先端半径0.3mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げた後、更に厚み0.6mm のAl合金板を挟んで、180 度に曲げた際に曲げ部の割れがない請求項2に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材。
- 前記アルミニウム合金パネル材が自動車外板用パネル材であって、Cu含有量を0.1%以下に規制した請求項5に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材。
- 前記アルミニウム合金パネル材が溶接構造材であって、Si:0.4〜0.9%、Mg:0.4〜0.9%を含む、請求項2に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れた自動車用アルミニウム合金パネル材。
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