JP3729108B2 - 超高張力冷延鋼板およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、超高張力冷延鋼板およびその製造方法に関し、特に、自動車用部品の材料として好適な特性を有し、引張強度が880〜1170MPa、特に980〜1080MPaの超高張力冷延鋼板およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、自動車軽量化のニーズを受けて、引張強度が880〜1170MPaの冷延鋼板が自動車骨格部材、自動車シート骨格部材等に適用されるようになっている。
【0003】
自動車骨格部材等の部材はプレス加工により成形されるため、その材料には高い伸びフランジ性が要求される。しかしながら、従来、引張強度が880MPa以上のいわゆる超高張力鋼板は、バンパーの補強材、ドアインパクトビーム等に用途が限られており、これらの部材の成形方法はロールフォーミング等の逐次成形であるため、必ずしも高い伸びフランジ性が求められておらず、引張強度が880〜1170MPaの超高強度鋼板の穴拡げ率は高々50%程度であり、前記自動車骨格部材等の材料に要求される高い伸びフランジ性を満足するものではなかった。
【0004】
例えば、特公平5−10418号公報には「伸びフランジ加工性に優れたレーザ加工用鋼板」の技術が開示されているが、この技術はレーザ切断部の伸びフランジ性を鋼の化学成分を調整することにより向上するものであり、前記自動車骨格部材等の成形時における打ち抜きまたは剪断端面の一般的な伸びフランジ性を向上するものではない。
【0005】
一方、上述した自動車部品用材料の高強度化の動向と並行して、自動車用部品の組立技術においては、従来から用いられていたスポット溶接に替えて機械的接合が用いられ始めている。ここでいう機械的接合とは、複数の鋼板を熱を加えることなく金属成形で接合するあらゆる方法を含み、その代表的なものにTOX接合が挙げられる。また、接着等を補助的に組み合わせた接合もある。
【0006】
機械的接合は、従来、成形工程とスポット溶接による組立工程との工程で行われていた部品製造工程を、成形+接合の1工程で行うことを可能とする技術であり、大幅な製造コスト削減効果がある。また、超高張力鋼板を溶接すると、熱影響部が軟化する現象が不可避であり、溶接部強度試験を行うと熱影響部から破断して高い接合強度が得られないという問題があるため、特に超高張力鋼板からなる部品の組立技術においては熱を加えない非溶接タイプの機械的接合を用いる利点が極めて大きい。
【0007】
しかし、高張力鋼板を機械的接合した部品は自動車等の構造部品に適用されつつあるものの、そのような部品における被接合鋼材の引張強度は780MPa以下に留まっていた。その理由は、従来の引張強度780MPa超の高張力鋼板を機械的接合により接合すると、接合部にクラックが発生して接合強度および疲労強度が十分に得られないという点にあった。このため、上述の利点にも関わらず、超高張力鋼板からなる部品の組立に機械的接合を用いることはできなかった。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、自動車構造部材、補強部材および自動車シート骨格部材等をプレス成形するのに最適な、鉄鋼連盟規格(JFST1001−1996)に定める穴拡げ率が75%以上の優れた伸びフランジ性を有し、かつ、自動車用部品に適用してTOX接合等の機械的接合により組み立てるのに最適な、現存の連続焼鈍炉で工業的に製造可能な、引張強度が880〜1170MPa、特に980〜1080MPaの超高張力冷延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、引張強度が880〜1170MPaの超高張力鋼板において、伸びフランジ性を穴拡げ率で75%以上にまで向上するための組織制御を確立すべく鋭意研究を重ねた。その結果、マルテンサイト単相組織を実現することにより、引張強度が880〜1170MPaの超高張力鋼板の伸びフランジ性を飛躍的に向上させることができることを見出した。
【0010】
また、本発明者らは、機械的接合による接合部の強度について鋭意研究を重ねた。その結果、機械的接合の加工時における金属材料の損傷が、その後の継ぎ手強度を支配することが明らかとなった。そして、この機械的接合の加工時における金属材料の損傷の程度は金属組織の影響が支配的で、マルテンサイトおよびフェライト等のように硬度に差のある2相が存在すると2相の加工性の違いから2相界面に歪みが集中して損傷が大きくなることから、単相とすることが必要であることを知見し、上記のマルテンサイト単相組織を実現することにより優れた機械的接合性が得られることを見出した。
【0011】
しかし、現存の設備で工業的に引張強度が880〜1170MPaで、かつマルテンサイト単相組織とすることは、以下の理由から困難である。
【0012】
従来の通常の連続焼鈍炉は、図1に示すように、鋼板を加熱する加熱帯1と、加熱した鋼板を均熱保持する均熱帯2と、均熱保持後の鋼板を徐冷する徐冷帯3と、徐冷後の鋼板を急冷する急冷帯4と、急冷後の鋼板に過時効(焼戻し)処理する過時効(焼戻し)帯5とを有しており、入側の冷延コイル7から鋼板Sを供給し、加熱帯1、均熱帯2、徐冷帯3、急冷帯4および過時効(焼戻し)帯5を通板させることにより、鋼板Sに加熱、均熱保持、徐冷、急冷、過時効処理が連続的に施され、出側で調質圧延機6により必要に応じて調質圧延された後、巻取コイル8に巻き取られる。この際、図1に示すように均熱帯2と急冷帯4との間には徐冷帯3が設けられているため、そこで板温が不可避的に100℃以上低下した後に鋼板Sは急冷帯4に進入する。このような連続焼鈍炉でマルテンサイト単相組織を得るためには、均熱帯2でオーステナイト単相組織とし、徐冷帯3をAr3点以上の板温で通過させ、そこから急冷する必要があるが、このとき引張強度が低い鋼、すなわちC当量の低い鋼ほどAr3点が高くなるため、徐冷帯3をより高温で通過させる必要がある。ところが、通常の連続焼鈍炉では前述の徐冷帯3を通過する間の温度低下等により、徐冷帯3を通過する温度を高くすることには限界があるため、従来の引張強度880〜1170MPaの鋼ではAr3点が急冷帯4の進入温度よりも高くなってしまい、徐冷帯3でフェライトの生成を抑制することができず、このためマルテンサイト単相組織が得られないのである。
【0013】
そこで、本発明者は引張強度が880〜1170MPaで、かつマルテンサイト単相組織の超高張力鋼板を現存の連続焼鈍炉で工業的に製造するための技術を確立するためにさらに検討を重ねた。その結果、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種を合計で1.6〜2.5%含有させること、Bを0.0005〜0.0050%含有させること、または、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種を合計で1.6〜2.5%かつBを0.0005〜0.0050%含有させることが有効であることを見出した。さらに、Bを添加する場合には、鋼に前記量のBとともにTiを48/14[N]〜3×48/14[N]%(ただし、[N]はN量(重量%)を示す)の範囲で複合添加することにより、B添加の効果を高めることができることを見出した。
【0017】
本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものであり、以下の(1)から(6)を提供する。
(1) 重量%で、C:0.01〜0.07%、Si:0.3%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Sol.Al:0.01〜0.1%、N:0.0050%以下、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種:合計で1.6〜2.5%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、マルテンサイト単相(鋼板表層より深さ10μm以内の部分を除く)であり、引張強度が880〜1170MPaであることを特徴とする超高張力冷延鋼板。
【0018】
(2) 上記(1)において、重量%で、B:0.0005〜0.0050%をさらに含有することを特徴とする超高張力冷延鋼板。
【0019】
(3) 上記(2)において、重量%で、Ti:48/14[N]〜3×48/14[N]%(ただし、[N]はN含有量(重量%)を示す)をさらに含有することを特徴とする超高張力冷延鋼板。
【0020】
(4) 上記(1)から(3)のいずれかにおいて、重量%で、Nb:0.001〜0.04%をさらに含有することを特徴とする超高張力冷延鋼板。
【0021】
(5) 上記(1)から(4)のいずれかにおいて、切削穴の穴拡げ率が100%以上であることを特徴とする超高張力冷延鋼板。
【0022】
(6) 上記(1)から(4)のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延し、冷間圧延し、連続焼鈍し、冷却する冷延鋼板の製造方法であって、連続焼鈍で800〜890℃に加熱、保持後、20℃/sec以下で徐冷し、680〜750℃から100℃/sec超の冷却速度で200℃以下まで冷却し、マルテンサイト単相(鋼板表層より深さ10μm以内の部分を除く)であり、引張強度が880〜1170MPaである冷延鋼板とすることを特徴とする超高張力冷延鋼板の製造方法。
【0023】
本発明と類似した化学組成、組織を有する鋼は種々の先行技術に開示されているが、本発明のようにマルテンサイト単相組織にして引張強度880〜1170MPaおよび穴拡げ率75%以上の優れた伸びフランジ性や優れた機械的接合性を有するものは存在しない。以下本発明の優位性をそのような先行技術と対比して説明する。
【0024】
特公平2−1894号公報には、本発明と同一引張強度レベルの鋼板に関する技術が開示されている。しかしながら、この技術は金属組織と伸びフランジ性や機械的接合性との関係について何ら示唆するところがなく、しかも、C量が0.10〜0.20%であるため本発明のようにマルテンサイト単相組織を工業的に得ることは極めて困難である。
【0025】
また、特公平8−26401号公報および特許第2528387号公報には、それぞれ「微細なマルテンサイト単相組織を有する鋼板」および「マルテンサイト体積率が80〜97%とする技術」が開示されている。しかしながら、これらの技術は、マルテンサイト単相組織にすることにより鋼板の伸びフランジ性や機械的接合性が極めて良好になることを示唆するものではない上に、引張強度1470MPa以上の鋼板を対象としており、本発明とは対象とする鋼板の引張強度も相違している。引張強度が1470MPa級以上の鋼板においてマルテンサイト単相組織を得ることは比較的容易であるが、本発明の対象とする880〜1170MPaの引張強度を有する鋼板においてマルテンサイト単相組織を得ることは極めて困難であり、このことは本発明によりはじめて、工業的に実現されたのである。また、補足すると1180MPa以上の引張強度においてマルテンサイト単相組織を得ることは比較的容易であるが、このような高強度では成形性が極めて低下するため成形用途には適さない。
【0026】
さらに、特許第2826058号公報には、「マルテンサイト体積率70%以上」とする技術が開示されており、この公報の実施例・表1・鋼No.2には引張強度880〜1170MPaで、かつマルテンサイト単相組織の鋼板が記載されている。しかしながら、この技術はマルテンサイト単相組織とすることにより鋼板の伸びフランジ性や機械的接合性が極めて良好になることを示唆するものではない。さらに、この技術は引張強度が880〜1170MPaで、かつマルテンサイト単相組織を工業的に得ることは全く考慮されていない。そのことは、上記実施例中の鋼No.2の組成は本発明のようにMn+Cr+Mo≧1.6%ではなく、かつ、Bを0.0005〜0.0050%含有してもいないこと、および、この公報の実施例・表2に示されている鋼No.2の連続焼鈍条件が均熱温度900℃および急冷開始温度850℃と、通常の連続焼鈍設備で工業的に達成可能な温度条件を大きく逸脱しており、工業的な製造性に劣っていることから明らかである。つまり、この公報では、工業的に実現可能な連続焼鈍条件では引張強度が880〜1170MPaで、かつマルテンサイト単相組織の鋼を得ることが困難であることを示しているのである。
【0027】
上記連続焼鈍条件が、通常の連続焼鈍設備で工業的に達成することが困難であるのは以下の理由による。上述した図1に示した通常の連続焼鈍炉の均熱帯2では、一般に焼鈍雰囲気を還元性に保つため、ラジアントチューブと呼ばれる耐熱鋼製の管の内部でCO等の可燃性ガスを燃焼させており、その輻射熱を熱源としている。このような均熱帯2において板温を900℃とするためには、雰囲気温度およびラジアントチューブ温度を900℃以上とする必要があり、このような過酷な条件は装置寿命を著しく縮める。また、急冷開始温度を850℃としているが、均熱帯2と急冷帯4との間に設けられた徐冷帯3(図ではガスジェット帯)で不可避的に100℃以上の板温低下があるため、均熱温度を900℃とした場合には急冷開始温度を850℃とすることは困難であり、このような連続焼鈍条件を達成するためには、高温保持が可能な特殊な構造の均熱帯と、短い徐冷帯とを備えた新規な連続焼鈍炉を開発する必要がある。さらに、たとえこのような専用の連続焼鈍炉を開発したとしても、鋼板の材質の観点からは、900℃で加熱保持するとオーステナイト結晶粒径が粗大化し、そのため急冷後のマルテンサイト組織も粗大化し、鋼板の曲げ性、靱性が劣化してしまうため、このような連続焼鈍条件は好ましくなく、またこのような条件を必須とする材料も好ましくない。
【0028】
【発明の実施の形態】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明に係る冷延鋼板は、重量%で、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種を合計で1.6〜2.5%含有し、または、Bを0.0005〜0.0050%含有し、または、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種を合計で1.6〜2.5%かつBを0.0005〜0.0050%含有し、マルテンサイト単相(鋼板表層より深さ10μm以内の部分を除く)であり、引張強度が880〜1170MPaの超高張力冷延鋼板である。
【0029】
まず、鋼組成について説明する。
Mn、CrおよびMoの少なくとも1種を合計で1.6〜2.5%含有することとしたのは、Ar3点を低温化するためであり、これにより通常の連続焼鈍炉でマルテンサイト単相組織を工業的に得ることが可能となる。Mn、CrおよびMoの合計量が1.6%未満ではAr3点を低温化する効果が十分に得られず、一方、これらの元素の合計量が2.5%を超えると強度が880〜1170MPaの範囲を超えてしまうため、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種を合計で1.6〜2.5%とした。なお、冷延鋼板の引張強度を880〜1170MPaとするためには、Mn、CrおよびMoの合計量に応じて、Cの含有量を調整する必要がある。
【0030】
Bを0.0005〜0.0050%含有することとしたのは、Ar3点を低温化するためであり、これにより通常の連続焼鈍炉でマルテンサイト単相組織を工業的に得ることが可能となる。Bが0.0005%未満ではAr3点を低温化する効果が十分に得られず、一方、0.0050%を超えると熱間圧延の変形抵抗が大きくなり、製造が困難となるため、B量は0.0005〜0.0050%とした。
【0031】
なお、Mn、CrおよびMoの少なくとも1種と、Bとを複合して含有させる場合には、Bを含有させない場合よりもMn等の合計量を少なくすることができ、これらの元素による引張強度の上昇を少なくすることができるので、C量の上限が緩和され、これにより製鋼コストの上昇を回避することができる。
【0032】
Nbを0.001〜0.04%添加することが好ましい。Nbは、均熱帯でのオーステナイト組織の粗大化を抑制する機能を有し、Nbの添加によりオーステナイト組織の粗大化による鋼板の曲げ性、靱性の劣化を防止することができる。0.001%未満ではその効果が十分でなく、0.04%を超えると再結晶を著しく遅延させるため好ましくない。従って、添加する場合のNb添加量は0.001〜0.04%とする。
【0033】
Bを含有させる場合には、Tiを48/14[N]〜3×48/14[N]%(ただし、[N]はN量(重量%)を示す)添加することが好ましい。Bの前述のような効果はBが固溶状態であるときに限り得られるため、BがNと結合してBNが生成するとその効果は減少してしまう。その際Tiを添加し、あらかじめ固溶NをTiNとして完全に析出させれば、固溶B量が増えB添加の効果を最大限とすることができる。このようなTi添加の効果は48/14[N]未満では不十分であり、3×48/14[N]を超えるとTiCを形成して延性が減少するため、Ti量は48/14[N]〜3×48/14[N]とする。
【0034】
他の成分としては、C:0.01〜0.07%、Si:0.3%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Sol.Al:0.01〜0.1%、N:0.0050%以下であることが好ましい。
【0035】
C:0.01〜0.07%
Cは、冷延鋼板の引張強度を880〜1170MPaにするために、前述のMn、CrおよびMoの合計量に応じて、その量が適宜調整される。ただし、0.01%未満とすると製鋼コストが高くなり、0.07%超とするとMn等の合計量に関わらず引張強度が880〜1170MPaの範囲を超えるため、C量は0.01〜0.07%とする。より好ましくは0.03〜0.07%である。
【0036】
Si:0.3%以下
Siは、本発明ではAr3点を上昇させる有害な元素であり、できるだけ低減することが望ましい。0.3%を超えると実質的に880〜1170MPaのマルテンサイト単相組織を得ることが困難になるため、0.3%以下とする。
【0037】
P:0.1%以下
Pは、強度調整の目的で添加してもよいが、0.1%を超えるとスポット溶接部の靱性を劣化させるため、0.1%以下とする必要がある。
【0038】
S:0.01%以下
Sは本発明では不純物として取り扱う。0.01%を超えるとMnS析出物に起因して伸びフランジ性が劣化するため0.01%以下とする。
【0039】
Sol.Al:0.01〜0.1%
Alは脱酸剤として添加される。0.01%未満ではその効果が十分でなく、0.1%を超えると効果が飽和し不経済なため、Sol.Al量を0.01〜0.1%とする。
【0040】
N:0.0050%以下
Nは、本発明では不純物として取り扱う。0.0050%を超えるとコイル内の強度ばらつきをもたらすため0.0050%以下とする。
【0041】
本発明は、Cu,Ni,Zr,V,W,Ca,Sn,O等の不純物元素を通常の範囲で含有してもその効果は失われない。
【0042】
次に、金属組織について説明する。
金属組織をマルテンサイト単相(鋼板表層より深さ10μm以内の部分を除く)とすることは、本発明における極めて重要な構成要件であり、このような組織とすることで極めて良好な伸びフランジ性が得られる。ここで、マルテンサイト単相とは、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡、X線回折法で組織を定量測定し、フェライト、ベイナイト、残留オーステナイト等が合わせて1%以上含まれないことを意味する。ただし、例えば、AlN、MnS、TiN等の鋼中の溶質元素同士により形成される析出物、マルテンサイトの焼き戻しに伴い析出する微細な鉄炭化物は含まれていてもよい。また、表層の脱炭等により鋼板表面の10μm以内の最表層にフェライトが生成することがあるが、これは伸びフランジ性や機械的接合性に影響を及ぼさず、むしろ曲げ性を向上させることから、鋼板表層10μm以内にはフェライトが含まれていてもよい。このため、鋼板表層より深さ10μm以内の部分については金属組織を限定しないこととした。
【0043】
本発明の冷延鋼板は、引張強度が880〜1170MPaである。これは前述したように本発明の冷延鋼板がこの範囲の強度が要求される自動車用骨格部材等への適用を意図しているからである。このような用途を考慮すると、引張強度は980〜1080MPaの範囲が好ましい。
【0044】
以上のような鋼組成および金属組織を有し、引張強度が880〜1170MPaである本発明の冷延鋼板は、鉄鋼連盟規格(JFST1001−1996)に定める穴拡げ率が75%以上の優れた伸びフランジ性を有しており、この冷延鋼板をプレス加工することにより自動車構造部材、補強部材および自動車シート骨格部材等を好適に成形することができる。
【0045】
また、本発明の冷延鋼板は、切削穴の穴拡げ率が100%以上の優れた機械的接合性を有しており、この冷延鋼板を材料とする部品はTOX接合等の機械的接合により十分な強度で接合することができる。なお、ここでいう切削穴の穴拡げ率とは、試験片に切削穴を形成し、以下は鉄鋼連盟規格(JFST1001−1996)に準拠した穴拡げ試験を行うことにより求められる値である。この切削穴の穴拡げ率が100%未満では、機械的接合による接合時に接合部内部の鋼板にクラックが発生して接合強度を著しく下げるため、優れた機械的接合性が得られない(クラック発生の実例については、後述の図4を参照。)。なお、鉄鋼連盟規格になる打ち抜き穴による穴拡げ試験(JIST1001−1996)による穴拡げ率は、打ち抜きによる材料の損傷の影響が大きく、この値を向上させても必ずしも機械的接合性は向上されない。
【0046】
次に、製造方法について説明する。
以上のような冷延鋼板を製造する際には、まず、連続鋳造により上記組成を有する鋼スラブを製造し、直接または再加熱後、熱間圧延を行う。熱間圧延はAr3点以上の温度で終了し、その後30℃/sec以上の冷却速度で700℃以下まで冷却し、620℃以下で巻き取ることが望ましい。冷間圧延前にスケールを除去し、冷間圧延により所望の板厚とし、続いて、800〜890℃に加熱、保持後、20℃/sec以下で徐冷し、680〜750℃から100℃/sec超の冷却速度で200℃以下まで冷却する連続焼鈍を行う。
【0047】
以下、この連続焼鈍条件について説明する。
・800〜890℃に加熱、保持
加熱、保持する温度が800℃以下では急冷開始温度をAr3点以上にすることが困難となり、マルテンサイト単相組織が得られない。一方、890℃以上ではオーステナイト組織が粗大化するため鋼板の曲げ性、靱性が劣化してしまい、また、連続焼鈍設備の劣化をもたらすため好ましくない。このため、加熱、保持温度は800〜890℃とする。
【0048】
・20℃/sec以下で徐冷
マルテンサイト単相組織を得るためには、徐冷帯を板温Ar3点以上で通過させる必要があり、このため徐冷帯での冷却速度を20℃/sec以下とする。徐冷帯での冷却速度が20℃/secを超えると徐冷帯で板温がAr3点を下回るためフェライトが発生し、マルテンサイト単相組織が得られない。
【0049】
・680〜750℃から100℃/sec超の冷却速度で200℃以下まで冷却
急冷開始温度が680℃以下ではフェライトが発生するためマルテンサイト単相組織が得られず、750℃を超えると板形状が劣化するため、急冷開始温度は680〜750℃とする。なお、マルテンサイト単相組織を安定的に得るためには急冷開始温度は700℃以上とすることが好ましい。一方、急冷の冷却速度が100℃/sec以下であるか、または、急冷終了温度が200℃を超える場合には、マルテンサイト変態が不十分となり、所望のマルテンサイト単相組織が得られなくなるため、急冷の冷却速度を100℃/sec超とし、かつ急冷終了温度を200℃以下とする。さらに望ましくは、冷却速度500℃/sec超、急冷終了温度50℃以下とする。この際、冷却方法は限定しないが、板幅方向、長手方向の材質変動を抑制するためには、噴流水中に焼入れることが最も望ましい。さらに、この噴流水中の焼入れにより、冷却速度500℃/sec超、急冷終了温度50℃以下の冷却を容易に達成することができる。
【0050】
また、急冷後、靱性を向上させるため、100〜250℃で3分以上の焼き戻し処理を行うことが望ましい。100℃以下または3分未満では焼き戻し処理の効果が少なく、250℃を超えると低温焼き戻し脆性により延性が著しく劣化するため好ましくない。
【0051】
さらに、以上のようにして連続焼鈍を行った後に、調質圧延を行ってもよい。この際の調質圧延率は形状矯正の点から0.3%以上が望ましい。また、伸びの劣化を防ぐためには、調質圧延率は1.0%以下であることが望ましい。
【0052】
なお、以上のような工程の後、Znめっき等の金属めっき、および/または、有機系等の各種潤滑被膜を塗布する表面処理を行ってもよく、このような表面処理鋼板も本発明の超高張力冷延鋼板に含まれる。
【0053】
【実施例】
以下、本発明の実施例について説明する。
[実施例1]
表1に示す化学組成を有する鋼スラブを連続鋳造により製造し、1250℃にスラブ再加熱後、板厚3.0mmまで熱間圧延した。熱間圧延は熱間仕上温度約870℃、巻取り温度560〜600℃で行った。酸洗後、冷間圧延し、板厚1.2mmとした。続いて連続焼鈍炉により熱処理を行った。加熱、保持温度は850℃、徐冷帯での徐冷速度は7℃/sec、急冷開始温度は720℃、急冷停止温度は約40℃、急冷は噴流水中に水焼き入れすることにより行い、その冷却速度は1000℃/sec以上であった。焼き戻し処理は、200℃で約10分間保持することにより行った。その後、調質圧延を0.5%の伸長率で行った。
【0054】
このようにして得られた鋼板の金属組織をコイル長手方向に平行な断面で観察し、鏡面研磨、ナイタールによるエッチングを行い、走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影し、マルテンサイトの体積率を求めた。求められたマルテンサイトの体積率を表1に併せて示す。
【0055】
以上のようにして得られた鋼板から、圧延方向に対して直角方向にJIS5号試験片を切削加工により採取し、引張試験を行った。また、鉄鋼連盟規格(JFST1001−1996)に準拠して、穴拡げ率を測定した。さらに、圧延方向と平行に30×100mmの短冊状の試験片を切削加工により切り出し、0.5mmピッチの先端Rを有するポンチで180°曲げを行い、割れが発生しない最小の曲げ半径を求めた。それぞれの鋼板について、引張試験により得られたYP(MPa)、TS(MPa)およびEl(%)と、穴拡げ率(%)と、最小曲げ半径(mm)とを表2に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
表2に示すように、本発明例である鋼番号1〜6は、いずれも引張強度が880〜1170MPaであり、かつ、穴拡げ率が75%以上と極めて良好な伸びフランジ性を有しており、さらに最小曲げ半径も1.0mm以下と良好な曲げ特性を有している。これに対して比較例である鋼番号7〜10は、いずれかの特性が劣っていた。例えば、鋼番号7はMn、MoおよびCrの合計量が1.6%未満であるためマルテンサイト単相の組織が得られず、このため穴拡げ率が低く、伸びフランジ性が劣っていた。鋼番号8はC量が0.07%を超えるため強度が高くなりすぎ、このため穴拡げ率が低くかつ最小曲げ半径が大きく、伸びフランジ性および曲げ性が劣っていた。鋼番号9は、C量が0.07%を超えるとともにSi量が0.3%を超えるためマルテンサイト単相の組織が得られず、このため高い穴拡げ率が得られず、伸びフランジ性が劣っていた。鋼番号10は、Mn、MoおよびCrの合計量が2.5%を超えるため、引張強度が高くなりすぎ、このため穴拡げ率が低くかつ最小曲げ半径が大きく、伸びフランジ性および曲げ性が劣っていた。
【0059】
[実施例2]
実施例1の鋼番号1〜3と同じ組成を有する鋼スラブを用いて、実施例1と同じ条件で冷間圧延まで行った後、表3に示す条件で連続焼鈍工程および調質圧延を行い、種々に変化させた熱処理を施した供試材記号A〜Fの鋼板を得た。得られた鋼板を、実施例1と同様に、引張試験し、穴拡げ率および最小曲げ半径を測定した結果を表4に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
表4に示すように、本発明例である供試材記号A〜Dは、いずれも引張強度が880〜1170MPaであり、かつ、穴拡げ率が75%以上と極めて良好な伸びフランジ性を有しており、さらに最小曲げ半径も1.0mm以下と良好な曲げ特性を有している。これに対して比較例である供試材記号EおよびFは、いずれかの特性が劣っていた。例えば、供試材記号Eは均熱温度が800℃未満のため、徐冷帯で板温度が不可避的に低下することにより急冷開始温度が680℃よりも低くなってしまい、マルテンサイト単相の組織が得られず、このため穴拡げ率が低く、伸びフランジ性が劣っていた。供試材記号Fは、徐冷速度が20℃/secを超えるため急冷開始温度が680℃未満となり、マルテンサイト単相の組織が得られず、このため穴拡げ率が低く、伸びフランジ性が劣っていた。
【0063】
[実施例3]
表5に示す化学組成を有する鋼スラブを連続鋳造により製造し、実施例1と同様のプロセスにより(ただし、急冷の冷却速度は約2000℃/sec)鋼板とし、それぞれの鋼板について、実施例1と同様の手順で、マルテンサイトの体積率を求めるとともに引張試験を行った。また、それぞれの鋼板に機械切削加工で直径10mmの穴を開けた試料を用いて、以下は鉄鋼連盟規格(JIST1001−1996)に準拠した穴拡げ試験を行い、割れが発生した穴径を測定し、この穴径の初期穴径からの変化率を求めることで、切削穴の穴拡げ率を求めた。
【0064】
さらに、最近注目されている非加熱で行える機械的接合への適用性を、次に述べる方法で測定した剥離強度により評価した。機械的接合性を剥離強度により評価したのは、前述のように、機械的接合の接合部の強度に対しては材料の損傷の影響が支配的であり、材料の影響が顕著に現れるためである。
【0065】
まず、2枚の矩形の試験片を、長手方向が直交し中央部で交差するように重ねた後、図2の(a)に示す円筒状のポンチ(ポンチ:径5.6mm)と図2の(b)に示す底部の周辺にリング状の溝のあるダイ(ダイ径:8mm、ダイ深さ:1.2mm)を用いてプレス成形する。このとき、2枚の試験片は、図2のCに示すように、ダイ底部の溝中へ塑性流動するので機械的に接合される。その後、図3に示すような接合部を試験片面に垂直方向へ引っ張って接合部が剥離するときの強度を求める。この剥離強度と幾何的接合性の関係を予め調査したところ、剥離強度が2.0kN以上であれば機械的接合性が十分であった。
【0066】
それぞれの鋼板を図2に示すTOX接合により接合した後、図3に示すようにして剥離試験を行い接合強度を評価した。それぞれの鋼板について、マルテンサイト体積率(%)と、切削穴の穴拡げ率(%)と、引張試験により得られたYP(MPa)、TS(MPa)およびEl(%)と、剥離強度(kN)とを表6に示す。
【0067】
【表5】
【0068】
【表6】
【0069】
表6に示すように、本発明例である鋼番号11〜16は、いずれも引張強度が880〜1170MPaであり、かつ、切削穴の穴拡げ率が100%以上で接合強度が高く、機械的接合性が極めて良好である。これに対して比較例である鋼番号17〜20は、いずれかの特性が劣っていた。例えば、鋼番号17は、Mn+Cr+Moが1.6%未満であるためマルテンサイト単相の組織が得られず、そのため機械的接合による接合強度が劣っていた。図4に、この鋼番号17の機械的接合による接合部分を拡大して示す。図4に矢印で示すように、鋼番号17では接合部分にクラックが発生しており、このクラックのために接合強度が劣化したものと考えられる。鋼番号18は、C量が0.07%を超えるため、強度が高くなりすぎて伸びが著しく劣っていた。鋼番号19は、Si量が0.3%を超えるためマルテンサイト単相組織が得られておらず、そのため機械接合の接合強度が劣っていた。鋼番号20は、Mn+Cr+Moが2.5%を超えるため、引張強度が高くなりすぎて伸びが著しく劣っていた。
【0070】
[実施例4]
実施例1の鋼番号11〜13と同じ組成を有する鋼スラブを用いて、実施例3と同じ条件で冷間圧延まで行った後、表7に示す条件で連続焼鈍工程および調質圧延を行い、種々に変化させた熱処理を施した供試材記号G〜Nの鋼板を得た。得られた鋼板のそれぞれについて、実施例3と同様に、マルテンサイト体積率および切削穴の穴拡げ率を求め、引張試験し、機械的接合の剥離強度を求めた結果を表8に示す。
【0071】
【表7】
【0072】
【表8】
【0073】
表8に示すように、本発明例である供試材記号G〜Jは、いずれも引張強度が880〜1170MPaであり、かつ、切削穴の穴拡げ率が100%以上で接合強度が高く、機械的接合性が極めて良好である。これに対して比較例である供試材記号K〜Nは、いずれかの特性が劣っていた。例えば、供試材記号Kは、均熱温度が800℃未満のため徐冷帯で板温度が不可避的に低下することにより、急冷開始温度が680℃未満となり、マルテンサイト単相の組織が得られず、このため機械的接合の接合強度が劣っていた。供試材記号Lは徐冷での冷却速度が20℃/secを超えるため、急冷開始温度が680℃未満となり、マルテンサイト単相の組織が得られず、機械的接合の接合強度が劣っていた。供試材記号Mは急冷速度が100℃/sec以下であるため冷却中にフェライトが生成し、供試材記号Nは急冷停止温度が200℃を超えるため焼き戻し中にフェライト、ベイナイトが生成し、いずれもマルテンサイト単相の組織が得られず、機械的接合の接合強度が劣っていた。
【0074】
【発明の効果】
本発明によれば、プレス成形に適した優れた伸びフランジ性を有し、かつ、TOX接合等の機械的接合により高い強度で接合可能な優れた機械的接合性を有し、現存の連続焼鈍炉で工業的に製造することが可能な、引張強度880〜1170MPa級、特に980〜1080MPa級の超高張力冷延鋼板を提供することができる。
【0075】
本発明の超高張力冷延鋼板を用いることにより、自動車用構造部材および補強部材、自動車シート骨格部材等をプレス成形により容易かつ低コストで製造することが可能となる。そして、このような部品を広く用いることにより自動車の大幅な軽量化が達成され、ひいては自動車の燃費向上、CO2排出量削減等の効果も期待される。
【図面の簡単な説明】
【図1】現存の連続焼鈍炉の構成を示す概略図。
【図2】機械的接合の説明図であって、(a)はポンチ、(b)はダイ、(c)は試験片接合状態を示す図。
【図3】剥離強度試験の説明図。
【図4】比較例において接合部分にクラックが発生した状態の拡大図。
Claims (6)
- 重量%で、
C :0.01〜0.07%、
Si:0.3%以下、
P :0.1%以下、
S :0.01%以下、
Sol.Al:0.01〜0.1%、
N :0.0050%以下、
Mn、CrおよびMoの少なくとも1種:合計で1.6〜2.5%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、マルテンサイト単相(鋼板表層より深さ10μm以内の部分を除く)であり、引張強度が880〜1170MPaであることを特徴とする超高張力冷延鋼板。 - 重量%で、B:0.0005〜0.0050%をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の超高張力冷延鋼板。
- 重量%で、Ti:48/14[N]〜3×48/14[N]%(ただし、[N]はN含有量(重量%)を示す)をさらに含有することを特徴とする請求項2に記載の超高張力冷延鋼板。
- 重量%で、Nb:0.001〜0.04%をさらに含有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の超高張力冷延鋼板。
- 切削穴の穴拡げ率が100%以上であることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の超高張力冷延鋼板。
- 請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延し、冷間圧延し、連続焼鈍し、冷却する冷延鋼板の製造方法であって、連続焼鈍で800〜890℃に加熱、保持後、20℃/sec以下で徐冷し、680〜750℃から100℃/sec超の冷却速度で200℃以下まで冷却し、マルテンサイト単相(鋼板表層より深さ10μm以内の部分を除く)であり、引張強度が880〜1170MPaである冷延鋼板とすることを特徴とする超高張力冷延鋼板の製造方法。
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