JP4156889B2 - 伸びフランジ性に優れた複合組織鋼板およびその製造方法 - Google Patents
伸びフランジ性に優れた複合組織鋼板およびその製造方法 Download PDFInfo
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、塗装焼付を施して高強度を確保することのできる焼付硬化性[焼付塗装後の硬化特性、以下、BH(Bake Harding)性と呼ぶことがある]、及び伸びフランジ性に優れた複合組織鋼板に関し、詳細には、上述した焼付硬化性に優れ、しかも、低降伏比を有し、且つ、強度−伸びのバランス及び強度−伸びフランジ性のバランスにも優れた高強度複合組織鋼板に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車、電機、機械等の産業用分野において、プレス成形して使用される鋼板は、優れた強度と延性を兼ね備えていることが要求され、この様な要求特性は近年、益々、高まっている。
【0003】
従来より、強度と延性の両立を図った鋼板として、母相をフェライト組織とし、該フェライトの3重点に粗大な島状マルテンサイトが分散したフェライト・マルテンサイトの複合組織鋼板[Dual-Phase(DP)鋼板]が知られている(例えば特許文献1参照。)。
【0004】
上記DP鋼板は、延性が良好なだけでなく、焼付硬化性(BH性)に優れていることが知られている。このDP鋼板は、A1点以上の温度から急冷して製造する為、フェライト中に過飽和に固溶したC(固溶C)が多量に存在するが、この固溶Cが、加工後の焼付塗装工程により、加工時に導入されたフェライト中の転位に固着されることで、鋼板の降伏強度が上昇し、BH性が上昇すると考えられている。しかしながら、フェライト中に過飽和に存在させることができる固溶C量には限界がある為、所定以上のBH特性を得ることは困難であった。
【0005】
また、上記DP鋼板は、低降伏比(YR)で引張強度(TS)が高く、しかも伸び(El)特性にも優れているが、粗大なマルテンサイトが破壊の起点となる為、伸びフランジ性(局部的な延性:λ)に劣るものであった。
【0006】
そこで、DP鋼板における伸びフランジ性を改善すべく、本願出願人は先に、フェライトとベイナイトとマルテンサイトの3相複合組織鋼板[Tri-Phase(TP)鋼板]を開示している(特許文献2参照。)。
【0007】
上記鋼板では、破壊の起点となるマルテンサイトをベイナイト相で包み込んでいる為、従来のDP鋼板に比べ、伸びフランジ性が改善されている。ところが、この鋼板では、上記DP鋼板と同程度の高延性(高い伸び)を得ることは困難であり、また、降伏比も若干高くなる等の問題を抱えていることが分かった。
【0008】
従って、DP鋼板の特徴である(i)低降伏比、(ii)良好な強度−伸びバランス、及び(iii)高BH性のうち、(i)低降伏比及び(ii)良好な強度−伸びバランスについては維持しつつ、(iii)BH特性については更なる向上を目指し、しかも、当該DP鋼板の欠点であった(iv)低伸びフランジ性も克服し得、伸びフランジ性にも優れた高強度複合組織鋼板の提供が切望されている。
【0009】
【特許文献1】
特開昭55−122821号公報(第3欄第4〜9行)
【特許文献2】
特開昭58−39770号公報(特許請求の範囲、及び第2頁左上欄第1行〜第3頁左上欄下から2行目)
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、低降伏比を有し、しかも強度−伸び及び強度−伸びフランジ性のバランスにも優れ、且つ、焼付硬化性にも優れた複合組織鋼板;及び、この様な鋼板を効率よく製造することのできる方法を提供することにある。
【0011】
【課題を解決する為の手段】
上記課題を解決し得た本発明に係る焼付硬化性及び伸びフランジ性に優れた複合組織鋼板とは、質量%で、
C :0.01〜0.20%、
Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜3%、
sol.Al:0.06%以下(0%を含む)、
P :0.15%以下(0%を含まない)、
S :0.02%以下(0%を含む)
を含有し、且つ、
母相として、焼戻マルテンサイト;焼戻マルテンサイト及びフェライト;焼戻ベイナイト;または焼戻ベイナイト及びフェライトを含有し、
第2相組織として、マルテンサイトを全組織に対して占積率で1〜30%含有するところに要旨を有するものである。
【0012】
更に、本発明において、
▲1▼sol.Al:0.025%以下(0%を含む)に制御されたもの;
▲2▼N:0.0050%以上を含有し、且つ、下式(1)
0.0001%≦[N]−(14/27)×[sol.Al]≦0.001% … (1)
(式中、[ ]は各元素の含有量を示す)
を満足するもの;
▲3▼Cr及び/又はMoを合計で1%以下(0%を含まない)を含有するもの;
▲4▼Ni:0.5%以下(0%を含まない),及び/又はCu:0.5%以下(0%を含まない)を含有するもの;
▲5▼Ti:0.1%以下(0%を含まない),Nb:0.1%以下(0%を含まない),V:0.1%以下(0%を含まない)の少なくとも一種を含有するもの;
▲6▼Ca:0.003%以下(0%を含まない)、及び/又はREM:0.003%以下(0%を含まない)を含有するものは、いずれも本発明の好ましい態様である。
【0013】
更に上記課題を解決し得た本発明鋼板の製造方法は、組織毎に夫々、下記方法を包含するところに要旨を有するものである。
【0014】
A:母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトである鋼板
この場合は、下記(1)または(2)の方法を採用することができる。
【0015】
(1)熱延工程、及び連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより上記鋼板を製造する方法であって、
該熱延工程は、(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;及び20℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼戻マルテンサイトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼戻ベイナイトの場合)まで冷却して巻取る工程を包含し、
該連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する方法;
(2)熱延工程、冷延工程、第一の連続焼鈍工程、及び第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより上記鋼板を製造する方法であって、
該第一の連続焼鈍工程は、A3点以上の温度に加熱保持する工程;及び20℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼戻マルテンサイトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼戻ベイナイトの場合)の温度まで冷却する工程を包含し、
該第二の連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下の温度まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する方法。
【0016】
B:母相組織が焼戻マルテンサイト及びフェライト、または
焼戻ベイナイト及びフェライトである鋼板
この場合は、下記(3)または(4)の方法を採用することができる。
【0017】
(3)熱延工程、及び連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより上記鋼板を製造する方法であって、
該熱延工程は、(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;及び10℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼戻マルテンサイト及びフェライトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼戻ベイナイト及びフェライトの場合)まで冷却して巻取る工程を包含し、
該連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度で10〜600秒加熱保持する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms以下の温度まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する方法;
(4)熱延工程、冷延工程、第一の連続焼鈍工程、及び第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより上記鋼板を製造する方法であって、
該第一の連続焼鈍工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱保持する工程;及び10℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼戻マルテンサイト及びフェライトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼戻ベイナイト及びフェライトの場合)の温度まで冷却する工程を包含し、
該第二の連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下の温度まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する方法。
【0018】
ここで、上記(3)の熱延工程において、
(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;700±100℃の範囲の温度域まで、30℃/s以上の平均冷却速度で冷却する工程;該温度域で空冷を1〜30秒間行う工程;空冷後、Ms点以下(母相組織が焼戻マルテンサイト及びフェライトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼戻ベイナイト及びフェライトの場合)の温度まで、30℃/s以上の平均冷却速度で冷却して巻取る工程を包含するものは、本発明の好ましい態様である。
【0019】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、DP鋼板の特徴である(i)低降伏比及び(ii)良好な強度−伸びバランスを維持しつつ、更に(iii)高BH性については一層の向上を図ると共に、当該DP鋼板の短所であった(iv)低伸びフランジ性を克服し得、伸びフランジ性にも優れた高強度鋼板を提供すべく鋭意検討してきた。その結果、
(1)転位密度の低い軟質ラス組織からなる▲1▼焼戻マルテンサイト組織、▲2▼焼戻マルテンサイトとフェライトの混合組織、▲3▼焼戻ベイナイト組織、▲4▼焼戻ベイナイトとフェライトの混合組織を夫々、含む母相組織は、伸びフランジ性及び全伸びの向上に極めて有効であること;この様な母相組織と、微細なマルテンサイトを有する第2相組織からなるDP鋼板は、従来のDP鋼板における優れた低降伏比、優れた強度・延性(伸び)バランスを確保しつつ、伸びフランジ性も著しく高められること;
(2)更に上記組織に制御することにより、優れた焼付硬化特性が得られること;
(3)上記の組織制御に加え、更にsol.Al量を低減することにより、鋼中Nは、加工によって導入された転位を固着し得る固溶Nとして有効に作用し、焼付硬化特性が一層向上すること、
(4)更に好ましくは、焼付硬化特性に寄与するN量及び有効N量を高めることにより、更なる特性の改善が発揮されること
を見出し、本発明を完成した。
【0020】
ここで、「BH性」のメカニズムとしては、加工により導入されたフェライト中の転位が、加工後の熱処理によって鋼中C(固溶C)に固着され、硬化が生じる結果、引張降伏応力が上昇すると推察されており、「BH量」は、引張試験片(通常はJIS5号試験片)を公称歪みで2%まで引張ったときの変形応力σ1を測定し、除荷した後、当該試験片を170℃で20分間保持してから、再び引張試験を行ったときの上降伏応力(降伏点が出現しない場合は0.2%耐力に相当する応力)σ2を測定し、σ1とσ2との差をBH量と定めた。
【0021】
本発明では、このBH量の目標値として、50MPa以上(好ましくは70MPa以上)を掲げている。
【0022】
更に本発明では、BH性の更なる上昇に関連し、引張強度の上昇(ΔTS)も目指すものである。一般にBH性が上昇する場合、降伏強さのみが増加して引張強さの増加が得られないケースがある。BH量と同時に、降伏後の変形応力も上昇すれば、素材が変形することにより吸収される力学的なエネルギーが一層増加することになる。従って、自動車が衝突したときを想定した場合、素材が吸収し得る運動エネルギーが大きいほど、衝突時に乗員等に加わるエネルギーが低下するため、自動車の衝突安全性が向上する。そこで本発明では、BH性の向上に加え、ΔTS性の上昇をも課題として掲げることにした。
【0023】
ここで、ΔTS性は、加工後処理した場合の引張強度が、熱処理前の引張強度よりも上昇する特性を意味する。具体的な測定方法は、引張試験片(通常はJIS5号試験片)に公称歪みで10%の引張歪みを与え、除荷した後、当該試験片を170℃で20分間保持してから、再び引張試験を行ったときの最高応力T2を測定し、熱処理せずに破断まで引張試験したときの最高応力T1との差(T2−T1)をΔTS量と定めた。
【0024】
本発明では、上記ΔTS量の目標値として、30MPa以上(好ましくは50MPa以上)を掲げている。
【0025】
本発明において、上述した優れた効果が得られる理由は詳細には不明であるが、上記軟質ラス組織からなる▲1▼〜▲4▼の組織を母相とした場合、上記組織の生成過程(焼戻過程)で生成されるマルテンサイト/ベイナイトは当該ラス間に生じる為、非常に微細な組織となり、その結果、伸びフランジ性が向上すると共に伸び特性も一層改善されるものと考えられる。また、BH性及びΔTS性の上昇に関しては以下の様に考えられる。即ち、焼戻しにより軟化した母相組織(焼戻マルテンサイト/焼戻ベイナイト)は部材加工時に変形し、多数の転位が導入され、しかもこの焼戻母相組織自体が、フェライトに比べて多くの過飽和C量を含有している為、加工時に導入された転位に固着し得るC量(固溶C量)も多くなる結果、大きな焼付硬化能を有することになる。この様に本発明鋼板では、フェライトのみならず焼戻マルテンサイト/焼戻ベイナイトも焼付硬化性に寄与するため、硬化量の更なる上昇が発揮され、加えて、加工後の熱処理による引張強度も上昇する結果、ΔTS性も向上するものと考えられる。
【0026】
これに対し、従来の複合組織鋼板では、本発明の特徴である焼戻母相組織を有しておらず、焼戻されていないマルテンサイトは、非常に堅くて殆ど変形しないものである。従って、従来鋼板では、多数の転位が導入されるフェライトのみが、焼付硬化能の大部分を担う為、本発明鋼板に比べ、焼付硬化特性が低いと考えられる。
【0027】
以下、本発明を構成する各要件について説明する。
【0028】
まず、本発明を最も特徴付ける上記▲1▼〜▲4▼の母相組織について説明する。
【0029】
▲1▼焼戻マルテンサイト組織を母相とする態様
本発明における「焼戻マルテンサイト」とは、転位密度が少なく軟質であり、しかも、ラス状組織を有するものを意味する。これに対し、マルテンサイトは転位密度の多い硬質組織である点で焼戻マルテンサイトと相違し、両者は、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)観察などによって区別されるものである。また、上記焼戻マルテンサイトを母相とする点で、焼戻マルテンサイトを母相としない従来のDP鋼板とも、やはり相違するものである。
【0030】
この焼戻マルテンサイトは、後記する通り、A3点以上(γ域)より焼入れされたマルテンサイトを、A1点以上(約700℃以上)、A3点以下の温度で焼鈍する等して得られるものである。
【0031】
上記焼戻マルテンサイトによる伸びフランジ性、BH性、及びΔTS性の向上作用を有効に発揮させる為には、焼戻マルテンサイトを30%以上(より好ましくは40%以上、更により好ましくは50%以上、更により一層好ましくは60%以上)有することが推奨される。尚、焼戻マルテンサイトの量は、第2相のマルテンサイトとのバランスによって定められるものであり、所望の特性を発揮し得る様、適切に制御することが推奨される。
【0032】
▲2▼焼戻マルテンサイトとフェライトの混合組織を母相とする態様
上記態様のうち焼戻マルテンサイトの詳細は上記▲1▼に説明した通りである。
【0033】
また、本発明における「フェライト」とは、ポリゴナルフェライト、即ち、転位密度の少ないフェライトを意味する。上記フェライトは伸び特性に優れる等のメリットはあるが、伸びフランジ性に劣るという欠点がある。これに対し、上記フェライトと焼戻マルテンサイトの混合組織を有する本発明鋼板は、優れた伸び特性を維持しつつ、しかも伸びフランジ性も改善されており、且つ、BH性及びΔTS性にも優れいてる点で、従来のDP鋼板とは、組織の構成も得られる特性も異なるものである。
【0034】
本発明による作用を有効に発揮させる為には、フェライトを5%以上(好ましくは10%以上)含有することが推奨される。但し、60%を超えると、必要な強度を確保するのが困難となる他、従来のDP鋼板と同様、フェライトと第2相の界面より多くのボイドが発生し、伸びフランジ性が劣化する為、その上限を60%とすることが推奨される。尚、上限を30%未満に制御すると、フェライトと第2相(マルテンサイト)の界面が減少し、ボイドの発生源が抑えられる為、伸びフランジ性が向上するので、非常に好ましい。
【0035】
▲3▼焼戻ベイナイト組織を母相とする態様
本発明における「焼戻ベイナイト」とは、転位密度が少なく軟質であり、しかも、ラス状組織を有するものを意味する。これに対し、ベイナイトは転位密度の多い硬質組織である点で焼戻ベイナイトと相違し、両者は、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)観察などによって区別されるものである。また、上記焼戻ベイナイトを母相とする点で、焼戻ベイナイトを母相としない従来のDP鋼板とも、やはり相違するものである。
【0036】
この焼戻ベイナイトは、後記する通り、A3点以上(γ域)よりMs点以上Bs点以下で焼入れされたベイナイトを、A1点以上(約700℃以上)、A3点以下の温度で焼鈍する等して得られるものである。
【0037】
上記焼戻ベイナイトの生成による伸びフランジ性、BH性、及びΔTS性の向上作用を有効に発揮させる為には、焼戻ベイナイトを30%以上(好ましくは40%以上、更により好ましくは50%以上、更により一層好ましくは60%以上)有することが推奨される。尚、焼戻ベイナイトの量は、後記するマルテンサイトとのバランスによって定められるものであり、所望の特性を発揮し得る様、適切に制御することが推奨される。
【0038】
▲4▼焼戻ベイナイトとフェライトの混合組織を母相とする態様
上記態様の各組織(焼戻ベイナイト及びフェライト)の詳細は上記▲3▼及び▲2▼に説明した通りである。
【0039】
次に、上記の各態様において、第2相組織のマルテンサイトについて説明する。
【0040】
一般にマルテンサイトは強度の向上に有効な組織であるが、多量に含有すると伸びが低下する等の問題がある。また、従来のDP鋼板の如く、フェライト素地に粗大なマルテンサイトが存在する場合には、該マルテンサイトが破壊の起点となる為、伸びフランジ性が低下する等の問題がある。ところが本発明の如く、上記軟質ラス組織からなる▲1▼〜▲4▼の組織を母相とした場合、当該ラス間にマルテンサイトが微細に分散する為、伸びフランジ性が向上し、更には伸び特性も一層改善されるものと考えられる。
【0041】
この様に本発明におけるマルテンサイトは、従来のマルテンサイトとは異なり、微細なものである。具体的には、光学顕微鏡観察により、母相粒内及び粒界に観察され、特に母相粒内の第2相マルテンサイトはラス間に細長い形状で観察されるものであり、更に、透過型電子顕微鏡(TEM)観察により、従来の島状マルテンサイトとも区別することが可能である。
【0042】
この様な微細なマルテンサイトによる作用を有効に発揮させる為には、上記の各態様において、全組織に対してマルテンサイトを占積率で1%以上(好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上)含有する。但し、多量に含有すると、強度が高くなり過ぎて伸びが低下し、強度−伸びのバランスに劣る等の問題がある為、その上限を30%(好ましくは25%)とする。詳細には、母相組織の種類によって、マルテンサイトの好ましい占積率を適切に制御することが推奨される。
【0043】
その他:ベイナイトまたは残留オーステナイト(0%を含む)
本発明の鋼板は、上記の母相組織と第2組織のみからなっていても良いが、本発明の作用を損なわない範囲で、他の異種組織として、ベイナイトを有していても良い。ベイナイト組織は、例えば後記する本発明の製造過程[前述した(1)または(3)の「連続焼鈍工程またはめっき工程」、若しくは、前述した(2)または(4)の「第二の連続焼鈍工程またはめっき工程」において、3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下まで冷却する工程;または、これら(1)〜(4)の方法の後、合金化する工程等]で必然的に残存し得るものであるが、少なければ少ない程、好ましい。
【0044】
更に使用する鋼種の成分によっては、微細な残留オーステナイトが残っている場合もある。
【0045】
次に、本発明鋼板を構成する基本成分について説明する。以下、化学成分の単位はすべて質量%である。
【0046】
C:0.01〜0.20%
Cは、強度向上に寄与するマルテンサイトの形成に必須の元素であり、本発明鋼板の強度は主に、マルテンサイトの占積率及びその硬度によって決定されるものである。本発明の場合、最終の熱処理工程[前述した(1)または(3)の「連続焼鈍工程またはめっき工程」、若しくは、前述した(2)または(4)の「第二の連続焼鈍工程またはめっき工程」]において、(α+γ)の2相域に加熱した後、冷却してγ相をマルテンサイトとするものであるが、加熱時におけるγ相の占積率(ひいては、冷却後のマルテンサイト占積率)は鋼中のC量等に大きく影響され、C量が少ないと必要な強度の確保が困難となること;特に0.01%以下では(α+γ)の2相域の領域が狭くなり、生産性が悪くなることから、その下限を0.01%(好ましくは0.02%)と定めた。但し、0.20%を超えるとスポット溶接性が著しく劣化する他、鋼板中のマルテンサイト占積率が増加して加工性が劣化するのみならず、降伏比も増加する為、その上限を0.20%(好ましくは0.15%)とする。
【0047】
Si:0.5%以下
Siは、α相中の固溶C量を減少させることにより伸び等の延性向上に寄与する元素である。この様な作用を有効に発揮させる為には、0.05%以上(より好ましくは0.1%以上)添加することが好ましい。但し、0.5%を超えて添加すると、例えば亜鉛めっきした場合にめっき不良を起こすことから、その上限を0.5%(好ましくは0.3%)とする。
【0048】
Mn:0.5〜3%
Mnは固溶強化元素として有用であり、また、冷却過程における変態を抑制してγ相を安定化する為に必要な元素である。更に所望のマルテンサイト相を生成する為に有用である。この様な作用を有効に発揮させる為には、0.5%以上(好ましくは0.7%以上、より好ましくは1%以上)添加する。但し、3%を超えて添加すると、亜鉛めっきしたときのめっき特性を劣化させる為、その上限を3%(好ましくは2.5%以下、より好ましくは2%以下)とする。
【0049】
sol. Al(酸可溶性Al):0.06%以下
Alはセメンタイトの生成を防止し、C濃化によるγ相安定化元素として有用である。但し、多量に添加すると、酸化物等が生成し、伸びや伸びフランジ性が低下する為、かかる観点から、その上限を0.06%とした。好ましくは0.05%以下である。
【0050】
一方、焼付硬化特性向上の観点からいえば、Alは、優れた焼付硬化性及び引張強度の上昇を確保するのに有効な固溶N(後記する)を確保するのに制御しなければならない元素である。多量に存在すると、固溶Nと結合してAl窒化物(AlN)を形成し易くなり、BH量及びΔTS量の更なる向上が望めない。また、固溶Nを十分確保することができ、且つ、AlNが形成された場合であっても、該AlNが伸びや伸びフランジ性等の特性を劣化させないようにする必要がある。その為、本発明では特に焼付硬化特性向上の観点から、sol.Alの上限を0.025%にすることが推奨される。かかる観点からすれば、Al含有量は少なければ少ない程好ましいが、生産性等を考慮すると実用レベルで、0.005%以上とすることが推奨される。尚、鋼中のsol.Al量を低減する方法としては、製鋼段階における脱酸をAlではなくSiで行うこと等が有用である。
【0051】
P:0.15%以下(0%を含まない)
Pは、固溶強化元素として有用であり、また、冷却過程においてγ相の分解を抑制するのに必要な元素である。この様な作用を有効に発揮させる為には、0.03%以上(より好ましくは0.05%以上)添加することが推奨される。但し、0.15%を超えて添加すると延性が劣化する。好ましくは0.1%以下である。
【0052】
S:0.02%以下(0%を含む)
Sは、熱間圧延時にMnS等の硫化物系介在物を形成し、割れの起点となって加工性を劣化させる他、冷間時の延性を低下させる元素である為、その上限を0.02%とした。好ましくは0.015%以下である。
【0053】
本発明の鋼は上記成分を基本成分として含有し、残部:実質的に鉄及び不純物であるが、特に所望のBH性を得る為に、N量を以下の通り、適切に制御することが推奨される。
【0054】
N :0.0050%以上、
0.0001%≦[ N ]−(14/27)×[ sol.A l]≦0.001%…(1)
(式中、[ ]は各元素の含有量を示す)
上述した通り、固溶Nは、焼付硬化性及び引張強度を向上させるのに有用である。一般に、通常の複合組織鋼板では、N量を0.003〜0.004%程度含有しており、本発明でも当該範囲を許容し得るが、更に前述したAl量の低減化と相俟って、所望の固溶N量を一層効果的に確保するという観点から、0.0050%以上添加することが推奨される。好ましくは0.0060%以上、より好ましくは0.0070%以上である。
【0055】
更に、固溶N量をsol.Al量との関係で適切に制御して所望の焼付硬化性及び引張強度を得るという観点に基づき、「本発明で目標とするBH量(50MPa以上)及びΔTS量(30MPa以上)を確保する」のに必要な固溶N量を、sol.Al量とのバランスを考慮して定めたのが上式(1)である。すなわち、上式(1)で表される{[N]−(14/27)×[sol.Al]}は、真に特性向上に寄与する有効N量[以下、上式(1)で表される数値を「有効N量」と呼ぶ場合がある]を意味する。尚、N含有量が多過ぎると、製造時の鋳塊に気泡が生じ、熱間圧延工程にて割れや破断が生じる原因となることから、上記有効N量の上限は0.001%とすることが推奨される。
【0056】
更に本発明では、本発明の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を添加することができる。
【0057】
B:0.003%以下(0%を含まない)
Bは焼入性を向上し、微量で強度を高める作用がある。この様な作用を有効に発揮させる為には0.0005%以上添加することが推奨される。しかしながら、過剰に添加すると粒界が脆化し、鋳造や圧延等の処理により割れが生じる為、その上限を0.003%とする。より好ましくは0.002%以下である。
【0058】
Cr及び/又はMoを合計で1%以下(0%を含まない)
Cr及びMoは、焼入れ性を向上させて、鋼の強度を高めるのに有効な元素であることから、Cr及び/又はMoを合計で0.1%以上添加することが推奨される。しかしながら、過剰に添加しても効果が飽和してしまい、延性が劣化する為、Cr及び/又はMoを合計で1%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは合計で0.8%以下である。
【0059】
尚、これらの元素は夫々、単独で使用しても良いし、或いは併用しても構わない。
【0060】
Ni:0.5%以下(0%を含まない)及び/又は
Cu:0.5%以下(0%を含まない)
これらの元素は、強度−延性バランスを高く保持したまま、高強度化を実現するのに有効な元素であり、この様な作用を有効に発揮させる為には、Ni:0.1%以上、及び/又はCu:0.1%以上を添加することが推奨される。しかしながら、これらの元素を過剰に添加しても上記効果が飽和してしまう他、熱延時に割れが生じる等生産性が劣化することから、Ni:0.5%以下、及び/又はCu:0.5%以下に抑えるのが良い。
【0061】
Ca及び/又はREM:0.003%以下(0%を含まない)
Ca及びREM(希土類元素)は、鋼中硫化物の形態を制御し、加工性向上に有効な元素である。ここで、本発明に用いられる希土類元素としては、Sc、Y、ランタノイド等が挙げられる。上記作用を有効に発揮させる為には、夫々、0.0003%以上(より好ましくは0.0005%以上)添加することが推奨される。但し、0.003%を超えて添加しても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄である。より好ましくは0.0025%以下である。
【0062】
Ti:0.1%以下(0%を含まない),Nb:0.1%以下(0%を含まない),V:0.1%以下(0%を含まない)の少なくとも一種
これらの元素はいずれも、炭窒化物形成元素であり、該炭窒化物が析出すると、(α+γ)域に加熱したときのα相及びγ相の結晶粒が微細になり、高強度化に寄与する。この様な作用を有効に発揮させる為には、Ti:0.01%以上(より好ましくは0.02%以上)、Nb:0.01%以上(より好ましくは0.02%以上)、V:0.01%以上(より好ましくは0.02%以上)を、夫々添加することが推奨される。但し、いずれの元素も0.1%を超えて添加すると析出硬化により降伏比が高くなってしまう。より好ましくはTi:0.08%以下、Nb:0.08%以下、V:0.08%以下である。
【0063】
次に、本発明鋼板を製造する方法につき、各態様毎に説明する。
【0064】
A:母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトである鋼板
上記鋼板の代表的な製造方法として、下記(1)または(2)の方法が挙げられる。以下、各方法について詳述する。
【0065】
(1)[熱延工程]→[連続焼鈍工程またはめっき工程]
この方法は、▲1▼熱延工程、及び▲2▼連続焼鈍工程またはめっき工程を経由して所望の鋼板を製造する方法である。このうち▲1▼熱延工程の説明図を図1(母相組織が焼入マルテンサイトの場合)及び図2(母相組織が焼入ベイナイトの場合)に、▲2▼連続焼鈍またはめっき工程の説明図を図3に、夫々示す。
【0066】
▲1▼熱延工程
上記熱延工程は、(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;及び20℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼戻マルテンサイトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼戻ベイナイトの場合)まで冷却して巻取る工程を包含するものである。この熱延条件は、所望の母相組織(焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイト)を得る為に設定されたものである。
【0067】
まず、いずれの母相組織を得る場合においても、熱延仕上温度(FDT)は(Ar3−50)℃以上、好ましくはAr3点以上の温度とすることが推奨される。これは、引続き実施される「Ms点以下の冷却」または「Ms点以上Bs点以下の冷却」と共に、所望の焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイトを得る為である。
【0068】
上記熱延仕上げの後、冷却するが、冷却条件(CR)は、20℃/s以上(好ましくは30℃/s以上)の平均冷却速度で、フェライト変態やパーライト変態を避けてMs点以下まで冷却することが推奨される。これにより、ポリゴナルフェライト等を生成させることなく、所望の焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイトを得ることができる。熱延後の平均冷却速度は、最後のマルテンサイトの形態にも影響を与え、平均冷却速度が速ければラス組織が微細となり、第2相組織も微細となるので有用である。尚、平均冷却速度の上限は特に限定されず、大きければ大きい程良いが、実操業レベルとの関係で、適切に制御することが推奨される。
【0069】
また、巻取温度(CT)は、焼入マルテンサイトを得る場合には、
Ms点以下[計算式:Ms=561−474×[C]−33×[Mn]−17×[Ni]−17×[Cr]−21×[Mo];式中、[ ]は各元素の質量%である]にすることが必要である。Ms点を超えると、所望の焼入マルテンサイトが得られず、ベイナイト等が生成するからである。
【0070】
一方、焼入ベイナイトを得る場合には、巻取温度(CT)は、
Ms点以上Bs点以下[計算式:Msは上記式と同じ;Bs=830−270×[C]−90×[Mn]−37×[Ni]−70×[Cr]−80×[Mo];式中、[ ]は各元素の質量%である]にすることが必要である。Bs点を超えると所望の焼入ベイナイトが得られず、一方、Ms点を下回ると焼戻マルテンサイトが生成するからである。
【0071】
尚、熱延工程では、所望の焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイトを得る為に、上記の各工程を適切に制御することが推奨されるが、その他の工程、例えば加熱温度等は、通常実施される条件(例えば約1000〜1300℃)を適宜選択すれば良い。
【0072】
▲2▼連続焼鈍またはめっき工程
上記▲1▼の熱延に引続き、連続焼鈍またはめっきを行う。但し、熱延後の形状が悪いときには形状修正の目的で、上記▲1▼の熱延を行った後、当該▲2▼の連続焼鈍またはめっきを行う前に、冷延処理しても良い。ここで、冷延率は1〜50%とすることが推奨される。50%を超えて冷間圧延すると、圧延荷重が増大し、冷間圧延が困難となるからである。特に母相組織が焼戻マルテンサイトの場合は、冷延率を1〜30%とすることが好ましい。
【0073】
上記連続焼鈍またはめっきは、A1点以上A3点以下の温度で加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下の温度まで冷却する工程[図3(a)];並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程[図3(c)]を包含する。これらの条件は、熱延工程で生成した母相組織(焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイト)を焼戻して所望の焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトを得ると共に、第2相(マルテンサイト)を生成させる為に設定されたものである。
【0074】
まず、A1点以上A3点以下の温度で均熱することにより、所望の組織(焼戻マルテンサイト+マルテンサイト/焼戻ベイナイト+マルテンサイト)を生成させる(2相域焼鈍)。上記温度を超えると、すべてγとなってしまい、一方、上記温度を下回ると、すべて焼戻マルテンサイト/焼戻ベイナイトとなってしまい、所望の第2相のマルテンサイトが得られないからである。尚、上記均熱時の加熱保持時間は、10〜600秒とすることが推奨される。10秒未満では、焼戻が不足し、所望の母相組織(焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイト)が得られない。好ましくは20秒以上、より好ましくは30秒以上である。尚、600秒を超えると、焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトの特徴であるラス状組織が維持できなくなり、機械的特性が劣化する。好ましくは500秒以下、より好ましくは400秒以下である。
【0075】
次いで、平均冷却速度(図3中、CR)を、3℃/s以上(好ましくは5℃/s以上)に制御し、パーライト変態を避けながら、Ms点以下の温度まで冷却する。これにより、微細なマルテンサイトを短時間に得ることができる。
【0076】
ここで、平均冷却速度が上記範囲を下回ると、所望の組織が得られず、パーライト等が生成する。尚、その上限は特に規定されず、大きければ大きい程良いが、実操業レベルとの関係で、適切に制御することが推奨される。
【0077】
また、上記工程では、所望の母相組織(焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイト)及びマルテンサイトの他、本発明の作用を損なわない範囲で、更にベイナイト組織が生成していても構わない。また、所望の組織を著しく分解させることなく、本発明の作用を損なわない範囲で、めっき、更には合金化処理しても良い。具体的には、溶融めっき鋼板や合金化溶融めっき鋼板等における連続めっきラインでは、冷却工程の後、めっき処理の目的で、400〜500℃の温度にて数秒間〜数十秒間保持する工程を包含しても良い[図3(b)]。尚、上記(b)の保持工程を包含する場合における前記「平均冷却速度(CR)」とは、当該保持時間は含まないものとする。
【0078】
更に、Ms点以下の温度まで冷却した後、必要に応じて、100〜600℃の温度で過時効しても良い。上記過時効処理によりTSレベルを適切にコントロールすることができるからである。100℃未満では、TSをコントロールできず、所望の焼戻効果が得られない。より好ましくは200℃以上である。但し、600℃を超えると、セメンタイトが析出し、TSが低下する等の問題がある。より好ましくは500℃以下である。また、処理時間は、要求されるTSレベル等に応じて適切に制御することが推奨されるが、概ね、10〜200秒間(より好ましくは30秒以上、150秒以下)に制御することが好ましい。
【0079】
(2)[熱延工程]→[冷延工程]→[第一の連続焼鈍工程]
→[第二の連続焼鈍工程またはめっき工程]
上記(2)の方法は、熱延工程、冷延工程、第一の連続焼鈍工程、および第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を経て、所望の鋼板を製造する方法である。このうち上記方法を特徴付ける第一の連続焼鈍工程の説明図を図4(母相組織が焼入マルテンサイトの場合)及び図5(母相組織が焼入ベイナイトの場合)に示す。
【0080】
まず、熱延工程、および冷延工程を実施するが、これらの工程は特に限定されず、通常、実施される条件を適宜選択して採用することができる。上記方法では、これらの工程により、所望の組織を確保するものではなく、その後に実施する第一の連続焼鈍工程、および第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を制御して所望の組織を得るところに特徴があるからである。
【0081】
具体的には、上記熱延工程としては、Ar3点以上で熱延終了後、平均冷却速度約30℃/sで冷却し、約500〜600℃の温度で巻取る等の条件を採用することができる。また、冷延工程では、約30〜70%の冷延率の冷間圧延を施すことが推奨される。勿論、これに限定する趣旨では決してない。
【0082】
次に、上記(2)の方法を特徴付ける▲3▼第一の連続焼鈍工程、および▲4▼第二の連続焼鈍工程またはめっき工程について説明する。
【0083】
▲3▼第一の連続焼鈍工程(最初の連続焼鈍工程)
上記工程は、A3点以上の温度に加熱保持する工程;及び20℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで冷却する工程を包含する。これらの条件は、所望の母相組織(焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイト)を得る為に設定されたものである。
【0084】
まず、A3点以上の温度(図4及び図5中、T1)に均熱した(好ましくは1300℃以下)後、平均冷却速度(図4及び図5中、CR)を20℃/s以上(好ましくは30℃/s以上)に制御し、Ms点以下の温度(図4中、T2)、またはMs点以上Bs点以下の温度(図5中、T2)まで冷却することにより、フェライト変態やパーライト変態を避けながら、所望の焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイトを得る。
【0085】
ここで、平均冷却速度(CR)が上記範囲を下回ると、フェライト、パーライトが生成し、所望の組織が得られない。尚、その上限は特に限定されず、大きければ大きい程良いが、実操業レベルとの関係で、適切に制御することが推奨される。
【0086】
▲4▼第二の連続焼鈍工程(後の連続焼鈍工程)またはめっき工程
上記工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下の温度まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する。
【0087】
上記工程は、前述した(1)の方法における▲2▼連続焼鈍工程またはめっき工程と同じであり、前記▲3▼第一の連続焼鈍工程で生成した母相組織(焼入マルテンサイトまたは焼入ベイナイト)を焼戻して所望の焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトを得ると共に、第2相(マルテンサイト)を生成させる為に設定されたものである。
【0088】
B.母相組織が(焼戻マルテンサイトとフェライト)または(焼戻ベイナイトとフェライト)の混合組織;第2相組織がマルテンサイトである鋼板
上記鋼板の代表的な製造方法として、下記(3)または(4)の方法が挙げられる。
【0089】
(3)[熱延工程]→[連続焼鈍工程またはめっき工程]
この方法は、▲1▼熱延工程、及び▲2▼連続焼鈍工程またはめっき工程を経由して所望の鋼板を製造する方法である。このうち▲1▼熱延工程の説明図は、母相組織が焼入マルテンサイト+フェライトの場合は前記図1に、母相組織が焼入ベイナイト+フェライトの場合は前記図2に夫々、示した通りであり、▲3▼連続焼鈍またはめっき工程の説明図は前記図3に示した通りである。
【0090】
▲1▼熱延工程
上記熱延工程は、(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;及び10℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼入マルテンサイト+フェライトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼入ベイナイト+フェライトの場合)の温度まで冷却して巻取る工程を包含するものである。この熱延条件は、所望の母相組織(焼入マルテンサイト+フェライト、または焼入ベイナイト+フェライトの混合組織)を得る為に設定されたものであるが、その詳細は、前述した(1)の方法における▲1▼熱延工程に記載した通りである。
【0091】
上記熱延仕上げの後、冷却する。本発明では、冷却速度(CR)を制御することにより、冷却中にフェライトを一部生成させてα+γの2相とし、更にMs点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで冷却することにより、所望の混合組織を得ることができる。
【0092】
ここで、上記冷却条件としては、下記(a)、好ましくは(b)の方法が挙げられる。
【0093】
(a)一段冷却:即ち、10℃/s以上(好ましくは20℃/s以上)の平均冷却速度で、パーライト変態を避けてMs点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで冷却する。このとき、平均冷却速度を適切に制御することにより、所望の混合組織(焼入マルテンサイト+フェライト、または焼入ベイナイト+フェライト)を得ることができる。尚、本発明では、フェライトを5%以上30%未満に制御することが推奨されるが、この場合には、平均冷却速度を30℃/s以上に制御することが好ましい。
【0094】
また、熱延後の平均冷却速度は、フェライトの生成のみならず、生成する組織(焼戻マルテンサイト/焼戻ベイナイトとフェライト)の面積率等にも影響を与え、平均冷却速度が速ければ(好ましくは50℃/s以上)、ラス状を呈することになる。尚、平均冷却速度の上限は特に限定されず、大きければ大きい程良いが、実操業レベルとの関係で、適切に制御することが推奨される。
【0095】
更に、冷却中に所望の混合組織を一層効率よく生成させる為には、(b)二段冷却:即ち、▲1▼700±100℃の範囲の温度域(好ましくは700±50℃)まで、30℃/s以上の平均冷却速度(CR1)で冷却する工程;▲2▼該温度域で空冷を1〜30秒間行う工程;▲3▼空冷後、Ms点以下またはMs点以上Bs点以下の温度まで、30℃/s以上の平均冷却速度(CR2)で冷却して巻取る工程を包含することが推奨される。この様に段階的に冷却することにより、転位密度の低いポリゴナル・フェライトを一層確実に生成させることができる。
【0096】
ここで、上記▲1▼の温度域及び▲3▼の温度域では、共に、30℃/s以上、好ましくは40℃/s以上の平均冷却速度で冷却することが推奨される。尚、当該平均冷却速度の上限は特に限定されず、大きければ大きい程良いが、実操業レベルとの関係で、適切に制御することが推奨される。
【0097】
また、上記▲2▼の温度域では、空冷を1秒以上、好ましくは3秒以上行うことが好ましく、これにより所定のフェライト量が効率よく得られる。但し、空冷時間が30秒を超えると、フェライト量が好ましい範囲を超えて生成され、所望の強度が得られない他、伸びフランジ性も劣化する。好ましくは20秒以下である。
【0098】
また、巻取温度(CT)は、前記(1)の▲1▼に記載した通りである。
【0099】
尚、熱延工程では、所望の母相組織を得る為に、上記の各工程を適切に制御することが推奨されるが、その他の工程、例えば加熱温度等は、通常実施される条件(例えば約1000〜1300℃)を適宜選択すれば良い。
【0100】
▲2▼連続焼鈍工程またはめっき工程
上記▲1▼の熱延後、連続焼鈍またはめっきを行う。但し、熱延後の形状が悪いときには形状修正の目的で、上記▲1▼の熱延を行った後、当該▲2▼の連続焼鈍またはめっきを行う前に、冷延処理しても良い。ここで、冷延率は1〜30%とすることが推奨される。冷延率30%を超えて冷間圧延すると、圧延荷重が増大し、冷間圧延が困難となるからである。
【0101】
上記連続焼鈍またはめっきは、A1点以上A3点以下の温度で加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下の温度まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する。これらの条件は、熱延工程で生成した母相組織を焼戻して所望の混合組織(焼戻マルテンサイト+フェライト、または焼戻ベイナイト+フェライト)を得ると共に、第2相(マルテンサイト)を生成させる為に設定されたものであり、その詳細は、前述した(1)の方法における▲2▼連続焼鈍工程またはめっき工程に記載した通りである。
【0102】
(4)[熱延工程]→[冷延工程]→[第一の連続焼鈍工程]
→[第二の連続焼鈍工程またはめっき工程]
上記(4)の方法は、熱延工程、冷延工程、第一の連続焼鈍工程、および第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を経て、所望の鋼板を製造する方法である。このうち上記(4)の方法を特徴付ける第一の連続焼鈍工程の説明図を、母相組織が焼入マルテンサイト+フェライトの場合は図6に、母相組織が焼入ベイナイト+フェライトの場合は図7に、夫々示す。
【0103】
まず、熱延工程、および冷延工程を実施する。これらの工程は特に限定されず、通常、実施される条件を適宜選択して採用することができるが、その詳細は、前述した(2)の方法に記載した通りである。
【0104】
次に、上記(4)の方法を特徴付ける▲3▼第一の連続焼鈍工程、および▲4▼第二の連続焼鈍工程またはめっき工程について説明する。
【0105】
▲3▼第一の連続焼鈍工程(最初の連続焼鈍工程)
上記工程は、A1点以上A3点以下の温度で加熱保持する工程;及び10℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下(母相組織が焼入マルテンサイト+フェライトの場合)、またはMs点以上Bs点以下(母相組織が焼入ベイナイト+フェライトの場合)の温度まで冷却する工程を包含する。この条件は、所望の母相組織を得る為に設定されたものである。
【0106】
まず、A1点以上A3点以下の温度(図6及び図7中、T1)に均熱する(好ましくは1300℃以下)。尚、A1〜A3の温度で均熱するときには均熱中に、一方、A3点以上の温度で均熱するときは冷却中に、フェライトを一部生成させて[フェライト(α)+γ]の2相とした後、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで冷却することにより、所望の(α+焼入マルテンサイト)または(α+焼入ベイナイト)を得る。
【0107】
上記均熱後、平均冷却速度(CR)を10℃/s以上(好ましくは20℃/s以上)に制御し、Ms点以下の温度(図6中、T2)、またはMs点以上Bs点以下の温度(図7中、T2)まで冷却することにより、パーライト変態を避けながら、所望の混合組織(焼入マルテンサイト+フェライト、または焼入ベイナイト+フェライト)を得る。尚、本発明では、フェライトを5%以上30%未満に制御することが推奨されるが、この場合には、平均冷却速度を30℃/s以上に制御することが好ましい。
【0108】
また、上記平均冷却速度は、フェライトの生成のみならず、最後のマルテンサイトの形態等にも影響を及ぼす様になり、平均冷却速度が速ければ(好ましくは50℃/s以上)、ラスが小さくなる。尚、平均冷却速度の上限は特に限定されず、大きければ大きい程良いが、実操業レベルとの関係で、適切に制御することが推奨される。
【0109】
▲4▼第二の連続焼鈍工程(後の連続焼鈍工程)またはめっき工程
上記工程は、A1点以上A3点以下の温度で加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下の温度まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含する。この工程は、前述した(2)の方法における▲4▼第二の連続焼鈍工程またはめっき工程と同じであり、前記▲3▼第一の連続焼鈍工程で生成した混合母相組織を焼戻して所望の混合組織を得ると共に、第2相(マルテンサイト)を生成させる為に設定されたものである。
【0110】
以下実施例に基づいて本発明を詳述する。ただし、下記実施例は本発明を制限するものではなく、前・後記の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施することは全て本発明の技術範囲に包含される。
【0111】
【実施例】
以下の実施例1及び2では、特に、機械的特性に及ぼす組織の影響について検討した。
【0112】
実施例1:成分組成及び製造条件の検討
(母相組織が焼戻ベイナイト+フェライトの混合組織について)
本実施例では、表1に記載の成分組成からなる供試鋼(表1のNo.1〜9:表中の単位は質量%)を真空溶製し、実験用スラブとしてから、前述した(4)の製造方法(第一の連続焼鈍→第二の連続焼鈍)に従って、板厚3.2mmの熱延鋼板を得た後、酸洗により表面スケールを落とし、1.2mmtまで冷間圧延した(表2のNo.1〜9)。
【0113】
具体的な製造条件は以下の通りである。まず、各鋼板をA1点以上A3点以下の温度(850℃)で60秒間加熱保持した後、30℃/sの平均冷却速度で、Ms点以上Bs点以下の温度(400℃)まで冷却した(第一の連続焼鈍処理)。次に、A1点以上A3点以下の温度(800℃)で60秒加保持した後、5℃/sの平均冷却速度で700℃まで冷却し、更に30℃/sの平均冷却速度で室温まで冷却する(第二の連続焼鈍処理)ことにより、表2のNo.1〜9の鋼板を得た。このうち、表2のNo.3では、過時効による影響を確認すべく、30℃/sの平均冷却速度で室温まで冷却した後、強度調整の目的で350℃で3分間過時効処理した。
【0114】
比較の為に、表1のNo.2〜9の供試鋼を用い、前述した第1の連続焼鈍処理を省略して第二の連続焼鈍処理のみ行うことにより、表2のNo.10〜17の鋼板を得た。このうち、表2のNo.11では、過時効による影響を確認すべく、30℃/sの平均冷却速度で室温まで冷却した後、強度調整の目的で350℃で3分間過時効処理した。
【0115】
この様にして得られた各鋼板について、引張強度(TS)、伸び[全伸びのこと(EI)]、降伏強度(YP)、降伏比(YR)、及び伸びフランジ性(穴広げ性:λ)を、下記要領で夫々測定した。
【0116】
まず、引張試験はJIS5号試験片を用い、引張強度(TS)、伸び(EI)、及び降伏強度(YP)を測定した。降伏比(YR)は[YP/TS]×100(%)で算出した。
【0117】
また、伸びフランジ性試験は、直径100mm、板厚2.0mmの円盤状試験片を用いた。具体的には、φ10mmの穴をパンチ打抜き後、60°円錐パンチでばり上にて穴広げ加工することにより、亀裂貫通時点での穴広げ率(λ)を測定した(鉄鋼連盟規格JFST 1001)。
【0118】
更に、上記鋼板をレペラ腐食し、冷延方向断面(L方向断面)の1/4tの位置における組織を光学顕微鏡(×1000)により観察する。各組織の面積率は上記の如くレペラ腐食した組織写真を画像解析することにより評価した。
【0119】
更にこれらの鋼板について、以下の方法により、BH量及びΔTS量を測定した。
【0120】
まず、BH量は、引張試験片(通常はJIS5号試験片)を公称歪みで2%まで引張ったときの変形応力σ1を測定し、除荷した後、当該試験片を170℃で20分間保持してから、再び引張試験を行ったときの上降伏応力(降伏点が出現しない場合は0.2%耐力に相当する応力)σ2を測定し、σ1とσ2との差をBH量と定めた。
【0121】
また、ΔTS量は、引張試験片(通常はJIS5号試験片)に公称歪みで10%の引張歪みを与え、除荷した後、当該試験片を170℃で20分間保持してから、再び引張試験を行ったときの最高応力T2(上降伏点が出現する場合は、その応力を除く最高応力)を測定し、熱処理せずに破断まで引張試験したときの最高応力T1との差(T2−T1)をΔTS量と定めた。
【0122】
これらの結果を表2に示す。
【0123】
【表1】
【0124】
【表2】
【0125】
これらの結果より、以下の様に考察することができる(以下のNo.はすべて、表2中の実験No.を意味する)。
【0126】
まず、No.2〜9はいずれも、本発明で特定する方法によって所定の焼戻母相組織(焼戻ベイナイト+フェライトの混合組織)を製造した例であるが、焼戻ベイナイトを有しない他の鋼板(No.1、10〜17)に比べ、伸びフランジ性に優れていると共に、BH量も概ね20〜30MPa程度、ΔTS量も概ね10MPa程度、夫々上昇しており、良好な特性が得られることが分かる。
【0127】
これに対し、本発明で特定する条件のいずれかを満足しない下記例は夫々、以下の不具合を有している。
【0128】
まず、No.1は、C量が少ない例であり、所望の焼戻ベイナイト及びマルテンサイトが得られなかった。ちなみに上記鋼板では、ベイニティックフェライトとフェライトの複合組織鋼板が得られており、強度−伸びバランス(TS×El)が若干低下する。
【0129】
No.10〜17は、第一の連続焼鈍処理を施していない為、従来のフェライトおよびマルテンサイトのDP鋼板が得られた例であり、伸びフランジ性に劣っており、強度−伸びフランジバランス(TS×λ)が悪い。更にBH量及びΔTS量も低かった。
【0130】
参考までに、図8及び図9に、本発明鋼板(No.3)及び比較鋼板(No.11)の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)を夫々、示す。これらの写真より、本発明鋼板(図8)は、明確なラス状組織を呈する焼戻ベイナイトとフェライトを母相組織とし、該焼戻ベイナイトのなかに微細なマルテンサイトが分散しているのに対し、比較鋼板(図9)では、この様な組織が得られないことが分かる。
【0131】
実施例2:製造条件の検討
本実施例では、表1のNo.2の実験用スラブを用い、表3に示す種々の製造条件を行うことにより、表3のNo.1〜9に示す種々の組織からなる鋼板を得た。板厚は、表3のNo.9の熱延鋼板(2.0mm)を除き、すべて1.2mmとした。
【0132】
次に、実施例1と同様の方法で、該鋼板の組織及び種々の特性を調べた。これらの結果を表4に示す。
【0133】
【表3】
【0134】
【表4】
【0135】
まず、表3のNo.1〜6、9は、前述した(3)、(6)または(4)の方法を採用した例である。
【0136】
詳細には、No.1/No.3は、前記(3)の方法[熱延→冷延→第一の連続焼鈍→第二の連続焼鈍(更に合金化処理)]を施し、母相組織が焼戻マルテンサイト/焼戻ベイナイトである合金化溶融Znめっき鋼板(GA)の例;No.2/No.4は、前記(6)の方法[熱延→冷延→第一の連続焼鈍→第二の連続焼鈍(更に合金化処理)]を施し、母相組織が焼戻マルテンサイト+フェライト/焼戻ベイナイト+フェライトの混合組織である合金化溶融Znめっき鋼板(GA)の例である。また、No.5及び6は、いずれもNo.4と同様、母相組織が焼戻ベイナイト+フェライトの例であるが、No.5は、合金化処理を省略した溶融Znめっき鋼板(GI)の例;No.6は、合金化処理を省略した冷延鋼板の例である。これらはいずれも、本発明で特定する方法で製造している為、所望の組織が得られており、優れた特性を有している。
【0137】
また、No.9は、前記(4)の方法を採用し、母相組織が焼戻ベイナイト+フェライトの混合組織である熱延鋼板の例であり、優れた特性を有している。
【0138】
これに対し、No.7は、上記(3)の方法において、第一の連続焼鈍を行わない従来のDP鋼板を製造した例であるが、伸びフランジ性に劣り、強度−伸びフランジ性のバランス(TS×λ)が悪く、BH量及びΔTS量も低かった。
【0139】
また、No.8は、従来のTP鋼板を製造した例である。詳細には、上記鋼板を800℃で60秒間加熱保持した後、5℃/sの平均冷却速度で700℃まで冷却し、次いで、15℃/sの平均冷却速度で400℃まで冷却してから、当該温度で3分間保持した後、室温まで冷却したものであるが、強度−伸びバランス(TS×El)が悪く、BH量及びΔTS量も低い。
【0140】
以下の実施例3では、前記実施例1〜2に示す組織制御に加えて、更に鋼中成分(sol.Al及びN)を制御すると、機械的特性が著しく向上することを明らかにすべく実験を行なった。
【0141】
実施例3
表5の成分組成を満足するNo.1〜19の供試鋼を用い、表6または表8に示す熱処理条件を施し、種々の鋼板を製造した。表6中、「製造工程」の欄に記載の(1)〜(4)は夫々、前述した(1)〜(4)の方法に対応する。即ち、(1)の方法は、熱延工程→連続焼鈍またはめっき工程を経由して母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトの鋼板を製造する方法;(2)の方法は、熱延工程→冷延工程→第一の連続焼鈍工程→第二の連続焼鈍またはめっき工程を経由して母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトの鋼板を製造する方法;(3)の方法は、熱延工程→連続焼鈍またはめっき工程を経由して母相組織が(焼戻マルテンサイトとフェライト)または(焼戻ベイナイトまたはフェライト)の混合組織からなる鋼板を製造する方法;(4)の方法は、熱延工程→冷延工程→第一の連続焼鈍工程→第二の連続焼鈍またはめっき工程を経由して母相組織が(焼戻マルテンサイトとフェライト)または(焼戻ベイナイトまたはフェライト)の混合組織からなる鋼板を製造する方法を、夫々、意味する。また、表6中、「GA」は合金化溶融亜鉛めっき鋼板を、「GI」は溶融亜鉛めっき鋼板を、「冷延」とは冷延鋼板を、「熱延」とは熱延鋼板を、夫々意味する。
【0142】
この様にして得られた各鋼板について、スキンパス圧延(伸び率1%)を実施してから、引張強度(TS)、伸び[全伸びのこと(EI)]、及び伸びフランジ性(穴広げ性:λ)を実施例1の方法に従って、夫々測定すると共に、各組織の面積率を測定した。更に前述した方法に従い、BH量及びΔTS量を測定した。
【0143】
これらの結果を表7または表9に示す。表中、「α」はフェライトを、「M」はマルテンサイトを夫々意味する。尚、表7に示すミクロ組織は焼戻マルテンサイト(TM)、焼戻ベイナイト(TB)、フェライト(α)の相対比率を表したものであり、その他の組織として微量の残留オーステナイトを全組織に対して5%以下の範囲で含む場合がある。また、表6〜表9のNo.は夫々、表5の供試鋼No.を意味する。
【0144】
【表5】
【0145】
【表6】
【0146】
【表7】
【0147】
【表8】
【0148】
【表9】
【0149】
これらの結果より、以下の様に考察することができる。
【0150】
まず、表7のNo.1〜2は、本発明の好ましい態様に比べ、鋼中のsol.Al量が多く、且つN量が少ない従来の鋼種を用いて得られる従来DP鋼板の例であり、BH量及びΔTS量がいずれも低かった。
【0151】
これに対し、表7のNo.3、4、6、7、及び表9のNo.5、8、9は、いずれもsol.Al量のみを本発明の好ましい範囲内に低く制御した鋼種を用い、本発明の熱処理条件で製造した本発明例であるが、上記No.1及び2の従来例に比べ、伸びフランジ性が向上するのみならず、BH量及びΔTS量も著しく増加した。
【0152】
更に表7のNo.10、11、13、17〜19、表9の12、14〜16は、sol.Al量のみならずN量及び有効N量も本発明の好ましい範囲内に制御した鋼種を用い、本発明の熱処理条件で製造した本発明例であるが、上記No.3〜9に比べ、更にBH量及びΔTS量が上昇した。
【0153】
【発明の効果】
本発明は上記の様に構成されているので、低降伏比を有し、しかも強度−伸び及び強度−伸びフランジ性のバランスにも優れ、且つ、焼付硬化性にも優れた複合組織鋼板;及び、この様な鋼板を効率よく製造することができた。
【図面の簡単な説明】
【図1】母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻マルテンサイト+フェライトの場合において、(1)の方法における熱延工程を説明した図である。
【図2】母相組織が焼戻ベイナイトまたは焼戻ベイナイト+フェライトの場合において、(1)の方法における熱延工程を説明した図である。
【図3】(1)の方法における連続焼鈍またはめっき工程を説明した図である。
【図4】母相組織が焼戻マルテンサイトの場合において、(2)の方法における第一の連続焼鈍工程を説明した図である。
【図5】母相組織が焼戻ベイナイトの場合において、(2)の方法における第一の連続焼鈍工程を説明した図である。
【図6】母相組織が焼戻マルテンサイト+フェライトの場合において、(2)の方法における第一の連続焼鈍工程を説明した図である。
【図7】母相組織が焼戻ベイナイト+フェライトの場合において、(2)の方法における第一の連続焼鈍工程を説明した図である。
【図8】実施例1におけるNo.3の光学顕微鏡写真である。
【図9】実施例1におけるNo.11の光学顕微鏡写真である。
Claims (12)
- 質量%で(以下、同じ)、
C :0.01〜0.20%、
Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜3%、
sol.Al:0.06%以下(0%を含む)、
P :0.15%以下(0%を含まない)、
S :0.02%以下(0%を含む)
を含有し、
残部:鉄及び不純物であり、且つ、
母相組織は、焼戻マルテンサイト;焼戻マルテンサイト及びフェライト;焼戻ベイナイト;または焼戻ベイナイト及びフェライトを含有し、第2相組織は、マルテンサイトが全組織に対して占積率で3〜30%であることを特徴とする焼付硬化性及び伸びフランジに優れた複合組織鋼板。 - 更に、
sol.Al:0.025%以下に制御することにより焼付硬化性が高められたものである請求項1に記載の複合組織鋼板。 - 更に、
N:0.0050%以上を含有し、且つ、下式(1)
0.0001%≦[N]−(14/27)×[sol.Al]≦0.001% … (1)
(式中、[ ]は各元素の含有量を示す)
を満足するものである請求項2に記載の複合組織鋼板。 - 更に、
Cr及び/又はMoを合計で1%以下(0%を含まない)
を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の複合組織鋼板。 - 更に、
Ni:0.5%以下(0%を含まない),及び/又は
Cu:0.5%以下(0%を含まない)
を含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の複合組織鋼板。 - 更に、
Ti:0.1%以下(0%を含まない),
Nb:0.1%以下(0%を含まない),
V :0.1%以下(0%を含まない)
の少なくとも一種を含有するものである請求項1〜5のいずれかに記載の複合組織鋼板。 - 更に、
Ca :0.003%以下(0%を含まない)、及び/又は
REM:0.003%以下(0%を含まない)
を含有するものである請求項1〜6のいずれかに記載の複合組織鋼板。 - 熱延工程、及び連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより、母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトである請求項1〜7のいずれかに記載の複合組織鋼板を製造する方法であって、
該熱延工程は、(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;及び20℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下まで冷却して巻取る工程を包含し、
該連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含することを特徴とする複合組織鋼板の製造方法。 - 熱延工程、冷延工程、第一の連続焼鈍工程、及び第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより、母相組織が焼戻マルテンサイトまたは焼戻ベイナイトである請求項1〜7のいずれかに記載の複合組織鋼板を製造する方法であって、
該第一の連続焼鈍工程は、A3点以上の温度で加熱保持する工程;及び20℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで冷却する工程を包含し、
該第二の連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含することを特徴とする複合組織鋼板の製造方法。 - 熱延工程、及び連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより、母相組織が焼戻マルテンサイト及びフェライト、または焼戻ベイナイト及びフェライトである請求項1〜7のいずれかに記載の複合組織鋼板を製造する方法であって、
該熱延工程は、(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;及び10℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下で冷却して巻取る工程を包含し、
該連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含することを特徴とする複合組織鋼板の製造方法。 - 前記熱延工程は、
(Ar3−50)℃以上の温度で仕上圧延を終了する工程;700±100℃の範囲の温度域まで、30℃/s以上の平均冷却速度で冷却する工程;該温度域で空冷を1〜30秒間行う工程;空冷後、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで、30℃/s以上の平均冷却速度で冷却して巻取る工程を包含するものである請求項10に記載の製造方法。 - 熱延工程、冷延工程、第一の連続焼鈍工程、及び第二の連続焼鈍工程またはめっき工程を施すことにより、母相組織が焼戻マルテンサイト及びフェライト、または焼戻ベイナイト及びフェライトである請求項1〜7のいずれかに記載の複合組織鋼板を製造する方法であって、
該第一の連続焼鈍工程は、A1点以上A3点以下の温度で加熱保持する工程;及び10℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下、またはMs点以上Bs点以下の温度まで冷却する工程を包含し、
該第二の連続焼鈍工程またはめっき工程は、A1点以上A3点以下の温度に加熱する工程;及び3℃/s以上の平均冷却速度で、Ms点以下まで冷却する工程;並びに、必要に応じて更に、100〜600℃の温度で過時効する工程を包含することを特徴とする複合組織鋼板の製造方法。
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