JP3680263B2 - トリコデルマ属菌培養粉体末を有効成分とする植物病害防除剤及びその製造法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、植物病害微生物、特に糸状菌に対し広く拮抗性を示す、トリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)を用い、植物の病原微生物による病害防除を目的とするもので、当該菌株の製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、植物の病害防除には、化学物質である農薬が用いられていたが、自然環境の保護に対する要求が高まってきたことにより、毒性の低い生物的防除が注目されてきている。その生物的な植物病害防除剤として、抗菌スペクトラムの広い拮抗菌の検出だけでなく、この菌株を安定性のある製剤にするための培養法も重要である。
【0003】
一般に、微生物の培養法としては、液体培養法及び固体培養法が知られている。液体培養法は、全ての操作をタンク内で行うため、雑菌汚染なしに菌体増殖が可能である。しかし、その菌糸及び分生子の細胞壁が薄いために、培養後の乾燥及び粉砕過程で死滅しやすく、製剤化が極めて困難である。
【0004】
これに対し、固体培養法は、基質の完全殺菌及び培養過程における無菌管理が困難であるという問題点がある。しかし、培養された分生子及び菌糸体の細胞壁は厚く、乾燥及び粉砕に対する安定性が認められているので、製剤化に適している。
【0005】
【発明により解決すべき課題】
植物病害は、ウイルス、細菌による場合が各10%であるのに対し、糸状菌による場合は80%と云われている。この病原糸状菌に対し、広いスペクトラムで病害防除効果を示す菌株の検出、 例えば菌糸の伸張速度の高い菌株、抗菌物質の産性率の高い菌株等が必要とされる。
【0006】
次に、この拮抗菌を培養する時には、製剤化のために固体培養基質を用いるが、完全殺菌基質の調整、通気性等を考慮することにより、菌糸の伸長を基質内外部に促し、且つ分生子の着生を高めることが重要な課題である。この条件を備えることによって、植物病害防除剤として散布・施用後の病徴改善効果の発現に大きく寄与することにつながるのである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明は、病原糸状菌に対してより拮抗性の高い新規菌株を単離し、本菌株の固体培養法を確立することにより、植物病害防除効果を高めることができたものである。植物病原糸状菌に対する拮抗性をスクリーニングする方法として、先ず対峙培養法により拮抗性の有無を定性測定した。実際の拮抗性作用は、一般に菌糸同士の接触により発現することから、次に、菌糸の伸長速度を測定した。
【0008】
更に、培養ブロス中に含まれる抗菌活性、最適pH及び最適温度等も測定した。総合的に高い拮抗性を示す菌株のスクリーニングの結果、奈良県天理市山林より新規菌株を単離することが出来た。その概要は以下の通りである。
【0009】
1)電子顕微鏡による観察
分生子柄の分岐様式及びフィアライドの着生様式は、ともに規則的で、フィアライドは分岐に単生する。フィアライドはボーリングのピン状を呈し、湾曲は見られない。大きさは、7.7×2.3μmである。
【0010】
分生子は濃緑色逆卵形であり、その大きさが2.6×2.2μm以上であるとう特徴により、本菌株は、リファイの分類によって、トリコデルマ・ハルジアナムと同定された。
【0011】
本菌株は、トリコデルマ・ハルジアナム・クボタ(FERM P−17863)として工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託された。
【0012】
2)菌の伸長速度よりみた最適pH及び温度
表1には、各pHに於ける伸長速度mm(27℃、24時間)を示した。
【0013】
【表1】
【0014】
この表より、最適pHは4.5〜6.5であり、一般植物を栽培する土壌のpHには影響を受けないことがわかった。
【0015】
表2には、各温度に於ける伸長速度mm(pH6.0、24時間)を示した。
【0016】
【表2】
【0017】
この表より、最適温度は20〜30℃であり、大部分の病原糸状菌の最適温度と同じ程度であることがわかった。
【0018】
3)代表的植物病原菌に対する培養ブロスの生育阻害効果
PD培養液組成(ジャガイモ浸出液末4.0g、ブドウ糖20.0g/L)の培養液を25℃で120時間振盪培養し、濾過後のブロスを用いた。本菌株は、代表的植物病原菌に対し広い抗菌スペクトラムを示し、更に、リゾクトニア・ソラニ、フザリュウム・オキシスポーラム、ボトリティス・シネレア、及びカーブラリア・ゼネキュレータ等に対して、公知の菌株であるトリコデルマ・ハルジアナムSK−55(微工研菌寄第13327号;特開平6−192028)に比しても顕著に強い生育阻害作用を示した。従って、本菌株は従来全く知られていなかった新菌株であることがわかった。本発明においては、本菌株を用いて植物病害防除剤を製造するものである。
【0019】
培養基質はふすまを主成分とし、必要に応じて硅藻土、腐植質等を配合する場合もある。本菌株を固体培養する場合の基本は、培養基質の完全殺菌を行い、目的とする菌株を純粋培養し、且つ分生子形成を高めることにある。実際には本菌株は、他の糸状菌に対し拮抗性が高いため、細菌類特に耐熱性菌の未殺菌又は培養中の2次汚染が問題となる。
【0020】
実際に汚染された培養物を製剤とし、葉面散布又は土壌に施用した場合は、復元率が低く、従って病害防除効果も著しく低下する。細菌汚染された本菌株の製剤を、汚染されていない製剤と比較した例を以下の表に示す。
【0021】
【表3】
【0022】
上記2種類の製剤を5g/L/m2の条件で土壌施用し、27℃で14日間保温後の本菌株の土壌定着率は、細菌汚染されていない製剤では6×104/g、細菌汚染された製剤では3×103/gとなり、その定着率が1桁低い結果となった。即ち、培養開始時に完全殺菌されていることが重要であることがわかる。
【0023】
一般に細菌類は、生育pHが高い傾向にあるが、本菌株は、pHが4でも充分増殖できる性質を有しているので、pHを低下させると、本菌株を選択的に増殖させることができる。pHを低下させるために、本発明では酢酸を用い、更に殺菌効果をより完全にしたのである。 酢酸は揮発酸で、酢酸そのものでも殺菌効果が認めらており、また、沸点が118℃であることから、高温加熱殺菌では過剰な酢酸は気化し、除去される性質を有している。 またふすまに含まれている澱粉質は、他の無機酸に比較して著しく加水分解されにくい。このことは、糖質を栄養源の一部とする本菌株にとって、極めて有効である。
【0024】
無機酸、特に塩酸のように加水分解性の高い酸を用いた場合、金属装置の腐蝕だけでなく、澱粉質の一部が加水分解を受け、基質固形より分離される傾向が高い。このことは、菌糸及び分生子形成に問題を残すことになる。
【0025】
殺菌時における添加酸の影響を、還元糖の生成率よりみると以下の通りである。試験条件:pH4.9となるように、ふすま培養基質に各々酢酸又は塩酸を添加し、水分60%となるよう加水する。その後、120℃で1時間殺菌し、48時間後に再度120℃で1時間殺菌を行う。この時のふすま1g当たりの還元糖生成量は以下の通りである。
【0026】
【表4】
【0027】
酢酸添加区の還元糖の生成量は、塩酸添加区に比較して著しく低いことがわかる。なお実際には、金属腐蝕を考慮すると、塩酸の使用は不可能と思われる。
【0028】
次に、酢酸の添加による殺菌効果について、酢酸無添加のものと比較した表を以下に示す。
【0029】
【表5】
【0030】
本発明の目的は、細菌汚染のない高単位CFU/gの純粋培養物を得ることであるので、培養基質が完全殺菌されるだけでなく、培養基質への充分な菌糸のはぜ込み、更には分生子の形成が促されなければならない。
【0031】
このためには、培養期間中常に高い水準で水分が保持され、基質温度が一定に保たれ、且つ局部的又は短時間であっても30℃以上になることは避けなければならない。この対策として本発明では、植菌・発芽期を経て、菌糸増殖発熱時、造粒工程にかけて、培養ふすま基質の粒度を一定化し、最少の強制通気により温度差を低くし、且つ分生子形成を安定固定化したのである。
【0032】
この間における培養経過を示すと以下の通りである
【0033】
【表6】
【0034】
培養方法として、酢酸添加法、及び本発明培養法の大きな特徴である酢酸添加造粒培養法を用い、殺菌法として、 120℃で1時間殺菌、48時間放置後更に120℃で1時間殺菌を行った。
【0035】
その後、この基質に振盪培養した種菌を植菌し、24℃恒温室にて培養を行った。培養物の水分は、68〜70%となるよう管理した。造粒工程は、48時間後及び72時間後に、目開き3.5mmのスクリーンを強制通過することにより行った。酢酸添加従来型培養法は、大型スプーンによる攪拌操作を行った。
【0036】
培養法別の経過をみると、本菌株のCFUは、酢酸添加造粒培養法では3×1011/gとなり、酢酸添加従来型培養法よりもはるかに高い値となった。この培養法で得られた培養物は、温度28℃以下、相対湿度30%以下の条件下で水分7〜9%となるまで乾燥を行う。
【0037】
この培養乾燥物は、更に高速度粉砕機にて粒度80μm 以下となるよう粉砕を行い、水和剤として用いる場合には、分散性を良くするために必要に応じて硅藻土(粒度50μm以下に予め粉砕したもの)を配合する。また、土壌に施用して持続効果を求める場合、腐植酸および/またはバーミュキュライト等を配合し実用に供する。
【0038】
植物病害の発生生態としては、空気伝染病と土壌伝染病とに分けて考えられている。そこで、本菌株の空気伝染病に対する病害防除効果を、ボトリティス・シネレアを病原菌とするトマトの灰色かび病を例にとり、培養粉砕物による治療効果を以下に示した。
【0039】
【表7】
【0040】
病徴を表す指数として+の数で表し、+5は病徴が著しく、+の数が少なくなるに従って病徴が軽減されることを意味する。 −は、病徴が回復されたことを意味する。
【0041】
以上の結果より、トマトの灰色かび病の治療効果は、明らかに希釈倍数との相関関係がみられ、その治療効果を期待する場合は、希釈倍数を800倍以下とすることが必要である。灰色かび病は、トマトをはじめとしてナス、キュウリ、イチゴ等数多くの植物が対象となるので、本発明の植物病害防除法は、これらの植物に対してもすばらしい効果があると思われる。
【0042】
これに対して、土壌伝染病に関する治療効果は、極めて曖昧と云わざるを得ない。その原因としては、土壌中に本来生息している他の拮抗微生物により、本菌株の土壌中に於ける定着が阻害されるためであると考えられる。
【0043】
代表的な土壌伝染性病原菌リゾクトニア・ソラニにより病徴をみるゴルフ場芝草のラージパッチの治療効果は、数多くの試験を行ったが、安定した効果は認められなかった。この原因を検索するために、土壌中の細菌数及び治療効果の調査を行い、以下の結果を得た。
【0044】
【表8】
【0045】
ゴルフ場芝草ラージパッチの予防及び治療効果は、その土壌中の細菌数レベルに大きく影響を受けることが判明し、この分野に於ける防除剤としての用途には、不適といわざるを得ない。更に土の種類よりみると、砂質土(砂丘未熟土)>粘質土、細粒沖積土>腐植質黒ボク土の順で、効果が低くなる傾向が認められた。
【0046】
これらの結果より、本菌株製剤を土壌伝染性病害に用いる場合は、土壌中の細菌レベルが低く、更に通気性が高い有機質栄養分の少ない時に、予防治療効果が発現できるものと考えられる。
【0047】
一方、施設・ハウス栽培では土壌殺菌を行う場合が多く、本発明の製剤を用いた予防及び治療は、この分野に適している。即ち、一般的には、臭化メチルくん蒸剤、ダゾメット剤、又は蒸気等により土壌殺菌を行っているので、施設・ハウス栽培における土壌微生物相は、細菌107/g、糸状菌104/g以下のレベルとなっているからである。
【0048】
土壌殺菌後に、本菌株製剤を5g/L/m2土壌潅注し、1週間後には106以上定着することが認められている。この定着は土壌中の糸状菌レベルより高く、予防治療効果も充分期待できるものである。
【0049】
施設栽培で、土壌殺菌後のカーネーション立枯れ病予防対策として本菌株製剤の土壌潅注を行った結果は、以下の通りであった。
【0050】
【表9】
【0051】
以上のごとく慣行区の28%に比較して7%と著しく低い値を示し、顕著な予防効果がみられた。
【0052】
このように本発明では、植物病原糸状菌に対し、高い拮抗性を示すトリコデルマ・ハルジアナム・クボタ(FERM P−17863)菌株の単離、及び同菌株を実際に応用するための培養法及び製剤化に成功したものである。 以下実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。
【0053】
【実施例1】
撹拌翼付回転式加圧殺菌釜に、赤ふすま10kgに対し、 酢酸(99.7%)120mlを4Lの水道水で希釈したものを加える。よく混和後逐次凝縮水を排出しながら加温し、120℃となるまで加圧加熱する。時々加圧殺菌釜を回転撹拌し1時間殺菌を行う。
【0054】
48時間放置後、更に同様の操作を繰り返し、殺菌を終了する。除菌空気により品温が28℃となるまで冷却し、予めタンク培養又は浸盪培養した種菌培養液を加え、培養基質の水分を68%に調整し、48時間菌糸の発芽を促す。
【0055】
培養開始時は、基質はやや泥状を呈しているが、発芽が進行するに従って固結化してくる。
【0056】
48時間後に、造粒機(堅牢な懸垂形5mm目開きスクリーン内に、非接触の特殊ローターを設けたもの)にて造粒する。これをトロムメル方式培養装置(カワタ工業株式会社製)にて培養を行い、24時間後、更に固結化が進行したものを再度スクリーンの目開き3.5mmにて通過造粒を行う。
【0057】
以後品温が26℃以上とならないよう随時通気冷却、又水分が68%以上保つよう加水を行い、48時間培養して菌糸の伸長及び分生子形成を行う。これまでは、除菌空気の通気であったが、以後29℃(相対湿度30%以下)の除湿空気を送風し、時々撹拌しながら水分7±1%なるまで乾燥を行う。
【0058】
これを、冷風を送りながら高速度粉砕で0.2mmスクリーンを通過し、粒度40μm以下の培養物微粉末を得る。
【0059】
この時10kgの赤ふすまより7.2kgの培養粉末を得、本菌株のCFUは2×1011/gであった。
【0060】
実際の水和剤として使用する場合は、水に対する分散性及び取扱性を容易にするために、粒度40μm以下とした硅藻土を配合する。また、土壌に直接施用する製剤としては、粗砕した粒度1.5mm以下のフミン酸に培養粉末を2×107/gとなるよう配合する。
【0061】
【実施例2】
赤ふすま8.5kg、フミン酸粉末1.0kg、硅藻土0.5kgの割合で混合した基質原料に対し、酢酸85ml乳酸40mlを水4Lに希釈し加水する。この原料を実施例1と同条件で高温殺菌を行う。冷却後種菌培養液を加え、水分67%になるよう調整を行う。
【0062】
これを550×350×60mmの殺菌済みアルミトレーに1.2kg宛盛り込む。24℃で48時間培養後、簡単に手入れを行い、更に24時間後、目開き3.5mmのスクリーンで通過増粒を行う。更に48時間培養し、菌糸の伸長及び分生子の形成を充分行う。除湿空気27℃以下で乾燥後実施例1に準じて製剤化する。
【0063】
【発明の効果】
近年の集約的農業は、化学農薬を多用し、その結果、残留農薬の環境、人体に与える影響、連作障害の発生など、産地の継続性に問題を生じている。本発明による菌株製剤の使用は、特に空気伝染性植物病原菌に対し強い拮抗性を示し、その結果著しい治療効果を発揮し、且つヒトに対し化学農薬と比較にならない程安全で環境にも優しく、米国のEPA(環境保護庁)では同属同種の微生物資材が認可されている。
【0064】
これからわが国では、環境保全型持続農業を目指しているが、本発明製剤はこれらの目的を達成するための有用なものといえる。
Claims (5)
- 植物病害防除作用を有する、トリコデルマ属に属するトリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)。
- トリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)、又はその培養物を植物に適用する植物病害防除方法。
- (1)培養基質に酢酸を添加し、当該培養基質を高温加熱殺菌する工程、
(2)(1)で得られた培養基質にトリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)を植菌して培養する工程
を含む、トリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)の培養方法。 - (1)培養基質に酢酸を添加し、当該培養基質を高温加熱殺菌する工程、
(2)(1)で得られた培養基質にトリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)を植菌して培養する工程
を含む、トリコデルマ・ハルジアナム・クボタ菌株(FERM P−17863)を有効成分とする植物病害防除剤の製造方法。 - 請求項4に記載の方法で得られた植物病害防除剤。
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