JP3675313B2 - 摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、プレス成形時における摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
合金化溶融亜鉛めっき鋼板は亜鉛めっき鋼板と比較して溶接性および塗装性に優れることから、自動車車体用途を中心に広範な分野で広く利用されている。そのような用途での合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、プレス成形を施されて使用に供される。しかし、合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、冷延鋼板に比べてプレス成形性が劣るという欠点を有する。これはプレス金型での合金化溶融めっき鋼板の摺動抵抗が冷延鋼板に比べて大きいことが原因である。すなわち、金型とビードでの摺動抵抗が大きい部分で合金化溶融亜鉛めっき鋼板がプレス金型に流入しにくくなり、鋼板の破断が起こりやすい。
【0003】
合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、鋼板に亜鉛めっきを施した後、加熱処理を行い、鋼板中のFeとめっき層中のZnが拡散する合金化反応が生じることにより、Fe-Zn合金相を形成させたものである。このFe-Zn合金相は、通常、Γ相、δ1相、ζ相からなる皮膜であり、Fe濃度が低くなるに従い、すなわち、Γ相→δ1相→ζ相の順で、硬度ならびに融点が低下する傾向がある。このため、摺動性の観点からは、高硬度で、融点が高く凝着の起こりにくい高Fe濃度の皮膜が有効であり、プレス成形性を重視する合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、皮膜中の平均Fe濃度を高めに製造されている。
【0004】
しかしながら、高Fe濃度の皮膜では、めっき−鋼板界面に硬くて脆いΓ相が形成されやすく加工時に、界面から剥離 する現象、いわゆるパウダリングが生じ易い問題を有している。このため、特開平1-319661号公報に示されているように、摺動性と耐パウダリング性を両立するために、上層に第二層として硬質のFe系合金を電気めっきなどの手法により付与する方法がとられている。
【0005】
亜鉛系めっき鋼板使用時のプレス成形性を向上させる方法としては、この他に、高粘度の潤滑油を塗布する方法が広く用いられている。しかし、この方法では、潤滑油の高粘性のために塗装工程で脱脂不良による塗装欠陥が発生したり、また、プレス時の油切れにより、プレス性能が不安定になる等の問題がある。従って、合金化溶融亜鉛めっき自身のプレス成形性が改善されることが強く要請されている。
【0006】
上記の問題を解決する方法として、特開昭53-60332号公報および特開平2-190483号公報には、亜鉛系めっき鋼板の表面に電解処理、浸漬処理、塗布酸化処理、または加熱処理を施すことにより、ZnOを主体とする酸化膜を形成させて溶接性、または加工性を向上させる技術を開示している。
【0007】
特開平4-88196号公報は、亜鉛系めっき鋼板の表面に、リン酸ナトリウム5〜60 g/lを含みpH2〜6の水溶液にめっき鋼板を浸漬するか、電解処理を行うか、または、上記水溶液を塗布することにより、P酸化物を主体とした酸化膜を形成して、プレス成形性及び化成処理性を向上させる技術を開示している。
【0008】
特開平3-191093号公報は、亜鉛系めっき鋼板の表面に電解処理、浸漬処理、塗布処理、塗布酸化処理、または加熱処理により、Ni酸化物を生成させることにより、プレス成形性および化成処理性を向上させる技術を開示している。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記の先行技術を合金化溶融亜鉛めっき鋼板に適用した場合、プレス成形性の改善効果を安定して得ることはできない。本発明者らは、その原因について詳細な検討を行った結果、合金化溶融めっき鋼板はAl酸化物が存在することにより表面の反応性が劣ること、及び表面の凹凸が大きいことが原因であることを見出した。即ち、先行技術を合金化溶融めっき鋼板に適用した場合、表面の反応性が低いため、電解処理、浸漬処理、塗布酸化処理及び加熱処理等を行っても、所定の皮膜を表面に形成することは困難であり、反応性の低い部分、すなわち、Al酸化物量が多い部分では膜厚が薄くなってしまう。また、表面の凹凸が大きいため、プレス成型時にプレス金型と直接接触するのは表面の凸部となるが、凸部のうち膜厚の薄い部分と金型との接触部での摺動抵抗が大きくなり、プレス成形性の改善効果が十分には得られない。
【0010】
本発明は上記の問題点を改善し、プレス成形時の摺動性に優れた合金化溶融めっき鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、合金化溶融めっき鋼板表面に存在する平坦部表層の酸化物層厚さを制御することで、安定して優れたプレス成形性が得られることを知見した。
【0012】
合金化溶融亜鉛めっき鋼板表面の上記平坦部は、周囲と比較すると凸部として存在する。プレス成形時に実際にプレス金型と接触するのは、この平坦部が主体となるため、この平坦部における摺動抵抗を小さくすれば、プレス成形性を安定して改善することができる。この平坦部における摺動抵抗を小さくするには、めっき層と金型との凝着を防ぐのが有効であり、そのためには、めっき層の表面に、硬質かつ高融点の皮膜を形成することが有効である。この観点から検討を進めた結果、平坦部表層の酸化物層厚さを制御することが有効であり、こうして平坦部表層の酸化膜厚を制御すると、表層にζ相が存在する皮膜でもめっき層と金型の凝着が生じず、良好な摺動性を示すことを見出した。このように、表層にζ相が存在する皮膜では、Γ相の存在割合が少ないため、プレス成形時にパウダリングを生じる恐れがなく、非常に有利である。
【0013】
また、このような酸化膜厚の制御には、合金化溶融亜鉛めっき鋼板に上層めっきを施す際に使用されるような鉄−亜鉛合金めっき浴に無通電で浸漬し、直後に湯洗を施すことにより、めっき鋼板表面に酸化物層を均一に付与できること、前記鉄−亜鉛合金めっき浴を希釈した溶液に接触せしめることにより、めっき鋼板表面に酸化物層を均一に付与できることを見出した。さらに、検討を進めた結果、硫酸・硝酸・塩酸などの酸性溶液に接触させた場合にも同様の効果が得られることを見出した。
【0014】
また、鋼板に亜鉛めっきを施し、さらに加熱処理により合金化が施された合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、通常、材質確保のために調質圧延が施される。この調質圧延時のロールとの接触により、めっき表層には平坦部が形成されるため、調質圧延後に酸化物層厚さを制御することが有効であることを見出した。
【0015】
本発明は、以上の知見に基いてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0016】
第 1 発明は、鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、さらに加熱処理により亜鉛めっき層を合金化し、調質圧延を施してめっき表面に平坦部を形成し、次に酸性溶液に接触させた後 50 ℃以上の高温水で水洗して前記平坦部表層に亜鉛系酸化物層を形成することを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0018】
第 2 発明は、第 1 発明において、前記酸性溶液が、 pH1 以上、温度 50 ℃以上の酸性溶液であることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0019】
第 3 発明は、第1発明または第 2 発明において、前記酸性溶液が、 Fe および Zn イオンを含む酸性溶液であることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0020】
第 4 発明は、第 3 発明において、前記 Fe および Zn イオンを含む酸性溶液が、 Fe および Zn の硫酸塩、硝酸塩、塩化物のうちの 1 種もしくは 2 種以上を含む浴であることを特徴とする合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0021】
第 5 発明は、第1発明〜第 4 発明において、前記調質圧延後、合金化処理時に生成した酸化物層を除去して表面を活性化した後、前記酸性溶液に接触させることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0022】
第 6 発明は、第 1 発明〜第 5 発明において、前記亜鉛系酸化物層は厚さが 10nm 以上であることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0023】
第 7 発明は、第 1 発明〜第 6 発明において、前記調質圧延は、めっき表面に、めっき表面に対する面積率で 20 〜 80% の平坦部を形成することを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0024】
第 8 発明は、第 1 発明〜第 7 発明において、鉄−亜鉛合金めっき層が主としてδ 1 相からなり、またζ相を含んでいることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0025】
第 9 発明は、第 1 発明〜第 8 発明において、少なくとも鋼板の片面の鉄−亜鉛合金めっき層の表層に、ζ相が存在し、残部がδ 1 相である合金相が形成されていることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0026】
第 10 発明は、第 1 発明〜第 9 発明において、鉄−亜鉛合金めっき層におけるζ相とδ 1 相の X 線回折ピーク比率(ζ / δ)が 0.2 以上であることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0027】
第 11 発明は、第 1 発明〜第 10 発明において、鉄−亜鉛合金めっき層表面のζ相面積率が 10% 以上であることを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法を提供する。
【0035】
【発明の実施の形態】
合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造の際には、鋼板に溶融亜鉛めっきを施した後に、さらに加熱し合金化処理が施されるが、この合金化処理時の鋼板−めっき界面の反応性の差により、合金化溶融亜鉛めっき鋼板表面には凹凸が存在する。しかしながら、合金化処理後には、通常、材質確保のために調質圧延が施され、この調質圧延時のロールとの接触により、めっき表面は平滑化され凹凸が緩和される。従って、プレス成型時には、金型がめっき表面の凸部を押しつぶすのに必要な力が低下し、摺動特性を向上させることができる。
【0036】
合金化溶融亜鉛めっき鋼板表面の平坦部は、プレス成形時に金型が直接接触する部分であるため、金型との凝着を防止する硬質かつ高融点の物質が存在することが、摺動性の向上には重要である。この点では、表層にζ相を含まないδ1単相の皮膜とすると、摺動性の向上には効果的であるが、表層が完全にδ1相となるためには、皮膜中のFe濃度が高くなるよう合金化処理を施さなければならず、この結果、めっき−鋼板界面には、硬質で脆いΓ相が厚く生成し、プレス成形の際にパウダリングを生じやすい問題がある。一方、パウダリングを防止するために、Γ相が薄くなるような合金化処理を施すと、表層にはζ相が残存し、摺動性に劣る問題がある。
【0037】
この観点から、本発明で用いる合金化溶融亜鉛めっき鋼板のめっき皮膜のFe濃度及びAl濃度については特に規定しないが、めっき層としては、主としてδ1相からなり、更にζ相を含んでいる構造が理想的である。
【0038】
一方、表層に酸化物層を存在させることは、ζ相が残存する皮膜でも、酸化物層が金型との凝着を防止するため、摺動特性の向上に有効である。更に、めっき皮膜表面にζ相が存在すると、表面の反応性が高まるため、表面がδ1単相の場合と比較して、平坦部に効果的に酸化物層を生成させることができる。実際のプレス成形時には、表層の酸化物は摩耗し、削り取られるため、金型と被加工材の接触面積が大きい場合には、十分に厚い酸化膜の存在が必要である。めっき表面には合金化処理時の加熱により酸化物層が形成されているものの、調質圧延時のロールとの接触により大部分が破壊され、新生面が露出しているため、良好な摺動性を得るためには調質圧延以前に厚い酸化物層を形成しなければならない。また、このことを考慮に入れて、調質圧延前に厚い酸化物層を形成させたとしても、調質圧延時に生じる酸化物層の破壊を避けることはできないため、平坦部の酸化物層が不均一に存在し、良好な摺動性を安定して得ることはできない。
【0039】
このため、調質圧延が施された合金化溶融亜鉛めっき鋼板、特にめっき表面平坦部に、均一に酸化物層を形成する処理を施すと良好な摺動性を安定的に得ることができる。
【0042】
また、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を酸性溶液に接触させ、さらに湯洗・乾燥を行うことにより、めっき表面平坦部に酸化物層を形成することができる。この酸化物層形成メカニズムについては明確ではないが、以下のように考えることができる。酸性溶液に合金化溶融亜鉛めっき鋼板を接触させると、めっき表層では亜鉛の溶解が生じる。この亜鉛の溶解の際には、同時に水素の発生が生じるため、めっき表層での液のpHが上昇し、亜鉛の水酸化物が生成しやすくなる。さらに、高温水でめっき鋼板の湯洗を行うと、この水酸化物の生成反応が促進され、めっき表層に酸化物を容易に形成できるものと考えられる。
【0043】
上記処理に使用する酸性溶液のpHが低すぎると、亜鉛の溶解は促進されるが、酸化物が生成しにくくなるため、pH1以上であることが必要である。一方、pHが高すぎると亜鉛溶解の反応速度が低くなるため、液のpHは5以下であることが望ましい。また、液温が50℃未満であると、亜鉛の溶解および酸化物の生成反応速度が遅くなるため、液温は50℃以上であることが必要である。同時に、湯洗に使用する高温水の温度も50℃以上であることが必要である。
【0044】
上記処理に使用する酸性溶液としては、FeおよびZnイオンを含む酸性溶液を使用できる。FeおよびZnイオンを含む液を使用すると、酸化処理後の摩擦係数のばらつきが減少する効果があり、またこれらはめっき皮膜に含まれている成分であるため、これらの成分がめっき表面に残っても悪影響がない。FeおよびZnイオンを含む酸性溶液として鉄−亜鉛合金めっき浴を使用することもできる。特に、上層に鉄−亜鉛の電気めっきを施すために、合金化処理後の工程に電気めっき設備を保有しているような場合には、鋼板を無通電で通板することにより同様の効果を得ることができる。FeおよびZnイオンを含む酸性溶液としては、鉄および亜鉛の硫酸塩、硝酸塩、塩化物を含有する溶液を使用することができ、液のpHが前述した範囲内に入っていればよく、その濃度には特に制限はない。
【0045】
また、FeおよびZnイオンを含む酸性溶液として鉄−亜鉛合金めっき浴を使用する場合には、希釈した前記液に接触させることも、めっき表面平坦部に酸化物層を形成するのに有効である。この酸化物層形成メカニズムについては明確ではないが、以下のように考えることができる。鉄−亜鉛合金めっき浴は酸性であるため、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を浸漬すると、めっき表層では亜鉛の溶解が生じる。この亜鉛の溶解の際には、同時に水素の発生が生じるため、めっき表層での液のpHが上昇し、亜鉛の水酸化物が生成しやすくなる。通常の鉄−亜鉛合金めっき浴に接触せしめた場合には、液のpHが低いため、亜鉛めっき表層が過エッチングされるのを防止するための残存した液の除去、ならびに表層のpHをさらに上昇させ、亜鉛の水酸化物の生成を促進させる必要があるが、希釈しためっき液に接触させた場合には、液のpHが高いため、亜鉛めっき表層が過エッチングされる恐れもなく、また少量の亜鉛の溶解でもめっき表層での液のpHが容易に上昇するため、比較的容易に酸化物層を形成できる利点がある。液の希釈率は、過エッチングを防止する観点から100倍以上であることが必要であるが、希釈しすぎると亜鉛の溶解反応が生じにくくなることから10000倍以下であることが望ましい。
【0046】
上記のように、酸化物層を形成する前に、表層に残存した酸化物層を除去するとより効果的である。これは、調質圧延時のロールとの接触により表層酸化物は破壊されているものの一部残存しており、表面の反応性が不均一なためである。表層に残存した酸化物層を除去する手法としては、研磨などの機械的に除去する手法や、アルカリ液に浸漬あるいはスプレーなどで処理することにより、化学的に除去する手法が考えられるが、その後の酸化処理までに表層の酸化物層が除去されていればよく、その手法に制限はない。
【0047】
本発明における酸化物層とは、Zn,Fe,Al及びその他の金属元素の1種以上の酸化物及び/又は水酸化物などからなる層のことである。
【0048】
ここで、表層にζ相が残存する皮膜とは、めっき表面をSEMなどで観察を行った写真中で、ζ相の存在を確認できる皮膜のことを示すが、次の2種類の方法で定義することができる。1つは、X線回折による方法で、めっき表面のX線回折ピークの中から、d=1.900(ζ相)、およびd=1.990(δ1相)に対応するピーク強度からそれぞれバックグラウンド値を引いたものの比率(ζ/δ)の値に対して0.2以上であれば、ζ相が残存する皮膜と考えることができる。また、めっき表面のSEM像を撮影した写真に対して、形状が柱状晶であるものをζ相として、写真全体に対するζ相の割合(面積率)が10%以上のものも、ζ相が残存する皮膜と考えることができる。ただし、調圧などによりつぶされた部分が、めっき表面に存在する場合は、形状より判断することが困難であるため、このような部分はあらかじめ除外して面積率の計算を行うこととする。ζ相が残存する皮膜は、上記いずれの方法でも見極めることができるが、ζ/δが0.2未満、もしくはζ相の面積率が10%未満の皮膜では、部分的にζ相の存在が確認されることもあるが、ほぼ全体がδ1相の皮膜であるため、ζ相が残存する皮膜と比較すると、金型との凝着が防止され、摺動性は向上するものの、逆に耐パウダリング性に劣ることが考えられる。
【0049】
めっき表層の平坦部における酸化物層の厚さを10nm以上とすることにより、良好な摺動性を示す合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られるが、酸化物層の厚さを20nm以上とするとより効果的である。これは、金型と被加工物の接触面積が大きくなるプレス成形加工において、表層の酸化物層が摩耗した場合でも残存し、摺動性の低下を招くことがないためである。一方、酸化物層の厚さの上限は特に設けないが、200nmを超えると表面の反応性が極端に低下し、化成処理皮膜を形成するのが困難になるため、200nm以下とするのが望ましい。
【0050】
なお、平坦部表面の酸化物層の厚さは、Arイオンスパッタリングと組み合わせたオージェ電子分光(AES)により求めることができる。この方法においては、所定厚さまでスパッタした後、測定対象の各元素のスペクトル強度から相対感度因子補正により、その深さでの組成を求めることができる。酸化物または水酸化物に起因するOの含有率は、ある深さで最大値となった後(これが最表層の場合もある)、減少し、一定となる。Oの含有率が最大値より深い位置で、最大値と一定値との和の1/2となる深さを、酸化物の厚さとする。
【0051】
ここで、めっき表面における平坦部の面積率は、20〜80%とするのが望ましい。20%未満では、平坦部を除く部分(凹部)での金型との接触面積が大きくなり、実際に金型に接触する面積のうち、酸化物厚さを確実に制御できる平坦部の面積率が小さくなるため、プレス成形性の改善効果が小さくなる。また、平坦部を除く部分は、プレス成型時にプレス油を保持する役割を持つ。従って、平坦部を除く部分の面積率が20%未満になると(平坦部の面積率が80%を超えると)プレス成形時に油切れを起こしやすくなり、プレス成形性の改善効果が小さくなる。
【0052】
なお、めっき表面の平坦部は、光学顕微鏡あるいは走査型電子顕微鏡等で表面を観察することで容易に識別可能である。めっき表面における平坦部の面積率は、上記顕微鏡写真を画像解析することにより求めることができる。
【0053】
本発明に係る合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造するに関しては、めっき浴中にAlが添加されていることが必要であるが、Al以外の添加元素成分は特に限定されない。すなわち、Alの他に、Pb,Sb,Si,Sn,Mg,Mn,Ni,Ti,Li,Cuなどが含有または添加されていても、本発明の効果が損なわれるものではない。
【0054】
また、酸化処理などに使用する処理液中に不純物が含まれることにより、S,N,P,B,Cl,Na,Mn,Ca,Mg,Ba,Sr,Siなどが酸化物層中に取り込まれても、本発明の効果が損なわれるものではない。
【0055】
【実施例】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
(実施例1)
板厚0.8mmの冷延鋼板上に、常法の合金化溶融亜鉛めっき法によりめっき付着量60g/m2、所定のFe濃度のめっき皮膜を形成し、更に調質圧延を行った。この際、調質圧延の圧下荷重を変化させることで、表面における平坦部の面積率を変化させた。引き続き、平坦部の表層に酸化物層を形成するために次の2種類の処理を行った。
【0056】
(形成方法A)
上記合金化溶融亜鉛めっき鋼板をpH3の硫酸酸性の過酸化水素水溶液に浸漬。温度50℃。過酸化水素の濃度を種々変化させて平坦部における酸化物層の厚さを調整。
【0057】
(形成方法B)
上記合金化溶融亜鉛めっき鋼板をpH2の硫酸酸性の硝酸ナトリウム水溶液に浸漬し、陰極電解。温度50℃。電流密度と通電時間を種々変化させて平坦部における酸化物層の厚さを調整。
【0058】
次いで、以上の様に作製した供試体について、めっき皮膜中のFe濃度、平坦部の面積率、酸化物層厚さの測定及びプレス成形性試験を行なった。平坦部の酸化物層厚さの測定、プレス成形性試験は次のようにして行った。
【0059】
(1)酸化物層の厚さ測定
オージェ電子分光(AES)により、平坦部の各元素の含有率(at%)を測定し、引き続いて所定の深さまでArスパッタリングした後、AESによりめっき皮膜中の各元素の含有率の測定を行い、これを繰り返すことにより、深さ方向の各元素の組成分布を測定した。酸化物、水酸化物に起因するOの含有率はある深さで最大となった後、減少し一定となる。Oの含有率が、最大値より深い位置で、最大値と一定値との和の1/2となる深さを、酸化物の厚さとした。任意に選んだ複数箇所(n=3)の平坦部の酸化物の厚さを測定し、その平均値を求めた。なお、予備処理として30秒のArスパッタリングを行って、供試材表面のコンタミネーションレイヤーを除去した。
【0060】
(2)プレス成形性評価試験(摩擦係数測定試験)
プレス成形性を評価するために、各供試材の摩擦係数を以下のようにして測定した。
【0061】
図1は、摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。同図に示すように、供試材から採取した摩擦係数測定用試料1が試料台2に固定され、試料台2は、水平移動可能なスライドテーブル3の上面に固定されている。スライドテーブル3の下面には、これに接したローラ4を有する上下動可能なスライドテーブル支持台5が設けられ、これを押上げることにより、ビード6による摩擦係数測定用試料1への押付荷重Nを測定するための第1ロードセル7が、スライドテーブル支持台5に取付けられている。上記押付力を作用させた状態でスライドテーブル3を水平方向へ移動させるための摺動抵抗力Fを測定するための第2ロードセル8が、スライドテーブル3の一方の端部に取付けられている。なお、潤滑油として、日本パーカライジング社製ノックスラスト550HNを試料1の表面に塗布して試験を行った。
【0062】
図2,3は使用したビードの形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード6の下面が試料1の表面に押し付けられた状態で摺動する。図2に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ12mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ3mmの平面を有する。図3に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ69mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ60mmの平面を有する。
【0063】
摩擦係数測定試験は下に示す2条件で行った。
(条件1)
図2に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):100cm/minとした。
(条件2)
図3に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):20cm/minとした。
【0064】
供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。
試験結果を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
表1の試験結果から、下記事項が明らかである。
(1)比較例1は、調質圧延を施されていない合金化溶融亜鉛めっき鋼板の例であり、摩擦係数が高い。
(2)比較例2は、調質圧延後に酸化物の形成処理を施されていないため、酸化物の厚さが7nmと薄く、摩擦係数が高い。
(3)比較例3は、調質圧延後に酸化物の形成処理を施されているが、平坦部における酸化物の厚さが本発明の範囲より小さいため、摩擦係数の改善効果がほとんど得られていない。
(4)発明例1〜17は、調質圧延後に酸化物の形成処理を施され、平坦部における酸化物の厚さが本発明の範囲内であり、摩擦係数は条件1で0.160以下、条件2で0.190以下に改善されている。更に、発明例4〜7,10〜15は平坦部の面積率が20〜80%の範囲内であるため、条件2で摩擦係数の改善効果が大きく、0.170以下となっている。
【0067】
(実施例2)
板厚0.8mmの冷延鋼板上に、常法の合金化溶融亜鉛めっき皮膜を形成し、更に調質圧延を行った。この際に、合金化条件を変更することで表層のζ相比率を変化させ、調質圧延の圧下荷重を変化させることで、表面における平坦部面積率を変化させた。引き続き、平坦部の表層に酸化物層を形成させるために実施例1に記載した2種類の酸化処理(形成方法A,B)を行った。また上記処理前にはpH12の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、合金化処理時の加熱により生成した酸化物層を除去した。
【0068】
次いで、上記方法で作製した供試材について、めっき皮膜中のFe含有率、ζ/δ値、ζ相面積率、平坦部面積率、酸化物層厚さの測定およびプレス成形性の評価を行った。酸化物層の厚さの測定およびプレス成形性の評価は実施例1に記載した方法で行った。
試験結果を表2に示す。
【0069】
【表2】
【0070】
表2に示すように、表層の酸化膜厚、表層の平坦部面積率が本発明範囲内にある場合(本発明例5〜24)には、ζ/δ値、ζ相面積率が高く、明らかに表層にζ相が存在する皮膜でも、条件1の摩擦係数はすべて非常に低い値であり、さらに、酸化膜厚が20nm以上と厚い場合(本発明例11〜24)には、条件2の摩擦係数も低い値となり、さらに良好な摺動特性を示した。これに対して、表層の酸化膜厚が本発明範囲をはずれる比較例(比較例1〜4)は、いずれの摩擦係数も高い値を示し、摺動特性は低下した。一方、表層の酸化膜厚が本発明範囲内に含まれていても、平坦部面積率が本発明範囲内をはずれる場合(本発明例1〜4)は、条件1の摩擦係数がわずかに低下したが、条件2の摩擦係数はまったく低下せず、摺動特性の改善効果はなかった。
【0086】
[実施例3]
板厚0.8mmの冷延鋼板上に、常法の合金化溶融亜鉛めっき皮膜を形成し、更に調質圧延を行った。この際に、調質圧延の圧下荷重を変化させることで、表面における平坦部面積率を変化させた後、引き続き、所定温度、所定pHの硫酸酸性溶液中へ浸漬処理を行った。また、一部、硫酸第一鉄1.0mol/l、硫酸亜鉛0.1mol/lを含有する鉄−亜鉛合金めっき浴中への浸漬処理も行った。なお、めっき浴のpH調整には希硫酸を使用した。
【0087】
上記処理前にはpH12の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、合金化処理時の加熱により生成した酸化物層を除去した。
【0088】
次いで、上記方法で作製した供試材について、めっき皮膜中のFe含有率、平坦部面積率、酸化物層厚さの測定およびプレス成形性の評価を行った。酸化物層の厚さの測定およびプレス成形性の評価、摩擦係数測定試験条件は、実施例1に記載の方法で行った。
試験結果を表 3 および 4に示す。
【0089】
【表3】
【0090】
【表4】
【0091】
表 3 および 4に示すように、本発明で示した方法で酸性溶液中に浸漬し、表層の平坦部の面積率および酸化膜厚が本発明範囲内にある場合(本発明例7〜42)では、条件1の摩擦係数はすべて非常に低い値であり、さらに、酸化膜厚が20nm以上と厚い場合では、条件2の摩擦係数も低い値となり、さらに良好な摺動特性を示した。これに対して、調質圧延後に、アルカリ処理、酸性溶液への浸漬処理、高温水による水洗を行わない場合(比較例1,2)は、摩擦係数は非常に高い値を示し、摺動特性は低下した。また、上記処理を施した場合でも処理条件が本発明範囲内をはずれる場合(比較例3〜9)では、摩擦係数は若干低下するものの、摺動特性の改善効果は小さかった。さらに、処理条件が本発明範囲内に含まれていても、平坦部面積率が本発明範囲内をはずれる場合(本発明例1〜6)には、条件1の摩擦係数がわずかに低下したが、条件2の摩擦係数はまったく低下せず、摺動特性の改善効果は本発明例7〜42より小さかった。
【0092】
[実施例4]
板厚0.8mmの冷延鋼板上に、常法の合金化溶融亜鉛めっき皮膜を形成し、更に調質圧延を行った。この際に、調質圧延の圧下荷重を変化させることで、表面における平坦部面積率を変化させた。引き続き、硫酸第一鉄1.0mol/l、硫酸亜鉛0.1mol/lを含有し、希硫酸を用いてpH2に調整した鉄−亜鉛合金めっき浴を作製し、その後、希釈率を変化させた溶液に、所定温度、所定時間接触させ乾燥した。
【0093】
上記処理前にはpH12の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、合金化処理時の加熱により生成した酸化物層を除去した。
【0094】
次いで、上記方法で作製した供試材について、めっき皮膜中のFe含有率、平坦部面積率、酸化物層厚さの測定およびプレス成形性の評価を行った。酸化物層の厚さの測定およびプレス成形性の評価、摩擦係数測定試験条件は、実施例1に記載の方法で行った。
試験結果を表 5 および 6に示す。
【0095】
【表5】
【0096】
【表6】
【0097】
表 5 および 6に示すように、本発明で示した方法で希釈した鉄−亜鉛合金めっき浴に接触させ、表層の平坦部の面積率および酸化膜厚が本発明範囲内にある場合(本発明例5〜28)では、条件1の摩擦係数はすべて非常に低い値であり、さらに、酸化膜厚が20nm以上と厚い場合では、条件2の摩擦係数も低い値となり、さらに良好な摺動特性を示した。これに対して、調質圧延後に、アルカリ処理、希釈した鉄−亜鉛合金めっき浴中への接触を行わない場合(比較例1,2)は、摩擦係数は非常に高い値を示し、摺動特性は低下した。また、上記処理を施した場合でも処理条件が本発明範囲内をはずれる場合(比較例3〜11)では、摩擦係数は若干低下するものの、摺動特性の改善効果は小さかった。さらに、処理条件が本発明範囲内に含まれていても、平坦部面積率が本発明範囲内をはずれる場合(本発明例1〜4)には、条件1の摩擦係数がわずかに低下したが、条件2の摩擦係数はまったく低下せず、摺動特性の改善効果は本発明例5〜28より小さかった。
【0098】
【発明の効果】
本発明の合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、めっき層中にζ相が残存していても、プレス成形時の摺動抵抗が小さく、安定して優れたプレス成形性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【図1】摩擦係数測定装置を示す概略正面図。
【図2】図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図。
【図3】図1中の別のビード形状・寸法を示す概略斜視図。
【符号の説明】
1 摩擦係数測定用試料
2 試料台
3 スライドテーブル
4 ローラ
5 スライドテーブル支持台
6 ビード
7 第1ロードセル
8 第2ロードセル
9 レール
N 押付荷重
F 摺動抵抗力
P 引張荷重
Claims (11)
- 鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、さらに加熱処理により亜鉛めっき層を合金化し、調質圧延を施してめっき表面に平坦部を形成し、次に酸性溶液に接触させた後 50 ℃以上の高温水で水洗して前記平坦部表層に亜鉛系酸化物層を形成することを特徴とする摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 前記酸性溶液が、 pH1 以上、温度 50 ℃以上の酸性溶液であることを特徴とする請求項1に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 前記酸性溶液が、 Fe および Zn イオンを含む酸性溶液であることを特徴とする請求項1または2に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 前記 Fe および Zn イオンを含む酸性溶液が、 Fe および Zn の硫酸塩、硝酸塩、塩化物のうちの 1 種もしくは 2 種以上を含む浴であることを特徴とする請求項3に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 前記調質圧延後、合金化処理時に生成した酸化物層を除去して表面を活性化した後、前記酸性溶液に接触させることを特徴とする請求項1〜4のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 前記亜鉛系酸化物層は厚さが 10nm 以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 前記調質圧延は、めっき表面に、めっき表面に対する面積率で 20 〜 80% の平坦部を形成することを特徴とする請求項1〜6のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 鉄−亜鉛合金めっき層が主としてδ 1 相からなり、またζ相を含んでいることを特徴とする請求項 1 〜 7 のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 少なくとも鋼板の片面の鉄−亜鉛合金めっき層の表層に、ζ相が存在し、残部がδ 1 相である合金相が形成されていることを特徴とする請求項1〜8のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 鉄−亜鉛合金めっき層におけるζ相とδ 1 相の X 線回折ピーク比率(ζ / δ)が 0.2 以上であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
- 鉄−亜鉛合金めっき層表面のζ相面積率が 10% 以上であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかの項に記載の摺動性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
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