本発明の一実施例について、図1〜図7を参照して説明する。
本実施例に係る反応性イオンプレーティング装置10は、図1に示されるように、概略円筒状の真空槽12を備える。この真空槽12は、比較的に機械的強度が大きく、かつ、高耐食性および高耐熱性の金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって形成される。この真空槽12自体、つまり当該真空槽12の壁部は、接地される。すなわち、真空槽12自体は、電気的には基準電位としての接地電位とされる。なお、真空槽12内の直径(内径)は、たとえば約700mmである。また、真空槽12内の高さ寸法は、たとえば約1000mmである。そして、真空槽12の上部は、その機械的強度の向上などのために、上方へ凸の概略ドーム状に形成される。
さらに、真空槽12の壁部の適宜位置に、たとえば底部に、排気口12aが設けられる。この排気口12aは、真空槽12の外部において、排気管14を介して排気手段としての真空ポンプ16に結合される。真空ポンプ16としては、たとえば拡散ポンプ、ターボ分子ポンプまたはクライオポンプが採用されるが、これに限定されない。
真空槽12内に注目すると、当該真空槽12内における底部寄りの位置に、蒸発源18が配置される。この蒸発源18は、収容手段としての概略カップ状(詳しくは上部が開口された概略円筒状)の坩堝20と、270°偏向型の電子銃22と、を有する。このうちの坩堝20は、たとえば銅(Cu)製であり、後述する反応膜の材料となる蒸発材料24を収容する。なお、詳しい図示は省略するが、坩堝20内には、当該坩堝20内に応じた形状および寸法のハースライナが設けられる。そして実際には、このハースライナ内に、蒸発材料24が収容される。ハースライナは、高耐熱性部材、たとえばカーボン(C)、によって形成される。これに限らず、ハースライナは、タンタル(Ta)やモリブデン(Mo)、タングステン(W)などの高融点金属によって形成されてもよい。また、坩堝20の中心(軸)は、おおむね真空槽12の中心(軸)と一致しており、つまりはそうなるように蒸発源18が配置される。
一方、電子銃22は、坩堝20(ハースライナ)内に収容された蒸発材料24を加熱して蒸発させる蒸発手段の一例であり、厳密には真空槽12の外部に設けられた電子銃用電源装置26と協働して当該蒸発手段を構成する。すなわち、電子銃22は、電子銃用電源装置26からの電力の供給を受けて電子ビーム22aを発生する。この電子ビーム22aは、270°の偏向を掛けられ、坩堝20内の蒸発材料24に照射される。これにより、蒸発材料24が加熱されて溶融し、ひいては蒸発する。なお、電子銃22の出力Wgは、たとえば最大で10kWである。また、詳しい図示は省略するが、蒸発源18は、坩堝20の過熱を防ぐための水冷式の冷却機構を備えている。この蒸発源18の筐体は、坩堝20を含め、接地される。
そして、蒸発源18の上方に、被処理物としての基板28が配置される。基板28は、その表面を、厳密には後述する反応膜が形成される被処理面を、蒸発源18に向けた状態で、とりわけ坩堝20の開口部に向けた状態で、保持手段としての基板台30によって保持される。なお、蒸発源18と基板28の被処理面との(上下方向(鉛直方向)における)相互間距離、厳密には坩堝20の開口部(の上端縁)と基板28の被処理面との相互間距離は、当該基板28の被処理面の形状や寸法などの諸状況にもよるが、たとえば250mm〜700mmである。
基板台30は、真空槽12の外部において、バイアス電力供給手段としての基板バイアス電源装置32に接続される。基板バイアス電源装置32は、基板バイアス電力Wbを基板台30に供給し、ひいては基板28に供給する。基板バイアス電力Wbは、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbが、接地電位を基準とする正電位のハイレベル電圧と、当該接地電位を基準とする負電位のローレベル電圧と、に交互に遷移する、いわゆるバイポーラパルス電力である。この基板バイアス電圧Vbのハイレベル電圧は、一定であり、たとえば接地電位を基準として+37Vである。一方、基板バイアス電圧Vbのローレベル電圧は、任意に変更可能である。このローレベル電圧によって、基板バイアス電圧Vbの平均値(直流換算値)が調整され、とりわけ当該基板バイアス電圧Vbの平均値が接地電位を基準として負電位になるように調整される。さらに、基板バイアス電力Wbの周波数もまた、たとえば50kH〜250kHの範囲内で任意に変更可能である。そして、基板バイアス電力Wbのデューティ比(基板バイアス電圧Vbの1周期のうち当該基板バイアス電圧Vbがハイレベル電圧となる期間の比率)もまた、任意に変更可能である。ここでは、基板バイアス電力Wbの周波数は、たとえば100kHzとされる。そして、基板バイアス電力Wbのデューティ比は、たとえば30%とされる。
さらに、蒸発源18と基板台30との間であって当該蒸発源18寄りの位置に、換言すれば坩堝20の開口部の少し上方の位置に、熱陰極としてのフィラメント34が配置される。このフィラメント34は、たとえば直径が1mmのタングステン製の線状体であり、坩堝20の開口部から上方に10mm〜100mmほど離れた位置において、水平方向に延伸するように設けられる。なお厳密に言えば、フィラメント34は、その表面積を増大させて、後述する熱電子の放出量を増大させるべく、螺旋状に形成される。この螺旋状に形成されたフィラメント34の螺旋径は、たとえば6mmであり、巻き数は、たとえば10(ターン)であり、当該螺旋状に形成された部分の長さ寸法は、たとえば40mmである。
ここでたとえば、坩堝20の開口部とフィラメント34(の螺旋中心)との(上下方向における)相互間距離が過度に短いと、電子銃22から蒸発材料24に照射される電子ビーム22aにとって当該フィラメント34が妨げとなり、甚だ不都合である。一方、当該相互間距離が過度に長いと、フィラメント34の周囲での後述する蒸発材料24の蒸発粒子の密度が低下して、当該蒸発粒子がイオン化され難くなり、やはり不都合である。これらのことから、当該相互間距離は、前述の如く10mm〜100mm程度が適当であり、好ましくは40mm〜70mmが適当であり、たとえば50mmとされる。また、フィラメント34は、水平方向(真空槽12(または坩堝20)の中心軸と直交する方向)において、坩堝20蒸発材料の中心から少し外れた位置に、たとえば20mmほど外れた位置に、設けられる。
フィラメント34の両端部は、真空槽12の外部において、熱陰極加熱用電力供給手段としてのフィラメント加熱用電源装置36に接続される。このフィラメント加熱用電源装置36は、熱陰極加熱用電力としての交流のフィラメント加熱用電力Wfをフィラメント34に供給する。このフィラメント加熱用電力Wfの供給を受けて、フィラメント34は、加熱されて、熱電子を放出する。なお、フィラメント加熱用電源装置36の容量は、たとえば最大で2.4kW(=40V×60A)である。また、フィラメント加熱用電力Wfは、交流電力ではなく、直流電力であってもよい。いずれにしても、フィラメント加熱用電源装置36は、フィラメント34から熱電子が放出されるのに十分な程度に、たとえば2000℃〜2500℃程度に、当該フィラメント34を加熱することができればよい。そして、フィラメント34は、タングステン製に限らず、モリブデンやタンタルなどの当該タングステン以外の高融点金属製であってもよい。
加えて、フィラメント34の一方端部は、真空槽12の外部において、第1イオン化電力供給手段としてのイオン化電源装置38に接続される。このイオン化電源装置38は、フィラメント34にイオン化電力Wdを供給する。このイオン化電力Wdは、接地電位を基準とする負電位の直流電力である。言い換えれば、イオン化電源装置38は、接地された蒸発源18を陽極とし、フィラメント34を陰極として、これら一対の電極に直流のイオン化電力Wdを供給する。なお、イオン化電源装置38の容量は、たとえば最大で9kW(=60V×150A)である。
さらにまた、イオン化電源装置38と接地との間に、イオン電流検出手段としての電流検出装置40が設けられる。この電流検出装置40は、イオン化電力Wdの電流成分、つまりイオン化電源装置38を介して流れる言わばイオン化電流Id、を検出する。この電流検出装置40によるイオン化電流Idの検出結果は、熱電子量制御手段としての加熱制御装置42に与えられる。
加熱制御装置42は、電流検出装置40によって検出されたイオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱用電源装置36を制御し、つまりフィラメント34の加熱温度を制御する。すなわち、イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント34による熱電子の放出量が制御される。
改めて、真空槽12内に注目すると、当該真空槽12内においては、フィラメント34の両端部それぞれの端子部分(フィラメント34の両端部それぞれの真空槽12の壁部までの引き出し部分)が、適当なカバー44により覆われている。このカバー44は、後述する反応膜の形成時に、とりわけ絶縁性の反応膜の形成時に、フィラメント34の両端部それぞれの端子部分に当該絶縁性の反応膜(厳密には絶縁性物質)が付着して異常放電が起きるのを防止するための一種の保護手段である。このカバー44は、高融点金属製であり、たとえばモリブデン製である。また、詳しい図示は省略するが、カバー44は、真空槽12などの他の要素と電気的に絶縁された状態にあり、言わば電気的に浮遊したフローティング状態にある。
そして後述するように、真空槽12内には、放電洗浄用ガスおよび反応性ガスが選択的に導入される。そのためのガス導入管が、厳密には当該ガス導入管としての機能を有する管状の中空陽極46が、適宜に設けられる。この中空陽極46は、いわゆる円管であり、その一方端部をガスの吐出口として真空槽12内に位置させ、他方端部を当該ガスの受入口として真空槽12の外部に位置させるように、設けられる。
この中空陽極46のガス吐出口(一方端部)は、坩堝20の開口部の近傍の所定位置に設けられ、厳密には後述するプラズマ100中の電子(プラズマ電子)を当該中空陽極46に向けて加速させて、ひいては後述するホローアノードプラズマ200を誘起させるのに好適な位置に設けられる。ただし、この中空陽極46のガス吐出口は、後述する蒸発材料24の蒸発粒子に実質的に触れないように(触れ難い位置に)設けられる。これは、当該中空陽極46のガス吐出口(の内側)に反応膜が付着(堆積)して、当該ガス吐出口が狭まるのを回避するためである。具体的には、中空陽極46のガス吐出口は、上方に向くように設けられる。そして、上下方向において、中空陽極46のガス吐出口は、坩堝20の開口部とほぼ同じ位置か、当該坩堝20の開口部よりも上方の位置に、設けられる。言い換えれば、中空陽極46のガス吐出口は、坩堝20に収容された蒸発材料24の蒸発面以上の高さ位置に設けられる。この上下方向における中空陽極46のガス吐出口と坩堝20の開口部との相互間距離は、0mm〜50mmが適当であり、たとえば30mmである。そして、水平方向における中空陽極46のガス吐出口と坩堝20の開口部との相互間距離、詳しくは互いの中心(軸)間の距離は、当該坩堝20を含む蒸発源18の形状や寸法などの諸状況にもよるが、たとえば140mmである。なお、図1を含む各図からは分からないが、中空陽極46のガス吐出口は、これをフィラメント34から見ると、当該フィラメント34の延伸方向に対して直交する方向(言わば横方向)に設けられる。
さらに図2を参照して、中空陽極46のガス吐出口の内径Daは、当該中空陽極46の中空部(厳密にはガス吐出口から中空陽極46の長さ方向において一定の寸法Lにわたる径拡大部46bを除く部分)46aの内径Dbよりも大きい。これもまた、中空陽極46のガス吐出口に反応膜が付着して、当該ガス吐出口が狭まるのを回避するためである。なお、中空陽極46のガス吐出口の内径Daは、たとえば7mmであり、当該中空陽極46の中空部46aの内径Dbは、たとえば4mmである。また、径拡大部46bの長さ寸法Lは、たとえば10mmである。因みに、中空陽極46の外形Dcは、たとえば12mmである。これらの寸法は、飽くまでも一例であり、これに限定されない。
図1に戻って、中空陽極46のガス受入口(他方端部)は、真空槽12の外部において、放電洗浄用ガスおよび反応性ガスそれぞれの不図示の供給源に結合される。具体的には、それぞれの供給源は、不図示の適宜の配管を介して中空陽極46のガス受入口に結合される。それぞれの配管には、当該配管を流通するガスの流量を制御するための不図示の流量制御手段としてのマスフローコントローラと、当該配管内を開閉するための不図示の開閉手段としての開閉バルブとが、設けられる。
中空陽極46は、高融点金属製であり、たとえばタンタル製である。この中空陽極46は、真空槽12の外部において、第2イオン化電力供給手段としての中空陽極用電源装置48に接続される。中空陽極用電源装置48は、中空陽極46に中空陽極電力Whを供給する。この中空陽極電力Whは、接地電位を基準とする正電位の直流電力である。言い換えれば、中空陽極用電源装置48は、中空陽極46を陽極とし、接地された蒸発源18を陰極として、これら一対の電極に直流の中空陽極電力Whを供給する。なお、中空陽極用電源装置48の容量は、たとえば最大で2.5kW(=50V×50A)である。
加えて、真空槽12内の適宜の位置に、たとえば基板台30の近傍に、圧力計50のゲージ部(測定部)50aが配置されるように、圧力検出手段としての当該圧力計50が設けられる。この圧力計50は、真空槽12内の圧力、厳密にはゲージ部50aの周囲における圧力Pを、測定する。このような圧力計50としては、たとえば電離真空計またはペニング真空計が採用される。また、ゲージ部50aの位置は、基板台30の近傍に限らず、後述する蒸発材料24の蒸発粒子などが付着することによる影響が少ない位置であればよい。なお、圧力計50の本体は、真空槽12の外部に設けられる。
圧力計50による圧力Pの測定結果は、真空槽12の外部にある蒸発制御手段としての蒸発量制御装置52に与えられる。蒸発量制御装置52は、圧力計50によって測定された真空槽12内の圧力Pが一定となるように、電子銃用電源装置26を介して電子銃22の出力Wgを制御し、つまりは蒸発材料24の蒸発速度を制御する。なお、蒸発量制御装置52は、電子銃用電源装置26または圧力計50に組み込まれてもよい。
さらに、図示は省略するが、真空槽12内の適宜の位置に、基板28を加熱するための加熱手段としての適当なヒータが設けられる。このヒータとしては、カーボンヒータ、ランプヒータ、シーズヒータ、セラミックヒータなどがある。そして、ヒータは、真空槽12の外部にあるヒータ加熱用電源装置からのヒータ加熱用電力の供給を受けることで、真空槽12内を適宜に加熱する。
併せて、図示は省略するが、真空槽12内におけるフィラメント34と基板台30との間に、好ましくはフィラメント34寄りの位置に、概略平板状のシャッタが設けられる。このシャッタは、基板28の被処理面を坩堝20の開口部へ向けて露出させる開放状態と、当該基板28の被処理面を坩堝20の開口部から遮蔽する閉鎖状態と、に選択的に遷移する。このシャッタは、機械的強度が比較的に大きく、高耐食性および高耐熱性であり、かつ、非磁性の金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって形成される。また、シャッタは、真空槽12などの他の要素と電気的に絶縁された状態にあり、つまり電気的に浮遊したフローティング状態にある。
このような構成の反応性イオンプレーティング装置10によれば、目的物として炭化膜、酸化膜、窒化膜などの各種の反応膜を形成することができる。その工程の流れは一般に、真空槽12内への基板28の収容工程→真空槽12内の排気工程→基板28の加熱工程→基板28の被処理面の放電洗浄工程→基板28の被処理面への成膜工程→真空槽12内の冷却工程→真空槽12内からの基板28の取り出し工程、となる。以下に、高硬度な炭化膜の1つである炭化珪素(SiC)膜を形成する場合を例に挙げて、説明する。
まず、真空槽12内への基板28の収容工程として、当該真空槽12内が開放されて、当該真空槽12内に基板28が収容され、詳しくは基板台30に当該基板28が取り付けられる。併せて、蒸発材料24としての高純度の珪素(Si)が坩堝20に収容される。この蒸発材料24としての珪素は、たとえば直径が2mm〜5mm程度の粒状体であるが、これに限定されない。その上で、真空槽12内が閉鎖され、言わば密閉される。
続いて、真空槽12内の排気工程として、真空ポンプ16が作動されて、当該真空槽12内が10−3Pa程度にまで排気され、いわゆる真空引きが行われる。この真空引きの後に、次の工程である基板28の加熱工程が行われるが、当該基板28の加熱工程は、真空引きと並行して行われてもよい。なお、真空槽12内の排気工程および基板28の加熱工程においては、坩堝20内の蒸発材料24を(汚染物質などから)保護する意図を含め、前述のシャッタは、閉鎖状態とされるのが、望ましい。
基板28の加熱工程として、前述のヒータにヒータ加熱用電力が供給されて、当該基板28が加熱される。このヒータによる基板28の加熱温度は、当該基板28の寸法や種類などの諸状況に応じて適宜に設定されるが、たとえば200℃〜500℃である。このようにして基板28が加熱されることにより、当該基板28に含まれている不純物ガスが排出される。この基板28の加熱工程の終了後、ヒータへのヒータ加熱用電力の供給が停止される。
次に、基板28の被処理面の放電洗浄工程として、前述のシャッタが閉鎖された状態で、真空槽12内に放電洗浄用ガスとしてのアルゴン(Ar)ガスが導入され、詳しくは中空陽極46の中空部46aを介して導入される。そして、真空槽12内の圧力Pが、たとえば0.2(=2×10−1)Pa以下に維持される。さらに、フィラメント34にフィラメント加熱用電力Wfが供給される。これにより、フィラメント34が加熱されて、当該フィラメント34から熱電子(1次電子)が放出される。併せて、フィラメント34にイオン化電力Wdが供給される。すなわち、フィラメント34を陰極とし、蒸発源18を陽極として、これら一対の電極に直流のイオン化電力Wdが供給される。すると、陰極としてのフィラメント34から放出された熱電子が、陽極としての蒸発源18に向かって、とりわけフィラメント34に近い位置にある坩堝20に向かって、加速される。この加速された熱電子は、アルゴンガスの粒子と非弾性衝突する。これにより、アルゴンガスの粒子が電離して、イオン化され、つまりアルゴンイオンが生成される。このイオン化に伴って、アルゴンガスの粒子(の最外殻)から電子(2次電子)が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、陽極としての坩堝20に流れ込む。この現象が継続することで、アルゴンイオンを含むプラズマ100が誘起される。このプラズマ100の態様は、低電圧大電流のアーク放電である。この状態でさらに、真空槽12内に、別の放電洗浄用ガスとしての水素(H2)ガスが導入される。この水素ガスの粒子もまた、イオン化されて、水素イオンとなり、プラズマ100を形成する。なお、真空槽12内へのアルゴンガスの導入と水素ガスの導入とは、同時に開始されてもよい。
このとき、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdは、適当な一定値に設定される。併せて、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idが適当な一定値になるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御され、つまりフィラメント34による熱電子の放出量が制御される。イオン化電流Idは、陽極としての坩堝20に流れ込む電流を表し、つまりプラズマ100中のイオン(ここではアルゴンイオンおよび水素イオン)の量に相関(比例)する。
加えて、中空陽極46に中空陽極電力Whが供給される。すなわち、中空陽極46を陽極とし、蒸発源18を陰極として、これら一対の電極に直流の中空陽極電力Whが供給される。これにより、プラズマ100中の電子が、中空陽極46に向かって、とりわけ当該プラズマ100に近い位置にある当該中空陽極46のガス吐出口に向かって、加速される。この加速された電子は、中空陽極46のガス吐出口から吐出されるアルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子と非弾性衝突する。この結果、中空陽極46のガス吐出口の近傍においても、アルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子がイオン化され、ひいてはホローアノードプラズマ200が誘起される。しかも、中空陽極46のガス吐出口の近傍においては、アルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの圧力が高く、つまり当該アルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子の密度が高いので、高濃度なホローアノードプラズマ200が得られる。このホローアノードプラズマ200の態様もまた、低電圧大電流のアーク放電である。
なお、ホローアノードプラズマ200の誘起に寄与する電子の殆どは、プラズマ100中の電子のうちのアルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子がイオン化することに伴って発生した、いわゆるプラズマ電子である。言い換えれば、フィラメント34から放出された熱電子は、ホローアノードプラズマ200の誘起に寄与しない。これは、フィラメント34と中空陽極46のガス吐出口との相互間距離が比較的に遠いことに起因すると考えられる。その証拠に、フィラメント34にフィラメント加熱用電力Wfが供給されるとともに、中空陽極46に中空陽極電力Whが供給された状態であっても、イオン化電力Wdが非供給の場合には、プラズマ100が誘起されず、また、ホローアノードプラズマ200も誘起されないことが、確認された。
このようにしてプラズマ100およびホローアノードプラズマ200が誘起された状態で、さらに、基板28に基板バイアス電力Wbが供給され、詳しくは基板バイアス電圧Vbの平均値が接地電位に対して負である当該基板バイアス電力Wbが供給される。その上で、シャッタが開放される。すると、プラズマ100(およびホローアノードプラズマ200)中のアルゴンイオンおよび水素イオンが基板28の被処理面に向かって加速され、当該基板28の被処理面に入射される。この結果、アルゴンイオンが基板28の被処理面に衝突することによるスパッタ作用と、水素イオンが基板28の被処理面に付着している不純物と化学的に反応することによる化学反応作用と、によって、当該基板28の被処理面が洗浄される。
この放電洗浄工程は、基板28の被処理面の洗浄レベルが所期のレベルに達するまで行われる。この放電洗浄工程の終了後、シャッタが改めて閉鎖される。併せて、真空槽12内へのアルゴンガスおよび水素ガスの導入が停止される。これにより一旦、プラズマ100およびホローアノードプラズマ200が消失する。その上で、次の工程としての基板28の被処理面への成膜工程が行われる。
この成膜工程においては、反応性ガスとしてのアセチレン(C2H2)ガスが、真空槽12内に導入される。そして、真空槽12内の圧力が、たとえば0.1(=1×10−1)以下に維持される。さらに、蒸発源18の電子銃22が通電される。これにより、電子銃22から電子ビーム22aが発射され、この電子ビーム22aは、坩堝20内の蒸発材料24に照射される。この電子ビーム22aの照射を受けて、蒸発材料24は、加熱されて溶融し、さらに蒸発する。このとき、フィラメント34には、フィラメント加熱用電力Wfが供給されており、また、イオン化電力Wdが供給されている。したがって、前述の放電洗浄工程と同様、フィラメント34から放出された熱電子は、陽極としての坩堝20に向かって加速される。そして、加速された電子は、蒸発材料24の蒸発した粒子、いわゆる蒸発粒子と、非弾性衝突する。これにより、蒸発材料24の蒸発粒子が電離して、イオン化され、つまり珪素イオンが生成される。このイオン化に伴って、蒸発材料24の蒸発粒子(の最外殻)から電子(2次電子)が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、陽極としての坩堝20に流れ込む。これと並行して、フィラメント34から坩堝20に向かって加速された電子は、アセチレンガスの粒子にも非弾性衝突する。これにより、アセチレンガスの粒子もまた電離して、イオン化され、つまり炭素イオンおよび水素イオンが生成される。このイオン化に伴って、アセチレンガスの粒子から電子が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、坩堝20に流れ込む。この現象が継続されることで、改めてアーク放電によるプラズマ100誘起される。
このときも、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdは、適当な一定値に設定される。併せて、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idが適当な一定値になるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御される。さらに、基板バイアス電力Wbについては、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbの平均値が接地電位に対して負の適当な値となるように、調整される。
加えて、中空陽極46には、中空陽極電力Whが供給された状態にある。したがって、前述の放電洗浄工程と同様、プラズマ100中の電子が、中空陽極46のガス吐出口に向かって加速される。この加速された電子は、中空陽極46のガス吐出口から吐出されるアセチレンガスの粒子と非弾性衝突する。この結果、中空陽極46のガス吐出口の近傍においても、アセチレンガスの粒子が積極的(集中的)にイオン化され、改めてアーク放電によるホローアノードプラズマ200が誘起される。
このようにして改めてプラズマ100およびホローアノードプラズマ200が誘起された状態で、詳しくは当該プラズマ100およびホローアノードプラズマ200が安定した状態で、シャッタが開放される。すると、プラズマ100(およびホローアノードプラズマ200)中のイオンが基板28の被処理面に向かって加速され、当該基板28の被処理面に入射される。この結果、基板28の被処理面に、珪素イオンを含む珪素粒子と、炭素イオンを含む炭素粒子と、の化合物である炭化珪素膜が形成される。
この成膜工程においては、真空槽12内に導入される反応性ガスの流量が一定とされる。そして、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、電子銃22の出力Wgが制御され、つまり蒸発材料24の蒸発速度が制御される。このような制御が行われることで、炭化珪素膜の形成速度、つまり成膜速度、の安定化が図られる。すなわち、膜厚モニタなどの成膜速度検出手段を用いることなく、成膜速度の安定化が図られる。
この成膜工程は、所期の膜厚の炭化珪素膜が形成されるまで行われる。この成膜工程の終了後、シャッタが閉鎖される。そして、電子銃22への通電が停止される。併せて、真空槽12内へのアセチレンガスの導入が停止される。さらに、基板28への基板バイアス電力Wbの供給が停止される。加えて、フィラメント34へのフィラメント加熱用電力Wfの供給が停止されるとともに、当該フィラメント34へのイオン化電力Wdの供給が停止される。そして、中空陽極46への中空陽極電力Whの供給が停止される。これにより、プラズマ100およびホローアノードプラズマ200が消失する。その上で、次の工程としての真空槽12内の冷却工程が行われる。
この冷却工程においては、改めて真空槽12内が真空引きされる。この状態で、適当な冷却期間が置かれる。その上で、次の工程としての真空槽12内からの基板28の取り出し工程が行われる。
この取り出し工程においては、真空槽12内が開放される。そして、真空槽12内から基板28が取り出される。これをもって、炭化珪素膜を形成するための一連の工程が終了する。
この一連の工程のうちの、たとえば放電洗浄工程に注目する。この放電洗浄工程においては、前述の如くプラズマ100とは別個に、ホローアノードプラズマ200が誘起される。そして、このホローアノードプラズマ200によって、放電洗浄用ガスとしてのアルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子が積極的にイオン化される。したがってたとえば、プラズマ100のみが誘起される場合に比べて、放電洗浄用ガスの粒子が効率よくイオン化され、その分、イオンの生成量が増大する。これは、効率的な放電洗浄の実現に大きく貢献し、つまり放電洗浄工程に要する時間の短縮化に大きく貢献する。
また前述したように、ホローアノードプラズマ200は、プラズマ100中の電子を利用して誘起される。言い換えれば、ホローアノードプラズマ200を誘起させるために、プラズマ100中の電子が抜き取られる。本来、プラズマ100は、全体として中性である。したがって、プラズマ100は、自身から電子が抜き取られると、それに応じて自身に含まれるイオンの量を減らそうとする。そのため、プラズマ100は、自身の電位(プラズマ電位)を上げて、自身に含まれるイオンを接地電位の部分、たとえば真空槽12の壁部(内壁)に、吐き出そうとする。すなわち、ホローアノードプラズマ200が誘起されることによって、プラズマ100の空間電位が上がる。要するに、中空陽極46は、前述の如く放電洗浄用ガスの粒子を積極的にイオン化する機能に加えて、プラズマ100の空間電位を上げる機能を奏する。なお、ラングミュアプローブによりプラズマ100の空間電位を測定したところ、当該プラズマ100の空間電位は、中空陽極46の電位に、つまり中空陽極電力Whの電圧成分である中空陽極電圧Vhの電圧値に、約10Vを加えた値であった(プラズマ100の空間電位≒Vh+10V)。
プラズマ100の空間電位が上がると、当該プラズマ100中のイオンが基板28の被処理面に向かって加速され易くなる。この結果、基板28に入射されるイオンの量が増大する。このこともまた、効率的な放電洗浄の実現に大きく貢献し、つまり放電洗浄工程に要する時間の短縮化に大きく貢献する。
ここで、放電洗浄工程における中空陽極電圧Vhと、中空陽極電力Whの電流成分である中空陽極電流Ihと、の関係を、図3に示す。また、図3は、中空陽極電圧Vhと、基板28に流れる電流、つまり基板バイアス電力Wbの電流成分である基板電流Ibと、の関係をも示す。このときの諸条件(放電洗浄条件)は、次の通りである。すなわち、真空槽12内に放電洗浄用ガスとしてのアルゴンガスおよび水素ガスが導入された状態で、当該真空槽12内の圧力Pが0.07Paに維持される。この0.07Paという圧力Pのうち、アルゴンガスの導入に起因する圧力(圧力換算値)は、0.064Paであり、水素ガスの導入に起因する圧力は、0.006Paである。そして、イオン化電圧Vdが50Vとされ、イオン化電流Idが40Aとなるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御される。さらに、基板バイアス電圧Vbの平均値が−600Vとされる。なお、坩堝20の開口部と基板28の被処理面との相互間距離は、420mmである。基板台30は、直径が360mmの円板状のステンレス鋼製である。
この図3から分かるように、中空陽極電圧Vhが高いほど、中空陽極電流Ihが大きくなる。中空陽極電流Ihは、ホローアノードプラズマ200中のイオンの量に相関(比例)する。すなわち、中空陽極電圧Vhが高いほど、ホローアノードプラズマ200中のイオンの量が増大する。これは、中空陽極電圧Vhが高いほど、放電洗浄用ガスとしてのアルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子が効率よくイオン化されることを意味する。
また、図3からは、中空陽極電圧Vhが高いほど、基板電流Ibが増大することが分かる。基板電流Ibは、基板28に入射されるイオンの量に相関(比例)する。すなわち、中空陽極電圧Vhが高いほど、基板28に入射されるイオンの量が増大する。これは、中空陽極電圧Vhが高いほど、プラズマ100の空間電位が上がり、前述の如く当該プラズマ100中のイオンが基板28の被処理面に向かって加速され易くなることに起因すると考えられる。
さらに、放電洗浄工程において、たとえば60分間にわたる放電洗浄工程において、基板28の被処理面がどれくらい洗浄(エッチング)されるのかを確認した。その結果を、図4に示す。なお、ここでは、珪素製、ガラス製およびステンレス鋼(SUS304)という3種類の基板28について、確認した。中空陽極電圧Vhは、40Vである。これ以外は、図3に係る諸条件と同じである。また、比較対象として、中空陽極電圧Vhが0Vである場合についても、つまりホローアノードプラズマ200が誘起されない場合についても、確認した。
この図4から分かるように、たとえば珪素製の基板28については、比較対象によるエッチング速度が0.82μm/hであるのに対して、本実施例によるエッチング速度は1.37μm/hであり、つまり当該比較対象の約1.7倍である。そして、ガラス製の基板28については、比較対象によるエッチング速度が0.66μm/hであるのに対して、本実施例によるエッチング速度は1.00μm/hであり、つまり当該比較対象の約1.5倍である。さらに、ステンレス鋼製の基板28については、比較対象によるエッチング速度が0.53μm/hであるのに対して、本実施例によるエッチング速度は1.18μm/hであり、つまり当該比較対象の約2.2倍である。すなわち、3種類の基板28のいずれについても、本実施例によれば、エッチング速度の飛躍的な向上が図られること、つまり効率的な放電洗浄が実現されることが、確認された。これは前述したように、放電洗浄工程に要する時間の短縮化に大きく貢献する。
なお、図4における中空陽極電流Ihに注目すると、比較対象における中空陽極電流Ihが4.2Aであるのに対して、本実施例における中空陽極電流Ihは33.4Aであり、当該比較対象の約8倍であり、つまり当該比較対象よりも遥かに大きい。これは、本実施例によれば、比較対象に比べて、放電洗浄用ガスとしてのアルゴンガスおよび水素ガスそれぞれの粒子が極めて効率よくイオン化されることを意味する。
また、図4における基板電流Ibに注目すると、比較対象における基板電流Ibが0.75Aであるのに対して、本実施例における基板電流Ibは1.19Aであり、当該比較対象の約1.6倍である。これは、本実施例によれば、比較対象に比べて、基板28に入射されるイオンの量の増大が図られることを意味する。
その一方で、図4における処理温度に注目すると、比較対象における処理温度は422℃であるのに対して、本実施例における処理温度は469℃であり、当該比較対象と大差はない。このことから、本実施例によれば、比較対象に比べて、処理温度は大差ないものの、エッチング速度の飛躍的な向上が図られることが分かる。
さらにたとえば、前述の一連の工程のうちの成膜工程に注目する。この成膜工程においても、放電洗浄工程と同様、プラズマ100とは別個に、ホローアノードプラズマ200が誘起される。そして、ホローアノードプラズマ200によって、反応性ガスとしてのアセチレンガスの粒子が積極的にイオン化される。したがってたとえば、プラズマ100のみが誘起される場合に比べて、反応性ガスの粒子が効率よくイオン化され、その分、イオンの生成量が増大する。これは、成膜速度の向上に大きく貢献し、つまり成膜工程に要する時間の短縮化に大きく貢献する。
併せて、成膜工程においても、放電洗浄工程と同様、ホローアノードプラズマ200が誘起されることで、つまり中空陽極46が設けられることで、プラズマ100の空間電位が上がる。このプラズマ100の空間電位が上がると、当該プラズマ100中のイオンが基板28の被処理面に向かって加速され易くなる。この結果、基板28に入射されるイオンの量が増大する。このこともまた、成膜速度の向上に大きく貢献し、つまり成膜工程に要する時間の短縮化に大きく貢献する。
なおたとえば、中空陽極電圧Vhが過度に小さいと、プラズマ100中の電子を中空陽極46に向けて加速させることができず、つまりホローアノードプラズマ200を誘起させることができない。また、中空陽極電圧Vhが過度に大きいと、プラズマ100の空間電位が高くなりすぎて、異常放電を起こす。したがって、中空陽極電圧Vhは、たとえば20V〜50Vが適当であり、好ましくは30V〜40Vが適当である。
ところで前述したように、成膜工程においては、真空槽12内に導入される反応性ガスの流量が一定とされる。そして、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、電子銃22の出力Wgが制御されることで、つまり蒸発材料24の蒸発速度が制御されることで、成膜速度の安定化が図られる。このような要領により成膜速度の安定化が図られるのは、次の論理による。
すなわち、化学量論組成の炭化珪素膜が形成されるとすると、蒸発材料24の蒸発速度と、当該蒸発材料24の蒸発速度に見合う反応性ガスの流量と、の関係(計算結果)は、図5に示されるようになる。なお、図5は、炭化珪素膜以外の反応膜、たとえばイットリア膜、窒化クロム(CrN)膜、窒化チタン(TiN)膜、炭化チタン(TiC)膜および窒化珪素(Si3N4)膜についての関係をも示す。
この図5に示されるように、いずれの反応膜についても、蒸発材料24の蒸発速度と、当該蒸発材料24の蒸発速度に見合う反応性ガスの流量と、の関係は、比例関係にある。このことから前述したように、真空槽12内に導入される反応性ガスの流量が一定とされた状態で、当該真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24の蒸発速度が制御されることで、成膜速度の安定化が図られる、と考えられる。
この論理は、蒸発材料24の蒸発粒子と、反応性ガスの粒子とが、100%の確率で反応することを前提とするので、実際とは多少の乖離がある。ただし、成膜速度の安定化という観点では、この論理に基づく制御は、十分に実用性がある。これを検証した結果を、図6に示す。なお、図6は、反応性ガスとしてのアセチレンガスの流量が74mL/min、80mL/min、84mL/minおよび94mL/min(一定)とされた状態で、真空槽12内の圧力Pが0.03Pa(一定)となるように、蒸発材料24としての珪素の蒸発速度が制御されたときの、当該珪素の蒸発速度を示す。このときのイオン化電圧Vdは、30Vである。そして、イオン化電流Idが40Aとなるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御される。また、中空陽極電圧Vhは、30Vである。
この図6に示されるように、真空槽12内の圧力Pが一定であるときは、当該真空槽12内に導入される反応性ガスとしてのアセチレンガスの流量と、このアセチレンガスの流量に見合う蒸発材料24としての珪素の蒸発速度とは、比例関係にある。このことからも、真空槽12内に導入される反応性ガスの流量が一定とされた状態で、当該真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24の蒸発速度が制御されることで、成膜速度の安定化が図られることが、つまりは十分に実用可能であることが、分かる。なお、このときの電子銃22の出力Wgは、3.69kW〜4.50kWであり、詳しくは当該電子銃22の加速電圧Vgは、9kV(一定)であり、エミッション電流Igは、410mA〜500mAであった。
このような要領により成膜速度の安定化が図られることで、前述の如く膜厚モニタなどの成膜速度検出手段が不要となる。その分、反応性イオンプレーティング装置10全体としてのコストの低減が図られる。また、窒化珪素膜をはじめとする反応膜を良好な再現性で形成することができ、とりわけ膜厚の大きい反応膜を良好な再現性で形成することができる。
さらに前述したように、成膜工程においては、イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御されるが、これもまた、反応膜の再現性を維持するのに極めて重要である。すなわち、イオン化電流Idは、プラズマ100中のイオンの量に相関(比例)するが、このプラズマ100中のイオンの量が変動すると、反応膜の再現性に大きく影響し、併せて、当該反応膜の品質にも大きく影響する。これを回避するために、前述の如くイオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御される。
加えて、本実施例によれば、反応膜の各要素の組成比および当該反応膜の硬度を制御することができ、とりわけ高硬度な炭化珪素膜を形成することができる。その一例を、図7に示す。この図7は、反応膜としての炭化珪素膜を形成するための成膜工程において、中空陽極電圧Vhが20V、25V、30Vおよび35Vとされた場合の当該炭化珪素膜の炭素と珪素との組成比(C/Si)、ならびに、当該炭化珪素膜の硬度を示す。このときの諸条件(成膜条件)は、次の通りである。すなわち、真空槽12内に反応性ガスとしてのアセチレンガスが84mL/minという流量で導入された状態で、当該真空槽12内の圧力Pが0.03Paに維持される。そして、イオン化電圧Vdが30Vとされ、イオン化電流Idが40Aとなるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御される。さらに、基板バイアス電圧Vbの平均値が−400Vとされる。なお、坩堝20の開口部と基板28の被処理面との相互間距離は、420mmである。また、電子銃22の出力Wgは、3.42kW〜4.50kWであり、詳しくは当該電子銃22の加速電圧Vgは、9kV(一定)であり、エミッション電流Igは、380mA〜500mAである。そして、成膜工程の時間(成膜時間)は、60分間である。
この図7に示されるように、中空陽極電圧Vhが高いほど、炭化珪素膜の組成比が高くなり、つまり炭素の含有率が高くなり、換言すれば珪素の含有率が低くなる。併せて、中空陽極電圧Vhが高いほど、高硬度な炭化珪素膜が形成される。特に、中空陽極電圧Vhが35Vとされた場合の炭化珪素膜のヌープ硬度は約3000HKであり、極めて高硬度な炭化珪素膜が形成される。しかも、この高硬度な炭化珪素膜は、約6μm/hという成膜速度で形成される。因みに、ホローアノードプラズマ200が誘起されない(言わば従来の)構成により約3000HKというヌープ硬度の炭化珪素膜を形成しようとすると、成膜速度を約2μm/hに下げる必要がある。すなわち、本実施例によれば、従来の約3倍の成膜速度で高硬度な炭化珪素膜を形成することができる。また、炭化珪素膜の組成比を制御することができ、たとえば当該組成比が1である化学量論組成の炭化珪素膜を形成することもできる。
以上のように、本実施例によれば、炭化珪素膜などの反応膜を従来よりも高い成膜速度で形成することができ、とりわけ高硬度な炭化珪素膜を従来よりも高い成膜速度で形成することができる。これは、成膜工程に要する時間の短縮化に大きく貢献する。併せて、本実施例によれば、効率的な放電洗浄を実現することができ、つまり放電洗浄工程に要する時間の短縮化を図ることができる。すなわち、本実施例によれば、放電洗浄工程および成膜工程を含む全ての工程に要するタクトタイムの短縮化が図られ、ひいては生産性の向上が図られる。
また、本実施例によれば、成膜工程において、イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御されることで、プラズマ100中のイオンの量の安定化が図られる。このことは、反応膜の品質の向上および再現性の維持に大きく貢献する。
さらに、本実施例によれば、成膜工程において、真空槽12内に導入される反応性ガスの流量が一定とされた状態で、当該真空槽12内の圧力Pが一定となるように、電子銃22による蒸発材料24の蒸発速度が制御されることで、成膜速度の安定化が図られる。すなわち、膜厚モニタなどの成膜速度検出手段を用いることなく、成膜速度の安定化が図られる。このこともまた、反応膜の品質の向上および再現性の維持に大きく貢献し、とりわけ膜厚の大きい反応膜を良好な品質および再現性で形成するのに大きく貢献する。
なお、本実施例においては、坩堝20を陽極とし、フィラメント34を陰極として、これら一対の電極にイオン化電力Wdが供給されることで、アーク放電のプラズマ100が誘起される。このような言わば熱陰極アーク放電プラズマ誘起法を採用する本実施例によれば、アルゴンガスなどの放電用ガスを必要とすることなく、蒸発材料24の蒸発粒子をイオン化することができる。
加えて、本実施例においては、イオン化電力Wd(イオン化電流Id)によってプラズマ100中のイオンの量が制御される。その一方で、電子銃22の出力Wgによって蒸発材料24の蒸発速度が制御される。すなわち、本実施例によれば、プラズマ100中のイオンの量と、蒸発材料24の蒸発速度とが、互いに独立して制御可能である。このことは、種々の性質を持つ反応膜を形成するのに、換言すれば当該反応膜の性質を制御するのに、大きく貢献する。
本実施例は、本発明の1つの具体例であり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本実施例以外の局面にも、本発明を適用することができる。
たとえば、本実施例では、反応膜として炭化珪素膜を形成する場合について、詳しく説明したが、当該炭化珪素膜以外の反応膜を形成する場合にも、本発明を適用することができる。すなわち、炭化チタン膜や炭化クロム(CrC)膜などの炭化珪素膜以外の炭化膜、窒化クロム膜や窒化チタン膜などの窒化膜、イットリア膜や酸化チタン(TiO2)膜などの酸化膜、さらには、炭窒化チタン(TiCN)膜や炭窒化珪素(SiCN)膜などの炭窒化膜を含め、各種の反応膜を形成する場合にも、本発明を適用することができる。目的物としての反応膜の種類によって、蒸発材料24が適宜に選定されるともに、反応性ガスもまた適宜に選定されることは、言うまでもない。
またたとえば、炭化チタン膜については、約3000HKという極めて高いヌープ硬度が得られることが、つまりは極めて高硬度な炭化チタン膜を形成し得ることが、確認された。具体的には、成膜工程において、真空槽12内に反応性ガスとしてのアセチレンガスが78mL/minという流量で導入される。そして、真空槽12内の圧力Pが0.03Pa(一定)となるように、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度が制御される。さらに、イオン化電圧Vdが30Vとされ、イオン化電流Idが20Aとなるように、フィラメント加熱用電力Wfが制御される。加えて、基板バイアス電圧Vbの平均値が−100とされる。なお、坩堝20の開口部と基板28の被処理面との相互間距離は、420mmである。また、基板28として、光速度工具鋼(SKH4)製のテストピースが採用される。このような条件(成膜条件)による成膜工程が30分間にわたって行われた結果、膜厚が3.6μm、ヌープ硬度が2970HKの炭化チタン膜が形成された。すなわち、約7μm/hという成膜速度で約3000HKという極めて高硬度な炭化チタン膜が形成された。また、SEM−EDX(Scanning Electron Microscope - Energy Dispersive X-ray)分光法による組成分析の結果、当該炭化チタン膜の組成比(C/Ti)は、おおむね1:1であった。すなわち、化学量論組成の炭化チタン膜が形成された。
さらに、本実施例においては、中空陽極46のガス吐出口が上方へ向くように構成されたが、これに限らない。たとえば、中空陽極46のガス吐出口が水平方向に向くように構成されてもよいし、当該ガス吐出口が水平よりも上方に、いわゆる斜め上方に、向くように構成されてもよい。
加えて、バイアス電力供給手段としての基板バイアス電源装置32については、基板バイアス電力Wbとしてバイポーラパルス電力を出力するものに限らない。このバイアス電力供給手段としては、基板28の種類や反応膜の種類に応じて、直流電源装置および高周波電源装置を含め、適宜の電源装置が採用されるのが、望ましい。特に、基板28が絶縁性物質である場合には、チャージアップの防止のために、高周波電源装置が採用されるのが、肝要である。
そして、本発明は、反応性イオンプレーティング装置10という装置への適用に限らず、反応性イオンプレーティング方法という方法についても適用することができる。