ところで、特許文献1には明記されていないが、前述のシャッタは、成膜処理の初期の段階における当該成膜処理を安定化させるために設けられる。すなわち、電子銃による坩堝内の蒸発材料の加熱が開始された直後は、当該蒸発材料の蒸発量は少なく、かつ、不安定である。この状態では、プラズマが不安定である。このような状態で、基板の表面への成膜処理が実施されるとすると、良好な品質の被膜を形成することができない。たとえば、成膜処理の初期の段階とその後の段階とで、異なる品質の被膜が形成されてしまう。また、前述の反応性イオンプレーティング法による成膜処理においては、当該成膜処理の初期の段階とその後の段階とで、異なる組成の被膜が形成されてしまう。さらに、蒸発材料の加熱が開始された直後は、当該蒸発材料の蒸発粒子に不純物が含まれていることがあり、この不純物が基板の表面に付着すると、被膜の密着力が十分に得られず、当該被膜の剥離を招く。このような不都合を回避するために、プラズマが安定するまで、シャッタが閉鎖される。そして、プラズマが安定した上で、シャッタが開放される。これにより、良好な品質の被膜を形成することができる。
なお、シャッタは、機械的強度が比較的に大きく、耐熱性および耐食性が比較的に高い非磁性の金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって形成されている。このシャッタは、前述の開閉機構を介して真空槽(の壁部)に機械的に結合されているが、これと同時に、当該開閉機構を介して真空槽と電気的に導通しており、つまり接地されている。
このようにシャッタは、良好な品質の被膜を形成するのに必要であるが、このシャッタに起因して、被膜の品質に影響する別の問題があることが、このたび判明した。すなわち、プラズマが発生している状態で、シャッタが開閉駆動される、とする。たとえば、シャッタが閉鎖状態にあるときには、プラズマ中の電子は、前述の如くイオン化電極に流れ込むが、併せて、当該イオン化電極と同じ電位(接地電位)であるシャッタにも多少なりとも流れ込む。そして、これらイオン化電極に流れ込む電子と、シャッタに流れ込む電子と、の総和が、前述のイオン化電極電流として現れる。なお、シャッタに流れ込む電子の量は、当該シャッタの位置が熱電子放射フィラメントの位置に近いほど多い。
ここで、シャッタが閉鎖状態から開放状態に遷移すると、当該シャッタの位置が熱電子放射フィラメントの位置から遠ざかる。この結果、シャッタに流れ込む電子の量が減少し、概ねゼロとなる。これに伴って、イオンの生成量が少なくなり、つまりプラズマの密度が低下し、その結果、イオン化電極電流が小さくなる。この状態は、前述のフィラメント制御装置によるイオン化電極電流を一定にするための制御によって解消されるが、それまでには多少の時間が掛かる。これは、フィラメント制御装置によるイオン化電極電流を一定にするための制御が安定的に行われるようにするべく、当該フィラメント制御装置に比較的に緩やかな応答性(時定数)が与えられていることによる。
したがって、成膜処理の実施の際に、前述の如くプラズマが安定するまでシャッタが閉鎖され、当該プラズマが安定した上でシャッタが開放されると、このシャッタが開放された直後の多少の時間にわたって、イオンの生成量が少なくなる。要するに、シャッタが閉鎖状態から開放状態に遷移した直後の成膜処理の初期の段階においては、イオンの生成量が不安定な状態で、当該成膜処理が実施されることになる。このことは、被膜の下層側の界面となる部分について、イオンの生成量が不安定な状態で形成されることを意味し、当該界面となる部分が極めて重要である被膜にとって、好ましくない。特に、前述の反応性イオンプレーティング法による成膜処理においては、イオンの生成量が被膜の品質に大きく影響するため、このことによる当該被膜の品質への影響が顕著である。
すなわち、従来のイオンプレーティング装置では、成膜処理の初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができない、という問題がある。この問題は、成膜処理に限らず、プラズマを用いた窒化処理や浸炭処理などの他の表面処理においても、同様に生ずる。
そこで、本発明は、プラズマを用いた成膜処理などの所定の処理の実施において、その初期の段階から安定して当該所定の処理を実施することができる表面処理装置を提供することを、目的とする。
この目的を達成するために、本発明は、プラズマを用いて被処理物の表面に所定の処理を施す表面処理装置であって、真空槽、プラズマ発生手段、シャッタ、および防止手段を備える。このうちの真空槽の内部には、被処理物が配置される。また、真空槽の内部は、排気される。プラズマ発生手段は、真空槽の内部においてプラズマを発生させる。シャッタは、真空槽の内部において閉鎖状態と開放状態とに遷移可能である。ここで、閉鎖状態は、被処理物の表面に所定の処理が施されないようにする状態である。一方、開放状態は、被処理物の表面に所定の処理が施されるようにする状態である。そして、防止手段は、プラズマ中の電子がシャッタに流入するのを防止する。
すなわち、本発明によれば、シャッタが閉鎖状態にあるときには、被処理物の表面に所定の処理が施されない。そして、シャッタが開放状態にあるときに、被処理物の表面に所定の処理が施される。さらに、防止手段によって、プラズマ中の電子がシャッタに流入することが防止される。したがってたとえば、シャッタが閉鎖状態から開放状態に遷移しても、このことにより、プラズマの密度が変化することはない。ゆえに、所定の処理の初期の段階から安定して当該所定の処理を実施することができる。
なお、防止手段は、シャッタをプラズマ発生手段との間で電気的に絶縁する絶縁手段を含むものであってもよい。このような絶縁手段を含む防止手段によって、プラズマ中の電子がシャッタに流入することが防止される。
また、防止手段が設けられることに代えて、シャッタが電気的に絶縁性の物質により形成されてもよい。このように、シャッタが電気的に絶縁性の物質により形成されることによっても、プラズマ中の電子がシャッタに流入することが防止される。
ここで言う所定の処理は、被処理物の表面に被膜を形成する成膜処理であってもよい。この場合、成膜処理の初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。
さらに、ここで言う成膜処理は、イオンプレーティング法による成膜処理であってもよい。すなわち、本発明によれば、イオンプレーティング法による成膜処理においても、その初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。
このイオンプレーティング法による成膜処理を実施するために、たとえば収容手段、蒸発手段、およびバイアス電力供給手段が設けられてもよい。併せて、プラズマ発生手段は、熱陰極、およびイオン化電力供給手段を含むものであってもよい。具体的には、収容手段は、真空槽の内部における被処理物の下方において、被膜の材料である蒸発材料を収容する。蒸発手段は、収容手段に収容されている蒸発材料を蒸発させる。バイアス電力供給手段は、収容手段を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者に所定のバイアス電力を供給する。熱陰極は、真空槽の内部における収容手段と被処理物との間に設けられており、熱電子を放出する。そして、イオン化電力供給手段は、収容手段を陽極とし、熱陰極を陰極として、これら両者に直流のイオン化電力を供給する。
この構成によれば、収容手段に収容されている蒸発材料が、蒸発手段によって蒸発される。そして、熱陰極が、熱電子を放出する。さらに、収容手段を陽極とし、熱陰極を陰極として、これら両者に、イオン化電力供給手段によって直流のイオン化電力が供給される。すると、陰極としての熱陰極から放出された熱電子が、陽極としての収容手段に向かって加速される。そして、加速された熱電子は、蒸着材料の蒸発粒子と非弾性衝突する。その衝撃によって、蒸着材料の蒸発粒子が電離して、イオン化される。このイオン化によって、蒸着材料の蒸発粒子から電子が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、収容手段に流れ込む。この現象が継続されることで、イオン化された蒸発粒子を含むプラズマが発生する。このプラズマの態様は、前述の従来のイオンプレーティング装置におけるのと同様、低電圧大電流のアーク放電である。この状態で、収容手段を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者に、バイアス電力供給手段によってバイアス電力が供給される。すると、イオン化された蒸着材料の蒸発粒子が、被処理物に向かって加速されて、当該被処理物の表面に入射される。これにより、被処理物の表面に、蒸着材料の蒸発粒子を成分とする被膜が形成され、つまり成膜処理が施される。
すなわち、この構成によれば、収容手段は、プラズマ(アーク放電)を発生させるための陽極として作用する。したがって、従来のイオンプレーティング装置におけるようなイオン化電極は不要である。これにより、従来のイオンプレーティング装置に比べて、装置全体の構成の簡素化および低コスト化が図られる。そして、この構成においても、成膜処理の初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。
また、この構成においては、シャッタは、熱陰極と被処理物との間の第1の位置に置かれることで、閉鎖状態となるものであってもよい。そして、当該シャッタは、熱陰極と被処理物との間から外れた第2の位置に置かれることで、開放状態となるものであってもよい。
この構成によれば、シャッタは、熱陰極と被処理物との間の第1の位置に置かれることで、被処理物の表面を収容手段から遮蔽する状態となり、つまり当該被処理物の表面に所定の処理としての成膜処理が施されないようにする閉鎖状態となる。そして、シャッタは、熱陰極と被処理物との間から外れた第2の位置に置かれることで、被処理物の表面を収容手段に向けて露出させる状態となり、つまり当該被処理物の表面に成膜処理が施されるようにする開放状態となる。
さらに、この構成における第1の位置は、熱陰極と被処理物との間における当該熱陰極寄りの位置であるのが、望ましい。
すなわち、第1の位置が熱陰極寄りの位置であることによって、たとえば当該第1の位置が被処理物寄りの位置である構成に比べて、シャッタが第1の位置に置かれたときの当該シャッタの位置と収容手段の位置とが近くなる。これにより、シャッタの小型化が図られる。その一方で、第1の位置が熱陰極寄りの位置であることによって、シャッタが第1の位置に置かれたときの当該シャッタの位置は、プラズマが発生している領域の近くになる。このような構成でも、本発明によれば、プラズマ中の電子がシャッタに流入することが防止され、成膜処理の初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。言い換えれば、本発明は、このような構成に特に有益である。
ところで、この構成において、イオン化電力供給手段を介して流れる電流、言わばイオン化電流は、プラズマの密度に相関(比例)し、詳しくは熱陰極と収容手段との間で生成されるイオンの量に相関する。たとえば、イオン化電流が大きいほど、イオンの生成量が大きく、被処理物の表面に入射されるイオンの量も大きくなる。このイオン化電流、つまりイオンの生成量は、蒸発材料が蒸発するに連れて当該蒸発材料の溶融面が下がったり、或いは、熱電子放射フィラメントが変形したりすることによって、変動する。このイオンの生成量の変動は、被膜の品質や再現性に大きく影響する。そこで、イオン化電流検出手段、および熱電子放出量制御手段が、さらに設けられてもよい。
すなわち、イオン化電流検出手段は、イオン化電力供給手段を介して流れるイオン化電流を検出する。そして、熱電子放出量制御手段は、このイオン化電流検出手段によるイオン化電流の検出値が一定となるように、つまりイオンの生成量が一定となるように、熱陰極による熱電子の放出量を制御する。これにより、被膜の品質の均一化および再現性の維持が図られる。
この構成においては、さらに、ガス導入手段が設けられてもよい。このガス導入手段は、真空槽の内部に蒸発材料とは別の被膜の材料である反応性ガスを導入する。これにより、蒸発材料の蒸発粒子と反応性ガスの粒子との化合物である化合物膜を形成することができ、いわゆる反応性イオンプレーティング法による成膜処理の実施が可能となる。この反応性イオンプレーティング法による成膜処理においては、イオンの生成量が被膜の品質に大きく影響するため、本発明は、このような反応性イオンプレーティング法による成膜処理に有益である。
このように、本発明によれば、プラズマを用いた成膜処理などの所定の処理の実施において、その初期の段階から安定して当該所定の処理を実施することができる。
[第1実施例]
本発明の第1実施例について、図1〜図5を参照して説明する。
本第1実施例は、本発明を図1に示されるイオンプレーティング装置10に適用した一例である。この図1に示されるように、本第1実施例に係るイオンプレーティング装置10は、概略円筒形の真空槽12を備えている。この真空槽12は、機械的強度が比較的に大きく、耐熱性および耐食性が比較的に高い金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって形成されており、その壁部は、接地されている。また、真空槽12の壁部の適宜位置、たとえば底部には、排気口14が設けられており、この排気口14には、不図示の排気管を介して、当該真空槽12の外部にある不図示の排気手段としての真空ポンプが結合されている。なお、真空槽12内の直径(内径)は、たとえば約700mmであり、高さ寸法は、たとえば約1000mmである。また、真空槽12の上部は、当該真空槽12の機械的強度の向上などのために、概略ドーム状に形成されている。
真空槽12内においては、その底部の近傍に、蒸発源16が配置されている。この蒸発源16は、収容手段としての概略カップ形(詳しくは上部が開口された概略円筒形)の銅製の坩堝18と、蒸発手段としての270°偏向型の電子銃20と、を有している。このうちの坩堝18は、後述する被膜の材料である蒸発材料22を収容する。この坩堝18の開口部の直径は、たとえば60mmであり、深さ寸法は、たとえば20mmである。一方、電子銃20は、坩堝18に収容された蒸発材料22を加熱して蒸発させる。この電子銃20の出力Wgは、真空槽12の外部にある不図示の専用の電源装置によって制御され、たとえば最大で10kWである。なお、詳しい図示は省略するが、坩堝18内には、当該坩堝18内に合わせた形状および寸法の高融点の金属製、たとえばタンタル(Ta)製、のハースライナーが設けられており、このハースライナー内に蒸発材料22が収容される。そして、蒸発源16は、坩堝18の過熱を防ぐための水冷式の冷却機構を備えている。この蒸発源16の筐体は、坩堝18を含め、接地されている。
このような蒸発源16の上方に、被処理物としてのたとえば基板26が配置される。この基板26は、その表面、厳密には被処理面を、蒸発源16に向けた状態で、とりわけ坩堝18の開口部に向けた状態で、保持手段としての基板台28によって保持される。なお、基板26の表面から蒸発源16までの距離、たとえば坩堝18の開口部までの距離は、当該基板26の形状や寸法などによって変わるが、概ね250mm〜700mmである。
また、基板台28は、真空槽12の外部において、バイアス電力供給手段としての高周波(RF:Radio Frequency)電源装置30に接続されている。具体的には、この高周波電源装置30が持つ2つの出力端子の一方に、基板台28が接続されている。そして、この高周波電源装置30の他方の出力端子は、接地されている。また、この高周波電源装置30と基板台28との間には、これら両者間のインピーダンスを整合させるための整合手段としてのインピーダンス整合器(MB:Matching Box)31が設けられている。なお、高周波電源装置30は、バイアス電力Wbとして周波数が13.56MHzの高周波電力を出力する。また、このバイアス電力Wbとしての高周波電力が基板台28に供給されると、基準電位としての接地電位を基準とする負電位の直流電圧が当該基板台28に自然的に誘起され、いわゆる自己バイアス電圧が発生する。言い換えれば、接地電位である坩堝18を陽極とし、基板台28に保持されている基板26を陰極として、これら両者に自己バイアス電圧が重畳されたバイアス電力Wbが供給される状態になる。
さらに、蒸発源16と基板台28との間であって当該蒸発源16寄りの位置に、換言すれば坩堝18の開口部の少し上方に、熱陰極としての熱電子放出用のフィラメント34が設けられている。このフィラメント34は、たとえば直径が1mmのタングステン(W)製の線状体である。そして、フィラメント34は、坩堝18の開口部から上方に10mm〜100mm、たとえば50mm、離れた位置において、水平方向に延伸するように設けられている。また、詳しい図示は省略するが、フィラメント34は、その表面積を増大させて、後述する熱電子を効率よく放出するべく、螺旋状に形成されている。具体的には、フィラメント34は、直径が6mmの螺旋状に形成されており、その巻き数は、10(ターン)であり、当該螺旋状の部分の長さ寸法は、40mmである。
そして、フィラメント34の両端部は、真空槽12の外部において、熱陰極加熱用電力供給手段としてのフィラメント加熱用電源装置36に接続されている。フィラメント加熱用電源装置36は、フィラメント加熱電力Wfとしての交流電力をフィラメント34に供給する。フィラメント34は、このフィラメント加熱電力Wfの供給を受けて加熱されて、熱電子を放出する。なお、フィラメント加熱用電源装置36の容量は、たとえば最大で2.4kW(=40V×60A)である。また、フィラメント加熱電力Wfは、交流電力ではなく、直流電力であってもよい。いずれにしても、フィラメント加熱用電源装置36は、フィラメント34から熱電子を放出させるのに十分な程度に、たとえば2000℃〜2500℃程度に、当該フィラメント34を加熱することができればよい。
加えて、フィラメント34の一方端部は、真空槽12の外部において、イオン化電力供給手段としてのイオン化電源装置38に接続されている。このイオン化電源装置38は、接地電位を基準とする正の直流電力であるイオン化電力Wdをフィラメント34に供給する。言い換えれば、イオン化電源装置38は、接地電位である坩堝18を陽極とし、フィラメント34を陰極として、これら両者に直流のイオン化電力Wdを供給する。このイオン化電源装置38の容量は、たとえば最大で9kW(=60V×150A)である。
また、イオン化電源装置38と接地との間に、イオン電流検出手段としての電流検出装置40が設けられている。この電流検出装置40は、イオン化電力Wdの電流成分、つまりイオン化電源装置38を介して流れる言わばイオン化電流Idを、検出する。この電流検出装置40によるイオン化電流Idの検出値は、熱電子放出量制御手段としての加熱制御装置42に供給される。加熱制御装置42は、電流検出装置40によるイオン化電流Idの検出値が一定となるように、つまり当該イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱用電源装置36を制御する。これにより、フィラメント34の加熱温度、つまりは当該フィラメント34から放出される熱電子の量が、適宜に調整される。
そして、真空槽12内のフィラメント34と基板台28との間における当該フィラメント34寄りの位置に、シャッタ44が設けられている。厳密に言えば、シャッタ44は、後述する閉鎖状態にあるときに、フィラメント34と基板台28との間における当該フィラメント34寄りの位置に置かれる。このシャッタ44は、概略円盤状に形成されており、その一方主面を下面として坩堝18の開口部に向けるとともに、他方主面を上面として基板台28に向けた状態で、設けられている。そして、このシャッタ44は、絶縁手段としての絶縁碍子46を介して、シャッタ駆動手段としてのシャッタ駆動機構48に結合されている。
具体的には、図2に示されるように、シャッタ44は、本体部442と、鍔部444と、結合突出部446と、を有している。本体部442は、円盤状に形成され、その直径は、たとえば150mmであり、厚さ寸法は、たとえば2mmである。そして、鍔部444は、本体部442を機械的に補強する補強部材である。この鍔部444は、円筒状に形成されており、当該本体部442の周縁に沿うとともに、当該本体部442の一方主面から離れる方向に突出するように設けられている。この鍔部444の(本体部442の一方主面からの)突出寸法は、たとえば10mmであり、当該鍔部444の厚さ寸法は、たとえば2mmである。そして、結合突出部446は、本体部442の周縁部分適当な箇所から当該本体部442の半径方向へ直線的に突出するように設けられている。この結合突出部446は、概略直線定規状に形成されており、その厚さ寸法は、本体部442および鍔部444のそれぞれの厚さ寸法よりも大きく、たとえば5mmである。これら本体部442と、鍔部444と、結合突出部446とは、機械的強度が比較的に大きく、耐熱性および耐食性が比較的に高い非磁性の金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって一体に形成されている。このシャッタ44は、鍔部444が突出している側の本体部442の一方主面を前述の下面とし、当該本体部442の他方主面を前述の上面として、設けられる。
そして、シャッタ44の結合突出部446が、前述の如く絶縁碍子46を介して、シャッタ駆動機構48に結合されており、詳しくは当該シャッタ駆動機構48を構成する丸棒状の支持部材482の一方端部側に結合されている。絶縁碍子46は、概略直方体状に形成されており、機械的強度が比較的に大きく、耐熱性および耐食性が比較的に高く、さらに電気的に絶縁性の物質によって形成されており、たとえばアルミナ(Al2O3)製である。また、この絶縁碍子46とシャッタ44の結合突出部446との間には、適当な形状および寸法のカバー50が設けられている。このカバー50は、絶縁碍子46の表面の全体にわたって後述する被膜、とりわけ導電性の被膜、が付着するのを防止するために設けられる。すなわち、絶縁碍子46の表面の全体にわたって導電性被膜が付着すると、この導電性被膜を介して、シャッタ44とシャッタ駆動機構48(支持部材482)とが電気的に導通する。そうなると、これらシャッタ44とシャッタ駆動機構48との間に絶縁碍子46が介在する意味がなくなる。これを回避するために、カバー50が設けられている。このカバー50は、シャッタ44と同様、機械的強度が比較的に大きく、耐熱性および耐食性が比較的に高い非磁性の金属製であり、たとえばSUS304などのステンレス鋼製である。さらに、支持部材482の一方端部側には、絶縁碍子46の形状に合わせた切欠き部分482aが設けられており、この切欠き部分482aに、当該絶縁碍子46を介して、シャッタ44の結合突出部446が結合されている。なお、シャッタ44の結合突出部446と絶縁碍子46とは、適当な結合手段によって結合されており、たとえば2つのネジ52、52によって結合されている。そして、絶縁碍子46と支持部材482とについても同様に、たとえば2つのネジ54、54によって結合されている。勿論、これ以外の結合手段が採用されてもよい。
図1に戻って、シャッタ駆動機構48は、前述の支持部材482に加えて、連結部材484と、軸部材486と、軸受部材488と、シャッタ駆動装置490と、を有している。支持部材482は、水平方向に延伸するように設けられており、その一方端部側に、前述の如く絶縁碍子46を介して、シャッタ44が結合されている。そして、支持部材482の他方端部は、連結部材484を介して、丸棒状の軸部材486の一方端部に固定されている。軸部材486は、垂直方向に延伸するように設けられており、その他方端部側は、軸受部材488を介して、真空槽12の外部に引き出されている。軸受部材488は、真空槽12の底部を成す壁部に固定されており、当該真空槽12の気密性を保ちつつ、軸部材486を回転可能に保持する。そして、軸部材486の他方端部は、真空槽12の外部において、シャッタ駆動装置490に結合されている。シャッタ駆動装置490は、モータまたはソレノイドなどのアクチュエータであり、図1に矢印490aで示されるように、軸部材486を所定の角度にわたって回転させることで、シャッタ44を開閉駆動する。なお、シャッタ駆動装置490を駆動させるための電源装置については、その図示を省略してある。
ここで、図3に、シャッタ44を上方から見たときの当該シャッタと坩堝18との位置関係を示す。たとえば、図3(A)は、シャッタ44が閉鎖されている状態を示す。この図3(A)に示されるように、シャッタ44が閉鎖状態にあるときには、当該シャッタ44(本体部442)は、坩堝18の上方にあり、つまり当該坩堝18と基板26との間の位置にあり、言わば第1の位置に置かれる。この結果、基板26の表面がシャッタ44によって坩堝18の開口部から遮蔽された状態になる。そして、図3(B)は、シャッタ44が開放されている状態を示す。この図3(B)に示されるように、シャッタ44が開放状態にあるときには、当該シャッタ44は、坩堝18の上方から外れた位置にあり、つまり当該坩堝18と基板26との間から外れた位置にあり、言わば第2の位置に置かれる。この結果、基板26の表面がシャッタ44によって遮蔽されることなく坩堝18の開口部に向かって露出された状態になる。このようにシャッタ44が開閉駆動されることによって、当該シャッタ44は、図3(A)に示される如く第1の位置に置かれる閉鎖状態と、図3(B)に示される如く第2の位置に置かれる開放状態とに、選択的に遷移する。
改めて図1に戻って、真空槽12の壁部に固定されている軸受部材488は、前述したように、真空槽12の気密性を保ちつつ、軸部材486を回転可能に保持する。このような軸受部材488の構造上、当該軸受部材488を含むシャッタ駆動機構48は、真空槽12の壁部と電気的に導通しており、つまり接地されている。ただし、シャッタ44については、前述の如く当該シャッタ44とシャッタ駆動機構48との間に絶縁碍子46が介在していることから、真空槽12と、つまり接地と、電気的に絶縁された状態にある。併せて、シャッタ44は、フィラメント34などの他の全ての要素とも、電気的に絶縁された状態にある。すなわち、シャッタ44は、電気的に浮遊した状態(フローティング状態)にある。なお、シャッタ44(の下面)から坩堝18の開口部までの距離は、たとえば100mmである。言い換えれば、シャッタ44からフィラメント34までの距離は、50mmである。
加えて、真空槽12の壁部の適宜位置、たとえばシャッタ44よりも上方であって基板台28よりも下方の位置に、当該真空槽12内に各種ガスを導入するためのガス導入手段としてのガス導入管56が設けられている。ここで言う各種ガスとしては、たとえば放電洗浄用ガスとしてのアルゴン(Ar)ガス、および反応性ガスとしての酸素(O2)ガスがある。なお、図示は省略するが、ガス導入管56は、真空槽12の外部において、それぞれのガスの供給源に接続されている。また、それぞれのガスの供給源からの配管には、当該配管内を開閉するための開閉手段としての開閉バルブや、当該配管内のガスの流量を制御するための流量制御手段としてのマスフローコントローラなどが、設けられている。
さらに、図示は省略するが、真空槽12内の適宜の位置には、基板26を含む当該真空槽12内を加熱するための加熱手段、たとえばセラミックヒータが、設けられている。このセラミックヒータは、真空槽12の外部に設けられているヒータ用加熱電源装置からヒータ加熱電力の供給を受けることで、基板26を含む真空槽12内を加熱する。
このような本第1実施例に係るイオンプレーティング装置10によれば、たとえばアルミナ製の基板26の表面に絶縁性被膜であるイットリア(酸化イットリウム:Y2O3)膜を形成することができる。
そのためにまず、イットリア膜の材料となる固体の高純度のイットリウム(Y)が坩堝18に収容される。このイットリウムとしては、直径が3mm〜5mm程度の粒状のものが採用される。併せて、基板台28に基板26が取り付けられる。そして、真空槽12内が10−3Pa程度にまで排気され、いわゆる真空引きが行われる。また、この真空引きと同時に、前述のセラミックヒータによって、基板26を含む真空槽12内が加熱され、たとえば当該基板26が200℃程度に加熱される。
この真空引きおよび加熱処理がたとえば2時間にわたって行われた後、基板26の表面を洗浄するための放電洗浄(イオンボンバード)処理が行われる。具体的には、シャッタ44が閉鎖された状態で、真空槽12内にアルゴンガスが導入される。そして、真空槽12内の圧力が、たとえば7×10−2Paに維持される。さらに、フィラメント34にフィラメント加熱電力Wfが供給される。これにより、フィラメント34が加熱されて、当該フィラメント34から熱電子(1次電子)が放出される。併せて、フィラメント34にイオン化電力Wdが供給される。すなわち、フィラメント34を陰極とし、坩堝18を含む蒸発源16を陽極として、これら両者にイオン化電力Wdが供給される。すると、陰極としてのフィラメント34から放出された熱電子が、陽極としての蒸発源16に向かって、とりわけフィラメント34に近い位置にある坩堝18に向かって、加速される。そして、加速された熱電子は、アルゴンガスの粒子と非弾性衝突する。これにより、アルゴンガスの粒子が電離して、イオン化される。このイオン化によって、アルゴンガスの粒子(の最外殻)から電子(2次電子)が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、坩堝18に流れ込む。この現象が継続されることで、アーク放電によるプラズマが発生する。このとき、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdは、40Vに設定される。そして、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idが30Aになるように、フィラメント加熱電力Wfが制御され、つまりフィラメント34から放出される熱電子の量が制御される。
そして、プラズマが安定したら、詳しくはイオン化電流Idの変動量が予め定められた範囲内に落ち着いたら、基板台28にバイアス電力Wbとしての高周波電力が供給される。前述したように、このバイアス電力Wbには、接地電位を基準とする負電位の自己バイアス電圧が重畳されるので、当該バイアス電力Wbは、接地電位である坩堝18を陽極とし、基板台28に保持されている基板26を陰極として、これら両者に供給される状態となる。このとき、自己バイアス電圧が概ね−500Vとなるように、バイアス電力Wbが調整される。その上で、シャッタ44が開放される。すると、イオン化されたアルゴンガスの粒子、つまりアルゴンイオンが、基板26の表面に入射される。その衝撃によって、基板26の表面が洗浄される。
この放電洗浄処理がたとえば10分間にわたって行われた後、イットリア膜を形成するための成膜処理が行われる。まず、シャッタ44が閉鎖される。併せて、真空槽12内へのアルゴンガスの導入が停止される。このアルゴンガスに代えて、酸素ガスが、真空槽12内に導入される。そして、真空槽12内の圧力が、たとえば3×10−2Paに維持される。さらに、蒸発源16の電子銃20が通電される。これにより、電子銃20から電子ビームが発射される。そして、電子ビームは、坩堝18内の蒸発材料22に照射される。この電子ビームの照射を受けて、蒸発材料22は加熱されて溶融し、蒸発する。この電子銃20の出力Wgは、たとえば3.6kW(=9kV×400mA)まで徐々に上げられる。このとき、フィラメント34には、フィラメント加熱電力Wfが供給されており、また、イオン化電力Wdが供給されているので、当該フィラメント34から放出された熱電子は、坩堝18に向かって加速される。この加速された電子は、蒸発材料22の蒸発粒子と非弾性衝突する。これにより、蒸発材料22の蒸発粒子が電離して、イオン化される。このイオン化によって、蒸発材料22の蒸発粒子から電子が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、坩堝18に流れ込む。これと同様に、フィラメント34から坩堝18に向かって加速された電子は、酸素ガスの粒子にも非弾性衝突する。これにより、酸素ガスの粒子が電離して、イオン化される。このイオン化によって、酸素ガスの粒子から電子が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、坩堝18に流れ込む。この現象が継続されることで、前述の放電洗浄処理時と同様、アーク放電によるプラズマが発生する。なお、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdは、25Vに設定される。そして、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idが80Aになるように、フィラメント加熱電力Wfが制御される。さらに、バイアス電力Wbについては、前述の自己バイアス電圧が概ね−400Vとなるように、調整される。
そして、プラズマが安定したら、シャッタ44が開放される。すると、イオン化された蒸発材料22の蒸発粒子、つまりイットリウムイオンと、イオン化された酸素ガスの粒子、つまり酸素イオンとが、基板26の表面に入射される。この結果、基板26の表面に、イットリウムイオンと酸素イオンとの化合物であるイットリア膜が形成される。要するに、反応性イオンプレーティング法による成膜処理によって、当該イットリア膜という化合物膜が形成される。
この成膜処理は、所望の膜厚のイットリア膜が形成されるまで継続され、その後、シャッタ44が閉鎖されることで、終了される。さらに、電子銃20への通電が停止される。併せて、真空槽12内への酸素ガスの導入が停止される。また、基板26へのバイアス電力Wbの供給が停止される。そして、フィラメント34へのフィラメント加熱電力Wfの供給が停止されるとともに、当該フィラメント34へのイオン化電力Wdの供給が停止される。これにより、プラズマが消失する。そして、改めて真空槽12内が真空引きされ、この状態で、30分間程度の適当な冷却期間が置かれた後、当該真空槽12内の圧力が徐々に大気圧にまで戻される。その上で、真空槽12内が開放されて、当該真空槽12内から基板26が取り出される。これをもって、イットリア膜を形成するための成膜処理を含む一連の表面処理が終了する。
ところで前述したように、本第1実施例におけるシャッタ44は、電気的に浮遊した状態にある。これは、次のような理由による。
すなわちまず、シャッタ44が、前述の従来のイオンプレーティング装置におけるのと同様、接地されている構成を仮想する。そして、この仮想の構成において、プラズマが発生している状態で、シャッタ44が開閉駆動される、とする。この場合、シャッタ44が閉鎖状態にあるときには、プラズマ中の電子は、前述の如く坩堝18に流れ込むが、併せて、当該坩堝18と同じ電位(接地電位)のシャッタ44にも多少なりとも流れ込む。そして、これら坩堝18に流れ込む電子の量と、シャッタ44に流れ込む電子の量と、の総和が、イオン化電流Idとして現れる。なお、シャッタ44に流れ込む電子の量は、当該シャッタ44の位置がフィラメント34の位置に近いほど多い。
ここで、シャッタ44が閉鎖状態から開放状態に遷移すると、当該シャッタ44の位置がフィラメント34の位置から遠ざかる。この結果、シャッタ44に流れ込む電子の量が減少し、概ねゼロとなる。これに伴って、イオンの生成量が少なくなり、つまりプラズマの密度が低下し、その結果、イオン化電流Idが小さくなる。この状態は、加熱制御装置42によるイオン化電流Idを一定にするための制御によって解消されるが、それまでには多少の時間が掛かる。これは、加熱制御装置42によるイオン化電流Idを一定にするための制御が安定的に行われるようにするべく、当該加熱制御装置42に比較的に緩やかな応答性が与えられていることによる。
したがって、この仮想の構成において、たとえば成膜処理の実施の際に、前述の如くプラズマが安定するまでシャッタ44が閉鎖され、当該プラズマが安定してからシャッタ44が開放されると、このシャッタ44が開放された直後の多少の時間にわたって、イオンの生成量が少なくなる。要するに、シャッタ44が閉鎖状態から開放状態に遷移した直後の成膜処理の初期の段階においては、イオンの生成量が不安定な状態で、当該成膜処理が実施されることになる。このことは、被膜の下層側の界面となる部分について、イオンの生成量が不安定な状態で形成されることを意味し、当該界面となる部分が極めて重要である被膜にとって、好ましくない。特に、前述の反応性イオンプレーティング法による成膜処理においては、イオンの生成量が被膜の品質に大きく影響するため、このことによる当該被膜の品質への影響が顕著である。このような不都合が生ずることは、前述の従来のイオンプレーティング装置と同様である。
これに対して、本第1実施例によれば、シャッタ44が電気的に浮遊した状態にあるので、プラズマ中の電子が当該シャッタ44に流れ込むことはない。したがってたとえば、プラズマが発生している状態で、シャッタ44が開閉駆動されても、当該プラズマの密度は変わらず、つまりイオンの生成量は変わらない。ゆえに、本第1実施例によれば、成膜処理の実施において、その初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。これにより、良好な品質の被膜を良好な再現性で生成することができる。
このような本第1実施例の有益性を実証するために、いくつかの実験を行った。
まず、真空槽12内を真空引きした上で、フィラメント34に一定のフィラメント加熱電力Wfを供給して、当該フィラメント34から熱電子を放出させる。そして、フィラメント34にイオン化電力Wdを供給して、当該フィラメント34から放出された熱電子を加速させる。さらに、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdの電圧値を適宜に変更する。このようにイオン化電圧Vdの電圧値を適宜に変更したときに、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idがどのように推移するのかを、確認した。すなわち、プラズマを発生させないで、フィラメント34から放出される熱電子のみによるイオン化電流Id、言わば熱電子電流と、イオン化電圧Vdと、の関係を確認した。その結果を、図4に示す。
なお、図4において、○印付きの太実線が、本第1実施例についての実験結果を示す。そして、図4において、□印付きの太破線は、本第1実施例の比較例についての実験結果を示す。この比較例とは、前述の仮想の構成、つまりシャッタ44が接地された構成、のことである。すなわち、この比較例として、シャッタ44が接地された構成を実際に用意して、この比較例についても、本第1実施例と同様の実験を行った。この実験における真空槽12内の圧力は、1.2×10−4Paである。そして、フィラメント加熱電力Wfは、840W(=21V×40A)である。なお、シャッタ44は、閉鎖状態にある。
この図4に示されるように、イオン化電圧Vdの各電圧値において、比較例の方が、本第1実施例よりも、イオン化電流Idが大きい。たとえば、イオン化電圧Vdが30Vであるときには、比較例の方が、本第1実施例よりも、イオン化電流Idが0.1mAほど大きい。また、イオン化電圧Vdが60Vであるときには、比較例の方が、本第1実施例よりも、イオン化電流Idが0.3mAほど大きい。これは、比較例においては、坩堝18のみならずシャッタ44にも熱電子が流れ込むことを意味する。言い換えれば、本第1実施例においては、坩堝18のみに熱電子が流れ込むので、その分、比較例よりも、イオン化電流Idが小さい。言い換えれば、本第1実施例におけるイオン化電流Idと、比較例におけるイオン化電流Idとの差は、シャッタ44に流れ込む熱電子の量を表す。
そして、図示は省略するが、第1実施例においては、シャッタ44が開閉駆動されても、イオン化電流Idが変わらないことを、確認した。すなわち、本第1実施例においては、シャッタ44が開放状態にあるときにも、図4に○印付きの太実線で示されるイオン化電圧Vdとイオン化電流Idとの関係が、変わらないことを、確認した。これに対して、比較例においては、シャッタ44が開閉駆動されることによって、イオン化電流Idが変わることを、確認した。具体的には、比較例においては、シャッタ44が開放状態にあるときに、イオン化電圧Vdとイオン化電流Idとの関係が、本第1実施例におけるのと同様の関係になること、つまり図4に○印付きの太実線で示されるのと同様の関係になることを、確認した。
このように、本第1実施例によれば、比較例とは異なり、シャッタ44に熱電子が流れないことが、実証された。このことは、プラズマが発生している状態でも同様である。すなわち、本第1実施例によれば、プラズマが発生している状態で、シャッタ44が開閉駆動されても、当該プラズマの密度が変化することはない。
次に、前述の要領でイットリア膜を形成するための成膜処理を行い、その過程で、シャッタ44が閉鎖状態から開放状態に遷移したときに、イオン化電流Idがどのように推移するのかを、確認した。その結果を、図5に示す。なお、図5(A)が、本第1実施例におけるイオン化電流Idの推移を示す。そして、図5(B)は、前述の比較例におけるイオン化電流Idの推移を示す。
図5(A)に示されるように、本第1実施例においては、プラズマが発生した(放電開始)直後から、イオン化電流Idは、概ね80Aという一定の大きさで推移する。そして、シャッタ44が閉鎖状態から開放状態に遷移したときも、イオン化電流Idは、概ね80Aであり、つまり不変である。これに対して、比較例においては、図5(B)に示されるように、プラズマが発生した直後から、イオン化電流Idは、概ね80Aという一定の大きさで推移し、この点は、本第1実施例と同様である。ただし、シャッタ44が閉鎖状態から開放状態に遷移した直後に、イオン化電流Idが約60Aに下がり、つまり約20A(25%)も下がる。そして、このイオン化電流Idは、約1分間の時間を掛けて元の80Aという電流値に戻る。このようにイオン化電流Idが80Aという元の電流値に戻るのに約1分間の時間が掛かるのは、前述したように、当該イオン化電流Idを一定にするための制御を担う加熱制御装置42に緩やかな応答性が与えられていることによる。
この図5に示される結果から、本第1実施例によれば、比較例とは異なり、シャッタ44が閉鎖状態から開放状態に遷移しても、イオン化電流Idが変わらないことが、実証された。そして、本第1実施例によれば、透明なイットリア膜が形成された。これは、良好な品質のイットリア膜が形成されたことを、意味する(一般に、イットリア膜の品質は、当該イットリア膜の透明度合から判断される)。これに対して、比較例では、透明なイットリア膜は形成されず、やや黒ずんだ色のイットリア膜が形成された。すなわち、比較例では、良好な品質のイットリア膜を形成することができない。
以上のように、本第1実施例によれば、プラズマを用いた成膜処理の実施において、その初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。これにより、良好な品質の被膜を良好な再現性で形成することができる。特に、被膜の下層側の界面となる部分についても、良好に形成することができる。
なお、本第1実施例においては、シャッタ44が電気的に浮遊した状態にあることで、当該シャッタ44にプラズマ中の電子が流入することが防止されたが、さらに、当該シャッタに、接地電位を基準とする負電位の電力が供給されてもよい。この構成によれば、シャッタ44にプラズマ中の電子が流入することがより確実に防止される。
また、シャッタ44の形状やシャッタ駆動機構48の構造については、本第1実施例で説明したものに限らない。これらは、真空槽12内の形状や寸法などに応じて適宜に定められる。
そして、本第1実施例においては、イットリア膜を形成する場合について説明したが、これに限らない。たとえば、蒸発材料22として、イットリウムに代えて、珪素(Si)が用いられることで、二酸化珪素(SiO2)膜を形成することができる。また、蒸発材料22として、アルミニウム(Al)が用いられることで、アルミナ膜を形成することができる。勿論、これ以外の酸化膜を形成することができる。そして、酸化膜に限らず、炭化膜や窒化膜、炭窒化膜、酸窒化膜などを形成することもできる。この場合、反応ガスとして、アセチレン(C2H2)ガスなどの炭化水素系ガスや窒素(N2)ガスなどが、適宜に用いられる。さらに、化合物膜に限らず、単一の元素から成る単元素膜を形成することもできる。この単元素膜を形成する場合は、反応ガスの導入は不要である。いずれの被膜を形成する場合にも、プラズマ中の電子がシャッタ44に流入することはなく、成膜処理の初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。
加えて、バイアス電力供給手段として高周波電源装置30が採用されたが、これに限らない。基板26の種類や被膜の種類に応じて、直流電源装置や非対称パルス電源装置などが採用されてもよい。ただし、基板26が絶縁性物質である場合には、チャージアップの防止のために、高周波電源装置30が採用されるのが、肝要である。
また、前述の従来のイオンプレーティング装置におけるのと同様の膜厚センサおよび膜厚モニタが、さらに設けられてもよい。そして、これら膜厚センサおよび膜厚モニタによって求められた成膜レートが一定となるように、電子銃20の出力Wgが制御されてもよい。この構成によれば、成膜レートを一定にするための制御と、前述のイオンの生成量を一定にするための制御とが、互いに独立して行うことが可能であるので、被膜の品質や特性についての様々な要求に柔軟に対応することができる。
[第2実施例]
本発明の第2実施例について、図6を参照して説明する。
本第2実施例は、本発明を図6に示されるイオンプレーティング装置10aに適用した一例である。この図6に示されるように、本第2実施例に係るイオンプレーティング装置10aにおいては、前述の第1実施例に係るイオンプレーティング装置10におけるシャッタ44および絶縁碍子46に代えて、電気的に絶縁性の物質により形成されたシャッタ44aが設けられる。これ以外の構成は、第1実施例と同様であるので、同様の部分には同一符号を付して、その詳しい説明を省略する。
すなわち、本第2実施例におけるシャッタ44aは、それ自体が電気的に絶縁性の物質により形成されている。また、この物質としては、機械的強度が比較的に大きく、耐熱性および耐食性が比較的に高く、さらに被膜にとって不純物となるガスを発生しないことが、求められる。このような物質としては、たとえばアルミナがある。
このように本第2実施例によれば、シャッタ44aが電気的に絶縁性の物質により形成されているので、プラズマ中の電子が当該シャッタ44aに流れ込むことはない。ゆえに、本第2実施例によっても、第1実施例と同様、プラズマを用いた成膜処理の実施において、その初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができる。これにより、良好な品質の被膜を良好な再現性で生成することができる。
なお、シャッタ44aの全体が、電気的に絶縁性の物質により形成されるのではなく、当該シャッタ44aの表面のみが、電気的に絶縁性の物質により覆われることで、当該シャッタ44にプラズマ中の電子が流れ込むのが防止されてもよい。
以上の各実施例で説明した内容は、いずれも本発明の具体例であり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。すなわち、これら各実施例以外の局面でも、本発明を適用することができる。
たとえば、前述の従来のイオンプレーティング装置にも、本発明を適用することができる。すなわち、従来のイオンプレーティング装置に、本発明が適用されることによって、プラズマ中の電子がシャッタに流れ込むことが防止される。これにより、成膜処理の初期の段階から安定して当該成膜処理を実施することができ、良好な品質の被膜を良好な再現性で生成することができる。
なお、従来のイオンプレーティング装置においては、プラズマは、熱電子放射フィラメントとイオン化電極との間で発生する。そして、シャッタは、このプラズマを発生させるための陽極としてのイオン化電極に比べて、当該プラズマを発生させるための陰極としての熱電子放射フィラメントから離れた位置にある。これに対して、本発明の各実施例においては、前述したように、閉鎖状態にあるシャッタ44(または44a)とプラズマを発生させるための陰極としてのフィラメント34と間の距離は、プラズマを発生させるための陽極としての坩堝18の開口部と当該フィラメント34との間の距離と同等(50mm)である。すなわち、本発明の各実施例におけるシャッタ44(または44a)からフィラメント34までの距離は、従来のイオンプレーティング装置におけるシャッタから熱電子放射フィラメントまでの距離よりも短い。したがって、もし、本発明の各実施例におけるシャッタ44(または44a)が接地されている、とすると、このシャッタ44(または44a)に流れ込む熱電子の量は、従来のイオンプレーティング装置におけるそれよりも多い。このような構成において、本発明は極めて有益である。
また、本発明は、プラズマを利用して表面処理を行うとともに、シャッタを備える装置であれば、適用することができる。たとえば、スパッタ装置などにも、本発明を適用することができる。さらに、成膜処理に限らず、プラズマを用いた窒化処理や浸炭処理などの他の表面処理を行う装置にも、本発明を適用することができる。