JP2017214623A - 加工性、耐食性、靭性に優れた鋼板及びその製造方法 - Google Patents

加工性、耐食性、靭性に優れた鋼板及びその製造方法 Download PDF

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洋治 水原
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Abstract

【課題】高い耐食性、加工性、靭性を有するCr添加鋼板及びその鋼板の効率的な製造方法を提供する。【解決手段】鋼板全体の平均Cr濃度をX質量%とした時、Cr濃度がX以上の領域をA層とし、X未満の領域をB層として、板厚方向にA層とB層がA−B−Aの積層構成となっており、A層の平均組成がCr:10.5質量%以上を含有する組成であり、B層の平均組成がCr:3質量%以上13質量%未満を含有し、常温でα相であるα−γ変態成分系の組成であり、A層及びB層のαFe相の{222}面集積度が50%以上99%以下であり、さらに、A層、B層全体の平均粒径が50μm以下の等軸粒よりなる鋼板とし、その鋼板を、Crを3質量%以上13質量%未満含有するα−γ変態成分系の組成よりなる鋼材にCr皮膜を形成した後、α−γ変態点以上での第1の熱処理を施し、更に冷間圧延とその後の再結晶温度以上での第2の熱処理とを施すことにより得る。【選択図】図1

Description

本発明は、深絞り成形やプレス成形などの加工性と耐食性に優れ、さらに靭性にも優れたCrを含有する鋼板及びその製造方法に関する。
従来、フェライト系ステンレス鋼は、耐食性を付与させるために、鋼板中に10.5%以上のCrを含有している。更に耐食性を上げるにはCr含有量を増やす必要がある。
しかし、Cr含有量が増加するに従って、鋼板加工性の確保に必要となるαFe層の{111}方位の結晶粒の集積が低下して加工性が劣化するという問題がある。また、レアメタルの価格高騰にともない、合金コスト上昇の問題も生じてきた。
従来から合金コストを抑制した上で耐食性を確保する技術として、鋼板表層部のみのCr濃度を高める技術が、特許文献1、2などによって知られている。
これらの技術では、少ないCr量で鋼板の耐食性をある程度は確保できるが、中心層の鋼材のCr含有量を減らして{111}方位粒の集積を高めると、鋼板全体での耐食性が低下してしまう。
これに対し、本発明者らは特許文献3で、Crを3質量%以上13質量%未満で含有するα−γ変態成分系の組成よりなる鋼板に特定の熱処理を施すことにより、鋼板表面から深さ0.1〜50μmの範囲にわたって、Cr濃度が10.5質量%以上のCr濃化部が形成されており、さらに板厚のほぼ全域にわたりαFe相の{222}面集積度を60%以上99%以下にして、耐食性と加工性を高い次元で両立させたCr添加高耐食性鋼板を提案している。
一方、フェライト系ステンレス鋼では、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて靭性が劣っており、さらに靭性を改善することが望まれるが、特許文献3では熱処理の際に、中心部の結晶粒が粗大化しやすく、靭性の点で改善する必要がある。
また、特許文献4では、Si含有鋼における集合組織制御として、表層にブラスト処理を行ない、鋼板全体の{200}面集積度を高める技術が開示されている。これは磁束密度を上げるためであるが、この場合も、表面の{100}方位粒は、表面に投影した粒径を維持したままで鋼板中央に柱状に成長するため、{100}結晶方位の集団(コロニー)が比較的大きな粒径で圧延方向に連続して存在するようになる。特許文献4の鋼板では、加工した際の加工性や靭性の向上は期待できるものではない。
特公平6−27318号公報 特開平5−70926号公報 特開2014−088611号公報 国際公開第2011/052654号
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板のようなCrを含有した鋼板において、加工性と耐食性をともに高めるとともに、さらに、靭性にも優れた鋼板を提供することを課題とする。
本発明者らは、先に、特許文献3で開示しているように、Cr含有量が13%未満と比較的低い鋼板の表層部にCrを濃化させて、Cr含有量を抑えたうえで耐食性を確保すると同時に、加工性を向上させる{111}結晶方位の集積度を高める手段について検討し、(i)鋼板の製造過程において冷間圧延の圧下率を最適化すれば、少なくとも鋼板の表層部に{222}集合組織が形成できること、(ii)表層部のCr濃度を高めてα単相組織にすることによりその領域の{222}集合組織を保存し、A3変態点を超える温度に加熱冷却する熱処理を施すことにより、鋼板全体にその集合組織を成長でき、加工性に優れた鋼板組織が得られることを見出した。
本発明では、さらに、鋼板の結晶粒を再結晶により微細化する点に着目し、(iii)第1の熱処理で{222}集合組織をそれぞれ一旦形成し、次いで、この鋼板を冷間圧延して第2の熱処理で再結晶させると、{222}集合組織は再結晶で(大きくは)失われることなく、鋼板は{222}面集積度を高く維持した状態で微細な等軸晶となり、靭性の課題を解決できることを見出した。
そのような検討の結果なされた本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1) 板厚方向に組成が異なる複数の領域を層状に有する鋼板において、
鋼板全体の平均Cr濃度をX質量%とした時、
Cr濃度がX以上の領域をA層とし、X未満の領域をB層として、板厚方向にA層とB層がA−B−Aの積層構成となっており、
A層の平均組成がCr:10.5質量%以上を含有し、あるいは、Cr:10.5質量%以上かつAl、Ga、Mo、Nb、Si、Sn、Ti、V、W、Znの少なくとも1種以上のフェライト形成元素を含有する組成であり、B層の平均組成がCr:3質量%以上13質量%未満を含有し、あるいは、Cr:3質量%以上13質量%未満とNi:0.1質量%以上1質量%未満とMn:0.6質量%以上1質量%未満のいずれか一方または両方を含有し、常温でα相であるα−γ変態成分系の組成であり、
A層及びB層のαFe相の{222}面集積度が50%以上99%以下であり、
さらに、A層、B層全体の平均粒径が50μm以下の等軸粒よりなる
ことを特徴とする加工性、耐食性及び靭性に優れた鋼板。
ここで、{222}面集積度は、鋼板表面に対して平行なαFe層の面方位について、11面{110}、{200}、{211}、{310}、{222}、{321}、{411}、{420}、{332}、{521}、{442}の積分強度を測定し、その測定値それぞれをランダム方位である試料の理論積分強度で除した後、除した値の11面の総和に対する{222}強度の比率を百分率で求めたものである。
(2) 板厚方向に組成が異なる複数の領域を層状に有する鋼板の製造において、
Cr:3質量%以上13質量%未満を含有し、あるいは、Cr:3質量%以上13質量%未満とNi:0.1質量%以上1質量%未満、Mn:0.6質量%以上1質量%未満のいずれか一方または両方を含有し、常温でα相であるα−γ変態成分系の組成よりなる鋼板の片面あるいは両面の表層に歪を導入した鋼板をB1とし、
該鋼板B1の表面にCrからなる皮膜、あるいは、CrとAl、Ga、Mo、Nb、Si、Sn、Ti、V、W、Znの少なくとも1元素以上のフェライト形成元素からなる皮膜を形成した鋼板をB2とし、
該鋼板B2を前記鋼板B1の組成のA3点以上1300℃以下の温度まで加熱して冷却する熱処理を施し、該熱処理過程で少なくともCrを前記皮膜から前記鋼板B1内部に拡散させて該鋼板B1の表層領域のCr濃度を高めるとともに、冷却時に鋼板表層側から鋼板内部に向けて変態に伴う粒成長をさせ、
さらに、第1の熱処理後の鋼板を冷間圧延した後、再結晶温度以上A3点以下の温度に加熱する第2の熱処理を施す
ことを特徴とする上記(1)に記載の加工性、耐食性及び靭性に優れた鋼板の製造方法。
本発明では、Cr濃度が相対的に高い層を表層とし低い層を内層とした鋼板の板厚方向でCr濃度が異なる構成にした上で、鋼板内層に加工性に優れた{111}方位粒を形成して、優れた加工性と耐食性を備えた鋼板とするとともに、さらに、鋼板の粒径を50μm以下の等軸粒からなるようにすることによって、加工性と耐食性と靭性に優れた鋼板を低コストで提供することができる。
加工性、耐食性及び靭性に優れた鋼板を得るための過程を説明するための図である。
以下の説明において、元素含有量の%は質量%を意味するものとする。また、鋼板内の結晶方位や測定される面集積度は、鋼板表面に対して平行な結晶面方位で記述する。また、面集積度については、Feのα相である体心立方の結晶構造に起因した、結晶面についてのX線測定における消滅則を適用した表現としている。すなわち例えば、結晶方位については、{100}、{111}を用い、測定により決定される集合組織や面集積度については、{200}や{222}を用いているが、これらは同じ方位の結晶粒に関する情報を表すものである。
本発明は、表層を高いCr濃度とし、鋼板全体を高い{222}面集積度とするとともに粒径50μm以下の等軸粒とすることにより、耐食性と加工性に優れるとともに、さらに靭性にも優れた鋼板とすることができるものである。
注意すべきは、板厚方向において、Cr濃度と面集積度および粒径はそれぞれ独立に変化しても構わないということである。つまり、板厚方向についての上記の特性値の変化挙動は必ずしも一致するものではないし、後述するようにA層とB層はCr濃度で区別されるが、この境界で粒径が明確に変化するものである必要はない。このように本発明では濃度の変化、集合組織の変化、結晶粒径の変化が同一の境界を境にして急激に起きるものでない。
以下では本発明の鋼板の構成及びその鋼板の製造方法について、個々の条件の限定理由及び好ましい条件について説明する。
本鋼板は、板厚方向のCr濃度分布において、Cr濃度が相対的に高いA層と、Cr濃度が相対的に低いB層からなるが、まずこの境界の規定について説明する。
本発明で規定されるA層は、板厚方向のCr濃度分布において、Cr濃度が鋼板平均以上である領域で有る。
また、板厚方向のCr濃度分布において、Cr濃度が鋼板平均未満である領域をB層とする。つまり、A層でない領域はB層であるということであり、本発明鋼板はA層とB層が層状に形成された鋼板である。
Cr濃度分布およびCr濃度の鋼板平均は、鋼板の板厚方向の断面を、EPMAを用いて線分析を行うことで決定できる。
次に、本発明の鋼板の積層構成について説明する。
本発明鋼板はB層の鋼板表面側にA層が存在する積層構成とする。最も単純な積層構成として、A−B−Aの積層構成が挙げられる。このような構成とすることで、加工性と耐食性の両立が可能となる。
以下では、A層、B層について、本発明で満足すべき条件を説明するが、鋼板内に複数のA層またはB層が存在する場合は、その全ての層が各条件を満足する必要がある。
(A層の組成)
本発明鋼板のA層は、Cr濃度が単独で、あるいはCrとともにフェライト形成元素の濃度が鋼板内で相対的に高い領域である。フェライト形成元素とは、Al、Ga、Mo、Nb、Si、Sn、Ti、V、W、Znの内の少なくとも1種以上の元素である。
本発明では、A層のCr濃度をA層の平均濃度で規定する。このようにするのは、本発明ではA層内でのCr濃度変動を許容するものだからである。本発明ではこの濃度を10.5%以上とする。言うまでもないが、A層内の板厚方向の任意の位置でのCr濃度は、鋼板全体の平均Cr濃度よりも高く、また、B層内の板厚方向の任意の位置でのCr濃度よりも高い。よって、ここで規定するA層の平均Cr濃度は、鋼板全体の平均Cr濃度よりも高く、B層の平均濃度よりも高い。A層の平均Cr濃度は、耐食性の観点から13%以上とすることが好ましく、より高い耐食性を得るためには18%以上、さらには20%超にするのが好ましい。
また、A層の平均Cr濃度は、後述の変態により集合組織を制御する製法との関連で、10.5%以上であれば、最終的にB層の{222}面集積度を高めて良好な加工性を得やすくなる。
なお、本発明においては、含有元素について鋼板板厚方向の濃度分布は特に限定しないが、後述するような、鋼板表層から鋼板内部に向かってのCr拡散(および鋼板内部から鋼板表面に向かってのFe拡散)を利用するような製法においては、鋼板中心から鋼板表面に向かってCr濃度が高くなることが考えられる。耐食性については特に鋼板最表面のCr濃度の影響が大きいため、A層全体でなく最表面のCr濃度だけでも13%以上、さらには18%以上、さらには20%超となるように制御することは合金コストと耐食性の両立の観点から有効な手段である。
また、A層にCrと上記のフェライト形成元素を含有する場合、フェライト形成元素の含有量は、以下の範囲とすることが好ましい。
Al:0.6〜8%、Mo:0.5〜2.5%、Ga:0.9〜3.5%、Nb:0.4〜1%、Si:0.9〜4%、Sn:0.1〜1.8%、Ti:0.7〜2%、V:0.6〜2%、W:1.2〜6%、Zn:0.8〜4%。
各元素の添加量の下限は、後述の変態により集合組織を制御する製法との関連で、A層のCr濃度が10.5%のときに熱処理中のA層のα単相組織を維持するのに有効な量である。また上限は加工性を劣化させない量である。A層にこれらのフェライト形成元素を含有させると少ないCr量でも、加工性を向上できるとともに、Mo、Sn、Nbは耐食性を向上させる上でも有効である。
(B層の組成)
本発明では、B層のCr濃度をB層の平均濃度で規定する。このようにするのは、本発明ではB層内でのCr濃度変動を許容するものだからである。本発明ではこの濃度を3%以上13%未満とする。言うまでもないが、B層内の板厚方向の任意の位置でのCr濃度は、鋼板全体の平均Cr濃度よりも低く、また、A層内の板厚方向の任意の位置でのCr濃度よりも低い。よって、ここで規定するB層の平均Cr濃度は、鋼板全体の平均Cr濃度よりも低く、A層の平均濃度よりも低い。B層の平均Cr濃度は、加工性の観点から3%以上とする。
後述の変態により集合組織を制御する製法との関連で、B層の平均組成はCrを3%以上13%未満とし、常温でα相であるα−γ変態成分系組成の鋼とすることが好ましい。あるいは、更に、NiとMnのいずれか一方または両方を、Ni:0.1質量%以上1質量%未満、Mn:0.6質量%以上1質量%未満の範囲で含有させることが好ましい。
Crが3%未満では、B層の{222}面集積度を高めることが困難になる。また、13%以上ではα単相成分になるため、熱処理において変態進行による集合組織形成が起きず、高い{222}面集積度を確保することが困難になる。
NiとMnは、後述の変態により集合組織を制御する製法において、結晶方位の選択性と粒成長挙動に関して、特に本発明の効果を顕著にするうえで好ましい元素である。中心層の組成として、Crを3%以上13%未満の範囲で含有し、更にNiやMnを含有する場合、Ni:0.1%以上、Mn:0.6%以上であれば、加工性、耐食性とも顕著に改善される。Ni、Mnの含有量が1%以上になると加工性が劣化するので、1%未満が好ましい。
A層、B層の組成に関しては、必須元素であるCrの含有量が上記の範囲にある限り、原料等からあるいは精錬過程で不可避的に混入する不純物元素や、公知の所定の特性を得るためにCr以外の様々な元素を含有する公知のCr鋼やステンレス鋼の組成を適用することができる。
(A層の厚さ)
層の厚さは、0.05μm以上とする。また、上限は1000μmとするのが好ましい。
A層の厚さが0.05μm未満であると、後述の変態により集合組織を制御する製法との関連で、表層の{111}方位粒を起点にして、図1cのように内部に十分に発達させることができず、鋼板内部の{222}面集積度を50%以上とすることが困難である。また、耐食性の確保の点からも0.05μm以上必要である。
A層の厚さの上限は1000μmとするのが好ましい。1000μmを超えると鋼板全体のCr含有量が増加し合金コストが上昇するにもかかわらず、耐食性や加工性(集合組織制御性)の向上に及ぼす効果が飽和する。
(B層の厚さ)
B層の厚さは、10μm以上、3mm以下とするのが好ましい。厚さが10μm未満であると、後述の変態により集合組織を制御する製法との関連で、表層の{111}方位粒を鋼板内部に優先的に成長させることが非常に困難になる。また、厚さが3mm超では{111}方位粒を鋼板内部まで十分に成長させられず、加工性のよい鋼板を得ることが困難となる。
(鋼板の集合組織)
本発明においては、A層及びB層について、板面に対するαFe相の{222}面集積度を規定する。この{222}面集積度は、鋼板の板厚方向の任意の位置において、鋼板表面に対して平行なFeのα結晶11面{110}、{200}、{211}、{310}、{222}、 {321}、{411}、{420}、{332}、{521}、{442}の積分強度を測定し、その測定値それぞれをランダム方位である試料の理論積分強度で除した後、除した値の11面の総和に対する{222}強度の百分率で求めることができる。なお、ランダム方位を持つ試料の積分強度は、試料を用意して実測して求めてもよい。
つまり、{222}面集積度は以下の式(1)で表される。
{222}面集積度=[{i(222)/I(222)}/{Σi(hkl)/I(hkl)}]×100 ・・ (1)
ただし、記号は以下の通りである。
i(hkl):測定した試料における{hkl}面の実測積分強度
I(hkl):ランダム方位をもつ試料における{hkl}面の理論積分強度
Σ:αFe結晶11面についての和
ここで、鋼板の板厚方向の任意の位置での各結晶面の積分強度は、板厚断面を研磨した板面に対して、一般的なEBSD法を適用することにより得る。A層、B層の結晶方位の面集積度は、各層の中心、つまり、それぞれの層の1/2厚さ位置で算出した。
A層とB層の{222}面集積度は、加工性を向上させるため、50%以上99%以下とする。この面集積度はA層及びB層のそれぞれの厚さ方向の中心位置において測定される。
各層における上記{222}面集積度が50%未満の場合には、加工性が十分でなく、例えば、後述の実施例で示すように、絞り比2の円筒深絞り成形した後の耳高さが1.5mm以下となるような成形性が得られない。
また、この集積度を99%超にするには、製造が困難でかつ加工性の向上が望めない。
(鋼板の組織)
本発明鋼板は、A層、B層全体の平均粒径が50μm以下の等軸粒よりなるものとする。
この規定は、後述するように、鋼板内部まで{222}面集積度が50%以上の比較的粗大な結晶粒としておき、その後冷間圧延で歪みを導入して再結晶させることにより、高い{222}面集積度を維持した状態で、鋼板全体にわたり微細な等軸晶を形成できることを見出したことによるものである。
組織が等軸晶でなかったり、結晶粒径が50μmを超えたりするばあいには十分な靭性の向上が得られない。
なお、再結晶組織及び結晶粒径は、熱処理後の鋼板について公知の方法で求めることができる。例えば、A層及びB層に相当する層を研磨等により鋼板として切り出し、その鋼板の断面を研磨、エッチングした後の金属組織を光学顕微鏡で観察し、再結晶組織を特定するとともに、結晶粒の断面形状を円とした場合の直径を結晶粒径として求めればよい。
(その他)
本発明鋼板の表面には必要に応じて、公知の目的で公知のめっき等の表面処理を施しても良い。これによって本発明効果が失われるものではない。
続いて、本発明の製造方法について図面を参照して説明する。なお、以下で説明するCr濃度分布および結晶方位の制御は、本発明者が特許文献3、4で開示した技術と基本的には同じ現象を活用している。すなわち、熱処理における拡散と変態を活用して、元素濃度の方向に沿った結晶成長を基本原理とするものである。
以下では、本発明のような成分と結晶組織および集合組織が板厚方向に異なる材料の形成の方法の例を示す。特に変態により板厚方向の集合組織分布を制御する製法として、皮膜を形成した鋼板による製造方法について説明する。
(鋼板B1、B2の作成)
Crを3質量%以上13質量%未満、さらに必要に応じてNiとMnのいずれか一方または両方を、Ni:0.1質量%以上1質量%未満、Mn:0.6質量%以上1質量%未満含有する、常温でα相であるα−γ変態成分系のCr含有鋼よりなる連続鋳造スラブやインゴットなどの鋳片を準備し、その鋳片をγ域で熱間圧延し、次いで冷間圧延することによって順次厚みを減少させて鋼板を得る工程において、圧下率が50%以上95%以下の範囲で冷間圧延することにより、少なくとも表層部に{111}方位粒を形成した鋼板B1を得る(図1aの状態参照)。
次に、鋼板B1の表面に、Cr単独あるいはCrと、Al、Ga、Mo、Nb、Si、Sn、Ti、V、W、Znの少なくとも1種のフェライト形成元素を付着させることで、鋼板B2を得る(図1bの状態参照)。フェライト形成元素は、Crとの合金として付着させてもよいし、各元素をそれぞれ単独で付着させてもよい。本発明効果を得るための必須元素はCrであり、本発明では、Crと同時に鋼板B1の表面に付着させる上記フェライト形成元素も含めた金属層を「Cr層」と記述する。
このCr層内の元素は、その後の熱処理において鋼板B1内部に拡散して合金化した領域の少なくとも一部をα単相系の組成とする。これにより、鋼板B1の表層に形成されていた{111}方位の結晶組織が鋼板内部に向けて成長し、鋼板中心領域の{222}面集積度を顕著に高めることが可能となる。
上記のCr層を鋼板B1の表面に形成する方法としては、溶融めっきや電解めっきなどのめっき法、PVDやCVDなどのドライプ ロセス、さらには粉末塗布など種々の方法を採用することができる。工業的に実施するための効率的に拡散元素を付着させる方法としては、めっき法が適している。
Cr層の厚みは、0.05μm以上、1000μm以下であることが望ましい。厚みが0.05μm未満では熱処理後に鋼板中心層で十分な{222}面集積度を得ることができない。また、1000μm超であると、鋼板B1と完全に合金化させるには時間を要し、Cr層が残留する場合にその厚みが必要以上に厚くなる。
なお、{222}面集積度を50%以上とするためには、必ずしもCr皮膜のすべてを合金化させる必要はなく、高い耐食性を付与することも可能である。このように、表面に皮膜の一部が残留する場合、残留したCr皮膜もA層に含まれることとなるが、これは一般的な金属めっきのような層に相当するだけのものであり、加工性が失われるものではない。
(第1の熱処理による中間の鋼板の作成)
以上のようにCr層を形成した鋼板B2を作成した後、この鋼板B2を鋼板B1のA3点以上まで加熱する第1の熱処理を施して、冷却後に、板厚方向に組成が異なる複数の領域を層状に有し、鋼板中心領域まで{222}面集積度が高められた中間の鋼板を得る。
第1の熱処理では、Cr層を形成した鋼板B2を鋼板B1のA3点以上まで加熱して、Crを含めたCr層中の元素を鋼板B1の内部に拡散させ、鋼板B1の表層部にCr濃化部を形成させる。
A3点までの昇温過程で鋼板B1は再結晶するが、その際に、{111}方位をメインとする表層組織内に{111}以外の方位群の粒が形成される。
Cr層からのCr等が合金化してCr濃度が13%を超えた領域ではα単相成分となりγ変態せず、鋼板の温度上昇にしたがって{111}方位粒は優先成長する(図1cの状態参照)。
鋼板をさらに鋼板B1のA3点以上1300℃以下の温度に加熱、保持すると、α単相成分でない中心層領域はα相からγ相に変態する。
保持時間を長くすると、Crの拡散に伴い、α単相組成である領域が鋼板中心部へ向かって広がり、γ相であった領域が再びα相に変態していく。γ相からα相に変態する際には、隣接するα粒の結晶方位のうち{111}方位を優先的に引き継ぐかたちで変態する。これにより、保持時間が長くなるとともに内部領域の{222}面集積度は大きく増加する。(図1dの状態参照)
その後、鋼板を冷却すると、内部の領域のγ相はα相へ変態する。この時も、隣接するα粒の結晶方位のうち{111}方位を優先的に引き継ぐかたちで変態する。このため、Cr濃度がそれほど高くなっていない鋼板内部領域でも{222}面集積度が増加する。冷却は鋼板表面から行われ板厚方向に温度勾配を生じるため、変態は鋼板表面側から中心層に向かって起き、{111}方位粒は鋼板中心層に向かって柱状の粗大な組織として発達する。この結果、冷却後に鋼板中心層で高い{222}面集積度が得られる(図1eの状態参照)。
上記の熱処理において、A3点まで昇温する昇温速度は、0.1℃/sec以上500℃/sec以下であることが好ましい。この範囲の昇温速度において、上記作用を引き起こすための{111}方位粒が効率的に形成される。
昇温後の保持温度は、A3点以上1300℃以下とする。A3点以上でないと前述のように、冷却時のγ相からα相への変態を利用して{222}面集積度をさらに高める作用を利用することができない。1300℃を超える温度で加熱しても効果は飽和するばかりでなく、冷却後の製品鋼板の形状が悪くなるので好ましくない。
保持時間は、保持温度に到達後直ちに冷却を開始してもよい(実質的には0.01秒以上保持)。保持時間に特に上限はないが、600秒を超えると熱処理コストが増加するだけでなく、特性への影響も飽和する。
また、冷却速度は0.1℃/sec以上500℃/sec以下が好ましい。この温度範囲で冷却すると、中心層の冷却中のγ相からα相への変態における{111}方位粒の優先成長が効果的に起こり、{222}面方位への配向がより進行する。
これにより、鋼板表層側にCr濃度が相対的に高く、かつ{222}面集積度が低く、相対的に微細な結晶組織を有する領域が形成され、同時に、鋼板中心側にCr濃度が相対的に低く、かつ{222}面集積度が高く、相対的に粗大な結晶組織を有する領域が形成される。
(第2の熱処理によるA層とB層の形成)
次に、第1の熱処理後の鋼板に冷間圧延を施した後、再結晶温度以上A3点以下の温度に加熱する第2の熱処理を施し、最終的なA層とB層を形成する。
この熱処理の加熱過程で鋼板は再結晶する。その際、結晶粒は、再結晶前の方位を引き継いで再結晶し、再結晶前の面集積度が維持、あるいは、向上した再結晶組織となる(図1fの状態参照)。
この結果、A層及びB層はαFe相の{222}面集積度が50%以上99%以下である組織となる。
さらに、A層及びB層では微細な等軸粒となるが、粒径は、冷間圧延率と加熱温度を調整して、粒径を40μm以下とする。
なお、第2の熱処理に伴いCrの拡散が生じるが、集合組織の形成には影響はない。
第2の熱処理前に行う冷間圧延は、加熱温度にもよるが、圧延率50%以上とするのが望ましい。圧延率50%未満では、先の集合組織を引き継いで再結晶させることが困難になる。低い加熱温度で効率的に再結晶を行わせるには、圧下率70%以上がより望ましい。
第2の熱処理において、加熱温度は少なくとも中心領域に再結晶を起こさせるために、鋼板B1の再結晶温度以上とし、α―γ変態が起こらないA3点以下とする。
上記の種々の挙動はここで説明した方法および原理により発現するものであり、Cr濃度、結晶組織や結晶方位について、当業者が通常有する、拡散や再結晶、粒成長の知識により、一般的な鋼材と同様に調整することは容易である。
そして、Cr濃度を含めた組成、結晶方位および結晶組織について、前記の条件を満たすことで加工性、耐食性及び靭性に優れた鋼板を得ることができる。
上記では、Cr層は、一方の表面について1層として説明したが、成分が異なる複層とすることで、最終的に鋼板表層に形成されるA層の濃度分布、結晶組織や結晶方位を自由に制御することが可能である。このような場合でも、A層が本発明の規定を逸脱しない限り、本発明の効果を得ることが可能である。
以下、実施例により、本発明をさらに詳しく説明する。
真空溶解によって表1〜3の組成で残部Feおよび不可避的不純物を含む厚さ230mmのインゴットを溶製し、それを1000℃に加熱して熱間圧延し、この熱延板から機械加工によって各種厚みの板材を切り出した後に、各種冷延率で冷間圧延を実施し、0.03mmから2.5mmの冷延鋼板B1を得た。得られた冷延鋼板B1において、いずれの鋼板も常温での主相はα−Fe相であることを確認した。各鋼のA3点を表1〜3に示す。成分E、F、K、PはA3点がなく、常温から1300℃の温度範囲ではα単相となる。
次に、各鋼板B1の両面に、スパッタ法で異なる厚みのCr皮膜を形成し、鋼板B2を得た。また、Cr皮膜の上に他元素の皮膜を形成する場合もスパッタ法で行った。各皮膜の厚さは、スパッタ前後の重量変化から算出した。Cr皮膜と他元素皮膜を合わせたものが本発明のCr層に相当する。なお、Cr層は両表面で同じ厚さとし、表中の数値は両表面の合計の厚さである。すなわち、片面については、表中の数値の半分の厚さになる。
また、組成、結晶方位や結晶粒径も両表面側のA層のそれぞれについて測定し、その平均値で評価した。
その後、表4−1、2の昇温速度、保持温度と時間、冷却速度で加熱冷却する第1の熱処理を施し、さらに、表4−1、2の圧延率で冷間圧延を施した後、表4−1、2の加熱温度に加熱後冷却する第2の熱処理を施した。
熱処理後の鋼板は、XRD測定により、全ての条件でα単相であることが確認された。
これらの鋼板の板厚断面をEPMAにより板厚方向に線分析を行い、A層に相当する領域とB層に相当する領域を確定した。
鋼板の平均Cr濃度、このCr濃度よりCr濃度が高い領域であるA層、およびこのCr濃度よりCr濃度が低い領域であるB層について、厚さ、平均組成、{222}面強度、それぞれの層の再結晶組織と平均結晶粒径、を表4−1、2に示す。言うまでもないが、各数値は、前記[発明を実施するための形態]で説明した本発明の規定に準じて測定された数値である。
成形性の評価は、絞り比2の円筒深絞り成形した後の耳高さで評価した。直径Dの円板から直径dの成型品の内径バンチで円筒絞りを行う時、D/dを絞り比という。耳高さが小さい場合、良好な成形時の面内異方性、耐肌荒れ性、耐リジング性が得ることができる。耳高さが1.5mm超であると、上記のいずれかの特 性が劣るため、これを合格の上限とした。円筒深絞り成形の条件は、次のようにした。すなわち、ポンチ径:φ50mm、ポンチ肩R:5mm、ブランク径 φ100mm、しわ押さえ力:1ton、摩擦係数:0.11〜0.13である。
耐食性は、塩乾式複合サイクル腐食試験CCT(Cyclic Corrosion Test)で評価した。試験は、塩水噴霧(5%NaCl水溶液噴霧状態、温度35℃、30分)→乾燥(60℃、湿度30%、60分)→湿潤(40℃、湿度 95%、1時間)を100サイクル実施した条件である。評価は、100サイクル後の鋼板表面を観察し、発錆の面積率を求め以下の基準で判定した。
発錆なし、即ち、皮膜残存率が100%の場合を◎、5%未満の発錆率(95%以上、100%未満の皮膜残存率)の場合を○、5%以上、30%未満の発錆率 (70%以上、95%未満の皮膜残存率)を△、30%以上の発錆率(70%未満の皮膜残存率)を×とした。ここでは、皮膜残存率が100%の場合◎、5% 未満の発錆率(95%以上、100%未満の皮膜残存率)の場合○を合格とした。
靭性は、JIS 2248に準拠して金属材料曲げ試験方法を実施して評価した。試験片は、幅20mm、長さ60mmに加工して、曲げ半径1mmで曲げ加工した。曲げ変形した表面を光学顕微鏡観察し、合否を判定した。しわ及び割れが確認できない場合を○、しわ及び割れが確認できた場合を×として、○を合格、×を不合格とした。
結果を表4−1、2に示す。
比較例1〜5は、CCTの結果が合格であったが、A層、B層のα{222}面集積度が50%未満で、成形性の指標の耳高さが1.5mmより高かったため、十分な加工性が得られなかった。また、B層の平均粒径が50μmを超えたため、靭性が不合格となった。
比較例6〜8は、CCTの結果が不合格であり、A層、B層のα{222}面集積度が50%未満で、成形性の指標の耳高さが1.5mmより高かったため、十分な加工性も得られなかった。また、B層の平均粒径が50μmを超えたため、靭性が不合格となった。
比較例9は、CCTが合格であり、A層、B層のα{222}面集積度が50%以上で、成形性の指標の耳高さが1.5mmより低かったが、B層の結晶粒径が50μmを超えていたため、靭性が不合格となった。
比較例10は、CCTが合格であったが、第2の熱処理温度が再結晶温度より低かったため、未再結晶の冷延加工組織となり、A層、B層のα{222}面集積度が50%未満で、成形性の指標の耳高さが1.5mmより高かったため、十分な加工性も得られなかった。また、冷延加工組織のため、靭性が不合格となった。
比較例11は、冷間圧延率が50%未満であったため、A層、B層のα{222}面集積度が50%未満で、成形性の指標の耳高さが1.5mmより高かったため、十分な加工性も得られなかった。また、A層、B層の平均粒径が50μmより大きいため、靭性が不合格となった。
実施例1〜44は、CCTの結果が合格であり、A、B層のα{222}面集積度が50%以上で、結晶粒径が50μm以下で、等軸晶であり、合格であった。また、成形性の指標の耳高さが1.5mm以下であったため、十分な加工性が得られた。実施例34〜36は、実施例31〜33よりもA層の厚さとCr濃度は高いが、成形性の指標の耳高さ及び耐食性において、特性が飽和していた。
Figure 2017214623
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本発明は、より少ないCrの使用で耐食性に優れ、加工性や靭性にも優れた鋼板を提供することができるので、産業上有効である。

Claims (2)

  1. 板厚方向に組成が異なる複数の領域を層状に有する鋼板において、
    鋼板全体の平均Cr濃度をX質量%とした時、
    Cr濃度がX以上の領域をA層とし、X未満の領域をB層として、板厚方向にA層とB層がA−B−Aの積層構成となっており、
    A層の平均組成がCr:10.5質量%以上を含有する、あるいは、Cr:10.5質量%以上かつAl、Ga、Mo、Nb、Si、Sn、Ti、V、W、Znの少なくとも1種以上のフェライト形成元素を含有する組成であり、
    B層の平均組成がCr:3質量%以上13質量%未満を含有し、あるいは、Cr:3質量%以上13質量%未満とNi:0.1質量%以上1質量%未満とMn:0.6質量%以上1質量%未満のいずれか一方または両方を含有し、常温でα相であるα−γ変態成分系の組成であり、
    A層及びB層のαFe相の{222}面集積度が50%以上99%以下であり、
    さらに、A層、B層全体の平均粒径が50μm以下の等軸粒よりなる
    ことを特徴とする加工性、耐食性及び靭性に優れた鋼板。
  2. 板厚方向に組成が異なる複数の領域を層状に有する鋼板の製造において、
    Cr:3質量%以上13質量%未満を含有し、あるいは、Cr:3質量%以上13質量%未満とNi:0.1質量%以上1質量%未満、Mn:0.6質量%以上1質量%未満のいずれか一方または両方を含有し、常温でα相であるα−γ変態成分系の組成よりなる鋼板をB1とし、
    該鋼板B1の表面にCrからなる皮膜、あるいは、CrとAl、Ga、Mo、Nb、Si、Sn、Ti、V、W、Znの少なくとも1元素以上のフェライト形成元素からなる皮膜を形成した鋼板をB2とし、
    該鋼板B2を前記鋼板B1の組成のA3点以上1300℃以下の温度まで加熱して冷却する第1の熱処理を施し、該熱処理過程で少なくともCrを前記皮膜から前記鋼板B1内部に拡散させて該鋼板B1の表層領域のCr濃度を高めるとともに、冷却時に鋼板表層側から鋼板内部に向けて変態に伴う粒成長をさせ、
    さらに、第1の熱処理後の鋼板を冷間圧延した後、再結晶温度以上A3点以下の温度に加熱する第2の熱処理を施す
    ことを特徴とする請求項1に記載の加工性、耐食性及び靭性に優れた鋼板の製造方法。
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