以下ではまず、前述した従来技術の課題の原因をより詳しく説明し、その後、本発明にかかる鞍乗り型車両の実施の形態を説明する。なお、本明細書では、鞍乗り型車両は自動二輪車であるとして説明する。ただしこれは一例である。3輪以上を有する車両であってもよい。
なお、本願明細書では、「検出」および「取得」の用語について、原則として、以下のよう使い分ける。
(1)「物理量aを検出する」とは、物理量aの測定を行うことにより、物理量aの値(測定値)を示す情報を得ることを意味する。
(2)「物理量aを取得する」とは、「物理量aを検出する」ことを含み、かつ、センサなどが検出した情報に基づいて物理量aの値を決定することを含むものとする。
また、「取得する」は、例えば以下の動作を含む。
(2.1)測定値を所定の演算式に代入して物理量aの値を算出すること:
(2.2)測定値と物理量aの値との対応関係を示すテーブルまたはデータベースを参照して前記測定値に対応する物理量aの値をテーブルなどから読み出すこと:
(2.3)測定値から物理量aの値を推定すること。
例えばヨーレートを取得することは、ヨーレートセンサによって直接にヨーレートを検出する場合だけではなく、他の姿勢角センサや速度センサの出力から演算によってヨーレートの推定値を得る場合を含む。このことは、ヨーレート以外の物理量、例えばバンク角でも同様である。
なお、車輪速を検出する場合、通常、車軸の近傍に設けられた車輪速センサが車輪の回転速度に応じて出力する電気パルスの単位時間あたりのカウント値が車輪速として用いられる。このカウント値は、車輪速に比例するが、通常、この比例定数は1ではないため、カウント値は車輪速の値(車輪外周面の接線方向速度)そのものには等しくない。しかし、後述するスリップ率λおよびスリップ量を算出する式において、各項は車輪速であるため、各項における車輪速とカウント値との比例定数が等しい値に設定されていれば、カウント値を車輪速として取り扱っても良い。
さて、自動二輪車のトラクション制御システムやABSなどの安定制御技術では、前輪と後輪との車輪回転速を用いることが一般的である。
例えば、駆動時の後輪のスリップ率λは、典型的には以下の式で表現される。なお下記式の右辺に100を乗じてパーセントで表記する場合もある。
λ= (Vr−V)/Vr
また、スリップ量は、例えば(Vr−V)によって表現され得る。なお、以下ではスリップ率およびスリップ量を包括して、スリップ成分と呼ぶことがある。
ここで、Vは車体速度、Vrは後輪(駆動輪)の車輪速である。一般に「車速」とは、路面に対する自動二輪車の移動速度である。また、「車輪速」とは、車輪の回転軸を基準としたときの車輪の外周面における接線方向速度である。車輪速は、「車輪の回転速度(単位時間あたりの回転数)」および「車輪の回転半径」に比例し、一般には「車輪の回転角速度」と「車輪の回転半径」との積によって表現される。上記の式によれば、車体速度Vが後輪の車輪速Vrに等しいとき、スリップ成分はゼロに等しくなる。
前輪および後輪の各車輪速を求めるために、タイヤ径が車輪の回転半径として利用される。タイヤ径の設計値は、メーカーによって決定される。しかしながら、現実には、タイヤ空気圧の変動や、車体の傾斜(バンク)によるタイヤと地面との接地点の変化等に起因して、現実の車輪の回転半径がタイヤ径の設計値からずれることがある。これは、スリップ率および/またはスリップ成分(スリップ量)の算出結果に影響を与え得る。したがって、設計値からのずれを正確に評価して制御性を向上させる余地があると考えられる。
ここで、安定制御技術を説明する。
図1は、自動二輪車の姿勢を制御するための、安定制御技術の例を示している。安定制御技術として、たとえば、前輪浮き制御、横滑り制御、トラクション制御、およびアンチロックブレーキ制御の各技術が知られている。このうち、前輪浮き制御、横滑り制御、トラクション制御は、エンジンの出力(駆動力)を制御してタイヤの空転等を防止し、車体を安定させる技術である。一方、アンチロックブレーキ制御は、ブレーキを制御してタイヤと路面のスリップ率を所定の範囲内に維持させ、最適な制動力と、操舵性とを同時に確保する技術である。
トラクション制御およびアンチロックブレーキ制御では、前輪の車輪速信号および後輪の車輪速信号を用いて上述したスリップ成分を演算する。そして、トラクション制御では、その演算結果に基づいて駆動力を制御するための補正量を計算し、エンジンの点火時期、スロットル目標開度を設定する。その結果、エンジンの出力を制御できる。一方、アンチロックブレーキ制御では、スリップ成分の演算結果からスリップ率を所定の範囲内に維持させるよう、ブレーキの動作および非動作を高速に切り替える。その結果、最適な制動力を確保しつつ、タイヤのロックを防止することによる操舵性も確保できる。
本明細書では、スリップ成分を正確に求めるための技術を説明する。以下では、主としてトラクションコントロールを例に挙げて説明する。
図2は、スリップ量を利用するトラクション制御システムが装備された自動二輪車100の構成を示す。また図3は、スリップ成分演算処理の基本的な手順を示す。
まず図2に示されるように、車両である自動二輪車100は、車体1と、前輪2と、後輪3とを備えている。車体1の前部に前輪2が取り付けられ、車体1の後部に後輪3が取り付けられる。車体1には駆動力を発生させるエンジン8と、制動力を発生させる前後輪ブレーキ9とが搭載されている。エンジン8の駆動力はスロットル12の開度や点火プラグ13による点火タイミングによって制御される。前後輪ブレーキ9の制動力は、ライダーのブレーキレバー操作や後述する制駆動力調整ユニットによってブレーキ圧が変更されることによって制御される。なお、エンジン8はガソリンで動作することを想定しているが、電気で動作するモータであってもよい。駆動力を発生させる発動機であればよい。
また、車体1には、コントローラ10(以下「ECU10」と記述する。)が設けられている。図2では車体1から離れた位置にコントローラ10が記載されているが、これはコントローラ10への入力および出力を明確にするための便宜的な記載である。実際には、コントローラ10は車体1に設けられている。
さらに車体1には、参照車体速センサ11aおよび車輪回転速センサ11bが設けられている。参照車体速センサ11aは、リファレンスとする車速情報を検出するセンサである。参照車体速センサ11aは、たとえば前輪の回転速を検出するセンサである。ただし車体速度を取得可能なセンサなら何でもよく、たとえばGPS(Global Positioning System)により車体速度を取得可能なセンサであってもよい。または、加速度センサの積算値を車体速度として取得してもよい。車輪回転速センサ11bは、たとえばタイヤ径補正の対象とする後輪の回転速を検出するセンサである。
前輪2のホイールには、前輪2の回転速度(前輪車輪回転速)を検出する前輪車輪速センサが設けられている。後輪3のホイールには、後輪3の回転速度(後輪車輪回転速)を検出する車輪回転速センサ11bが設けられている。車体1の後方には、車体1の傾斜角(バンク角)を取得する姿勢検出ユニット11cが設けられている。たとえば姿勢検出ユニット11cは、角速度センサおよび加速度センサ(いずれも図示せず)と、それらから出力された情報に基づいて姿勢情報を演算することによって取得する演算回路とを備えている。これらについては後に詳述する。
参照車体速センサ11a、車輪回転速センサ11b、姿勢検出ユニット11cの各出力信号は、ECU10に与えられる。
図3に示す処理は以下の手順で実行される。すなわちECU10は、前輪車輪回転速および後輪車輪回転速の情報を受け取ると、タイヤ径設計値を用いて前輪および後輪の車輪速を計算する。次に、ECU10は、前輪および後輪の車輪速から、スリップ量および/またはスリップ率を算出する。上述のとおり、スリップ量は後輪と前輪の車輪速の差であり、スリップ率は後輪と前輪の車輪速の比として求められる。なお、ここでは非駆動輪である前輪の速度が、自動二輪車の車速であると見なしている。これにより、スリップ率は、上述したλとして求められ得る。コントローラは、このようにしてスリップ量またはスリップ率を取得する。
ECU10は、取得したスリップ成分と、姿勢検出ユニット11cによって取得された車体1のバンク角の情報に基づいて、スロットル12の開度や点火プラグ13による点火タイミングの調整を行ってエンジン(図示せず)の駆動力を制御する。これにより、タイヤの空転を防止する。
上述の図2に示す自動二輪車100の構成は、以下で説明する各実施の形態にかかる安定制御システムの説明でも適宜参照される。
図4は、本発明におけるスリップ量演算処理のより詳細な手順を示す。図4にはさらに、スリップ量演算処理と関連して行われるタイヤ径補正処理S1、S2、およびリーン補正処理S3、S4も示されている。図4に示される処理S1〜S4が、本発明に固有の処理である。
上述の通り、スリップ量演算処理に当たってタイヤ径設計値を利用した車輪速計算が行われる。得られた車輪速をそのまま利用すると、タイヤ径が設計値からずれる等の事情により、正確なスリップ成分が得られない可能性がある。そのため、本願発明者らは後輪の車輪速が得られた後にタイヤ径補正処理を行い、より正確な後輪車輪速を求めることとした。なお図4におけるタイヤ径補正処理を行う対象やタイミングは一例に過ぎない。たとえば、前輪と後輪の関係を入れ替えて後輪を参照車体速として前輪にタイヤ径補正を行ってもよい。あるいは、GPSや加速度センサの積算値を参照車体速として前輪・後輪それぞれに独立2系統としてタイヤ径補正を行ってもよい。
ECU10は、ステップS1においてタイヤ径の学習を行って補正値を求め、ステップS2においてタイヤ径を補正する。補正値を求めるタイミングは、一定速度で走行し続けているなど、スリップが発生してないと考えられる期間中である。ただしECU10は、車両のバンク発生時の学習を制限するため、たとえば姿勢検出ユニット11cを利用してバンクの程度(バンク角)を把握する。学習とは、前輪と後輪の回転関係(たとえば回転速度の関係)を情報として保持することをいう。この回転関係を反映した補正値を利用して、実際の走行時に取得された前輪車輪回転速および/または後輪車輪回転速を補正する。この補正値はユーザが車両に乗車している間にも更新されるため、より正確なスリップ成分を算出できる。なお、上述の説明において、前輪と後輪の回転関係を挙げた理由は、本実施の形態においては前輪の車輪速を参照車体速とみなしているからである。より一般的には、学習とは、参照車体速と車輪速の関係を保持することをいう。
タイヤ径補正を行うことにより、より正確なスリップ量を求めることができる。ただし、車輪速が取得された時点で車体がバンクしていた場合には、タイヤ径補正処理では補正しきれない、リーン成分に起因する影響がスリップ量に含まれることになる。そこで本願発明者らは、リーン補正処理を行うことにより、リーン成分に起因する影響を抑制することとした。
ECU10は、ステップS3においてバンク角の情報を取得して、そのバンク角における見かけのスリップ(リーン成分)を推定する。推定の根拠として利用される情報は、自動二輪車の開発段階においてそのメーカーによって求められる情報である。後述の実施の形態では、自動二輪車の開発段階においてどのようにリーン成分を推定するための計測データを取得するかを説明する。
ステップS4において、ECU10は、求めておいたスリップ成分から推定されたリーン成分を差し引くことにより、スリップ成分を補正する。これにより、リーン成分の影響が補正された、より正確なスリップ成分を求めることが可能となる。
以下では、上述したステップS1およびS2に対応するタイヤ径学習に関する実施の形態1〜7と、ステップS3およびS4に対応するリーン補正に関する実施の形態8と、タイヤ径学習およびリーン補正を行う複合的な実施の形態9とを説明する。
(実施の形態1:姿勢情報(バンク角)を利用したタイヤ径学習)
本実施の形態では、正確なスリップ成分を算出するために、前輪車輪速と後輪車輪速との関係を学習する技術を説明する。
図5は、タイヤ径学習処理の手順の一例を示す。図5の破線で示される処理が、タイヤ径学習に直接関連する処理である。図5の処理はいずれも、上述のECU10によって実行される。
ECU10は、所定の条件が満足されたタイミングで、図5に示されるように車速信号である前輪パルスおよび後輪パルスから前輪および後輪の回転速を演算し、さらに前輪および後輪の回転速から、前輪および後輪の車輪速を取得する。そしてECU10は、求められた前後輪車輪速を利用してタイヤ径学習を行う。タイヤ径学習の具体的な処理の内容は、たとえば前後輪車輪速の比を算出して、タイヤ径補正値を求めることである。ECU10は、学習結果として得られたタイヤ径補正値を求め、前輪を基準とし、そのタイヤ径補正値を利用して後輪車輪速を補正する。
スリップ量は、前輪車輪速およびタイヤ径補正後後輪車輪速からそれぞれ算出された制御用前輪車輪速と制御用後輪車輪速によって算出される。
次に、上述のタイヤ径学習を行うタイミングについて説明する。
タイヤ径を学習するためには、直線での定速走行時に自動二輪車が直立している状態で行う必要がある。車体が傾斜(バンク)していると、そのバンクによってタイヤの接地半径(有効半径)が変わるからである。そこでECU10は、以下の条件が満足されたときに自動二輪車が直立していると見なしてタイヤ径学習の処理を実行する。
(a)ある車速範囲で走行しており、
(b)加減速がない状態にあり、かつ
(c)上記(a)の条件を満たしつつ、上記(b)の条件が一定時間以上継続している。
上述の(a)の条件は、中速域を想定している。低、高速域では車速演算精度が悪化するためである。また上述の(b)の条件を設けた理由は、加減速中はタイヤ径以外の要因の回転速差が見られるためである。
自動二輪車においては、上述した3つの条件が満足されるタイミングはそれほど多くはない。そのため学習条件が成立しにくく、学習機会が少なくなるという事情があった。さらに、たとえばループ橋を回り下りている場合には上記3条件が成立してしまい、直立状態の推定を誤ってしまうことがある。その結果、バンクが生じているタイミングでタイヤ径学習を行ってしまうことがあった。
そこで本願発明者らは、自動二輪車100に姿勢検出ユニット11cを設け、バンク角に応じてタイヤ径学習を行うこととした。
図6は、バンク角を考慮したタイヤ径学習処理の手順の一例を示す。図6の破線部分に示されるように、タイヤ径学習のためにバンク角の情報が入力されている。ECU10は、バンク角に応じて、車速信号である前輪パルスおよび後輪パルスから求められた前後輪車輪速を利用してタイヤ径学習を行う。タイヤ径学習の内容に関しては図5に関連して説明した通りである。
なお、ここで言う「バンク角に応じ」たタイヤ径学習とは、たとえばバンク角を予め定められた区分数に分けたときの、その区分ごとにタイヤ径学習を行う、という意味である。より具体的には、バンク角θとして、θn≦θ<θn+10度(θn=0、10、20、30、40、50、60)の7つの区分が想定されているとする。この場合、「バンク角に応じて」とは、区分ごとにタイヤ径学習を行う、という意味である。ただし上記説明は一例に過ぎない。より細かい区分や角度に応じた学習を行ってもよいし、より粗い区分や角度に応じた学習を行ってもよい。なお、本明細書では、「バンク角に応じて」と同じ意味で「異なるバンク角ごとに」と説明することがある。
以下、上述の処理を行うための具体的な構成および動作を説明する。
図7は、本実施の形態による安定制御システム110の構成を示すブロック図である。安定制御システム110は、前輪2および後輪3を有する車両である自動二輪車100の制動力または駆動力を変化させる。
本実施の形態においては、安定制御システム110は、参照車体速センサ11aと、車輪回転速センサ11bと、姿勢検出ユニット11cと、ECU10と、制駆動力調整ユニット50とを備えている。
参照車体速センサ11aは、前輪2に設けられて車両の車体速を取得するセンサである。車輪回転速センサ11bは、後輪の回転速である後輪回転速を取得する車輪回転速センサである。
姿勢検出ユニット11cは、車体1の姿勢に関する情報(姿勢情報)を取得する。詳細は後述する。
ECU10はいわゆるコンピュータである。本実施の形態においては、ECU10は、スリップが発生していないという走行条件における車体速(本実施の形態では前輪車輪速)および後輪回転速に基づいて、後輪車輪速および前輪車輪速の関係を示す値を、異なるバンク角ごとに、タイヤ径補正値として算出する。ここでいう「関係」とは、たとえば後輪車輪速と前輪車輪速との比から算出される車輪速比である。さらにECU10は、現在のバンク角に対応するタイヤ径補正値に基づいて後輪車輪速を補正して制御用車輪速度を算出する。この算出結果を利用して、安定制御システム110は、自動二輪車の制動力または駆動力を適切に変化させることが可能になる。本明細書では、トラクションコントロール、ABS、クルーズコントロールなどを総称して制駆動力と呼ぶ。
以下、安定制御システム110の構成要素の詳細を説明する。
姿勢検出ユニット11cは、角速度センサ21と、加速度センサ22と、姿勢演算部23とを備える。
角速度センサ21は、たとえば3軸ジャイロセンサであり、ヨー方向、ピッチ方向、ロール方向のそれぞれについて、単位時間当たりの回転量を示す角速度(角度/s)を計測する。すなわち角速度センサ21は、ヨー角速度、ピッチ角速度およびロール角速度をそれぞれ検出することが可能である。加速度センサ22は、自動二輪車100の車体1の前後方向の加速度、上下方向の加速度、および横方向の加速度を検出する。
姿勢演算部23は、角速度センサ21および加速度センサ22からの出力を利用して、姿勢情報を取得する。姿勢情報は、たとえばヨー角速度等を利用して取得されたバンク角の情報である。姿勢情報としてヨー角速度、前後方向の加速度、横方向加速度の情報も含まれ得る。バンク角θは、たとえばカルマンフィルタを用いた公知の方法によって取得することが可能である。
次にECU10を説明する。
ECU10は、演算器30と、記憶装置40とを有する。
たとえば、演算器30はCPUと呼ばれる半導体集積回路であり、記憶装置40は半導体メモリである。
演算器30は、学習許可条件判定部31と、タイヤ径補正値演算部32と、速度演算部33と、制御用車輪速度演算部34と、制駆動力制御部35とを有する。これらの構成要素は、それぞれがハードウェア回路として実装されていてもよいし、その一部または全部が、ソフトウェアに基づく命令を実行したCPUの動作によって実現される機能として捉えられてもよい。後者は、たとえば後述の、ソフトウェアの動作を示すフローチャートに従って動作する演算器30が、ある時刻では学習許可条件判定部31として機能し、他の時刻ではタイヤ径補正値演算部32として機能することを意味する。演算器30の各構成要素の具体的な動作は図8を参照しながら詳細に説明する。
記憶装置40は、タイヤ径の補正値に関する情報を記憶する。
制駆動力調整ユニット50は、ECU10によって演算されたスリップ量に基づいて、スロットル12の開度、点火プラグ13の点火タイミング、ブレーキ等を制御することにより、自動二輪車100の制駆動力を調整する。
図8は、安定制御システム110の制御ブロック図である。
まず、学習許可条件判定部31は、タイヤ径の学習を許可する条件が満たされているか否かを判定し、満たされている場合にはタイヤ径補正値演算部32に通知する。タイヤ径の学習を許可する条件とは、タイヤのスリップが発生していないことを意味する。学習許可条件判定部31は、姿勢情報(バンク角、加速度など)や車輪回転速の変化量、ブレーキ圧、アクセル操作などで判定する。
学習許可条件の例は以下のとおりである。
・車速、および/または加減速(加速度)が予め定められた範囲内である。
学習許可条件が満たされている場合、タイヤ径補正値演算部32は、姿勢情報、車体速、および後輪車速を受け取り、異なるバンク角ごとに、車体速、および後輪車速に基づいてタイヤ径を補正するため補正値を算出する。
たとえばバンク角が実質的に0度で、車速、加減速(加速度)、が予め定められた範囲内である場合には、学習許可条件が満たされる。このとき、車体速(前輪車輪速)と後輪車輪速とは同じであると推定される。タイヤ径補正値演算部32は、参照車体速センサ11aおよび車輪回転速センサ11bから出力された各信号と、前後輪の各タイヤ径の設計値とから得られた車体速および後輪車輪速との比を求める。現在のタイヤ径が設計値と等しければその比は1になるはずである。しかしながら、タイヤ径が設計値からずれていればその比は1にはならない。そこで、その比が1になるよう、タイヤ径を補正するための係数が求められる。
たとえば、比がα(=後輪車輪速/車体速)である場合には、このαがタイヤ径補正値Cとして採用される。後輪車輪速を求めるためのタイヤ径設計値に1/αを乗じればよい。または、タイヤ径設計値を利用して求めた後輪車輪速に1/αを乗じればよい。これにより、比が1になるようタイヤ径または後輪車輪速を補正することができる。
タイヤ径補正値演算部32は、バンク角が実質的に0度の場合だけでタイヤ径補正値を求めるのではない。バンク角が0度ではない場合でも、学習許可条件が満たされれば、タイヤ径補正値演算部32は、そのバンク角において上述した車体速および後輪車輪速との比を1にするためのタイヤ径補正値を求める。その結果、バンク角ごとの補正値が取得されることになる。タイヤ径補正値演算部32は、求めたタイヤ径補正値群をタイヤ径補正値表として記憶装置40に記憶する。補正値表の例を以下に示す。
タイヤ径補正値演算部32は、上述の演算を、タイヤ径補正値表更新部32aにおいて行う。そのために必要な、車体速および後輪車輪速との比は乗算器32cによって演算される。乗算器32cは、速度演算部33によって参照車体速センサ信号および車輪回転速センサ信号から求められた、車体速(前輪車輪速)と後輪車輪速とを受け取り、その比を計算してタイヤ径補正値表更新部32aに送る。
記憶装置40は、少なくとも2つのタイヤ径補正値表を保持する。図8には2つのタイヤ径補正値表、すなわち前回のタイヤ径補正値表40aおよび今回のタイヤ径補正値表40b、が保持されている。少なくとも2つのタイヤ径補正値表を保持する理由は、学習許可条件が満たされないときはそのバンク角におけるタイヤ径補正値が得られないため、以前に求めたそのバンク角におけるタイヤ径補正値を利用するためである。
タイヤ径補正値算出部32bは、現在の姿勢情報(バンク角)を受け取り、そのバンク角におけるタイヤ径補正値を求める。
制御用車輪速度演算部34は、速度演算部33によって求められた後輪車速をそのタイヤ径補正値で除算して、換言すればタイヤ径補正値の逆数を乗じて後輪車速を補正する。
制駆動力制御部35は、補正された後輪車速、および車体速に基づいてスリップ量を演算する。
図9は、安定制御システム110の動作の手順を示す。
ステップS11において速度演算部33は、車輪回転速センサ信号および参照車体速センサ信号を受け取る。そして速度演算部33は、車輪回転速センサ信号から車輪速を取得し、参照車体速センサ信号から参照車体速を取得する。
ステップS12において、乗算器32cは車輪速と参照車体速の比から車輪速比を取得する。ステップS13において、タイヤ径補正値表更新部32aは記憶装置40から前回のタイヤ径補正値表を取得する。またステップS14において、タイヤ径補正値表更新部32aは、姿勢検出ユニット11cから姿勢情報を取得する。
ステップS15においてタイヤ径補正値表更新部32aは学習許可条件を判定する。ステップS16において、その判定結果が「許可」を示す場合には処理はステップS17に進み、「不許可」を示す場合には処理はステップS18に進む。
ステップS17において、タイヤ径補正値表更新部32aは、タイヤ径補正値表のうち、取得した姿勢情報に対応する値を輪速比の値に更新する。更新の対象となるデータは、たとえばタイヤ径補正値表更新部32aの内部レジスタなどのメモリ(図示せず)に保持されている。
ステップS18においてタイヤ径補正値表更新部32aは前回のタイヤ径補正値表を更新せずに維持する。学習許可条件が満たされず、タイヤ径補正値を更新することが適切ではないからである。
ステップS19において、タイヤ径補正値算出部32bは、タイヤ径補正値表のうち、取得した姿勢情報に対応する値を抽出し、タイヤ径補正値として採用する。
ステップS20において、タイヤ径補正値表更新部32aはタイヤ径補正値表を「今回のタイヤ径補正値表」として記憶装置40に格納する。
ステップS21において、制御用車輪速度演算部34は、抽出したタイヤ径補正値で車輪速を補正し、制御用車輪速度を取得する。
ステップS22において、制駆動力制御部35は制御用車輪速度に基づいて制駆動力を制御する。
以上の処理により、学習許可条件が満足された場合、およびされなかった場合の両方において、現在のバンク角に応じた適切なタイヤ径補正値が選択、抽出され、制駆動力の制御に利用される。その結果、より適切なタイミングで、かつトラクション制御システム、ABS等の適切な介入が実現される。たとえば、自動二輪車100がループ橋を回り下りている場合には、車体1が一定のバンク角を有しており、そのバンク角に対応するタイヤ径補正値が取得される。一方、自動二輪車100がバンク角0°で走行している場合には、バンク角0°に対応するタイヤ径補正値が取得される。そして、走行中の自動二輪車100のバンク角に応じて、以前に取得されたタイヤ径補正値が選択および採用されて制御用車輪速度の演算に用いられるため、トラクション制御システム、ABS等の適切な介入が実現される。
なお、図9の各ステップの順序は一例である。たとえばステップS11およびS12の間に、ステップS13およびS14が入ってもよいし、ステップS13およびS14の後にステップS11およびS12が行われてもよい。また、たとえばステップS20の、タイヤ径補正値表を記憶装置40に格納する処理は、ステップS19、S21およびS22とは独立して行うことが可能であるためステップS20の位置は変更可能である。ステップS20は、たとえばステップS17およびS18のそれぞれが終了した都度行われてもよい。
(実施の形態2:タイヤの膨張を考慮したタイヤ径学習)
本実施の形態においては、タイヤ径に影響を与え得る、タイヤの膨張を考慮したタイヤ径学習処理を説明する。
本願発明者らは、実施の形態1による姿勢情報の考慮とは独立して、タイヤ径に影響を与え得る要因を考慮したタイヤ径補正の必要性に気付いた。すなわち、車体速に応じて増加するタイヤの膨張に起因するタイヤ径の変化である。タイヤの膨張は、タイヤの中心から半径方向へ加えられる遠心力の影響で発生する。本願発明者らは、たとえば50km/hで学習したときのタイヤ径補正値と150km/hで学習したときのタイヤ径補正値とを同じにすることが適切であるとは限らない、という知見を得るに至った。
タイヤの膨張を考慮したタイヤ径補正は、自動二輪車100の車速が高い場合には特に必要となる。たとえば、実施の形態1においては、車体速等が一定の範囲内に入ることを学習許可条件として挙げていた。よって車体速がその一定の範囲を超えた場合には、姿勢情報とは独立した基準で学習を行うことが必要である。
なお、タイヤの膨張によるタイヤ径の変化は、静止時によるタイヤプロファイル等によって特定することは困難である。本願発明者らは、速度域に応じた前後輪の車速の関係からタイヤ径補正値を求めることとした。
図10は、タイヤ膨張補正値を利用するタイヤ径学習処理の手順の一例を示す。破線で示された3つの処理が、本実施の形態に関する固有の処理である。
図10の破線部分に示されるように、車体速(前輪車輪速)の値に応じて膨張補正値が取得され、その膨張補正値がタイヤ径学習処理、および膨張補正値を反映する処理に利用されている。
以下、膨張補正値の決定方法を説明する。
図11は、駆動力の影響をなくした状態で滑走したときの車速と、その車速における前後車輪速比のプロット結果を示す。駆動力の影響をなくした状態とは、クラッチをオフしたことを意味する。車速は所定値以上とした。
図11には、プロット結果を最もよく代表する直線Lも示されている。直線Lは、駆動力の影響をなくした状態であっても、速度に応じて前後車輪速比が変化することが分かる。そして、直線Lの傾きが正であることは、車体速に応じてタイヤの膨張の程度が変化し、タイヤ径を変化させていることを示している。
直線Lを例にして、図11を説明する。
車速が0のとき、後輪速/前輪速で表されるタイヤ径補正値はC0である。一方、車速が約100km/hにおいて、駆動力の影響をなくした状態で滑走したときの前後車輪速比は、約C0+0.005と表現できることが分かった。そして、車速が約160km/hにおいて、駆動力の影響をなくした状態で滑走したときの前後車輪速比は、約C0+0.01と表現できることが分かった。
本明細書は、タイヤ径補正値C0が1近傍であることを想定している。本願発明者らが試行した結果によれば、車速が0のときのタイヤ径補正値C0は、0.96から1.00の範囲内の値によく分布した。このように数値が変動する理由は、たとえば走行時に装着していたタイヤの種類が変わったためであると考えられる。本明細書においては、少なくとも上述の0.96から1.00の範囲は1近傍の範疇である。
以上の結果を踏まえ、本願発明者らは、タイヤの膨張の影響により、タイヤ径補正値が約100km/hにおいては0.005増加し、約160km/hにおいては0.01増加した、と結論付けた。そして、直線Lを用いることにより、特定の速度におけるタイヤ膨張補正値(Q)を決定することとした。つまり、たとえば約100km/hにおいてはタイヤ膨張補正値を0.005とし、約160km/hにおいてはタイヤ膨張補正値を0.01として予め決めて保持しておけばよい。
以上の方法により、図10に示す「膨張補正値取得」の処理が実現される。なお、タイヤ膨張補正値は、所定単位の車速ごとに(たとえば時速1km/hの単位ごとに)保持しておけばよい。
次に、図10におけるタイヤ径学習処理を説明する。
本実施の形態においては、0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)を学習の対象とする。タイヤ径補正値(C0)は、ある車速における前後車輪速比から、その車速におけるタイヤ膨張補正値を減算した値として得られる。0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)は、図11における直線Lの切片に相当する。つまり、どの車速で学習を行っても、0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)は同じになると考えられる。なお、複数の車速において取得されたタイヤ径補正値(C0)が相違することも考えられるため、車速に応じて次々と得られるタイヤ径補正値の値を平均した値をタイヤ径補正値(C0)として採用してもよい。
上述のタイヤ径学習処理により、0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)を得ることができる。
次に図10におけるタイヤ径・膨張補正値反映処理を説明する。この処理は、学習して得られた0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)と、現在の車速から特定されるタイヤ膨張補正値(Q)との加算演算である。この加算演算によって得られた値(C0+Q)を、その車速におけるタイヤ径補正値として利用する。
図12は、上述の処理を実行するための本実施の形態による安定制御システム120の制御ブロック図である。図12の制御ブロック図と図8の制御ブロック図との相違点は、図12では、タイヤ径補正値表更新部32aが参照車体速の情報を受け取り、姿勢情報は受け取らないことである。処理の内容に関する両者の相違点は、図12のタイヤ径補正値表更新部32aが、図6の処理に代えて、図10における破線で示される3つの処理を行うことである。すなわちタイヤ径補正値表更新部32aは、タイヤ膨張補正値の取得処理と、0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)の取得処理と、タイヤ径・膨張補正値の反映処理とを行うことである。ただし処理は上述したとおりであるため、その詳細は省略する。
図13は、本実施の形態による安定制御システム120の動作の手順を示す。図6の処理と同じ処理には同じステップ番号を付し説明は省略する。以下ではステップS31からS35を説明する。
まずステップS31においては、車輪速および参照車体速が取得される点に関しては図6の処理と同じである。ここではさらに、参照車体速センサ11aから得られた参照車体速の情報が、タイヤ径補正値表更新部32aにも伝送されている。
図9におけるステップS14は、図13には存在しない。そのため、ステップS32およびS33の学習許可条件の判定には姿勢情報の要素は利用されない。学習許可条件として、たとえば駆動力および制動力の影響が十分ない状態か、車体速が所定の閾値(たとえば20km/h)以上かが判定される。
ステップS34は、タイヤ径補正値表更新部32aは、前後車輪速比から、予め保持している、その車速におけるタイヤ膨張補正値を取得する。そして前後車輪速比から、タイヤ膨張補正値を減算する。タイヤ径補正値表更新部32aは、得られた値を0km/hにおけるタイヤ径補正値(C0)として保持する。
ステップS35において、タイヤ径補正値表更新部32aは、0km/hにおけるタイヤ径補正値と、現在の参照車体速におけるタイヤ膨張補正値を加算して、タイヤ径補正値として採用する。
以上の処理により、車速に応じたタイヤ径の膨張の影響を低減したタイヤ径補正処理が実現される。
なお、本実施の形態においては、タイヤ径補正にあたってタイヤの膨張のみを考慮したが、実施の形態1において説明したとおり、姿勢情報をさらに考慮してもよい。高速走行時には自動二輪車100の車体1がバンクし得るため、バンク角をも考慮してタイヤ径補正値を取得することがより好ましい。
(実施の形態3:電源起動直後にはタイヤ径学習のスピードを上げる)
本実施の形態においては、タイヤ径の学習を行うスピードに関するタイヤ径学習処理を説明する。
具体的に説明すると、いま、ライダーが自動二輪車を起動し、走行を開始した状況を想定する。本実施の形態においては、起動時からの経過時間、または起動時からの走行距離に応じて補正値の学習スピードを変化させる。より具体的には、本実施の形態においては、ライダーが鍵を回して自動二輪車に通電させた時点を起動時(起点)として、その起点からの経過時間が予め定められた閾値以下のとき、またはその起点からの積算走行距離が予め定められた閾値以下のときは、タイヤ径学習の更新ステップ(更新前後の変化量)を大きくする。起動時から比較的早期のうちに学習の更新ステップを大きくすることにより、学習結果を可能な限り早く制御に反映させることが可能になる。この結果、ライダーは自動二輪車100の挙動をより思い通りに把握することができ、制御性がより向上した自動二輪車100の運転を楽しむことが可能になる。
ずま、図14を参照しながら、本実施の形態において実現されるタイヤ径補正値の更新態様を説明する。
図14は、学習結果に応じて更新されたタイヤ径補正値を示す。図中の波形(1)は走行中の前輪車輪回転速と後輪車輪回転速との比を示す。波形(2)は、経時的に更新されるタイヤ径補正値を示す。起動時は直近の電源切断に当たって採用されていた最終値が採用されている。波形(3)は補正値更新条件を示す。
図14から理解されるように、自動二輪車100の電源起動を起点とする一定期間Tの間は、波形(2)として示されるタイヤ径補正値の変化が相対的に大きく、一定期間T経過後は、タイヤ径補正値の変化が相対的に小さい。
この違いは、1回の処理においてタイヤ径補正値の変動が許容される範囲が違うことを意味する。本実施の形態においては、更新前のタイヤ径補正値が前回の値から変化可能な範囲には、一定期間T経過前か後かによって異なる制限が設けられている。一定期間T経過前は変化可能な範囲が相対的に大きく、一定期間T経過後は変化可能な範囲が相対的に小さく制限される。変化可能な範囲という制限を設ける意義は、1回の処理でタイヤ径補正値が急変してしまうことを防止することにある。そのような制限を設けつつも、一定期間Tを経過しているか否かによって、そのタイヤ径補正値の変化の程度に差を設けていることになる。図14の一定期間T経過前の変動幅(X1)は、一定期間T経過後の変動幅(X2)よりも大きく設定されている。
たとえばメモリ等の記憶装置に記憶しているタイヤ径補正値と、現在の車輪速情報から計算した車輪速比とが大きく異なっている例を想定する。学習によって、タイヤ径補正値が現在の車輪速比に追いつくよう更新する必要がある。ただし、1回の処理でタイヤ径補正値が動ける範囲を制限しているので、複数回に分けて更新を行うことになる。このとき、一定期間T経過前は、タイヤ径補正値の変化可能な範囲が相対的に大きくしているため、より早く、すなわちより少ない学習回数で、タイヤ径補正値が現在の車輪速比に追いつく。なお、一定期間T経過後は、タイヤ径補正値の変化可能な範囲が相対的に小さく設定されるが、その時間帯までにはタイヤ径補正値が現在の車輪速比に追い付いている、あるいはタイヤ径補正値が現在の車輪速比に近づいているため、タイヤ径補正値の変化可能な範囲が相対的に小さいことに問題はない。
1回の処理でタイヤ径補正値が変化可能な範囲(学習更新ステップ)の値を変えることで学習が追いつくまでの時間(必要な処理の回数)を変えることが可能になる。これにより、学習のスピードを変えることが可能になる。
タイヤ径補正値の変化の許容幅(ステップ)を大きくすると、タイヤ径補正値を早期に収束させ得る。そのため、適切なスリップ量やスリップ率を早期に求めることが可能となり、適切なタイミングおよび介入量でトラクション制御やABSが動作させることが可能となる。ただし、タイヤ径補正値の変化の許容幅(ステップ)を大きくしすぎると、制御量が急激に変化して乗り心地に悪影響を及ぼす可能性がある。そのため、タイヤ径補正値の変化の許容幅(ステップ)としてX1またはX2という上限を設け、極端に大きくしないようにした。
なお図14には、補正値更新条件が成立しない理由を参考のため吹き出しで示している。
図15は、本実施の形態による安定制御システム130の構成を示すブロック図である。
図15が図7と相違する点は、演算器30内に新たに経過時間演算部36および走行距離演算部37が設けられたこと、および新たにクロック回路45が設けられたことである。そして後述するように、経過時間演算部36および走行距離演算部37から信号を受け取るタイヤ径補正値演算部32の内部構成もまた変更されている。なお、図7には示されていないが、図7の構成にも演算器30であるCPUが動作するためのクロック回路は当然に設けられている。そのクロック回路をクロック回路45としてもよいし、別途設けられたクロック回路をクロック回路45としてもよい。なお、説明の都合上、経過時間演算部36および走行距離演算部37が併設されているが、いずれか一方でもよい。
クロック回路45は、時刻をカウントするためのクロック信号を生成する。本実施の形態において、クロック回路45は自動二輪車100の電源がオンされた時点からクロック信号を生成する。
経過時間演算部36は、クロック回路45から出力されたクロック信号を利用して、経過時間をカウントし保持する。
走行距離演算部37は、自動二輪車100の電源がオンされた時点からの走行距離を演算する。
図16は、安定制御システム130の演算器30に関する制御ブロック図である。図16には、本実施の形態に特に関係のある部分のみを示しており、他の構成は図8の構成を一部簡略化して記載している。
経過時間演算部36は、パルスカウント部36aと、時間カウント部36bとを有している。パルスカウント部36aは、クロック回路45から出力されるクロック信号のパルスをカウントする。時間カウント部36bは、パルスカウント部36aがカウントしたパルス数を、時間に変換する。たとえばクロック回路45がfHzで動作しているとする。パルスカウント部36aがカウントしたパルス数がfになったとき、時間カウント部36bは1秒をカウントする。パルスのカウントは自動二輪車100の電源がオンされた時点から開始されるため、時間カウント部36bがカウントする時間は、自動二輪車100の電源がオンされた時点からの経過時間を意味する。
走行距離演算部37は、パルス信号積算部37aと、走行距離カウント部37bとを有している。パルス信号積算部37aは、後輪からの車輪回転速センサ信号のパルスを受け取って積算(カウント)する。走行距離カウント部37bは、パルス信号積算部37aがカウントしたパルス数を、距離に変換する。たとえば、車輪回転速センサ信号のパルスがタイヤ1回転につきN回発生すると仮定する。パルスカウント部36aはそのパルス数を積算する。パルス数がN・kになったときに、後輪がk回回転したことを意味する。走行距離カウント部37bは、そのとき後輪のタイヤ外周をk倍した値を計算する。この値が、車輪回転速センサ信号のパルスのカウントが開始されてから、つまり走行が開始されてからの距離である。
タイヤ径補正値演算部32は、学習更新ステップ算出部32dを有している。学習更新ステップ算出部32dは、経過時間演算部36からは経過時間の情報を受け取り、走行距離演算部37からは走行距離の情報を受け取る。学習更新ステップ算出部32dは、それらの情報に基づいて、自動二輪車100の電源がオンされた時点からの経過時間が予め定められた時間値以下か、あるいは、走行が開始されてからの距離が予め定められた距離値以下かを判定する。予め定められた時間値以下および/または予め定められた距離値以下の場合(総称して「閾値以下の場合」と記述する。)は、学習更新ステップ算出部32dは、学習更新ステップを変更する。学習更新ステップとは、学習結果(タイヤ径補正値)の収束値に向けて、タイヤ径補正値が変化していく許容幅(ステップ)を意味する。つまり学習更新ステップ算出部32dは、上述の閾値以下の場合にはステップを大きくして学習スピードを速め、閾値以下ではない場合にはステップを小さくして学習スピードを遅くする。後に図17を参照しながら具体的に説明する。
タイヤ径補正値演算部32は、タイヤ径補正値更新部32eを有している。タイヤ径補正値更新部32eの機能は、図8に示すタイヤ径補正値表更新部32aと実質的に同じである。タイヤ径補正値表更新部32aの更新の対象は補正値表であるのに対し、タイヤ径補正値更新部32eの更新の対象は1つの補正値であることが相違する。
図17は、安定制御システム130の動作の手順を示す。本実施の形態では、図17に示される、開始(START)から終了(RETURN)までの処理が一回行われると、学習が1回行われたとする。図9と同じ処理には同じステップ番号を付し説明は省略する。なお、ステップS15およびS20に関しては、より特定的な条件を付しているが、記載から明らかであるため特に説明はしないこととする。
ステップS41において、経過時間演算部36はクロック信号から経過時間を算出し、走行距離演算部37は車輪回転速センサ信号から走行距離を算出する。
ステップS42において、学習更新ステップ算出部32dは、経過時間および/または走行距離が閾値以下か否かを比較する。
ステップS43において、比較結果が閾値以下の場合には処理はステップS44に進み、閾値より大きい場合には処理はステップS45に進む。
ステップS44において、学習更新ステップ算出部32dは、学習更新ステップを設定値2に設定する。一方、ステップS45において、学習更新ステップ算出部32dは学習更新ステップを設定値1に設定する。本実施の形態では、設定値1<設定値2であるとする。このように設定することにより、学習スピードを変化させることが可能になる。
ステップS46において、学習更新ステップ算出部32dは、前回のタイヤ径補正値と乗算器32cから取得した車輪速比の値との差(A)を求め、その差(A)と学習更新ステップ(B)とを比較する。
ステップS47において、比較結果がA≦Bの場合には処理はステップS48に進み、比較結果がA>Bの場合には処理はステップS49に進む。
ステップS48において、タイヤ径補正値更新部32eは取得した車輪速比でタイヤ径補正値を更新する。
一方ステップS49においては、タイヤ径補正値更新部32eはタイヤ径補正値を学習更新ステップの幅以内で取得した車輪速比に近付けて更新する。たとえばタイヤ径補正値更新部32eは、タイヤ径補正値を、最大値である学習更新ステップの幅で車輪速比に近付ける。
以上の処理により、図14に示すような学習(更新)スピードの差を設け、タイヤ径補正値をできるだけ早期に収束させることが可能となる。
なお、上述の説明は、学習更新ステップの幅を上限値としてタイヤ径補正値を更新し、車輪速比に近付ける例を説明した。この学習更新ステップの幅に関しては、最小の幅(下限値)を設けてもよい。この場合、学習更新ステップ算出部32dは、前回のタイヤ径補正値と、乗算器32cから取得した前後車輪速比の値との差(A)を求め、差(A)が上限値と下限値との間(B)に入っていれば、現在の前後車輪速比を新しいタイヤ径補正値として採用する。一方、差(A)が上限値と下限値との間(B)に入っていなければ、学習更新ステップ算出部32dは、タイヤ径補正値を、上限値、または下限値だけ変化させた値を、新たなタイヤ径補正値として採用する。
(実施の形態4:傾斜中にはタイヤ径学習のスピードを下げる)
本実施の形態においては、タイヤ径の学習を行うスピードに関するタイヤ径学習処理を説明する。
いま、ライダーが自動二輪車で走行を行っており、かつ車体がバンクしている状況を想定する。本実施の形態においては、姿勢情報の値に応じて補正値の更新スピードを変化させる。より具体的には、本実施の形態においては、車体がバンクしている間はタイヤ径学習の更新ステップを小さくする。
本実施の形態にかかる安定制御システムの構成は、図7に示すとおりである。ただしその一部であるECU10の構成が、実施の形態1にかかる安定制御システム110の構成(図8)と異なっている。以下、図18を参照しながら本実施の形態にかかる安定制御システムのECU10の構成を説明する。
図18は、本実施の形態にかかるECU10の制御ブロック図である。
図18が図8と相違する点は、演算器30内に新たに学習更新ステップ算出部32dが設けられたこと、およびタイヤ径補正値表更新部32aに代えてタイヤ径補正値更新部32eを設けたことである。
学習更新ステップ算出部32dは、実施の形態3において説明した機能と同じく、設定値を利用して学習スピードを調整する機能を有している。より具体的に説明すると、学習更新ステップ算出部32dは、車体の姿勢情報を受け取り、姿勢情報の値に応じて補正値の更新スピードを変化させる。本実施の形態においては、自動二輪車100の車体1が傾斜して走行している間は、学習更新ステップ算出部32dは学習スピードを遅くするような設定値を用いる。一方、自動二輪車100の車体1が傾斜せずに走行している間は、学習更新ステップ算出部32dは学習スピードを上げる、一例として、車体1が傾斜している状態とは、たとえばバンク角が±10°の範囲外である状態を意味し、車体1が傾斜していない状態とは、たとえばバンク角が±10°の範囲内である状態を意味する。車体が直立に近い状態で走行している期間中は学習の精度を元々高くしやすい状況だからである。
なお、本実施の形態による安定制御システムの動作の手順を示すフローチャートは、一部において相違する点を除いては、図17に示されるフローチャートと同じである。相違点とは、図17には経過時間および走行距離の算出および比較に関連する処理(ステップS42〜S45)が含まれているが、本実施の形態にはそれらは必要ない。それらの処理に代えて、学習更新ステップ算出部32dが、姿勢検出ユニット11cから車体1の姿勢情報を取得する処理、その姿勢情報の値、すなわちバンク角の大きさに応じて学習更新ステップを算出する処理が含まれればよい。
以上の処理により、傾斜中はタイヤ学習のスピードを下げて、精度が確保しにくい状況下での学習を抑えることとした。これにより、傾斜中も学習を行い、その学習値が直立走行時にも適用されてしまう可能性を低減できる。
(実施の形態5:直立時にタイヤ径学習を行う)
実施の形態4においては、車体がバンクしている間はタイヤ径学習のスピードを下げる例を説明した。実施の形態4とは異なり、バンクしている間はタイヤ径学習を行わないという学習スケジュールも考えられる。換言すれば、自動二輪車が概ね直立して走行している期間中にのみ、タイヤ径学習を行うという学習スケジュールも考えられる。本実施の形態において、「概ね直立して」とは、たとえばバンク角が±10°の範囲内である状態を意味する。
本実施の形態による処理は、実施の形態4にかかる図18に示される学習更新ステップ算出部32dが、姿勢検出ユニット11cから車体1の姿勢情報を取得し、その姿勢情報から、バンク角の大きさが±10°の範囲内であると判定された場合にのみ、学習更新ステップを算出する設定値を利用し、その範囲を超える場合には学習更新ステップが0となるような設定値を利用する処理が含まれればよい。
図19(a)〜(c)は、本実施の形態による、参照車体速と、バンク角(傾斜角)と、取得される補正値の時系列の関係を示す。(a)は参照車体速(前輪車輪速)を示し、(b)は傾斜角を示し、(c)は取得された補正値を示す。この例における学習許可条件は、概ね直立状態で、後輪車輪速および参照車体速が閾値以上で、かつ車輪速と参照車体速の変化量が予め定められた値よりも小さい、である。タイヤ径補正値は、参照車体速と駆動力の関数として求めた値で車輪速比を修正した。
図19(c)には、実線と一点鎖線の2つの補正値が示されている。このうち実線が姿勢情報を利用して概ね直立していることを判定して学習したタイヤ径補正値であり、一点鎖線が姿勢情報を利用せずに他の条件だけで判定して学習した補正値である。
図19(b)および(c)からは、姿勢センサの情報(バンク角)で概ね直立しているか否かを判定することで、誤学習していないことを読み取ることができる。実線で示される補正値は、図19(b)に示されるバンク角が変化している期間中は補正値が変化していない。これはタイヤ径学習が行われていないことを意味している。なお、時刻が0の時点で、補正値が若干高い値を示している。これは、前回学習していた補正値が維持されたためである。その後、補正値は徐々に低下し、一定の値を示すようになる。この一定の値は、タイヤ交換された状態に対応させるための補正値である。
一方、図19(c)において一点鎖線で示される補正値は、図19(b)に示されるバンク角が変化している期間中も変化している。すなわちタイヤ径学習が行われていることが分かる。たとえば期間Dに着目する。期間Dは一定の車速で傾斜したまま走行している期間である。図19(c)において一点鎖線で示される学習結果は姿勢情報を利用しないため、傾斜しているにもかかわらず学習条件が成立したと判定されて学習が行われ、補正値がそれまでの値からより高い値へ変化している。これは本来学習すべきではない状況で行われた学習、すなわち誤学習である。
上述のとおり、本実施の形態においては、姿勢情報を利用して、概ね直立している状態のタイヤ径補正値を算出して記憶する。姿勢情報を利用せずにタイヤ径を学習する場合と比較して、適切なタイヤ径補正値を取得することができるため、トラクション制御、ABS等を介入させるか否かを判断する際に適切なスリップ量、またはスリップ率を算出することができる。
なお、上述の説明における「誤学習」という語は、本実施の形態における学習条件が成立していないことを意味しているに過ぎない。本実施の形態における学習条件の成否と、一般的な学習を行う条件としての適否とが一致するかどうかは特に問題としていない。たとえば、本実施の形態における学習条件が成立していない場合であっても、たとえば実施の形態1において説明したように、バンク角ごとにタイヤ径学習を行う処理は想定され得る。
(実施の形態6:学習許可条件のバリエーション)
本実施の形態では、学習許可条件に関する変形例を説明する。具体的には、制駆動力が閾値以下のとき、車輪速および/または参照車体速の変化量が閾値以下のとき、または車輪速および/または参照車体速が閾値の範囲内のときに学習を行う。
図20は、本実施の形態による安定制御システム160の構成を示すブロック図である。
図20が図7と相違する点は、新たにセンサ群60が設けられたこと、演算器30内に新たに制駆動力演算部38および変化量演算部39とが設けられたことである。
センサ群60は、複数のセンサを含む。本実施の形態においては、ブレーキ圧センサ60a、アクセル開度センサ60b、およびエンジン回転センサ60cを例示する。ブレーキ圧センサ60aはブレーキ圧を検出するセンサである。アクセル開度センサ60bはアクセルの開度を検出するセンサである。エンジン回転センサ60cはエンジンの回転数を検出するセンサである。センサ群60に含まれ得るセンサはこれらに限られない。
制駆動力演算部38および変化量演算部39については、図21を参照しながら説明する。
図21は、安定制御システム160の制御ブロック図である。
制駆動力演算部38は、ブレーキ圧センサ60a、アクセル開度センサ60b、およびエンジン回転センサ60cから、それぞれブレーキ圧、アクセル開度、およびエンジン回転数の情報を取得する。そして制駆動力演算部38は、それらの信号に基づいて現在車体に加えられている制動力、および駆動力を演算する。
演算によって求められた制動力を示す値は、たとえば、
Fb=2μ×P×A×r/R
と表すことができる。各記号の意味は以下のとおりである。
Fb:制動力
μ:ブレーキパッドとディスク間の摩擦係数
P:液圧
A:ブレーキキャリパシリンダ面積
r:ブレーキ有効径
R:タイヤ径
なお、摩擦係数μは厳密には温度などに依存するが、代表値を採用すれば上式により推定制動力を算出することが可能である。
また、演算によって求められた駆動力を示す値は、たとえば、
Fd=T×K/R
と表すことができる。各記号の意味は以下のとおりである。
Fd:駆動力
T:(推定)トルク
K:エンジンから駆動輪までの駆動伝達系の総減速比
R:タイヤ径
トルクTは、アクセル開度とエンジン回転数から、予め用意されたトルクマップを参照することによって求めることができる。トルクマップはエンジンの性能測定結果などから作成され、アクセル開度とエンジン回転数などの関数とされるのが一般的である。ただし、吸気圧の関数として表されてもよいし、さらに大気圧や吸気温・ギアによるロスなどの補正が行われる場合もあり得る。
変化量演算部39は、後輪速および/または参照車体速の変化量を求める。変化量演算部39は、たとえば0.1秒前の後輪速と現在の後輪速との差分を計算する。または変化量演算部39は、たとえば0.1秒前の参照車体速と現在の参照車体速との差分を計算する。
学習許可条件判定部31は、タイヤ径の学習を許可する条件が満たされているか否かを判定し、満たされている場合にはタイヤ径補正値演算部32に通知する。本実施の形態におけるタイヤ径の学習を許可する条件とは、たとえば以下のとおりである。
・制駆動力が予め定められた値以下である。
・車輪速および/または参照車体速の変化量が予め定められた値以下である。
・車輪速および/または参照車体速が予め定められた範囲内である。
・ステアリング角(舵角)が予め定められた範囲内である。
なお、舵角に関しては、たとえばステアリング角センサを設け、そのセンサの出力信号に基づいて判断すればよい。
上述のような物理量に基づいて、タイヤ径の学習を許可する条件を設定することにより、タイヤ径を行う適切な条件をより柔軟に決定することができる。これにより、必要な条件の下でタイヤ径補正値の精度を向上させることが可能となる。
なお、変化量演算部39は、差分の計算に加え、他の処理を行ってもよい。たとえば変化量演算部39は、計算した差分値に1次ローパスフィルタなどのフィルタ処理を行ってもよい。あるいは、速度演算部33が後輪車輪速および/または車体速(前輪車輪速)にフィルタ処理を行い、その後の信号を利用して、変化量演算部39が差分を計算してもよい。
(実施の形態7:タイヤ径補正値の求め方に関するバリエーション)
本実施の形態においては、車輪速比と走行状況を表す値の関数でタイヤ径補正値を算出するバリエーションを説明する。その関数とは、たとえば制駆動力の関数、車輪速および/または参照車体速の変化量の関数、車輪速および/または参照車体速の関数、および姿勢情報の値の関数である。
図22は、本実施の形態による安定制御システム170の構成を示すブロック図である。
安定制御システム170の構成は、以下の相違点を除いては、実施の形態6にかかる安定制御システム160の構成と同じである。すなわち相違点は、学習許可条件判定部31が姿勢情報のみを受け取って学習許可条件を判定すること、および、タイヤ径補正値演算部32が受け取る情報の種類が変わったことである。後者について具体的には、タイヤ径補正値演算部32は、制駆動力制御部35から出力される制駆動力をそれぞれ示す値、姿勢検出ユニット11cから出力される姿勢情報、変化量演算部39から出力される速度に関する後輪速および/または参照車体速の変化量に関する情報を受け取る。
図23は、安定制御システム170の制御ブロック図である。タイヤ径補正値演算部32は関数演算部32fを有している。図23には、本実施の形態に特に関係のある部分のみを示しており、他の構成は図8の構成を一部簡略化して記載している。
関数演算部32fは、制駆動力制御部35から出力される制駆動力をそれぞれ示す値、姿勢検出ユニット11cから出力される姿勢情報、変化量演算部39から出力される速度に関する後輪速および/または参照車体速の変化量に関する情報を受け取る。関数演算部32fは、所定の関数を保持しており、それらを用いてタイヤ径補正値を算出することができる。
所定の関数の例を以下に示す。
(a)走行中の前輪回転速/後輪回転速と、制動力および/または駆動力との関数
(b)走行中の前輪回転速/後輪回転速と、前輪および/または後輪の回転速との関数
(c)走行中の前輪回転速/後輪回転速と、前輪および/または後輪の回転速の変化量との関数
(d)走行中の前輪回転速/後輪回転速と、加速度センサ22が示す前後方向加速度との関数
上記関数(a)は、制駆動力によるスリップで誤った補正値を設定してしまうことを防ぐために条件を組み合わせたことに対し、さらに制駆動力の関数を用いることでタイヤ径補正値を修正する。制駆動力が作用している状態でも補正値を設定し、修正するため、制駆動力の影響による補正値の不定性を小さく抑えることができる。
上記関数(b)は、タイヤの膨張の影響を抑えることに関して有効である。すなわち前輪回転速および後輪回転速の差や比を用いてタイヤ径補正値を設定すると、タイヤは回転速などに応じて膨張するため、タイヤ径補正値に影響を与える。そのため、前輪および/または後輪の回転速に関する関数を用いてタイヤ径補正値を修正する。その結果、タイヤの膨張の影響によるタイヤ径補正値の不定性を小さく抑えることができる。
上記関数(c)は、前輪および/または後輪の回転速の変化量に関する関数を用いることでタイヤ径補正値を修正する。加速および/または減速の状態でもタイヤ径補正値を設定し、修正するため、加減速の影響によるタイヤ径補正値の不定性を小さく抑えることができる。
上記関数(d)は、自動二輪車100に搭載された加速度センサ22が示す前後方向加速度に関する関数を用いることでタイヤ径補正値を修正する。加速および/または減速の状態でもタイヤ径補正値を設定し、修正するため、加減速の影響による補正値の不定性を小さく抑えることができる。
上述した関数の適用に当たっては、これまで説明したと同様の走行条件を設定できる。つまり、制動力および/または駆動力が予め定められた範囲内であること、前輪および/または後輪の回転速が予め定められた範囲内であること、前輪および/または後輪の回転速の変化量が予め定められた範囲内であること、前後方向加速度が予め定められた範囲内であること、を走行条件として設定することが可能である。
なお、上述した関数(a)および(b)の具体例として、次に説明する実施の形態8の説明で言及する図面が挙げられる。たとえば関数(a)の具体例として、図34および35に示される直線が挙げられる。また、関数(b)の具体例としては、図31および32がに示される直線が挙げられる。
一方、関数(c)について、本願発明者らは、ほぼ直線で近似できることを確認した。関数(c)は関数(a)の具体例と近似するため、関数(c)のみに関する具体例の例示は省略する。本願発明者らが確認した結果、関数(a)と(c)とを比較すると、関数(a)の方法の方が線形性がよいことが分かった。そのため、関数(a)の方が近似する値の精度が高いと考えられる。
関数(d)については、本願発明者らは、関数(a)および(c)と類似の傾向となると考えている。前後加速度は制動力/駆動力や車輪速の変化量と相関が強い物理量だからである。関数(d)もまた、関数(a)および(c)の具体例と近似するため、関数(d)のみに関する具体例の例示は省略する。
以上、タイヤ径補正に関する実施の形態1〜7を説明した。上述した実施の形態1〜7の各タイヤ径学習処理を2つ以上組み合わせてタイヤ径学習を行ってもよい。ただし、実施の形態4にかかるタイヤ径学習と、実施の形態5にかかるタイヤ径学習とを組み合わせる必要はないため、それらについてはいずれかを択一的に採用すればよい。
(実施の形態8:リーン補正)
実施の形態8は、図4において言及した、車体1がバンクすることによって発生する見かけのスリップ(リーン成分)の推定およびリーン成分の除去に関するリーン補正を説明する。
まず、リーン補正の必要性を詳細に説明する。
自動二輪車の制駆動力を制御し、タイヤのスリップを最適な状態にするための技術が多く開発されている。 タイヤが効果的なグリップ性能を発揮するためにはある程度のスリップが必要であり、概ね5〜20%程度のスリップ率で最大のグリップ性能が発揮されることが知られている。適切なスリップ率はタイヤ性能や路面状況に依存して決定される。
タイヤのグリップ性能を発揮するための最適なスリップ率の目標値はこの範囲内で設定されることが望ましい。スリップ率の取得方法は、前輪・後輪それぞれの回転速度とそれぞれのタイヤの有効径(設計値)から算出する方法が一般的であるが、走行中のタイヤは固定的な有効径とは異なるタイヤ径で接地する。そのため、走行中に算出されるスリップには、実際のスリップの他に、タイヤ径の設計値からのずれによって発生する、スリップのように見える成分、すなわち見かけのスリップが含まれている。タイヤの設計値からのずれは、たとえばタイヤ交換、タイヤの摩耗、膨張、変形、車体の傾斜(バンク)による接地点の変化などによって生じる。
トラクション制御システムやABSを適切に介入させるためには正確なスリップ率を求める必要がある。見かけのスリップは、正確なスリップ率を求める際の障害となり得る。そのため見かけのスリップは除去して扱わなければならない。上述した実施の形態1〜7では、走行条件が満たされたときにおける走行状態に基づいて、見かけのスリップを発生させる要因であるずれたタイヤ径を補正する技術を説明した。
車体の傾斜(バンク)による接地点の変化はリーン成分を発生させる。
図24は、車体がバンクしたときのタイヤが地面と接する接地点Aを示す。タイヤ径の設計値は、未使用のタイヤを円と見たときの円の中心軸から最外周点Bまでの、一点鎖線に沿った方向の長さとして与えられる。一方、走行中のタイヤ径は、円の中心軸から接地点Aまでの、一点鎖線に平行な線分の長さとして与えられる。そのずれ量Pがタイヤ径の設計値からのずれに相当する。ずれ量Pは、誤った車体速、前輪回転速および/または後輪回転速を与える要因となり、見かけのスリップ、すなわちリーン成分としてスリップ率の演算に影響を与える。
走行中のタイヤ有効径は状況によって刻々と変化し、また、タイヤには絶えず制動力や駆動力がかけられ相応のスリップをしているため、実際のところは見かけのスリップを切り分けることは困難である。そのため、見かけのスリップを含めた量として目標スリップの設定・評価する方法が必要とされている。
しかしながら、設定された目標値とグリップ性能を発揮するために必要な理論的スリップとを比較することは困難である。そのため、開発したタイヤスリップ制御装置がタイヤのグリップ性能を効果的に発揮するように設計されているかを理論的に検証することができなくなってしまう。
そこで、最適なタイヤスリップ制御装置を開発するにあたって、タイヤのグリップ性能を効果的に発揮できるように設計するためには、計測されたスリップデータから見かけのスリップがいくら含まれているかを切り分ける必要がある。
上述のとおり、これまでの実施の形態においては、実際の走行中にずれたタイヤ径を補正して見かけのスリップの影響を低減させる技術を説明した。以下の実施の形態においては、自動二輪車100の車体のバンクに起因して発生するリーン成分を、自動二輪車100のメーカーが見積もるための技術を説明する。リーン成分を見積もることにより、メーカーは、走行条件にかかわらず自動二輪車100のトラクション制御システムやABSなどの安定制御システムを可能な限り適切に動作させることが可能になる。
なお、リーン成分を見積もる技術として、タイヤのプロファイル形状(横方向半径)からリーン成分を求める技術が考案されている(たとえば特許文献2)。プロファイル形状は動的な値(走行中の形状)と、静的な値(停止中の形状)とで異なることが分かっている。静的な値でリーン成分の補正を行っても、実際のデータには依然見かけのスリップが含まれることがあり、あるいは過剰な補正が行われてしまうことがある。したがって、プロファイル形状は実際の走行データから動的な値を計測して求めることがより好ましい。
しかしながら、走行中の計測データには、ライダーがコントロールできる走行状態でもリーン成分以外の見かけスリップや実際のスリップが含まれる。そのため動的なプロファイル形状を計測するのは困難である。
図25は、走行中に含まれ得るスリップ(a)〜(e)を示す。
スリップ(a)は、タイヤ回転の遠心力によるタイヤの変形の影響による見かけのスリップである。実施の形態2において説明した通り、車輪回転の遠心力により、タイヤが膨張し得る。なお本実施の形態においては、タイヤの膨張による見かけのスリップを例示しているが、これに限られない。
スリップ(b)は、純粋なタイヤの形状の影響から生じる見かけのスリップである。純粋なタイヤの形状とは、タイヤの断面形状(タイヤプロファイル)で表される静的な(固定的な)値である。
スリップ(c)は、タイヤ静的な形状以外の様々な要因で発生する見かけのスリップである。荷重移動に伴うタイヤの潰れ、変形などの動的な要因で生じる見かけのスリップである。このタイヤ変形は、タイヤプロファイルとは異なり、動的な値である。
スリップ(d)は、ライダーが許容できるスリップであり、グリップを発揮するために必要とされる。なお、スリップ量の許容値は、ライダーによって変更され得る。たとえば自動二輪車100のトラクション制御、ABS制御に関する動作モードを複数段階に切り替えることが可能である場合には、各動作モードに応じてスリップ量の許容値は変更され得る。
スリップ(e)は、ライダーが許容できないスリップである。このスリップは、タイヤがグリップを失って滑ることを意味する。安定制御システムは、スリップ(e)の発生を防ぐために利用され得る。ライダーに許容されるスリップと許容されないスリップとを適切に認識しなければ、安定制御システムを適切に介入させることができないことは明らかである。
上述のスリップ(a)、(b)および(c)が見かけのスリップに分類され、実際に生じているスリップではない。スリップ率を求める際には、これらのスリップ(a)、(b)および(c)を除去する必要がある。
スリップ(a)については、公知の方法、あるいは、たとえば上述の実施の形態2の方法により、除去可能である。
一方、スリップ(b)および(c)は、車体のバンクによって生じる見かけのスリップ、つまりリーン成分である。上述した特許文献2では、スリップ(b)を求めるに留まっており、スリップ(c)を求めてはいなかった。
図26は、静止状態のタイヤの断面形状を測定したデータのプロット図である。各点は測定点を示す。各点を結ぶ曲線は、断面形状を円形状とみなし補完した線を示す。内側の曲線が前輪タイヤの静止断面形状を示し、外側の曲線が後輪タイヤの静止断面形状を示す。
図27は、本願発明者らが計測した、静的な断面形状と動的な断面形状との差を示している。実線は、走行データから取得した前後タイヤの有効径の変化率の比を示す。破線は、静止状態で計測した断面形状から取得した前後タイヤの有効径の変化率の比を示す。
実線と破線とが一致しないため、走行中は、静的な断面形状の他に、前後タイヤの有効径の変化率の比に影響を与える要因が加わると考えられる。その要因とは、たとえばタイヤの変形が考えられる。そのため、本願発明者らは、静的な断面形状のみを示すタイヤの図面の値ではなく、走行データからリーン成分を抽出することが適切であるとの結論に至った。
そこで本実施の形態においては、実際の走行データから、リーン成分による見かけスリップのみを分離・抽出し、プロファイル形状の動的な値を求める手法を説明する。
まず、本実施の形態に関する自動二輪車100の構成を説明する。本実施の形態にかかるリーン補正は、自動二輪車100のメーカーが開発段階で行う処理である。図2に示す自動二輪車100は、開発終了後の完成された製品であるとして説明していた。しかしながら、リーン補正に関する実施の形態においては、説明の便宜上、自動二輪車100は開発段階の試験車両であるとして説明する。
図28は、本実施の形態にかかる自動二輪車100の計測データ取得システム180の構成を示すブロック図である。計測データ取得システム180の構成は、図7に記載の安定制御システム110の構成と類似する。同じ機能を有する構成要素には同じ参照符号を付し、説明は省略する。
計測データ取得システム180には、安定制御システム110における安定制御のための構成、たとえば制御用車輪速度演算部34、制駆動力制御部35は含まれていない。一方、計測データ取得システム180の記憶装置40には、計測結果である計測データ55が格納され、自動二輪車100の開発に活用される。
図29は、本実施の形態によるリーン補正のための手順を示す。
まずステップS51において、ライダーが車体1を直立させた状態で駆動力をかけずに自動二輪車100を走行させる。「駆動力をかけずに」とは、クラッチOFFで滑走することを意味する。この滑走中の参照車体速と前後輪の車輪速との関係を取得する。参照車体速を前輪の車輪速とした場合は、後輪の車輪速が取得されればよい。このとき取得される参照車体速と車輪回転速との関係には、実施の形態2において説明したように、車輪の膨張による影響が含まれている。
次に、ステップS52において、ライダーが車体1を直立させた状態で駆動力をかけて自動二輪車100を走行させる。ただし、急な加減速はしない。このときタイヤ径補正値演算部32は、ステップS51で求めた膨張による影響を排除するため、あらかじめタイヤ径補正を行っておく。その上で駆動力と前後輪との関係を見る。これにより、ライダーにとって許容可能なスリップが発生しているときの駆動力と前後輪との関係を取得できる。
ステップS53において、ライダーが車体1を傾斜させた状態も含めて自動二輪車100を走行させる。ただし、この場合も急な加減速はしない。このときタイヤ径補正値演算部32は、ステップS51で求めた膨張による影響を排除するため、あらかじめタイヤ径補正を行っておく。さらにタイヤ径補正値演算部32は、ステップS52で求めた駆動力の影響に関するタイヤ径補正を行っておく。その上でバンク角と前後輪の関係を見る。これにより、車体1がバンクしている際の影響、すなわちリーン成分の影響を得ることができる。
上述のステップS51〜S53のそれぞれを、以下、詳細に説明する。
図30は、図29のステップS51に関連するスリップ成分の切り分けを示す。走行条件は、ライダーが車体1を直立させた状態で駆動力をかけずに自動二輪車100を走行させる、である。車体1を直立させることにより、リーン成分(b)および(c)は発生しない。さらに、駆動力をかけないため、グリップを発揮するためのスリップ(d)も発生しない。もちろん、スリップ(e)も発生していない。そのため、ステップS51によって取得される参照車体速と車輪速との関係には、スリップ(a)による影響、すなわち膨張特性のみが含まれることになる。
図31は、膨張特性に関する計測データを示す。縦軸は前後輪速比を示し、横軸は前輪車速を示す。図32は、図31の計測データをより簡易化したグラフを示す。理解の容易のため、図32に示すデータの縦軸や横軸のスケールは、図31に示すそれらから変更されている。いずれの図面も、縦軸は後輪の車輪速/参照車体速を示し、横軸は参照車体速を示す。各点は、各試行によって計測されたデータを示す。直線は、各点を最もよく代表する近似線を示す。
前後輪速比は一定ではなく、車速によって変化している。これはタイヤが膨張したためと考えられる。参照車体速に応じた、後輪の車輪速/参照車体速の関係を予め把握しておくことにより、タイヤの膨張の影響を補正によって排除できる。具体的には、実施の形態2において説明したとおりである。具体的には、図13のステップS35と同じ方法により、タイヤの膨張補正値を利用してタイヤ径を補正することができる。この処理は、演算器30が行う。
図33は、図29のステップS52に関連するスリップ成分の切り分けを示す。走行条件は、ライダーが車体1を直立させた状態で駆動力をかけて自動二輪車100を走行させる、である。まず、ステップS51によって得られたスリップ成分(a)は、補正されており存在しない。そして、車体1を直立させることにより、リーン成分(b)および(c)は発生しない。一方、駆動力をかけているため、グリップを発揮するためのスリップ(d)のみが発生していると言える。
図34は、駆動力をかけた走行時の走行特性に関する計測データを示す。縦軸は、膨張補正を行った後の前後輪速比を示し、横軸は後輪駆動力の大きさを示す。各点は、各試行によって計測されたデータを示す。直線は、各点を最もよく代表する近似線を示す。図35は、図34の計測データをより簡易化したグラフを示す。理解の容易のため、図35に示すデータの縦軸や横軸のスケールは、図34に示すそれらのスケールから変更されている。
駆動力をかけることによって前後輪の車輪回転速の関係が変わる。つまりスリップが発生する。このスリップは、グリップを発揮するために必要なスリップであると考えられる。駆動力の大きさによって、どの程度潜在的なスリップが発生するか、という関係を予め把握しておくことにより、駆動力をかけることによって発生するスリップの影響を補正によって排除できる。
なお、自動二輪車100が、スリップ量の許容値が異なる複数の動作モードを備えている場合には、複数の動作モードの各々に関して前後輪の車輪回転速の関係を取得してもよい。たとえばサーキットおよび市街地の両方を走行可能なモデルとして自動二輪車100の開発が行われる場合には、動作モードとして、晴天時のレース向けのレーシングモード、雨天時のレース向けの雨天モード、市街地向けの市街地モードなどを設定することが可能である。レーシングモード、雨天モード、市街地モードの各々には、異なる許容可能なスリップ量が設定され得る。また、トラクション制御、ABSの介入の強弱に応じても、異なるスリップ量の許容値が設定され得る。そのような許容値を決定するために複数の走行モードの各々に関して、異なる駆動力を作用させた場合の前後輪の車輪回転速の関係を取得することは有用である。
図36は、図29のステップS53に関連するスリップ成分の切り分けを示す。走行条件は、ライダーが車体1を傾斜させた状態も含めて自動二輪車100を走行させる、である。上述のとおり、スリップ成分(a)は補正によって存在しない。さらにスリップ成分(d)に関しては、後輪駆動力に応じて特定される車輪速/参照車体速の影響を排除すればよい。これにより、走行時の車体1のバンクによって発生するスリップ、すなわちリーン成分のみを特定できる。
図37は、車体1を傾斜させた状態を含む走行時の走行特性に関する計測データを示す。縦軸は、駆動力をかけた際のスリップを補正した後の(前後輪速比−1)の値を示し、横軸はバンク角の大きさを示す。各点は、各試行によって計測されたデータを示す。曲線は、各点を最もよく代表する近似線を示す。図38は、図37の計測データをより簡易化したグラフを示す。図38では縦軸を「車体傾斜による前後輪の有効径の変化率の比」と表現しているが、この表現は図37の縦軸と実質的に同じである。
たとえば図38によれば、車体1をバンクさせて走行することにより、タイヤ有効径に変化が生じていることが分かる。この関係は、車体1のバンクの影響のみを反映すると考えられる。つまり、このデータはリーン補正のために利用できる。バンク角に応じた前後輪のタイヤ有効径の変化は、前後輪速に影響を与えるからである。
図36におけるスリップ成分(d)に関して付言する。
本願発明者らは、膨張・駆動力補正後の前後輪車速比の値Kが、自動二輪車100走行中の動的なプロファイル形状に対応する値K1と、駆動力の補正をしても残存する値K2との和によって表されることを確認した。値K1がリーン補正のために利用可能な値である。値K2は駆動力Fの関数である。計測によって得られた膨張・駆動力補正後の前後輪車速比の値Kから、値K1を求めるためには、値K2を可能な限り0にする必要がある。つまり、駆動力を0に近付けることが必要である。
図39(a)および(b)は、前後輪の有効径の変化率を計測した結果を示す。これまでは、前輪車輪速を参照車体速としていた。この例では、GPSを用いて参照車体速を取得した。そして、バンク角に応じた前輪と後輪のそれぞれについて、有効径の変化率を計測した。前輪車輪速に代えて、GPSなどで参照車体速を算出して前後それぞれの有効径の変化率を算出する方が精度は向上する。したがって、これらの計測データから、前後輪に関する有効径の変化率の比を求めると、前輪車輪速を車体速として算出した図38のグラフよりも、より正確な有効径の変化率の比が得られると考えられる。
いま、前後それぞれの有効径の変化率を算出するために、GPSなどで参照車体速を取得する方法を方法(A)とし、前輪車輪速を参照車体速として取得する方法を方法(B)と表記する。方法(A)は、方法(B)と比較してGPSによる車体速という情報が多く取得できる。さらに、GPSによる車体速と前輪車輪速との関係、およびGPS車体速と後輪車輪速との関係が独立して得られる。そのため、前後輪それぞれの有効径の変化率(図39の(a)および(b))が独立に得られる。方法(B)であれば、GPSによる車体速に関する情報量で劣り、前後輪の有効径の変化率が独立に得られない。よって、方法(A)の方が、方法(B)よりも精度の点で好ましいと言える。
なお、上述の値K2は、駆動力の補正をしても残存する値である。したがって、値K2を計算するためには、駆動輪である後輪の有効径の変化率(図39の(b))の情報が必要となる。このとき、上述のように、方法(B)では駆動力Fを0に近付ける必要があったが、方法(A)ではFを0に近付ける必要がない。この観点においても、方法(A)の方が、方法(B)よりも精度が高いと言える。
バンク角に応じた前後タイヤの有効径の変化率の比を表す情報が、リーン補正のための数表として用いられる。この数表は、図4のステップS3におけるリーン成分推定処理に利用される。具体的には、自動二輪車100の走行時においてバンク角の情報を取得すると、この数表を参照して、バンク角に対応する前後タイヤの有効径の変化率の比を特定することができる。その比を前提としてスリップ率を補正することにより、トラクション制御システムやABSなどの安定制御システムをより正確に介入させることが可能となる。このスリップ率の補正を、リーン補正と呼ぶ。
リーン成分の算出式は、見かけスリップ率がPf/Pr−1と表される。Pf/Pr−1の値は図37、38の縦軸に相当する。そして、見かけスリップ量は(Pf/Pr−1)・Vfと表される。
図40(a)〜(c)は、制駆動力制御でのスリップ量のリーン補正の実施結果を示す。いずれも横軸は時間である。縦軸は以下のとおりである。(a)の実線は後輪速度であり、破線は前輪速度である。(b)は車体のバンク角を示す。(c)の実線は補正前スリップ量を示し、短破線はリーン成分を示す。さらに長破線は補正後のスリップ量を示す。
(実施の形態9:タイヤ径学習+リーン補正)
図4に示されるように、実施の形態1〜7において説明したタイヤ径補正処理と、実施の形態8において説明したリーン補正処理は、同じ自動二輪車100において行うことが可能である。
たとえば図7に示す実施の形態1にかかる安定制御システム110を例に説明する。記憶装置40に、リーン補正のためのバンク角に応じた前後タイヤの有効径の変化率の比を表す情報を保持しておく。制駆動力制御部35がスリップ率を算出した後、記憶装置40からその情報を読み出してリーン補正を実行すればよい。制駆動力制御部35が記憶装置40の記憶内容を参照できる信号線を追加すれば足りる。他の実施の形態にかかる安定制御システムに関しても同様である。
以上、本発明の実施の形態を説明した。
上述の実施の形態の説明においては、車体の傾斜を示す物理量としてバンク角を用いた処理例を説明した。しかしながら、車体の傾斜を示す物理量としてのバンク角は一例であり、たとえば他にヨー角速度や横方向加速度を用いることも可能である。自動二輪車の特性から、車体が傾斜していれば傾斜状態にあると考えられる。これはつまり、ヨー角速度成分が発生することを意味する。よってヨー角速度は車体の傾斜を示す物理量ということができる。あるいは、車体が傾斜状態にあれば重力の成分が横方向の加速度として検出できたり、旋回状態にあれば横方向の加速度が発生すると考えられる。そのため、横方向の加速度もまた、車体の傾斜を示す物理量ということができる。なお、ヨー角速度や横方向の加速度は、直接センサ値から得られる物理量であり、バンク角を算出するための演算が省略できる利点がある。また、少なくとも車体が直立状態にあるか否かの判定は可能であるため、たとえば実施の形態5の処理にはより好適である。
また、タイヤ径補正値の学習のタイミングとして、車体速が予め定められた範囲内であるという条件と、車両に加えられる制動力および駆動力が予め定められた値以下という条件のいずれか一方が満足されたときに行ってもよい。
上述の各実施の形態に関連して説明した処理は、コンピュータによって実行されるソフトウェア(コンピュータプログラム)として実現され得る。たとえば図5や図6などの各ブロックは、コンピュータプログラムのサブ・ルーチンとして実現され得る。また図9などのフローチャートは、そのようなサブ・ルーチンを含む、コンピュータプログラムのメイン・ルーチンとして実現され得る。そのようなコンピュータプログラムは記憶装置40に格納され、自動二輪車100の電源オンに応じて記憶装置40から読み出されてRAM(図示せず)に展開される。そしてECU10の演算器(CPU)30によって順次実行される。また、そのようなコンピュータプログラムは、CD−ROM等の記録媒体に記録されて製品として市場に流通され、または、インターネット等の電気通信回線を通じて伝送され得る。