以下に、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。本発明の実施形態においては、制御対象の車両の例として自動二輪車を示す。本実施形態において、「トラクション制御」とは、駆動輪がスピンした場合に駆動力源の出力を低減してスピンを抑制または防止する制御をいう。
(自動二輪車と制御装置の構成)
図1は、本発明の実施形態に係る自動二輪車の全体構造を示す模式図である。図2は、本発明の実施形態に係る自動二輪車の要部のブロック図である。自動二輪車1は、駆動力源であるエンジンユニット11(内燃機関)と、駆動輪である後輪12と、従輪である前輪13と、各部の状態を検出する所定のセンサーと、エンジンユニット11を制御するエンジンコントロールユニット(以下、「ECU」と記す)とを含む。本実施形態においては、ECU5が、トラクション制御を行うトラクション制御装置として機能する構成を例に示す。
エンジンユニット11には、複数の気筒103を有する多気筒エンジンが適用される。エンジンユニット11は、シリンダアセンブリ101とクランクケースアセンブリ102とを有する。シリンダアセンブリ101には、複数の気筒103が形成され、複数の気筒103のそれぞれにはピストンが往復動可能に収容される。クランクケースアセンブリ102の前寄りには、クランクシャフトが回転可能に収容される。クランクケースアセンブリ102の後寄りには、変速装置17が設けられる。さらにクランクケースアセンブリ102には、クランクシャフトから変速装置17への駆動力の伝達を断続するクラッチ19が設けられる。そして、エンジンユニット11の駆動力は、ドライブチェーン14を介して、駆動輪である後輪12に伝達される。従輪である前輪13には、エンジンユニット11の駆動力は伝達されない。
また、エンジンユニット11には、各々の気筒103に供給する燃焼用の空気の量を制御するスロットルボディー2と、燃焼用の空気に燃料を混合するインジェクター301と、各々の気筒103の点火プラグ303に点火用の高圧電気を供給する点火コイル302とを有する。スロットルボディー2は、メインスロットルバルブ21とサブスロットルバルブ22の2枚のバルブを有する。メインスロットルバルブ21とサブスロットルバルブ22とは、それぞれ、アクチュエータ23a,23bによって駆動される。なお、スロットルボディー2と、インジェクター301と、点火プラグ303と、点火コイル302とは、それぞれ気筒103ごとに設けられる。図2においては、省略のためにそれぞれ1つずつ記載してあるが、実際には気筒103に応じた数が設けられる。また、この実施形態では、メインスロットルバルブ21をアクチュエータ23aにて駆動する例を示すが、メインスロットルバルブ21を運転者の操作力を伝えるスロットルワイヤによって開閉しても良い。さらに、メインスロットルバルブ21をアクチュエータ23aにて駆動する例では、後述するサブスロットルバルブの制御にて行う吸気制御をメインスロットルバルブ21にて行うこともできる。
自動二輪車1は、各部の状態を検出するセンサー(検出手段)として、後輪車速センサー42と、前輪車速センサー41と、クランクセンサー43と、スロットルポジションセンサー44と、ギアポジションセンサー45とを有する。後輪車速センサー42は、後輪12の回転を検出する。前輪車速センサー41は、前輪13の回転を検出する。クランクセンサー43は、エンジンユニット11のクランクシャフトの回転を検出する。スロットルポジションセンサー44は、スロットルボディー2の動作(メインスロットルバルブ21とサブスロットルバルブ22のそれぞれの開度に関する信号)を検出する。ギアポジションセンサー45は、変速装置17のギアポジション(シフトポジション)を検出する。これらのセンサーによる検出結果は、ECU5の各演算手段に送信される。
このほか、自動二輪車1は、トラクション制御スイッチ46と、インジケーターランプ18とを有する。トラクション制御スイッチ46は、運転者がトラクション制御のON/OFFの切替えやモードの切替えのために操作するスイッチであり、たとえばハンドル16に設けられる。インジケーターランプ18は、トラクション制御の状態(ON/OFFやモード)を示すランプであり、たとえばメーターユニット15に設けられる。
ECU5は、エンジンユニット11を制御する。ECU5は、後輪車速演算手段53と、前輪車速演算手段52と、エンジン回転速度演算手段54と、スロットル開度演算手段55と、ギアポジション演算手段56と、記憶手段57と、トラクション制御手段51とを有する。後輪車速演算手段53は、後輪車速センサー42の検出結果から、後輪車速を算出する。前輪車速演算手段52は、前輪車速センサー41の検出結果から、前輪車速を算出する。後輪車速とは、後輪12の回転速度と直径から算出される自動二輪車1の車速をいうものとする。前輪車速とは、前輪13の回転速度と直径から算出される自動二輪車1の車速をいうものとする。エンジン回転速度演算手段54は、クランクセンサー43の検出結果から、エンジン回転数を算出する。クランクセンサー43の検出結果から算出されるエンジン回転数を、「実測回転速度」と記す。スロットル開度演算手段55は、スロットルポジションセンサー44の検出結果から、スロットルボディー2の開度を算出する。ギアポジション演算手段56は、ギアポジションセンサー45の検出結果から、ギアポジション(シフトポジション)を算出する。これらの各演算手段による演算結果は、トラクション制御手段51に送信される。また、トラクション制御スイッチ46の状態も、トラクション制御手段51に送信される。
記憶手段57には、各演算手段やトラクション制御手段51が所定の演算やトラクション制御に用いる情報が格納されている。記憶手段57に格納される情報には、後輪12の直径と、前輪13の直径と、変速装置17のギアポジションごとの減速比と、後述するマップおよびテーブルとが含まれる。トラクション制御手段51は、各演算手段による演算結果と、トラクション制御スイッチ46の状態と、記憶手段57に格納されている情報とを用いて、トラクション制御を実行する。
スロットルボディー2のメインスロットルバルブ21は、運転者のスロットル操作に応じて、ECU5により制御されるアクチュエータ23aにより開閉される。サブスロットルバルブ22の最適開度は、トラクション制御が介入しない通常制御においては、エンジン回転数とギアポジションとメインスロットルバルブ21の開度とに応じて、ECU5により算出される。なお、通常制御におけるサブスロットルバルブ22の最適開度の算出方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の算出方法が適用できる。
(トラクション制御の概要)
ECU5のトラクション制御手段51は、駆動輪である後輪12のスピンを防止または抑制するトラクション制御として、遅角制御と吸気制御を行うことができる。遅角制御は、エンジンユニット11の点火プラグ303の点火時期を遅角させることにより、エンジンユニット11の出力を低減させる制御である。吸気制御は、サブスロットルバルブ22の開度を絞ることにより、エンジンユニット11の出力を低減させる制御である。
トラクション制御手段51は、動作中においてスピン率の算出を継続する。スピン率は、後輪12のスピン(空転)の程度の指標となる値であり、値が大きいほどスピンが大きいことを意味する。なお、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が発進状態である場合と走行状態である場合とで、スピン率の算出方法を切替える。「発進状態」と「走行状態」については後述する。そして、トラクション制御手段51は、スピン率が所定の閾値を超えた場合には、スピン率とこの率閾値の差の大きさに応じて、エンジンユニット11の全体の出力低減率の目標値を決定する。このスピン率の所定の閾値を「スピン率閾値」と記す。スピン率閾値は、後輪駆動力に応じてあらかじめ規定されている。スピン率からスピン率閾値を差し引いた値を「検索スピン率」と記す。エンジンユニット11の全体の出力低減率の目標値(要求される出力低減率)を「全出力低減率」と記す。
トラクション制御手段51は、遅角制御を吸気制御に優先して開始する。遅角制御において、全出力低減率が所定値以下である場合には、複数の気筒103から一部の気筒103を選択し、選択した気筒103の点火時期を遅角させる。一方、全出力低減率が所定値を超える場合には、残りの気筒103の点火時期も遅角させる。さらに、トラクション制御手段51は、全出力低減率の移動平均が所定の規定値以上である状態が所定時間継続した場合には、吸気制御を開始する。
(スピン率の算出方法の切替え制御)
スピン率の算出方法を発進状態と走行状態とで切替える制御について説明する。図3は、スピン率の算出方法を切替える制御のフローチャートである。なお、「発進状態」とは、自動二輪車1のクラッチ19が接続していない状態が、所定時間継続している状態をいうものとする。「走行状態」とは、自動二輪車1のクラッチ19が接続している状態が、所定時間継続している状態をいうものとする。ここでは、いわゆる「半クラッチ」の状態は、クラッチ19が接続していない状態に含まれるものとする。
運転者等によりイグニッションスイッチが操作されてエンジンユニット11が始動し、トラクション制御スイッチ46がONになっていると、トラクション制御手段51はトラクション制御を開始する。前輪車速演算手段52は、前輪車速センサー41により検出される前輪13の回転(回転速度)と前輪13の直径とから、前輪車速を算出する。後輪車速演算手段53は、後輪車速センサー42により検出される後輪12の回転(回転速度)と後輪12の直径とから、後輪車速を算出する。エンジン回転速度演算手段54は、クランクセンサー43の検出結果から実測回転速度を算出する。ギアポジション演算手段56は、ギアポジションセンサー45の検出結果からギアポジションを算出する。スロットル開度演算手段55は、スロットルポジションセンサー44の検出結果から、スロットルボディー2の開度(メインスロットルバルブ21の開度)を算出する。そして、各演算手段は、ECU5が作動している間は、上述の算出を継続する。トラクション制御手段51は、作動中は前記各手段による算出結果の取得を継続する。
ステップS101では、トラクション制御手段51は、次の数式(1)を用いて、後輪車速と前輪車速とからスピン率を算出する(第1のスピン検出手段)。なお、トラクション制御手段51は、ECU5が起動した直後の初期状態においても、数式(1)を用いてスピン率を算出する。
(スピン率)=((後輪車速)−(前輪車速))/(前輪車速) 数式(1)
そして、ステップS106に進んでスピン率の算出方法が切り替わらない限りは、トラクション制御手段51は、前輪車速と後輪車速とから算出したスピン率を、トラクション制御に用いる。
ステップS102〜S104において、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が走行状態にあるか否かを判定する。本実施形態では、自動二輪車1のクラッチ19が繋がった状態が、所定時間継続すると、自動二輪車1が走行状態にあると判定する。
まずステップS102において、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が走行状態であるか否かを判定する。
尚、前輪車速には前輪車速の移動平均を用いる。そして、前輪車速の移動平均は、前輪車速演算手段52が、前輪車速センサー41による前輪13の回転速度の検出結果から算出する。この判定に前輪車速の移動平均を用いることにより、急激な変動などの影響を除去し、判定の精度を高めることができる。また、後輪車速ではなく前輪車速を用いることにより、スピンの影響を受けることなく車速を判定できる。
ここで、トラクション制御手段51は、クラッチ19が接続しているか否かを、数式(2)を用いて判定する。
(判定下限値)≦(実測回転速度のなまし値)≦(判定上限値) 数式(2)
数式(2)の判定下限値と判定上限値は、次の数式(3)(4)を用いて演算される。
(判定下限値)=(後輪エンジン回転速度)−(許容値) 数式(3)
(判定上限値)=(後輪エンジン回転速度)+(許容値) 数式(4)
数式(2)の実測回転速度のなまし値は、実測回転速度から急激な変動の影響を除去したエンジン回転速度である。後輪エンジン回転速度は、後輪車速から算出(逆算)されるエンジン回転速度である。すなわち、クラッチ19が接続していると、後輪車速は、ギアポジションごとにエンジン回転数に応じて決まる。したがって、ギアポジションごとの減速比(ドライブチェーンのスプロケットによる減速比を含む)と、後輪12の回転速度とから、エンジン回転速度を算出できる。そして、クラッチ19が接続している場合には、実測回転速度のなまし値と後輪エンジン回転速度とは、ほぼ同じ値となる。そこで、本実施形態では、実測回転速度のなまし値が (後輪エンジン回転速度)±(許容値) の範囲内にある場合には、クラッチ19が接続していると判定する。
なお、実測エンジン回転速度は変動するため、この判定に実測エンジン回転速度をそのまま用いると、判定の精度が低下するおそれがある。そこで、数式(2)において、エンジン回転速度のなまし値を用いる。これにより、判定精度の向上を図ることができる。実測回転速度のなまし値としては、たとえば、ある所定期間における実測回転速度の平均値が適用できる。実測回転速度のなまし値は、クランクセンサー43による検出結果に基づいて、エンジン回転速度演算手段54が算出する。
数式(3)(4)の後輪エンジン回転速度は、次の数式(5)を用いて算出される。
(後輪エンジン回転速度)=(後輪車速)/(校正車速)×(校正回転速度)
数式(5)
数式(5)の校正回転速度とは、ある特定のエンジン回転速度をいうものとする。校正回転速度の具体的な値は限定されるものではないが、たとえば1000r.p.mが適用できる。校正車速は、実際のエンジン回転速度が校正回転速度であり、かつ、クラッチ19が繋がっている場合に、ギアポジションごとに減速比と後輪12の直径とから算出される車速である。校正車速と、校正車速に対応する校正回転速度とは、あらかじめ記憶手段57に格納されている。そして、トラクション制御手段51は、後輪車速演算手段53が算出した後輪車速と、記憶手段57に格納される校正車速および校正回転速度とから、後輪エンジン回転速度を算出する。
数式(3)(4)の許容値は、後輪エンジン回転速度に応じて規定される。たとえば、許容値を規定するためのテーブルが、あらかじめ記憶手段57に格納されている。このテーブルを、「許容値テーブル」と記す。図4は、許容値テーブルの例を示す模式図である。許容値テーブルには、各後輪エンジン回転速度に対応する許容値が規定されている。トラクション制御手段51は、許容値テーブルに規定される許容値を補間することによって、算出した後輪エンジン回転速度に対応する許容値を決定する。なお、図4に示す許容値テーブルは一例であり、具体的な許容値の値は限定されるものではない。
数式(2)を充足した場合には、ステップS103に進む。充足しない場合にはステップS101に戻る。
ステップS103において、トラクション制御手段51は、計時を開始する。すでに計時中である場合には、そのまま計時を継続する。そしてステップS104に進む。
ステップS104においては、トラクション制御手段51は、クラッチ19が接続した状態が所定時間継続したか否かを、計時開始からの経過時間によって判定する。所定時間継続していない場合には、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が「走行状態」に遷移していないと判定する。この場合にはステップS101に戻り、トラクション制御手段51は、引続き、前輪車速と後輪車速から算出したスピン率をトラクション制御に用いる。所定時間継続した場合には、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が「走行状態」に遷移したと判定する。この場合には、ステップS105に進んで計時を終了し、さらにステップS106に進む。尚、この計時中に数式(2)を充足しない状態となった場合は、ステップS102にて「No」と判定されて計時はリセットされる。
ステップS106においては、トラクション制御手段51は、スピン率の算出方法を切替える。すなわち、トラクション制御手段51は、次の数式(6)を用い、前輪車速とエンジン車速とからスピン率を算出する(第2のスピン検出手段)。
(スピン率)=((エンジン車速)−(前輪車速))/(前輪車速)×100
数式(6)
数式(6)のエンジン車速は、実測エンジン回転速度から算出される自動二輪車1の車速である。すなわち、クラッチ19が接続している場合の車速は、エンジン回転速度とギアポジションごとの減速比と後輪12の直径とから算出できる。そこで、トラクション制御手段51は、ギアポジション演算手段56が判定したギアポジションに応じて、エンジン回転速度と減速比と後輪12の直径とから、エンジン車速を算出する。
なお、トラクション制御手段51は、次の数式(7)を用いてスピン率を算出してもよい。
(スピン率)=((実測回転速度)−(前輪エンジン回転速度))/(前輪エンジン回転速度)×100
数式(7)
「前輪エンジン回転速度」は、前輪車速とギアポジションごとの減速比と後輪12の直径とから算出されるエンジン回転速度である。すなわち、クラッチ19が繋がった状態で後輪12にスピンが発生していない時の前輪車速は、エンジン回転速度とギアポジションごとの減速比と後輪12の直径とによって決まる。このため、ギアポジションの減速比と前輪車速とから、スピンが発生していない時のエンジン回転速度を算出(逆算)できる。トラクション制御手段51は、前輪車速と、ギアポジション演算手段56が判定したギアポジションと、後輪12の直径とに基づいて、スピンが発生していない時のエンジン回転速度を算出(逆算)する。
以降、自動二輪車1が「走行状態」である間は、トラクション制御手段51は、数式(6)または数式(7)を用いて算出されるスピン率を用いてトラクション制御を行う。
ステップS107〜S109においては、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が「発進状態」に遷移したか否かを判定する。具体的には次のとおりである。
ステップS107において、トラクション制御手段51は、クラッチ19が接続していない時に成立する数式(8)と数式(9)の一方を充足するか否かの判定を行う。
判定下限値 > 実測回転速度 数式(8)
判定上限値 < 実測回転速度 数式(9)
数式(8)(9)の一方を充足する場合には、トラクション制御手段51は、自動二輪車1のクラッチ19が接続していない状態であると判定する。この場合には、ステップS108に進む。そうでない場合には、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が走行状態にあると判定する。この場合には、ステップS106に戻る。
ステップS108において、トラクション制御手段51は計時を開始する。既に計時中である場合には、そのまま計時を継続する。そしてステップS109に進む。尚、この計時中に数式(8)または数式(9)を充足しない状態となった場合は、ステップS107にて「No」と判定されて計時はリセットされる。
ステップS109において、トラクション制御手段51は、数式(8)(9)の一方を充足する状態が、所定時間継続したか否かを判定する。所定時間継続していない場合には、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が引き続き「走行状態」にあると判定する。この場合には、ステップS106に戻り、トラクション制御手段51は、数式(6)または数式(7)により算出されたスピン率を用いてトラクション制御を行う。一方、所定時間継続した場合には、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が「発進状態」に遷移したと判定する。この場合には、ステップS110に進んで計時を終了してから、ステップS101に戻る。そして、トラクション制御手段51は、スピン率の算出方法を、数式(1)を用いた方法に切替える。
このように、トラクション制御手段51は、エンジンユニット11が起動してから停止するまで、図3に示す処理を継続する。そして、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が発進状態であるか走行状態にあるかに応じて、スピン率の算出方法(スピン検出手段)を切替える。つまり、クラッチの接続状態に応じて、スピン率の算出方法(スピン検出手段)を切替える。
ここで、自動二輪車1の状態の推移の例について、図5を参照して説明する。図5は、自動二輪車1の状態の推移の例を示す模式図である。
タイミングaは、自動二輪車1が動き始めたタイミングである。タイミングa以降、前輪車速と後輪車速とが上昇していく。判定下限値と判定上限値とは、後輪エンジン回転速度から算出されるため、後輪エンジン回転速度(後輪車速)に応じて変化する。また、トラクション制御手段51は、始動時においては前輪車速と後輪車速とからスピン率を算出している(ステップS101、第1のスピン検出手段)。このため、発進状態である場合に後輪12がスピンすると、前輪車速と後輪車速とに差が生じる。そして、この差が大きくなるとスピン率も大きくなり、その結果スピン率がスピン率閾値を超えることがある。
タイミングbは、スピン率がスピン率閾値を超えるタイミングを示す。スピン率がスピン率閾値を超えると、検索スピン率がある値を持つようになる。そうすると、トラクション制御手段51は、検索スピン率に応じて全出力低減率を算出し、算出した全出力低減率を目標値として遅角制御や吸気制御を行い、エンジンユニット11の出力を低減させる。この際、トラクション制御手段51は、吸気制御に優先して遅角制御を開始する(後述)。
タイミングcは、スピン率がスピン率閾値を超えた状態を示す。ただし、このタイミングcにおいては、実測回転速度のなまし値が判定下限値と判定上限値の間に入っていない。このため、トラクション制御手段51は、前輪車速と後輪車速から算出したスピン値をトラクション制御に用いる(ステップS102において「No」)。
タイミングdは、実測回転速度のなまし値が所定の範囲内(判定下限値と判定上限値の間)になったタイミングを示す。このタイミングdでは、前述の数式(2)を充足する(ステップS102において「Yes」)。このため、トラクション制御手段51は、計時を開始する(ステップS103)。
タイミングeは、実測回転速度のなまし値が所定の範囲内に入ってから所定時間が経過したタイミングを示す(ステップS104において「Yes」)。タイミングeにおいて、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が走行状態に遷移した(クラッチ19が締結された)と判定する。そしてトラクション制御手段51は、スピン率の算出方法を、エンジン車速と前輪車速から算出する方法に切替える(ステップS106、第2のスピン検出手段)。
タイミングfは、遅角制御やサブスロットルバルブ22の吸気制御によって後輪12のスピンが低減し、スピン率がスピン率閾値以下になったタイミングを示す。
本実施形態によれば、クラッチ19が接続していない状態においては、後輪車速と前輪車速とからスピン率を算出してトラクション制御を行う。このため、クラッチ19の状態に影響されず、クラッチ19の接続完了を待たずに自動二輪車1が動き出した時点からトラクション制御を実行できる。たとえば、エンジン車速と前輪車速とからスピン率を算出する構成では、自動二輪車1が走行状態に遷移したタイミング(図4のタイミングe)において、ようやくエンジンユニット11の出力低減が開始される。なお、図4中の破線は、比較例として、エンジン車速と前輪車速からスピン率を算出する方法のみを用いる制御における状態の推移を示す。このように、比較例の構成では、タイミングeまでは後輪12のスピンは抑制されず、タイミングfよりも遅いタイミングgにおいて、ようやく後輪12のスピンが収束する。
そして、自動二輪車1が走行状態に遷移した場合には、エンジン車速と前輪車速からスピン率を算出する方法に切替わる。このような方法によれば、実際のエンジン回転速度の変動に素早く対応でき、反応の速い緻密なトラクション制御を実行できる。図5中の細線は、実測回転速度と前輪エンジン回転速度から算出されるスピン率のみを用いる制御におけるなまし処理をしていない実際のエンジン回転速度と後輪車速の推移の例を示す。後輪車速からスピン率を算出する方法では、エンジン回転速度の変動が後輪12に伝達するまでにはある時間を要するから、実際のエンジン回転速度の変動に素早く追従できない。このため、エンジン回転速度の上昇を素早く抑えることができないから、車体挙動が大きくなる。これに対して、本実施形態では、このような問題を解消できる。このように、本実施形態によれば、発進時から後輪12のスピンを抑制でき、走行時はエンジン回転数の変動を抑制した緻密な制御ができる。
さらに、本実施形態によれば、走行中にギアポジションセンサー45がギアポジションを誤検出した場合であっても、自動二輪車1の挙動が不安定になることを防止できる。たとえば、ギアポジションセンサー45の接点に異物が介在すると、センサーの抵抗値が変化するため、ギアポジションを誤検出するおそれがある。そして、走行状態において、ギアポジションセンサー45がギアポジションを誤検出すると、校正車速と、前輪エンジン回転速度と、スピン率の算出結果が変化する。そうすると、クランクセンサー43の検出結果から算出される実測回転速度と、後輪エンジン回転速度から規定される判定上限値および判定下限値とが乖離することがある。この結果、トラクション制御手段51は、自動二輪車1が走行状態から発進状態に遷移したと判定し、後輪車速と前輪車速とから演算したスピン率を用いてトラクション制御を行う。このように、スピン率の計算式を切替える構成によれば、トラクション制御手段51にフェイルセーフの機能を持たせることができる。
(全出力低減率の算出)
次に、全出力低減率の算出について説明する。トラクション制御手段51は、後輪駆動力と演算したスピン率に応じて検索スピン率を算出し、演算した検索スピン率に応じて全出力低減率を算出する。
図6は、検索スピン率の算出に使用されるマップの例を、グラフ化して示す模式図である。このマップを「検索スピン率マップ」と記す。記憶手段57には、検索スピン率マップが、ギアポジションごとにあらかじめ格納されている。そして、トラクション制御手段51は、検索スピン率の算出に際して、ギアポジションに対応する検索スピン率マップを読み出して使用する。図6に示すように、検索スピン率マップには、後輪駆動力とスピン率閾値との関係が規定されている。スピン率閾値とは、許容されるスピン率をいうものとする。すなわち、後輪12がスピンした場合であっても、スピン率がスピン率閾値以下である場合には、トラクション制御手段51は、エンジンユニット11の出力を低減しない。スピン率閾値は、たとえば図6に示すように、後輪駆動力が大きくなるにしたがって高くなるように設定される。ただし、図6に示すスピン率閾値は一例であり、具体的な値や特性は特に限定されるものではない。後輪駆動力に関しては、スロットルポジションセンサー44の検出結果からスロットル開度演算手段55にて算出されるスロットルボディー2の開度やエンジン回転数及びギアポジションから算出することができる。
トラクション制御手段51は、検索スピン率マップを用い、後輪駆動力と算出したスピン率とから検索スピン率を算出する。具体的には、トラクション制御手段51は、後輪駆動力に応じて、次の数式(10)を用いて検索スピン率を算出する。
(検索スピン率)=(スピン率)−(スピン率閾値) 数式(10)
前述のとおり、自動二輪車1が走行状態であれば、トラクション制御手段51は、エンジン車速と前輪車速とからスピン率を算出する。尚、前述の例ではエンジン車速(エンジン回転数から換算される後輪車速)と前輪車速の比較、つまり、車速の比較でスピン率を算出しているが、実測回転速度(実際のエンジン回転速度)と前輪エンジン回転速度(前輪車速と同じ車速となる後輪の回転から換算されるエンジン回転速度)との比較、つまり、エンジン回転数の比較からスピン率を算出するようにしても良い。また、自動二輪車1が発進状態であれば、トラクション制御手段51は、後輪車速と前輪車速とからスピン率を算出する。
図7は、全出力低減率を算出するためのマップの例を、グラフ化して示す模式図である。このマップを「全出力低減率マップ」と記す。全出力低減率マップには、検索スピン率に応じた全出力低減率が規定されている。たとえば、検索スピン率が大きくなるにしたがって、全出力低減率が大きくなるように規定されている。また、図7に示すように、トラクション制御手段51は、互いに特性が異なるモードごとに、複数の全出力低減率マップを有する。図7においては、互いに異なる3つのモードA〜Cの例を示す。モードAはトラクション制御の効果が最も弱いモードである。モードCは効果が最も強いモードである。モードBは、効果がモードAとモードCの中間のレベルであるモードである。運転者は、トラクション制御スイッチ46を操作することにより、これら複数のモードA〜Cのいずれかから任意のモードを選択できる。そして、トラクション制御手段51は、運転者によるトラクション制御スイッチ46の選択操作に応じて、選択されたモードの全出力低減率マップを用いる。
このような構成であると、運転者は、トラクション制御の効果の強弱を選択することができる。たとえば、運転者は、速く走行することを目的としてある程度のスピンを許容する(意図的に後輪12にスピンを発生させる)場合には、モードAを選択すればよい。モードAでは全出力低減率は低く抑えられ、モードAのグラフの傾きが小さいことから、検索スピン率が大きくなっても、全出力低減率の上昇が小さく抑えられているため、スピンの抑制の程度は小さい。また、運転者は、後輪12のスピンの防止や抑制を優先させたい場合には、モードCを選択すればよい。モードCでは全出力低減率はモードAやBよりも高く設定されモードCのグラフの傾きは大きいことから、検索スピン率の上昇に伴って、全出力低減率が大きく上昇する。このため、後輪12のスピンの抑制の効果が大きくなる。また、通常は、運転者はモードBを選択すればよい。尚、この「全出力低減率マップ」の例では、検索スピン率と全出力低減率は比例関係となっているが、これに限らず、検索スピン率が大きいときのみモードを分けるとか、検索スピン率の大きさに応じてグラフの傾きが変化する様に設定しても良い。
なお、検索スピン率マップはギアポジションごとに用意されるが、全出力低減率マップは、ギアポジションに関係なく、全てのギアポジションで共通のマップが用意される。これにより、記憶手段57に格納されるマップの数の増加を抑制できる。また、図7中の「開始判定値」は、トラクション制御において、吸気制御を開始する基準となる値である。この開始判定値については後述する。
(遅角制御)
トラクション制御手段51は、以上のように決定した全出力低減率(要求される出力低減率)を目標値として遅角制御を開始し、エンジンユニット11の出力を低減させる。出力を低減させる方法として、本実施形態では吸気制御と遅角制御を行うが、トラクション制御手段51は、吸気制御よりも優先して遅角制御を開始する。本実施形態では、複数の気筒103のうちの一部の気筒103について点火時期を遅角させるか、全ての気筒103の点火時期を遅角させるかを、スピンの防止または抑制に要求される出力低減率である全出力低減率の値に応じて切替える。
複数の気筒103のうち点火時期を遅角させる気筒103の割合は、あらかじめ定められている。この割合を、「間引き率」と記す。たとえば、エンジンユニット11が4気筒エンジンであり、間引き率が50%に設定されている場合には、平均して1サイクルごとに2気筒(=4気筒×50%)の点火時期を遅角させる。そして、本実施形態では、1サイクルごとに点火時期を遅角させる気筒103を変更する。
間引き率は、エンジンユニット11の仕様などに応じてあらかじめ設定された値に固定され、変更されない。一部の気筒103の点火時期の遅角によって実現できる最大の出力低減率は、間引き率によって決まる。すなわち、間引き率が50%である場合に、点火時期の遅角の対象となる気筒103の出力低減率を100%(最大遅角状態)とすると、エンジンユニット11の全体で実現できる遅角による最大の出力低減率は50%となる。その為、間引き率が50%に固定される構成であれば、出力低減率の最大値は50%となり、このままでは出力を低減する制御可能幅が少なくなる。そこで、本実施形態では、 (全出力低減率)≦(間引き率) が成立する場合には、間引き率に応じて決まる数の気筒103に対して点火時期を遅角させ、 (全出力低減率)>(間引き率) が成立する場合には、残りの気筒103に対しても点火時期を遅角させる。具体的には、次のとおりである。
(a) (全出力低減率)≦(間引き率) が成立する場合
図8は、点火時期を遅角させる気筒103の選択に用いられるマトリクステーブルである。説明の便宜上、このマトリクステーブルを「間引きテーブル」と記す。図8に示すように、間引きテーブルの横項目は気筒103であり、縦項目はサイクルである。そして、各マスには、0.0〜100.0の数値が、ランダムに割り振られている。すなわち、各々の気筒について、複数のサイクルにわたって、ランダムな数値が割り振られている。この間引きテーブルは、記憶手段57にあらかじめ格納されている。トラクション制御手段51は、この間引きテーブルを読出して、点火時期を遅角させる気筒103の選択に使用する。ここでは、エンジンユニット11が4気筒エンジンであり、間引き率が50%であるものとして説明する。トラクション制御手段51は、間引きテーブルの各マスに割り振られている数値から、間引き率(%)以下の数値のマスを選択する。間引き率が50%であれば、50.0以下の数値が割り振られたマスを選択する。図8においては、黒地に白抜きの数値が記載されたマスは、間引き率以下の数値が割り振られたマスを示す。そして、トラクション制御手段51は、それぞれの気筒103について、間引き率以下の数値が割り振られたマスに対応するサイクルにおいて、点火時期を遅角させる。ここでは、間引き率テーブルにより選択されて遅角制御される気筒103を「選択気筒」と記す。たとえば、1サイクル目においては、気筒#1と気筒#2が選択気筒となる。2サイクル目においては、気筒#1と気筒#3とが選択気筒となる。このように、トラクション制御手段51は、間引きテーブルを用いて、1サイクルごとに選択気筒を変更する。なお、図8においては、20サイクルまでランダムな数値が割り振られた例を示すが、サイクルの数は限定されるものではない。そして、トラクション制御手段51は、20サイクル目に達した場合には、再び1サイクル目に戻って選択気筒を変更すればよい。
前述のとおり、各マスには0.0〜100.0の数値がランダムに割り振られているから、50.0以下の数値が割り振られたマスは、間引き率テーブルの全体の約50%となる。このため、全体として50%の気筒103に対して遅角制御を行うことができる。また、このような構成によれば、間引き率を適宜設定することにより、選択気筒の割合を設定することができる。
トラクション制御手段51は、選択気筒の出力低減率を、次の数式(11)を用いて算出する。遅角制御による各々の気筒103の出力低減率を、「遅角出力低減率」と記す。
(選択気筒の遅角出力低減率)=(全出力低減率)/(間引き率)×100
数式(11)
たとえば、全出力低減率が25%である場合には、選択気筒の遅角出力低減率は50%(=25(%)/50(%)×100)となる。全出力低減率が50%である場合には、選択気筒の遅角出力低減率は100%(最大遅角状態)になる。この場合には、選択気筒を最大遅角状態にしなければならないことを意味している。トラクション制御手段51は、間引きテーブルに応じて、1サイクルごとに選択気筒を変更しながら、エンジンユニット11の出力を低減する。
選択気筒の出力を低減する方法は、次のとおりである。記憶手段57には、遅角量を決定するためのマップが、遅角出力低減率ごとに、あらかじめ格納されている。このマップを「遅角量マップ」と記す。たとえば、遅角出力低減率が10〜100%の範囲で10%ごとの10種類の遅角量マップが、あらかじめ記憶手段57に格納されている。それぞれの遅角量マップには、遅角出力低減率を実現するための遅角量の適合値が、エンジン回転速度とスロットル開度に応じて規定されている。なお、遅角量の適合値は、たとえば、あらかじめベンチダイナモなどを使用して測定された値が使用される。トラクション制御手段51は、算出した遅角出力低減率に対応する遅角量マップを用い、エンジン回転速度演算手段54が算出した実測回転速度と、スロットル開度演算手段55が算出したスロットル開度から、選択気筒の遅角量を決定する。そして、トラクション制御手段51は、選択気筒の点火プラグ303が決定した遅角量で点火するように、点火コイル302を制御する。これにより、選択気筒の出力を、決定した遅角出力低減率に応じて低減できる。
(b) (全出力低減率)>(間引き率) が成立する場合
この場合には、選択気筒の全てを最大遅角状態にしても、全出力低減率を実現できない。そこで、この場合には、選択気筒の遅角出力低減率を100%(最大遅角状態)とし、残りの気筒103についても点火時期を遅角させる。残りの気筒103(選択気筒以外の気筒103)を、「非選択気筒」と記す。トラクション制御手段51は、非選択気筒の遅角出力低減率を、次の数式(12)により算出する。
(非選択気筒の遅角出力低減率)=((全出力低減率)−(選択気筒の遅角出力低減率)×(間引き率)/100)/(100−間引き率)×100
数式(12)
なお、選択気筒の遅角出力低減率が100%であれば、数式(12)は、
(非選択気筒の遅角出力低減率)=((全出力低減率)−(間引き率))/(100−(間引き率))×100
数式(13)
となる。たとえば、要求される全出力低減率が75%であり、間引き率が50%である場合には、非選択気筒の遅角出力低減率は50%となる。そこでこの場合には、トラクション制御手段51は、選択気筒の遅角出力低減率を100%に設定し、非選択気筒の遅角出力低減率を50%に設定する。これにより、全出力低減率の75%を実現する。なお、非選択気筒の遅角量の決定方法は、選択気筒と同様である。
前述のような間引き率テーブルを用いる構成によれば、どのような間引き率であっても、遅角制御の対象となる気筒103に偏りが生じないようにできる。たとえば、間引き率を30%に固定する場合には、各々の気筒103は、30.0以下の数値が割り振られているサイクルにおいて、選択気筒として遅角制御の対象となる。また、間引き率が37%や8%といった端数であっても、この間引きテーブルを用いることにより、選択気筒に偏りが生じることなく遅角制御を実行できる。また、エンジンユニット11の仕様に応じて間引き率を設定できるから、トラクション制御において、十分なグリップの回復ができる。さらに、間引き率を大きくすることによって、摩擦係数の低い路面の走行にも対応できる。
(サブスロットルバルブの吸気制御)
路面の摩擦係数が低いと、駆動輪のスピンが生じやすくなり、その結果算出される全出力低減率が大きくなり、遅角制御における遅角量が大きくなる。そして、遅角量が大きくなると、バックファイヤーやアフターバーンが発生したり、排気温度が上昇したりする。その様な状態が長時間続くと、触媒温度が上昇し、触媒が損傷するおそれが生じる。そこで、本実施形態では、触媒損傷のおそれが高くなる全出力低減率として、開始判定値を規定しておく(図7参照)。なお、開始判定値の具体的な値は、エンジンユニット11の仕様などに応じて適宜規定されるものであり、限定されるものではない。トラクション制御手段51は、全出力低減率が開始判定値以上の状態が所定時間継続した場合には、サブスロットルバルブ22の開度を絞る吸気制御を行い、エンジンユニット11の出力を低減する。なお、サブスロットルバルブ22の開度は、通常制御(トラクション制御による出力低減が行われない状態をいう)においては、エンジン回転数とギアポジションとメインスロットルバルブ21の開度とに応じて、ECU5により算出される。そして、上述の条件が成立した場合には、トラクション制御手段51は、通常制御に割り込んで、サブスロットルバルブ22の吸気制御を行う。
サブスロットルバルブ22の吸気制御について、図9を参照して説明する。図9は、サブスロットルバルブ22の吸気制御を示すフローチャートである。
ステップS201においては、ECU5のスロットルボディー制御手段(図略)は、サブスロットルバルブ22の目標開度を通常制御用の開度に設定し、実際の開度がこの目標開度になるように制御する。
ステップS202〜S204において、トラクション制御手段51は、全出力低減率の移動平均が開始判定値以上になった状態が所定時間以上継続したか否かを判定する。まず、ステップS202においては、トラクション制御手段51は、全出力低減率の移動平均が開始判定値以上になったか否かを判定する。全出力低減率の移動平均が開始判定値未満である場合にはステップS201に戻る。全出力低減率の移動平均が開始判定値以上になった場合にはステップS203に進む。ステップS203においては、トラクション制御手段51は計時を開始する。既に計時中である場合には、計時を継続する。ステップS204においては、計時開始からの経過時間によって、全出力低減率の移動平均が開始判定値以上になった状態が所定時間継続したか否かを判定する。所定時間継続していない場合には、ステップS201に戻る。この場合には、サブスロットルバルブ22は、ECU5のスロットルボディー制御手段により制御される状態が継続する。所定時間継続した場合にはステップS205に進む。尚、計時中にステップS202において、全出力低減率の移動平均が開始判定値以上でなくなった場合は、計時をリセットしてステップS201に戻る。また、この計時中では、サブスロットルバルブ22の吸気制御は行われていないが、遅角制御が行われている。サブスロットルバルブ22による吸気制御は、遅角制御よりも出力低減に関しては効果が大きいが、制御のレスポンスが悪くて制御が遅れがちとなる為、レスポンスの良い制御と正確な制御が可能である遅角制御をまずは行う様にしている。
ステップS205においては、トラクション制御手段51は、スロットル開度が所定の規定値以上であるか否かを判定する。この所定の規定値は適宜設定されるものであり、特に限定されるものではない。要は、S205に進んだ時点でスロットル開度がある程度小さい場合には、吸気制御においてサブスロットルバルブ22の開度を絞らない。所定の規定値以上でない場合にはステップS201に戻る。つまり、発生したスピンに対して運転者がスロットルを戻しており、スピンはサブスロットルバルブ22による吸気制御を行わなくとも終息するであろうと判断し、計時をリセットしてステップS201に戻る。これによって、比較的動きが緩慢なサブスロットルバルブ22が動作して出力低減制御の解除に手間取り、その後の加速に不具合や違和感が生じることを防止できる。尚、更なる出力の低減が必要となるであろうスロットル開度が規定値以上である場合には、ステップS206に進んで計時を終了し、さらにステップS207に進む。
ステップS207においては、トラクション制御手段51は、サブスロットルバルブ22の目標開度を、トラクション制御用の目標開度に設定する。そして、トラクション制御手段51は、ECU5のスロットルボディー制御手段の制御に割り込み、設定した目標開度になるように、サブスロットルバルブ22の開度を制御する。そして、ステップS207から再びステップS201に戻るまでの間は、トラクション制御手段51は、サブスロットバルブの開度を通常制御の開度よりも閉じ側に設定して吸気通路を絞ることにより、エンジンユニット11の出力を低減させる。
なお、記憶手段57には、サブスロットルバルブ22の吸気制御におけるトラクション制御用の目標開度を設定するためのマップが、あらかじめ格納されている。このマップを「目標開度マップ」と記す。たとえば、目標開度マップには、エンジン回転速度とスロットル開度に応じた目標開度が規定されている。トラクション制御手段51は、この目標開度マップを記憶手段57から読出し、エンジン回転速度演算手段54が算出した実測回転速度と、スロットル開度演算手段55が算出したスロットル開度とに応じて、目標開度を決定する。
ステップS208において、トラクション制御手段51は、全出力低減率の移動平均が終了判定値以下になったか否かを判定する。終了判定値とは、サブスロットルバルブ22の吸気制御の終了の基準となる全出力低減率の値である。この終了判定値は、開始判定値よりも低い値であり、あらかじめ設定されている。全出力低減率の移動平均が終了判定値以下でない場合には、ステップS207に戻る。全出力低減率の移動平均が終了判定値以下になった場合には、ステップS209に進む。
ステップS209において、トラクション制御手段51は、計時を開始する。既に計時中である場合には計時を継続する。
ステップS210において、トラクション制御手段51は、全出力低減率の移動平均が終了判定値以下になった状態が所定時間継続したか否かを判定する。所定時間継続していない場合にはステップS207に戻る。所定時間継続した場合には、ステップS211に進む。尚、計時中にステップS208において、全出力低減率の移動平均が終了判定値以下でなくなった場合は、計時をリセットしてステップS207に戻る。
ステップS211において、トラクション制御手段51は、スロットル開度が規定値未満であるか否かを判定する。スロットル開度が規定値以上である場合には、今後もスピンが継続する可能性が高い為ステップS207に戻り、サブスロットバルブを閉じて吸気通路を絞る出力の低減を継続実行する。スロットル開度が規定値未満である場合には、発生したスピンに対して運転者がスロットルを戻しており、スピンは終息するであろうと判断し、ステップS212に進んで計時を終了し、ステップS201に戻る。この場合には、サブスロットルバルブ22は、開き側に制御され、トラクション制御用の目標開度から通常の開度となって通常制御に戻る。
ここで、サブスロットルバルブ22の吸気制御における自動二輪車1の状態の推移について説明する。図10は、自動二輪車1の各部の動作および状態の推移の例を模式的に示す図である。
タイミングmは、自動二輪車1が動き始めたタイミングを示す。タイミングm以降、後輪車速と前輪車速とが上昇していく。
タイミングnは、後輪12がスピンしてスピン率がスピン率閾値以上になったタイミングを示す。スピン率がスピン率閾値を超えると、検索スピン率がある値を持つようになる。このため、トラクション制御手段51は、まず遅角制御を開始し、エンジンユニット11の出力を低減させる。
タイミングoは、トラクション制御手段51の遅角制御によって、スピン率がスピン率閾値以下に低下したタイミングを示す。スピン率がスピン率閾値以下になると、トラクション制御手段51は遅角制御を終了する。
図10は、タイミングn〜oの間において全出力低減率が開始判定値以上にならなかった場合を示す。このような場合には、トラクション制御手段51は、遅角制御のみによってエンジンユニット11の出力を低減し、サブスロットルバルブ22は通常制御される。また、全出力低減率が開始判定値以上になった場合であっても、その状態が所定時間以上継続しない場合には、トラクション制御手段51は、遅角制御のみによってエンジンユニット11の出力を低減する。このように、トラクション制御手段51は、吸気制御に優先して遅角制御を開始する。
タイミングpは、再び後輪12がスピンしてスピン率がスピン率閾値を超えたタイミングを示す。スピン率がスピン率閾値を超えると、トラクション制御手段51は、検索スピン率を算出し、さらに算出した検索スピン率から全出力低減率を算出する。そして、トラクション制御手段51は、算出した全出力低減率を目標値として、遅角制御を開始する。
タイミングqは、算出した全出力低減率の移動平均が開始判定値を以上になったタイミング(ステップS202において「Yes」)を示す。この場合には、トラクション制御手段51は、計時を開始する(ステップS203)。
タイミングrは、計時を開始してから所定時間が経過したタイミング(ステップS204において「Yes」)を示す。全出力低減率の移動平均が開始判定値以上のままタイミングrに至ると、トラクション制御手段51はスロットル開度が規定値以上であるか否かを判断する(ステップS205)。そして、スロットル開度が規定値以上であると、トラクション制御手段51は、サブスロットルバルブ22の目標開度を、トラクション制御用の目標開度に設定し(ステップS207)、サブスロットルバルブ22の開度を目標開度に徐変移行させる。これにより、サブスロットルバルブ22の開度が絞られてエンジンユニット11の出力が低減する。タイミングsは、サブスロットルバルブ22の開度が、トラクション制御用の目標開度になったタイミングを示す。タイミングtは、スピン率がスピン率閾値以下になったタイミングを示す。このように、サブスロットルバルブ22の開度が絞られると、エンジンユニット11の出力が低減し、それに伴ってスピン率が低減してスピン率閾値以下になる。
タイミングuは、全出力低減率の移動平均が終了判定値以下になったタイミングを示す。トラクション制御手段51は、全出力低減率が終了判定値以下になると(ステップS208において「Yes」)、計時を開始する(ステップS209)。
タイミングvは、計時開始から所定時間経過したタイミングを示す。トラクション制御手段51は、計時開始から所定時間経過すると(ステップS210において「Yes」)、スロットル開度が終了判定値以下であるか否かを判定する(ステップS211)。そして、スロットル開度が終了判定値以下であると(S211において「Yes」)、トラクション制御手段51は、サブスロットルバルブ22の目標開度を、通常の目標開度に戻し(ステップS201)、サブスロットルバルブ22の開度を通常制御の目標開度に徐変させる。
タイミングwは、サブスロットルバルブ22の開度が通常制御の目標開度に戻ったタイミングを示す。このタイミングwに達すると、サブスロットルバルブ22は、ECU5のスロットルボディー制御手段による通常制御に復する。
以上説明したとおり、トラクション制御手段51は、吸気制御に優先して遅角制御を開始する。そして、全出力低減率の移動平均が開始判定値以上である状態が所定時間継続した場合に、トラクション制御手段51は、サブスロットルバルブ22の開度を絞る吸気制御を開始する。このような構成によれば、後輪12のスピンが始まった直後においては、応答性の良い遅角制御によって、瞬間的にスピンを低減させることができる。一方、後輪12のスピンが大きい状態が継続した場合には、サブスロットルバルブ22の吸気制御によって後輪12のスピンを低減させることができる。吸気制御によれば、全出力低減率の対応できる範囲を広くできるから、低摩擦係数の路面の走行時などといったスピンの起こりやすい状況で、比較的大きなスピンが起きて、大きな出力低減が要求される状況へ対応できる。そして、大きなスピンを低減するために遅角量のみでの対応や遅角を長時間大きくしなくてもよいから、燃焼状態の悪化に起因するバックファイヤーやアフターバーンの発生や、排気温度の上昇を抑制でき、触媒の損傷を防止または抑制できる。このように、本実施形態によれば、触媒の損傷を防止または抑制でき、かつ、応答性の良いトラクション制御を実現できる。
ここで、ECU5のハードウェア構成について、簡単に説明する。ECU5は、CPUとROMとRAMとを含むコンピュータを有する。ROMには、前述のトラクション制御を含め、エンジンユニット11を制御するためのコンピュータプログラムや前述の各テーブルや各マップや各種設定が格納されている。CPUは、ROMに格納されるこのコンピュータプログラムを読出し、RAMに展開して実行する。この際、必要に応じて前述の各テーブルを参照する。これにより、コンピュータは、前述の各手段として機能し、前述の処理が実現する。なお、前述の処理は、単一のハードウェアが実行する構成であってもよく、複数のハードウェアが協働して実行する構成であってもよい。また、ECU5が外部記憶媒体を有し、この外部記憶媒体に、前述のコンピュータプログラムや各テーブルや各マップや所定の情報がコンピュータ読取り可能に格納されていてもよい。この場合には、CPUは、この外部記憶媒体からコンピュータプログラムを読み出して実行し、必要に応じてこの記憶媒体から各テーブルや各マップや所定の情報を読み出して使用することになる。
以上、本発明の実施形態を、図面を参照して詳細に説明したが、前記実施形態は、本発明の実施にあたっての具体例を示したに過ぎない。本発明の技術的範囲は、前記実施形態に限定されるものではない。本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の変更が可能であり、それらも本発明の技術的範囲に含まれる。