ところで、アッパアーム及びロアアームを共にダブルジョイント化したこの種の操舵輪用懸架装置では、操舵輪を転舵させる際に必要なパワーステアリングギア等の推力であるラック軸力を低減したいという要請がある。この要請に対して特許文献1に開示の懸架装置を採用した場合、車両旋回時に荷重のかかる旋回外輪において、仮想キングピン軸とタイヤ接地点との距離が大きくなるためラック軸力が増加する。そこで、この要請に対しては、アームの車体側への取付け点を変更するという第1の対策、ステアリングホイールのラックストロークを短縮化するという第2の対策、パワーステアリング側の出力を上昇させるという第3の対策等が考えられる。しかしながら、第1の対策を採用した場合、アームレイアウトに対する大きな制約となり設計の自由度が低下するという問題が生じる。また、第2の対策を採用した場合、タイヤの切れ角が減少し、車両の最小回転半径を小さくできないという問題が生じる。また、第3の対策を採用した場合、アシストに必要なエネルギーが増加して燃費が低下するという問題が生じる。従って、この種の操舵輪用懸架装置の設計に際してラック軸力を低減する場合には、上記の問題点を解消することができる新たな対策が望まれていた。
そこで、本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、車両の操舵輪に設けられる操舵輪用懸架装置において、アームレイアウトやラックストロークに制約を設けることなく操舵時のラック軸力を低減するのに有効な技術を提供することである。
上記目的を達成するため、本発明に係る操舵輪用懸架装置は、車両の操舵輪に設けられ、支持部材、2つのロアアーム、2つのアッパアームを備える。支持部材は操舵輪を回転可能に支持する。2つのロアアームは、支持部材の下部に設けられた2つの下部連結点にそれぞれ独立して連結される。2つのアッパアームは、支持部材の上部に設けられた2つの上部連結点にそれぞれ独立して連結される。これら2つのロアアーム及び2つのアッパアームは、2つの下部連結点を直線状に結ぶ第1延在線よりも2つの上部連結点を直線状に結ぶ第2延在線の方が車両前方に向かうにつれて車両内側に向かう量が大きくなるように、支持部材との連結位置が設定されている。この場合、2つのロアアームの各軸線を結ぶ仮想交点が操舵輪の転舵時に移動する移動軌跡と、2つのアッパアームの各軸線を結ぶ仮想交点が操舵輪の転舵時に移動する移動軌跡とを互いに近づけることができる。従って、2つの仮想交点を通る仮想キングピン軸の傾きを抑えることができ、その結果、仮想キングピン軸と接地面との交点とタイヤ接地点との距離を小さくすることができる。これによりタイヤ引きずり量が抑えられてラック軸力の低減が図られる。特に、アームレイアウトやラックストロークに制約を設けることなく、操舵輪を回転可能に支持する支持部材(ナックル)側の前後ポイントのみの変更によってラック軸力を下げることができる。
上記の操舵輪用懸架装置では、第1延在線は、車両中心を車両前後方向に延在する車両基準線に対して車両前方に向かうにつれて当該基準線から離間するように傾斜しているのが好ましい。この場合、2つのロアアームの各軸線を結ぶ仮想交点が操舵輪の転舵時に移動する移動軌跡と、2つのアッパアームの各軸線を結ぶ仮想交点が操舵輪の転舵時に移動する移動軌跡とを互いに近づけ、且つ平行に近い状態に相対配置することができる。その結果、操舵輪が旋回内輪となる方向に転舵する際のタイヤ引きずり量が更に抑えられ、ラック軸力の更なる低減が図られる。
以上のように、本発明によれば、車両の操舵輪に設けられる操舵輪用懸架装置において、アームレイアウトやラックストロークに制約を設けることなく操舵時のラック軸力を低減することが可能になった。
以下、本発明の「操舵輪用懸架装置」の一例である操舵輪用懸架装置10について図面を参照しながら説明する。この操舵輪用懸架装置10は車両の操舵輪に設けられる。
図1には、操舵輪用懸架装置10の右前輪構成部20を車両後方の斜め上方側から視た状態が模式的に示されている。この図1及びその他の図面において、矢印「Fr」が車両前方向を示し、矢印「RH」が車両右方向を示している。右前輪構成部20は、操舵輪である右前輪を回転可能に支持する支持部材としてのナックル20aを備えている。このナックル20aは、ロアアーム部30、アッパアーム部40及びタイロッド50のそれぞれを介して車体60に連結されている。このナックル20aが本発明の「支持部材」に相当する。左前輪に対応した懸架構造は右前輪に対応した懸架構造と同様であるため、ここでは右前輪に対応した懸架構造のみについて説明するものとし、左前輪に対応した懸架構造についての説明は省略する。
ロアアーム部30は、いずれも車幅方向(車両の左右方向)に長尺状に延在する前後一対(2つ)のロアアーム31,32を備えている。車両前方側のロアアーム31(以下、「フロントロアアーム」ともいう)は、車両内側の一端部31aがブッシュ61を介して車体60側に連結され、車両外側の他端部31bが下部連結点であるジョイント21を介してナックル20aの下部領域に連結されている。同様に、車両後方側のロアアーム32(以下、「リアロアアーム」ともいう)は、車両内側の一端部32aがブッシュ62を介して車体60側に連結され、車両外側の他端部32bが下部連結点であるジョイント22を介してナックル20aの下部領域に連結されている。フロントロアアーム31及びリアロアアーム32の各軸線は仮想交点Mにて互いに交差する。これらフロントロアアーム31及びリアロアアーム32が本発明の「2つのロアアーム」に相当する。
アッパアーム部40は、いずれも車幅方向(車両の左右方向)に長尺状に延在する前後一対(2つ)のアッパアーム41,42を備えている。車両前方側のアッパアーム41(以下、「フロントアッパアーム」ともいう)は、車両内側の一端部41aがブッシュ63を介して車体60側に連結され、車両外側の他端部41bが上部連結点であるジョイント23を介してナックル20aの上部領域に連結されている。同様に、車両後方側のアッパアーム42(以下、「リアアッパアーム」ともいう)は、車両内側の一端部42aがブッシュ64を介して車体60側に連結され、車両外側の他端部42bが上部連結点であるジョイント24を介してナックル20aの上部領域に連結されている。フロントアッパアーム41及びリアアッパアーム42の各軸線は仮想交点Nにて互いに交差する。この仮想交点Nと前述の仮想交点Mとを直線的に結ぶ線によって仮想キングピン軸が形成される。これらフロントアッパアーム41及びリアアッパアーム42が本発明の「2つのアッパアーム」に相当する。
タイロッド50は、車幅方向(車両の左右方向)に延在する長尺状の部材であり、車両内側の一端部50aがラック軸(図示省略)に連結され、車両外側の他端部50bがジョイント25を介してナックル20aに連結されている。このラック軸は、運転者がステアリングホイールを操作したときに生じるピニオンシャフト(図示省略)の回転に応じて車幅方向に移動する。この場合、ラック軸に作用するラック軸力は操舵輪である右前輪を転舵させる際に必要なパワーステアリングギアのアシスト力と運転者のステアリングホイールの操作力とを合わせた推力であり、タイロッド50及びナックル20aを介して右前輪に作用する。このラック軸力は、右前輪を転舵させる際に必要な転舵力としても定義される。
ところで、仮想キングピン軸と接地面との交点をKPとし、右前輪のタイヤ接地点をJとした場合、転舵時には交点KP周りにタイヤ接地点Jが回転するため、交点KPとタイヤ接地点Jとの間の距離D(「スクラブ半径」ともいう)が長いほど右前輪が同じタイヤ切れ角になるまで操舵されたときのタイヤ引きずり量が多くなる。即ち、このタイヤ引きずり量は、距離Dとタイヤ切れ角との積の積分に概ね合致する。そして、このタイヤ引きずり量の増加によって前述のラック軸力が増加することが知られている。そこで、本実施の形態の右前輪構成部20では、タイヤ引きずり量の増減に関与する仮想キングピン軸の動き方をコントロールすることによってラック軸力の低減を図るラック軸力低減構造を特徴としており、このラック軸力低減構造の具体例について図2〜図5を参照しつつ説明する。
図2に示すように、仮想キングピン軸は、ロアアーム部30における仮想交点Mとアッパアーム部40における仮想交点Nとを結ぶ直線である。従って、これら仮想交点M,Nの動き方をコントロールすることによって仮想キングピン軸の動き方をコントロールすることができる。この目的のために、本実施の形態のラック軸力低減構造は、ロアアーム部30のナックル20a側の前後ポイントである2つのジョイント21,22を直線的に結ぶ第1延在線をAP1とし、アッパアーム部40のナックル20a側の前後ポイントである2つのジョイント23,24を直線的に結ぶ第2延在線をAP2との相対的な配置に関し特徴を有する。
ラック軸力低減構造の第1の特徴として、第1延在線AP1よりも第2延在線AP2の方が車両前方に向かうにつれて車両内側に向かう量が大きくなるように、ナックル20aに対する2つのロアアーム31,32及び2つのアッパアーム41,42の連結位置が設定されている。即ち、図2において第1延在線AP1及び第2延在線AP2は、車両前方に向かうにつれて互いに離間するように前開き状に延在しており、且つ車両中心を車両前後方向に延在する車両基準線Lに対する傾斜角度は第1延在線AP1よりも第2延在線AP2の方が大きい。この場合、第2延在線AP2は図2に示すように第1延在線AP1よりも車両内側に配置されてもよいし、或いは第1延在線AP1よりも車両外側に配置されてもよい。またラック軸力低減構造の更なる第2の特徴として、第1延在線AP1は、車両基準線Lに対して車両前方に向かうにつれて当該車両基準線Lから離間するように傾斜している。この場合、第1延在線AP1は、フロントロアアーム31の他端部31bとリアロアアーム32の他端部32bとを直線的に結ぶ線(ナックル20a側の前後ポイントを結ぶ線)でもある。また、第2延在線AP2は、フロントアッパアーム41の他端部41bとリアアッパアーム42の他端部42bとを直線的に結ぶ線(ナックル20a側の前後ポイントを結ぶ線)でもある。
第1延在線AP1の上記の配置を実現するためには、図3が参照されるように、ジョイント21の位置を図中の矢印で示すようにフロントロアアーム31の軸線上で仮想交点M側へと移動させ、且つジョイント22の位置を図中の矢印で示すようにリアロアアーム32の軸線上で仮想交点Mとは反対側へと移動させる。この場合、右前輪が右方向である第1方向A1及び左方向である第2方向A2に操舵されるときの仮想交点Mの移動軌跡は、ジョイント21,22の位置変更によってM1からM2へと左側に傾斜移動している。第1方向A1は右前輪が旋回内輪となる方向であり、第2方向A2は右前輪が旋回外輪となる方向である。
第2延在線AP2の上記の配置を実現するためには、図4が参照されるように、ジョイント23の位置を図中の矢印で示すようにフロントアッパアーム41の軸線上で仮想交点Nとは反対側へと移動させ、且つジョイント24の位置を図中の矢印で示すようにリアアッパアーム42の軸線上で仮想交点N側へと移動させる。この場合、右前輪が右方向である第1方向A1及び左方向である第2方向A2に操舵されるときの仮想交点Nの移動軌跡は、ジョイント23,24の位置変更によってN1からN2へと右側に傾斜移動している。
ジョイント21,22の位置変更によって仮想交点Mの移動軌跡を左回り方向に回転させ、且つジョイント23,24の位置変更によって仮想交点Nの移動軌跡を右回り方向に回転させることにより、移動軌跡M2及び移動軌跡N2を互いに近づけることができ、特に移動軌跡M2及び移動軌跡N2を平行に近い状態に相対配置することができる。この場合、図5が参照されるように、仮想交点Mと仮想交点Nとを直線的に結ぶ仮想キングピン軸と接地面との交点KPに関し、右前輪が第1方向A1及び第2方向A2に操舵されるときの交点KPの移動軌跡は、二点鎖線で示すKP1から実線で示すKP2に変化する。移動軌跡KP1は、仮想交点Mの移動軌跡がM1であり、且つ仮想交点Nの移動軌跡がN1である場合に対応しており、移動軌跡KP2は、仮想交点Mの移動軌跡がM2であり、且つ仮想交点Nの移動軌跡がN2である場合に対応している。この場合、交点KPの移動軌跡はKP1からKP2へと左側に傾斜移動している。
ここで、図5が参照されるように、右前輪の仮想キングピン軸と接地面との交点KPは、右方向である第1方向A1への操舵時にとりわけ大きく変位するため、交点KPとタイヤ接地点Jとの間の距離Dは第1方向A1への操舵時に大きくなる。そこで、本実施の形態では、右方向である第1方向A1への操舵時に交点KPがより車両内側へと動くように、即ち仮想キングピン軸が車両外側へ倒れ込むのを防止するように、仮想交点M,Nの移動軌跡を設定している。その結果、交点KPとタイヤ接地点Jとの間の距離Dを抑えることによってラック軸力を低減させることができる。また、ジョイント21,22の位置変更によって仮想交点M及びブッシュ61,62の位置は変化せず、ジョイント23,24の位置変更によって仮想交点N及びブッシュ63,64の位置は変化しない。従って、2つのロアアーム31,32及び2つのアッパアーム41,42のアームレイアウトやラックストロークに制約を設けることなく、ナックル20a側の前後ポイントのみの変更によってラック軸力を下げることができる。
本発明は、上記の典型的な実施形態のみに限定されるものではなく、種々の応用や変形が考えられる。例えば、上記実施の形態を応用した次の各形態を実施することもできる。
上記実施の形態のラック軸力低減構造は、第1延在線AP1よりも第2延在線AP2の方が車両前方に向かうにつれて車両内側に向かう量が大きくなるという第1の特徴と、第1延在線AP1は、車両中心を車両前後方向に延在する車両基準線Lに対して車両前方に向かうにつれて当該車両基準線Lから離間するように傾斜しているという第2の特徴とを兼ね備える場合について記載したが、本発明ではラック軸力低減構造が少なくとも第1の特徴を備えていれば足りる。従って、例えば図2において第1延在線AP1を右上がり直線から左上がり直線に変更することもできる。ラック軸力低減構造が第1の特徴及び第2の特徴の双方を備える場合は、第1の特徴のみを備える場合に比べて2つのロアアーム31,32に係る仮想交点Mの移動軌跡と2つのアッパアーム41,42に係る仮想交点Nの移動軌跡とを平行に近づけることができ、その結果、ラック軸力の低減効果を高めることができる。