(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A′線断面図である。図1〜図2に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO2)等からなる絶縁体層55が積層形成されている。なお、絶縁体層55上に、必要に応じて、酸化チタン等からなる密着層が設けられていてもよい。
また、絶縁体層55上には、第1電極60と、第1電極60の上方に設けられて、厚さが、例えば20〜80nmの配向制御層65と、この配向制御層65上に設けられて厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、圧電体層70の上方に設けられた第2電極80とが、積層形成されて、圧電素子300を構成している。なお、ここで言う上方とは、直上だけでなく、間に他の部材が介在した状態も含むものである。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70、及び第2電極80、を含む部分をいう。
圧電素子300は、一般的には、何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極をそれぞれ独立する個別電極とする。本実施形態では、圧電素子300の実質的な駆動部となる各圧電体能動部の個別電極として第1電極60を設け、複数の圧電体能動部に共通する共通電極として第2電極80を設けるようにした。ここで、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧電体能動部といい、圧電体能動部から連続するが第1電極60と第2電極80に挟まれておらず、電圧駆動されない部分を圧電体非能動部という。また、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせて圧電素子と称するが、アクチュエーター装置とも称する場合がある。
なお、上述した例では、弾性膜50、絶縁体層55、及び第1電極60が圧電素子300と共に変形する振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50及び絶縁体層55を設けずに、第1電極60のみが振動板として作用するようにしてもよい。ただし、流路形成基板10上に直接第1電極60を設ける場合には、第1電極60とインクとが導通しないように第1電極60を絶縁性の保護膜等で保護するのが好ましい。
本実施形態の配向制御層65は、ビスマス、鉄及びチタンを含むペロブスカイト構造の複合酸化物からなる。具体的には、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。配向制御層65を構成する複合酸化物は、基本的には、AサイトのBiと、BサイトのFe及びTiとで構成されるのが好ましい。
ビスマスと、鉄と、チタンの好ましい組成比は、元素比をBi:Fe:Ti=100:x:(100−x)で表した場合、40≦x≦60となる範囲が好ましい。
このような構成からなる配向制御層65は、配向制御層65上に形成されるペロブスカイト構造の圧電体層70の結晶を(100)面に優先配向させる配向制御層65として機能する。より詳細には、圧電体層70の結晶は、Z軸方向で(100)面に優先配向し、XY軸面内方向では、同一方位の結晶粒がグレイン構造を形成する。ここで、「Z軸方向」とは、圧電体層70の膜厚方向に沿った方向を指し、「XY軸面内方向」とは、Z軸方向と直交する平面の中で任意の方向をいう。また、「(100)面に優先配向している」とは、圧電体層70の全ての結晶が(100)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(例えば、80%以上)が(100)面に配向している場合とを含むものである。また、「同一方位の結晶粒がグレイン構造を形成する」とは、多結晶を構成する個々の結晶が同一方位を向いて集まり、結晶間で粒の塊を形成していることをいう。
結晶粒の方位は、本発明では、電子線後方散乱回折法(EBSD)による結晶方位解析で得られたデータ、具体的には粒界マップで観察される。また、結晶粒の平均直径(平均粒径)は、かかる粒界マップを画像解析することにより算出した値である。
上述したように圧電体層70の結晶がZ軸方向で(100)面に優先配向するだけでなく、XY軸面内方向で同一方位の結晶粒がグレイン構造を形成することにより、圧電体層70の膜全体の結晶性は向上する。これにより、圧電体層70を有する圧電素子300の変位特性及び耐久性は、後述する実施例に示すように向上する。
また、圧電体層70のXY軸面内方向における結晶粒の平均直径は、0.6μm以下であることが好ましい。結晶粒の平均直径が0.6μm以下であることにより、圧電体層70の結晶性は緻密となり、結晶性はさらに向上する。
また、配向制御層65は、第1電極60をパターニングした後、成膜されるので、第1電極60上及び絶縁体層55上に成膜されることになるが、何れの下地の上でも、その後成膜される圧電体層70の結晶は、Z軸方向で(100)面に優先配向し、XY軸面内方向では同一方位の結晶粒がグレイン構造を形成する。これにより、第1電極60と絶縁体層55との境界近傍においても、圧電体層70の結晶状態の不均一さが低減される。
なお、配向制御層65としての機能が阻害されない範囲で、ビスマス、鉄及びチタンの元素の一部を他の元素で置換した酸化物としてもよく、これも本発明の配向制御層に包含される。例えば、AサイトにBiの他にBa、Sr、Laなどの元素がさらに存在してもよいし、BサイトにFe及びTiと共にZr、Nbなどの元素がさらに存在していてもよい。また、上述した機能を有する限り、元素(Bi、Fe、Ti、O)の欠損や過剰により化学量論の組成(ABO3)からずれたものも、本発明の配向制御層に包含される。
配向制御層65は、後述する圧電体層70を形成する圧電材料と同様なペロブスカイト構造を有して、小さいが圧電特性を有するものであり、配向制御層65と圧電体層70とを併せて圧電体層ということもできる。
配向制御層65上に設けられる圧電体層70は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含むペロブスカイト構造の複合酸化物からなる圧電材料である。代表的には、AサイトにBi、Baが、BサイトにFe、Tiを含むものであり、例えば、鉄酸ビスマス系とチタン酸ビスマス系との混晶からなるペロブスカイト構造を有する複合酸化物が挙げられる。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi、Baが、BサイトにFe、Tiが位置している。鉄酸ビスマス系としては、鉄酸ビスマス(BiFeO3)、鉄酸アルミニウム酸ビスマス(Bi(Fe,Al)O3)、鉄酸マンガン酸ビスマス(Bi(Fe,Mn)O3)、鉄酸マンガン酸ビスマスランタン((Bi,La)(Fe,Mn)O3)、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O3)、鉄酸コバルト酸ビスマス(Bi(Fe,Co)O3)、鉄酸ビスマスセリウム((Bi,Ce)FeO3)、鉄酸マンガン酸ビスマスセリウム((Bi,Ce)(Fe,Mn)O3)、鉄酸ビスマスランタンセリウム((Bi,La,Ce)FeO3)、鉄酸マンガン酸ビスマスランタンセリウム((Bi,La,Ce)(Fe,Mn)O3)、鉄酸ビスマスサマリウム((Bi,Sm)FeO3)、鉄酸クロム酸ビスマス(Bi(Cr,Fe)O3)、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスカリウム((Bi,K)(Fe,Mn,Ti)O3)、鉄酸マンガン酸亜鉛酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Zn,Ti)O3)等が挙げられる。
また、チタン酸ビスマス系としては、チタン酸ビスマスナトリウム(Bi1/2Na1/2)TiO3)、チタン酸ビスマスナトリウムカリウム((Bi,Na,K)TiO3)、チタン酸亜鉛酸ビスマスバリウムナトリウム((Bi,Na,Ba)(Zn,Ti)O3)、チタン酸銅酸ビスマスバリウムナトリウム((Bi,Na,Ba)(Cu,Ti)O3)が挙げられる。その他、チタン酸ビスマスカリウム((Bi,K)TiO3)、クロム酸ビスマス(BiCrO3)等が挙げられる。また、上述した複合酸化物に、例えば、Bi(Zn1/2Ti1/2)O3、(Bi1/2K1/2)TiO3、(Li,Na,K)(Ta,Nb)O3を添加したものであってもよい。本実施形態においては、複合酸化物層72をBi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とした。
Bi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、具体的には、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体としても表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeO3やBaTiO3以外に、元素(Bi、Fe、Ba、TiやO)が一部欠損する又は過剰である、又は元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本実施形態で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。また、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの比も、種々変更することができる。
このようなBi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、((Bi,Ba)(Fe,Ti)O3)で表される。代表的には、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。また、下記のように一般式で表した場合は異なるものであっても、Aサイトの元素とBサイトの元素との比が同じものは、同一の複合酸化物とみなせる場合がある。
(1−x)[BiFeO3]−x[BaTiO3] (1)
(0<x<0.40)
(Bi1−xBax)(Fe1−xTix)O3 (1’)
(0<x<0.40)
また、圧電体層70がBi、Fe、Ba及びTiを含むペロブスカイト構造の複合酸化物である場合、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素をさらに含んでいてもよい。他の元素としては、例えば、Mn、Co、Crなどが挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。圧電体層70が、Mn、CoやCrを含む場合、Mn、CoやCrはBサイトに位置した構造の複合酸化物である。例えば、Mnを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMnで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上することがわかっている。また、CoやCrを含む場合も、Mnと同様にリーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマス、及び、鉄酸クロム酸ビスマスは、単独では検出されないものである。また、Mn、CoおよびCrを例として説明したが、その他遷移金属元素の2元素を同時に含む場合にも同様にリーク特性が向上することがわかっており、これらも圧電体層70とすることができ、さらに、特性を向上させるため公知のその他の添加物を含んでもよい。
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、CoやCrも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、((Bi,Ba)(Fe,Ti,Mn,Co,Cr)O3)で表される。代表的には、下記一般式(2)で表される混晶として表される。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。なお一般式(2)及び一般式(2’)において、Mは、Mn、CoまたはCrである。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは許容される。例えば、化学量論が1であれば、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。また、下記のように一般式で表した場合は異なるものであっても、Aサイトの元素とBサイトの元素との比が同じものは、同一の複合酸化物とみなせる場合がある。
(1−x)[Bi(Fe1−yMy)O3]−x[BaTiO3] (2)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMy)1−xTix)O3 (2’)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
なお、圧電体層70の厚さは限定されない。例えば、圧電体層70の厚さは3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmである。
第2電極80としては、Ir,Pt,タングステン(W),タンタル(Ta),モリブデン(Mo)等の各種金属の何れでもよく、また、これらの合金や、酸化イリジウム等の金属酸化物が挙げられる。圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、流路形成基板10の絶縁体層55上に延設された金(Au)等のリード電極90がそれぞれ接続されている。このリード電極90を介して各圧電素子300に選択的に電圧が印加される。
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、絶縁体層55、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図3〜図6を参照して説明する。なお、図3〜図6は、圧力発生室の長手方向(第2方向)の断面図である。
まず、図3(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハーの表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を形成する。次いで、図3(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化ジルコニウム等からなる絶縁体層55を形成する。
次に、図4(a)に示すように、絶縁体層55上に、白金からなる第1電極60をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成する。次いで、図4(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示なし)をマスクとして、第1電極60をパターニングする。
次に、図4(c)に示すように、レジストを剥離した後、第1電極60上(及び絶縁体層55)に、Bi、Fe及びTiを含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物となる前駆体である配向制御層前駆体層66を形成し、これを焼成することにより、ペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる配向制御層65とする(図4(d))。このように配向制御層65は、例えば、金属錯体を含む前駆体溶液を塗布して配向制御層前駆体層66を形成し、これを乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる配向制御層65を得る、MOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて製造できる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法などでも、配向制御層65を製造することもできる。
配向制御層65を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図4(c)に示すように、Bi、Fe及びTiを含有する金属錯体を含むMOD溶液やゾルからなる配向制御層形成用組成物(配向制御層の前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布して配向制御層前駆体層66を形成する(配向制御層前駆体溶液塗布工程)。
塗布する配向制御層65の前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。Bi、Fe及びTi等をそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナート)鉄などが挙げられる。Tiを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸チタン、酢酸チタンなどが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Ti等を二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、配向制御層65の前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、オクチル酸などが挙げられる。
次いで、この配向制御層前駆体層66を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(配向制御層乾燥工程)。次に、乾燥した配向制御層前駆体層66を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(配向制御層脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、配向制御層前駆体層66に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。配向制御層乾燥工程や配向制御層脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。
次に、図4(d)に示すように、配向制御層前駆体層66を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、Bi、Fe及びTiを含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる配向制御層65を形成する(焼成工程)。
この配向制御層焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。配向制御層乾燥工程、配向制御層脱脂工程及び配向制御層焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
本実施形態では、塗布工程を1回として1層からなる配向制御層65を形成したが、上述した配向制御層塗布工程、配向制御層乾燥工程及び配向制御層脱脂工程や、配向制御層塗布工程、配向制御層乾燥工程、配向制御層脱脂工程及び配向制御層焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数層からなる配向制御層65を形成してもよい。但し、圧電体層70の変位特性を低減させないためには薄い方が好ましく、厚さ20nm〜80nm、好ましくは、20nm〜50nmとするのが好ましい。
次に、配向制御層65上にBi、Fe、Ba及びTiを含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70を形成する。圧電体層70は、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、脱脂することにより製造することができる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法などでも圧電体層70を製造することができる。
例えば、まず、図5(a)に示すように、配向制御層65上に、圧電体層70となる圧電材料の構成金属を含有する有機金属錯体を含むゾルやMOD溶液(前駆体溶液)を、スピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。また、Mn、CoやCrを含む複合酸化物からなる複合酸化物層72を形成する場合は、さらに、Mn、CoやCrを有する金属錯体を含有する前駆体溶液を用いる。Biや、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crをそれぞれ含む金属錯体を有する金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナート)鉄などが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Coを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸コバルト、コバルト(III)アセチルアセトナートなどが挙げられる。Crを含む有機金属化合物としては、2−エチルヘキサン酸クロムなどが挙げられる。勿論、Biや、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、オクチル酸などが挙げられる。
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば130℃〜180℃程度に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば300℃〜400℃に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。なお、ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。
次に、図5(b)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば650〜800℃程度に加熱して一定時間保持することによって結晶化させ、複合酸化物層72を形成する(焼成工程)。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
なお、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返すことにより、複数層の複合酸化物層72からなる圧電体層70を形成してもよい。
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数層の複合酸化物層72からなる圧電体層70を形成することで、図5(c)に示すように複数層の複合酸化物層72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の複合酸化物層72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、複合酸化物層72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
このようにBi、Fe及びTiを含むペロブスカイト構造の複合酸化物からなる配向制御層65上にBi、Fe、Ba及びTiを含むペロブスカイト構造の圧電体層70を形成することにより、圧電体層70の結晶は、Z軸方向で(100)面に優先配向し、XY軸面内方向では同一方位の結晶粒がグレイン構造を形成する。これにより、圧電体層70の結晶性は優れたものとなり、後述する実施例に示すように、変位特性及び耐久性が向上する。
圧電体層70を形成した後は、図6(a)に示すように、圧電体層70上に、例えば、白金等の金属からなる第2電極80を積層し、圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、600℃〜800℃の温度域でポストアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
次に、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
次に、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
次に、図示しないが、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜を新たに形成し、所定形状にパターニングする。そして、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
本実施形態では、配向制御層65をBi、Fe及びTiを含む複合酸化物で構成することにより、この上に形成されるBi、Fe、Ba及びTiを含む圧電体層70の結晶がZ軸方向で(100)面に優先配向し、XY軸面内方向では同一方位の結晶粒がグレイン構造を形成する。これは、Bi、Fe及びTiを含む複合酸化物からなる配向制御層65によって、その上に形成される圧電体層70のペロブスカイト構造の結晶成長が促進されたためである。これにより、本実施形態の圧電体層70の結晶性は優れたものとなり、変位特性及び耐久性は向上する。
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
<基板の準備>
まず、(110)に配向した単結晶シリコン基板の表面に熱酸化により厚さ1170nmの二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にRFマグネトロンスパッター法により厚さ20nmのジルコニウム膜を形成し、熱酸化することで酸化ジルコニウム膜を形成した。次に、酸化ジルコニウム膜上に、密着層としてRFマグネトロンスパッター法により厚さ10nmのジルコニウム膜を形成し、ジルコニウム膜上にRFマグネトロンスパッター法により厚さ130nmの白金膜からなる第1電極60を形成して電極付き基板とした。
<配向制御層>
2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸チタンの各n−オクタン溶液を混合し、Bi:Fe:Tiのモル比が、100:40:60となる割合で混合して、配向制御層前駆体溶液を調製した。
この配向制御層前駆体溶液を上記電極付き基板上にスピンコーターで成膜した後、ホットプレート上で180℃×3min、350℃×3minでベークし、アモルファス膜を形成する。次いで、ランプアニール炉を用いて700℃×5min焼成し、Bi、Fe及びTiを含む酸化物からなる厚さ80nmの配向制御層65とした。この配向制御層(BiFeTiO3層)65を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、第1電極60側の原子一層目から(100)配向を形成している自己配向膜であることが確認された。ここでのTEM画像を図7に示す。
<圧電体層>
Bi、Ba、Fe、Ti及びMnを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層を形成するために、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸マンガンの各n−オクタン溶液を混合し、Bi:Ba:Fe:Ti:Mnのモル比が、Bi:Ba:Fe:Ti:Mn=75.0:25.0:71.3:25.0:3.8となるように混合して、((Bi,Ba)(Fe,Ti,Mn))からなる圧電体層前駆体溶液を調製した。
この圧電体層前駆体溶液を適量マイクロピペットに取り、スピンコーターにセットした電極付き基板の配向制御層65上に滴下する。スピンコーターで成膜した後、ホットプレート上で180℃×3min、350℃×3minでベークしアモルファス膜を形成する。ランプアニール炉を用いて750℃×5min焼成し、複合酸化物層72とした。
同様にさらに複合酸化物層72を作製するため、圧電体層前駆体溶液を適量マイクロピペットに取り、スピンコーターにセットした電極付き基板上に滴下する。スピンコーターで成膜した後、ホットプレート上で180℃×3min、350℃×3minでベークしてアモルファス膜を形成する。この作業を2回繰り返した後、ランプアニール炉を用いて750℃×5min焼成して結晶膜とした。ランプアニール炉までの工程を5回繰り返し、配向制御層と、12層の複合酸化物層72からなる、厚さ約900nmの圧電体層70を形成した。この圧電体層70上にスパッタリング法を用いてイリジウムからなる第2電極80を形成した。
(比較例1)
配向制御層65のかわりに、ニッケル酸ランタン膜を形成し、このニッケル酸ランタン膜上に、12層の複合酸化物層を積層した以外は実施例1と同様の手順で、ニッケル酸ランタン膜と、12層の複合酸化物層からなる厚さ約900nmの圧電体層を形成した。
なお、ニッケル酸ランタン膜は以下の手順で形成した。ランタンアセチルアセトナート(ランタンアセチルアセトナート2水和物(La(acac)3)・2H2O)とニッケルアセチルアセトナート(ニッケルアセチルアセトナート2水和物[Ni(acac)2]3・2H2O)を、ランタンとニッケルがそれぞれ0.005molとなるようにビーカーに加えた。その後、酢酸水溶液(酢酸99.7重量%)25mlを加え、さらに、水5mlを加えて混合した。その後、溶液の温度が70℃となるよう、ホットプレートで加熱し、約1時間加熱攪拌してニッケル酸ランタン膜形成用前駆体溶液を調製した。
このニッケル酸ランタン膜形成用前駆体溶液を上記電極付き基板上にスピンコーターで成膜した後、ホットプレート上で180℃×3min、350℃×3minでベークし、アモルファス膜を形成する。次いで、ランプアニール炉を用いて700℃×5min焼成し、Ni及びLaを含む酸化物からなる厚さ40nmのニッケル酸ランタン膜とした。
(試験例1)
Bruker AXS社製の「D8 Discover With GADDS:微小領域X線回折装置」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温で、第2電極を形成する前に実施例のX線回折チャートを求めた。図8に、実施例1及び比較例1のX線回折パターンを示す。ここで、2θ=22.5°付近のピークが(100)面に由来するピークであり、2θ=31.8°付近のピークが(110)面に由来するピークである。
図8に示すように、配向制御層上に設けられた実施例1の圧電体層は、(100)面に強く配向することがわかった。一方、ニッケル酸ランタン膜上に設けられた比較例1の圧電体層は、(100)面に配向せず、(110)面に強く配向することがわかった。
これにより、Bi、Fe及びTiを含む複合酸化物は、この上に形成されるBi、Fe、Ba、Ti及びMnを含む圧電体層の結晶を(100)面に優先配向する配向制御層として作用することがわかった。
(試験例2)
Oxford instruments社製の「Nodlys S:電子線後方散乱回折法(EBSD)」を用い、第2電極80を形成する前の実施例1の圧電体層、実施例1の圧電体層を形成する前の配向制御層、第2電極80を形成する前の比較例1の圧電体層の結晶方位をそれぞれ測定した。図9〜図11に、表面写真及び測定により得られた結晶方位を示す粒界マップを示す。
図9(a)、図10(a)、図11(a)に示すように、実施例1の圧電体層及び配向制御層、比較例1の圧電体層の表面には、いずれもクラックが発生しなかった。
図9(b)に示すように、配向制御層上に設けられた実施例1の圧電体層の結晶は、Z軸方向で(100)面に強く配向することがわかった。また、図9(c)に示すように、XY軸面内方向では、結晶方位の揃った結晶粒が観察され、グレイン構造を形成していることが観察された。また、図10(b)、(c)に示すように、圧電体層が形成される前の配向制御層の結晶についてもZ軸方向で(100)面に強く配向し、XY軸面内方向では、結晶方位のほぼ揃った結晶粒がグレイン構造を形成していることが観察された。この結果、配向制御層の結晶配向性は、Z軸方向及びXY軸面内方向のいずれの方向においても、その上に形成される圧電体層に受け継がれることがわかった。これにより、実施例1の圧電体層の結晶性は良好であることがわかった。
一方、図11(b)、(c)に示すように、ニッケル酸ランタン膜上に設けられた比較例1の圧電体層の結晶は、Z軸方向で(100)面に配向せず、XY軸面内方向でも結晶方位はランダムな方向であることがわかった。
(試験例3)
試験例2の電子線後方散乱回折法(EBSD)により得られたデータを解析することにより、実施例1の圧電体層の結晶粒の平均直径(平均粒径)を算出した。平均直径は、EBSDの測定により得られた結晶方位を示す粒界マップから、結晶粒のまとまり毎に結晶粒の重心を通る径を2°刻みで測定し、これらの径の平均直径とした。図12に、実施例1のXY軸面内方位における結晶粒の直径分布図を示す。
図12に示すように、実施例1の圧電体層のXY軸面内方位における結晶粒の平均直径は0.586μmとなった。このように圧電体層の結晶粒の平均直径は、微細で緻密であるあることがわかった。さらに、試験例1、2から、かかる結晶粒は、Z軸方向で(100)面に強く配向し、XY軸面内方向では、結晶方位の揃った結晶粒がグレイン構造を形成する。これにより、実施例1の圧電体層の結晶性は良好となり、後述する試験例4において、変位特性及び耐久性が向上したと考えられる。
(試験例4)
「パルス耐久試験装置」を用い、実施例1及び比較例1の圧電素子を用いてパルス耐久評価を行った。図13に、パルス耐久評価の結果を示すグラフを示す。
図13に示すように、実施例1の圧電素子は、初期の変位変化率を基準とした場合、パルス数が増加しても、変位変化率は低下しなかった。一方、比較例1の圧電素子は、パルス数の増加と共に、変位変化率は低下した。これにより、配向制御層をBi、Fe及びTiを含む複合酸化物で構成することにより、圧電素子の変位特性及び耐久性が向上することがわかった。
以上、試験例1〜4の結果から、配向制御層として、ビスマス、鉄及びチタンを含む複合酸化物を用いることにより、その上に形成される圧電体層の結晶が、Z軸方向で(100)面に強く配向し、XY軸面内方向では結晶方位の揃った結晶粒がグレイン構造を形成することがわかった。そして、配向制御された圧電体層は、優れた結晶性を有し、圧電素子として用いた場合、変位特性及び耐久性が向上することがわかった。したがって、本発明によれば、変位特性及び耐久性が向上した信頼性の高い液体噴射ヘッド、液体噴射装置及び圧電素子を実現することができる。
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図14は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
図14に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4には搬送手段としての搬送ローラー8が設けられており、紙等の記録媒体である記録シートSが搬送ローラー8により搬送されるようになっている。なお、記録シートSを搬送する搬送手段は、搬送ローラーに限定されずベルトやドラム等であってもよい。
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。