以下、本発明に係る第1の実施形態のドグクラッチを備えた自動変速装置を有する自動変速機を車両に適用した場合について図面を参照して説明する。図1は、その車両Mの構成を示す概要図である。車両Mは、図1に示すように、エンジン11、クラッチ12、自動変速機13、ディファレンシャル装置14、駆動輪(左右前輪)Wfl,Wfrを含んで構成されている。エンジン11は、燃料の燃焼によって駆動力を発生させるものである。エンジン11の駆動力は、クラッチ12、自動変速機13、およびディファレンシャル装置14を介して駆動輪Wfl,Wfrに伝達されるように構成されている。このように、車両Mは、いわゆるFF車両である。なお、FF車両は一例であって、これに限るものではない。例えば、前輪駆動車でもよいし、4輪駆動車でもよい。
クラッチ12は、制御部33の指令に応じて自動で断接されるように構成されている。図2に示すように、自動変速機13は、ドグクラッチの機構を備えた自動変速装置10を組み込んで、例えば前進5段、後進1段を自動的に選択するものである。ただし、図2では、前進2段分の変速段のみを記載してある。ディファレンシャル装置14は、ファイナルギヤおよびディファレンシャルギヤの両方を含んで構成されており、自動変速機13と一体的に形成されている(詳細は図示しない)。
自動変速機13は、図2に示すように、ケーシング21、入力シャフト22(本発明の一方のシャフトに相当する)、出力シャフト28(本発明の他方のシャフトに相当する)および自動変速装置10を含んで構成されている。また、本実施形態においては、入力シャフト22は本発明に係る回転軸でもある。
ケーシング21は、ほぼ有底円筒状に形成された本体21a、本体21aの底壁である第1壁21b、および本体21a内を左右方向に区画する第2壁21cを含んで構成されている。
入力シャフト22は、ケーシング21に回転自在に支承されている。すなわち、入力シャフト22の一端(左端)が軸受21b1を介して第1壁21bに軸承され、入力シャフト22の他端(右端)側が軸受21c1を介して第2壁21cに軸承されている。入力シャフト22の他端は、クラッチ12を介してエンジン11の図略の出力軸に回転連結されている(図1参照)。よって、エンジン11の出力はクラッチ12が接続されているときに入力シャフト22に入力される。また、クラッチ12が遮断されると、入力シャフト22はフリー回転可能な状態となる。
出力シャフト28は、ケーシング21に回転自在に支承されている。すなわち、出力シャフト28の一端(左端)が軸受21b2を介して第1壁21bに軸承され、出力シャフト28の他端(右端)が軸受21c2を介して第2壁21cに軸承されている。出力シャフト28には、第1出力ギヤ28a、第2出力ギヤ28bおよび第3出力ギヤ28cがスプライン嵌合等で固定されている。
第1出力ギヤ28aは、後述する第1クラッチリング23と噛合するものであり、外周面には第1クラッチリング23と噛合するギヤ(ヘリカルギヤ)が形成されている。第2出力ギヤ28bは、後述する第2クラッチリング24と噛合するものであり、外周面には第2クラッチリング24と噛合するギヤ(ヘリカルギヤ)が形成されている。第3出力ギヤ28cは、ディファレンシャル装置14のクラッチリング(図示省略)と噛合するものであり、外周面には、当該クラッチリングと噛合するギヤ(ヘリカルギヤ)が形成されている。このように、出力シャフト28は、ディファレンシャル装置14を介して、駆動輪Wfl,Wfrに回転連結されている。
これにより、車両走行時には、駆動輪Wfl,Wfrの回転が、ディファレンシャル装置14、第3出力ギヤ28c、出力シャフト28、第1出力ギヤ28aおよび第2出力ギヤ28bを介して、第1クラッチリング23および第2クラッチリング24を強制回転させている。このときの、第1クラッチリング23の回転数Nc1は、第2回転数センサ32によって検出された出力シャフト28の回転数Noに、第1出力ギヤ28aと第1クラッチリング23との間で形成されるギヤ比を乗じて演算される。
また、第2クラッチリング24の回転数Nc2は、第2回転数センサ32によって検出された出力シャフト28の回転数Noに、第2出力ギヤ28bと第2クラッチリング24との間で形成されるギヤ比を乗じて演算される。
よって、エンジン11の駆動力は、断接可能なクラッチ12が接続状態にされると、入力シャフト22から入力し、出力シャフト28に伝達され、最終的に第3出力ギヤ28c、ディファレンシャル装置14を介して、駆動輪Wfl,Wfrに出力される。
自動変速装置10は、図2および図3に示すように、クラッチハブ25と、上述した第1クラッチリング23および第2クラッチリング24(いずれも本発明のクラッチリングに該当する)と、スリーブ26と、軸動装置27と、ストロークセンサ29と、第1回転数センサ31および第2回転数センサ32と、第1クラッチリング23が有する第1ドグクラッチ部23aおよび第2クラッチリング24が有する第2ドグクラッチ部24aと、制御部33(ECU)と、を備えている。
クラッチハブ25は、入力シャフト22に、軸線回りに一体回転可能にスプライン嵌合等で固定されている。図3に示すように、クラッチハブ25の外周面には、スリーブ26の内周面に形成されているスプライン26aに、入力シャフト22の軸線方向に摺動可能に係合するスプライン25aが形成されている。スプライン25aは、複数(例えば2つ)の溝25a1が残りの溝より深く形成されている。溝25a1は、後述するスリーブ26の高歯26a1に対応するものである。なお、本実施形態においては、高歯26a1の数は2枚である。
第1クラッチリング23および第2クラッチリング24は、回転軸である入力シャフト22に遊転(回転)可能に支承されている。第1クラッチリング23および第2クラッチリング24は、クラッチハブ25の両側でクラッチハブ25と隣接して配置されている。そして、第1クラッチリング23の外周面には、出力シャフト28に固定される第1出力ギヤ28aと噛合するギヤ(ヘリカルギヤ)が形成されている。第2クラッチリング24の外周面には、出力シャフト28に固定される第2出力ギヤ28bと噛合するギヤ(ヘリカルギヤ)が形成されている。このようにして、第1クラッチリング23および第2クラッチリング24は、出力シャフト28と回転連結されている。
第1クラッチリング23のクラッチハブ25側の側面には、スリーブ26に形成されているスプライン26aに係合する第1ドグクラッチ部23a(本発明のドグクラッチ部に該当する)が形成されている。また、第2クラッチリング24のクラッチハブ25側(スリーブ26側)の側面には、スリーブ26のスプライン26aに係合する第2ドグクラッチ部24a(本発明のドグクラッチ部に該当する)が形成されている。
なお、第1クラッチリング23の第1ドグクラッチ部23aは、第2クラッチリング24の第2ドグクラッチ部24aと同一構成であるため、図3には第1クラッチリング23、クラッチハブ25およびスリーブ26を示して以下詳細に説明する。
図3に示すように、第1ドグクラッチ部23aには、リング状の凸部23a1と、凸部23a1の外周において180度隔てて配置された2枚(複数枚)のクラッチ前歯23b1と、凸部23a1の外周において2枚のクラッチ前歯23b1の間に5枚ずつ等角度間隔で配置されたクラッチ後歯23c1とが形成されている。
凸部23a1は、外径がスリーブ26に形成されているスプライン26aの高歯26a1の内径より小さくなるように形成されている。クラッチ前歯23b1は、外径が、スプライン26aの高歯26a1の内径より大きく、かつスプライン26aの低歯26b1の内径より小さくなるように、つまり、高歯26a1の内径と低歯26b1の内径との間の径になるように形成されている。
クラッチ前歯23b1と、そのクラッチ前歯23b1と相隣り合う両側のクラッチ後歯23c1との間には、スプライン26aの高歯26a1が噛合可能なクラッチ歯溝23d1が形成されている。互いに隣り合うクラッチ後歯23c1間には、スプライン26aの低歯26b1が噛合可能なクラッチ歯溝23e1が形成されている。
クラッチ前歯23b1は、高歯26a1と同数枚(本実施形態では2枚)形成されている。スリーブ26の回転数(回転速度)と第1クラッチリング23の回転数(回転速度)との間に大きな差(差回転数Nd)が生じていても、2枚の高歯26a1が2枚のクラッチ前歯23b1間に容易に入り込めるように、クラッチ前歯23b1は少歯とされている。そして、クラッチ前歯23b1は、高歯26a1と対応する位置で、凸部23a1の前端面23a2(本発明の第2端面に該当する)からドグクラッチ部23aの後端位置Pe(本発明の第1端面に該当する)まで延在して形成されている。
図3に示すように、クラッチ後歯23c1およびクラッチ歯溝23e1は、凸部23a1の前端面23a2から所定量d1後退した位置から、ドグクラッチ部23aの後端位置Peまで延在して形成されている。前端面23a2から所定量d1後退した位置でクラッチ歯溝23e1の底面より小径側には、高歯26a1の前端面26a2が当接可能な当接面23e2が形成されている。クラッチ後歯23c1、クラッチ歯溝23e1および当接面23e2によってクラッチ後歯部23fが形成される。
高歯26a1と対向するクラッチ前歯23b1の前端部には、中央部からドグクラッチ部23aの後端位置Pe側に向かって傾斜する傾斜面23b2が円周方向両側に形成されている。クラッチ後歯23c1には、高歯26a1および低歯26b1と当接可能な接触面23c2が形成されている。本実施形態においては、接触面23c2は、当接面23e2と同一面である。
クラッチ前歯23b1の傾斜面23b2が、クラッチ前歯23b1の側面23b3と交差する位置Pcは、当接面23e2より凸部23a1の前端面23a2側となるように、クラッチ前歯23b1の傾斜面23b2は形成されている。なお、クラッチ前歯23b1の前端部の先端、すなわち両傾斜面23b2の交差部は、一般的な丸み面取り(R形状)に形成されている。
クラッチ前歯23b1の前端部を上記のように形成することによって、高歯26a1の前端面26a2が、クラッチ前歯23b1と当接したときには、高歯26a1をクラッチ前歯23b1の前端部から円周方向両側のいずれかの方向に滑らせることができる。そして、高歯26a1を、前端部両側に形成されたクラッチ歯溝23d1に落ち込ませ、高歯26a1とクラッチ歯溝23d1とを噛合させることができる。
図2、図3に示すように、スリーブ26は、クラッチハブ25と一体回転するとともに、クラッチハブ25に対して軸線方向に摺動可能であり、リング状に形成されている。図3に示すように、スリーブ26の内周面には、クラッチハブ25の外周面に形成されているスプライン25aに軸線方向に摺動可能に係合するスプライン26aが形成されている。
スプライン26aは、2枚の高歯26a1が、残りの低歯26b1より歯丈が高く形成されている。高歯26a1および低歯26b1における第1クラッチリング23側の前端面の両端角部は、クラッチ前歯23b1やクラッチ後歯23c1と当接したときに衝撃で破損しないように、一般的なC面取り(45度面取り)に形成されている。また、スリーブ26の外周面には、周方向に沿って外周溝26dが形成されている。外周溝26dには、フォーク27aの先端が周方向に沿って摺動可能に係合する。
図2に示すように、軸動装置27は、スリーブ26を軸線方向に沿って所定の荷重で往復動させるものである。そして、軸動装置27は、スリーブ26を第1クラッチリング23または第2クラッチリング24に所定の荷重で押圧しているとき、第1クラッチリング23または第2クラッチリング24から反力が加わった場合に、スリーブ26がその反力によって移動することを許容するように構成されている。
軸動装置27は、フォーク27a、フォークシャフト27bおよび駆動装置(アクチュエータ)27cを含んで構成されている。フォーク27aの先端部は、スリーブ26の外周溝26dの外周形状にあわせて形成されている。フォーク27aの基端部は、フォークシャフト27bに固定されている。フォークシャフト27bは、ケーシング21に軸線方向に沿って摺動自在に支承されている。すなわち、フォークシャフト27bの一端(左端)が軸受21b3を介して第1壁21bに支承され、フォークシャフト27bの他端(右端)側が軸受21c3を介して第2壁21cに支承されている。フォークシャフト27bの他端部は、駆動装置27cを貫通して配設されている。
駆動装置27cは、リニアモータを駆動源とするリニア駆動装置であり、リニアモータとしては、特開2008−259413号公報に記載されているものを採用すればよい。すなわち、リニア駆動装置27cは、複数のコイルが軸線方向に沿って並設されて円筒状のコアが形成され、その貫通穴を貫通しているフォークシャフト27bに複数のN極磁石とS極磁石を交互に並設することで構成されている。各コイルへの通電を制御することで、フォークシャフト27bを往復動させることも、任意の位置に位置決め固定させることも可能である。駆動装置27cは、図2の破線に示すように、制御部33に電気接続され、制御部33からの指令によって作動される。
なお、本実施形態では、駆動装置としてリニア駆動装置を採用したが、これに限るものではない。例えば、スリーブ26を、第1クラッチリング23または第2クラッチリング24に所定の荷重で押圧している際に、第1クラッチリング23または第2クラッチリング24から反力が加わった場合、スリーブ26がその反力によって移動することを許容するように構成されているものであれば、他の駆動装置であるソレノイド式駆動装置や油圧式駆動装置でもよい。また、回転駆動するモータの動きを直線方向の動きに変換する駆動装置でもよい。
図2に示すように、ストロークセンサ29は、フォークシャフト27bの近傍に配置され、フォークシャフト27bの移動量、即ちスリーブ26の軸線方向の移動量を検出する。ストロークセンサ29は、制御部33に接続され、検出データを制御部33に送信している(図2破線参照)。なお、ストロークセンサ29の構造は、どのようなものでもよい。
図2に示すように、第1回転数センサ31は、入力シャフト22の近傍に配置され、入力シャフト22の回転数、つまり回転軸の回転数を検出する。第1回転数センサ31は、制御部33に接続され、検出データを制御部33に送信している(図2破線参照)。第2回転数センサ32は、図2に示すように、出力シャフト28の近傍に配置され、出力シャフト28の回転数Noを検出する。第2回転数センサ32は、制御部33に接続され、検出データを制御部33に送信している(図2破線参照)。なお、第1回転数センサ31および第2回転数センサ32はどのような構造のものでもよい。
制御部33(ECU)は、軸動装置27が有する駆動装置27cに指令信号を送信してフォークシャフト27bを作動させる。これにより、フォークシャフト27bに連結されるフォーク27aを介して、スリーブ26を軸線方向に往復動させ、スリーブ26のスプライン26aとドグクラッチ部23aとの係脱を制御する。
また、制御部33は、係合開始部33fと、経過時間判定部33aと、リトライ制御移行判定部33bと、リトライ制御条件演算部33cと、リトライ制御部33dと、を備え、リトライ制御(再突入制御)を実行する。なお、以降においては、第1クラッチリング23と記載し説明する部分の作用等は、全て第2クラッチリング24にも同様に適用できる。このため、第1クラッチリング23のみについて説明を行ない、第2クラッチリング24についての説明は省略する。
まず、上述したリトライ制御(再突入制御)について説明する。リトライ制御の説明にあたっては、例えば、はじめに第2クラッチリング24および第2出力ギヤ28bによって形成されていたギヤ段から、第1クラッチリング23と第1出力ギヤ28aとによって形成される増速側のギヤ段に切替える場合について説明する。
このとき、制御部33は、ギヤ段の切替えのため、まず、クラッチ12を遮断する。次に、制御部33は、軸動装置27を作動させ、フォークシャフト27bを、軸線方向で第1クラッチリング23側に作動させる。これによって、第2クラッチリング24と第2出力ギヤ28bとによって形成されていたギヤ段が切断される。
次に、制御部33は、第1クラッチリング23と第1出力ギヤ28aとによって形成されるギヤ段を形成する。このため、制御部33は、軸動装置27を作動させ、フォークシャフト27bおよびフォーク27aに連結されるスリーブ26を、第1荷重F1で、第1クラッチリング23側に付勢する。なお、第1荷重F1は、予め任意に設定された値である。このとき、例えば、スリーブ26の高歯26a1の前端面26a2が、第1クラッチリング23の当接面23e2、または当接面23e2および接触面23c2に当接する場合がある。そして、前端面26a2と当接面23e2(または当接面23e2および接触面23c2)との間に滑りが発生されることなく、スリーブ26と第1クラッチリング23とが同期して一体的に回転される場合がある。
このような場合に、スリーブ26と第1クラッチリング23とが正常な噛合状態となるよう実行するのがリトライ制御(再突入制御)である。図4に示すように、リトライ制御では、まず、軸動装置27が、スリーブ26を付勢する第1荷重F1を、第2荷重F2に減じる(図4、A点)。このとき、第2荷重F2の大きさは、任意に設定すればよいが、第2荷重F2に減じたときに、スリーブ26と第1クラッチリング23との間に良好な差回転数Ndの差回転が発生する大きさとすることが好ましい(差回転の詳細については後述する)。
次に、第2荷重F2に減じた時点から、第2荷重よりも大きな第3荷重F3で付勢する時点までの時間である待機時間Tbだけ待機する。そして、待機時間Tb経過後、図4B点で、スリーブ26を、スリーブ26と第1クラッチリング23との間の差回転数Ndに応じて演算された第3荷重F3にて、改めて第1クラッチリング23側に所定時間Tcだけ付勢する。これにより、スリーブ26と第1クラッチリング23とを完全に係合(噛合)させるものである。なお、所定時間Tcは任意に設定すればよい。また、差回転数Ndに基づいて第3荷重F3を設定するのがよいことについては後述する。この一連の制御を1サイクルのリトライ制御とする。しかし、実際には、スリーブ26と第1クラッチリング23とが、1回のリトライ制御で係合することは稀である。このため、図4に示すように、このような制御を複数回、連続で実施し、スリーブ26と第1クラッチリング23とを係合(噛合)させる。
ここで、スリーブ26を第1クラッチリング23側に向かって付勢する荷重を第2荷重F2に減じることによって発生させる、スリーブ26と第1クラッチリング23との間の差回転数Ndについて説明する。出力シャフト28の第1出力ギヤ28aに回転連結される第1クラッチリング23は、駆動輪Wfl、Wfrの回転により、出力シャフト28を介して強制回転される。このため、スリーブ26の付勢荷重を、第2荷重F2に減じた後にも、回転数Nc1は維持され大きく減少することはない。しかし、スリーブ26は、回転軸である入力シャフト22にクラッチハブ25を介して固定されている。入力シャフト22(回転軸)は、変速制御時において、クラッチが遮断状態となると、回転がフリー状態となる。このため、入力シャフト22は、摺動抵抗やイナーシャ等の影響によって、第2荷重F2に減じる前の同期回転数Nsynに応じて減速される。これにより、スリーブ26の回転数Nsは、入力シャフト22と一体で減速され、スリーブ26と第1クラッチリング23との間には相対回転数(差回転数Nd)が発生することとなる。
このように、スリーブ26と第1クラッチリング23との間に発生する差回転数Ndは、スリーブ26が第1クラッチリング23側に第1荷重F1で付勢され、スリーブ26と第1クラッチリング23とが同期回転しているときの同期回転数Nsynに応じて変動する。
そこで、本実施形態においては、同期回転数Nsynの代用として、常に、駆動輪Wfl、Wfrからの回転によって強制回転される第1クラッチリング23の回転数Nc1を、出力シャフト28の回転数Noに基づいて演算し、求めることにする。そして、当該演算した回転数Nc1に基づいて、待機時間Tbおよび第3荷重F3を演算する。これにより、安定して回転数Nc1に応じた待機時間Tbおよび第3荷重F3を求めることができる。
次に、制御部33について説明する。制御部33の経過時間判定部33aは、スリーブ26とドグクラッチ部23aとを係合させるため、係合開始部33fによって、軸動装置27が、スリーブ26を第1荷重F1でドグクラッチ部23a側に向かって付勢したときに、スリーブ26の移動が開始された時点からの経過時間Tを計測する。そして、経過時間Tが、所定の時間閾値Taを越えたか否かを判定する。経過時間判定部33aは、例えば、スプライン26aの高歯26a1が、ドグクラッチ部23aの当接面23e2に当接していても、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが同期回転せず、相対回転を生じながら回転している場合を想定した処理部である。
つまり、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが押圧しあいながらも、相対回転を生じながら回転していれば、やがて高歯26a1とクラッチ歯溝23d1との位置が一致し、その瞬間にスリーブ26が第1荷重F1で軸線方向に押込まれて係合される可能性がある。本処理部では、そのようにして、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが係合可能であれば、しばらく待機して係合を待つことを目的とする。スリーブ26とドグクラッチ部23aとが、相対回転している状態で、リトライ制御を実行しても、思うように高歯26a1とクラッチ歯溝23d1との噛合ができず、係合までに長い時間がかかってしまう虞があることが、事前の実験によって判明している。このため、経過時間判定部33aでは、相対回転が生じている場合には、相対回転によって、スリーブ26とドグクラッチ部23aとを成り行きで係合させ、無駄なリトライ制御を実行しないようにした。なお、時間閾値Taは、実験等によって、好適な値を求め、任意に設定すればよい。
リトライ制御移行判定部33bは、経過時間判定部33aによって経過時間Tが、所定の時間閾値Taを越えたと判定されたとき、下記2つの条件を同時に満たすか否かを判定する。1つ目の条件は、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値La以下であることである。2つ目の条件は、入力シャフト22(回転軸)の回転数Niと等しいスリーブ26の回転数Nsと、出力シャフト28の回転数Noから演算される第1クラッチリング23の回転数Nc1との間の差(差回転数Nd)が所定回転数Ra(以降、所定回転数閾値Raと記載する)以下であることである。
1つ目の条件は、軸動装置27が、スリーブ26を第1荷重F1によって第1ドグクラッチ部23a側に移動させたときに、例えば、スリーブ26の高歯26a1がドグクラッチ部23aの当接面23e2に当接し、それ以上奥には進めない状態となったか否かを確認するものである。よって、所定の移動量閾値Laは、スリーブ26の高歯26a1がドグクラッチ部23aの当接面23e2に当接し、それ以上奥には進めないことを示す大きさとする。このとき、移動量閾値Laは、設計上の寸法である、ドグクラッチ部23aの前端面23a2から当接面23e2までの距離d1に基づいて決定してもよいし、事前の測定によって求めてもよい。
2つ目の条件は、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが、相対回転しておらず、同期回転していることを確認するものである。上述したように、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが、相対回転している場合に、リトライ制御を実施しても、スリーブ26とドグクラッチ部23aとの係合時間を短縮することは困難であり、リトライ制御が無駄な作業となってしまう虞がある。このため、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが同期回転していることを確認し、リトライ制御に移行するための条件とすることによって無駄な作業の発生を防止している。このとき、判定条件となる、回転数閾値Raの大きさは、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが同期回転していると言うに足りる大きさであればよく、実施者が任意に設定すればよい。そして、2つの条件を満たしたときに、リトライ制御へ移行すると判定する。
リトライ制御条件演算部33cは、リトライ制御において、変更可能な制御条件である、待機時間Tbおよび第3荷重F3を、リトライ制御を行なう直前の、出力シャフト28の回転数Noに基づいて演算する。言い換えると、出力シャフト28に連結された第1クラッチリング23の回転数Nc1に基づいて演算する。
第1出力ギヤ28aを介して第1クラッチリング23に回転連結される出力シャフト28の回転数Noは、第2回転数センサ32によって検出する。そして、出力シャフト28の回転数Noと、第1クラッチリング23および第1出力ギヤ28aの間で形成されるギヤ比とから第1クラッチリング23の回転数Nc1を演算する。
このように、待機時間Tbおよび第3荷重F3は、演算された第1クラッチリング23の回転数Nc1に応じて演算する。このとき、待機時間Tbは、第1クラッチリング23の回転数Nc1が大きい程、短くなるようにする(図5グラフ参照)。第1クラッチリング23の回転数Nc1が小さいとき、つまり発生する差回転数Ndが小さいときに、待機時間Tbを短くすると、スリーブ26とドグクラッチ部23aとが同期した位置の近傍で再三、第3荷重F3によって付勢することになる。このため、頻繁に係合動作を行なっても、なかなか、係合位置まで到達できず、無駄な動作となる虞がある。
また、差回転数Ndが大きいときに、待機時間Tbを長くすると、次に付勢するときには、同期していた位置から大きく離間した位置で付勢することになり、係合位置を通過してしまう虞がある。このため、本発明においては、差回転数Ndが小さいとき(出力シャフト28の回転数Noが小さいとき)には、回転数Noに応じて待機時間Tbを長くするよう制御する。また、差回転数Ndが大きいとき(出力シャフト28の回転数Noが大きいとき)には、回転数Noに応じて待機時間Tbを短くするよう制御する。これにより、スリーブ26の高歯26a1が第1ドグクラッチ部23aの係合位置に効率的に到達できるようにした。
また、第3荷重F3は、第1クラッチリング23の回転数Nc1が大きい程、大きくなるようにした(図6グラフ参照)。これにより、差回転数Nd(相対回転数)が、大きいときには、大きな荷重かつ早い速度でスリーブ26を第1ドグクラッチ部23aに押込むことができ、確実に係合させることができる。また、差回転数Ndが、小さいときには、小さな荷重かつ遅い速度でスリーブ26を第1ドグクラッチ部23aに押込み係合させることができる。これにより、リトライ制御により、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとが係合するときに双方の歯面を保護することができるとともに、無駄なエネルギーを消費することなく確実に係合させることができ効率的である。
なお、本実施形態においては、実験によって、事前に第1クラッチリング23の回転数Nc1に対応する最適な待機時間Tbおよび第3荷重F3を取得している。検出された回転数Nc1と、待機時間Tbおよび第3荷重F3との関係は、マップデータとして図示しない記憶部に記憶されている。そして、リトライ制御条件演算部33cで、第1クラッチリング23の回転数Nc1が演算されると、回転数Nc1に対応する待機時間Tbおよび第3荷重F3がマップデータから抽出される。しかし、これに限らず、第1クラッチリング23の回転数Nc1は、リトライ制御移行判定部33bで演算されたデータを利用してもよい。また、事前に取得された回転数Nc1と待機時間Tbおよび第3荷重F3との関係グラフから回帰式を求め、当該回帰式によって演算をするようにしてもよい。そして、リトライ制御部33dは、演算された待機時間Tbおよび第3荷重F3に基づいてリトライ制御を実行する。
次に、自動変速機13が有する自動変速装置10の作動について、図7のフローチャート1に基づき説明する。なお、説明において、自動変速機13を有する車両は、走行中であるものとする。また、スリーブ26は、はじめに、第2クラッチリング24と係合している状態で、その後、増速側のギヤ段である第1クラッチリング23に係合するよう指令が送信されたものとする。よって、このときの第2クラッチリング24の回転数、つまり第2クラッチリング24と係合しているスリーブ26の回転数Nsは、第1クラッチリング23の回転数Nc1よりも大きなものとなっている。
ステップS10では、制御部33の指令によって、クラッチ12が遮断される。ステップS11では、軸動装置27が作動され、スリーブ26が、軸線方向に沿って第1クラッチリング23側に移動され、第2クラッチリング24とスリーブ26との係合が解除される。このとき、スリーブ26は、図略のディテント機構により、軸線方向において中立状態とされる。
ステップS12(係合開始部33f)では、軸動装置27の作動により、スリーブ26が、中立状態から、軸線方向に沿って第1荷重F1で、第1クラッチリング23側に移動開始される。このとき、スリーブ26が、第1クラッチリング23側に移動されると、例えば、スリーブ26の高歯26a1が、大きな空間を有する第1クラッチリング23の2つのクラッチ前歯23b1の間に突入する。
その後、第1クラッチリング23より高速回転するスリーブ26の高歯26a1の側面26a3が、クラッチ前歯23b1の側面23b3と衝突し、スリーブ26は減速される。このとき、スリーブ26の高歯26a1の側面26a3がクラッチ前歯23b1の側面23b3と当接し、その状態が維持されれば、スリーブ26は軸線方向に第1荷重F1で付勢され続けているので、高歯26a1がクラッチ前歯23b1の側面23b3からクラッチ歯溝23d1方向へ案内されて、クラッチ歯溝23d1に飛び込むことができる。そして、低歯26b1もクラッチ歯溝23e1へと案内されてクラッチ歯溝23e1に飛び込むことができる。これによって、スリーブ26と第1クラッチリング23とは完全に噛合して同期回転し、シフト動作が完了する。
しかし、このように高歯26a1および低歯26b1が、クラッチ前歯23b1およびクラッチ後歯23c1と良好に噛合し、シフト動作が短時間で完了する場合ばかりではない。例えば、高歯26a1の側面26a3が、クラッチ前歯23b1の側面23b3と衝突したときに、高歯26a1が、クラッチ前歯23b1に弾かれ、高歯26a1の前端面26a2と第1クラッチリング23の当接面23e2とが当接される場合がある。
このとき、スリーブ26は、第1荷重F1によって、当接面23e2側に押圧されるので、スリーブ26と第1クラッチリング23とが一体回転、つまり同期回転する場合がある。本実施形態では、このように、スリーブ26と第1クラッチリング23とが同期回転した場合を想定し説明を行なう。
ステップS13(経過時間判定部33a)では、スリーブ26が、第1クラッチリング23側に移動を開始した時点からタイマの測定が開始される。ステップS14(経過時間判定部33a)では、タイマによって計測された、スリーブ26が移動を開始した時点からの経過時間Tが、所定の時間閾値Taを越えたか否かが判定される。時間閾値Taを越えていなければ、スリーブ26と第1クラッチリング23とが相対回転の最中である可能性があるので、時間閾値Taを越えるまでステップS14が繰り返し処理される。そして、時間閾値Taを越えれば、ステップS15に移動する。
ステップS15(リトライ制御移行判定部33b)では、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値La以下であり、かつスリーブ26の回転数Nsと、第1クラッチリング23の回転数Nc1と、の差が所定回転数閾値Ra以下であることを判定する。本実施形態においては、スリーブ26は、第1荷重F1によって当接面23e2に押圧され、これによって、スリーブ26と第1クラッチリング23とは同期回転しているとしたので、上記の条件を満たす。そこで、ステップS16に移動する。ステップS16では、ステップS16を通過するのが1回目であるか否かの判定を行なう。1回目であればステップS17に移動する。1回目でなければ、ステップS19に移動する。
ステップS17(リトライ制御条件演算部33c)およびステップS18(リトライ制御条件演算部33c)では、待機時間Tbおよび第3荷重F3を、リトライ制御を行なう直前の、第1クラッチリング23の回転数Nc1に基づいて演算する。その演算方法は、記憶部に記憶されたマップデータから、演算された第1クラッチリング23の回転数Nc1に対応する待機時間Tbおよび第3荷重F3を読み出すものである。
ステップS19(リトライ制御部33d)では、演算された(読み出された)待機時間Tb,第3荷重F3および第2荷重F2に基づいてリトライ制御を1サイクル実行し、その後、ステップS15(リトライ制御移行判定部33b)にもどる。そして、ステップS15において、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値La以下であり、かつスリーブ26の回転数Nsと、第1クラッチリング23の回転数Nc1との差が所定回転数閾値Ra以下であるか否かを、再度、判定する。上記2つの条件が満たされていれば、スリーブ26と第1クラッチリング23とのシフト動作はまだ完了していない。そこで、再び、ステップS16を介してステップS19に移動しリトライ制御を実行する。
しかし、ステップS15において、上記2つの条件が満たされていなければ、スリーブ26の高歯26a1が、クラッチ歯溝23d1と係合し始めた可能性がある。そこでステップS20に移動する。ステップS20では、スリーブ26の高歯26a1の第1クラッチリング側の端面26a2が第1クラッチリング23の後端位置Pe(第1端面)と当接したか否かの判定を行なう。つまり、スリーブ26と第1クラッチリング23との噛合が完了したか否かの判定を行なう。端面26a2が後端位置Peと当接していないと判定されれば、再度、ステップS19に移動し、ステップS20で端面26a2が後端位置Peと当接していると判定されるまで繰り返し処理が実行される。端面26a2が後端位置Peと当接していると判定されればプログラムを終了する。
なお、上記の実施形態においては、ステップS16〜ステップS18で1回目の通過において演算した待機時間Tbおよび第3荷重F3を図略の記憶部に記憶しておき、2回目以降のリトライ制御時には、1回目に記憶された待機時間Tbおよび第3荷重F3によって制御を行なうようにした。しかし、この態様に限らず、ステップS16を廃止してもよい。そして、待機時間Tbおよび第3荷重F3をリトライ制御条件演算部33cによって制御毎に演算し、リトライ制御時に、その演算結果を毎回更新して適用するようにしてもよい。これによって、より正確にリトライ制御が実行できる。
上述の説明から明らかなように、上記実施形態によれば、経過時間判定部33aで、経過時間Tが、所定の時間閾値Taを越えたか否かを判定している。つまり、この経過時間判定部33aでは、スリーブ26と第1クラッチリング23(クラッチリング)とが同期回転せず、相対回転が生じている場合に、やがて、スリーブ26のスプライン26aと第1ドグクラッチ部23a(ドグクラッチ部)との係合位置が一致し、噛合するのを待っている。実際に時間閾値Ta内で、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとが噛合した場合には、以降のリトライ制御を実行する必要がなくなるので、効率的である。
また、リトライ制御条件演算部33cでは、リトライ制御における制御条件である待機時間Tbおよび第3荷重F3が、駆動輪Wfl、Wfrの回転により常時回転される出力シャフト28の回転数Noに基づく第1クラッチリング23の回転数Nc1によって演算される。このとき、第1クラッチリング23の回転数Nc1は、スリーブ26の付勢を第1荷重F1から第2荷重F2に減じた際に発生する、スリーブ26と第1クラッチリング23との間の差回転数Ndと相関関係を有するものである。このため、待機時間Tbおよび第3荷重F3は、スリーブ26と第1クラッチリング23との間の差回転数Ndに基づいて演算されることになる。これにより、差回転数Ndに応じた待機時間Tb,第3荷重F3によって実行される、スリーブ26を第1クラッチリング23側へ付勢するリトライ制御によってスリーブ26と第1クラッチリング23の第1ドグクラッチ部23aとの噛合を確実に行なうことができる。
また、上記実施形態によれば、待機時間Tbは、出力シャフト28の回転数No(第1クラッチリング23の回転数Nc1)が大きくなるほど短くなるようにした。これにより、回転数Noに応じた大きな差回転数Ndでスリーブ26に対して相対回転する第1ドグクラッチ部23aに対し、係合すべき位置を、差回転数Ndに応じた短い時間間隔(タイミング)で第3荷重F3により付勢しながら探索することができる。このため、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとが係合すべき位置を通過してしまう虞が低く、スリーブ26のスプライン26aと、第1ドグクラッチ部23aとは、短時間で係合可能となる。また、差回転数Ndが小さいときには、待機時間Tbを大きくすることによって、無駄な係合動作が抑制できるので、効率的である。
また、第3荷重F3については、回転数No(回転数Nc1)が大きくなるほど大きくなるようにした。これにより、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとが係合すべき位置となったときに、差回転数Ndが大きいときには、大きな荷重かつ早い速度でスリーブ26を押込み、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとを確実に噛合させることができる。また、差回転数Ndが小さいときには、小さな荷重かつ遅い速度でスリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとをゆっくり噛合させることができるので、無駄な係合動作が抑制でき、効率的である。
また、本実施形態によれば、リトライ制御移行判定部33bでは、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値La以下であり、且つスリーブ26の回転数Nsと第1クラッチリング23(クラッチリング)の回転数Nc1との差(差回転数Nd)が所定回転数閾値Ra以下であるとき、リトライ制御への移行判定を行なうようにした。つまりスリーブ26と第1クラッチリング23(クラッチリング)とが同期回転しているときに、リトライ制御への移行の判定を行なうようにした。これにより、リトライ制御へ移行すると判定されたとき、リトライ制御条件演算部33cでは、差回転数Ndと相関関係を有するスリーブ26および第1クラッチリング23の同期回転数Nsynに基づいて待機時間Tbおよび第3荷重F3が演算される。その結果、リトライ制御では、スリーブ26と第1クラッチリング23との間の差回転数Ndに基づき演算されたことになる待機時間Tbおよび第3荷重F3によってスリーブ26が押し付けられるので、スリーブ26を第1クラッチリング23の第1ドグクラッチ部23aに確実に噛合させることができる。
また、本実施形態によれば、リトライ制御条件演算部33cでは、事前に準備され記憶部に記憶されるマップデータに基づき制御条件が演算される。これにより、制御部33の負荷が低減されるとともに、低コストに対応できる。
次に、第2の実施形態について説明する。第2の実施形態は、第1の実施形態に対して、第1クラッチリング231および制御部33のリトライ制御条件演算部33e(図2参照)のみが異なる。よって、同様部分については、説明を省略し、変更部分についてのみ説明する。また同じ部品等については同様の符号を付し説明する。
まず、第2の実施形態に適用される第1クラッチリング231について、図9に基づき説明する。第1の実施形態においては、第1クラッチリング23のクラッチハブ25側の側面に形成された第1ドグクラッチ部23aには、高歯26a1の前端面26a2が当接可能な当接面23e2が形成されている。しかし、第1クラッチリング231では、この当接面23e2を有していない。
第1クラッチリング231と第1クラッチリング23とは、当接面23e2の有無のみが異なり、それ以外は同様である。そこで、両者を区別するために、第1クラッチリング231では、第1クラッチリング23にそれぞれ対応する各部の符号の英小文字を英大文字で記載する。なお、以降の説明において使用しない符号についても図9中においては、同様に各部の符号の英小文字を英大文字とする。また、第1クラッチリング231の場合、高歯26a1の前端面26a2が当接可能な当接面は、クラッチ後歯23C1の接触面23C2となる。第2クラッチリング24についても同様である。
次に、第2の実施形態における制御部33のリトライ制御条件演算部33eについて説明する。リトライ制御条件演算部33eは、第1の実施形態のリトライ制御条件演算部33cとは処理内容が一部異なる。なお、制御部33の他の処理部は第1の実施形態と同じである。リトライ制御条件演算部33eは、回転数依存荷重Faと距離依存荷重Fbとを演算する。回転数依存荷重Faは、第1の実施形態において第3荷重F3に相当する荷重であり、第1ドグクラッチ部23Aの回転数に基づき推定されるスリーブ26と第1クラッチリング231との間の差回転数Ndに応じたスリーブ26の第1クラッチリング231側への押し付け荷重である。
図8に示す距離依存荷重Fbは、高歯26a1のドグクラッチ部側端面26a2から第1ドグクラッチ部23Aの後端位置PE(第1端面)までの距離Ldに基づいて演算されるスリーブ26の第1クラッチリング231側への押込み荷重である。距離依存荷重Fbは、スリーブ26を第1ドグクラッチ部23Aに、適切な時間で噛合させるための荷重であり、事前に実験等によって取得され、マップデータとして図略の記憶部に記憶されている。
具体的には、距離Ldが大きい程、距離依存荷重Fbは大きな値とする。これにより、スリーブ26を第1ドグクラッチ部23Aに係合させるまでの時間が短縮できる。なお、距離Ldは、リトライ制御を行なう直前において、スリーブ26の高歯26a1の端面26a2が第1荷重F1でクラッチ後歯23C1の接触面23C2に押し付けされた状態のデータを取得すればよい。このとき、距離Ldは、通常、接触面23C2の位置によって決定される場合が多い。
しかし、スリーブ26と第1クラッチリング231とが、リトライ制御移行判定部33bによって同期したと判定された後にも、同期状態が若干緩み、スリーブ26と第1クラッチリング231との間に差回転数Ndが発生する場合がある。また、リトライ制御移行判定部33bによって同期したと判定される所定回転数閾値Ra以下の差回転数Ndでスリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとが若干相対回転する場合もある。これらにおいては、発生する差回転数Ndによって、高歯26a1の端面26a2が接触面23C2やクラッチ後歯23C1のテーパ面に弾かれ接触面23C2から微小に離間する場合がある。この場合には、距離Ldが変化するので、正確な距離Ldを検出し、距離依存荷重Fbを設定することにより、適切な荷重でのスリーブ26の押込みが可能となる。なお、このとき、高歯26a1の端面26a2が弾かれる大きさは、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとの間の差回転数Ndに比例する。これにより、距離依存荷重Fbを回転数依存荷重Faに加算することによりスリーブ26と第1ドグクラッチ部23aとの差回転数Ndに応じた押し込み荷重(第3荷重F3’ =回転数依存荷重Fa+距離依存荷重Fb)が正確に得られる。
次に、第2の実施形態に係る自動変速装置10の作動について、図10のフローチャート2に基づき説明する。なお、第1の実施形態とは、ステップS18のみ異なる。そこで、主に変更部のみについて説明する。
ステップS18A(リトライ制御条件演算部33e)では、前述した回転数依存荷重Faが演算される(フローチャート1のステップS18に相当する)。回転数依存荷重Faは、前述のとおり、リトライ制御を行なう直前における第1クラッチリング231の回転数Nc1に基づいて演算される(図6参照)。
ステップS18B(リトライ制御条件演算部33e)では、距離依存荷重Fbが演算される。このとき、距離依存荷重Fbは、リトライ制御を行なう直前における、前述した高歯26a1の端面26a2から第1ドグクラッチ部23Aの後端位置PEまでの距離Ldに基づいて演算される。ここで距離Ld=Ls−Lである。Lsは、スリーブ26の軸線方向における中立点の高歯26a1の端面26a2から第1ドグクラッチ部23Aの後端位置PEまでの距離である。移動距離Lは、軸線方向において中立点におけるスリーブ26の高歯26a1の端面26a2からリトライ制御を行なう直前における高歯26a1の端面26a2までの距離である。つまり、移動距離Lはスリーブ26が中立点から移動した距離である。そして、演算されたLsに対応する距離依存荷重Fbを、前述のマップデータから読み出す。その後、ステップS18C(リトライ制御条件演算部33e)で回転数依存荷重Faと距離依存荷重Fbとが加算されて第3荷重F3’が演算される。
ステップS19以降は、第1の実施形態の作動と同様である。そして、ステップS20で、端面26a2が後端位置PEと当接していないと判定されれば、ステップS19に移動する。そして、ステップS20で端面26a2が後端位置PEと当接していると判定されるまで繰り返し処理が実行される。また、端面26a2が後端位置PEと当接していると判定されればプログラムを終了する。
なお、上記の態様に限らず、高歯26a1の端面26a2から第1ドグクラッチ部23Aの後端位置PEまでの距離Ldは、リトライ制御時において、スリーブ26への付勢を第1荷重F1から第2荷重F2に減じた後の距離であってもよい。つまり、この状況は、スリーブ26への付勢荷重を、第1荷重F1から第2荷重F2に減じたときに発生するスリーブ26と第1ドグクラッチ部23Aとの間の差回転数Ndによって、クラッチ後歯23C1の接触面23C2に当接する高歯26a1の端面26a2が、接触面23C2から若干離間してしまう場合を想定したものである。なお、上記において第1荷重F1から減じる第2荷重F2は、正の場合だけでなく負に転じてしまう場合を想定してもよい。つまり、第2荷重F2が負に転じたことにより、端面26a2が、接触面23C2から離間してしまう場合を想定してもよい。
このとき、フローチャート2においては、ステップS18BおよびステップS18Cの位置を移動する。具体的には、ステップS19でのリトライ制御実行時には、ステップS17で演算された待機時間Tb,および第2荷重F2によってリトライ制御を実行する。その際、スリーブ26の付勢力が第2荷重F2に減じられた状態で、距離Ldを検出するとともにステップS18Bと同内容の処理を行ない距離依存荷重Fbを演算する。その後、ステップS18Cと同内容の処理によって、演算された距離依存荷重FbとステップS18Aで演算された回転数依存荷重Faとを加算して第3荷重F3’を演算する。そして、待機時間Tb経過後、演算された第3荷重F3’によるスリーブ26の付勢を実行すればよい。これによっても、効果は充分期待できる。
上述の説明から明らかなように、第2の実施形態によれば、第3荷重F3’を、高歯26a1の端面26a2から第1ドグクラッチ部23Aの後端位置PE(第1端面)までの距離Ld、つまりスリーブ26が第1ドグクラッチ部23Aと噛合を完了するまでに移動しなければならない距離Ldに基づいても演算される。演算される距離Ldは、スリーブ26と第1ドグクラッチ部23Aとの差回転数Ndに応じて変化する。差回転数Ndが大きいと、スリーブ26が第1ドグクラッチ部23Aから離間する方向に微小に弾かれる。従って差回転数Ndに応じたこの距離Ldに基づく第3荷重F3’により、スリーブ26を付勢することで、スリーブ26を1ドグクラッチ部23Aに確実に噛合させることができる。
また、上記第1および第2の実施形態によれば、リトライ制御は、リトライ制御移行判定部33bによって、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値Laを越えたと判定されるまで繰り返し実行される。このように、リトライ制御が小刻みに行なわれる。これにより、第1の実施形態に示す第1クラッチリング23においては、高歯26a1の側面26a3とクラッチ前歯23b1の側面23b3とが、大きな差回転数Ndで相対回転し勢いよく衝突して高歯26a1がクラッチ前歯23b1に弾かれてしまうことを抑制できる。なお、第1クラッチリング23は、スリーブ26の高歯26a1が、第1ドグクラッチ部23aが有する相隣り合うクラッチ前歯23b1とクラッチ後歯23c1との間のクラッチ歯溝23d1のみに噛合可能なタイプのクラッチリングである。
また、第2の実施形態に示す第1クラッチリング231においては、リトライ制御を小刻みに行なうことにより、第1クラッチリング231の回転数に応じた差回転数Ndで相対回転するスリーブ26の高歯26a1とクラッチ歯溝23D1,23E1とが係合すべき位置を、差回転数Ndに応じた待機時間Tbおよび第3荷重F3’により付勢しながら探索することができる。なお、第1クラッチリング231は、スリーブ26の高歯26a1が、相隣り合うクラッチ前歯23B1とクラッチ後歯23C1との間および相隣り合うクラッチ後歯23C1とクラッチ後歯23C1との間の何れのクラッチ歯溝23D1,23E1にも噛合可能なタイプのクラッチリングである。これにより、高歯26a1が、近接するクラッチ歯溝23D1,23E1に短時間で噛合できる可能性がある。なお、第1の実施形態および第2の実施形態においては、適用される各第1クラッチリング23,231を相互に入れ替えても同様の効果が得られる。
なお、上記第1および第2の実施形態によれば、第3荷重F3および回転数依存荷重Faの演算を第1クラッチリング23の回転数Nc1に基づいて行なった。しかし、この態様に限らず、第3荷重F3および回転数依存荷重Faの演算を、回転軸に固定されるスリーブ26の回転数Nsに基づいて行なってもよい。これによっても、相応の効果が得られる。
また、上記第1および第2の実施形態においては、リトライ制御移行判定部33bにおいて、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値La以下であり、かつ入力シャフト22の回転数Niと等しいスリーブ26の回転数Nsと、出力シャフト28の回転数Noから演算される第1クラッチリング23の回転数Nc1との差が所定回転数閾値Ra以下であることを判定した。しかし、この態様に限らず、スリーブ26の移動量Lが、所定の移動量閾値La以下であることのみを確認して、リトライ制御への移行を判定してもよい。これによっても、相応の効果は期待できる。
また、上記第1および第2の実施形態においては、リトライ制御条件演算部33c,33eにおいて、待機時間Tbおよび第3荷重F3,F3’を演算し、当該待機時間Tbおよび第3荷重F3,F3’に基づいてリトライ制御を実行している。しかし、この態様に限らず、待機時間Tbのみを演算し、演算した待機時間Tb,第2荷重F2および所定の付勢荷重に基づいてリトライ制御を実行してもよい。このとき、待機時間Tb経過後、スリーブ26を付勢する所定の付勢荷重は、第2荷重F2より大きければいくつでもよい。これによっても、上記実施形態に相当する効果が期待できる。また、第3荷重F3のみを演算し、所定の待機時間,第2荷重F2および演算された第3荷重F3に基づいてリトライ制御を実行してもよい。このとき、待機時間Tbは、0を越える値であればいくつでもよい。これによっても、相応の効果は期待できる。
また、前述したように、第1および第2の実施形態においては、適用される各第1クラッチリング23,231を相互に入れ替えてもよい。つまり、第1の実施形態で適用された第1クラッチリング23によって図10に示すフローチャート2による制御を実施してもよい。また、同様に、第2の実施形態で適用された第1クラッチリング231によって図7に示すフローチャート1の制御を実施してもよい。このように、各第1クラッチリング23,231は、フローチャート1および2のいずれかによって制御可能である。これによっても、同様の効果が期待できる。
また、上記実施形態においては、入力シャフト22(回転軸)に、スリーブ26を軸線方向に移動可能に固定するとともに第1クラッチリング23,231を遊転可能に支承し、出力シャフト28と第1クラッチリング23,231とを回転連結した。しかし、この態様に限らず、出力シャフト28を回転軸とし、出力シャフト28にスリーブ26を軸線方向に移動可能に固定するとともに第1クラッチリング23,231を遊転可能に支承し、入力シャフト22と第1クラッチリング23,231とを回転連結するようにしてもよい。これによっても、本実施形態と同様の効果が得られる。このときには、出力シャフト28の回転によって強制回転されるスリーブ26の回転数Nsに応じて、待機時間Tbおよび第3荷重F3,F3’を演算すればよい。
また、上記実施形態においては、制御部33に、経過時間判定部33aを設けた。しかし、経過時間判定部33aは廃止してもよい。この場合、図7、図10のフローチャート1,2においては、ステップS13およびステップS14を廃止すればよい。これによって、スリーブ26と第1クラッチリング23,231(クラッチリング)とが、同期回転していない場合でも、リトライ制御が実行される。このため、スリーブ26と第1クラッチリング23,231との係合に時間がかかる場合が発生する虞はある。しかし、スリーブ26と第1クラッチリング23,231とが、同期回転している場合には上記実施形態と同様の効果が得られる。なお、この場合、スリーブ26と第1クラッチリング23,231とが係合され、ステップS15で、NOに移動するまで、ステップS15からステップS19までの間の処理が繰り返し実行される虞がある。このため、処理の繰り返し回数を例えば5回等に制限するよう、図7,図10のフローチャート1,2のプログラムを変更することによって、無駄な処理時間を低減することができる。
さらに、自動変速機は上記実施形態において説明した態様のものには限らない。例えば手動変速機(MT)の変速制御を自動化したAMT(オートメーテッド マニュアル トランスミッション)や、2つのクラッチを備えるDCT(デュアル クラッチ トランスミッション)にも適用できる。AMTについては、例えば、入力軸、出力軸、およびカウンタシャフトを有したものが一般的に知られているが、例えば、カウンタシャフト(副軸)を回転軸として本発明を適用すればよい。また、DCTについても、AMTと同様、2本のカウンタシャフト(副軸)を回転軸として本発明を適用すればよい。これらによっても、同様の効果が得られる。