JP2013221218A - 炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法 - Google Patents

炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】耐炎化反応性が高い前駆体繊維束を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル系共重合体と溶剤とを含む紡糸原液を湿式紡糸して炭素繊維用前駆体繊維束を製造する方法であって、紡糸ノズルから吐出される紡糸原液の吐出温度TAが70℃以上85℃以下であり、凝固槽の凝固液濃度が30質量%以上60質量%以下である炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。凝固槽の凝固液温度をTBとした場合、35≦TA−TB≦65であることが好ましい。TBは20℃以上35℃以下であることが好ましい。前記共重合体0.5gをジメチルホルムアミド100ml中に溶解した溶液の温度25℃における比粘度ηspは0.18〜0.30であることが好ましい。
【選択図】なし

Description

本発明は、炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法に関する。
炭素繊維の製造コストの低減を目的として、焼成処理速度を上げて生産性を改善しようとすると、実用面や、生産技術の面で問題が多く、十分なコスト削減ができないことがあった。
これらの問題を解決するため、特許文献1は、耐炎化処理が施されたポリマーを用いることで、真円度が高く、更に単繊維繊度が大きな炭素繊維用前駆体繊維束においても、耐炎化処理の際の焼け斑を抑制し、総繊度が大きいにも拘わらず単繊維間の交絡が少なく、広がり性に優れ、更に生産性にも優れた炭素繊維束を得る技術を提案している。
特許文献2は、共重合体の共重合成分として嵩高い側鎖を有するモノマーを使用することにより、炭素繊維用前駆体繊維の酸素透過性を向上させて耐炎化繊維内の酸素濃度分布を均一に制御し、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率を向上させる技術を提案している。
特許文献3は、熱流束型示差走査熱量計にて炭素繊維用前駆体繊維束の等温発熱曲線を測定することで、カルボン酸基含有ビニルモノマーの含有量を適正化し、高速焼成を行っても耐炎化処理後の断面二重構造を抑制し、炭素繊維束の生産性と弾性率を両立することが出来る技術を提案している。
特開2008−202207公報 特開2006−257580号公報 特開2000−119341号公報
上記の各特許文献に記載の発明は以下の欠点を有している。特許文献1の技術では、耐炎化工程そのものは短縮されるものの、ポリマーを耐炎化処理するという工程が必要であるため、炭素繊維の製造工程全体の短縮としては、不十分な場合があった。
特許文献2の技術では、繊維内部への酸素の透過性は改善されるものの、耐炎化工程の短縮による低コスト化には至らなかった。また、嵩高いアルキル基を有するメタクリル酸エステル系のモノマーを用いた共重合体では、前駆体繊維束が炭素繊維の性能発現を確保するのに十分な緻密性あるいは均質性を保持できないという問題があった。
特許文献3の技術では、高速焼成を行っても耐炎化繊維の断面二重構造を抑制することは出来るが、ポリアクリロニトリル系共重合体中のカルボン酸基含有ビニルモノマー単位の含有量を、特定範囲に調整することが必要であった。
本発明は、このような点に鑑みてなされたものであり、耐炎化反応性が高い前駆体繊維束を提供することを目的とする。また、前駆体繊維束の耐炎化処理時間を短縮することで、炭素繊維の製造コストを削減することを目的とする。
そこで本発明者は、鋭意検討して上記の欠点を解決し、本発明に至った。前記課題は以下の本発明〔1〕〜〔7〕によって解決される。
〔1〕ポリアクリロニトリル系共重合体と溶剤とを含む紡糸原液を湿式紡糸して炭素繊維用前駆体繊維束を製造する方法であって、紡糸ノズルから吐出される紡糸原液の吐出温度が70℃以上85℃以下であり、凝固槽の凝固液濃度が30質量%以上60質量%以下である炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
〔2〕紡糸原液の吐出温度をTA、凝固槽の凝固液温度をTBとした場合、下記の式(1)を満たす前記〔1〕に記載の方法。
35≦TA−TB≦65 ・・・(1)
〔3〕前記TBが20℃以上35℃以下である前記〔2〕に記載の方法。
〔4〕前記ポリアクリロニトリル系共重合体0.5gをジメチルホルムアミド100ml中に溶解した溶液の温度25℃における比粘度ηspが0.18〜0.30である前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の方法。
ηsp=(η−η0)/5η0 ・・・(2)
η0:溶媒の粘度、
η:溶液の粘度。
〔5〕前記ポリアクリロニトリル系共重合体が、アクリロニトリル単位95.0〜99.0モル%と(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位1.0〜5.0モル%とからなる共重合体である前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕前記紡糸原液が、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、及びジメチルスルホキシドのいずれかを含む前記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕前記凝固液が、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、及びジメチルスルホキシドのいずれかを含む水溶液である前記〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法。
本発明によれば、紡糸原液の吐出温度を高く保つことで、耐炎化反応性が高い前駆体繊維束を得ることができる。この前駆体繊維束を用いることによって耐炎化処理時間を短縮することができ、高品質な炭素繊維束を効率良く生産することができる。
本発明において炭素繊維用前駆体繊維束(以下、「前駆体繊維束」という場合がある。)は、ポリアクリロニトリル系共重合体と溶剤を含む紡糸原液を湿式紡糸することによって製造される。紡糸原液を、紡糸口金を介して凝固液中に吐出して紡糸することで、凝固糸が得られる。
〔ポリアクリロニトリル系共重合体〕
ポリアクリロニトリル系共重合体(以下、「共重合体」という場合がある。)としては、アクリロニトリル単位と、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位とを含むことが好ましく、例えば、アクリロニトリルと、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルとの共重合体であることができる。また、ポリアクリロニトリル系共重合体は、アクリロニトリル単位と、後述するアクリロニトリルと共重合可能なビニル系モノマーに由来する単量体単位との共重合体であることもできる。
なお、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルとは、メタクリル酸ヒドロキシアルキルおよびアクリル酸ヒドロキシアルキルの一方、または両方を意味する。また、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル中のヒドロキシアルキル基の炭素数は、前駆体繊維束を耐炎化処理する際の工程での酸素拡散性確保の観点から2以上が好ましく、共重合体を製造する際のアクリロニトリルとの共重合性や工業的な入手しやすさの観点から5以下が好ましい。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
この共重合体中のアクリロニトリル単位の含有量は、95.0モル%以上99.0モル%以下が好ましい。95.0モル%以上であれば、アクリロニトリル単位の共重合率の低下による炭素繊維性能の低下の影響を受けにくくなる。一方、上限の99.0モル%は共重合成分の必要性から規定されるものである。また、共重合体中の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量は、1.0モル%以上5.0モル%以下が好ましい。1.0モル%以上であれば、前駆体繊維束を耐炎化処理する際の酸素拡散性を確保し易い。5.0モル%以下であれば、共重合体を製造する際のアクリロニトリル単位の共重合率の低下による炭素繊維性能の低下を抑制することができる。耐炎化工程での酸素拡散性の確保と、アクリロニトリル単位の共重合率の低下による炭素繊維性能の低下を抑制する観点から、共重合体中の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量は、1.5モル%以上4.0モル%以下が好ましく、2.0モル%以上3.0モル%以下が特に好ましい。
さらに、他の共重合性成分として、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系モノマーが好ましい。具体的には、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル等の(メタ)アクリル酸エステル類、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類及びそれらの塩類、マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニルなどが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
一方、本発明で用いられるポリアクリロニトリル系共重合体の製造方法は、特に限定されず、溶液重合や懸濁重合等の公知の方法を採用することができる。また、重合開始剤は、特に限定されず、アゾ系化合物、有機過酸化物、また、過硫酸/亜硫酸や塩素酸/亜硫酸のアンモニウム塩などのレドックス触媒を用いることができる。
加えて、この共重合体の重合度の指標となる「比粘度」ηspは、紡糸工程中の紡糸安定性と繊維束の延伸性、焼成により得られる炭素繊維束の性能発現性、ボイドの防止等の観点から、0.18〜0.3であることが好ましい。尚、比粘度ηspは、共重合体0.5gをジメチルホルムアミド100ml中に溶解した溶液について、温度25℃における、「溶液の粘度η」及び「溶媒の粘度η0」をキャノン・フェンスケ型粘度計を用いて測定し、次式にて算出することができる。
ηsp=(η−η0)/5η0 ・・・(2)。
〔紡糸原液〕
本発明においては、上述の共重合体が溶剤に溶解されて紡糸原液が調製される。溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどの有機溶剤や、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムなどの無機化合物の水溶液を用いることができる。前駆体繊維中に金属を含有せず、また、工程が簡略化される点で有機溶剤が好ましく、その中でも凝固糸及び湿熱延伸糸の緻密性が高いという点で、ジメチルアセトアミドを用いることが好ましい。
<紡糸原液の濃度>
紡糸原液は、緻密な凝固糸を得るため、また、適正な粘度、流動性を有するために、ある程度以上の共重合体濃度を有することが好ましい。紡糸原液における共重合体の濃度は、15〜30質量%の範囲にあることが好ましく、より好ましくは18〜25質量%の範囲である。
<紡糸原液の吐出温度>
本発明において、紡糸ノズルから吐出される時の紡糸原液(吐出糸)の吐出温度は、70℃以上85℃以下である。紡糸原液の吐出温度が、70℃以上であれば、得られる前駆体繊維束の耐炎化反応性を高く保つことができ、耐炎化処理時間を短縮することができる。また、85℃以下であれば、紡糸原液のゲル化を抑制することができ、紡糸工程においてゲル化によるトラブルを抑制することができる。耐炎化反応性をより高く保つことと、ゲル化によるトラブル抑制の観点から、紡糸原液の吐出温度は、75℃以上80℃以下が、より好ましい。
なお、本発明において吐出温度とは、紡糸ノズルから吐出される直前の温度であり、紡糸口金の内側に熱伝対を設置して測定することができる。
〔凝固液〕
凝固液としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、及びジメチルスルホキシド等の溶剤を含む水溶液を用いることができる。凝固液中の溶剤は、紡糸原液中の溶剤と同じものを用いるのが、一般的である。
<凝固液濃度>
本発明において、凝固槽の凝固液濃度は、30質量%以上60質量%以下が好ましい。濃度が30質量%以上であれば、凝固速度が適正な範囲に容易に保たれ、凝固糸の急激な収縮が起こることを容易に防ぎ、凝固糸の緻密性を保ちやすくなる。一方、濃度が60質量%以下であれば、凝固速度が適正な範囲に容易に保たれるので凝固糸の単糸間の接着が抑制しやすくなる。凝固速度を適正に保つ観点から、凝固液濃度は、40質量%以上50質量%以下がより好ましい。
<凝固液温度>
本発明において、凝固槽の凝固液温度TBは、20℃以上35℃以下であることが好ましい。20℃以上であれば、凝固槽中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度と、紡糸原液中への水の拡散速度が適正に保たれ、安定に前駆体繊維束を生産することが可能となる。さらに、凝固槽を過剰に冷却する必要が無く、設備投資やランニングコストを抑制でき、低コストで前駆体繊維束を生産することが可能となる。
また、凝固液温度が35℃以下であれば、凝固槽中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度が、紡糸原液中への水の拡散速度を著しく上回ることを抑制することができ、緻密な前駆体繊維束を得ることが出来る。
<紡糸原液の吐出温度と凝固液温度との関係>
紡糸原液の吐出温度TAと凝固槽の凝固液温度TBは、下記の式(1)を満たすことが好ましい。
35≦TA−TB≦65 ・・・(1)。
「TA−TB」が、35℃以上65℃以下であれば、凝固槽中に吐出された紡糸原液の温度が急激に低下することを抑制し、得られる前駆体繊維束の耐炎化反応性の低下を抑制することができる。また、紡糸原液の熱劣化を抑制できると共に、凝固槽中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度を適正に保つことができる。この観点から、「TA−TB」は、40℃以上50℃以下がより好ましい。
なお、前駆体繊維束の繊維構造の緻密性あるいは均質性が不十分な場合、そのような繊維構造の箇所は焼成時に欠陥点となり、炭素繊維の性能を損なうことがある。緻密で均質な前駆体繊維束を得るためには、この凝固糸の性状が極めて重要であり、前駆体繊維の長さ1mm中にマクロボイドが1個未満であることが好ましい。ここで、マクロボイドとは、最大径が0.1〜数μmの大きさを有する球形、紡錘形、円筒形を有する空隙を総称したものである。
本発明の製造方法によって得られる凝固糸は、このようなマクロボイドがなく、十分に均一な凝固によって得られたものである。マクロボイドが多く存在すると、凝固糸は失透して白濁するが、本発明の凝固糸にはマクロボイドがほとんど存在しないため失透せず白濁しにくい。マクロボイドの有無は、凝固糸を直接光学顕微鏡で観察するか、適切な方法で切断して断面を光学顕微鏡で観察することによって容易に判断することができる。
<凝固糸の延伸>
次に、得られた凝固糸に対して湿熱延伸を行う。これにより繊維の配向をさらに高めることができる。湿熱延伸は、具体的には、凝固糸を、水洗に付しながらの延伸、あるいは熱水中での延伸によって行われる。水洗と同時の延伸は紡糸工程の簡略化、効率化の点で好ましく、熱水中での延伸は生産性の点で好ましい。湿熱延伸における延伸倍率は2.5倍以上が好ましく、3倍以上が更に好ましい。2.5倍以上であれば繊維の配向を十分に高めることができる。延伸倍率の上限は特に限定されないが、紡糸工程の安定性の点からは6倍以下が好ましい。
更に、湿熱延伸を終えた繊維束に対してシリコン系油剤の付着処理を行う。シリコン系油剤としては、例えばアミノシリコン系油剤等、一般的なシリコン系油剤を用いることができる。繊維への油剤の付着量を適度に調整する観点から、シリコン系油剤は、0.4〜1.5質量%の濃度に調製されて用いられる。シリコン系油剤の濃度のより好ましい範囲は0.8〜1.5質量%である。
次に、シリコン系油剤の付着処理を終えた繊維束を乾燥する。得られた乾燥緻密化糸を、さらにスチーム延伸もしくは乾熱延伸で1.2〜4倍に延伸する。延伸倍率は1.2倍以上であり、好ましくは1.3倍以上である。
<交絡処理>
次に、スチーム延伸あるいは乾熱延伸を行った繊維束に対して、必要に応じてタッチロールで水分率の調整を行った後、公知の方法でエアーを吹き付けて交絡処理を施し、前駆体繊維束を得る。本発明において交絡処理は必須ではないが、前駆体繊維束のフィラメント同士に交絡を付与する事で、集束性を付与して1本のトウの形態を保持する繊維束を得ることができる。また繊維束をばらけ難くして、焼成工程の通過性を向上させることができる。
交絡処理が施される前の繊維束の水分率は、好ましくは15質量%以下であり、より好ましくは、10質量%以下であり、さらに好ましくは、3〜5質量%である。水分率が15質量%以下であれば、水が繊維束を拘束する力が適度に保たれ、交絡処理を効率良く行うことが出来る。水分率が3%以上であれば、水が繊維束を拘束する力が適度に保たれ、繊維束がばらけ難くなる。尚、水分率は、次式によって求められる。
水分率(質量%)=(W−W0)×100/W0
W:ウエット状態にある繊維束の質量、
0:ウエット状態にある繊維束を105℃で2時間、熱風乾燥機で乾燥した後の質量。
〔前駆体繊維束〕
交絡処理を施した前駆体繊維束における交絡度は、好ましくは5〜20個/mの範囲であり、より好ましくは10〜14個/mの範囲である。交絡度が5個/m以上であれば、繊維束がばらけ難く、焼成工程の通過性が良好である。また交絡度が20個/m以下であれば、得られる炭素繊維束の樹脂含浸性および開繊性が良好である。尚、交絡度とは、繊維長さ1m当たり、繊維束中の1本の単繊維が隣接する他の単繊維と何回交絡しているかを示すパラメータである。交絡度は、フックドロップ法により測定される。
前駆体繊維束の単繊維繊度は、0.9dtex以上5.0dtex以下が好ましい。0.9dtex以上であれば、生産性を損なうことなく、前駆体繊維束を生産することが可能となる。一方、前駆体繊維束の単繊維繊度が5.0dtex以下であれば、耐炎化工程において断面二重構造が顕著とならず、均一な品質の炭素繊維束を安定に生産することができる。前駆体繊維束の生産性と、均一な品質の炭素繊維束を生産する観点から、単繊維繊度は、1.0〜4.0dtexであることが好ましく、2.0〜3.0dtexであることがより好ましい。
〔耐炎化処理〕
次に、本発明の炭素繊維の製造方法を説明する。まず前駆体繊維は、酸化性雰囲気下において、240℃以上300℃以下の温度で90分間以下の時間で耐炎化処理されて、耐炎化繊維とされる。なお、本発明において、「酸化性雰囲気下」とは、二酸化窒素、二酸化硫黄、酸素等の酸化性物質を含有する空気中を意味する。
<耐炎化処理温度>
耐炎化処理の温度が240℃以上であれば耐炎化反応を暴走させること無く、効率的に耐炎化処理を行うことができる。また、300℃以下であれば前駆体繊維のポリアクリロニトリル骨格を熱分解させることなく耐炎化処理することが可能であり、処理時間90分間以下で耐炎化繊維束の密度を1.35〜1.43g/cm3まで上げることができる。
耐炎化処理時間をより短縮する観点から耐炎化処理の温度は250℃以上が好ましく、耐炎化反応の暴走を抑制する観点から280℃以下が好ましい。
<耐炎化反応性>
前駆体繊維束の耐炎化反応性は、熱流束型示差走査熱量計を用いて発熱量を測定することで、評価することが出来る。本発明においては、熱流束型示差走査熱量計を用いて100ml/分(基準:30℃、0.10MPa)の空気気流中、昇温速度10℃/分で測定した際に得られる等速昇温発熱曲線における230℃から280℃までの発熱量Cが耐炎化反応性の指標とされる。230℃から280℃の温度設定については、実際に耐炎化処理を行う際の処理温度に近い領域であることが設定理由であるが、この温度領域で得られる発熱量は、実際の耐炎化処理時の発熱量を表している訳ではなく、あくまで耐炎化反応性の指標として用いるものである。
すなわち、230℃から280℃における上記等速昇温発熱曲線より算出される発熱量Cが大きいほど、ある温度で耐炎化処理した場合に、耐炎化反応がより進んでいることになるため、耐炎化反応性は高いといえる。よって、より短時間での耐炎化処理が可能となる。一方、発熱量Cが小さければ、ある温度で耐炎化処理した場合に、耐炎化反応があまり進んでいないことになるため、耐炎化反応性は低いといえる。よって、より長時間での耐炎化処理が必要となる。
<耐炎化処理時間>
耐炎化処理時間は、10〜90分間であることが好ましい。耐炎化処理時間が10分間以上であれば、前駆体繊維束を構成する単繊維内部への酸素の拡散を充分に行うことが出来る。また、耐炎化処理時間が90分間以下であれば、炭素繊維の製造工程において耐炎化処理工程が生産性を損なう原因となることなく、効率よく炭素繊維束を製造することが可能である。更に、炭素繊維束の性能及び生産性向上の観点から、耐炎化処理時間は、30〜70分間がより好ましい。
<耐炎化繊維束の密度>
耐炎化処理によって得られる耐炎化繊維束の密度は、1.35〜1.43g/cm3であることが好ましい。1.35g/cm3以上であれば、炭素繊維束の収率を低下させること無く炭素繊維を製造することが可能である。一般的に、耐炎化繊維束の密度が高いほど炭素繊維束の収率は向上するが、炭素繊維の性能は低下することが知られており、耐炎化繊維束の密度が1.43g/cm3以下であれば、炭素繊維の性能低下を抑えつつ、炭素繊維束の収率を向上することが可能である。炭素繊維の性能保持と収率向上の観点から、耐炎化繊維束の密度は、1.38〜1.41g/cm3がより好ましい。
本発明の前駆体繊維束を耐炎化処理する工程において、メタクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸ヒドロキシアルキル基(カルボン酸エステル基)が熱分解してカルボン酸基になるまでの間、耐炎化反応の進行が抑制される。これにより、酸素が単繊維の内部にまで拡散するのに十分な時間を確保した後、240℃以上の高温において、メタクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸ヒドロキシアルキル基の熱分解が起こってカルボン酸基になると、240℃以上の高温から素早く耐炎化処理を行うことが可能となる。
更に、メタクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸ヒドロキシアルキル基は比較的嵩高い官能基であり、耐炎化工程での酸素透過性を改善する効果がある。これらの効果により、耐炎化反応の進行が抑制されている間に単繊維の内部にまで酸素が効率的に拡散されるので、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束の耐炎化処理を高温から短時間で行っても、断面二重構造の形成が抑制され、耐炎化進行度が均一な、耐炎化繊維束を得ることができる。
耐炎化繊維束の密度は、1.39〜1.43g/cm3が好ましい。一般に、耐炎化繊維束の密度が高いほど炭素繊維束の収率が良くなることが知られているが、耐炎化繊維束の密度を上げるには、耐炎化処理時間を長くするか、耐炎化処理温度を高くしなければならない。耐炎化処理時間を長くすると炭素繊維束の生産性が低下する。また、耐炎化処理温度を高くすると、断面二重構造の形成が促進されるため、炭素繊維束の物性が低下する。また、耐炎化工程での暴走反応の頻度が高くなるなどの問題もある。
これらの観点から、耐炎化繊維束の密度は、1.39g/cm3以上であれば炭素繊維束の収率が高い。また、1.43g/cm3以下であれば、生産性が低下する程には耐炎化処理時間を長くする必要もなくまた処理温度を著しく高くする必要もないため、効率良く炭素繊維束を製造することができる。
〔前炭素化処理〕
耐炎化処理後、炭素化処理前に、耐炎化繊維束を不活性ガス中、最高温度が550℃以上800℃以下の温度で処理する前炭素化処理を行うこともできる。
〔炭素化処理〕
耐炎化処理後に、耐炎化繊維束を不活性ガス中、800℃以上2000℃以下の温度で炭素化処理することによって炭素繊維束を製造することができる。さらにこの炭素繊維を不活性ガス中、2500℃以上〜2800℃以下程度の高温で処理することによって、黒鉛繊維を製造することもできる。炭素化処理によって得られる炭素繊維束は、単繊維の直径が8μm以上で、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状は真円度0.90以下である。断面形状は空豆型であることが好ましい。
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。実施例における各測定方法は以下の通りである。
<1.ポリアクリロニトリル系共重合体の組成>
共重合体の組成(各単量体単位の比率(モル%))は、1H−NMR法により、以下のようにして測定した。溶媒としてジメチルスルホキシド−d6溶媒を用い、共重合体を溶解させ、NMR測定装置(日本電子社製、製品名:GSZ−400型)により、積算回数40回、測定温度120℃の条件で測定し、ケミカルシフトの積分比から各単量体単位の比率を求めた。
<2.ポリアクリロニトリル系共重合体の比粘度>
共重合体0.5gを100mlのジメチルホルムアミド中に分散し、75℃で40分間保持することで、共重合体溶液を得た。この溶液の粘度ηと溶媒の粘度η0をキャノン・フェンスケ型粘度計を用いて25℃で測定し、次式にて比粘度ηspを算出した。
ηsp=(η−η0)/5η0 ・・・(2)。
<3.前駆体繊維束の等速昇温発熱曲線>
前駆体繊維束の等速昇温発熱曲線は、熱流束型示差走査熱量計により、以下のようにして測定した。前駆体繊維束を4.0mmの長さに切断し、4.0mgを精秤して、エスアイアイ社製の密封試料容器Ag製50μl(商品名:P/N SSC000E030)に詰め、エスアイアイ社製メッシュカバーCu製(商品名:P/N 50−037)(450℃/15分間、空気中で熱処理済)で蓋をした。熱流束型示差走査熱量計:エスアイアイ社製DSC/220を用いて、10℃/分の昇温速度、エアー供給量100ml/min(エアー供給量の基準:30℃、0.10MPa)の条件で、室温(30℃)から450℃まで測定し、得られた等速昇温発熱曲線の230℃以上300℃以下の発熱量を算出した。
[実施例1]
容量80リットルのタービン撹拌翼付きアルミニウム製重合釜(攪拌翼:240φ、55mm×57mmの2段4枚羽)に、脱イオン水が重合釜オーバーフロー口まで達するよう76.5リットル入れ、硫酸第一鉄(Fe2SO4・7H2O)を0.01g加え、反応液のpHが3.0になるように硫酸を用いて調節し、重合釜内の温度を57℃で保持した。
次に、重合開始50分前から、単量体に対してレドックス重合開始剤である過硫酸アンモニウムを0.10モル%、亜硫酸水素アンモニウムを0.35モル%、硫酸第一鉄(Fe2SO4・7H2O)を0.3ppm、硫酸を5.0×10-2モル%となるように、それぞれ脱イオン水に溶解して連続的に供給し、攪拌速度180rpm、攪拌動力1.2kW/m3にて撹拌を行い、重合釜内での単量体の平均滞在時間が70分になるように設定した。
ついで、重合開始時に、モル比でアクリロニトリル(以下「AN」と略す)98.7モル%、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(以下「HEMA」と略す)1.3モル%からなる単量体を水/単量体=3(質量比)となるように、単量体の連続供給を開始した。その後、重合開始1時間後に重合反応温度を50℃まで下げて温度を保持し、重合釜オーバーフロー口より連続的に重合体スラリーを取り出した。
重合体スラリーには、シュウ酸ナトリウム0.37×10-2モル%、重炭酸ナトリウム1.78×10-2モル%を脱イオン水に溶解した重合停止剤水溶液を、重合スラリーのpHが5.5〜6.0になるように加えた。この重合スラリーをオリバー型連続フィルターによって脱水処理した後、共重合体に対して10倍量の脱イオン水(70リットル)を加え、再び分散させた。再分散後の重合体スラリーを再度オリバー型連続フィルターによって脱水処理し、ペレット成形して、80℃にて8時間、熱風循環型の乾燥機で乾燥後、ハンマーミルで粉砕し、ポリアクリロニトリル系共重合体1を得た。この共重合体1の組成はAN単位98.5モル%、HEMA単位1.5モル%であり、比粘度は0.21であった。
この共重合体をジメチルアセトアミドの有機溶媒に溶解して固形分21%の紡糸原液を調製した。また、凝固槽は、凝固液濃度を60質量%、凝固液温度TBを35℃に設定した。次いで、紡糸原液の吐出温度TAを75℃とし、孔数24000、孔径75μmの紡糸口金を通して、濃度45質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液からなる凝固槽中に吐出させて凝固糸とし、凝固槽中からこの凝固糸を、紡糸原液の吐出線速度の0.48倍の引取り速度で引き取った。
ついで、この繊維束に対して水洗と同時に5.54倍の延伸を行い、これに1.5質量%に調製したアミノシリコン系油剤を添油した。さらに、この繊維束を熱ロールを用いて乾燥し、1.38倍に延伸した。その後、タッチロールにて繊維束の水分率を調整し、この繊維束に繊維当たり5質量%の水分を含有させた。ついで、この繊維束を交絡処理し、振り込むことにより、前駆体繊維束を得た。
この前駆体繊維束の単繊維繊度は、2.5dtexであり、フィラメント数は24000であった。また、熱流束型示差走査熱量測定より求められる発熱量Cは708KJ/Kgであり、後述する比較例1に対して、発熱量が大きいため、耐炎化反応性が高くなっていた。
[実施例2]
重合時の単量体の供給量を、AN(96.1モル%)及びHEMA(3.9モル%)としたこと以外は、実施例1と同様の方法で、共重合体2を得た。この共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製した。次いで、凝固液濃度、凝固液温度、紡糸原液の吐出温度を表1に示す条件としたこと以外は、実施例1と同様にして紡糸して、前駆体繊維束を得た。各評価結果を表1に示す。
[実施例3]
重合時の単量体の供給量を、AN(97.0モル%)、アクリルアミド(AAm、2.6モル%)、メタクリル酸(MAA、0.4モル%)としたこと以外は、実施例1と同様の方法で、共重合体3を得た。この共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製した。次いで、凝固液濃度、凝固液温度、紡糸原液の吐出温度を表1に示す条件としたこと以外は、実施例1と同様にして紡糸して、前駆体繊維束を得た。各評価結果を表1に示す。
[実施例4]
重合時の単量体の供給量を、AN(97.4モル%)、AAm(2.6モル%)としたこと以外は、実施例1と同様の方法で、共重合体4を得た。この共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製した。次いで、凝固液濃度、凝固液温度、紡糸原液の吐出温度を表1に示す条件としたこと以外は、実施例1と同様にして紡糸して、前駆体繊維束を得た。各評価結果を表1に示す。
[比較例1〜4]
紡糸原液の吐出温度を表1に示したそれぞれの温度に変更(低下)したこと以外は、実施例1〜4と同様の方法で紡糸して、前駆体繊維束を得た。
比較例1〜4の前駆体繊維束は、同じ共重合体を使用した実施例1〜4のそれぞれに対して、発熱量Cが小さくなっており、耐炎化反応性が低下していた。これらの実施例と比較例との対比から、紡糸原液の吐出温度を70℃以上85℃以下として紡糸することによって、得られる前駆体繊維束の耐炎化反応性を高くできることが分かる。
Figure 2013221218

Claims (7)

  1. ポリアクリロニトリル系共重合体と溶剤とを含む紡糸原液を湿式紡糸して炭素繊維用前駆体繊維束を製造する方法であって、紡糸ノズルから吐出される紡糸原液の吐出温度が70℃以上85℃以下であり、凝固槽の凝固液濃度が30質量%以上60質量%以下である炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
  2. 紡糸原液の吐出温度をTA、凝固槽の凝固液温度をTBとした場合、下記の式(1)を満たす請求項1に記載の炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
    35≦TA−TB≦65 ・・・(1)
  3. 前記TBが20℃以上35℃以下である請求項2に記載の炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
  4. 前記ポリアクリロニトリル系共重合体0.5gをジメチルホルムアミド100ml中に溶解した溶液の温度25℃における比粘度ηspが0.18〜0.30である請求項1〜3のいずれかの1項に記載の炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
    ηsp=(η−η0)/5η0 ・・・(2)
    η0:溶媒の粘度、
    η:溶液の粘度。
  5. 前記ポリアクリロニトリル系共重合体が、アクリロニトリル単位95.0〜99.0モル%と(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位1.0〜5.0モル%とからなる共重合体である請求項1〜4のいずれかの1項に記載の炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
  6. 前記紡糸原液が、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、及びジメチルスルホキシドのいずれかを含む請求項1〜5のいずれかの1項に記載の炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
  7. 前記凝固液が、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、及びジメチルスルホキシドのいずれかを含む水溶液である請求項1〜6のいずれかの1項に記載の炭素繊維用前駆体繊維束の製造方法。
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