JP2006233326A - 耐水素脆化特性に優れた高強度ボルト - Google Patents

耐水素脆化特性に優れた高強度ボルト Download PDF

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Abstract

【課題】 耐水素脆化特性に優れた高強度ボルトを提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.20〜0.60%、Si:1.0〜3.0%、Mn:1.0〜3.5%、Al:1.5%以下(0%を含まない)、P:0.15%以下、S:0.02%以下を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなるものであって、
全組織に対する面積率で、
残留オーステナイトが1%以上、
ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上、
フェライト及びパーライトが合計で10%以下(0%を含む)であると共に、
上記残留オーステナイト結晶粒の平均軸比(長軸/短軸)が5以上であり、
更に引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高強度ボルト。

Description

本発明は、耐水素脆化特性に優れた高強度ボルトに関するものであり、殊に、引張強度が1180MPa以上のボルトで問題となる水素脆化や置き割れ、遅れ破壊の抑制された高強度ボルトに関するものである。
一般のボルト用鋼として、低合金強靭鋼、特にSCM435やSCM440等が汎用されている。これらの鋼材は、引張強さ:120〜130kgf/mm(1180〜1270MPa)と高強度を示すが、更なる高強度化が要求される場合には調質が施される。
ところが調質して得られる調質ボルトは、締付け後に長時間経過すると、突然割れるといったいわゆる遅れ破壊が生じやすい。そこでこの様な問題を解決すべく、例えば特許文献1には、基本的な成分にCr、Mo、Ti、Vといった合金元素を添加し、これらの成分の相互割合をコントロールすればよいことが示されている。また特許文献2には、金属組織を焼戻しマルテンサイト単相とし、該組織中に粒径10nm未満の微細析出物を分散析出させることによって、耐遅れ破壊性を確保できる旨示されている。またこの技術では、上記析出物を得るべくNiやTi、Mo等の合金元素を添加している。
しかし析出物の析出形態をコントロールするだけでは、水素吸蔵能力の向上に限界があり、より優れた耐水素脆化特性を実現することは難しい。また、上記TiやVといったマイクロアロイは高価であり、耐遅れ破壊特性により優れた高強度ボルトを廉価で供給するには限度がある。更にこれらの合金元素が多量に含まれていると、リサイクルされ難いといった問題がある。
一方、特許文献3には、上記合金元素の添加を必須とせず組織を制御することによって、引張強さが1300MPa以上で伸びが8.8〜12.2%のボルトが得られる旨示されている。具体的には、組織をベイナイト組織からなるものとし、表層から300μm以上630μm以下までの領域における旧オーステナイト粒の長さと幅の比を1.2以上とすればよいことが示されている。しかし該技術において、より優れた耐水素脆化特性を得ようとすれば更なる改善が必要となる。
特許第2614659号公報 特開2003−321743号公報 特許第3494798号公報
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、引張強度が1180MPa以上と高強度であって、耐水素脆化特性の著しく高められたボルトを提供することにある。
本発明に係る高強度ボルトは、C:0.20〜0.60%(質量%の意味、成分組成について以下同じ)、Si:1.0〜3.0%、Mn:1.0〜3.5%、Al:1.5%以下(0%を含まない)、P:0.15%以下、S:0.02%以下を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなるものであって、
全組織に対する面積率で、
・残留オーステナイトが1%以上、
・ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上、
・フェライト及びパーライトが合計で10%以下(0%を含む)であると共に、
上記残留オーステナイト結晶粒の平均軸比(長軸/短軸)が5以上であり、
更に引張強度が1180MPa以上であるところに特徴がある(以下「本発明ボルト1」ということがある)。
本発明に係る別の高強度ボルトは、C:0.20〜0.60%、Si:1.0〜3.0%、Mn:1.0〜3.5%、Al:0.5%以下(0%を含まない)、P:0.15%以下、S:0.02%以下を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなるものであって、
全組織に対する面積率で、
・残留オーステナイトが1%以上、
・ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上、
・フェライト及びパーライトが合計で10%以下(0%を含む)であると共に、
上記残留オーステナイト結晶粒の平均軸比(長軸/短軸)が5以上であり、
更に引張強度が1180MPa以上であるところに特徴がある(以下「本発明ボルト2」ということがある)。
また本発明の高強度ボルトは、更に、Nb:0.1%以下(0%を含まない)及び/又はMo:1.0%以下(0%を含まない)や、Cu:2%以下(0%を含まない)及び/又はNi:5%以下(0%を含まない)を含んでいてもよい。
本発明によれば、外部から侵入する水素が無害化され耐水素脆化特性の高められた引張強度が1180MPa以上の高強度ボルトを、高価な元素を添加せずとも生産性よく製造することができ、遅れ破壊等の極めて生じ難い自動車用等に使用される高強度ボルトを安価で供給することができる。また本発明の高強度ボルトは、従来品よりも合金元素量が少ないのでリサイクル性にも優れる。
高強度鋼材として従来より一般に採用されている焼戻しマルテンサイト鋼や、マルテンサイト+フェライト鋼の場合、水素起因の遅れ破壊は、旧オーステナイト粒界等に水素が集積してボイド等が形成され、該部分が起点となって生じるものと考えられており、遅れ破壊の感受性を下げるには、従来技術として挙げた通り、水素のトラップサイトとして炭化物等を均等かつ微細に分散させて、拡散性水素濃度を下げることが一般的な解決手段として採用されてきた。しかし、この様に水素のトラップサイトとして炭化物等を多数分散させても、トラップ能力に限界があるため、水素を起因とする遅れ破壊を十分に抑制することができない。
そこで本発明者らは、ボルトにおける使用環境を十分に考慮したより高度な耐水素脆化特性(耐遅れ破壊性)を実現させるべく、具体的手段を改めて検討した。
その結果、粒界破壊の起点を減少させることによって耐水素脆化特性を高めるには、ボルトを構成する鋼の母相を、高強度鋼材に一般的に採用されているマルテンサイト単相組織とするのではなく、ベイニティックフェライトが主体の「ベイニティックフェライトとマルテンサイトの二相組織」とするのが最適であるとの結論に至った。上記マルテンサイト単相組織の場合には、粒界に炭化物(例えばフィルム状セメンタイト等)が析出して粒界破壊が生じやすいのに対し、ベイニティックフェライトが主体の「ベイニティックフェライトとマルテンサイトの二相組織」とすれば、該ベイニティックフェライトが一般の(ポリゴナル)フェライトと異なり板状のフェライトで転位密度が高く、マルテンサイト単相の場合と同様に組織全体の強度を容易に高めることができ、更に、この転位上に水素が多数トラップされるため、耐水素脆化特性を高めることもできる。また、該ベイニティックフェライトと後述する残留オーステナイトを存在させることで、粒界破壊の起点となる炭化物の生成を防止できるといったメリットもある。
水素トラップ能力を向上させて、水素の無害化を図ることによって耐水素脆化特性を高めるには、ラス状の残留オーステナイトを形成することが大変有効であることも見出した。従来、残留オーステナイトは、耐水素脆化特性や疲労に悪影響を及ぼすと考えられてきた。しかし本発明者らが検討したところ、従来の残留オーステナイトはミクロンオーダーの塊状であり、この形態の残留オーステナイトは耐水素脆化特性や疲労に悪影響を及ぼすが、該残留オーステナイトの形態をサブミクロンオーダーのラス状に制御すれば、残留オーステナイトが本来有する水素吸蔵能が発揮され、水素を多量に吸蔵・トラップすることができ、耐水素脆化特性を大幅に向上できることがわかった。
以下、本発明で各組織を規定した理由について詳述する。
<ベイニティックフェライト(BF)+マルテンサイト(M):80%以上>
本発明では、ベイニティックフェライトとマルテンサイトの二相組織(ベイニティックフェライトが主体)とする。前述した通り、ベイニティックフェライト組織は硬質であり、高強度が得られ易い。また、母相の転位密度が高く、この転位上に水素が多数トラップされる結果、他のTRIP鋼に比べて多量の水素を吸蔵できるという利点もある。更に、ラス状のベイニティックフェライトの境界に、本発明で規定するラス状の残留オーステナイトが生成し易く、非常に優れた伸びが得られるといったメリットもある。この様な作用を有効に発揮させるには、全組織に対する面積率で、ベイニティックフェライトとマルテンサイトを合計で80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上とするのがよい。尚、その上限は、他の組織(残留オーステナイト)とのバランスによって決定され得、残留オーステナイト以外の組織(フェライト等)を含有しない場合には、その上限が99%に制御される。
上記ベイニティックフェライトとは、板状のフェライトであって、転位密度が高い下部組織を意味しており、転位がないか又は極めて少ない下部組織を有するポリゴナルフェライトとは、SEM観察によって以下の通り明瞭に区別される。
ベイニティックフェライト組織の面積率は次の様にして求める。即ち、試料(円柱状)の半径1/2の位置での断面を観察できるよう切り出した後ナイタールで腐食し、該平面における任意の位置の測定領域(約50×50μm)をSEM(Scanning Electron Microscope,走査型電子顕微鏡)観察(倍率:1500倍)することにより算出される。
ベイニティックフェライトはSEM写真では濃灰色を示す(SEMの場合、ベイニティックフェライトと残留オーステナイトやマルテンサイトとを分離区別できない場合もある)が、ポリゴナルフェライトはSEM写真において黒色であり、多角形の形状で内部に残留オーステナイトやマルテンサイトを含まない。
本発明で使用するSEMは、「EBSP(Electron Back Scattering Pattern)検出器を備えた高分解能型FE−SEM(Field Emission type Scanning Electron Microscope ,Philips社製、XL30S−FEG)」であり、SEM観察した領域をその場で同時に、EBSP検出器によって解析することができるというメリットがある。ここでEBSP法について簡単に説明すると、EBSPは、試料表面に電子線を入射させ、このときに発生する反射電子から得られた菊池パターンを解析することにより、電子線入射位置の結晶方位を決定するものであり、電子線を試料表面に2次元で走査させ、所定のピッチごとに結晶方位を測定すれば、試料表面の方位分布を測定することができる。このEBSP観察によれば、通常の顕微鏡観察では同一と判断される結晶方位差の異なる板厚方向の組織を、色調差によって識別できるという利点がある。
<残留オーステナイト(残留γ,γ):1%以上>
残留オーステナイトは、従来より知られている通り全伸びの向上に有用であるのみならず、耐水素脆化特性の向上にも大きく寄与する組織であるため、本発明では1%以上存在させる。好ましくは2%以上、より好ましくは3%以上である。尚、上記残留オーステナイトが多量に存在すると、所望の高強度を確保できなくなる為、その上限を20%とすることが推奨される。より好ましくは15%以下である。
そして上述の通り、残留オーステナイトをラス状とすれば、水素トラップ能力が炭化物よりも圧倒的に大きくなり、特にその形状が平均軸比(長軸/短軸)で5以上の場合に、いわゆる大気腐食で侵入する水素を実質無害化して、耐水素脆化特性を顕著に向上できることを見出した。上記残留オーステナイトの平均軸比は、好ましくは10以上、更に好ましくは15以上である。
上記残留オーステナイトの安定性の観点からは、残留オーステナイト中のC濃度(CγR)が0.8%以上であることが推奨される。またこのCγRを0.8%以上に制御すれば伸び等を有効に高めることもできる。好ましくは1.0%以上であり、より好ましくは1.2%以上である。尚、上記CγRは高い程好ましいが、実操業上、調整可能な上限は概ね1.6%であると考えられる。
上記残留オーステナイトは、前述したFE−SEM/EBSP法により、FCC相(面心立方格子)として観察される領域を意味する。EBSPによる測定の一具体例として、上記ベイニティックフェライト及びマルテンサイトの観察の場合と同様に、試料(円柱状)の半径1/2の位置での断面における任意の位置の測定領域(約50×50μm)を対象に、測定間隔0.1μmで測定することが挙げられる。尚、当該測定面まで研磨する際には、残留オーステナイトの変態を防ぐため電解研磨を行う。次に、上記「EBSP検出器を備えたFE−SEM」を用い、SEMの鏡筒内にセットした試料に電子線を照射する。スクリーン上に投影されるEBSP画像を高感度カメラ(Dage-MTI Inc.製 VE-1000-SIT)で撮影し、コンピューターに画像として取込む。そしてコンピューターで画像解析を行い、既知の結晶系[残留オーステナイトの場合はFCC相(面心立方格子)]を用いたシミュレーションによるパターンとの比較によって決定したFCC相をカラーマップする。この様にしてマッピングされた領域の面積率を求め、これを「残留オーステナイトの面積率」と定める。尚、上記解析に係るハードウェア及びソフトとして、TexSEM Laboratories Inc.のOIM(Orientation Imaging MicroscopyTM)システムを用いた。
また上記平均軸比の測定は、TEM(Transmission Electron Microscope)で観察し(倍率1.5万倍)、任意に選択した3視野において、存在する残留オーステナイト結晶粒の長軸と短軸を測定し軸比を求め、その平均値を平均軸比とした。
<フェライト(F)+パーライト(P):10%以下(0%含む)>
本発明のボルトは、上記組織のみ(即ち、ベイニティックフェライト+マルテンサイトと残留オーステナイトとの混合組織)から構成されていても良いが、本発明の作用を損なわない範囲で、他の組織としてフェライト(尚、ここでいう「フェライト」とは、ポリゴナルフェライト、即ち、転位密度がないか或いは極めて少ないフェライトを意味する)やパーライトを有していても良い。これらは、本発明の製造過程で必然的に残存し得る組織であるが、少なければ少ない程好ましく本発明では10%以下に抑える。好ましくは5%未満、更に好ましくは3%未満である。
本発明は、上記の通り、特に金属組織を制御する点に特徴があるが、該組織を形成して容易に耐水素脆化特性と高強度を向上させるには、ボルトの成分組成を下記の通り満足させる必要がある。
<C:0.20〜0.60%>
Cは、1180MPa以上の高強度を確保し、且つ、残留オーステナイトを確保するために必要な元素である。詳細には、オーステナイト相中に充分なC量を含ませて、室温で所望のオーステナイト相を残留させるのに重要な元素であり、0.20%以上含有させることが必要である。好ましくは0.25%以上である。但しC量が過剰になると、靭性低下により耐水素脆化特性が低下しやすくなるので0.60%以下に抑える。好ましくは0.5%以下である。
<Si:1.0〜3.0%>
Siは、残留オーステナイトが分解して炭化物が生成するのを有効に抑える重要な元素であり、かつ、材質の硬質化に有効な置換型固溶体強化元素でもある。この様な作用を有効に発現させるには、1.0%以上含有することが必要である。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.5%以上である。但し、Si量が過剰であると、靭性低下により耐水素脆化特性が低下し易くなるので3.0%以下に抑える。好ましくは2.7%以下、より好ましくは2.5%以下である。
<Mn:1.0〜3.5%>
Mnは、オーステナイトを安定化させ、所望の残留オーステナイトを得るのに必要な元素である。この様な作用を有効に発揮させるには、1.0%以上含有させることが望ましい。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.5%以上である。一方、Mn量が過剰になると偏析が顕著となり、加工性が劣化しやすくなるため3.5%を上限値とする。好ましくは3.2%以下、より好ましくは3.0%以下である。
<Al:1.5%以下(0%を含まない)>(本発明ボルト1の場合)
<Al:0.5%以下(0%を含まない)>(本発明ボルト2の場合)
Alは脱酸のために0.01%以上を添加してもよい。またAlは、脱酸作用のみならず、耐食性向上作用と耐水素脆化特性向上作用を有する元素でもある。
上記耐食性向上作用の機構としては、具体的に、母材そのものの耐食性向上と大気腐食により生じた生成さびによる効果が考えられるが、特に後者の生成さびによる効果が大きいものと推定される。その理由として、上記生成さびが通常の鉄さびより緻密で保護性に優れているため、大気腐食が抑制され、結果として該大気腐食で発生する水素量が低減されて、水素脆化、即ち、遅れ破壊が有効に抑制されるものと考えられる。
また、Alの耐水素脆化特性向上作用の機構について、詳細は不明であるが、ボルト表面にAlが濃化することで鋼中への水素侵入が困難になることや、鋼中での水素の拡散速度が低下して水素の移動が困難となり、水素脆性が起こり難くなっているものと推定される。更に、Al添加によりラス状残留オーステナイトの安定性が増すことも、耐水素脆化特性向上に寄与していると考えられる。
この様なAlの耐食性向上作用と耐水素脆化特性向上作用を有効に発揮させるには、Al量を0.02%以上、好ましくは0.2%以上、更に好ましくは0.5%以上とするのがよい。
しかし、アルミナ等の介在物の増加・巨大化を抑制して加工性を確保すると共に、微細な残留オーステナイトの生成確保、更にはAl含有介在物を起点とする腐食の抑制や、製造上のコスト増大の抑制を図るには、Al量を1.5%以下に抑える必要がある。製造上の観点からは、A点が1000℃以下になるよう調整することが好ましい。
一方、上述の通りAl含有量が増加すると、アルミナ等の介在物が増加して遅れ破壊特性が劣化するため、上記アルミナ等の介在物を十分抑制し、遅れ破壊特性のより優れたボルトを得るには、Al量を0.5%以下に抑える。好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.1%以下である。
<P:0.15%以下>
Pは、粒界偏析による粒界破壊を助長する元素であるため、低い方が望ましく、その上限を0.15%とする。好ましくは0.1%以下、より好ましくは0.05%以下に抑える。
<S:0.02%以下>
Sは、腐食環境下で鋼の水素吸収を助長する元素であるため、低い方が望ましく、その上限を0.02%とする。好ましくは0.01%以下である。
本発明で規定する含有元素は上記の通りであり、残部成分は実質的にFeであるが、鋼中に、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる不可避不純物として、0.01%以下のN(窒素)等が含まれることが許容されるのは勿論のこと、前記本発明の作用に悪影響を与えない範囲で、下記の如く、更に他の元素を積極的に含有させることも可能である。
<Nb:0.1%以下(0%を含まない)、及び/又は
Mo:1.0%以下(0%を含まない)>
Nbは、ボルトの強度上昇及び細粒化に非常に有効な元素であり、特に下記Moとの複合添加により該効果が十分に発揮される。この様な効果を発揮させるにはNbを0.005%以上(より好ましくは0.01%以上)含有させることが推奨される。但し、Nbを過剰に含有させても、これらの効果が飽和して経済的に無駄であるため0.1%以下に抑える。
Moは、オーステナイトを安定化させて残留オーステナイトを確保し、水素侵入を抑制して耐水素脆化特性を向上させる効果や、ボルトの焼入れ性を高める効果を有する。更には、粒界を強化して水素脆性の発生を抑制する効果も有する。この様な作用を有効に発揮させるには、Moを0.005%以上(より好ましくは0.01%以上)含有させることが推奨される。但し、Mo量が過剰であっても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄であるので1.0%以下に抑える。
<Cu:2%以下(0%を含まない)、及び/又は
Ni:5%以下(0%を含まない)>
Cu及び/又はNiを含有させることによって、水素脆化の原因となる水素の発生を十分に抑制すると共に、発生した水素のボルトへの侵入を抑制することができる。その結果、上記組織制御による水素トラップ能力向上との相乗効果により、ボルト中の拡散性水素濃度を無害レベルにまで十分に低減することができる。
具体的に、Cu、Niは、鋼材自体の耐食性を向上させて、ボルトの腐食による水素発生を十分に抑制させる効果を有する。またこれらの元素は、大気中で生成するさびの中でも熱力学的に安定で保護性があるといわれている酸化鉄:α−FeOOHの生成を促進させる効果も有しており、該さびの生成促進を図ることで、発生した水素のボルトへの侵入を抑制でき、過酷な腐食環境下において耐水素脆化特性を十分に高めることができる。該効果は、特にCuとNiを共存させることによって発現し易い。
上記効果を発揮させるには、Cuを含有させる場合、0.03%以上とするのが好ましい。より好ましくは0.1%以上である。またNiを含有させる場合には、0.03%以上とするのが好ましく、より好ましくは0.1%以上である。
尚、どちらの元素も過剰に含有させると加工性が低下するため、Cuの場合は2%以下(より好ましくは1.5%以下)、Niの場合は5%以下(より好ましくは3%以下)に抑えるのが好ましい。
<Cr:2%以下(0%を含まない)>
Crは、変形能をほとんど損なうことなく焼入性を高めて高強度を容易に達成できる有用な元素である。この様な作用を十分に発揮させるには、0.1%以上含有させることが好ましいが、過剰に含まれるとセメンタイトが生成しやすく残留オーステナイトが残りにくくなるので、2%以下の範囲で添加することが好ましい。
<Ti及び/又はV:合計で0.003〜1.0%>
Tiは、上記Cu、Niと同様に保護性さびの生成促進効果を有する。該保護性さびは、特に塩化物環境下で生成して耐食性(結果として耐水素脆化特性)に悪影響を及ぼすβ−FeOOHの生成を抑制するといった非常に有益な作用を有している。この様な保護性さびの形成は、特にTiとV(またはZr)を複合添加することで促進される。Tiは、非常に優れた耐食性を付与する元素でもあり、鋼を清浄化する利点も併せ持つ。
またVは、上述の通りTiと共存して耐水素脆化特性を向上させる効果を有する他、ボルトの強度上昇、細粒化にも有効な元素である。
上記Ti及び/又はVの効果を十分に発揮させるには、合計で0.003%以上(より好ましくは0.01%以上)含有させることが好ましい。特に耐水素脆化特性を向上させる観点からは、Tiを0.03%超添加させるのが好ましく、より好ましくはTiを0.05%以上添加する。一方、Tiを過剰に添加しても、効果が飽和状態となるので経済的に好ましくなく、またVを過剰に添加すると、炭窒化物の析出が多くなり加工性および耐水素脆化特性の低下を招く。よってTi及び/又はVは、合計1.0%以下の範囲内で添加することが推奨される。より好ましくは合計で0.8%以下である。
<Zr:0.003〜1.0%>
Zrは、ボルトの強度上昇、細粒化に有効な元素であり、Tiと共存し、耐水素脆化特性を向上させる効果を有する。この様な効果を有効に発揮させるには、Zrを0.003%以上含有させることが好ましい。一方、Zrが過剰に含まれると、炭窒化物の析出が過剰となり加工性や耐水素脆化特性が低下するため、1.0%以下の範囲内で添加するのがよい。
<B:0.0002〜0.01%>
Bは、ボルトの強度上昇に有効な元素であり、0.0002%以上(より好ましくは0.0005%以上)含有させることが好ましい。一方、Bが過剰に含まれていると熱間加工性が劣化するため、0.01%以下(より好ましくは0.005%以下)に抑えることが好ましい。
本発明は、製造条件まで規定するものではなく、上記成分組成を満たす鋼材を用いて、鍛造後に両端部をネジ転造によりねじ加工するか、または温間鍛造によりその一端部にボルト頭部を形成し、温間鍛造前または後に他端部をネジ転造または切削によりねじ加工すること等によって、スタッドボルト等を製造することができる。その場合、耐水素脆化特性と強度を同時に向上できる上記組織を形成するには、転造において仕上げ温度をA点以上で行なうことが推奨される。仕上げ温度が該温度よりも低いと、Cの拡散が不十分となり、所定のベイニティックフェライト組織や残留オーステナイト組織が得られないからである。
一方、仕上げ温度が高すぎると、オーステナイトの粒成長を招き、微細な残留オーステナイトを形成できなくなるので(A点+100℃)以下とするのが好ましい。より好ましくは(A点+50℃)以下である。
次いで冷却するが、本発明では、3℃/s以上の平均冷却速度で(Ms点−50℃)以上Bs点以下の温度まで冷却し、該温度域で60〜3600秒間加熱保持することが推奨される。
上記の通り3℃/s以上の平均冷却速度で行なうのは、所望のベイニティックフェライト組織を確保すると共に、本発明にとって好ましくないパーライト組織の生成を避けるためである。この平均冷却速度は大きい程好ましく、10℃/s以上(より好ましくは20℃/s以上)とすることが推奨される。
次に、(Ms点−50℃)以上Bs点以下の温度まで急冷した後に恒温変態させることによって、所定の組織を導入することができる。加熱保持温度がBs点を超えると、本発明にとって好ましくないパーライトが多量に生成し、所定のベイニティックフェライト組織を確保することができない。一方、加熱保持温度が(Ms点−50℃)を下回ると残留オーステナイトの面積率が少なくなる。
また、加熱保持時間が3600秒を超えると、残留オーステナイトが分解してセメンタイトが生成し、所望の特性を発揮させることができない。一方、加熱保持時間が60秒未満では、Cの拡散が十分でないため残留オーステナイトが形成されず、この場合も所望の特性が得られない。加熱保持時間は、好ましくは100秒以上3000秒以下、より好ましくは180秒以上2400秒以下である。
本発明の高強度ボルトとしては、ハイテンションボルト、トルシア型ボルト、溶融亜鉛めっき高力ボルト、防錆処理高力ボルト、耐火鋼高力ボルト等が挙げられ、自動車分野、建築分野、産業機械分野等で用いられる高強度かつ耐水素脆化特性に優れたボルトとして最適である。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
表1に記載の成分組成からなる供試鋼No.A〜Qを用いて、No.1〜14、16〜21は(A点+30℃)、No.15は780℃で60〜1800秒間加熱後、表2のTo℃まで急冷し、該温度(To℃)で表2に示す通りt秒間保持した後、放冷した。尚、本実施例では、該パタンで試料を作成したが、別の方法として、(A点+30℃)で転造した後、室温まで一旦冷却し、その後、再度(A点+30℃)まで加熱・60〜1800秒間保持してから、表2のTo℃まで急冷し、該温度(To℃)でt秒間保持した後に放冷してもよい。
この様にして得られた試料の金属組織、引張強度(TS)、伸び[全伸びのこと(El)]、及び耐水素脆化特性を下記要領で夫々調べた。
[金属組織の観察]
得られた試料(直径10mm)の半径1/2の位置での断面における任意の位置の測定領域(約50μm×50μm、測定間隔は0.1μm)を対象に観察・撮影し、ベイニティックフェライト(BF)及びマルテンサイト(M)の面積率、残留オーステナイト(残留γ)の面積率を前述した方法に従って測定した。そして任意に選択した2視野において同様に測定し、平均値を求めた。またその他の組織を、これらの組織の占める面積率を差し引いて求めた。更に残留オーステナイト結晶粒の平均軸比を前述の方法に従って測定した。
[引張強度の測定]
上記各試料から、直径8mmの引張試験片を機械加工によって製作し、該試験片を用いて引張試験を行い引張強度(TS)を測定した。
[耐水素脆化特性の評価]
次に、上記引張強度が1180MPa以上のものを対象に、耐水素脆化特性の評価を行った。具体的には、まず上記各試料から、環状切り欠きノッチ付きの遅れ破壊試験片(平行部の直径8mm、ノッチ部の直径6mm)を機械加工によって製作した。そして、pH3.0の希硫酸(液温30℃)中で上記試験片に電流密度1.0mA/cmの条件で水素チャージを行った後、上記TSの30〜80%を10%刻みでそれぞれ負荷し、破断までの時間を測定した。そして上記荷重(負荷応力)と破断時間との関係から、破断時間が200時間のときの負荷応力を求めた。そしてこの「水素チャージした試料の破断時間200時間での負荷応力」を「水素チャージなしの試料の破断時間200時間での負荷応力」で割った値を「割れ破壊強度比」と定義し、耐水素脆化特性の指標とした。遅れ破壊強度比は、引張強さが1000MPa級のボルトとして汎用されているSCM435で最大0.5程度であることから、遅れ破壊強度比が0.5以上のものを耐水素脆化特性に優れると評価した。
更に、一部の鋼種については水素チャージ4点曲げ試験も行った。詳細には、上記の各鋼材から切り出した65mm×8mmの短冊試験片を(0.5mol/HSO+0.01mol/KSCN)溶液に浸漬させて陰極水素チャージを行い、1時間破断しない最大応力を限界破断応力(DFL)として測定した。そして、表2の実験No.1(鋼種記号A)のDFLに対する比(DFL比)を求めた。
これらの結果を表2に併記する。
Figure 2006233326
Figure 2006233326
表1,2から次の様に考察することができる(尚、下記No.は、表2中の実験No.を示す)。
本発明で規定する要件を満たすNo.1〜8、16〜20は、1180MPa以上の高強度を示し、かつ過酷な環境下においても耐水素脆化特性に優れている。特に、No.16〜20は、より優れた耐水素脆化特性を示していることがわかる。
これに対し、本発明の規定を満足しないNo.9〜15、21は、夫々、以下の不具合を有している。
即ち、No.9は、C量が少なすぎるため、本発明で規定する強度を確保できていない。
No.10は、Si量が不足し規定する残留γを確保できなかったため、耐水素脆化特性に劣る結果となった。
No.11は、C量が過剰である鋼種Kを用いた例であるが、炭化物が析出したため耐水素脆化特性に劣っている。
またNo.12〜15は、本発明で規定する成分組成を満たす鋼材を用いているが、推奨される条件で製造しなかったためそれぞれ不具合が生じた。
即ち、No.12は、オーステンパ処理温度が著しく高いためベイニティックフェライト及びマルテンサイトと残留γとを確保できず、高強度を確保できなかった。
No.13は、オーステンパ処理時間が長すぎるため、またNo.14はオーステンパ処理時間が短すぎるため、更にNo.15は、加熱を二相域(780℃)で行ったため、いずれも残留γがポリゴナル状となり、耐水素脆化特性に劣る結果となった。
No.21は、本発明ボルト1として規定するAl量を上回っているため、所定量の残留オーステナイトは確保できているが、該残留オーステナイトが本発明で規定する平均軸比を満たさず、また所望の母相とならず、更にはAlN等の介在物も生成したため耐水素脆化特性に劣っている。

Claims (4)

  1. 質量%で、
    C :0.20〜0.60%、
    Si:1.0〜3.0%、
    Mn:1.0〜3.5%、
    Al:1.5%以下(0%を含まない)、
    P :0.15%以下、
    S :0.02%以下
    を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなるものであって、
    全組織に対する面積率で、
    残留オーステナイトが1%以上、
    ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上、
    フェライト及びパーライトが合計で10%以下(0%を含む)であると共に、
    上記残留オーステナイト結晶粒の平均軸比(長軸/短軸)が5以上であり、
    更に引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高強度ボルト。
  2. 質量%で、
    C :0.20〜0.60%、
    Si:1.0〜3.0%、
    Mn:1.0〜3.5%、
    Al:0.5%以下(0%を含まない)、
    P :0.15%以下、
    S :0.02%以下
    を満たし、残部が鉄及び不可避不純物からなるものであって、
    全組織に対する面積率で、
    残留オーステナイトが1%以上、
    ベイニティックフェライト及びマルテンサイトが合計で80%以上、
    フェライト及びパーライトが合計で10%以下(0%を含む)であると共に、
    上記残留オーステナイト結晶粒の平均軸比(長軸/短軸)が5以上であり、
    更に引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高強度ボルト。
  3. 更に、質量%で、
    Nb:0.1%以下(0%を含まない)、及び/又は
    Mo:1.0%以下(0%を含まない)
    を含む請求項1または2に記載の高強度ボルト。
  4. 更に、質量%で、
    Cu:2%以下(0%を含まない)、及び/又は
    Ni:5%以下(0%を含まない)
    を含む請求項1〜3のいずれかに記載の高強度ボルト。
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