以下、本発明の実施形態に係る車両の操舵装置について図面を用いて説明する。図1は、本実施形態に係る車両の操舵装置を概略的に示している。
この操舵装置は、転舵輪としての左右前輪FW1,FW2を転舵するために、運転者によって回動操作される操作部としての操舵ハンドル11を備えている。操舵ハンドル11は、操舵入力軸12の上端に固定され、操舵入力軸12の下端は電動モータおよび減速機構からなる反力アクチュエータ13に接続されている。反力アクチュエータ13は、運転者の操舵ハンドル11の回動操作に対して反力を付与する。
また、この操舵装置は、電動モータおよび減速機構からなる転舵アクチュエータ21を備えている。この転舵アクチュエータ21による転舵力は、転舵出力軸22、ピニオンギア23およびラックバー24を介して左右前輪FW1,FW2に伝達される。この構成により、転舵アクチュエータ21からの回転力は転舵出力軸22を介してピニオンギア23に伝達され、ピニオンギア23の回転によりラックバー24が軸線方向に変位して、このラックバー24の軸線方向の変位により、左右前輪FW1,FW2は左右に転舵される。
次に、これらの反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21の回転を制御する電気制御装置について説明する。電気制御装置は、操舵角センサ31、転舵角センサ32、車速センサ33、横加速度センサ34およびヨーレートセンサ35を備えている。
操舵角センサ31は、操舵入力軸12に組み付けられて、操舵ハンドル11の中立位置からの回転角を検出して操舵角θとして出力する。転舵角センサ32は、転舵出力軸22に組み付けられて、転舵出力軸22の中立位置からの回転角を検出して実転舵角δ(左右前輪FW1,FW2の転舵角に対応)として出力する。なお、操舵角θおよび実転舵角δは、操舵ハンドル11の中立位置を「0」とし、左方向の回転角を正の値で表すとともに、右方向の回転角を負の値でそれぞれ表す。車速センサ33は、車速Vを検出して出力する。横加速度センサ34は、車両の実横加速度Gを検出して出力する。ヨーレートセンサ35は、車両の実ヨーレートγを検出して出力する。なお、実横加速度Gおよび実ヨーレートγも、左方向の加速度を正で表し、右方向の加速度を負で表す。
これらのセンサ31〜35は、電子制御ユニット36に接続されている。電子制御ユニット36は、CPU、ROM、RAMなどからなるマイクロコンピュータを主要構成部品とするもので、プログラムの実行により反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21の作動をそれぞれ制御する。電子制御ユニット36の出力側には、反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21を駆動するための駆動回路37,38がそれぞれ接続されている。駆動回路37,38内には、反力アクチュエータ13および転舵アクチュエータ21内の電動モータに流れる駆動電流を検出するための電流検出器37a,38aが設けられている。電流検出器37a,38aによって検出された駆動電流は、両電動モータの駆動を制御するために、電子制御ユニット36にフィードバックされている。
次に、上記のように構成した実施形態の動作について、電子制御ユニット36内にてコンピュータプログラム処理により実現される機能を表す図2の機能ブロック図を用いて説明する。電子制御ユニット36は、操舵ハンドル11への反力付与を制御するための反力制御部40と、操舵ハンドル11の回動操作に基づいて運転者の知覚特性に対応した左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δroを計算するとともに同目標転舵角δroを補正して補正目標転舵角δdを決定するための感覚適合制御部50と、車両が安定して旋回できる最大の転舵角速度に基づき左右前輪FW1,FW2を転舵制御するための転舵制御部60とからなる。
運転者によって操舵ハンドル11が回動操作されると、操舵角センサ31によって操舵ハンドル11の回転角である操舵角θが検出されて、同検出された操舵角θを反力制御部40および感覚適合制御部50にそれぞれ出力する。反力制御部40においては、運転者によって操舵ハンドル11が回動操作されると、前記検出操舵角θの絶対値が大きくなる回動操作(以下、この回動操作を切込み操作という)がされている場合には目標反力トルクThfを計算し、前記検出操舵角θの絶対値が小さくなる回動操作(以下、この回動操作を戻し操作という)がされている場合には目標反力トルクThrを計算する。なお、以下の説明においては、これらの目標反力トルクThf ,Thrをまとめて単に目標反力トルクThともいう。
ここで、切込み操作と戻し操作の検出について説明しておく。今、操舵ハンドル11が右方向へ回動されている場合を考えると、操舵角センサ31から出力された検出操舵角θは負の値となっている。この状態において、操舵ハンドル11が回動されたときに、検出操舵角θの時間微分値dθ/dtが負の値であれば運転者によって切込み操作されていると検出し、前記時間微分値dθ/dtが正の値であれば運転者によって戻し操作がされていると検出する。一方、操舵ハンドル11が左方向へ回動されている場合を考えると、操舵角センサ31から出力された検出操舵角θは正の値となっている。この状態において、操舵ハンドル11が回動されたときに、前記時間微分値dθ/dtが正の値であれば運転者によって切込み操作がされていると検出し、前記時間微分値dθ/dtが負の値であれば運転者によって戻し操作がされていると検出する。
また、切込み操作と戻し操作の検出に際しては、後に詳述するように、検出した切込み操作または戻し操作に応じて反力付与制御処理や目標転舵角決定処理などの計算処理を切り替えて実行するために、切込み操作と戻し操作間に不感帯が設けられる。すなわち、運転者によって切込み操作または戻し操作がされると同時にこれらの操作を検出するようにすると、例えば、運転者が微調整にために操舵ハンドル11を左右方向へ回動した場合であっても、その都度計算処理が切り替わることになる。このように、計算処理が頻繁に切り替わることにより、例えば、運転者が操舵ハンドル11を介して知覚する反力が大きく変動するなどの問題を生じる。
これに対して、切込み操作と戻し操作の検出に関して不感帯を設けることによって、運転者の微調整などに起因して切込み操作または戻し操作が頻繁に検出されることを防止することができ、上記問題は解決される。ここで、不感帯としては、例えば、切込み操作および戻し操作を検出するまでの検出時間を採用することができ、この検出時間は切込み操作の検出時間に対して戻し時間の検出時間を長く設定するとよい。これにより、特に、戻し操作に伴って、後述する反力トルクTzrの計算頻度を低下させ、操舵ハンドル11を介して、運転者が覚える違和感を低減することができる。
次に、操舵ハンドル11に付与する静的な反力トルクTzf,Tzrを計算する変位−トルク変換部41について説明する。まず、切込み操作されたときに計算される反力トルクTzfから具体的に説明する。変位−トルク変換部41は、操舵ハンドル11の検出操舵角θの絶対値が正の所定の操舵角θz未満であれば下記式1に従って操舵角θの一次関数である反力トルクTzfを計算し、検出操舵角θの絶対値が正の所定の操舵角θz以上であれば下記式2に従って操舵角θの指数関数である反力トルクTzfを計算する。ここで、下記式1の一次関数と下記式2の指数関数とは操舵角θzにて連続的に接続されるものであり、例えば、下記式2の指数関数における操舵角θzでの原点「0」を通る接線を下記式1の一次関数として採用することができる。なお、下記式1に関しては、一次関数に限定されるものではなく、操舵角θが「0」のときに反力トルクTzfが「0」となり、かつ、下記式2の指数関数と連続的に接続される関数であれば、種々の関数を採用することができる。
Tzf=a1・θ (|θ|<θz) …式1
Tzf=To・exp(K1・θ) (θz≦|θ|) …式2
一方、戻し操作された場合には、変位−トルク変換部41は、操舵ハンドル11の検出操舵角θの絶対値が正の所定の操舵角θz未満であれば下記式3に従って操舵角θの一次関数である反力トルクTzrを計算し、検出操舵角θの絶対値が正の所定の操舵角θz以上であれば下記式4に従って操舵角θの指数関数である反力トルクTzrを計算する。この戻し操作における下記式3の一次関数と下記式4の指数関数も、上述した切込み操作の前記式1,2と同様に、操舵角θzにて連続的に接続されるものであり、例えば、下記式4の指数関数における操舵角θzでの原点「0」を通る接線を下記式3の一次関数として採用することができる。なお、この場合も、下記式3に関しては、一次関数に限定されるものではなく、操舵角θが「0」のときに反力トルクTzrが「0」となり、かつ、下記式4の指数関数と連続的に接続される関数であれば、種々の関数を採用することができる。
Tzr=a2・θ−Mh1 (|θ|<θz) …式3
Tzr=To・exp(K1・θ)−Mh1 (θz≦|θ|) …式4
ここで、前記式1中のa1および前記式3中のa2は上述した一次関数の傾きを表す定数である。また、前記式2,4中のTo,K1はともに定数であり、特に定数Toは運転者が知覚し得る最小操舵トルクである。なお、定数K1に関しては後述する感覚適合制御部50の説明時に詳しく説明する。また、前記式1〜4中の操舵角θは、前記検出操舵角θの絶対値を表しているものとし、検出操舵角θが正であれば定数a1,a2および定数Toを負の値とするとともに、検出操舵角θが負であれば定数a1,a2および定数Toを前記負の定数a1,a2および定数Toと同じ絶対値を有する正の値とする。
さらに、前記式3,4中のMh1は、運転者による操舵ハンドル11の回動操作が切込み操作から戻し操作に変わった際に、計算される反力トルクTzfと反力トルクTzrとを連続的に繋げるため、言い換えれば、切込み操作と戻し操作間でヒステリシス特性を構成するためのヒステリシス項である。ヒステリシス項Mh1は、ある操舵角θが検出された時点における切込み操作時の反力トルクTzfと戻し操作時の反力トルクTzrとの比率に基づいて決定され、下記式5のように表される。
Mh1=np・(Kp・Tzf) …式5
ただし、前記式5中のKpは反力トルクTzfに対する最小変化感度(後述するトルクに関するウェーバー比に対応)であり、npは最小変化感度に対する所定の係数である。
このように、ヒステリシス項Mh1が計算されることにより、切込み操作から戻し操作に変わった時点における操舵角θが維持される。このため、切込み操作における操舵ハンドル11の回動量と戻し操作における操舵ハンドル11の回動量を略同一とすることができ、特に、戻し操作時の操舵ハンドル11の収束性を良好に確保することができる。なお、本実施形態においては、ヒステリシス項Mh1を前記式5に示すように操舵角θを含まずに導出するように実施したが、これに代えてまたは加えて、例えば、操舵角θを含んで同操舵角θに依存するように導出することも可能である。
さらに、検出操舵角θが操舵角θz未満のときに、前記式1または前記式3に従って反力トルクTzfまたは反力トルクTzrが計算される。これにより、操舵ハンドル11が中立位置を跨いで回動操作される場合であっても、前記式1または前記式3は、原点「0」を通る関数であるため、反力トルクTzfと反力トルクTzrが連続的に変化する。具体的に説明すると、今、例えば、運転者が操舵ハンドル11を右方向へ操舵角θz以上に切込み操作し、その後、左方向(すなわち中立位置方向)へ戻し操作した場合を考える。このとき、操舵ハンドル11の左方向への戻し操作に伴って検出操舵角θの絶対値が減少し、操舵角θz未満では、変位−トルク変換部41は前記式3に従って反力トルクTzrを計算する。そして、検出操舵角θの絶対値が「0」となるすなわち操舵ハンドル11が中立位置まで回動されると、変位−トルク変換部41は反力トルクTzrを「0」と計算する。
この中立位置を越えてさらに操舵ハンドル11が左方向へ回動されると、左方向への切込み操作となるので、変位−トルク変換部41は前記式1に従って「0」から一次関数的に変化する反力トルクTzfを計算する。このとき、戻し操作の反力トルクTzrを計算する前記式3と切込み操作の反力トルクTzfを計算する前記式1とはともに原点「0」を通る関数であるため、戻し操作(または切込み操作)から切込み操作(または戻し操作)に変わる場合において、計算される反力トルクTzrと反力トルクTzfが連続的に変化する。したがって、操舵ハンドル11が中立位置を跨って回動操作される場合、言い換えると、検出操舵角θの正負が逆転する場合であっても、極めてスムーズに反力トルクTzf,Tzrを操舵ハンドル11に付与することができて、運転者は違和感を覚えることがない。なお、反力トルクTzfまたは反力トルクTzrの計算においては、前記式1〜5の演算に代えて、操舵角θに対する反力トルクTzf,Tzrを記憶した図3に示すような特性の変換テーブルを用いて計算するようにしてもよい。また、以下の説明においては、反力トルクTzfおよび反力トルクTzrをまとめて反力トルクTzともいう。
このように計算された反力トルクTzは、トルク加算部42に供給される。トルク加算部42は、供給された反力トルクTzに対して、操舵システムから入力されるその他の反力トルクを合算して、運転者が操舵ハンドル11を介して知覚する目標反力トルクThを計算する。このため、トルク加算部42は、操舵角速度−摩擦トルク変換部43、操舵角速度−粘性トルク変換部44およびヨーレート−セルフアライメントトルク変換部45(以下、ヨーレート−SAT変換部45という)からそれぞれ計算された反力トルクを入力する。なお、これら各変換部43,44,45が計算する各反力トルクの計算方法については、本発明に直接関係しないため、その詳細な説明を省略して、以下に簡単に説明しておく。
操舵角速度−摩擦トルク変換部43は、操舵ハンドル11と他部材(例えば、ステアリングコラムなど)との間の摩擦に起因する摩擦トルクMtdnwを計算する。この摩擦トルクMtdnwは、運転者による操舵ハンドル11の回動操作速度すなわち検出操舵角θの時間微分値dθ/dt(以下、この時間微分値dθ/dtを操舵角速度dθ/dtという)の大きさに依存するとともにヒステリシス特性を有して計算される。このため、操舵角速度dθ/dtに対する摩擦トルクMtdnwは、図4に示すような特性の変換テーブルを用いて計算される。操舵角速度−粘性トルク変換部44は、操舵ハンドル11の回動操作に伴い発生する粘性トルクMtdを計算する。この粘性トルクMtdは、操舵角速度dθ/dtに比例して計算される。このため、操舵角速度dθ/dtに対する粘性トルクMtdは、図5に示すような特性の変換テーブルを用いて計算される。また、ヨーレート−SAT変換部45は、左右前輪FW1,FW2と路面間の摩擦に起因して、操舵ハンドル11に入力されるセルフアライメントトルクMsatを計算する。このヨーレート−SAT変換部45は、ヨーレートセンサ35によって検出された実ヨーレートγを入力し、同入力した実ヨーレートγに対するセルフアライメントトルクMsatを記憶した図6に示すような特性の変換テーブルを用いて計算する。
このように計算された摩擦トルクMtdnw、粘性トルクMtdおよびセルフアライメントトルクMsatを入力すると、トルク加算部42は、前記供給された反力トルクTz(すなわち、反力トルクTzf,Tzr)に対して、入力した各反力トルクを合算する。これにより、トルク加算部42は、操舵ハンドル11に付与する反力として、切込み操作時には目標反力トルクThfを計算し、戻し操作時には目標反力トルクThrを計算する。そして、トルク加算部42は、計算した目標反力トルクTh(すなわち、目標反力トルクThf,Thr)を駆動制御部46に供給する。
駆動制御部46は、駆動回路37から反力アクチュエータ13内の電動モータに流れる駆動電流を入力し、同電動モータに目標反力トルクThに対応した駆動電流が流れるように駆動回路37をフィードバック制御する。この反力アクチュエータ13内の電動モータの駆動制御により、同電動モータは、操舵入力軸12を介して操舵ハンドル11に目標反力トルクThに対応した反力を付与する。
これにより、運転者は、操舵ハンドル11から前記計算された目標反力トルクThに対応した反力を感じながら、言い換えれば、これらの目標反力トルクThに等しい操舵トルクを操舵ハンドル11に加えながら、操舵ハンドル11を回動操作する。このとき、特に、検出操舵角θが所定の操舵角θz以上であれば、操舵角θと目標反力トルクThとの関係が上述したウェーバー・ヘフナーの法則に従うものであるので、運転者は、操舵ハンドル11から人間の知覚特性に合った感覚を受けながら、操舵ハンドル11を回動操作できる。
一方、感覚適合制御部50に入力された操舵角θは、運転者によって切込み操作されているときには、変位−トルク変換部51が前記式1,2と同様な下記式6,7に従って操舵トルクTdfを計算する。また、運転者によって戻し操作されているときには、変位−トルク変換部51が前記式3,4と同様な下記式8,9に従って操舵トルクTdrを計算する。これら操舵トルクTdf,Tdrの計算においても、式6,8に関しては、一次関数に限定されるものではなく、操舵角θが「0」のときに操舵トルクTdf,Tdrが「0」となり、かつ、式7,9の指数関数とそれぞれ連続的に接続される関数であれば、種々の関数を採用することができる。
Tdf=a1・θ (|θ|<θz) …式6
Tdf=To・exp(K1・θ) (θz≦|θ|) …式7
Tdr=a2・θ−Mh1 (|θ|<θz) …式8
Tdr=To・exp(K1・θ)−Mh1 (θz≦|θ|) …式9
この場合も、前記式6中のa1および前記式8中のa2は上述した一次関数の傾きを表す定数である。また、前記式7,9中のTo,K1は、前記式2,4と同様な定数である。また、前記式6〜9中の操舵角θは、前記検出操舵角θの絶対値を表しているものであるが、検出操舵角θが正であれば定数a1,a2および定数Toを正の値とするとともに、検出操舵角θが負であれば定数a1,a2および定数Toを前記正の定数a1,a2および定数Toと同じ絶対値を有する負の値とする。さらに、前記式8,9中のMh1は、前記式3,4と同様に、切込み操作と戻し操作間でヒステリシス特性を構成するためのヒステリシス項である。このヒステリシス項Mh1も、ある操舵角θが検出された時点における切込み操作時の操舵トルクTdfと戻し操作時の操舵トルクTdrとの比率に基づいて決定され、下記式10にように表される。
Mh1=np・(Kp・Tdf) …式10
ただし、前記式5と同様に、前記式10中のKpは操舵トルクTdfに対する最小変化感度(ウェーバー比)であり、npは最小変化感度に対する所定の係数である。
この操舵トルクTdf,Tdrの計算においても、上述した反力トルクTzf,Tzrの計算と同様に、前記式10に従ってヒステリシス項Mh1が計算される。これにより、前記6,7に従って計算された操舵トルクTdfと前記式8,9に従って計算された操舵トルクTdrとが連続的に繋がるため、切込み操作から戻し操作へスムーズに移行することができる。また、検出操舵角θが操舵角θz未満のときには、前記式6または前記式8に従って操舵トルクTdfまたは操舵トルクTdrが計算される。このため、これら操舵トルクTdf,Tdrを「0」に収束させることができるとともに、中立位置を跨いで操舵ハンドル11が回動されても操舵トルクTdfと操舵トルクTdrを連続的(スムーズ)に変更することができる。なお、この場合も、前記式6〜10の演算に代えて、操舵角θに対する操舵トルクTdfおよび操舵トルクTdrを記憶した図3に示すような特性の変換テーブルを用いて、操舵トルクTdf,Tdrを計算するようにしてもよい。また、以下の説明においては、操舵トルクTdfおよび操舵トルクTdrをまとめて操舵トルクTdともいう。
このように計算された操舵トルクTd(すなわち操舵トルクTdf,Tdr)は、トルク−横加速度変換部52に供給される。トルク−横加速度変換部52は、運転者が操舵ハンドル11の切込み操作により見込んでいる見込み横加速度Gdfを下記式11,12に従って計算し、戻し操作により見込んでいる見込み横加速度Gdrを下記式13,14に従って計算する。このとき、トルク−横加速度変換部52は、見込み横加速度Gdf,Gdrを、操舵トルクTdの絶対値が正の所定値Tg未満であれば下記式11,13に従って計算し、操舵トルクTdの絶対値が正の所定値Tg以上であれば下記式12,14に従って計算する。ここで、下記式11または式13は操舵トルクTdの一次関数式であって操舵トルクTdが「0」のときに見込み横加速度Gdf,Gdrが「0」となる関数である。また、下記式12,14は操舵トルクTdのべき乗関数であり、下記式11,13と所定値Tgにて連続的に接続するものである。
Gdf=c1・Td (|Td|<Tg) …式11
Gdf=C・TdK2 (Tg≦|Td|) …式12
Gdr=c2・Td−Mh2 (|Td|<Tg) …式13
Gdr=C・(Td−Mh2)K2 (Tg≦|Td|) …式14
ただし、前記式11中のc1および前記式13中のc2は一次関数の傾きを表す定数であり、前記式12,14中のC,K2は定数である。また、前記式11〜14中の操舵トルクTdは、前記式6〜10を用いて計算した操舵トルクTd(すなわち操舵トルクTdf,Tdr)の絶対値を表しているものであり、前記計算した操舵トルクTdが正であれば定数c1,c2および定数Cを正の値とするとともに、前記計算した操舵トルクTdが負であれば定数c1,c2および定数Cを前記正の定数c1,c2および定数Cと同じ絶対値を表す負の値とする。
また、前記式13,14中のMh2は、運転者による操舵ハンドル11の回動操作が切込み操作から戻し操作に変わった際に、計算される見込み横加速度Gdfと見込み横加速度Gdrとを連続的に繋げるためすなわち切込み操作と戻し操作間でヒステリシス特性を構成するためのヒステリシス項である。このヒステリシス項Mh2は、ある操舵トルクTdが供給された時点における切込み操作時の見込み横加速度Gdfと戻し操作時の見込み横加速度Gdrとの比率に基づいて決定され、下記式15のように表される。
Mh2=nq・(Kq・Td) …式15
ただし、前記式15中のKqは操舵トルクTdに対する最小変化感度(後述するトルクに関するウェーバー比に対応)であり、nqは最小変化感度に対する所定の係数である。なお、本実施形態においては、ヒステリシス項Mh2を前記式15のように操舵角θを含まずに導出するように実施したが、これに代えてまたは加えて、例えば、操舵角θを含んで同操舵角θに依存するように導出することも可能である。
このように、ヒステリシス項Mh2が計算されることにより、前記式11または式12に従って計算された見込み横加速度Gdfと前記式13または式14に従って計算された見込み横加速度Gdrとが連続的に繋がる。このため、見込み横加速度Gdfから見込み横加速度Gdrへ、逆に、見込み横加速度Gdrから見込み横加速度Gdfへスムーズに切り換えることができる。また、前記式15に従ってヒステリシス項Mh2が計算されることにより、切込み操作と戻し操作間の変更時点における見込み横加速度Gdf,Gdrが維持される。このため、後述するように、見込み横加速度Gdf,Gdrに基づいて計算される補正目標転舵角δd(静的目標転舵角δro)に転舵された左右前輪FW1,FW2は、例えば、道路から入力される外乱(セルフアライメントトルクの変動など)によって、その転舵角が変化することを防止することができ、運転者が見込んだ車両の挙動を維持することができる。
さらに、操舵トルクTdが所定値Tg未満のときに、前記式11および前記式13に従って見込み横加速度Gdfおよび見込み横加速度Gdrが計算されることにより、操舵ハンドル11が中立位置を跨いで回動操作される場合であっても、前記式11および前記式13は、原点「0」を通る関数であるため、見込み横加速度Gdfと見込み横加速度Gdrが非連続となることが防止される。
すなわち、運転者が見込み横加速度を、例えば、右方向から左方向へ変化する横加速度を見込んだとすれば、トルク−横加速度変換部52は、前記式13に従って一次関数的に「0」に収束する見込み横加速度Gdrを計算するとともに、前記式11に従って「0」から一次関数的に増大する見込み横加速度Gdfを計算する。したがって、見込み横加速度Gdfと見込み横加速度Gdrは、「0」で連続となり、見込み横加速度の知覚方向が変化する場合、言い換えると、検出操舵角θが正負逆転する場合においても、極めてスムーズに見込み横加速度Gdf,Gdrを切り換えることができて、運転者は車両の挙動変化に関して違和感を覚えることがない。なお、この場合も、前記式11〜15の演算に代えて、操舵トルクTdに対する見込み横加速度Gdf,Gdrを記憶した図7に示すような特性の変換テーブルを用いて、見込み横加速度Gdf,Gdrを計算するようにしてもよい。また、以下の説明においては、見込み横加速度Gdfおよび見込み横加速度Gdrをまとめて見込み横加速度Gdともいう。
ここで、切込み操作時に適用される前記式12について説明しておく。なお、戻し操作時に適用される前記式14については、前記式12における操舵トルクTdが操舵トルク(Td−Mh2)で表されること以外同様に構成されているため、前記式12を詳細に説明することによってその説明を省略する。前記式7を用いて操舵トルクTd(詳しくは操舵トルクTdf)を消去すると、下記式16に示すようになる。
Gdf=C・(To・exp(K1・θ))K2=C・ToK2・exp(K1・K2・θ)=Go・exp(K1・K2・θ) …式16
前記式16において、Goは定数C・ToK2であり、式16は、運転者による操舵ハンドル11の操舵角θに対して見込み横加速度Gdfが指数関数的に変化していることを示す。なお、前記式14も上記式12から式16への変形と同様に変形することにより、操舵角θに対して見込み横加速度Gdrが指数関数的に変化する。そして、この見込み横加速度Gdfは、車内の所定部位への運転者の体の一部の接触によって運転者が知覚し得る物理量であり、前述したウェーバー・ヘフナーの法則に従ったものである。したがって、操舵トルクTdfが所定値Tg以上のときに、運転者が、この見込み横加速度Gdfに等しい横加速度を知覚しながら操舵ハンドル11を回動操作することができれば、操舵ハンドル11の回動操作と車両の操舵との関係を人間の知覚特性に対応させることができる。
次に、上述したパラメータK1,K2,C(所定値K1,K2,C)の決め方について説明しておく。なお、このパラメータK1,K2,Cの決め方についての説明では、操舵トルクTdf,Tdrおよび見込み横加速度Gdf,Gdrを操舵トルクTおよび横加速度Gとして扱う。前述したウェーバー・ヘフナーの法則によれば、「人間の知覚できる最小の物理量変化ΔSとその時点での物理量Sとの比ΔS/Sは、物理量Sの値によらず一定となり、その比ΔS/Sをウェーバー比という」ことになっている。本発明者等は、操舵トルクおよび横加速度に関し、前記ウェーバー・ヘフナーの法則が成立することを確認するとともに、ウェーバー比を決定するために、次のような実験を、男女、年齢、車両の運転歴などの異なる種々の人間に対して行った。
操舵トルクに関しては、車両の操舵ハンドルにトルクセンサを組付け、操舵ハンドルに検査用のトルクを外部から付与するとともに同検査用トルクを種々の態様で変化させながら、この検査用トルクに抗して人間が操舵ハンドルに操作力を加えて同操舵ハンドルを回転させないように調整する人間の操舵トルク調整能力を計測した。すなわち、前記状況下で、ある時点での検出操舵トルクをTとし、同検出操舵トルクTからの変化を知覚し得る最小の操舵トルク変化量をΔTとしたときの比の値ΔT/Tすなわちウェーバー比を種々の人間に対して計測した。この実験の結果によれば、操舵ハンドルの操作方向、操舵ハンドルを把持する手の状態、検査用トルクの大きさおよび方向によらず、種々の人間に対してウェーバー比ΔT/Tはほぼ一定の値αとなった。
横加速度に関しては、運転席の側方に壁部材を設けて同壁部材に人間の肩の押圧力を検出する力センサを組付け、人間に操舵ハンドルを把持させるとともに壁部材の力センサに肩を接触させ、壁部材に検査用の力を人間に対して横方向に外部から付与するとともに同検査用の力を種々の態様で変化させながら、この調査用の力に抗して人間が壁部材を押して壁部材が移動しないように調整する、すなわち姿勢を維持する人間の横力調整能力を計測した。すなわち、前記状況下で、ある時点での外部からの横力に耐えて姿勢を維持する検出力をFとし、同検出力Fからの変化を知覚し得る最小の力変化量をΔFとしたときの比の値ΔF/Fすなわちウェーバー比を種々の人間に対して計測した。この実験の結果によれば、壁部材に付与される基準力の大きさおよび方向によらず、種々の人間に対してウェーバー比ΔF/Fはほぼ一定の値βとなった。
一方、前記式7を微分するとともに、同微分した式において式7を考慮すると、下記式17が成立する。
ΔT=To・exp(K1・θ)・K1・(dθ/dt)=T・K1・(dθ/dt) …式17
この式17を変形するとともに、前記実験により求めたトルクに関するウェーバー比ΔT/TをKtとすると、下記式18が成立する。
K1=ΔT/(T・(dθ/dt))=Kt/(dθ/dt) …式18
また、最大操舵トルクをTmaxとすれば、前記式7より下記式19が成立する。
Tmax=To・exp(K1・θmax) …式19
この式19を変形すれば、下記式20が成立する。
K1=log(Tmax/To)/θmax …式20
そして、前記式18および式20から下記式21が導かれる。
dθ/dt=Kt/K1=Kt・θmax/log(Tmax/To) …式21
この式21において、Ktは操舵トルクTのウェーバー比であり、θmaxは操舵角の最大値であり、Tmaxは操舵トルクの最大値であり、Toは人間が知覚し得る最小操舵トルクに対応するものである。そして、これらの値Kt,θmax,Tmax,Toはいずれも実験およびシステムによって決定される定数であるので、操舵角速度dθ/dtは前記式21に従って計算できる。また、この操舵角速度dθ/dtとウェーバー比Ktを用いて、前記式18に基づき所定値(係数)K1も計算できる。
また、前記式12を微分するとともに、同微分した式において式12を考慮すると、下記式22が成立する。
ΔG=C・K2・TK2-1・ΔT=G・K2・ΔT/T …式22
この式22を変形し、かつ前記実験により求めたトルクに関するウェーバー比ΔT/TをKtとするとともに、横加速度に関するウェーバー比ΔF/FをKaとすると下記式23,24が成立する。
ΔG/G=K2・ΔT/T …式23
K2=Ka/Kt …式24
この式24において、Ktは操舵トルクに関するウェーバー比であるとともに、Kaは横加速度に関するウェーバー比であって、共に定数(例えば、αやβ)として与えられるものであるので、これらのウェーバー比Kt,Kaを用いて、前記式24に基づいて係数K2も計算できる。
さらに、横加速度の最大値をGmaxとし、操舵トルクの最大値をTmaxとすれば、前記式12から下記式25が導かれる。
C=Gmax/TmaxK2 …式25
そして、この式25においては、GmaxおよびTmaxは実験およびシステムによって決定される定数であり、かつK2は前記式24によって計算されるものであるので、定数(係数)Cも計算できる。
以上のように、操舵角θの最大値θmax、操舵トルクTの最大値Tmax、横加速度Gの最大値Gmax、最小操舵トルクTo,最小感知横加速度Go,操舵トルクTに関するウェーバー比Kt、および横加速度に関するウェーバー比Kaを、実験およびシステムによって決定すれば、前記パラメータK1、K2,Cを予め計算により決定しておくことができる。したがって、変位−トルク変換部41,51およびトルク−横加速度変換部52においては、前記式1〜15を用いて、運転者の知覚特性に合った反力トルクTzf,Tzr、操舵トルクTdf,Tdrおよび見込み横加速度Gdf,Gdrを計算できる。
ふたたび、図2の説明に戻ると、トルク−横加速度変換部52にて計算された見込み横加速度Gdf,Gdrは、転舵角変換部53に供給される。転舵角変換部53は、見込み横加速度Gdを発生するのに必要な左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δroを計算するものであり、図8に示すように車速Vに応じて変化して見込み横加速度Gdに対する目標転舵角δroの変化特性を表すテーブルを有する。このテーブルは、車速Vを変化させながら操舵ハンドル11を一定の操舵角速度dθ/dtで回動操作することにより車両を定常円旋回走行させて、左右前輪FW1,FW2の転舵角δと横加速度Gとを予め実測して収集したデータの集合である。そして、転舵角変換部53は、このテーブルを参照して、前記入力した見込み横加速度Gdと車速センサ33から入力した検出車速Vとに対応した目標転舵角δroを計算する。なお、計算される目標転舵角δroは、定常円旋回する車両について計算されるため、以下の説明においては、静的目標転舵角δroという。また、前記テーブルに記憶されている横加速度G(見込み横加速度Gd)と静的目標転舵角δroはいずれも正であるが、転舵角変換部53から供給される見込み横加速度Gdが負であれば、出力される静的目標転舵角δroも負となる。
なお、静的目標転舵角δroは車速Vと横加速度Gの関数であるので、前記テーブルを参照することに代えて、定常円旋回する場合の車両運動方程式としての下記式26の演算の実行によっても計算することができる。
δro=L・(1+A・V2)・Gd/V2 …式26
ただし、前記式26中のLはホイールベースを示す予め決められた所定値であり、Aは車両の運動性能を示す予め決められた所定値である。
前記式26に従って計算された静的目標転舵角δroは、転舵角補正部54に供給される。転舵角補正部54は、トルク−横加速度変換部52から見込み横加速度Gdを入力するとともに、横加速度センサ34によって検出された実横加速度Gも入力している。そして、転舵角補正部54は、下記式27の演算を実行して、入力した静的目標転舵角δroを補正し、左右前輪FW1,FW2を転舵させる目標転舵角としての補正目標転舵角δdを計算する。
δd=δro+K3・(Gd−G) …式27
ただし、係数K3は予め決められた正の定数であり、実横加速度Gが見込み横加速度Gdに満たない場合には、補正目標転舵角δdの絶対値が大きくなる側に補正される。また、実横加速度Gが見込み横加速度Gdを超える場合には、補正目標転舵角δdの絶対値が小さくなる側に補正される。この補正により、見込み横加速度Gdに必要な左右前輪FW1,FW2の転舵角がより精度よく計算される。
上述したように計算された静的目標転舵角δroおよび補正目標転舵角δdは、転舵制御部60に供給される。転舵制御部60においては、勾配限界演算部61が、左右前輪FW1,FW2の転舵角速度を制限するための勾配制限目標転舵角δr1を計算するとともに、車両の旋回に伴う挙動変化を緩やかにするために目標制御転舵角としての目標転舵角δrを決定する。以下、この勾配限界演算部61の計算について詳細に説明する。
運転者の見込んだ見込み横加速度Gdを実現するための左右前輪FW1,FW2の静的目標転舵角δroは、前記式26に従って計算することができる。このとき、見込み横加速度Gdの最大値をGmaxとし、この最大値Gmaxを発生するための転舵角をδmaxとすれば、前記式26は下記式28に示すように変形することができる。
δmax=L・(1+A・V2)・Gmax/V2 …式28
この式28によれば、運転者が見込む見込み横加速度Gdの最大値Gmaxを一定の値とした場合には、転舵角δmaxは検出車速Vに対する関数となり、検出車速Vが増大するに伴って転舵角δmaxは小さくなり、検出車速Vが減少するに伴って転舵角δmaxは大きくなる。言い換えれば、検出車速Vの増大に伴って、同一の見込み横加速度Gdを発生するための左右前輪FW1,FW2の転舵領域は小さくなり、検出車速Vの減少に伴って、同一の見込み横加速度Gdを発生するための左右前輪FW1,FW2の転舵領域は大きくなる。
また、前記式26によって表される静的目標転舵角δroは、前記式16を用いて変形することにより、下記式29に示すように、操舵角θとの関係として表すこともできる。
δro=(L・(1+A・V2)/V2)・Go・exp(K1・K2・θ) …式29
今、理解を容易とするために車速Vが一定の場合を考えると、前記式29によれば、静的目標転舵角δroは、操舵ハンドル11の操舵角θの変化に対して指数関数的に変化する。このため、静的目標転舵角δroは、操舵角θの変化に対して、下に凸となる非線形特性を有する。したがって、今、運転者が操舵ハンドル11を一定の操舵角速度dθ/dtで回動操作(以下、この回動操作を静的な回動操作という)した場合を考えると、操舵ハンドル11が中立位置近傍で回動操作されたときには操舵角θの変化に対する静的目標転舵角δroの変化が小さく、操舵ハンドル11が中立位置から離れた位置で回動操作されたときには操舵角θの変化に対する静的目標転舵角δroの変化が極めて大きくなる。
このため、運転者が操舵ハンドル11を中立位置近傍で回動操作する場合には、操舵ハンドル11の回動操作に対して左右前輪FW1,FW2が緩慢に転舵するようになる。一方、運転者が操舵ハンドル11を中立位置近傍から離れた位置、特に、操舵ハンドル11を最大操舵角θmax近傍位置(以下、この近傍位置をエンド近傍位置という)で回動操作する場合には、操舵ハンドル11の回動操作に対して左右前輪FW1,FW2が急峻に転舵するようになる。
そして、この静的目標転舵角δroの操舵角θに対する変化特性は、検出車速Vによっても変化する。すなわち、上述したように、前記式28によれば、同一の見込み横加速度Gd(最大値Gmax)を発生させる場合には、検出車速Vが増大するに伴って左右前輪FW1,FW2の転舵領域は小さくなり、検出車速Vが減少するに伴って左右前輪FW1,FW2の転舵領域は大きくなる。特に、検出車速Vが小さくなり転舵領域が大きくなる状況では、操舵ハンドル11がエンド近傍位置にて回動操作されると、操舵角θの変化に対して指数関数的に変化する静的目標転舵角δroの変化が極めて大きくなる。その結果、検出車速Vが減少するに伴って、操舵ハンドル11の回動操作に対して左右前輪FW1,FW2が急峻に転舵する傾向が強くなり、車両の挙動が乱れて運転が難しくなる。
さらに、上述した静的目標転舵角δroの操舵角θに対する変化特性は、操舵ハンドル11の静的な回動操作の場合に比して、操舵角速度dθ/dtが変化する回動操作(以下、この回動操作を動的な回動操作という)された場合により顕著に現れる。以下、このことを詳細に説明する。
一般的に、運転者は、操舵ハンドル11の動的な回動操作によって車両を運転する。すなわち、運転者は、大きな操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11の回動操作を開始し、小さな操舵角速度dθ/dtで操舵ハンドル11の回動操作を終了する。このとき、操舵角センサ31は、所定の短い時間間隔で操舵角θを検出して出力しているため、操舵ハンドル11の一連の回動操作において操舵角速度dθ/dtが変化する場合には、前記式29に従って検出操舵角θを用いて計算される静的目標転舵角δroが時系列的に離散した(不連続な)値となる。言い換えれば、操舵ハンドル11の一連の回動操作において操舵角速度dθ/dtが変化する場合には、計算される静的目標転舵角δroは、操舵角速度dθ/dtに対して動的に変化するようになる。
具体的に説明すると、上述したように、静的目標転舵角δroは操舵角θに対して指数関数的に変化するため、特に、操舵ハンドル11のエンド近傍位置において、操舵角速度dθ/dtが大きい場合には、微小な制御時間tあたりの静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtが大きくなり、時定数は小さくなる。一方、操舵角速度dθ/dtが小さい場合には、変化勾配値dδro/dtが小さくなり、時定数は大きくなる。このように、静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtは、操舵角速度dθ/dtの大きさに応じて異なる。ここで、ステアリングバイワイヤ方式の操舵装置においては、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に応じて、左右前輪FW1,FW2が転舵アクチュエータ21の駆動によって転舵される。すなわち、転舵アクチュエータ21は、操舵ハンドル11の操舵角速度dθ/dtに応じて、左右前輪FW1,FW2をシステム上予め設定された限界の転舵角速度dδ/dt(以下、この転舵角速度を転舵性能限界速度dδ/dtという)以下で転舵する。このため、転舵アクチュエータ21は、操舵角速度dθ/dtの大きさに応じて変化する静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtに比して転舵性能限界速度dδ/dtが大きい場合には、左右前輪FW1,FW2を変化勾配値dδro/dtに対応した転舵角速度で転舵するようになる。一方、変化勾配値dδro/dtに比して転舵性能限界速度dδ/dtが小さい場合には、左右前輪FW1,FW2を転舵性能限界速度dδ/dtで転舵するようになる。このことを図9を用いて説明する。
図9は、s点(時間t=0)にて操舵ハンドル11の切込み操作が開始され、所定の時間経過後に戻し操作される場合の転舵角δの変化を示している。今、運転者によって操舵角速度dθ/dtの大きい回動操作(以下、この回動操作を速い操舵という)がされた場合には、静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtは、図9中にて細い一点鎖線で示すように変化する。しかしながら、この変化勾配値dδro/dtは、転舵アクチュエータ21の転舵性能限界速度dδ/dtよりも大きな値を有しているため、転舵アクチュエータ21は左右前輪FW1,FW2を転舵性能限界速度dδ/dtで転舵する。したがって、この場合には、左右前輪FW1,FW2は、図9中にて太い一点鎖線で示すように、s点とa点を通る直線に従って静的目標転舵角δroに転舵される。
また、運転者によって操舵角速度dθ/dtが比較的大きい回動操作(以下、この回動操作を比較的速い操舵という)がされた場合には、静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtは、図9中にて細い実線で示すように変化する。この場合には、転舵アクチュエータ21は、図9中にて太い実線で示すように、d点までは静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtに対応した転舵角速度で左右前輪FW1,FW2を転舵し、その後b点まで転舵性能限界速度dδ/dtで左右前輪FW1,FW2を転舵する。さらに、運転者によって操舵角速度dθ/dtの小さい回動操作(以下、この回動操作を遅い操舵という)がされた場合には、転舵アクチュエータ21は、図9中にて太い破線で示すように、s点からc点まで変化勾配値dδro/dtに対応した転舵角速度で左右前輪FW1,FW2を転舵する。
このように、転舵アクチュエータ21は、転舵性能限界速度dδ/dt以下の転舵角速度によって、静的目標転舵角δroの変化勾配値dδro/dtに追従するように左右前輪FW1,FW2を転舵する。しかし、予め設定された転舵アクチュエータ21の転舵性能限界速度dδ/dtが大きい場合には、左右前輪FW1,FW2が急峻に転舵され、その結果、車両の旋回挙動言い換えれば操舵安定性が適正に確保できない場合がある。したがって、勾配限界演算部61は、車両の挙動を緩やかに変化させて運転者が見込んだ見込み横加速度Gdを発生させる、すなわち左右前輪FW1,FW2の転舵角速度を制限して目標転舵角δdまで緩やかに転舵させるための勾配制限目標転舵角δr1を計算する。以下、この勾配制限目標転舵角δr1の計算について詳細に説明する。
勾配限界演算部61は、下記式30に従って勾配制限目標転舵角δr1を計算する。
δr1=δr1(n−1)+dδa/dt …式30
ここで、前記式30中のδr1(n−1)は、前回のプログラム実行時に計算された勾配制限目標転舵角δr1であり、dδa/dtは、左右前輪FW1,FW2を転舵するときに車両が安定して旋回できる最大の転舵角速度であって下記式31により表される。
dδa/dt<(dδ/dt)・Kd …式31
ただし、前記式31中のKdは所定の係数であり、1以下の正の係数である。なお、この係数Kdについては、車速Vの関数として計算してもよい。この場合、係数Kdは、車速Vの増加に伴って大きく変化し、車速Vの減少に伴って小さく変化する特性を有するとよい。これにより、車速Vの増加に伴って左右前輪FW1,FW2が俊敏に転舵されるとともに、車速Vの減少に伴って左右前輪FW1,FW2が緩やかに転舵されるようになる。
そして、勾配限界演算部61は、前記式30,31に従って勾配制限目標転舵角δr1を計算すると、前記式26に従って計算された静的目標転舵角δroと比較し、補正目標転舵角δdまでの変化過程における目標転舵角δrを決定する。すなわち、勾配限界演算部61は、計算した勾配制限目標転舵角δr1が入力した静的目標転舵角δro以上であれば、静的目標転舵角δroを目標転舵角δrとして決定する。一方、勾配制限目標転舵角δr1が静的目標転舵角δro未満であれば、勾配制限目標転舵角δr1を目標転舵角δrとして決定する。
具体的に図10を用いて説明すると、勾配限界演算部61は、所定の制御時間t−1において、前記式26に従って計算された静的目標転舵角δro(n−1)を入力するとともに、前記式30,31に従って計算した勾配制限目標転舵角δr1(n−1)とを比較する。この比較において、静的目標転舵角δro(n−1)が勾配制限目標転舵角δr1(n−1)よりも大きければ、静的目標転舵角δro(t−1)の変化勾配値dδro/dtは、最大転舵角速度dδa/dtよりも大きい。このため、勾配限界演算部61は、静的目標転舵角δro(t−1)の変化勾配値dδro/dtを最大転舵角速度dδa/dtによって制限するために、制御時間t−1における目標転舵角δr(n−1)を勾配制限目標転舵角δr1(n−1)に決定する。同様にして、制御時間tにおける目標転舵角δrを勾配制限目標転舵角δr1に決定する。そして、このように決定された目標転舵角δrは、フィルタ処理演算部62に供給される。
フィルタ処理演算部62は、左右前輪FW1,FW2の転舵制御において、補正目標転舵角δdまでの変化過程から補正目標転舵角δdでの維持過程への移行に伴って発生する不要なヨーレートを抑制するために、目標転舵角δrをフィルタ処理する。具体的に説明すると、上述したように、運転者によって操舵ハンドル11が回動操作されると、左右前輪FW1,FW2は、図9に示すように、運転者が見込んだ見込み横加速度Gdを発生させるための補正目標転舵角δdまで転舵制御される。そして、図9中のa点,b点およびc点まで変化すると、左右前輪FW1,FW2の転舵動作は終了し、補正目標転舵角δdで維持される。このとき、a点,b点およびc点においては、左右前輪FW1,FW2の作動状態が停止状態に急変するため、運転者は不要なヨーレートを知覚する場合がある。このため、フィルタ処理演算部62は、左右前輪FW1,FW2の転舵角δ(すなわち、目標転舵角δr)が補正目標転舵角δdに到達する直前の転舵動作を緩やかにするために、下記式32に従って、補正目標転舵角δdまで変化する目標転舵角δrをフィルタ処理したフィルタ目標転舵角δrfを計算する。
δrf=δr(n−1)+B・(δd−δr(n−1)) …式32
ただし、前記式32中のBは、所定の定数である。
ここで、フィルタ処理演算部62は、転舵角センサ32から実転舵角δすなわち目標転舵角δrを入力しており、この実転舵角δと補正目標転舵角δdとの関係において下記式33が成立する場合に、目標転舵角δrをフィルタ処理する。
δd−δr<Ksf …式33
ここで、前記式33中のδdは前記式27に従って計算される補正目標転舵角であり、Ksfはフィルタ処理の開始点を決定するための所定の正の係数である。なお、この係数Ksfについても、車速Vの関数として計算してもよい。この場合、係数Ksfは、車速Vの増加に伴って大きく変化し、車速Vの減少に伴って小さく変化する特性を有するとよい。これにより、車速Vが変化した場合であっても、不要なヨーレートを効果的に抑制することができる。
このフィルタ処理演算部62の計算について具体的に図11を用いて説明すると、フィルタ処理演算部62は、転舵角センサ32から実転舵角δを入力する。そして、フィルタ処理演算部62は、前記式33に従って、補正目標転舵角δdと入力した実転舵角δすなわち目標転舵角δrとを比較する。この比較により、補正目標転舵角δdと入力した目標転舵角δrとの差分が所定の係数Ksf以上であれば、フィルタ処理演算部62は、目標転舵角δrが運転者の見込んだ見込み横加速度Gdを発生するための補正目標転舵角δdに未だ到達しないため、フィルタ処理を実行しない。したがって、フィルタ処理演算部62は目標転舵角δrをそのままフィルタ目標転舵角δrfとして後述する駆動制御部63に供給する。一方、フィルタ処理演算部62は、補正目標転舵角δdと入力した実転舵角δ(目標転舵角δr)との差分が所定の係数Ksf未満であれば、前記式33が成立する言い換えれば目標転舵角δrが補正目標転舵角δdに近づいているため、前記式32に従って目標転舵角δrをフィルタ処理してフィルタ目標転舵角δrfを計算する。これにより、左右前輪FW1,FW2の転舵作動において、補正目標転舵角δdまでの変化過程から補正目標転舵角δdでの維持過程へスムーズに移行させることができ、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に抑制することができる。
そして、上述したように決定されたフィルタ目標転舵角δrfは、駆動制御部63に供給される。駆動制御部63は、転舵角センサ32によって検出された実転舵角δを入力し、左右前輪FW1,FW2が目標転舵角δrf(目標転舵角δr)言い換えれば最大転舵角速度dδa/dt以下の転舵角速度によって補正目標転舵角δdに転舵されるように、転舵アクチュエータ21内の電動モータの回転をフィードバック制御する。また、駆動制御部63は、駆動回路38から同電動モータに流れる駆動電流も入力し、転舵トルクに対応した大きさの駆動電流が同電動モータに適切に流れるように駆動回路38をフィードバック制御する。この転舵アクチュエータ21内の電動モータの駆動制御により、同電動モータの回転は、転舵出力軸22を介してピニオンギア23に伝達され、ピニオンギア23によりラックバー24を軸線方向に変位させる。そして、このラックバー24の軸線方向の変位により、左右前輪FW1,FW2は補正目標転舵角δdに転舵される。
上記説明からも理解できるように、この実施形態によれば、運転者の操舵ハンドル11の回動操作に応答して左右前輪FW1,FW2が転舵制御される際には、転舵制御部60によって最大転舵角速度dδa/dt以下の転舵角速度で転舵される。これにより、操舵ハンドル11の動的な回動操作に伴う左右前輪FW1,FW2の急峻な転舵が抑制されるとともに、左右前輪FW1,FW2の転舵作動状態が切り替わる際の無用なヨーレートの発生を抑制することができる。したがって、運転者は、操舵ハンドル11の回動操作に伴って車両の旋回挙動が不安定になることを気にすることなく運転することができて車両の運転が簡単になるとともに、常に良好な操舵安定性を知覚することができる。
すなわち、図12にて一点鎖線で示すように、運転者が速い操舵によって操舵ハンドル11を回動操作した場合には、勾配限界演算部61によって目標転舵角δrとして前記式30に従って計算される勾配制限目標転舵角δr1が採用される。これにより、左右前輪FW1,FW2は最大転舵角速度dδa/dtで転舵される。このとき、前記式31中の所定の係数Kdを適宜設定することにより、左右前輪FW1,FW2の急峻な転舵を効果的に防止できる目標転舵角δrを決定することができるため、車両旋回時における安定した車両の挙動を確保することができる。また、フィルタ処理演算部62によってフィルタ処理されることにより、目標転舵角δrがa’点で補正目標転舵角δdとなるため、左右前輪FW1,FW2の転舵動作における作動状態と停止状態をスムーズに移行することができる。これにより、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に抑制することができる。したがって、運転者は、良好な操舵安定性を知覚することができる。
また、図12にて実線で示すように、運転者が比較的速い操舵によって操舵ハンドル11を回動操作した場合には、勾配限界演算部61によってd’点までは目標転舵角δrとして静的目標転舵角δroが採用され、d’点から勾配制限目標転舵角δr1が採用されることにより、左右前輪FW1,FW2は最大転舵角速度dδa/dt以下で転舵される。このため、左右前輪FW1,FW2の急峻な転舵を効果的に防止でき、車両旋回時における安定した車両の挙動を確保することができる。また、この比較的速い操舵においても、フィルタ処理演算部62によってフィルタ処理されることにより、目標転舵角δrがb’点で補正目標転舵角δdとなるため、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に防止できる。したがって、この場合も、運転者は、良好な操舵安定性を知覚することができる。さらに、図12にて破線で示すように、運転者が遅い操舵によって操舵ハンドル11を回動操作した場合には、勾配限界演算部61によって目標転舵角δrとして静的目標転舵角δroが採用されるとともに、フィルタ処理演算部62によって目標転舵角δrがフィルタ処理される。これにより、目標転舵角δrがc’点で補正目標転舵角δdとなるため、車両旋回時における安定した車両の挙動を確保するとともに、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に防止することができる。
なお、上記説明においては、左右前輪FW1,FW2の転舵角δ(すなわち、目標転舵角δr)が補正目標転舵角δdに到達する直前の転舵作動を緩やかにすることを説明した。しかしながら、前記式32および式33から明らかなように、左右前輪FW1,FW2の転舵角δが補正目標転舵角δdで維持されている状態すなわち停止状態から操舵ハンドル11の戻し操作や切込み操作に伴って再び作動状態へ移行する場合においても、フィルタ処理演算部62は目標転舵角δrをフィルタ処理する。これにより、左右前輪FW1,FW2の転舵動作が停止状態(維持過程)から作動状態(変化過程)へ切り替わる場合であっても、スムーズに移行することができて、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に防止することができる。したがって、運転者は、良好な操舵安定性を知覚することができる。
また、感覚適合制御部50においては、トルク−横加速度変換部52が操舵トルクTd(操舵トルクTdf,Tdr)に対して、べき乗関数的(または指数関数的)に変化する見込み横加速度Gdを計算する。これにより、左右前輪FW1,FW2の転舵によって車両が旋回すると、この旋回により、運転者には、前記ウェーバー・ヘフナーの法則による「与えられた刺激の物理量」として見込み横加速度Gdが与えられる。そして、この見込み横加速度Gdは、操舵ハンドル11の操舵角θに対してべき乗関数的(または指数関数的)に変化するものであるので、運転者は、人間の知覚特性に合った運動状態量を知覚しながら、操舵ハンドル11を操作できる。その結果、運転者は、人間の知覚特性に合わせて操舵ハンドル11を操作できるので、車両の運転が簡単になる。
次に、運動状態量としてヨーレートを採用するようにした上記実施形態の第1変形例について説明する。この第1変形例においては、電子制御ユニット36にて実行されるコンピュータプログラムが図13の機能ブロック図により示されている。この場合、感覚適合制御部50において、変位−トルク変換部51は上記実施形態と同様に機能するが、上記実施形態のトルク−横加速度変換部52に代えてトルク−ヨーレート変換部55が設けられている。
このトルク−ヨーレート変換部55は、変位−トルク変換部51から計算された操舵トルクTdf,Tdrが供給される。なお、この第1変形例においても、トルク−ヨーレート変換部55は、変位−トルク変換部51から供給される操舵トルクTdf,Tdrがいずれの場合であっても後述する計算を同様に実行するため、以下の説明においては操舵トルクTdf,Tdrをまとめて操舵トルクTdとして説明する。トルク−ヨーレート変換部55は、運転者が操舵ハンドル11の切込み操作により見込んでいる見込みヨーレートγdfを下記式34,35に従って計算し、戻し操作により見込んでいる見込みヨーレートγdrを下記式36,37に従って計算する。ここで、下記式34または式36は上記実施形態と同じく操舵トルクTdの一次関数であって操舵トルクTdが「0」のときに見込みヨーレートγdf,γdrが「0」となる関数である。また、下記式35または式37は上記実施形態と同じく操舵トルクTdのべき乗関数であり、下記式34,36と所定値Tgにて連続的に接続するものである。
γdf=c1・Td (|Td|<Tg) …式34
γdf=C・TdK2 (Tg≦|Td|) …式35
γdr=c2・Td−Mh2 (|Td|<Tg) …式36
γdr=C・(Td−Mh2)K2 (Tg≦|Td|) …式37
ただし、前記式34中のc1および前記式34中のc2は一次関数の傾きを表す定数であり、前記式35,37中のC,K2は定数である。また、前記式34〜37中の操舵トルクTdは前記式6〜式10を用いて計算した操舵トルクTd(すなわち操舵トルクTdf,Tdr)の絶対値を表しているものであり、前記計算した操舵トルクTdが負であれば定数c1,c2および定数Cを前記正の定数c1,c2および定数Cと同じ絶対値を有する負の値とする。
また、前記式36,37中のMh2は、運転者による操舵ハンドル11の回動操作が切込み操作から戻し操作に変わった際に、計算される見込みヨーレートγdfと見込みヨーレートγdrとを連続的に繋げるため言い換えれば切込み操作と戻し操作間でヒステリシス特性を構成するためにヒステリシス項である。このヒステリシス項Mh2は、ある操舵トルクTdが供給された時点における切込み操作時の見込みヨーレートγdfと戻し操作時の見込みヨーレートγdrとの比率に基づいて決定され、下記式38のように表される。
Mh2=nq・(Kq・Td) …式38
ただし、前記式38中のKqは操舵トルクTdに対するウェーバー比であり、nqは最小変化感度に対する所定の係数である。なお、この第1変形例においても、ヒステリシス項Mh2を前記式38のように操舵角θを含まずに導出するように実施したが、これに代えてまたは加えて、例えば、操舵角θを含んで同操舵角θに依存するように導出することも可能である。
このように、ヒステリシス項Mh2が計算されることにより、前記式34または式35に従って計算された見込みヨーレートγdfと前記式36または式37に従って計算された見込みヨーレートγdrとが連続的に繋がる。このため、見込みヨーレートγdfから見込みヨーレートγdrへ、逆に、見込みヨーレートγdrから見込みヨーレートγdfへスムーズに切り換えることができる。また、前記式38に従ってヒステリシス項Mh2が計算されることにより、切込み操作と戻し操作間の変更時点における見込みヨーレートγdf,γdrが維持される。このため、後述するように、見込みヨーレートγdf,γdrに基づいて計算される補正目標転舵角δdに転舵された左右前輪FW1,FW2は、例えば、道路から入力される外乱などによって、その転舵角が変化することを防止でき、運転者が見込んだ車両の挙動を維持できる。
さらに、操舵トルクTdが所定値Tg未満のときに、前記式34および前記式36に従って見込みヨーレートγdfおよび見込みヨーレートγdrが計算される。これにより、操舵ハンドル11が中立位置を跨いで回動操作される場合であっても、前記式34および前記式36は、原点「0」と通る関数であるため、見込みヨーレートγdfと見込みヨーレートγdrが非連続となることが防止される。
すなわち、所定値Tg未満においては、前記式33および前記式35は、ともに原点「0」を通る関数である。このため、運転者が見込みヨーレートとして、例えば、右方向から左方向へ変化するヨーレートを見込んだとすれば、トルク−ヨーレート変換部55は、前記式34に従って一次関数的に「0」に収束する見込みヨーレートγdrを計算するとともに、前記式34に従って「0」から一次関数的に増大する見込みヨーレートγdfを計算する。したがって、見込みヨーレートγdfと見込みヨーレートγdrは、「0」で連続となり、見込みヨーレートの知覚方向が変化する場合、言い換えると、検出操舵角θが正負逆転する場合においても、極めてスムーズに見込みヨーレートγdf,γdrを切り換えることができて、運転者は違和感を覚えることがない。なお、この場合も、前記式34〜38の演算に代えて、操舵トルクTdに対する見込みヨーレートγdf,γdrを記憶した図14に示すような特性の変換テーブルを用いて、見込みヨーレートγdf,γdrを計算するようにしてもよい。
また、トルク−ヨーレート変換部55にて計算された見込みヨーレートγdf,γdrは、転舵角変換部56に供給される。なお、転舵角変換部56は、トルク−ヨーレート変換部55から供給される見込みヨーレートγdf,γdrがいずれの場合であっても後述する計算を同様に実行するため、以下の説明においては見込みヨーレートγdf,γdrをまとめて見込みヨーレートγdとして説明する。転舵角変換部56は、見込みヨーレートγdを発生するのに必要な左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δroを計算するものであり、図15に示すように車速Vに応じて変化して見込みヨーレートγdに対する目標転舵角δroの変化特性を表すテーブルを有する。このテーブルは、車速Vを変化させながら操舵ハンドル11を一定の操舵角速度dθ/dtで回動操作することにより車両を定常円旋回させて、左右前輪FW1,FW2の転舵角δとヨーレートγとを予め実測して収集したデータの集合である。そして、転舵角変換部56は、このテーブルを参照して、前記入力した見込みヨーレートγdと車速センサ33から入力した検出車速Vとに対応した目標転舵角δroを計算する。なお、図15に示すテーブルを用いて計算される目標転舵角δroも、定常円旋回する車両について計算されるため、以下の説明においては、静的目標転舵角δroという。また、前記テーブルに記憶されているヨーレートγ(見込みヨーレートγd)と静的目標転舵角δroはいずれも正であるが、トルク−ヨーレート変換部55から供給される見込みヨーレートγdが負であれば、出力される静的目標転舵角δroも負となる。
なお、静的目標転舵角δroは車速Vとヨーレートγの関数であるので、前記テーブルを参照することに代えて、定常円旋回する場合の車両運動方程式としての下記式39の演算の実行によっても計算することができる。
δro=L・(1+A・V2)・γd/V …式39
ただし、前記式39中のLはホイールベースを示す予め決められた所定値であり、Aは車両の運動性能を示す予め決められた所定値である。
前記式39に従って計算された静的目標転舵角δroは、転舵角補正部54に供給される。転舵角補正部54は、トルク−ヨーレート変換部55から見込みヨーレートγdを入力するとともに、ヨーレートセンサ35によって検出された実ヨーレートγも入力している。そして、転舵角補正部54は、上記実施形態と同様にして、下記式40の演算を実行して、入力した静的目標転舵角δroを補正し、補正目標転舵角δdを計算する。
δd=δro+K4・(γd−γ) …式40
ただし、係数K4は予め決められた正の定数であり、実ヨーレートγが見込みヨーレートγdに満たない場合には、補正目標転舵角δdの絶対値が大きくなる側に補正される。また、実ヨーレートγが見込みヨーレートγdを超える場合には、補正目標転舵角δdの絶対値が小さくなる側に補正される。この補正により、見込みヨーレートγdに必要な左右前輪FW1,FW2の転舵角δがより精度よく確保される。
このように計算された静的目標転舵角δroは、上記実施形態と同様に、転舵制御部60に供給される。これにより、勾配限界演算部61が、左右前輪FW1,FW2の転舵角速度を制限するための勾配制限目標転舵角δr1を計算するとともに、車両の旋回に伴う挙動変化を緩やかにするための目標転舵角δrを決定する。すなわち、この第1変形例においても、転舵アクチュエータ21が大きな転舵性能限界速度dδ/dtによって左右前輪FW1,FW2を転舵した場合には、車両の挙動を適正に確保できない場合がある。したがって、勾配限界演算部61は、左右前輪FW1,FW2を緩やかに転舵させるための勾配制限目標転舵角δr1を、前記式30,31に従って計算する。
そして、勾配限界演算部61は、前記式30,31に従って勾配制限目標転舵角δr1を計算すると、前記式39に従って計算された静的目標転舵角δroと比較し、目標転舵角δrを決定する。すなわち、勾配限界演算部61は、上記実施形態と同様に、勾配制限目標転舵角δr1が静的目標転舵角δro以上であれば、静的目標転舵角δroを目標転舵角δrとして決定する。一方、勾配制限目標転舵角δr1が静的目標転舵角δro未満であれば、勾配制限目標転舵角δr1を目標転舵角δrとして決定する。このように決定された目標転舵角δrは、フィルタ処理演算部62に供給される。
フィルタ処理演算部62は、上記実施形態と同様に、左右前輪FW1,FW2の転舵角δが補正目標転舵角δdに到達する直前の転舵作動を緩やかにするために、前記式32,33に従って目標転舵角δrをフィルタ処理してフィルタ目標転舵角δrfを計算する。すなわち、フィルタ処理演算部62は、転舵角センサ32から実転舵角δ(すなわち目標転舵角δr)を入力し、前記式33に従って、補正目標転舵角δdと入力した実転舵角δ(目標転舵角δr)とを比較する。この比較により、補正目標転舵角δdと目標転舵角δrとの差が所定の係数Ksf以上であれば、フィルタ処理演算部62は、目標転舵角δrが運転者の見込んだ見込みヨーレートγdを発生するための補正目標転舵角δdに未だ到達していないため、フィルタ処理を実行しない。したがって、フィルタ処理演算部62は目標転舵角δrをそのままフィルタ目標転舵角δrfとして駆動制御部63に供給する。一方、フィルタ処理演算部62は、補正目標転舵角δdと目標転舵角δrとの差が所定の係数Ksf未満であれば、前記式33が成立するため、前記式32に従って目標転舵角δrをフィルタ処理してフィルタ目標転舵角δrfを計算する。これにより、左右前輪FW1,FW2の転舵作動において、補正目標転舵角δdまでの変化過程から補正目標転舵角δdでの維持過程へスムーズに移行させることができ、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に低減することができる。
また、電子制御ユニット36にて実行される他のプログラム処理については、上記実施形態の場合と同じである。そして、図13の機能ブロック図において、上記実施形態の図2と同じ符号を付してその説明を省略する。
そして、上記説明した第1変形例においても、上記実施形態と同様の効果が期待できる。また、この第1変形例においては、左右前輪FW1,FW2の転舵によって車両が旋回すると、この旋回により、運転者には、前記ウェーバー・ヘフナーの法則により「与えられた刺激の物理量」として見込みヨーレートγdが与えられる。そして、操舵角θに対してべき乗関数的(または指数関数的)に変化するものであるので、運転者は、人間の知覚特性に合った運動状態量を知覚しながら、操舵ハンドル11を操作できる。その結果、運転者は、人間の知覚特性に合わせて操舵ハンドル11を操作できるので、車両の運転が簡単になる。
次に、上記実施形態における運動状態量としての横加速度に代えて、旋回曲率を用いた上記実施形態の第2変形例について説明する。この第2変形例においても、車両の操舵装置が上記実施形態と同様に図1に示すように構成されている。ただし、電子制御ユニット36にて実行されるコンピュータプログラムが上記実施形態の場合とは若干異なる。
この第2変形例においては、電子制御ユニット36にて実行されるコンピュータプログラムが図16の機能ブロック図により示されている。この場合、感覚適合制御部50において変位−トルク変換部51は上記実施形態と同様に機能するが、上記実施形態のトルク−横加速度変換部52に代えてトルク−旋回曲率変換部57が設けられている。
このトルク−旋回曲率変換部57は、変位−トルク変換部51から計算された操舵トルクTdf,Tdrが供給される。なお、この第2変形例においても、トルク−旋回曲率変換部57は、変位−トルク変換部51から供給される操舵トルクTdf,Tdrがいずれの場合であっても後述する計算を同様に実行するため、以下の説明においては操舵トルクTdf,Tdrをまとめて操舵トルクTdとして説明する。そして、トルク−旋回曲率変換部57は、運転者が操舵ハンドル11の切込み操作により見込んでいる見込み旋回曲率ρdfを下記式41,42に従って計算し、戻し操作により見込んでいる見込み旋回曲率ρdrを下記式43,44に従って計算する。
このとき、トルク−旋回曲率変換部57は、見込み旋回曲率ρdf,ρdrを、操舵トルクTdの絶対値が正の所定値Tg未満であれば下記式41,43に従って計算し、操舵トルクTdの絶対値が正の所定値Tg以上であれば下記式42,44に従って計算する。ここで、下記式41または式43は上記実施形態と同じく操舵トルクTdの一次関数式であって操舵トルクTdが「0」のときに見込み旋回曲率ρdf,ρdrが「0」となる関数である。また、下記式42,44は上記実施形態と同じく操舵トルクTdのべき乗関数であり、下記式41,43と所定値Tgにて連続的に接続するものである。
ρdf=c1・Td (|Td|<Tg) …式41
ρdf=C・TdK2 (Tg≦|Td|) …式42
ρdr=c2・Td−Mh2 (|Td|<Tg) …式43
ρdr=C・(Td−Mh2)K2 (Tg≦|Td|) …式44
ただし、前記式41中のc1および前記式43中のc2は一次関数の傾きを表す定数であり、前記式42,44中のC,K2は定数である。また、前記式41〜44中の操舵トルクTdは前記式6〜式9を用いて計算した操舵トルクTd(すなわち操舵トルクTdf,Tdr)の絶対値を表しているものであり、前記計算した操舵トルクTdが正であれば定数c1,c2および定数Cを正の値とするとともに、前記計算した操舵トルクTdが負であれば定数c1,c2および定数Cを前記正の定数c1,c2および定数Cと同じ絶対値を有する負の値とする。
また、前記式43,44中のMh2は、運転者による操舵ハンドル11の回動操作が切込み操作から戻し操作に変わった際に、計算される見込み旋回曲率ρdfと見込み旋回曲率ρdrとを連続的に繋げるためすなわち切込み操作と戻し操作間でヒステリシス特性を構成するためのヒステリシス項である。このヒステリシス項Mh2は、ある操舵トルクTdが供給された時点における切込み操作時の見込み旋回曲率ρdfと戻し操作時の見込み旋回曲率ρdrとの比率に基づいて決定され、下記式45にように表される。
Mh2=nq・(Kq・Td) …式45
ただし、前記式45中のKqは操舵トルクTdに対するウェーバー比であり、nqは最小変化感度に対する所定の係数である。なお、この第2変形例においても、ヒステリシス項Mh2を前記式45のように操舵角θを含まずに導出するように実施したが、これに代えてまたは加えて、例えば、操舵角θを含んで同操舵角θに依存するように導出することも可能である。
このように、ヒステリシス項Mh2が計算されることにより、前記式41または式42に従って計算された見込み旋回曲率ρdfと前記式43または式44に従って計算された見込み旋回曲率ρdrとが連続的に繋がるため、見込み旋回曲率ρdfから見込み旋回曲率ρdrへ、逆に、見込み旋回曲率ρdrから見込み旋回曲率ρdfへスムーズに切り換えることができる。また、前記式45に従ってヒステリシス項Mh2が計算されることにより、切込み操作と戻し操作間の変更時点における見込み旋回曲率ρdf,ρdrが維持される。このため、後述するように、見込み旋回曲率ρdf,ρdrに基づいて計算される補正目標転舵角δdに転舵された左右前輪FW1,FW2は、例えば、道路から入力される外乱などによって、その転舵角が変化することを防止でき、運転者が見込んだ車両の挙動を維持することができる。
さらに、操舵トルクTdが所定値Tg未満のときに、前記式41および前記式43に従って見込み旋回曲率ρdfおよび見込み旋回曲率ρdrが計算されることにより、操舵ハンドル11が中立位置を跨いで回動操作される場合であっても、前記式41および前記式43は、原点「0」と通る関数であるため、見込み旋回曲率ρdfと見込み旋回曲率ρdrが不連続となることが防止される。なお、この場合も、前記式41〜式45の演算に代えて、操舵トルクTdに対する見込み旋回曲率ρdf,ρdrを記憶した図17に示すような特性の変換テーブルを用いて、見込み旋回曲率ρdf,ρdrを計算するようにしてもよい。
また、トルク−旋回曲率変換部57にて計算された見込み旋回曲率ρdf,ρdrは、転舵角変換部58に供給される。なお、転舵角変換部58は、トルク−旋回曲率変換部56から供給される見込み旋回曲率ρdf,ρdrがいずれの場合であっても後述する計算を同様に実行するため、以下の説明においては見込み旋回曲率ρdf,ρdrをまとめて見込み旋回曲率ρdとして説明する。転舵角変換部58は、見込み旋回曲率ρdを発生するのに必要な左右前輪FW1,FW2の目標転舵角δroを計算するものであり、図18に示すように車速Vに応じて変化して見込み旋回曲率ρdに対する目標転舵角δroの変化特性を表すテーブルを有する。このテーブルは、車速Vを変化させながら操舵ハンドル11を一定の操舵角速度dθ/dtで回動操作することにより車両を定常円旋回させて、左右前輪FW1,FW2の転舵角δと旋回曲率ρとを予め実測して収集したデータの集合である。そして、転舵角変換部58は、このテーブルを参照して、前記入力した見込み旋回曲率ρdと車速センサ33から入力した検出車速Vとに対応した目標転舵角δroを計算する。なお、図18に示すテーブルを用いて計算される目標転舵角δroも、定常円旋回する車両について計算されるため、以下の説明においては、静的目標転舵角δroともいう。また、前記テーブルに記憶されている旋回曲率ρ(見込み旋回曲率ρd)と静的目標転舵角δroはいずれも正であるが、トルク−旋回曲率変換部57から供給される見込み旋回曲率ρdが負であれば、出力される静的目標転舵角δroも負となる。
なお、静的目標転舵角δroは車速Vと旋回曲率ρの関数であるので、前記テーブルを参照することに代えて、定常円旋回する場合の車両運動方程式としての下記式46の演算の実行によっても計算することができる。
δro=L・(1+A・V2)・ρd …式46
ただし、前記式46中のLはホイールベースを示す予め決められた所定値であり、Aは車両の運動性能を示す予め決められた所定値である。
前記式46に従って計算された静的目標転舵角δroは、転舵角補正部54に供給される。この第2変形例における転舵角補正部54は、車速センサ33によって検出された車速Vおよびヨーレートセンサ35によって検出されたヨーレートγも入力する。そして、転舵角補正部54は、入力した車速Vおよびヨーレートγを用いて、下記式47の演算の実行により実旋回曲率ρを計算する。
ρ=G/V2またはρ=γ/V …式47
また、転舵角補正部54は、トルク−旋回曲率変換部57から見込み旋回曲率ρdを入力し、入力した見込み旋回曲率ρdと前記式47に従って計算した実旋回曲率ρとを用いて下記式48の演算を実行する。そして、転舵角補正部54は、前記入力した静的目標転舵角δroを補正して、補正目標転舵角δdを計算する。
δd=δd+K5・(ρd−ρ) …式48
ただし、係数K5は予め決められた正の定数であり、実旋回曲率ρが見込み旋回曲率ρdに満たない場合には、補正目標転舵角δdの絶対値が大きくなる側に補正される。また、実旋回曲率ρが見込み旋回曲率ρdを超える場合には、補正目標転舵角δdの絶対値が小さくなる側に補正される。この補正により、見込み旋回曲率ρdに必要な左右前輪FW1,FW2の転舵角δがより精度よく確保される。
このように計算された静的な目標転舵角δroは、上記実施形態と同様に、転舵角速度限界制御部60に供給される。これにより、勾配限界演算部61が、左右前輪FW1,FW2の転舵角速度を制限するための勾配制限目標転舵角δr1を計算するとともに、車両の旋回に伴う挙動変化を緩やかにするための目標転舵角δrを決定する。すなわち、この第2変形例においても、転舵アクチュエータ21が大きな転舵性能限界速度dδ/dtによって左右前輪FW1,FW2を転舵した場合には、車両の挙動を適正に確保できない場合がある。したがって、勾配限界演算部61は、運転者が見込んだ見込み旋回曲率ρdを確保するとともに、左右前輪FW1,FW2を緩やかに転舵させるための勾配制限目標転舵角δr1を、前記式30,31に従って計算する。
そして、勾配限界演算部61は、前記式30,31に従って勾配制限目標転舵角δr1を計算すると、前記式46に従って計算された静的な目標転舵角δroと比較し、目標転舵角δrを決定する。すなわち、勾配限界演算部61は、上記実施形態と同様に、勾配制限目標転舵角δr1が静的目標転舵角δro以上であれば、静的目標転舵角δroを目標転舵角δrとして決定する。一方、勾配制限目標転舵角δr1が静的目標転舵角δro未満であれば、勾配制限目標転舵角δr1を目標転舵角δrとして決定する。このように決定された目標転舵角δrは、フィルタ処理演算部62に供給される。
フィルタ処理演算部62は、上記実施形態と同様に、左右前輪FW1,FW2の転舵角δが補正目標転舵角δdに到達する直前の転舵作動を緩やかにするために、前記式32,33に従って目標転舵角δrをフィルタ処理してフィルタ目標転舵角δrfを計算する。すなわち、フィルタ処理演算部62は、転舵角センサ32から実転舵角δ(すなわち目標転舵角δr)を入力し、前記式33に従って、補正目標転舵角δdと入力した実転舵角δ(目標転舵角δr)とを比較する。この比較により、補正目標転舵角δdと目標転舵角δrとの差が所定の係数Ksf以上であれば、フィルタ処理演算部62は、目標転舵角δrが運転者の見込んだ見込み旋回曲率ρdを発生するための補正目標転舵角δdに未だ到達していないため、フィルタ処理を実行しない。したがって、フィルタ処理演算部62は目標転舵角δrをそのままフィルタ目標転舵角δrfとして駆動制御部63に供給する。一方、フィルタ処理演算部62は、補正目標転舵角δdと目標転舵角δrとの差が所定の係数Ksf未満であれば、前記式33が成立するため、前記式32に従って目標転舵角δrをフィルタ処理してフィルタ目標転舵角δrfを計算する。これにより、左右前輪FW1,FW2の転舵作動において、補正目標転舵角δdまでの変化過程から補正目標転舵角δdでの維持過程へスムーズに移行させることができ、運転者が不要なヨーレートを知覚することを効果的に低減することができる。
また、電子制御ユニット36にて実行される他のプログラム処理については、上記実施形態の場合と同じである。そして、図16の機能ブロック図において、上記実施形態の図2と同じ符号を付してその説明を省略する。
そして、上記説明した第2変形例においても、上記実施形態と同様の効果が期待できる。また、この第3変形例においては、左右前輪FW1,FW2の転舵によって車両が旋回すると、この旋回により、運転者には、前記ウェーバー・ヘフナーの法則により「与えられた刺激の物理量」として見込み旋回曲率ρdが与えられる。そして、操舵角θに対してべき乗関数的(または指数関数的)に変化するものであるので、運転者は、人間の知覚特性に合った運動状態量を知覚しながら、操舵ハンドル11を操作できる。その結果、運転者は、人間の知覚特性に合わせて操舵ハンドル11を操作できるので、車両の運転が簡単になる。
次に、操舵ハンドル11の操作入力値として操舵トルクTを利用するようにした第3変形例について説明する。この第3変形例においては、図1に破線で示すように、操舵入力軸12に組み付けられて操舵ハンドル11に付与された操舵トルクTを検出する操舵トルクセンサ39を備えている。他の構成については上記実施形態と同じであるが、電子制御ユニット36にて実行されるコンピュータプログラムは上記実施形態の場合とは若干異なる。
この第3変形例の場合には、前記コンピュータプログラムを表す図2の機能ブロック図において、変位−トルク変換部51は設けられておらず、トルク−横加速度変換部52が、上記実施形態における変位−トルク変換部51にて計算される操舵トルクTdに代えて、操舵トルクセンサ39によって検出された操舵トルクTを用いた式11〜15の演算の実行により見込み横加速度Gdを計算する。なお、この場合も、式11〜15の演算の実行に代え、図7に示す特性を表すテーブルを用いて見込み横加速度Gdを計算するようにしてもよい。なお、電子制御ユニット36にて実行される他のプログラム処理については上記実施形態の場合と同じである。
この第3変形例によれば、操舵ハンドル11に対する運転者の操作入力値としての操舵トルクTがトルク−横加速度変換部52によって、見込み横加速度Gdに変換される。変換された見込み横加速度Gdは、転舵角変換部53により静的目標転舵角δroとして決定され、転舵角補正部54によって補正目標転舵角δdに補正される。また、静的目標転舵角δroは勾配限界演算部61に供給され、同演算部61によって計算される勾配制限目標転舵角δr1と比較されて目標転舵角δrが決定される。決定された目標転舵角δrはフィルタ処理演算部62に供給され、同演算部62によってフィルタ処理されることによりフィルタ目標転舵角δrfが決定される。そして、駆動制御部63は、転舵角センサ32によって検出された実転舵角δを入力し、左右前輪FW1,FW2が目標転舵角δrf言い換えれば最大転舵角速度dδa/dt以下の転舵角速度によって補正目標転舵角δdに転舵されるように、転舵アクチュエータ21内の電動モータの回転をフィードバック制御する。
これにより、左右前輪FW1,FW2は目標転舵角δdに転舵される。そして、この場合も、操舵トルクTは運転者が操舵ハンドル11から知覚し得る物理量であるとともに、操舵トルクTに対して見込み横加速度Gdはべき乗関数的(または指数関数的)に変化するものであるので、人間の知覚特性に従って操舵ハンドル11を回動操作できる。したがって、この第3変形例においても、上記実施形態の場合と同様に、運転者はウェーバー・ヘフナーの法則に従った横加速度を感じながら人間の知覚特性に従って操舵ハンドル11を回動操作して、車両を旋回させることができるので、上記実施形態の場合と同様な効果が期待される。
さらに、上記実施形態による車両の操舵制御と、前記第3変形例による車両の操舵制御とを切り換え可能にしてもよい。すなわち、操舵角センサ31と操舵トルクセンサ39の両方を備え、上記実施形態のように変位−トルク変換部51にて計算される目標操舵トルクTdを用いて見込み横加速度Gdを計算する場合と、操舵トルクセンサ39によって検出された操舵トルクTを用いて見込み横加速度Gdを計算する場合とを切り換えて利用可能とすることもできる。この場合、前記切り換えを、運転者の意思により、または車両の運動状態に応じて自動的に切り換えるようにするとよい。
さらに、本発明の実施にあたっては、上記実施形態および第1ないし第3変形例に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
例えば、上記実施形態および各変形例においては、車両を操舵するために回動操作される操舵ハンドル11を用いるようにした。しかし、これに代えて、例えば、直線的に変位するジョイスティックタイプの操舵ハンドルを用いてもよいし、その他、運転者によって操作されるとともに車両に対する操舵を指示できるものであれば、いかなるものを用いてもよい。
また、上記実施形態および各変形例においては、転舵アクチュエータ21を用いて転舵出力軸22を回転させることにより、左右前輪FW1,FW2を転舵するようにした。しかし、これに代えて、転舵アクチュエータ21を用いてラックバー24をリニアに変位させることにより、左右前輪FW1,FW2を転舵するようにしてもよい。
FW1,FW2…左右前輪、11…操舵ハンドル、12…操舵入力軸、13…反力アクチュエータ、21…転舵アクチュエータ、22…転舵出力軸、31…操舵角センサ、32…転舵角センサ、33…車速センサ、34…横加速度センサ、35…ヨーレートセンサ、36…電子制御ユニット、39…操舵トルクセンサ、40…反力制御部、41…変位−トルク変換部、42…トルク加算部、50…感覚適合制御部、51…変位−トルク変換部、52…トルク−横加速度変換部、53,56,58…転舵角変換部、54…転舵角補正部、55…トルク−ヨーレート変換部、57…トルク−旋回曲率変換部、60…転舵制御部、61…勾配限界演算部、62…フィルタ処理演算部、63…駆動制御部