JP2006183137A - 高強度ばね用鋼線 - Google Patents

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Abstract

【課題】 高強度においてもコイリング性に優れたばね用鋼線を提供する。
【解決手段】 質量%において、C:0.45〜0.7%、Si:1.0〜3.0%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、N:0.0005〜0.007%、t−O:0.0002〜0.01%、残部が鉄および不可避的不純物を含み、引張強度2000MPa以上、かつ検鏡面に占めるセメンタイト系球状炭化物に関して、円相当径0.2μm以上の占有面積率が7%以下、円相当径0.2〜3μmの存在密度が1個/μm2以下、円相当径3μm超の存在密度が0.001個/μm2以下を満たし、かつ旧オーステナイト粒径番号が10番以上、残留オーステナイトが15質量%以下、円相当径が2μm以上のセメンタイト系炭化物の存在密度が小さい希薄域の面積率が3%以下であることを特徴とする。
【選択図】 なし

Description

本発明は冷間でコイリングされ、高強度かつ高靱性を有するばね用鋼線に関するものである。
自動車の軽量化、高性能化に伴い、ばねも高強度化され、熱処理後に引張強度1500MPaを超えるような高強度鋼がばねに供されている。近年では引張強度1900MPaをこえる鋼線も要求されている。それはばね製造時の歪取り焼鈍や窒化処理など、加熱によって少々軟化してもばねとして支障のない材料硬度を確保するためである。
また、窒化処理やショットピーニングでは表層硬度が高まり、ばね疲労における耐久性が格段に向上することが知られているが、ばねのへたり特性については表層硬度で決まるものではなく、ばね素材内部の強度または硬度が大きく影響する。従って内部硬度を非常に高く維持できる成分にしあげることが重要である。
その手法としては、V、Nb、Mo等の元素を添加することで焼入れで固溶し、焼き戻しで析出する微細炭化物を生成させ、それによって転位の動きを制限し、耐へたり特性を向上させた発明がある(例えば、特許文献1参照)。
一方、鋼のコイルばねの製造方法では鋼のオーステナイト域まで加熱してコイリングし、その後、焼入れ焼戻しを行う熱間コイリングとあらかじめ鋼に焼入れ焼戻しを施した高強度鋼線を冷間にてコイリングする冷間コイリングがある。冷間コイリングでは鋼線の製造時に急速加熱急速冷却が可能なオイルテンパー処理や高周波処理などを用いることができるため、ばね材の旧オーステナイト粒径を小さくすることが可能で、結果として破壊特性に優れたばねを製造できる。またばね製造ラインにおける加熱炉などの設備を簡略化できるため、ばねメーカーにとっても設備コストの低減につながるなどの利点があり、最近ではばねの冷間化が進められている。懸架ばねにおいても弁ばねに比べ線材は太い鋼線を使用するものの、上記の利点のために冷間コイリングが導入されている。
しかし、冷間コイリングばね用鋼線の強度が大きくなると、冷間コイリング時に折損し、ばね形状に成形できない場合も多い。強度と加工性が両立しないために工業的には不利ともいえる方法でコイリングせざるを得なかった。通常、弁ばねの場合、オンラインでの焼入れ焼戻し処理、いわゆるオイルテンパー処理した鋼線を冷間でコイリングするが、例えば900〜1050℃に加熱してコイリングし、その後425〜550℃で焼戻し処理するなど、コイリング時の折損を防止するためにコイリング時に線材を加熱して変形を容易な温度でコイリングし、その後、高強度を得るためにコイリング後の調質処理を行う発明がある(特許文献2参照)。このようなコイリング時の加熱とコイリング後の調質処理はばね寸法の熱処理ばらつきの原因になったり、処理能率が極端に低下したりするため、コスト、精度の点で冷間コイリングされたばねに比べ劣る。
また、炭化物の粒径に関しては、例えば、Nb、V系の炭化物の平均粒径に注目した発明がなされているが、V、Nb系炭化物の平均粒径の制御だけでは不十分であることを示している(例えば、特許文献3参照)。この先行技術では圧延中の冷却水によって異常組織が生じることを懸念する記述があり、実質的には乾式圧延を推奨している。このことは工業的には非定常作業であり、通常の圧延と明らかに異なることが推定され、たとえ平均粒径を制御しても周辺マトリックス組織に不均一を生じると圧延トラブルを生じることを示唆している。
また、セメンタイトを中心とした炭化物も制御することで性能向上が図った発明がある(例えば、特許文献4参照)。
しかしさらなる疲労、へたりなどのばね性能向上とためにはさらなる高強度化とばねの加工性(コイリング性)確保が必要であり、これまでの成分や熱処理後に残留する比較的粗大な炭化物(セメンタイト系、合金系)の寸法制御だけでは限界があった。したがって本発明は単に鋼線にみられる粗大な炭化物だけに注目するのではなく、マトリックスのミクロ組織まで制御することが有効であることを見出し、これまで強度を得るために必要とされてきたセメンタイト系の微細な炭化物の分布を制御することでさらなる高性能の鋼線を得るものである。
特開昭57−32353号公報 特開平5−179348号公報 特開平10−251804号公報 特開2002−180198号公報
本発明は冷間でコイリングされ、十分な大気強度とコイリング加工性を両立できる引張強度2000MPa以上のばね用熱処理鋼線を提供することを課題としている。
発明者らは従来のばね鋼線では注目されていなかった鋼中の炭化物の分布がコイリング性と強度(硬度)の両立に影響し、炭化物希薄域の存在が鋼延性を低下させることを見出し、それを抑制することで高強度とコイリング性を両立させたばね用熱処理鋼線を開発するに至った。
すなわち本発明は次に示す鋼線を要旨とする。
(1) 質量%において、
C:0.45〜0.7%、
Si:1.0〜3.0%、
Mn:0.1〜2.0%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.0005〜0.007%、
t−O:0.0002〜0.01%
残部が鉄および不可避的不純物を含み、引張強度2000MPa以上、かつ
検鏡面に占めるセメンタイト系球状炭化物および合金系炭化物に関して、
円相当径0.2μm以上の占有面積率が7%以下、
円相当径0.2〜3μmの存在密度が1個/μm2以下、
円相当径3μm超の存在密度が0.001個/μm2以下
を満たし、かつ旧オーステナイト粒度番号が10番以上、残留オーステナイトが15mass%以下、
円相当径が2μm以上のセメンタイト系炭化物の存在密度が小さい希薄域の面積率が3%以下
であることを特徴とするばね用熱処理鋼線。
(2) さらに質量%で、
Cr:0.1〜2.5%、
W:0.05〜0.7%、
Mo:0.05〜0.7%
の1種または2種以上を含むことを特徴とする上記(1)に記載のばね用熱処理鋼線。
(3) さらに質量%で、
Ti:0.001〜0.1%、
V:0.05〜0.7%、
Nb:0.01〜0.05%
の1種または2種を含むことを特徴とする上記(1)または(2)に記載のばね用熱処理鋼線。
(4) さらに質量%で、
Ni:0.05〜3.0%、
Co:0.05〜3.0%、
B:0.0005〜0.006%
の1種または2種を含むことを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
(5) さらに質量%で、
Cu:0.05〜0.5%
を含むことを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
(6) さらに質量%で、
Mg:0.0002〜0.01%、
Ca:0.0002〜0.01%、
Zr:0.0002〜0.01%、
Hf:0.0002〜0.01%
の1種または2種以上を含み、かつ
Al≦0.01%
に制限することを特徴とした上記(1)〜(5)のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
(7) さらに質量%で、
Te:0.0002〜0.01%、
Sb:0.0002〜0.01%
の1種または2種を含むことを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
本発明鋼は、冷間コイリングばね用鋼線中のセメンタイトを含む球状炭化物の占有面積率、存在密度、オーステナイト粒径、残留オーステナイト量を小さくすることで、強度を2000MPa以上に高強度化するとともに、コイリング性を確保し高強度かつ破壊特性に優れたばねを製造可能になる。
発明者は高強度を得るために化学成分を規定しつつ、熱処理によって鋼中炭化物形状を制御することで、ばねを製造するに十分なコイリング特性を確保した鋼線を発明するに至った。
その詳細を以下に示す。
C:0.45〜0.7%
Cは鋼材の基本強度に大きな影響を及ぼす元素であり、従来より十分な強度を得られるように0.45〜0.7%とした。0.45%未満では十分な強度を得られない。特にばね性能向上のための窒化を省略した場合でも十分なばね強度を確保するには0.45%以上のCが必要である。0.7%超では実質過共析となり、粗大セメンタイトを多量に析出するため、靱性を著しく低下させる。このことは同時にコイリング特性を低下させる。
さらに炭化物希薄域への関係も密接であり、0.45%未満では炭化物数が少ないため、希薄域面積率が増加しやすく、十分な強度と靭性あるいはコイリング性(延性)が得られにくい。そこで好ましくは0.5%以上、強度−コイリングのバランス観点からさらに好ましくは0.6%以上とするのがよい。
一方、C量が多い場合には合金系やセメンタイト系の炭化物が焼入れ時の加熱では固溶が困難になる傾向にあり、熱処理における加熱温度が高い場合や加熱時間が短い場合には強度やコイリング性が不足する場合も多い。
また、炭化物希薄域にも影響し、鋼中Cが未固溶炭化物を形成していると、マトリックス中の実質Cが減少するために、前述のごとく希薄域面積率が増加する事もある。
さらにC量が増加すると、焼戻し時のマルテンサイト形態が中炭素鋼では一般的なラスマルテンサイトであるのに対して、C量が多い場合にはレンズマルテンサイトにその形態を変化させることが知られている。研究開発の結果、レンズマルテンサイトを焼戻して生成させた焼戻しマルテンサイト組織の炭化物分布はラスマルテンサイトを焼戻した場合のそれと比較して、炭化物密度が低いことを見出した。したがってC量を増加することでレンズマルテンサイトや未固溶炭化物の増加により、炭化物希薄域が増加する場合もある。
そのため、そのため好ましくは0.7%以下。さらに好ましくは0.68以下とすることで、比較的容易に炭化物希薄域を減少させることができる。
Si:1.0〜3.0%
Siはばねの強度、硬度と耐へたり性を確保するために必要な元素であり、少ない場合、必要な強度、耐へたり性が不足するため、1.0%を下限とした。またSiは粒界の炭化物系析出物を球状化、微細化する効果があり、積極的に添加することで粒界析出物の粒界占有面積率を小さくする効果がある。しかし多量に添加しすぎると、材料を硬化させるだけでなく、脆化する。そこで焼入れ焼き戻し後の脆化を防ぐために3.0%を上限とした。
さらにSiは焼戻し軟化抵抗にも寄与する元素であり、高強度線材を作成するにはある程度多量に添加することが好ましい。具体的には1.2%以上添加することが好ましい。一方、安定的なコイリング性を得るためには好ましくは2.6%以下とすることが好ましい。
Mn:0.1〜2.0%
Mnは脱酸や鋼中SをMnSとして固定するとともに、焼入れ性を高めて熱処理後の硬度を十分に得るため、多用される。この安定性を確保するために0.1%を下限とする。またMnによる脆化を防止するために上限を2.0%とした。さらに強度とコイリング性を両立させるには、好ましくは0.3〜1.5%が好ましい。またコイリングを優先させる場合には1.0%以下にすることが有効である。
P:0.015%以下
Pは鋼を硬化させるが、さらに偏析を生じ、材料を脆化させる。特にオーステナイト粒界に偏析したPは衝撃値の低下や水素の侵入により遅れ破壊などを引き起こす。そのため少ない方がよい。そこで脆化傾向が顕著となるP:0.015%以下と制限した。さらに熱処理鋼線の引張強度が2150MPaを超えるような高強度の場合には0.01%未満にすることが好ましい。
S:0.015%以下
SもPと同様に鋼中に存在すると鋼を脆化させる。Mnによって極力その影響を小さくするが、MnSも介在物の形態をとるため、破壊特性は低下する。特に高強度鋼のでは微量のMnSから破壊を生じることもあり、Sも極力少なくすることが望ましい。その悪影響が顕著となる0.015%を上限とした。
さらに、熱処理鋼線の引張強度が2150MPaを超えるような高強度の場合には0.01%未満にすることが好ましい。
N:0.0005〜0.007%
Nは鋼中マトリックスを硬化させるが、Ti、Vなどの合金元素が添加されている場合には窒化物を形成し、鋼線の性質に影響を与える。Ti、Nb、Vを添加した鋼では炭窒化物の生成が容易になり、オーステナイト粒微細化のピン止め粒子となる炭化物、窒化物および炭窒化物の析出サイトになりやすい。そのためばね製造までに施される様々な熱処理条件で安定的にピン止め粒子を生成することができ、鋼線のオーステナイト粒径を微細に制御することができる。このような目的から0.0005%以上のNを添加させる。一方、過剰なNは窒化物および窒化物を核として生成した炭窒化物および炭化物の粗大化を招く。Ti、V、Nbなどの窒化物/炭窒化物生成元素を添加する場合には粗大な窒化物/炭窒化物を析出したり、Bを添加するとBNを析出するなどによって、耐破壊特性を損なう。そこでそのような弊害の伴わない0.007%を上限とする。
熱処理などの容易性を考慮すると0.005%以下が好ましい。また下限いついても少ない方が好ましいとはいうものの、製造コストや脱窒工程での容易性を考慮すると0.0015%以上が好ましい。
t−O:0.0002〜0.01%
鋼中には脱酸工程を経て生じた酸化物や固溶したOが存在している。しかし、この合計酸素量(t−O)が多い場合には酸化物系介在物が多いことを意味する。酸化物系介在物の大きさが小さければばね性能に影響しないが、大きい酸化物が大量に存在しているとばね性能に大きな影響を及ぼす。
酸素量が0.01%を超えて存在するとばね性能を著しく低下させるので、その上限を0.01%とする。また酸素が少なければ良いが0.0002%未満にしても、その効果が飽和するので、これを下限とする。
実用上の脱酸工程などの容易性を考慮すると0.0005〜0.005%に調整することが望ましい。
引張強度2000MPa以上
引張強度が高ければばねの疲労特性が向上する傾向にある。また窒化などの表面硬化処理を施す場合でも、鋼線の基本強度が高ければさらに高い疲労特性やへたり特性を得ることができる。一方、強度が高いとコイリング性が低下し、ばね製造が困難になる。そのため単に強度を向上させるだけでなく、同時にコイリング可能な延性を付与することが重要である。
疲労、へたり等の観点から、鋼線の強度が必要となるが、引張強度TS≧2000MPaを下限とする。さらに高強度のばねに適用する場合にはさらに高強度が望ましく、好ましくは2200MPa以上、さらに高強度ばねへの適用には2250、2300MPa以上とコイリング性を損なわない範囲で高強度化することが好ましい。
未溶解炭化物
高強度を得るためにCおよびその他MnTi、V、Nbなどいわゆる合金元素を添加するが、それらのうち窒化物、炭化物、炭窒化物を形成する元素を多量に添加した場合、未溶解炭化物が残留しやすくなる。ここでいう未溶解炭化物とは上記の合金が窒化物、炭化物、炭窒化物を生成したいわゆる合金系炭化物だけではなく、Fe炭化物(セメンタイト)を主成分とするセメンタイト系炭化物を含む。また合金系炭化物も厳密には窒化物との複合炭化物(いわゆる炭窒化物)になるものも多いため、ここではこれら合金系の炭化物、窒化物およびその複合した合金系析出物を総称して合金系炭化物と記す。
これら炭化物を鏡面研摩しエッチングすることで観察することができる。または透過型電子顕微鏡のレプリカ法による炭窒化物の観察でも得られる。これらの未溶解炭化物である炭窒化物、窒化物は加熱時に十分に溶解していることから球状に見えることが多く、鋼線の機械的性質を大きく低下させる。
図1に典型的な観察例を示す。これによると鋼にはマトリックスの針状組織と球状組織の2種が認められる。一般に鋼は焼入れによって、マルテンサイトの針状組織を形成し、焼戻しによって炭化物を生成させることで強度と靭性を両立させることが知られている。しかし、本発明では図1にあるように必ずしも針状組織だけではなく、球状組織も多く残留していることに注目し、この球状組織が未溶解の炭化物であり、その分布がばね用鋼線の性能に大きく影響することを見出した。この球状の炭化物はオイルテンパー処理や高周波処理による焼入れ焼戻しにおいて、十分に固溶されず、焼入れ焼戻し工程で球状化かつ成長または縮小した炭化物と考えられる。この寸法の炭化物は焼入れ焼戻しによる強度と靭性には全く寄与しない。そのため、鋼中Cを固定して単に添加Cを浪費しているだけでなく、応力集中源にもなるため、鋼線の機械的性質を低下させる要因となることを見出した。
そこでこの検鏡面に占める球状炭化物に関して以下の規定を加え、これらによる弊害を排除するためには下記の規制が重要である。
円相当径0.2μm以上の占有面積率が7%以下、
円相当径0.2〜3μmの存在密度が1個/μm以下、
円相当径3μm超の存在密度が0.001個/μm以下
鋼を焼入れ焼戻ししてから冷間コイリングする場合、炭化物がそのコイリング特性、すなわち破断までの曲げ特性に影響する。これまで高強度を得るためにCだけでなく、Cr、V等の合金元素を多量に添加することが一般的であったが、強度が高すぎて、変形能が不足してがコイリング特性を劣化させる弊害があった。その原因に鋼中に析出している粗大な炭化物が考えられる。
図2(a)、(b)にSEMに取り付けたEDXによる解析例を示す。この結果は透過電子顕微鏡でのレプリカ法でも同様の解析結果が得られる。従来の発明はV、Nb等の合金元素系の炭化物だけに注目しており、その一例が図2(a)であり、炭化物中にFeピークが非常に小さいことが特徴である。しかし本発明では従来の合金元素系炭化物だけでなく、図2(b)に示すように、円相当径3μm以下のFeCとそれに合金元素がわずかに固溶した、いわゆるセメンタイト系炭化物の析出形態が重要であることを見出した。本発明のように従来鋼線以上の高強度と加工性の両立を達成する場合には3μm以下のセメンタイト系球状炭化物が多いと、加工性が大きく損なわれる。以後、このように球状かつ図2(b)に示したようなFeとCを主成分とする炭化物をセメンタイト系炭化物と記す。
これらの鋼中炭化物は鏡面研磨したサンプルにピクラールなどのエッチングを施すことで観察可能であるが、その寸法などの詳細な観察評価には走査型電子顕微鏡により3000倍以上の高倍率で観察する必要があり、ここで対象とするセメンタイト系球状炭化物は円相当径0.2〜3μmである。通常、鋼中炭化物は鋼の強度、焼戻し軟化抵抗を確保する上で不可欠ではあるが、その有効な粒径は0.1μm以下で、逆に1μmを超えるとむしろ強度やオーステナイト粒径微細化への貢献はなく、単に変形特性を劣化させるだけである。しかし従来技術ではこの重要性がそれほど認識されず、V、Nbなどの合金系炭化物にのみ注目し、円相当径3μm以下の炭化物、特にセメンタイト系球状炭化物は無害と考えられ、本発明で主に対象としている0.1〜5μm程度の炭化物に関しては検討された例は見当たらない。
また、本発明で対象としている円相当径3μm以下のセメンタイト系球状炭化物の場合には寸法だけでなく、数も大きな要因となる。したがってその両者を考慮して本発明範囲を規定した。すなわち円相当径の平均粒径で0.2〜3μmと小さくとも、その数が非常に多く、検鏡面における存在密度が1個/μmをこえるとコイリング特性の劣化が顕著になるのでこれを上限とする。
さらに、炭化物の寸法が3μmを超えると寸法の影響がより大きくなるため、検鏡面における存在密度が0.001個/μmを超えるとコイリング特性の劣化が顕著になる。したがって、炭化物円相当径3μm超の炭化物の検鏡面における存在密度0.001個/μmを上限とし、本発明の範囲をそれ以下とした。
また、セメンタイト系球状炭化物の寸法がたとえ規定どおりに小さい場合でも、円相当径0.2μm以上のセメンタイト系炭化物の検鏡面における占有面積が7%を超えるとコイリング特性の劣化が顕著になり、コイリングできなくなる。そこで本発明では検鏡面における占有面積を7%以下と規定した。
旧オーステナイト粒度番号が10番以上
焼戻しマルテンサイト組織を基本とする鋼線では旧オーステナイト粒径は炭化物と並んで鋼線の基本的性質に大きな影響をもつ。すなわち旧オーステナイト粒径が小さい方が疲労特性やコイリング性に優れる。しかし、いくらオーステナイト粒径が小さくとも上記炭化物が規定以上に多く含まれていると、その効果は少ない。一般にオーステナイト粒径を小さくするには加熱温度を低くすることが有効であるが、そのことは逆に上記炭化物を増加させることになる。従って炭化物量と旧オーステナイト粒径のバランスのとれた鋼線に仕上げることが重要である。ここで炭化物が上記規定を満たしている場合について旧オーステナイト粒径番号が10番未満であると十分な疲労特性やコイリング性を得られれないので旧オーステナイト粒径番号10番以上と規定した。
さらに高強度ばねに適用するにはさらに細粒の方が好ましく、11番、さらには12番以上とすることで高強度とコイリング性を両立させることが可能になる。
残留オーステナイトが15質量%以下
残留オーステナイトは偏析部や旧オーステナイト粒界やサブグレインに挟まれた領域付近に残留することが多い。残留オーステナイトは加工誘起変態によってマルテンサイトとなり、ばね成形時に誘起変態すると材料に局部的な高硬度部が生成され、むしろばねとしてのコイリング特性を低下させる。また最近のばねはショットピーニングやセッチングなど塑性変形による表面強化をおこうが、このように塑性変形を加える工程を複数含む製造工程を有する場合、早い段階で生じた加工誘起マルテンサイトが破壊ひずみを低下させ、加工性や使用中のばねの破壊特性を低下させる。また打ちきず等の工業的に不可避の変形が導入された場合にもコイリング中に容易に折損する。
さらには窒化やひずみ取り焼鈍などの熱処理においても徐々に分解することで機械的性質を変化させ、強度を低下させたりコイリング性が低下するなどの弊害をもたらす。
従って、残留オーステナイトを極力低減し、加工誘起マルテンサイトの生成を抑制することで、加工性を向上させる。具体的には残留オーステナイト量が15%(質量%)を超えると、打ち疵などの感受性が高くなり、コイリングやその他取り扱いにおいて容易に折損するため、15%以下に制限した。
C、Mnなどの合金元素添加量や熱処理条件によって残留オーステナイト量は変化する。そのため、成分設計だけでなく熱処理条件の充実が重要である。
マルテンサイト生成温度(開始温度Ms点、終了温度Mf点)が低温になると、焼入れ時にかなりの低温にしなければマルテンサイトを生成せず、残留オーステナイトが残留しやすい。工業的な焼入れでは水またはオイルが用いられるが、残留オーステナイトの抑制は高度な熱処理制御が必要となる。具体的には冷却冷媒を低温に維持したり、冷却後も極力低温を維持し、マルテンサイトへの変態時間を長く確保するなどの制御が必要となる。工業的には連続ラインで処理されるため、冷却冷媒の温度は容易に100℃近くまで上昇するが、60℃以下に維持することが好ましく、さらには40℃以下と低温がより好ましい。さらにマルテンサイト変態を十分に促進するために1s以上冷却媒体内に保持する必要があり、冷却後の保持時間を確保することも重要である。
ここでいう介在物とは酸化物、窒化物、硫化物、炭化物およびそれらの複合介在物である。
セメンタイト系炭化物密度希薄域面積率:3%以下
鋼を様々な熱処理を行い引張強度を2100MPa以上に調整した場合、一般に焼戻しマルテンサイトと呼ばれる転位の多いフェライト素地にセメンタイトが分散した組織となる。しかしセメンタイトの分布は決して均一ではなく、その密度に不均質を生じることが多い。その原因は本発明で規定したC量の鋼を焼き入れた場合、ラスマルテンサイトだけでなく、レンズマルテンサイトが生じ、焼戻し過程における炭化物析出メカニズムが異なることもその一因である。さらに現実の鋼には偏析、バンド組織のような添加元素の不均質も存在していること、残留オーステナイトのように焼入れ過程ではオーステナイトであるが、焼戻し過程でフェライトとセメンタイトに分解する場合もある。したがってセメンタイト生成サイトも様々であるため、均一に分散させることが困難である。
本発明では高強度(高硬度=疲労耐久特性、窒化特性、へたりに直結)と材料の延性(本発明ではばねのコイリング特性に直結する機械的性質)を両立させるために、ミクロ組織を均質化することが重要である。図3に設定倍率5000倍で撮影した例をしめす。具体的には図3(b)A、Bに示すようなミクロ組織の不均一領域を炭化物希薄域とみなし、その面積率を制御することが重要であることを見出した。
炭化物希薄域のさらに厳密な定義は後述するが、その大きさが円相当径で2μm未満の場合には力学的にも大きな影響がないため、無視できる。
セメンタイト系炭化物密度希薄域の定義
ここで炭化物希薄域の定義についてさらに詳しく述べる。
鋼線を鏡面研磨し、電解エッチングを施すと、わずかにフェライトが溶出することで、凹凸を生じて、結晶粒界や生成した炭化物を浮き出たせることができる。これを利用して走査型電子顕微鏡で鋼線のエッチング面のミクロ組織、特に炭化物分布を詳細に観察できる。
その中で図3(b)に示すような炭化物分布の不均一部分の拡大例を図4、図5に示す。内部には微細な炭化物が周辺組織と異なる分散形態で析出していたり、その存在頻度が極めて少なかったり、さらに炭化物が明確に見られない場合でも周辺にくらべて深く腐食され、凹部を形成している。
エッチング後のミクロ組織観察において炭化物は観察画像中では白く見えるため、本発明では、この腐食されて凹んだ領域中に観察される炭化物の占有面積が60%以下の場合、炭化物希薄域とした。この炭化物希薄域に炭化物が析出している場合には、凹んだ領域中に針状または樹枝状炭化物が見られる場合(図4)と、粒状炭化物が見られる場合(図5)の両者があるが、その微細炭化物の大きさは(1)針状または樹枝状炭化物の場合、その個々の太さが0.3μm以下、(2)粒状炭化物の場合、円相当径で0.7μm以下である。これ以上大きな炭化物の存在する領域は炭化物希薄域から除外した。
このようにして選択した炭化物分布が希薄な領域の円相当径が2μm以上の領域は力学特性に影響をあたえるため、無視できない。したがってこのような円相当径2μm以上の炭化物希薄域を規定対象とした。
セメンタイト系炭化物密度希薄域の測定方法
熱処理後の鋼線を研磨して電解エッチングし、(1)微細な炭化物析出し、周囲に比べて炭化物個数密度が小さい場所と(2)エッチングによって腐食され凹部を形成している場所を現出させる。
電解エッチングでは、電解液(アセチルアセトン10質量%、テトラメチルアンモニウムクロライド1質量%、残成分メチルアルコールの混合液)中にサンプルを陽極、白金を陰極として低電位による電流発生装置を用いて電解作用によりサンプル表面を腐食する。
電位は−50〜−200mV vs SCEの範囲でサンプルに適した電位で一定とする。本発明の鋼線に対しては通常−100mV vs SCEで一定にすることが適している。
通電量はサンプル素材の総表面積に依存し、「資料の総表面積」×0.133 [c/cm]を通電量とする。埋め込んだ場合でも樹脂中に埋もれたサンプル面の面積も加えてサンプル総表面積を算出する。通電してから10sec保持した後、通電を停止し、洗浄することで容易に走査型電子顕微鏡でセメンタイトなど鋼中炭化物、ミクロ組織を観察することができる。
この腐食面を走査型電子顕微鏡で1000倍以上の倍率で観察することで、炭化物希薄域を特定できる。
走査型電子顕微鏡によるエッチング後のミクロ組織観察において炭化物は観察画像中では白く見えるため、炭化物希薄域の候補領域を走査型電子顕微鏡で撮影する。その倍率は1000倍以上であり、5000〜10000倍が好ましい。
まずこの炭化物希薄域の候補領域の大きさが、円相当径で2μm未満であれば領域は力学特性への影響が小さいため、無視する。
一方、炭化物希薄域の候補領域の大きさが、円相当径で2μm以上であれば、内部の炭化物分布を測定する。撮影した炭化物希薄域の候補領域に含まれる炭化物希薄域の候補領域を画像処理装置ルーゼックスにて二値化し、候補領域の面積および円相当径と候補領域内の炭化物の面積率占有面積および円相当径をそれぞれ測定し、炭化物の占有面積率が候補領域の60%以下の場合、その候補領域を炭化物希薄域とした。
このように抽出した炭化物希薄域の面積および円相当径を画像処理装置で算出し、測定視野内に見られる円相当径2μm以上の炭化物希薄域の占有面積率を測定し、本発明ではそれが3%以下になるよう規定した。
観察部位は脱炭や中心偏析などの特殊な状況を排除できるように熱処理線材(鋼線)の半径の中央付近、いわゆる1/2R部を無作為に観察し、測定面積は3000μm以上である。
この炭化物希薄域の面積率が3%以下であればコイリング性が良好であり、2200MPaを超える高強度であってもコイリング性を損なうことなく、良好なコイリングが可能である。そこでそれを上限とした。コイリング性はこの炭化物希薄域が小さい方が良好である。したがって好ましくは1%以下にすることが好ましい.
ちなみにさらに厳密に無視する炭化物希薄域の大きさを円相当径1μm未満とした場合でも希薄域面積率が5%を超えると曲げ加工性が低下する。
セメンタイト系希薄域面積率の抑制方法
一般にばね鋼は連続鋳造後にビレット圧延、線材圧延を経て伸線され、冷間コイリングばねではオイルテンパー処理や高周波処理によって強度を付与する。その際、セメンタイト系炭化物希薄域を抑制するためには材料の局部的な不均質を避け、熱処理組織を均質にすることが重要で、均質かつ適正な焼戻しマルテンサイト組織にすることが重要である。その際、ラスマルテンサイトの焼戻し組織が好ましいことを見出した。
焼戻しラスマルテンサイト組織中の局部的な不均質の原因としては(1)未溶解炭化物、(2)偏析、(3)残留オーステナイト、(4)粗大な旧オーステナイト粒、(5)レンズマルテンサイト、(6)局部的なベイナイトなどが考えられる。この(1)〜(6)についてはばね用鋼線の熱処理後の炭化物の分布に大きく影響し、これらを抑制することがセメンタイト系炭化物希薄域面積率を小さくするのに有効である。なお不均質には硬質介在物も考えられるが焼き入れ焼戻し等の熱処理ではほとんど変化しないため考慮する必要はない。
たとえば合金系未溶解炭化物やセメンタイト系球状炭化物を抑制するにはオイルテンパー処理や高周波処理などの鋼線の強度を決定する最終熱処理だけでなく、伸線に先立つ圧延時にも注意を払う必要がある。すなわちセメンタイト系球状炭化物や合金系炭化物は圧延などでの未溶解のセメンタイトや合金炭化物が核となって成長したと考えられることから、圧延などの各加熱工程において十分成分を固溶させることが重要である。本発明では圧延においても十分に固溶できる高温に加熱して圧延し、伸線に供することが重要なことを見出した。
もし圧延段階やパテンチング段階での炭化物の固溶が不足して最終熱処理に供されると、未固溶炭化物まわりに拡散途上のCが偏析する。またたとえ炭化物が固溶しても未個溶炭化物の痕跡としてCやNの濃化域が残留することが多く、焼入れ時にその未固溶炭化物まわりや濃化域に局部的なレンズマルテンサイトを生成しやすくなる。
レンズマルテンサイトは元来C量やその他合金元素が多いと生成しやすい傾向になるため、未溶解炭化物が少なくとも、偏析が大きい場合や基本成分のCを含むFe以外の添加元素が多い場合にはレンズマルテンサイトが生じやすく、組織不均質の原因となる。
さらに熱処理時にオーステナイト粒径が大きいと、レンズマルテンサイトの大きさも大きくなりやすいため、そのセメンタイト系炭化物希薄域を抑制するには不利である。
残留オーステナイトも多量に存在すると、セメンタイト系炭化物の分布が希薄な領域を多く生じる。
さらに焼入れ性が不足してマルテンサイト組織にならない場合、ベイナイトが生じる場合もばね鋼として適正なラスマルテンサイトの焼戻し組織とは異なる不均質を生じるため、セメンタイト系炭化物希薄域を抑制するには不利である。
このような知見のもと、圧延では熱処理伸線前において1100℃を超える温度で一度加熱し、析出物が大きく成長しないように抽出後5分以内に圧延を圧延を完了させる。この加熱温度は好ましくは1150℃以上、さらには1200℃以上であることが好ましい。
さらに伸線前のパテンチング時およびそれ以降焼入れ焼戻し工程においても900℃以上の温度で加熱し熱処理する。このパテンチング時の加熱温度は高温であることが好ましく、930℃以上、さらには950℃以上が好ましい。
焼き入れ焼戻し時には加熱速度10℃/s以上、A3点以上の温度で保定時間5min以下、冷却速度50℃/s以上で100℃以下まで冷却し、さらに10℃/s以上の加熱速度で加熱し、焼戻し温度での保定時間が15min以下で処理する。炭化物の固溶の観点からはA3点より高く十分に加熱することが望ましい。一方ではオーステナイト粒径が成長しないように短時間で終了させることが好ましい。
焼入れ時の冷媒は70℃以下、さらに60℃以下と低温である方が好ましい。これは残留オーステナイトとベイナイトの生成を避けるためである。また冷却時間も極力長くして残留オーステナイトを抑制し、十分にマルテンサイト変態を完了させることが望ましい。
パテンチングが省略される場合もあるが、あらかじめ圧延段階から焼き入れ加熱時に十分に炭化物を固溶できるように高温で加熱しておくことが重要である。
このように炭化物希薄域面積率を小さくするには適切な化学成分とそれに適した熱処理を行うことで、レンズマルテンサイト、残留オーステナイト、偏析を抑制し、旧オーステナイト粒径を小さくすることが有効である。旧オーステナイト粒径を小さくするには加熱温度を低くし、加熱時間を短くすることが有効であるが、未溶解炭化物を増加させる危険があるため、未溶解炭化物を抑制しつつ、炭化物希薄域を抑制し、さらに高強度を達成するには化学成分とそれに適するように圧延時から制御し、パテンチングなど中間での加熱工程でも十分に合金元素を溶解する必要がある。
W:0.05〜0.7%
MoおよびWは鋼中で炭化物として析出する。従ってこれらの元素を1種または2種を添加すれば、これら析出物を生成し、焼き戻し軟化抵抗を得ることができ、高温での焼き戻しや工程で入れられるひずみ取り焼鈍や窒化などの熱処理を経ても軟化せず高強度を発揮させることができる。この事は窒化後のばね内部硬度の低下を抑制したり、ホットセッチングやひずみ取り焼鈍を容易にするため、最終的なばねの疲労特性を向上させることとなる。しかしMoおよびWは添加量が多すぎると、それらの析出物が大きくなりすぎ、鋼中炭素と結びついて粗大炭化物を生成する。このことは鋼線の高強度化に寄与すべきC量を減少させ、添加したC量相当の強度が得られなくなる。さらに粗大炭化物が応力集中源となるためコイリング中の変形で折損しやすくなる。また鋼線製造工程、たとえば圧延、パテンチングなどの工程において過冷組織を生じやすくなり、割れや破断の原因になる。
Wは焼入れ性を向上させるとともに、鋼中で炭化物を生成し、強度を高める働きがある。従って極力添加する方が好ましい。Wの特徴は他の元素とは異なり、セメンタイトを含む炭化物の形状を微細にすることである。またWの炭窒化物はTi、Nbなどにくらべ低温でしか生成しないため、W自身も未溶解炭化物として残留しにくい。
また析出硬化により焼戻し軟化抵抗を付与できる。すなわち窒化やひずみ取り焼鈍においても大きく内部硬度を低下させることが無い。
その添加量が0.05%未満では効果は見られず、0.7%を超えると粗大な炭化物を生じ、かえって延性などの機械的性質を損なう恐れがあるのでWの添加量を0.05〜0.7%とした。さらに熱処理の容易性などを考慮すると0.1〜0.5%が好ましい。強度とのバランスを考えると0.16〜0.35%程度が好ましい。
Mo:0.05〜0.7%
Moは0.05〜0.7%を添加することで焼入れ性を向上させるとともに、焼戻し軟化抵抗を与えることができる。すなわち強度を制御する際の焼戻し温度を高温化させることができる。この点は粒界炭化物の粒界占有面積率を低下させるのに有利である。すなわちフィルム状に析出する粒界炭化物を高温で焼き戻すことで球状化させ、粒界面積率を低減することに効果がある。またMoは鋼中ではセメンタイトとは別にMo系炭化物を生成する。特にV等に比べその析出温度が低いので炭化物の粗大化を抑制する効果がある。その添加量は0.05%未満では効果が認められない。ただしその添加量が多いと、圧延や伸線前の軟化熱処理などで過冷組織を生じ易く、割れや伸線時の断線の原因となりやすい。すなわち、伸線時にはあらかじめ鋼材をパテンチング処理によってフェライト−パーライト組織としてから伸線することが好ましい。しかし、Moが0.7%を超えると、パーライト変態終了までの時間が長くなり、通常のパテンチング設備ではパーライト変態を終了させることができず、鋼材中の不可避的なミクロ偏析部にマルテンサイトの生成を招く。このマルテンサイトは、伸線時に断線の原因になったり、断線せず、内部クラックとして存在した場合には、最終製品の特性を大きく劣化させる。そのためこのマルテンサイト組織の生成を抑制し、工業的に安定して圧延、伸線が可能な0.7%を上限とした。
Cr:0.1〜2.5%
Crは焼入れ性および焼戻し軟化抵抗を向上させるために有効な元素であるが、添加量が多いとコスト増を招くだけでなく、焼入れ焼戻し後に見られるセメンタイトを粗大化させる。結果として線材は脆化するためにコイリング時に折損を生じやすくする。そこで焼入れ性および焼戻し軟化抵抗の確保のために0.1%を下限とし、脆化が顕著となる2.5%を上限とした。
特にCが多くなり共析成分に近くなる場合にはCr量を抑制した方が粗大炭化物生成を抑制でき、強度とコイリング性を両立しやすい。一方、窒化処理を行う場合にはCrが添加されている方が窒化による硬化層を深くできる。従って好ましくは0.5%以上、さらに窒化での硬化と窒化温度での軟化抵抗を付与する場合には1.0%を超えて添加することが望ましい。特に高い強度とへたり特性が必要な場合には1.2%以上の添加が望ましい。またCrも多量に添加されていると鋼線製造工程での過冷組織発生原因になったり、セメンタイト系球状炭化物が残留しやすくなるので、熱処理の容易性を考慮すると2.0%以下が好ましい。
V:0.05〜0.7%
Vは窒化物、炭化物、炭窒化物を生成するので、それらを直径0.2μm以下の微細に多数析出させるとオーステナイト粒径の粗大化抑制のほかに焼戻し温度での鋼線の硬化や窒化時の表層の硬化に利用することもできる。その添加量は0.05%未満では添加した効果がほとんど認められない。また多量添加は粗大な未固溶介在物を生成し、靱性を低下させるとともに、Moと同様、過冷組織を生じ易く、割れや伸線時の断線の原因となりやすい。そのため工業的に安定した取り扱いが可能な0.7%を上限とした。
他の合金元素により添加量は変化させるべきであるが、添加量は製造工程での容易性と鋼線の強度のバランスを考慮すると0.3%以下にすることが好ましい。
Ti:0.001〜0.1%
Tiは脱酸元素であるとともに窒化物、硫化物生成元素であるため、酸化物および窒化物、硫化物生成に影響する。多量の添加は硬質酸化物、窒化物を生成しやすいために不用意に添加すると硬質炭化物を生成し、疲労耐久性を低下させる。Alと同様に特に高強度ばねにおいてはばねの疲労限度そのものよりも疲労強度のばらつき安定性に関わり、Al量が多いと介在物起因の破断発生率が多くなるため、その量を制御することが需要家から要求される。また硫化物制御の観点から、Zrを添加することで硫化物を微細分散、球状化させるにはTi量が多すぎるとその効果を損なうため、その点からも多量に添加するのは好ましくない。そのため高強度弁ばねに用いる鋼材においては従来よりも抑制する必要があり、0.003%以下に抑制することが好ましい。
懸架ばねなどのように酸化物や窒化物などの硬質介在物に対して敏感ではない使用用途に対しては添加してもよく、その範囲は炭化物の析出する0.001〜0.1%である。0.1%を超えると窒化物が大きくなり、靭性を損なうので、これを上限とした。
Nb:0.01〜0.05%
Nbは窒化物、炭化物、炭窒化物の生成によるオーステナイト粒径の粗大化抑制のほかに焼戻し温度での鋼線の硬化や窒化時の表層の硬化に利用することもできる。その添加量は0.01%未満では添加した効果がほとんど認められない。また多量添加は粗大な未固溶介在物を生成し、靱性を低下させるとともに、Moと同様、過冷組織を生じ易く、割れや伸線時の断線の原因となりやすい。そのため工業的に安定した取り扱いが容易な0.05%を上限とした。さらに好ましくは0.04%以下である。
Ni:0.05〜3.0%
Niは焼入れ性を向上させ、熱処理によって安定して高強度化することができる。またマトリックスの延性を向上させてコイリング性を向上させる。しかし焼入れ焼戻しでは残留オーステナイトを増加させるので、ばね成形後にへたりや材質の均一性の点で劣る。その添加量は0.05%未満では高強度化や延性向上に効果が認められない。一方、Niの多量添加は好ましくなく、3.0%超では残留オーステナイトが多くなる弊害が顕著になるとともに、焼入れ性や延性向上効果が飽和し、コスト等の点で不利になる。そこでこれを上限とした。その他コストや熱処理の容易性などを考慮すると0.1〜1.0%がこのましい。
Cu:0.05〜0.5%
Cuについては、Cuを添加することで脱炭を防止できる。脱炭層はばね加工後に疲労寿命を低下させるため、極力少なくする努力が成されている。また脱炭層が深くなった場合にはピーリングとよばれる皮むき加工によって表層を除去する。またNiと同様に耐食性を向上させる効果もある。脱炭層を抑制することでばねの疲労寿命向上やピーリング工程の省略することができる。Cuの脱炭抑制効果や耐食性向上効果は0.05%以上で発揮することができ、後述するようにNiを添加したとしても0.5%を超えると脆化により圧延きずの原因となりやすい。そこで下限を0.05%、上限を0.5%とした。Cu添加によって室温における機械的性質を損なうことはほとんどないが、Cuを0.3%を超えて添加する場合には熱間延性を劣化させるために圧延時にビレット表面に割れを生じる場合がある。そのため圧延時の割れを防止するNi添加量をCuの添加量に応じて[Cu%]<[Ni%]とすることが好ましい。Cu0.3%以下の範囲では圧延きずが生じないことから、圧延きず防止を目的としてNi添加量を規制する必要がない。
Co:0.05〜3.0%
Coは焼入れ性を低下させる場合もあるが、高温強度を向上させることができる。また炭化物の生成を阻害するため、本発明で問題となる粗大な炭化物の生成を抑制する働きがある。したがってセメンタイトを含む炭化物の粗大化を抑制できる。従って、添加することが好ましい。添加する場合、0.05%未満ではその効果が小さい。しかし多量に添加するとフェライト相の硬度が増大し延性を低下させるので、その上限を3.0%とした。
B:0.0005〜0.006%
Bは焼入れ性向上元素とオーステナイト粒界の清浄化に効果がある。粒界に偏析して靱性を低下させるP、S等の元素をBを添加することで無害化し、破壊特性を向上させる。その際、BがNと結合してBNを生成するとその効果は失われる。添加量はその効果が明確になる0.0005%を下限とし、効果が飽和する0.006%を上限とした。ただしわずかでもBNが生成すると脆化させるためBNを生成しないよう十分な配慮が必要である。したがって好ましくは0.003以下であり、さらに好ましくはTi、Nb、V等の窒化物生成元素によってフリーのNを固定しておくとともに、製造の容易性を考慮するとB:0.0010〜0.0020%にすることが望ましい。
Mg:0.0002〜0.01%
MgはMnS生成温度よりも高い溶鋼中で酸化物を生成し、MnS生成時には既に溶鋼中に存在している。従ってMnSの析出核として用いることができ、これによりMnSの分布を制御できる。またその個数分布もMg系酸化物は従来鋼に多く見られるSi、Al系酸化物より微細に溶鋼中に分散するため、Mg系酸化物を核としたMnSは鋼中に微細に分散することとなる。従って同じS含有量であってもMgの有無によってMnS分布が異なり、それらを添加する方がMnS粒径はより微細になる。その効果は微量でも十分得られ、Mg0.0002%以上、好ましくは0.0005%以上であればMnSは微細化する。しかし0.01%以上は溶鋼中に残留しにくいため、工業的には0.01%が上限と考えられる。そこでMg添加量を0.0002〜0.01%とした。好ましくは0.0050%以下、さらにばね鋼の場合、他の構造用鋼よりもS添加量を抑制しているため、歩留まり等を考慮すると0.0020%以下が好ましい。また高強度弁ばねに用いる場合には介在物感受性が高いため、さらに少量の0.001%以下、さらには0.0005%以下に抑制することが望ましい。このMgはMnS分布等の効果により、耐食性、遅れ破壊の向上および圧延割れ防止などに効果があり、極力添加する方が望ましいので0.0002〜0.0005%の非常に狭い範囲での添加量制御が好ましい。
Ca:0.0002〜0.01%
Caは酸化物および硫化物生成元素である。ばね鋼においてはMnSを球状化させることで、疲労等の破壊起点としてのMnSの長さを抑制し、無害化することができる。その効果は0.0002%未満では明確ではなく、また0.01%を超えて添加しても歩留まりが悪いばかりか、酸化物やCaSなどの硫化物を生成し、製造上のトラブルやばねの疲労耐久特性を低下させるので0.01%以下とした。この添加量は高強度弁ばねに用いる場合には介在物感受性が高いため、好ましくは0.001%以下であることが好ましい。
Zr:0.0002〜0.01%
Zrは酸化物、硫化物および窒化物生成元素である。ばね鋼においては酸化物を微細に分散するため、Mgと同様、MnSの析出核となる。それにより疲労耐久性を向上させたり、延性を増すことでコイリング性を向上させる。その効果は0.0002%未満では明確ではなく、また0.01%を超えて添加しても歩留まりが悪いばかりか、酸化物やZrN、ZrSなどの窒化物、硫化物を生成し、製造上のトラブルやばねの疲労耐久特性を低下させるので0.01%以下とした。この添加量は好ましくは0.003%以下であることが好ましい。さらに高強度弁ばねに用いる場合には硫化物制御によりコイリング性を向上させる効果もあるため、添加することがこのましいが、介在物寸法への影響を最小限にするために0.0005%以下に抑制することが好ましい。
Hf: 0.0002〜0.01%
Hfは酸化物生成元素であり、MnSの析出核となる。そのため微細分散することでZrは酸化物および硫化物生成元素である。ばね鋼においては酸化物を微細に分散するため、Mgと同様、MnSの析出核となる。それにより疲労耐久性を向上させたり、延性を増すことでコイリング性を向上させる。その効果は0.0002%未満では明確ではなく、また0.01%を超えて添加しても歩留まりが悪いばかりか、酸化物やZrN、ZrSなどの窒化物、硫化物を生成し、製造上のトラブルやばねの疲労耐久特性を低下させるので0.01%以下とした。この添加量は好ましくは0.003%以下であることが好ましい。
Al:0.01%以下
Alは脱酸元素であり酸化物生成に影響する。硬質酸化物を生成しやすいために不用意に添加すると硬質炭化物を生成し、疲労耐久性を低下させる。特に高強度ばねにおいてはばねの疲労限度そのものよりも疲労強度のばらつき安定性を低下させ、Al量が多いと介在物起因の破断発生率が多くなるため、その量を制御することが需要家から要求される。そのため高強度ばね用鋼材においては従来よりも制限する必要があり、0.01%以下(0%を含む)とする。弁ばねのように高疲労強度を要求する場合には0.005%以下、さらには0.002%以下にすることが好ましい。
Te:0.0002〜0.01%
TeはMnSを球状化させる効果がある。0.0002%未満ではその効果が明確ではなく、0.01%を超えるとマトリックスの靭性を低下させ、熱間割れを生じた入り、疲労耐久性を低下させたりする弊害が顕著となるため、0.01%を上限とする。
Sb:0.0002〜0.01%
SbはMnSを球状化する効果があり、0.0002%未満ではその効果が明確ではなく、0.01%を超えるとマトリックスの靭性を低下させ、熱間割れを生じた入り、疲労耐久性を低下させたりする弊害が顕著となるため、0.01%を上限とする。
φ4mmで処理した場合の本発明と比較鋼の化学成分を表1〜3に示し、セメンタイト系炭化物希薄域面積率、合金系/セメンタイト系球状炭化物の占有面積率、円相当径0.2〜3μmのセメンタイト系球状炭化物存在密度、円相当径3μm超のセメンタイト系球状炭化物存在密度、旧オーステナイト粒度番号、残留オーステナイト量(質量%)、引張強度、コイリング特性(引張試験伸び)および平均疲労強度(回転曲げ)を表4〜6に示す。
Figure 2006183137
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サンプル製造方法(Wire−rod)
本願発明の発明例1は250t転炉によって精錬したものを連続鋳造によってビレットを作成した。またその他の実施例は2t−真空溶解炉で溶製後、圧延によってビレットを作成した。その際、発明例では1200℃以上の高温に一定時間保定した。その後いずれの場合もビレットからφ8mmに圧延した。
サンプル伸線
圧延線材は伸線によってφ4mmとした。その際、伸線し易い組織とするために伸線前にパテンチングした。その際、十分に炭化物等が固溶するように900℃以上に加熱することが望ましく、発明例は930〜950℃で加熱し、パテンチングした。一方、比較例68、69は従来の890℃加熱でパテンチングされ伸線に供した。
サンプル製造方法(OT、IQT−Wire)
焼入れ焼戻し処理(オイルテンパー処理)では伸線材を加熱炉を通過させるため、それをシミュレートして、鋼内部温度が十分に加熱されるよう、加熱炉通過時間を設定した。本実施例ではでは輻射炉を用いた焼き入れでは加熱温度950℃、加熱時間300sec、焼入れ温度50℃(オイル槽の実測温度)とした。その冷却時間も5min以上と長く保定した。さらに焼戻し温度400〜500℃、鉛槽を用いて焼戻し時間3minで焼戻し、強度を調整した。その結果得られた大気雰囲気での引張強度は表4〜6中に明記したとおりである。
さらに高周波加熱を用いる場合には加熱温度1000℃、加熱時間15sec、焼入れは水冷である。その強度を2250MPa以上となるように焼戻し温度を調整した。
化学成分によって炭化物量、強度は異なってくるが、本発明については引張強度2100MPa程度かつ請求項に示す規定を満たすように化学成分にあわせて熱処理した。一方、比較例に関しては単に引張強度をあわせるように熱処理した。いずれもショットピーニングによりスケールを除去して試験に供した。
ミクロ組織評価方法
炭化物の寸法および数の評価は熱処理ままの鋼線の長手方向断面に鏡面まで研磨し、さらにピクリン酸によってわずかにエッチングして炭化物を浮き出させた。光学顕微鏡レベルでは炭化物の寸法測定は困難なため、鋼線の1/2R部を走査型電子顕微鏡で倍率×5000倍にて無作為に10視野の写真を撮影した。走査型電子顕微鏡に取り付けたX線マイクロアナライザーにてその球状炭化物がセメンタイト系球状炭化物であることを確認しつつ、その写真から球状炭化物を画像処理装置を用いて2値化することで、その寸法、数、占有面積を測定した。全測定面積は3088.8μmである。
引張、疲労(回転曲げ)
引張特性はJIS Z 2201 9号試験片によりJIS Z 2241に準拠して行い、その破断荷重から引張強度を算出した。引張強度は熱処理鋼線の疲労耐久特性に直結することが知られており、コイリング等の加工性を阻害しない範囲で引張強度は高いほうが好ましい。
疲労試験は中村式回転曲げ疲労試験であり、表層の熱処理スケールを除去後試験に供して、10本のサンプルが50%以上の確率で10サイクル以上の寿命を示す最大負荷応力を平均疲労強度とした。
表1〜6示すとおり、φ4mmの鋼線に関しては化学成分が規定範囲外であると炭化物の制御が困難になり、コイリング性の指標となる引張試験における伸びに見られるように変形特性からコイリング特性が劣ったり、引張強度を低下させ、さらには疲労強度が劣る。また化学成分が規定範囲内であっても事前の焼鈍による炭化物の安定化や焼入れ時の加熱不足による未固溶炭化物の残留、焼入れの冷却不足など、熱処理条件の不備により最大酸化物径や旧オーステナイト粒径が本規定範囲外にある比較材もコイリング特性あるいは引張特性、疲労特性が劣る。一方、炭化物に関する規定を満たしても強度が不足していると疲労強度が不足し、高強度ばねには使用できない。
圧延、特に抽出温度を1200℃以上の高温で、伸線時のパテンチングおよび焼入れ時の加熱温度をそれぞれ900℃以上にすることで未溶解炭化物を避けることができる。さらに旧オーステナイト粒径を小さくするため、通線速度を早くするか、温度を比較的低温に維持するかのいずれかの手法により未溶解炭化物の生成を抑制しつつオーステナイト粒度番号を10番以上にすることができる。またその際、Cやその他合金元素の偏析を抑制できるため、炭化物希薄域も小さく、良好な曲げ特性と焼戻し軟化抵抗および疲労強度をすべて確保できる。IQT(高周波加熱)処理を想定した場合には焼入れ時の加熱温度は輻射炉加熱のそれよりも数十℃高く設定した。逆に加熱時間は短時間である。
圧延、パテンチング、焼入れ時の加熱のいずれも十分で未溶解炭化物、偏析を避けつつ、オーステナイト粒径を微細に維持し、炭化物希薄域を抑制した場合には疲労強度とコイリング性を両立することが可能である。
表に示した実施例は特に示さない限り、圧延加熱温度1220℃、パテンチング温度950℃であり(実施例7及び18のみ930℃)、A:OT処理(輻射炉)の場合940℃、B:IQT(高周波加熱)を想定した場合、1000℃で加熱し焼き入れた。焼入れ後はそれぞれの鋼種に合わせた焼き戻し条件を選択し、引張強度を2200MPa以上になるように設定した。コイリング性については引張試験における伸びで評価した。この伸びが7%未満の場合にはコイリングが困難になるため、7%以上であれば工業的なばね加工が可能と判断した。
比較例48、49はC量が不足し、焼戻し温度を低下させても強度が確保できず、疲労強度に劣った。
比較例50、51では焼入れ時の加熱温度を880℃と本成分範囲に対して低温で加熱したために未個溶炭化物が多数みられ、十分なコイリング性を確保できなかった。
また合金元素を多量に添加した比較例52〜59では通常の加熱において固溶が不十分なため、未固溶炭化物が多く見られ、コイリング性を確保できなかった。
比較例60は焼入れ時の加熱温度を1020℃と高くしたため、炭化物希薄域が大きくなり十分なコイリング性を確保できなかった例である。
さらに比較例61〜63はC、Mn、Pなどの偏析しやすい元素が多量に含まれるため炭化物希薄域が大きくなり、十分なコイリング性を確保できなかった。
比較例64〜67では圧延加熱温度が1050℃と比較的低温加熱で圧延しため、圧延材段階では未個溶炭化物が残留し、さらに短時間のパテンチング、焼入れ加熱ではその影響を排除しきれなかったために炭化物希薄域が大きくなり、十分なコイリング性を確保できなかった。
比較例68、69では故意にパテンチングを890℃で行い伸線したもので、焼入れ段階では十分に加熱して未固溶炭化物を抑制したものの、オーステナイト粒径が大きくなったり、成分の偏析や未固溶炭化物の影響をうけて焼入れ組織に不均質を生じ、炭化物希薄域が規定量よりも多く観察された。その結果、コイリング特性を十分に確保できなかった。
比較例70では焼戻し温度を600℃として強度を低く設定した場合で、疲労強度が不足した。
比較例71〜73はたとえ炭化物希薄域が小さくとも冷却速度を確保できないなどの理由で残留オーステナイトが規定以上になった例である。オーステナイト粒径は小さいものの、やはり焼入れ時の冷却油を80℃以上として故意に残留オーステナイト量を大きくした。その結果、強度が不足し、疲労特性が確保できなかった。
実施例74〜77は焼き入れ時の加熱を1000℃とし、未固溶炭化物を抑制したばあいであるが、オーステナイト粒径が大きくなるため、十分な延性を確保できず、コイリング性を確保できなかった。
さらに比較例78、79はSiが低下しているため、十分な焼戻し軟化抵抗、へたり性を確保できなかった例である。
焼入れ焼戻し組織を示す顕微鏡写真である。 SEMに取り付けたEDXによる解析例のグラフで、(a)は球状炭化物分析例(合金系)、(b)は球状炭化物分析例(セメンタイト系)の解析例のグラフである。 操作型電子顕微鏡で鋼線のエッチング面のミクロ組織の図面代用観察画像写真である。(a)は典型的ミクロ組織観察例、(b)は炭化物分布の不均一部の例の観察画像の図面代用写真である。 走査型電子顕微鏡による観察画像における、炭化物分布の不均一部分(炭化物希薄域)及びその二値化画像により微細炭化物(針状、樹枝状)を示す図面代用写真である。 走査型電子顕微鏡による観察画像における、炭化物分布の不均一部分(炭化物希薄域)及びその二値化画像により微細炭化物(粒状)を示す図面代用写真である。

Claims (7)

  1. 質量%において、
    C:0.45〜0.7%、
    Si:1.0〜3.0%、
    Mn:0.1〜2.0%、
    P:0.015%以下、
    S:0.015%以下、
    N:0.0005〜0.007%、
    t−O:0.0002〜0.01%
    残部が鉄および不可避的不純物を含み、引張強度2000MPa以上、かつ
    検鏡面に占めるセメンタイト系球状炭化物および合金系炭化物に関して、
    円相当径0.2μm以上の占有面積率が7%以下、
    円相当径0.2〜3μmの存在密度が1個/μm2以下、
    円相当径3μm超の存在密度が0.001個/μm2以下
    を満たし、かつ旧オーステナイト粒度番号が10番以上、残留オーステナイトが15mass%以下、
    円相当径が2μm以上のセメンタイト系炭化物の存在密度が小さい希薄域の面積率が3%以下
    であることを特徴とするばね用熱処理鋼線。
  2. さらに質量%で、
    Cr:0.1〜2.5%、
    W:0.05〜0.7%、
    Mo:0.05〜0.7%
    の1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載のばね用熱処理鋼線。
  3. さらに質量%で、
    Ti:0.001〜0.1%、
    V:0.05〜0.7%、
    Nb:0.01〜0.05%
    の1種または2種を含むことを特徴とする請求項1または2に記載のばね用熱処理鋼線。
  4. さらに質量%で、
    Ni:0.05〜3.0%、
    Co:0.05〜3.0%、
    B:0.0005〜0.006%
    の1種または2種を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
  5. さらに質量%で、
    Cu:0.05〜0.5%
    を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
  6. さらに質量%で、
    Mg:0.0002〜0.01%、
    Ca:0.0002〜0.01%、
    Zr:0.0002〜0.01%、
    Hf:0.0002〜0.01%
    の1種または2種以上を含み、かつ
    Al≦0.01%
    に制限することを特徴とした請求項1〜5のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
  7. さらに質量%で、
    Te:0.0002〜0.01%、
    Sb:0.0002〜0.01%
    の1種または2種を含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のばね用熱処理鋼線。
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