JP2006138376A - ラジアルニードルころ軸受 - Google Patents
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Abstract
【課題】 耐水素疲労特性に優れた鋼材からなるラジアルニードルころ軸受を提供する。
【解決手段】 ラジアルニードルころ軸受10は、内輪1と、内輪1の外周側に配置された外輪2と、内輪1および外輪2の間に配置されたニードルころ3とを有している。この内輪1、外輪2およびニードルころ3の少なくとも1つの部材が、合金元素として少なくともVを含有し、かつ転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材よりなる。
【選択図】 図1
【解決手段】 ラジアルニードルころ軸受10は、内輪1と、内輪1の外周側に配置された外輪2と、内輪1および外輪2の間に配置されたニードルころ3とを有している。この内輪1、外輪2およびニードルころ3の少なくとも1つの部材が、合金元素として少なくともVを含有し、かつ転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材よりなる。
【選択図】 図1
Description
本発明は、ラジアルニードルころ軸受に関し、転がり接触表面で潤滑油が分解したり、水が混入して分解したりして水素が発生し、その水素が鋼中に侵入することによって発生する早期剥離を抑制するものである。
油圧モータ、油圧ポンプ、アクスル遊星部などに用いられるラジアルニードルころ軸受は、ギヤオイルや油圧作動油で潤滑されている。これらの潤滑油は一般には鉱油であるが、場合によっては水−グリコール系作動油が用いられることがある。近年、上記用途のラジアルニードルころ軸受は、高速回転や高荷重などの過酷な条件で使用されるようになったため、水素が原因で生じる早期剥離が散見されるようになってきた。水素の発生する原因は、ころと軌道輪との間に作用するすべりによって潤滑油が分解するためである。また、水−グリコール作動油で潤滑される場合は、水を分解することでも水素が発生する。
水素は鋼の疲労強度を著しく低下させるため、実用条件でも容易に転がり接触表面あるいはその直下の表層内部から亀裂が発生・伝播して早期剥離に至るが、この早期剥離の多くは大きなすべりが作用したときに転がり接触表面に作用する周方向の引張応力が原因で生じると考えられる。今後の技術動向として、省資源化、省エネルギ化、コンパクト化などに対応するため、ラジアルニードルころ軸受の使用条件はさらに過酷になる方向にある。したがって、益々耐水素疲労特性に優れる鋼材が必要になると予想される。
鋼材の耐水素疲労特性を向上させる従来技術に、たとえば特開2000−282178号公報がある。鋼材にCr(クロム)を多く添加することで鋼表面に不動態膜を形成し、鋼中への水素の侵入を抑制するものである。しかしながら、Crを多く添加することで炭化物が粗大化し、それが応力集中源となって早期剥離が生じることがある。また、不動態膜は水素の拡散を遅くする効果はあるが、発生した水素が鋼表面に吸着するのを促進する効果も併せ持つ。起動停止が頻繁に行なわれれば、停止時に水素が散逸するため、鋼中への水素の侵入を遅らせることは早期剥離の抑制に有効であろう。しかしながら、連続して使用される場合、不動態膜が多くの水素を吸着する分、鋼中に侵入する水素量が増すため、早期剥離を抑制することが難しい。
特開2000−282178号公報
本発明は、上記のような問題を解決するものであって、耐水素疲労特性に優れた鋼材からなるラジアルニードルころ軸受を提供することを目的とする。
上記の課題を解決するため、種々の組成のずぶ焼入れ鋼、浸炭鋼、および高周波焼入れ鋼(中炭素鋼)に対して、後述する疲労強度に及ぼす水素の影響を評価した結果、少なくともV(バナジウム)を含有し、かつC(炭素)、Si(シリコン)、Mn(マンガン)、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材であれば、耐水素疲労特性が大幅に向上することを本発明者らは見出した。
このため本発明のラジアルニードルころ軸受は、内方部材と、その内方部材の外周側に配置された外方部材と、その内方部材および外方部材の間に配置されたニードルころとを有するラジアルニードルころ軸受であって、内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つの部材が、合金元素として少なくともVを含有し、かつ転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材よりなることを特徴とするものである。
V炭化物は疲労強度の低下を招く拡散性水素を強力にトラップし、剥離の起点になる非金属介在物などの応力集中源への拡散性水素の集積を抑制する効果がある。通常、転動部品の転動接触部には高硬度が要求されるため、焼入れした後に低温焼戻しして用いられる。Vは小量の添加であっても焼入れ加熱時もしくは浸炭時にV炭化物として安定に存在するため、焼入れした後に低温焼戻ししてもV炭化物が残存する。Mo(モリブデン)炭化物やTi(チタン)炭化物もV炭化物ほどではないものの同様の効果がある。しかしながら、Moは大量に添加しないと焼入れ加熱時もしくは浸炭時ではMo炭化物としては存在せず母地に溶けてしまうため、焼入れした後に低温焼戻しした状態ではMo炭化物は残存しない。Tiは窒素との親和性が強く、非金属介在物の1つであるTi窒化物を形成するため、剥離の起点となる応力集中源が増えることになる。なお、Vは素材硬さを高める欠点があるので、Vを多く添加しすぎると加工性や成形性が損なわれる。そのため、必要とされる他の合金元素の添加量との兼ね合いで、それぞれの添加量を適当に調整する必要がある。
C量の下限を0.5質量%としたのは、高周波焼入れ鋼は通常中炭素鋼であるが、C量が0.5質量%未満では高周波焼入れ後に転がり接触部に必要とされる硬度が得られなくなるためである。一方、C量の上限を1.2質量%としたのは、ずぶ焼入れ鋼の場合、焼入れ焼戻し後に残存する未溶解炭化物が粗大化し、靭性が低下するためである。なお、ここで言うC量とは、転がり接触表面およびその直下の表層内部におけるC量のことであり、浸炭鋼の場合には浸炭焼入れ硬化層のC量を指す。
Si量の下限を0.1質量%としたのは、もともとSiは鋼中に含まれるもので、それ以下に減らすこと自体が困難であり、そうすることの意味もないからである。Siは焼戻しによる軟化を抑える効果があり、高温用途で用いる安価な鋼材には欠かせない。しかし、1質量%を超えると冷間加工性、熱間加工性が低下するので、それを上限とした。
Mn量の下限を0.1質量%としたのは、Mnは鋼中に不可避に含まれるSと化合してMnSを析出するため、Sの粒界偏析を抑制するためである。また、Siと同様にMnももともと鋼中に含まれるものなので、それ以下に減らすこと自体が困難であり、そうすることの意味もないからである。Mnは鋼材の焼入れ性を向上させる有効な元素である。しかし、Mnはセメンタイト中にFe(鉄)原子と置換して複合炭化物を形成し、素材硬度を上昇させるので、添加しすぎると加工性や被削性が低下する。そのため、Mn量の上限は1.5質量%とした。
Cr量の下限を0.1質量%としたのは、その程度の量は不純物として含まれ、それを取除くことで各種機械的特性が向上することはないためである。一方、多量に添加することで炭化物が粗大化するため、それが応力集中源となって早期剥離が生じることがある。また、不動態膜(Cr酸化物膜)は水素の拡散を遅くする効果はあるが、発生した水素が鋼表面に吸着するのを促進する効果も併せ持つためである。したがって、Cr量の上限は2質量%以下とした。
C、Si、Mn、Crの個々の上下限を設定した根拠は上記のとおりだが、それらの組合せについて注意すべきことが2つある。1つは、Siは高温でもフェライトを安定にするため、C量が亜共析の範囲で、かつSi量が多い場合にはA3点が上昇するため、MnとCrの量によっては焼入れ加熱温度が低すぎると焼入れ不足になることである。もう1つは、MnやCrは低温でもオーステナイトを安定にするため、C量が下限もしくは上限で、かつMnやCrの量が多い場合には、焼入れ加熱温度もしくは浸炭温度が高すぎるとV炭化物が安定に存在しなくなることである。なお、これらの確認には多元系合金の平衡状態図を用いればよい。現在では、多元系合金の平衡状態図を計算により精度よく容易に求めることができる。
本発明のラジアルニードルころ軸受においては、上記特性を有する内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つの部材が、Si、Mn、V、Moの含有量(質量%)から(1)式で求まるH1が(2)式を満たす鋼材であることが好ましい。
H1=5.8[Si]+11.5[Mn]+56.2[V]+15.2[Mo]…(1)
H1≦70…(2)
本発明のラジアルニードルころ軸受においては、上記特性を有する内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つの部材が、ベースのC量(質量%)およびSi、Mn、V、Moの含有量(質量%)から(3)式で求まるH2が(4)式を満たす鋼材であることが好ましい。
H1≦70…(2)
本発明のラジアルニードルころ軸受においては、上記特性を有する内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つの部材が、ベースのC量(質量%)およびSi、Mn、V、Moの含有量(質量%)から(3)式で求まるH2が(4)式を満たす鋼材であることが好ましい。
H2=47.8[C]+5.8[Si]+11.5[Mn]+56.2[V]+15.2[Mo]…(3)
H2≦50…(4)
本発明のラジアルニードルころ軸受においては、内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つの部材の転動接触を受ける表面およびその表面直下の表層内部における残留オーステナイト量が15体積%以上であることが好ましい。
H2≦50…(4)
本発明のラジアルニードルころ軸受においては、内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つの部材の転動接触を受ける表面およびその表面直下の表層内部における残留オーステナイト量が15体積%以上であることが好ましい。
ラジアルニードルころ軸受は、希薄な潤滑条件下で用いられることが多い。その場合、十分な油膜が形成されず、ころと軌道輪との間で金属接触が生じ、両接触面の突起干渉による応力集中で早期剥離が生じることがある。この問題に対しては、浸炭窒化を施すなどして残留オーステナイト量を増やすことで強度を改善することができる。具体的には、残留オーステナイト量が少なくとも15体積%以上とすることが好ましい。
ラジアルニードルころ軸受の内方部材、外方部材およびニードルころの少なくとも1つにV炭化物を含む鋼材を用いることにより、高速回転や高荷重など過酷な条件下において、転がり接触表面に作用するすべりによって潤滑材が分解して発生する水素が、鋼中に侵入することで生じる早期剥離を防止することができる。
以下、本発明の実施の形態について図に基づいて説明する。
図1は、本発明の一実施の形態におけるラジアルニードルころ軸受を示す一部破断斜視図である。図1を参照して、ラジアルニードルころ軸受10は、内輪1と、その内輪1の外周側に位置する外輪2と、内輪1および外輪2の間に配置された転動体である複数のニードルころ(針状ころ)3と、複数のニードルころ3を内輪1と外輪2との間で保持する保持器4とを有している。複数のニードルころ3は、転走面において内輪1および外輪2と接している。
なお内輪1は、ラジアルニードルころ軸受10の内周側に位置する部材と一体化されていてもよく、この場合には、その内周側に位置する部材が転走面を有することになる。このように内輪1と、ラジアルニードルころ軸受10の内周側において内輪1と一体化された部材とを含む概念として本明細書では内方部材との文言を用いる。
また外輪2は、ラジアルニードルころ軸受10の外周側に位置する部材と一体化されていてもよく、この場合には、その外周側に位置する部材が転走面を有することになる。このように外輪2と、ラジアルニードルころ軸受10の外周側において外輪2と一体化された部材とを含む概念として本明細書では外方部材との文言を用いる。
近年、油圧モータなどに用いられるラジアルニードルころ軸受10は、高速回転や高荷重などの過酷な条件で使用されるようになった。このため、転動体(ニードルころ)3と軌道輪(内輪1、外輪2)との間に作用するすべりによって上記高圧、高速の接触部において潤滑油が分解され、水素が発生する。水素は、小さい元素であり、水素分圧と表層部との条件が適合すれば鋼材中に容易に侵入する。このため、荷重が負荷されている鋼材中の所定の箇所に損傷を生じ、その破面上に白層として表れる特異な割れを形成するにいたる。
本発明の実施の形態におけるラジアルニードルころ軸受では、内方部材(たとえば内輪1)、外方部材(たとえば外輪2)および転動体3のうちの少なくとも1つの部材が、合金元素として少なくともVを含有し、かつ転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:05質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成である鋼材よりなっている。
本実施の形態によれば、内方部材(たとえば内輪1)、外方部材(たとえば外輪2)および転動体3のうちの少なくとも1つの部材が上記の要件を備えた鋼材よりなることにより、耐水素疲労特性に優れたラジアルニードルころ軸受を得ることができる。
また内方部材(たとえば内輪1)、外方部材(たとえば外輪2)および転動体3のうちの少なくとも1つの部材が上記の要件を備えた鋼材よりなるとともに、Si、Mn、V、Moの含有量から(1)式で求まるH1が(2)式を満たす鋼材であることが好ましい。
H1=5.8[Si]+11.5[Mn]+56.2[V]+15.2[Mo]…(1)
H1≦70…(2)
また内方部材(たとえば内輪1)、外方部材(たとえば外輪2)および転動体3のうちの少なくとも1つの部材が上記の要件を備えた鋼材よりなるとともに、ベースのC量およびSi、Mn、V、Moの含有量から(3)式で求まるH2が(4)式を満たす鋼材であることが好ましい。
H1≦70…(2)
また内方部材(たとえば内輪1)、外方部材(たとえば外輪2)および転動体3のうちの少なくとも1つの部材が上記の要件を備えた鋼材よりなるとともに、ベースのC量およびSi、Mn、V、Moの含有量から(3)式で求まるH2が(4)式を満たす鋼材であることが好ましい。
H2=47.8[C]+5.8[Si]+11.5[Mn]+56.2[V]+15.2[Mo]…(3)
H2≦50…(4)
H2≦50…(4)
以下、本発明の実施例について説明する。
1.軸荷重疲労試験
表1に示すA−1〜A−10の発明鋼とA−11〜A−20の比較鋼とから、試験部直径が4mmの疲労試験片を製作し、表1中に示した焼入れ加熱温度からずぶ焼入れした後、180℃で焼戻しを施した。表1に熱処理後の硬さを示したように、いずれもHV700以上の硬度を有していた。表1中のH1の値はSi、Mn、V、Moの含有量(質量%)を上記(1)式に代入して求まる値である。表1中のV炭化物の欄には、焼入れ加熱温度においてV炭化物が安定に存在するならば「〇」、Vの添加量が少ないため母地に溶けてしまう、もしくはVを含まなければ「×」を示した。なお、比較鋼A−11はJIS−SUJ2であり、比較鋼A−12はJIS−SUJ3である。
表1に示すA−1〜A−10の発明鋼とA−11〜A−20の比較鋼とから、試験部直径が4mmの疲労試験片を製作し、表1中に示した焼入れ加熱温度からずぶ焼入れした後、180℃で焼戻しを施した。表1に熱処理後の硬さを示したように、いずれもHV700以上の硬度を有していた。表1中のH1の値はSi、Mn、V、Moの含有量(質量%)を上記(1)式に代入して求まる値である。表1中のV炭化物の欄には、焼入れ加熱温度においてV炭化物が安定に存在するならば「〇」、Vの添加量が少ないため母地に溶けてしまう、もしくはVを含まなければ「×」を示した。なお、比較鋼A−11はJIS−SUJ2であり、比較鋼A−12はJIS−SUJ3である。
表2に示すB−1〜B−4の発明鋼とB−5〜B−10の比較鋼とから、試験部直径が4mmの疲労試験片を製作し、試験部のC濃度が内部まで均一に0.8質量%となるように、表2中に示した浸炭温度で浸炭し、適切な焼入れ加熱温度に下げてから焼入れし、180℃で焼戻しを施した。表2に熱処理後の硬さを示したように、いずれもHV700以上であった。表2中のH2の値はベースC量(質量%)およびSi、Mn、V、Moの含有量(質量%)を上記(3)式に代入して求まる値である。表2中のV炭化物の欄には、浸炭温度においてV炭化物が安定に存在するならば「〇」、Vの添加量が少ないため母地に溶けてしまう、もしくはVを含まなければ「×」を示した。なお、比較鋼B−5はJIS−SCM420である。
表3に示すC−1〜C−5の発明鋼とC−6〜C−12の比較鋼とから、試験部直径が4mmの疲労試験片を製作し、試験部が内部まで均一に硬化するように、表3中に示した焼入れ加熱温度を狙って高周波加熱してから焼入れし、150℃で焼戻しを施した。表3に熱処理後の硬さを示したように、いずれもHV700以上であった。表3中のH2の値は、C、Si、Mn、V、Moの含有量(質量%)を上記(3)式に代入して求まる値である。表3中のV炭化物の欄には、浸炭温度においてV炭化物が安定に存在するならば「〇」、Vの添加量が少ないため母地に溶けてしまう、もしくはVを含まなければ「×」を示した。なお、比較鋼C−6はJIS−S53Cである。
疲労試験に先立ち、試験片に陰極電解法により水素チャージを施した。水素チャージには、1.4g/リットルのチオ尿素を添加した0.05mol/リットルの希硫酸水溶液を用いた。鋼種によって水素の拡散速度が異なり、また鋼種が異なると同じ電流密度でも表面の水素濃度が異なる。それらを予め求めておいた上で、電流密度とチャージ時間とを調整し、試験部の内部まで拡散性水素量が均一に3質量−ppmとなるようにした。なお、ここで言う拡散性水素量とは、180℃/hで昇温したときに常温から350℃までに放出される水素質量のサンプル質量に対する分率のことである。
試験片に水素チャージした後、直ちに常温大気中で疲労試験を行なった。試験における応力比はR=−1であり、負荷周波数20kHzである。負荷回数が108回に達しても未破断であった場合は試験を打切った。なお、試験片に導入された拡散性水素は、常温でも鋼中を拡散し、時間がたてば散逸してしまう。しかし、今回行なった試験は高速負荷であり、極短時間で負荷回数が108回に達するので、拡散性水素が散逸する余地がない。したがって、疲労強度に及ぼす拡散性水素の影響を合理的に評価することができる。
表4に、ずぶ焼入れ鋼のSN線図の回帰曲線から求めた107回強度を示す。V炭化物が焼入れ加熱温度において安定に存在する発明鋼は、そうでない比較鋼に対して107回強度が高かった。表5および表6に、それぞれ浸炭焼入れ鋼、高周波焼入れ鋼のSN線図の回帰曲線から求めた107回強度を示す。これらの場合もずぶ焼入れ鋼の場合と同様に、V炭化物が焼入れ加熱温度において安定に存在する発明鋼は、そうでない比較鋼に対して107回強度が高かった。
転動部品の実用最大接触面圧は高くとも4GPa程度であり、4GPaの最大面圧が作用したときに転動表面に繰返し作用する周方向の引張り応力は、転がり摩擦を考慮しても計算上700MPa程度である。また、今回の疲労試験では、3質量−ppmの拡散性水素を強制的に導入した影響を見たが、実際にはそれほど多量の水素が侵入するのはごく稀なケースと考えられる。すなわち、107回強度が700MPa以上であれば実用に十分に耐え得るものと考えられる。この観点から表1〜表3の発明鋼の107回強度を見ると、いずれの発明鋼も107回強度は700MPa以上である。一方、比較鋼の107回強度はすべて700MPa未満である。したがって、合金元素として少なくともVを含有し、かつ焼入れ加熱温度もしくは浸炭温度においてV炭化物が安定に存在することが、耐水素疲労強度を良好に保つために必要条件と言える。
2.加工性確認試験
上記のように、耐水素疲労強度の向上にとってVの添加は不可欠である。しかし、Vを多量に添加しすぎると生材の状態における加工性が損なわれる。そこで、加工性を確認するため、表1の発明鋼および比較鋼を同一条件で球状化焼鈍した後、厚さ10mmの試験片を製作した。それに直径2mmのドリルを用いて一定条件で穴をあけ、ドリルが折れるまでに空けられる穴の数を調べた。図2に表1のH1の値と空いた穴の数との関係を示す。
上記のように、耐水素疲労強度の向上にとってVの添加は不可欠である。しかし、Vを多量に添加しすぎると生材の状態における加工性が損なわれる。そこで、加工性を確認するため、表1の発明鋼および比較鋼を同一条件で球状化焼鈍した後、厚さ10mmの試験片を製作した。それに直径2mmのドリルを用いて一定条件で穴をあけ、ドリルが折れるまでに空けられる穴の数を調べた。図2に表1のH1の値と空いた穴の数との関係を示す。
図2を参照して、H1の値が70程度以下ではドリルの寿命は緩やかに低下し、それを超えると急激に寿命が低下した。上記(1)式からわかるように、Vの添加量はH1の値の上昇に対する寄与が最も大きい。したがって、耐水素疲労特性と加工性とのバランスを良好に保つためには、むやみにVを添加しすぎず、かつSi、Mn、Moの添加量を適正に調整することで、H1の値が70以下となるようにすることが望ましい。
3.成形性確認試験
上記のように、耐水素疲労強度の向上にとってV(バナジウム)の添加は不可欠である。しかし、Vを多量に添加し過ぎると生材の状態における成形性が損なわれる。ラジアルニードルころ軸受の軌道輪には、浸炭鋼や高周波焼入れ鋼(中炭素鋼)がよく用いられる。焼鈍した鋼板を打ち抜いてプレス成形して製作することが多く、成形性が良好であることは重要な要件である。そこで、成形性を確認するため、表2および表3の発明鋼および比較鋼を同一条件で焼鈍した後、φ6mm×L12mmの円筒試験片を製作した。それを常温大気中で長さ方向に圧縮し、真歪がε=1になるときの変形抵抗を調べた。真歪εとは、試験片の元の長さL0(=12mm)と変形時の長さLから(5)式で定義される値である。変形抵抗とは、変形に要した荷重を変形前の端面の面積(=π32mm2)で除した値である。図3にH2値と変形抵抗との関係を示すように、H2値が50を越えると変形抵抗が1200MPaを越えて急激に上昇した。(4)式からわかるように、Vの添加量はH2値の上昇に対する寄与が最も大きい。したがって、耐水素疲労特性と成形性とのバランスを良好に保つためには、むやみにVを添加し過ぎず、ベースC量およびSi、Mn、Moの添加量を適正に調整することで、H2値が50以下となるようにすることが望ましい。
上記のように、耐水素疲労強度の向上にとってV(バナジウム)の添加は不可欠である。しかし、Vを多量に添加し過ぎると生材の状態における成形性が損なわれる。ラジアルニードルころ軸受の軌道輪には、浸炭鋼や高周波焼入れ鋼(中炭素鋼)がよく用いられる。焼鈍した鋼板を打ち抜いてプレス成形して製作することが多く、成形性が良好であることは重要な要件である。そこで、成形性を確認するため、表2および表3の発明鋼および比較鋼を同一条件で焼鈍した後、φ6mm×L12mmの円筒試験片を製作した。それを常温大気中で長さ方向に圧縮し、真歪がε=1になるときの変形抵抗を調べた。真歪εとは、試験片の元の長さL0(=12mm)と変形時の長さLから(5)式で定義される値である。変形抵抗とは、変形に要した荷重を変形前の端面の面積(=π32mm2)で除した値である。図3にH2値と変形抵抗との関係を示すように、H2値が50を越えると変形抵抗が1200MPaを越えて急激に上昇した。(4)式からわかるように、Vの添加量はH2値の上昇に対する寄与が最も大きい。したがって、耐水素疲労特性と成形性とのバランスを良好に保つためには、むやみにVを添加し過ぎず、ベースC量およびSi、Mn、Moの添加量を適正に調整することで、H2値が50以下となるようにすることが望ましい。
ε=ln(L0/L) …(5)
上記より転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材であれば、目的とする耐水素剥離特性を得ることができる。またVの含有量は2.0質量%以下であることが好ましい。
上記より転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材であれば、目的とする耐水素剥離特性を得ることができる。またVの含有量は2.0質量%以下であることが好ましい。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
本発明は、その特異な使用条件から潤滑油の分解などにより転動表面で発生する水素が侵入することによって生じる早期剥離を抑制できるラジアルニードルころ軸受に適用され得る。
1 内輪、2 外輪、3 転動体(ニードルころ)、4 保持器、10 ラジアルニードルころ軸受。
Claims (4)
- 内方部材と、前記内方部材の外周側に配置された外方部材と、前記内方部材および前記外方部材の間に配置されたニードルころとを有するラジアルニードルころ軸受であって、
前記内方部材、前記外方部材および前記ニードルころの少なくとも1つの部材が、合金元素として少なくともVを含有し、かつ転動接触を受ける表面および表層におけるC、Si、Mn、Cr、Vの含有量が、それぞれC:0.5質量%以上1.2質量%以下、Si:0.1質量%以上1質量%以下、Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下、Cr:0.1質量%以上2質量%以下、V:0.1質量%以上の範囲内にある組成の鋼材よりなることを特徴とする、ラジアルニードルころ軸受。 - 前記内方部材、前記外方部材および前記ニードルころの少なくとも1つの前記部材が、Si、Mn、V、Moの含有量から(1)式で求まるH1が(2)式を満たす鋼材であることを特徴とする、請求項1に記載のラジアルニードルころ軸受。
H1=5.8[Si]+11.5[Mn]+56.2[V]+15.2[Mo]…(1)
H1≦70…(2) - 前記内方部材、前記外方部材および前記ニードルころの少なくとも1つの部材が、ベースのC量およびSi、Mn、V、Moの含有量から(3)式で求まるH2が(4)式を満たす鋼材であることを特徴とする、請求項1に記載のラジアルニードルころ軸受。
H2=47.8[C]+5.8[Si]+11.5[Mn]+56.2[V]+15.2[Mo]…(3)
H2≦50…(4) - 前記内方部材、前記外方部材および前記ニードルころの少なくとも1つの部材の転動接触を受ける表面およびその表面直下の表層内部における残留オーステナイト量が15体積%以上であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のラジアルニードルころ軸受。
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