JP2004344014A - 無細胞系タンパク質合成方法、およびtRNAの調製方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】節足動物由来の抽出物を含有する無細胞系タンパク質合成用抽出液に節足動物由来tRNAを添加した反応液を用いて、無細胞系タンパク質合成反応を行う方法。
【選択図】 なし
Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、無細胞系タンパク質合成方法(無細胞系でタンパク質を製造する方法)、およびそれに用いるtRNAの調製方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、ヒトゲノムを始め多くの生物の遺伝情報が解読されてきている。このような中、ポストゲノム研究として、これらの遺伝情報に対応するタンパク質の機能解析やゲノム創薬が注目を集めている。これらの遺伝情報に対応するタンパク質を医薬品などに応用、利用するには、莫大な種類のタンパク質を短時間で簡単に合成することが必要となってくる。
【0003】
現在、タンパク質の生産方法には、遺伝子組換え技術によって酵母や昆虫細胞(昆虫培養細胞)などの生細胞を用いる発現系(以下、「細胞系」ということがある)が広く利用されている。しかし、生細胞は自己機能を維持するために外来タンパク質を排除する傾向があり、また生細胞で細胞毒タンパク質を発現すると細胞が生育しないなど発現が困難なタンパク質も多い。
【0004】
一方、細胞系を使用しないタンパク質の生産方法として、細胞破砕液や抽出液に基質や酵素などを加えるなどして生物の遺伝情報翻訳系または遺伝情報転写/翻訳系を試験管内に取り揃え、目的タンパク質をコードするmRNAまたは鋳型DNAを用いて、アミノ酸を望みの順番に必要な残基数結合させることのできる合成系を再構築する、無細胞系のタンパク質合成が知られている。このような無細胞系タンパク質合成では、上記細胞系のタンパク質合成のような制約を受けにくく、生物の命を断つことなくタンパク質の合成を行うことができ、またタンパク質の生産に培養などの操作を伴わないため細胞系と比較して短時間にタンパク質の合成を行うことができる。さらに無細胞系タンパク質合成では、生命体が利用していないアミノ酸配列からなるタンパク質の大量生産も可能となることから、有望な発現方法であると期待されている。このような無細胞系のタンパク質合成に供する抽出液(無細胞系タンパク質合成用抽出液)として、種々の生物由来のものを使用することが検討され、研究が進められている。
【0005】
無細胞系タンパク質合成用抽出液としては、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、大腸菌、昆虫培養細胞など由来のものが、従来より知られている。我々は、これまでカイコ組織由来の抽出液(カイコ抽出液)を使用した無細胞系タンパク質合成方法を提案してきている(たとえば、特願2002−355906号明細書、特願2002−365142号明細書)。我々が提案するカイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成方法では、従来の方法と比較して、抽出液の調製が格段に容易であり、真核生物由来であるため糖タンパク質の合成も可能であるという利点があり、非常に有用である。したがってこのような抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成方法において、タンパク質合成量を向上し得る技術の開発が要望されている。
【0006】
【特許文献1】
特開2000−325076号公報
【非特許文献1】
XIUPING JIANG et al,「JOURNAL OF BIOSCIENCE AND BIOENGINEERING」Vol.91, No.1, p53−57(2001).
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、カイコ由来の抽出物を含む無細胞系タンパク質合成用抽出液を用いて無細胞系でタンパク質を製造する方法であって、タンパク質合成量をより向上することができる無細胞系タンパク質合成方法を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕節足動物由来の抽出物を含有する無細胞系タンパク質合成用抽出液に節足動物由来tRNAを添加した反応液を用いて、無細胞系でタンパク質を製造する方法。
〔2〕節足動物由来の抽出物が昆虫組織から抽出されたものである、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕昆虫組織がカイコ組織である、上記〔2〕に記載の方法。
〔4〕カイコ組織がカイコ幼虫の後部絹糸腺を少なくとも含有する、上記〔3〕に記載の方法。
〔5〕節足動物由来tRNAが昆虫組織から抽出されたものである、上記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕昆虫組織がカイコの脂肪体である、上記〔5〕に記載の方法。
〔7〕節足動物由来tRNAが昆虫培養細胞から抽出されたものである、上記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕昆虫培養細胞がTrichoplusia ni卵細胞由来の培養細胞である、上記〔7〕に記載の方法。
〔9〕酸性フェノール法を行った後、塩化リチウム法を行うことによって節足動物の組織または培養細胞からtRNAを抽出する、節足動物由来tRNAの調製方法。
〔10〕節足動物の組織が昆虫組織である、上記〔9〕に記載の方法。
〔11〕昆虫組織がカイコの脂肪体である、上記〔10〕に記載の方法。
〔12〕節足動物の培養細胞が昆虫培養細胞である、上記〔9〕に記載の方法。
〔13〕昆虫培養細胞がTrichoplusia ni卵細胞由来の培養細胞である、上記〔12〕に記載の方法。
【0009】
本明細書における「無細胞系タンパク質合成」は、mRNAの情報を読み取ってタンパク質を合成する無細胞翻訳系のみによるタンパク質合成(翻訳系)、ならびに、外来鋳型DNAよりmRNAを転写する転写工程と、該転写工程で得られたmRNAの情報を読み取ってタンパク質を合成する翻訳工程とを含むタンパク質合成(転写/翻訳系)のいずれであってもよい。ここで、本発明の合成方法(製造方法)によって無細胞系で合成される「タンパク質」は、複数のアミノ酸残基から構成される任意の分子量のペプチド、すなわち低分子量のペプチドから高分子量のいずれをも包含するものとする。また本明細書でいう「タンパク質」は、糖鎖修飾されてなる糖タンパク質も含む。
【0010】
本明細書中における「カイコ」は、カイコガ科に属する鱗翅目昆虫(絹糸昆虫)と同義であり、その一生において「卵(胚)」(産卵直後より孵化直前までの間)、「幼虫」(孵化直後から繭の形成終了直前(1齢期〜5齢期に分けられる))、「蛹」(繭の形成終了直前から羽化する直前までの間)、ならびに「成虫(蛾)」(羽化直後より死亡までの間)の各状態を経るものであり、その一生にわたる形態のいずれをも含むものとする。カイコは、卵より孵化した後の幼虫の状態では、桑を食べて発育する期間(齢)と、食べずに脱皮の準備をする期間(眠)を交互に繰り返す。カイコの幼虫において、孵化してから1回目の脱皮までを1齢期、1回目の脱皮から2回目の脱皮までを2齢期といい、通常、4回脱皮して5齢期で成熟する(この成熟した状態のカイコ幼虫は「熟蚕」とも呼ばれる)。カイコの幼虫は、熟蚕になると体が透明になり絹糸を吐いて繭を形成し、蛹化する。蛹の後、羽化して成虫となる。
【0011】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、節足動物由来の抽出物を含有する無細胞系タンパク質合成用抽出液(以下、単に「抽出液」ともいう)に節足動物由来tRNA(以下、単に「tRNA」ともいう)を添加して調製した反応液を用いた、無細胞系タンパク質合成方法(無細胞系でタンパク質を製造する方法)である。ここで「節足動物」とは、後生動物の一門であって、左右相称、裂体腔を有する旧口動物を指し、鋏角亜門、大顎亜門のいずれに属するものであってもよく、たとえば、昆虫綱、クモ綱などに属する動物を包含する。中でも、昆虫綱またはクモ綱(特に、クモ亜綱)に属する節足動物が好ましく、昆虫綱に属する節足動物が特に好ましい。昆虫綱に属する節足動物としては、たとえば、鱗翅目(チョウ目)、直翅目、双翅目、膜翅目、鞘翅目、甲虫目、脈翅目、半翅目などに属するものが挙げられ、特に制限されるものではないが、中でも、カイコガ科、ヤガ科などの鱗翅目に属するものが好適に使用される。
本発明における抽出液および/またはtRNAは、上記節足動物由来であるならば、成長段階のいずれを問わずいかなる組織から抽出されたものであってもよく、また、節足動物のいずれの組織由来の培養細胞より抽出されたものであってもよい。本発明における抽出液は、昆虫組織から抽出されたものであるのが好ましく、カイコ組織から抽出されたものであるのが特に好ましい。また、本発明におけるtRNAは、昆虫組織または昆虫培養細胞から抽出されたものであるのが好ましく、カイコ組織または昆虫培養細胞から抽出されたものであるのが特に好ましい。
【0012】
カイコ組織より抽出液および/またはtRNAを直接調製する場合、組織としてはカイコの一生のうちのどの状態(卵、幼虫(1齢期〜5齢期)、蛹、成虫)のいずれの組織であってよい。またカイコ組織は、単一の状態における単一の組織(たとえば、5齢期のカイコ幼虫における後部絹糸腺のみ)に限らず、単一の状態における複数の組織(たとえば、5齢期のカイコ幼虫における後部絹糸腺および脂肪体)であってもよく、複数の状態における単一の組織(たとえば、3齢期、4齢期、5齢期の各カイコ幼虫における後部絹糸腺)であってもよいものとする。無論、複数の状態における複数の組織であってもよい。なおカイコ組織は、カイコ組織の全体(たとえば、後部絹糸腺全体)である必要はない。
ここで、カイコ組織の「絹糸腺」とは、カイコ幼虫の両体側において、頭部の下唇先端に位置する吐出口から盲管にまで連なる一対の管状の外分泌腺であり、前部絹糸腺、中部絹糸腺および後部絹糸腺に大きく分けられる。後部絹糸腺は、絹糸の中心部を為すフィブロインを分泌する。また中部絹糸腺は、セリシンを分泌する。フィブロインは中部絹糸腺に蓄積されるとともに、セリシンによってその外周を覆われて、ゲル状の絹物質となる。この絹物質は、前部絹糸腺を通って吐出口から排出され、固体化して絹糸となる。
またカイコ組織の「脂肪体」とは、カイコ幼虫において、体内の至るところに分布し、白色の柔らかい扁平な帯状、ひも状あるいは葉状の組織である。脂肪体は、ヒトの肝臓に似て栄養、エネルギー源を貯蔵する役目を果たしているので、細胞内には脂肪球、タンパク質、グリコーゲンその他の新陳代謝に関係する種々の物質を含んでいる。
また「胚」は、カイコの卵の状態の組織を指す。
【0013】
またカイコ組織より抽出液を調製する場合、カイコ幼虫の絹糸腺、脂肪体およびカイコの胚から選ばれる少なくともいずれかから調製するのが好ましい。カイコ幼虫の絹糸腺(特に、後部絹糸腺)より調製を行うと、短時間で大量のタンパク質が合成可能であるという特に優れた利点がある。またカイコ幼虫の脂肪体から抽出液を調製すると、脂肪体が柔らかい組織であるために、すり潰す作業が短時間で済み、結果として容易に抽出液を調製できる利点がある。さらに、カイコの胚から調製を行うと、胚が1つの個体であるために他の組織とは異なり摘出する作業を要さず、結果として容易に抽出液を調製できるという利点がある。
【0014】
またカイコ組織よりtRNAを調製する場合、抽出対象となるカイコの組織に特に制限はないが、たとえば絹糸腺などの特定のタンパク質を産生する組織以外の組織、たとえば脂肪体、卵巣、精巣、体液、脳、腸、皮膚など、あるいは胚、蛹、成虫などから調製するのが好ましい。カイコの絹糸腺を例に挙げて説明すると、カイコの絹糸腺は元来フィブロインを合成するのに特化した器官であり、そのためこの器官に存在するtRNAもフィブロインに多く含まれるグリシン、アラニンに対応するものが殆どである。したがって絹糸腺からtRNAを抽出した場合、得られるtRNAにはその分布に非常に偏りがある。しかしながら無細胞系タンパク質合成においては、目的タンパク質をコードするmRNAまたは鋳型DNAに応じ幅広い種類のタンパク質を合成できることが望まれ、tRNAはその分布に偏りのないものを使用するのが好ましい。このような理由により、カイコよりtRNAを抽出する場合には、上記絹糸腺のような特定のタンパク質を産生する組織以外の組織より抽出するのが好ましい。中でも特に、タンパク質合成に必要なアミノ酸に対応したtRNAを偏りが少なくバランスよく得ることができることから、カイコの脂肪体よりtRNAを調製するのが好ましい。また、脂肪体と同様に、tRNAを偏りが少なくバランスよく得ることができることから、カイコの胚よりtRNAを調製するようにしてもよい。
【0015】
カイコ幼虫の組織から抽出液および/またはtRNAを調製する場合、カイコ幼虫は1齢期〜5齢期のものであれば、特に制限なく使用できるが、5齢期のカイコ幼虫を使用するのが好ましい。これは、カイコ幼虫は繭の形成期に近づくにつれて組織が成熟し、特に5齢期のカイコ幼虫においては組織が1齢期〜5齢期のうちで最も成熟しているため、同量の抽出物および/またはtRNAを得るために要する数は少なくて済むためである。また、抽出液を調製する場合には、5齢期のカイコ幼虫の絹糸腺または脂肪体(好ましくは5齢期のカイコ幼虫の後部絹糸腺、より好ましくは5齢期の3日〜7日のカイコ幼虫の後部絹糸腺)を使用すると、他の齢期のものと比べて短時間で大量のタンパク質が合成可能な無細胞系タンパク質合成用抽出液が得られるという利点もあり、特に好ましい。
【0016】
また、上述したように本発明における抽出液および/またはtRNAは、従来公知の節足動物を由来とする培養細胞から得られたものであってもよい。かかる培養細胞としては、培養細胞株が多く樹立されており、また、多くの哺乳類系の培養細胞と異なり二酸化炭素雰囲気下での培養を必要とせず、無血清培地においても培養が可能であることから、鱗翅目、半翅目などの昆虫由来の培養細胞(昆虫培養細胞)を使用するのが好ましい。昆虫培養細胞も、いかなる組織由来の細胞であってもよく、たとえば、血球細胞、生殖巣由来細胞、脂肪体由来細胞、胚由来細胞、孵化幼虫由来細胞などを特に制限なく使用することができるが、中でも、タンパク質生産能が高いと考えられる生殖巣由来の昆虫培養細胞を使用するのが好ましい。特には、細胞系においてタンパク質合成能が高く、また無血清培地にて培養が可能である、Trichoplusia niの卵細胞由来の細胞High Five(Invitrogen社製)が好適な昆虫培養細胞として例示される。なお、本発明における抽出液については、上述のように昆虫培養細胞ではなく昆虫組織より調製されるのが好ましく、カイコ組織より調製されるのがより好ましい。
【0017】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法によれば、特願2002−355906号明細書、特願2002−365142号明細書などで我々が提案してきたカイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成方法と比較して、タンパク質合成能が向上される。すなわち、我々はこれまで入手が容易であり比較的安価であるとの理由より、tRNAとしては酵母由来のものを使用してきていたが、今回、無細胞系タンパク質合成用抽出液とtRNAとを、同一またはより近接した生物種のもので組み合わせることによって、抽出液とtRNAの適合性が向上され、結果としてタンパク質の合成量が向上されたものと考えられる。
【0018】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法において、tRNAと、抽出液とは、互いに同一種の節足動物由来のものであってもよいし、互いに異なる種の節足動物由来のものであってもよい。また、互いに同一種の節足動物の同一の組織または培養細胞由来であってもよいし、同一種の節足動物の互いに異なる組織または培養細胞由来であってもよい。
【0019】
本発明におけるtRNAと抽出液との特に好適な組み合わせとしては、▲1▼カイコ由来tRNAとカイコ抽出液との組み合わせ、▲2▼昆虫培養細胞由来tRNAとカイコ抽出液との組み合わせ、が例示される。本発明の方法においては、より高いタンパク質合成能を有する無細胞系タンパク質合成系を確立し得る観点から、互いに同一の節足動物由来のtRNA、抽出液を組み合わせて無細胞系タンパク質合成を行うのが特に好ましい。すなわち、上記中でも、カイコ由来tRNAとカイコ抽出液との組み合わせが、特に好適である。
【0020】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法において、無細胞系タンパク質合成用抽出液に添加する節足動物由来tRNAの量は、本発明の作用を阻害しないならば特に制限されるものではないが、タンパク質合成の速度の観点から、上記tRNAを添加して調製された反応液中において1μg/mL〜1000μg/mL含有されることが好ましく、10μg/mL〜500μg/mL含有されることがより好ましい。
【0021】
本発明に用いる節足動物由来tRNAは、従来公知の種々のRNA抽出法、たとえば、酸性フェノール法、グアニジン−塩化セシウム超遠心法、AGPC(Acid Guanidinium−Phenol−Chloroform)法、塩化リチウム法などを必要に応じ適宜組み合わせることで調製することができ、その調製方法については特に制限されるものではないが、本発明者らが提案する酸性フェノール法と塩化リチウム法とを組み合わせた方法にて調製するのが好ましい。本発明は、節足動物由来tRNAを好適に調製可能な方法をも提供する。
【0022】
本発明のtRNAの調製方法は、酸性フェノール法を行った後、塩化リチウム法を行うことによって節足動物の組織または培養細胞からtRNAを抽出する方法である。このような本発明のtRNAの調製方法にて節足動物由来tRNAを調製することで、上述した公知の各方法にてtRNAを調製した場合と比較して、大量のサンプルから簡便な操作で、tRNAを調製することが可能であるというような利点がある。
【0023】
本発明のtRNAの調製方法において、酸性フェノール法、塩化リチウム法は、それぞれ公知の条件、手順にて適宜行えばよく、特には制限されない。具体的には、以下のように行えばよい。
まず、酸性フェノール法を次のようにして行う。
予め準備した節足動物の組織または培養細胞の破砕物に酸性媒を添加して懸濁させ、節足動物の組織または培養細胞中のRNAの親水性を増加させる。酸性媒としては、たとえば、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム、酢酸リチウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸カルシウム、クエン酸リチウムなどが挙げられ、中でも酢酸ナトリウムが好ましい。酸性媒の添加量としては、通常、節足動物の組織または培養細胞1gに対し10mL〜20mLであり、懸濁液のpHが4〜5となるように調製するのが好ましい。
次に、上記懸濁液に、水飽和フェノールを添加後、振盪させ、遠心分離する。水飽和フェノールの添加量についても特に制限されるものではないが、通常、節足動物の組織または培養細胞1gに対し5mL〜15mLである。振盪後の遠心分離は、当分野において通常行われている条件(6,000rpm〜10,000rpm、20℃〜30℃、10分間〜30分間)で行えばよい。これにより、遠心分離後の上層の水層に、節足動物由来tRNAを含めた節足動物の組織または培養細胞中のRNAを抽出することができる。本発明の方法では、遠心分離後に回収した上記水層に水飽和フェノールを添加し、同様の操作を行って、再度遠心分離を行ってその上層の水層を回収するようにしてもよい。
そして上記回収した水層に、通常の条件にてエタノール沈殿を行った後、沈殿物のみを単離し、滅菌水に溶解させればよい。このようにして、節足動物由来tRNAを含めた節足動物の組織または培養細胞中のRNAを含有する溶液(全RNA溶液)を調製することができる。
【0024】
上記酸性フェノール法の後、塩化リチウム法を行う。
まず、酸性フェノール法で得た全RNA溶液に、塩化リチウムを添加し、混合後、低温(0℃以下)下で静置する。塩化リチウムは、通常、上記全RNA溶液に対し1:1の割合となるよう添加する。
静置後、遠心分離を行い、上清を回収した後、これに2−プロパノールを添加して、混合後、再び静置する。遠心分離は、当分野において通常行われている条件(6,000rpm〜10,000rpm、20℃〜30℃、10分間〜30分間)で行えばよい。静置後、再度遠心分離(上記と同様の条件であればよい)を行い、遠心分離後の沈殿に、通常の条件にてエタノール沈殿を行った後、沈殿のみを単離し、滅菌水に溶解させる。このようにして全RNA溶液より、tRNAが抽出される。
【0025】
上記本発明のtRNAの調製方法を行うに際しての節足動物の組織または培養細胞は、適宜、公知の方法にて準備すればよい。
たとえば、カイコ組織よりtRNAを調製する場合、常法にしたがって、たとえばハサミ、ピンセット、メス、スパーテルなどの器具を使用して、カイコより所望の組織を摘出すればよい。カイコの脂肪体よりtRNAを調製する場合には、カイコの生育の度合いにもよるが、30匹あたり約2g〜3g(1匹あたり約0.06g〜0.1g)回収可能である。
また、昆虫培養細胞よりtRNAを調製する場合、常法にしたがって、乳鉢中で乳棒を用いてすり潰す方法、ダウンスホモジナイザーを用いる方法、ガラスビーズを用いる方法など、従来より行われていた種々の手法にて昆虫培養細胞を予め破砕しておけばよい。また、本発明者らが特願2002−382415号明細書にて提案する昆虫培養細胞(昆虫細胞)抽出液の調製方法を応用して、昆虫培養細胞を急激に凍結させた後、解凍し、遠心分離することによって昆虫培養細胞を破砕しておくのが好ましい。昆虫培養細胞よりtRNAを調製する場合には、昆虫培養細胞1gあたり約300μg〜500μgのtRNAを回収することができる。
【0026】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法に使用する抽出液は、従来公知の適宜の組成の抽出用液を用い、調製することができる(抽出液=抽出用液+抽出物)。抽出用液の組成としては、特には制限されるものではないが、プロテアーゼインヒビターを少なくとも含有するのが好ましい。プロテアーゼインヒビターを含有する抽出用液を用いると、節足動物由来の抽出物に含有されるプロテアーゼの活性が阻害され、当該プロテアーゼによる抽出物中の活性タンパクの不所望な分解を防止でき、結果として節足動物由来の抽出物が有するタンパク質合成能を有効に引き出すことができるようになるという利点がある。上記プロテアーゼインヒビターとしては、プロテアーゼの活性を阻害し得るものであるならば特に制限はなく、たとえば、フェニルメタンスルホニルフルオリド(以下、「PMSF」ということがある。)、アプロチニン、ベスタチン、ロイペプチン、ペプスタチンA、E−64(L−trans−エポキシスクシニルロイシルアミド−4−グアニジノブタン)、エチレンジアミン四酢酸、ホスホラミドンなどを使用することができるが、節足動物由来の抽出物にはセリンプロテアーゼが含まれることが多いことから、上記中でもセリンプロテアーゼに対して特異性の高いインヒビターとして働くPMSFを使用するのが好ましい。また、1種類のプロテアーゼインヒビターのみならず、数種類の混合物(プロテアーゼインヒビターカクテル)を用いてもよい。
当該抽出用液中におけるプロテアーゼインヒビターの含有量に特に制限はないが、無細胞系タンパク質合成に必須な酵素類の分解阻害能を好適に発揮できる観点から、1μM〜50mM含有されることが好ましく、0.01mM〜5mM含有されることがより好ましい。プロテアーゼインヒビターが1μM未満であると、プロテアーゼの分解活性を充分抑えることができない傾向にあるためであり、またプロテアーゼインヒビターが50mMを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0027】
また本発明に用いる抽出用液は、上記プロテアーゼインヒビターに加えて、カリウム塩、マグネシウム塩、ジチオトレイトール(DTT)および緩衝剤を少なくとも含有するのが好ましい。
【0028】
上記カリウム塩としては、たとえば酢酸カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、塩化カリウム、リン酸水素二カリウム、クエン酸水素二カリウム、硫酸カリウム、リン酸二水素カリウム、ヨウ化カリウム、フタル酸カリウムなど一般的な形態で使用することができ、中でも酢酸カリウムを使用するのが好ましい。カリウム塩は、タンパク質合成反応における補助因子として作用する。
当該抽出用液中におけるカリウム塩の含有量に特に制限はないが、保存安定性の観点から、たとえば酢酸カリウムなど1価のカリウム塩である場合、10mM〜500mM含有されることが好ましく、50mM〜300mM含有されることがより好ましい。カリウム塩が10mM未満または500mMを越えると、タンパク質合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0029】
上記マグネシウム塩としては、たとえば酢酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、クエン酸マグネシウム、リン酸水素マグネシウム、ヨウ化マグネシウム、乳酸マグネシウム、硝酸マグネシウム、シュウ酸マグネシウムなど一般的な形態で使用することができ、中でも酢酸マグネシウムを使用するのが好ましい。マグネシウム塩も、タンパク質合成反応における補助因子として作用する。
当該抽出用液中におけるマグネシウム塩の含有量に特に制限はないが、保存安定性の観点から、たとえば酢酸マグネシウムなど2価の塩である場合、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜5mM含有されることがより好ましい。マグネシウム塩が0.1mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0030】
上記DTTは、酸化防止の目的で配合されるものであり、当該抽出用液中において0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜5mM含有されることがより好ましい。DTTが0.1mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0031】
上記緩衝剤は、緩衝能を付与し、抽出用液による抽出により調製された抽出液(=抽出用液+抽出物)において、たとえば酸性または塩基性物質の添加などによって起こるpHの急激な変化による抽出物の変性を防止する目的で配合される。このような緩衝剤としては特に制限はなく、たとえば、HEPES−KOH、Tris−HCl、酢酸−酢酸ナトリウム、クエン酸−クエン酸ナトリウム、リン酸、ホウ酸、MES、PIPESなどを使用することができる。
緩衝剤は、得られた抽出液のpHが4〜10に保持されるようなものを使用するのが好ましく、pHが6.5〜8.5に保持されるようなものを使用するのがより好ましい。抽出液のpHが4未満またはpHが10を越えると、本発明の反応に必須な成分が変性する虞があるためである。このような観点より、上記中でもHEPES−KOH(pH6.5〜8.5)を使用するのが特に好ましい。
当該抽出用液中における緩衝剤の含有量に特に制限はないが、好適な緩衝能を保持する観点から、5mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜100mM含有されることがより好ましい。緩衝剤が5mM未満であると、酸性または塩基性物質の添加によりpHの急激な変動を引き起こし、これを用いて調製した抽出液において抽出物が変性する傾向にあるためであり、また緩衝剤が200mMを越えると、塩濃度が高くなり過ぎ、タンパク質合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0032】
抽出液を抽出する方法についても特に制限はなく、従来公知の適宜の方法にて行うことができる。
たとえば、節足動物由来の抽出物として、カイコ組織由来の抽出物を使用する場合、上述したような組成の抽出用液を使用して、本発明者らが提案している抽出方法にて抽出液を調製するのが、好適である。
まず、常法にしたがって、たとえばハサミ、ピンセット、メスなどの器具を使用して、カイコより所望の組織を摘出する。この摘出によって得る後述の抽出に使用する組織量としては、特に制限はないが、通常、1g〜100gの範囲内である。
次に、摘出した組織を、たとえば液体窒素で凍結した後、−80℃で凍結させた乳鉢中ですり潰し、これに上述した抽出用液を添加して抽出操作を行う。
あるいは、上記抽出用液の添加後、一旦抽出用液も凍結させた後、シャーベット状になるまで(具体的には、ウェットな黄色いシャリシャリ状態の氷になるまで)、薬さじで攪拌しながら溶解する。その後、再度液体窒素で完全に凍結させた後、シャーベット状になるまで(具体的には、ウェットな黄色いシャリシャリ状態の氷になるまで)薬さじで攪拌しながら溶解させる。かかる方法によれば、タンパク質合成に関与する成分が効率的に抽出され且つ安定化されるという利点がある。
このようにして、まず、カイコの組織からの抽出物を含有する液状物を得る。
【0033】
次に、上記抽出処理で得られた液状物を遠心分離にかける。該遠心分離は、当分野において通常行われている条件(10,000×g〜50,000×g、0℃〜10℃、10分間〜60分間)で行う。該遠心分離を1回行った後の上清(上清A1)をそのまま用いて抽出液とするようにしてもよいし、また、該上清A1に上記と同様の条件にて再度の遠心分離を行い、得られた上清(上清A2)を抽出液としてもよい。
また、上記上清A1と、上記1回目の遠心分離後の沈殿から上記抽出用液を用いてさらに抽出を行った後に、上記と同様の条件にて遠心分離して得られた上清(上清A3)とを混合して、抽出液として調製するようにしてもよい。このように上清A1と上清A3とを混合して抽出液を調製することで、上清A1、上清A3を単独で抽出液とする場合と比較して、タンパク質合成効率が向上するという利点がある。またさらに、上清A2を、上清A3と混合して抽出液を調製してもよい。これにより上記効果はさらに増強される。勿論、上記上清A1〜上清A3を混合して、抽出液を調製するようにしてもよい。
この場合、調製される混合物(抽出液)における上清A1および/または上清A2(両方混合する場合には、その総量)と上清A3との混合割合に特に制限はないが、タンパク質の合成効率の観点からは、体積比で10:90〜90:10であるのが好ましく、20:80〜80:20であるのがより好ましい。
【0034】
なお上述のようにそれぞれ調製した後に、ゲル濾過を施し、ゲル濾過後の濾液より280nmにおける吸光度が最も高い画分付近を分取して抽出液として調製するようにしてもよい。しかしながらタンパク質の合成効率の観点からは、当該ゲル濾過および画分の分取を経ずに抽出液として調製するのが好ましい。
【0035】
なお、上記ゲル濾過を施し、ゲル濾過後の濾液より280nmにおける吸光度が最も高い画分付近を分取する場合には、具体的には以下の手順にて行えばよい。
たとえば脱塩カラム PD−10(アマシャム バイオサイエンス社製)を使用し、常法にしたがって、ゲル濾過用緩衝液にてカラムを平衡化した後、試料を供給し、上記抽出用液にて溶出する、というような条件にて行う。上記ゲル濾過用緩衝液は、上記抽出用液に、グリセロールをさらに添加したものであることが好ましい。グリセロールは、通常、5(v/v)%〜40(v/v)%(好ましくは、20(v/v)%)となるように添加すればよい。ゲル濾過して得られる濾液は、通常のゲル濾過で行われているように、0.1mL〜1mLを1画分とすればよく、高いタンパク質合成能を有する画分を効率よく分取するという観点より、0.4mL〜0.6mLを1画分とするのが好ましい。
次に、ゲル濾過後の濾液より280nmにおける吸光度が10以上の画分を分取する。当該処理は、たとえばUltrospec3300pro(アマシャムバイオサイエンス社製)などの機器を用いて、各画分について上記280nmにおける吸光度を測定し、この吸光度が最も高い画分付近を分取し、これを抽出液とする。
【0036】
本発明の抽出液中における節足動物由来の抽出物の含有量に特に制限はないが、タンパク質濃度で1mg/mL〜200mg/mLであるのが好ましく、中でも10mg/mL〜100mg/mLであるのがより好ましい。当該抽出物の含有量がタンパク質濃度で1mg/mL未満であると、無細胞系タンパク質合成に必須な成分の濃度が低くなり、充分な合成反応が行えなくなる虞があるためであり、また当該抽出物の含有量がタンパク質濃度で200mg/mLを越えると、抽出液自体が高い粘性を有し、操作しづらい虞があるためである。
なお上記範囲の量の節足動物由来の抽出物を含有する抽出液は、抽出液のタンパク質濃度測定を利用して、調製できる。当該タンパク質濃度測定は、当分野において通常行われているように、たとえばBCA Protein assayKit(PIERCE社製)を使用し、反応試薬2mLに対してサンプルを0.1mL加え、37℃で30分間反応させ、562nmにおける吸光度を測定する、といった手順によって行う。分光光度計(Ultrospec3300pro、アマシャムバイオサイエンス社製)を用いて、562nmにおける吸光度を測定する。コントロールとしては、通常、ウシ血清アルブミン(BSA)を使用する。
【0037】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法においては、たとえば上述して調製された抽出液に、節足動物由来tRNAを添加して、翻訳系合成反応、転写/翻訳系合成反応を行うために調製する反応液(それぞれ、「翻訳系用反応液」、「転写/翻訳系用反応液」と呼ぶ。)を調製する。翻訳系用反応液、転写/翻訳系用反応液のいずれの場合であっても、上記抽出液を10(v/v)%〜80(v/v)%、特には30(v/v)%〜60(v/v)%含有するように調製されたものであるのが好ましい。すなわち、反応液の全体において、節足動物由来の抽出物の含有量が、タンパク質濃度で0.1mg/mL〜160mg/mLとなるように調製されるのが好ましく、3mg/mL〜60mg/mLとなるように調製されるのがより好ましい。当該抽出物の含有量がタンパク質濃度で0.1mg/mL未満または160mg/mLを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
以下、節足動物由来の抽出物を含有する抽出液を用いた場合における(1)翻訳系用反応液、(2)転写/翻訳系用反応液について、それぞれ説明する。
【0038】
(1)翻訳系用反応液
翻訳系用反応液は、上記抽出液および節足動物由来tRNAを除く成分として、外来mRNA、カリウム塩、マグネシウム塩、DTT、アデノシン三リン酸、グアノシン三リン酸、クレアチンリン酸、クレアチンキナーゼ、アミノ酸成分、RNaseインヒビター、緩衝剤を少なくとも含有するのが好ましい。かかる翻訳系用反応液を使用して翻訳系合成反応を行うことで、短時間で大量のタンパク質の合成が可能である。
【0039】
上記翻訳系用反応液に用いる外来mRNAとは、上記抽出液の調製に用いた節足動物に由来しないmRNAを指し、コードするタンパク質(ペプチドを含む)に特に制限はなく、毒性を有するタンパク質をコードするものであってもよいし、また糖タンパク質をコードするものであってもよい。なお、翻訳系用反応液に含有されるmRNAが外来mRNAであるか抽出液の調製に用いた節足動物に由来するmRNAであるかは、まず、翻訳系用反応液中より、mRNAを単離精製後、逆転写酵素によりcDNAを合成し、得られたcDNAの塩基配列を解析し、既知の外来mRNAの塩基配列と比較することで判別することができる。
なお翻訳系用反応液に用いる外来mRNAは、その塩基数に特に制限はなく、目的とするタンパク質を合成し得るならばmRNA全てが同じ塩基数でなくともよい。また、目的とするタンパク質を合成し得る程度に相同な配列であれば、各mRNAは、複数個の塩基が欠失、置換、挿入または付加されたものであってよい。
翻訳系用反応液中において、外来mRNAは、タンパク質合成の速度の観点から、1μg/mL〜2000μg/mL含有されることが好ましく、10μg/mL〜1000μg/mL含有されることがより好ましい。mRNAが1μg/mL未満または2000μg/mLを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0040】
翻訳系用反応液中におけるカリウム塩としては、抽出用液の成分として上述した各種のカリウム塩、好適には酢酸カリウム、を好ましく使用できる。カリウム塩は、上述した抽出用液におけるカリウム塩の場合と同様の観点から、当該翻訳系用反応液中において、10mM〜500mM含有されることが好ましく、50mM〜150mM含有されることがより好ましい。
【0041】
翻訳系用反応液中におけるマグネシウム塩としては、抽出用液の成分として上述した各種のマグネシウム塩、好適には酢酸マグネシウム、を好ましく使用できる。マグネシウム塩は、上述した抽出用液におけるマグネシウム塩の場合と同様の観点から、当該翻訳系用反応液中において、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜3mM含有されることがより好ましい。
【0042】
翻訳系用反応液中におけるDTTは、上述した抽出用液におけるDTTの場合と同様の観点から、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.2mM〜5mM含有されることがより好ましい。
【0043】
翻訳系用反応液中におけるアデノシン三リン酸(以下、「ATP」ということがある。)は、タンパク質合成の速度の観点から、0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。ATPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0044】
翻訳系用反応液中におけるグアノシン三リン酸(以下、「GTP」ということがある。)は、タンパク質合成の速度の観点から、0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。GTPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0045】
翻訳系用反応液中におけるクレアチンリン酸は、タンパク質を継続的に合成するための成分であって、ATPとGTPを再生する目的で配合される。クレアチンリン酸は、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において1mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜100mM含有されることがより好ましい。クレアチンリン酸が1mM未満であると、充分な量のATPとGTPが再生されにくく、結果としてタンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためであり、またクレアチンリン酸が200mMを越えると、阻害物質として働き、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0046】
翻訳系用反応液中におけるクレアチンキナーゼは、タンパク質を継続的に合成するための成分であって、クレアチンリン酸と共にATPとGTPを再生する目的で配合される。クレアチンキナーゼは、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において1μg/mL〜1000μg/mL含有されることが好ましく、10μg/mL〜500μg/mL含有されることがより好ましい。クレアチンキナーゼが1μg/mL未満であると、充分な量のATPとGTPが再生されにくく、結果としてタンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためであり、またクレアチンキナーゼが1000μg/mLを越えると、阻害物質として働き、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0047】
翻訳系用反応液中におけるアミノ酸成分は、20種類のアミノ酸、すなわち、バリン、メチオニン、グルタミン酸、アラニン、ロイシン、フェニルアラニン、グリシン、プロリン、イソロイシン、トリプトファン、アスパラギン、セリン、トレオニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、チロシン、リシン、グルタミン、シスチン、アルギニン、の20種類のアミノ酸を少なくとも含有する。このアミノ酸には、ラジオアイソトープ標識されたアミノ酸も含まれる。さらに、必要に応じて、修飾アミノ酸を含有していてもよい。当該アミノ酸成分は、通常、各種類のアミノ酸を概ね等量ずつ含有してなる。
本発明においては、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において上記のアミノ酸成分が1μM〜1000μM含有されることが好ましく、10μM〜200μM含有されることがより好ましい。アミノ酸成分が1μM未満または1000μMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0048】
翻訳系用反応液中におけるRNaseインヒビターは、抽出液に混在する節足動物由来のRNaseによって、無細胞系タンパク質合成の際にmRNAやtRNAが不所望に消化されて、タンパク質の合成を妨げるのを防ぐ目的で配合されるものであり、当該反応液中において0.1U/μL〜100U/μL含有されることが好ましく、1U/μL〜10U/μL含有されることがより好ましい。RNaseインヒビターが0.1U/μL未満であると、RNaseの分解活性を充分抑えることができない傾向にあるためであり、またRNaseインヒビターが100U/μLを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0049】
翻訳系用反応液に含有される緩衝剤としては、上述した抽出用液に用いたものと同様のものが好適に使用でき、同様の理由から、HEPES−KOH(pH6〜8)を使用するのが好ましい。また、緩衝剤は、上述した抽出用液における緩衝剤の場合と同様の観点から、5mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜50mM含有されることがより好ましい。
【0050】
また翻訳系用反応液は、さらにグリセロールを添加されたものであるのがより好ましい。グリセロールを添加すると、翻訳系合成反応においてタンパク質合成に必須な成分を安定化できるという利点があるためである。グリセロールを添加する場合、通常、5(v/v)%〜20(v/v)%となるように添加する。
【0051】
さらに、翻訳系用反応液は、エチレングリコールビス(2−アミノエチルエーテル)四酢酸(以下、「EGTA」ということがある。)を含有するのが好ましい。EGTAを含有すると、EGTAが抽出液中の金属イオンとキレートを形成することでリボヌクレアーゼ、プロテアーゼなどを不活化させることにより、無細胞系タンパク質合成に必須な成分の分解を阻害することができるためである。該EGTAは、上記反応液中において、上記分解阻害能を好適に発揮し得る観点から0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。EGTAが0.01mM未満であると必須な成分の分解活性を充分に抑えることができない傾向にあるためであり、また、10mMを越えるとタンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0052】
すなわち、翻訳系用反応液としては、節足動物由来抽出物を含有する抽出液を30(v/v)%〜60(v/v)%、節足動物由来tRNAを10μg/mL〜500μg/mL含有するとともに、50mM〜150mMの酢酸カリウム、0.5mM〜3mMの酢酸マグネシウム、0.2mM〜5mMのDTT、5(v/v)%〜20(v/v)%のグリセロール、0.1mM〜5mMのATP、0.1mM〜5mMのGTP、10mM〜100mMのクレアチンリン酸、10μg/mL〜500μg/mLのクレアチンキナーゼ、10μM〜200μMのアミノ酸成分、1U/μL〜10U/μLのRNaseインヒビター、10μg/mL〜1000μg/mLの外来mRNA、10mM〜50mMのHEPES−KOH(pH6〜8)を含有するように実現されるのが好ましい。また、上記に加えてさらに0.1mM〜5mMのEGTAを含有するように実現されるのがより好ましい。
【0053】
上記翻訳系用反応液を用いた無細胞系タンパク質合成反応(翻訳系合成反応)は、従来公知のたとえば低温恒温槽にて行う。反応温度は、通常、10℃〜40℃、好ましくは20℃〜30℃の範囲内である。反応温度が10℃未満であると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあり、また反応温度が40℃を越えると、必須な成分が変性する傾向にあるためである。反応の時間は、通常、1時間〜72時間、好ましくは3時間〜24時間である。
【0054】
(2)転写/翻訳系用反応液
転写/翻訳系用反応液は、上記抽出液および節足動物由来tRNAを除く成分として、外来鋳型DNA、RNAポリメラーゼ、ATP、GTP、シチジン5’−三リン酸、ウリジン5’−三リン酸、クレアチンリン酸、クレアチンキナーゼおよびアミノ酸成分を少なくとも含有するのが好ましい。かかる転写/翻訳系用反応液を使用して転写/翻訳系合成反応を行うことで、短時間で大量のタンパク質の合成が可能である。
【0055】
上記転写/翻訳系用反応液に用いる外来鋳型DNAは、プラスミドDNAなどの環状DNAであってもよいし、PCR産物などの直鎖状DNAであってもよい。上記外来鋳型DNAは、抽出液の調製に用いた節足動物に由来しない鋳型DNAを指し、目的タンパク質をコードする塩基配列と、その5’上流側に位置するプロモーター配列とを少なくとも有する。本発明に用いる外来鋳型DNAは、抽出液の調製に用いた節足動物に由来しない鋳型DNAであるならば、コードするタンパク質(ペプチドを含む)に特に制限はなく、生細胞で細胞毒となるタンパク質をコードする塩基配列を有するものであってもよいし、また糖タンパク質をコードする塩基配列を有するものであってもよい。また外来鋳型DNAにおけるプロモーター配列としては、たとえば、従来公知のT7プロモーター配列、SP6プロモーター配列、T3プロモーター配列などが挙げられる。
なお外来鋳型DNAは、塩基数に特に制限はなく、目的とするタンパク質を合成し得るならば鋳型DNA全てが同じ塩基数でなくともよい。また、目的とするタンパク質を合成し得る程度に相同な配列であれば、各外来鋳型DNAは、複数個の塩基が欠失、置換、挿入または付加されたものであってよい。
また、本発明に用いる外来鋳型DNAは、上記目的タンパク質をコードする塩基配列の3’下流側に転写を終結させる機能を有するターミネーター配列、および/または、合成されたmRNAの安定性などの観点からポリA配列を有しているのが好ましい。上記ターミネーター配列としては、たとえば、従来公知のT7ターミネーター配列、SP6ターミネーター配列、T3ターミネーター配列などが挙げられる。
外来鋳型DNAは、転写/翻訳系用反応液中において、0.1μg/mL〜8000μg/mL含有されることが好ましく、3μg/mL〜600μg/mL含有されることがより好ましい。外来鋳型DNAが0.1μg/mL未満または8000μg/mLを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0056】
転写/翻訳系用反応液に用いるRNAポリメラーゼは、外来鋳型DNAが有するプロモーター配列に応じて適宜選択することができる。たとえば、外来鋳型DNAがT7プロモーター配列を有している場合は、その配列を認識するT7 RNAポリメラーゼを使用することが好ましい。また、外来鋳型DNAが、SP6またはT3プロモーター配列を有している場合は、それぞれ、SP6 RNAポリメラーゼまたはT3 RNAポリメラーゼを使用することが好ましい。
RNAポリメラーゼは、mRNA合成の速度およびタンパク質合成の速度の観点から、転写/翻訳系用反応液中に0.01U/μL〜100U/μL含有されることが好ましく、0.1U/μL〜10U/μL含有されることがより好ましい。RNAポリメラーゼが0.01U/μL未満であると、mRNAの合成量が少なくなり、結果としてタンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためであり、またRNAポリメラーゼが100U/μLを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0057】
転写/翻訳系用反応液中におけるATPは、タンパク質合成の速度の観点から、0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。ATPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0058】
転写/翻訳系用反応液中におけるGTPは、タンパク質合成の速度の観点から、0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。GTPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0059】
転写/翻訳系用反応液中におけるシチジン5’−三リン酸(以下、「CTP」ということがある。)は、タンパク質合成の速度の観点から、0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。CTPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0060】
転写/翻訳系用反応液中におけるウリジン5’−三リン酸(以下、「UTP」ということがある。)は、タンパク質合成の速度の観点から、0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。UTPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0061】
転写/翻訳系用反応液中におけるクレアチンリン酸は、タンパク質を継続的に合成するための成分であって、ATPとGTPを再生する目的で配合される。クレアチンリン酸は、タンパク質合成の速度の観点から、転写/翻訳系用反応液中において1mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜100mM含有されることがより好ましい。クレアチンリン酸が1mM未満であると、充分な量のATPとGTPが再生されにくく、結果としてタンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためであり、またクレアチンリン酸が200mMを越えると、阻害物質として働き、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0062】
転写/翻訳系用反応液中におけるクレアチンキナーゼは、タンパク質を継続的に合成するための成分であって、クレアチンリン酸と共にATPとGTPを再生する目的で配合される。クレアチンキナーゼは、タンパク質合成の速度の観点から、転写/翻訳系用反応液中において1μg/mL〜1000μg/mL含有されることが好ましく、10μg/mL〜500μg/mL含有されることがより好ましい。クレアチンキナーゼが1μg/mL未満であると、充分な量のATPとGTPが再生されにくく、結果としてタンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためであり、またクレアチンキナーゼが1000μg/mLを越えると、阻害物質として働き、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0063】
転写/翻訳系用反応液中におけるアミノ酸成分は、20種類のアミノ酸、すなわち、バリン、メチオニン、グルタミン酸、アラニン、ロイシン、フェニルアラニン、グリシン、プロリン、イソロイシン、トリプトファン、アスパラギン、セリン、トレオニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、チロシン、リシン、グルタミン、シスチン、アルギニン、の20種類のアミノ酸を少なくとも含有する。このアミノ酸には、ラジオアイソトープ標識されたアミノ酸も含まれる。さらに、必要に応じて、修飾アミノ酸を含有していてもよい。当該アミノ酸成分は、通常、各種類のアミノ酸を概ね等量ずつ含有してなる。
タンパク質合成の速度の観点からは、転写/翻訳系用反応液中において上記のアミノ酸成分が1μM〜1000μM含有されることが好ましく、10μM〜500μM含有されることがより好ましい。アミノ酸成分が1μM未満または1000μMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0064】
転写/翻訳系用反応液は、さらに、カリウム塩、マグネシウム塩、DTT、RNaseインヒビター、スペルミジンおよび緩衝剤を含有するのが好ましい。
【0065】
転写/翻訳系用反応液中におけるカリウム塩としては、抽出用液の成分として上述した各種のカリウム塩、好適には酢酸カリウム、を好ましく使用できる。カリウム塩は、上述した抽出用液におけるカリウム塩の場合と同様の観点から、当該転写/翻訳系用反応液中において、10mM〜500mM含有されることが好ましく、50mM〜150mM含有されることがより好ましい。
【0066】
転写/翻訳系用反応液中におけるマグネシウム塩としては、抽出用液の成分として上述した各種のマグネシウム塩、好適には酢酸マグネシウム、を好ましく使用できる。マグネシウム塩は、上述した抽出用液におけるマグネシウム塩の場合と同様の観点から、当該転写/翻訳系用反応液中において、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜3mM含有されることがより好ましい。
【0067】
転写/翻訳系用反応液中におけるDTTは、酸化防止の目的で配合されるものであり、当該反応液中において0.1mM〜100mM含有されることが好ましく、0.2mM〜20mM含有されることがより好ましい。DTTが0.1mM未満または100mMを越えると、タンパク質の合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0068】
転写/翻訳系用反応液中におけるRNaseインヒビターは、抽出液に混在する節足動物由来のRNaseによって、転写/翻訳系合成反応の際にmRNAやtRNAが不所望に消化されて、タンパク質の合成を妨げるのを防ぐ目的で添加されるものであり、当該反応液中において0.1U/μL〜100U/μL含有されることが好ましく、1U/μL〜10U/μL含有されることがより好ましい。RNaseインヒビターが0.1U/μL未満であると、RNaseの分解活性を充分抑えることができない傾向にあるためであり、またRNaseインヒビターが100U/μLを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0069】
上記スペルミジンは、転写における伸張反応を促進する目的で添加されるものであり、転写/翻訳系用反応液中において0.01mM〜100mM含有されることが好ましく、0.05mM〜10mM含有されることがより好ましい。スペルミジンが0.01mM未満であると、mRNAの合成速度が低下し生成するmRNAの量が少なくなり、結果としてタンパク質合成の速度が低下するというような傾向にあるためであり、またスペルミジンが100mMを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0070】
転写/翻訳系用反応液に含有される緩衝剤としては、上述した抽出用液に用いたものと同様のものが好適に使用でき、同様の理由から、HEPES−KOH(pH6〜8)を使用するのが好ましい。また、緩衝剤は、上述した抽出用液における緩衝剤の場合と同様の観点から、1mM〜200mM含有されることが好ましく、5mM〜50mM含有されることがより好ましい。
【0071】
また転写/翻訳系用反応液は、さらにグリセロールを添加されたものであるのがより好ましい。グリセロールを添加すると、転写/翻訳系合成反応においてタンパク質合成に必須な成分を安定化できるという利点があるためである。グリセロールを添加する場合、通常、5(v/v)%〜20(v/v)%となるように添加する。
【0072】
すなわち、転写/翻訳系用反応液としては、当該抽出液を30(v/v)%〜60(v/v)%、節足動物由来tRNAを10μg/mL〜500μg/mL含有するとともに、さらに3μg/mL〜600μg/mLの外来鋳型DNA、0.1U/μL〜10U/μLのRNAポリメラーゼ、0.1mM〜5mMのATP、0.1mM〜5mMのGTP、0.1mM〜5mMのCTP、0.1mM〜5mMのUTP、10mM〜100mMのクレアチンリン酸、10μg/mL〜500μg/mLのクレアチンキナーゼ、10μM〜500μMのアミノ酸成分を含有するのが好ましい。さらには、50mM〜150mMの酢酸カリウム、0.5mM〜3mMの酢酸マグネシウム、0.2mM〜20mMのDTT、1U/μL〜10U/μLのRNaseインヒビター、0.05mM〜10mMのスペルミジン、5mM〜50mMのHEPES−KOH(pH7.4)、5(v/v)%〜20(v/v)%のグリセロールを含有するように実現されるのが好ましい。
【0073】
上記転写/翻訳系用反応液を用いた無細胞系タンパク質合成反応(転写/翻訳系合成反応)についても、上記翻訳系合成反応の場合と同様、従来公知のたとえば低温恒温槽にて行えばよい。転写工程の反応温度は、通常、10℃〜60℃、好ましくは20℃〜50℃の範囲内である。転写工程の反応温度が10℃未満であると、転写の速度が低下する傾向にあり、また転写工程の反応温度が60℃を越えると、反応に必須な成分が変性する傾向にあるためである。また翻訳工程の温度は、通常、10℃〜40℃、好ましくは20℃〜30℃の範囲内である。翻訳工程の反応温度が10℃未満であると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあり、また翻訳工程の反応温度が40℃を越えると、反応に必須な成分が変性する傾向にあるためである。
転写/翻訳系合成反応では、転写、翻訳工程を連続して実施し得るという観点から両工程に好適な20℃〜30℃の範囲で反応を行うことが特に好ましい。反応の時間は、全工程あわせて、通常、1時間〜72時間、好ましくは3時間〜24時間である。
【0074】
上記翻訳系用反応液、転写/翻訳系用反応液を使用して合成できるタンパク質に特に制限はない。合成されたタンパク質の量は、酵素の活性の測定、SDS−PAGE、免疫検定法などによって測定できる。
【0075】
【実施例】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
実施例1:カイコ幼虫の脂肪体由来tRNAの調製
5齢期の4日目に達したカイコをサンプリングした。サンプリングしたカイコから、ハサミ、ピンセット、メス、スパーテルを使用し、脂肪体を摘出した。続いて、以下の手順に従ってtRNAを調製した。
摘出した脂肪体3gを45mLの0.3M 酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.8)で懸濁した。さらに、この懸濁液に45mLの水飽和フェノールを添加し、1時間程度よく振盪した。8,000×g、10分間室温(25℃)で遠心分離し、上層の水層(40mL)を回収した。回収した液に40mLの水飽和フェノールを添加し、よく振盪後、8,000×g、10分間室温で遠心分離した。上層の水層35mL回収し、氷上で冷やしておいたエタノールを70mL加え、20,000×g、20分間室温で遠心分離を行った。遠心分離後、沈殿を10mLの滅菌水で懸濁し、これを脂肪体由来全RNA溶液とした。全RNA溶液の260nm/280nmの吸光度比は約1.6であり、RNA濃度は530μg/mLであった。
調製した10mLの全RNA溶液に10mLの8M 塩化リチウム水溶液を添加し、混合後−20℃、2時間静置した。静置後20,000×g、20分間遠心分離し、上清20mLを回収した。これに20mLの2−プロパノールを添加し、混合後−20℃、2時間静置した。静置後20,000×g、20分間遠心分離し、沈殿を氷冷した70%エタノールで洗浄し、最終的に沈殿を1mLの滅菌水に溶かし、これをtRNA溶液とした。tRNA溶液の260nm/280nmの吸光度比は約1.6であり、RNA濃度は約2000μg/mLであった(収量は脂肪体1gあたり666μg)。
【0076】
参考例1:カイコ幼虫の後部絹糸腺由来の抽出液の調製
5齢期4日目のカイコ幼虫15匹よりハサミ、ピンセット、メス、スパーテルを使用して、後部絹糸腺3.07gを摘出し、これを−80℃で凍結させた乳鉢ですり潰し、下記組成の抽出用液を用いて、抽出を行った。
〔抽出用液の組成〕
・20mM HEPES−KOH(pH7.4)
・100mM 酢酸カリウム
・2mM 酢酸マグネシウム
・2mM DTT
・0.5mM PMSF
抽出後、得られた液状物を遠心分離機(himacCR20B3(日立工機社製))にて、30,000×g、30分間、4℃の条件にて遠心分離を行った。
遠心分離後、上清のみを単離し、再び30,000×g、10分間、4℃の条件にて遠心分離を行った。遠心分離後、上清のみを単離した。脱塩カラム PD−10(アマシャム バイオサイエンス社製)に、20%グリセロールを含む抽出用液を加えカラムを平衡化した後、上清を供給し、上記抽出用液にて溶出することによりゲル濾過を行った。
ゲル濾過後の濾液の画分を、分光光度計(Ultrospec3300pro、アマシャム バイオサイエンス社製)を用いて、280nmにおける吸光度が10以上の画分を分取して、5齢期のカイコ幼虫の後部絹糸腺由来の無細胞系タンパク質合成用抽出液を得た。
得られた抽出液について、BCA Protein assay Kit(PIERCE社製)を用い、タンパク質濃度を測定した。まず反応試薬2mLに対してサンプルを0.1mL加え、37℃で30分間反応させ、分光光度計(Ultrospec3300pro、アマシャム バイオサイエンス社製)を用いて、562nmにおける吸光度を測定した。コントロールとして、BSAを用い、検量線を作成した。
抽出液中におけるカイコ幼虫の後部絹糸腺の含有量は、タンパク質濃度で17.5mg/mLであった。
【0077】
参考例2:外来鋳型DNAの調製
以下の手順にしたがって、外来鋳型DNAを調製した。
まず、TNT T7 Coupled Reticulocyte Lysate System(プロメガ社製)に付属のルシフェラーゼT7コントロールDNAを用いて、大腸菌JM109(東洋紡績社製)を、常法に従い形質転換した。形質転換後の大腸菌をLB培地80mLで37℃、12時間培養し、得られた菌体から、Plasmid Midi Kit(QIAGEN社製)を用いて、プロトコルに従いプラスミドDNAを調製した。
【0078】
実験例1:カイコ由来tRNA、カイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成(転写/翻訳系)
上記実施例1で調製したtRNA、参考例1,2でそれぞれ調製した抽出液、外来鋳型DNAを用いて、下記の組成の転写/翻訳系用反応液を調製した。
〔反応液の組成〕
・50(v/v)% 抽出液(カイコ幼虫の後部絹糸腺由来)
・100μg/mL tRNA(カイコ幼虫の脂肪体由来)
・20μg/mL 外来鋳型DNA
・40mM HEPES−KOH(pH7.4)
・100mM 酢酸カリウム
・1mM 酢酸マグネシウム
・10mM DTT
・10(v/v)% グリセロール
・0.2mM ATP
・0.2mM GTP
・0.2mM UTP
・0.2mM CTP
・25mM クレアチンリン酸
・400μg/mL クレアチンキナーゼ
・200μM アミノ酸(20種)
・0.1mM スペルミジン
・1U/μL RNaseインヒビター
・1U/μL T7 RNAポリメラーゼ
ATP(シグマ社製)、GTP(シグマ社製)、CTP(シグマ社製)、UTP(シグマ社製)、アミノ酸(20種)(シグマ社製)、T7 RNAポリメラーゼ(プロメガ社製)、RNaseインヒビター(宝酒造社製)をそれぞれ用いた。
反応装置として低温アルミブロック恒温槽MG−1000(東京理化器械社製)を用い、無細胞系のタンパク質(ルシフェラーゼ)の合成反応を行った。反応液量は25μLとした。反応温度は20℃とし、反応時間ごとにサンプリングを行い、合成されたルシフェラーゼ量を測定した。
合成されたルシフェラーゼは、ルシフェラーゼアッセイキット(E−1500、プロメガ製)を用いて各々定量した。ルシフェラーゼアッセイ試薬50μLに反応液2.5μLを添加し、ルミノメーター(Turner Designs TD−20/20、プロメガ社製)を用いて、ルシフェラーゼによる発光を測定した。
【0079】
比較実験例1
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAに換えて、酵母由来のtRNA(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を100μg/mL含有する反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0080】
図1は、反応開始6時間後の時点での比較実験例1のルシフェラーゼ合成量を100としたときのルシフェラーゼ合成の経時変化を示すグラフである。図1において縦軸はルシフェラーゼ相対合成量(%)、横軸は反応時間(分)を示す。
【0081】
比較実験例2
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAを含有させずに反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0082】
実験例2:カイコ由来tRNA、カイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成(転写/翻訳系)
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAの含有量を50μg/mLとした反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0083】
実験例3:カイコ由来tRNA、カイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成 (転写/翻訳系)
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAの含有量を150μg/mLとした反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0084】
実験例4:カイコ由来tRNA、カイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク質合成(転写/翻訳系)
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAの含有量を200μg/mLとした反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0085】
図2は、反応開始6時間後の時点での比較実験例2のタンパク質合成量を100としたときの実験例2〜4のタンパク質相対合成量(%)を示すグラフである。結果、反応液中のtRNAの含有量が100μg/mLのとき(実験例1での反応液組成)が最も合成量が高かった。
【0086】
実施例2:昆虫培養細胞由来tRNAの調製
細胞数5.6×106個の昆虫培養細胞High Five(Invitrogen社製)を、L−グルタミンを添加したExpress Five無血清培地(Invitrogen社製)を入れた培養フラスコ(600cm2)内で27℃で4日間培養した。結果、細胞数5.5×107個、湿重量1.82gとなった。続いて700×g、25℃、10分間の遠心分離にて昆虫培養細胞を集菌した。
上記集菌した昆虫培養細胞3gを用い、実施例1と同様にしてtRNAを調製した。この結果、湿重量1.82gの昆虫培養細胞から得られたtRNA溶液の260nm/280nmの吸光度比は約1.9であり、RNA濃度は3200μg/mL、液量0.2mLであった(収量は培養細胞1gあたり350μg)。
【0087】
実験例5:昆虫培養細胞由来tRNA、カイコ抽出液を用いた無細胞系タンパク 質合成(転写/翻訳系)
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAに換えて、実施例2で調製した昆虫培養細胞由来のtRNAを50μg/mL含有する反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0088】
比較実験例3
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAに換えて、酵母由来のtRNA(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を200μg/mL含有する反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0089】
図3は、反応開始4時間後の時点での比較実験例2のタンパク質合成量を100としたときのルシフェラーゼ合成の経時変化を示すグラフである。図3において縦軸はルシフェラーゼ相対合成量(%)、横軸は反応時間(分)を示す。
【0090】
実験例6
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAに換えて、実施例2で調製した昆虫培養細胞由来のtRNAを100μg/mL含有する反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0091】
実験例7
実施例1で調製したカイコ幼虫の脂肪体由来tRNAに換えて、実施例2で調製した昆虫培養細胞由来のtRNAを150μg/mL含有する反応液を調製した以外は実験例1と同様に行い、無細胞系タンパク質合成反応を行った。
【0092】
図4は、反応開始4時間後の時点での比較実験例2のタンパク質合成量を100としたときの実験例5〜7のタンパク質相対合成量(%)を示すグラフである。結果、反応液中のtRNAの含有量が50μg/mLのとき(実験例5での反応液組成)が最も合成量が高かった。
【0093】
【発明の効果】
以上の説明で明らかなように、本発明によれば、無細胞系でのタンパク質合成能を増強し得るtRNAの調製方法、ならびに得られたtRNAを用いた無細胞系タンパク質合成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】反応開始6時間後の時点での比較実験例1のルシフェラーゼ合成量を100としたときのルシフェラーゼ合成の経時変化を示すグラフであり、縦軸はルシフェラーゼ相対合成量(%)、横軸は反応時間(分)を示す。
【図2】反応開始6時間後の時点での比較実験例2のタンパク質合成量を100としたときの実験例2〜4のタンパク質相対合成量(%)を示すグラフである。
【図3】反応開始4時間後の時点での比較実験例2のタンパク質合成量を100としたときのルシフェラーゼ合成の経時変化を示すグラフであり、縦軸はルシフェラーゼ相対合成量(%)、横軸は反応時間(分)を示す。
【図4】反応開始4時間後の時点での比較実験例2のタンパク質合成量を100としたときの実験例5〜7のタンパク質相対合成量(%)を示すグラフである。
Claims (13)
- 節足動物由来の抽出物を含有する無細胞系タンパク質合成用抽出液に節足動物由来tRNAを添加した反応液を用いて、無細胞系でタンパク質を製造する方法。
- 節足動物由来の抽出物が昆虫組織から抽出されたものである、請求項1に記載の方法。
- 昆虫組織がカイコ組織である、請求項2に記載の方法。
- カイコ組織がカイコ幼虫の後部絹糸腺を少なくとも含有する、請求項3に記載の方法。
- 節足動物由来tRNAが昆虫組織から抽出されたものである、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
- 昆虫組織がカイコの脂肪体である、請求項5に記載の方法。
- 節足動物由来tRNAが昆虫培養細胞から抽出されたものである、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
- 昆虫培養細胞がTrichoplusia ni卵細胞由来の培養細胞である、請求項7に記載の方法。
- 酸性フェノール法を行った後、塩化リチウム法を行うことによって節足動物の組織または培養細胞からtRNAを抽出する、節足動物由来tRNAの調製方法。
- 節足動物の組織が昆虫組織である、請求項9に記載の方法。
- 昆虫組織がカイコの脂肪体である、請求項10に記載の方法。
- 節足動物の培養細胞が昆虫培養細胞である、請求項9に記載の方法。
- 昆虫培養細胞がTrichoplusia ni卵細胞由来の培養細胞である、請求項12に記載の方法。
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