以下、図面を参照しながら、本実施形態に係る炭素系材料、電極触媒、電極、電気化学装置、燃料電池、及び炭素系材料の製造方法について説明する。なお、以下で説明する実施形態は、いずれも好ましい一具体例を示すものである。また、以下の実施形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態などは一例であり、本実施形態を限定する主旨ではない。
[1.燃料電池の構成]
まず、本実施形態に係る炭素系材料を備える燃料電池の構成について、図1及び図2を用いて説明する。図1は、本実施形態における燃料電池の構成の一例を示す断面図である。なお、同図には、当該燃料電池に接続された場合に電流が供給される負荷も図示されている。図2は、本実施形態におけるガス拡散電極の一例を示す断面図である。
燃料電池1は、後述する炭素系材料を電極触媒として備える。この燃料電池1は、電気を放出することのできる一次電池であり、例えば、固体高分子形燃料電池(PEFC)及びリン酸形燃料電池(PAFC)のような水素燃料電池、並びに微生物燃料電池(MFC)を含む。
水素燃料電池は、水の電気分解の逆反応により、水素と酸素から電気エネルギーを得る燃料電池であり、PEFC、PAFC、アルカリ形燃料電池(AFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)等が知られている。本実施形態の燃料電池1は、PEFC又はPAFCであることが好ましい。PEFCはプロトン伝導性イオン交換膜を電解質材とする燃料電池であり、PAFCはマトリクス層に含浸されたリン酸(H3PO4)を電解質材とする燃料電池である。
このような燃料電池1は、図1に示すように、例えば、電解液11(電解質材)を備える。また、燃料電池1は、アノード12(燃料極、負極又はマイナス極)と、カソード13(空気極、正極又はプラス極)とを備える。アノード12は、酸素発生反応により、負荷2に電子を放出する電極である。また、カソード13は、酸素還元反応により、負荷2から電子が流入する電極である。
本実施形態において、カソード13はガス拡散電極として構成され、後述する炭素系材料を備える。具体的には、この炭素系材料は、電極触媒としてカソード13に含まれる。
ガス拡散電極は、水素燃料電池及びMFC等の電極に好適に適用され得る。本実施形態における燃料電池1は、カソード13を備え、さらにカソード13が炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極であること以外は、公知の構成を有していればよい。例えば、燃料電池1は、「燃料電池の技術」,電気学会燃料電池発電次世代システム技術調査専門委員会編,オーム社,H17や、Watanabe,K.,J.Biosci.Bioeng.,2008,.106:528−536に記載の構成を有することができる。
なお、上記説明では、カソード13がガス拡散電極として構成され、炭素系材料を備えているとして説明したが、これに限らない。本実施形態における燃料電池1において、炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極は、アノード12及びカソード13のいずれにも用いることができる。
例えば、本実施形態における燃料電池1が水素燃料電池である場合、炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極は、アノード12として用いられてもよい。この場合、アノード12に含まれる電極触媒は、燃料である水素ガスの酸化反応(H2→2H++2e−)を促進して、アノード12に電子を供与する。また、炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極は、カソード13として用いられてもよい。この場合、カソード13に含有される電極触媒は、酸化剤である酸素ガスの還元反応(1/2O2+2H++2e−→H2O)を促進する。
ただし、本実施形態における燃料電池1がMFCである場合、アノード12は電子供与微生物から直接電子を受容する。よって、この場合、ガス拡散電極は、主として水素燃料電池と同じ電極反応を起こすカソードとして用いられる。
[2.ガス拡散電極(カソード)の構成]
次に、ガス拡散電極として構成されたカソード13の構成について、詳細に説明する。
図2に示すように、カソード13は、導電性を有する多孔質な担体31と、担体31に担持されている電極触媒としての炭素系材料32とを備える。炭素系材料32は、コア層33及びドープ層34から成る粒子状の形状を有し、固着剤35によって担体31に担持されている。なお、カソード13は、必要に応じ、さらに支持体を備えてもよい。
なお、カソード13において、反応ガスや電子供与微生物等が関与する酸化還元反応が進行するためには、炭素系材料32の少なくとも一部がカソード13の表面に配置されていればよい。
担体31は、導電性を有し、かつ、触媒である炭素系材料を担持し得る部材である。このような特性を有するのであれば、担体31の材質は特に制限されない。担体31の材質の例としては、炭素系物質、導電性ポリマー、半導体、金属等が挙げられる。
炭素系物質とは、炭素を構成成分とする物質をいう。炭素系物質としては、例えば、グラファイト、活性炭、カーボンパウダー(例えば、カーボンブラック、バルカン(登録商標)XC−72R、アセチレンブラック、ファーネスブラック、デンカブラック(登録商標)等)、カーボンファイバー(グラファイトフェルト、カーボンウール、カーボン織布等)、カーボンプレート、カーボンペーパー、カーボンディスク等が挙げられる。また、炭素系物質としては、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、カーボンナノクラスター等のような、微細構造物質も挙げられる。なお、炭素系物質は、一種を単独で用いてもよく、複数種を混合して用いてもよい。
導電性ポリマーとは、導電性を有する高分子化合物の総称である。導電性ポリマーとしては、例えば、アニリン、アミノフェノール、ジアミノフェノール、ピロール、チオフェン、パラフェニレン、フルオレン、フラン、アセチレン若しくはそれらの誘導体を構成単位とする単一モノマー又は2種以上のモノマーの重合体が挙げられる。具体的には、導電性ポリマーとして、例えば、ポリアニリン、ポリアミノフェノール、ポリジアミノフェノール、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリパラフェニレン、ポリフルオレン、ポリフラン、ポリアセチレン等が挙げられる。なお、導電性ポリマーは、一種を単独で用いてもよく、複数種を混合して用いてもよい。
入手の容易性、コスト、耐食性、耐久性等を考慮した場合、好適な担体31は、炭素系物質であるが、これに限定されない。また、担体31が多孔質であれば、担体31はガス拡散層として機能することができる。そして、このガス拡散層内に気液界面が形成される。
担体31は、単一の材料から構成されていてもよいし、二種以上の材料が組み合わされることで構成されてもよい。例えば、担体31は、炭素系物質と導電性ポリマーとが組み合わされて構成されてもよいし、炭素系物質であるカーボンパウダーとカーボンペーパーとが組み合わされて構成されてもよい。
担体31の形状は、その表面に、触媒である炭素系材料32が担持され得る形状であれば、特に限定されない。ただ、カソード13における単位質量あたりの触媒活性(質量活性)をより高くする観点から、担体31の形状は、単位質量当たりの比表面積が大きい繊維形状であることが好ましい。担体31は、一般に比表面積が大きいほど広い担持面積を確保することができ、担体31の表面における触媒成分の分散性を高め、より多くの触媒成分を表面に担持することができる。そのため、カーボンファイバーのような微細繊維形状は、担体31の形状として好適である。
また、燃料電池1は、燃料電池1の電極と外部回路(例えば、負荷2)とを電気的に接続する導線を有していてもよい。そのため、担体31は、その一部に、当該導線と接続するための接続端子を有していてもよい。なお、担体31の接続端子は、銀ペーストやカーボンペーストにより形成することができる。
触媒である炭素系材料32を担体31に担持する方法としては、当該分野で公知の方法を用いることができる。例えば、適当な固着剤35を用いて、担体31の表面に炭素系材料32を固定させる方法が挙げられる。なお、固着剤35は導電性を有することが好ましい。具体的には、固着剤35としては、導電性ポリマーを適当な溶剤に溶解した導電性ポリマー溶液や、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の分散液等を用いることができる。
担持方法としては、液体状の固着剤35を、担体31の表面及び/又は炭素系材料32の表面に塗布して又は吹き付けた後、担体31及び炭素系材料32を混合することで、炭素系材料32を担体31に担持させることができる。また、固着剤35の溶液中に炭素系材料32を含浸させた後、含浸溶液を炭素系材料32に塗布し乾燥させることで、炭素系材料32を担体31に担持させることができる。なお、後者の場合、粒子状の形状を有する炭素系材料32を使用することが好ましい。
ガス拡散電極として構成されているカソード13を作製する方法としては、当該分野で公知の方法を用いることができる。例えば、まず、触媒である炭素系材料を担持した担体をPTFEの分散液等と混合して混合液を調製する。そして、この混合液を乾燥した後に適当な形状に成形してから、熱処理を施すことで、ガス拡散電極を形成することができる。なお、PTFEの分散液としては、例えば、Du Pont社製Nafion(登録商標)溶液を用いることができる。
PEFCやPAFCのように、固体高分子電解質膜や電解質マトリクス層の表面に電極を形成する場合には、次のように行うことができる。例えば、まず、上述のように調製した混合液を乾燥した後に、シート状に成形することで電極シートを形成する。そして、この電極シートの膜接合面に、例えば、プロトン伝導性を有するフッ素樹脂系イオン交換樹脂の溶液等を塗布又は含浸する。その後、電極シートと、固体高分子電解質膜や電解質マトリクス層とをホットプレスすることにより、電極シートを接合する。なお、プロトン伝導性を有するフッ素樹脂系イオン交換樹脂としては、例えば、Nafion、旭硝子株式会社製Filemion(登録商標)等が挙げられる。
また、上述のように調製した混合液を、カーボンペーパー等からなる導電性の支持体の表面に塗布した後、熱処理を施すことで、ガス拡散電極を形成してもよい。
ガス拡散電極は、次のように形成してもよい。まず、プロトン伝導性イオン交換樹脂の溶液と炭素系材料32を担持した担体31とを混合することで、混合インク又は混合スラリーを調製する。そして、当該混合インク又は混合スラリーを支持体、固体高分子電解質膜又は電解質マトリクス層等の表面に塗布する。その後、当該混合インク又は混合スラリーを乾燥させることで、ガス拡散電極を形成してもよい。なお、プロトン伝導性イオン交換樹脂の溶液としては、例えば、Nafion溶液を用いることができる。
本実施形態では、ガス拡散電極は、燃料電池1の電極であるカソード13に用いられているとして説明したが、種々の電気化学装置のカソードとして用いられてもよい。このような電気化学装置としては、水の電気分解装置、二酸化炭素透過装置、食塩電解装置、金属空気電池(リチウム空気電池など)等が挙げられる。
また、本実施形態では、炭素系材料32を含む電極触媒は、酸素還元触媒として用いられているとして説明したが、酸素発生触媒として用いられてもよい。つまり、当該炭素系材料32を含む電極は,アノードとして用いられてもよい。このようなアノードとしては、例えば水の電気分解装置におけるアノード、硫酸塩電解浴におけるアノード等が挙げられる。
[3.炭素系材料]
次に、カソード13の電極触媒として用いられている炭素系材料32について、詳細に説明する。
[3−1.構成]
まず、炭素系材料32の構成について説明する。本実施形態に係る炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を含有し、さらにグラファイト又は無定形炭素粒子に窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子、及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つの非金属原子と、金属原子とがドープされている。また、炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を主成分とし、グラファイト又は無定形炭素粒子に窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子、及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つの非金属原子と、金属原子とがドープされていることが好ましい。つまり、炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を合計で50モル%以上含有し、さらにグラファイト又は無定形炭素粒子に非金属原子と金属原子の両方がドープされていることが好ましい。
なお、炭素系材料32は、グラファイト及び無定形炭素粒子の両方を含有してもよい。この場合、炭素系材料32は、グラファイト及び無定形炭素粒子を合計で50モル%以上含有し、さらにグラファイト及び無定形炭素粒子に非金属原子と金属原子の両方がドープされていることが好ましい。
炭素系材料32にドープされる金属原子としては、特に限定されない。金属原子としては、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、レニウム(Re)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)及び金(Au)からなる群より選ばれる少なくとも一つであることが好ましい。このような金属原子が炭素系材料32にドープされている場合、炭素系材料32は、特に酸素還元反応を促進させるための触媒として優れた性能を発揮する。つまり、炭素系材料32は、カソード13の触媒として高い触媒活性を実現できる。
炭素系材料32にドープされる金属原子の量は、炭素系材料32が優れた触媒性能を発揮するように適宜設定されればよい。
また、炭素系材料32にドープされる非金属原子は、窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子、及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つである。炭素系材料にドープされている非金属原子の量も、炭素系材料が優れた触媒性能を発揮するように適宜設定されればよい。
また、本実施形態において、炭素系材料32にドープされている金属原子と非金属原子との原子間距離は1.4Å以下である。原子間距離は、例えば次のように求めることができる。
具体的には、金属原子が白金原子以外である場合、当該原子間距離は、金属原子のK端広域X線吸収微細構造(EXAFS)をフーリエ変換して得られる動径分布関数の、金属原子と非金属原子との配位結合距離付近に現れる最大ピーク位置によって求められる。
また、金属原子が白金原子である場合、当該原子間距離は、白金原子のLIII端広域X線吸収微細構造(EXAFS)をフーリエ変換して得られる動径分布関数の、白金原子と非金属原子との配位結合距離付近に現れる最大ピーク位置によって求められる。
ここで、上記EXAFSについて説明する。EXAFSとは、XAFS(X線吸収微細構造)スペクトルにおける、X線の吸収端より約100eV以上高エネルギー側に現れるスペクトルの微細構造をいう。また、XAFSスペクトルにおける吸収端近傍構造は、XANES(X線吸収端近傍構造)という。
一般に、EXAFSの振動成分(X線の電子の波数kによって振動する吸収スペクトルの振動強度)χ(k)は、次の式で表される。
Riはi番目の散乱原子における吸収原子からの距離、Aiはi番目の散乱原子の数、σiはi番目の散乱原子における熱振動の平均二乗振幅である。λは光電子の平均自由工程、δiはi番目の散乱原子における散乱による位相シフト、fi(π)はi番目の散乱原子における180°の散乱角で後方散乱する原子散乱因子である。動径分布関数は、χ(k)をフーリエ変換することにより求めることができる。
炭素系材料32の金属原子に関し、K端EXAFSスペクトルの測定を行う場合、測定の対象となるのは炭素系材料32のみである。炭素系材料32に混入している物質や、炭素系材料32に付着している物質などのように、炭素系材料32とは独立して存在している物質は、測定の対象からは除外される。このため、炭素系材料32の金属原子に対するK端EXAFSスペクトルの測定にあたっては、予め酸性水溶液により炭素系材料32を洗浄するなどして、炭素系材料32とは独立して存在している物質の混入量を充分に低減しておく必要がある。
EXAFS及び動径分布関数を得る方法について、更に具体的に説明する。まず、XAFSスペクトルは、例えばイオンチャンバー検出器を用いた透過法にて測定される。スペクトルの測定にあたっては、測定ごとに事前にエネルギー軸を較正する必要がある。エネルギー軸較正にあたっては、例えばCu金属のCuK端XANESについて、X軸をエネルギー、Y軸を吸光度としたグラフにおける第1ピークの極大点の値を、8980.3eVとすることとする。
このXAFSスペクトルデータから、次の手法により、動径分布関数が導出される。まず、XAFSスペクトルデータから、定法によりバックグラウンドノイズを差し引く。続いて、吸収端エネルギー(E0)を原点として、−150eV〜−30eVの範囲における平均強度がゼロとなるような強度軸ゼロとなるベースラインを設定する。また、+150eV〜+550eVの範囲における平均強度が1となるような強度軸1となるベースラインも設定する。このとき、吸収端エネルギー(E0)付近の立ち上がりスペクトル上における、2つのベースラインの中間点に吸収端エネルギー(E0)がくるように、二つのベースラインを設定する。続いて、これらの二つのベースラインを直線に置き換えて波形を調整する。この操作により、エネルギー(単位:eV)軸が波数(k、単位:1/Å)軸に置き換わり、上記数式で定義されるEXAFSの振動成分χ(k)が抽出される。
次に、上記操作によって得られたスペクトルにkの3乗を乗じた後、フーリエ変換を実施する。フーリエ変換を実施するk領域は2.5〜11.5(1/Å)とする。これにより、強度をY軸、原子間距離RiをX軸とする動径分布関数が得られる。この動径分布関数のピークが出現する位置から近接原子間の距離が分かる。つまり、炭素系材料32にドープされた近接する金属原子と非金属原子との原子間距離が分かる。この原子間距離は、具体的には、当該動径分布関数の金属原子と非金属原子との配位結合距離付近に現れる最大ピーク位置によって求められる。
このように、本実施形態に係る炭素系材料32にドープされている金属原子と非金属原子との原子間距離は、EXAFSによって求められる。
次に、本実施形態に係る炭素系材料32にドープされている金属原子と炭素原子との結合の強さ、及び非金属原子と炭素原子との結合の強さについて説明する。
本実施形態では、非金属原子のX線光電子分光(XPS)における、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)は、ドープされた非金属原子全体の10%以上50%未満であることが好ましい。
また、本実施形態では、非金属原子は窒素原子を含み、金属原子は鉄原子及びコバルト原子の少なくとも一方を含むことが好ましい。また、金属原子が鉄原子を含む場合、炭素系材料のX線光電子分光(XPS)におけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満であることが好ましい。
ここで、XPS測定は、光源としてAlの特性X線を使用し、3×10−8Paの真空条件で行われる。炭素系材料32をXPS測定すると、炭素系材料32の表層における一定領域内での元素組成を確認することができる。また、XPS測定によって、一定領域内におけるドープされた非金属原子のドープ構造の組成比を見積もることができる。例えば、非金属原子が窒素原子である場合、黒鉛状にドープされた窒素原子は401.0±0.1eV、ピリジン状にドープされた窒素原子は398.5±0.1eVとして、窒素原子の1s軌道におけるXPSスペクトルを波形分離する。また、ピロール状にドープされた窒素原子は400.0±0.1eV、酸化物として存在する窒素原子は404.0±0.3eVとして、窒素原子の1s軌道におけるXPSスペクトルを波形分離する。そして、その分離されたピークの面積の比から、黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分の、ドープされた窒素原子全体に対する割合が測定される。
また、XPS測定によって、当該元素組成の電子状態を分析することができる。例えば、炭素系材料にドープされた金属原子が鉄原子である場合には、鉄原子の2p(3/2)電子軌道に由来するピークに基づいて、鉄原子と炭素原子との配位結合の強さを分析することができる。
なお、炭素系材料32のXPS測定にあたっては、予め酸性水溶液により炭素系材料32を洗浄するなどして、炭素系材料32とは独立して存在している物質の混入量を充分に低減しておく。酸洗浄にあたっては、例えば炭素系材料32を、ホモジナイザーを用いて純水中に30分間分散させ、その後、この炭素系材料32を2M硫酸中に入れて、80℃で3時間攪拌する。
本実施形態では、非金属原子と金属原子は、主として炭素系材料32の表層に存在すると考えられる。これは、炭素系材料32を製造する過程において、グラファイト又は無定形炭素粒子に金属原子と非金属原子とをドープする際、非金属原子と金属原子はグラファイト又は無定形炭素粒子の内部にまで容易に侵入しないと考えられる。つまり、非金属原子と金属原子は、主としてグラファイト又は無定形炭素粒子の表層において、グラファイト又は無定形炭素粒子にドープされると考えられる。このため、炭素系材料は、実質的にグラファイト又は無定形炭素のみからなるコア層33と、コア層33を覆い、非金属原子及び金属原子を含有するドープ層34とから構成されると考えられる。
また、本実施形態に係る炭素系材料32のサイクリックボルタンメトリーによる測定結果(ボルタモグラム)によると、ボルタモグラムには炭素系材料32にドープされている金属原子(イオン)の酸化還元反応に由来するピークが現れる。換言すれば、この金属原子の酸化還元に由来するピークの存在に基づいて、炭素系材料32に金属原子がドープされていることが確認できる。また、このボルタモグラムにおける酸化反応時のピーク位置の電位と還元反応時のピーク位置の電位との平均値(酸化還元電位)は、炭素系材料32にドープされている非金属原子の種類に応じてシフトする。換言すれば、酸化還元電位の値あるいはシフト量に基づいて、炭素系材料32に非金属原子がドープされていることが確認できる。また、炭素系材料32上での電気化学的反応は炭素系材料32の表面で生じると考えられるため、金属原子及び非金属原子は炭素系材料32の表層に存在すると評価できる。
以上説明したように、本実施形態に係る炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を含有する。また、炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子にドープされ、かつ、窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つである非金属原子と、グラファイト又は無定形炭素粒子にドープされる金属原子とを含有する。そして、金属原子と非金属原子との間の原子間距離は、1.4Å以下である。
このような構成により、炭素系材料32は、上記の通り電極触媒として用いられる場合に優れた触媒性能を発揮する。つまり、炭素系材料32は、高い触媒活性を実現できる。これは、炭素系材料32にドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Åより大きい場合と比較して、触媒活性中心の電子密度が大きくなるためと考えられる。特に、炭素系材料32は、酸素還元触媒として用いられる場合及び酸素発生触媒として用いられる場合に、優れた触媒性能を発揮する。また、このような炭素系材料32は、後述する製造工程によって、容易に製造することができる。
なお、金属原子と非金属原子との原子間距離は、1.2Å以上かつ1.4Å以下であってもよい。このように、当該原子間距離を1.2Å以上とすることにより、炭素系材料32を容易に製造できる。
本実施形態では、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)の割合は任意である。ただ、非金属原子のX線光電子分光における、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)は、ドープされた非金属原子全体の10%以上50%未満であることが好ましい。
ここで、「非金属原子が黒鉛状にドープされる」とは、sp2軌道によって結合している六員環炭素骨格中の炭素と非金属原子とが置換されていることを指す。したがって、ドープされた非金属原子のうち、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)の割合が10%以上であることにより、当該割合が10%未満の場合と比較して、高い耐久性を実現できる。また、当該割合が50%以上の場合には、炭素系材料32にドープされた非金属原子の量が低下する恐れがある。この場合、炭素系材料32が電極触媒として用いられると、触媒活性が低下する恐れがある。したがって、当該割合を10%以上50%未満とすることにより、炭素系材料32が電極触媒として用いられた場合に、高い触媒活性及び高い耐久性を実現できる。
より詳細に説明すると、非金属原子が窒素原子である場合、炭素系材料32にドープされた窒素原子が取り得る形態として、上述のように、ピリジン状、ピロール状及び黒鉛状の3つが存在する。そして、黒鉛状にドープされた窒素原子は最も結合エネルギーが強く、高い焼成温度で処理した場合に存在割合が高くなる傾向がある。しかしながら、炭素系材料32の焼成温度を高くすると、窒素成分の揮発量が多くなる傾向がある。すなわち、黒鉛状にドープされた窒素原子の割合を増やすことと窒素原子の全体量との間には、トレードオフの関係がある。そのため、黒鉛状にドープされた窒素の割合を50%以上にするには、かなりの高温で熱処理するか又は高温で長時間熱処理する必要があり、その場合には、炭素系材料32にドープされる窒素原子の全体量が大きく減少する恐れがある。したがって、黒鉛状にドープされる非金属原子の割合と非金属原子の全体量とのバランスを考慮した場合、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分は、ドープされた非金属原子全体の10%以上50%未満であることが好ましい。
本実施形態では、炭素系材料32にドープされている金属原子と非金属原子との組み合わせは、適宜選択される。ただし、非金属原子は窒素原子を含み、金属原子は鉄原子及びコバルト原子の少なくとも一方であることが好ましい。これにより、炭素系材料32がカソード13の電極触媒(酸素還元触媒)として用いられる場合に、特に優れた触媒活性を発揮することができる。なお、非金属原子が窒素原子のみであってもよいし、金属原子が鉄原子及びコバルト原子の一方のみであってもよい。
本実施形態では、炭素系材料32にドープされている金属原子が鉄原子である場合、炭素系材料32のXPSにおけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満であることが好ましい。
上述のように、炭素系材料32にドープされた金属原子が鉄原子である場合、XPS測定により得られるスペクトルのうち、鉄原子の2p(3/2)電子軌道に由来するスペクトルのピークトップに基づいて、鉄原子と炭素原子との配位結合の強さを分析する。つまり、「XPSにおけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満」であるとは、鉄−窒素配位結合において、窒素原子から鉄原子への電子の逆供与が大きいことを指す。したがって、炭素系材料32の酸素分子への電子供与性が高くなる。そのため、当該スペクトルのピークトップが710eV未満の炭素系材料32は、当該スペクトルのピークトップが710eV以上の炭素系材料と比較して、優れた触媒活性を発揮することができる。
[3−2.製造方法]
次に、炭素系材料32の製造方法について、図3を用いて説明する。図3は、本実施形態に係る炭素系材料32の製造工程を示すフローチャートである。
本実施形態に係る炭素系材料32の製造方法は、非金属原子と当該非金属原子に配位結合した金属原子とを含む化合物と、グラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方を含む炭素源原料とを混合する工程(S1)を有する。さらに、当該製造方法は、当該化合物と炭素源原料との混合物を、800℃以上1000℃以下で加熱する工程(S2)を有する。なお、非金属原子は、窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つである。このような製造工程により、本実施形態に係る炭素系材料32が製造される。
なお、混合工程(S1)と加熱工程(S2)とは、互いに独立に実施されてもよいし、実質的に同時に実施されてもよい。つまり、化合物と炭素源原料とを混合しながら、加熱してもよい。
無定形炭素粒子の具体例としては、バルカンXC−72R、アセチレンブラック、ケッチェンブラック(登録商標)、ファーネスブラック及びデンカブラックからなる群より選ばれる少なくとも一つのカーボンブラックが挙げられる。
ここで、混合物中の化合物は、グラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方にドープされる非金属原子と、当該非金属原子に配位結合した金属原子とを含む化合物であれば、特に制限されない。つまり、混合物中の化合物は、非金属原子と、当該非金属原子に配位結合した金属原子とを含む錯体を用いることが好ましい。そして、当該化合物は、ポルフィリン環及びフタロシアニン環の少なくとも一方をさらに含むことが好ましい。このような化合物としては、例えば、鉄−プロトポルフィリンIX錯体が挙げられる。
混合物中の化合物として、このような錯体を用いることで、ドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Å以下の炭素系材料を容易に製造することができる。この理由は、次のように推測される。
混合工程(S1)において、非金属原子に配位結合した金属原子を含む化合物が用いられると、金属原子と非金属原子がグラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方にドープされやすくなると考えられる。その結果、炭素系材料中では、金属原子と非金属原子が配位結合すると考えられる。ここで、炭素系材料の触媒活性は、炭素系材料中における非金属原子と金属原子とが近接している位置で発現すると考えられる。このため、金属原子と錯体を形成した化合物が用いられることで、炭素系材料の触媒活性が更に向上すると考えられる。
なお、上記の通り、炭素系材料のサイクリックボルタンメトリーの測定結果によると、酸化還元電位は、炭素系材料にドープされている非金属原子の種類に応じてシフトする。この酸化還元電位のシフトは、金属原子と非金属原子とが配位結合することで、金属原子の電子状態が変化するためであると考えられる。換言すれば、炭素系材料の酸化還元電位がシフトしている場合には、この炭素系材料にドープされている金属原子と非金属原子とが配位結合していると評価できる。
混合工程(S1)において、化合物と炭素源原料との混合物は、例えば次のようにして調製される。まず化合物と炭素源原料とを混合し、更に必要に応じてエタノール等の溶媒を加える。そして、これらを更に超音波分散法により分散させる。続いて、これらを適宜の温度(例えば60℃)で加熱して乾燥させる。これにより、化合物及び炭素源原料を含有する混合物が得られる。
次に、得られた混合物を高温条件下で加熱する。混合物の加熱は、適宜の手法でなされる。例えば、還元性雰囲気下、又は不活性ガス雰囲気下において、混合物を加熱することができる。これにより、炭素源原料に金属原子及び非金属原子がドープされる。この加熱処理時の加熱温度は、上述したように800℃以上1000℃以下の範囲である。
ここで、混合物を高温条件下で加熱する際、炭素源原料がグラファイトである場合には、混合物を45秒以上600秒未満加熱することが好ましい。
また、混合物を高温条件下で加熱する際、炭素源原料が無定形炭素粒子である場合には、混合物を30秒以上300秒未満加熱することが好ましい。このように加熱時間を短時間にすることにより、炭素系材料32が効率よく製造され、しかも炭素系材料32の触媒活性が更に高くなる。
また、この加熱処理において、加熱開始時の混合物の昇温速度は、50℃/s以上であることが好ましい。このように混合物が急速加熱されると、炭素系材料32の触媒活性が更に高くなる。つまり、炭素系材料32において、触媒活性が低下する原因となる不活性金属化合物及び金属結晶の量が更に低減されるため、触媒活性が向上すると考えられる。
この炭素系材料32に対して、更に酸洗浄を施してもよい。酸洗浄にあたっては、例えば炭素系材料32を、ホモジナイザーを用いて純水中に30分間分散させ、その後、2Mの硫酸中に80℃で3時間攪拌した後に、単離する。酸洗浄が施された炭素系材料32は、酸洗浄が施されない場合と比べると、燃料電池の触媒として適用された際には過電圧に大きな変化はみられない。ただ、酸洗浄がなされた炭素系材料32は金属成分の溶出が抑えられるため、耐久性を向上させることが可能となる。
このような製造方法により、ドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Å以下となる炭素系材料32が得られる。
また、炭素系材料32は、非金属原子、非金属原子に配位した金属原子、及びポルフィリン環及びフタロシアニン環の少なくとも一方を含む化合物と、グラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方を含む炭素源原料との混合物を加熱することに作製される。この際、当該混合物は、800℃以上1000℃以下の温度で加熱される。このような製造方法により、金属原子と非金属原子との原子間距離を1.4Å以下とすることが可能となる。
以下、本実施形態を実施例及び比較例によりさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
容器内に、1gの粒子状の薄片状グラファイト(メディアン径6μm)、1gの鉄−プロトポルフィリンIX錯体、及び50mLのN,N−ジメチルホルムアミドを入れ、混合液を調製した。この混合液を超音波分散してから乾燥機で60℃の温度で乾燥させた。これにより、表1に示すような、薄片状グラファイトと鉄−プロトポルフィリンIX錯体の混合物からなるサンプルを得た。
このサンプルを、石英管の一端部内に詰め入れ、続いてこの石英管内をアルゴンで置換した。この石英管を、900℃の炉に入れてから70秒で引き抜いた。石英管を炉に挿入する際には、石英管を炉に3秒間かけて挿入することで、加熱開始時のサンプルの昇温速度を300℃/sに調整した。続いて、石英管内にアルゴンガスを流通させることでサンプルを冷却させた。
このサンプルを、純水中、ホモジナイザーで30分間分散させ、その後この炭素系材料を2M硫酸中に入れて、80℃で3時間攪拌することで、酸洗浄し、さらに水洗、乾燥した。これにより、表2に示すような炭素系材料(試料A)を得た。
具体的には、実施例1の炭素系材料(試料A)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.38Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の19%であった。
[実施例2]
実施例1において、焼成の際、石英管を600℃の炉に入れてから2時間で引き抜いた。これ以外は実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料B)を得た。
具体的には、実施例2の炭素系材料(試料B)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.39Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の8%であった。
[実施例3]
実施例1において、炭素源原料として1gのケッチェンブラックEC600JD(ライオン株式会社製)を用いた以外は、実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料C)を得た。
具体的には、実施例3の炭素系材料(試料C)は、ケッチェンブラック(無定形炭素)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.38Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の18%であった。
[比較例1]
容器内に、1gの粒子状の薄片状グラファイト(メディアン径6μm)、0.1M塩化鉄(III)水溶液、及び0.15Mペンタエチレンヘキサミンのエタノール溶液を入れることで、混合液を調製した。0.1M塩化鉄(III)水溶液の使用量は、薄片状グラファイトに対する鉄原子の割合が10質量%になるように調整した。この混合液を超音波分散してから、乾燥機で60℃の温度で乾燥させた。これにより、薄片状グラファイト、塩化鉄(III)、及びペンタエチレンヘキサミンを含有するサンプルを得た。
このサンプルを実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料D)を得た。
具体的には、比較例1の炭素系材料(試料D)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が、1.62Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の32%であった。
[比較例2]
実施例1において、焼成の際、石英管を900℃の炉に入れてから2時間で引き抜いた。これ以外は実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料E)を得た。
具体的には、比較例2の炭素系材料(試料E)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.47Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の49%であった。
これらの実施例1〜3並びに比較例1及び2の炭素系材料(試料A〜E)の作製条件を表1に示し、各実施例により得られた炭素系材料の構成を表2に示す。なお、以下の表では、測定データのない項目については、「N/A」(Not Available)として記載する。
[評価試験]
次に、上記実施例1〜3並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)を電極触媒として用いた場合の各種評価試験について説明する。
[1.酸素還元活性評価]
以下、実施例1〜3並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)を電極触媒として用いた場合の酸素還元活性についての評価結果を、図4及び図5を用いて説明する。図4は、各実施例の炭素系材料(試料A〜E)について、電解液として0.5MのH2SO4水溶液を用いた場合のボルタモグラムを示すグラフである。図5は、各実施例の炭素系材料(試料A〜E)について、電解液として0.1MのNaOH水溶液を用いた場合のボルタモグラムを示すグラフである。
まず、炭素系材料5mg、エタノール175mL、及び5%Nafion分散液47.5mLを混合し、これにより得られた混合液を超音波分散した。
この混合液7mLを、0.196cm2のGC(glassycarbon)回転円盤電極上に滴下してから乾燥した。これにより、回転円盤電極上に炭素系材料を約800mg/cm2の量で付着させた。この回転円盤電極を用い、電解液として0.5MのH2SO4水溶液を用いる場合及び0.1MのNaOH水溶液を用いる場合の各々について、回転円盤電極ボルタンメトリーを行った。なお、回転円盤電極ボルタンメトリーは、回転速度1500rpm、掃引速度10mV/sの条件で行った。
図4に示すように、実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合、H2SO4水溶液中では電極電位0.8V(vs.RHE)付近から酸素還元反応が進行することが認められた。また、図5に示すように、実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合、NaOH水溶液中では電位0.95V(vs.RHE)付近から酸素還元反応が進行することが認められた。ここで、いずれの電解液においても、実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合のオンセット電位は、比較例1及び2の炭素系材料(試料D,E)の当該オンセット電位よりも優れていた。なお、オンセット電位とは、酸素還元反応が開始する電位である。
さらに、実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合、H2SO4水溶液中では、電極電位0.4Vにおける電流密度は、比較例1及び2の炭素系材料(試料D,E)の当該電流密度よりも大きな値を示していた。また、NaOH水溶液中では、電極電位0.9Vにおける電流密度は、比較例1及び2の炭素系材料(試料D,E)の当該電流密度よりも大きな値を示していた。これらは、いずれも非白金系の酸素還元触媒としては最高水準にある。
このように、酸素還元活性評価によって、ドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Å以下である実施例1〜3(試料A,B,C)の触媒活性が高いことが確認できた。
[2.X線吸収微細構造(EXAFS)測定]
以下、実施例1〜3並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)のEXAFS測定について説明する。
実施例1〜3並びに比較例1及び2の炭素系材料(試料A〜E)のEXAFS測定を、大型放射光施設SPring−8のBL01B1ビームラインにおける放射光を用いて行った。なお、分光器としてSi(111)2結晶分光器を用い、ミラーとして集光ミラーを用い、検出法として透過法を採用し、検出器としてイオンチャンバーを用いた。測定の際には、ハンドプレスを用いて炭素系材料をペレット状に成形してから測定を行った。また、XAFSスペクトルにおけるFe K端EXAFSをフーリエ変換することで、動径分布関数を導出した。このフーリエ変換にあたっては、コンピュータプログラムとして「ATHENA package」を用い、バックグラウンド処理にあたっては、コンピュータプログラムとして「AUTOBK program」を用いた。
このようなEXAFS測定の結果を図6に示す。図6は、各実施例の炭素系材料(試料A〜E)について得られたFe K端EXAFSスペクトルから導出された動径分布関数を示すグラフである。なお、同図では、得られた各関数を分かりやすくするために、導出結果をオフセットして示している。
図6によると、実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)は、EXAFS測定での原子間距離Rは1.4Å以下であった。具体的には、EXAFS測定により、各実施例1〜3並びに比較例1及び2の炭素系材料(試料A〜E)の原子間距離は、上記の表2に示すような値であることが分かった。つまり、Fe原子(金属原子)とN原子(非金属原子)との原子間距離が1.4Å以下の実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)は、図4に示したように、0.5MのH2SO4水溶液中において高い酸素還元活性を有することが確認できた。すなわち、これらの炭素系材料は、触媒活性が高いことが確認できた。
[3.X線光電子分光(XPS)測定]
以下、実施例1〜3並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)のXPS測定について説明する。
実施例及び比較例の炭素系材料(試料A〜E)に対するXPS測定は、光源としてAlの特性X線を使用し、3×10−8Paの真空条件下で行った。また測定の際には、炭素系材料をIn箔に押圧して固着させた。
このようなXPS測定の結果を、表2の「[Graphitic−N]/[Total N]」欄、並びに図7A及び図7Bに示す。表2の「[Graphitic−N]/[Total N]」欄は、XPS測定における、黒鉛状にドープされた窒素原子(非金属原子)に帰属される成分の、ドープされた窒素原子全体(非金属原子全体)に対する割合を示す。図7Aは、各実施例の炭素系材料(試料A〜E)について、XPS測定により得られたスペクトルを示すグラフである。図7Bは、図7Aに示す各スペクトルを分かりやすくするために、各実施例について得られたスペクトルをオフセットして示すグラフである。なお、これらの図は、いずれも、XPS測定により得られたスペクトル中の、鉄原子の2p(3/2)電子軌道に由来するピーク付近を拡大して示している。
表2に示す[Graphitic−N]/[Total N]、上述のEXAFS測定、酸素還元活性評価より、次のことが確認できた。つまり、原子間距離Rが1.4Å以下であり、且つ、黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分の割合が大きいほど、0.1MのNaOH水溶液中及び0.5MのH2SO4水溶液中のいずれにおいても高い酸素還元活性を有することが確認できた。
また、図7A及び図7Bに示すように、実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)は、XPS測定における、Fe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満であった。これは、当該実施例において、窒素と鉄との配位結合における電子供与が大きいことを示している。つまり、当該実施例では、鉄の電子密度が大きいことを示している。
よって、図7A及び図7Bに示す結果と、上述のEXAFS測定及び酸素還元活性評価とによって、次のことが確認できた。つまり、実施例1〜3(試料A,B,C)は、EXAFS測定での原子間距離Rが1.4Å以下であり、且つ、XPS測定におけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満である。そして、このような実施例1〜3の炭素系材料(試料A,B,C)は、0.1MのNaOH水溶液中及び0.5MのH2SO4水溶液中のいずれにおいても高い酸素還元活性を有することが確認できた。すなわち、これらの炭素系材料は、触媒活性が高いことが確認できた。
[4.電位サイクル試験]
実施例1および実施例2の炭素系材料(試料A,B)について、電位サイクル試験として、燃料電池実用化推進協議会が定める負荷応答試験のプロトコルと同様の電位サイクル試験を実施した。なお、電位サイクル試験は25℃にて行った。
この電位サイクル試験の結果を、上記表2の「電位サイクル試験後の劣化」欄に示す。具体的には、実施例1の炭素系材料(試料A)では、20,000サイクル後の0.6Vvs.RHEにおける電流密度低下が15%であったのに対し、実施例2の炭素系材料(試料B)では当該電流密度低下が36%であった。
したがって、電位サイクル試験の結果とXPS測定の結果とから、XPS測定での黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分の割合が大きいほど、電位サイクル試験での高耐久性を有することが確認できた。言い換えると、sp2軌道によって結合している六員環炭素骨格中の炭素と置換された窒素原子が多いほど、電位サイクル試験での高耐久性を図ることが可能となった。
つまり、窒素原子のXPSにおける黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分がドープされた窒素原子全体の10%以上50%未満である実施例1及び実施例3(試料A,C)では、高耐久性を有することが確認できた。
特願2014−127282号(出願日:2014年6月20日)の全内容は、ここに援用される。
以上、実施例に沿って本実施形態の内容を説明したが、本実施形態はこれらの記載に限定されるものではなく、種々の変形及び改良が可能であることは、当業者には自明である。
以下、図面を参照しながら、本実施形態に係る炭素系材料、電極触媒、電極、電気化学装置、燃料電池、及び炭素系材料の製造方法について説明する。なお、以下で説明する実施形態は、いずれも好ましい一具体例を示すものである。また、以下の実施形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態などは一例であり、本実施形態を限定する主旨ではない。
[1.燃料電池の構成]
まず、本実施形態に係る炭素系材料を備える燃料電池の構成について、図1及び図2を用いて説明する。図1は、本実施形態における燃料電池の構成の一例を示す断面図である。なお、同図には、当該燃料電池に接続された場合に電流が供給される負荷も図示されている。図2は、本実施形態におけるガス拡散電極の一例を示す断面図である。
燃料電池1は、後述する炭素系材料を電極触媒として備える。この燃料電池1は、電気を放出することのできる一次電池であり、例えば、固体高分子形燃料電池(PEFC)及びリン酸形燃料電池(PAFC)のような水素燃料電池、並びに微生物燃料電池(MFC)を含む。
水素燃料電池は、水の電気分解の逆反応により、水素と酸素から電気エネルギーを得る燃料電池であり、PEFC、PAFC、アルカリ形燃料電池(AFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)等が知られている。本実施形態の燃料電池1は、PEFC又はPAFCであることが好ましい。PEFCはプロトン伝導性イオン交換膜を電解質材とする燃料電池であり、PAFCはマトリクス層に含浸されたリン酸(H3PO4)を電解質材とする燃料電池である。
このような燃料電池1は、図1に示すように、例えば、電解液11(電解質材)を備える。また、燃料電池1は、アノード12(燃料極、負極又はマイナス極)と、カソード13(空気極、正極又はプラス極)とを備える。アノード12は、酸素発生反応により、負荷2に電子を放出する電極である。また、カソード13は、酸素還元反応により、負荷2から電子が流入する電極である。
本実施形態において、カソード13はガス拡散電極として構成され、後述する炭素系材料を備える。具体的には、この炭素系材料は、電極触媒としてカソード13に含まれる。
ガス拡散電極は、水素燃料電池及びMFC等の電極に好適に適用され得る。本実施形態における燃料電池1は、カソード13を備え、さらにカソード13が炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極であること以外は、公知の構成を有していればよい。例えば、燃料電池1は、「燃料電池の技術」,電気学会燃料電池発電次世代システム技術調査専門委員会編,オーム社,H17や、Watanabe,K.,J.Biosci.Bioeng.,2008,.106:528−536に記載の構成を有することができる。
なお、上記説明では、カソード13がガス拡散電極として構成され、炭素系材料を備えているとして説明したが、これに限らない。本実施形態における燃料電池1において、炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極は、アノード12及びカソード13のいずれにも用いることができる。
例えば、本実施形態における燃料電池1が水素燃料電池である場合、炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極は、アノード12として用いられてもよい。この場合、アノード12に含まれる電極触媒は、燃料である水素ガスの酸化反応(H2→2H++2e−)を促進して、アノード12に電子を供与する。また、炭素系材料を含む電極触媒を備えるガス拡散電極は、カソード13として用いられてもよい。この場合、カソード13に含有される電極触媒は、酸化剤である酸素ガスの還元反応(1/2O2+2H++2e−→H2O)を促進する。
ただし、本実施形態における燃料電池1がMFCである場合、アノード12は電子供与微生物から直接電子を受容する。よって、この場合、ガス拡散電極は、主として水素燃料電池と同じ電極反応を起こすカソードとして用いられる。
[2.ガス拡散電極(カソード)の構成]
次に、ガス拡散電極として構成されたカソード13の構成について、詳細に説明する。
図2に示すように、カソード13は、導電性を有する多孔質な担体31と、担体31に担持されている電極触媒としての炭素系材料32とを備える。炭素系材料32は、コア層33及びドープ層34から成る粒子状の形状を有し、固着剤35によって担体31に担持されている。なお、カソード13は、必要に応じ、さらに支持体を備えてもよい。
なお、カソード13において、反応ガスや電子供与微生物等が関与する酸化還元反応が進行するためには、炭素系材料32の少なくとも一部がカソード13の表面に配置されていればよい。
担体31は、導電性を有し、かつ、触媒である炭素系材料を担持し得る部材である。このような特性を有するのであれば、担体31の材質は特に制限されない。担体31の材質の例としては、炭素系物質、導電性ポリマー、半導体、金属等が挙げられる。
炭素系物質とは、炭素を構成成分とする物質をいう。炭素系物質としては、例えば、グラファイト、活性炭、カーボンパウダー(例えば、カーボンブラック、バルカン(登録商標)XC−72R、アセチレンブラック、ファーネスブラック、デンカブラック(登録商標)等)、カーボンファイバー(グラファイトフェルト、カーボンウール、カーボン織布等)、カーボンプレート、カーボンペーパー、カーボンディスク等が挙げられる。また、炭素系物質としては、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、カーボンナノクラスター等のような、微細構造物質も挙げられる。なお、炭素系物質は、一種を単独で用いてもよく、複数種を混合して用いてもよい。
導電性ポリマーとは、導電性を有する高分子化合物の総称である。導電性ポリマーとしては、例えば、アニリン、アミノフェノール、ジアミノフェノール、ピロール、チオフェン、パラフェニレン、フルオレン、フラン、アセチレン若しくはそれらの誘導体を構成単位とする単一モノマー又は2種以上のモノマーの重合体が挙げられる。具体的には、導電性ポリマーとして、例えば、ポリアニリン、ポリアミノフェノール、ポリジアミノフェノール、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリパラフェニレン、ポリフルオレン、ポリフラン、ポリアセチレン等が挙げられる。なお、導電性ポリマーは、一種を単独で用いてもよく、複数種を混合して用いてもよい。
入手の容易性、コスト、耐食性、耐久性等を考慮した場合、好適な担体31は、炭素系物質であるが、これに限定されない。また、担体31が多孔質であれば、担体31はガス拡散層として機能することができる。そして、このガス拡散層内に気液界面が形成される。
担体31は、単一の材料から構成されていてもよいし、二種以上の材料が組み合わされることで構成されてもよい。例えば、担体31は、炭素系物質と導電性ポリマーとが組み合わされて構成されてもよいし、炭素系物質であるカーボンパウダーとカーボンペーパーとが組み合わされて構成されてもよい。
担体31の形状は、その表面に、触媒である炭素系材料32が担持され得る形状であれば、特に限定されない。ただ、カソード13における単位質量あたりの触媒活性(質量活性)をより高くする観点から、担体31の形状は、単位質量当たりの比表面積が大きい繊維形状であることが好ましい。担体31は、一般に比表面積が大きいほど広い担持面積を確保することができ、担体31の表面における触媒成分の分散性を高め、より多くの触媒成分を表面に担持することができる。そのため、カーボンファイバーのような微細繊維形状は、担体31の形状として好適である。
また、燃料電池1は、燃料電池1の電極と外部回路(例えば、負荷2)とを電気的に接続する導線を有していてもよい。そのため、担体31は、その一部に、当該導線と接続するための接続端子を有していてもよい。なお、担体31の接続端子は、銀ペーストやカーボンペーストにより形成することができる。
触媒である炭素系材料32を担体31に担持する方法としては、当該分野で公知の方法を用いることができる。例えば、適当な固着剤35を用いて、担体31の表面に炭素系材料32を固定させる方法が挙げられる。なお、固着剤35は導電性を有することが好ましい。具体的には、固着剤35としては、導電性ポリマーを適当な溶剤に溶解した導電性ポリマー溶液や、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の分散液等を用いることができる。
担持方法としては、液体状の固着剤35を、担体31の表面及び/又は炭素系材料32の表面に塗布して又は吹き付けた後、担体31及び炭素系材料32を混合することで、炭素系材料32を担体31に担持させることができる。また、固着剤35の溶液中に炭素系材料32を含浸させた後、含浸溶液を担体31に塗布し乾燥させることで、炭素系材料32を担体31に担持させることができる。なお、後者の場合、粒子状の形状を有する炭素系材料32を使用することが好ましい。
ガス拡散電極として構成されているカソード13を作製する方法としては、当該分野で公知の方法を用いることができる。例えば、まず、触媒である炭素系材料を担持した担体をPTFEの分散液等と混合して混合液を調製する。そして、この混合液を乾燥した後に適当な形状に成形してから、熱処理を施すことで、ガス拡散電極を形成することができる。なお、PTFEの分散液としては、例えば、Du Pont社製Nafion(登録商標)溶液を用いることができる。
PEFCやPAFCのように、固体高分子電解質膜や電解質マトリクス層の表面に電極を形成する場合には、次のように行うことができる。例えば、まず、上述のように調製した混合液を乾燥した後に、シート状に成形することで電極シートを形成する。そして、この電極シートの膜接合面に、例えば、プロトン伝導性を有するフッ素樹脂系イオン交換樹脂の溶液等を塗布又は含浸する。その後、電極シートと、固体高分子電解質膜や電解質マトリクス層とをホットプレスすることにより、電極シートを接合する。なお、プロトン伝導性を有するフッ素樹脂系イオン交換樹脂としては、例えば、Nafion、旭硝子株式会社製Filemion(登録商標)等が挙げられる。
また、上述のように調製した混合液を、カーボンペーパー等からなる導電性の支持体の表面に塗布した後、熱処理を施すことで、ガス拡散電極を形成してもよい。
ガス拡散電極は、次のように形成してもよい。まず、プロトン伝導性イオン交換樹脂の溶液と炭素系材料32を担持した担体31とを混合することで、混合インク又は混合スラリーを調製する。そして、当該混合インク又は混合スラリーを支持体、固体高分子電解質膜又は電解質マトリクス層等の表面に塗布する。その後、当該混合インク又は混合スラリーを乾燥させることで、ガス拡散電極を形成してもよい。なお、プロトン伝導性イオン交換樹脂の溶液としては、例えば、Nafion溶液を用いることができる。
本実施形態では、ガス拡散電極は、燃料電池1の電極であるカソード13に用いられているとして説明したが、種々の電気化学装置のカソードとして用いられてもよい。このような電気化学装置としては、水の電気分解装置、二酸化炭素透過装置、食塩電解装置、金属空気電池(リチウム空気電池など)等が挙げられる。
また、本実施形態では、炭素系材料32を含む電極触媒は、酸素還元触媒として用いられているとして説明したが、酸素発生触媒として用いられてもよい。つまり、当該炭素系材料32を含む電極は,アノードとして用いられてもよい。このようなアノードとしては、例えば水の電気分解装置におけるアノード、硫酸塩電解浴におけるアノード等が挙げられる。
[3.炭素系材料]
次に、カソード13の電極触媒として用いられている炭素系材料32について、詳細に説明する。
[3−1.構成]
まず、炭素系材料32の構成について説明する。本実施形態に係る炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を含有し、さらにグラファイト又は無定形炭素粒子に窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子、及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つの非金属原子と、金属原子とがドープされている。また、炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を主成分とし、グラファイト又は無定形炭素粒子に窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子、及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つの非金属原子と、金属原子とがドープされていることが好ましい。つまり、炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を合計で50モル%以上含有し、さらにグラファイト又は無定形炭素粒子に非金属原子と金属原子の両方がドープされていることが好ましい。
なお、炭素系材料32は、グラファイト及び無定形炭素粒子の両方を含有してもよい。この場合、炭素系材料32は、グラファイト及び無定形炭素粒子を合計で50モル%以上含有し、さらにグラファイト及び無定形炭素粒子に非金属原子と金属原子の両方がドープされていることが好ましい。
炭素系材料32にドープされる金属原子としては、特に限定されない。金属原子としては、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、レニウム(Re)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)及び金(Au)からなる群より選ばれる少なくとも一つであることが好ましい。このような金属原子が炭素系材料32にドープされている場合、炭素系材料32は、特に酸素還元反応を促進させるための触媒として優れた性能を発揮する。つまり、炭素系材料32は、カソード13の触媒として高い触媒活性を実現できる。
炭素系材料32にドープされる金属原子の量は、炭素系材料32が優れた触媒性能を発揮するように適宜設定されればよい。
また、炭素系材料32にドープされる非金属原子は、窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子、及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つである。炭素系材料にドープされている非金属原子の量も、炭素系材料が優れた触媒性能を発揮するように適宜設定されればよい。
また、本実施形態において、炭素系材料32にドープされている金属原子と非金属原子との原子間距離は1.4Å以下である。原子間距離は、例えば次のように求めることができる。
具体的には、金属原子が白金原子以外である場合、当該原子間距離は、金属原子のK端広域X線吸収微細構造(EXAFS)をフーリエ変換して得られる動径分布関数の、金属原子と非金属原子との配位結合距離付近に現れる最大ピーク位置によって求められる。
また、金属原子が白金原子である場合、当該原子間距離は、白金原子のLIII端広域X線吸収微細構造(EXAFS)をフーリエ変換して得られる動径分布関数の、白金原子と非金属原子との配位結合距離付近に現れる最大ピーク位置によって求められる。
ここで、上記EXAFSについて説明する。EXAFSとは、XAFS(X線吸収微細構造)スペクトルにおける、X線の吸収端より約100eV以上高エネルギー側に現れるスペクトルの微細構造をいう。また、XAFSスペクトルにおける吸収端近傍構造は、XANES(X線吸収端近傍構造)という。
一般に、EXAFSの振動成分(X線の電子の波数kによって振動する吸収スペクトルの振動強度)χ(k)は、次の式で表される。
Riはi番目の散乱原子における吸収原子からの距離、Aiはi番目の散乱原子の数、σiはi番目の散乱原子における熱振動の平均二乗振幅である。λは光電子の平均自由工程、δiはi番目の散乱原子における散乱による位相シフト、fi(π)はi番目の散乱原子における180°の散乱角で後方散乱する原子散乱因子である。動径分布関数は、χ(k)をフーリエ変換することにより求めることができる。
炭素系材料32の金属原子に関し、K端EXAFSスペクトルの測定を行う場合、測定の対象となるのは炭素系材料32のみである。炭素系材料32に混入している物質や、炭素系材料32に付着している物質などのように、炭素系材料32とは独立して存在している物質は、測定の対象からは除外される。このため、炭素系材料32の金属原子に対するK端EXAFSスペクトルの測定にあたっては、予め酸性水溶液により炭素系材料32を洗浄するなどして、炭素系材料32とは独立して存在している物質の混入量を充分に低減しておく必要がある。
EXAFS及び動径分布関数を得る方法について、更に具体的に説明する。まず、XAFSスペクトルは、例えばイオンチャンバー検出器を用いた透過法にて測定される。スペクトルの測定にあたっては、測定ごとに事前にエネルギー軸を較正する必要がある。エネルギー軸較正にあたっては、例えばCu金属のCuK端XANESについて、X軸をエネルギー、Y軸を吸光度としたグラフにおける第1ピークの極大点の値を、8980.3eVとすることとする。
このXAFSスペクトルデータから、次の手法により、動径分布関数が導出される。まず、XAFSスペクトルデータから、定法によりバックグラウンドノイズを差し引く。続いて、吸収端エネルギー(E0)を原点として、−150eV〜−30eVの範囲における平均強度がゼロとなるような強度軸ゼロとなるベースラインを設定する。また、+150eV〜+550eVの範囲における平均強度が1となるような強度軸1となるベースラインも設定する。このとき、吸収端エネルギー(E0)付近の立ち上がりスペクトル上における、2つのベースラインの中間点に吸収端エネルギー(E0)がくるように、二つのベースラインを設定する。続いて、これらの二つのベースラインを直線に置き換えて波形を調整する。この操作により、エネルギー(単位:eV)軸が波数(k、単位:1/Å)軸に置き換わり、上記数式で定義されるEXAFSの振動成分χ(k)が抽出される。
次に、上記操作によって得られたスペクトルにkの3乗を乗じた後、フーリエ変換を実施する。フーリエ変換を実施するk領域は2.5〜11.5(1/Å)とする。これにより、強度をY軸、原子間距離RiをX軸とする動径分布関数が得られる。この動径分布関数のピークが出現する位置から近接原子間の距離が分かる。つまり、炭素系材料32にドープされた近接する金属原子と非金属原子との原子間距離が分かる。この原子間距離は、具体的には、当該動径分布関数の金属原子と非金属原子との配位結合距離付近に現れる最大ピーク位置によって求められる。
このように、本実施形態に係る炭素系材料32にドープされている金属原子と非金属原子との原子間距離は、EXAFSによって求められる。
次に、本実施形態に係る炭素系材料32にドープされている金属原子と炭素原子との結合の強さ、及び非金属原子と炭素原子との結合の強さについて説明する。
本実施形態では、非金属原子のX線光電子分光(XPS)における、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)は、ドープされた非金属原子全体の10%以上50%未満であることが好ましい。
また、本実施形態では、非金属原子は窒素原子を含み、金属原子は鉄原子及びコバルト原子の少なくとも一方を含むことが好ましい。また、金属原子が鉄原子を含む場合、炭素系材料のX線光電子分光(XPS)におけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満であることが好ましい。
ここで、XPS測定は、光源としてAlの特性X線を使用し、3×10−8Paの真空条件で行われる。炭素系材料32をXPS測定すると、炭素系材料32の表層における一定領域内での元素組成を確認することができる。また、XPS測定によって、一定領域内におけるドープされた非金属原子のドープ構造の組成比を見積もることができる。例えば、非金属原子が窒素原子である場合、黒鉛状にドープされた窒素原子は401.0±0.1eV、ピリジン状にドープされた窒素原子は398.5±0.1eVとして、窒素原子の1s軌道におけるXPSスペクトルを波形分離する。また、ピロール状にドープされた窒素原子は400.0±0.1eV、酸化物として存在する窒素原子は404.0±0.3eVとして、窒素原子の1s軌道におけるXPSスペクトルを波形分離する。そして、その分離されたピークの面積の比から、黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分の、ドープされた窒素原子全体に対する割合が測定される。
また、XPS測定によって、当該元素組成の電子状態を分析することができる。例えば、炭素系材料にドープされた金属原子が鉄原子である場合には、鉄原子の2p(3/2)電子軌道に由来するピークに基づいて、鉄原子と炭素原子との配位結合の強さを分析することができる。
なお、炭素系材料32のXPS測定にあたっては、予め酸性水溶液により炭素系材料32を洗浄するなどして、炭素系材料32とは独立して存在している物質の混入量を充分に低減しておく。酸洗浄にあたっては、例えば炭素系材料32を、ホモジナイザーを用いて純水中に30分間分散させ、その後、この炭素系材料32を2M硫酸中に入れて、80℃で3時間攪拌する。
本実施形態では、非金属原子と金属原子は、主として炭素系材料32の表層に存在すると考えられる。これは、炭素系材料32を製造する過程において、グラファイト又は無定形炭素粒子に金属原子と非金属原子とをドープする際、非金属原子と金属原子はグラファイト又は無定形炭素粒子の内部にまで容易に侵入しないと考えられる。つまり、非金属原子と金属原子は、主としてグラファイト又は無定形炭素粒子の表層において、グラファイト又は無定形炭素粒子にドープされると考えられる。このため、炭素系材料は、実質的にグラファイト又は無定形炭素のみからなるコア層33と、コア層33を覆い、非金属原子及び金属原子を含有するドープ層34とから構成されると考えられる。
また、本実施形態に係る炭素系材料32のサイクリックボルタンメトリーによる測定結果(ボルタモグラム)によると、ボルタモグラムには炭素系材料32にドープされている金属原子(イオン)の酸化還元反応に由来するピークが現れる。換言すれば、この金属原子の酸化還元に由来するピークの存在に基づいて、炭素系材料32に金属原子がドープされていることが確認できる。また、このボルタモグラムにおける酸化反応時のピーク位置の電位と還元反応時のピーク位置の電位との平均値(酸化還元電位)は、炭素系材料32にドープされている非金属原子の種類に応じてシフトする。換言すれば、酸化還元電位の値あるいはシフト量に基づいて、炭素系材料32に非金属原子がドープされていることが確認できる。また、炭素系材料32上での電気化学的反応は炭素系材料32の表面で生じると考えられるため、金属原子及び非金属原子は炭素系材料32の表層に存在すると評価できる。
以上説明したように、本実施形態に係る炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子を含有する。また、炭素系材料32は、グラファイト又は無定形炭素粒子にドープされ、かつ、窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つである非金属原子と、グラファイト又は無定形炭素粒子にドープされる金属原子とを含有する。そして、金属原子と非金属原子との間の原子間距離は、1.4Å以下である。
このような構成により、炭素系材料32は、上記の通り電極触媒として用いられる場合に優れた触媒性能を発揮する。つまり、炭素系材料32は、高い触媒活性を実現できる。これは、炭素系材料32にドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Åより大きい場合と比較して、触媒活性中心の電子密度が大きくなるためと考えられる。特に、炭素系材料32は、酸素還元触媒として用いられる場合及び酸素発生触媒として用いられる場合に、優れた触媒性能を発揮する。また、このような炭素系材料32は、後述する製造工程によって、容易に製造することができる。
なお、金属原子と非金属原子との原子間距離は、1.2Å以上かつ1.4Å以下であってもよい。このように、当該原子間距離を1.2Å以上とすることにより、炭素系材料32を容易に製造できる。
本実施形態では、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)の割合は任意である。ただ、非金属原子のX線光電子分光における、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)は、ドープされた非金属原子全体の10%以上50%未満であることが好ましい。
ここで、「非金属原子が黒鉛状にドープされる」とは、sp2軌道によって結合している六員環炭素骨格中の炭素と非金属原子とが置換されていることを指す。したがって、ドープされた非金属原子のうち、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分(Graphitic成分)の割合が10%以上であることにより、当該割合が10%未満の場合と比較して、高い耐久性を実現できる。また、当該割合が50%以上の場合には、炭素系材料32にドープされた非金属原子の量が低下する恐れがある。この場合、炭素系材料32が電極触媒として用いられると、触媒活性が低下する恐れがある。したがって、当該割合を10%以上50%未満とすることにより、炭素系材料32が電極触媒として用いられた場合に、高い触媒活性及び高い耐久性を実現できる。
より詳細に説明すると、非金属原子が窒素原子である場合、炭素系材料32にドープされた窒素原子が取り得る形態として、上述のように、ピリジン状、ピロール状及び黒鉛状の3つが存在する。そして、黒鉛状にドープされた窒素原子は最も結合エネルギーが強く、高い焼成温度で処理した場合に存在割合が高くなる傾向がある。しかしながら、炭素系材料32の焼成温度を高くすると、窒素成分の揮発量が多くなる傾向がある。すなわち、黒鉛状にドープされた窒素原子の割合を増やすことと窒素原子の全体量との間には、トレードオフの関係がある。そのため、黒鉛状にドープされた窒素の割合を50%以上にするには、かなりの高温で熱処理するか又は高温で長時間熱処理する必要があり、その場合には、炭素系材料32にドープされる窒素原子の全体量が大きく減少する恐れがある。したがって、黒鉛状にドープされる非金属原子の割合と非金属原子の全体量とのバランスを考慮した場合、黒鉛状にドープされた非金属原子に帰属される成分は、ドープされた非金属原子全体の10%以上50%未満であることが好ましい。
本実施形態では、炭素系材料32にドープされている金属原子と非金属原子との組み合わせは、適宜選択される。ただし、非金属原子は窒素原子を含み、金属原子は鉄原子及びコバルト原子の少なくとも一方であることが好ましい。これにより、炭素系材料32がカソード13の電極触媒(酸素還元触媒)として用いられる場合に、特に優れた触媒活性を発揮することができる。なお、非金属原子が窒素原子のみであってもよいし、金属原子が鉄原子及びコバルト原子の一方のみであってもよい。
本実施形態では、炭素系材料32にドープされている金属原子が鉄原子である場合、炭素系材料32のXPSにおけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満であることが好ましい。
上述のように、炭素系材料32にドープされた金属原子が鉄原子である場合、XPS測定により得られるスペクトルのうち、鉄原子の2p(3/2)電子軌道に由来するスペクトルのピークトップに基づいて、鉄原子と炭素原子との配位結合の強さを分析する。つまり、「XPSにおけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満」であるとは、鉄−窒素配位結合において、窒素原子から鉄原子への電子の逆供与が大きいことを指す。したがって、炭素系材料32の酸素分子への電子供与性が高くなる。そのため、当該スペクトルのピークトップが710eV未満の炭素系材料32は、当該スペクトルのピークトップが710eV以上の炭素系材料と比較して、優れた触媒活性を発揮することができる。
[3−2.製造方法]
次に、炭素系材料32の製造方法について、図3を用いて説明する。図3は、本実施形態に係る炭素系材料32の製造工程を示すフローチャートである。
本実施形態に係る炭素系材料32の製造方法は、非金属原子と当該非金属原子に配位結合した金属原子とを含む化合物と、グラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方を含む炭素源原料とを混合する工程(S1)を有する。さらに、当該製造方法は、当該化合物と炭素源原料との混合物を、800℃以上1000℃以下で加熱する工程(S2)を有する。なお、非金属原子は、窒素原子、ホウ素原子、硫黄原子及びリン原子からなる群より選ばれる少なくとも一つである。このような製造工程により、本実施形態に係る炭素系材料32が製造される。
なお、混合工程(S1)と加熱工程(S2)とは、互いに独立に実施されてもよいし、実質的に同時に実施されてもよい。つまり、化合物と炭素源原料とを混合しながら、加熱してもよい。
無定形炭素粒子の具体例としては、バルカンXC−72R、アセチレンブラック、ケッチェンブラック(登録商標)、ファーネスブラック及びデンカブラックからなる群より選ばれる少なくとも一つのカーボンブラックが挙げられる。
ここで、混合物中の化合物は、グラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方にドープされる非金属原子と、当該非金属原子に配位結合した金属原子とを含む化合物であれば、特に制限されない。つまり、混合物中の化合物は、非金属原子と、当該非金属原子に配位結合した金属原子とを含む錯体を用いることが好ましい。そして、当該化合物は、ポルフィリン環及びフタロシアニン環の少なくとも一方をさらに含むことが好ましい。このような化合物としては、例えば、鉄−プロトポルフィリンIX錯体が挙げられる。
混合物中の化合物として、このような錯体を用いることで、ドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Å以下の炭素系材料を容易に製造することができる。この理由は、次のように推測される。
混合工程(S1)において、非金属原子に配位結合した金属原子を含む化合物が用いられると、金属原子と非金属原子がグラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方にドープされやすくなると考えられる。その結果、炭素系材料中では、金属原子と非金属原子が配位結合すると考えられる。ここで、炭素系材料の触媒活性は、炭素系材料中における非金属原子と金属原子とが近接している位置で発現すると考えられる。このため、金属原子と錯体を形成した化合物が用いられることで、炭素系材料の触媒活性が更に向上すると考えられる。
なお、上記の通り、炭素系材料のサイクリックボルタンメトリーの測定結果によると、酸化還元電位は、炭素系材料にドープされている非金属原子の種類に応じてシフトする。この酸化還元電位のシフトは、金属原子と非金属原子とが配位結合することで、金属原子の電子状態が変化するためであると考えられる。換言すれば、炭素系材料の酸化還元電位がシフトしている場合には、この炭素系材料にドープされている金属原子と非金属原子とが配位結合していると評価できる。
混合工程(S1)において、化合物と炭素源原料との混合物は、例えば次のようにして調製される。まず化合物と炭素源原料とを混合し、更に必要に応じてエタノール等の溶媒を加える。そして、これらを更に超音波分散法により分散させる。続いて、これらを適宜の温度(例えば60℃)で加熱して乾燥させる。これにより、化合物及び炭素源原料を含有する混合物が得られる。
次に、得られた混合物を高温条件下で加熱する。混合物の加熱は、適宜の手法でなされる。例えば、還元性雰囲気下、又は不活性ガス雰囲気下において、混合物を加熱することができる。これにより、炭素源原料に金属原子及び非金属原子がドープされる。この加熱処理時の加熱温度は、上述したように800℃以上1000℃以下の範囲である。
ここで、混合物を高温条件下で加熱する際、炭素源原料がグラファイトである場合には、混合物を45秒以上600秒未満加熱することが好ましい。
また、混合物を高温条件下で加熱する際、炭素源原料が無定形炭素粒子である場合には、混合物を30秒以上300秒未満加熱することが好ましい。このように加熱時間を短時間にすることにより、炭素系材料32が効率よく製造され、しかも炭素系材料32の触媒活性が更に高くなる。
また、この加熱処理において、加熱開始時の混合物の昇温速度は、50℃/s以上であることが好ましい。このように混合物が急速加熱されると、炭素系材料32の触媒活性が更に高くなる。つまり、炭素系材料32において、触媒活性が低下する原因となる不活性金属化合物及び金属結晶の量が更に低減されるため、触媒活性が向上すると考えられる。
この炭素系材料32に対して、更に酸洗浄を施してもよい。酸洗浄にあたっては、例えば炭素系材料32を、ホモジナイザーを用いて純水中に30分間分散させ、その後、2Mの硫酸中に80℃で3時間攪拌した後に、単離する。酸洗浄が施された炭素系材料32は、酸洗浄が施されない場合と比べると、燃料電池の触媒として適用された際には過電圧に大きな変化はみられない。ただ、酸洗浄がなされた炭素系材料32は金属成分の溶出が抑えられるため、耐久性を向上させることが可能となる。
このような製造方法により、ドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Å以下となる炭素系材料32が得られる。
また、炭素系材料32は、非金属原子、非金属原子に配位した金属原子、及びポルフィリン環及びフタロシアニン環の少なくとも一方を含む化合物と、グラファイト及び無定形炭素粒子の少なくとも一方を含む炭素源原料との混合物を加熱することに作製される。この際、当該混合物は、800℃以上1000℃以下の温度で加熱される。このような製造方法により、金属原子と非金属原子との原子間距離を1.4Å以下とすることが可能となる。
以下、本実施形態を実施例、参考例及び比較例によりさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
容器内に、1gの粒子状の薄片状グラファイト(メディアン径6μm)、1gの鉄−プロトポルフィリンIX錯体、及び50mLのN,N−ジメチルホルムアミドを入れ、混合液を調製した。この混合液を超音波分散してから乾燥機で60℃の温度で乾燥させた。これにより、表1に示すような、薄片状グラファイトと鉄−プロトポルフィリンIX錯体の混合物からなるサンプルを得た。
このサンプルを、石英管の一端部内に詰め入れ、続いてこの石英管内をアルゴンで置換した。この石英管を、900℃の炉に入れてから70秒で引き抜いた。石英管を炉に挿入する際には、石英管を炉に3秒間かけて挿入することで、加熱開始時のサンプルの昇温速度を300℃/sに調整した。続いて、石英管内にアルゴンガスを流通させることでサンプルを冷却させた。
このサンプルを、純水中、ホモジナイザーで30分間分散させ、その後この炭素系材料を2M硫酸中に入れて、80℃で3時間攪拌することで、酸洗浄し、さらに水洗、乾燥した。これにより、表2に示すような炭素系材料(試料A)を得た。
具体的には、実施例1の炭素系材料(試料A)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.38Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の19%であった。
[参考例2]
実施例1において、焼成の際、石英管を600℃の炉に入れてから2時間で引き抜いた。これ以外は実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料B)を得た。
具体的には、参考例2の炭素系材料(試料B)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.39Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の8%であった。
[実施例3]
実施例1において、炭素源原料として1gのケッチェンブラックEC600JD(ライオン株式会社製)を用いた以外は、実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料C)を得た。
具体的には、実施例3の炭素系材料(試料C)は、ケッチェンブラック(無定形炭素)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.38Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の18%であった。
[比較例1]
容器内に、1gの粒子状の薄片状グラファイト(メディアン径6μm)、0.1M塩化鉄(III)水溶液、及び0.15Mペンタエチレンヘキサミンのエタノール溶液を入れることで、混合液を調製した。0.1M塩化鉄(III)水溶液の使用量は、薄片状グラファイトに対する鉄原子の割合が10質量%になるように調整した。この混合液を超音波分散してから、乾燥機で60℃の温度で乾燥させた。これにより、薄片状グラファイト、塩化鉄(III)、及びペンタエチレンヘキサミンを含有するサンプルを得た。
このサンプルを実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料D)を得た。
具体的には、比較例1の炭素系材料(試料D)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が、1.62Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の32%であった。
[比較例2]
実施例1において、焼成の際、石英管を900℃の炉に入れてから2時間で引き抜いた。これ以外は実施例1と同じ方法及び同じ条件で、表2に示すような炭素系材料(試料E)を得た。
具体的には、比較例2の炭素系材料(試料E)は、薄片状グラファイト(グラファイト)を主成分とし、N原子(非金属原子)とFe原子(金属原子)とがドープされ、N原子とFe原子との原子間距離が1.47Åであった。また、XPSにおける黒鉛状にドープされたN原子に帰属される成分は、ドープされたN原子全体の49%であった。
これらの実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2の炭素系材料(試料A〜E)の作製条件を表1に示し、各例により得られた炭素系材料の構成を表2に示す。なお、以下の表では、測定データのない項目については、「N/A」(Not Available)として記載する。
[評価試験]
次に、上記実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)を電極触媒として用いた場合の各種評価試験について説明する。
[1.酸素還元活性評価]
以下、実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)を電極触媒として用いた場合の酸素還元活性についての評価結果を、図4及び図5を用いて説明する。図4は、各例の炭素系材料(試料A〜E)について、電解液として0.5MのH2SO4水溶液を用いた場合のボルタモグラムを示すグラフである。図5は、各例の炭素系材料(試料A〜E)について、電解液として0.1MのNaOH水溶液を用いた場合のボルタモグラムを示すグラフである。
まず、炭素系材料5mg、エタノール175mL、及び5%Nafion分散液47.5mLを混合し、これにより得られた混合液を超音波分散した。
この混合液7mLを、0.196cm2のGC(glassycarbon)回転円盤電極上に滴下してから乾燥した。これにより、回転円盤電極上に炭素系材料を約800mg/cm2の量で付着させた。この回転円盤電極を用い、電解液として0.5MのH2SO4水溶液を用いる場合及び0.1MのNaOH水溶液を用いる場合の各々について、回転円盤電極ボルタンメトリーを行った。なお、回転円盤電極ボルタンメトリーは、回転速度1500rpm、掃引速度10mV/sの条件で行った。
図4に示すように、実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合、H2SO4水溶液中では電極電位0.8V(vs.RHE)付近から酸素還元反応が進行することが認められた。また、図5に示すように、実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合、NaOH水溶液中では電位0.95V(vs.RHE)付近から酸素還元反応が進行することが認められた。ここで、いずれの電解液においても、実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合のオンセット電位は、比較例1及び2の炭素系材料(試料D,E)の当該オンセット電位よりも優れていた。なお、オンセット電位とは、酸素還元反応が開始する電位である。
さらに、実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)を電極触媒として用いた場合、H2SO4水溶液中では、電極電位0.4Vにおける電流密度は、比較例1及び2の炭素系材料(試料D,E)の当該電流密度よりも大きな値を示していた。また、NaOH水溶液中では、電極電位0.9Vにおける電流密度は、比較例1及び2の炭素系材料(試料D,E)の当該電流密度よりも大きな値を示していた。これらは、いずれも非白金系の酸素還元触媒としては最高水準にある。
このように、酸素還元活性評価によって、ドープされた金属原子と非金属原子との原子間距離が1.4Å以下である実施例1及び3並びに参考例2(試料A,B,C)の触媒活性が高いことが確認できた。
[2.X線吸収微細構造(EXAFS)測定]
以下、実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)のEXAFS測定について説明する。
実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2の炭素系材料(試料A〜E)のEXAFS測定を、大型放射光施設SPring−8のBL01B1ビームラインにおける放射光を用いて行った。なお、分光器としてSi(111)2結晶分光器を用い、ミラーとして集光ミラーを用い、検出法として透過法を採用し、検出器としてイオンチャンバーを用いた。測定の際には、ハンドプレスを用いて炭素系材料をペレット状に成形してから測定を行った。また、XAFSスペクトルにおけるFe K端EXAFSをフーリエ変換することで、動径分布関数を導出した。このフーリエ変換にあたっては、コンピュータプログラムとして「ATHENA package」を用い、バックグラウンド処理にあたっては、コンピュータプログラムとして「AUTOBK program」を用いた。
このようなEXAFS測定の結果を図6に示す。図6は、各例の炭素系材料(試料A〜E)について得られたFe K端EXAFSスペクトルから導出された動径分布関数を示すグラフである。なお、同図では、得られた各関数を分かりやすくするために、導出結果をオフセットして示している。
図6によると、実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)は、EXAFS測定での原子間距離Rは1.4Å以下であった。具体的には、EXAFS測定により、各実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2の炭素系材料(試料A〜E)の原子間距離は、上記の表2に示すような値であることが分かった。つまり、Fe原子(金属原子)とN原子(非金属原子)との原子間距離が1.4Å以下の実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)は、図4に示したように、0.5MのH2SO4水溶液中において高い酸素還元活性を有することが確認できた。すなわち、これらの炭素系材料は、触媒活性が高いことが確認できた。
[3.X線光電子分光(XPS)測定]
以下、実施例1及び3、参考例2並びに比較例1及び2で作製した炭素系材料(試料A〜E)のXPS測定について説明する。
実施例、参考例及び比較例の炭素系材料(試料A〜E)に対するXPS測定は、光源としてAlの特性X線を使用し、3×10−8Paの真空条件下で行った。また測定の際には、炭素系材料をIn箔に押圧して固着させた。
このようなXPS測定の結果を、表2の「[Graphitic−N]/[Total N]」欄、並びに図7A及び図7Bに示す。表2の「[Graphitic−N]/[Total N]」欄は、XPS測定における、黒鉛状にドープされた窒素原子(非金属原子)に帰属される成分の、ドープされた窒素原子全体(非金属原子全体)に対する割合を示す。図7Aは、各例の炭素系材料(試料A〜E)について、XPS測定により得られたスペクトルを示すグラフである。図7Bは、図7Aに示す各スペクトルを分かりやすくするために、各例について得られたスペクトルをオフセットして示すグラフである。なお、これらの図は、いずれも、XPS測定により得られたスペクトル中の、鉄原子の2p(3/2)電子軌道に由来するピーク付近を拡大して示している。
表2に示す[Graphitic−N]/[Total N]、上述のEXAFS測定、酸素還元活性評価より、次のことが確認できた。つまり、原子間距離Rが1.4Å以下であり、且つ、黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分の割合が大きいほど、0.1MのNaOH水溶液中及び0.5MのH2SO4水溶液中のいずれにおいても高い酸素還元活性を有することが確認できた。
また、図7A及び図7Bに示すように、実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)は、XPS測定における、Fe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満であった。これは、当該実施例及び参考例において、窒素と鉄との配位結合における電子供与が大きいことを示している。つまり、当該実施例及び参考例では、鉄の電子密度が大きいことを示している。
よって、図7A及び図7Bに示す結果と、上述のEXAFS測定及び酸素還元活性評価とによって、次のことが確認できた。つまり、実施例1及び3並びに参考例2(試料A,B,C)は、EXAFS測定での原子間距離Rが1.4Å以下であり、且つ、XPS測定におけるFe2p(3/2)スペクトルのピークトップが710eV未満である。そして、このような実施例1及び3並びに参考例2の炭素系材料(試料A,B,C)は、0.1MのNaOH水溶液中及び0.5MのH2SO4水溶液中のいずれにおいても高い酸素還元活性を有することが確認できた。すなわち、これらの炭素系材料は、触媒活性が高いことが確認できた。
[4.電位サイクル試験]
実施例1および参考例2の炭素系材料(試料A,B)について、電位サイクル試験として、燃料電池実用化推進協議会が定める負荷応答試験のプロトコルと同様の電位サイクル試験を実施した。なお、電位サイクル試験は25℃にて行った。
この電位サイクル試験の結果を、上記表2の「電位サイクル試験後の劣化」欄に示す。具体的には、実施例1の炭素系材料(試料A)では、20,000サイクル後の0.6Vvs.RHEにおける電流密度低下が15%であったのに対し、参考例2の炭素系材料(試料B)では当該電流密度低下が36%であった。
したがって、電位サイクル試験の結果とXPS測定の結果とから、XPS測定での黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分の割合が大きいほど、電位サイクル試験での高耐久性を有することが確認できた。言い換えると、sp2軌道によって結合している六員環炭素骨格中の炭素と置換された窒素原子が多いほど、電位サイクル試験での高耐久性を図ることが可能となった。
つまり、窒素原子のXPSにおける黒鉛状にドープされた窒素原子に帰属される成分がドープされた窒素原子全体の10%以上50%未満である実施例1及び実施例3(試料A,C)では、高耐久性を有することが確認できた。
特願2014−127282号(出願日:2014年6月20日)の全内容は、ここに援用される。
以上、実施例に沿って本実施形態の内容を説明したが、本実施形態はこれらの記載に限定されるものではなく、種々の変形及び改良が可能であることは、当業者には自明である。