JP7486043B2 - 硬質皮膜が被覆された被覆部材 - Google Patents
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その結果、実質的に水素を含有せずsp3比率が基材側から表面側に向かって増加するDLC皮膜を2層以上積層することにより、平滑さを有し、圧縮応力を緩和して耐剥離性を高め、厚膜でかつ硬度が高く、耐摩耗性に優れる硬質皮膜を得ることができるという新規な知見を得た。
「(1)基材の上に中間層を有することなく、DLC皮膜が2層以上積層された硬質皮膜が被覆された被覆部材であって、
前記DLC皮膜は、それぞれ、実質的に水素を含まず、前記基材側から皮膜表面側に向かうにつれて、sp3結合/(sp2結合+sp3結合)で表されるsp3比率が連続的に増加しているものであること、
前記DLC皮膜の前記基材側の前記sp3比率の平均値が0.4~0.6であること、
前記DLC皮膜の前記皮膜表面側の前記sp3比率の平均値が0.7~0.9であること、
前記基材側の前記sp3比率の平均値と前記皮膜表面側の前記sp3比率の平均値との差が0.2~0.5であること、
前記基材の表面の算術表面粗さをRa1、前記硬質皮膜の表面の算術表面粗さをRa2としたとき、Ra2とRa1の差Ra2-Ra1が10nm以下であること、
を特徴とする被覆部材。
(2)前記DLC皮膜の平均厚さが10~200nmであることを特徴とする前記(1)に記載の被覆部材。
(3)前記硬質皮膜の厚さが350~2000nmであることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の被覆部材。」
基材は被覆部材の用途に応じて選択されるものであって、特に限定されず、鋼、超硬合金、Ti系合金、Al系合金、Cu系合金、セラミックス、樹脂材料が例示できる。鋼としては、構造用炭素鋼・合金鋼、工具鋼、ステンレス鋼などがあげられる。
硬質皮膜は、実質的に水素を含まず、基材から表面側に向かってsp3結合/(sp2結合+sp3結合)で表されるsp3比率が単調に増加するDLC皮膜を2層以上積層したものである。
ここで、単調に増加するとは、DLC皮膜の断面において任意の2点のsp3比率を比較した際に、基材側のsp3比率の方が膜表面側のsp3比率よりも小さいまたは同等となることであり、その変化は、例えば、連続的、段階的のいずれでもよく、また、直線的であっても曲線的であってもよい。
sp3比率であるsp3結合/(sp2結合+sp3結合)は、電子エネルギー損失分光法(Electron Energy-Loss Spectroscopy:ELLS)を用いて基材と硬質皮膜の界面部分から硬質皮膜の表面までライン分析を行いsp2結合由来のピークの積分強度、sp3結合由来のピークの積分強度を測定し算出する。
炭素系材料のEELSスペクトルに関しては、図1に示すように、285eV付近にsp2結合に由来する1s→π*のピーク、290~300eV付近にかけてsp2結合とsp3結合に由来する1s→σ*の双方が重なったピークが観測される。このため、sp3結合に由来する1s→σ*のみの強度を取り出すために、sp2結合のみで構成される材料であるグラファイトを基準試料として用いる。
285eV付近に見られるグラファイトのピークの積分強度をGπ*、DLCのピークの積分強度をDπ*、290~300eV付近にかけて見られるグラファイトのピークの積分強度をGσ*、DLCのピークの積分強度をDσ*とすると、sp3比率は次の式で算出することができる。
sp3比率=1-(Dπ*/Dσ*)/(Gπ*/Gσ*)
積層されるDLC皮膜のそれぞれにおいて、sp3比率は、基材側が低く表面側に向かって増加するから、sp3比率は基材側が最小、表面側が最大になる。ここで、sp3比率の基材側の平均値とは、各DLC皮膜のsp3比率の極小値を平均したもののことであり、0.4~0.6が好ましく、また、sp3比率の表面側の平均値とは、各DLC皮膜のsp3比率の極大値を平均したもののことであり、0.7~0.9が好ましい。
なお、sp3比率は所定の間隔で測定される不連続の測定点の集合であるため、前記極大値および極小値は、数学で定義されるものではなく、増加から減少に転じる測定点の値を極大値、減少から増加に転じる測定点の値を極小値としている。
sp3比率の極小値を平均したものを0.4~0.6とする理由は、0.4未満の場合、十分な膜の強度が得られず、外力が加わった際に膜が破損する可能性があり、一方、0.6を超える場合、膜全体が硬くなってしまい、応力緩和効果や衝撃緩和効果が得られなくなるためである。
sp3比率の極大値を平均したものを0.7~0.9とする理由は、sp3比率が0.7未満の場合、十分な膜の強度が得られず、外力が加わった際に膜が破損する可能性があるほか、耐溶着性が悪くなり、一方、0.9を超える場合、応力が高く、付着強度が低下するためである。
積層される各DLC皮膜の平均厚さは、10~200nmであることが好ましい。その理由は、10nm未満であると、明確な積層構造が形成されず、耐摩耗性および耐溶着性が低い硬質皮膜となることがあるためであり、一方、200nmを超えると、十分な応力緩和効果および衝撃緩和効果が得られなくなることがあるためである。
硬質皮膜の厚さは、用途に依存するところはあるが、350~2000nmであることが好ましい。その理由は、350nm未満であると、応力緩和効果および衝撃緩和効果が低い硬質皮膜となることがあるためであり、一方、2000nmを超えると十分な耐剥離効果が得られないことおよび皮膜へのドロップレットなどの混入物が増え、平滑性が損なわれることがあるためである。
硬質皮膜は、集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)を用いて薄膜化したものを、明視野の透過型電子顕微鏡(Trasmission Electron Microscope:TEM)で観察すると、sp3比率が低い部分は白色に、高い部分は黒色となる。そのため、本発明の基材側から表面側にsp3比率が増加するDLC皮膜を積層した硬質皮膜は、図2に模式的に示すような明視野TEM像では白色部分と黒色部分が交互に存在することが視認できる。
硬質皮膜の押し込み硬さ、すなわち、ナノインデンテーション硬さは、50~80GPaが好ましい。その理由は、硬さを考慮しなければならない切削工具として用いた場合に、硬さが50GPa未満であると十分な耐摩耗性および耐溶着性が得られなくなるためであり、一方、80GPaを超えると、高い圧縮応力により膜が剥離してしまう恐れがあるためである。
なお、ナノインデンテーション硬さとは、ステージ上に置かれた試料にダイヤモンド圧子を押し込み、荷重-変位曲線を得て試料の持つ抵抗力からナノメートルスケールで硬さを求めるものである。
硬質皮膜の表面粗さは用途に依存するところがあるが、一例を挙げるならば、基材表面の算術表面粗さをRa1、硬質皮膜表面の算術表面粗さをRa2としたとき、Ra2とRa1の差Ra2-Ra1は10nm以下であることが好ましい。その理由は、Ra2-Ra1が10nmを超えると、外力が加わった際に膜が破損する恐れがあるほか、工具や金型用として用いた場合に、相手材の凝着が生じる恐れがあるためである。
硬質皮膜は、例えば、PVD法(AIP:Arc Ion Plating)を用い、積層する各DLC皮膜のそれぞれにおいて、成膜開始時の基材に印加するバイアス電圧を-500~0Vの間の-100V近傍を除く任意の電圧とし、成膜完了時の基材に印加するバイアス電圧を-100Vに近づけるようにバイアス電圧を制御することを繰り返すことによって、製造することができる。すなわち、sp3比率が単調に増加すれば、バイアス電圧の変化率(単位時間当たりのバイアス電圧の変化量)は一定であってもよい。
本実施例では、基材として、WC超硬合金を使用した。
グラファイトをターゲットとしたAIPの一種であるFAD(Filterd Arc Deposition)により、超硬チップ(ISO規格のSNGN120408)にDLC皮膜を成膜した。バイアス電圧の制御内容を表1に示す。すなわち、各層の成膜に当たり、1回の成膜時間内で開始バイアス電圧から終了バイアス電圧へバイアス電圧昇降速度で変化させる成膜を成膜回数分行った。バイアス電圧は、線形(変化率を一定)に変化させた。成膜回数は積層数である。
得られた本発明被覆部材(本発明例)1~8の積層数、各DLC皮膜のsp3比率の平均をとった最小値・平均をとった最大値、平均厚さ、硬質皮膜の厚さ(各DLC皮膜の厚さの和)を、本実施例では以下のように求め、結果を表2に示す。
硬質皮膜の厚さ(DLC皮膜の積層体の厚さ)に関しては、TEM(倍率50000倍)において、基材表面に水平な方向長さが1μmを超える観察視野における膜の断面積を、基材表面に水平な方向長さで割ることによって求めた。
測定回数:3回
触針半径:2μm
測定長さ:1mm
測定速度:0.1mm/s
測定点:20点
圧子形状:バーコビッチ(稜間角115°)
押込み荷重:0.98mN
押込み時間:10秒
保持時間:1秒
除荷時間:10秒
なお、比較例1、2は単層のDLC皮膜を成膜したものである。
切削方式:旋削加工
被削材:アルミニウム合金(A6063)
切削速度:1000m/分
送り:0.4mm
切り込み深さ:1mm
切削試験時間:10秒
一方、本発明で規定する事項を満足していない硬質皮膜を有する比較例1~6の被覆部材は、高い加工能率と工具寿命を持つ切削工具としての用途に供することは難しく、また、摺動部材、金型、自動車部品の用途に供することも困難であることは明らかである。
Claims (3)
- 基材の上に中間層を有することなく、DLC皮膜が2層以上積層された硬質皮膜が被覆された被覆部材であって、
前記DLC皮膜は、それぞれ、
実質的に水素を含まず、前記基材側から皮膜表面側に向かうにつれて、sp3結合/(sp2結合+sp3結合)で表されるsp3比率が連続的に増加しているものであること、
前記DLC皮膜の前記基材側の前記sp3比率の平均値が0.4~0.6であること、
前記DLC皮膜の前記皮膜表面側の前記sp3比率の平均値が0.7~0.9であること、
前記基材側の前記sp3比率の平均値と前記皮膜表面側の前記sp3比率の平均値との差が0.2~0.5であること、
前記基材の表面の算術表面粗さをRa1、前記硬質皮膜の表面の算術表面粗さをRa2としたとき、Ra2とRa1の差Ra2-Ra1が10nm以下であること、
を特徴とする被覆部材。 - 前記DLC皮膜の平均厚さが10~200nmであることを特徴とする請求項1に記載の被覆部材。
- 前記硬質皮膜の厚さが350~2000nmであることを特徴とする請求項1または2に記載の被覆部材。
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