本発明の硬質膜被覆工具における第1硬質皮膜はAlとCrを必須金属成分とする窒化物皮膜であり、耐熱性に優れる。第1硬質皮膜はAl含有量を表すa値が原子%で50≦a≦70の範囲のとき、優れた耐熱性及び耐摩耗性を発揮する。一方、a値が70原子%を超えて大きいと、六方最密構造(以下、hcp構造と記す。)のAlNが生成しやすくなり、密着強度が劣化するだけでなく硬度低下を生じる。また、Al含有量よりCr含有量が多い場合も、残留圧縮応力が増大して密着強度が低下する。更に、Siを少量含有すると耐酸化性及び皮膜硬度が向上する。Si含有量を表すb値は原子%で15%未満とする。理由は、15原子%以上の場合、柱状結晶組織が損なわれ、圧縮応力が著しく増加するため皮膜の自己破壊が発生しやすくなり、剥離や異常摩耗が起こるため耐摩耗性が著しく劣化するからである。Si含有量が0原子%の場合も本発明に含まれる。以降の説明において単に「%」と記載した場合は原子%を意味するものとする。
第1硬質皮膜の金属成分と非金属成分との比c/d値を0.85〜1.25、とすることにより、硬質皮膜の圧縮応力を最適な範囲にすることができ、高い密着性を得ることができる。また、硬質皮膜の組織は高靭性を有する柱状結晶組織とすることができ、優れた耐欠損性と耐摩耗性を得ることができる。c/d値が0.85未満のとき、結晶格子歪は大きくなり、残留圧縮応力を増大して密着性が劣化する。c/d値が1.25を超えると硬質皮膜は柱状結晶組織を有するが、結晶の粒界部に不純物を取り込みやすくなるため、結晶粒間の接合強度が劣化し、硬質皮膜は外部からの衝撃によって容易に破壊される。第1硬質皮膜の組成を、0.85≦c/d≦1.25の範囲に制御することにより、皮膜の残留圧縮応力は1.5〜5.0GPaの範囲になる。工業生産性の観点から、c/d値を求めて硬質皮膜の残留圧縮応力を管理することが可能である。
第2硬質皮膜が、Ti及びSiを含有する面心立方構造の窒化物であることにより、優れた耐酸化性及び耐摩耗性を実現できる。第2硬質皮膜におけるSi含有量を示すe値(原子%)は、1≦e≦20、である。これは、第2硬質皮膜を柱状結晶組織とするために重要である。またSi元素を含有させると、皮膜自体の耐酸化性が向上するだけでなく、切削初期において、Siを含有する非常に緻密な複合酸化物が形成され、この複合酸化物が酸化保護膜の役割を果たすことから、硬質皮膜内部への酸化を抑制させる効果を発揮する。しかし、e値が20%を超えると、皮膜の組織が微細化し、密着強度が著しく低下する。e値は、1%程度でも効果が現れるが、1%未満では、汎用的な分析設備での検出が困難となるため、品質管理を行うことが難しくなる。そのため、分析装置にて検出可能な1%以上とした。
また、第2硬質皮膜の金属成分と非金属成分の比f/g値を0.85〜1.25に制御することにより、皮膜の圧縮応力を最適な範囲にすることができ、高い密着性を得ることができる。また、硬質皮膜組織は高靭性を有する柱状結晶組織とすることによって、優れた耐欠損性と耐摩耗性を得ることができる。第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜がいずれも面心立方構造であることにより、高硬度を有する硬質皮膜が得られる。また皮膜組織を柱状結晶組織に制御することによって、優れた耐欠損性と耐摩耗性を得ることができる。
第1硬質皮膜を、0.85≦c/d≦1.25の範囲に制御するためには、成膜時の反応圧力を制御することが重要である。窒化物を得るために、窒素ガスの反応圧力を3Pa〜8Paとする。より好ましくは3.5Pa〜7Paの範囲に制御する。反応圧力が3Pa未満では、c/d値は1.25超となり、一方、8Paを超えた条件で成膜を行うと、c/d値は0.85未満となる。
第1硬質皮膜を成膜する際の条件として、パルス化されたバイアス電圧の印加を負と正に振幅させて制御を行うことが必要である。ここで、バイアス電圧の印加を負と正に振幅させることを、バイポーラバイアスと言う。一方、バイアス電圧の印加を負の値で振幅させることを、ユニポーラバイアスと言う。第1硬質皮膜を(200)面に強く配向させることで、硬質皮膜の圧縮応力を制御することができる。(111)面への配向が強くなると、圧縮応力が高くなり、硬質皮膜の密着性が低下する。その結果、耐欠損性や耐摩耗性が低下して不都合が生じる。また、優れた耐摩耗性と適正な残留圧縮応力の範囲に制御するためにIs/Ir値を、0.5≦Is/Ir≦10.0とし、It/Ir値を0.6≦It/Ir≦1.5の範囲に制御しなければならない。0.5≦Is/Ir≦10.0、とすることにより優れた耐摩耗性を実現できるからである。また、0.6≦It/Ir≦1.5、とすることにより適正な残留圧縮応力の範囲に制御することができるからである。しかし、Is/Ir値が10.0を超えると圧縮応力は低減されるものの、硬質皮膜の硬度が低下し、耐摩耗性が劣化する。一方、Is/Ir値が0.5未満では(111)面のピークが大きく出現し、皮膜の硬度が向上するものの、残留圧縮応力が高くなりすぎて皮膜の自己破壊が発生する。また、It/Ir値が0.6未満では、硬質皮膜の内部欠陥が増加し、It/Ir値が1.5を超えると、皮膜表面から基体方向へほぼ垂直方向の亀裂破壊が発生しやすくなる。その結果、耐欠損性、耐摩耗性を改善することができない。
これらを実現する為には、第1硬質皮膜を成膜する際の条件として、バイアス電圧を後述のように制御することが好ましい。例えば、バイアス電圧をパルス化して印加することである。バイアス電圧をパルス化して印加すると、(111)面、(200)面及び(220)面のピーク強度を変化させることが可能となる。特に(111)面への結晶成長を抑制することによって、圧縮応力を抑制し密着性を高めることができる。具体的には、負のバイアス電圧値を−20〜−120(V)及び正のバイアス電圧を5〜10(V)の範囲に制御することが好ましい。このとき、パルス波形は矩形であることが好ましい。バイアス電圧をパルス化するためのパルス周波数を5〜35kHzの範囲に制御することが好ましい。また、パルスバイアス印加時の正バアイス値及び負バイアス値の印加時間の割合は1:1とすることが好ましいが、成膜装置や皮膜組成によっては適宜調整が必要となる。
負のバイアス電圧が−20(V)より正側に大きいと、Is/Ir値は10を超える。負のバイアス電圧が−120(V)より負側に小さいと、Is/Ir値が0.5未満になる。また、正のバイアス電圧が10(V)を超えると、It/Ir値は1.5を超え、正のバイアス電圧が5(V)未満では、It/Ir値は0.6未満になる。
第2硬質皮膜の成膜時に印加させるバイアス電圧をパルス化して、負のバイアス電圧を−20〜−80(V)、正のバイアス電圧を5〜10(V)に制御することが好ましい。これより、基体に到達するSiイオンの運動エネルギーが低く抑えられる。そのため、TiNの結晶格子に取り込まれ、硬質皮膜はSiを含む柱状結晶組織を有する。ここで、柱状結晶組織とは、膜厚方向に伸びた縦長に成長した結晶の組織である。この場合、負のバイアス電圧が20(V)より正側に大きいと、圧縮応力は低減されるものの、硬質皮膜の硬度が低下し、耐摩耗性が劣化する傾向を示す。負のバイアス電圧が−80(V)より負側に小さいと、皮膜の硬度が向上するものの、残留圧縮応力が高くなりすぎて皮膜の自己破壊が発生する。
また、Si含有量の異なるターゲットを用いて、バイアス電圧をパルス化して印加しながら成膜を行うと、柱状結晶組織の結晶粒は結晶粒成長方向に対してSi成分に組成差を有する組成変調構造を有する。Si成分の組成変調構造を有し、残留圧縮応力を制御することによって、皮膜の機械的強度が高まるからである。この場合のSi成分の組成差は、最大でも10%であることが好ましい。より好ましくは、0.1%以上、7%以下の範囲に制御することがよい。
本発明に用いる硬質皮膜について、d1/d2値を、0.965≦d1/d2≦0.990とすることが重要である。本発明より、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との密着性が著しく改善され、耐摩耗性が優れる。本発明において皮膜間の密着性改善は耐摩耗性の向上にとって重要である。皮膜間の密着性の改善をはかるためには皮膜間の結晶格子歪を低減させる必要がある。この歪を低減させるためには、皮膜間の(200)面の面間隔の差を小さくしてミスフィットを低減させることが必要である。これより、高い密着性が得られる。そこで、d1/d2値を、0.965≦d1/d2≦0.990の範囲に制御する。これより基体との密着性が損なわれることなく耐摩耗性及び耐欠損性に優れた硬質皮膜が得られる。具体的には、第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜を成膜する際の条件として、パルス化されたバイアス電圧の印加を負と正に振幅させて制御を行い、夫々パルス周波数を5〜35kHzの範囲に制御することが好ましい。
d1/d2値が0.965未満では、第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜界面での原子配列における整合性が低く、界面での皮膜はく離の原因となってしまう。d1/d2値を0.990より大きくすることは、本発明で規定する第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜の組成上、困難である。上記の条件に設定することにより、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との残留圧縮応力などを適切な範囲に制御し、異なる組成系の皮膜同士を整合性良く成膜することができる。
第2硬質皮膜の残留圧縮応力は、Iv/Iu値、Iw/Iu値と相関性がある。第2硬質皮膜は残留圧縮応力が高くなりやすいため、第1硬質皮膜との密着強度の劣化を回避しなければならない。そこで、第1および第2硬質皮膜の密着強度を確保するには、Iv/Iu値、Iw/Iu値を制御することが好ましい。また、第2硬質皮膜の結晶配向を第1硬質皮膜の結晶配向と整合させ、密着強度を確保しながら、第2硬質皮膜を高硬度に維持することが好ましい。このとき、第2硬質皮膜の最強ピーク面は第1硬質皮膜と同様に(200)面であることが好ましい。したがって、1.0≦Iv/Iu≦10.0、1.0≦Iw/Iu≦1.5とすることにより、第1および第2硬質皮膜の間に高い密着強度を有する高硬度の硬質皮膜を形成することが可能である。
一方、Iv/Iu<1.0の場合、またIw/Iu<1.0の場合は、第2硬質皮膜が(111)面に強く配向することによって結晶組織が微細化してしまい、第2硬質皮膜は高硬度となるが、残留圧縮応力が高くなりすぎる。また、Iv/Iu>10.0の場合、またIw/Iu>1.5の場合は、結晶組織が大きな柱状となり、結晶粒界に沿って亀裂が伝播しやすくなり、切削加工時のチッピングを生じやすくなる。Iv/Iu値、Iw/Iu値の制御は、成膜時のバイアス電圧値とバイアス電圧印加方式に大きく依存する。即ち、バイアス電圧を間欠化(パルス化)させて印加することで、Iv/Iu値、Iw/Iu値を制御することが可能である。
第2硬質皮膜の成膜時に印加させるバイアス電圧をパルス化して、負のバイアス電圧を−20〜−80(V)、正のバイアス電圧を5〜10(V)に制御することが好ましい。これより、基体に到達するSiイオンの運動エネルギーが低く抑えられる。そのため、TiNの結晶格子に取り込まれ、硬質皮膜はSiを含む柱状結晶組織を有する。ここで、柱状結晶組織とは、膜厚方向に伸びた縦長に成長した結晶の組織である。この場合、負のバイアス電圧が−20(V)より正側に大きいと、より(200)面に強い配向を示し、Iv/Iu>10.0、またIw/Iu>1.5となり、残留圧縮応力は低減されるものの、第2硬質皮膜の硬度が低下し、耐摩耗性が劣化する傾向を示す。負のバイアス電圧が−80(V)より負側に小さいと、(111)面に強い配向を示し、Iv/Iu<1.0、またIw/Iu<1.0、となり、第2硬質皮膜の硬度が向上するものの、残留圧縮応力が高くなりすぎて皮膜の自己破壊が発生する。
第1硬質皮膜における非金属成分のN元素について、その一部をC元素及びO元素のうちの1種または2種の元素で置換し、原子%でC元素の含有量をx値及びO元素の含有量をy値としたとき、0<x≦10、0<y≦10及び0<x+y≦10の範囲にすることが好ましい。これにより、高硬度、優れた耐酸化特性、密着性及び潤滑特性を有する硬質皮膜が得られる。第1硬質皮膜にC元素及びO元素のいずれかまたは双方を含有させる場合には、炭化水素系ガスや酸素含有ガスを使用することが好ましい。ガスを導入して成膜を行う場合、N2ガスと併せた全圧が、3〜8Paの範囲にすることが好ましい。或いは、ターゲット蒸発源にC元素及びO元素のいずれかまたは双方を適量含有させることも可能である。
硬質皮膜全体の膜厚を3μm以上とすることにより、優れた耐摩耗性が得られる。しかし、20μmを超える膜厚では、硬質皮膜は圧縮応力が高くなり、基体との密着性が劣化する。3μm未満では耐摩耗性が大きく低下する。また第1硬質皮膜の膜厚は第2硬質皮膜よりも厚いことが好ましく、第2硬質皮膜の総膜厚は硬質皮膜全体の膜厚に対し、50%以下であることが、より好ましい。
本発明の硬質皮膜被覆工具は第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜の多層構造を有する。ここで、多層構造とは3層以上におよぶ皮膜構造とすることが好ましい。T1値(μm)を、0.1≦T1<5.0とし、T2値(μm)を0.1≦T2<4.0とすることが好ましい。この理由はT1<0.1の場合、第1硬質皮膜の耐摩耗性が十分発揮されないからである。T1≧5.0の場合、残留圧縮応力が過大となり、基体と硬質皮膜との界面、及び第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との界面での密着強度が低下し、剥離を起こしやすくなる。より好ましくは、1≦T1≦4である。なお、第2硬質皮膜はSiを含有するので残留圧縮応力が高くなる傾向にある。T2≧4.0の場合、工具の刃先稜線部において皮膜の自己破壊を起こしてしまう。また、第2硬質皮膜に所望の耐摩耗性を付与するためには、0.1μm以上であることが好ましい。より好ましくは0.3≦T1≦2である。第2硬質皮膜が最上層であることにより、耐摩耗性が向上する。
本発明の硬質皮膜被覆工具において、超硬合金の基体と第1硬質皮膜との間に、密着性改善を目的として、Ti層もしくはTiを主成分とする窒化物、炭化物及び炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の密着改善層を有し、この密着改善層の膜厚は1μm以下とすることが好ましい。
本発明に用いる硬質皮膜の組成は、例えば、日本電子株式会社製のJXA8500F形EPMA分析装置を用いて測定できる。硬質皮膜の垂直断面もしくは膜断面を17度斜めに傾けて研磨した傾斜断面において、硬質皮膜部を基体の影響を受けない位置から行い、加速電圧10(kV)、照射電流1.0μA及びプローブ径を10μm程度に設定することにより可能である。硬質皮膜表面から測定する場合は、プローブ径を50μm程度に設定することが好ましい。また、C元素やO元素を含有させたときは、2%未満になると分析での検出が困難となる。硬質皮膜の膜厚は、例えば、株式会社日立製作所製S−4200型電解放射走査型電子顕微鏡を用いて、垂直方向の破断から測定できる。
硬質皮膜のX線回折における(111)、(200)及び(220)面のピーク強度比の測定は、例えば、理学電気株式会社製RU−200BH型X線回折装置を用いて2θ−θ走査法により測定できる。2θ(度)の範囲は、10〜145度、X線源はλ値が0.15405nmのCuKα1線を用い、バックグランドノイズは装置に内蔵されたソフトにより除去した。測定結果は、検出された2θのピーク位置が、結晶構造が面心立方構造であるTiNのX線回折パターン(JCPDSファイル番号38−1420)に略一致したので、その(111)、(200)及び(220)ピークの強度を測定した。ピーク強度は、各指数面のピークトップの最大値をピーク強度とし、それを用いてピーク強度比を求めた。更に、面間隔は、上記(200)面を示すピーク位置の数値を適用した。また、CrNがベースとなるような硬質皮膜の場合も同様にして、ピーク強度を測定した。
本発明に用いる硬質皮膜における残留圧縮応力は以下に示す曲率測定法で算出した。即ち、ヤング率とポアソン比が既知となっている基体を所定の形状に加工した試験片を用い、その表面を硬質皮膜で被覆すると、硬質皮膜中に発生する残留圧縮応力により、被覆された試験片がたわみ変形する。そのたわみ変形量を求め、下記の数1を用いて、硬質皮膜全体の残留圧縮応力σ値を算出した。
(数1)
σ=(E・D2・δ)/(3・l2・(1−νs)・d)
ここで、E値(GPa)は試験片に使用した基体のヤング率、D値(mm)は試験片の厚み、δ値(μm)は被覆前後で生じる試験片のたわみ量、l値(mm)は被覆によってたわみが生じた試験片の長さ方向端面から、最大たわみ部までの長さ、νs値は試験片に使用した基体のポアソン比、及びd(μm)は試験片表面に被覆した硬質皮膜の膜厚である。また、試験片を形成する材料は、超硬合金材料が、測定数値のばらつきが少なく適している。試験片形状は、短冊型の形状が望ましく、8mm幅、25mm長さ、及び0.5〜1.5mm厚さの形状を使用した。この試験片形状にすると、測定数値のばらつきが少ない。試験片の面積の大きい上下面について、平行度±0.1mmになるよう、鏡面研磨を施した後、600〜1000℃の真空中で熱処理を行い、試験片に用いる材料の、特に表面部分の歪を除去した。このように歪をある程度除去しなければ、得られる残留圧縮応力の値にばらつきが発生する。試験片面積の大きい、鏡面加工された一面のたわみ変形量を被覆前に測定した後、その面に被覆を行い、再度、得られた被覆試験片のたわみ量を測定した。被覆前後のたわみ量と、被覆によってたわみが生じた試験片の長さ方向端面から、最大たわみ部までの長さ、及び被覆した硬質皮膜の膜厚を測定し、その数値を数1に代入することにより、硬質皮膜全体の残留圧縮応力σ値を算出した。硬質皮膜の組成や、成膜条件が変化しても、また、組成変調構造を有していても、本測定方法により残留圧縮応力の値を算出することが可能である。
硬質皮膜被覆工具の基体に硬質皮膜を成膜する場合、成膜方法としては、パルス化されたバイアス電圧を印加することにより、圧縮応力が付与される成膜方法が好ましい。具体的には、アークイオンプレーティング(以下、AIPと記す。)法またはスパッタリング法等のイオンプレーティング方式等が好ましい。適切な成膜条件を適用すれば、各々の方式が一つの設備に設置された複合装置を用いてもよい。本発明を以下の実施例により更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
残留圧縮応力測定が行える試験片、ボールエンドミルとスローアウェイインサートの表面に、本発明に係る硬質皮膜を被覆して、本発明例1のものを作製した。ここで、ボールエンドミルは、WC−Co系微粒超硬合金焼結体製の直径10mmの2枚刃ボールエンドミルを用いた。スローアウェイインサートは、汎用的なTNGG160404形状を用い、WC−Co系超硬合金焼結体を基体として、JIS規格におけるP20種相当でHRA90.5を使用した。
本発明例1は、AIP装置を用いて、前記基体上に、第1硬質皮膜として、金属成分のみの組成が、Al:70%、Cr:30%の(AlCr)N膜を4μmの膜厚で成膜した。その後、第2硬質皮膜として、金属成分のみの組成が、Ti:80%、Si:20%の(TiSi)N膜を3μmの膜厚で成膜し、総膜厚が7μmとなるようにした。成膜温度は550℃、反応圧力は3.5Paとし、初期の(AlCr)N膜は直流100(V)のDCバイアス電圧で1μm成膜した後、パルス化させたバイアス電圧を印加した。パルス周波数は25kHz、負のバイアス電圧を−100(V)、正のバイアス電圧を10(V)に設定したバイポーラバイアスとした。第1硬質皮膜の(AlCr)N膜を成膜後、第2硬質皮膜の(TiSi)N膜を(AlCr)N膜と同様の条件でパルス化させ、負のバイアス電圧を−50(V)、正のバイアス電圧を10(V)に設定して成膜した。パルス印加時の正負時間割合は1:1に統一した。蒸発源は、各種合金製ターゲットを選択して用い、窒化物、炭窒化物、酸窒化物または酸炭窒化物とするために、窒素、酸素及びアセチレンなどの炭化水素系のガスを単独、もしくは、混合させて成膜時に導入させて成膜を行った。本発明例1の成膜条件を標準として、硬質皮膜の組成、膜厚、X線回折ピーク強度、面間隔比、残留圧縮応力と皮膜組織の異なる本発明例2〜9、19〜23、32〜43と比較10〜18、24〜30、及び従来例31を作製した。
表1から表3に、各試験片における硬質皮膜の成膜条件、皮膜の組成、膜厚、X線回折ピーク強度比、面間隔比及び残留圧縮応力の測定結果を示す。また、表4に、透過型電子顕微鏡(以下、TEMと記す。)による皮膜断面の組織観察の結果を示す。本発明例における第2硬質皮膜は全て柱状結晶組織を有し、更に柱状結晶組織の結晶粒は結晶粒成長方向に対してSi成分に組成差を有する組成変調構造を有していることを確認した。
次に、試験片と同時に成膜した微粒超硬合金製の直径10mmの2枚刃ボールエンドミルと超硬合金製スローアウェイインサートを用いて、切削試験を行った。ボールエンドミルによる評価は、以下の切削試験1の条件により切削試験1を行い、残留圧縮応力を有する硬質皮膜における耐摩耗性、耐欠損性及び密着性の優劣を確認した。評価方法は、一定の距離加工する毎に行う刃先の観察において、10μm以上の微小チッピングを含む欠損が発生した時点、欠損がない場合は、逃げ面摩耗幅のVBmax値が0.1mmに到達した時点を工具寿命とし、この時の切削時間(分)によって性能を評価した。
また、旋削用のスローアウェイインサートを刃先交換式バイトに取り付け、以下の切削試験2の条件で切削試験2を行い、残留圧縮応力を有する硬質皮膜における耐摩耗性、耐欠損性及び密着性の優劣を確認した。評価方法は、一定の距離加工する毎に行う刃先の観察において、10μm以上の微小チッピングを含む欠損が発生した時点、欠損がない場合は、逃げ面摩耗幅のVBmax値が0.3mmに到達した時点を工具寿命とし、この時の切削時間(分)によって性能を評価した。切削途中の刃先の損傷状態は、適宜観察を行った。
(切削試験1)
工具:2枚刃ボールエンドミル直径10mm
被削材:マルテンサイト系ステンレス鋼、HRC52
切込み:軸方向1.5mm×径方向0.1mm
主軸回転数:毎分12000回転
切削速度:377m/分
テーブル送り:4m/分
切削油:外部ミスト供給
(切削試験2)
工具:旋削用のスローアウェイインサート(TNGG160404形状)
切削方法:長手方向連続切削
被削材形状:直径160mm、長さ600mmの丸棒材
被削材:S53C、HB260、調質材
軸方向切込み量:2.0mm
切削速度:213m/分
1回転あたりの送り量:0.5mm/回転
切削油:なし
ボールエンドミル、インサートの切削試験1、及び切削試験2の評価結果を表4に示す。はじめに、本発明例1〜9、19〜23について説明する。表4より本発明例1の評価の結果は耐摩耗性に優れ、剥離、欠損も発生せずに安定した加工が実施可能であった。本発明例2と本発明例3とを比較すると、いずれも本発明の性能を満足するものの、本発明例1の方が、切削性能が優れていた。その理由は本発明例1の残留圧縮応力が最も高く耐摩耗性が優れたからである。また、本発明例4では第1硬質皮膜のAl含有量であるa値が下限の50%を示し、本発明例5では第2硬質皮膜のSi含有量であるe値が5%を下回るものであり、本発明例1と比較すると切削性能には劣るものの本発明例の性能を満足していた。これはa値、e値が規定範囲の境界付近であるため、残留圧縮応力が小さくなったためである。本発明例6と本発明例7は第1硬質皮膜にSiを含有するもので、Si含有によって第1硬質皮膜の硬度が増加した。硬度はナノインデンテーション法による測定から得られるものである。本発明例1の第1硬質皮膜の皮膜硬度は、30.1GPa、本発明例6は32.0GPa、本発明例7は35.2GPaであった。本発明例1と比べると、同等の切削性能であるが、本発明例6、7に含まれるSiは耐酸化性が非常に優れるので、更に高温切削の領域でより有利な効果が期待できる。本発明例8は、第1硬質皮膜の膜厚が6μmであるため第1硬質皮膜での残留圧縮応力が本発明例1に比べて大きくなり、密着性が劣った。本発明例9は、第2硬質皮膜の膜厚が4.1μmであるため第2硬質皮膜での残留圧縮応力が大きくなり、皮膜の自己破壊が発生しやすくなり、切削安定性が劣った。
本発明例19から23は、成膜条件が及ぼす影響について評価した結果である。本発明例19は第1硬質皮膜のパルス周波数を本発明例1より小さくし、本発明例20は第2硬質皮膜のパルス周波数を本発明例1より小さくした結果である。表3より本発明例19と本発明例20は、本発明例1に比べて残留圧縮応力が低いもののd1/d2値が高いため、安定した加工が可能であり、本発明例1と同等の切削性能を示した。
また、本発明例21は、第1硬質皮膜の負のバイアス電圧が本発明例1に比べて高く、本発明例22は、第2硬質皮膜の負のバイアス電圧が本発明例1に比べて高いので、残留圧縮応力が低くなり、本発明の性能を示すものの切削性能に差が生じた。本発明例23は、第2硬質皮膜の負のバイアス電圧が本発明例1に比べて低いので、残留圧縮応力が大きくなり、柱状結晶組織が細かくなった。
本発明例32から37について説明する。本発明例32、35は第1硬質皮膜の成膜の時に窒素ガス中にアセチレンガスを導入したものである。また、本発明例33、36は酸素ガスを、本発明例34、37はCO2を導入したものである。この時、窒素ガスと合わせた全圧は3.5Paとした。第1硬質皮膜の非金属成分のN元素が、一部C元素、O元素へ置換したときの効果について検証する目的で作製した。
表1より本発明例32、33、34のように、第1硬質皮膜の非金属成分のN元素が、原子%で双方合わせて10%以下の範囲でC元素、O元素に置換されると耐酸化性や潤滑特性が向上することによって、工具寿命の改善をはかることができた。
本発明例38は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:66%、Cr:34%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:85%、Si:15%の(TiSi)N膜とした。第1硬質皮膜の膜厚は3.4μmとし、第2硬質皮膜の膜厚は3.0μmとし、この膜厚の第1及び第2の硬質皮膜を1周期として3回繰り返して積層化し、合計6層となるよう成膜した。他の成膜条件は本発明例1と同様の条件とした。この成膜条件によると19.2μmの膜厚でも残留圧縮応力を6GPa以下に抑制でき、特に切削試験2では長期間に渡って優れた耐摩耗性を示すことがわかった。
本発明例39は、第1硬質皮膜の成膜前にメタルボンバードメントを施し超硬合金の基体表層に、極薄のTiC層を密着改善層として成膜後、本発明例1と同様の条件で成膜した。
本発明例40は、第1硬質皮膜の成膜前にごく薄くTiN層を密着改善層として成膜後、本発明例1と同様の条件で成膜した。超硬合金の基体と第1硬質皮膜との間に密着改善層を被覆することによって、皮膜の剥離が発生し難くなり、長期間に渡って安定した摩耗が進行し、工具は長寿命となった。
本発明例41〜43は、第1硬質皮膜の負のバイアス電圧を本発明例1に比べて低くした。この場合、負のバイアス電圧が低くなるほど、硬質皮膜の残留圧縮応力が増大し、またIs/Ir値は3.38から1.27へ低くなる傾向にあった。切削試験結果から、いずれの場合も、比較例や従来例より工具寿命は長く、本発明の切削性能を満足した。
次に、比較例について考察する。まず、比較例10は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:82%、Cr:18%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:83%、Si:17%の(TiSi)N膜とし、本発明例1と同様の条件で成膜した。第1硬質皮膜の皮膜組成においてAl含有量の上限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜は本発明例よりAl含有量が多いので、第1硬質皮膜の皮膜組織がアモルファス状になった。これより、残留圧縮応力が増加して密着強度が低下し、剥離が発生した。
比較例11は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:45%、Cr:55%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:82%、Si:18%の(TiSi)N膜とし、本発明例1と同様の条件で成膜した。第1硬質皮膜の皮膜組成においてAl含有量の下限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜は本発明例よりAl含有量が少なくCrが占める割合が多くなり、残留圧縮応力が適正範囲より高くなった。
比較例12は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:65%、Cr:35%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:100%の(Ti)N膜とし、本発明例1と同様の条件で成膜した。第2硬質皮膜の皮膜組成においてSi含有量の下限値を検証する目的で作製した。第2硬質皮膜はSiを含まず、第2硬質皮膜の皮膜硬度が極めて低く耐摩耗性が劣り、早期に寿命に至った。
比較例13は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:66%、Cr:34%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:76%、Si:24%の(TiSi)N膜とし、本発明例1と同様の条件で成膜した。第2硬質皮膜の皮膜組成においてSi含有量の上限値を検証する目的で作製した。第2硬質皮膜は本発明例よりSi含有量が多く、皮膜組織がアモルファス化した。残留圧縮応力が増えた影響で、硬質皮膜の自己破壊が発生し、早期で工具寿命に至った。
比較例14は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:69%、Cr:31%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:86%、Si:14%の(TiSi)N膜、第1硬質皮膜の窒素の圧力を8.6Paとし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜した。第1硬質皮膜のc/d値の下限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜は本発明例よりc/d値が小さいとき、第1硬質皮膜中にガス成分が多く取り込まれ、ガス成分同士の結合が増えたことから、結晶組織がアモルファス状であった。この場合、結晶組織がアモルファス状であったことから、第1硬質皮膜は基材からエピタキシャル状に成長しにくく、密着強度が低下し、切削加工時に剥離した。
比較例15は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:66%、Cr:34%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:82%、Si:18%の(TiSi)N膜、第1硬質皮膜の窒素の圧力を2.8Paとし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜した。第1硬質皮膜のc/d値の上限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜は本発明例よりc/d値が大きいとき、第1硬質皮膜中に金属成分が多く取り込まれ、金属成分同士の結合が増えたことから、結晶組織に歪みが多く導入され、微細な柱状組織が形成された。この場合、結晶粒界が多く存在するため微小チッピングが多数発生し、工具欠損につながったことから、工具が短寿命化したと考えられる。
比較例16は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:69%、Cr:31%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:81%、Si:19%の(TiSi)N膜、第2硬質皮膜の窒素の圧力を2.6Paとし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜した。第2硬質皮膜のf/g値の下限値を検証する目的で作製した。第2硬質皮膜は本発明例よりf/g値が小さいとき、アモルファス組織構造を示すが、切削試験1では切削途中で欠損を示した。
比較例17は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:65%、Cr:35%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:86%、Si:14%の(TiSi)N膜、第1硬質皮膜の窒素の圧力を8.3Paとし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜した。第2硬質皮膜のf/g値の上限値を検証する目的で作製した。第2硬質皮膜は本発明例よりf/g値が大きいとき、柱状結晶組織を呈するが、切削試験1では切削途中で欠損を示した。
比較例18は、第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:58%、Cr:24%、Si:18%の(AlCrSi)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:88%、Si:12%の(TiSi)N膜とし、本発明例1と同様の条件で成膜した。第1硬質皮膜におけるSi含有の効果及びSi含有量の上限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜の硬度が42.1GPaと向上したが、皮膜組織がアモルファスになった。そのため残留圧縮応力が高くなり密着性が劣化して硬質皮膜がはく離してしまい、早期に工具寿命に至った。
比較例24は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:65%、Cr:35%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:81%、Si:19%の(TiSi)N膜、第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−200(V)、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。パルス周波数を25kHz、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−50(V)、パルス周波数を25kHz、正のバイアス電圧を10(V)とした。第1硬質皮膜における成膜時における負のバイアス電圧の下限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜を、負のバイアス電圧値−200(V)で成膜した場合、Is/Ir値が0.5未満となり、第1硬質皮膜の残留圧縮応力が増加した。そのため、密着性が低下し、初期剥離等によって早期に工具寿命に至った。
比較例25は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:66%、Cr:34%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:83%、Si:17%の(TiSi)N膜、第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−10(V)、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。パルス周波数を25kHz、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−50(V)、パルス周波数を25kHz、正のバイアス電圧を10(V)とした。第1硬質皮膜における負のバイアス電圧の上限値を検証する目的で作製した。第1硬質皮膜を、負のバイアス電圧値−10(V)で成膜した場合、Is/Ir値が10.0を超えて、第1硬質皮膜の硬度が低下した。そのため、耐摩耗性が劣化し、早期に工具寿命に至った。
比較例26は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:68%、Cr:32%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:82%、Si:18%の(TiSi)N膜、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−10(V)、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。パルス周波数を25kHz、第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、パルス周波数を25kHz、正のバイアス電圧を10(V)とした。第2硬質皮膜における負のバイアス電圧の上限値を検証する目的で作製した。第2硬質皮膜を負のバイアス電圧値−10(V)で成膜した場合、皮膜硬度が低くなり、耐摩耗性が劣化した。従って、工具は短寿命であった。
比較例27は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:69%、Cr:31%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:83%、Si:17%の(TiSi)N膜、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。パルス周波数を25kHz、第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、パルス周波数を25kHz、正のバイアス電圧を10(V)とした。第2硬質皮膜における負のバイアス電圧の下限値を検証する目的で作製した。第2硬質皮膜を負のバイアス電圧−100(V)で成膜した場合、第2硬質皮膜の組織はアモルファス化し、皮膜硬度は向上したが、残留圧縮応力が増加した。そのため、第1硬質皮膜との層間剥離、皮膜の自己破壊が発生し、早期に工具寿命に至った。
比較例28は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:65%、Cr:35%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:87%、Si:13%の(TiSi)N膜、バイアス電圧をパルス化する時の正のバイアス電圧を2(V)とし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、パルス周波数を25kHz、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−50(V)、パルス周波数を25kHzとした。バイアス電圧をパルス化する時における正の電圧の下限値を検証する目的で作製した。正の電圧を2(V)として成膜した場合、It/Ir値が0.6未満となってしまい、皮膜の内部欠陥が増加した結果、早期に欠損が発生して工具寿命に至った。
比較例29は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:63%、Cr:37%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:83%、Si:17%の(TiSi)N膜、バイアス電圧をパルス化する時の正のバイアス電圧を13(V)とし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、パルス周波数を25kHz、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−50(V)、パルス周波数を25kHzとした。バイアス電圧をパルス化する時における正の電圧の上限値を検証する目的で作製した。正の電圧を13(V)として成膜した場合、It/Ir値が1.5を超えてしまい、亀裂が発生しやすい上に、改善の効果は少なく、従来例31からの工具寿命の大きな差は確認できなかった。
比較例30は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:68%、Cr:32%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:85%、Si:15%の(TiSi)N膜、バイアス電圧をパルス化する時の正のバイアス電圧を0(V)とし、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、パルス周波数を25kHz、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−50(V)、パルス周波数を25kHzとした。パルス化時における印加方式の効果を検証する目的で作製した。バイアス電圧をパルス化する時の正の電圧を0(V)とし、ユニポーラバイアスで成膜した場合、比較例28と同様にIt/Ir値が0.6未満となった。皮膜の内部欠陥が増加した結果、早期に欠損が発生して寿命になった。ユニポーラバイアスでは耐摩耗性の改善は図れなかった。
従来例31は第1硬質皮膜を金属成分のみの組成が原子%で、Al:66%、Cr:34%の(AlCr)N膜、第2硬質皮膜を金属成分のみの組成が、Ti:91%、Si:9%の(TiSi)N膜とし、第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜でパルスバイアスを使用せず直流DCバイアスのみを使用し、その他の条件を本発明例1と同様の条件で成膜したものである。第1硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−100(V)、第2硬質皮膜における成膜条件は、負のバイアス電圧を−50(V)とした。本発明におけるパルスバイアスの使用の効果を検証する目的で作製した。直流DCバイアスのみを使用して成膜した場合、残留圧縮応力が非常に高く、自己破壊及び剥離が発生し、早期で寿命に至る。