JP7349082B2 - 水素含有カーボン膜 - Google Patents

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本発明は、実質的に水素を含有するカーボン膜に関し、更に詳しくは、加熱時の水素脱離温度が高いカーボン膜に関する。
ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜は、非晶質カーボン膜とも呼ばれ、ダイヤモンド若しくはグラファイトに近い特性・物性を持つが、結晶ではなくアモルファス状(非晶質)であり、通常、何らかの物体の表面に膜状の状態で形成される。DLC膜は、工具や金型などの保護膜として広く応用されている。DLC膜を大別すると、炭素のみから成る純カーボン膜と、水素などの他元素を含有する不純物含有カーボン膜と、の2つに分かれる。水素を含まないカーボン膜を水素フリーDLC膜と呼ぶが、「水素フリーDLC膜」という名称はふつう、水素以外の他元素も含まない純カーボン膜の意味で用いられる。また、水素を含むカーボン膜を水素含有DLC膜と呼ぶ。本明細書においては、特に断らない限り、「カーボン膜」という名称はDLC膜(非晶質カーボン膜)を意味するものとする。
水素フリーDLC膜は、sp3混成軌道成分を有する炭素に富んだテトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C)と、sp2混成軌道成分を有する炭素に富んだアモルファスカーボン(a-C)とに分類される。硬さ、膜密度、耐熱性は、ta-Cの方が高く、よりダイヤモンドに近い物性をもつ。また、a-Cは、よりグラファイトに近い物性を示す。硬さ(ナノインデンテーション硬さ)は、一般的なta-Cで40~80GPa、一般的なa-Cで20GPa前後である。水素フリーDLC膜と水素含有DLC膜の物性を比べると、硬さ、膜密度、耐熱性、屈折率のいずれにおいても水素含有DLC膜の方が小さな値を示す傾向が見られる。換言すれば、DLC膜は水素を含むことで軟らかくなり、膜密度と屈折率が低下し、一般に耐熱性も低下する。水素含有DLC膜のうち、sp3混成軌道成分を有する炭素に富んだものを水素含有テトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C:H)、sp2混成軌道成分を有する炭素に富んだものを水素含有アモルファスカーボン(a-C:H)と呼ぶ。本発明に係るカーボン膜は概ね、ta-C:Hとa-C:Hの境界近くの組成を有し、両方の領域にまたがるものである。
炭素繊維強化プラスチック(CFRP; Carbon Fiber Reinforced Plastics)は、炭素繊維等の硬質材料と樹脂等の熱伝導率の小さな軟質材料からなる複合材料である。このような複合材料を被削材として切削加工を行う場合には、切削箇所が局所的に高温になる可能性があるため、従来は、WC基超硬合金等の基材の表面を耐熱性の高い水素フリーカーボン膜で被覆した切削工具が用いられてきた。通常の水素含有カーボン膜であれば、局所的に高温になった箇所において水素等の脱離とグラファイト化が生じ、膜が軟化するから、保護膜としての機能を十分に果たすことができないからである。しかし、バリの発生が少なく高品位な加工面を形成するためには、低摩擦性、耐摩耗性、被切削材に対する低攻撃性に優れた水素含有カーボン膜も捨てがたい。本発明者はこの度、水素の脱離が800℃以上で起きる水素含有カーボン膜の組成と製法及び成膜条件を見出した。そして、そのような本発明に係る水素含有カーボン膜であれば耐熱性が十分に高いので、CFRPのような被削材を高品位に加工するための切削工具の保護膜として応用可能であることを発見した。また本発明者は、基材の表面を多結晶ダイヤモンドからなるダイヤモンド膜で被覆してなる切削工具の表面を更に、本発明に係る水素含有カーボン膜で被覆することにより、加工面の品位が向上することを見出した。
特開2003-62705号公報(特許文献1)には、高速度鋼、炭素工具鋼及び合金
工具鋼から選ばれた1種類からなる基材を、耐摩耗性および耐溶着性を高めるために、水素含有量が5原子%以下で実質的に水素を含まないDLC膜で被覆した工具が記載されている。また、同様な工具であって基材がWC基超硬合金である工具が、特開2003-62706号公報(特許文献2)に記載されている。被覆に水素フリーのDLC膜を用いる理由として、特許文献1の段落0011には、「通常、硬質炭素中の水素原子は大気中において約350℃の温度以上で膜中から脱離することが知られており、水素が脱離した後に硬質炭素被膜はグラファイトに変態し、硬度が極端に低下する。このような被膜は過酷な切削環境下で使用することが困難である・・」と記載されている。同様の記載は、特許文献2の段落0011にも存在する。したがって、特許文献1及び特許文献2には、切削工具等を被覆する水素を含有するDLC膜であって、水素の脱離温度が高いために、過酷な切削環境下等でも使用できるDLC膜については一切記載されず、示唆すらされていない。
特開平11-92935号公報(特許文献3)には、基材上に形成した硬質炭素被膜(水素含有DLC膜)であって、その表面が相手材との当接・摺動により容易に平滑化されるために、相手材の過度の摩耗を抑制することができる硬質炭素被膜の技術が開示されている。その技術によると、基材上にまず高硬度の硬質炭素被膜を形成し、次いでその上に低硬度の硬質炭素被膜を形成する。これを研磨するか、あるいは研磨せずに使用していると、最表面に形成された硬度の低い第2の被膜が磨滅して、容易に平坦面を得ることができるのである。しかし、基材上に形成された高硬度の硬質炭素被膜はあくまで非晶質のDLC膜であって、多結晶ダイヤモンドからなるダイヤモンド膜ではない。また、特許文献3には、このDLC膜の加熱時における水素ガス脱離温度については一切記載されていない。
国際公開2017-026043号公報(特許文献4)には、低摩擦性と耐摩耗性を確保するために、基材の表面に、水素を含有するDLC膜がCVD法を用いて成膜されたピストンリングの発明が開示されている。このDLC膜においては、基材表面から膜表面に向けて、sp3結合に対するsp2結合の比率であるsp2/sp3比が連続的に増加する増加領域と、sp2/sp3比が連続的に減少する減少領域と、が交互に形成されている。したがって、このDLC膜は、硬質の部分と軟質の部分が交互に積層した多層膜である。しかし、硬質の部分はあくまで非晶質のDLC膜であって、多結晶ダイヤモンドからなるダイヤモンド膜ではない。また、特許文献4には、このDLC膜の加熱時における水素ガス脱離温度については一切記載されていない。
特開平5-251586号公報(特許文献5)には、ダイヤモンド膜の高い熱伝導性を活かして、半導体デバイスの平坦な取付面であって、放熱機能を有する取付面を製造する方法が開示されている。その方法は、基板上に形成された多結晶ダイヤモンド膜の表面にCVDによりDLC膜を形成し、該DLC膜と該多結晶ダイヤモンド膜を順にエッチングすることにより、該多結晶ダイヤモンド膜の表面を簡便に平坦化するというものである。この平坦化工程の中間段階で、基板の表面にダイヤモンド膜とDLC膜が順に形成された2層からなる膜構造体が形成される。しかし、特許文献5には、当該DLC膜の組成、水素ガス脱離温度、及びこの膜構造体を切削工具の保護膜として用いた場合の効果については全く記載されていない。
特開平5-123908号公報(特許文献6)には、工具母材の表面に気相合成法により水素含有DLC膜を被覆した工具であって、工具刃先先端部の水素含有DLC膜の組成が非ダイヤモンド成分(無定型炭素やグラファイト成分)に富むことをラマンスペクトルにより特定した工具が記載されている。しかし、加熱時における当該水素含有DLC膜からの水素ガス脱離温度については言及されていない。
Conway, N. M. J他(2000年、非特許文献1)には、500~700℃の温度で、水素ガス又は炭化水素ガスの脱離が生じる水素含有テトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C:H)が記載されている。しかし、800℃以上の温度で初めて水素ガスの脱離が生じる水素含有DLC膜については記載されておらず、また、当該カーボン膜を切削工具等の保護膜として用いた場合の効果についての言及もない。
特開2003-62705号公報 特開2003-62706号公報 特開平11-92935号公報 国際公開2017-026043号公報 特開平5-251586号公報 特開平5-123908号公報
Conway, N. M. J他,Defect and disorder reduction by annealing in hydrogenated tetrahedral amorphous carbon,Diamond and Related Materials, vol. 9, issue 3-6, pp. 765-770,(2000年)
上で見たように、従来の技術は、水素含有DLC膜を過酷な切削環境下等の使用環境下で、切削工具等の工具の保護膜として用いることのできる条件である、加熱時の水素ガス脱離温度が高温であることに全く言及していない。また、ダイヤモンドの基材、又は、多結晶ダイヤモンドからなるダイヤモンド膜で被覆された基材、の上に形成された水素含有DLC膜を、切削工具等の工具の保護膜として用いることやその効果については先行技術文献に一切、記載がない。更に、従来の技術は、加熱時の水素ガス脱離温度が高温である水素含有DLC膜を、自立膜として利用することについて全く言及していない。
従って、本発明の課題は、加熱時の水素ガス脱離温度を特定することにより、過酷な環境下で使用することができる切削工具や金型や光学部品等の物品の保護膜であって、低摩擦性、低摩耗性、低攻撃性といった機械的特性を有する、水素含有DLC膜を提供することである。本発明の更なる課題は、切削工具等の物品の保護膜であって、ダイヤモンドの基材、又は、多結晶ダイヤモンドからなるダイヤモンド膜で被覆された基材、の上に形成された水素含有DLC膜を提供することである。本発明の更なる課題は、加熱時の水素ガス脱離温度を特定することにより、自立膜として用いることのできる水素含有DLC膜を提供することである。
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、本発明の第1の形態は、基材の表面の少なくとも一部を保護し、炭素を主成分とし、5at.%以上の水素を含有し、sp2混成軌道成分を有する炭素とsp3混成軌道成分を有する炭素とを併せもち、真空中で加熱したときに、含有される水素の脱離が800℃以上で生じることを特徴とするカーボン膜である。
本発明の第2の形態は、真空中で加熱したときに、炭化水素の脱離が1000℃以下で生じない前記カーボン膜である。
本発明の第3の形態は、前記基材がダイヤモンドであるか、又は、前記基材はその表面にダイヤモンド膜が形成された基材であり、当該基材の表面の少なくとも一部を保護する
カーボン膜である。
本発明の第4の形態は、波長546nmの光に対する屈折率が2.4以上2.7以下であり、消衰係数が0.1以上0.2以下である前記カーボン膜である。
本発明の第5の形態は、膜密度が2.6g/cm3以上3.1g/cm3未満であり、sp2混成軌道成分を有する炭素とsp3混成軌道成分を有する炭素の構成比sp3/(sp3+sp2)が40%以上60%未満である前記カーボン膜である。
本発明の第6の形態は、屈折率0.1以上、消衰係数1.0以上の基材の表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜が、前記カーボン膜であるか否かを判別する判別方法であり、該水素含有非晶質カーボン膜が、波長324nmの紫外光のCW(連続波)レーザー光照射においては、照射強度80kW/cm2で損傷を受けず、波長785nmの近赤外光のCWレーザー光照射においては、照射強度1.6×103kW/cm2で損傷を受けず、波長532nmの可視光のCWレーザー光照射においては、照射強度765kW/cm2では損傷を受けず、1.4×103kW/cm2で損傷を受ける、ことを確かめるステップを有することを特徴とする判別方法である。
本発明の第7の形態は、ダイヤモンドの表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜が、前記カーボン膜であるか否かを判別する判別方法であり、該水素含有非晶質カーボン膜に対し、照射強度3.8×102kW/cm2の可視光レーザー光でラマン分光を行った際、ラマンシフトが(1329~1338)cm-1のダイヤモンドのスペクトルが検出されず、照射強度8.9×102kW/cm2の近赤外光レーザー光でラマン分光を行った際、ラマンシフトが(1329~1338)cm-1のダイヤモンドのスペクトルが検出され、上記可視光レーザー光でラマン分光を行った際、DLCスペクトルにおいて、DピークとGピークの強度比ID/IGが0.2以上0.5以下であり、かつ、Gピーク位置が1545cm-1以上1570cm-1以下である、ことを確かめるステップを有することを特徴とする判別方法である。
本発明の第8の形態は、窒素、酸素、ホウ素、アルゴン、ケイ素、リン、硫黄、アンチモン、セレン、テルル、フッ素、塩素、アスタチン、遷移金属の各元素、アルミニウム、亜鉛、インジウム、スズ、アンチモン、鉛、ビスマスからなる群から選ばれた1つ以上の元素を含有する前記カーボン膜である。
本発明の第9の形態は、前記基材が、工具、金型、刃物、摺動部材、又は装飾品であるカーボン膜である。
本発明の第10の形態は、前記基材が光学部品であるカーボン膜である。
本発明の第11の形態は、前記カーボン膜により表面の少なくとも一部が保護されていることを特徴とする物品である。
本発明の第12の形態は、基材から分離された自立膜である前記カーボン膜である。
本発明の第1の形態によれば、基材の表面の少なくとも一部を保護し、炭素を主成分とし、5at.%以上の水素を含有し、sp2混成軌道成分を有する炭素とsp3混成軌道成分を有する炭素とを併せもち、真空中で加熱したときに、含有される水素の脱離が800℃以上で生じることを特徴とするカーボン膜を提供できる。炭素を主成分とし、とは、本形態のカーボン膜が50at.%以上の炭素を含むことを意味する。このカーボン膜は水
素を含む非晶質のカーボン膜(DLC膜)である。
水素を含有するカーボン膜は一般に、真空中で加熱したときに含有される水素が水素ガスとして脱離し、それに伴ってカーボン膜はグラファイト化し、軟質化する。過酷な切削条件で用いられる切削工具の保護膜は、摩擦熱による局所的な高温に曝されるから、高耐熱性の膜であることが機械的な耐久性を確保する上でも重要である。本形態のカーボン膜は、水素ガス脱離の開始温度が800℃以上と極めて高温であるから、耐熱性が高く、切削工具等の物品を被覆する高耐熱性の保護膜として好適に利用することができる。また、本カーボン膜は、レンズの成形用金型等の金型の表面を被覆する高耐熱性の離型膜等にも好適に利用することができる。
従来、高耐熱性が求められる条件下で保護膜や離型膜としての用途に利用できるDLCは、水素フリーのta-C又はa-Cに限られていた。本発明者は、成膜装置や成膜条件の工夫により本形態の水素含有カーボン膜を製造し、上記の高耐熱用途に利用可能とした。
本発明に係る水素含有カーボン膜は、「基材の表面の少なくとも一部を保護」するものであり、直接、基材の表面に成膜されてもよいし、基材との間に中間層(あるいは密着層とも呼ぶ)を挟んで成膜されてもよい。中間層を入れる場合、その目的は、基材(あるいは基板とも呼ぶ)と本発明に係る水素含有カーボン膜との間に両者の間の十分な密着性を確保することである。中間層の厚みは例えば0.1~10nm程度である。中間層としては例えば、Ti,Cr,Wなどの金属や、それらの窒化物や炭化物等が利用できる。また、本発明の水素含有カーボン膜は、基板や中間層から表面に向かって均一である必要はなく、必要に応じて、組成に占める各成分の割合が傾斜したり、異なる組成や成分の水素含有カーボン膜を積層したりして、全体として機能が発現するようにしてもよい。
本発明の第2の形態によれば、真空中で加熱したときに、炭化水素の脱離が1000℃以下で生じない前記カーボン膜を提供できる。本形態のカーボン膜は、水素ガス脱離の開始温度が800℃以上であることに加えて、炭化水素(Cnm)の脱離が1000℃以下では生じないことを特徴とする。分子量の小さな水素(H2)のみが800℃以上の温度で脱離し、炭化水素の脱離が1000℃以下の温度では生じないことは、本カーボン膜が高耐熱性を有し、加熱に伴うグラファイト化や軟質化を起こしにくいことを意味している。本カーボン膜は、切削工具等の物品を被覆する高耐熱性の保護膜として、又、レンズの成形用金型等の金型の表面を被覆する高耐熱性の離型膜等として、好適に利用することができる。
本発明の第3の形態によれば、前記基材がダイヤモンドであるか、又は、前記基材はその表面にダイヤモンド膜が形成された基材であり、当該基材の表面の少なくとも一部を保護するカーボン膜を提供できる。炭素繊維強化プラスチック(CFRP; Carbon Fiber Reinforced Plastics)のように、炭素繊維等の硬質材料と樹脂等の熱伝導率の小さな軟質材料からなる複合材料を被削材として切削加工を行う場合には、従来、超硬合金等の基材をダイヤモンド膜で被覆した切削工具が使用されてきたが、切削条件によっては稀にバリが発生するなど、加工面の品位確保が難しく、また、切削工具の切れ刃部分がごく稀に摩耗・剥離するという問題があった。その原因として、ダイヤモンド膜は多結晶のため表面に凹凸があり平坦性が悪いことや、ダイヤモンド膜が高硬度で内部応力が非常に高いことが考えられる。また、ダイヤモンド膜を研磨等により平坦化するには高いコストを要する。そこで、本発明者は、切削工具の基材を被覆するダイヤモンド膜を更に、本発明の水素含有カーボン膜で被覆することにより、切削工具表面の平坦性を改善して、低摩擦性、耐摩耗性、被切削材に対する低攻撃性を具備し、バリの発生が少なく高品位な加工面を実現する切削工具を提供するものである。
切削工具の表面の平坦性だけでなく、本発明の水素含有カーボン膜が高耐熱性であることも、高品位な加工面を実現する上で有効に働いていると考えられる。例えば、被削材として、熱伝導率の低い樹脂を含むCFRPを用いる場合には、切削箇所が局所的に高温になる可能性がある。通常の水素含有カーボン膜であれば、局所的に高温になった箇所において水素等の脱離とグラファイト化が生じ、膜が軟化するから、保護膜としての機能を十分に果たすことができない。しかし、本発明の水素含有カーボン膜は、水素の脱離が800℃以上で起きるカーボン膜であり耐熱性が高いから、切削箇所が局所的に高温になっても、水素等の脱離やグラファイト化は生じにくく、耐熱性と、低摩擦性、耐摩耗性、被切削材に対する低攻撃性を具備し、バリの発生が少なく高品位な加工面を形成可能な切削工具の保護膜を提供できる。
本発明の第4の形態によれば、波長546nmの光に対する屈折率が2.4以上2.7以下であり、消衰係数が0.1以上0.2以下である前記カーボン膜を提供できる。図11に示すように、一般に、水素フリーDLCの屈折率は、概ねダイヤモンド(屈折率2.4、消衰係数0.0)とグラファイト(屈折率2.7、消衰係数1.4)の中間の値をとり、膜密度と屈折率が負の傾きのほぼ直線的な関係にある。また、水素フリーDLCの消衰係数は、膜密度が増えるほど減少する。つまり、膜密度がダイヤモンドに近いほど消衰係数が小さく、透明になる。また、水素含有DLCについては、水素が入ることで屈折率が大きく減少し、消衰係数は一旦高くなったのち低くなる。本発明者は、本発明に係る水素含有カーボン膜の、波長546nmの光に対する屈折率が2.4以上2.7以下であり、消衰係数が0.1以上0.2以下であることを見出した。屈折率が2.4以上2.7以下であり、かつ、消衰係数が0.1以上0.2以下であるから、本発明に係る水素含有カーボン膜の水素含有量には上限(約10at.%)と下限(約5at.%)がある。そのため、本水素含有カーボン膜は、水素を含有することで膜に低摩擦性と低攻撃性を付与しつつ、比較的高い硬度を維持でき、切削工具等の保護膜として好適に利用することができる。
本形態の変形形態によれば、波長546nmの光に対する屈折率が2.5以上2.6以下であり、消衰係数が0.1以上0.2以下である前記カーボン膜を提供できる。この変形形態の水素含有カーボン膜は、消衰係数が上記範囲内にあり、屈折率が2.5以上2.6以下であるから、水素を含有することで膜に低摩擦性と低攻撃性を付与しつつ、比較的高い硬度を維持でき、切削工具等の保護膜として更に好適に利用することができる。
本発明の第5の形態によれば、膜密度が2.6g/cm3以上3.1g/cm3未満であり、sp2混成軌道成分を有する炭素とsp3混成軌道成分を有する炭素の構成比sp3/(sp3+sp2)(以下、sp3構成比、とする)が40%以上60%未満である前記カーボン膜を提供できる。一般に、水素フリーDLCの膜密度は、概ねダイヤモンド(密度3.5g/cm3、sp3構成比100%)とグラファイト(密度2.3g/cm3、sp3構成比0%)の中間の値をとり、その硬さ(ナノインデンテーション硬さ)はおよそ膜密度の3乗に比例して増加する。また、水素含有DLCについては、水素が入ることで膜密度が小さくなり、硬さも小さくなる。本発明者は、本発明に係る水素含有カーボン膜の、膜密度が2.6g/cm3以上3.1g/cm3未満であり、sp3構成比が40%以上60%未満であることを見出した。本発明に係る水素含有カーボン膜は、膜密度とsp3構成比が上記範囲内にあるから、水素を含有することで膜に低摩擦性と低攻撃性を付与しつつ、比較的高い硬度を維持でき、切削工具等の保護膜として好適に利用することができる。
本発明の第6の形態によれば、屈折率0.1以上、消衰係数1.0以上の基材の表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜が、前記カーボン膜であるか否かを判別する判別方法であり、該水素含有非晶質カーボン膜が、波長324nmの紫外光のCW(連続波)レ
ーザー光照射においては、照射強度80kW/cm2で損傷を受けず、波長785nmの近赤外光のCWレーザー光照射においては、照射強度1.6×103kW/cm2で損傷を受けず、波長532nmの可視光のCWレーザー光照射においては、照射強度765kW/cm2では損傷を受けず、1.4×103kW/cm2で損傷を受ける、ことを確かめるステップを有することを特徴とする判別方法を提供できる。
一般に、基材の表面に形成されたDLC膜のレーザー光損傷特性は、基材の反射率の影響を受ける。基材の反射率が高い場合には、DLC膜に入射したレーザー光は、DLC膜と基材の境界面で反射して再び膜内を進行するので、DLC膜は入射光と前記反射光を重ね合わせた光により損傷を受ける可能性があるからである。例えば、ダイヤモンドの表面に形成されたDLC膜が、ある強度と波長のレーザー光により損傷を受けなくても、同じ条件でWC基超硬合金の表面に形成されたDLC膜が、同じ強度と波長のレーザー光により損傷を受ける、ということが起こり得る。基材について「屈折率0.1以上、消衰係数1.0以上」との限定を行ったのは、基材の反射特性を明確にするためである。
一般に、水素含有DLC膜のレーザー光損傷に対する耐性は、水素含有量が小さいほど耐性が高く、又、sp3構成比が大きいほど耐性が高い。更に、同程度のレーザー光強度であっても、レーザー光の波長により上記耐性は異なる。これは、水素含有DLC膜の屈折率や消衰係数といった光学特性が、光の波長により異なるからである。本発明者は、紫外、近赤外、及び可視の各波長のレーザー光によりレーザー光損傷が生じるレーザー光強度の損傷閾値を用いて、本発明に係るカーボン膜を判別する方法を見出した。前記基材の表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜について、前記紫外光レーザー光に対する損傷閾値が80kW/cm2より大きく、前記近赤外光レーザー光に対する損傷閾値が1.6×103kW/cm2より大きく、前記可視光レーザー光に対する損傷閾値が765kW/cm2より大きく且つ1.4×103kW/cm2未満であれば、当該水素含有非晶質カーボン膜は、本発明に係るカーボン膜であると判別できる。
本発明の第7の形態によれば、ダイヤモンドの表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜が、前記カーボン膜であるか否かを判別する判別方法であり、該水素含有非晶質カーボン膜に対し、照射強度3.8×102kW/cm2の可視光レーザー光でラマン分光を行った際、ラマンシフトが(1329~1338)cm-1のダイヤモンドのスペクトルが検出されず、照射強度8.9×102kW/cm2の近赤外光レーザー光でラマン分光を行った際、ラマンシフトが(1329~1338)cm-1のダイヤモンドのスペクトルが検出され、上記可視光レーザー光でラマン分光を行った際、DLCスペクトルにおいて、DピークとGピークの強度比ID/IGが0.2以上0.5以下であり、かつ、Gピーク位置が1545cm-1以上1570cm-1以下である、ことを確かめるステップを有することを特徴とする判別方法を提供できる。
一般に、DLC膜のラマン分光スペクトルの形状は、sp3構成比や水素含有量により異なり、更に、入射するレーザー光の波長によっても異なる。本発明者は、可視光レーザー光及び近赤外光レーザー光を入射した際のラマン分光スペクトルの形状を利用して、本発明のカーボン膜を判別する方法を見出した。判別の対象膜である水素含有非晶質カーボン膜に対して、上記可視光レーザー光でラマン分光を行った際に上記ダイヤモンドのスペクトルが検出されないことから、対象膜はta-Cではないとわかる。更に、上記近赤外レーザー光でラマン分光を行った際に上記ダイヤモンドのスペクトルが検出されることから、対象膜はa-Cではないとわかる。したがって、対象膜は、実質的に水素を含有するDLC膜(ta-C:H又はa-C:H)である。ここで更に、可視光レーザー光でラマン分光を行った際の強度比ID/IGとGピーク位置により、対象膜の判別を行う。水素含有DLC膜の上記強度比ID/IGは、水素含有量が増えるほど大きくなり、又、sp3構成比が減るほど大きくなる傾向がある。また、水素含有量が5~20%の範囲内にある水素含有DLC膜の上記Gピーク位置は、水素含有量にはあまりよらず、sp3構成比が増えるほど大きくなる傾向がある。したがって、対象膜の上記強度比ID/IGが0.5以下
であり、かつ上記Gピーク位置が1545cm-1以上であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ10%以下であり、且つsp3構成比がおよそ40at.%以上であることがわかる。加えて、対象膜の上記強度比ID/IGが0.2以上であり、かつ上記Gピーク位置が1570cm-1以下であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ5%以上であり、且つsp3構成比がおよそ60at.%未満であることがわかる。ゆえに、対象膜が本発明に係るカーボン膜であると判別できる。
本形態の変形形態によれば、上記のステップに加えて、DピークとGピークの強度比ID/IGが0.3以上0.5以下であり、かつ、Gピーク位置が1548cm-1以上1555cm-1以下である、ことを確かめるステップを有する前記判別方法を提供できる。対象膜の上記強度比ID/IGが0.5以下であり、かつ上記Gピーク位置が1548cm-1以上であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ10%以下であり、且つsp3構成比がおよそ45at.%以上であることがわかる。加えて、対象膜の上記強度比ID/IGが0.3以上であり、かつ上記Gピーク位置が1555cm-1以下であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ5%以上であり、且つsp3構成比がおよそ55at.%以下であることがわかる。ゆえに、対象膜が本発明のカーボン膜であると判別できる。
本発明の第8の形態によれば、窒素、酸素、ホウ素、アルゴン、ケイ素、リン、硫黄、アンチモン、セレン、テルル、フッ素、塩素、アスタチン、遷移金属の各元素、アルミニウム、亜鉛、インジウム、スズ、鉛、ビスマスからなる群から選ばれた1つ以上の元素を含有する前記カーボン膜を提供できる。水素に加えて他の元素を添加することにより本発明に係るカーボン膜に様々な特性を付与して膜物性のバリエーションを広げることができる。例えば、窒素は耐摩耗性向上及び硬さ増大の目的で、ホウ素は硬さ増大の目的で、ケイ素はスクラッチ強度向上又は摩擦寿命向上又は耐熱性向上の目的で、ハロゲンの各元素は摩擦寿命向上又は低摩擦性向上又は撥水性付与の目的で、金属元素は付着力向上や導電性付与等の目的で、それぞれ添加することができる。
本発明の第9の形態によれば、前記基材が、工具、金型、刃物、摺動部材、又は装飾品であるカーボン膜を提供できる。本発明に係るカーボン膜は低摩擦性と低摩耗性を具備しつつ、水素ガス脱離の開始温度が800℃以上と極めて高温であるから耐熱性が高く、切削工具、刃物、ハードディスクドライブのスライダやピストンやシリンダ等の摺動部材、又は装飾品、などの物品を被覆する高耐熱性の保護膜として好適に利用することができる。また、本発明に係るカーボン膜は、レンズの成形用金型等の高温金型の表面を被覆する高耐熱性の離型膜等にも好適に利用することができる。
本発明の第10の形態によれば、前記基材が光学部品であるカーボン膜を提供できる。本発明に係るカーボン膜は、低摩耗性と高耐熱性を具備しつつ、可視光と、特に近赤外光を良く透過するから、赤外光学部品等の光学部品の保護膜や反射防止膜等として、好適に利用することができる。
本発明の第11の形態によれば、前記カーボン膜により表面の少なくとも一部が保護されていることを特徴とする物品を提供できる。
本発明の第12の形態によれば、基材から分離された自立膜である前記カーボン膜を提供できる。DLC膜はナノスケールの膜厚における機械強度の強さに特徴がある。近年、DLC膜の用途として、電子透過膜やろ過フィルタ、レーザー駆動イオン加速用薄膜ターゲットといった、基材から分離された自立膜としての用途が注目されている。DLC膜は下地となる基材上に形成されるため、自立膜として用いるためには自立化のプロセスが必要である。例えば、基材の上に塩化ナトリウム(NaCl)やタンパク質の一種であるシルクフィブロイン等からなる水溶性の犠牲層を形成し、この犠牲層の上にDLC膜を形成
した後に、基材を水に浸漬させると、犠牲層が溶解して、目的膜は基材から分離される。この目的膜を多孔基板ですくい上げることで自立膜が得られる。ところで、DLCの自立膜は、高い内部応力をもつから、基材から分離された自立膜状態では、DLC膜自体がその内部応力を支持できずに、膜のしわや破れが生じやすい。この膜の自己崩壊がDLC自立膜の最大の懸念事項となっている。本発明に係るカーボン膜は、実質的に水素を含有し、sp3構成比もおよそ40~60%の範囲内にあるから、硬質の水素フリーDLC膜(ta-C)に比べて内部応力がやや低く、膜の自己崩壊を起こしにくい。したがって、本発明に係るカーボン膜は、基材から分離された自立膜としての用途、特に耐熱性が要求される用途に好適に利用することができる。
図(1A)は、本発明に係るカーボン膜及び比較例のカーボン膜の、成膜条件、構成比、機械的性質をまとめた表図である。図(1B)は、同じく光学的性質をまとめた表図である。 図2は、前記カーボン膜の、昇温脱離ガス分析(TDS分析)の結果を示すグラフ図である。 図3は、前記カーボン膜の、水素含有量とTDS分析における水素(H2)検出温度の関係を示すグラフ図である。 図(4A)は、前記カーボン膜で被覆された工具による切削試験結果の写真図である。図(4B)は、出口側観察面の模式図である。 図5は、前記カーボン膜のレーザー損傷試験の結果を示す写真図である。 図6は、別の前記カーボン膜のレーザー損傷試験の結果を示す写真図である。 図7は、更に別の前記カーボン膜のレーザー損傷試験の結果を示す写真図である。 図(8A)は、前記カーボン膜の、可視光レーザー光によるラマン分光分析の結果を示すグラフ図である。図(8B)は、前記カーボン膜の、近赤外光レーザー光によるラマン分光分析の結果を示すグラフ図である。 図9は、試料のTDS分析に用いたTDS分析装置の構成図である。 図10は、光学定数によるカーボン膜の大まかな分類を示す分類図である。 図11は、カーボン膜の膜密度と光学定数の一般的な関係を示すグラフ図である。 図12は、前記カーボン膜の光学定数の、波長依存性を示すグラフ図である。 図13は、カーボン膜の内外における電界強度のシミュレーション結果を示す説明図である。 図14は、レーザー損傷の前と後における、前記カーボン膜のラマン分光スペクトルを示すグラフ図である。 図15は、レーザー損傷の前と後における、別の前記カーボン膜のラマン分光スペクトルを示すグラフ図である。 図16は、カーボン膜の強度比ID/IG及びGピーク位置の、ガス流量及びバイアス電圧に対する依存性を示す説明図である。 図17は、カーボン膜の強度比ID/IG及びGピーク位置の、水素含有量に対する依存性を示す説明図である。 図18は、カーボン膜の強度比ID/IGとGピーク位置の関係を示す説明図である。 図19は、カーボン膜の水素含有量及びsp3構成比の、ガス流量又はバイアス電圧に対する依存性を示す説明図である。
次に、本発明に係る水素含有カーボン膜を実施するための形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
<1.成膜方法及び装置>
(真空アーク蒸着装置) 試料の作製、つまりカーボン膜の成膜には、黒鉛陰極を用いたT字型フィルタードアーク蒸着(T-FAD)装置を用いた。T-FADは、真空アーク蒸着法の一種である。真空中のアーク放電においては、陰極材料の表面に1個もしくは数個の陰極点が形成され、陰極材料が激しく蒸発する。陰極点は高温となるため、多量の熱電子が同時に放出される。陰極点からの蒸発物質はこの熱電子によって、蒸発直後にイオン化される。このイオンは電位差によって加速され、陽極(通常は成膜チャンバ本体)の方向へと向かう。
(ドレップレット除去) 高品位の膜を得ようとする場合、真空アーク蒸着法の欠点は、陰極点からドロップレットと呼ばれる陰極材料のマクロ微粒子が副次的に放出されることである。このドロップレットが生成膜に混入すると、膜の平坦性、均一性、均質性を損なうほか、膜剥離や性能劣化を引き起こす起点となる可能性がある。黒鉛陰極の場合、ドロップレットは固体状であり、ダクト壁に付着せずに反射しながらダクト内を進行する。T-FAD装置は、そのようなドロップレットを除去するために本発明者が考案したものであり、T字型のフィルタダクトを有し、プラズマをT字箇所で直角に曲げて輸送し、ドロップレットは陰極と直面する方向のダクトで回収するものである(国際公開WO2016-021671号公報)。従来のフィルタードアーク装置のようにダクト内壁や蛇腹バッフルでドロップレットを捕集するのではなく、T-FAD装置はドロップレットを陰極と直面するダクト全体で捕集するから、特に内壁で反射する黒鉛ドロップレットの除去に効果的である。
(T-FAD装置) T-FAD装置においては、T字型のフィルタダクトの一端に、黒鉛陰極と金属陽極とを配置し、その間で直流真空アーク放電を発生させる。陽極の外部に設けた電磁コイルが発生する磁界によって、陽極-陰極間で発生したアークプラズマをダクト方向にビーム状に引き出す。T字部の外部に配置した電磁コイルが発生する磁界によって、プラズマビームを屈曲し、成膜チャンバ及び基板(基材)方向へと導く。ダクトと成膜チャンバとの接続箇所に配置した2組の電磁コイルを用いてプラズマビームを上下左右にスキャンし、それに連動させてワークテーブルを3軸の周りに回転させて、ワークテーブルに取着した基材上に成膜範囲を確保したり、均一分布を得たりする。本発明に係るカーボン膜の成膜には、T-FAD装置を好適に利用することができるが、黒鉛ドロップレットを効果的に除去できる装置であれば、オフプレインダブルベンド(Off-plain double bend)型フィルタードアーク蒸着装置など他のタイプのフィルタードアーク蒸着(FAD)装置を利用することも可能である。なお、本明細書においては特に断らない限り、「基板」と「基材」を等価の意味で用いる。
(雰囲気・圧力) FAD装置においては、雰囲気ガスを導入することで水素等の他元素を含むカーボン膜を成膜することができる。今回、試料の作製に用いたT-FAD装置においては、ガスの導入は、ガス種の選択手段と、ガス流量のコントロール手段及びプロセス圧力(成膜チャンバ内の圧力)の計測手段により制御される。ガス種としては、導入ガスなし、水素(H2)、アセチレン(C22)、エチレン(C24)等を選択できる。ガスの導入を制御することにより、膜の水素含有量やsp3構成比を調整することができる。その説明図が図19である。一般に、ガス流量が多いほど膜の水素含有量が高くなる。ガス種については、形成される膜の水素含有量が高いものから順にC24、C22、H2である。これは成膜に寄与する水素原子(水素イオン)が増えるからである。また、一般に、ガス流量が多いほど膜のsp3構成比が小さくなる。ガス種については、形成される
膜のsp3構成比が低いものから順にC24、C22、H2である。これは、ガスとの衝突によりC+イオンのエネルギーが減少するからである。なお、導入ガスなしの場合、水素フリーDLC膜を成膜できるが、チャンバ壁面に水分等が付着していると水素含有DLCになりかねないので注意が必要である。本発明に係るカーボン膜は、明示的にガスを導入して成膜される、実質的に水素を含有する水素含有DLC膜であり、水素の含有率は概ね5at.%以上である。
(成膜温度) 成膜温度とは、成膜を行う基材の温度、より厳密に言えば、成膜中に成長している膜自体の温度を言う。成膜温度が100℃を超えると一般にDLCは軟化し、膜密度が低下する。水素フリーDLCの場合、成膜温度が150℃を超えるとta-Cはできず、a-Cとなる。アーク電流を増やしたりイオンフラックスrを増加させたりすれば、成膜速度が増加するが、それに伴って成膜温度が上がり、膜密度が低下する。成膜速度(及び成膜温度)と膜密度とはトレードオフの関係にある。
(基板(基材)バイアス) 基板バイアス、より正確には、基板印加バイアス電圧は、成膜が行われる基板(基材)に印加される負の、直流電圧又はパルス電圧である。基板バイアスを変えることで、膜の密度等を制御できる。その説明図が図19である。一般に、水素含有DLCの場合、導入ガスがC24又はC22であれば、基板バイアス(の絶対値)が大きいほど、膜の水素含有量が低くなる。これは、イオン衝撃により膜からHが抜けるからである。又、一般に、基板バイアス(の絶対値)が大きいほど、sp3構成比が小さくなる。ガス種については、形成される膜のsp3構成比が高いものから順に導入ガスなし、H2、C22、C24である。これは、バイアス電圧による加速のためにC+イオンのエネルギーが過剰になり、sp3結合が形成できないからである。なお、基板バイアスはDC電圧でもよいが、パルス電圧を用いることにより、パルス周期における電圧の非印加時間に、成膜における不均一性の原因となる基板に貯まる電荷を解放して、膜厚の均一性を高め、ピンホールなどの幾何学的な欠陥のない高品位なカーボン膜を成膜することができる。
(基板(基材)バイアスと成膜温度) 基板バイアスの負電圧の絶対値が大きいほど、成膜温度は高くなる。ガス流量や、基板バイアスが直流電圧かパルス電圧かで若干の相違はあるものの、概ね、基板バイアスが-100Vであれば成膜温度は80℃未満、-500Vであれば75~110℃、-1000Vであれば130~180℃程度である。
(膜厚制御) 膜厚を制御するためには、膜厚を計測する必要がある。成膜チャンバ内にある膜の反射率を複数の波長で計測し、その干渉パターンから膜厚を求めた。真空アーク蒸着においては、陰極材料の方減りなどが原因で他の成膜条件が同じでも成膜速度が一定にならないが、追込成膜を行うことで概ね誤差±5%以内で所望の膜厚を得ることができる。追込成膜とは、まず最大成膜速度を仮定した成膜時間を設定し、膜厚90%を目標として成膜を行う初回成膜を行い、その後、膜厚を上記のように計測して今回の実際の成膜速度を算出し、2回目はその成膜速度をもとに残りの膜厚の90%を目指して成膜し、を繰り返す方法である。2回目で誤差±5%以内、3回目を行えば誤差±1%以内が可能である。
<2.TDS分析>
(動機) 耐熱性の高いカーボン膜の組成や作製方法を知るために、昇温脱離ガス分析(TDS分析, Thermal Desorption Spectroscopy)を行った。
(試料作製) TDS分析の対象とする試料(#1~#10)は、上記T-FAD装置により、基材であるシリコンウェハ(n型Si基板)の<100>面に膜厚400nmを目標として成膜したカーボン膜である。成膜条件である雰囲気(ガス種、ガス流量、プロセス圧力)と基板バイアスは、図1の表図に示した通りである。また、比較のため、成膜し
ないシリコンウェハそのもの(試料#0とする)についてもTDS分析を行った。試料#1~#3は水素フリーカーボン膜であり、試料#4~#10は水素含有カーボン膜である。試料#5と#6が本発明に係るカーボン膜の実施試料であり、他は比較試料である。
(TDS分析装置) TDS分析は、真空中で試料を加熱し、試料から放出されるガスをガス分析計で同定・定量する方法である。我々は、プログラム温度制御器((株)サーモ理工, TP300RF)を備えた集光照射式赤外線真空炉((株)サーモ理工, IVF298W)と、マスフィルタ型ガス分析計(QMS)(ULVAC, REGA-101)を組み合わせた図9に示すTDS分析装置1を用いてTDS分析を行った。赤外線真空炉内において試料10は石英製の試料台13の深さ0.5mmの凹部に載置される。試料のサイズは縦と横がともに10mm以内、厚さが5mm未満でなければならない。試料台13の凹部の中心点12の上方5mmの位置には温度計測用の熱電対11が配置され、試料の温度を±1℃程度の精度で計測することができる。赤外線真空炉内とQMS(四重極型質量分析計)とは、メインバルブMVを介して連通している。QMSは、流入するガスをイオン化し、生成するイオンを振動する四重極電場が存在する領域に送り込み、その比電荷によって選択・検出することで、試料から単位時間に放出されるガスの量(分子数)をその質量数別に、イオン電流値として検出することができる。QMSの測定モードにはスキャンモードとトレンドモードがある。スキャンモードでは、質量スペクトルがわかり、放出ガスのガス種が判明する。トレンドモードでは、質量スペクトルの経時変化がわかる。温度の時間変化が既知なので、トレンドモードでの測定結果から、ガス放出温度が判明する。
(加熱条件) ベース圧力5.0×10-4Pa以下の圧力の下で、温度をモニタしながら赤外線照射により試料を加熱した。昇温速度は5℃/分、到達温度は1000℃又は1200℃とした。
(質量分析条件) QMSのイオン化電圧を50eVに、質量サンプリング速度を200ms/amuに、測定間隔を4sに、測定質量数範囲を1~60amuに、測定モードをトレンドモードに、それぞれ設定した。ここで「amu」は統一原子質量単位を意味するものとする。
(TDS分析結果) 図(2A)は、基材(n型Si基板)のみからなる比較試料#0のTDS分析による質量分析の結果を、温度を横軸に、各分子量に対応するイオン電流を縦軸にとって示したグラフ図である。いずれの分子量においても特定の温度にガス放出のピークは見られないから、図(2A)は、試料由来のものではなく、赤外線真空炉の内壁等から遊離するごく微量の分子を検出しているものと考えられる。
図(2B)は、水素フリーカーボン膜を成膜した比較試料#2についての同様な質量分析の結果を示すグラフ図である。比較試料#0と同様に、いずれの分子量においても特定の温度にガス放出のピークは見られない。
図(2C)は、水素含有カーボン膜を成膜した実施試料#5についての同様なグラフ図である。分子量2(水素H2)について、ガス放出のピークが検出された。検出ピークの温度は950℃、検出開始温度は930℃、検出終了温度は980℃である。他の分子量(炭化水素Cnm)については特定の温度にガス放出のピークは見られない。
図(2D)は、水素含有カーボン膜を成膜した比較試料#8についての同様なグラフ図である。分子量2(水素H2)について、ガス放出のピークが検出された。検出ピークの温度は720℃、検出開始温度は670℃、検出終了温度は800℃である。他の分子量(炭化水素Cnm)については特定の温度にガス放出のピークは見られない。
Figure 0007349082000001
表1は、各試料(#0~#10)について、水素(H2)検出温度を示したものである。表中、試料(#1~#3)について、記載「なし」は、1200℃以下の温度において水素ガスの放出が検出されないことを意味する。また、検出ピーク温度とは、図2のグラフ図において、バックグラウンドを差し引いたイオン電流の電流値(以下、差引電流値とする)が最大となる温度を意味する。また、検出開始温度及び検出終了温度とは、図2のグラフ図において、差引電流値が、差引電流値のピーク値の0.1倍となる温度を意味する。ここで、バックグラウンドの電流値は例えば、図2のグラフ図のガス放出の各ピークの近傍において、イオン電流値の対数値を温度の2次関数(バックグラウンドを表す)とガウス関数(ガス放出を表す)の和でフィットして同定することができる。なお、いずれの試料でも、水素(H2)以外の、他の分子量(炭化水素Cnm)については、1000℃以下の温度範囲においてガス放出のピークは検出されなかった。
図3は、表1に示す各試料の水素(H2)検出温度を、カーボン膜の水素含有量を横軸にとって図示したグラフ図である。水素含有量の計測方法については後述する。丸印が検出ピーク温度を示し、横棒が検出開始温度又は検出終了温度を示す。水素フリーカーボン膜を成膜した比較試料(#1~#3)と、カーボン膜の水素含有量が2at.%である比較試料#4については、1200℃以下で水素ガスの検出がないので図示していない。水素含有カーボン膜を成膜した試料#5~#10については、水素含有量が増えるほど水素(H2)検出温度が低くなる傾向がある。水素(H2)の検出開始温度が800℃以上であるためには、カーボン膜の水素含有量は約15at.%以下である必要があり、約10at.%以下であることがより好ましい。
図1の表図には、各試料のカーボン膜について計測した、水素含有量(at.%)、硬さ(GPa)、膜密度(g/cm3)、sp3構成比(%)、3つの波長(400nm,546nm,800nm)における屈折率と消衰係数、及び、ラマン分光分析における強度比ID/IGとGピーク位置(cm-1)を示した。水素含有量(at.%)は、弾性反跳検出分析(ERDA; Elastic Recoil Detection Analysis)法により装置(1MWタンデトロン加速器,筑波大学)を用いて計測した。硬さ(GPa)及び膜密度(g/cm3)は、それぞれナノインデンタ(Triboindenter TI950,Hysitron)、及びX線反射率(XRR; X-ray reflectometry)法により装置(X'Pert PRO MRD,PANalytical)を用いて計測した。sp3構成比(%)すなわち比sp3/(sp3+sp2)は、吸収端近傍X線吸収微
細構造(NEXAFS; Near Edge X-ray Absorption Fine Structure)法により装置(ニュースバルBL09A,国立研究開発法人理化学研究所)を用いて計測した。各波長における屈折率と消衰係数は、分光反射率測定器(USPM-RU-2, オリンパス)で計測した反射率を、光学薄膜解析ソフトFilmStarでフィッティングすることにより算出した。強度比ID/IGとGピーク位置(cm-1)は、可視光顕微ラマン分光計測により求めたが、その方法と使用装置は、ダイヤモンド基板上に成膜したカーボン膜について後述するものと同様である。
<3.切削試験>
(動機) ドリルをどのようなカーボン膜で被覆すればCFRPのような難削材に対して高品位な加工面を得ることができるのかを知るために、穿孔切削試験を行った。
(試料ドリルの作製) まず、切削試験に用いるドリル(以下、試料ドリルと呼ぶ)について説明する。カーボン膜で被覆してなる試料ドリル(#1~#10;簡単のためTDS分析における試料と同一の記号を用いる)は、基材とする市販のドリルD-STAD-1915(CFRP用ダイヤコート超硬トリプルアングルドリル、オーエスジー(株)、ドリル径4.864mm,溝長39mm,全長89mm,シャンク径4.864mm,先端角120°,シンニング有,先端部長さ8.2mm,ダイヤモンド膜厚16μm)のボディを含む部分の表面に、上記のT-FAD装置により膜厚500nmを目標としてカーボン膜を成膜してなるドリルである。成膜条件は、図1の表図に示した条件と同一である。また、比較のため、カーボン膜を成膜しない市販のドリルD-STAD-1915そのもの(試料ドリル#0とする)を用いた切削試験も行った。
(被削材)被削材として、CFRP(平織のクロス材,炭素繊維:PAN系,樹脂:熱硬化性樹脂,厚さ5mm,層数13)を用いた。
(試験方法及び結果評価方法) 室温25℃,湿度43%の環境下で、上記被削材に対し、試料ドリル(#0~#10)を用いて穿孔切削を行った。試料ドリルの回転数は2000rpmに固定し、Z軸送りの速さ(mm/min)を100,200,300,400,500,600の6段階に切替えて、Z軸送りの各速さについて穿孔切削を行った。図(4A)は、穿孔を出口側から観察した写真図である。まず、目視により切削穿孔加工の品位を評価する。
(結果評価方法の続き) 次に、加工品位のより客観的な評価方法を説明する。各穿孔について出口側から全孔をデジタル顕微鏡Dino-Lite(サンコー(株), AM-7915MZT)で撮影した。その画像をもとにDmaxやDnom等の形状パラメータを測定して、剥離率評価のための3つの指標(剥離範囲率、剥離面積率、合成剥離率)を計算した。
ここで、形状パラメータの定義は次の通りである。図(4B)は撮影された画像を模式的に示している。白い円形の領域が穿孔であり、その周囲の灰色の領域が剥離箇所である。白い円形の領域に突出している灰色の部分がバリである。図で、Dmaxは全剥離箇所が含まれる最小の同心円の直径を、Dnomは穿孔の名目上の直径を、それぞれ表す。また、Amax=π(Dmax/2)2は全剥離箇所が含まれる最小の同心円の面積を、Anom=π(Dnom/2)2は穿孔の名目上の面積を、それぞれ表す。加えて、ADelは剥離箇所の面積であり、穴に伸びた未切断部分(バリ)の面積を含めるものとする。
更に、剥離率の3つの指標である剥離範囲率FD、剥離面積率DF、合成剥離率Fdaの定義は次の通りである。
D = (Dmax-Dnom)/Dnom
DF = ADel/Anom
da = FD + (FD 2-FD)・ADel/(Amax-Anom) 。
(目視による結果) まず、切削試験の目視による結果評価を述べる。図(4A)が示すように、本発明の実施例である試料ドリル#5の穿孔は、Z軸送りの速さによらずバリ(
部品のかどのエッジにおける、幾何学的形状の外側の残留物)が全く見られず、極めて高品位な加工面が得られている。一方、比較例については、カーボン膜を成膜していない試料ドリル#0と、水素フリーカーボン膜を成膜した試料ドリル#2と、水素ガス脱離温度の低い試料ドリル#8と、のいずれについてもバリが生じており、特にZ軸送りが高速になるほど、バリが生じやすいことが分かる。
(剥離率の結果) 次に、剥離率の3つの指標による加工面の品位評価を述べる。表1は、試料ドリル(#0~#10)の各々について、上記の方法で測定された剥離範囲率、剥離面積率、合成剥離率を示す。なお、試料ドリル#7と#9については切削実験を行っておらずデータがない。しかし、3つのカーボン膜(#7、#8、#9)はガス種とガス流量は異なるものの、ほぼ同じ組成と機械的性質及び光学的性質を示すカーボン膜であるので、試料ドリル#7と#9についての切削実験の結果は、試料ドリル#8と類似した結果になると推定できる。
2次元的な指標である剥離面積率に注目すれば、試料ドリル#5、#6、#8が優れており、他の試料ドリルの半分以下の剥離面積率となっている。1次元的な指標である剥離範囲率に注目すれば、試料ドリル#6、#5が優れており、試料ドリル#8は最も優れた試料ドリル#6の5割も大きい剥離範囲率となっている。したがって、両者を総合した観点からは、試料ドリル#6と#5による加工面の品位が優れている。合成剥離率を見ても、これら2つの試料ドリルの合成剥離率が他より小さい。
(考察) 表1からわかるように、本発明に係るカーボン膜#5と#6を、他の比較例のカーボン膜と区別する特徴は、第1に、実質的に水素を含有する、換言すれば、水素を5at.%以上含有するカーボン膜であることであり、第2に、真空中のTDS分析において水素(H2)の検出開始温度が800℃以上であるカーボン膜であることである。本発明に係るカーボン膜は実質的に水素を含有するから、低摩擦性と被切削材に対する低攻撃性に優れている。更に、本発明に係るカーボン膜は水素の脱離が800℃以上で起きるカーボン膜であり耐熱性が高いから、切削箇所が局所的に高温になっても、水素等の脱離やグラファイト化は生じにくく、耐熱性と、低摩擦性、耐摩耗性、被切削材に対する低攻撃性を具備し、バリの発生が少なく高品位な加工面を形成可能な切削工具の保護膜を提供できるものと考えられる。
本発明に係るカーボン膜を成膜した試料ドリル(#5、#6)が、カーボン膜を成膜していないダイアコートドリルそのものである試料ドリル(#0)より、加工面の品位において優れている点も興味深い。本発明に係るカーボン膜を成膜することにより、ダイヤモンド膜の表面の平坦性を改善し、被切削材に対する攻撃性を緩和できること等が、その原因として考えられる。
<4.レーザー耐性試験>
(動機) 本発明に係るカーボン膜を比較例に係るカーボン膜から区別する光学的性質を見出すために、レーザー耐性試験を行った。
(試料作製) レーザー耐性試験の対象とする試料(#1(WC)~#10(WC))は、上記T-FAD装置により、基材であるWC基超硬基板の表面に膜厚500nmを目標として成膜したカーボン膜である。成膜条件である雰囲気(ガス種、ガス流量、プロセス圧力)と基板バイアスは、図1の表図に示した通りである。
(使用機器及び光学系) レーザーラマン顕微分光光度計(NRS-7100, 日本分光(株))に具えられた3つのレーザー光源のいずれかを選択的に用いて、波長324nmの紫外光CWレーザー光、波長532nmの可視光CWレーザー光、又は、波長785nmの近赤外光CWレーザー光により、試料の測定点を照射する。レーザー光源と測定点の間には、オープン状態を含めて6段階の光学濃度(OD値)を取り得る減光器が設けられており、測定点におけるレーザー強度も6段階に変化する。減光器のOD値と、各波長のレーザー強
度との関係を以下の表2に示す。ここでレーザー強度とは、レーザーパワーを、測定点における円形のスポットの面積で割った値をいう。なお、各波長のレーザー光のスポット径(半径)は、紫外光が2μm、可視光と近赤外光が1μmである。また、各波長のレーザー光の照射時間は、紫外光が露光時間100s/回,照射回数4回であり、可視光が露光時間60s/回,照射回数4回であり、近赤外光が露光時間60s/回,照射回数6回である。
Figure 0007349082000002
レーザー光は測定点のスポットにおいて試料を照射し、損傷痕を生じたり生じなかったりする。なお、本レーザーラマン顕微分光光度計を用いてラマン分光分析を行う場合には、測定点から放出される2次光はアパーチャ、偏光子、偏光解消板等を通過した後に主分光装置に入射し、2次光の波長ごとの強度スペクトルが計測される。
(損傷評価の方法) 各試料について、光学顕微鏡を用いてレーザー照射による損傷痕の有無を確認した。損傷痕の有無は、光学顕微鏡による観察又は光学顕微鏡による写真画像から目視で十分に確認可能である。しかし、より客観的に判定するのであれば、上記の写真画像をJTrim等の画像処理ソフトで輝度しきい値を例えば140に設定して白黒の2値画像に変換し、照射スポットを中心とする一辺が例えば5μmの四角領域を切り出して、その四角領域に含まれる黒色ピクセルの数の、白色と黒色のピクセルの数の合計に対する割合を求め、レーザー照射の前後でその割合が変化したか否かを調べるとよい。損傷痕が認められない場合には、損傷がないものと評価する。また、レーザー照射の前と後とでラマン分光スペクトルに違いがみられるかどうかも確認した。
(レーザー耐性試験の結果) 図5は、試料#2(WC)について、レーザー照射前と照射後とで、光学顕微鏡による試料表面の撮影像を比較したものである。図6は、試料#5(WC)について同様に撮影像を比較した図である。図7は、試料#7(WC)についての同様な図である。
試料#2(WC)は、いずれの波長のレーザー光についても損傷痕は認められない。よって、損傷がないものと評価する。なお、図示していないが、ラマンスペクトルにも違いが見られない。
試料#5(WC)は、紫外光と近赤外光では損傷痕が認められないが、可視光レーザー光については、レーザー強度1.4×103kW/cm2の場合にのみ損傷痕が認められる(ただし、ラマンスペクトルの違いは明瞭ではない)。よって、可視光レーザー光についての損傷閾値は、1.4×103kW/cm2未満で、かつ、765kW/cm2より大きい。
試料#7(WC)は、紫外光と近赤外光では損傷痕が認められないが、可視光レーザー光については、レーザー強度765kW/cm2以上の場合に損傷痕が認められる(ラマンスペクトルにも違いが認められる)。よって、可視光レーザー光についての損傷閾値は、765kW/cm2未満で、かつ、380kW/cm2より大きい。
Figure 0007349082000003
同様にして、他の試料についてもレーザー照射による損傷痕の有無を調べて損傷閾値を求めた。それを整理したものが表3の右欄3列である。本発明に係るカーボン膜を成膜した試料#5(WC)と試料#6(WC)は、紫外の損傷閾値が80kW/cm2より大で、かつ、可視の損傷閾値が765kW/cm2を超え1400kW/cm2未満で、かつ、近赤外の損傷閾値が1600kW/cm2より大、という条件を満たす。これらはWC超硬基板の上に成膜されたカーボン膜についての条件である。ちなみに、カーボン膜(#5又は#6)をダイヤモンド基板の上に成膜すると、損傷閾値はもっと上がり、可視光レーザー光で照射する場合の損傷閾値が1400kW/cm2より大となって、紫外、可視、近赤外のいずれでレーザー照射しても損傷痕が生じなくなる。つまり、ダイヤモンド基板上の膜のほうが超硬基板上の膜よりレーザー耐性が大きい。これは、WC基超硬基板は反射率が大きいので入射レーザー光と、膜と基板の界面で反射した反射レーザー光と、を重ね合わせた光によって膜が損傷を受けるが、ダイヤモンド基板は反射率が小さいので、主に入射レーザー光によってのみ膜が損傷を受けるからである。
(カーボン膜の光学特性) 上記のような損傷形態の違いを論じるための準備として、カーボン膜の屈折率と消衰係数の測定について述べる。図(12A)は、水素フリーカーボン膜が成膜された試料#2(WC)と#3(WC)のカーボン膜について、屈折率と消衰係数を、波長の関数として表したグラフ図である。図(12B)は、水素含有カーボン膜が成膜された試料#5(WC)、#7(WC)及び#10(WC)のカーボン膜についての、同様なグラフ図である。ここで、屈折率と消衰係数は、分光反射率測定器(USPM-RU-2, オリンパス)で計測した反射率を、光学薄膜解析ソフトFilmStarでフィッティングすることにより算出した。このとき、カーボン膜の膜厚(約500nm)も同時に算出される。
(膜種、膜厚、レーザー波長による損傷の違い) 基板の上に成膜されたカーボン膜にレーザー光が垂直入射すると、基板とカーボン膜の界面、及びカーボン膜と空気の界面、で
反射若しくは透過したレーザー光が、入射レーザー光と重ね合されて定常波電界が生じる。薄膜デザインソフト(EF calc)を用いて1次元モデルにより計算した、そのような定常波電界の一例を図13に示す。図(13A)は、試料#10(WC)に上記紫外光レーザー光を入射した場合に生じる電界Eの2乗の空間分布を示す。電界は、入射レーザー光の電界の振幅E0で規格化している。同じく可視光レーザー光を入射した場合が図(13B)であり、同じく近赤外光レーザー光を入射した場合が図(13C)である。上記の意味で規格化した、カーボン膜内の電界の2乗の値の最大値は、紫外で1.3、可視で0.6、近赤外で0.6であり、紫外でもっとも高い。表3に示したように、レーザー強度が10kW/cm2の場合、試料#10(WC)のカーボン膜には、紫外の照射時のみ損傷痕が見られ、可視と近赤外の照射時は損傷痕が見られない。これは、カーボン膜の熱的破壊が電界の大きさと関係するからであると考えられる。また、損傷しやすいカーボン膜と空気との界面付近で電界の2乗が大きな値をとる場合にも、損傷が生じやすいと考えられる。
表3に示したレーザー損傷の閾値は、基材がWC基超硬合金以外であったり、カーボン膜の膜厚が約500nmと大きく異なる場合には、そのまま適用することには慎重でなければならない。しかし、基材の屈折率と消衰係数、及びカーボン膜の膜厚と屈折率と消衰係数が分かれば、上記の方法により定常波電界を計算し、計算された電界の2乗の値の空間分布に基づいて、各波長のレーザー光を入射した場合の損傷閾値を推定することができる。
(レーザー損傷によるラマンスペクトルの変化) 図(14A)は、試料#10(WC)の水素含有カーボン膜に波長532nmの前記可視光レーザー光を前記6段階のレーザー強度でそれぞれ照射した後の、ラマン分光分析によるラマンスペクトルを示すグラフ図である。図(14B)は、6つのラマンスペクトルの形状の相違がわかりやすいように、グラフの一部をy軸方向に平行移動して重ね合わせた拡大グラフ図である。光学顕微鏡による観察ではレーザー強度130kW/cm2以上で損傷痕を確認している。ラマンスペクトルを見ても、レーザー強度130kW/cm2以上でラマンスペクトルに変化が見られる。レーザー損傷により、ラマンシフト1360cm-1付近のDピークと1554cm-1付近のGピークの幅が広がり、かつ、Dピークが顕著に高くなる変化が見られる。なお、レーザー強度1kW/cm2で照射したケースは、ラマンスペクトルのノイズレベルが高く、分析が困難である。
図(15A)は、試料#5(WC)の水素含有カーボン膜に波長532nmの前記可視光レーザー光を前記6段階のうち上から3段階のレーザー強度でそれぞれ照射した後の、ラマン分光分析によるラマンスペクトルを示すグラフ図である。図(15B)は、3つのラマンスペクトルの形状の相違がわかりやすいように、グラフの一部をy軸方向に平行移動して重ね合わせた拡大グラフ図である。光学顕微鏡による観察ではレーザー強度1.4×103kW/cm2以上で損傷痕を確認している。しかし、損傷痕が確認された場合でも、Dピーク付近とGピーク付近を含むラマンスペクトルに大きな変化は見られない。
<5.ラマン分光分析>
(動機) 本発明に係るカーボン膜を比較例に係るカーボン膜から区別する、更なる光学的性質を見出すために、ラマン分光分析を行った。
(試料作製)ラマン分光分析の対象とする試料(#1(Dia)~#10(Dia))は、基材であるダイヤモンド基板(ダイヤモンド厚10μm)の<100>面に、上記T-FAD装置により、膜厚500nmを目標としてカーボン膜を成膜したものである。成膜条件である雰囲気(ガス種、ガス流量、プロセス圧力)と基板バイアスは、図1の表図に示した通りである。また、カーボン膜を成膜しないダイヤモンド基板そのものを、試料#0(Dia)で表す。
(使用機器及びレーザー強度) 上記のレーザー耐性試験で使用したものと同一のレーザーラマン顕微分光光度計(NRS-7100, 日本分光(株))を用いて、波長532nmの可視光CWレーザー光、又は、波長785nmの近赤外光CWレーザー光を試料に照射し、ラマン分光分析を行った。各レーザー波長における、露光時間、照射回数、スポット径は、上記のレーザー耐性試験の場合と同一である。減光器の設定は、可視光ではOD0.6、近赤外光ではOD0.3とした。したがって、表2からわかるように、用いたレーザー強度は、可視光では380kW/cm2、近赤外光では900kW/cm2である。ラマンスペクトルの分解能は0.2cm-1である。
(可視ラマン分析とNDピーク) 図(8A)は、上記可視光レーザー光を入射した場合の、各試料のラマンスペクトルを表している。ダイヤモンド基板そのものである試料#0(Dia)のラマンスペクトルには、1332cm-1付近にダイヤモンド特有のNDピークが現れている(NDはNatural Diamondの意)。なお、多結晶ダイヤモンドからなるダイヤモンド膜は、N doped CVD,Colorless CVD,BL-PCD,High pressure Ibのいずれであっても、NDピークが認められる。
試料#2(Dia)と#3(Dia)はいずれも水素フリーカーボン膜である。試料#2(Dia)にはNDピークが認められるが、試料#3(Dia)にはNDピークが認められない。これは、前者がsp3結合に富んだta-Cであるのに対して、後者がsp3結合に乏しいa-Cであるからである。水素含有カーボン膜である試料#5(Dia)と#8(Dia)にも、NDピークは認められない。
(近赤外ラマン分析とNDピーク) 図(8B)は、上記近赤外光レーザー光を入射した場合の、各試料のカーボン膜のラマンスペクトルを表している。試料#0(Dia)、#2(Dia)、#5(Dia)、#8(Dia)のラマンスペクトルにはすべて、1330cm-1付近にダイヤモンド特有のNDピークが認められる。しかし、sp3結合に乏しいa-Cである試料#3(Dia)には、140倍に拡大して確認してもNDピークが認められない。他の試料についても、可視及び近赤外ラマン分析におけるNDピークの有無を表3にまとめた。
(水素フリーと水素含有カーボン膜の判別) 上記のことより一般に、対象膜の可視ラマン分析においてNDピークが認められず、かつ、対象膜の近赤外ラマン分析においてNDピークが認められれば、対象膜はta-Cではなく、かつ、a-Cでもない、とわかる。したがって、対象膜は水素含有カーボン膜である。ここで更に、可視ラマン分析における強度比ID/IGとGピーク位置に注目することで、対象膜が本発明に係るカーボン膜であるか否かを判別できる。その方法を説明する。
(強度比ID/IGとGピーク位置) カーボン膜の可視ラマンスペクトルには一般に、DLC特有の、ラマンシフトが1360cm-1付近のDピークと、同じく1580cm-1付近のGピークと、が現れる。これらのピークの強度(高さ)と位置を、各試料について、バックグラウンドを表す1次関数又は2次関数と2つのガウシアン関数の重ね合せで上記ラマンスペクトルのグラフをフィッティングすることにより、求めた。それを元に、ピーク強度IDとIGの比ID/IGを計算し、Gピークの位置(Gピーク位置)とともに記載したものが表3である。表3は、ダイヤモンド基板に成膜した各試料(#1(Dia)~#10(Dia))についての値を示す。表1には、n型Si基板に成膜した試料(#1~#10)について、同様にラマン分光分析を行って得られた値を示した。
表1と表3の試料について、水素含有量(at.%)を横軸にとり、強度比ID/IGを縦軸にとってプロットしたものが図(17A)に示す散布図であり、同じく水素含有量を横軸にとり、Gピーク位置をとってプロットしたものが図(17B)に示す散布図である
。白丸はダイヤモンド基板に成膜した試料、黒丸はSi基板に成膜した試料を表す。図(17A)から、水素含有カーボン膜については水素含有量が増えると強度比ID/IGが増えることがわかる。また、ダイヤモンド基板に成膜したカーボン膜のほうが、Si基板に成膜したカーボン膜より、強度比ID/IGが大きい。図(17B)から、水素含有カーボン膜については、水素含有量が増えるとGピーク位置が一旦減って、水素含有量が10~15at.%を超えたあたりから再び増えることがわかる。また、水素フリーカーボン膜のGピーク位置は、sp3構成比が大きいほど大きくなることがわかる。
表1と表3の試料について、強度比ID/IGを縦軸に、Gピーク位置を横軸にとって、プロットしたものが図(18A)に示す散布図である。白丸はダイヤモンド基板に成膜した試料、黒丸はSi基板に成膜した試料を表す。本発明に係る水素含有カーボン膜は#5、#6である。水素含有カーボン膜の強度比ID/IGは、水素含有量が増えるほど大きくなり、又、sp3構成比が減るほど大きくなる傾向がある。また、水素含有量が5~20%の範囲内にある水素含有カーボン膜の上記Gピーク位置は、sp3構成比が増えるほど大きくなる傾向がある。又、本発明に係るカーボン膜については、ダイヤモンド基板上に成膜した膜は、Si基板上に成膜した膜に比べて、強度比ID/IGが0.05~0.2ほど大きく、Gピーク位置が2~5cm-1ほど小さい。したがって、ダイヤモンド基板に成膜された対象膜の強度比ID/IGが0.5以下であり、かつGピーク位置が1545cm-1以上であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ10%以下であり、且つsp3構成比がおよそ40at.%以上であることがわかる。加えて、対象膜の強度比ID/IGが0.2以上であり、かつGピーク位置が1570cm-1以下であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ5%以上であり、且つsp3構成比がおよそ60at.%以下であることがわかる。ゆえに、そのような対象膜は本発明に係るカーボン膜であると判別できる。
更に、ダイヤモンド基板に成膜された対象膜の上記強度比ID/IGが0.5以下であり、かつ上記Gピーク位置が1548cm-1以上であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ10%以下であり、且つsp3構成比がおよそ45at.%以上であることがわかる。加えて、対象膜の上記強度比ID/IGが0.3以上であり、かつ上記Gピーク位置が1555cm-1以下であるならば、対象膜の水素含有量がおよそ5%以上であり、且つsp3構成比がおよそ55at.%以下であることがわかる。ゆえに、対象膜が本発明のカーボン膜であると判別できる。
参考までに、本発明者がWC基超硬基板及びダイヤモンド基板上に成膜したいくつかのDLC膜の、Gピーク位置と強度比ID/IGのプロットを図(18B)に示す。膜の記号「ta-C:H(50)」中の数字「50」は、膜のナノインデンテーション硬さが50GPaであることを意味する。Gピーク位置が強度比ID/IGに対して「U字型」に変化する点で、図(18A)と類似した形状のグラフである。ダイヤモンド基板上に成膜した膜は、WC基超硬基板上に成膜した膜に比べて、強度比ID/IGが0.05~0.2ほど大きい。
<6.カーボン膜の機械的・光学的性質について>
(動機) 本発明に係るカーボン膜の機械的性質や光学的性質を更に明らかにするため、種々の測定や実験データの整理を行った。
(光学定数によるカーボン膜の分類) 図10は本発明者が提案する、屈折率と消衰係数によるカーボン膜の大まかな光学分類を示す。
(強度比ID/IG及びGピーク位置のガス流量及びバイアス電圧に対する依存性) 図16は、可視レーザーラマン顕微分光分析による、カーボン膜の強度比ID/IG及びGピーク位置の、成膜時のガス流量及びバイアス電圧に対する依存性を示す説明図である。塗りつぶした点はWC基超硬基板に成膜したカーボン膜、白抜きの点はn型Si基板に成膜し
たカーボン膜のデータを示す。強度比ID/IG及びGピーク位置は、sp3構成比の指標である。
ガス流量が多いほど強度比ID/IGが大きい傾向がある。ガス種については、強度比ID/IGの大きいものから順に、C24,C22,H2である。これは、C+イオンがガスとの衝突によりエネルギーを失うほど膜のsp3構成比が減るからである。また、ガス流量が多いほどGピーク位置が小さくなる傾向がある。ガス種については、Gピーク位置の小さいものから順に、C24,C22,H2である。これも、C+イオンがガスとの衝突によりエネルギーを失うほど膜のsp3構成比が減るからである。
負のバイアス電圧の絶対値が大きいほど強度比ID/IGが大きい傾向がある。ガス種については、強度比ID/IGの大きいものから順に、H2,C22,C24,ガスなしである。これは、ガスなしの場合、バイアス電圧による加速によってC+イオンがエネルギー過剰となってsp3結合を形成しにくくなること、及び、C+イオンがガスとの衝突によりエネルギーを失うほど膜のsp3構成比が増えるからである。また、負のバイアス電圧の絶対値が大きいほどGピーク位置が小さくなる傾向がある。ガス種については、Gピーク位置の小さいものから順に、C24,C22,H2,ガスなしである。これも、上記と同様、sp3構成比の違いが反映している。
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲における種々の変形例、設計変更、別の実施例などをその技術的範囲内に包含することは云うまでもない。
本発明に係る水素含有カーボン膜は、水素ガス脱離の開始温度が800℃以上と極めて高温であるから、耐熱性が高く、切削工具等の物品を被覆する高耐熱性の保護膜、レンズの成形用金型等の金型の表面を被覆する高耐熱性の離型膜、基材から分離された耐熱性の自立膜等の用途に、好適に利用することができる。したがって、本発明に係るカーボン膜は、産業上の幅広い利用可能性を有する。
1 TDS分析装置 10 試料
11 熱電対 12 試料台中心
13 石英試料台 14 石英窓
15 石英円盤 16 ゴールド楕円ミラー
17 赤外線ランプ 18 ピラニゲージ
19 電離真空計 MV,RV,LV バルブ
TMP,RP ポンプ QMS マスフィルタ型ガス分析計
GLC グラファイトライクカーボン
PLC ポリマーライクカーボン
GraphiteO グラファイト(α黒鉛)
Graphiteex グラファイト(β黒鉛)

Claims (12)

  1. 基材の表面の少なくとも一部を保護し、
    炭素を主成分とし、5at.%以上かつ10at.%以下の水素を含有し、sp2混成軌道成分を有する炭素とsp3混成軌道成分を有する炭素とを併せもち、
    膜密度が2.6g/cm3以上3.1g/cm3未満であり、
    真空中で加熱したときに、含有される水素の脱離が800℃以上で生じることを特徴とするカーボン膜。
  2. 真空中で加熱したときに、炭化水素の脱離が1000℃以下で生じない請求項1に記載のカーボン膜。
  3. 前記基材がダイヤモンドであるか、又は、前記基材はその表面にダイヤモンド膜が形成された基材であり、当該基材の表面の少なくとも一部を保護する請求項1又は2に記載のカーボン膜。
  4. 波長546nmの光に対する屈折率が2.4以上2.7以下であり、消衰係数が0.1以上0.2以下である請求項1~3のいずれかに記載のカーボン膜。
  5. sp2混成軌道成分を有する炭素とsp3混成軌道成分を有する炭素の構成比sp3/(sp3+sp2)が40%以上60%未満である請求項1~4のいずれかに記載のカーボン膜。
  6. 屈折率0.1以上、消衰係数1.0以上の基材の表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜が、請求項1に記載のカーボン膜であるか否かを判別する判別方法であり、該水素含有非晶質カーボン膜が、
    波長324nmの紫外光のCW(連続波)レーザー光照射においては、照射強度80kW/cm2で損傷を受けず、
    波長785nmの近赤外光のCWレーザー光照射においては、照射強度1.6×103kW/cm2で損傷を受けず、
    波長532nmの可視光のCWレーザー光照射においては、照射強度765kW/cm2では損傷を受けず、1.4×103kW/cm2で損傷を受ける、
    ことを確かめるステップを有することを特徴とする判別方法。
  7. ダイヤモンドの表面に形成された水素含有非晶質カーボン膜が、請求項1に記載のカーボン膜であるか否かを判別する判別方法であり、
    該水素含有非晶質カーボン膜に対し、
    照射強度3.8×102kW/cm2の可視光レーザー光でラマン分光を行った際、ラマンシフトが1329~1338cm-1のダイヤモンドのスペクトルが検出されず、
    照射強度8.9×102kW/cm2の近赤外光レーザー光でラマン分光を行った際、ラマンシフトが1329~1338cm-1のダイヤモンドのスペクトルが検出され、
    上記可視光レーザー光でラマン分光を行った際、DLCスペクトルにおいて、DピークとGピークの強度比ID/IGが0.2以上0.5以下であり、かつ、Gピーク位置が1545cm-1以上1570cm-1以下である、
    ことを確かめるステップを有することを特徴とする判別方法。
  8. 窒素、酸素、ホウ素、アルゴン、ケイ素、リン、硫黄、アンチモン、セレン、テルル、フッ素、塩素、アスタチン、遷移金属の各元素、アルミニウム、亜鉛、インジウム、スズ、アンチモン、鉛、ビスマスからなる群から選ばれた1つ以上の元素を含有する請求項1~5のいずれかに記載のカーボン膜。
  9. 前記基材が、工具、金型、刃物、摺動部材、又は装飾品である請求項1~5、8のいずれかに記載のカーボン膜。
  10. 前記基材が光学部品である請求項1~5、8のいずれかに記載のカーボン膜。
  11. 請求項9又は10に記載のカーボン膜により表面の少なくとも一部が保護されていることを特徴とする物品。
  12. 基材から分離された自立膜である請求項1又は2に記載のカーボン膜。
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WO2015045745A1 (ja) 2013-09-30 2015-04-02 株式会社リケン ピストンリング

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