本発明による衛生設備機器
本発明による衛生設備機器は、図1に示すように、金属を含んでなる基材70と、基材70上にある金属酸化物層20と、金属酸化物層20上にある有機層10とを基本構成として備える。有機層10およびそれを備える金属酸化物層20の詳細は後述する。
本発明による衛生設備機器の金属を含んでなる基材は、さらにその内部に温水を通水可能な通水路を備え、さらに次の様な温度特性を備える。すなわち、前記基材の表面温度が周囲温度25℃と同等であることを確認した後、前記通水路に45℃の温水を通して前記基材の温度が45℃になった時点からさらに30秒間前記通水路に45℃の温水を通した後、止水して、10分以内に前記基材の表面温度が35℃以下になる特性を備える。このような温度特性を備えることで、基材上の有機層への熱の影響を少なくし、有機層の耐久性を向上させることができる。
本発明による衛生設備機器は、後述するように、例えば水栓として用いられる。この水栓の具体例を、その構造で分類し挙げれば、湯または水のみを通す単水栓と、湯と水とを混合して供給する混合栓がある。
混合栓は、基本的な構成として、通水路と、それに連通する上水および温の給水部、上水および温を混合する湯混合部、並びに湯水混合部と通水路により連通する吐水部とを備えてなる。
混合栓を、その構造で分類すれば、2ハンドル混合栓(湯と水の2つのハンドルで温度と流量を調節する湯水混合栓、例えば図11)、シングルレバー混合栓(ひとつのレバーハンドル操作で吐水・止水ができ、レバーハンドルと連動したバルブによって、湯および水の通水路の開閉を加減し、吐水量や湯温を調節する。例えば、図12、13および14)、サーモスタット混合栓(給湯温度や水圧が突然変わっても、吐水温度をほぼ一定に保つ、自動温度調節機能付の水栓、例えば図15および16)が挙げられる。
本発明が適用される水栓の具体例を、図面を用いて説明する。図18は、図12で示される水栓装置の内部構造を含めて説明する図である。図12に示される水栓装置は、図18に示すように、給湯源(図示せず)から供給される湯と給水源(図示せず)から供給される水を混合し、単一の操作ハンドル2を回転操作することにより流量と温度を調節した湯または水をスパウト4の吐水口6から吐止水する、いわゆる、シングルレバー式の湯水混合水栓装置である。水栓装置1は、給湯源(図示せず)から湯が供給される通湯路8と、給水源(図示せず)から水が供給される通水路10とを備えており、これらの通湯路8及び通水路10のそれぞれには、湯用の開閉弁12及び水用の開閉弁14がそれぞれ設けられている。水栓装置1は、通湯路8及び通水路10のそれぞれから供給された湯及び水を混合する水栓本体部16を備えており、この水栓本体部16の下流側には、スパウト4が設けられており、このスパウト4の吐水口6が、水栓本体部16で混合された湯または水を吐水する吐水部となっている。操作ハンドル2は、水栓本体部16の上方に回転可能に設けられており、回転操作することにより開閉弁12,14のそれぞれを開閉操作して、吐水口6を吐水状態又は止水状態に切り替える吐止水操作が可能であると共に、吐水状態では吐水口6から吐水される湯または水の流量調整操作及び温度調整操作が可能な回転操作部として機能するようになっている。操作ハンドル2には、回転操作に応じて操作ハンドル2と共に回転して、操作ハンドル2の傾斜状態等の姿勢や回転運動を検知する加速度センサ18が設けられている。水栓装置1は、操作ハンドル2の姿勢や回転運動を検知した加速度センサ18から出力される加速度信号に基づいて、各開閉弁12,14の開閉を制御する制御部であるコントローラ20を備えている。
上述の基本構造を有する本発明による衛生設備機器は、次のような特性を備える。すなわち、基材の表面温度が周囲温度と同等であることを確認した後、通水路に45℃の温水を通して基材の温度が45℃になった時点からさらに30秒間前記通水路に45℃の温水を通した後、止水して、10分以内に前記基材の表面温度が35℃以下になる特性を備える。ここで、上記温度は、衛生設備機器の表面の中で最も温度の高い点とし、好ましくはサーモグラフィカメラにより撮影して最も高い温度を測定する手法を用いる。
本発明のよる衛生設備機器にあって、最も温度の高い箇所は、一般的には衛生設備機器の吐出口付近となるが、それ以外の場所においても、上記条件下で10分以内に、好ましくは速やかに35℃以下の温度となることが好ましい。本発明の好ましい態様によれば、最も高い温度の箇所も含め、上記条件下で10分以内に、好ましくは速やかに35℃以下の温度となるために、通水路の内面と有機層が設けられた表面との距離は、上限値が、3mm以下であることが好ましく、より好ましくは2mm以下、さらに好ましくは1mm以下であり、下限値が0.3mm以上である。通水路の内面と有機層が設けられた表面との距離を一定以上にすることにより、有機層が形成された本発明の衛生設備機器は、水まわりにおいて十分な耐久性と水垢除去性が得られる。また、有機層側の表面の昇温を緩やかにできるので、有機層への熱による影響が和らぎ、耐久性が向上する。なお、本発明において「耐久性」は、水、および/またはアルカリ性液体への接触、熱負荷あるいは摺動の後でも、水垢易除去性が維持される性質を意味する。
有機層
本発明において、有機層10は、後述する非高分子の有機配位子R-Xからなる層であり、R-Xが単層で形成された単分子層であることが好ましく、R-Xからなる自己組織化単分子層(self assembled monolayers、SAM)であることがより好ましい。自己組織化単分子層は、分子が緻密に集合した層となるため、基材上の水酸基の大部分をシールドすることができる。自己組織化しうる分子は、界面活性剤の構造であり、基材と高い親和性を持つ官能基(ヘッド基)と基材と低い親和性を持つ部位を持つ。ある種の官能基をヘッド基に持つ界面活性剤分子は、金属酸化物層に含まれる金属元素に対し配位性を有するため、金属酸化物層上にSAMを形成する能力を有する。SAMは面方向の結合を有しないため、熱変動による解裂が起こらない。そのため、熱変化に伴う層剥離が起きにくい。SAMの厚さは、構成分子1分子の長さと同程度となる。ここで、「厚さ」とは、SAMのZ方向に沿う長さを指す。ここで、図1において、基材70から有機層10に向かう方向をZ方向とする。SAMの厚さは10nm以下、好ましくは5nm以下、より好ましくは3nm以下である。また、SAMの厚さは、0.5nm以上、好ましくは1nm以上である。SAMの厚さがこのような範囲になるような構成分子を用いることで、基材を効率的に被覆することができ、汚染物質の易除去性に優れた衛生設備機器を得ることができる。
本発明において、SAMは、有機分子が固体表面に吸着する過程で基材表面上に形成される分子集合体であり、分子同士の相互作用によって集合体構成分子が密に集合する。本発明において、SAMは炭化水素基を含む。これによって、分子同士に疎水性相互作用が働き、分子が密に集合することができるため、汚れの易除去性に優れた衛生設備機器を得ることができる。
本発明において、非高分子の有機配位子R-Xは、疎水基Rと、金属酸化物層に含まれる金属元素に対し配位性を有する官能基Xとを備える。非高分子の有機配位子R-Xは、官能基Xを介して金属酸化物層と結合する。ここで、「非高分子」とは、国際純正応用化学連合(IUPAC)高分子命名法委員会による高分子科学の基本的術語の用語集(日本語訳)の定義1.1(すなわち、相対分子質量の大きい分子で、相対分子質量の小さい分子から実質的または概念的に得られる単位の多数回の繰返しで構成された構造をもつもの。http://main.spsj.or.jp/c19/iupac/Recommendations/glossary36.htmlを参照)に該当しない化合物を意味する。SAMは、このような非高分子の有機配位子R‐Xを用いて形成される層である。
非高分子の有機配位子R-X
本発明において、有機層10は非高分子の有機配位子R-Xを用いて形成される層である。疎水基Rは、CとHとからなる炭化水素基であることが好ましい。Rの炭化水素基の骨格内に1ないし2個所で炭素以外の原子が置換されていても良い。置換される原子は、酸素、窒素、硫黄が挙げられる。好ましくは、Rの片末端(Xとの結合端ではない側の端部)はメチル基である。これによって、衛生設備機器の表面が撥水性となり、汚れの易除去性を高めることができる。R-XがZ方向に配列した有機層10は面方向の結合を有しないため、熱変動により有機基R同士の間隔が広がり、水が浸入し、層剥離につながる可能性もあると考えられるが、有機層10を形成しているR-Xの緻密性は、熱変動による影響を抑え、耐水性を向上させるものと考えられる。緻密な有機層が水の浸入を阻むためだと推察される。
Rは、CとHとからなる炭化水素基であることが、より好ましい。炭化水素基は、飽和炭化水素基でもよいし、不飽和炭化水素基でもよい。また、鎖式炭化水素でもよいし、芳香環などの環式炭化水素を含んでもよい。Rは、好ましくは鎖式飽和炭化水素基であり、より好ましくは直鎖式の飽和炭化水素基である。鎖式飽和炭化水素基は、柔軟な分子鎖であるため、基材を隙間なく覆うことができ、耐水性を高めることができる。Rが鎖式炭化水素基の場合は、好ましくは炭素数が6以上25以下のアルキル基である。Rは、より好ましくは炭素数が10以上18以下のアルキル基である。炭素数が多い場合には、分子同士の相互作用が大きく、SAMの分子間隔dを狭くすることができ、耐水性をさらに高めることができる。一方、炭素数が大きすぎる場合には、単分子層の形成速度が遅く、生産効率が悪くなる。
Rはハロゲン原子を含有してもよいが、含有しないことが好ましい。Rは高極性の官能基(スルホン酸基、水酸基、カルボン酸基、アミノ基、アンモニウム基、複素環骨格)を、片末端側に含んでもよいが、含まないことが好ましい。ハロゲン原子やこれらの官能基を含有しない化合物を用いて形成される層は、汚れの易除去性およびその耐久性が高くなる。
Rはハロゲン原子を含有しないことが好ましい理由として、以下の作用機序が考えられる。
前記のR-Xで表される化合物が衛生設備機器の表面に結合されるためには、金属酸化物層が必要である。金属酸化物層の表面は、親水性であるが、当該表面に有機層を形成することにより撥水性となり、水垢付着防止性能が発現する。そのため、有機層は特開2004-217950号公報に記載されたようなフッ素含有化合物を用いて形成することが、高い撥水性の表面が得られるため、良いと考えられていた。しかしながら、フッ素含有化合物を用いて形成される有機層の表面にあっては、水垢付着防止性能が低くなってしまうことを発明者らは見出した。これは、フルオロアルキル基の撥水性が非常に高いために水に対して斥力が働くことと、親水性を呈する金属酸化物層は水に対して誘引力が働くこととの複合作用により、水が有機層の内部に浸入して水に溶解している無機成分(ケイ酸塩など)と金属酸化物との結合が促進され、水垢の固着が助長されるためであると推察される。
これに対し、例えば直鎖の炭化水素基を備えたアルキルホスホン酸のように、フッ素を含有しない化合物を用いて有機層を形成した場合、水垢付着防止性能は高く、汚れの易除去性が得られることを、発明者らは見出した(第1の効果)。これは、フッ素を含有しない化合物を用いて形成された有機層はフッ素含有化合物を用いて形成された有機層に比べて撥水性が低いため、水が金属酸化物層の側に浸入する作用が弱いためであると推察される。
また、有機層への水の浸入を防止できることは、有機層の耐久性を高める上でも有利に働くと考えられる。R-Xと金属酸化物との結合は、水の存在によって、加水分解され得る。そのため、フッ素含有化合物等を用いて形成される水が浸入しやすい有機層の場合、水が存在する環境で使用すると、R-Xが金属酸化物から脱離してしまい、汚れの易除去性を持続させることができないことも発明者らは見出した。
これに対し、水の浸入を防止することができる直鎖の炭化水素基を備えたアルキルホスホン酸等を用いることで、R-Xと金属酸化物との結合の加水分解を起こりにくくして、汚れの易除去性を持続させることができる。さらに、金属酸化物層がCr、Zr、及びTiからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素(M)を含むことで、金属酸化物層とR-Xとの間に安定な結合(M-O-P結合)を形成することができる。そのため、わずかに有機層に水が浸入した場合にも、R-Xと金属酸化物との結合が加水分解されることによるR-Xの脱離を抑制することができる。このような安定なM-O-P結合は、水が存在する環境下で使用した場合や、清掃のために摺動した場合における耐久性を有機層に与える(第2の効果)。
以上のことから、本発明の衛生設備機器は、汚れの易除去性(第1の効果)と、有機層の耐久性(第2の効果)とをともに備えることで、十分な持続性を確保できるものである。
上記に加えて、次のようなことも推察される。すなわち、図2(a)に示すように、R‐Xを用いた場合には、衛生設備機器100の表面の、有機層10を構成するR同士の間隔dが狭くなり、水垢が金属酸化物層の水酸基と結合するのが抑制されるために、易除去性が向上したものと推察される。ここで「間隔d」とは、R間の間隔である。さらに、柔軟なRが折れ曲がるようにして基材を覆うため、基材と有機層を形成する化合物との結合部分に水分子が浸入しにくくなる。これにより、有機層を形成する化合物と金属酸化物との結合は加水分解が起こりにくくなるため、耐水性が向上したものと推察される。
一方、特開2000-265526号公報、および特開2004-217950号公報に開示された技術においては、フッ素原子を含む炭化水素基を用いている。この場合、(i)分子サイズが大きく、分子自体の立体障害で分子が緻密に並ぶことができない、(ii)分子同士の相互作用が弱いため、図3に示すように、部材200においては、有機層10を構成するフッ素を含む炭化水素基間の間隔dが広くなる。したがって、金属酸化物層表面にシールドされていない水酸基が残存してしまい、水垢Sと化学結合を形成するため、十分な水垢易除去性を得ることができなかったと推測される。また、フッ素を含む炭化水素基は、剛直で曲がりにくい分子のため、分子間の隙間をさらに覆うことができない。このため、基材と有機層との結合部分に水分子が浸入しやすくなり、耐水性が低くなると推察される。
官能基Xは、ホスホン酸基、リン酸基、ホスフィン酸基、カルボキシル基、βジオール基、アミノ基、水酸基、ヒドロキシアミド基、αまたはβ-ヒドロキシカルボン酸基から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
カルボキシル基、βジオール基、アミノ基、水酸基、ヒドロキシアミド基、αまたはβ-ヒドロキシカルボン酸基は、官能基同士で重合することなく、金属酸化物層に含まれる金属元素に配位(吸着)するため、緻密な有機層が形成される。
本発明の好ましい態様によれば、Xは、リン原子を含む官能基のうち、ホスホン酸基、リン酸基、ホスフィン酸基から選ばれる少なくとも1種であり、より好ましくはホスホン酸基である。これにより、耐水性が高く、かつ汚染物質の易除去性に優れた金属部材を効率的に得ることができる。
一般式R‐Xで表される有機ホスホン酸化合物は、好ましくはオクタデシルホスホン酸、ヘキサデシルホスホン酸、ドデシルホスホン酸、デシルホスホン酸、オクチルホスホン酸、ヘキシルホスホン酸であり、より好ましくはオクタデシルホスホン酸、ヘキサデシルホスホン酸、ドデシルホスホン酸、デシルホスホン酸である。さらに、より好ましくは、オクタデシルホスホン酸である。
R-Xにおいて、官能基Xは、Xを有する分子であってもよい。ホスホン酸基を有する分子としてホスホン酸、リン酸基を有する分子として(有機)リン酸、ホスフィン酸基を有する分子としてホスフィン酸、カルボキシル基を有する分子としてカルボン酸、βジオール基を有する分子としてプロトカテク酸、没食子酸、ドーパ、カテコール(オルトヒドロキシフェニル)基、アミノ基を有する分子としてアミノ酸、水酸基を有する分子としてアルコール、ヒドロキシアミド基を有する分子としてヒドロキサム酸、αまたはβ-ヒドロキシカルボン酸基を有する分子としてサリチル酸、キナ酸を用いてもよい。
本発明において、有機層は、二種類以上のR‐Xから形成されていてもよい。二種類以上のR‐Xから形成された有機層とは、上述した化合物が複数種類混合されてなる有機層を意味する。また、本発明において、有機層は、水垢易除去性を損なわない範囲において、R‐X以外の有機分子を微量に含んでいてもよい。
有機層の厚さは、上限値が、好ましくは50nm以下、より好ましくは20nm以下、さらに好ましくは10nm以下である。有機層の厚さは、下限値が、好ましくは0.5nm以上、より好ましくは1nm以上である。好適な範囲はこれらの上限値と下限値とを適宜組み合わせることができる。ここで、「厚さ」とは、有機層のZ方向の長さを指す。
有機層の厚さを測定する方法として、X線光電子分光法(XPS)、X線反射率法(XRR)、エリプソメトリー法、および表面増強ラマン分光法のいずれかを用いることができるが、本発明においては、有機層の厚さをXPSで測定する。有機層が二種類以上のR‐Xから形成されている場合にも、XPSで測定される厚さをその有機層の平均厚さと見なし、以下に示す測定で得られる厚さを有機層の厚さとする。その場合、有機層の厚さは、アルゴンイオンスパッタまたはアルゴンガスクラスターイオンビーム(Ar-GCIB)によるスパッタとXPS測定とを併用することにより、試料内部を露出させつつ順次表面組成分析を行う、いわゆるXPSデプスプロファイル測定により測定できる(後述の図6および図7参照)。このようなXPSデプスプロファイル測定により得られる分布曲線は、縦軸を各原子濃度(単位:at%)とし、横軸をスパッタ時間として作成することができる。横軸をスパッタ時間とする分布曲線においては、スパッタ時間は深さ方向における表面からの距離に概ね相関する。Z方向における衛生設備機器(または有機層)の表面からの距離として、XPSデプスプロファイル測定の際に採用したスパッタ速度とスパッタ時間との関係から、衛生設備機器(または有機層)の表面からの距離を算出することができる。
アルゴンイオンスパッタの場合はスパッタ時間0分の測定点を、表面(0nm)とし、表面から深さ20nmの距離になるまで測定を行う。表面から深さ20nm付近の炭素濃度を基材中の炭素原子濃度とする。表面から深さ方向に炭素原子濃度を測定し、基材の炭素原子濃度よりも1at%以上高い炭素原子濃度となる最大深さを、有機層の厚さとして評価する。
また、Ar-GCIBの場合は以下の通りに有機層の厚さを評価する。最初に、膜厚基準試料としてシリコンウェハ上にオクタデシルトリメトキシシランを用いて形成される有機層を成膜した標準試料を作成し、X線反射率測定(XRR)(パナリティカル社製X‘pert pro)を実施し、反射率プロファイルを得る。得られた反射率プロファイルは、解析ソフトウェア(X‘pert Reflectivity)を用いてParrattの多層膜モデル、Nevot-Croseのラフネスの式へのフィッティングにより標準試料の膜厚を得る。次に、標準試料についてAr-GCIB測定を実施し、SAMのスパッタ速度(nm/min)を得る。衛生設備機器の表面に有する有機層の膜厚は、得られたスパッタ速度を用いてスパッタ時間をZ方向の衛生設備機器の表面からの距離に換算する。XRRの測定、解析条件及びAr-GCIBの測定条件はそれぞれ以下の通りである。
(XRR測定条件)
装置:X‘pert pro(パナリティカル)
X線源:CuKα
管電圧:45kV
管電流:40mA
Incident Beam Optics
発散スリット:1/4°
マスク:10mm
ソーラースリット:0.04rad
散乱防止スリット:1°
Diffracted Beam Optics
散乱防止スリット:5.5mm
ソーラースリット:0.04rad
X線検出器:X‘Celerator
Pre Fix Module:Parallel plate Collimator0.27
Incident Beam Optics:Beam Attenuator Type Non
Scan mode:Omega
Incident angle:0.105-2.935
(XRR解析条件)
以下の初期条件を設定する。
Layer sub:Diamond Si(2.4623g/cm3)
Layer 1:Density Only SiO2(2.7633g/cm3)
Layer 2 Density Only C(1.6941g/cm3)
(Ar-GCIB測定条件)
装置:PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)
X線条件:単色化AlKα線、25W、15kv
分析領域:100mφ
中和銃条件:20μA
イオ銃条件:7.00mA
光電子取出角:45°
Time per step:50ms
Sweep:10回
Pass energy:112eV
測定インターバル:10min
スパッタ―セッティング:2.5kV
結合エネルギー:測定元素による
測定試料について、スパッタ時間0分の測定点を表面(0nm)とし、スパッタ時間100分まで測定する。なお、有機層の厚さの測定においては、おおよその値を半定量的に求める場合にはアルゴンイオンスパッタを採用し、厚さを定量的に求める場合には、深さ分解能が高いAr-GCIBを用いる。
本発明において、表面の有機層の厚さを測定する場合、測定前に衛生設備機器の表面を洗浄し、表面に付着した汚れを十分に除去する。例えば、エタノールによる拭取り洗浄、および中性洗剤によるスポンジ摺動洗浄の後、超純水にて十分にすすぎ洗いを行う。また、表面にヘアライン加工やショットブラスト加工などが施された、表面粗さが大きな衛生設備機器の場合は、できるだけ平滑性の高い部分を選んで測定する。
本発明において、以下に示す方法で有機層がR-Xを用いて形成される層であることを詳細に確認する前に、有機層がRを有する化合物を用いて形成されていることを、C-C結合およびC-H結合の測定により簡易的に確認してもよい。C-C結合およびC-H結合は、X線光電子分光法(XPS)、表面増強ラマン分光法、高感度赤外反射吸収(Infrared Reflection Absorption Spectroscopy:IRRAS)法によって確認することができる。XPSを用いる場合、C1sピークが現れる範囲(278-298eV)のスペクトルを得て、C-C結合およびC-H結合に由来する284.5eV付近のピークを確認する。C-C結合およびC-H結合を測定する場合には、測定前に衛生設備機器の表面を洗浄し、表面に付着した汚れを十分に除去する。
本発明において、以下に示す方法で有機層がR-Xを用いて形成される層であることを詳細に確認する前に、有機層がXを有する化合物を用いて形成されていることを、リン原子(P)または、リン原子(P)と酸素原子(O)との結合(P-O結合)の測定により簡易的に確認してもよい。リン原子は、X線光電子分光法(XPS)によりリン原子濃度を求めることで確認できる。P-O結合は、例えば、表面増強ラマン分光法、高感度赤外反射吸収法、X線光電子分光法(XPS)により確認することができる。XPSを用いる場合、P2pピークが現れる範囲(122‐142eV)のスペクトルを得て、P-O結合に由来する133eV付近のピークを確認する。
本発明において、有機層がR-Xを用いて形成される層であることは、以下の手順で詳細に確認する。先ず、XPS分析にて表面元素分析を行い、C、P、Oが検出されることを確認する。次に、質量分析にて表面に存在する成分の分子に由来する質量電荷比(m/z)から分子構造を特定する。質量分析は、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF‐SIMS)または高分解能質量分析法(HR-MS)を用いることができる。ここで高分解能質量分析法とは、質量分解能が0.0001u(u:Unified atomic mass units)又は0.0001Da未満の精度で測定可能で精密質量から元素組成が推定できるものを指す。HR-MSとしては、二重収束型質量分析法、飛行時間型タンデム質量分析法(Q-TOF-MS)、フーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析法(FT-ICR-MS)、オービトラップ質量分析法などが挙げられ、本発明においては飛行時間型タンデム質量分析法(Q-TOF-MS)を用いる。質量分析は、部材から十分な量のR-Xを回収できる場合は、HR-MSを用いることが望ましい。一方、部材のサイズが小さいこと等の理由で、部材から十分な量のR‐Xが回収できない場合は、TOF‐SIMSを用いることが望ましい。質量分析を用いる場合、イオン化したR-Xに相当するm/zのイオン強度が検出されることで、R-Xの存在を確認できる。ここでイオン強度は、測定範囲においてイオン強度が算出されている範囲の中で最も値が低いm/zを中心に前後50Daの平均値の信号の3倍以上を有することで検出されているとみなす。
飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF-SIMS)装置には、例えば、TOF-SIMS5(ION-TOF社製)を用いる。測定条件は、照射する1次イオン:209Bi3
++、1次イオン加速電圧25kV、パルス幅10.5or7.8ns、バンチングあり、帯電中和なし、後段加速9.5kV、測定範囲(面積):約500×500μm2、検出する2次イオン:Positive、Negative、Cycle Time:110μs、スキャン数16とする。測定結果として、R-Xに由来する2次イオンマススペクトル(m/z)を得る。2次イオンマススペクトルは、横軸は質量電荷比(m/z)、縦軸は検出されたイオンの強度(カウント)として表される。
高分解能質量分析装置として飛行時間型タンデム質量分析装置(Q-TOF-MS)、例えば、Triple TOF 4600(SCIEX社製)を用いる。測定には、例えば、切り出した基材をエタノールに浸漬させ、有機層を形成するために用いた成分(R-X)を抽出し、不要成分をフィルターろ過後、バイアル瓶(1mL程度)に移した後に測定する。測定条件は、例えば、イオン原:ESI/Duo Spray Ion Source、イオンモード(Positive/Negative)、IS電圧(-4500V)、ソース温度(600℃)、DP(100V)、CE(40V)でのMS/MS測定を行う。測定結果として、MS/MSスペクトルを得る。MS/MSスペクトルは、横軸は質量電荷比(m/z)、縦軸は検出されたイオンの強度(カウント)として表される。
Rの片末端がCおよびHからなること及びRがCとHとかるなる炭化水素であることの確認は表面増強ラマン分光を用いて確認する。
表面増強ラマン分光を用いる場合は、Rの片末端がCおよびHからなること及びRがCとHとかるなる炭化水素に由来するラマンシフト(cm-1)を確認することで行う。表面増強ラマン分光分析装置は、透過型表面増強センサおよび共焦点顕微ラマン分光装置からなる。透過型表面増強センサは、例えば、特許第6179905号に記載されるものを用いる。共焦点顕微ラマン分光装置は、例えば、NanoFinder30(東京インスツルメンツ)を用いる。測定には、切り出した衛生設備機器の表面に透過型表面増強ラマンセンサを配置した状態で測定する。測定条件は、Nd:YAGレーザー(532nm、1.2mW)、スキャン時間(10秒)、グレーチング(800 Grooves/mm)、ピンホールサイズ(100μm)で行う。測定結果としてラマンスペクトルを得る。ラマンスペクトルは、横軸はラマンシフト(cm-1)、縦軸は信号強度である。Rの片末端がメチル基の場合はメチル基に由来するラマンシフト(2930cm-1付近)を確認する。Rの末端が他の炭化水素である場合は相当するラマンシフトを確認する。また、RがCとHとかるなる炭化水素がアルキル基(-(CH2)n-)の場合は、ラマンシフト2850cm-1付近、2920cm-1付近が検出されることで確認する。また、他の炭化水素基の場合は、相当するラマンシフトを確認する。ラマンシフトの信号は、測定範囲で最も信号強度が低い範囲の100cm-1の信号強度の平均値の3倍以上あることで検出されているとみなす。
RがCとHとかるなる炭化水素であることの確認はTOF-SIMSを用いることができる。TOF-SIMS分析を用いる場合は、R-Xの確認と同じ分析条件で得られる2次イオンマススペクトルの中でm/z=14ごとに検出されるピークがアルキル基(-(CH2)n-)に由来することをもって確認する。
有機層が単分子層であることの確認は、上述の方法で得られた有機層の厚さと上述の方法で同定された一般式R‐Xで表される化合物の分子構造に基づいて行うことができる。まず、同定された分子構造に基づき、一般式R‐Xで表される化合物の分子長を推定する。そして、得られた有機層の厚さが推定された化合物の分子長の2倍未満であれば単分子層とみなす。なお、有機層の厚さは、異なる3点を測定して得られた厚さの平均値とする。また、有機層が2種類以上の一般式R‐Xで表される化合物から形成されている場合には、得られた有機層の厚さが推定された化合物の最も長い分子長の2倍未満であれば単分子層とみなす。
有機層がSAMであることの確認は、上述の有機層が単分子層であることの確認に加えて、有機層が緻密な層を形成していることを確認することによって行うことができる。有機層が緻密な層を形成していることの確認は、上述の表面のリン原子濃度により行うことができる。すなわち、リン原子濃度が1.0at%以上であれば、有機層は緻密な層を形成していると言える。
有機層と金属酸化物層とは、図2(b)に示されるように、金属酸化物層由来の金属原子(M)及び化合物R-X由来のリン原子(P)が酸素原子(O)を介して結合(M-O-P結合)している。M-O-P結合は、例えば、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)や表面増強ラマン分光法、赤外反射吸収法、赤外吸収法、X線光電子分光法(XPS)により確認することができるが、本発明においては、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)および表面増強ラマン分光法の2つを併用することにより確認する。Xがホスホン酸基の場合、1つのXにつき最大で3つのM-O-P結合を形成することができる。1つのXが複数のM-O-P結合で金属酸化物に固定されることにより、有機層の耐水性および耐摩耗性が向上する。
本発明において、M-O-P結合は以下の手順で確認する。まずXPS分析にて表面元素分析を行い、C、P、Oが検出されることを確認する。次に、飛行時間型二次イオン質量分装置(TOF-SIMS)、例えば、TOF-SIMS5(ION-TOF社製)を用いる。測定条件は、照射する1次イオン:209Bi3
++、1次イオン加速電圧25kV、パルス幅10.5or7.8ns、バンチングあり、帯電中和なし、後段加速9.5kV、測定範囲(面積):約500×500μm2、検出する2次イオン:Positive、Negative、Cycle Time:110μs、スキャン数16とする。測定結果として、R-Xと金属酸化物元素Mの結合体(R-X-M)に由来する二次イオンマススペクトル及びM-O-Pに由来する2次イオンマススペクトル(m/z)をそれぞれ得ることで確認する。2次イオンマススペクトルは、横軸は質量電荷比(m/z)、縦軸は検出されたイオンの強度(カウント)として表される。
次に、表面増強ラマン分光分析によってM-O-P結合に由来するラマンシフト(cm-1)を確認する。表面増強ラマン分光分析装置は、透過型表面増強センサおよび共焦点顕微ラマン分光装置からなる。透過型表面増強センサは、例えば、特許第6179905号に記載されるものを用いる。共焦点顕微ラマン分光装置は、例えば、NanoFinder30(東京インスツルメンツ)を用いる。測定には、切り出した衛生設備機器の表面に透過型表面増強ラマンセンサを配置した状態で測定する。測定条件は、Nd:YAGレーザー(532nm、1.2mW)、スキャン時間(10秒)、グレーチング(800 Grooves/mm)、ピンホールサイズ(100μm)で行う。測定結果としてラマンスペクトルを得る。ラマンスペクトルは、横軸はラマンシフト(cm-1)、縦軸は信号強度である。M-O-Pの結合由来の信号は、M-O-P結合の結合状態を第一原理計算ソフトパッケージ:Material Studioを用いて推定したラマンスペクトルから帰属を行うことができる。第一原理計算の計算条件として、構造最適化については、例えば、使用ソフト(CASTEP)、汎関数(LDA/CA―PZ)、カットオフ(830eV)、K点(2*2*2)、擬ポテンシャル(Norn―conserving)、Dedensity mixing(0.05)、スピン(ON)、Metal(OFF)で行う。また、ラマンスペクトル計算は、例えば、使用ソフト(CASTEP)、汎関数(LDA/CA―PZ)、カットオフ(830eV)、K点(1*1*1)、擬ポテンシャル(Norn―conserving)、Dedensity mixing(All Bands/EDFT)、スピン(OFF)、Metal(OFF)で行う。M-O-Pの結合状態として、例えば、ホスホン酸基の場合、1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が1つの状態、1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が2つの状態、1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が3つの状態が考えられる。本発明の衛生設備機器では、少なくともいずれか一つの結合状態を含んでいることを確認する。表面増強ラマン分光分析から得られたラマンスペクトルを第一原理計算で得られたラマンスペクトルで帰属する際には、M-O-Pの結合状態ごとに特徴的なラマンシフトが二か所以上一致していることをもって確認する。ここで、ラマンシフトが一致しているとは、比較するM-O-P結合に由来すると考えられるラマンシフトの値の±2.5cm-1(5cm-1)の範囲において、第一原理計算、表面増強ラマン分光分析の両方で信号が検出されていることを意味する。
本発明の衛生設備機器において、表面のリン原子濃度は、好ましくは1.0at%以上10at%未満である。リン原子濃度をこの範囲とすることで、有機層は緻密であることを示している。これによって、十分な耐水性を有し、水垢易除去性に優れた衛生設備機器を得ることができる。より好ましくは、リン原子濃度は1.5at%以上10at%未満である。これによって、さらに耐水性、および水垢易除去性を高めることができる。
本発明の衛生設備機器の表面のリン原子濃度は、X線光電子分光法(XPS)によって、求めることができる。測定条件は、条件1を用い、ワイドスキャン分析(サーベイ分析ともいう)を行う。
(条件1)
X線条件:単色化AlKα線(出力25W)
光電子取出角:45°
分析領域:100μmφ
操作範囲:15.5-1100eV
XPS装置には、PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)を用いることができる。X線条件(単色化AlKα線、25W、15kv)、分析領域:100μmφ、中和銃条件(Emission:20μA)、イオン銃条件(Emission:7.00mA)、光電子取出角(45°)、Time per step(50ms)、Sweep(10回)、Pass energy(280eV)、走査範囲(15.5~1100eV)の条件でワイドスキャン分析することによりスペクトルを得る。スペクトルは、有機層から検出される炭素原子、リン原子など、および基材から検出される原子、例えば、Crめっき基材であれば、クロム原子、酸素原子のそれぞれを含む形で測定される。検出された原子の濃度は、得られたスペクトルから、例えばデータ解析ソフトウェアPHI MultiPuk(アルバック・ファイ製)を用いて算出することができる。得られたスペクトルは、C1sピークを284.5eVとしてチャージ補正した後に、測定された各原子の電子軌道に基づくピークに対してShirely法でバックグラウンドを除去した後にピーク面積強度を算出し、データ解析ソフトウェアに予め設定されている装置固有の感度係数で除算する解析処理を行い、リン原子濃度(以下、CP)を算出することができる。また、同様にして、炭素原子濃度(以下、CC)、酸素原子濃度(以下、CO)、金属原子濃度(以下、CM)を得ることができる。濃度算出には、リンはP2pピーク、炭素はC1sピーク、酸素はO1sピーク、クロムはCr2p3ピーク、チタンはTi2pピーク、ジルコニウムはZr3dピーク、のピーク面積を用いる。
本発明において、表面の分析をする場合、衛生設備機器の中で曲率半径が比較的大きい部分を選択して、分析可能なサイズに切断したものを測定試料とする。切断時には、分析・評価する部分をフィルム等で覆うことで、表面の損傷がないようにする。測定前に衛生設備機器の表面を洗浄し、表面に付着した汚れを十分に除去する。例えば、中性洗剤によるスポンジ摺動洗浄の後、超純水にて十分にすすぎ洗いを行う。本発明において、XPS分析で検出される元素は、炭素、酸素、リン、ならびに、基材および金属酸化物層に由来する原子である。基材および金属酸化物層に由来する原子は、基材および金属酸化物層を構成する金属原子の他に、窒素などを含むこともある。基材がクロムめっきを含む場合は、炭素、酸素、リン、クロムが検出される。これ以外の元素が検出される場合は、金属酸化物層の表面に付着した汚染物質と考えられる。汚染物質由来の原子濃度が高く検出される場合(汚染物質由来の原子濃度が3at%を超える場合)は、異常値と見なす。異常値が得られた場合、異常値を除いて原子濃度を算出する。異常値が多い場合は、衛生設備機器の表面を再度洗浄して測定をやり直す。また、衛生設備機器が、その表面にヘアライン加工などが施された、表面粗さが大きな金属部材の場合は、できるだけ平滑性の高い部分を選んで測定する。
本発明の衛生設備機器において、その表面の炭素原子濃度は、好ましくは35at%以上であり、より好ましくは40at%以上であり、さらに好ましくは43at%以上であり、最も好ましくは45at%以上である。また、炭素原子濃度は、好ましくは70at%未満であり、より好ましくは65at%以下であり、さらに好ましくは60at%以下である。炭素原子濃度の好適な範囲はこれらの上限値と下限値とを適宜組み合わせることができる。炭素原子濃度をこのような範囲とすることにより、水垢易除去性を高めることができる。
本発明の衛生設備機器の表面の炭素原子濃度(以下、CC)は、リン原子濃度の測定と同様に、X線光電子分光法(XPS)によって求めることができる。測定条件は、上述の条件1を用い、ワイドスキャン分析を行う。
基材および金属酸化物層
本発明の衛生設備機器は、少なくともその表面が金属を含んでなる基材70と、基材70上に形成された金属酸化物層20を含む。金属酸化物層20は、少なくとも金属元素と酸素元素とを含む層である。金属酸化物層20には、酸化状態の前記金属元素が含まれる。基材70と金属酸化物層20との間には、明確な境界はなくてもよい。前記金属元素は、当該元素を含む純金属または合金が不動態皮膜を形成し得るものであり、本発明においては、Cr、Zr、Ti及びAlからなる群より選ばれる少なくとも1種である。前記金属元素をこのような範囲とすることで、基材表面に安定な不動態層を形成することができる。ここで安定な不働態層とは、金属酸化物を含み、かつ十分な耐水性を持つ層を指す。前記金属元素をこのような範囲とすることで、基材表面の金属酸化物層がより安定な不動態層となり、更に耐水性を高めることができる。前記金属元素は、X線光電子分光法(XPS)によって求めることができる。
なお、不動態皮膜を形成し得る金属元素としてはCr、Zr及びTiからなる群より選ばれる少なくとも1種であることがより好ましい。Cr、Zr及びTiの他に、不動態皮膜を形成し得る金属元素としてはNiやAlも知られている。しかしながら、NiまたはAlと酸素元素とからなる金属酸化物層の衛生設備機器への適用は、より好ましい金属元素を適用した場合に比べて水垢除去性が低下し、さらに広範囲に分布する斑点の発生による外観不良を呈する傾向にあることがわかった。このため特に使用者にとっての美観が重要となる衛生設備機器への適用は、好ましくない。水垢除去性の低下や外観不良の発生は、衛生設備機器の長期的な使用によって有機層に水が浸入し、金属酸化物層が劣化するためであると考えられる。
金属酸化物層20は、基材70の表面に形成された不動態層、または、基材70の表面に人工的に形成された層であるが、耐水性や耐摩耗性などの耐久性に優れた有機層を得られる点で、不動態層であることが好ましい。人工的に形成する手段としては、例えば、ゾルゲル法、化学蒸着法(CVD)、物理蒸着法(PVD)のいずれかが挙げられる。
また、基材70には、領域70bが設けられていてもよい。領域70bは、例えば、金属めっきや物理蒸着法(PVD)にて形成された金属を含む層である。領域70bは、金属元素のみから構成されていてもよいし、金属窒化物(例えば、TiN、TiAlNなど)、金属炭化物(例えば、CrCなど)、金属炭窒化物(例えば、TiCN、CrCN、ZrCN、ZrGaCNなど)の形態で含んでもよい。基材70は、支持材70cを含む。支持材70cの材質は、金属でもよいし、樹脂やセラミック、陶器、ガラスであってもよい。領域70bは支持体70cの上に直接形成されていてもよいし、領域70bと支持体70cの間に異なる層を含んでいてもよい。領域70bが設けられる基材70としては、例えば、黄銅や樹脂で形成された支持材70cに金属めっき処理により領域70bを設けた金属めっき製品が挙げられる。一方、領域70bが設けられない基材70としては、例えば、ステンレス鋼(SUS)のような金属成型品が挙げられる。基材70の表面性状は、特に限定されるものではなく、光沢を有する鏡面、梨地、ヘアラインなどの艶消し面に適用することができる。
本発明の衛生設備機器において、その表面の酸素原子/金属原子濃度比(O/M比)は1.7よりも大であることが好ましく、より好ましくは1.8以上である。O/M比をこのような範囲とすることで、本発明の衛生設備機器は、比較的酸化度の高い金属酸化物層に緻密な有機層を強く結合させる事が可能となることから、さらに耐水性および耐摩耗性を高めることができる。
O/M比(RO/M)は、XPS分析で得られた上記のCOおよびCMを用いて、式(A)によって算出することができる。
RO/M=CO/CM ・・・ 式(A)
なお、Rがエーテル基、カルボニル基を含む場合のRO/Mを算出する場合、CoがR-Xに由来する酸素原子濃度CO´と金属基材に由来する酸素原子濃度との合計となることに留意し、式(B)に基づいて算出することができる。
CO´の求め方:TOF-SIMSまたはHR-MSで特定した分子構造から、Rに含まれる炭素原子に対する酸素原子の比率から、CCとの相対比較によりRに含まれる酸素原子濃度CO´を概算する。
RO/M=(CO-CO´)/CM ・・・ 式(B)
本発明の衛生設備機器において、金属酸化物層の金属元素の酸化状態については、XPSによって確認することができる。測定条件は、条件2を用い、ナロースキャン分析を行う。
(条件2)
X線条件:単色化AlKα線(出力25W)
光電子取出角:45°
分析領域:100μmφ
操作範囲:元素毎に異なる(次の段落を参照)
XPS装置には、PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)を用いることができる。X線条件(単色化AlKα線、25W、15kv)、分析領域:100μmφ、中和銃条件(Emission:20μA)、イオン銃条件(Emission:7.00mA)、光電子取出角(45°)、Time per step(50ms)、Sweep(10回)、Pass energy(112eV)の条件でナロースキャン分析することにより、各金属元素ピークのスペクトルを得る。例えば金属酸化物層に含まれる金属元素がCrの場合、570-590eVの範囲をナロースキャン分析することにより、Cr2p3ピークのスペクトルを得る。酸化状態のクロム(Cr)は、577eV付近のピークの存在により確認できる。酸化状態のチタン(Ti)は、Ti2pピークのスペクトルのうち、469eV付近のピークの存在により確認できる。酸化状態のジルコニウム(Zr)は、Zr3dピークのうち、182eV付近のピークの存在により確認できる。
本発明の衛生設備機器は、その表面における水滴接触角が、好ましくは90°以上であり、より好ましくは100°以上である。水滴接触角は、静的接触角を意味し、基材に2μlの水滴を滴下し、1秒後の水滴を基材側面から撮影することによって求められる。測定装置としては、例えば接触角計(型番:SDMs-401、協和界面科学株式会社製)を用いることができる。
本発明において、「衛生設備」とは、建物の給排水設備または室内用の備品であり、好ましくは、室内用の備品である。また、好ましくは、水がかかり得る環境で用いられるものである。
本発明において、水がかかり得る環境としては、水を用いる場所であれば良く、住宅や、公園、商業施設、オフィスなどの公共施設などの水を用いる場所が挙げられ、そのような場所としては、好ましくは、バスルーム、トイレ空間、化粧室、洗面所、台所などが挙げられる。
本発明において、室内用の備品としては、住宅や商業施設などの公共施設で用いられ、かつ人が触れるものであり、好ましくは、バスルーム、トイレ空間、化粧室、洗面所、または台所などで用いられる備品である。本発明の、室内用の備品として使用される衛生設備機器としては、めっきやPVDコートしたものを含む製品が挙げられる。具体的には、水栓、排水金具、止水金具、洗面器、扉、シャワーヘッド、シャワーバー、シャワーフック、シャワーホース、手すり、タオルハンガー、キッチンカウンター、キッチンシンク、排水カゴ、キッチンフード、換気扇、排水口、大便器、小便器、温水洗浄便座、温水洗浄便座の便蓋、温水洗浄便座のノズル、操作盤、操作スイッチ、操作レバー、取っ手、ドアノブなどが挙げられる。本発明の衛生設備機器は、水栓、水栓金具、排水金具、止水金具、洗面器、シャワーヘッド、シャワーバー、シャワーフック、シャワーホース、手すり、タオルハンガー、キッチンカウンター、キッチンシンク、排水カゴであることが好ましい。特に、本発明の衛生設備機器は、水栓として、あるいは湯を吐水する水栓として好適に使用できる。
有機層が緻密に形成された衛生設備機器、すなわち、その表面のリン原子濃度が1.0at%以上である衛生設備機器や、有機層がSAMである衛生設備機器は、温水に曝された状態にあっても、有機層の耐久性に優れているため、湯を吐水する水栓として好適に使用できる。
本発明の衛生設備機器は、好ましくは、基材を準備する工程、基材表面の酸化度を高める工程、および一般式R‐X(Rは炭化水素基であり、Xはホスホン酸基、リン酸基、及びホスフィン酸基から選ばれる少なくとも1種である。)で表される化合物を適用する工程を含む方法により製造することができる。その具体例を以下に示す。
本発明においては、表面に金属元素を含む基材を洗浄した後、一般式R-Xで表される化合物を含む溶液を基材に接触させることによって有機層を形成する。基材は予めその表面の酸化度を高める、好ましくは不動態化処理を行って、金属酸化物層を十分に形成しておくことが好ましい。不動態化処理は、公知の手法の他に、紫外線照射、オゾン曝露、湿式処理、およびそれらの組み合わせが好適に利用できる。溶液を基材に接触させる方法は、特に限定されないが、例えば、基材を溶液に浸漬する浸漬法、スプレーやワイピングによる塗布法、基材を溶液のミストへ接触させるミスト法などの方法が挙げられる。好ましくは、基材を溶液に浸漬する浸漬法によって有機層を形成する。基材を溶液に浸漬する際の温度及び浸漬時間は、基材や有機ホスホン酸化合物の種類によって異なるが、一般的には0℃以上60℃以下、1分以上48時間以下である。緻密な有機層を形成するためには、浸漬時間を長くすることが好ましい。基材に有機層を形成させた後に、基材を加熱することが好ましい。具体的には、基材温度が40℃以上250℃以下、好ましくは60℃以上200℃以下となるように加熱する。これによって、有機層を構成する成分と基材との結合が促進され、1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合の数を増やすことができ、有機層の耐水性および耐摩耗性が向上する。
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
試験I
1.試料作製
1-1.基材
基材として、黄銅にニッケルクロムメッキした板(試料1~7、12~14、16~18、および20)、黄銅にニッケルクロムメッキした板に物理蒸着法(PVD)によって金属を含む表面を形成した板(試料8~10および15)、ステンレス鋼板(SUS304)(試料11)、および黄銅板(試料19)を使用した。基材表面の汚れを除去する為に、中性洗剤入りの水溶液で超音波洗浄し、洗浄後流水で十分に基材を洗い流した。さらに、基材の中性洗剤を除去する為、イオン交換水で超音波洗浄し、その後、エアーダスターで水分を除去した。
さらに、黄銅にニッケルクロムメッキした水栓金具(品番:TENA40A、TOTO(株)製;試料21)を使用した。基材表面の汚れの除去を上記同様に行った。試料1~18、20、および21は、基材の表面に不動態層からなる金属酸化物層を備えたものである。試料20は金属酸化物層が存在しない。
1-2.前処理
(試料1、5~12、17、および19)
基材を光表面処理装置(PL21-200(S)、センエンジニアリング製)の中に導入し、所定の時間UVオゾン処理を行った。
(試料2)
基材をプラズマCVD装置(PBII-C600、栗田工業製)の中に導入し、真空度約1Paの条件にて、所定の時間アルゴンスパッタ処理した。続けて装置内に酸素を導入して酸素プラズマ処理を行った。
(試料3、および試料21)
基材を水酸化ナトリウム水溶液に所定時間浸漬したのち、イオン交換水にて十分にすすぎ洗いを行った。
(試料4)
基材を希硫酸に所定時間浸漬したのち、イオン交換水にて十分にすすぎ洗いを行った。
(試料13)
基材を酸化セリウムからなる研磨剤で擦り洗いしたのち、イオン交換水にて十分にすすぎ洗いを行った。
(試料14)
基材を弱アルカリ性研磨剤(製品名:きらりあ、TOTO製)で擦り洗いしたのち、イオン交換水にて十分にすすぎ洗いを行った。
(試料18)
基材をダイヤモンドペースト研磨剤(粒度1μm)で研磨したのち、イオン交換水にて十分にすすぎ洗いを行った。
(試料15、16および20)
基材の前処理は実施しなかった。
1-3.有機層の形成
(試料1~5および8~16、18、19、および21)
有機層を形成するための処理剤として、オクタデシルホスホン酸(東京化成工業製、製品コードO0371)をエタノール(富士フイルム和光純薬製、和光一級)に溶解させた溶液を用いた。基材を処理剤の中に所定時間浸漬し、エタノールにて掛け洗い洗浄した。浸漬時間は、試料1~5および8~16、19、および21では1分以上、試料18では10秒以下とした。その後、乾燥機にて120℃で10分間乾燥させ、基材表面に有機層を形成させた。
(試料6)
有機層を形成するための処理剤として、ドデシルホスホン酸(東京化成工業製、製品コードD4809)をエタノールに溶解させた溶液を用いた。浸漬時間は1分以上とした。その後、乾燥機にて120℃で10分間乾燥させ、基材表面に有機層を形成させた。
(試料7)
有機層を形成するための処理剤として、オクタデシルホスホン酸とフェニルホスホン酸(東京化成工業製、製品コードP0204)を重量比が1:1になるように、エタノールに溶解させた溶液を用いた。浸漬時間は1分以上とした。その後、乾燥機にて120℃で10分間乾燥させ、基材表面に有機層を形成させた。
(試料17)
フッ素原子を含む炭化水素基による有機層を形成するための処理剤として、(1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシル)ホスホン酸(東京化成工業製、製品コードH1459)をエタノールに溶解させた溶液を用いた。浸漬時間は1分以上とした。その後、乾燥機にて120℃で10分間乾燥させ、基材表面にフッ素原子を含む有機層を形成させた。
(試料20)
有機層は形成させなかった。
作製した試料の概要を表1に示す。
2.分析・評価方法
上記にて作成した各試料について、以下の分析・評価を実施した。試料21については、約10mm×約10mmのサイズに切断したものを測定試料とした。測定試料は、曲率半径が比較的大きい部分である、スパウトの側面から切り出した。切断時には、分析・評価する部分をフィルムで覆うことで、表面の損傷がないようにした。
2-1.水滴接触角測定
測定前に中性洗剤を用いて各試料をウレタンスポンジで擦り洗いし、超純水で十分にすすぎを行った。各試料の水滴接触角測定には、接触角計(型番:SDMs-401、協和界面科学株式会社製)を用いた。測定用の水は超純水を用い、滴下する水滴サイズは2μlとした。接触角は、いわゆる静的接触角であり、水を滴下してから1秒後の値とし、異なる5か所を測定した平均値を求めた。ただし、5カ所の中に異常値が現れた場合は、異常値を除いて平均値を算出した。測定結果を、水接触角・初期、として、表2に示す。
2-2.水垢汚れの除去性
各試料の表面に、水道水を20μl滴下し、24時間放置することにより、試料表面に水垢を形成した。水垢を形成した試料を以下の手順で評価した。
(i)乾いた布を用いて、試料の表面に対して軽い荷重(50gf/cm2)を掛けながら、10回往復摺動させた。
(ii)乾いた布を用いて、試料の表面に対して重い荷重(100gf/cm2)を掛けながら、10回往復摺動させた。
(i)の工程で除去できたものを『◎』、(ii)の工程で除去できたものを『〇』とし、除去できなかったものを『×』として、表1にまとめた。
なお、水垢除去の可否は、試料の表面を流水で洗い流し、エアーダスターで水分を除去した後、試料の表面に水垢が残存しているかを目視で判断した。評価結果を、水垢除去性・初期として、表2に示す。
2-3.耐水試験
各試料の表面を、70℃温水に所定時間浸漬させた後、試料の表面を流水で洗い流し、エアーダスターで水分を除去した。耐水試験後の各試料について、水垢汚れの除去性を評価した。浸漬時間2時間後に2-2の(ii)の方法で除去できたものを『〇』とし、除去できなかったものを『×』とした。さらに、浸漬時間48時間後に2-2の(ii)の方法で除去できたものを『〇~◎』とし、浸漬時間120時間後に(ii)の方法で除去できたものを『◎』とした。評価結果を、水垢除去性・耐水試験後、として、表2に示す。
2-4.皮脂汚れの除去性
表3に記載された皮脂汚れ溶液を、ウエスにてガラス表面に薄く塗布した。1cm3に切断したウレタンスポンジ(3M製)に、ガラス上の皮脂汚れ溶液を写し取り、試料表面にスタンプすることで、皮脂汚れを付着させた。
(i)湿らせた布を用いて、試料の表面に対して軽い荷重(50gf/cm2)を掛けながら、5回往復摺動させた。
(i)の工程で除去できたものを『〇』とし、(i)の工程で除去できなかったものを『×』とした。なお、皮脂汚れ除去の可否は、目視で判断した。評価結果を、皮脂汚れ除去性・初期、として、表2に示す。
2-5.耐摩耗試験
各試料表面を、メラミンスポンジを用いて、メラミンスポンジに水を含ませた状態で、試料面に対して荷重(200gf/cm2)をかけながら、3000往復摺動させた。摺動後、試料表面を流水で洗い流し、エアーダスターで水分を除去した。摩耗試験後の各試料について、水滴接触角測定、および皮脂汚れの除去性を評価した。評価結果を、水接触角・耐摩耗試験後、および皮脂汚れ除去性・耐摩耗試験後、として、表2に示す。
2-6.各原子濃度の測定
各試料の表面の各原子濃度は、X線光電子分光法(XPS)により求めた。測定前に、中性洗剤を用いてウレタンスポンジで擦り洗いをした後、超純水にて十分にすすぎ洗いを行った。XPS装置には、PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)を用いた。X線条件(単色化AlKα線、25W、15kv)、分析領域:100μmφ、中和銃条件(Emission:20μA)、イオン銃条件(Emission:7.00mA)、光電子取出角(45°)、Time per step(50ms)、Sweep(10回)、Pass energy(280eV)、走査範囲(15.5~1100eV)の条件でワイドスキャン分析することによりスペクトルを得た。検出された原子の濃度は、得られたスペクトルから、データ解析ソフトウェアPHI MultiPuk(アルバック・ファイ製)を用いて算出した。得られたスペクトルは、C1sピークを284.5eVとしてチャージ補正した後に、測定された各原子の電子軌道に基づくピークに対してShirely法でバックグラウンドを除去した後にピーク面積強度を算出し、データ解析ソフトウェアに予め設定されている装置固有の感度係数で除算する解析処理を行い、リン原子濃度(以下、CP)、酸素原子濃度(以下、CO)、金属原子濃度(以下、CM)、および炭素原子濃度(以下、CC)を算出した。濃度算出には、リンはP2pピーク、炭素はC1sピーク、酸素はO1sピーク、クロムはCr2p3ピーク、チタンはTi2pピーク、ジルコニウムはZr3dピーク、のピーク面積を用いた。各濃度の値は、異なる3か所を測定した平均の値とした。ただし、3カ所の中に異常値が現れた場合は、異常値を除いて平均値を算出した。得られたリン原子、酸素原子、金属原子、および炭素原子の濃度を表2に示す。
2-7.RO/Mの算出
XPS分析で得られたCOおよびCMを用いて、式(A)によって、RO/Mを算出した。得られたRO/Mの値を表2に示す。
RO/M=CO/CM ・・・ 式(A)
2-8.C1sスペクトル
測定前に、中性洗剤でスポンジ摺動洗浄後、超純水にて十分にすすぎ洗いを行った。XPS装置には、PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)を用いた。X線条件(単色化AlKα線、25W、15kv)、分析領域:100μmφ、中和銃条件(Emission:20μA)、イオン銃条件(Emission:7.00mA)、光電子取出角(45°)、Time per step(50ms)、Sweep(10回)、Pass energy(112eV)、走査範囲(278~298eV)の条件で測定することにより、C1sスペクトルを得た。試料3のC1sスペクトルを図4に示す。
2-9.P2pスペクトル
測定前に、中性洗剤でスポンジ摺動洗浄後、超純水にて十分にすすぎ洗いを行った。XPS装置には、PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)を用いた。X線条件(単色化AlKα線、25W、15kv)、分析領域:100μmφ、中和銃条件(Emission:20μA)、イオン銃条件(Emission:7.00mA)、光電子取出角(45°)、Time per step(50ms)、Sweep(10回)、Pass energy(112eV)、走査範囲(122~142eV)の条件で測定することにより、P2pスペクトルを得た。試料3のP2pスペクトルを図5に示す。
2-10.酸化物層の金属元素確認
試料1~19について、金属元素が酸化物状態であることを、X線光電子分光法(XPS)で確認した。測定前に、中性洗剤でスポンジ摺動洗浄後、超純水にて十分にすすぎ洗いを行った。XPS装置には、PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)を用いることができる。X線条件(単色化AlKα線、25W、15kv)、分析領域:100μmφ、中和銃条件(Emission:20μA)、イオン銃条件(Emission:7.00mA)、光電子取出角(45°)、Time per step(50ms)、Sweep(10回)、Pass energy(112eV)の条件でナロースキャン分析することにより、各金属元素ピークのスペクトルを得た。ナロースキャン分析の範囲は、試料1~7、11、12~14、16~18についてはCr2p3ピークの範囲、試料8、9、15についてはTi2pピークの範囲、試料10についてはZr3dピークの範囲、得られたピークは、Shirely法でバックグラウンドを除去しいずれの試料においても、酸化状態の金属元素を含むことが確認された。
2-11.有機層の厚さ評価1
有機層の厚さは、XPSデプスプロファイル測定により評価した。XPS測定は、2-8と同様の条件で行った。アルゴンイオンスパッタ条件は、スパッタ速度を1nm/minとなる条件とした。このスパッタ速度を用いて、スパッタ時間を、Z方向の試料表面からの距離に換算した。スパッタ時間0分の測定点を、表面(0nm)とし、表面から深さ20nmの距離になるまで測定した。表面から深さ20nm付近の炭素濃度を基材中の炭素原子濃度とした。試料表面から深さ方向に炭素原子濃度を測定し、基材の炭素原子濃度よりも1at%以上高い炭素原子濃度となる最大深さを、有機層の厚さとして評価した。いずれの試料も、有機層の厚さは5nm以下であった。測定例として、試料3のXPSデプスプロファイルを図6に示す。
2-12.有機層の厚さ評価2
有機層の厚さは、アルゴンガスクラスターイオンビーム(Ar-GCIB)を用いたXPSデプスプロファイル測定により評価した。XPS測定は、2-9と同様の条件で行った。アルコンスパッタ条件は、イオン源:Ar2500+、加速電圧:2.5kV、試料電圧:100nA、スパッタ領域:2mm×2mm、帯電中和条件1.1V、イオン銃:7Vで行った。スパッタ速度は、標準試料として予めX線反射率法(XRR)で膜厚を測定したシリコンウェハ上に成膜したオクタデシルトリメトキシシラン(1.6nm)に対してAr-GCIB測定することによって求めた値(0.032nm/min)を用いた。
標準試料の膜厚はX線反射率測定(XRR)(パナリティカル社製X‘pert pro)を実施し、反射率プロファイルを得る。得られた反射率プロファイルは、解析ソフトウェア(X‘pert Reflectivity)を用いてParrattの多層膜モデル、Nevot-Croseのラフネスの式へのフィッティングにより標準試料の膜厚を得た。次に、標準試料についてAr-GCIB測定を実施し、有機層のスパッタ速度(0.029nm/min)を得た。試料(有機層)上の有機層の膜厚は得られたスパッタ速度を用いてスパッタ時間をZ方向の試料表面からの距離に換算した。XRRの測定、解析条件及びAr-GCIBの測定条件はそれぞれ以下の通りである。
(XRR測定条件)
装置:X‘pert pro(パナリティカル)
X線源:CuKα
管電圧:45kV
管電流:40mA
Incident Beam Optics
発散スリット:1/4°
マスク:10mm
ソーラースリット:0.04rad
散乱防止スリット:1°
Diffracted Beam Optics
散乱防止スリット:5.5mm
ソーラースリット:0.04rad
X線検出器:X‘Celerator
Pre Fix Module:Parallel plate Collimator0.27
Incident Beam Optics:Beam Attenuator Type Non
Scan mode:Omega
Incident angle:0.105-2.935
(XRR解析条件)
以下の初期条件を設定する。
Layer sub:Diamond Si(2.4623g/cm3)
Layer 1:Density Only SiO2(2.7633g/cm3)
Layer 2 Density Only C(1.6941g/cm3)
(Ar-GCIB測定条件)
装置:PHI Quantera II(アルバック・ファイ製)
X線条件:単色化AlKα線、25W、15kv
分析領域:100mφ
中和銃条件:20μA
イオ銃条件:7.00mA
光電子取出角:45°
Time per step:50ms
Sweep:10回
Pass energy:112eV
測定インターバル:10min
スパッタ―セッティング:2.5kV
結合エネルギー: C1s(278~298eV)
このスパッタ速度を用いて、スパッタ時間を、Z方向の試料表面からの距離に換算した。スパッタ時間0分の測定点を、表面(0nm)とし、スパッタ時間100分まで測定することで、試料の表面から深さ方向に炭素原子濃度を測定した。横軸をスパッタ速度から換算した深さ(nm)、縦軸を表面の炭素(C1s)濃度を100%として深さごとにプロットしたデプスプロファイルを描画し、デプスプロファイル曲線の変曲点の横軸から有機層の膜厚を算出した。膜厚は、異なる3か所を測定した平均の値とした。ただし、3カ所の中に異常値が現れた場合は、異常値を除いて平均値を算出した。結果を表2に示す。測定例として、試料3のXPSのAR-GCIBデプスプロファイルを図7に示す。デプスプロファイルの変曲点から得られた膜厚は2.0nmであった。
2-13.R-Xの確認
R-Xの確認はTOF-SIMS、ESI-TOF-MS/MSを用いた。
(TOF-SIMSによるR-Xの確認)
TOF-SIMSの測定条件は、照射する1次イオン:209Bi3
++、1次イオン加速電圧25kV、パルス幅10.5or7.8ns、バンチングあり、帯電中和なし、後段加速9.5kV、測定範囲(面積):約500×500μm2、検出する2次イオン:Positive、Negative、Cycle Time:110μs、スキャン数16とした。
処理剤としてオクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)を用いた試料1~5、7~16、18、19、および21については、ポジティブモードにおいて、m/z=335(C18H40O3P+)、ネガティブモードにおいてm/z=333(C18H38O3P-)のピークがそれぞれ検出されることを確認した。
処理剤としてドデシルホスホン酸(C12H27O3P)を用いた試料6については、ポジティブモードにおいて、m/z=251(C12H28O3P+)、ネガティブモードにおいてm/z=249(C12H26O3P-)のピークがそれぞれ検出されることを確認した。
処理剤として、オクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)とフェニルホスホン酸(C6H7O3P)を重量比が1:1となるように用いた試料7について、オクタデシルホスホン酸に関しては試料1と同じピークが検出されることを確認した。フェニルホスホン酸に関しては、ポジティブモードにおいて、m/z=159(C6H8〇3P+)、ネガティブモードにおいてm/z=157(C6H6〇3P-)のピークがそれぞれ検出されることを確認した。
(ESI-TOF-MS/MS)
ESI-TOF-MS/MS測定には、Triple TOF 4600(SCIEX社製)を用いた。測定には、切り出した基材をエタノールに浸漬させ、有機層を形成するために用いた各処理剤を抽出し、不要成分をフィルターろ過後、バイアル瓶(1mL程度)に移した後に測定する。測定条件は、イオン原:ESI/Duo Spray Ion Source、イオンモード(Positive/Negative)、IS電圧(4500/-4500V)、ソース温度(600℃)、DP(100V)、CE(40V/-40V)でのMS/MS測定を行った。
処理剤としてオクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)を用いた試料1~5、7~16、18、19、および21については、MS/MS分析のポジティブモードにおいてm/z=335.317(C18H40O3P+)、ネガティブモードにおいてm/z=333.214(C18H38O3P-)、m/z=78.952(C18H38O3P-のフラグメントイオンPO3
-)のピークがそれぞれ検出されることを確認した。図8に、試料3のQ-TOF-MS/MS分析により得られたスペクトルを示す。
処理剤としてドデシルホスホン酸(C12H27O3P)を用いた試料6については、MS/MS分析のポジティブモードにおいてm/z=251.210(C12H27O3P+)、ネガティブモードにおいてm/z=249.138(C12H26O3P-)、m/z=78.954(C12H27O3P-のフラグメントイオンPO3
-)のピークがそれぞれ検出されることを確認した。
処理剤として、オクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)とフェニルホスホン酸(C6H7O3P)を重量比が1:1となるように用いた試料7について、オクタデシルホスホン酸に関しては試料1と同じピークが検出されることを確認した。フェニルホスホン酸に関しては、MS/MS分析のポジティブモードにおいてm/z=159.036(C6H8O3P+)、ネガティブモードにおいてm/z=156.985(C6H6〇3P-)のピークがそれぞれ検出されること、さらにMS/MS分析のポジティブモードにおいてm/z=79.061(C6H6
3+のフラグメントイオン)のピークがそれぞれ検出されることを確認した。
2-14.Rの片末端(Xとの結合端ではない側の端部)がCおよびHからなることの確認
Rの片末端がCおよびHからなること及びRがCとHとかるなる炭化水素であることの確認は表面増強ラマン分光を用いた。
(表面増強ラマンによる確認)
表面増強ラマン分光分析装置としては、表面増強ラマンセンサとして、特許第6179905号に記載される透過型表面増強センサ及び共焦点顕微ラマン分光装置としてNanoFinder30(東京インスツルメンツ)を用いた。測定には、切り出した基材表面に透過型表面増強ラマンセンサを配置した状態で測定した。測定条件は、Nd:YAGレーザー(532nm、1.2mW)、スキャン時間(10秒)、グレーチング(800 Grooves/mm)、ピンホールサイズ(100μm)で行った。
処理剤としてオクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)を用いた試料1~5、8~16、18、および19、ならびに、処理剤としてドデシルホスホン酸(C12H27O3P)を用いた試料6については、ラマンシフト2930cm-1が検出されることでRの片末端がメチル基であることを確認した。
また、ラマンシフト2850、2920cm-1が検出されることでRがCとHとかるなる炭化水素であることを確認した。
2-15.M-O-P結合の確認
M-O-P結合の確認は、TOF-SIMS、表面増強ラマン分光を用いた。
(TOF-SIMSによるM-O-Pの確認)
TOF-SIMSの測定条件は、照射する1次イオン:209Bi3
++、1次イオン加速電圧25kV、パルス幅10.5or7.8ns、バンチングあり、帯電中和なし、後段加速9.5kV、測定範囲(面積):約500×500μm2、検出する2次イオン:Positive、Negative、Cycle Time:110μs、スキャン数16とした。測定結果として、R-Xと金属酸化物元素Mの結合体(R-X-M)に由来する二次イオンマススペクトル及びM-O-Pに由来する2次イオンマススペクトル(m/z)をそれぞれ得ることで確認した。図9に試料3のTOF-SIMS分析により得られたネガティブードでの二次イオンマススペクトルを示す。
金属酸化物層にCrを含み、処理剤としてオクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)を用いた試料1~5、11~14、および16については、ネガティブモードにおいて、m/z=417(C18H38PO5Cr-)、m/z=447、(C18H37P2O5Cr-)(R-X-M)のいずれかのイオン、146(PO4Cr-)(O-M-O-P)のイオンが検出されることを確認した。
金属酸化物層にTiを含み、処理剤としてオクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)を用いた試料8、9、および15については、ネガティブモードにおいて、m/z=413(C18H38PO5Ti-)、m/z=443、(C18H37P2O5Ti-)(R-X-M)のいずれかのイオン、m/z=142(PO4Ti-)(O-M-O-P)のイオンが検出されることを確認した。
金属酸化物層にZrを含み、処理剤としてオクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)を用いた試料10については、ネガティブモードにおいて、m/z=456(C18H38PO5Zr-)、m/z=486(C18H37P2O5Zr-)(R-X-M)のいずれかのイオン、m/z=186(PO4Zr-)(O-M-O-P)のイオンが検出されることを確認した。
試料19については、R-X-Mに由来する二次イオンマススペクトル及びM-O-Pに由来する2次イオンマススペクトル(m/z)の検出は確認されなかった。
処理剤としてドデシルホスホン酸(C12H27O3P)を用いた試料6については、ネガティブモードにおいて、m/z=332(C12H25PO5Cr-)(R-X-M)、146(PO4Cr-)(O-M-O-P)のイオンが検出されることを確認した。
処理剤として、オクタデシルホスホン酸(C18H39O3P)とフェニルホスホン酸(C6H7O3P)を重量比が1:1となるように用いた試料7について、オクタデシルホスホン酸に関しては試料1と同じピークが検出されることを確認した。フェニルホスホン酸に関しては、ポジティブモードにおいて、m/z=159(C6H8O3PCr+)(R-X-M)、ネガティブモードにおいてm/z=146(PO4Cr-)(O-M-O-P)のイオンが検出されることを確認した。
(表面増強ラマンによるM-O-Pの確認)
表面増強ラマン分光分析装置としては、表面増強ラマンセンサとして、特許第6179905号に記載される透過型表面増強センサ及び共焦点顕微ラマン分光装置としてNanoFinder30(東京インスツルメンツ)を用いた。測定には、切り出した基材表面に透過型表面増強ラマンセンサを配置した状態で測定した。測定条件は、Nd:YAGレーザー(532nm、1.2mW)、スキャン時間(10秒)、グレーチング(800 Grooves/mm)、ピンホールサイズ(100μm)で行った。
M-O-P結合に由来する信号は、酸化物層上で固定化されるM-O-P結合の結合状態を事前に第一原理計算ソフトパッケージとしてMaterial Studioを用いて推定したラマン信号から帰属を行った。第一原理計算の計算条件として、構造最適化については、使用ソフト(CASTEP)、汎関数(LDA/CA―PZ)、カットオフ(830eV)、K点(2*2*2)、擬ポテンシャル(Norn―conserving)、Dedensity mixing(0.05)、スピン(ON)、Metal(OFF)で行った。また、ラマンスペクトル計算は、使用ソフト(CASTEP)、汎関数(LDA/CA―PZ)、カットオフ(830eV)、K点(1*1*1)、擬ポテンシャル(Norn―conserving)、Dedensity mixing(All Bands/EDFT)、スピン(OFF)、Metal(OFF)で行った。
基材の金属元素にクロムを含む試料1~7、11~14、16、および21について、M-O-Pの各結合状態に由来する信号が検出されることを以下のように確認した。
ラマンシフト377cm-1、684cm-1、772cm-1、1014cm-1のうち2つ以上の信号を検出することで、第一原理計算で得られたホスホン酸にクロム原子が1つ結合した状態(1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が1つの状態:「結合1」)を含んでいることを確認した。
ラマンシフト372cm-1、433cm-1、567cm-1、766cm-1、982cm-1のうち2つ以上の信号を検出することで、第一原理計算で得られたホスホン酸にクロム原子が2つ結合した状態(1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が2つの状態:「結合2」)を含んでいることを確認した。
ラマンシフト438cm-1、552cm-1、932cm-1、1149cm-1のうち2つ以上の信号を検出することで、第一原理計算で得られたホスホン酸にクロム原子が3つ結合した状態(1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が3つの状態:「結合3」)を含んでいることを確認した。
図10に試料3の透過型表面増強ラマンスペクトルを示す。試料3はラマンシフト377cm-1、684cm-1、772cm-1、1014cm-1、372cm-1、433cm-1、567cm-1、766cm-1、982cm-1、438cm-1、552cm-1、932cm-1、1149cm-1の信号が検出されていることから、ホスホン酸にクロム原子が、結合1、結合2、および結合3の全ての結合を含んでいることを確認した。
基材の金属元素にジルコニウムを含む試料10について、M-O-Pの各結合状態に由来する信号が検出されることを以下のように確認した。
ラマンシフト684cm-1、770cm-1、891cm-1、901cm-1のうち2つ以上の信号を検出することで、第一原理計算で得られたホスホン酸にジルコニウム原子が1つ結合した状態(1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が1つの状態:「結合1」)を含んでいることを確認した。
ラマンシフト694cm-1、716cm-1、1272cm-1、1305cm-1、1420cm-1のうち2つ以上の信号を検出することで、第一原理計算で得られたホスホン酸にジルコニウム原子が2つ結合した状態(1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が2つの状態:「結合2」)を含んでいることを確認した。
ラマンシフト559cm-1、943cm-1、1006cm-1、1110cm-1のうち2つ以上の信号を検出することで、第一原理計算で得られたホスホン酸にジルコニウム原子が3つ結合した状態(1つのホスホン酸基あたりのM-O-P結合が3つの状態:「結合3」)を含んでいることを確認した。
試料10はラマンシフトの信号が検出されていることから、ホスホン酸にジルコニウム原子が、結合1、結合2、および結合3の全ての結合を含んでいることを確認した。
試験II
1.試料作製
1-1.基材
基材として、黄銅にニッケルクロムメッキした板を用いた。サイズ100mm×50mm×1mmtとした。基材表面の汚れを除去する為に、中性洗剤入りの水溶液で超音波洗浄し、洗浄後流水で十分に基材を洗い流した。さらに、基材の中性洗剤を除去する為、イオン交換水で超音波洗浄し、その後、エアーダスターで水分を除去した。
1-2.前処理
基材を光表面処理装置(PL21-200(S)、センエンジニアリング製)の中に導入し、所定の時間UVオゾン処理を行った。
1-3.SAMの形成
有機層を形成するための処理剤として、オクタデシルホスホン酸(東京化成工業製、製品コードO0371)をエタノール(富士フイルム和光純薬製、和光一級)に溶解させた溶液を用いた。基材を処理剤の中に所定時間浸漬し、エタノールにて掛け洗い洗浄した。浸漬時間は1分とした。その後、乾燥機にて120℃で所定時間10分間させ、基材表面にSAMを形成させた。
2.分析・評価方法
2-1.耐アルカリ性試験
有機層を形成した試料を、所定温度にした状態で、1wt%の水酸化ナトリウム水溶液を滴下し、10分間放置した。放置の際の試料の温度は30、40、50℃とした。水酸化ナトリウム水溶液の滴下量は、0.2mlとした。所定時間経過後、試料に滴下された水酸化ナトリウム水溶液をイオン交換水でよく洗い流した。その後、水酸化ナトリウム水溶液を滴下していた部分の性能評価を行った。
2-2.耐アルカリ性試験後の性能評価1:水滴接触角測定
測定前に中性洗剤を用いて基材を擦り洗いし、超純水で十分にすすぎを行った。各サンプルの水滴接触角測定には、接触角計(型番:SDMs-401、協和界面科学株式会社製)を用いた。測定用の水は超純水を用い、滴下する水滴サイズは2μlとした。接触角は、いわゆる静的接触角であり、水を滴下してから1秒後の値とし、異なる5か所を測定した平均値を求めた。ただし、5カ所の中に異常値が現れた場合は、異常値を除いて平均値を算出した。測定結果は表4に示されるとおりであった。
2-3.耐アルカリ性試験後の性能評価2:水垢除去性
各サンプルの表面に、水道水を20μl滴下し、24時間放置することにより、サンプル表面に水垢を形成した。水垢を形成したサンプルを以下の手順で評価した。
(i)乾いた布を用いて、サンプル表面に対して軽い荷重(50g/cm2)を掛けながら、10回往復摺動させた。
(ii)乾いた布を用いて、サンプル表面に対して重い荷重(100g/cm2)を掛けながら、10回往復摺動させた。
(i)の工程で除去できたものを『◎』、(ii)の工程で除去できたものを『〇』とし、除去できなかったものを『×』とした。結果は、表4に示されるとおりであった。
なお、水垢除去の可否は、サンプル表面を流水で洗い流し、エアーダスターで水分を除去した後、サンプル表面に水垢が残存しているかを目視で判断した。
試験III:水栓表面の温度測定
水栓として以下のものを用意した。
水栓1:浴室用水栓(図16類似のサーモスタット混合栓)TUM40B8R
水栓2:洗面用水栓(図17類似のシングルレバー混合栓)TLG04305JA
水栓3:キッチン用水栓(図14類似のシングルレバー混合栓)TKWC35ES
水栓4:浴室水栓(図15類似のサーモスタット混合栓)TBV03421J
水栓5:キッチン用水栓(図13類似のシングルレバー混合栓)TKY231
水栓6:キッチン用水栓(図12類似のシングルレバー混合栓)TKGG37E
水栓表面温度が周囲温度と同等であることを確認した後、水栓から湯を出した。吐水口付近の湯の温度が45℃になった時点を0秒とした。その後30秒間お湯を吐出した後、止水した。止水した時点から、経過時間1分、5分、10分、15分ごとに水栓の表面温度を測定した。水栓表面温度が35℃以下になった時点の時間を記録した。15分後に35℃以下にならなかったものは、それ以上の記録はしなかった。
温度を測る位置は水栓の表面の中で最も温度の高い点とした。水栓は壁または台に取りつけた状態で温度を測定した。水栓表面の水滴・汚れを除去した状態で測定した。測定領域は、取付台または取付壁の表側(使用者側)の領域とした。ただし、取付脚が給湯管になっている場合、取付脚および取付脚を固定するネジ等の部品を除いた部分を測定領域とした。
温度測定はサーモグラフィカメラ(FLIR-E6390、FLIR社製)を用いて行った。周囲環境は25℃とした。
結果は下記の表5に示されるとおりであった。試験IIの結果から、アルカリ性の洗剤が付着することによる有機層の劣化を抑制するためには、衛生設備機器の表面温度は40℃以下であることが望ましいことが分かった。衛生設備機器の表面温度は、湯を通すと湯の温度と同等まで昇温するため、湯を止めたあとの降温速度が速いことが望ましい。湯を止めた後の降温速度は、試験IIIの結果から、衛生設備機器の構造によって異なることが判明した。衛生設備機器は複数の部品からなり、湯を通したときには、湯と接する一部の部品が昇温する。水栓1は湯を通したときに昇温する部品が小さい、すなわち熱容量が小さいために降温速度が速かったと考えられる。水栓4および5は、昇温する部品、具体的にはスパウト部品、のサイズは大きいものの、基材の表面と前記通水路の内面との距離、すなわち前記基材の厚さが薄いため、熱容量が比較的小さくなり、降温速度が速かったと考えられる。水栓2および3は、湯を通したときに昇温する部品において、昇温する部分の割合が小さいために、湯を止めたあとの部品内での熱移動によって、降温速度が速かったと考えられる。水栓6は、湯を止めた後に、水栓内部に湯が多く残留してしまうため、降温速度が遅かったと考えられる。